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特許7228109ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、及びポリアリーレンスルフィド樹脂成形品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-15
(45)【発行日】2023-02-24
(54)【発明の名称】ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、及びポリアリーレンスルフィド樹脂成形品
(51)【国際特許分類】
   C08G 75/0281 20160101AFI20230216BHJP
   C08G 75/029 20160101ALI20230216BHJP
   C08J 3/20 20060101ALI20230216BHJP
   C08L 81/02 20060101ALI20230216BHJP
【FI】
C08G75/0281
C08G75/029
C08J3/20 Z CEZ
C08L81/02
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022547720
(86)(22)【出願日】2022-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2022013800
【審査請求日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2021157738
(32)【優先日】2021-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【弁理士】
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【弁理士】
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【弁理士】
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】茨木 拓
(72)【発明者】
【氏名】池田 まい
(72)【発明者】
【氏名】古沢 高志
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-130792(JP,A)
【文献】特開2021-113279(JP,A)
【文献】特開2020-070445(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 75/00-75/32
C08J 3/20
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂を重合する工程(1)、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂を精製して精製ポリアリーレンスルフィド樹脂を調製する工程(2)、及び、
前記精製ポリアリーレンスルフィド樹脂の少なくとも一部から形成された試験片を評価する工程(3)、を有するポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法であって、
工程(3)が、前記精製ポリアリーレンスルフィド樹脂を溶融させた溶融ポリアリーレンスルフィド樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程(3-1)と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定するゼータ電位測定工程(3-2)と、
前記工程(3-2)により測定されたゼータ電位値が-50~-65mVの範囲のポリアリーレンスルフィド樹脂を判別する判別工程(3-3)とを有し、
pH7.8~8.2におけるゼータ電位値が-50~-65mVの範囲である、ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項2】
前記ゼータ電位値が-50~-65mVの範囲内となるよう、前記工程(1)又は前記工程(2)において、前記ポリアリーレンスルフィド樹脂に酸を添加する、請求項1に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項3】
前記工程(2)が、工程(1)で得たポリアリーレンスルフィド樹脂を、140℃~260℃かつ前記ポリアリーレンスルフィド樹脂の総重量に対して1.5~10倍量の熱水で洗浄する工程を有するものである、請求項1又は2に記載のポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法。
【請求項4】
前記請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂と、反応性官能基を有する物質とを配合して、溶融混練する工程を有し、かつ、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂のpH7.8~8.2における試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲である、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【請求項5】
前記請求項に記載の製造方法で得られたポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を溶融成形する工程を含む、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアリーレンスルフィド樹脂の製造方法、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物、及びポリアリーレンスルフィド樹脂成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下、これを「PPS樹脂」とも略記する。)に代表されるポリアリーレンスルフィド樹脂(以下、これを「PAS樹脂」とも略記する。)は、耐熱性及び耐薬品性等に優れることから、電気電子部品、自動車部品、水回り部品、繊維、又はフィルム用途等に幅広く利用されている。上記の用途に採用されているPAS樹脂は、ガラス繊維、フィラー、エラストマー等、様々な添加剤を組み合わせることによって、その機能を最大限に発現している。そのため、ガラス繊維等の添加剤とPAS樹脂との界面の反応性及びエラストマーとPAS樹脂との反応性の制御が、得られるPAS樹脂(部品)の機能発現に不可欠な技術となっている。例えば、特許文献1には、従来のPAS樹脂よりエポキシシランとの反応性が高いPAS樹脂に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平06-256517号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、PAS樹脂と異種材料との界面の反応性に大きく寄与する因子であるPAS樹脂の分子末端の官能基については一切検討されていない。また、PAS樹脂には、200℃以上の高温及び高圧下で重合されるという特有の事情が内在する。これにより、PAS樹脂の重合中、副反応が多く進行する結果、反応性に大きく寄与するPAS樹脂中の分子末端には、様々な官能基が混在してしまうという実情がある。さらには、PAS樹脂の高い耐熱性/耐薬品性によって分析処方が限定的となり、未だに各種官能基量の定量化には至っていないのが現状である。そのため、PAS樹脂と異種材料との界面の反応性をPAS樹脂の分子末端構造により制御することは、非常に障壁の高い技術ではあるが、様々な応用が期待されることから各技術分野から要求されている技術である。
【0005】
そこで、本発明は、優れた機械的強度、特に引張強度を備え、かつ、ロット間の物性ばらつきの小さいPAS樹脂成形品、それを構成する反応性に優れた樹脂及び樹脂組成物、さらにそれらの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記問題点に鑑み、鋭意研究し、実験を重ねた結果、特定条件下での流動電位法によるゼータ電位値により評価した特定のポリアリーレンスルフィド樹脂を用いると、上記の課題を解決しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明は、PAS樹脂を重合する工程(1)、
前記PAS樹脂を精製して精製PAS樹脂を調製する工程(2)、及び
前記精製PAS樹脂の少なくとも一部から形成された試験片を評価する工程(3)、を有するPAS樹脂の製造方法であって、
工程(3)が、前記精製PAS樹脂を溶融させた溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程(3-1)と、
前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定するゼータ電位測定工程(3-2)と、
前記工程(3-2)により測定されたゼータ電位値が-50~-65mVの範囲のPAS樹脂を判別する判別工程(3-3)、を有する、PAS樹脂の製造方法である。
【0008】
また、本発明は、pH7.8~8.2における試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲である、PAS樹脂である。換言すると、本発明は、表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲を示すPAS樹脂であって、前記表面のゼータ電位値は、前記PAS樹脂の少なくとも一部を有する試験片から測定されることを特徴とする、PAS樹脂である。
【0009】
また、pH7.8~8.2における試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲であるPAS樹脂と、反応性官能基を有する物質を配合してなることを特徴とする、PAS樹脂組成物である。
【0010】
本発明の成形品は、前記記載のPAS樹脂組成物を溶融成形してなる。
【0011】
本発明のPAS樹脂組成物の製造方法は、前記請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法で得られたPAS樹脂と、反応性官能基を有する物質とを配合して、溶融混練する工程を有し、かつ、
前記PAS樹脂のpH7.8~8.2における試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲であることを特徴とする。
【0012】
本発明の成形品の製造方法は、前記記載の製造方法で得られたPAS樹脂組成物を溶融成形する工程を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、PAS樹脂の表面特性を高精度に定量化し判別することにより、従来よりもより高精度に特定の反応性を有する樹脂を得ることができる。また、当該樹脂用いることにより、物性のばらつきが少なく、かつ、優れた機械的強度、特に優れた引張強度を備えたPAS成形品及びそれを構成する樹脂組成物並びにその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、流動電位法によるゼータ電位の測定方法の一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」と言う。)について詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0016】
<PAS樹脂の製造方法>
本実施形態に係るPAS樹脂の製造方法は、PAS樹脂を重合する工程(1)と、前記PAS樹脂を精製して精製PAS樹脂を調製する工程(2)と、前記精製工程を経て得られた精製PAS樹脂の少なくとも一部から作製した試験片を評価する工程(3)とを有する。そして、前記工程(3)は、前記精製PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を調製した後、前記溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程(3-1)と、前記試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定するゼータ電位測定工程(3-2)と、前記工程(3-2)により測定されたゼータ電位値が-50~-65mVの範囲のPAS樹脂を判別する判別工程(3-3)、を有する。
【0017】
換言すると、本実施形態のPAS樹脂の製造方法は、得られるPAS樹脂の表面特性を評価する目的で当該PAS樹脂の少なくとも一部から評価試料である試験片を作製した後、特定条件下において当該試験片のゼータ電位を測定することにより、得られるPAS樹脂の表面特性を把握するものである。これにより、PAS樹脂の表面特性を高精度に定量化できるため、従来よりも均質な反応性を有する樹脂を判別できる。その結果、物性のばらつきが少なく、かつ、優れた機械的強度、特に優れた引張強度を備えたPAS樹脂成形品及びその製造方法を提供できる。
【0018】
なお、本明細書では説明の便宜上、工程(2)の精製処理を経て得られたPAS樹脂を精製PAS樹脂と称し、溶融したPAS樹脂を溶融PAS樹脂と称する。
【0019】
以下、本実施形態のPAS樹脂の製造方法の各工程について説明する。
・工程(1)(重合工程)
工程(1)は、PAS樹脂を重合する工程である。当該工程(1)は、特に制限されることはなく、目的物であるPAS樹脂の化学構造に応じて公知の重合方法を適用することができる。また、本実施形態における重合工程の好ましい態様としては、得られるPAS樹脂の少なくとも一部から形成された評価試料である試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲を示しやすい特定の重合条件をさらに適用するものである。そこで以下、本実施形態に適用できる一般的な重合方法を説明した後、原料及び特定の重合条件を詳説する。
【0020】
<重合方法>
本実施形態に適用できるPAS樹脂の重合方法としては特に限定されないが、例えば(製造法1)硫黄と炭酸ソーダの存在下でジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法2)極性溶媒中でアルカリ金属硫化物及び/又はアルカリ金属水硫化物(以下、スルフィド化剤と略すことがある。)剤等の存在下にジハロゲノ芳香族化合物を、必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加えて、重合させる方法、(製造法3)p-クロルチオフェノールを、必要ならばその他の共重合成分を加えて、自己縮合させる方法、(製造法4)ジヨード芳香族化合物と単体硫黄を、カルボキシ基やアミノ基等の官能基を有していてもよい重合禁止剤の存在下、減圧させながら溶融重合させる方法、等が挙げられる。これらの方法のなかでも、(製造法2)の方法が汎用的であり好ましい。反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、反応の際に、重合度を調節するためにカルボン酸やスルホン酸のアルカリ金属塩や、水酸化アルカリを添加しても良い。上記(製造法2)方法のなかでも、ジハロゲノ芳香族化合物類、極性有機溶媒、及びスルフィド化剤を含む配合物が、(極性有機溶媒)/(スルフィド化剤)=0.02/1~0.9/1(モル比)の範囲になるように反応器に仕込み、好ましくは不活性ガス雰囲気下開放系で昇温を開始して、前記配合物を脱水し、かつ当該脱水の進行とともに固形物を析出させ、均一に各成分を分散させた低含水固形物を得た後、所定の温度に冷却して、必要により極性有機溶媒及び/又はジハロゲノ芳香族化合物類をさらに前記低含水固形物に添加し、不活性ガス雰囲気下にて重合を行う方法(特許3637543号公報参照。)や、固形のアルカリ金属硫化物及び非プロトン性極性有機溶媒の存在下でジハロゲノ芳香族化合物と必要ならばポリハロゲノ芳香族化合物ないしその他の共重合成分を加え、アルカリ金属水硫化物及び有機酸アルカリ金属塩を、硫黄源1モルに対して0.01~0.9モルの範囲の有機酸アルカリ金属塩及び反応系内の水分量を非プロトン性極性有機溶媒1モルに対して0.02モル以下の範囲にコントロールしながら反応させる方法(WO2010/058713号パンフレット参照。)が特に好ましい。
【0021】
本実施形態の工程(1)としては、上記製造法2を用いた重合方法、より詳細には、極性溶媒(例えば、極性有機溶媒)中、少なくとも1種のポリハロゲノ芳香族化合物と少なくとも1種のスルフィド化剤とを適当な重合条件下で反応して得られるPAS樹脂を含有する反応混合物(スラリー)を得る工程を一例に挙げて以下説明する。また、本実施形態においては、スラリーがスルフィド化剤及び有機溶媒の存在下に、ポリハロゲノ芳香族化合物及び/又は有機溶媒を連続的、乃至、断続的に加えながら反応させることにより得られる形態も包含する。
【0022】
本実施形態で用いられるポリハロ芳香族化合物とは、例えば、芳香族環に直接結合した2個以上のハロゲン原子を有するハロゲン化芳香族化合物であり、具体的には、p-ジハロベンゼン、m-ジハロベンゼン、o-ジハロベンゼン、2,5-ジハロトルエン、1,4-ジハロナフタレン、1-メトキシ-2,5-ジハロベンゼン、4,4’-ジハロビフェニル、3,5-ジハロ安息香酸、2,4-ジハロ安息香酸、2,5-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロニトロベンゼン、2,4-ジハロアニソール、p,p’-ジハロジフェニルエーテル、4,4’-ジハロベンゾフェノン、4,4’-ジハロジフェニルスルホン、4,4’-ジハロジフェニルスルホキシド、4,4’-ジハロジフェニルスルフィド、及び、上記各化合物の芳香環に炭素原子数1~18のアルキル基を有する化合物が挙げられる。上述のジハロゲノ芳香族化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、ジハロゲノ芳香族化合物以外のポリハロゲノ芳香族化合物としては、1,2,3-トリハロベンゼン、1,2,4-トリハロベンゼン、1,3,5-トリハロベンゼン、1,2,3,5-テトラハロベンゼン、1,2,4,5-テトラハロベンゼン、1,4,6-トリハロナフタレンなどが挙げられる。また、これらの化合物をブロック共重合してもよい。上記具体例の中でも好ましいのはジハロゲン化ベンゼン類であり、特に好ましいのはp-ジクロルベンゼンを80モル%以上含むものである。なお、上述のポリハロゲノ芳香族化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、上記各ハロゲノ芳香族化合物中に含まれるハロゲン原子は、塩素原子及び/又は臭素原子であることが好ましい。
【0023】
また、枝分かれ構造とすることによってPAS樹脂の粘度増大を図る目的で、1分子中に3個以上のハロゲン置換基を有するポリハロゲノ芳香族化合物を分岐剤として所望に応じて用いてもよい。このようなポリハロゲノ芳香族化合物としては、例えば、1,2,4-トリクロルベンゼン、1,3,5-トリクロルベンゼン、1,4,6-トリクロルナフタレン等が挙げられる。
【0024】
更に、アミノ基、チオール基、ヒドロキシル基等の活性水素を持つ官能基を有するポリハロゲノ芳香族化合物を挙げることができ、具体的には、2,6-ジクロルアニリン、2,5-ジクロルアニリン、2,4-ジクロルアニリン、2,3-ジクロルアニリン等のジハロアニリン類;2,3,4-トリクロルアニリン、2,3,5-トリクロルアニリン、2,4,6-トリクロルアニリン、3,4,5-トリクロルアニリン等のトリハロアニリン類;2,2’-ジアミノ-4,4’-ジクロルジフェニルエーテル、2,4’-ジアミノ-2’,4-ジクロルジフェニルエーテル等のジハロアミノジフェニルエーテル類及びこれらの混合物においてアミノ基がチオール基やヒドロキシル基に置き換えられた化合物などが例示される。
【0025】
また、これらの活性水素含有ポリハロゲノ芳香族化合物中の芳香族環を形成する炭素原子に結合した水素原子が他の不活性基、例えばアルキル基などの炭化水素基に置換している活性水素含有ポリハロゲノ芳香族化合物も使用できる。
【0026】
これらの各種活性水素含有ポリハロ芳香族化合物の中でも、好ましいのは活性水素含有ジハロゲノ芳香族化合物であり、特に好ましいのはジクロルアニリンである。
【0027】
ニトロ基を有するポリハロゲノ芳香族化合物としては、例えば、2,4-ジニトロクロルベンゼン、2,5-ジクロルニトロベンゼン等のモノ又はジハロニトロベンゼン類;2-ニトロ-4,4’-ジクロルジフェニルエーテル等のジハロニトロジフェニルエーテル類;3,3’-ジニトロ-4,4’-ジクロルジフェニルスルホン等のジハロニトロジフェニルスルホン類;2,5-ジクロル-3-ニトロピリジン、2-クロル-3,5-ジニトロピリジン等のモノ又はジハロニトロピリジン類;或いは各種ジハロニトロナフタレン類などが挙げられる。
【0028】
極性有機溶媒としては、ホルムアミド、アセトアミド、N-メチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、テトラメチル尿素、N-メチル-2-ピロリドン、2-ピロリドン、N-メチル-ε-カプロラクタム、ε-カプロラクタム、ヘキサメチルホスホルアミド、N-ジメチルプロピレン尿素、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン酸などのアミド、尿素及びラクタム類;スルホラン、ジメチルスルホラン等のスルホラン類;ベンゾニトリル等のニトリル類;メチルフェニルケトン等のケトン類及びこれらの混合物を挙げることができ、これらの中でもN-メチル-2-ピロリドン、2-ピロリドン、N-メチル-ε-カプロラクタム、ε-カプロラクタム、ヘキサメチルホスホルアミド、N-ジメチルプロピレン尿素、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン酸の脂肪族系環状構造を有するアミドが好ましく、N-メチル-2-ピロリドンがさらに好ましい。
【0029】
本実施形態で用いられるスルフィド化剤としては、アルカリ金属硫化物及び/又はアルカリ金属水硫化物が挙げられる。
【0030】
アルカリ金属硫化物としては、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウム及びこれらの混合物が含まれる。かかるアルカリ金属硫化物は、水和物あるいは水性混合物あるいは無水物として使用することができる。また、アルカリ金属硫化物はアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物との反応によっても導くことができる。尚、通常、アルカリ金属硫化物中に微量存在するアルカリ金属水硫化物、チオ硫酸アルカリ金属と反応させるために、少量のアルカリ金属水酸化物を加えても差し支えない。
【0031】
アルカリ金属水硫化物としては、硫化水素リチウム、硫化水素ナトリウム、硫化水素ルビジウム、硫化水素セシウム及びこれらの混合物が含まれる。かかるアルカリ金属水硫化物は、水和物あるいは水性混合物あるいは無水物として使用することができる。
【0032】
また、前記アルカリ金属水硫化物はアルカリ金属水酸化物と伴に用いる。当該アルカリ金属水酸化物としては、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウム等が挙げられるが、これらはそれぞれ単独で用いても良いし、2種以上を混合して用いても良い。これらの中でも、入手が容易なことから水酸化リチウムと水酸化ナトリウム及び水酸化カリウムが好ましく、特に水酸化ナトリウムが好ましい。
【0033】
本実施形態に用いるPAS樹脂の製造方法は、原料として含水スルフィド化剤を用いることもでき、その場合、少なくとも非プロトン性極性溶媒の存在下で、含水スルフィド化剤を脱水する工程を経て、PAS樹脂の重合反応に供することが好ましい。また、非プロトン性極性溶媒の仕込み量が少ない場合、例えば、スルフィド化剤の硫黄原子1モルに対して、1モル未満の場合、ポリハロ芳香族化合物の存在下で、含水スルフィド化剤と、非プロトン性極性溶媒とを、脱水させることが好ましい。
【0034】
含水スルフィド化剤の脱水は、少なくとも非プロトン性極性溶媒と、含水スルフィド化剤として含水アルカリ金属硫化物または含水アルカリ水硫化物及びアルカリ金属水酸化物を、蒸留装置が設けられた反応容器に仕込み、水が共沸により除去される温度、具体的には、300℃以下の範囲、好ましくは80~220℃の範囲、より好ましくは100~200℃の範囲にまで加熱して、蒸留により水を系外に排出することにより行う。脱水工程では、重合反応を行う系内の水分量が、スルフィド化剤の硫黄原子1モルに対して、5モル以下、より好ましくは、0.01~2.0モルの範囲となるまで脱水することが好ましい。
【0035】
PAS樹脂の重合条件は一般に、温度200~330℃の範囲であり、圧力は重合溶媒及び重合モノマーであるポリハロ芳香族化合物を実質的に液相に保持するような範囲であるべきであり、一般には0.1~20MPaの範囲、好ましくは0.1~2MPaの範囲より選択される。ポリハロ芳香族化合物の仕込量は、前記スルフィド化剤の硫黄原子1モルに対して、0.2モル~5.0モルの範囲、好ましくは0.8~1.3モルの範囲、さらに好ましくは0.9~1.1モルの範囲となるよう調製する。また、非プロトン性極性溶媒の仕込量は、スルフィド化剤の硫黄原子1モルに対して、1.0~6.0モルの範囲、好ましくは2.5~4.5モルの範囲となるよう調整する。なお、重合反応は少量の水の存在下に行うことが好ましく、その割合は、重合方法や得られるポリマーの分子量や生産性との兼ね合いで適宜調整することが好ましい。具体的には、スルフィド化剤の硫黄原子1モルに対して2.0モル以下、好ましくは1.6モル以下の範囲となるよう脱水操作を行うが、さらにポリハロ芳香族化合物の存在下で脱水操作を行う場合(例えば、下記具体的態様における「5)」の方法)においては0.9モル以下、好ましくは0.05~0.3モル、より好ましくは0.01~0.02モル以下の範囲となるよう脱水操作を行えばよい。
【0036】
上記した極性有機溶媒の存在下、スルフィド化剤とポリハロ芳香族化合物とを重合させる具体的態様としては、例えば、
1)アルカリ金属カルボン酸塩またはハロゲン化リチウム等の重合助剤を使用する方法、
2)芳香族ポリハロゲン化合物等の分岐剤を使用する方法、
3)少量の水の存在下に重合反応を行い次いで水を追加してさらに重合する方法、
4)アルカリ金属硫化物と芳香族ジハロゲン化合物との反応中に、反応釜の気相部分を冷却して反応釜内の気相の一部を凝縮させ液相に還流させる方法、
5)ポリハロ芳香族化合物の存在下、アルカリ金属硫化物、又は、含水アルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物と、脂肪族環状構造を有するアミド、尿素またはラクタムとを、脱水させながら反応させて固形のアルカリ金属硫化物を含むスラリーを製造する工程、該スラリーを製造した後、更にN-メチル-2-ピロリドンなどの極性有機溶媒を加え、水を留去して脱水を行う工程、次いで、脱水工程を経て得られたスラリー中で、ポリハロ芳香族化合物と、アルカリ金属水硫化物と、前記脂肪族環状構造を有するアミド、尿素またはラクタムの加水分解物のアルカリ金属塩とを、N-メチル-2-ピロリドンなどの極性有機溶媒1モルに対して反応系内に現存する水分量が0.02モル以下で反応させて重合を行う工程を必須の製造工程として有する方法、が挙げられる。
【0037】
また、本実施形態において、工程(1)により得られたPAS樹脂を含有する粗スラリーを、適当な手段(減圧留去法、遠心分離法、スクリューデカンター法、減圧濾過法、加圧濾過法など適当な方法が選択可能である)により「脱溶媒」させて、有機溶媒を分離除去した後、粗PAS樹脂(精製工程を経ていないPAS樹脂)を回収できる。
【0038】
<特定の重合条件>
本実施形態においては、前記工程(1)及び後述の工程(2)により得られるPAS樹脂の少なくとも一部から形成された評価試料である試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すことが好ましい。前記試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の重合条件としては、以下の条件(a)~(c)が挙げられる。
(a)原料の仕込みから重合反応が終了するまでに使用した有機溶媒の総量が、硫黄源であるスルフィド化剤1molに対して1~6molの比率であることが好ましい。
(b)最初に仕込む有機溶媒の量が、硫黄源であるスルフィド化剤1molに対して、0.01~0.50molの比率であることが好ましい。
(c)工程(1)における重合反応後のPAS樹脂(又はスラリー)に酸又は水素塩を添加することが好ましい。より好ましくは、重合工程における重合反応後のPAS樹脂(又はスラリー)に酸又は水素塩を添加して、当該反応混合物のpHを7~11に調整する。
【0039】
上記(c)の条件における酸としては、例えば、炭酸、シュウ酸、蟻酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、モノクロロ酢酸等の飽和脂肪酸、アクリル酸、クロトン酸、オレイン酸等の不飽和脂肪酸、安息香酸、フタル酸、サリチル酸等の芳香族カルボン酸、蓚酸、マレイン酸、フマル酸等のジカルボン酸、或いはメタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸等のスルホン酸などの有機酸、塩酸、硫酸、亜硫酸、硝酸、亜硝酸又はリン酸等の無機酸が挙げられる。上記(c)の条件における水素塩としては、硫酸水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等が挙げられる。実機での使用においては、金属部材への腐食が少ない有機酸が好ましい。
【0040】
本実施形態における工程(1)において、上記(a)の条件を採用すると、重合中のPAS樹脂の濃度が高くなる為、脂肪族系環状化合物の開環物がPAS樹脂の末端に付与する反応が進みやすくなるという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。また、本実施形態における工程(1)において、上記(b)の条件を採用すると、重合中のPAS樹脂の濃度が高くなる為、脂肪族系環状化合物の開環物がPAS樹脂の末端に付与する反応が進みやすくなるという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。また、本実施形態における工程(1)において、上記(c)の条件を採用すると、PAS樹脂内に酸性成分が内包され、精製工程で酸性分が滲み出てくることにより、PAS樹脂の末端官能基の一部がイオン交換しプロトン化するという理由から、特定のゼータ電位値を示しうる。
【0041】
本実施形態において、試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲とするためには、重合工程又は下記精製工程において、前記PAS樹脂に酸を添加することが好ましい。そのため、上記(a)~(c)の重合条件のうち、特に(c)を満たすことにより、前記ゼータ電位値が所定の範囲になる傾向が強い。なお、試験片の表面のゼータ電位値がpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の重合条件としても、上記の条件(a)~(c)を適用することができる。
【0042】
・工程(2)(精製工程)
本実施形態において、工程(1)後に工程(2)の精製工程をさらに施すことが好ましい。本実施形態における工程(2)は、評価対象物であるPAS樹脂の化学構造などに応じて公知の精製処理を適用することができるが、工程(1)で得られたPAS樹脂を含有するスラリー又は前記スラリーの固形分である粗PAS樹脂に洗浄溶液を添加して洗浄処理、濾過処理及び乾燥処理を行う工程であることが好ましい。また、前記洗浄処理、濾過処理及び乾燥処理は、それぞれ任意前記処理を少なくとも1回又は複数回行うことができる。
【0043】
以下、本実施形態に適用可能な精製処理を説明した後、上記特定の精製条件を詳説する。
【0044】
本実施形態において、工程(1)により得られたPAS樹脂(PAS樹脂を含むスラリー)の精製処理としては、特に制限されるものではないが、例えば、(精製処理1)重合反応終了後、先ず反応混合物をそのまま、あるいは酸または塩基を加えた後、減圧下または常圧下で溶媒を留去し、次いで溶媒留去後の固形物を水、反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に中和、水洗、濾過および乾燥する方法、或いは、(精製処理2)重合反応終了後、反応混合物に水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類、エーテル類、ハロゲン化炭化水素、芳香族炭化水素、脂肪族炭化水素などの溶媒(使用した重合溶媒に可溶であり、かつ少なくともPASに対しては貧溶媒である溶媒)を沈降剤として添加して、PASや無機塩等の固体状生成物を沈降させ、これらを濾別、洗浄、乾燥する方法、或いは、(精製処理3)重合反応終了後、反応混合物に反応溶媒(又は低分子ポリマーに対して同等の溶解度を有する有機溶媒)を加えて撹拌した後、濾過して低分子量重合体を除いた後、水、アセトン、メチルエチルケトン、アルコール類などの溶媒で1回または2回以上洗浄し、その後中和、水洗、濾過および乾燥をする方法、(精製処理4)重合反応終了後、反応混合物に水を加えて水洗浄、濾過、必要に応じて水洗浄の時に酸を加えて酸処理し、乾燥をする方法、(精製処理5)重合反応終了後、反応混合物を濾過し、必要に応じ、反応溶媒で1回または2回以上洗浄し、更に水洗浄、濾過および乾燥する方法、等が挙げられる。
【0045】
上記精製処理における乾燥方法は特に制限されることはなく、120~270℃の乾燥温度で乾燥することが好ましい。また、乾燥処理の雰囲気は、真空下、減圧下、窒素若しくは不活性ガス不活性ガス雰囲気下、酸素若しくは空気等の酸化性雰囲気下、空気及び窒素の混合ガス雰囲気下が挙げられる。乾燥時間は、0.5~53時間であることが好ましい。また、上記濾過処理は、固液分離できる方法であれば特に制限されることはなく、濾過機、遠心分離機等を用いて固液分離する方法が挙げられる。
【0046】
<特定の精製条件>
本実施形態における工程(2)において、前記試験片の表面のゼータ電位値がpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の精製条件としては、以下の条件(d)~(f)が挙げられる。
(d)工程(2)において、所定量以上の酸溶液を用いて粗PAS樹脂を酸処理することが好ましい。より好ましくは、PAS樹脂の総重量の約2倍以上の酸溶液を用いて酸処理する。
(e)上記(d)の酸処理で使用する酸溶液のpHが6以下であることが好ましい。
(f)工程(2)において、140~260℃の熱水を、PAS樹脂の総重量の1.5~10倍で熱水洗浄することが好ましい。
【0047】
本実施形態における工程(2)において、上記(d)~(f)の条件を採用すると、イオン交換反応により、PAS樹脂の末端官能基をプロトン化することができる。上記酸溶液に使用する酸は、pH6以下の酸溶液を調製できれば特に制限されることはなく、上記(c)の条件における酸を援用することができる。
【0048】
本実施形態において、試験片の表面のゼータ電位値をpH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲内にすることを目的として、前記工程(1)又は前記工程(2)において、前記PAS樹脂に酸を添加してもよい。より詳細には、本実施形態の好ましい精製工程は、工程(1)で得られたPAS樹脂(スラリーを含む。)又は工程(1)で得られたPAS樹脂を含有するスラリーを固液分離した固形分である粗PAS樹脂に対して酸溶液を添加して酸処理することを含む。
【0049】
好ましい工程(2)の他の態様としては、工程(1)で得られたPAS樹脂(スラリーを含む。)又は工程(1)で得られたPAS樹脂を含有するスラリーの固形分である粗PAS樹脂に洗浄溶液を添加して洗浄、濾過及び乾燥を行う工程中に、前記粗PAS樹脂に対して酸溶液を添加する酸処理を1回以上行う。
【0050】
なお、本実施形態の別の態様としては、試験片の表面のゼータ電位値がpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)において-30~-45mVの範囲を示しやすい傾向に必要な特定の精製工程として、上記pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)における測定系と同様に、上記の条件(d)~(f)を適用することができる。
【0051】
・工程(3)(評価工程)
本実施形態における工程(3)は、工程(1)及び(2)を経て得られたPAS樹脂の少なくとも一部から作製した試験片を評価する工程である。そして、当該工程(3)は、試験片作製工程(3-1)、ゼータ電位測定工程(3-2)及び判別工程(3-3)を有する。換言すると、本実施形態における工程(3)は、工程(1)~(2)により得られたPAS樹脂の少なくとも一部から試験片(=評価試料)を作製して、当該試験片を所定の条件下でゼータ電位測定することにより、前記試験片の表面物性を評価して前記PAS樹脂の物性を把握する工程である。そのため、本実施形態における工程(3)では、PAS樹脂から形成した評価試料である試験片の表面のゼータ電位値をもって、試験片の原料のPAS樹脂の化学的特性を定量化する。これにより、上記工程(1)~(2)により得られたPAS樹脂を全量評価する必要はなく、上記工程(1)~(2)により得られたPAS樹脂を評価すれば足りうる。本実施形態における工程(3)により、所定の範囲のゼータ電位値を有するPAS樹脂を特定することができるため、PAS樹脂の表面特性を高精度に定量化し、判別及び選別することができる。
【0052】
・工程(3-1)<試験片作製工程>
工程(3-1)は、工程(1)及び工程(2)により得られたPAS樹脂を溶融して溶融PAS樹脂を調製した後、当該溶融PAS樹脂を固化させることによって試験片を作製する工程である。換言すると、本実施形態における試験片作製工程は、工程(1)~(2)により得られたPAS樹脂の少なくとも一部を採取して一度溶融させた後、溶融したPAS樹脂を固化させることにより、所定の形状及び表面特性を有する試験片を作製する工程である。より溶融状態に即した評価を行う観点から、本実施形態の試験片は、非晶状態であることが好ましい。
【0053】
なお、本明細書における「非晶状態」とは、試験片を構成するPAS樹脂中に結晶相が存在しないものをいい、より詳細には、以下の(i)の条件を満たすことをいう。
(i)試験片であるPAS樹脂フィルムのDSC測定において、40℃から350℃までの温度範囲を20℃/分で昇温する際に、100℃~200℃の間に結晶化に伴う発熱ピークが確認されないこと。
【0054】
また、本実施形態における評価方法では、PAS樹脂から作製した試験片の表面のゼータ電位値をもって、試験片の原料のPAS樹脂の化学的特性を定量化している。このように表面の化学的特性からPAS樹脂の反応性を評価する理由は、PAS樹脂の耐薬品性が極めて高いことに起因するものである。PAS樹脂の特に好ましい実施形態であるPPS樹脂に至っては、200℃以下で当該PPS樹脂を溶解させる溶媒の存在が未だに見つかっていないため、PAS樹脂自体の特性(物性及び化学的性など)、特に反応性に大きく寄与するPAS樹脂中の分子末端を直接評価する術が事実上無いに等しい現状が存在するからである。そのため、本発明では、特定の試験片を基準とすることにより、当該試験片の構成材料であるPAS樹脂の特性を把握するものである。
【0055】
<溶融>
本実施形態において、PAS樹脂を溶融して溶融PAS樹脂を調製する方法は、、PAS樹脂を加熱溶融できるものであれば特に制限されることはなく、公知の加熱手段を採用できる。具体的には、ホットプレート、熱風・冷風循環式恒温オーブン、マイクロ波又は(遠)赤外線ヒーター、又はホットプレスなどが挙げられる。また、上記加熱手段を用いてPAS樹脂を加熱する場合の加熱時間は、PAS樹脂が溶融されていれば特に制限されることはなく、例えば30秒~10分程度である。PAS樹脂を溶融する温度としては、PAS樹脂の融点以上であればよく、好ましくは300℃以上400℃以下である。PAS樹脂は200℃以上の温度で酸化架橋反応が進むため、非酸化性の不活性ガス雰囲気中で熱溶融してもよい。
【0056】
工程(3-1)において、シート体を介して、PAS樹脂を加熱溶融してもよい。シート体を使用して試験片を作製する場合、好適なシート体は、PAS樹脂より高い融点を有し、かつその表面が疎水性を有することが好ましい。より詳細な加熱溶融する方法としては、シート体上にPAS樹脂(例えば、粉末状のPAS樹脂)を載置した後、加熱手段を用いて前記シート体を加熱することにより前記PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を作製することが好ましい。また、別の方法としては、1対のシート体の間にPAS樹脂(例えば、固形状又は粉末状の精製PAS樹脂)を挟むよう載置した後、加熱手段を用いて前記1対のシート体又は前記1対のシート体の一方を加熱することにより前記PAS樹脂を溶融させて溶融PAS樹脂を作製することが好ましい。シート体を用いることにより、溶融PAS樹脂が固化した試験片を、容易に回収することができる。特に当該シート体は、離形性を有することが好ましい。これにより、固化したPAS樹脂が付着することなく試験片を容易に回収できるため、外観的特性が損なわれること(割れ、肌荒れ等)を低減できる、あるいは試験片の破断を抑制できる。
【0057】
上記シート体の材料としては、PAS樹脂より高い融点を有する必要があり、例えば、金属材料(SUS404C等のマルテンサイト系ステンレス鋼)、フッ素系樹脂、ポリイミド、又はセラミックス等が挙げられる。上記フッ素系樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、ポリビニリデンフルオライド(PVDF)又はエチレン-クロロトリフルオロエチレンコポリマー(ECTFE)が挙げられる。また、フッ素系樹脂は必要によりガラスファイバー等の無機充填フィラーを含有してもよい。
【0058】
<固化>
工程(3-1)において、溶融PAS樹脂を固化する方法は、冷却により溶融PAS樹脂を固化する方法が挙げられる。上記冷却は、自然放冷又は急速冷却が挙げられ、急速冷却が好ましい。当該冷却の方法としては、公知の冷却手段を採用できる。当該冷却手段としては、例えば、表面温度を調節できるロール(冷却ロール)、エアナイフ、水中への浸漬(水槽等)、35℃以下の金属材料との直接又は間接的接触が挙げられる。
【0059】
また、上記の通り、本実施形態の試験片は、非晶状態のPAS樹脂から形成されていることが好ましい。このような非晶状態のPAS樹脂を作製する方法としては、溶融PAS樹脂を急速冷却することにより固化することが好ましい。急速冷却することにより、結晶相を含まない非晶状態のPAS樹脂を製造することができるため、表面測定であってもPAS樹脂を均一に評価し易くなり、溶融状態の反応性の指標になり易いという観点で好ましい。
【0060】
本実施形態にかかる試験片作製工程は、工程(1)~(2)を経て得られたPAS樹脂を溶融させた後、10℃/秒以上の速さで冷却することが好ましく、10℃/秒以上100℃/秒以下の速さで冷却することがより好ましい。また、上記冷却速度は、400℃から少なくともPAS樹脂のTgの温度域において維持することが好ましい。これにより、PAS樹脂を非晶状態で固体化でき、表面測定であってもPAS樹脂を均一に評価し易くなり、溶融状態の反応性の指標になり易いという効果を奏する。本実施形態において、PAS樹脂が溶融した状態から10℃/秒以上100℃/秒以下の冷却速度でPAS樹脂のTg以下、好ましくは90℃以下まで冷却することが好ましい。
【0061】
本実施形態の工程(3-1)において、所定の大きさの試験片を容易に得る目的で、シート体を介して溶融PAS樹脂を固化してもよい。より詳細な溶融PAS樹脂を固化する方法としては、冷却手段を用いて溶融PAS樹脂が載置されたシート体を冷却することにより溶融PAS樹脂を固化して試験片を回収することが好ましい。また溶融PAS樹脂を固化する別の方法としては、溶融PAS樹脂を挟むように載置した1対のシート体の少なくとも一方を冷却することにより前記1対のシート体間の前記溶融PAS樹脂を固化して試験片を回収することが好ましい。これにより、固化したPAS樹脂が付着することなく試験片を容易に回収できるため、外観的特性(厚み等)が損なわれることを低減できる、あるいは試験片の破断を抑制できる。
【0062】
<試験片>
本実施形態における試験片はゼータ電位測定の被測定物の一例であって、ゼータ電位測定毎にその測定値自体に極力影響を及ぼさないような一定の外観的基準(一定の形状又は大きさ等)を設ける必要がある。そのため、本実施形態の工程(3-1)では、ゼータ電位測定の便宜上、一定の形状、大きさ及び厚みを備えた試験片を被測定物として作製している。本実施形態における試験片は、ゼータ電位測定毎にその測定値自体に極力影響を及ぼさない限り特に制限されることはないと考えられる。
【0063】
本明細書では、試験片として、ゼータ電位測定の便宜上、4.5~5.5cm(長さ)×2.5~3.5cm(幅)×0.05~0.15cm(厚さ)のフィルム状のPAS樹脂を使用している。しかしながら、ゼータ電位測定値自体に極力影響を及ぼさない限り、試験片の形状、大きさ及び厚み等は特に制限されることはないことはいうまでもない。
【0064】
本実施形態における試験片作製工程は、4.5~5.5cm(長さ)×2.5~3.5cm(幅)×0.05~0.15cm(厚さ)の平板状(フィルム状を含む)であり、かつ非晶状態のPAS樹脂から構成された試験片を作製する工程であることが好ましい。
【0065】
なお、本明細書において、「試験片の長さ及び幅」はノギスを用いて測定している。一方、「試験片の厚さ」とは、試験片を、長手方向に8mm間隔で5箇所、前記長手に直交する方向に切断し、各切断面において幅方向に5mm間隔で5点の試験片の厚さをTH-104 フィルム用厚さ測定機(テスタ-産業株式会社製)を用いて測定した、合計25点の厚さの平均値を指す。
【0066】
また、本実施形態において、試験片の表面又はシート体の表面は、測定値の変動を抑制する目的として、表面処理を施してもよい。上記表面処理法としては、特に制限はなく、公知の方法の中から、試験片の特性を損なわない範囲で適宜選択することができ、例えば、アセトンなどのPAS樹脂が不溶な有機溶媒による脱脂などが挙げられる。
【0067】
・工程(3-2)<ゼータ電位測定工程>
工程(3-2)は、上記試験片作製工程により得られた試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により測定する工程である。ゼータ電位値をPAS樹脂の表面特性の指標とすることにより、比較的簡便に評価試料の表面物性を測定することができ、かつPAS樹脂の物性を容易に把握することができる。また、PAS樹脂の同試料についてゼータ電位値を複数回測定した場合、従来のMFRを用いた粘度上昇度測定と比べて、ゼータ電位値は測定による振れ幅(変動係数)が小さい。
【0068】
本実施形態における工程(3-2)は、試験片の表面のゼータ電位を、流動電位法により、pH7.8~8.2の条件下で測定する工程であることが好ましい。ゼータ電位の測定条件をpH7.8~8.2の範囲内に設定することにより、測定値のばらつきがより低減されるだけではなく、観測されるゼータ電位値の絶対値自体を大きくすることができる。これにより、例えばゼータ電位値の差分量が大きくなるため、同一又は異なるPAS樹脂間のゼータ電位値の差を検出しやすくなり、PAS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
【0069】
また、本実施形態における工程(3-2)は、流動電位法により互いに異なる複数のpHの範囲下で、試験片の表面のゼータ電位を測定してもよい。さらには、例えば、滴定曲線の変曲点に近いpH=8近傍(例えば、pH6.5~8.4)でのpH調節が難しい場合、pH=5近傍(例えば、pH4.5~6.0)で試験片の表面のゼータ電位を併せて測定してもよい。
【0070】
<ゼータ電位>
本実施形態におけるゼータ電位は、流動電位法を用いてpHが7.8~8.2の範囲内で測定される。流動電位法によるゼータ電位は、試験片と電解溶液との固液界面の電気二重層を形成することにより生じる、前記試験片の表面近傍における電解溶液の層流と前記試験片から遠位における電解溶液の層流との層流の差、電解溶液の粘度、及び電解溶液の誘電率を計測して、ヘルムホルツ-スモルコフシキの式から算出される。以下、図1を用いて流動電位法によるゼータ電位の測定について説明する。
【0071】
図1は、流動電位法によるゼータ電位の測定の一例として、平板状(フィルム状を含む)の試験片2である評価試料(=被測定物)と電解溶液3との固液界面の電気二重層の様子を模式的に表した模式図である。また、図1では、説明の便宜上、PAS樹脂から構成される試験片2が負に帯電している例を表す。
【0072】
本発明の流動電位法によるゼータ電位の測定では、図1に示すクランプセル1の少なくとも片面に試験片2であるPASフィルムをセットし、pHを8に調整した電解液3(1mmolのKCl水溶液)を流し、圧力差(Δp)によって生じる電圧を計測し、後述のヘルムホルツ-スモルコフシキ(Helmholtz-Smoluchowski)の式(式(II))からゼータ電位を測定している。
【0073】
図1に示すように、試験片2が負に帯電していると、電解溶液3中において、正の電荷を有する微粒子又はイオンが試験片2の表面に集まり、いわゆる電気二重層を形成する。この状態に電極4a,b間に電場が印加されると、正の電荷を有する微粒子又はイオンにより試験片2の表面近傍で負の電極4a側への流れ(層流)が生じる。これにより、この流れ(層流)を補償するためにクランプセル1中央部では逆方向への流れ(層流)が生じる。図1では、矢印が電解溶液3の流れの方向を表している。また、圧縮空気又は不活性ガスを用いて一定圧力差(ΔP)で電解溶液3を押し流して流れを生じさせてもよい。そして、上記原理により計測された、層流流速の差(又は圧力差)、電解溶液3の粘度及び電解溶液3の誘電率等の値を用いて、以下のヘルムホルツ-スモルコフシキ(Helmholtz-Smoluchowski)の式:
【0074】
【数1】

(上記式(I)及び(II)中、Istrは流動電流を表し、Ustrは流動電位を表し、Δpは差圧を表し、ηは電解溶液の粘度を表し、εr×ε0は電解質溶液の誘電率を表し、KBは電気伝導率を表し、L/Aは流路のパラメータを表す。)
からゼータ電位(ζ)が算出される。
【0075】
<ゼータ電位の測定条件>
本実施形態において、ゼータ電位の測定に使用可能な電解溶液としては、1価-1価電解質を含有する水溶液が好ましく、例えば、塩化カリウム水溶液、塩化ナトリウム水溶液、塩化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化ナトリウム水溶液又は水酸化リチウム水溶液が挙げられる。
【0076】
また、ゼータ電位の測定の際に使用するpH調整用の酸又はアルカリとしては、一般的な酸又はアルカリ水溶液が用いられ、HCl又はKOHが主に用いられる。上記電解溶液中の電解質の濃度は、0.1~1000mmol/Lであることが好ましい。本実施形態において、特定のpH範囲の条件下でゼータ電位測定を行う場合、使用可能な電解溶液として、緩衝溶液を用いてもよい。当該緩衝溶液は、測定するpH条件に応じて適宜選択することができる。また、緩衝溶液は、弱酸及びその塩(共役塩基)、あるいは弱塩基及びその塩(共役酸)を混合した溶液をいい、これらを組合せて所望のpHに調整しうる。例えば、pH6以上8未満に設定する場合、リン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液、Tris緩衝溶液又はHEPES緩衝液が挙げられる。さらに、pH8以上9未満に設定する場合、CHES緩衝溶液、TAPS緩衝溶液又はBicine緩衝溶液が挙げられる。
【0077】
本実施形態における工程(3-2)に使用する電解溶液のpHは、7.8~8.2の範囲であることが好ましく、本実施形態の好適な一例では、pH7.8~8.2の電解溶液を使用している。また、本実施形態におけるゼータ電位の電解溶液の伝導度は、14~15mS/mの範囲でありうる。なお、本明細書におけるpH及び伝導度の測定方法は、pH及び導電率計(SurPASS3(Anton Paar社))を用いて測定している。また、本実施形態におけるゼータ電位の測定温度は、室温付近(22~28℃)であることが好ましい。
【0078】
本実施形態における工程(3-2)は、一例として以下の条件を使用している。
・電解溶液の種類:KCl水溶液
・電解溶液に用いる超純水:ASTM Iグレード
・電解溶液の濃度:1mmol/L
・電解溶液の伝導度:14~15mS/m
・測定温度:20~28℃
・pH:7.8~8.2
・セルの種類:クランプセル
・セルの材質:PVDF
・セルと試験片(評価試料)との間隔:100~120μmに調整
・測定圧力範囲:200~450mbar
【0079】
・工程(3-3)<判別工程>
本実施形態における工程(3-3)は、前記ゼータ電位測定工程により測定されたゼータ電位値が-50~-65mVの範囲のPAS樹脂を判別する判別工程である。工程(3-3)の好適な態様は、ゼータ電位測定工程によりpH7.8~8.2(例えばpH=8.0)の条件下で測定されたゼータ電位値が、-50~-65mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程でありうる。
【0080】
試験片の表面のゼータ電位値が、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)において-50~-65mVの範囲を示すPAS樹脂は、反応性に優れるため、他の反応性材料をさらに配合したPAS樹脂組成物やその成形品において優れた機械的特性を呈することができる。
【0081】
試験片の表面のゼータ電位を所定のpH(例えば、pH3~9)で測定した場合、そのゼータ電位値が大きいと、試験片を構成するPAS樹脂の分子末端に存在する反応性官能基(例えば、酸素原子又は窒素原子を含む官能基)の数が多い傾向を示すため、準備したPAS樹脂の反応性が当然高くなると考えられる。特に、同一分子量のPAS樹脂を構成成分とする試験片同士のゼータ電位値を比較すると、ゼータ電位値が大きい試験片に使用したPAS樹脂の反応性が高い傾向が確認される。
【0082】
本実施形態における別の態様において、上記工程(3-3)と併用して、前記工程(3-2)によりpH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)の条件下で測定された前記試験片の表面のゼータ電位値が、-30~-45mVの範囲に含まれるか否かを判別する判別工程を有してもよい。当該範囲に含まれると、より反応性に優れたPAS樹脂を提供できる。なお、pH4.8~5.2(例えば、pH=5.0)の測定系の方より、pH7.8~8.2(例えば、pH=8.0)の測定系の方が、同一又は異なるPPS樹脂間のゼータ電位値及びその差分がより大きくなるため、PPS樹脂の性状をより高精度に評価し易くなる。
【0083】
PAS樹脂のゼータ電位値が-50mV以上であると、PAS樹脂の耐熱水性が低下するという傾向を示す。一方、上記ゼータ電位値が-65mV以下であると、PAS樹脂と反応性官能基を有する物質との反応性が低下するという傾向を示す。
【0084】
工程(3-3)の判別工程の後に、特定のゼータ電位を有するPAS樹脂を選別する工程(選別工程)を有してもよい。これにより、特定の反応性を有するPAS樹脂を選別することができる。選別したロットの樹脂のゼータ電位が同等であれば、反応性官能基を有する物質との反応性も同等となるため、樹脂組成物や成形品にしたときの機械的強度等も同等になりうる。よって、ゼータ電位を指標として選別することで、従来の指標である粘度上昇度を用いた場合よりも、よりロット間の物性ばらつきが少ない成形品及びそれを構成する樹脂組成物を得ることができる。
【0085】
<PAS樹脂組成物>
次に、PAS樹脂組成物について説明する。本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、上述の工程(1)~(3)を経て得られた、pH7.8~8.2における試験片表面のゼータ電位が-50~-65mVの範囲であるPAS樹脂と、反応性官能基を有する物質と、を含有する、PAS樹脂組成物である。
【0086】
本実施形態におけるPAS樹脂組成物中に含まれるPAS樹脂は、特定の範囲のゼータ電位値を有することから、高い反応性を示す。これにより、他の原料、特に反応性官能基を有する物質と、特定の範囲のゼータ電位値を有するPAS樹脂とを溶融混練して樹脂組成物を作製すると、PAS樹脂と反応性官能基を有する物質とが十分に反応するため、優れた機械的強度を示す。また、PAS樹脂組成物中に含まれるPAS樹脂は、特定の範囲のゼータ電位値を有することから、反応性のばらつきが少なくなり、その結果、PAS樹脂組成物全体の物性自体のばらつきも少なくなる。
【0087】
本実施形態における反応性官能基を有する物質としては、前記PAS樹脂と相互作用(化学結合を含む)しうる反応性官能基を有する物質であれば特に制限されることはないが、シランカップリング剤、エラストマー、エポキシ樹脂、及び表面処理された無機充填剤からなる群から選択される1種又は2種以上の物質であることが好ましい。以下、好適な反応性官能基を有する物質について説明する。
【0088】
<シランカップリング剤>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、シランカップリング剤を配合することが好ましい。当該シランカップリング剤としては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシル基及びカルボキシル基の塩からなる群より選ばれる少なくとも一種の基と反応し得る官能基を有するシランカップリング剤が好ましいものとして挙げられる。係る官能基としては、エポキシ基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基、及び、式:R(CO)O(CO)-又はR(CO)O-(式中、Rは炭素原子数1~8のアルキル基を表す。)で表される基が挙げられる。このようなシランカップリング剤としては、例えば、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、β-(3,4-エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン等のエポキシ基含有アルコキシシラン化合物、γ-イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ-イソシアナトプロピルトリクロロシラン等のイソシアナト基含有アルコキシシラン化合物、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-アミノプロピルトリメトキシシラン等のアミノ基含有アルコキシシラン化合物、γ-ヒドロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-ヒドロキシプロピルトリエトキシシラン等の水酸基含有アルコキシシラン化合物が挙げられる。
【0089】
本実施形態において、シランカップリング剤は任意成分であり、配合する際の割合は特に限定されず、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.3質量部以上であることが好ましく、0.4質量部以上であることがより好ましく、0.5質量部以上であることがさらに好ましい。一方、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性を確保する観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して10質量部以下であることがより好ましく、8質量部以下であることがさらに好ましく、6質量部以下であることが特に好ましい。
【0090】
<エラストマー>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、エラストマーを配合することが好ましい。前記エラストマーを含むことによって、PAS樹脂組成物の靭性や耐冷熱衝撃性をより高めることができる。同様の観点から、前記エラストマーとして熱可塑性エラストマーを用いることが好ましい。前記熱可塑性エラストマーとしては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されないが、熱可塑性エラストマーとしては、例えば、ポリオレフィン系エラストマー、フッ素系エラストマー及びシリコーン系エラストマー等が挙げられる。
【0091】
エラストマー(特に熱可塑性エラストマー)は、ヒドロキシ基、アミノ基、カルボキシル基及びカルボキシル基からなる群より選ばれる少なくとも一種の基と反応し得る官能基を有することが好ましい。係る官能基としては、エポキシ基、アミノ基、水酸基、カルボキシル基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基、及び、式:R(CO)O(CO)-又はR(CO)O-(式中、Rは炭素原子数1~8のアルキル基を表す。)で表される基が挙げられる。係る官能基を有する熱可塑性エラストマーは、例えば、α-オレフィンと前記官能基を有するビニル重合性化合物との共重合により得ることができる。α-オレフィンは、例えば、エチレン、プロピレン及びブテン-1等の炭素数2~8のα-オレフィン類が挙げられる。前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、例えば、(メタ)アクリル酸及び(メタ)アクリル酸エステル等のα,β-不飽和カルボン酸及びそのアルキルエステル、マレイン酸、フマル酸、イタコン酸及びその他の炭素数4~10のα、β-不飽和ジカルボン酸及びその誘導体(モノ若しくはジエステル、及びその酸無水物等)、並びにグリシジル(メタ)アクリレート等が挙げられる。これらの中でも、エポキシ基、カルボキシル基、及び、式:R(CO)O(CO)-又はR(CO)O-(式中、Rは炭素原子数1~8のアルキル基を表す。)で表される基からなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有するエチレン-プロピレン共重合体及びエチレン-ブテン共重合体が、靭性及び耐衝撃性の向上の点から好ましい。
【0092】
本実施形態において、エラストマーは任意成分であるが、配合する際の割合は特に限定されず、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上、より好ましくは0.1質量部以上、さらに好ましくは1質量部以上から、好ましくは30質量部以下、より好ましくは20質量部以下、さらに好ましくは15質量部以下である。
【0093】
<エポキシ樹脂>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、エポキシ樹脂を配合することが好ましい。当該エポキシ樹脂としては、本発明の効果を損ねなければ特に限定されず、例えば、ビスフェノールA型、ビスフェノールF型のようなビスフェノール型エポキシ樹脂;クレゾールノボラック、フェノールノボラックのようなノボラック型エポキシ樹脂;環状脂肪族型エポキシ樹脂;グリシジルエステル型エポキシ樹脂;グリシジルアミノ型エポキシ樹脂;ポリアリーレンエーテル構造を有するエポキシ樹脂等が挙げられ、中でも、ビスフェノール型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂が好ましい。
【0094】
本実施形態において、エポキシ樹脂は任意成分であるが、配合する際の割合は特に限定されず、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.1質量部以上、より好ましくは1質量部以上、さらに好ましくは5質量部以上から、好ましくは30質量部質量部以下、より好ましくは20質量部下、さらに好ましくは15質量部以下である。
【0095】
なお、本発明に用いるPAS樹脂組成物に含まれるこれらのエポキシ樹脂は、硬化剤が存在すると溶融混練時に硬化反応によりエポキシ基が消失するため、エポキシ樹脂成分中のエポキシ基の合計1当量に対して、硬化剤中の活性基が0.1当量以下、より好ましくは0.01当量以下、最も好ましくは0当量、すなわち不存在下である。
【0096】
<表面処理された無機充填剤>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、表面処理された無機充填剤を配合することが好ましい。これら無機充填剤としては本発明の効果を損なうものでなければ公知慣用の材料を用いることもでき、例えば、繊維状のものや、粒状や板状などの非繊維状のものなど、さまざまな形状の無機充填剤等が挙げられる。具体的には、ガラス繊維、炭素繊維、シランガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、金属繊維、チタン酸カリウム、炭化珪素、珪酸カルシウム、ワラストナイト等の繊維、天然繊維等の繊維状充填剤が使用でき、またガラスビーズ、ガラスフレーク、硫酸バリウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、マイカ、タルク、アタパルジャイト、フェライト、珪酸カルシウム、炭酸カルシウム、ガラスビーズ、ゼオライト、ミルドファイバー、硫酸カルシウム等の非繊維状充填剤も使用できる。無機充填剤を表面処理する表面処理剤としては、具体的には、エポキシ系化合物、イソシアネート系化合物、シラン系化合物、チタネート系化合物、ボラン処理、セラミックコート等があげられる。なかでも、エポキシ系化合物またはシラン系化合物が好ましい。
【0097】
本発明において無機充填剤は必須成分ではなく、配合する場合、その含有量は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではない。無機充填剤の配合量としては、例えば、PAS樹脂100質量部に対して、5質量部以上であることが好ましく、10量部以上であることがより好ましく、20質量部以上であることがさらに好ましい。一方、より優れた樹脂組成物の流動性や加工性、成形品表面の平滑性を得る観点から、前記PAS樹脂100質量部に対して350質量部以下であることがより好ましく、300質量部以下であることがさらに好ましく、250質量部以下であることが特に好ましい。
【0098】
<その他の成分>
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、要求される性能に応じて、前記PAS樹脂以外の合成樹脂、色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及びカップリング剤等の添加剤(以下、「その他の成分」という。)を含むことができる。前記その他の成分は、例えば、前記PAS樹脂100質量部に対して、好ましくは0.01質量部以上であり、好ましくは1000質量部以下で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0099】
前記合成樹脂としては、例えば、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリーレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四弗化エチレン樹脂、ポリ二弗化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマー等の合成樹脂が挙げられる。
【0100】
前記合成樹脂は必須成分ではなく、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、それぞれの目的に応じて適宜選択できる。例えば、本実施形態に係るPAS樹脂組成物において、前記PAS樹脂100質量部に対し5質量部以上であり、15質量部以下の程度とすることができる。換言すれば、前記PAS樹脂と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上であり、より好ましくは(100/105)以上である。
【0101】
<PAS樹脂組成物の製造方法>
次に、PAS樹脂組成物の製造方法について説明する。本実施形態に係るPAS樹脂組成物の製造方法は、上述の工程(1)~(3)を経て得られたPAS樹脂と、反応性官能基を有する物質とを配合し、溶融混練する工程を有し、かつ、前記PAS樹脂のpH7.8~8.2における試験片の表面のゼータ電位値が-50~-65mVの範囲であるを特徴とする。
【0102】
本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、各必須成分及び必要に応じて任意成分を配合する。なお、前記必須成分及び任意成分については、上述した本実施形態に係るPAS樹脂組成物の中で説明した内容と同様である。
前記必須成分及び任意成分を、配合及び混練する方法としては、特に限定されないが、必須成分と必要に応じて任意成分を配合して、溶融混錬する方法、より詳しくは、必要に応じてタンブラー又はヘンシェルミキサー等で均一に乾式混合し、次いで、二軸押出機に投入して溶融混練する方法が挙げられる。
【0103】
溶融混錬は、樹脂温度が前記PAS樹脂の融点以上となる温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは該融点+10℃以上、さらに好ましくは該融点+20℃以上から、好ましくは該融点+100℃以下、より好ましくは該融点+50℃以下までの範囲の温度に加熱して行うことができる。
【0104】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。
また、溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。例えば、前記成分のうち、添加剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0105】
このように溶融混練して得られる本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、PAS樹脂が連続相を形成し、他の必須成分や任意成分が分散されたモルフォロジーを有する。本実施形態に係るPAS樹脂組成物は、該溶融混練後に、公知の方法、例えば、溶融状態の樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて100~150℃の温度範囲で予備乾燥を施すことが好ましい。
【0106】
<PAS樹脂成形品、成形品の製造方法>
本実施形態に係る成形品は、上述した本実施形態に係るPAS樹脂組成物を溶融成形してなる。また、本実施形態に係る成形品の製造方法は、上述した本実施形態に係るPAS樹脂組成物の製造方法により得られたPAS樹脂組成物を、溶融成形する工程を有することを特徴とする。
【0107】
本実施形態に係る成形品は、本実施形態に係るPAS樹脂組成物を材料として用いているため、機械的強度等の物性が高いレベルで維持されつつ、優れた耐湿熱性及び成形性が実現される、という効果を奏する。
【0108】
前記PAS樹脂組成物の成形は、射出成形、圧縮成形、コンポジット、シート、パイプなどの押出成形、引抜成形、ブロー成形、トランスファー成形等、各種成形に供することが可能であるが、特に離形性にも優れるため射出成形用途に適している。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20℃~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃程度)~300℃、好ましくは120~180℃に設定すればよい。
【0109】
<用途>
本実施形態に係る成形品を用いた製品は、特に限定されることはなく、以下のような各種用途に利用可能である。例えば、コネクタ・プリント基板・封止成形品などの電気・電子部品、ランプリフレクター・各種電装部品などの自動車部品、各種建築物や航空機・自動車などの内装用材料、あるいはOA機器部品・カメラ部品・時計部品などの精密部品等の射出成形・圧縮成形品、あるいは繊維・フィルム・シート・パイプなどの押出成形・引抜成形品、3Dプリンタ造形品等として幅広く利用可能である。
【実施例
【0110】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。なお、以下、特に断りが無い場合「%」や「部」は質量基準とする。
【0111】
<実施例1~2、比較例1~3>
・PPS樹脂の製造
実施例(1-1) PPS樹脂の重合
圧力計、温度計、コンデンサ、デカンタを連結した撹拌翼及び底弁付き150Lオートクレーブにp-ジクロロベンゼン(p-DCB)22.050kg(150モル)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)2.974kg(30モル)、68%NaSH12.362kg(150モル)、及び48%NaOH12.500kg(150モル)を供給し、撹拌しながら窒素雰囲気下で173℃まで昇温した。水12.353kgを留出させた後、釜を密閉した。その際、共沸により留出したp-DCBはデカンタ-で分離して、随時釜内に戻した。脱水終了後、オートクレーブ内温を160℃まで冷却し、NMP29.486kg(297モル)を供給した後、220℃まで昇温して2時間撹拌し、続いて250℃まで昇温して1時間撹拌した。最終圧力は0.28MPaであった。反応後、オートクレーブの底弁を開いて、減圧状態のまま撹拌翼付き150L真空撹拌乾燥機にNMPを抜き取り、続いて、減圧下150℃で2時間撹拌してNMPを十分除去し、粉末状のPPS樹脂と塩類との混合物(A-1)を得た。
【0112】
実施例(1-2)PPS樹脂の精製及び調整
前記混合物(A-1)417gに70℃のイオン交換水1000gを加え、20分間撹拌したのちろ過する工程を2回繰り返した。得られた含水ケーキと、イオン交換水600gを撹拌機付き1Lオートクレーブに供給し、160℃で30分間撹拌した。室温に冷却後、ろ過して得られた含水ケーキに、さらに70℃のイオン交換水800gを加え、ろ過した。得られた含水ケーキと、イオン交換水600gを撹拌機付き1Lオートクレーブに仕込み、220℃で30分間撹拌を行い、室温に冷却後、ろ過して得た含水ケーキに70℃のイオン交換水600gを加えろ過した。その後、20℃でpH4の炭酸水600gを加えてろ過し、さらに70℃のイオン交換水600gを加え、ろ過した。得られた含水ケーキを120℃の熱風循環乾燥機で6時間乾燥して、白色粉末状のPPS樹脂を得た。同様の操作を繰り返し、3ロットのPPS樹脂を得た。
【0113】
実施例(1-3)PPS樹脂の評価
得られたPPS樹脂を0.5g計量し、ガラスファイバー入りの2枚のポリテトラフルオロエチレン樹脂シート(日東電工株式会社製 ニトフロン)の間に挟み、予め350℃に加熱してあるホットプレートを用いて1分間加熱した。この際、前記PPS樹脂が溶融してくるため、厚みが0.1cmになるよう、上から350℃に加熱した金属板でプレスし、フィルム状にした。前記フィルム状のPPS樹脂をさらに1分間加熱した後、フィルム状の溶融PPS樹脂を挟んだ2枚のポリテトラフルオロエチレン樹脂シートをホットプレートから室温(28℃)の金属板の上に移し、即時に上から室温(28℃)の金属板で挟み、室温(28℃)に至るまで冷却して前記溶融PPS樹脂を固化させた。その後、固化したフィルム状のPPS樹脂を5cm×3cmにカットして、非晶状態の試験片を得た。試験片が非晶状態であることは、DSC測定によって確認した。試験片の表面をアセトンで脱脂した後、固体専用ゼータ電位計であるSurPASS3(Anton Paar社)を用いて、以下の測定条件下で流動電位法にて、試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
「測定条件」
・電解液:1mmol/LのKCl水溶液
・測定温度:22~26℃
・pH:8.0
【0114】
実施例(2-1) PPS樹脂の重合
圧力計、温度計、コンデンサを連結した撹拌翼及び底弁付き150Lオートクレーブに、フレーク状含水硫化ソーダ(60.3重量%NaS)19.413kgと、NMP45.0kgとを供給した。窒素気流下で攪拌しながら209℃まで昇温させ、水4.644kgを留出させた(残存する水分量は硫化ソーダ1モル当り1.13モル)。その後、オートクレーブを密閉して180℃まで冷却し、p-DCB22.185kg及びNMP18.0kgを供給しながら、更に冷却した。液温150℃において、窒素ガスによりオートクレーブ内をゲージ圧0.1MPaに加圧して、再度加熱を開始した。液温200℃から250℃まで3時間かけて昇温させ、250℃で1時間保持して反応させた後、水0.635kgを加圧注入し、220℃まで40分かけて冷却した。その後、更に冷却を続け、200℃においてシュウ酸・2水和物0.284kg(2.25モル)とNMP0.663kgを加圧注入した。更に冷却を続け、100℃において、底弁を開いて反応スラリーを150L平板ろ過機に移送し、120℃で加圧ろ過した。続いて、NMP16kgを加え、加圧ろ過した。ろ過後、撹拌翼付き150L真空乾燥機を用いて、減圧下150℃で2時間撹拌してNMPを除去し、粉末状のPPS樹脂と塩類の混合物(B-1)を得た。
【0115】
実施例(2-2)PPS樹脂の精製及び調整
該混合物(B-1)417gに70℃のイオン交換水1000gを加え、20分間撹拌したのちろ過した。この操作をさらに1回繰り返したのち、得られた含水ケーキとイオン交換水600gを撹拌機付き1Lオートクレーブに供給し、160℃で30分間撹拌した。室温に冷却後、ろ過して、得られた含水ケーキに70℃のイオン交換水600gを加えてさらにろ過を行った。得られた含水ケーキを120℃の熱風循環乾燥機で6時間乾燥して、白色粉末状のPPS樹脂を得た。同様の操作を繰り返し、3ロットのPPS樹脂を得た。
【0116】
実施例(2-3)PPS樹脂の評価
実施例1と同様の方法で、得られたPPS樹脂の試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0117】
比較例(1-1)PPS樹脂の重合
実施例1-1と同様の方法で実施した。
【0118】
比較例(1-2)PPS樹脂の精製及び調整
洗浄に使用したイオン交換水の温度及び撹拌温度を全て70℃としたこと以外は実施例1-2にと同様に実施し、白色粉末状のPPS樹脂を得た。同様の操作を繰り返し、3ロットのPPS樹脂を得た。
【0119】
比較例(1-3)PPS樹脂の評価
実施例1と同様の方法で、得られたPPS樹脂の試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0120】
比較例(2-1)PPS樹脂の重合
冷却時、200℃においてシュウ酸・2水和物を添加しなかったこと以外は実施例2-1と同様の方法で実施した。
【0121】
比較例(2-2)PPS樹脂の精製及び調整
実施例2-1と同様の方法で実施した。同様の操作を繰り返し、3ロットのPPS樹脂を得た。
【0122】
比較例(2-3)PPS樹脂の評価
実施例1と同様の方法で、得られたPPS樹脂の試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す。
【0123】
比較例(3)
PPS樹脂のエポキシシラン添加時の粘度上昇度を測定し、粘度上昇度が9.0~9.1倍のPPS樹脂のロットを選別した。また、実施例1と同様の方法で、選別したPPS樹脂の試験片の表面のゼータ電位値をそれぞれ測定した。結果を表1に示す
【0124】
・樹脂組成物の製造
実施例1~2及び比較例1~3で得られた各PPS樹脂100質量部、エラストマー10質量部及びシランカップリング剤0.8質量部を配合した。その後、株式会社日本製鋼所製ベント付2軸押出機「TEX-30α(製品名)」にこれら配合材料を投入し、樹脂成分吐出量30kg/hr、スクリュー回転数200rpm、設定樹脂温度320℃で溶融混練して樹脂組成物のペレットを得た。ガラス繊維は50質量部をサイドフィーダーから投入し、それ以外の材料はタンブラーで予め均一に混合しトップフィーダーから投入した。得られた樹脂組成物のペレットを140℃ギヤオーブンで2時間乾燥した後、射出成形することで各種試験片を作製し、下記の試験を行った。
【0125】
<評価>
【0126】
(1)PPS樹脂のDSC測定
ゼータ電位測定用に作製したフィルム状のPPS樹脂試験片から4mg分取し、示差走査熱量計(DSC)であるパーキンエルマー製DSC8500により、40℃から350℃まで20℃/分で昇温した。100℃~200℃の間における樹脂の結晶化に伴う発熱ピークが観測されないことから、各フィルム状の試験片が非晶状態であることを確認した。
【0127】
(2)PPS樹脂の粘度上昇度の測定
エポキシシランを添加して溶融混練した際の、前後の粘度変化から、溶融粘度上昇度を算出した。エポキシシランはγ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン1.0%(対PPS樹脂固形分質量比)を用いた。溶融混練は、ラボプラストミル(20-200C、R-60タイプミキサー使用、株式会社東洋精機製作所製)を用いて、320℃、100rpmで、5分間行った。溶融粘度上昇度は、次式より算出した。結果を表1に示す。
粘度上昇度(倍率)=(エポキシシラン添加後のMFR)/(エポキシシラン未添加時のMFR)
【0128】
(3)PPS樹脂成形品の引張強さ測定
得られたペレットをシリンダー温度310℃に設定した住友重機製射出成形機(SE-75D-HP)に供給し、金型温度140℃に温調したISO Type-Aダンベル片成形用金型を用いて射出成形を行い、ISO Type-Aダンベル片を得た。なお、ウェルド部を含まない試験片となるよう1点ゲートから樹脂を射出して作製したものとした。得られた試験片を用いて、ISO 527-1および2に準拠した測定方法で引張強度を測定した。結果を表1に示す。
【0129】
(4)PPS樹脂成形品のシャルピー衝撃強さ(ノッチ無し)測定
(3)と同様に作製した試験片の中央部分を長さ80mm、幅10mm、厚さ4mmの棒状に切り出したものを耐衝撃性試験片とし、ISO179-1/1eUに準拠した方法でシャルピー衝撃試験を行い、衝撃強さ(kJ/m)の測定を行った。結果を表1に示す。
【0130】
【表1】
【0131】
表1の結果から、ゼータ電位が特定の範囲である実施例の樹脂を用いた成形品は、ロット間の引張強さ及びシャルピー衝撃強さのばらつき(CV)が小さいことが認められた。従来の粘度上昇度を反応性の指標として採用した比較例3は、物性のばらつき(CV)も実施例と比較して大きくなった。
【要約】
本発明は、反応性のばらつきが少なく、かつ、均質な機械的強度、特に引張強さを備えたポリアリーレンスルフィド(PAS)樹脂成形品、それを構成する樹脂及び樹脂組成物、さらにそれらの製造方法を提供する。さらに詳しくは、PAS樹脂を重合する工程(1)、前記PAS樹脂を精製して精製PAS樹脂を調製する工程(2)、及び前記精製PAS樹脂の少なくとも一部から形成された試験片を評価する工程(3)、を有するPAS樹脂の製造方法であって、工程(3)が前記精製PAS樹脂を溶融させた溶融PAS樹脂を固化させることによって前記試験片を得る試験片作製工程と、前記試験片の表面のゼータ電位を流動電位法によりpH7.8~8.2の条件下で測定するゼータ電位測定工程と、前記工程により測定されたゼータ電位値が-50~-65mVの範囲のPAS樹脂を判別する判別工程を有する、PAS樹脂の製造方法。
【選択図】図1
図1