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特許7218708点欠陥シミュレーター、点欠陥シミュレーションプログラム、点欠陥シミュレーション方法、シリコン単結晶の製造方法および単結晶引き上げ装置
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  • 特許-点欠陥シミュレーター、点欠陥シミュレーションプログラム、点欠陥シミュレーション方法、シリコン単結晶の製造方法および単結晶引き上げ装置 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】点欠陥シミュレーター、点欠陥シミュレーションプログラム、点欠陥シミュレーション方法、シリコン単結晶の製造方法および単結晶引き上げ装置
(51)【国際特許分類】
   C30B 29/06 20060101AFI20230131BHJP
   C30B 15/00 20060101ALI20230131BHJP
   C30B 15/20 20060101ALI20230131BHJP
【FI】
C30B29/06 502Z
C30B15/00 Z
C30B15/20
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019196678
(22)【出願日】2019-10-29
(65)【公開番号】P2021070593
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2021-10-29
(73)【特許権者】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】末若 良太
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/128046(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/083327(WO,A1)
【文献】特開2015-107897(JP,A)
【文献】特開2008-189544(JP,A)
【文献】特開2016-013957(JP,A)
【文献】特開2006-306640(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00-35/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
移流拡散方程式を用いてチョクラルスキー法によりシリコン単結晶を引き上げ中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を計算する点欠陥シミュレーターであって、
前記移流拡散方程式が下記の式(A)に記載される熱平衡状態の空孔の濃度C eqおよび下記の式(B)に記載される熱平衡状態の格子間シリコンの濃度C eqを有し、前記式(A)における第1応力係数a あるいは前記式()における第2応力係数a のいずれか一方をフィッティングパラメータ、他方を計算手法から求めた固定値に設定して、実験結果と一致するように前記フィッティングパラメータを決定して、空孔および格子間シリコンの濃度分布を求める解析部を備えることを特徴とする点欠陥シミュレーター。ただし、前記式(A)および(B)において、Tは温度、Pは応力、C0,VおよびC0,Iは定数、kはボルツマン定数、E は空孔の形成エネルギー、E は格子間シリコンの形成エネルギーである。
【数1】
【数2】
【請求項2】
前記シリコン単結晶とシリコン融液との固液界面の形状が上に凸である、請求項1に記載の点欠陥シミュレーター。
【請求項3】
前記シリコン単結晶の直径が300mm以上である、請求項1または2に記載の点欠陥シミュレーター。
【請求項4】
コンピュータを、請求項1~3のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーターとして機能させるための点欠陥シミュレーションプログラム。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーターを用いて、シリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることを特徴とする点欠陥シミュレーション方法。
【請求項6】
前記シリコン単結晶と前記シリコン融液との固液界面の形状が上に凸である、請求項5に記載の点欠陥シミュレーション方法。
【請求項7】
前記シリコン単結晶の直径が300mm以上である、請求項5または6に記載の点欠陥シミュレーション方法。
【請求項8】
少なくとも1つの単結晶引き上げ装置について、請求項1~3のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーター、または請求項5~7のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーション方法によって、前記単結晶引き上げ装置を用いて引き上げられるシリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて前記単結晶引き上げ装置の設計を行い、前記設計された単結晶引き上げ装置を用いて無欠陥のシリコン単結晶を製造することを特徴とするシリコン単結晶の製造方法。
【請求項9】
請求項1~3のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーター、または請求項5~7のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーション方法によって、シリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて設計された単結晶引き上げ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、点欠陥シミュレーター、点欠陥シミュレーションプログラム、点欠陥シミュレーション方法、シリコン単結晶の製造方法および単結晶引き上げ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、半導体デバイスの基板として、シリコンウェーハが使用されている。シリコンウェーハは、例えば、チョクラルスキー(Czochralski,CZ)法により育成した単結晶シリコンインゴット(以下、単に「結晶」とも言う。)に対してウェーハ加工処理を施すことによって得ることができる。
【0003】
近年、半導体デバイスのさらなる微細化および高集積化に伴い、基板であるシリコンウェーハには、grown-in欠陥がないこと、すなわち無欠陥であることが要求されている。grown-in欠陥は、空孔が凝集して形成されるボイド欠陥や、格子間シリコンが析出する格子間型転位クラスターなどを指し、製造されたシリコンウェーハ中に残留して、半導体デバイスにおけるゲート酸化膜の劣化やリーク電流の原因となり得る。
【0004】
結晶中の空孔および格子間シリコンの挙動は、ボロンコフのモデルによって説明されており、固液界面近傍での単結晶シリコンインゴットの引き上げ方向の温度勾配Gに対する結晶の引き上げ速度vの比v/Gの値が臨界値(以下、「臨界v/G」とも言う。)よりも大きい場合には空孔優勢、臨界v/Gよりも小さい場合には格子間シリコン優勢となる(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
そして、v/Gの値が臨界v/Gである場合には無欠陥の結晶が得られるが、一般に臨界v/Gとなる引き上げ速度vの幅(マージン)は極めて狭く、例えば臨界v/Gの±2%以内に制御することが必要となる。
【0006】
ところで近年、固液界面近傍の結晶における熱応力が、結晶中の空孔Vおよび格子間シリコンIの分布、ひいては臨界v/Gの値に影響を及ぼすことが指摘されている(例えば、非特許文献2参照)。将来的には結晶の大口径化が進行して結晶内の熱応力が益々増加すると考えられることから、上述のような熱応力が空孔や格子間シリコンなどの点欠陥の挙動に与える影響を評価することは極めて重要である。
【0007】
こうした背景の下、非特許文献3には、密度汎関数理論に基づく第1原理計算から、固液界面近傍の結晶における圧縮応力がV濃度を高め、その結果、臨界v/Gの値が低下することが報告されている。また、非特許文献4には、固液界面近傍の結晶における圧縮応力により、臨界v/Gの値が低下する実験的な証拠が示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】V.V.Voronkov,J.Crystal Growth,59,625(1982)
【文献】J.Vanhellemont,J.Appl.Phys.,110,063519(2011)
【文献】K.Sueoka,E.Kamiyama,and H.Kariyazaki,J.Appl.Phys,111,093529(2012)
【文献】K.Nakamura,R.Suewaka,B.Ko, ECS Solid State Letters,3,N5(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記非特許文献3および4には、結晶内の応力が臨界v/Gの値に影響を与えることが示されているが、結晶内の応力を加味して空孔や格子間シリコンといった点欠陥の分布は求められていない。
【0010】
そこで、本発明の目的は、シリコン単結晶育成中の結晶内の熱応力を加味して、シリコン単結晶内の点欠陥の分布を求めることができる点欠陥シミュレーター、点欠陥シミュレーションプログラム、点欠陥シミュレーション方法、シリコン単結晶の製造方法および単結晶引き上げ装置を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する本発明は、以下の通りである。
[1]移流拡散方程式を用いてチョクラルスキー法によりシリコン単結晶を引き上げ中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を計算する点欠陥シミュレーターであって、
前記移流拡散方程式が下記の式(A)に記載される熱平衡状態の空孔の濃度C eqおよび下記の式(B)に記載される熱平衡状態の格子間シリコンの濃度C eqを有し、前記式(A)における第1応力係数a あるいは前記式(B)における第2応力係数a のいずれかをフィッティングパラメータとして、実験結果と一致するように計算結果を調整する解析部を備えることを特徴とする点欠陥シミュレーター。ただし、前記式(A)および(B)において、Tは温度、Pは応力、C0,VおよびC0,Iは定数、kはボルツマン定数、E は空孔の形成エネルギー、E は格子間シリコンの形成エネルギーである。
【数1】
【数2】
【0012】
[2]前記シリコン単結晶とシリコン融液との固液界面の形状が上に凸である、前記[1]に記載の点欠陥シミュレーター。
【0013】
[3]前記シリコン単結晶の直径が300mm以上である、前記[1]または[2]に記載の点欠陥シミュレーター。
【0014】
[4]コンピュータを、前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーターとして機能させるための点欠陥シミュレーションプログラム。
【0015】
[5]前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーターを用いて、シリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることを特徴とする点欠陥シミュレーション方法。
【0016】
[6]前記シリコン単結晶と前記シリコン融液との固液界面の形状が上に凸である、前記[5]に記載の点欠陥シミュレーション方法。
【0017】
[7]前記シリコン単結晶の直径が300mm以上である、前記[5]または[6]に記載の点欠陥シミュレーション方法。
【0018】
[8]少なくとも1つの単結晶引き上げ装置について、前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーター、または前記[5]~[7]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーション方法によって、前記単結晶引き上げ装置を用いて引き上げられるシリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて前記単結晶引き上げ装置の設計を行い、前記設計された単結晶引き上げ装置を用いて無欠陥のシリコン単結晶を製造することを特徴とするシリコン単結晶の製造方法。
【0019】
[9]前記[1]~[3]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーター、または前記[5]~[7]のいずれか一項に記載の点欠陥シミュレーション方法によって、シリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて設計された単結晶引き上げ装置。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、シリコン単結晶育成中の結晶内の熱応力を加味して、シリコン単結晶内の点欠陥の分布を求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明による点欠陥シミュレーターの一例を示す図である。
図2】応力係数と臨界v/Gとの関係を示す図である。
図3】v/Gと欠陥分布との関係を説明する図である。
図4】結晶内の欠陥分布を示しており、(a)は実験結果、(b)は従来例、(c)は比較例、(d)は発明例に対するものである。
図5】応力係数と、P領域とL/DL領域との境界の位置関係との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(点欠陥シミュレーター)
以下、図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。図1は、本発明による点欠陥シミュレーターの一例の模式図を示している。図1に示した点欠陥シミュレーター1は、入力部11と、表示部12と、解析部13とを備える。
【0023】
入力部11は、本発明による点欠陥シミュレーター1の操作を行うための入力インターフェースであり、例えばキーボード、ペンタブレット、タッチパッド、マウスなどで構成することができる。入力部11は、後述する表示部12と一体化されたタッチパネルであってもよい。
【0024】
表示部12は、シミュレーション結果などの出力を表示する装置であり、例えば液晶ディスプレイや有機ELディスプレイなどの任意のディスプレイで構成することができる。
【0025】
解析部13は、CZ法によりシリコン単結晶を引き上げ中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を計算する装置である。本発明において、解析部13は、ボロンコフのモデルに基づいて空孔および格子間シリコンの濃度分布を求める。
【0026】
ボロンコフのモデルに基づく空孔および格子間シリコンの移流拡散方程式は、それぞれ下記の式(1)および式(2)で表すことができる。
【数3】
【数4】
上記式(1)および(2)において、右辺の第1項は空孔または格子間シリコンの濃度勾配による拡散効果を表す拡散項、第2項は結晶の育成による移流項、第3項は空孔と格子間シリコンとの対消滅反応項である。また、Cは空孔の濃度、Cは格子間シリコンの濃度、tは時間、Jは空孔の拡散フラックス、Jは格子間シリコンの拡散フラックス、vはシリコン単結晶の成長速度(引き上げ速度)、KVIは空孔と格子間シリコンとの対消滅の反応速度定数、C eqは空孔の熱平衡状態の濃度、C eqは格子間シリコンの熱平衡状態の濃度である。
【0027】
また、式(1)における拡散フラックスJおよび式(2)における拡散フラックスJは、下記の式(3)および(4)でそれぞれ表すことができる。
【数5】
【数6】
ここで、Dは空孔の拡散係数、Dは格子間シリコンの拡散係数、Qは空孔の低減された熱輸送、Qは格子間シリコンの低減された熱輸送であり、温度勾配がない場合の構成元素の単位フラックス当たりの熱フラックスである。また、Tは絶対温度、kはボルツマン定数である。上記式(3)および式(4)は、温度勾配の拡散への影響を表している。
【0028】
また、式(1)および(2)における反応速度定数KVIは、下記の式(5)で表すことができる。
【数7】
ここで、aは空孔と格子間シリコンとの間で対消滅反応が発生しうる臨界距離(=0.543nm)、ΔGIVは、Sinnoらによって得られた対消滅に対する障壁エネルギーである(例えば、J.Electrochem.Soc.145(1998)302参照)。
【0029】
ところで、上記空孔の熱平衡状態の濃度C eqおよび格子間シリコンの熱平衡状態の濃度C eqは、従来、下記の式(6’)および(7’)を用いて求められてきた。
【数8】
【数9】
ここで、C0,V、C0,Iは定数、H は空孔の形成エンタルピー、E は空孔の形成エネルギー、H は格子間シリコンの形成エンタルピー、E は格子間シリコンの形成エネルギーである。
【0030】
上述のように、固液界面近傍の結晶における熱応力が、空孔および格子間シリコンの分布に影響を与えることが判明した。しかしながら、上記式(6’)および(7’)においては、上記熱応力の影響が加味されていない。そこで、本発明においては、空孔の熱平衡状態の濃度C eqおよび格子間シリコンの熱平衡状態の濃度C eqを、下記の式(6)および(7)を用いて求める。
【数10】
【数11】
ここで、Pは結晶内の応力であり、値が正の場合には引張応力、値が負の場合には圧縮応力をそれぞれ表す。また、a およびa は応力係数である。
【0031】
また、従来、上記空孔の拡散係数Dおよび格子間シリコンの拡散係数Dは、例えば下記の式(8’)および(9’)を用いて求められてきた(例えば、中村浩三,博士論文,「シリコン単結晶成長過程における点欠陥拡散および二次欠陥形成に関する研究」,東北大学、平成13年参照)。
【数12】
【数13】
ここで、D0,V、D0,Iは定数、E は空孔の拡散活性化エネルギー、E は格子間シリコンの拡散活性化エネルギーである。
【0032】
上記式(8’)および(9’)についても、上記式(6’)および(7’)と同様に、熱応力の影響が加味されていない。上記式(8’)および(9’)についても、下記の式(8)および(9)に書き換えることにより、熱応力の影響を加味する。
【数14】
【数15】
ここで、a およびa は応力係数である。
【0033】
上記式(6)~(9)には、熱応力の効果を記述するための新たな不定の応力係数a 、a 、a 、a が導入されている。そのため、移流拡散方程式(1)および(2)を解いてシリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めるためには、上記4つの応力係数a 、a 、a 、a の値を決定する必要がある。しかしながら、これらの値は、実験結果などとの比較によって一義的に求めることができない。
【0034】
本発明者は、上記4つの応力係数a 、a 、a 、a を決定する方途について鋭意検討した。その結果、a およびa を定数(例えば、ゼロ)とし、a -a をフィッティングパラメータとして、シミュレーションによって得られる結晶内の欠陥分布が実験から得られる欠陥分布を良好に再現するようにa -a を決定することにより、シリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることができることが分かった。以下、この知見を得るに至った経緯について説明する。
【0035】
まず、上述の臨界V/G(P)=ξcri(P)は、下記の式(10)で表される。
【数16】
ここで、Tmpはシリコンの融点(1685K)であり、Hは、下記の式(11)に示すように、空孔の形成エンタルピーH および格子間シリコンの形成エンタルピーH の平均値である。
【数17】
ここで、空孔の形成エンタルピーH および格子間シリコンの形成エンタルピーH は、それぞれ以下の式(12)および(13)により求められる。
【数18】
【数19】
【0036】
上記ξcri(P)の変化は、熱応力効果によって導入された点欠陥の挙動の変化を示しており、点欠陥の挙動への熱応力の効果は、ξcri(P)とξcri(0)とを比較することによって予測することができる。なお、ξcri(0)の値は0.163mm/min/Kである。
【0037】
ここで、下記の表1に示す、非特許文献4に記載された物性値、および非特許文献3に記載された応力係数の値(a =0.154meV/MPa、a =-0.07meV/MPa、a =0.03meV/MPa、a =-0.038meV/MPa)を用いて、上記式(10)により、ξcriを求めた。その際、応力Pの値は、直径300mmウェーハ用の結晶を育成する際の結晶中の一般的な応力値である-10MPaとした。
【0038】
【表1】
【0039】
上記計算結果から、a =0.03meV/MPa、a =-0.038meV/MPa(ただし、a =a =0meV/MPa)で応力Pの値が-10MPaとした場合のξcri(-10)の値は0.163mm/min/Kとなり、ξcri(-10)の値とξcri(0)の値とが同じであることが分かった。この結果から、ξcri(P)の値はa およびa の値に影響されず、適切な値、例えばゼロとすればよいことが分かる。
【0040】
次に、本発明者は、a およびa の値をゼロとして、a およびa の値をどのように決定すればよいかについて鋭意検討した。しかしながら、a およびa の値は、実験結果などとの比較によって、一義的に求めることができない。
【0041】
そこで、本発明者は、a およびa の値を様々な値に設定して上記式(10)により、ξcriの値を求めた。その結果、a -a の値が同じ場合には、a およびa の絶対値が異なっていても、ξcriすなわち臨界v/Gの値は同じであることが判明した。
【0042】
図2は、a -a の値と臨界v/G(=ξcri)の値との関係を示しており、a の値を-0.2、0および0.2meV/MPaとした場合について示している。図2から明らかなように、a -a の値が同じである場合には、a (およびa )の絶対値が異なっていても、臨界v/G(=ξcri)の値は同じである。この結果から、a -a をフィッティングパラメータとして、シミュレーションによって得られる結晶内の欠陥分布が実験から得られる欠陥分布を良好に再現するようにa -a を決定することにより、シリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることができることが分かる。これは、具体的には、a -a のうちの一方を固定値とし、他方をフィッティングパラメータとして行うことができ、例えばaの値を第1原理計算から求めた-0.07meV/MPaとし、a をフィッティングパラメータとすることができる。
【0043】
上記a -a の値をフィッティングパラメータとするフィッティングにおいて、移流拡散方程式(1)および(2)を解くことにより得られる下記の式(14)で表されるΔC、すなわち1273Kでの空孔の余剰濃度(C-C eq)と格子間シリコンの余剰濃度(C-C eq)との差ΔCは、結晶内の欠陥分布と対応することが報告されている(例えば、T.Y.Tan et al.and U.Gosele,Appl.Phys.A37,1(1985)参照)。
【数20】
【0044】
図3は、v/Gの値とシリコン単結晶内の欠陥分布との関係を示しており、横軸はシリコン単結晶の直径方向の位置を示している。図3に示すように、単結晶シリコンは、v/Gの値が大きい場合には、COPが検出される結晶領域であるCOP発生領域41に支配され、v/Gの値が小さくなるにつれて、特定の酸化熱処理を施すとリング状のOSF領域として顕在化するOSF潜在核領域42、酸素の析出が起きやすくCOPが検出されない結晶領域である酸素析出促進領域(以下、「P(1)領域」ともいう)43、酸素析出物が存在しCOPが検出されない結晶領域である酸素析出促進領域(以下、「P(2)領域」ともいう)44に支配される。
【0045】
v/Gがさらに小さくなると、酸素の析出が起きにくくCOPが検出されない結晶領域である酸素析出抑制領域(以下、「P領域」ともいう)45、そして侵入型転位クラスターが検出される結晶領域である転位クラスター領域(以下、「L/DL領域」ともいう)46に支配される。
【0046】
v/Gの値に応じて上述のような欠陥分布を示すシリコン単結晶から採取されるシリコンウェーハにおいて、P(1)領域43、P(2)領域44、およびP領域45の結晶領域のいずれか、あるいはそれらの組み合わせからなるシリコン単結晶から採取されるシリコンウェーハは、結晶欠陥のない無欠陥シリコンウェーハとなる。
【0047】
上述のように、上記式(14)で表されるΔCが結晶内の欠陥分布と対応することが報告されているが、ΔCの値が-0.2129×1013/cmの位置が、P領域45とL/DL領域46との境界になり得ることが報告されている(例えば、中村浩三,博士論文,「シリコン単結晶成長過程における点欠陥拡散および二次欠陥形成に関する研究」,東北大学、平成13年参照)。
【0048】
そこで、シミュレーションによって得られる結晶内の欠陥分布において、シミュレーションによって得られた結晶内の欠陥分布に対するΔC=-0.2129×1013/cmの位置が、実験的に得られた欠陥分布におけるP領域45とL/DL領域46との境界となるように、a -a を決定する。a およびa の少なくとも一方は、第1原理計算などの適切な計算手法によって求めることができるため、a およびa の値を決定することができる。
【0049】
なお、上記式(1)におけるC0,Vは、シリコン単結晶中の酸素濃度は考慮されていないが、以下のように、酸素濃度を考慮したC0,Vを求めることができる。
【0050】
まず、式(1)で表される熱平衡状態の空孔の濃度は、酸素濃度を考慮すると下記式(15)となる。
【数21】
ここで、OiはASTM F121-1979によって規定された酸素濃度であり、C0,V,Oiは定数である。
【0051】
また、融点での熱平衡状態の空孔の濃度に酸素濃度が与える効果は、下記の式(16)によって表される。
【数22】
ここで、C eq(Tmp,P,0)は、酸素濃度がゼロの場合の熱平衡状態の空孔の濃度であり、aは定数(例えば、4×10-12)である。
【0052】
上記式(15)および式(16)から、下記の式(17)が成り立つ。
【数23】
【0053】
上記式(17)から、C0,Vは、下記の式(18)のように表される。
【数24】
【0054】
このように得られた式(18)を用いて、酸素濃度Oiを考慮したC0,Vの値を求めることができる。これにより、異なる実験結果を用いたa のフィッティングを行うことが可能となり、また解析に一般性を持たせることができるようになる。また、本発明による点欠陥シミュレーターは、上記式(18)を用いなくてもP領域45とL/DL領域46との境界の形状を実験的に得られたものを再現することができるが、後述する実施例に示すように、結晶引き上げ方向の位置が実験的に得られたものからずれる場合がある。しかし、上記式(18)を用いることにより、結晶引き上げ方向の位置まで一致させることができるようになる。
【0055】
また、本発明による点欠陥シミュレーターは、シリコン単結晶とシリコン融液との固液界面の形状が上に凸である場合について、結晶内の空孔および格子間シリコンの濃度分布をより高精度に求めることができ、好ましい。
【0056】
さらに、本発明による点欠陥シミュレーターは、シリコン単結晶の直径が300mm以上である場合に、結晶内の空孔および格子間シリコンの濃度分布をより高精度に求めることができる。シリコン単結晶の直径が大きい場合には、結晶の内部と外部とで温度差が大きく、結晶内の熱応力が大きい。そのため、シリコン単結晶の直径が300mm以上と大口径である場合に、結晶内の空孔および格子間シリコンの濃度分布をより高精度に求めることができ、好ましい。
【0057】
このように、上記移流拡散方程式(1)および(2)に基づいて結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めるに当たり、上記式(6)および(7)における応力係数a またはa を実験的に得られた欠陥分布へのフィッティングパラメータとすることによって、結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることができる。
【0058】
(点欠陥シミュレーションプログラム)
本発明による点欠陥シミュレーションプログラムは、コンピュータに、上述した本発明による点欠陥シミュレーターとして機能させるためのプログラムである。このプログラムは、コンピュータの記憶部に格納することができ、コンピュータ内のCPUによって、各処理内容を実行するための処理内容を記述したプログラムを、適宜、記憶部から読み込んで各ステップを実行することができる。
【0059】
また、この処理内容を記述したプログラムを、例えばBlu-ray(登録商標)、DVD、CD-ROMなどの可搬型記録媒体の販売、譲渡、貸与等により流通させることができるほか、そのようなプログラムを、例えばネットワーク上にあるサーバの記憶部に記憶しておき、ネットワークを介してサーバから他のコンピュータにそのプログラムを転送することにより、流通させることができる。
【0060】
また、そのようなプログラムを実行するコンピュータは、例えば、可搬型記録媒体に記録されたプログラムまたはサーバから転送されたプログラムを、一旦、自己の記憶部に記憶することができる。また、このプログラムの別の実施態様として、コンピュータが可搬型記録媒体から直接プログラムを読み取り、そのプログラムに従った処理を実行することとしてもよく、さらに、このコンピュータにサーバからプログラムが転送される度に、逐次、受け取ったプログラムに従った処理を実行することとしてもよい。
【0061】
(点欠陥シミュレーション方法)
本発明による点欠陥シミュレーション方法は、上述した本発明による点欠陥シミュレーターを用いて、シリコン単結晶中の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めることを特徴とする。これにより、シリコン単結晶内の熱応力を加味して点欠陥の分布を求めることができる。
【0062】
シリコン単結晶とシリコン融液との固液界面の形状が上に凸である場合が好ましいこと、シリコン単結晶の直径が300mm以上である場合が好ましいことは既述の通りである。
【0063】
(シリコン単結晶の製造方法)
本発明によるシリコン単結晶の製造方法は、少なくとも1つの単結晶引き上げ装置について、上述した本発明による点欠陥シミュレーター、または本発明による点欠陥シミュレーション方法によって、上記単結晶引き上げ装置を用いて引き上げられるシリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて単結晶引き上げ装置の設計を行い、前記設計された単結晶引き上げ装置を用いて無欠陥のシリコン単結晶を製造することを特徴とする。
【0064】
上記本発明による点欠陥シミュレーター、または本発明による点欠陥シミュレーション方法によって、所定の単結晶引き上げ装置を用いてシリコン単結晶を引き上げる際のシリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求めることができる。これにより、無欠陥のシリコン単結晶が得られる引き上げ条件を見つけることができる。
【0065】
なお、得られた点欠陥の濃度分布から無欠陥のシリコン単結晶が得られる引き上げ条件が見つけられない場合には、無欠陥のシリコン単結晶が得られる引き上げ条件が見つけられるまで、単結晶引き上げ装置の設計の変更および点欠陥の濃度分布の計算を繰り返せばよい。
【0066】
上記「単結晶引き上げ装置の設計」とは、主に引き上げられているシリコン単結晶の熱環境に影響を与える単結晶引き上げ装置内の構造物の全てあるいは一部の設計を意味する。単結晶引き上げ装置内の構造物には、引き上げられているシリコン単結晶を囲繞する熱遮蔽体や水冷体、ヒーター、坩堝、ヒーターの周囲および下方に配置される断熱部材の他、坩堝内のシリコン融液も含まれる。つまり、「単結晶引き上げ装置の設計」とは、これら構造物の全てあるいは一部の寸法、形状、材質および相対的な位置関係を決定することである。また、単結晶引き上げ装置内の構造物の設計以外に、単結晶の熱環境に影響を与える単結晶引き上げ装置のチャンバーの形状やチャンバー内面の輻射率の設計にも本発明による点欠陥シミュレーターを用いることができる。
【0067】
こうして、無欠陥のシリコン単結晶が得られる引き上げ条件を見つけることができた単結晶引き上げ装置を用い、上記引き上げ条件でシリコン単結晶を引き上げることにより、無欠陥のシリコン単結晶を製造することができる。
【0068】
(単結晶引き上げ装置)
本発明による単結晶引き上げ装置は、上述した本発明による点欠陥シミュレーター、または本発明による点欠陥シミュレーション方法によって、シリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた空孔および格子間シリコンの濃度分布に基づいて設計された単結晶引き上げ装置である。
【0069】
例えば、無欠陥のシリコン単結晶を得るべく、所定の構成を有する単結晶引き上げ装置について、上述した本発明による点欠陥シミュレーター、または本発明による点欠陥シミュレーション方法によって、シリコン単結晶における点欠陥の濃度分布を求め、求めた点欠陥の濃度分布から、無欠陥のシリコン単結晶が得られることが判明した場合には、上記所定の構成を有する単結晶引き上げ装置が本発明による単結晶引き上げ装置に含まれる。
【0070】
なお、本発明による単結晶引き上げ装置は、上述の例のように無欠陥のシリコン単結晶が得られる装置に限定されず、特定の欠陥領域(例えば、COP発生領域)の結晶で構成されたシリコン単結晶が得られる装置も含む。
【実施例
【0071】
以下、本発明の実施例について説明するが、本発明は実施例に限定されない。
【0072】
<シリコン単結晶の製造>
CZ法により、直径300mmウェーハ用のシリコン単結晶(酸素濃度:10~15×1017atoms/cm)を製造した。具体的な引き上げ条件は、横磁場を印加した状態で,単結晶を引き上げるにつれて結晶成長速度を徐々に低下させたものである。得られたシリコン単結晶を引き上げ方向に沿って切断し、750℃にて5分間のCuデコレーション処理を行った後、選択エッチングであるWrightエッチングを行った。そして、顕微鏡により各欠陥領域を特定することにより、結晶内の欠陥分布を求めた。得られた欠陥分布を図4(a)に示す。
【0073】
(発明例)
本発明による点欠陥シミュレーターにより、上記シリコン単結晶の製造と同一条件下で引き上げ中の直径300mmウェーハ用のシリコン単結晶における空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めた。その際、式(8)におけるa および式(9)におけるa の値はゼロとするとともに式(7)におけるa の値を-0.07meV/MPaとし、a 図4(a)に示した実験的に得られた欠陥分布へのフィッティングパラメータとした。その際、式(14)に示したΔCの値が-0.2129×1013cm-3の位置は、図5(b)に示すように、a の値によって変化してしまう。これは、表1に示したC0,Vが応力を考慮せずに決定されているのに対して、式(6)においては応力を考慮しており、応力の扱いに違いがあるためにずれが生じたためと考えられる。
【0074】
そこで、式(18)を用い、図5(c)に示すように、a の値に合わせて、結晶中心でのP領域とL/DL領域との境界の位置が、図4(a)に示した実験的に得られた欠陥分布における位置に一致するC0,Vを求めた。そして、結晶中心での上記境界の位置が一致した状態にした状態で、P領域とL/DL領域との境界のピーク位置が、図4(a)に示した実験的に得られた欠陥分布におけるピーク位置(図5(a)における980mm位置)とが一致するa を求めた。その結果、a の値は0.12となった。このように、4つの応力係数a 、a 、a 、a の値を決定することができたため、結晶内の空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めた。得られた結果を図4(d)に示す。
【0075】
(従来例)
発明例と同様に、シリコン単結晶における空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めて、結晶内の欠陥分布を求めた。ただし、式(6)~(9)に代えて、応力の効果が加味されていない式(6’)~(9’)を用いた。その他の条件は、発明例と全て同じである。得られた結晶内の欠陥分布を図4(b)に示す。
【0076】
(比較例)
発明例と同様に、シリコン単結晶における空孔および格子間シリコンの濃度分布を求めて、結晶内の欠陥分布を求めた。ただし、式(6)~(9)における4つの応力係数の値のうち、a およびa の値は、非特許文献3に記載された、第1原理計算によって求められた値を用いた。その他の条件は、発明例と全て同じである。得られた結晶内の欠陥分布を図4(c)に示す。
【0077】
実験結果である図4(a)とシミュレーション結果である図4(b)~図4(d)とを比較すると、従来例に対応する図4(b)については、OSF領域の谷の位置が低すぎ、またP領域のピークを再現できていないことが分かる。また、比較例に対応する図4(c)については、P領域のピークを再現できているものの、OSF領域の谷の位置が高すぎることが分かる。これに対して、発明例に対応する図4(d)については、OSF領域およびP領域の形状を良好に再現できていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば、シリコン単結晶内の熱応力を加味して点欠陥の分布を求めることができるため、半導体産業において有用である。
【符号の説明】
【0079】
1 点欠陥シミュレーター
11 入力部
12 表示部
13 解析部
41 COP発生領域
42 OSF潜在核領域
43 酸素析出促進領域
44 酸素析出促進領域
45 酸素析出抑制領域
46 転位クラスター領域
図1
図2
図3
図4
図5