(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-07
(45)【発行日】2023-03-15
(54)【発明の名称】触覚評価システム、触覚評価方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G01N 19/02 20060101AFI20230308BHJP
G01L 5/00 20060101ALI20230308BHJP
【FI】
G01N19/02 A
G01L5/00 L
(21)【出願番号】P 2019104755
(22)【出願日】2019-06-04
【審査請求日】2022-05-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「個性と調和する相適応型人間機械システム設計論の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100196380
【氏名又は名称】森 匡輝
(72)【発明者】
【氏名】栗田 雄一
【審査官】野田 華代
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-004585(JP,A)
【文献】特開2014-66526(JP,A)
【文献】国際公開第2011/27535(WO,A1)
【文献】特開2020-41967(JP,A)
【文献】特開2018-4585(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 19/00-19/10
G01L 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際の、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得する画像データ取得部と、
前記被検体と前記擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際に生じる振動情報を取得する振動情報取得部と、
前記画像データ取得部で取得された前記画像データと、前記振動情報取得部で取得された前記振動情報とを解析して触覚を評価する評価部と、を備え、
前記評価部は、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分して、触覚を評価する、
ことを特徴とする触覚評価システム。
【請求項2】
前記偏心度信頼区間は、前記接触面が、前記被検体と前記擬似指との間で滑りが生じていない固着領域を含む場合の相対移動距離又は移動時間である、
ことを特徴とする請求項1に記載の触覚評価システム。
【請求項3】
メル尺度に基づいて作成されたフィルタ群である触覚メルフィルタバンクを記憶している記憶部を備え、
前記評価部は、
前記触覚メルフィルタバンクを用いて前記振動情報を解析して得られた振動評価指標と、前記偏心度とに基づいて触覚を評価する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の触覚評価システム。
【請求項4】
前記評価部は、
複数の評価結果を教師データとして、前記画像データ及び前記振動情報から触覚を推定するように、機械学習により生成された推定モデルを用いて、前記被検体の触覚を推定する、
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の触覚評価システム。
【請求項5】
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させ、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得するとともに、前記被検体又は前記擬似指に生じた振動情報を取得する振動情報取得ステップと、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分して、触覚を評価する解析ステップと、を含む、
ことを特徴とする触覚評価方法。
【請求項6】
前記振動情報取得ステップでは、
前記擬似指が乾いた状態及び前記擬似指が濡れた状態で、前記画像データ及び前記振動情報を取得する、
ことを特徴とする請求項5に記載の触覚評価方法。
【請求項7】
コンピュータを、
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際の、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得する画像データ取得部、
前記被検体と前記擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際に生じる振動情報を取得する振動情報取得部、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分し、前記画像データ取得部で取得された前記画像データと、前記振動情報取得部で取得された前記振動情報とを解析して触覚を評価する評価部、
として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触覚評価システム、触覚評価方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
筆記用具、ボール、衣服等、人に触れる様々な商品では、ざらざら、さらさら等の触覚が商品価値に大きく影響するため、これらの商品の開発においては、触覚の評価が重要とされている。
【0003】
触覚の評価方法として、例えば、特許文献1の方法が開発されている。特許文献1の触覚評価方法では、被検体に弾性体である擬似指を押圧し、被検体に対して擬似指を押圧方向と垂直な方向に相対移動させる。そして、被検体と擬似指との接触面の面積の移り変わりを示す値である偏心度を計測することにより、被検体表面の滑りやすさを尺度とした評価を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
実際に人が物に触れる動作では、大きなストロークで指を動かして触感を得る場合が多い。しかしながら、特許文献1の触覚評価方法では、被検体と擬似指との接触面の面積に基づく偏心度を用いて触覚評価を行うので、接触面の面積に変化が無い状態では触覚評価を行うことが難しい。例えば、被検体と擬似指とが大きなストロークで相対移動し、接触面全体が滑っている状態では、触覚評価を行うことが難しい。
【0006】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、被検体と擬似指とが大きなストロークで相対移動した場合であっても、高い精度で触覚を評価することができる触覚評価システム、触覚評価方法及びプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、この発明の第1の観点に係る触覚評価システムは、
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際の、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得する画像データ取得部と、
前記被検体と前記擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際に生じる振動情報を取得する振動情報取得部と、
前記画像データ取得部で取得された前記画像データと、前記振動情報取得部で取得された前記振動情報とを解析して触覚を評価する評価部と、を備え、
前記評価部は、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分して、触覚を評価する。
【0008】
また、前記偏心度信頼区間は、前記接触面が、前記被検体と前記擬似指との間で滑りが生じていない固着領域を含む場合の相対移動距離又は移動時間である、
こととしてもよい。
【0009】
また、メル尺度に基づいて作成されたフィルタ群である触覚メルフィルタバンクを記憶している記憶部を備え、
前記評価部は、
前記触覚メルフィルタバンクを用いて前記振動情報を解析して得られた振動評価指標と、前記偏心度とに基づいて触覚を評価する、
こととしてもよい。
【0010】
また、前記評価部は、
複数の評価結果を教師データとして、前記画像データ及び前記振動情報から触覚を推定するように、機械学習により生成された推定モデルを用いて、前記被検体の触覚を推定する、
こととしてもよい。
【0011】
また、本発明の第2の観点に係る触覚評価方法は、
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させ、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得するとともに、前記被検体又は前記擬似指に生じた振動情報を取得する振動情報取得ステップと、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分して、触覚を評価する解析ステップと、を含む。
【0012】
また、前記振動情報取得ステップでは、
前記擬似指が乾いた状態及び前記擬似指が濡れた状態で、前記画像データ及び前記振動情報を取得する、
こととしてもよい。
【0013】
また、本発明の第3の観点に係るプログラムは、
コンピュータを、
被検体と、弾性体である擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際の、前記被検体と前記擬似指との接触面の画像データを取得する画像データ取得部、
前記被検体と前記擬似指とを接触させた状態で、前記被検体又は前記擬似指を動作させた際に生じる振動情報を取得する振動情報取得部、
前記被検体に対する前記擬似指の相対移動距離又は移動時間を、前記接触面の面積の変化である偏心度に基づいて評価を行う偏心度信頼区間、前記偏心度及び前記振動情報に基づいて評価を行う複合信頼区間、及び前記振動情報に基づいて評価を行う振動信頼区間に区分し、前記画像データ取得部で取得された前記画像データと、前記振動情報取得部で取得された前記振動情報とを解析して触覚を評価する評価部、
として機能させる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の触覚評価システム、触覚評価方法及びプログラムによれば、接触面の偏心度に基づいて評価を行う区間、偏心度及び振動情報に基づいて評価を行う区間、振動情報に基づいて評価を行う区間を区分して、触覚を評価するので、精度の高い触覚評価を行うことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施の形態に係る触覚評価システムの外観を示す斜視図である。
【
図2】実施の形態に係る触覚評価システムの概略構成を示す図であり、(A)は正面図、(B)は側面図である。
【
図3】実施の形態に係る触覚評価システムのブロック図である。
【
図4】擬似指と被検体との接触面を示す図であり、(A)は初期状態、(B)は相対移動後の状態の図である。
【
図6】パチニ小体の周波数特性を示すグラフである。
【
図7】感性評価と触覚指標の計測実験に係る触覚評価システムの概要を示す図であり、(A)は斜視図、(B)は概略構成を示す正面図である。
【
図9】実施の形態に係る触覚評価の流れを示すフローチャートである。
【
図11】スライダ移動距離と偏心度との関係の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(触覚評価システムの構成)
以下、図を参照しつつ、本発明の実施の形態に係る触覚評価システム1について説明する。
【0017】
図1、
図2(A)、(B)に示すように、本実施の形態に係る触覚評価システム1は、擬似指10、擬似指駆動部11、力センサ12、ステージ13、ステージ駆動部14、カメラ15、振動センサ16、制御ユニット40を備える。
【0018】
なお、触覚評価システム1の各部を説明する図では、
図2(A)に示す触覚評価システム1の正面視における左右方向をx軸方向、触覚評価システム1の奥行き方向、すなわち
図2(A)の紙面垂直方向をy軸方向、触覚評価システム1の上下方向をz軸方向とする直交座標系を設定し、適宜参照する。なお、
図2(A)の右方向を+x方向、奥行方向を+y方向、上方向を+z方向とする。
【0019】
擬似指10は、人の指を模した半球形の弾性体部材である。擬似指10の素材は、特に限定されないが、本実施の形態では、被検体Sとの接触面を観察できるように、透明ゲル製の擬似指10を用いる。
【0020】
擬似指駆動部11は、擬似指10を動作させるスライダ等である。本実施の形態に係る擬似指駆動部11は、擬似指10を被検体Sの表面に押圧するための直動アクチュエータである。本実施の形態に係る触覚評価システム1では、擬似指駆動部11は、x-y平面上に配置された被検体Sの表面に対して、直交方向となるz軸方向に動作するように配置されている。これにより、擬似指駆動部11は、擬似指10を、被検体Sに対して垂直に押圧できる。
【0021】
力センサ12は、ステージ13とステージ駆動部14との間に取り付けられており、擬似指10を被検体Sに押圧する際の力を計測する。
【0022】
ステージ13は、被検体Sとなる素材を載置、固定する基台である。被検体Sは、触覚を評価される対象となるものであり、例えば、皮革、ゴム、紙等のシートである。また、ステージ13上には、載置された被検体Sを囲むように複数のLEDが配置されており、LEDは、被検体Sを照らす。これにより、擬似指10と被検体Sとの接触面が、より観察しやすくなる。
【0023】
ステージ駆動部14は、スライダ、ステッピングモータ等の駆動装置であり、ステージ13をx-y平面内で直線動作又は回転動作させる。これにより、触覚評価システム1は、擬似指10と被検体Sとが接触した状態で、擬似指10と被検体Sとを相対移動させた時の情報を取得し、被検体Sの触覚を評価することができる。
【0024】
カメラ15は、図示しないフレームに取り付けられ、擬似指10の直上(+z方向)に配置されており、透明ゲルの擬似指10を透過して、擬似指10と被検体Sとの接触面を撮影する。カメラ15が、所定の時間間隔で接触面を撮影することにより、触覚評価システム1は、接触面の時間変化データを取得する。
【0025】
振動センサ16は、ステージ13に取り付けられており、ステージ13の振動情報、特に、擬似指10と被検体Sとの摩擦による振動情報を取得する。
【0026】
制御ユニット40は、例えばコンピュータ装置であり、
図3のブロック図に示すように、記憶部42、表示部43、入力部44、制御部41を備える。
【0027】
記憶部42は、ハードディスク、フラッシュメモリ等の不揮発性メモリであり、接触面の画像データ、振動情報、画像データから偏心度eを算出する演算アルゴリズム、振動情報から振動評価指標を算出する際のフィルタバンク及び演算アルゴリズム等を記憶する。
【0028】
表示部43は、コンピュータ装置である制御ユニット40に備えられた表示用デバイスであり、例えば液晶パネルである。表示部43は、カメラ15で撮影された接触面の画像、触覚の評価結果等を表示する。
【0029】
入力部44は、触覚評価システム1における評価の開始、終了指示、各種評価条件の変更等を入力するための入力デバイスである。入力部44は、制御ユニット40に備えられたキーボード、タッチパネル、マウス等である。
【0030】
制御部41は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)、水晶発振器等から構成されており、触覚評価システム1の動作を制御するとともに、カメラ15で撮影された画像データに基づいて接触面の時間変化を示す偏心度eを解析する。また、制御部41は、振動センサ16で取得された振動情報から、擬似指10と被検体Sとの摩擦状態を解析し、振動評価指標を算出する。
【0031】
制御部41は、制御部41のROM、記憶部42等に記憶されている各種動作プログラム及びデータをRAMに読み込んでCPUを動作させることにより、
図3に示される制御部41の各機能を実現させる。これにより、制御部41は、画像データ取得部411、振動情報取得部412、評価部413として動作する。
【0032】
画像データ取得部411は、カメラ15を制御して、擬似指10と被検体Sとの接触面を、予め定められた所定の時間間隔で撮影し、時系列の画像データを取得する。また、画像データ取得部411は、取得した画像データを記憶部42へ送信し、記憶させる。
【0033】
振動情報取得部412は、振動センサ16を制御し、ステージ13の振動情報、すなわち、擬似指10と被検体Sとの摩擦による振動情報を取得する。また、振動情報取得部412は、取得した振動情報を記憶部42へ送信し、記憶させる。
【0034】
評価部413は、記憶部42に記憶されている画像データを取得して、接触面の時間変化を示す偏心度eを算出する。本実施の形態では、評価部413は、
図4(A)に示すように、ステージ13を移動させる前の初期状態における接触面の重心Oを算出する。また、重心Oを原点として、x軸、y軸を設定し、各象限の接触面の面積S
s1、S
s2、S
s3、S
s4を算出する。次に、ステージ13に擬似指10の押圧方向と直行する方向に力を加えて移動させた後の、画像データの各象限における接触面の面積S
t1、S
t2、S
t3、S
t4を算出する。そして、以下の式(1)により偏心度eを算出する。
【0035】
【0036】
また、評価部413は、記憶部42に記憶されている振動情報を読み出して、被検体Sの触覚を示す振動評価指標を算出する。振動評価指標は、振動情報に基づいて、被検体Sの表面の凹凸、滑りやすさ等によって人が感じるざらざら感等の触感を、数値的に評価するための指標である。
【0037】
本実施の形態では、評価部413は、振動センサ16で取得された振動情報に基づいて、メルフィルタバンクを用いた振動評価指標を算出する。メルフィルタバンクは、
図5に示すように、人の知覚特性を表すメル尺度に沿って配置された三角関数のフィルタ群であり、人の感度が低い周波数帯域(高周波帯域)では幅を広く、人の感度が高い周波数帯域(低周波帯域)では幅を狭く設定されている。
【0038】
(振動評価指標)
以下、本実施の形態に係るメルフィルタバンクを用いた振動評価指標の算出方法について説明する。本実施の形態では、パチニ小体の特性モデル式である式(2)に基づいて作成された、触覚評価に適したメルフィルタバンクである触覚メルフィルタバンクを用いて振動評価を行う。
【0039】
【0040】
式(2)のモデルのゲインがパチニ小体の特性モデルであり、
図6に示す周波数特性となる。以下の式(3)を用いて各フィルタの中心周波数の間隔へ変換することで、振動感度グラフに基づいた中心周波数行列を生成し、振動情報による触覚評価に適した触覚メルフィルタバンクを作成する。
【0041】
【0042】
以下の式(4)、(5)は、式(3)における傾きと切片である。
【数4】
【0043】
【0044】
式(3)より、振動感度グラフにおけるy軸最小値(感度最大)の点に近いほどより密なフィルタを生成する。W
nはn番目の中心周波数間隔、W
minは中心周波数間隔の最小値、W
maxは中心周波数間隔の最大値、G(f
min)とG(f
max)は、式(2)に以下の式(6)に示すsとしたときの値の代入により算出される振動感度グラフの下限周波数f
minから上限周波数f
maxまでの出力の最小値と最大値である。
【数6】
【0045】
また、WminとWmaxとを変更することにより、フィルタバンクのチャンネル数を調整することができる。
【0046】
本実施の形態では、予め作成されたフィルタバンクが記憶部42に記憶されている。評価部413は、記憶部42に記憶されているフィルタバンクと、取得された振動情報を読み出して、振動評価指標を算出する。より具体的には、振動情報に所定の窓関数をかけてフーリエ変換する。そして、算出されたパワースペクトルに触覚メルフィルタバンクをかける。フィルタ後のパワースペクトルの対数をとり、離散コサイン変換して、振動評価指標としての触覚メル周波数ケプストラム係数TMFCCを算出する。
【0047】
上述の触覚メルフィルタバンクを用いて触覚評価を行った場合の例を以下に示す。以下の例では、健常な成人男性5名を被験者とし、被検体Sとして大きさの異なる7種類のビーズを塗布したフィルムを用いた場合の感性評価と触覚評価指標の計測を行った。表1に各フィルムの特性を示す。
【0048】
【0049】
具体的な実験方法として、被験者は、
図7(A)、(B)に示す実験装置にセットされた各フィルムを5回なぞる。また、順序交差の影響を抑えるため、フィルムの提示順番はランダムとした。そして、被験者は、5回なぞった後、感性評価として、なめらかとざらざらを軸とした「摩擦感」について7段階の評価アンケートに回答した。この流れを1タスクとして、計3タスク行なった。
【0050】
また、なぞり始めとなぞり終わりを除くなぞり動作区間を評価するため、計測した振動情報に対して解析区間の抽出を行なった。指が接触した瞬間を初期値とし、初期値より重心が3mm以上移動した点を解析区間の開始点とした。また、指が停止した点より重心移動が3mm以下の最初の点を解析区間の終点とした。
図8に各区間における接触面画像を示す。
【0051】
また、比較のため、別の振動評価指標として、パワースペクトル密度に基づく皮膚振動強度を算出する。この評価指標は、以下の式(7)によって算出される。
【数7】
ここで、Vは皮膚振動強度、fは周波数、PSDはパワースペクトル密度である。
【0052】
また、音声解析で一般的に使用される20チャンネルのメルフィルタバンクを用いたメル周波数ケプストラム係数MFCCも比較のために算出する。本実施の形態に係る触覚メルフィルタバンクは、周波数帯域を100~1000Hzとし、250Hz付近に周波数のピークを持つ12チャンネルのフィルタバンクとした。
【0053】
皮膚振動強度、MFCC、本実施の形態に係るTMFCCのそれぞれについて、回帰分析を行なって感性評価と各触覚指標との関係を比較した。多次元の特徴量を持つものは、主成分分析を行ない、累積寄与率が80%を超える主成分までのデータを回帰分析に使用した。皮膚振動強度の回帰式を式(8)に、MFCCとTMFCCの回帰式を式(9)に示す。但し、yは感性評価点、zはパワースペクトル密度、zjは主成分分析の結果の第j主成分を示している。
【0054】
【0055】
【0056】
回帰分析の調整済み決定係数を表2に示す。
【表2】
【0057】
表2より、本実施の形態に係る触覚メルフィルタバンクを用いたTMFCCの調整済み決定係数は、従来の振動強度の場合の決定係数よりも高く、当てはまりがよい。また、TMFCCの場合の決定係数は、MFCCの場合の決定係数と同等であり、同等の当てはまりであることがわかる。しかしながら、従来手法のMFCCは、20チャンネルであるのに対し、本実施の形態に係る触覚メルフィルタバンクを用いる手法は12チャンネルである。したがって、音声用ではなく触覚評価用のフィルタバンクを用いることで、より簡易な計算で、触覚評価に適した解析を行うことができる。
【0058】
本実施の形態では、上述の方法により作成された触覚メルフィルタバンクと推定モデルを用いることにより推定される触感を、振動評価指標として用いる。
【0059】
(触覚評価システムによる触覚評価方法)
続いて、
図2(A)、(B)に示す、触覚評価システム1を用いた触覚評価方法について、
図9のフローチャートを参照しつつ、具体的に説明する。
【0060】
まず、ステージ13に、触覚を評価する対象である被検体Sが載置される(ステップS11)。被検体Sが載置された後、振動情報取得ステップが開始され、制御部41は、擬似指駆動部11を制御して、擬似指10を-z方向に下降させ、予め設定されている所定の力で被検体Sを押圧する(ステップS12)。
【0061】
擬似指10の下降が完了した後、制御部41は、カメラ15を制御して、擬似指10と被検体Sとの接触面を含む接触状態を撮影させ、画像データを画像データ取得部411へ送信させる(ステップS13)。
【0062】
続いて、制御部41は、ステージ駆動部14を制御して、ステージ13を移動させる(ステップS14)。本実施の形態では、ステージ13は、水平方向(x軸方向)に移動する。移動が開始されると、振動情報取得部412は、振動センサ16から振動情報の取得を開始する。また、制御部41は、カメラ15を制御して、ステージ13が一定距離移動するごとに、擬似指10と被検体Sとの接触面を含む接触状態を撮影させ、画像データを画像データ取得部411へ送信させる(ステップS15)。ステージ13の移動速度は特に限定されず、被検体Sの摩擦特性等を考慮し、触覚評価に適した速度に設定すればよい。本実施の形態に係る移動速度は、10mm/秒である。また、画像を撮影する間隔dxは特に限定されないが、例えば、0.1mmである。
【0063】
制御部41は、ステージ13を予め定められた距離移動させた後、ステージ13を停止させるとともに、振動情報の取得、画像データの取得を停止させる(ステップS16)。ステージ13の移動距離は、特に限定されないが、擬似指10と被検体Sとの接触面が完全に移動する(滑る)距離よりも大きくすることが好ましく、例えば50mm程度である。
【0064】
各データの取得が完了すると、解析ステップとして、評価部413は、触覚の評価を行う。触覚評価は、カメラ15で画像を撮影した各タイミングにおいて、評価指標を算出することによって行われる。
【0065】
具体的には、ステージ13の移動距離xが、
図10に示す偏心度信頼区間である場合、偏心度eによる評価を行う(ステップS17のYES)。本実施の形態では、移動距離xが3mm未満である場合を偏心度信頼区間としている。偏心度信頼区間は、接触面が、固着領域を含む場合の相対移動距離又は移動時間である。ここで固着領域とは、被検体Sと擬似指10との間で滑りが生じていない領域である。
【0066】
この場合、評価部413は、ステージ13を移動させる前の初期状態における接触面の画像データに基づいて重心Oを計算し、原点に設定する。評価部413は、移動距離xにおける接触面の偏心度eを算出する。そして、
図11の例に示すように、この偏心度eとスライダ移動距離との関係を示す近似直線の傾きを評価指標として、記憶部42に記憶させる(ステップS18)。
【0067】
ステージ13の移動距離xが複合信頼区間である場合、偏心度eと振動情報による複合評価を行う。本実施の形態では、移動距離xが3mm以上であり(ステップS17のNO)、かつ移動距離xが10mm未満である場合を複合信頼区間としている(ステップS19のYES)。
【0068】
この場合、偏心度eに基づく評価指標は、ステップS18と同様に算出される。また、評価部413は、上述したように、記憶部42から予め記憶されている触覚メルフィルタバンク、推定モデル、取得された振動情報を読み出す。評価部413は、読み出した振動情報について、窓を設定し評価対象となる時点の振動情報を切り出す。窓の大きさは、例えば移動距離x=xkとなる評価タイミングtkを中心として±0.1秒である。
【0069】
評価部413は、切り出した振動情報をフーリエ変換した後、触覚メルフィルタバンクを用いてフィルタリングする。そして、フィルタ後のパワースペクトルの対数をとり、離散コサイン変換して、触覚メル周波数ケプストラム係数TMFCCを算出する。これにより、評価部413は、振動情報に基づく評価指標である振動評価指標を算出する。
【0070】
評価部413は、算出された偏心度eに基づく評価指標と振動情報に基づく評価指標とを複合して複合評価指標を算出する(ステップS20)。複合評価指標は、例えば偏心度eに基づく評価指標と振動情報に基づく評価指標の平均値として算出される。また、評価部413は、算出した複合評価指標を記憶部42に記憶させる。
【0071】
ステージ13の移動距離xが振動信頼区間、すなわち、移動距離xが10mm以上である場合(ステップS19のNO)、振動情報による評価を行う。
【0072】
この場合、評価部413は、ステップS20の算出方法と同様に振動情報に基づく評価指標の算出を行う。また、評価部413は、算出した評価指標を記憶部42に記憶させる(ステップS21)。
【0073】
評価部413は、評価を行った位置xが終了位置(ステージ13が停止した時の位置)である場合、評価処理を終了する(ステップS22のYES)。また、位置xが終了位置でない場合、評価部413は、次の位置x=x+dxについてステップS17以降の処理を繰り返す(ステップS22のNO)。
【0074】
全てのデータについて評価指標が算出され、触覚評価が完了すると、制御部41は、評価指標を表示部43に表示させるとともに、記憶部42に記憶させる。また、触覚評価システム1は、評価処理を終了する。
【0075】
以上、説明したように、本発明に係る触覚評価システム、触覚評価方法及びプログラムによれば、擬似指10と被検体Sとの相対移動距離によって、偏心度eに基づく評価指標と振動情報による評価指標とを組み合わせて触覚評価を行うので、精度の高い触覚評価を行うことが可能である。
【0076】
また、被検体Sと擬似指10との相対移動時に生じる振動情報を、メル尺度に基づくフィルタバンクを用いて解析するので、触覚評価の精度をより向上させることができる。
【0077】
本実施の形態では、パチニ小体の特性モデルに基づく12チャンネルの触覚メルフィルタバンクを用いることとしたが、これに限られない。触覚メルフィルタバンクの数(チャンネル数)、周波数帯域、ゲイン等は特に限定されず、例えば、感性評価と触感評価指標との相関が大きくなるように最適化する等、パラメータ調整により変更することができる。これにより、より簡易的で計算処理の負荷の少ない計算方法、より複雑で精度の高い計算方法等を自由に選択することができる。
【0078】
また、本実施の形態では、振動情報に基づく評価指標の算出にあたり、触覚メルフィルタバンクを用いた触覚評価を行うこととしたが、これに限られない。例えば、振動情報に基づく評価指標として、FFT、パワースペクトル解析等の周波数領域の評価、フィルタ処理後のある時間範囲における面積やRMS、ピーク強度評価等の時間領域の評価を用いることとしてもよい。これにより、対象とする触感の評価軸、被検体Sの素材の種類等に適した、振動情報に基づく評価指標を用いて、より精度の高い触覚評価を行うことができる。
【0079】
本実施の形態では、ステージ13をx軸方向の一方向に動かして触覚を評価することとしたが、これに限られない。例えば、x軸方向とy軸方向の2方向に移動させて評価してもよいし、ステージ13を回転させて評価してもよい。これにより、多面的な評価ができるので、より精度の高い触覚評価を行うことができる。
【0080】
また、本実施の形態では、ステージ13をx軸方向に一定速度で移動させることとしたが、これに限られない。例えば、擬似指10又はステージ13の移動速度は、段階的に変化させることとしてもよいし、正弦波、往復運動等の加速度変化を生じるもととしてもよい。この場合、速度変化に係る偏心度、摩擦、力の変化を計測して、触覚評価を行うことが好ましい。これにより、複数の速度変化に対する偏心度等の反応を評価できるので、粘性成分の評価が重要であるねっとり感、しっとり感等について適切に評価することができる。
【0081】
また、本実施の形態に係る擬似指10は、人の指を模した半球形であることとしたが、これに限られない。偏心度e、振動情報等のデータ取得に適した形状であればよく、例えば、楕円柱の先端がR形状であるもの、人の指のように爪側と指の腹側で曲率の異なる形状のものであってもよい。また、被検体Sに対する擬似指10の押圧方向は、被検体Sに対して垂直な方向に限られず、被検体Sに対して斜めに押圧されることとしてもよい。これらにより、実際に人が被検体Sに触れた場合に近い触覚評価を行うことができる。
【0082】
また、擬似指10は、乾いた状態に限られず、濡れた状態で触覚評価を行うこととしてもよい。例えば、乾いた状態の擬似指10を用いて触覚評価のための一連のデータ取得を行った後、水に濡れたスポンジに擬似指10を接触させ、濡れた状態の擬似指10を用いてデータ取得を行い、これらのデータに基づいて触覚評価を行うこととしてもよい。これにより、指の表面の乾燥度合いによって異なる触感を考慮した、より精度の高い触覚評価を行うことができる。
【0083】
また、本実施の形態では、ステージ13に振動センサ16を配置することとしたが、これに限られず、擬似指10に振動センサ16を配置することとしてもよい。これにより、より人の指が感じる振動に近い振動データに基づいて触覚評価を行うことができる。
【0084】
また、本実施の形態では、被検体Sに対する擬似指10の相対移動距離に基づいて、偏心度信頼区間、複合信頼区間、振動信頼区間に区分して触覚を評価することとしたが、これに限られない。例えば、移動時間に基づいて、偏心度信頼区間、複合信頼区間、振動信頼区間に区分して触覚を評価することとしてもよい。
【0085】
また、本実施の形態では、計測区間における画像データ及び振動データの取得を完了した後、評価部413で触覚を評価することとしたが、これに限られない。例えば、取得された各データを、順次、評価部413で演算処理し、触覚評価を行うこととしてもよい。この場合、リアルタイムで出力する触覚評価の結果を表示部43に表示することとしてもよい。これにより、触覚評価の効率を向上させることができる。
【0086】
また、本実施の形態では、取得された画像データによる偏心度eと振動情報とに基づいて、評価部413が触覚評価指標を算出して触覚評価を行うこととしたが、これに限られない。例えば、様々な触覚の被検体Sに関する複数の偏心度eと振動情報とを教師データとして学習された学習済みモデルを用いて、触覚評価を行うこととしてもよい。
【0087】
この場合、学習済みモデルは、偏心度eと振動情報に基づく評価指標から、被検体Sの触覚を推定するように、機械学習により生成された推定モデルとすればよい。記憶部42に予め学習済みモデルが記憶されており、評価部413は、学習済みモデルと取得された偏心度e及び振動情報を学習済みモデルに入力することにより、触覚評価を行う。また、学習済みモデルを生成するための機械学習アルゴリズムは、特に限定されないが、例えばニューラルネットワークを用いた機械学習アルゴリズムを用いることができる。
【0088】
また、本実施の形態に係る触覚評価方法は、通常のコンピュータシステムを用いて実現可能である。例えば、上記の動作を実行するためのコンピュータプログラムを、USBメモリ、DVD-ROM等のコンピュータが読み取り可能な記録媒体に格納して配布し、当該コンピュータプログラムをコンピュータにインストールすることにより、コンピュータ装置を上記の触覚評価方法を実行する触覚評価システムとして機能させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、高精度に被検体の触覚を評価する触覚評価システムに好適である。特に、被検体の表面を撫でるように、指や手のひらを滑らせた場合の触覚評価を行う触覚評価システムに好適である。
【符号の説明】
【0090】
1 触覚評価システム、10 擬似指、11 スライダ、12 力センサ、13 ステージ、14 ステージ駆動部、15 カメラ、16 振動センサ、40 制御ユニット、41 制御部、411 画像データ取得部、412 振動情報取得部、413 評価部、42 記憶部、43 表示部、44 入力部、S 被検体