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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-02
(45)【発行日】2023-03-10
(54)【発明の名称】ナノ結晶合金の粒子。
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20230303BHJP
   C22C 45/02 20060101ALI20230303BHJP
   H01F 1/153 20060101ALI20230303BHJP
   H01F 1/26 20060101ALI20230303BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20230303BHJP
   B22F 9/06 20060101ALI20230303BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230303BHJP
【FI】
B22F1/00 Y
C22C45/02 A
H01F1/153 133
H01F1/26
H01F27/255
B22F9/06
C22C38/00 303S
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020034684
(22)【出願日】2020-03-02
(62)【分割の表示】P 2019547333の分割
【原出願日】2019-04-26
(65)【公開番号】P2020111830
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2022-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2018086307
(32)【優先日】2018-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】加藤 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】千綿 伸彦
(72)【発明者】
【氏名】太田 元基
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-027656(JP,A)
【文献】国際公開第2015/008813(WO,A1)
【文献】特開2014-125675(JP,A)
【文献】特開2017-095773(JP,A)
【文献】特開2017-145442(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-9/30
H01F 1/12-1/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非晶質相と、
ナノサイズのFeSi結晶と、を備え、
前記FeSi結晶の少なくとも一部前記非晶質中に線状に複数並んだ柱状組織をなす領域を形成する、
ナノ結晶合金の粒子
【請求項2】
請求項1に記載のナノ結晶合金の粒子において、
前記柱状組織をなす領域においてFeSi結晶の伸長方向が異なる複数の領域を備えるナノ結晶合金の粒子
【請求項3】
請求項1又は2に記載のナノ結晶合金の粒子において、
CuのKα特性X線を用いて測定したX線回折スペクトルにおける2θ=45°付近のbcc構造のFeSi結晶の回折ピークのピーク強度P1に対する、2θ=56.5°付近のbcc構造のFe2B結晶の回折ピークのピーク強度P2のピーク強度比(P2/P1)が0.05以下であるナノ結晶合金の粒子
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のナノ結晶合金の粒子において、
合金組成:Fe100-a-b-c-d-e-f-g-hCuaSibBcMdCreSnfAggCh(ただし、a、b、c、d、e、f、g及びhは原子%を表し、0.8≦a≦2.0、2.0≦b≦12.0、11.0≦c≦17.0、0≦d≦1.0、0≦e≦2.0、0≦f≦1.5、0≦g≦0.2、及び0≦h≦0.4を満たす数値であり、MはNb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,及びMoからなる群から選択される1種以上の元素である。)を有するナノ結晶合金の粒子
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スイッチング電源等に用いられるトランス、チョークコイル、リアクトル等に好適な磁心用粉末、それを用いた磁心及びコイル部品に関する。
【背景技術】
【0002】
スイッチング電源は、EV(電気自動車)、HEV(ハイブリッド車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、移動体通信機器(携帯電話、スマートフォン等)、パーソナルコンピュータ、サーバー等の電源供給が必要な様々な電子機器の電源回路で用いられ、小型・軽量化とともに、省エネルギーの観点から低消費電力であることが求められるようになってきた。
【0003】
また、電子機器に使用されるLSI(大規模集積回路)の微細配線化によるトランジスタの高集積化に伴って、トランジスタの耐圧が低下するとともに消費電流が増加し、動作電圧の低電圧化及び大電流化が進んでいる。それに伴って、LSIに電源を供給するDC-DCコンバータ等の電源回路もまた、LSIの動作電圧の低電圧化及び大電流化への対応が必要となる。例えば、LSIの動作電圧の低電圧化によって正常に動作する電圧範囲が狭くなるので、電源回路からの供給電圧の変動(リップル)によってLSIの電源電圧範囲を上回ったり下回ったりしてしまうと、LSIの不安定動作を招くため、電源回路のスイッチング周波数を高める対策が採られるようになった。
【0004】
電源回路の高周波化や大電流化に対して、コイル部品に用いる磁心に、高周波数領域において高励磁磁束密度で動作し、かつ小型化に好適なFe基非晶質合金、ナノ結晶合金、純鉄、Fe-Si、Fe-Si-Cr等の金属系の軟磁性材料の粉末を採用する場合が多い。軟磁性材料の粉末としては、磁心とした時に磁気特性の形状異方性が生じ難く、また磁心の成形において粉末の流動性が良好な、アトマイズ法により得られる粒状粉が好適に用いられる。
【0005】
前記金属系の軟磁性材料の中でも、飽和磁束密度が高く、保磁力が小さく、かつ低磁歪化が可能な軟磁性材料として、Fe基合金であって、微細なbcc構造のFeSi結晶を組織中に有するナノ結晶合金が従来から知られている。一般にナノ結晶合金は、均一で超微細な結晶粒(例えば粒径が約10 nm)を有し、主相はbcc構造のFeSi結晶で、その周囲に非晶質相が残存する組織となっている(日立金属株式会社、ファインメット(登録商標)ミクロ構造、[平成30年4月18日検索]、インターネット<URL:http://www.hitachi-metals.co.jp/product/finemet/fp04.htm>(非特許文献1))。例えば、特開2004-349585号(特許文献1)は、このようなナノ結晶合金を水アトマイズ法により粉末状として得ることを開示している。また、特開2016-25352号(特許文献2)及び特開2017-110256号(特許文献3)は、ナノ結晶合金の粉末を、ガスアトマイズ法及び高速回転水流アトマイズ法で作製することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-349585号公報
【文献】特開2016-25352号公報
【文献】特開2017-110256号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】日立金属株式会社、ファインメット(登録商標)ミクロ構造、[平成30年4月18日検索]、インターネット<URL:http://www.hitachi-metals.co.jp/product/finemet/fp04.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
コイル部品に用いる磁心は、直流電流が重畳した交流電流で励磁された磁心のインダクタンスが、高い電流値まで初期値を維持し、その低下が抑えられる、即ち、重畳特性に優れることが求められる。
【0009】
ナノ結晶合金は、ランダムに配向した強磁性相のFeSi結晶の粒が分散した組織を有し、結晶粒径が磁気相関長(およそ磁壁幅程度で、数十 nm)よりも小さく、見かけ上の結晶磁気異方性がゼロに近い状態となり、外部磁場に対する感受性が高い特徴を持つ。このようなナノ結晶合金を使用した磁心は、透磁率が高く、損失を小さくすることができるけれども、一方ではコイル部品として使用可能な最大電流値が小さく、直流重畳特性の改善が求められていた。
【0010】
本発明は上記課題に鑑みたものであり、磁心として用いられたときに直流重畳特性を向上し得る磁心用粉末、及びこの磁心用粉末を用いた磁心及びコイル部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、ナノサイズのFeSi結晶が柱状組織をなす領域を備えた第一のFe基合金の粒子と、前記第一のFe基合金の粒子とは異なる金属組織からなる軟磁性材料の粒子とを含む磁心用粉末である。
【0012】
前記磁心用粉末において、第一のFe基合金の粒子は、柱状組織をなす領域においてFeSi結晶の伸長方向が異なる複数の領域を備えるのが好ましい。
【0013】
前記磁心用粉末において、ナノサイズのFeSi結晶が粒状組織をなす領域を備えた第二のFe基合金の粒子をさらに含むのが好ましい。
【0014】
前記磁心用粉末において、CuのKα特性X線を用いて測定したX線回折スペクトルにおける、2θ=45°付近のbcc構造のFeSi結晶の回折ピークのピーク強度P1に対する、2θ=56.5°付近のbcc構造のFe2B結晶の回折ピークのピーク強度P2のピーク強度比(P2/P1)は0.05以下であるのが好ましい。
【0015】
前記磁心用粉末において、印加磁界40 kA/mにおける保磁力は350 A/m以下であるのが好ましい。
【0016】
前記磁心用粉末において、前記第一のFe基合金の粒子は、合金組成:Fe100-a-b-c-d-e-f-g-hCuaSibBcMdCreSnfAggCh(ただし、a、b、c、d、e、f、g及びhは原子%を表し、0.8≦a≦2.0、2.0≦b≦12.0、11.0≦c≦17.0、0≦d≦1.0、0≦e≦2.0、0≦f≦1.5、0≦g≦0.2、0≦h≦0.4を満たす数値であり、MはNb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,及びMoからなる群から選択される1種以上の元素である。)を有するのが好ましい。
【0017】
本発明の別の一態様は、前記磁心用粉末をバインダで結合してなる磁心である。
【0018】
発明のさらに別の一態様は、前記磁心とコイルとを含むコイル部品である。
【発明の効果】
【0019】
本発明の磁心用粉末は、磁心として用いられたときに、直流重畳特性を向上させることが可能である。また、この磁心用粉末を用いた磁心及びコイル部品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施例に係る磁心用粉末に含まれる粒子の組織構造を説明するための模式図である。
図2図1の組織構造における、線状のFeSi結晶の構造を説明するための模式図である。
図3】本発明の一実施例に係る磁心用粉末(No.1及び2)と参考例の磁心用粉末(No.*3)の粒度分布を示すグラフである。
図4】本発明の一実施例に係る磁心用粉末(No.1及び2)と参考例の磁心用粉末(No.*3)のX線回折スペクトルを示すグラフである。
図5】本発明の磁心用粉末(No.1)のd90相当の粒径の粒子断面を観察したTEM写真である。
図6】本発明の磁心用粉末(No.1)のd90相当の粒径の粒子断面を観察した他の視野のTEM写真である。
図7】本発明の磁心用粉末(No.1)のd90相当の粒径の粒子断面のSi(ケイ素)元素組成マッピング写真である。
図8】本発明の磁心用粉末(No.1)のd90相当の粒径の粒子断面のB(ホウ素)元素組成マッピング写真である。
図9】本発明の磁心用粉末(No.1)のd90相当の粒径の粒子断面のCu(銅)元素組成マッピング写真である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係る磁心用粉末、及びそれを用いた磁心、並びにコイル部品について具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、図の一部又は全部において、説明に不要な部分は省略し、また説明を容易にするために拡大又は縮小等して図示した部分がある。また説明において示される寸法や形状、構成部材の相対的な位置関係等は特に断わりの記載がない限りは、それらのみに限定されない。さらに説明においては、同一の名称、符号については同一又は同質の部材を示していて、図示していても詳細説明を省略する場合がある。
【0022】
[1]磁心用粉末
本発明は、発明者等がナノ結晶軟磁性材料について鋭意研究する中で、新規な結晶組織構造を有するナノ結晶合金を見出し、その特性を活用する検討の中で至ったものである。発明の理解を容易にするため、新規な結晶組織構造を有するナノ結晶合金について詳細に説明する。
【0023】
(1)組織構造
従来のナノ結晶合金は、非晶質相からCuクラスター(Cuに富む領域)を起点に結晶化させることによって得られ、平均結晶粒径が例えば30 nm以下であって、ランダムに配向した強磁性相のFeSi結晶の粒が非晶質相中に分散した組織となっている。つまり、従来のナノ結晶合金では、ナノサイズのFeSi結晶が粒状組織をなしている。FeSi結晶の粒成長は任意の方向に起きてランダムな析出となり、規則性を持った析出形態とはならない。なお、ナノ結晶(ナノサイズの結晶)とは、一般的には平均結晶粒径が100 nm以下のものをいう。
【0024】
一方、新規な組織構造のナノ結晶合金は、ナノサイズのFeSi結晶が柱状組織をなしている。この柱状組織とは、非晶質相中にほぼ一方向に沿って並んだ複数の線状のFeSi結晶が間隔をもって存在している組織である。図1はナノサイズのFeSi結晶が柱状組織をなしている状態を説明するための模式図である。この柱状組織を有するナノ結晶合金100では、線状のFeSi結晶200が平行線状に存在して現れる縞模様の組織となっていて、その線状のFeSi結晶200の間は非晶質相250となっている。
【0025】
図2図1の組織構造にて観察される線状のFeSi結晶200の構造を説明するための模式図である。線状のFeSi結晶200は、柱状構造で多数の括れを備えた数珠形を有している。括れの間の部分は略楕円球状であって、複数の略楕円球状部が連接して柱状をなしている。略楕円球状部の短径はおよそ10 nmから20 nm、長径が20 nmから40 nmのナノサイズである。線状のFeSi結晶200の長さは様々だが、例えば200 nm以上であって、その長さは合金組織内の応力分布の影響を受けて変動すると考えられる。以下、この新規な組織構造を柱状組織と呼び、従来の組織構造を粒状組織と呼ぶ場合がある。
【0026】
粒状組織のFeSi結晶を備える従来のナノ結晶組織では、前述のように、見かけ上の結晶磁気異方性がゼロに近い状態となり、外部磁場に対する感受性が高く、このような結晶組織を有するナノ結晶合金を使用した磁心は透磁率が高く、損失も小さいといった特徴がある。
【0027】
一方、新規な組織構造である柱状組織では、FeSi結晶は幅に対して伸長方向の長さが長い長尺の柱状構造である。柱状組織のFeSi結晶を有する構造であると、従来の粒状組織のFeSi結晶を有する構造である場合と比べて大きな磁気異方性が発現して、保磁力の増加、透磁率の低下、損失の増加を招き、所望の軟磁気特性が得られないといった問題が予測される。このような問題に対して、本発明者等は、合金組織中に、FeSi結晶の伸長方向が異なる複数の領域を有するようにする、すなわち、それぞれの領域ではFeSi結晶の伸長方向が揃っており規則性を有するが、領域ごとにFeSi結晶の伸長方向が異なり、隣接する領域間では線状のFeSi結晶が不連続であり、合金全体でみれば規則性を有さない結晶組織とすることで改善し得ることを見出した。
【0028】
また柱状組織のFeSi結晶を有すると磁気モーメントは伸長方向に配向しやすく、また組織がナノオーダであるため磁場への高い感受性が残されたものとなる。磁化容易軸方向に向くFeの磁気モーメントを回転させる過程を、磁化容易軸につながれたばねを用いて形象すると、線状のFeSi結晶の配向性と磁場への感受性との兼ね合いで、伸長方向の磁場への高い飽和性を有するため、垂直方向の磁場に対して磁気モーメントは磁場と並行になろうと回転するが、その回転はばねによって制限され、また磁場が除かれると速やかに磁化容易軸方向に向くと考えられる。このような磁気モーメントの磁場に対する応答がリニアで、磁場に対する感受性が高磁場まで持続する特性によれば、柱状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金を使用した磁心は、FeSi結晶による大きな飽和磁化が得られるとともに、大電流(高磁場)まで高い増分透磁率μΔを持続することができると考えられる。
【0029】
(2)磁心用粉末
このような知見を基に、本発明者等は、さらに検討を進める中で、新規な柱状組織を備えるナノ結晶合金の粉末と、さらに従来の粒状組織を備えるナノ結晶合金の粉末及び/又は他の軟磁性材料の粉末との混合粉末にすることで、それぞれの異なる磁気的特徴を活用・補完し、磁心として用いた場合に、磁心損失の増加、透磁率の低下を抑えながら、重畳特性を改善する磁心用粉末が得られることを見出した。
【0030】
ナノ結晶合金における柱状組織の出現のメカニズムについては明確になっていないが、柱状組織のFeSi結晶は従来の粒状組織のFeSi結晶と同様に、非晶質相からCuクラスターを起点にFeSi結晶を析出(結晶化)すると考えられる。これまでの検討で、従来の粒状組織のFeSi結晶は、専ら熱処理で非晶質相から形成されるが、柱状組織のFeSi結晶は溶湯が冷却されて合金化される冷却過程で形成され、この点で従来のナノ結晶の組織形成とは異なる。
【0031】
柱状組織の形成では、合金作製時の冷却速度や合金内での冷却速度の分布(合金粒子表層部と中心部との速度勾配)が重要で、合金組成によっても変わるが、合金の非晶質化のためには、例えば、溶湯を103℃/秒程度以上の速度で冷却可能であること、及び(サブμm)3~(数μm)3の大きさの体積単位で、冷却の過程で合金内部に応力分布の異なる領域を生じさせることが求められる。特に、溶湯の冷却過程における500℃付近での冷却速度が影響すると考えられる。
【0032】
柱状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金の粉末の作製においては、上述の要求を満足し得るなら製法、条件等は限定されない。例えば、従来の粒状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金の粉末の作製に使用される、ガスアトマイズ法、水アトマイズ法、高速回転水流アトマイズ法などの水やガスを溶湯の粉砕手段とする方法を採用しても良いし、火炎を超音速又は音速に近い速度でフレームジェットとして噴射する高速燃焼炎アトマイズ法などのアトマイズ法で粉末化しても良い。
【0033】
本発明者等の検討によれば、柱状組織を有するナノ結晶合金の粒子の作製において、特には高速燃焼炎アトマイズ法が好適であることが分かった。高速燃焼炎アトマイズ法は他のアトマイズ法ほど一般的ではないが、例えば、特開2014-136807号等に記載される。高速燃焼炎アトマイズ法では、高速燃焼器による高速燃焼炎で溶湯を粉末状とし、液体窒素、液化炭酸ガスなどの冷却媒体を噴射可能な複数の冷却ノズルを有する急速冷却機構により冷却する。
【0034】
アトマイズ法で得られる粒子は球形に近く、冷却速度は粒径に大きく依存することが知られている。大気よりも熱交換効率が高い液体中や気体中(例えば、水、He又は水蒸気)を粉砕された溶湯が高速で通過すると、その表面は高い冷却速度で冷却される。表面から効率よく抜熱されると、熱伝導に従い内部も冷却されるが、冷却速度にはばらつきがあって、先に固まる表層部と遅れて固まる中心部とで体積差が発生する。得られる合金粒子が相対的に大径である程に、冷却速度のばらつきは顕著に現れる。
【0035】
上述の高速燃焼炎アトマイズ法によれば、冷却過程の初期の段階では、粉砕された溶湯は急冷されて過冷却ガラス状態の合金となっていて、体積差による歪の自己緩和のために、冷却過程の粒子には、(サブμm)3~(数μm)3の大きさの体積単位で応力分布の異なる領域が生じる。そして各領域は、周囲の領域からの拘束力により相互に応力を受けた状態となっていると考えられる。さらに冷却過程で結晶相と非晶質相とに分離する際に、応力が印加された状態の非晶質相からCuクラスターを起点にFeSi結晶の析出が開始すると、それを引き金に、非晶質相の原子移動を伴うクリープ挙動の効果もあって、FeSi結晶の端部が次の結晶粒形成を引き起こし、応力方向に結晶粒成長が進行して、原子レベルで連続的に格子がつながった数珠形に結晶粒成長が起きると考えられる。
【0036】
また本発明者等の検討によれば、高速燃焼炎アトマイズ法では、柱状組織の粒子と粒状組織の粒子とを同時に作製できることが判明している。高速燃焼炎アトマイズ法では、粒子の粒径が典型的には10μm以下で、同じ組成では単ロール法により作製されたリボンよりも冷却速度が高くなる傾向が観察されている。粉末化時の冷却速度が速い場合は、粒内の冷却速度分布が抑えられ、ひずみや圧力分布も小さくなるため、得られる粒子の組織は実質的に非晶質相となって柱状組織のFeSi結晶は得られ難い。それを従来のナノ結晶合金のように熱処理すると、その組織は従来と同様にFeSi結晶が粒状組織となる。
【0037】
粒子の粒径が10μmを超えて、典型的には20μm程度になると、内部と外部との冷却速度の差が大きくなり、冷却時の体積変化の時間差に由来したひずみが蓄積され、さらに冷却速度が相対的に遅い内部から柱状組織のFeSi結晶が析出し易い。
【0038】
このような知見に基づけば、少なくとも粒径が10~20μmの粒子を含む粉末であれば、それが一度のアトマイズ処理で得た粉末であっても、柱状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金の粉末と粒状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金の粉末とを含む粉末とすることが可能である。また、それを分級すれば柱状組織のナノ結晶合金の粉末と粒状組織のナノ結晶合金の粉末との比率を異ならせることも可能である。
【0039】
柱状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金には、磁心用粉末が要求される磁気特性を満足する範囲であれば、一部にFeSi結晶以外の結晶相を含んでいても良い。FeSi結晶以外の結晶相とは、結晶磁気異方性が高く、軟磁気特性を悪化させる相と考えられえているFe2B結晶が例示される。例えば、後述するbcc構造のFeSi結晶の回折ピークのピーク強度P1に対する、bcc構造のFe2B結晶の回折ピークのピーク強度P2のピーク強度比(P2/P1)で規定すれば、そのピーク強度比(P2/P1)は0.05以下であるのが好ましい。優れた磁気特性の結晶質の磁心用粉末を得るにはピーク強度比(P2/P1)が0.03以下であるのが好ましく、ピーク強度P2が測定のノイズレベル以下の実質0(ゼロ)であるのが望ましい。
【0040】
本発明の磁心用粉末は、予め準備した粒状組織のナノ結晶合金の粉末及び/又は他の軟磁性材料の粉末と、柱状組織のナノ結晶合金の粉末とを混合したものでも良いし、結晶化後に粒状組織のナノ結晶合金となる粉末と、柱状組織のナノ結晶合金の粉末とを混合した粉末に、結晶化のための熱処理を施したものでも良い。なお、ここで結晶化のための熱処理は、粒状組織のナノ結晶合金とするために行うものである。
【0041】
(3)熱処理
結晶化後に粒状組織のナノ結晶合金となる粉末と、柱状組織のナノ結晶合金の粉末とを混合した粉末を熱処理する場合、熱処理に使用する炉は600℃近傍まで温度制御が可能な加熱炉であれば、どのようなものでも特に問題なく使用することができる。例えば、バッチ式の電気炉、メッシュベルト式の連続電気炉により行うことができる。酸化を防ぐのであれば雰囲気調整が可能であるものが好ましい。
【0042】
このような熱処理における熱処理条件は、柱状組織のナノ結晶合金にFeSi結晶以外のFe2B結晶など、軟磁気特性を劣化させる結晶相を増加させることが無い適切な設定であれば良い。熱処理温度は、粒状組織となるナノ結晶合金の結晶化開始温度に基づいて適宜設定され得る。なお結晶化開始温度は、示差走査熱量分析装置(DSC:Differential Scanning Calorimeter)を用い、室温(RT)から600℃の温度範囲にて、600℃/hrの昇温速度で粉末の熱分析を行うことにより測定することができる。熱処理温度は、粒状組織となるナノ結晶合金の結晶化温度にもよるが、350~450℃、好ましくは390~430℃の範囲とするのが望ましい。熱処理温度は、昇温の後、最高到達温度のことであり、この温度を所定の時間保持する場合、その保持温度でもある。
【0043】
熱処理時間は、1秒から3時間、好ましくは連続式炉であれば1秒~300秒、バッチ式炉であれば300秒から2時間(7200秒)であるのが望ましい。熱処理時間は、熱処理温度で保持される時間である。
【0044】
熱処理における300℃以上の温度範囲における平均昇温速度(目標とする熱処理温度に到達するまでの平均昇温速度)は、0.001~1000℃/秒、好ましくは連続式炉なら0.5~500℃/秒の範囲、バッチ式炉であれば0.006~0.08℃/秒の範囲にあるのが望ましい。昇温速度が上記の範囲にあると、合金の結晶化よって生じる自己発熱で過剰に温度上昇するのを防ぎ、熱処理温度の設定に対して著しくオーバーシュートすることが抑制され、得られる粉末の磁気特性の劣化を防ぐことができる。
【0045】
(4)合金組成
ナノ結晶合金の組成は、FeSi結晶の柱状組織化が可能で、Si、B及びCuを含むものであれば良い。以下にアトマイズ法により柱状組織のナノ結晶合金を得るのに好適な合金組成を例示するが、それに限定するものではない。アトマイズ法によって得られる磁心用粉末の粒度分布において、粒径が大径の粒子で柱状組織のFeSi結晶となり、小径の粒子で粒状組織のFeSi結晶となる合金組成であっても良い。
【0046】
ナノ結晶合金の組成は、Fe100-a-b-c-d-e-f-g-hCuaSibBcMdCreSnfAggCh(ただし、a、b、c、d、e、f、g及びhは原子%を表し、0.8≦a≦2.0、2.0≦b≦12.0、11.0≦c≦17.0、0≦d≦1.0、0≦e≦2.0、0≦f≦1.5、0≦g≦0.2、及び0≦h≦0.4を満たす数値であり、MはNb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,及びMoからなる群から選択される1種以上の元素である。)であるのが好ましい。
【0047】
Cuは結晶化後の合金組織を微細化し柱状組織のFeSi結晶の形成に寄与する元素である。また粒状組織の形成にも寄与する元素である。Cu含有量は原子%で0.8%以上2.0%以下であるのが好ましい。Cu含有量が少ないと添加の効果が得られず、逆に多いと飽和磁束密度が低下する。Cuが過剰な場合、冷却過程での結晶化が進行しすぎるために、結晶粒成長の抑制効果を有する残留アモルファス相が欠乏し、結晶粒の粗大化や磁気異方性が高いFe2Bの析出などが起こり易く、軟磁気特性を悪化させる場合がある。アトマイズの冷却過程において、十分なCuクラスターの数密度を与えるように、Cu含有量は1.0%以上がより好ましく、1.1%以上がさらに好ましく、1.2%以上が最も好ましい。またCu含有量は1.8%以下であるのがより好ましく、1.5%以下であるのがさらに好ましい。
【0048】
SiはFeSi結晶の主成分であるFeに固溶し、磁歪や磁気異方性の低減に寄与する。Si含有量は原子%で2.0%以上12.0%以下であるのが好ましい。また、ナノ結晶合金の非晶質化を促進する効果を有することが知られていて、冷却過程では、Bとともに存在することでアモルファス形成能を強める効果を有する。また、冷却過程における粗大な結晶粒析出の抑制の効果を有する。Si含有量が少ないと添加の効果が得られず、他方、Si含有量が高すぎる場合には飽和磁束密度の低下が起きる。一方でFe3Siの規則化配列が起きやすくなるため、Si含有量の下限はより好ましくは3.0%である。高飽和磁束密度を得るには、Si含有量は10.0%以下がより好ましく、8.0%以下がさらに好ましく、5.0%以下が最も好ましい。
【0049】
Bは、急冷における合金の非晶質化を促進する効果を有することが知られている。B含有量は原子%で11.0%以上17.0%以下であるのが好ましい。B含有量が少ないと、アモルファス相形成のためには極めて高い冷却速度が必要となりマイクロメータオーダの比較的粗大な結晶粒が析出し易くなって、良好な軟磁気特性が得られない場合がある。またB含有量が多いと、結晶化後の組織中の残留アモルファス相の体積分率が高くなり、飽和磁化等の磁気特性を低下させることにつながる。Si及びBの含有量の合計が少ないほどFe含有量を上げられるため、高飽和磁束密度を得るにはSi及びBの含有量の合計が20.0%以下であるのが好ましく、19.0%以下であるのがより好ましく、18.0%以下であるのが最も好ましい。
【0050】
MはNb,Ti,Zr,Hf,V,Ta及びMoからなる群から選択される1種以上の元素である。柱状組織の、又は粒状組織のFeSi結晶を得る上で必須ではないが、結晶化後に粒状組織のナノ結晶合金となる粉末と柱状組織のナノ結晶合金の粉末とを混合した粉末を熱処理する場合、粒状組織のFeSi結晶の粒径の均一化に有効であり、M元素の含有量は、原子%で1.0%以下(0を含む)であるのが好ましく、0.8%以下(0を含む)であるのがより好ましく、0.5%以下(0を含む)であるのが最も好ましい。
【0051】
Crは原子%で2.0%以下(0を含む)であるのが好ましい。柱状組織のFeSi結晶を得る上で必須ではないが、ナノ結晶合金の耐食性を向上するのに有効な元素である。アトマイズ法で粉末を作製する際、内部を酸化から防ぐ効果を得るには、Cr含有量は0.1%以上であるのが好ましく、0.3%以上であるのがより好ましい。一方で、単体では反強磁性的に振る舞い、Fe原子との混成でFeの強磁性を弱めて飽和磁束密度の低下を招くため、Cr含有量の上限としては、1.5%であるのがより好ましく、1.1%であるのが最も好ましい。
【0052】
Snは原子%で1.5%以下(0を含む)であるのが好ましい。柱状組織のFeSi結晶を得る上で必須ではないが、Cuのクラスター形成を助けるのに有効な元素である。微量に添加されることで、結晶化の過程でSn原子が最初に集まることで、さらにその周辺に拡散中のCu原子がポテンシャルエネルギーを下げるために集まりクラスターを形成する。Cuのクラスター形成の助剤である効果を勘案すると、Sn含有量の上限はCu含有量を超えないのが好ましい。また非磁性元素であることからSn含有量は0.5%以下(0を含む)であるのがより好ましい。Sn含有量の下限は0.01%であるのがより好ましく、0.05%であるのが最も好ましい。
【0053】
Agは柱状組織のFeSi結晶を得る上で必須ではないが、Agは溶湯中で分離し、アトマイズ後のナノ結晶合金の凝固初期から析出していて、熱処理初期のCuクラスターの核となるように機能する。Agの好ましい含有量は原子%で0.2%以下(0を含む)である。
【0054】
Cもまた柱状組織のFeSi結晶を得る上で必須ではないが、溶湯の粘度の安定化に作用し、その好ましい含有量は原子%で0.4%以下(0を含む)である。
【0055】
他にナノ結晶合金に含まれる不可避的不純物として、S、O、N等を含み得る。不可避的不純物の含有量は、それぞれ、Sが200 ppm以下、Oが5000 ppm以下、Nが1000 ppm以下であるのが好ましい。
【0056】
Feは、ナノ結晶合金を構成する主元素であり、飽和磁化等の磁気特性に影響を与える。他の非鉄金属とのバランスにもよるが、Feを原子%で77.0%以上含むのが好ましく、それによって飽和磁化が大きいナノ結晶合金を得ることができる。Fe含有量は、より好ましくは77.5%以上であり、さらに好ましくは78.0%以上であり、最も好ましくは79.0%以上である。
【0057】
なお上記にて柱状組織のFeSi結晶を有するナノ結晶合金を得るのに好適な組成を示したが、その合金組成で粒状組織のFeSi結晶を有する従来のナノ結晶合金も得ることができる。
【0058】
[2]磁心及びコイル部品
本発明の一実施形態の磁心用粉末は、圧粉磁心用として、あるいはメタルコンポジット用として好適なものとなる。圧粉磁心では、例えば、磁心用粉末を絶縁材料及び結合剤として機能するバインダと混合して使用する。バインダとしては、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、キシレン樹脂、ジアリルフタレート樹脂、シリコーン樹脂、ポリアミドイミド、ポリイミド、水ガラス等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。磁心用粉末とバインダとの混合物は、必要に応じてステアリン酸亜鉛等の潤滑剤を混ぜた後、成形金型内に充填し、油圧プレス成形機等で10 MPa~2 GPa程度の成形圧力で加圧して所定の形状の圧粉体に成形することができる。次いで、成形後の圧粉体を300℃~結晶化温度未満の温度で、1時間程度で熱処理して、成形歪みを除去すると共にバインダを硬化させて圧粉磁心を得る。この場合の熱処理雰囲気は不活性雰囲気でも酸化雰囲気でも良い。得られる圧粉磁心は、円環状や、矩形枠状等の環状体であってもよいし、棒状や板状の形態であっても良く、その形態は目的に応じて様々に選択することができる。
【0059】
メタルコンポジット材として用いる場合、磁心用粉末とバインダとを含む混合物中にコイルを埋没させて一体成形しても良い。例えばバインダに熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂を適宜選択すれば、射出成形等の公知の成形手段で容易にコイルを封止したメタルコンポジットコア(コイル部品)とすることができる。また磁心用粉末とバインダとを含む混合物をドクターブレード法等の公知のシート化手段でシート状の磁心としても良い。また磁心用粉末とバインダとを含む混合物を不定形のシールド材として用いても良い。
【0060】
また、本発明の一実施形態の磁心用粉末では、FeSi結晶が柱状組織をなすナノ結晶合金の粉末にFe系非晶質合金や、純鉄、Fe-Si、Fe-Si-Crの結晶質の金属系軟磁性材料の粉末等、他の軟磁性粉末を加えて用いても良い。
【0061】
いずれの場合も、得られる磁心は直流重畳特性が向上された磁気特性に優れたものとなり、インダクタ、ノイズフィルタ、チョークコイル、トランス、リアクトルなどに好適に用いられる。
【0062】
[3]実施例
以下、本発明の一実施形態に係る磁心用粉末と、それを用いた磁心及びコイル部品について具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で適宜変更可能である。
【0063】
Fe、Cu、Si、B、Nb、Cr、Sn及びCがアトマイズ後、下記に示す組成A及び組成Bの合金組成となるように秤量し、アルミナの坩堝の中に入れて高周波誘導加熱装置の真空チャンバー内に配置して真空引きを行い、その後、減圧状態で、不活性雰囲気(Ar)中にて高周波誘導加熱により溶解した。その後、溶湯を冷却して2種の母合金のインゴットを作製した。
【0064】
[合金組成]
組成A:Febal.Cu1.2Si4.0B15.5Cr1.0Sn0.2C0.2
組成B:Febal.Cu1.0Si13.5B11.0Nb3.0Cr1.0
【0065】
次いで得られたインゴットを再溶解し、溶湯を高速燃焼炎アトマイズ法により粉末化した。用いたアトマイズ装置は、溶融金属を収納する容器と、容器底面の中央に設けられ容器内部に連通する注湯ノズルと、注湯ノズルから下方に流出する溶融金属に向かってフレームジェットを噴射可能なジェットバーナー(ハード工業有限会社製)と、粉砕された溶湯を冷却する冷却手段とを備えている。フレームジェットは溶融金属を粉砕して溶融金属粉末を形成可能に構成され、各ジェットバーナーは火炎を超音速又は音速に近い速度でフレームジェットとして噴射するように構成されている。冷却手段は、粉砕された溶融金属に向かって冷却媒体を噴射可能に構成された複数の冷却ノズルを有している。冷却媒体は、水、液体窒素、液化炭酸ガスなどを用いることができる。
【0066】
噴射するフレームジェットの温度を1300℃、原料の溶融金属の垂下速度を5 kg/minとした。冷却媒体として水を使用し、液体ミストにして冷却ノズルから噴射した。溶融金属の冷却速度は水の噴射量を4.5リットル/min~7.5リットル/minで調整した。
【0067】
得られた組成A及び組成Bの粉末を遠心力型気流式分級機(日清エンジニアリング製TC-15)で分級して、組成Aの平均粒径d50が異なる2種(d50の大きい方をNo.1、小さい方をNo.2の粉末とした。)、及び組成Bの1種(No.*3の粉末とした。)の磁心用粉末を得た。得られた磁心用粉末の粒度を下記評価方法で測定した。
【0068】
[粉末の粒度]
レーザー回折散乱式粒度分布測定装置(堀場製作所製LA-920)により測定し、レーザー回折法により計測される体積基準の粒度分布から、小径側からの累積%がそれぞれ10体積%、50体積%及び90体積%となる粒子径であるd10、d50及びd90を得た。図3にNo.1~*3の粉末の粒度分布図を示す。
【0069】
得られた各粉末について、以下の評価方法にて飽和磁化、保磁力、及びX線回折法による回折スペクトルを測定した。
【0070】
[飽和磁化及び保磁力]
試料の粉末を容器内に入れてVSM(Vibrating Sample Magnetometer振動試料型磁力計、東英工業製VSM-5)による磁化測定を行い、ヒステリシスループから、磁気の強さがHm=800 kA/mの時の飽和磁化と、Hm=40 kA/mの条件での保磁力を求めた。
【0071】
[回折スペクトル]
X線回折装置(株式会社リガク製Rigaku RINT-2000)を使用し、X線回折法による回折スペクトルから、2θ=45°付近(44°~46°の間)のbcc構造のFeSi結晶の回折ピークのピーク強度P1と、2θ=56.5°(56°~57°の間)付近のbcc構造のFe2B結晶の回折ピークのピーク強度P2を求め、ピーク強度比(P2/P1)を算出した。X線回折強度測定の条件は、X線Cu-Kα、印加電圧40 kV、電流100 mA、発散スリット1°、散乱スリット1°、受光スリット0.3 mm、走査を連続とし、走査速度2°/min、走査ステップ0.02°、走査範囲20~60°とした。
【0072】
得られた結果を表1に示す。なお表1においてNo.に“*”を付与した試料は、参考例である。
【0073】
【表1】
【0074】
X線回折法による回折スペクトルを確認したところ、A組成の平均粒径が異なる2種の磁心用粉末(No.1及びNo.2の粉末)では、bcc構造のFeSi結晶の回折ピークとbcc構造のFe2B結晶の回折ピークが確認されたが、B組成の1種の磁心用粉末(No.*3の粉末)ではハローパターンのみが観察され、FeSi結晶及びFe2B結晶の回折ピークは確認されなかった。またTEM観察にて、A組成の2種の粉末では線状のFeSi結晶が間隔をもって連続する縞模様の組織を確認した。この組織は後述する熱処理後の粉末でも同様に観察された。
【0075】
次に雰囲気調整が可能な電気熱処理炉で、SUS製容器に100g入れられたNo.1~*3の磁心用粉末3種を酸素濃度0.5%以下のN2雰囲気にて熱処理した。熱処理は、0.006℃/秒の速度で昇温し、表2に示す保持温度に達した後、この保持温度で1時間保持し、その後、加熱を止めて炉冷して行った。
【0076】
熱処理後のNo.1~*3の粉末にて、前述と同じ評価方法で飽和磁化、保磁力、及びX線回折法による回折スペクトルを測定した。得られた結果を表2に示す。
【0077】
【表2】
【0078】
また、熱処理後のNo.1~*3の粉末にて、d10及びd90に相当する粒径の複数の粒子を選別し、樹脂に埋めて切断研磨した後、断面を透過型電子顕微鏡(TEM/EDX:Transmission Electron Microscope/energy dispersive X-ray spectroscopy)で観察した。図5はNo.1のd90相当の粒子の断面を研磨しで観察したTEM写真である。図6は他の視野を同じ条件で観察したTEM写真である。図7は、No.1のd90相当の粒子の断面の他の視野を観察しSi(ケイ素)元素で組成マッピングした写真であり、図8はB(ホウ素)元素で組成マッピングした写真であり、図9はCu(銅)元素で組成マッピングした写真である。
【0079】
図5から、観察視野において濃淡が平行線状に交互に現れる柱状組織(縞模様の組織)が確認された。TEMによるスポット回折測定と組成マッピングとによって、線状に観察される明度が低い濃い部分はFeSi結晶であり、明度が高い淡い部分は非晶質相であると特定された。また他の視野の図6から、縞模様の組織の領域や、明度が低い濃い部分がドット様の組織に見える領域などが観察された。いずれの領域でも明度が低い濃い部分がFeSi結晶であり、明度が高い淡い部分は非晶質相であった。さらに詳細に観察したところ、いずれの領域でもFeSi結晶が線状に形成されていて、観察面に現れる方向で、縞模様に見えたり、ドット様に見えたりすることが判明した。つまり一つの粒子中でFeSi結晶の群が伸びる方向が異なる領域を有していて、一つ一つの領域ではFeSi結晶がほぼ一方向に結晶が析出した柱状組織となっている。この一つの領域では、線状のFeSi結晶の伸長方向が揃って規則性を有するが、領域ごとにFeSi結晶の伸長方向が異なり、隣接する領域間で線状のFeSi結晶が不連続となっており、粒子全体でみれば規則性を持たない組織となっていた。
【0080】
元素分布マッピングでは明るい色調ほど対象元素が多いことを示す。同一視野でSi、B、及びCuをそれぞれ組成マッピングした図7図8及び図9に示す結果から、線状のFeSi結晶に対応する領域はSiとCuとが濃化し、線状のFeSi結晶の間の非晶質相に対応する領域はBが濃化していることが確認される。また、Fe(図示せず)は全体で確認されるがSiとCuとが濃化した領域で濃度が高いことが確認された。
【0081】
線状のFeSi結晶と非晶質相とのスピノーダル分解によって、FeとSiとがFeSi結晶の形成に使われ、結晶相に入りにくいBが非晶質相に濃縮され、非晶質相のB濃度が相対的に高くなるように相分離が進み、周期的な濃度変調構造が現れると考えられる。
【0082】
No.2の粉末では、d90に相当する粒径の複数の粒子の観察で、図5図6で観察される組織と同様の縞模様の柱状組織の領域が観察されたが、No.*3の粉末では、縞模様の柱状組織の領域が観察されず、従来の組織構造である粒径が30 nm程度のFeSi結晶の粒が非晶質相中に分散した粒状組織となっていた。
【0083】
熱処理後のNo.1~*3の粉末のd10に相当する粒径の複数の粒子の観察では、いずれも従来の組織構造である粒状組織となっていた。つまり、No.1及び2の磁心用粉末は、粒状組織のナノ結晶合金の粉末と柱状組織のナノ結晶合金の粉末とが混合した粉末となっていることがわかる。一方、参考例のNo.*3の粉末は、柱状組織のナノ結晶合金の粉末は存在せず、従来の粒状組織のナノ結晶合金の粉末となっている。
【0084】
柱状組織のナノ結晶合金の粒子では非晶質相にFe2B結晶が形成され易い。また粉末中のFe2B結晶を含む粒子の存在割合が多いほどFe2B結晶のピークが強く発現するため、そのピーク強度から柱状組織構造の粒子の存在割合の多少を相対的に評価することができる。図4に示した回折スペクトル図では、合金組成AのNo.1及び2の粉末(熱処理後)ではともにFeSi結晶のピークとFe2B結晶のピークとが確認された。合金組成BのNo.*3の粉末(熱処理後)ではFeSi結晶のピークは確認されたが、Fe2B結晶のピークは確認されなかった。FeSi結晶のピーク強度P1に対するFe2B結晶のピーク強度P2の比P2/P1は、全体として小径の粒度分布を有するNo.2の粉末の方が小さくなった。また、保磁力もNo.2の粉末の方が小さくなっていた。
【0085】
熱処理後のNo.1~*3の粉末100部に対してシリコーン樹脂をそれぞれ5部加えて混錬し、成形金型内に充填し、油圧プレス成形機で400 MPaの加圧により成形してφ13.5 mm×φ7.7 mm×t2.0 mmの円環状の磁心を作製した。作製した磁心について占積率、磁心損失、初透磁率、及び増分透磁率の評価を行った。結果を表3に示す。表3においても、参考例の磁心用粉末を使用した試料にはNo.に*を付与して区別している。
【0086】
[占積率(相対密度)]
磁気測定を評価した円環状の磁心に対して250℃で熱処理を施し、バインダを分解して粉末を得た。粉末の重量と円環状の磁心の寸法と質量から、体積重量法により密度(kg/m3)を算出し、ガス置換法から得られる各合金組成A及びBの粉末の真密度で除して磁心の占積率(相対密度)(%)を算出した。
【0087】
[磁心損失]
円環状の磁心を被測定物とし、一次側巻線と二次側巻線とをそれぞれ18ターン巻回し、岩通計測株式会社製B-HアナライザSY-8218により、最大磁束密度30 mT、周波数2 MHzの条件で磁心損失(kW/m3)を室温(25℃)で測定した。
【0088】
[初透磁率μi]
円環状の磁心を被測定物とし、導線を30ターン巻回してコイル部品とし、LCRメータ(アジレント・テクノロジー株式会社製4284A)により、室温にて周波数100 kHzで測定したインダクタンスから次式により求めた。交流磁界を0.4 A/mとした条件で得られた値を初透磁率μiとした。
初透磁率μi=(le×L)/(μ0×Ae×N2)
(le:磁路長、L:試料のインダクタンス(H)、μ0:真空の透磁率=4π×10-7(H/m)、Ae:磁心の断面積、及びN:コイルの巻数)
【0089】
[増分透磁率μΔ]
初透磁率測定に用いたコイル部品を使って、直流印加装置(42841A:ヒューレットパッカード社製)で10 kA/mの直流磁界を印加した状態にて、LCRメータ(アジレント・テクノロジー株式会社社製4284A)によりインダクタンスLを周波数100 kHzで室温(25℃)にて測定した。得られたインダクタンスから前記初透磁率μiと同様の計算式にて得られた結果を増分透磁率μΔとした。得られた増分透磁率μΔと初透磁率μiとから比μΔ/μi(%)を算出した。
【0090】
【表3】
【0091】
本発明のNo.1及びNo.2の磁心用粉末を用いた磁心は、電流変化にかかわらず透磁率の変化量が十分に小さく、ほぼ一定の値で安定した直流重畳特性を発揮できた。また、ピーク強度比P2/P1が小さいNo.2の磁心用粉末を用いた磁心は、磁心損失が小さく、かつ初透磁率は大きくなった。透磁率が低いと、必要なインダクタンスを得るのに磁心の断面積を大きくし、また巻線のターン数を増やす必要があり、その結果、コイル部品の外形が大きくなってしまう。従って、No.2の粉末の方がコイル部品の小型化において有利であることが分かる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9