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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-02
(45)【発行日】2023-02-10
(54)【発明の名称】高温強度と靭性に優れた熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230203BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20230203BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230203BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C21D9/00 M
C22C38/58
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021122796
(22)【出願日】2021-07-27
【審査請求日】2022-06-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000180070
【氏名又は名称】山陽特殊製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185258
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 宏理
(74)【代理人】
【識別番号】100101085
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 健至
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】難波 剛士
(72)【発明者】
【氏名】美谷 章生
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-080492(JP,A)
【文献】特開2013-213255(JP,A)
【文献】特開2019-116678(JP,A)
【文献】特開平11-106868(JP,A)
【文献】特開2019-019397(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104928586(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00ー38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.10~0.30%未満、Mn:0.50~2.00%、Ni:0.50~2.50%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、焼入焼戻しされた状態であって、式Aの値Aが27.4~29.3であり、使用前における10000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個以下であり、
さらに、鋼中のC,Cr,Mo,Vの成分変動の幅が、
(C max -C min )/C≦1.0、
(Cr max -Cr min )/Cr≦0.5、
(Mo max -Mo min )/Mo≦1.5、
(V max -V min )/V≦1.5
である熱間工具鋼。
ただし、式A:A=[T](log10[t]+24)/1000、なお、[T]及び[t]には、[T]:焼入温度(K)、[t]:焼入温度保持時間(h)の数値を代入する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱間鍛造金型等に使用される、高温強度と靭性に優れた熱間工具鋼に関する。関する。
【背景技術】
【0002】
熱間プレス鍛造や熱間押出しやダイカスト用の金型には、一般的に、日本産業規格(JIS)SKD61鋼が、熱間ハンマー鍛造用の金型には、JIS SKT4鋼が汎用的に使用されている。JIS SKD61鋼は強度と靭性の双方を比較的高位で兼備した金型用鋼ではあるが、使用中の割れによる早期破損が生じることが多く、靭性面では必ずしも十分ではない。また、JIS SKD61鋼の靭性は、熱疲労き裂の伸展を抑制するためには不足している。JIS SKT4鋼はハンマー鍛造による大きな衝撃にも耐え得るように靭性を重視した一方で、軟化抵抗性が低いために耐摩耗性が不足する。また、再生加工を目的とした型彫り面の引下げを繰返して行うと、焼入性が低いために中心部では硬さ低下が生じてしまい、強度不足から割れやヘタリなどが発生する。さらには、適用可能な硬さが低いために耐摩耗性や強度が不足し、熱間プレス鍛造や熱間押出の用途には向いていない。
【0003】
本出願人は、質量%で、C:0.37~0.45%、Si:0.3~1.2%、Mn:0.6~1.5%、Ni:0.3~1.0%、Cr:1.0~2.0%、Mo:1.1~1.4%、V:0.1~0.3%及び残部Feからなり、合金成分の式Lと式Yを特定の範囲と規定する熱間工具鋼を提案している(特許文献1参照。)。
もっとも、使用前の炭化物析出状態については考慮されておらず、高温強度が不十分であった。
【0004】
また、C:0.10~0.70%、Si:0.10~2.00%、Mn≦2.00%、Cr≦7.00%、WおよびMoの単独または複合で(1/2W+Mo):0.20~12.00%、V≦3.00%、さらにS:0.005%未満、Oが30ppm未満であり、残部が実質的にFeからなる組成の熱間加工用工具が提案されている(特許文献2参照。)。もっとも、成分変動の幅、使用前の炭化物析出状態についてはいずれも考慮されておらず、靭性が不十分であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-19374号公報
【文献】特開平11-6868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高温使用時にMC系、M2C系炭化物、炭窒化物が析出することで軟化抵抗、即ち高温強度が得られる。しかし、使用前の段階でM236系炭化物が多いと使用中のMC系、M2C系炭化物、炭窒化物析出量が減少し、高い高温強度が得られない。また、使用前に粗大な炭化物が多く存在すると靱性が低くなるといった問題がある。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、焼入れ条件を限定することで、圧鍛後に残存している、高温強度への寄与が小さいM236系炭化物を焼入れ工程にて固溶させ、これと同時に成分変動の幅を制御することで優れた靱性を得ることである。そして、焼入れ工程におけるM236炭化物の固溶により、マトリックス中の炭素量を増加させ、熱間工具鋼として使用中に、高温強度への寄与が大きいMC系、M2C系の微細な炭化物、炭窒化物を析出させることで、優れた高温強度を得ることである。すなわち、靭性と高温強度とを備えた熱間工具鋼を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述したような問題を解消するために、発明者らは鋭意開発を進めた結果、合金成分、焼入れ条件、炭化物状態、成分変動の幅を規定することで、優れた高温強度と靭性を兼備する熱間工具鋼が得られることを見出した。
【0009】
すなわち、課題を解決するための第1の手段は、質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.10~0.30%未満、Mn:0.50~2.00%、Ni:0.50~2.50%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつ式Aの値Aが27.4~29.3となるように焼入焼戻しされた状態であって、使用前における10000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個以下である、熱間工具鋼である。
ただし、式A:A=[T](log10[t]+24)/1000、なお、[T]及び[t]には、[T]:焼入温度(K)、[t]:焼入温度保持時間(h)の数値を代入する。
【0010】
その第2の手段は、第1の手段の鋼であって、鋼中のC,Cr,Mo,Vの成分変動の幅が、
(Cmax-Cmin)/C≦1.0、
(Crmax-Crmin)/Cr≦0.5、
(Momax-Momin)/Mo≦1.5、
(Vmax-Vmin)/V≦1.5
であることを特徴とする熱間工具鋼である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の手段の熱間工具鋼は、初期硬さからの減少幅は14HRC以内で、シャルピー衝撃試験も衝撃値は70J/cm2以上であるなど、高温強度と靭性を兼備した熱間工具鋼を得ることができる。
成分変動の幅を規定して良好に制御すると、内部偏析が小さく、シャルピー衝撃試験の衝撃値が85J/cm2以上となるので、より靭性が良好な熱間工具鋼を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
先ず、本願にかかる発明の実施の形態の記載に先立って、本発明の手段の熱間工具鋼に添加する化学成分を規定する理由、式Aを規定し、炭化物個数を規定する理由について説明する。なお、化学成分における%は質量%を示す。
【0013】
C:0.20~0.60%
Cは、十分な焼入性を確保し、炭化物、炭窒化物を形成させることで高温強度、硬度、耐摩耗性を得るための成分である。Cが0.20%未満であると、十分な高温強度が得られない。他方、Cが0.60%を超えると、凝固偏析を助長し、粗大な炭化物、炭窒化物が生じ、靭性が低下する。また、生じた炭化物が焼入れ時に未固溶で残存することで、熱間工具鋼として使用時の炭化物、炭窒化物析出量が減少し、高温強度の向上が望めない。そこで、Cは0.20~0.60%とする。好ましくは、Cは0.40~0.60%である。
【0014】
Si:0.10~0.30%未満
Siは、製鋼での脱酸効果、焼入性確保に必要な成分である。Siが0.10%未満であると十分な効果を発揮しない。他方、Siが0.30%以上であると靭性の低下を招く。そこでSiは0.10%以上0.30%未満とする。
【0015】
Mn:0.50~2.00%
Mnは製鋼での脱酸効果、焼入性の確保に必要な成分である。Mnが0.50%未満であると十分な効果を発揮しない。Mnが2.00%より多いと加工性の低下を招く。そこで、Mnは0.50~2.00%とする。
【0016】
Ni:0.50~2.50%
Niは焼入性の確保、靱性向上のために必要な成分である。Niが0.50%未満であると十分な効果を発揮しない。Niが2.50%より多いとコストが大きくなりすぎる。そこで、Niは0.50~2.50%とする。
【0017】
Cr:1.6~2.6%
Crは十分な焼入性の確保に必要な成分である。Crが1.6%未満では十分な焼入性が得られない。他方、Crを2.6%より多く添加すると、焼入焼戻し時にCr,Feを主体とするM236系の炭化物が過多に形成され、高温強度・軟化抵抗性および靱性を低下させる。そこで、Crは1.6~2.6%とする。
【0018】
Mo:0.3~2.0%
Moは焼入性と二次硬化、高温強度に寄与する析出炭化物を得るために有用な成分である。Moが0.3%未満であると十分な効果が得られない。Moが2.0%より多いと、過剰に添加しても効果が飽和するばかりか、炭化物が粗大凝集することにより靭性を
低下させる。また、コスト高になる。そこで、Moは0.3~2.0%とする。
【0019】
V:0.05~0.8%
Vは焼戻し時または熱間工具鋼として使用中に微細で硬質な炭化物、炭窒化物を析出し、強度や耐摩耗性に寄与する成分である。Vが0.05%より少ないとこれらの効果が十分には得られない。Vが0.80%より多いと、凝固時に粗大な炭化物、炭窒化物が晶出し、靭性を阻害する。そこでVは0.05~0.80%である。好ましくは、Vは0.05~0.20%である。
【0020】
値A:27.4~29.3
式A:A=[T](log10[t]+24)/1000
なお、[T]及び[t]には、[T]:焼入温度(K)、[t]:焼入温度保持時間(h)の数値を代入する。
式Aは、焼入温度と保持時間を規定することで、炭化物の固溶性を確保するための指標である。値Aが27.4以下となると、本発明の成分における鋼の焼入れによる炭化物の固溶が不十分となるので、熱間工具として使用する際の靭性、高温強度が不足する。他方、値Aが29.3を超えると、旧オーステナイト結晶粒の粗大化により靭性が低下する。そこで値Aを27.4~29.3とする。
【0021】
10000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数:150個以下
円相当径で1μm以上の炭化物が多すぎると、マトリックス中の炭素量が不足し、熱間工具鋼として使用中に析出するMC系、M2C系炭化物、炭窒化物の量が減少する。MC系、M2C系炭化物、炭窒化物は、熱間工具鋼として使用中に析出することで高温強度向上に寄与しているので、これらが減少してしまうと、十分な高温強度が得られないこととなる。また、円相当径1μm以上の炭化物が多すぎると応力が集中し、割れの起点や伝ぱ経路として作用するため、靱性を阻害することとなる。そこで、10000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数を150個以下とする。
【0022】
鋼中のC,Cr,Mo,Vの成分変動の幅が、
(Cmax-Cmin)/C≦1.0
(Crmax-Crmin)/Cr≦0.5
(Momax-Momin)/Mo≦1.5
(Vmax-Vmin)/V≦1.5
合金元素[M]について([M]Max-[M]Min)/[M]で評価するとき、各合金元素([M]は、C、Cr、Mo、Vである。)の内部偏析による成分のばらつきが大きいと、炭化物、炭窒化物 の分布差、変形能差が大きくなるので、靭性を低下させることとなる。
そこで、C、Cr、Mo、Vについての成分変動の幅について規制することが望ましい。
なお、偏析による成分変動幅は、鋼材のL面をEPMA(Electron Prove Micro Analysis)を用いて0.5mm×0.5mm範囲の濃度プロファイルを測定する。
また、1225℃~1300℃の範囲で、鋼塊中心部を10~40時間均熱保持するソーキング処理の適用は、成分変動の値を効果的に小さくすることを可能にする。
【0023】
(実施例)
表1の発明鋼No.1~28及び表2の比較鋼No.29~40に記載の化学成分と残部Fe及び不可避不純物からなる鋼を100kgVIMで溶製し、インゴットに造塊した。なお、発明鋼No.1~20に関しては上記の範囲でソーキングを行った。その後、これらのインゴットを1220℃に加熱して、角15に鍛伸した。なお、バルクの各鋼の成分組成は、ICP分光分析で確認した。
その後、850~960℃に加熱し、各種時間(30分~3時間)保持することで、オーステナイト組織を得た。次いで油冷する焼入れを実施し、さらに500~700℃に加熱した後、空冷の焼戻しを2回実施し、39~41HRCに調質した。さらに機械加工にて供試材を得た。
なお、表1の化学成分の残部はFeと不可避的不純物である。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
【0026】
(炭化物量の測定)
焼入焼戻し材の鋼材中心をバフ研磨にて鏡面研磨した後、炭化物が多く観察される箇所を30視野選択し、電子顕微鏡にて10,000倍で観察される円相当径1μm以上の炭化物個数を画像解析により計測した。10,000μm2あたりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個以下となったものをAとし、これより個数の多いものをCとした。
【0027】
(成分変動の幅の評価)
各試験片について、そのL面(鋼板の圧延方向及び板厚方向に平行な面、いわゆる長手断面)を鏡面研磨した後、EPMA(Electron Prove Micro Analysis)を用いて0.5mm×0.5mm範囲の濃度プロファイルを測定した。合金元素[M]について([M]Max-[M]Min)/[M]で評価した。結果を成分変動の幅として表3、表4に示す。
C,Cr,Mo,Vについて全ての合金元素で[M]Max-[M]Min)/[M]の値が規定の値内である場合は、成分変動の幅の規定要件を満たす優れたものとしてA評価とし、一成分でも変動幅が大きく要件を満たさなかったものは劣るものとしてC評価とした。表1、表2に成分変動の幅の評価結果を示した。
【0028】
【表3】
【0029】
【表4】
【0030】
(高温強度)
各試験片の焼入焼戻し材のHRC硬さを測定した後、さらに600℃で100時間保持後空冷し、室温におけるHRC硬さを測定して、初期硬さからの減少値をもって高温強度を評価した。減少値が14HRC以下となったものをAとし、減少値がこれより大きいものをCとした。
【0031】
(靱性)
JIS規定の3号角10mm、長さ55mmからなるUノッチの試験片に対し、硬さが39~41HRCになるように焼入焼戻しを施して、常温でシャルピー衝撃試験を行うことで靱性を評価した。衝撃値70J/cm2以上となったものをA、特に85J/cm2以上をA+とした、70J/cm2未満のものをCとした。
【0032】
発明例No.1~28は、表1に示すように、いずれも化学成分の規定範囲内であって、式Aの値を満足しており、円相当径1μm以上の炭化物個数も少ないものとなった。そこで、シャルピー衝撃試験では衝撃値は70J/cm2以上を示したので靭性はA評価であり、初期硬さからの減少幅も14HRC以内で高温強度(軟化抵抗性)もAの評価で優れたものとなるなど、高温強度と靭性を兼備した熱間工具鋼が得られた。
【0033】
比較例No.29は、C量が少ないため、高温強度が低いものとなった。
比較例No.30は、C量が多く、円相当径1μm以上の炭化物個数が多く、成分変動の幅が大きいため、靭性、高温強度が低いものとなった。
比較例No.31は、Si量が多く、靭性が低いものとなった。
比較例No.32は、Ni量が少なく、靭性が低いものとなった。
比較例No.33は、Cr量が多く、円相当径1μm以上の炭化物個数が多く、成分変動の幅が大きいため、靭性、高温強度が低いものとなった。
比較例No.34は、Mo量が少なく、高温強度が低いものとなった。
比較例No.35は、Mo量が多く、円相当径1μm以上の炭化物個数が多く、成分変動の幅が大きいため、靭性、高温強度が低いものとなった。
比較例No.36は、V量が少なく、高温強度が低い。
比較例No.37は、V量が多く、円相当径1μm以上の炭化物個数が多く、成分変動の幅が大きいため、靭性が低いものとなった。
比較例No.38は、式Aの値が小さく、円相当径1μm以上の炭化物個数が多いため、靭性、高温強度が低いものとなった。
比較例No.39は、式Aの値が大きく、靭性が低いものとなった。
比較例No.40は、円相当径1μm以上の炭化物個数が多く、靭性、高温強度が低いものとなった。
【要約】
【課題】 高い軟化抵抗性、焼入性、靭性を兼ね備えた熱間工具鋼の提供。
【解決手段】 質量%で、C:0.20~0.60%、Si:0.10~0.30%未満、Mn:0.50~2.00%、Ni:0.50~2.50%、Cr:1.6~2.6%、Mo:0.3~2.0%、V:0.05~0.80%、残部がFeおよび不可避的不純物であり、かつ式Aの値Aが27.4~29.3となるように焼入焼戻しされた状態であって、使用前における10000μm2当たりの円相当径1μm以上の炭化物個数が150個以下である、熱間工具鋼。ただし、式A:A=[T](log10[t]+24)/1000。
【選択図】 なし