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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-02-22
(45)【発行日】2023-03-03
(54)【発明の名称】自動分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 35/10 20060101AFI20230224BHJP
【FI】
G01N35/10 D
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020552561
(86)(22)【出願日】2019-08-26
(86)【国際出願番号】 JP2019033233
(87)【国際公開番号】W WO2020084886
(87)【国際公開日】2020-04-30
【審査請求日】2022-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2018200985
(32)【優先日】2018-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】弁理士法人開知
(72)【発明者】
【氏名】海老原 大介
(72)【発明者】
【氏名】松岡 晋弥
(72)【発明者】
【氏名】野上 真
(72)【発明者】
【氏名】坂詰 卓
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-179983(JP,A)
【文献】特開2007-303937(JP,A)
【文献】特開2011-153944(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0130679(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
分析対象成分を含有する分析対象の試料を反応容器に分注する第一の分注機構と、
前記反応容器に前記試料と異なる他の分注対象を分注する第二の分注機構と、
前記反応容器に分注された前記試料と前記他の分注対象とが混合された反応溶液中の特定の成分を検出して分析を行う分析機構と、
制御装置とを備えた自動分析装置において、
前記他の分注対象には、予め定められた濃度の分注検査用標準物質が添加されており、
前記分析機構は、
液体クロマトグラフィーにより前記反応溶液から前記分析対象成分と前記分注検査用標準物質とを分離する分離部と、
前記反応溶液から分離された前記分析対象成分と前記分注検査用標準物質のそれぞれの質量を質量分析法により測定する質量分析部とを有し、
前記制御装置は、前記分析機構において前記反応溶液中の前記試料の分析対象成分の検出と同時に検出される前記分注検査用標準物質の検出結果に基づいて、前記他の分注対象の分注液量が異常であるか否かを判定することを特徴とする自動分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動分析装置において、
前記制御装置は、予め定めた複数の判定用基準データと前記分注検査用標準物質の検出結果との差分と、予め定めた閾値とを比較した比較結果に基づいて前記他の分注対象の分注液量が異常であるか否かを判定することを特徴とする自動分析装置。
【請求項3】
請求項2に記載の自動分析装置において、
前記制御装置は、前記差分が予め定めた閾値よりも大きい場合に、前記試料の分析対象成分の分析結果に前記他の分注対象の分注液量が異常である可能性を示すデータフラグを付与することを特徴とする自動分析装置。
【請求項4】
請求項2に記載の自動分析装置において、
前記制御装置は、前記差分が予め定めた閾値よりも大きい場合に、前記試料の分析を行わずにメンテナンスを実行するメンテナンスモードに切り替えることを特徴とする自動分析装置。
【請求項5】
請求項1に記載の自動分析装置において、
前記分注検査用標準物質は、磁性ビーズおよびカラムで捕捉することができ、前記分析機構により分析対象成分と分離して検出することができることを特徴とする自動分析装置。
【請求項6】
請求項1に記載の自動分析装置において、
前記分注検査用標準物質は、疎水性を有していることを特徴とする自動分析装置。
【請求項7】
反応容器に分注された、分析対象成分を含有する分析対象の試料と該試料とは異なる分注対象であって、予め定められた濃度の分注検査用標準物質が添加された他の分注対象とを混合する手順と、
前記試料と前記他の分注対象とが混合された反応溶液から液体クロマトグラフィーにより前記分析対象成分と前記分注検査用標準物質とを分離する手順と、
前記反応溶液から分離された前記分析対象成分と前記分注検査用標準物質のそれぞれの質量を質量分析法により測定する手順と、
前記分析対象成分と前記分注検査用標準物質測定において、前記試料の前記分析対象成分の検出と同時に検出される前記分注検査用標準物質の検出結果に基づいて、前記他の分注対象の分注液量が異常であるか否かを判定する手順と
を有することを特徴とする分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料を分析する自動分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
試料中に含まれる特定成分の分析方法としては、例えば、液体クロマトグラフィー(LC:Liquid Chromatography)と質量分析計(MS:Mass Spectrometry)をオンラインで接続したLC-MSを用いるものがある。このLC-MSの使用は、血液や尿などの生体試料の分析を自動分析装置で行う臨床検査の分野にも拡がりつつある。
【0003】
血液や尿などの生体試料(以降、単に試料と称する)をLC-MSで分析する場合には、試料の精製度を高めるための前処理を行う必要がある。試料の前処理としては、例えば、固相抽出(SPE:Solid Phase Extraction)や液液抽出(LLE:Liquid-Liquid Extraction)などの方法がある。特に、SPEはLC-MSとのオンライン接続が容易なため、SPEによる前処理とLC-MSによる分析とを一体的に自動化することが可能である。
【0004】
このようなSPEを用いて分析の自動化を行う技術として、例えば、特許文献1には、検体容器が搭載された検体ディスクと、試薬容器が搭載された試薬ディスクと、前記検体の測定対象成分の精製を行う第1の容器が搭載された第1のディスクと、前記第1の容器内の精製された検体の精製を行う第2の容器が搭載された第2のディスクと、前記第2の容器内で精製された検体を測定する質量分析部と、を備える分析装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/108177号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記従来技術のような自動分析装置においては、所定量の試料や試薬等の溶液を反応容器に分注して分析に係る種々の処理を行う。例えば、血液中の薬物濃度の測定においては、反応容器に分注した血液に除タンパク剤として有機溶媒等の試薬を分注して添加し、血液中のタンパク質を変性・沈殿させる除タンパク処理を行う。一方で、反応容器に分注される試料や試薬等は少量であるため分注精度の分析結果への影響が必然的に大きくなる。例えば、試薬の分注量が所定量よりも減少すると溶出する薬物の量が減少して偽低値を示してしまい、分析精度が低下してしまうことが考えられる。
【0007】
本発明は上記に鑑みてなされたものであり、分注される試料や試薬等の溶液の分注量の異常を確実に検出し、分析精度の低下を抑制することができる自動分析装置および分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明は、分析対象の試料を反応容器に分注する第一の分注機構と、前記反応容器に前記試料と異なる他の分注対象を分注する第二の分注機構と、前記反応容器に分注された前記試料と前記他の分注対象とが混合された反応溶液中の特定の成分を検出して分析を行う分析機構と、制御装置とを備えた自動分析装置において、前記制御装置は、前記分析機構において前記反応溶液中の前記試料の分析対象成分の検出と同時に検出される、前記他の分注対象に予め添加された分注検査用標準物質の検出結果に基づいて、前記他の分注対象の分注液量が異常であるか否かを判定するものとする。
【発明の効果】
【0009】
分注される試料や試薬等の溶液の分注量の異常を確実に検出し、分析精度の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施の形態に係る自動分析装置の全体構成を概略的に示す図である。
図2】自動分析装置による分析処理の前処理工程の一例を示す図である。
図3】分注検査用標準物質、内部標準物質、及び、標準物質のそれぞれに由来するマスクロマトグラムを比較する場合を示す図である。
図4】分注検査用標準物質、内部標準物質、及び、分析対象成分のそれぞれに由来するマスクロマトグラムを比較した場合を示す図である。
図5】分注検査用標準物質、内部標準物質、及び、分析対象成分のそれぞれに由来するマスクロマトグラムを比較した場合を示す図である。
図6】本発明の一実施の形態に係る分注量異常判定処理を含む分析処理を示すフローチャートである。
図7】表示部に表示される分析結果の一例を示す図である。
図8】変形例に係る分注量異常判定処理を含む分析処理を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施の形態を図面を参照しつつ説明する。なお、本実施の形態では、試料の前処理機能に分析機構としてLC-MS(Liquid Chromatography - Mass Spectrometry)を組み合わせた自動分析装置を例示して説明するが、例えば、分析機構としてキャピラリ電気泳動などの分離手段と吸光光度計などの検出器とを組み合わせた自動分析装置にも本発明を適用することが可能である。また、本実施の形態では、分注検査用標準物質を添加する対象として除タンパク剤を例示して説明するが、例えば、内部標準物質や磁性ビーズなどのように分析に際して試料に分注される溶液全般に本発明を適用することができる。
【0012】
図1は、本実施の形態に係る自動分析装置の全体構成を概略的に示す図である。
【0013】
図1において、自動分析装置100は、分析動作を行うための分析部101と、装置全体の動作を制御するための制御部102と、ユーザが装置に情報を入力するための入力部103と、ユーザに情報を表示するための表示部104と、自動分析装置100の制御に係る種々の情報を記憶する記憶媒体などの記憶部105とから概略構成されている。制御部102、入力部103、表示部104、及び、記憶部105は、自動分析装置100の全体の動作を制御する制御装置を構成する。なお、本実施の形態においては、入力部103と表示部104とを別体として示したが、例えば、タッチパネル式のモニタのように入力部103と表示部104とを一体的に構成してもよい。
【0014】
分析部101は、分析対象である試料が収容された試料容器111を試料分注位置まで搬送する搬送機構112と、反応容器116を複数の開口部119に搭載することで反応容器116内の溶液を一定温度で保持可能な反応容器ディスク120と、試薬が収容された複数の試薬容器121を保持する試薬ディスク122と、試料分注位置に搬送された試料容器111から反応容器ディスク120の反応容器116に試料を分注する試料分注機構113と、試薬容器121から反応容器ディスク120の反応容器116に試薬を分注する試薬分注機構123と、試料分注機構113のノズルに装着されるディスポーザブルな分注チップ115aであって未使用のものを搭載した分注チップ搭載ラック115と、試料分注機構113のノズルから使用済みの分注チップ115aを取り外して破棄したり、ノズルに未使用の分注チップ115aを装着したりする分注チップ装脱着部114と、未使用の反応容器116を搭載した反応容器搭載ラック117と、分注チップ搭載ラック115から分注チップ装脱着部114への未使用の分注チップ115aの搬送、反応容器ディスク120の開口部119から破棄部(図示せず)への使用済みの反応容器116の搬送、及び、反応容器搭載ラック117から反応容器ディスク120の開口部119への未使用の反応容器116の搬送を行う搬送機構118と、反応容器116に収容された溶液中の磁性ビーズを磁石の磁力によって分離する磁気分離機構124と、反応容器ディスク120と磁気分離機構124との間で反応容器116を搬送する搬送機構125と、反応容器116内の溶液中の成分を分離する分離部に反応容器116内の溶液を分注する分離部用分注機構132と、分離部131で分離された溶液中の成分を検出して分析を行う質量分析部133とを備えている。
【0015】
磁気分離機構124は、試薬分注機構123の回転軌道126上に設けられている。試薬分注機構123は、磁気分離機構124に支持された反応容器116に試薬を吐出したり、反応容器116内の溶液を吸引したりすることが可能である。
【0016】
反応容器ディスク120は、開口部119に設置された反応容器116の温度を一定に保つインキュベータとして機能し、開口部119に設置された反応容器116を一定時間インキュベートする。
【0017】
分離部131は、例えば、LC(Liquid Chromatography)であって、分離部用分注機構132により分注される反応溶液中の成分を分離する機能としてカラムなどを備えている。分離部131は、分離部用分注機構132によって反応容器116から分注される反応溶液中の成分の分離を行い、分離された成分を質量分析部133に逐次導入する。
【0018】
質量分析部133は、例えば、MS(Mass Spectrometry)であって、分離部131から導入される成分をイオン化および質量分析する機能として電子増倍管などを備えている。質量分析部133は、分離部131から導入された成分をイオン化してイオン量(すなわち、成分量)を検出し、検出結果を制御部102に出力する。
【0019】
制御部102は、質量分析部133からの検出結果(イオン量)と予め取得した検量線とを用いて試料中の成分の濃度値を算出し、分析結果として記憶部105に記憶するとともに、分析結果を表示部104に表示させる。
【0020】
検量線の取得方法としては、例えば、まず、濃度既知の標準物質を複数の濃度について分析する。そして、その標準物質由来のイオンのm/z(質量/電荷比)に対して、イオン量すなわちイオン強度の時間変化(マスクロマトグラム)を取得し、マスクロマトグラムのピーク面積を求める。この面積と標準物質の濃度との関係より検量線を作成する。このようにして取得した検量線を用いることで、濃度が不明で標準物質と同一の分析対象成分を有する試料の成分濃度を検出することができる。具体的には、分析対象の試料についてマスクロマトグラムのピーク面積を求め、このマスクロマトグラムのピーク面積と検量線との対応から分析対象成分の成分濃度を決定する。なお、内部標準物質由来のイオンの強度に基づいて検出イオンの強度を規格化すると、データ間の比較を高い精度で行うことができる。すなわち、試料の前処理や試料のLC-MSへの注入、LC-MSにおけるイオン化などの影響によって、分析ごとに多少の変動を示すことがあるイオン強度を各分析間で比較検証することができる。この方法は、内部標準法と言われている。
【0021】
ここで、まず、分析処理の基本工程について説明する。
【0022】
図2は、自動分析装置による分析処理の前処理工程の一例を示す図である。
【0023】
前処理を始めるのに先立ち、搬送機構118によって反応容器搭載ラック117から反応容器ディスク120上の開口部119に未使用の反応容器116を設置しておく。また、試料の分注に先立ち、試料分注機構113を分注チップ装脱着部114にアクセスさせてノズルの先端に分注チップ115aを取り付けておく。
【0024】
前処理では、まず、試料分注機構113により分注チップ115aを介して試料容器111から分析対象成分201を含む試料を吸引し、反応容器ディスク120の反応容器116に吐出する(ステップS200)。なお、試料分注機構113は、一つの試料容器111からの試料の分注が終了すると、分注チップ装脱着部114で使用済みの分注チップ115aを廃棄するとともに、未使用の分注チップ115aを装着する。
【0025】
続いて、試薬分注機構123により試薬ディスク122の試薬容器121から、分析対象成分201に対応する試薬として内部標準物質203を吸引し、反応容器116に吐出する(ステップS201)。
【0026】
続いて、試薬分注機構123により試薬ディスク122の試薬容器121から、試薬として除タンパク剤を吸引し、反応容器116に吐出する(ステップS202)。なお、後述するが、本実施の形態に係る除タンパク剤が収容された試薬容器121には、予め定めた既知の濃度の分注検査用標準物質205が添加されている。
【0027】
続いて、試薬分注機構123により試薬ディスク122の試薬容器121から、試薬として磁性ビーズ207の懸濁液を吸引し、反応容器116に吐出する(ステップS205)。
【0028】
続いて、試料、内部標準物質203、及び、磁性ビーズ207が分注された反応容器116は、搬送機構125により磁気分離機構124に搬送され、磁性ビーズ207の洗浄を行う(ステップS205)。磁気分離機構124では、反応容器116の外側面に沿う位置に配置された磁石209の磁力によって、分析対象成分201、内部標準物質203、及び、分注検査用標準物質205を保持した磁性ビーズ207が、反応容器116の内壁面に集められる(図2では、磁性ビーズ群210として示す)。この状態で、試薬分注機構123により反応容器116の溶液を吸引して廃棄する。このとき、反応容器116には、磁性ビーズ207及び磁性ビーズ207に保持された分析対象成分201、内部標準物質203、及び、分注検査用標準物質205が残留する。続いて、試薬分注機構123により試薬ディスク122の試薬容器121から、磁性ビーズ207に保持された物質(分析対象成分201、内部標準物質203、分注検査用標準物質205)以外の夾雑物を洗浄する洗浄液を吸引し、反応容器116に吐出する。このとき、磁性ビーズ207の磁石209の磁力による拘束を一時的に解いても良い。続いて、磁性ビーズ207を磁石209により反応容器116の内壁面に再び集めた状態で、試薬分注機構123が反応容器116の溶液(洗浄液)を吸引して廃棄することにより、磁性ビーズ207の洗浄を行う。
【0029】
続いて、試薬分注機構123により試薬ディスク122の試薬容器121から、試薬として、磁性ビーズ207から分析対象成分201、内部標準物質203、及び、分注検査用標準物質205を溶離させる溶出液を吸引して反応容器116に吐出する(ステップS206)。
【0030】
続いて、磁性ビーズ207を磁石209の磁力により反応容器116の内壁面に集めた状態で、試薬分注機構123により反応容器116の溶液(精製液)を吸引し、磁気分離機構124に配置された反応容器116とは異なる反応容器ディスク120の未使用の反応容器116に吐出する(ステップS207)。なお、反応容器ディスク120の反応容器116に収容された精製液に対して必要に応じてインキュベーションが行われる。
【0031】
以上の前処理工程により得られた精製液を分離部用分注機構132によって反応容器116から吸引して分離部131に吐出し、分離部131で分離された成分を質量分析部133でイオン化してイオン量(すなわち、成分量)を検出する。質量分析部133での検出結果を制御部102に出力し、検量線を用いて試料中の成分の濃度値を算出する。
【0032】
続いて、本実施の形態における分注量異常判定処理の基本原理について説明する。本実施の形態の分注量異常判定処理は、分析対象である試料に分注される試薬などの溶液の分注量の異常の有無を判定する処理である。
【0033】
図3図5は、分注検査用標準物質、内部標準物質、標準物質、及び、分析対象成分のそれぞれについて分析部で取得されるマスクロマトグラムの一例を模式的に示す図であり、縦軸にイオン強度を、横軸にLCの保持時間をそれぞれ示している。なお、図3は分注検査用標準物質、内部標準物質、及び、標準物質のそれぞれに由来するマスクロマトグラムを比較した場合を、図4及び図5は分注検査用標準物質、内部標準物質、及び、分析対象成分のそれぞれに由来するマスクロマトグラムを比較した場合をそれぞれ示している。
【0034】
本実施の形態の分注量異常判定処理では、分注量の異常の判定対象の溶液(例えば、除タンパク剤など)に対して分注検査用標準物質を予め添加しておく。分注検査用標準物質としては、分析対象である試料の分析対象成分が検出されるLCの保持時間の範囲で、分析対象成分と同時に検出される物質を選定する。
【0035】
また、濃度既知の標準物質を分析処理の工程に従って分析し、標準物質のマスクロマトグラム(図3等参照)を予め取得しておき、判定用基準データとして記憶部105に記録しておく。
【0036】
ここで、分析処理の工程に従って分析対象の試料を分析してマスクロマトグラムを取得すると、試料の分析対象成分由来や内部標準物質由来のピークを含むデータ(以降、取得データと称する)が得られるとともに、同じLCの保持時間の範囲で分注検査用標準物質由来のピークを含むデータが得られる(図4及び図5参照)。
【0037】
取得した各成分や物質に由来するマスクロマトグラムを比較する場合には、データの規格化を行った後に比較を行う。データの規格化は、例えば、同じ保持時間におけるピーク同士を比較し、判定用基準データのピーク面積の大きさを100%とした場合の取得データのピーク面積が何%であるかを計算することにより行う。例えば、取得データのピーク面積が判定用基準データのピーク面積に対して97%であるとき、3%の違いがあると判断する。ここで、判定用基準データと取得データの不一致度を示す指標として下記の(式1)で表される差分比率を定義する。
【0038】
【数1】
【0039】

本実施の形態の分注量異常判定処理では、上記の(式1)で与えられる差分比率を予め設定した差分比率閾値と比較し、比較結果に基づいて分注量の異常の有無を判定する。すなわち、分析対象成分濃度を算出するのと同時に差分比率を算出し、差分比率閾値と比較することで分注量の異常の有無を一時に判定することができる。
【0040】
判定基準となる差分比率閾値は分析処理および分注量異常判定処理に先立って予め設定しておき、判定用基準データと同様に記憶部105に記憶しておく。なお、オペレータが適宜入力できるようにしておいてもよい。LC-MSの標準的な測定誤差は5~10%程度であることが知られている。そのため、本実施の形態では、差分比率閾値を15%に設定した場合を例示して説明する。すなわち、差分比率が15%を超えたときに、分注量の異常が有ると判定する。なお、測定誤差は装置に依存すると考えられるため、装置ごとに差分比率閾値を設定することで分注量の異常の判定精度をより高めるように構成してもよい。
【0041】
例えば、図4に例示する場合においては、判定用基準データと分注検査用標準物質由来のピークの取得データとを比較すると、分注検査用標準物質由来のピーク面積が判定用基準データよりも試料分析の際の取得データにおいて増加している。したがって、この差分比率が差分比率閾値(15%)を超えた場合に、分注検査用標準物質を含有していた除タンパク剤の分注量が多くなる異常があったと判定する。なお、分注量が正常な場合に、分析対象成分を溶出するための除タンパク剤の量が十分であることを前提とすると、除タンパク剤の分注量が増加しても分析対象成分の溶出量は変化しないため、分析対象成分由来のピーク面積は変化しない。
【0042】
また、図5に例示する場合においては、判定用基準データと分注検査用標準物質由来のピークの取得データとを比較すると、分注検査用標準物質由来のピーク面積が判定用基準データよりも試料分析の際の取得データにおいて減少している。したがって、この差分比率が差分比率閾値(15%)を超えた場合に、分注検査用標準物質を含有していた除タンパク剤の分注量が少なくなる異常があったと判定する。また、分析対象成分由来のピーク面積も同様に減少している。分注量が正常な場合に、分析対象成分を溶出するための除タンパク剤の量が十分であることを前提とすると、除タンパク剤の分注量が減少すると、それと同時に、溶出する分析対象成分の量が減少してピーク面積が減少するため、分析対象成分の濃度は少なく算出されてしまう。この場合には、内部標準法により、内部標準物質由来のデータで分析対象成分由来のデータを規格化しても、除タンパク剤の分注量の変動分を補正することができないため、分注検査用標準物質由来のデータで分析対象成分由来のデータを規格化することで補正してもよい。
【0043】
ここで、分注検査用標準物質の選定方法の概略を説明する。
【0044】
MSにおいては、内部標準物質として同位体標識した分析対象成分の安定同位体化合物、又は、化学的物理的性質が類似した化合物(以下、類似体化合物と称する)を用いることが一般的である。したがって、分注検査用標準物質の選定にはその点を考慮し、試料の前処理の際に磁性ビーズで捕捉することができ、かつ、マスクロマトグラムにおいて分析対象成分や内部標準物質に由来するピークと十分に分離され、かつ、分析対象成分について測定するLCの保持時間の範囲内で検出される物質を分注検査用標準物質として選定する。
【0045】
まず、分注検査用標準物質として選定する物質の化学的性質について検討する。
【0046】
本実施の形態では、磁性ビーズとの疎水性相互作用により、分析対象成分を捕捉している。また、通常、LCでは、分離カラムに逆相カラムが使用される。逆相カラムでの保持は、基本的に疎水性相互作用に基づいておこなわれる。そのため、例えば、分注検査用標準物質は分析対象成分と同程度に、磁性ビーズおよび逆相カラムで捕捉されるような疎水性を有することが望ましい。例えば、非解離状態のイオン性化合物は一般的に疎水性が高いため、逆相カラムでの保持も強くなる。解離状態と非解離状態の違いは、LCの移動相のpHと化合物のpKaの関係から生じる。分析対象成分や内部標準物質のpKaは一般に移動相のpHと±2以上離れた値とすることで、保持挙動を安定させることができる。すなわち、上記を考慮して、分析対象成分や内部標準物質のpKaと移動相とのバランスから、クロマトグラムにおいて分析対象成分や内部標準物質に由来するピークと十分に分離され、かつ、分析対象成分について測定するLCの保持時間の範囲内で検出されるような物質を分注検査用標準物質として選定することが重要である。
【0047】
次に、分注検査用標準物質として選定する物質の分子量について検討する。
【0048】
MSの質量分解能で識別ができない程度に、分注検査用標準物質由来のイオンのm/zが他の検出イオンのm/zと重なると、分注検査用標準物質由来のイオンのピーク強度が増加したと誤認識される可能性が発生する。この場合には、分注量の異常の有無の判定が困難となる。通常のMSは質量分解能が1(m/z)程度であるので、分析対象成分および内部標準物質、分注検査用標準物質由来のマスクロマトグラムのピークのm/zが最低1[Da]、好ましくは3[Da]以上離れていることが望ましい。
【0049】
ここで、特に、生体試料などの夾雑成分が多く含まれる試料の分析において正確な分析を行うためには、検出器として用いるMSは、プロダクトイオンが検出できるMS/MS法を備えた装置を用いることが望ましい。MS/MS法を用いる場合は、各物質のプリカーサーイオンのm/zが互いに同一であっても、プロダクトイオンのm/zが異なればよい。
【0050】
以上のように構成した本実施の形態の動作を説明する。
【0051】
図6は、本実施の形態に係る分注量異常判定処理を含む分析処理を示すフローチャートである。
【0052】
図6において、制御部102は、まず、入力部103などによって分析処理の開始が指示されると(ステップS601)、分析対象の試料や分注検査用標準物質を含む試薬等の分注を含む前処理工程(図2参照)を行う(ステップS602)。続いて、分離部用分注機構132によって反応容器116から前処理が施された溶液を分離部131に分注し、質量分析部133において分離部131で分離された溶液中の成分のマスクロマトグラムを取得する(ステップS603)。このとき、試料の分析対象成分のマスクロトグラムとともに、分注検査用標準物質のマスクロマトグラムが得られる。
【0053】
ここで、判定基準データと分注検査用標準物質の取得データとの差分比率を算出し、差分比率が差分比率閾値よりも小さいかどうかを判定する(ステップS604)。
【0054】
ステップS604での判定結果がYESの場合には、前処理において分注検査用標準物質を含む試薬等の分注量の異常が無かったと判定し、分析結果を記憶部105に記憶したり、表示部104に表示したりした後、分析処理を終了する(ステップS605)。
【0055】
また、ステップS604での判定結果がNOの場合には、前処理において分注検査用標準物質を含む試薬等の分注量の異常が有ったと判定し、分析結果に分注量の異常が有ると判定された旨を示すデータフラグを付与し(ステップS606)、分析結果を記憶部105に記憶したり、表示部104に表示したりした後、分析処理を終了する(ステップS605)。
【0056】
図7は、表示部に表示される分析結果の一例を示す図である。
【0057】
図7に示すように、表示部104に表示される分析結果としては、測定値一覧として、分析対象である試料を識別する試料番号と、各試料について行われた分析処理に対応する分析項目と、測定が実行された日時と、分析対象の試料に含まれる分析対象成分の成分量である測定値とが対応して表示される。
【0058】
分析処理における分注量異常判定処理において試料以外の溶液の分注量の異常が有ると判定された分析結果(例えば、図7における10番の試料)については、分注量の異常が有ると判定された旨を示すデータフラグ(例えば、備考欄の「分注量異常」の表示)が付されて表示される。
【0059】
また、分注量の異常が有ると判定された分析結果が含まれる場合には、追加のアラーム情報として、異常が判定された試料番号と、異常の内容(ここでは、分注量異常)と、その異常の内容の説明とが表示される。
【0060】
以上のように構成した本実施の形態の効果を説明する。
【0061】
前処理とLC-MSによる分析とを一体的に行う自動分析装置においては、所定量の試料や試薬等の溶液を反応容器に分注して分析に係る種々の処理を行う。例えば、血液中の薬物濃度の測定においては、反応容器に分注した血液に除タンパク剤として有機溶媒等の試薬を分注して添加し、血液中のタンパク質を変性・沈殿させる除タンパク処理を行う。一方で、反応容器に分注される試料や試薬等は少量であるため分注精度の分析結果への影響が必然的に大きくなる。例えば、試薬の分注量が所定量よりも減少すると溶出する薬物の量が減少して偽低値を示してしまい、分析精度が低下してしまうことが考えられる。
【0062】
これに対して、本実施の形態においては、分析対象の試料を反応容器116に分注する試料分注機構113(第一の分注機構)と、反応容器116に試料と異なる他の分注対象を分注する試薬分注機構123(第二の分注機構)と、反応容器116に分注された試料と他の分注対象とが混合された反応溶液中の特定の成分を検出して分析を行う質量分析部133(分析機構)と、質量分析部133において反応溶液中の試料の分析対象成分の検出と同時に検出される、他の分注対象に予め添加された分注検査用標準物質の検出結果に基づいて、他の分注対象の分注液量が異常であるか否かを判定する制御部102(制御装置)とを備えて構成したので、分注される試料や試薬等の溶液の分注量の異常を確実に検出し、分析精度の低下を抑制することができる。
【0063】
また、例えば、分注量の異常の検出方法として、分注機構の分注ノズルの内部に設けた圧力センサの検出結果を判定用の基準データと比較し、比較結果に基づいて異常を検出する方法が考えられる。しかしながら、この方法では、分注機構の分注ノズルの内部の圧力を検出する圧力センサを用いる必要があるため、装置内に圧力センサを設けるために余分なコストやスペースを要してしまう。特に、分析に用いる試料や試薬等の分注対象それぞれに専用の分注機構を設ける場合には、異常を検出したい分注機構の数に応じて圧力センサのコストやスペースが必要となる。
【0064】
これに対して、本実施の形態においては、圧力センサのコストやスペースが不要であり、コストやスペースの増加を抑制しつつ、分注される試料や試薬等の溶液の分注量の異常を確実に検出し、分析精度の低下を抑制することができる。
【0065】
また、例えば、分注量の異常の検出方法として、基準の検定(バリデーション)方法によって決められている液量(例えば、1[ul]~1000[ul])の分注対象を分注して、色素法に基づいて検定することにより、蒸発の影響が少ない分、分注量の校正精度を向上させる手法も考えられる。しかしながら、この方法では、試料の分析とは異なるタイミングで検定を実施する必要があるため、試料の分析を行う実測定での妥当性を評価することは困難である。また、検定実施中には試料の分析が停止してしまうことでスループットが低下し、さらに、ユーザにとっては検定を行うための手間が生じてしまう。
【0066】
これに対して、本実施の形態においては、試料の分析と同時に分注量の異常の有無を判定することができるので、分析の実測定での妥当性を評価することが可能であるとともに、スループットの低下やユーザの手間の増加を抑制することができ、分注される試料や試薬等の溶液の分注量の異常を確実に検出し、分析精度の低下を抑制することができる。
【0067】
<変形例>
本実施の形態の変形例を図8を参照しつつ説明する。本変形例では、本実施の形態との相違点についてのみ説明するものとし、図面における本実施の形態と同様の部材には同じ符号を付し、説明を省略する。
【0068】
本変形例は、分注量の異常が有ると判定された場合に、データフラグの付与に加えて、メンテナンスモードに切り換えるものである。
【0069】
図8は、本変形例に係る分注量異常判定処理を含む分析処理を示すフローチャートである。
【0070】
図8において、制御部102は、まず、入力部103などによって分析処理の開始が指示されると(ステップS601)、分析対象の試料や分注検査用標準物質を含む試薬等の分注を含む前処理工程(図2参照)を行う(ステップS602)。続いて、分離部用分注機構132によって反応容器116から前処理が施された溶液を分離部131に分注し、質量分析部133において分離部131で分離された溶液中の成分のマスクロマトグラムを取得する(ステップS603)。このとき、試料の分析対象成分のマスクロトグラムとともに、分注検査用標準物質のマスクロマトグラムが得られる。
【0071】
ここで、判定基準データと分注検査用標準物質の取得データとの差分比率を算出し、差分比率が差分比率閾値よりも小さいかどうかを判定する(ステップS604)。
【0072】
ステップS604での判定結果がYESの場合には、前処理において分注検査用標準物質を含む試薬等の分注量の異常が無かったと判定し、分析結果を記憶部105に記憶したり、表示部104に表示したりした後、分析処理を終了する(ステップS605)。
【0073】
また、ステップS604での判定結果がNOの場合には、前処理において分注検査用標準物質を含む試薬等の分注量の異常が有ったと判定し、分析結果に分注量の異常が有ると判定された旨を示すデータフラグを付与し(ステップS606)、分析結果を記憶部105に記憶したり、表示部104に表示したりした後、分析処理を終了する(ステップS701)。
【0074】
続いて、メンテナンスモードに切り換えて、自動分析装置100のメンテナンスを実施する(ステップS702)。メンテナンスモードとは、メンテナンスとして、異常があると判断した当該分注機構の分注ノズルや周辺流路内の洗浄を装置により自動で行うことや、当該分注機構の部品の交換を行うための準備を行うモードである。
【0075】
続いて、試料を導入しない状態で分析処理を開始してマスクロマトグラムを取得し(ステップS703)、判定基準データと分注検査用標準物質の取得データとの差分比率を算出して、差分比率が差分比率閾値よりも小さいかどうかを判定する(ステップS704)。
【0076】
ステップS704での判定結果がNOの場合には、再度メンテナンスを実施して、分注量の異常が無いと判定されるまで、ステップS702~S704の処理を繰り返す。
【0077】
また、ステップS704での判定結果がYESの場合には、メンテナンスモードを終了してメンテナンスを終了する(ステップS705)。
【0078】
その他の構成は本実施の形態と同様である。
【0079】
以上のように構成した本変形例においても本実施の形態と同様の効果を得ることができる。
【0080】
<付記>
なお、本発明は上記した実施の形態や変形例に限定されるものではなく、他の様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施の形態は本願発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、上記の各構成、機能等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等により実現してもよい。また、上記の各構成、機能等は、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し、実行することによりソフトウェアで実現してもよい。
【符号の説明】
【0081】
100…自動分析装置、101…分析部、102…制御部、103…入力部、104…表示部、105…記憶部、111…試料容器、112…搬送機構、113…試料分注機構、114…分注チップ装脱着部、115…分注チップ搭載ラック、115a…分注チップ、116…反応容器、117…反応容器搭載ラック、118…搬送機構、119…開口部、120…反応容器ディスク、121…試薬容器、122…試薬ディスク、123…試薬分注機構、124…磁気分離機構、125…搬送機構、126…回転軌道、131…分離部、132…分離部用分注機構、133…質量分析部、201…分析対象成分、203…内部標準物質、205…分注検査用標準物質、207…磁性ビーズ、209…磁石、210…磁性ビーズ群
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8