(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-01-30
(45)【発行日】2023-02-07
(54)【発明の名称】玉軸受及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 33/62 20060101AFI20230131BHJP
F16C 33/64 20060101ALI20230131BHJP
C23C 4/08 20160101ALI20230131BHJP
B23K 26/342 20140101ALI20230131BHJP
【FI】
F16C33/62
F16C33/64
C23C4/08
B23K26/342
(21)【出願番号】P 2019095313
(22)【出願日】2019-05-21
【審査請求日】2022-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】390001801
【氏名又は名称】大阪富士工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591069824
【氏名又は名称】旭精工株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【氏名又は名称】吉本 力
(72)【発明者】
【氏名】辰巳 佳宏
(72)【発明者】
【氏名】北村 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】宗兼 圭司
(72)【発明者】
【氏名】金野 泰幸
(72)【発明者】
【氏名】高杉 隆幸
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-153955(JP,A)
【文献】特表2002-514719(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/00-33/66
B23K 26/342
C23C 4/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪及び外輪の間に複数の玉が転動可能に設けられた玉軸受の製造方法であって、
前記内輪の外周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第1肉盛層を形成する第1肉盛層形成ステップと、
前記外輪の内周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第2肉盛層を形成する第2肉盛層形成ステップとを含
み、
前記第1肉盛層形成ステップでは、Ni基金属間化合物合金を含む第1溶材を溶融させ、当該第1溶材で前記内輪の外周面に第1肉盛層を形成し、
前記第2肉盛層形成ステップでは、Ni基金属間化合物合金を含む第2溶材を溶融させ、当該第2溶材で前記外輪の内周面に第2肉盛層を形成し、
前記第1肉盛層形成ステップでは、溶融させた前記第1溶材に第1硬質粒子を分散させ、
前記第2肉盛層形成ステップでは、溶融させた前記第2溶材に第2硬質粒子を分散させることを特徴とする玉軸受の製造方法。
【請求項2】
内輪及び外輪の間に複数の玉が転動可能に設けられた玉軸受の製造方法であって、
前記内輪の外周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第1肉盛層を形成する第1肉盛層形成ステップと、
前記外輪の内周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第2肉盛層を形成する第2肉盛層形成ステップとを含み、
前記第1肉盛層及び前記第2肉盛層の少なくとも一方には、前記玉の径よりも小さい幅の溝が前記周方向に沿って環状に形成されることを特徴とす
る玉軸受の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内輪及び外輪の間に複数の玉が転動可能に設けられた玉軸受及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
玉軸受(ボールベアリング)は、内輪と外輪の間に複数の玉が設けられることにより構成されている。内輪の外周面には、複数の玉に接触する環状の第1軌道面が形成されている。一方、外輪の内周面には、前記複数の玉に接触する環状の第2軌道面が形成されている。すなわち、複数の玉は、第1軌道面及び第2軌道面により挟持された状態で、第1軌道面及び第2軌道面に対して転動可能に設けられている。これにより、内輪又は外輪のいずれか一方が固定され、他方が回転されると、複数の玉が第1軌道面及び第2軌道面に沿って転動し、内輪及び外輪の相対的な回転が達成される。
【0003】
内輪及び外輪は、例えばステンレス鋼により形成されている。この場合、第1軌道面及び第2軌道面もステンレス鋼により形成されることとなる。しかしながら、このような構成を有する玉軸受は高温での耐摩耗性が高いとは言えず、400℃以上の高温環境下では長時間使用することができないため、この種の玉軸受の耐用限界温度は一般的に400℃にとどまっている。
【0004】
玉軸受などの軸受において、耐熱性を向上させるために、高温においても耐摩耗性や耐食性・耐酸化性に優れるセラミックス材料が用いられる場合がある。しかしながら、セラミックス材料は熱衝撃性に弱く、コストも高くなるといった課題がある(例えば、下記特許文献1参照)。このため、セラミックス材料を内外輪に用いた軸受の場合には、かえって寿命を短くしたり、使用上の荷重制限を著しく狭めることに繋がる。また、製造範囲が限られ、サイズ制約が著しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
玉軸受が使用される環境によっては、400℃以上(例えば600℃)の高温で2000時間以上の長時間にわたって使用可能な耐熱性が要求される場合がある。そのような高温環境下において、耐熱性に優れ、かつ低コストで製造可能な玉軸受が望まれていた。
【0007】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、耐熱性に優れ、かつ低コストで製造可能な玉軸受及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
(1)本発明に係る玉軸受は、複数の玉と、内輪と、外輪とを備える。前記内輪は、周方向に延びる環状の第1軌道面が外周面に形成され、当該第1軌道面に前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能である。前記外輪は、周方向に延びる環状の第2軌道面が内周面に形成され、当該第2軌道面に前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能である。前記第1軌道面及び前記第2軌道面は、Ni基金属間化合物合金を含む材料により形成されている。
【0009】
このような構成によれば、それぞれ複数の玉と接触する第1軌道面及び第2軌道面が、いずれもNi基金属間化合物合金を含む材料により形成される。これにより、複数の玉との接触に対する高温での耐摩耗性がより向上された第1軌道面及び第2軌道面を形成することができる。また、Ni基金属間化合物合金を含む材料で第1軌道面及び第2軌道面を形成することにより、使用に伴う加工硬化によって硬さが効果的に向上する。
【0010】
(2)別の本発明に係る玉軸受は、複数の玉と、内輪と、外輪とを備える。前記内輪は、周方向に延びる環状の第1軌道面が外周面に形成され、当該第1軌道面に前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能である。前記外輪は、周方向に延びる環状の第2軌道面が内周面に形成され、当該第2軌道面に前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能である。前記第1軌道面及び前記第2軌道面の少なくとも一方には、前記玉の径よりも小さい幅の溝が前記周方向に沿って環状に形成されている。
【0011】
このような構成によれば、複数の玉が第1軌道面及び第2軌道面に接触しながら転動することにより発生する摩耗粉が、接触面(軌道面)から溝へと排出される。これにより、摩耗粉に起因する接触面の損耗を防止することができるため、耐久性をより向上させることができる。また、複数の玉が第1軌道面及び第2軌道面に接触する箇所を分割し、接触点を増加させることができるため、負荷を分散させることができることから、玉軸受の負荷能力を向上させることができる。
【0012】
(3)本発明に係る玉軸受の製造方法は、内輪及び外輪の間に複数の玉が転動可能に設けられた玉軸受の製造方法であって、第1肉盛層形成ステップと、第2肉盛層形成ステップとを含む。前記第1肉盛層形成ステップでは、前記内輪の外周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第1肉盛層を形成する。前記第2肉盛層形成ステップでは、前記外輪の内周面に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより、前記複数の玉が接触して前記周方向に転動可能な環状の第2肉盛層を形成する。
【0013】
このような構成によれば、それぞれ複数の玉と接触する第1肉盛層及び第2肉盛層が、いずれもレーザークラッディングにより形成される。レーザークラッディングを用いることにより、内輪及び外輪の各母材に対する熱影響を最小限に抑えつつ、複数の玉との接触に対する高温での耐摩耗性が高い第1肉盛層及び第2肉盛層を形成することができる。これにより、耐熱性に優れた玉軸受を製造することができる。
【0014】
(4)前記第1肉盛層形成ステップでは、Ni基金属間化合物合金を含む第1溶材を溶融させ、当該第1溶材で前記内輪の外周面に第1肉盛層を形成してもよい。また、前記第2肉盛層形成ステップでは、Ni基金属間化合物合金を含む第2溶材を溶融させ、当該第2溶材で前記外輪の内周面に第2肉盛層を形成してもよい。
【0015】
このような構成によれば、Ni基金属間化合物合金を含む溶材を用いて、第1肉盛層及び第2肉盛層が形成される。これにより、内輪及び外輪全体をNi基金属間化合物合金で形成する場合に比べて、軌道面のみをNi基金属間化合物合金とすることで、低コストで高温での耐摩耗性がより高い玉軸受を製造することができる。
【0016】
(5)前記第1肉盛層形成ステップでは、溶融させた前記第1溶材に第1硬質粒子を分散させてもよい。また、前記第2肉盛層形成ステップでは、溶融させた前記第2溶材に第2硬質粒子を分散させてもよい。
【0017】
このような構成によれば、硬質粒子を分散させた溶材を用いて、第1肉盛層及び第2肉盛層が形成される。これにより、玉軸受の高温での耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0018】
(6)前記第1肉盛層及び前記第2肉盛層の少なくとも一方には、前記玉の径よりも小さい幅の溝が前記周方向に沿って環状に形成されていてもよい。
【0019】
このような構成によれば、複数の玉が第1肉盛層及び第2肉盛層に接触しながら転動することにより発生する摩耗粉が、接触面(軌道面)から溝へと排出される。これにより、摩耗粉に起因する接触面の損耗を防止することができるため、玉軸受の耐久性をより向上させることができる。また、複数の玉が第1肉盛層及び第2肉盛層に接触する箇所を分割し、接触点を増加させることができるため、負荷を分散させることができことから、玉軸受の負荷能力を向上させることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る玉軸受によれば、Ni基金属間化合物合金を含む材料を用いて第1軌道面及び第2軌道面を形成することにより、複数の玉との接触に対する高温での耐摩耗性がより向上された第1軌道面及び第2軌道面を形成することができる。
【0021】
別の本発明に係る玉軸受によれば、摩耗粉が接触面(軌道面)から溝へと排出され、摩耗粉に起因する接触面の損耗を防止することができるため、耐久性をより向上させることができる。
【0022】
本発明に係る玉軸受の製造方法によれば、レーザークラッディングを用いることにより、内輪及び外輪の各母材に対する熱影響を最小限に抑えつつ、複数の玉との接触に対する高温での耐摩耗性が高い第1肉盛層及び第2肉盛層を形成することができるため、耐熱性に優れた玉軸受を低コストで製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係る玉軸受の構成例を示した分解斜視図である。
【
図2】組み立てられた状態の玉軸受の断面図である。
【
図3】玉の周辺の構造を拡大して示した拡大断面図である。
【
図4】レーザークラッディングについて説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.玉軸受の構成例
図1は、本発明の一実施形態に係る玉軸受1の構成例を示した分解斜視図である。また、
図2は、組み立てられた状態の玉軸受1の断面図である。本発明は、深溝玉軸受、アンギュラ玉軸受、自動調心玉軸受又はスラスト玉軸受などの各種玉軸受に適用可能である。本実施形態における玉軸受1は、内輪2、外輪3及び複数の玉4を備えている。内輪2と外輪3は、同一の軸線L上に配置され、これらの間に複数の玉4が周方向に並べて配置される。
【0025】
内輪2は、例えばステンレス鋼などの金属からなる母材21により形成された円環状の部材である。ステンレス鋼としては、オーステナイト系、フェライト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼などを用いることができる。内輪2には、軸部材(図示せず)が挿通されて固定される。内輪2には、1つ又は複数のねじ孔22が形成されており、当該ねじ孔22にねじ込まれた固定具としてのねじ(図示せず)により、軸部材が内輪2内で固定される。ただし、ねじ孔22は省略されてもよい。
【0026】
外輪3は、例えばステンレス鋼などの金属からなる母材31により形成された円環状の部材である。ステンレス鋼としては、オーステナイト系、フェライト系又はマルテンサイト系のステンレス鋼などを用いることができる。外輪3の内径は、内輪2の外径よりも大きい。したがって、内輪2に対して同一の軸線L上に外輪3を配置することによって、内輪2の外側が外輪3により覆われ、内輪2の外周面と外輪3の内周面との間に空間5が形成される。この空間5内に複数の玉4が周方向に並べて配置される。
【0027】
複数の玉4は、それぞれ同一形状からなり、例えば少なくとも表面がセラミックスにより形成されている。玉4の径は、例えば0.8~47.6mmの範囲で玉軸受1のサイズに応じて決定される。玉軸受1の内輪2の内径が8~140mmであれば、玉4の径は例えば3.98~47.6mmであり、玉軸受1の内輪2の内径が12~140mmであれば、玉4の径は例えば7.98~47.6mmである。ただし、複数の玉4の材料は、表面がセラミックスにより形成された構成に限らず、内輪2の母材21や外輪3の母材31と同様に全体がステンレス鋼などの金属により形成されていてもよいし、金属以外の材料により形成されていてもよい。また、内輪2の母材21及び外輪3の母材31の材料は、それぞれステンレス鋼に限らず、他の金属又は金属以外の材料であってもよい。
【0028】
図3は、玉4の周辺の構造を拡大して示した拡大断面図であり、
図2の二点鎖線の部分を拡大して示している。内輪2と外輪3との間の空間5内に並べて配置された複数の玉4は、それぞれ内輪2の外周面及び外輪3の内周面に接触し、転動可能な状態で保持される。内輪2の外周面のうち、玉4に接触する部分は、玉4が転動する際の軌道を規定する第1軌道面61を構成している。また、外輪3の内周面のうち、玉4に接触する部分は、玉4が転動する際の軌道を規定する第2軌道面62を構成している。
【0029】
第1軌道面61は、内輪2の母材21の外周面に形成された第1肉盛層71の表面により構成されている。内輪2の母材21の外周面には、玉4に対向する部分に凹部23が形成されている。この凹部23は、玉4よりも大きい曲率半径を有する断面円弧状の凹湾曲面により形成されており、母材21の外周面において周方向に沿って環状に形成されている。第1肉盛層71は、凹部23の表面に形成されることにより環状に形成され、その表面に形成された第1軌道面61が、玉4と略同一の曲率半径を有する凹湾曲面となっている。ただし、第1軌道面61は、第1肉盛層71の表面により構成されるものに限らず、例えば内輪2の母材21の外周面に対する溶射、めっき又は焼きばめなどにより第1軌道面61が形成されてもよい。
【0030】
第2軌道面62は、外輪3の母材31の内周面に形成された第2肉盛層72の表面により構成されている。外輪3の母材31の内周面には、玉4に対向する部分に凹部32が形成されている。この凹部32は、玉4よりも大きい曲率半径を有する断面円弧状の凹湾曲面により形成されており、母材31の内周面において周方向に沿って環状に形成されている。第2肉盛層72は、凹部32の表面に形成されることにより環状に形成され、その表面に形成された第2軌道面62が、玉4と略同一の曲率半径を有する凹湾曲面となっている。ただし、第2軌道面62は、第2肉盛層72の表面により構成されるものに限らず、例えば外輪3の母材31の内周面に対する溶射、めっき又は焼きばめなどにより第2軌道面62が形成されてもよい。
【0031】
複数の玉4は、それぞれ第1軌道面61及び第2軌道面62に接触した状態で、周方向に転動可能に保持される。軸線Lを中心として、内輪2に対して外輪3を相対的に回転させた場合や、外輪3に対して内輪2を相対的に回転させた場合には、第1軌道面61と第2軌道面62との間で複数の玉4が転動することにより、円滑な回転を実現することができる。
【0032】
本実施形態では、
図1に示すように、複数の玉4が周方向に互いに隣接して配置されている。すなわち、周方向に沿って断続的に複数の玉4が設けられているのではなく、周方向に沿って連続的に複数の玉4が並べて配置されている。このような構成によれば、複数の玉4が周方向に移動するのを規制するための部材(リテーナ)を設ける必要がない。
【0033】
第1肉盛層71は、内輪2の母材21の外周面(凹部23の外周面)に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより形成される。一方、第2肉盛層72は、外輪3の母材31の内周面(凹部32の内周面)に対して、周方向にレーザークラッディングによる表面処理を行うことにより形成される。
【0034】
第1肉盛層71及び第2肉盛層72の厚みは、0.1~3mmであることが好ましく、0.5~1mmであればより好ましい。第1肉盛層71及び第2肉盛層72は、それぞれ周方向に沿って均一の厚みで形成されることにより、複数の玉4が周方向に沿って円滑に転動可能な第1軌道面61及び第2軌道面62が形成される。
【0035】
第1肉盛層71及び第2肉盛層72には、それぞれ周方向に沿って円環状に延びる溝8が形成されている。なお、「円環状」には、溝8が無端状に連続的に形成された構成だけでなく、周方向に断続的に形成された構成も含まれる。溝8は、第1肉盛層71及び第2肉盛層72の幅方向(軸線Lに平行な方向)の中央部に形成されている。すなわち、第1肉盛層71の第1軌道面61を構成する凹湾曲面の底部に溝8が形成されるとともに、第2肉盛層72の第2軌道面62を構成する凹湾曲面の底部に溝8が形成されている。
【0036】
溝8の幅Dは、玉4の径よりも小さい。より具体的には、溝8の幅Dは、玉4の径に対して70~90%であることが好ましく、75~80%であればより好ましい。溝8は、第1肉盛層71及び第2肉盛層72を形成した後に、第1軌道面61及び第2軌道面62に凹部を形成することにより構成されてもよいし、第1肉盛層71及び第2肉盛層72を形成する際に、それぞれ幅方向に間隔を隔てて複数列形成することにより、各列の間の空間により溝8が構成されてもよい。
【0037】
この例では、第1肉盛層71及び第2肉盛層72の両方に溝8が形成されているが、これに限らず、第1肉盛層71又は第2肉盛層72のいずれか一方にのみ溝8が形成された構成であってもよいし、溝8を省略した構成であってもよい。溝8は、1列だけ形成された構成に限らず、幅方向に並べて2列以上形成されていてもよい。溝8の断面形状は任意であり、U字状に限らず、V字状などの他の形状であってもよい。
【0038】
2.レーザークラッディングの具体例
図4は、レーザークラッディングについて説明するための概略図である。ここでは、内輪2の母材21の外周面に対して、周方向にレーザークラッディングを行うことにより、第1肉盛層71を形成する場合について説明する。ただし、外輪3の母材31の内周面に対して第2肉盛層72を形成する場合にも、同様の態様によりレーザークラッディングを行うことができる。
【0039】
レーザークラッディングには、熱源としてレーザービーム101が用いられる。ノズル100から出射されるレーザービーム101は、母材21に向かって集光するように照射される。ノズル100からは、レーザービーム101だけでなく、溶材102及びシールドガス103が噴射され、シールドガス103中で溶材102がレーザービーム101により溶融される。
【0040】
シールドガスとしては、例えばアルゴンガス又はヘリウムガスなどが用いられる。溶材102は、例えばNi基金属間化合物合金を含む粉末材料からなる。Ni基金属間化合物合金は、Ni(ニッケル)と他の金属との金属間の化合物からなる合金である。他の金属としては、シリコン(Si)、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、バナジウム(V)などを例示することができる。
【0041】
具体的には、Ni、Si及びTiを含むNi基金属間化合物合金や、Ni、Al及びVを含むNi基金属間化合物合金などが用いられる。Ni、Si及びTiを含むNi基金属間化合物合金において、Niは78.5at%以上81.0at%以下、Siは7.5at%以上12.5at%以下、Tiは1.5at%以上7.5at%以下であることが好ましく、Niが78.5at%以上80.5at%以下、Siが10.0at%以上12.0at%以下、Tiが4.5at%以上6.5at%以下であればより好ましい。Ni、Al及びVを含むNi基金属間化合物合金において、Niは65.0at%以上80.0at%以下、Alは4.0at%以上15.0at%以下、Vは4.0at%以上15.0at%以下であることが好ましく、Niが67.0at%以上77.0at%以下、Alが5.0at%以上10.0at%以下、Vが7.0at%以上14.0at%以下であればより好ましい。ただし、Ni基金属間化合物合金の組成は、上記に限られるものではない。
【0042】
レーザークラッディングの際には、レーザービーム101による入熱が制御され、低入熱で溶材102が溶融される。これにより、母材21の表面上で溶材102のみが溶融し、母材21の表面はほとんど溶融しない。レーザービーム101の照射位置及び溶材102の噴射位置は、母材21の外周面に対して周方向に徐々に移動され、これに伴って、溶融された溶材102が自然冷却されることにより、クラッディング層として母材21上に固着される。
【0043】
このようにして連続して形成されたクラッディング層により、Ni基金属間化合物合金を含む材料により形成された第1肉盛層71が構成される。レーザークラッディングを用いることにより、1mm以下の薄膜からなる第1肉盛層71を形成することが可能である。
【0044】
3.玉軸受の製造方法
玉軸受1を製造する際には、まず、金属を所定の形状に削り出すことにより、内輪2の母材21及び外輪3の母材31が形成される。その後、内輪2の母材21の外周面に第1肉盛層71を形成する第1肉盛層形成ステップと、外輪3の母材31の内周面に第2肉盛層72を形成する第2肉盛層形成ステップとが行われる。第1肉盛層形成ステップ及び第2肉盛層形成ステップは、どちらが先に行われてもよいし、同時に行われてもよい。
【0045】
第1肉盛層形成ステップでは、上記のように、Ni基金属間化合物合金を含む溶材102(第1溶材)を溶融させ、当該溶材102を自然冷却させることにより、内輪2の母材21の外周面に第1肉盛層71が形成される。本実施形態では、第1肉盛層形成ステップにおいて、溶融させた溶材102に硬質粒子(第1硬質粒子)を分散させる。
【0046】
硬質粒子としては、例えばタングステンカーバイド又はニオブカーバイドなどの炭化物からなる粒子が用いられる。溶材102中における硬質粒子の比率は、例えば10~60体積%であることが好ましく、20~50体積%であればより好ましく、30~40体積%であればさらに好ましい。ただし、硬質粒子は、タングステンカーバイド以外の炭化物からなる粒子であってもよいし、ホウ化物又は窒化物などのような炭化物以外の材料からなる粒子であってもよい。また、強度を向上するための硬質粒子に限らず、潤滑性を向上するための材料として、例えばグラファイトなどの他の各種材料を溶材102に分散させることも可能である。
【0047】
第2肉盛層形成ステップでは、第1肉盛層形成ステップと同様のレーザークラッディングにより、Ni基金属間化合物合金を含む溶材102(第2溶材)を溶融させ、当該溶材102を自然冷却させることにより、外輪3の母材31の外周面に第2肉盛層72が形成される。第2肉盛層形成ステップにおいては、第1肉盛層形成ステップと同様に、溶融させた溶材102に硬質粒子(第2硬質粒子)を分散させる。また、第2肉盛層形成ステップにおいて、硬質粒子以外の材料を溶材102に分散させてもよい。
【0048】
このようにして、内輪2の母材21の外周面に第1肉盛層71を形成し、外輪3の母材31の内周面に第2肉盛層72を形成した後、必要に応じて熱処理が行われ、その後に研削加工が施される。第1肉盛層71及び第2肉盛層72が、肉盛のままの状態で所定の金属組織が得られて必要な特性(硬さ)が発現していれば熱処理は不要であるが、必要な特性が得られていなければ第1肉盛層71及び第2肉盛層72に対して熱処理を施す必要がある。例えば、Ni-Al-V系のNi基金属間化合物合金(Ni基二重複相金属間化合物合金)の場合、本合金に特有な二重複相組織の形成により優れた高温強度特性が発現するが、レーザークラッディングの際に冷却速度が大きい(速い)と、二重複相組織が形成されない場合がある。この場合、肉盛層を融点以下の高温に加熱して適切な速度で冷却すると二重複相組織が形成され、肉盛層の強度向上が望める。
【0049】
内輪2の研削加工は、例えば内輪2の外周面及び側面に施された後、内輪2の内周面及び軌道面(第1軌道面61)に施される。外輪3の研削加工は、例えば外輪3の側面に施された後、外輪3の外周面及び軌道面(第2軌道面62)に施される。ただし、玉軸受1が小型の場合には、剛性を確保するために母材31を予め大きめに形成しておき、第2肉盛層形成ステップの後に切削工程を行ってから研削加工が施されてもよい。このようにして内輪2及び外輪3に研削加工が施された後、第1軌道面61及び第2軌道面62に超仕上げ加工(鏡面加工)が施される。そして、内輪2及び外輪3が所定のクリアランス(内部すきま)を有するように玉4と組み合わせられることにより、内輪2と外輪3と複数の玉4とが組み立てられる。このとき、第1肉盛層71と第2肉盛層72の間に複数の玉4が転動可能に保持されることにより、内輪2及び外輪3が相対的に回転可能な玉軸受1が製造される。内輪2、外輪3及び複数の玉4の組立時には、これらの各部材に固体潤滑剤が塗布されてもよい。固体潤滑剤としては、二硫化タングステン系又はグラファイト系の潤滑剤などを用いることができる。
【0050】
4.作用効果
(1)本実施形態では、それぞれ複数の玉4と接触する第1肉盛層71及び第2肉盛層72が、いずれもレーザークラッディングにより形成される。レーザークラッディングを用いることにより、内輪2及び外輪3の各母材21,31に対する熱影響を最小限に抑えつつ、複数の玉4との接触に対する高温での耐摩耗性が高い第1肉盛層71及び第2肉盛層72を形成することができる。これにより、耐熱性に優れた玉軸受1を低コストで製造することができる。
【0051】
(2)また、本実施形態では、Ni基金属間化合物合金を含む溶材102を用いて、第1肉盛層71及び第2肉盛層72が形成される。これにより、高温での耐摩耗性がより高い玉軸受1を製造することができる。
【0052】
(3)さらに、本実施形態では、硬質粒子を分散させた溶材102を用いて、第1肉盛層71及び第2肉盛層72が形成される。これにより、玉軸受1の高温での耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0053】
第1肉盛層71及び第2肉盛層72のビッカース硬さは、例えば600℃において300~500HVであることが好ましく、350~450HVであればより好ましく、約400HVであればさらに好ましい。このように、本実施形態における玉軸受1は、400℃以上(特に600℃)の高温環境下で十分な強度を有しており、高温環境下において長時間使用することが可能である。
【0054】
(4)本実施形態では、複数の玉4が第1肉盛層71及び第2肉盛層72に接触しながら転動することにより発生する摩耗粉が、接触面(軌道面61,62)から溝8へと排出される。これにより、摩耗粉に起因する接触面の損耗を防止することができるため、玉軸受1の耐久性をより向上させることができる。また、複数の玉4が第1肉盛層71及び第2肉盛層72に接触する箇所を分割し、接触点を増加させることができるため、負荷を分散させることができることから、玉軸受の負荷能力を向上させることができる。
【符号の説明】
【0055】
1 玉軸受
2 内輪
3 外輪
4 玉
5 空間
8 溝
21 母材
31 母材
61 第1軌道面
62 第2軌道面
71 第1肉盛層
72 第2肉盛層
100 ノズル
101 レーザービーム
102 溶材
103 シールドガス