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特許7231160対象における疾患の診断を補助するための方法及びキット
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-20
(45)【発行日】2023-03-01
(54)【発明の名称】対象における疾患の診断を補助するための方法及びキット
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230221BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230221BHJP
   G01N 1/10 20060101ALI20230221BHJP
   C12Q 1/48 20060101ALI20230221BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/50 Q
G01N1/10 V
C12Q1/48 Z
C12N15/12
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2020514057
(86)(22)【出願日】2019-04-02
(86)【国際出願番号】 JP2019014667
(87)【国際公開番号】W WO2019202972
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2018080666
(32)【優先日】2018-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000106106
【氏名又は名称】サラヤ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100120617
【弁理士】
【氏名又は名称】浅野 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100172557
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 啓靖
(72)【発明者】
【氏名】峰松 健夫
(72)【発明者】
【氏名】真田 弘美
(72)【発明者】
【氏名】玉井 奈緒
(72)【発明者】
【氏名】平田 善彦
(72)【発明者】
【氏名】尾田 友香
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-48984(JP,A)
【文献】特開2017-198509(JP,A)
【文献】特開2015-227865(JP,A)
【文献】特開2009-008607(JP,A)
【文献】国際公開第2007/046463(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/145128(WO,A1)
【文献】OGAI K. et al.,Development of an improved method for quantitative analysis of skin blotting: increasing reliability and applicability for skin assessment,International Journal of Cosmetic Science,2015年03月16日,Vol.37,No.4,pp.425-432
【文献】OGAI K. et al.,Increased level of tumour necrosis factor-alpha (TNF-a) on the skin of Japanese obese males: measured by quantitative skin blotting,International Journal of Cosmetic Science,2016年02月10日,Vol.38,No.5,PP.462-469
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程;
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程;
(c)前記シートに付着した前記疾患マーカー及び前記参照マーカーの量を測定する工程;及び
(d)工程(c)で測定された前記疾患マーカーの量を工程(c)で測定された前記参照マーカーの量で補正して得られた値に基づいて、前記対象の疾患に関する情報を取得する工程
を含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記方法。
【請求項2】
疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するために、前記対象から前記疾患マーカー及び前記参照マーカーを採取する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程;及び
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程
を含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記方法。
【請求項3】
前記疾患マーカーが、サイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質、血漿タンパク質、熱ショックタンパク質及び受容体タンパク質からなる群より選択されるタンパク質、又は、オスモライトである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記疾患マーカーが、TNFα、IL1α、NGFβ、VEGF-C、TGFβ1、BMP1、PAI1、MMP2、クレアチンキナーゼ、クレアチンホスホキナーゼ、COL4、フィブロネクチン、アルブミン、HSP90α及びNOTCH1からなる群より選択されるタンパク質、又は、タウリンである、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記シートがその表面に極性官能基を有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記極性官能基がニトロ基である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記シートがニトロセルロース膜である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ニトロセルロース膜のニトロ化率が30%以上である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記極性官能基がカチオン性官能基である、請求項5に記載の方法。
【請求項10】
前記極性官能基がアニオン性官能基である、請求項5に記載の方法。
【請求項11】
工程(b)において、前記シート及び前記皮膚表面の一方又は両方を水性媒体で濡らした後、前記シートを前記皮膚表面に貼付する、請求項1~10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するためのキットであって、
前記キットが、
前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記キット。
【請求項13】
疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するために、前記対象から前記疾患マーカー及び前記参照マーカーを採取するためのキットであって、
前記キットが、
前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記キット。
【請求項14】
前記疾患マーカーが、サイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質、血漿タンパク質、熱ショックタンパク質及び受容体タンパク質からなる群より選択されるタンパク質、又は、オスモライトである、請求項12又は13に記載のキット。
【請求項15】
前記疾患マーカーが、TNFα、IL1α、NGFβ、VEGF-C、TGFβ1、BMP1、PAI1、MMP2、クレアチンキナーゼ、クレアチンホスホキナーゼ、COL4、フィブロネクチン、アルブミン、HSP90α及びNOTCH1からなる群より選択されるタンパク質、又は、タウリンである、請求項12~14のいずれか一項に記載のキット。
【請求項16】
前記シートがその表面に極性官能基を有する、請求項12~15のいずれか一項に記載のキット。
【請求項17】
前記極性官能基がニトロ基である、請求項16に記載のキット。
【請求項18】
前記シートがニトロセルロース膜である、請求項17に記載のキット。
【請求項19】
前記ニトロセルロース膜のニトロ化率が30%以上である、請求項18に記載のキット。
【請求項20】
前記極性官能基がカチオン性官能基である、請求項16に記載のキット。
【請求項21】
前記極性官能基がアニオン性官能基である、請求項16に記載のキット。
【請求項22】
前記疾患マーカーを検出するための第1の試薬及び前記参照マーカーを検出するための第2の試薬をさらに含んでなる、請求項12~21のいずれか一項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象における疾患の診断を補助する方法及びキット、並びに、対象における疾患の診断を補助するために、対象から疾患マーカー及び参照マーカーを採取する方法及びキットに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、対象の間質液中に存在するアルブミンを、静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートにより、経皮的に非侵襲的に採取する方法が知られている(特許文献1)。
【0003】
また、疾患の指標となる疾患マーカーが、経皮的に採取され得ることが知られている(非特許文献1~15)。
【0004】
一方、皮膚は、表層から順に、表皮及び真皮に分けられる。表皮は、角層、顆粒層、有棘層及び基底層に分けられ、真皮は、乳頭層及び網状層に分けられる。皮膚の下層には、皮下脂肪組織が存在し、多くの部位において、皮下脂肪組織の下層には、骨格筋が存在する。水分又は電解質の漏出、異物の侵入等を阻止する皮膚バリア機能は、主に、皮膚表面の皮脂膜、角層の角質細胞間脂質、顆粒層の密着結合等が担っている。
【0005】
このように、皮膚には、バリア機能があるため、対象の皮膚表面の下方に位置する層の間質液中に存在する疾患マーカー(特に、皮膚バリア機能を担っている層(皮膚表面の皮脂膜、表皮の角層、顆粒層等)よりも下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)の間質液中に存在する疾患マーカー)を経皮的に採取する場合には、皮膚バリア機能の変動に起因して採取される疾患マーカーの量が変動し得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-048984号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Minematsu et al., ADVANCES IN SKIN & WOUND CARE 2014; 27: 272-9
【文献】Ogai et al., International Journal of Cosmetic Science, 2015, 27, 425-432
【文献】Ogai et al., International Journal of Cosmetic Science, 2016, 38, 462-469
【文献】Kishi et al., Biological Research for Nursing 2015, Vol. 17(2) 135-141
【文献】Koyano et al., International Wound Journal, 2016, Vol. 13(2) 189-97
【文献】Tamai et al., Journal of Nursing Science and Engineering, 2017, Vol. 4(2) 116-120
【文献】Kaneko et al., Wound Repair and Regeneration, 2015, Vol. 23, 657-663
【文献】Kanazawa et al., PLOS ONE, 2014, Vol. 9(8) 1-11
【文献】木村、東京大学大学院医学系研究科健康科学看護学専攻 修士論文、2016
【文献】木村ら、第46回日本創傷治癒学会 口演 抄録
【文献】中井、東京大学大学院医学系研究科健康科学看護学専攻 修士論文、2018
【文献】禰屋ら、第70回日本体力医学会大会 抄録
【文献】禰屋ら、第72回日本体力医学会大会 抄録
【文献】Sari et al., WOUNDS, 2010, Vol. 22(2), 44-51
【文献】峰松ら、第19回日本臨床毛髪学会 抄録
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
対象の皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)の間質液中に存在する疾患マーカーを経皮的に採取する場合、対象の皮膚バリア機能の変動に起因して疾患マーカーの採取量が変動し得ることから、採取される疾患マーカーの量が対象の実際の健康状態を正確に反映していない可能性があるという問題があった。例えば、対象において、健常時よりも皮膚バリア機能が低下している場合には、健常時よりも疾患マーカーが皮膚バリアを通過しやすくなるため、経皮的に採取される疾患マーカー量が増大し、採取された疾患マーカー量が対象の実際の健康状態を正確に反映しないことになる。一方、対象において、健常時よりも皮膚バリア機能が増大している場合には、疾患マーカーが皮膚バリアを通過しにくくなるため、健常時よりも経皮的に採取される疾患マーカー量が低下し、採取された疾患マーカー量が対象の実際の健康状態を正確に反映しないことになる。
【0009】
本発明は、対象の皮膚バリア機能の変動に起因する疾患マーカーの採取量の変動を補正し、対象の健康状態を正確に反映した情報を取得することにより、対象の健康状態を診断することを補助するための方法及びキット、並びに、対象の健康状態を診断することを補助するために、対象から疾患マーカー及び参照マーカーを採取する方法及びキットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、
疾患マーカー及び参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを対象の皮膚表面に貼付すると、シートと、皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)に存在する間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーとの間に静電相互作用に基づく引力が生じ、対象の間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーが対象の表皮を通過してシートに引き付けられ、シート表面に付着すること、
シートを皮膚表面から剥離すると、シートが皮膚表面から剥離されるとともに、シート表面に付着した疾患マーカー及び参照マーカーがシートに付着した状態で採取されること、
アネキシンA2を参照マーカーとして、採取された疾患マーカーの量を採取された参照マーカーの量で補正することにより、疾患マーカーの量のみに基づいて得られた健康状態の情報よりも実際の健康状態を正確に反映した情報が得られ、診断の正確性が向上すること
等を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
[1]疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程;
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程;(c)前記シートに付着した前記疾患マーカー及び前記参照マーカーの量を測定する工程;及び
(d)工程(c)で測定された前記疾患マーカーの量を、工程(c)で測定された前記参照マーカーの量で補正して得られた値に基づいて、前記対象の疾患に関する情報を取得する工程
を含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記方法。
[2]疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するために、前記対象から前記疾患マーカー及び前記参照マーカーを採取する方法であって、
前記方法が、以下の工程:
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程;及び
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程
を含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記方法。
[3]前記疾患マーカーが、サイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質、血漿タンパク質、熱ショックタンパク質及び受容体タンパク質からなる群より選択されるタンパク質、又は、オスモライトである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記疾患マーカーが、TNFα、IL1α、NGFβ、VEGF-C、TGFβ1、BMP1、PAI1、MMP2、クレアチンキナーゼ、クレアチンホスホキナーゼ、COL4、フィブロネクチン、アルブミン、HSP90α及びNOTCH1からなる群より選択されるタンパク質、又は、タウリンである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]前記シートがその表面に極性官能基を有する、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記極性官能基がニトロ基である、[5]に記載の方法。
[7]前記シートがニトロセルロース膜である、[6]に記載の方法。
[8]前記ニトロセルロース膜のニトロ化率が30%以上である、[7]に記載の方法。
[9]前記極性官能基がカチオン性官能基である、[5]に記載の方法。
[10]前記極性官能基がアニオン性官能基である、[5]に記載の方法。
[11]工程(b)において、前記シート及び前記皮膚表面の一方又は両方を水性媒体で濡らした後、前記シートを前記皮膚表面に貼付する、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12]疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するためのキットであって、
前記キットが、
前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記キット。
[13]疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助するために、前記対象から前記疾患マーカー及び前記参照マーカーを採取するためのキットであって、
前記キットが、
前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、
前記参照マーカーがアネキシンA2である、前記キット。
[14]前記疾患マーカーが、サイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質、血漿タンパク質、熱ショックタンパク質及び受容体タンパク質からなる群より選択されるタンパク質、又は、オスモライトである、[12]又は[13]に記載のキット。
[15]前記疾患マーカーが、TNFα、IL1α、NGFβ、VEGF-C、TGFβ1、BMP1、PAI1、MMP2、クレアチンキナーゼ、クレアチンホスホキナーゼ、COL4、フィブロネクチン、アルブミン、HSP90α及びNOTCH1からなる群より選択されるタンパク質、又は、タウリンである、[12]~[14]のいずれかに記載のキット。
[16]前記シートがその表面に極性官能基を有する、[12]~[15]のいずれかに記載のキット。
[17]前記極性官能基がニトロ基である、[16]に記載のキット。
[18]前記シートがニトロセルロース膜である、[17]に記載のキット。
[19]前記ニトロセルロース膜のニトロ化率が30%以上である、[18]に記載のキット。
[20]前記極性官能基がカチオン性官能基である、[16]に記載のキット。
[21]前記極性官能基がアニオン性官能基である、[16]に記載のキット。
[22]前記疾患マーカーを検出するための第1の試薬及び前記参照マーカーを検出するための第2の試薬をさらに含んでなる、[12]~[21]のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、対象の皮膚バリア機能の変動による疾患マーカーの採取量の変動を補正し、対象の健康状態を正確に反映した情報を取得することにより、対象の健康状態を診断することを補助する方法及びキット、並びに、対象の健康状態を診断することを補助するために、対象から疾患マーカー及び参照マーカーを採取する方法及びキットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、モデル動物の妥当性の検証結果を示すグラフである。
図2図2は、若齢ラットから採取された組織試料の免疫染色写真である。
図3図3Aは、4種類の各ラットから採取されたスキンブロッティング試料の抗アネキシンA2抗体による免疫染色写真である。図3Bは、図3Aの各スキンブロッティング試料のアルカリンホスファターゼ発光強度の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明について説明する。
【0015】
<用語の説明>
以下、本明細書で用いられる用語について説明する。用語に関する以下の説明は、別段規定される場合を除き、本明細書を通じて適用される。
【0016】
「対象」は、疾患の診断の対象となる動物である。対象動物は、皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)の間質液中に、疾患マーカー及び参照マーカーが存在する動物である限り特に限定されない。対象動物としては、例えば、ヒト又はその他の哺乳類(例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ等)、ニワトリ、インコ等の鳥類等が挙げられる。
【0017】
「皮膚」は、皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)の間質液中に、疾患マーカー及び参照マーカーが存在し、後述するシートを対象の皮膚表面に貼付することにより、間質液中に存在する疾患マーカー及び参照マーカーを経皮的に採取し得る限り特に限定されない。皮膚としては、例えば、足、脚、頭、手、腕、顔、その他の体部等の皮膚が挙げられる。
【0018】
「疾患」は、疾患マーカーを指標として診断され得る限り特に限定されない。疾患には、症状、障害、異常等も包含される。疾患としては、例えば、炎症、掻痒症、皮膚裂傷、皮膚バリア機能の低下、虚血性疾患、低酸素状態、細胞変形、褥瘡、筋損傷、毛周期異常、脱水症等が挙げられる。また、疾患は局所性のものであっても全身性のものであってもよく、又、疾患が存在する部位も特に限定されない。疾患が存在する部位としては、例えば、皮膚、皮下組織等が挙げられる。
【0019】
上記疾患のうち、炎症、掻痒症、虚血性疾患、低酸素状態等は、例えばサイトカイン等を指標として診断され得る。また、皮膚裂傷は、例えばサイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質等を指標として診断され得る。また、皮膚バリア機能の低下は、例えば血漿タンパク質等を指標として診断され得る。また、細胞変形は、例えば熱ショックタンパク質等を指標として診断され得る。また、褥瘡は、例えばサイトカイン、熱ショックタンパク質、酵素等を指標として診断され得る。また、筋損傷は、例えば酵素等を指標として診断され得る。また、毛周期異常は、例えば受容体タンパク質、サイトカイン等を指標として診断され得る。また、脱水症は、例えばオスモライト等を指標として診断され得る。
【0020】
一実施形態において、診断される疾患は、皮膚疾患である。
【0021】
皮膚疾患としては、例えば、皮膚炎/湿疹(dermatitis/eczema)、痒疹(prurigo)、紅斑(erythema)、後天性角化症(acquired keratosis)、毛髪疾患(disorders of hairs)、急性膿皮症(acute pyodermas)、真菌症(fungal diseases)、腫瘍(tumor)、創傷(injury/trauma/wound/burn)等が挙げられる。なお、「疾患A/疾患B」という表現において、「/」は「又は」の意味であり、疾患A及び疾患Bは、名称は異なるが、範囲が同一又はほぼ同一の疾患である。以下同様である。
【0022】
皮膚炎/湿疹としては、例えば、接触皮膚炎(contact dermatitis)、アトピー性皮膚炎(atopic dermatitis)、脂漏性皮膚炎/脂漏性湿疹(seborrheic dermatitis/seborrhoic eczema)、自家感作性皮膚炎(autosensitization dermatitis)、鬱滞性皮膚炎(stasis dermatitis)等が挙げられる。接触皮膚炎には、失禁関連皮膚炎(incontinence-associated dermatitis)が包含される。
【0023】
痒疹としては、例えば、皮膚掻痒症等が挙げられる。
【0024】
紅斑としては、例えば、Stevens-Johnson症候群/粘膜皮膚眼症候群/重症型多型紅斑(Stevens-Johnson syndrome/mucocutaneous ocular syndrome/EM major)等が挙げられる。
【0025】
後天性角化症としては、例えば、乾癬(psoriasis)等が挙げられる。
【0026】
毛髪疾患としては、例えば、円形脱毛症(alopecia areata)、男性型脱毛症/アンドロゲン性脱毛症/壮年性脱毛症(male pattern baldness/andronenic alopecia/alopecia prematura)等が挙げられる。
【0027】
急性膿皮症としては、例えば、蜂窩織炎(cellulitis)、毛包炎(folluculitis)等が挙げられる。
【0028】
真菌症としては、例えば、白癬/皮膚糸状菌症(tinea/dermatophytosis)等が挙げられる。
【0029】
腫瘍としては、例えば、基底細胞癌/基底細胞上皮腫(basal cell carcinoma/basal cell epithelioma)、有棘細胞癌/扁平上皮癌(squamous cell carcinoma)、光線角化症/老人性角化症/日光角化症(actinic keratosis/senile keratosis/solar keratosis)、ボーエン病(Bowen's disease)、癌の皮膚転移/癌性皮膚潰瘍(metastatic carcinoma of the skin/marignant wound)、悪性黒色腫/メラノーマ((malignant) melanoma)等が挙げられる。
【0030】
創傷としては、例えば、裂創(laceration)、褥瘡(pressure ulcer/ pressure injury)等が挙げられる。裂創には、スキンテア(skin tear)が包含される。
【0031】
別の実施形態において、診断される疾患は、皮膚以外の局所性障害である。
【0032】
皮膚以外の局所性障害としては、例えば、例えば、骨格筋の損傷(damage of skeltal muscle)等が挙げられる。
【0033】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、全身性疾患又は全身性症状である。
【0034】
全身性疾患又は全身性症状としては、例えば、低栄養(malnutrition)、高張性脱水(hypertonic dehydration)等が挙げられる。
【0035】
「疾患マーカー」は、対象の現在の健康状態(例えば、疾患の罹患の有無、疾患の重篤度、疾患への罹患のしやすさ等)、対象の将来の健康状態(例えば、疾患の予後等)等を判断するための指標となり得る物質であって、対象の皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)の間質液中に存在し、後述するシートとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ、当該シートに付着して経皮的に採取することができる物質である限り特に限定されない。疾患マーカーは、診断される疾患との関連において適宜選択することができる。疾患マーカーは、対象が疾患に罹患している時には発現しているが、対象が疾患に罹患していない時には発現していないマーカーであってもよいし、対象が疾患に罹患している時だけでなく対象が疾患に罹患していない時にも発現しているが、対象が疾患に罹患している時の発現量が、対象が疾患に罹患していない時の発現量と異なるマーカー(例えば、対象が疾患に罹患している時の発現量が、対象が疾患に罹患していない時の発現量よりも多い又は少ないマーカー)であってもよい。疾患マーカーとしては、例えば、サイトカイン、酵素、細胞外基質タンパク質、血漿タンパク質、熱ショックタンパク質、受容体タンパク質等のタンパク質が挙げられる。サイトカインとしては、例えば、腫瘍壊死因子α(TNFα)、インターロイキン1α(IL1α)、神経成長因子β(NGFβ)、血管内皮細胞成長因子C(VEGF-C)、トランスフォーミング増殖因子β(TGFβ1)、骨形成タンパク質1(BMP1)、プラスミノーゲン活性化抑制因子1(PAI1)等が挙げられる。酵素としては、例えば分泌酵素が挙げられ、具体的には、マトリックスメタロプロテアーゼ2(MMP2)、クレアチンキナーゼ(CK)、クレアチンホスホキナーゼ等が挙げられる。細胞外基質タンパク質としては、例えば、IV型コラーゲン(COL4)、フィブロネクチン(FN)等が挙げられる。血漿タンパク質としては、例えばアルブミン(ALB)等が挙げられる。熱ショックタンパク質としては、例えば熱ショックタンパク質90α(HSP90α)等が挙げられる。受容体タンパク質としては、例えばNOTCH1等が挙げられる。
【0036】
また、疾患マーカーとしては、例えば、生体内において浸透圧を調節する機能を有するオスモライトが挙げられる。オスモライトとしては、例えば有機オスモライト等が挙げられ、有機オスモライトとしては、例えば、アミノ酸、アミノ酸の類似物質等が挙げられる。アミノ酸の類似物質としては、例えばタウリン等が挙げられる。
【0037】
一実施形態において、診断される疾患は、接触皮膚炎であり、使用される疾患マーカーは、接触皮膚炎のマーカーである。接触皮膚炎のマーカーとしては、例えば、トリプシン、キモトリプシン、リパーゼ等が挙げられる(Mugita et al. PLOS One 10: e0138117. 2015;Mugita et al. Int Wound J. 15: 623-32, 2018)。
【0038】
別の実施形態において、診断される疾患は、アトピー性皮膚炎であり、使用される疾患マーカーは、アトピー性皮膚炎のマーカーである。アトピー性皮膚炎のマーカーとしては、例えば、IL22、TSLP、IL-1α、IL-1β、IL-18、IL-1RA、IL-5、IL-13、IL-6、IL-8、IL-9、IL-17、IL-22、TNF-α、CCL-5、CXCL-9、CXCL-10、CCL-17等が挙げられる(Zhu et al. Sci Rep 1:23, 2011; Szegedi et al., J Eur Acad Dermatol Venereol. 29: 2136-44, 2015; Tan et al., J Cutan Med Surg. 21: 308-315, 2017; Brunner et al. J Allergy Clin Immunol 143: 142-154, 2019)。
【0039】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、脂漏性皮膚炎/脂漏性湿疹であり、使用される疾患マーカーは、脂漏性皮膚炎/脂漏性湿疹のマーカーである。脂漏性皮膚炎/脂漏性湿疹のマーカーとしては、例えば、IL-2、IFN-γ、IL-17等が挙げられる(Trznadel-Grodzka et al, Postepy Hig Med Dosw, 66: 843-847, 2012; Wikramanayake et al, Exp Dermatol. 27: 1408-1411, 2018)。
【0040】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、自家感作性皮膚炎であり、使用される疾患マーカーは、自家感作性皮膚炎のマーカーである。自家感作性皮膚炎のマーカーとしては、例えば、IL-4、IFNα等が挙げられる(Tokura et al, J Am Acad Dermatol 57: S22-S25, 2007; Hashimoto et al, J Dermatol 34: 577-582, 2007)。
【0041】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、鬱滞性皮膚炎であり、使用される疾患マーカーは、鬱滞性皮膚炎のマーカーである。鬱滞性皮膚炎のマーカーとしては、例えば、MMP1、MMP2、MMP13等が挙げられる(Herouy et al. J Dermatol Sci, 25: 198-205, 2001)。
【0042】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、皮膚掻痒症であり、使用される疾患マーカーは、皮膚掻痒症のマーカーである。皮膚掻痒症のマーカーとしては、例えば、NGFβ、アルブミン等が挙げられる(Dianis et al. 9th World Congress on Itch. Wroclaw (Poland), 2017/10/15-17.(抄録))。
【0043】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、Stevens-Johnson症候群/粘膜皮膚眼症候群/重症型多型紅斑であり、使用される疾患マーカーは、Stevens-Johnson症候群/粘膜皮膚眼症候群/重症型多型紅斑のマーカーである。Stevens-Johnson症候群/粘膜皮膚眼症候群/重症型多型紅斑のマーカーとしては、例えば、IL-6、IL-10、TNFα、INFγ等が挙げられる(Ushigome et al, Clin Exp Allergy 48: 1453-1463, 2018.; Ueta et al, BMJ Open Ophthalmol 1: e000073, 2017; Wang et al., J Clin Invest, 128: 985-996, 2018)。
【0044】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、乾癬であり、使用される疾患マーカーは、乾癬のマーカーである。乾癬のマーカーとしては、例えば、TNFα、IL17、IL22等が挙げられる(Brembilla et al., Front Immunol. 9:1682. 2018)。
【0045】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、円形脱毛症であり、使用される疾患マーカーは、円形脱毛症のマーカーである。円形脱毛症のマーカーとしては、例えば、IL-15、IL-4、IL-18等が挙げられる(Ebrahim et al., Int J Trichology, 11: 26-30, 2019; Gong et al, Exp Dermatol, doi: 10.1111/exd.13758. [Epub ahead of print], 2018; Moravvej et al., Hum Antibodies, 26: 201-207, 2018; Celik & Ates, J Clin Lab Anal. 32: e22386, 2018)。
【0046】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、男性型脱毛症/アンドロゲン性脱毛症/壮年性脱毛症であり、使用される疾患マーカーは、男性型脱毛症/アンドロゲン性脱毛症/壮年性脱毛症のマーカーである。男性型脱毛症/アンドロゲン性脱毛症/壮年性脱毛症のマーカーとしては、例えば、SHH、TGFβ、NOTCH1、BMP1等が挙げられる(峰松ら, 第19回日本臨床毛髪学会学術集会。抄録,峰松ら,第20回日本臨床毛髪学会抄録)。
【0047】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、蜂窩織炎であり、使用される疾患マーカーは、蜂窩織炎のマーカーである。蜂窩織炎のマーカーとしては、TNFα等が挙げられる(Mansouri et al, Br J Dermatol, 174: 916-918, 2016)。
【0048】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、毛包炎であり、使用される疾患マーカーは、毛包炎のマーカーである。毛包炎のマーカーとしては、例えば、TNFα等が挙げられる(Werninghaus et al, Clin Exp Dermatol 43: 458-459, 2018)。
【0049】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、白癬/皮膚糸状菌症であり、使用される疾患マーカーは、白癬/皮膚糸状菌症のマーカーである。白癬/皮膚糸状菌症のマーカーとしては、例えば、ケラチナーゼ(keratinase)等が挙げられる(竹原ら,第3回看護理工学会学術集会(抄録);竹原ら,第46回日本創傷治癒学会(抄録))。
【0050】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、基底細胞癌/基底細胞上皮腫であり、使用される疾患マーカーは、基底細胞癌/基底細胞上皮腫のマーカーである。基底細胞癌/基底細胞上皮腫のマーカーとしては、例えば、IL-17、IL-22、IL-23、IFNγ等が挙げられる(Pellegrini et al. PLOS One 12: e0183415, 2017)。
【0051】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、有棘細胞癌/扁平上皮癌であり、使用される疾患マーカーは、有棘細胞癌/扁平上皮癌のマーカーである。有棘細胞癌/扁平上皮癌のマーカーとしては、例えば、CCL5等が挙げられる(Wu et al, Cytokine, 110: 94-103, 2018)。
【0052】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、光線角化症/老人性角化症/日光角化症であり、使用される疾患マーカーは、光線角化症/老人性角化症/日光角化症のマーカーである。光線角化症/老人性角化症/日光角化症のマーカーとしては、例えば、CD40L等が挙げられる(Haimakainen et al. Cancer Invest 35: 143-151, 2017)。
【0053】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、ボーエン病であり、使用される疾患マーカーは、ボーエン病のマーカーである。ボーエン病のマーカーとしては、例えば、IL-10等が挙げられる(Zhu et al. Gastroenterology Res 10: 65-69, 2017)。
【0054】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、癌の皮膚転移/癌性皮膚潰瘍であり、使用される疾患マーカーは、癌の皮膚転移/癌性皮膚潰瘍のマーカーである。癌の皮膚転移/癌性皮膚潰瘍のマーカーとしては、例えば、IFNγ等が挙げられる(峰松ら,日本褥瘡学会誌.16: 154-158, 2014.)。
【0055】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、悪性黒色腫/メラノーマであり、使用される疾患マーカーは、悪性黒色腫/メラノーマのマーカーである。悪性黒色腫/メラノーマのマーカーとしては、例えば、IL-2、CTLA-4、PD1等が挙げられる(Bridge et al., Front Med: 5:351, 2018)。
【0056】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、裂創(スキンテアを含む)であり、使用される疾患マーカーは、裂創(スキンテアを含む)のマーカーである。裂創(スキンテアを含む)のマーカーとしては、例えば、COL4、MMP2、フィブロネクチン、ラミニン等が挙げられる(Koyano et al., Int Wound J. 13: 189-197. 2016)。
【0057】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、褥瘡であり、使用される疾患マーカーは、褥瘡のマーカーである。褥瘡のマーカーとしては、例えば、PAI1、HSP90α、VEGF-C、IL1α等が挙げられる(Nakai et al., Journal of Tissue Viability. 2019. doi: 10.1016/j.jtv.2019.02.002. [Epub ahead of print],木村ら,第46回日本創傷治癒学会(抄録))。
【0058】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、骨格筋の損傷であり、使用される疾患マーカーは、骨格筋の損傷のマーカーである。骨格筋の損傷のマーカーとしては、例えば、クレアチン(ホスホ)キナーゼ等が挙げられる(Neya et al., 2018 ASCA International Conference on Applied Strength & Conditioning.(抄録),禰屋ら第70回日本体力医科学会(抄録),第72回日本体力医科学会(抄録)2017/9/16)。
【0059】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、低栄養であり、使用される疾患マーカーは、低栄養のマーカーである。低栄養のマーカーとしては、例えば、アルブミン、プレアルブミン、フェリチン等が挙げられる(Saarinen & Siimes, Acta Paediatr Scand, 67: 745-751, 1978; Shenkin, Clin Chem, 52:2177-2179, 2006, Gama-Axelsson, Clin J Am Soc Nephrol. 7:1446-1453, 2012)。
【0060】
さらに別の実施形態において、診断される疾患は、高張性脱水であり、使用される疾患マーカーは、高張性脱水のマーカーである。高張性脱水のマーカーとしては、例えば、タウリン等が挙げられる(東村ら,第5回看護理工学会学術集会・第11回看護実践学会学術集会・国際リンパ浮腫フレームワークジャパン研究協議会第7回学術集会 合同学術集会,(抄録);東村ら,日本老年看護学会第23回学術集会(抄録);峰松ら,第68回日本老年医学会関東甲信越地方会(抄録))。
【0061】
「参照マーカー」は、アネキシンA2である。アネキシンA2は分子量36kDのアネキシンファミリータンパク質の一つであり、C末端側のドメインにアネキシンファミリータンパク質間で高度に保存されている約70アミノ酸残基からなるαへリックス構造が4回繰り返されたアネキシンリピートと呼ばれるコアドメインを有する。このコアドメインは湾曲した構造をとっており、湾曲構造の凸面にCa とリン脂質の結合部位が存在する。また、アネキシンA2は、膜貫通領域を有さず、細胞質において可溶性の単量体として存在し、発現量が十分になるとS100A10カルシウム結合タンパク質と結合してヘテロ四量体を形成する。また、アネキシンA2の湾曲したコアドメインの凹面を構成するN末端側のドメインには、C末端リジンを有するS100A10カルシウム結合タンパク質が結合してヘテロ四量体を形成し、組織型プラスミノーゲンアクチベータ(tPA)とプラスミノーゲンの結合部位となる。このヘテロ四量体は、Src様チロシンキナーゼによりアネキシンA2のTyr23がリン酸化されると細胞表面へ移行するという性質を有する。
【0062】
また、アネキシンA2は、細胞内での膜輸送タンパク質、細胞骨格の足場タンパク質等として機能し、細胞表面では、S100A10カルシウム結合タンパク質と結合してヘテロ四量体を形成し、プラスミノーゲン受容体として機能する。細胞表面のアネキシンA2-S100A10カルシウム結合タンパク質複合体は、プラスミノーゲンの活性化を10~100倍増強する。プラスミノーゲンの活性化によって細胞表面で生成されたプラスミンは、α2プラスミンインヒビターの阻害を受けにくいという性質を有する。また、アネキシンA2-S100A10カルシウム結合タンパク質複合体によるプラスミノーゲンの活性化は、例えば、炎症反応、血栓症、自己免疫疾患、癌等の病態形成に関与することが知られている。
【0063】
アネキシンA2は、動物に由来する天然のアネキシンA2であることが好ましい。「動物」としては、例えば、ヒト又はその他の哺乳類(例えば、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ等)、ニワトリ、インコ等の鳥類等が挙げられる。また、「天然の」とは、アネキシンA2を構成するアミノ酸配列が天然に存在することをいう。
【0064】
アネキシンA2を構成するアミノ酸配列には、同一種の個体間の差(多型)が存在することが知られている。また、異種間において異なるアミノ酸配列を有するアネキシンA2が存在することも知られている。アネキシンA2には、このような多型、異種間においてアミノ酸配列が異なるアネキシンA2等も含まれる。
【0065】
ヒトのアネキシンA2には4種類のmRNAスプライシングバリアントが存在することが知られている。4種類のmRNAスプライシングバリアントに対応するcDNAは、NCBIのデータベースにおいて、それぞれアクセッション番号NM_001002857.1(配列番号1)、NM_001002858.2(配列番号3)、NM_001136015.2(配列番号5)及びNM_004039.2(配列番号7)として登録されている。また、これらのcDNAに対応するタンパク質は、NCBIのデータベースにおいて、それぞれアクセッション番号NP_001002857.1(配列番号2)、NP_001002858.1(配列番号4)、NP_00129487.1(配列番号6)及びNP004030.1(配列番号8)として登録されている。
【0066】
また、ラットのアネキシンA2のcDNAは、NCBIのデータベースにおいて、アクセッション番号NM_019905.1(配列番号9)として登録されており、対応するタンパク質は、アクセッション番号NP_063970.1(配列番号10)として登録されている。
【0067】
参照マーカーとして用いられるアネキシンA2としては、例えば、配列番号2、4、6、8及び10からなる群から選択される1つのアミノ酸配列からなるタンパク質、並びに、配列番号2、4、6、8及び10からなる群から選択される1つのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、さらに一層好ましくは95%以上、さらに一層好ましくは98%以上、さらに一層好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、抗アネキシンA2モノクローナル抗体と特異的に結合し得るタンパク質が挙げられる。
【0068】
「疾患の診断」は、医師が、対象の健康状態に関する情報に基づいて、対象の健康状態を判断すること、及び/又は、医師が、対象の健康状態に関する情報に基づいて、対象に対する疾患の予防又は治療の方法を選択し、実行の要否を判断することを包含する。健康状態には、対象の現在の健康状態(例えば、疾患の罹患の有無、疾患の重篤度、疾患への罹患のしやすさ等)、対象の将来の健康状態(例えば、疾患の予後等)等が含まれる。
【0069】
「疾患の診断を補助する」は、医師が、対象の疾患に関する情報に基づいて、対象の健康状態を判断することを補助すること、及び/又は、医師が、対象の疾患に関する情報に基づいて、対象に対する疾患の予防又は治療の方法を選択し、実行の要否を判断することを補助することを包含する。健康状態には、対象の現在の健康状態(例えば、疾患の罹患の有無、疾患の重篤度、疾患への罹患のしやすさ等)、対象の将来の健康状態(例えば、疾患の予後等)等が含まれる。疾患の診断を補助する行為は、疾患の診断に有用な情報を提供する行為であり、医療行為であってもよいし、非医療行為であってもよいが、通常は、非医療行為である。医師による診断は、疾患の診断を補助する行為によって提供された情報に加えて、その他の1種又は2種以上の情報に基づいて行われ得る。また、医師による診断には、医師の経験、コツ等も関与し得る。このため、本発明では、「補助」という表現が使用されている。したがって、「補助」という表現は、疾患の診断を補助する行為によって提供された情報に基づいて、対象の疾患の診断が行われることを排除するものではない。すなわち、本発明には、疾患の診断を補助する行為によって提供された情報に基づいて、対象の疾患の診断が行われることも包含される。
【0070】
<第1態様>
本発明の第1態様は、疾患マーカー及び参照マーカーを用いて対象の疾患の診断を補助する方法に関する。
【0071】
本発明の第1態様に係る方法は、以下の工程を含んでなる。なお、工程(a)~(d)は順次行われる。
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程
(c)前記シートに付着した前記疾患マーカー及び前記参照マーカーの量を測定する工程
(d)工程(c)で測定された前記疾患マーカーの量を工程(c)で測定された前記参照マーカーの量で補正して得られた値に基づいて、前記対象の疾患に関する情報を取得する工程
【0072】
以下、各工程について説明する。
【0073】
工程(a)
工程(a)は、疾患マーカー及び参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程である。
【0074】
工程(a)で準備するシートは、疾患マーカー及び参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得る限り特に限定されない。静電相互作用には、イオン間相互作用、双極子間相互作用、イオン-双極子間相互作用等が含まれる。イオン間相互作用は、対象の間質液中の疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有するイオン化した官能基と、シートが有するイオン化した官能基との間で生じ得る。双極子間相互作用は、対象の間質液中の疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する分極した官能基(双極子モーメントを有する官能基)と、シートが有する分極した官能基(双極子モーメントを有する官能基)との間で生じ得る。イオン-双極子間相互作用は、対象の間質液中の疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する分極した官能基(双極子モーメントを有する官能基)と、シートが有するイオン化した官能基との間で、又は、対象の間質液中の疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有するイオン化した官能基と、シートが有する分極した官能基(双極子モーメントを有する官能基)との間で生じ得る。
【0075】
工程(a)で準備するシートとしては、例えば、極性官能基を表面に有するシート等が挙げられる。極性官能基を有するシートによれば、極性官能基が有する正電荷と、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間の静電相互作用に基づく引力、並びに/或いは、極性官能基が有する負電荷と疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間の静電相互作用に基づく引力が生じ得る。
【0076】
極性官能基は、極性を有する官能基である。官能基の極性は、当該官能基の分極により生じ得る。官能基の分極は、例えば、当該官能基に含まれる原子間の電気陰性度の差、当該官能基に含まれる原子と当該官能基が結合する原子(例えば、炭素原子)との間の電気陰性度の差、これらの組み合わせ等により生じる。極性官能基は、非イオン性官能基であってもよいし、イオン性官能基であってもよい。
【0077】
非イオン性官能基は、pHが中性付近(pH6.5~7.5)の水性媒体(例えば、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等)中でイオン化しない官能基であり、非イオン性官能基としては、例えば、ニトロ基等が挙げられる。
【0078】
イオン性官能基は、pHが中性付近(pH6.5~7.5)の水性媒体(例えば、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等)中でイオン化して正又は負に帯電する官能基であり、イオン性官能基としては、例えば、カチオン性官能基、アニオン性官能基等が挙げられる。
【0079】
カチオン性官能基としては、例えば、第1級アミノ基(-NH)、第2級アミノ基(-NHR)、第3級アミノ基(-NR)、第4級アンモニウム基(-NR )、第4級ホスホニウム基(-PR )等が挙げられる。Rは、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアルコキシ基、置換されていてもよいアリール基等の有機基を表す。カチオン性官能基のうち、第4級アンモニウム基及び第4級ホスホニウム基は、水性媒体のpHに依存せずに正に帯電し得る。カチオン性官能基は、ハロゲン陰イオン、硫酸陰イオン、スルホン酸陰イオン、リン酸陰イオン、カルボン酸陰イオン等の陰イオンと結合して塩を形成していてもよい。
【0080】
アニオン性官能基としては、例えば、水酸基、カルボキシル基、スルホ基、硫酸基、リン酸基、シラノール基(-SiRR’OH)等が挙げられる。水酸基は、例えば、フェノール性水酸基(-Ar-OH)である。R及びR’は、それぞれ独立して、置換されていてもよいアルキル基、置換されていてもよいアルコキシ基等の有機基を表す。アニオン性官能基は、ナトリウムイオン、カリウムイオン等のアルカリ金属イオンと結合して塩を形成していてもよい。
【0081】
極性官能基を表面に有するシートとしては、例えば、ニトロセルロース膜、ナイロン膜等を使用することができる。ニトロセルロース膜及びナイロン膜としては、タンパク質、核酸等のブロッティング用膜として市販されているものを使用することができる。ニトロセルロース膜は、ニトロセルロースのみで構成されていてもよいし、ニトロセルロースを支持する基材(例えば、ポリエステル樹脂製基材)を有していてもよい。ニトロセルロース膜及びナイロン膜は、シート全体として電気的に中性であってもよいし、シート全体として正又は負に帯電していてもよい。
【0082】
極性官能基を表面に有するシートとしては、ニトロセルロース膜を使用することが好ましい。ニトロセルロース膜によれば、ニトロ基が有する正電荷と疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間の静電相互作用に基づく引力、及び、ニトロ基が有する負電荷と疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間の静電相互作用に基づく引力が生じ得る。
【0083】
ニトロセルロース膜のニトロ化率は、30%以上であることが好ましく、35%以上であることが更に好ましい。「ニトロセルロース膜のニトロ化率」は、Analytica Chimica Acta 685 (2011) 196-203に記載の方法に準拠して、ニトロ基をアルカリで加水分解することにより生じるNO 及びNO をイオンクロマトグラフィーにより定量し、NO 量及びNO 量に基づいて算出される。具体的には、次の通りである。対象となるニトロセルロース膜からニトロセルロース分画を溶媒抽出する。ニトロセルロース分画に20g/LのNaOH溶液を加え、150℃で30分間加熱してニトロ基を加水分解する。加水分解後の乾燥残渣を蒸留水に溶解し、サンプル溶液を調製する。サンプル溶液中のNO 及びNO をイオンクロマトグラフィーにより定量する。NO 量及びNO 量に基づいて、サンプル溶液中のニトロ基含有量(mmol/g)を算出する。完全にニトロ化されたニトロセルロースについて、上記と同様にして、加水分解し、イオンクロマトグラフィーにより定量されたNO 量及びNO 量に基づいて、完全にニトロ化されたニトロセルロースのニトロ基含有量(mmol/g)を算出する。下記式に基づいて、対象となるニトロセルロース膜のニトロ化率(%)を算出する。
ニトロ化率(%)=(サンプル溶液中のニトロ基含有量)/(完全にニトロ化されたニトロセルロースのニトロ基含有量)×100
なお、完全にニトロ化されたニトロセルロースのニトロ基含有量は9mmol/gであるとされている。
【0084】
その他、極性官能基を表面に有するシートとしては、正に帯電した又は帯電可能な表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシート、負に帯電した又は帯電可能な表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシート等を使用することができる。このようなシートとしては、例えば、陰イオン交換膜、陽イオン交換膜等が挙げられる。陰イオン交換膜及び陽イオン交換膜としては、市販のものを使用することができる。陰イオン交換膜が表面に有するカチオン性官能基及び陽イオン交換膜が表面に有するアニオン性官能基に関する説明は、上記と同様であるので省略する。
【0085】
陰イオン交換膜は、カチオン性官能基がイオン化すると、正に帯電した表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートとなる。カチオン性基のイオン化は、例えば、陰イオン交換膜を水性媒体で濡らすことにより生じさせることができる。陰イオン交換膜は、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得る限り、アニオン性基を有していてもよい。
【0086】
陽イオン交換膜は、アニオン性基がイオン化すると、負に帯電した表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートとなる。例えば、疾患マーカーがタウリンである場合には、ニトロセルロース膜と陽イオン交換膜とを組み合わせたシートが用いられる。アニオン性基のイオン化は、例えば、陽イオン交換膜を水性媒体で濡らすことにより生じさせることができる。陽イオン交換膜は、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得る限り、カチオン性基を有していてもよい。
【0087】
その他、適当な基材(例えば、水不溶性基材)にカチオン性基を導入して得られるシートを、正に帯電した又は帯電可能な表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートとして使用してもよい。基材としては、例えば、ニトロセルロース膜、ナイロン膜、ポリビニリデンフルオライド膜、セルロースアセテート等のセルロースエステル膜、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル膜、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のポリオレフィン系樹脂膜等が挙げられる。得られるシートが、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する負電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得る限り、基材には、カチオン性基とともにアニオン性基を導入してもよい。
【0088】
その他、適当な基材(例えば、水不溶性基材)にアニオン性基を導入して得られるシートを、負に帯電した又は帯電可能な表面を有し、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートとして使用してもよい。基材としては、例えば、ニトロセルロース膜、ナイロン膜、ポリビニリデンフルオライド膜、セルロースアセテート等のセルロースエステル膜、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル膜、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等のポリオレフィン系樹脂膜等が挙げられる。得られるシートが、疾患マーカー及び/又は参照マーカーが有する正電荷との間で静電相互作用に基づく引力を生じ得る限り、基材には、アニオン性基とともにカチオン性基を導入してもよい。
【0089】
シートの形状、サイズ等は、特に限定されず、シートを貼付する皮膚表面の形状、サイズ等に応じて適宜調整することができる。シートは、同一又は異なる複数のシート部材を組み合わせたものであってもよく、例えば、複数のシート部材を同一平面上に配置したもの、複数のシート部材の積層体等であってもよい。例えば、疾患マーカーがタウリンである場合、ニトロセルロース膜と陰イオン交換膜とを組み合わせたシート、具体的には、粘着性の基材上に、ニトロセルロース膜である外枠と、該ニトロセルロース膜の外枠の内側に陰イオン交換膜とを配置し、固定して得たシートが用いられ得る。
【0090】
シートは、可撓性を有することが好ましい。シートが可撓性を有する場合、シートの形状を皮膚表面の形状に沿って変形させることができるので、シートを皮膚表面に接触させる作業が容易となる。
【0091】
シートは、液体透過性を有していてもよい。例えば、シートは、液体透過孔(例えば、直径0.2~0.45μmの貫通孔)を有していてもよい。
【0092】
工程(b)
工程(b)は、工程(a)で準備したシートを対象の皮膚表面に貼付した後、皮膚表面から剥離する工程である。
【0093】
シートを対象の皮膚表面に貼付すると、シートと皮膚表面の下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)に存在する間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーとの間に静電相互作用に基づく引力を生じ、対象の間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーが対象の表皮を通過してシートに引き付けられ、シート表面に付着する。すなわち、対象の間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーが非侵襲的に採取される。なお、シートと、シート表面に付着した疾患マーカー及び参照マーカーとの結合には、静電相互作用以外に、疎水性相互作用等が関与してもよい。
【0094】
対象の皮膚表面の下方に位置する層には、皮膚バリア機能を担っている層(皮膚表面の皮脂膜、表皮の角層、顆粒層等)及び皮膚バリア機能を担っている層よりも下方に位置する層(例えば、表皮の有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層)が包含される。皮膚バリア機能を担っている層には間質液は存在しないが、疾患マーカーと同一の物質は存在し得る。皮膚バリア機能を担っている層に存在する物質は、疾患マーカーと同一の物質であったとしても、対象の健康状態を反映するものではなく、疾患の指標とはならない。シート表面に付着する疾患マーカーには、皮膚バリア機能を担っている層よりも下方に位置する層の間質液中に存在する疾患マーカーに加えて、皮膚バリア機能を担っている層に存在する疾患マーカーと同一の物質も含まれ得る。但し、皮膚バリア機能を担っている層に存在する疾患マーカーと同一の物質の量は微量であるので、シート表面に付着する疾患マーカーに含まれていても、特段支障はない。
【0095】
シートを皮膚表面から剥離すると、シート表面に付着した疾患マーカー及び参照マーカーは、シートとともに皮膚表面から剥離される。なお、皮膚表面から剥離されたシートには、皮膚表面に存在する物質のうち、シート表面と親和性を有する物質(例えば、疾患マーカー及び参照マーカー以外のタンパク質、脂質等)が付着していてもよい。
【0096】
シートを皮膚表面に接触させる時間は、対象の間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーがシート表面に付着し得る限り特に限定されない。接触時間は、シートと対象の間質液中の疾患マーカー及び参照マーカーとの間で生じる静電相互作用に基づく引力の大きさ等に応じて適宜調整することができるが、通常1分以上、好ましくは5分以上、さらに好ましくは10分以上である。なお、接触時間の上限は特に限定されないが、通常20分、好ましくは15分である。
【0097】
工程(b)において、シート及び皮膚表面の一方又は両方を水性媒体で濡らした後、シートを皮膚表面に貼付することが好ましい。これにより、シートと皮膚表面との間に存在する空気を除去することができる結果、シートと皮膚表面との間に存在する空気に起因する静電相互作用の減弱を防止することができる。水性媒体としては、例えば、pHが中性付近(pH6.5~7.5)の水性媒体(例えば、水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水等)を使用することができる。
【0098】
工程(c)
工程(c)は、シートに付着した疾患マーカー及び参照マーカーの量を測定する工程である。
【0099】
疾患マーカーがタンパク質である場合、疾患マーカー及び参照マーカーの量の測定は、例えば、疾患マーカー及び参照マーカーのそれぞれを認識する標識化抗体を使用して行うことができる。疾患マーカー及び参照マーカーのそれぞれを認識する抗体は、市販のモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体を使用してもよいし、ウサギ、マウス等の動物を疾患マーカー及び参照マーカーのそれぞれで免疫化して回収された抗体又は抗血清を使用してもよい。標識物質としては、例えば、蛍光色素(例えば、フルオレセイン類、ローダミン類、クマリン類、ピレン類、シアニン類等)、放射性物質(例えば、13C、H等)、酵素(例えば、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ等)、着色粒子(例えば、金属コロイド粒子、着色ラテックス等)等が挙げられる。標識化抗体を使用した疾患マーカー及び参照マーカーの量の測定方法としては、例えば、エンザイムイムノアッセイ、ラジオイムノアッセイ、ウエスタンブロッティング等が挙げられる。疾患マーカーがタンパク質である場合、タンパク質の量の測定は、例えば、シートに付着したタンパク質に、当該タンパク質を認識する標識化抗体を結合させ、結合した標識化抗体の標識量を測定し、測定値を検量線に代入することにより得ることができる。検量線は予め作成したものを使用してもよく、測定の都度作成してもよい。
【0100】
また、疾患マーカーがオスモライトである場合、疾患マーカーの量の測定は、疾患マーカーを認識する物質、例えば蛍光標識色素、標識化抗体等を使用して行うことができる。例えば、疾患マーカーがタウリンである場合、タウリンの量は、例えば、シートに付着したタウリンを、蛍光標識色素であるニンヒドリンで染色し、染色強度を波長450nmの光の吸光度を測定し、測定値を検量線に代入することにより得ることができる。検量線は予め作成したものを使用してもよく、測定の都度作成してもよい。
【0101】
工程(d)
工程(d)は、工程(c)で測定された疾患マーカー量を工程(c)で測定された参照マーカー量で補正して得られた値に基づいて、対象の疾患に関する情報を取得する工程である。
【0102】
疾患マーカー量の補正は、工程(c)で測定された疾患マーカー量の値を、工程(c)で測定された参照マーカー量の値で割った値(補正値)を得ることにより行われる。得られた補正値に基づいて、対象の健康状態についての情報を取得する。
【0103】
疾患に関する情報とは、対象が疾患に罹患しているか否かの情報、罹患の疑いがあるか否かの情報等である。また、疾患に関する情報には、疾患に関する情報を複数回、経時的に取得した場合の、疾患に関する情報の経時的な変化も含まれる。
【0104】
対象の健康状態についての情報の取得は、対象の疾患マーカー量の補正値と、予め設定された基準値とを、例えば、単純比較法、統計学的な検定等の公知の方法に従って比較することにより行うことができる。
【0105】
基準値は、対象と同種の健常な個体又は個体群において、上記工程(a)~(c)と同様の工程を行うことにより測定された疾患マーカー量に基づいて決定されることが好ましい。個体群の疾患マーカー量に基づいて基準値を決定する場合、例えば、個体群の各個体の疾患マーカー量の平均値、中央値等に基づいて基準値を決定することができる。基準値を決定するための対象と同種の健常な個体としては、対象と同性である個体、対象と年齢が近い個体が好ましく、対象と同性であり、かつ、年齢が近い個体がより好ましい。
【0106】
対象の健康状態は、例えば、ある時点において測定された疾患マーカー量及び参照マーカー量に基づいて得られた補正値、複数の時点において工程(a)~(c)を行って測定された疾患マーカー量及び参照マーカー量に基づいて得られた複数の時点における補正値の差等に基づいて判断することができる。
【0107】
例えば、疾患の罹患の有無を判断する場合、疾患マーカー量の補正値が基準値以上の場合に、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患している、又は罹患の疑いがあると判断することができる。一方、疾患マーカー量の補正値が基準値未満の場合に、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患していないと判断することができる。
【0108】
また、例えば、疾患の重篤度を判断する場合、疾患マーカー量の補正値が基準値以上であり、基準値との差が大きい場合に、対象において、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患が重症であると判断することができる。一方、疾患マーカー量の補正値が基準値以上であり、基準値との差が小さい場合に、対象において、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患が軽症であると判断することができる。
【0109】
また、例えば、疾患の罹患のしやすさを判断する場合、疾患マーカー量の補正値が基準値以下であり、基準値との差が大きい場合に、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患しにくいと判断することができる。一方、疾患マーカー量の補正値が基準値以下であり、基準値との差が小さい場合に、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患しやすいと判断することができる。
【0110】
また、例えば、疾患マーカー量の補正値が増大傾向にある場合に、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患しやすくなる傾向にある、又は当該疾患が悪化傾向にあると判断することができる。一方、疾患マーカー量の補正値が減少傾向にある場合、対象は、当該疾患マーカーを指標として判断され得る疾患に罹患しにくくなる傾向にある、又は当該疾患が良化傾向にあると判断することができる。
【0111】
本発明の第1態様に係る方法によれば、対象の疾患の診断を補助するために、対象の皮膚バリア機能の変動に起因する疾患マーカーの採取量の変動を補正することにより、対象の皮膚バリア機能の変動によらず、対象の疾患について、実際の健康状態を正確に反映した情報を得ることができる。
【0112】
なお、医師による診断は、工程(d)で得られた補正値及びそれに基づいて取得された情報に加えて、その他の1種又は2種以上の情報に基づいて行われ得る。また、医師による診断には、医師の経験、コツ等も関与し得る。このため、本発明では、「補助」という表現が使用されている。したがって、「補助」という表現は、工程(d)で得られた補正値及びそれに基づいて取得された情報に基づいて、対象の疾患の診断が行われることを排除するものではない。すなわち、本発明には、工程(d)で得られた補正値及びそれに基づいて取得された情報に基づいて、対象の疾患の診断が行われることも包含される。
【0113】
<第2態様>
本発明の第2態様は、対象の疾患の診断を補助するために、前記対象の間質液由来の疾患マーカー及び参照マーカーを採取する方法に関する。
【0114】
本発明の第2態様に係る方法は、以下の工程を含んでなり、前記参照マーカーはアネキシンA2である。なお、工程(a)及び(b)は順次行われる。
(a)前記疾患マーカー及び前記参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを準備する工程
(b)前記シートを前記対象の皮膚表面に貼付した後、前記皮膚表面から剥離する工程
【0115】
本発明の第2態様に係る方法の工程(a)及び(b)は、本発明の第1態様に係る発明の工程(a)及び(b)と同様であるので、説明を省略する。
【0116】
本発明の第2態様に係る方法によれば、対象の疾患の診断を補助するために、対象の間質液由来の疾患マーカー及び参照マーカーを経皮的に非侵襲的に採取することができる。
【0117】
<第3態様>
本発明の第3態様は、対象の疾患の診断を補助するためのキットに関する。
本発明の第3態様に係るキットは、疾患マーカー及び参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、前記参照マーカーはアネキシンA2である。
【0118】
本発明の第3態様に係るキットにおけるシートは、本発明の第1態様に係る方法の工程(a)で準備するシートと同様であるので、説明を省略する。
【0119】
本発明の第3態様に係るキットは、前記疾患マーカーを検出するための第1の試薬及び前記参照マーカーを検出するための第2の試薬をさらに含んでなることが好ましい。第1の試薬及び第2の試薬は、それぞれ本発明の第1態様に係る方法の工程(c)で使用される、疾患マーカー及び参照マーカーのそれぞれを認識する標識化抗体であることが好ましい。
【0120】
具体的には、疾患マーカーがタンパク質である場合には、第1の試薬は当該タンパク質を認識する標識化抗体であることが好ましい。
【0121】
一方、疾患マーカーがオスモライトである場合には、第1の試薬は当該オスモライトを認識する蛍光標識色素、標識化抗体等であることが好ましい。より具体的には、疾患マーカーがタウリンである場合、タウリンに結合するアネキシンであることが好ましい。
【0122】
また、第2の試薬は、疾患マーカーを認識する標識化抗体であることが好ましい。
【0123】
本発明の第3態様に係るキットは、本発明の第1態様に係る方法を実施するために使用することができる。したがって、本発明の第3態様に係るキットによれば、対象の疾患の診断を補助するために、対象の皮膚バリア機能の変動に起因する疾患マーカーの採取量の変動を補正することにより、対象の皮膚バリア機能の変動によらず、対象の疾患について、実際の健康状態を正確に反映した情報を得ることができる。
【0124】
<第4態様>
本発明の第4態様は、対象の疾患の診断を補助するために、前記対象の間質液由来の疾患マーカー及び参照マーカーを採取するためのキットに関する。
【0125】
本発明の第4態様に係るキットは、疾患マーカー及び参照マーカーとの間で静電相互作用に基づく引力を生じ得るシートを含んでなり、前記参照マーカーはアネキシンA2である。
【0126】
本発明の第4態様に係るキットにおけるシートは、本発明の第1態様に係る方法の工程(a)で準備するシートと同様であるので、説明を省略する。
【0127】
本発明の第4態様に係るキットは、前記疾患マーカーを検出するための第1の試薬及び前記参照マーカーを検出するための第2の試薬をさらに含んでなることが好ましい。本発明の第4態様に係るキットにおける第1の試薬及び第2の試薬は、本発明の第3態様に係るキットに含まれる第1の試薬及び第2の試薬とそれぞれ同様であるので、説明を省略する。
【0128】
本発明の第4態様に係るキットは、本発明の第2態様に係る方法を実施するために使用することができる。したがって、本発明の第4態様に係るキットによれば、対象の疾患の診断を補助するために、対象の間質液由来の疾患マーカー及び参照マーカーを経皮的に非侵襲的に採取することができる。
【実施例
【0129】
1.モデル動物の妥当性の検証
本発明の効果を検証するためのモデル動物の候補として、下記の4種類のラット(SD系、オス)をそれぞれ5匹準備した。
若齢ラット:10週齢のラット
加齢ラット:6か月齢のラット
ドライスキンラット:背部を剃毛後、同部位にアセトン・エタノール混合液を1日1回、3日間塗布した。
紫外線照射ラット:背部を剃毛後、同部位に紫外線(UV-B)を1分間照射した。
【0130】
以下の手順に従って、4種類の各ラットについて、モデル動物としての妥当性を検証した。
4種類の各ラットから採取された組織試料からトータルRNAを抽出し、抽出されたトータルRNAに基づいて、加齢に伴って発現が増加することが知られているサーチュイン1遺伝子(Sirt1)及びサーチュイン2遺伝子(Sirt2)の発現レベルを測定した。
また、炎症性サイトカインとして知られているインターロイキン-1bの遺伝子(Il1b)の発現レベルを測定した。
図1に示されるように、Sirt1及びSirt2遺伝子は、いずれも若齢ラットに比べて加齢ラットにおいて発現レベルが有意に高かった。
また、図1に示されるように、Il1b遺伝子は、若齢ラットに比べてドライスキンラット及び紫外線照射ラットにおいて発現レベルが有意に高かった。
これらの結果により、上記4種類のラットが、実際の皮膚状態を正確に反映したモデル動物として使用し得ることが示された。
【0131】
2.試料の採取
モデル動物としての妥当性が確認された上記4種類のラット(各5匹)から、以下の手順に従って組織試料及びスキンブロッティング試料を採取した。なお、ドライスキンラットについては、アセトン・エタノール混合液の最終塗布の2日後に試料を採取した。試料採取時の週齢は10週齢であった。また、紫外線照射ラットについては、紫外線照射の2日後に試料を採取した。試料採取時の週齢は10週齢であった。
組織試料の採取:スキンブロッティング試料の採取後に、4種類の各ラットについて、スキンブロッティングを行ったのと同じ部位の皮膚及び皮下脂肪組織を解剖ばさみを用いて採取した。採取した組織を2つに分け、それぞれトータルRNA抽出及び固定組織の作製に供した。
スキンブロッティング試料の採取:1cm×0.5cmのサポート付ニトロセルロース膜(BioRad社製)に生理食塩水を1滴滴下し、背部皮膚に10分間貼付した後、背部皮膚から剥がした。剥がしたニトロセルロース膜を、4℃で乾燥させた。
【0132】
3.参照マーカーの探索
本発明において、疾患マーカーの補正に用いられる参照マーカーを以下の手順により探索した。
Eisenberg E & Levanon EY., Trends Genet. 2003; 19(7): 362-5に記載された566種のハウスキーピング遺伝子のうち、表1に示される分泌タンパク質をコードする11種類の遺伝子について、4種類の各ラットの組織試料から採取されたトータルRNAから逆転写して得られたcDNAのリアルタイムPCRを行った。それぞれのcDNAに特異的なプライマー・プローブ混合液TaqMan Gene Expression Assay(Thermo Fisher Scientific社製)を用いた。また、ポジティブコントロールとして18SリボソームRNA(Eukaryotic 18S rRNA Endogenous Control、Thermo Fisher Scientific社製)を用いた。4種類の各ラットについて、11種類の遺伝子のリアルタイムRT-PCRの結果(Ct値)を表1に示す。
【0133】
【表1】
【0134】
参照マーカーとしては、皮膚組織において一定以上の量存在することが好ましいことから、4種類のラットのいずれにおいてもCt値が35未満であったB2m、Gpi、Anxa2、Cstb、Efna3、Vegfb及びCol6a1の7種類の遺伝子についてさらなる検証を行った。
【0135】
4種類のラット全20匹について、上記7種類の遺伝子のそれぞれの発現量と、ポジティブコントロールである18S rRNAの発現量との相関を解析した。解析結果を表2に示す。
【0136】
【表2】
【0137】
18S rRNAは皮膚組織の細胞のいずれにおいても安定的な発現量を示すことから、上記7種類の遺伝子の発現量のそれぞれについて、18S rRNAの発現量との相関が高いほど、皮膚組織の細胞において安定的な発現すると言える。
表2の結果から、上記7種類の遺伝子のうち、Col6a1及びAnxa2の2種類の遺伝子の発現量が、18S rRNAの発現量と特に高い相関(相関係数r≧0.9)が示されたため、これら2種類の遺伝子についてさらなる検証を行った。
【0138】
4種類の各ラットについて、上記2種類の遺伝子のCt値を、各ラットの組織試料の総RNA量で割って補正をした。補正後のCt値と分散分析の結果(p値)を表3に示す。
【0139】
【表3】
【0140】
表3の結果から、Anxa2では、4種類のラットの間で補正後のCt値に有意な差がなかった(p≧0.05であった)。参照マーカーは、皮膚状態によらず皮膚組織に存在することが好ましいことから、アネキシンA2が参照マーカーとして好ましいことが示された。
【0141】
さらに、Anxa2及びポジティブコントロールである18S rRNAのそれぞれについて、4種類の各ラットにおける発現量を測定し、変動係数(CV値)を算出した。結果を表4に示す。
【0142】
【表4】
【0143】
表4の結果から、Anxa2では、CV値が18S rRNAよりも小さかった。参照マーカーとしては、年齢、健康状態等によらず、個体間の発現量の差が小さい方が好ましいことから、表4の結果からもアネキシンA2が参照マーカーとして好ましいことが示された。
【0144】
4.皮膚におけるアネキシンA2(Anxa2)の分布
全てのラットの組織試料を、以下の手順に従って免疫染色した。
(1)切片作製:組織試料4%のパラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン埋包し、約3μmの厚さの切片を作製した。
(2)ブロッキング:[1]で得られた切片を、脱パラフィンした切片をブロッキング剤Blocking One(ナカライテスク社製)中に浸漬し、1時間ブロッキングした。
(3)1次抗体反応:(2)で得られた切片を抗アネキシンA2抗体(CST Japan社製)の希釈液(希釈倍率1:200)中に浸漬し、1時間反応させた。
(4)洗浄:(3)で得られた切片を洗浄した。
(5)2次抗体反応:(4)で得られた切片を、西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)で標識した抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)中に浸漬し、1時間反応させた。
(6)洗浄:(5)で得られた切片を洗浄した。
(7)染色:(6)で得られた切片を、発色基質3,3’-ジアミノベンジジン(DAB、和光純薬工業社製)で発色させた後、ヘマトキシリンで染色した。
若齢ラットの染色した切片を図2に示す。
【0145】
参照マーカーは、皮膚バリア機能の変動に応じて疾患マーカーの量を補正するものであり、皮膚バリア機能を担う表皮角層及び顆粒層を通過して採取される必要がある。従って、表皮角層及び顆粒層よりもさらに下方(内側)に位置する有棘層及び基底層、真皮、皮下脂肪、骨格筋等から選択される1又は2以上の層に存在するものでなければならない。図2から、アネキシンA2は、皮膚の表皮有棘層から基底層にかけて豊富に存在していることが示された。従って、この結果からも、アネキシンA2が参照マーカーとして好ましいことが示された。
【0146】
5.スキンブロッティング試料の染色
4種類の各ラットから採取したスキンブロッティング試料を、吸引式染色システムSNAPi.d.2(Merck Millipore社製)を用いて、以下の手順(1)~(6)に従って染色した。
(1)ブロッキング:採取したスキンブロッティング試料をブロッキング剤Blocking One(ナカライテスク社製)中に浸漬し、10分間ブロッキングした。
(2)1次抗体反応:(1)で得られた試料を抗アネキシンA2抗体(CST Japan社製)の希釈液(希釈倍率1:200)中に浸漬し、10分間反応させた。
(3)洗浄:(2)で得られた試料を洗浄した。
(4)2次抗体反応:(3)で得られた試料を、アルカリンホスファターゼ(AP)で標識した抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)中に浸漬し、10分間反応させた。
(5)洗浄:(4)で得られた試料を洗浄した。
(6)APの発光及び画像記録:(5)で得られた試料をALP化学発光基質Chemiluminescent AP Microwell/Membrane Substrate, Ultra Sensitive(SurModics社製)中に浸漬して30分間反応させた後、化学発光撮影装置LumiCube(Liponics社製)を用いて画像を記録した。
(7)発光強度測定:(6)で得られた画像について、画像解析ソフトウェアImage
J(NIH:米国国立衛生研究所)を用いて発光強度を測定した。
発光強度の測定結果を図3に示す
【0147】
図3A及びBから、皮膚バリア機能を著しく低下させたドライスキンラットにおいて、他の3種類のラットよりもAnxa2が強く検出されることが示された。すなわち、各ラットにおいて、皮膚バリア機能の変動を反映した量のAnxa2がニトロセルロース膜に付着することが示された。
【0148】
6.Anxa2の参照マーカーとしての有効性評価
(1)試料採取
5週齢、9週齢、13週齢及び25週齢のラット(SD系,オス)をそれぞれ3匹ずつ準備した。各ラットに関し、背部を剃毛した後、同部位に紫外線(UV-B)を10分間照射した。紫外線照射の1日後にスキンブロッティング試料を採取し、直後にウェスタンブロッティング用の試料として同部位の皮膚及び皮下脂肪を解剖ばさみを用いて採取した。スキンブロッティング試料の採取及びウェスタンブロッティング用の試料の採取に関しては、以下に詳述する。
【0149】
皮膚は、表層から順に、表皮及び真皮に分けられる。表皮は、角層、顆粒層、有棘層、基底層に分けられ、真皮は、乳頭層、網状層に分けられる。皮膚の下層には、皮下脂肪組織が存在し、多くの部位において、皮下脂肪組織の下層には、骨格筋が存在する。皮膚バリア機能は、主に皮膚表面の皮脂膜、角層の角質細胞間脂質、顆粒層の密着結合が担っている。解剖ばさみを用いて採取されたウェスタンブロッティング用の試料は、スキンブロッティング試料が採取された部位と同じ部位の全層皮膚組織(表皮、真皮及び皮下脂肪組織を含む)である。
【0150】
紫外線は、波長が長い方からUV-A(400~315nm)、UV-B(315~280nm)、」UV-C(280nm未満)に分けられ、波長が短いほど化学的作用が強いものの透過率が低い。今回用いたUV-Bは真皮乳頭層まで透過し、酸化ストレスの亢進、核酸やタンパク質、脂質の変性等を引き起こし、その結果、炎症反応が惹起される。炎症反応には、表皮基底層~有棘層に存在するランゲルハンス細胞や角化細胞、真皮に存在する線維芽細胞、真皮に分布する毛細血管から真皮に抜け出してくる炎症細胞(好中球、マクロファージなど)が関与し、TNFαを含めた種々のサイトカインを分泌して、炎症反応を増強したり、抑制したりする。
【0151】
スキンブロッティングとは、静電気的極性を帯びたニトロセルロース膜を生理食塩水で湿らせて皮膚表面に貼付することで、皮膚バリア機能を一時的に開裂させ、その間隙から皮膚バリアよりも下層に位置する水溶性タンパク質を誘引、吸着させる方法である。誘引する範囲は表皮、真皮のみならず、皮下脂肪(非特許文献1:Minematsu et al., ADVANCES IN SKIN & WOUND CARE 2014; 27: 272-9)及び骨格筋(非特許文献12:禰屋ら、第70回日本体力医学会大会 抄録、非特許文献13:禰屋ら、第72回日本体力医学会大会 抄録)に及ぶ。採取したニトロセルロース膜は抗体を用いた免疫染色により特定のタンパク質を特異的に検出し、定量することができる。
【0152】
ウェスタンブロッティングでは細胞または組織を破砕して抽出したタンパク質を電気泳動により分子量に応じて分離した後、PVDF等のブロッティング膜に電気的に転写する。転写したブロッティング膜は、スキンブロッティングと同様に抗体を用いた免疫染色に供し、抗体の特異性及び分子量により特定のタンパク質を同定し、そのバンドの発行強度により定量解析を行うことができる。ウェスタンブロッティングではタンパク質を抽出する組織量や電気泳動にアプライするタンパク質量を厳密に制御することが難しいため、様々な細胞内で安定した発現量を持つとされる内部標準タンパク質(ACTβ、GAPDH等)を同時に測定し、その値で標的タンパク質の発光強度を補正することが一般的に行われる。
【0153】
(2)スキンブロッティング
(2-1)スキンブロッティング試料の採取
1cm×1cmのサポート付ニトロセルロース膜(BioRad社製)に生理食塩水を1滴滴下し、背部皮膚に10分間貼付した後、背部皮膚から剥がした。剥がしたニトロセルロース膜を4℃で乾燥させて保存した。
【0154】
(2-2)スキンブロッティング試料の染色
各ラットから採取したスキンブロッティング試料を、吸引式染色システムSNAPi.d.2(Merck Millipore社製)を用いて、以下の手順に従って二重染色した。
(a)ブロッキング:採取したスキンブロッティング試料をブロッキング剤Blocking One(ナカライテスク社製)中に10分間浸漬した。
(b)Anxa2染色:
(b-1)1次抗体反応:(a)で得られた試料を、抗Anxa2抗体(CST社製)の希釈液(希釈倍率1:200)中に10分間浸漬した。
(b-2)洗浄:(b-1)で得られた試料を3回洗浄した。
(b-3)2次抗体反応:(b-2)で得られた試料を、西洋ワサビ・ペルオキシダーゼ(HRP)で標識した抗ヤギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)中に10分間浸漬した。
(b-4)洗浄:(b-3)で得られた試料を6回洗浄した。
(b-5)HRPの発光及び記録:(b-4)で得られた試料をHRP化学発光基質Luminata Forte(Merck Miilipore社製)中に2分間浸漬して反応させた後、化学発光撮影装置LumiCube(Liponics社製)を用いて画像を記録した。
(c)HRPの発光シグナルの消去:(b)で得られた試料を2回洗浄した後、15%過酸化水素含リン酸緩衝生理食塩水に30分間浸漬し、HRPの発光シグナルを消去した。更に4回洗浄した後、TNF染色に用いた。
(d)TNFα染色:
(d-1)1次抗体反応:(a)で得られた試料を、抗TNFα抗体(CST社製)の希釈液(希釈倍率1:200)中に10分間浸漬した。
(d-2)洗浄:(d-1)で得られた試料を3回洗浄した。
(d-3)2次抗体反応:(d-2)で得られた試料を、アルカリフォスファターゼ(AP)で標識した抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)中に10分間浸漬した。
(d-4)洗浄:(d-3)で得られた試料を6回洗浄した。
(d-5)APの発光及び記録:(d-4)で得られた試料をAP化学発光基質Chemiluminescent AP Microwell/Membrane Substrate, Ultra Sensitive(SurModics社製)中に30分間浸漬して反応させた後、化学発光撮影装置LumiCube(Liponics社製)を用いて画像を記録した。
(e)発光強度測定及び補正:(b)及び(d)で得られた画像について、画像解析ソフトウェアImage J(NIH製)を用いてAnxa2及びTNFαの発光強度を測定した。TNFαの発光強度をAnxa2の発光強度で除して補正を行った。
【0155】
(3)ウェスタンブロッティング
(3-1)ウェスタンブロッティング試料の採取
スキンブロッティング試料を採取した直後に、同部位の全層皮膚組織(表皮、真皮及び皮下脂肪組織を含む)を解剖ばさみを用いて採取した。採取した組織はRIPAバッファー(ナカライテスク社製)に浸漬してタンパク質を抽出し、ラウリル硫酸ナトリウム(SDS)を添加して煮沸した。
【0156】
(3-2)電気泳動及びブロッティング
10%アクリルアミドゲルを作製し、各サンプルを電気泳動にて分離した(200V,40分)。分離したタンパク質をドライブロッティングシステムiBlot(Invitrogen社製)を用いてPVDF膜に転写した(ウェスタンブロッティング試料)。ウェスタンブロッティング試料は2枚作製した。
【0157】
(3-3)PVDF膜の染色
吸引式染色システムSNAPi.d.2(Merck Millipore社製)を用いて、2枚のウェスタンブロッティング試料のうち1枚はTNFα染色に、もう1枚はアクチンβ(ACTβ)染色に用いた。染色の手順は以下の通りである。
(a)ブロッキング:ウェスタンブロッティング試料をブロッキング剤Blocking One(ナカライテスク社製)中に10分間浸漬した。
(b)1次抗体反応:(a)で得られた試料を、抗ACTβ抗体(CST社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)又は抗TNFα抗体(CST社製)の希釈液(希釈倍率1:200)中に10分間浸漬した。
(c)洗浄:(b)で得られた試料を3回洗浄した。
(d)2次抗体反応:(c)で得られた試料を、いずれも西洋ワサビ・ペルオキシダーゼ(HRP)で標識した抗ウサギIgG抗体(Jackson ImmunoResearch社製)の希釈液(希釈倍率1:1000)中に10分間浸漬した。
(e)洗浄:(d)で得られた試料を6回洗浄した。
(f)HRPの発光及び記録:(e)で得られた試料をHRP化学発光基質Luminata Forte(Merck Miilipore社製)中に2分間浸漬して反応させた後、化学発光撮影装置LumiCube(Liponics社製)を用いて画像を記録した。
【0158】
(3-4)発光強度測定及び補正
(f)で得られたTNFα染色及びACTβ染色画像について、画像解析ソフトウェアImage J(NIH製)を用いて、それぞれの特異的バンドの発光強度を測定した後、TNFαの発光強度をACTβの発光強度で除して補正した。
【0159】
ウェスタンブロッティングにおけるTNFαの補正後発光強度[WB(TNFα/ACTβ)]、スキンブロッティングにおけるTNFαの未補正発光強度[SB(TNFα)]、補正後発光強度[SB(TNFα/Anxa2)]を表5に示す。
【0160】
【表5】
【0161】
ウェスタンブロッティングの補正後発光強度は紫外線照射で起された炎症反応による表皮有棘層及び基底層並びに真皮乳頭層におけるTNFα発現量を反映する。スキンブロッティングにより検出されたTNFαの未補正及び補正後発光強度とウェスタンブロッティングにより定量されたTNFαの補正後発光強度との相関をピアソンの相関分析を行ったところ、未補正発光強度は相関を認めなかったが(相関係数r=0.02)、補正後発光強度は有意な相関を示した(相関係数r=0.63)。このことは、スキンブロッティングにおいてAnxa2が参照マーカーとして有効であることを示している。
図1
図2
図3
【配列表】
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