(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】導電性接着剤、作用電極、及びそれらの製法
(51)【国際特許分類】
C09J 201/00 20060101AFI20230314BHJP
C09J 9/02 20060101ALI20230314BHJP
C09J 11/06 20060101ALI20230314BHJP
C09J 11/04 20060101ALI20230314BHJP
H01B 1/24 20060101ALI20230314BHJP
【FI】
C09J201/00
C09J9/02
C09J11/06
C09J11/04
H01B1/24 D
(21)【出願番号】P 2018067555
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2021-01-25
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】519135633
【氏名又は名称】公立大学法人大阪
(73)【特許権者】
【識別番号】591040292
【氏名又は名称】大研化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100084342
【氏名又は名称】三木 久巳
(74)【代理人】
【識別番号】100213883
【氏名又は名称】大上 雅史
(72)【発明者】
【氏名】北村 進一
(72)【発明者】
【氏名】秋田 成司
(72)【発明者】
【氏名】立岩 慶太
(72)【発明者】
【氏名】山中 重宣
【審査官】高崎 久子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-163586(JP,A)
【文献】特開2007-217684(JP,A)
【文献】特開2013-074216(JP,A)
【文献】特開2011-146284(JP,A)
【文献】特開2008-094908(JP,A)
【文献】特開平08-231210(JP,A)
【文献】特表2014-534987(JP,A)
【文献】特開2000-036243(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09J
H01B1/00-1/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カーボンナノチューブ(CNT)の表面の少なくとも一部が水溶性キシラン(GX)により包接されてなるCNT-GX包接体が、熱硬化性樹脂の中に分散している導電性接着剤であり、前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であり、前記CNT-GX包接体においてCNTの重量に対するGXの重量の割合は50wt%以上であり、且つ800wt%以下であり、前記熱硬化性樹脂は、ガラス転移温度が200℃以上であるとともに、耐熱性の観点からエポキシ樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂
、ポリウレタン樹脂
、アリル樹脂、熱硬化性アクリル樹脂、フェノール-メラミン縮重合樹脂、尿素-メラミン縮重合樹脂よりなる群から選ばれた物質であることを特徴とする導電性接着剤。
【請求項2】
前記熱硬化性樹脂がエポキシ樹脂である場合には、耐熱性の観点から、ナフタレン型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェニル型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、グリシジルアミン型エポキシ樹脂、多官能型エポキシ樹脂よりなる群から選ばれた物質である請求項1に記載の導電性接着剤。
【請求項3】
前記CNT-GX包接体の濃度が1.5~3.0%(w/w)である請求項1又は2に記載の導電性接着剤。
【請求項4】
前記CNTに含まれる単層CNTの90wt%以上が金属的な導電性を示す単層CNTである請求項1~3のいずれか1項に記載の導電性接着剤。
【請求項5】
導電性金属粒子を更に含む請求項1~4のいずれか1項に記載の導電性接着剤。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の導電性接着剤の硬化物からなる作用電極であり、前記硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理が施された作用電極。
【請求項7】
水系溶媒に水溶性キシラン(GX)を溶解させたGX溶液にカーボンナノチューブ(CNT)を添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする順次分散工程、若しくは、水系溶媒にGXとCNTを添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする同時分散工程と、
前記CNT-GX分散液を凍結乾燥させてCNT-GX凍結乾燥物とする凍結乾燥工程と、前記CNT-GX凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させて導電性接着剤とする混練工程と、を有し、前記導電性接着剤における前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であり、前記CNT-GX包接体においてCNTの重量に対するGXの重量の割合は50wt%以上であり、且つ800wt%以下であり、
前記熱硬化性樹脂は、ガラス転移温度が200℃以上であるとともに、耐熱性の観点からエポキシ樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂
、ポリウレタン樹脂
、アリル樹脂、熱硬化性アクリル樹脂、フェノール-メラミン縮重合樹脂、尿素-メラミン縮重合樹脂よりなる群から選ばれた物質であることを特徴とする導電性接着剤の製法。
【請求項8】
前記熱硬化性樹脂がエポキシ樹脂である場合には、耐熱性の観点から、ナフタレン型エポキシ樹脂、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェニル型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、グリシジルアミン型エポキシ樹脂、多官能型エポキシ樹脂よりなる群から選ばれた物質である請求項7に記載の導電性接着剤の製法。
【請求項9】
前記CNTを完全に又は不完全に選別することにより、選別されたCNTの導電性を選別前に比べて高くする選別工程を更に含む請求項7又は8に記載の導電性接着剤の製法。
【請求項10】
前記混練工程の前に、若しくは前記混練工程において、若しくは前記混練工程の後で、導電性金属粒子を前記熱硬化性樹脂に添加して混練する請求項7~9のいずれか1項に記載の導電性接着剤の製法。
【請求項11】
請求項7~10のいずれか1項に記載の製法により製造した導電性接着剤を硬化させて硬化物とし、その硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理を施して作用電極とする作用電極の製法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボンナノチューブを含む導電性接着剤と作用電極、及びそれらの製法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンナノチューブ(carbon nanotube、CNT)はsp2炭素原子で構成されるグラフェンシートが円筒状に丸まった繊維状の構造体であり、1991年、飯島らによって発見された。その層数から大きく単層CNT(single-walled carbon nanotube,SWNT)と多層CNT(multi-walled carbon nanotube,MWNT)に分けられる。その直径は数nmから百数十nmであり、紫外光や可視光よりも小さい直径を持つものが存在することから、光学材料等への応用が期待されている。また、供給量が逼迫する恐れの少ない炭素で構成され、且つカイラリティの違いにより導体と半導体が存在することから,エレクトロニクスの分野ではレアメタルに代替する素材として広く研究がなされている。しかし、CNTは通常、凝集体として存在しており、高い強度や導電性といったCNTのナノ構造体としての特性を最大限に利用するためには、CNTを分散させる技術が須要である。
【0003】
エポキシ樹脂は、高分子内に残存させたエポキシ基で架橋構造を形成させる熱硬化性の樹脂の総称であり、プラスチックの一種である。高い電気絶縁性や耐熱性、耐水性、耐薬品性を持つことからエレクトロニクス分野ではプリント基板やCPUなどの電子部品に広く使用されており、建築分野ではコンクリートや鉄鋼板の構造用接着剤としても使用されている。その他、高い耐食性を利用して、自動車や船舶の防腐用塗料や飲料用缶の内面塗装としての応用も進んでいる。また、金属粒子を混合したエポキシ樹脂は高温領域で動作する導電性接着剤として利用されており、このような樹脂に導電性や強度、耐熱性に富んだCNTを混練することで、導電性や強度の更なる向上が期待できる
【0004】
エポキシ樹脂は、室温で低粘度のものや高粘度で高いガラス転移温度を持つものなど、分子構造や分子量により多様な物理特性を有する。代表的なエポキシ樹脂にビスフェノールA型やビスフェノールF型があるが、これらはエポキシ樹脂の中では比較的ガラス転移温度が低く、耐熱性に劣る。一方、ナフタレン型エポキシ樹脂は、ナフタレン骨格間で自由回転するため、3次元的に複雑な架橋構造を形成することができ、ガラス転移温度は300℃よりも高く耐熱性に富む。
【0005】
CNTをエポキシ樹脂に混練し分散させた導電性接着剤は、環境負荷の大きいレアメタルや有害金属を含有せず、かつ耐熱性に優れるため、輸送機器業界における普及が所望されている。この業界では、高い強度や導電性などの信頼性が求められるが、CNTは高強度と高導電性を併せもつ微細な炭素繊維であり、エポキシ樹脂に混練し分散させた導電性接着剤は、高い強度や導電性を有すると期待できる。しかし、このような導電性接着剤の作製には、エポキシ樹脂中にCNTを分散させる技術が須要である。
【0006】
特開2007-039567号公報(特許文献1)には、エポキシ樹脂等のマトリックス中にCNTを最大0.1重量%含む電子部品用複合成形体製造用の樹脂組成物が開示されている。また、特開2010-234524号公報(特許文献2)には、エポキシ樹脂中にCNTを0.05~0.1重量%含有する接着剤が開示されている。これらの従来技術においては、CNTを分散させる場合、溶媒中で会合を解く必要があるため超音波処理やせん断力を利用した擂潰処理などの高い負荷を加える方法が利用されている。しかし、エポキシ樹脂は水系溶媒と比べて粘性が大きな高粘性溶媒である。このような高粘性溶媒の場合、CNTの分散処理の際に、多量の熱が発生し処理装置に対しても大きな負荷が加
わることは否めず、高濃度にCNTを分散させることは難しい。比較的低い負荷で高粘性溶媒中にCNTを高濃度に分散させる技術が求められている。
【0007】
本発明者に係る研究室において、水溶性キシランの一種であり、ブナ木質部由来のヘミセルロースである4-O-メチル-α-D-グルクロノキシランがCNTに対する分散能を持つことが見出された(大阪府立大学修士論文(牧野友輔2017年、山川章2012年、池田元英2006年)、Yamakawa,A.,et al.(2017)Carbohydrate Polymers,171,129-135参照)。これによりCNTを水系溶媒に分散させることが可能になるため、導電性ガラス(上記の牧野2017参照)やセルロースナノ複合体(山川2012及びYamakawa2017参照)、細胞足場(同大学修士論文(野田百夏2016年、榎本健太2013年、小倉悠湖2012年)参照)など様々な分野においてこの技術が利用されている。
【0008】
特開2007-215542号公報(特許文献3)には、水溶性キシランを用いてCNTを水系溶媒に分散させる方法が開示されている。また、国際公開2015-064708号公報(特許文献4)には、水溶性キシランを分散剤として用いてCNTの分散液を作製し、当該分散液から水溶性キシランを分離除去して、残った分散液を乾燥させることによりカーボン複合フィラーを作製し、当該カーボン複合フィラーとシリコーン樹脂を混練した後、加熱成型を行って導電性シートを作成する方法が記載されている。更に、特開2011-146284号公報(特許文献5)には、正極活物質及びCNTが複合化されてなる複合正極活物質の製法であって、水溶性キシランを利用してCNTの再凝集を抑制し、正極活物質とCNTとの分散性を向上させて複合化することで、出力特性に優れた複合正極活物質を得る方法が開示されている。
しかし、特許文献3、特許文献4及び特許文献5には、水溶性キシランに包接された状態のCNTをエポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂の中に分散させて導電性接着剤を作製する方法は開示されず、又、そのようにして作製した導電性接着剤におけるCNTの濃度と、接着強度や体積導電率との関係も開示されていない。
【0009】
CNTはグラフェンシートの巻き方により様々なカイラリティを持つ。グラフェンシートの層数が一層であるSWNT(単層CNT)においてはこのカイラリティがSWNTの特性に大きく影響する。SWNTには導体と半導体が存在し、この性質はSWNTのカイラリティに大きく依存する。MWNT(多層CNT)は、少なくとも1層が導体であれば導体的に振る舞い、すべての層が半導体であれば半導体的に振る舞う。
【0010】
SWNTのカイラリティはグラフェンシートの巻き方によって決定される。図(1B)に示すグラフェンシート11の六角格子の基本ベクトル12をa
1,a
2とする。図(1B)の点Оと点Aが重なり合うように、このグラフェンシートを巻いて構成されるSWNTを考える(図(1A)参照)。このSWNTのカイラリティはカイラルベクトル13であるベクトルAで記述され、次式
(式1) A = na
1+ma
2
で示すa
1,a
2の係数n,mをカイラル指数と呼ぶ。このカイラル指数は一般的に(n,m)という形で記述され、SWNTのカイラリティについて述べる際に頻繁に用いられる。例えば、図(1B)に示したカイラルベクトルAは次式(式2)で表され、カイラル指数は(5,2)である。
(式2) A = 5a
1+2a
2
また、
図2に示すように、このカイラリティは幾何学的構造の違いにより、大きくアームチェア型(図(2B))、ジグザグ型(図(2C))、カイラル型(図(2D))の3つに分けられる。カイラルベクトルの終点が、図中の矢印14の矢印上に存在するカイラリティを持つ場合はアームチェア型と呼ばれ、そのカイラル指数は(n,0)又は(0,n)の形をとる。同じく終点が、矢印15の矢印上に存在するカイラリティを持つ場合は
ジグザグ型と呼ばれ、そのカイラル指数は(n,n)の形をとる。両者に該当しないカイラリティはカイラル型と呼ばれる。
SWNTにはそのカイラリティに応じて、金属に近い導電性から半導体に近い導電性を持つものまで存在する。図(2A)の白丸で示した点を終点とするカイラルベクトルに対応するカイラリティを持つ場合は金属に近い導電性を示し、同じく黒丸に対応するカイラリティを持つ場合は半導体に近い導電性を示す。なお、×印に対応するカイラリティを持つSWNTは存在しない。
【0011】
MWNTの直径は一般的に数十nm~百数十nmであり、SWMTよりも層数が多いため、高い導電性及び強度を有することが多い。したがって、多くの分野において導電性や強度を向上させる目的で利用されている。
【0012】
マイクロ化及びナノ化が著しいエレクトロニクスの分野において、SWNTのカイラリティが自身の分散性にどのような影響をもたらすかについては重要な知見となりうる。水溶性キシラン(GX)の持つSWNT分散性については、分子動力学計算のシミュレーションがなされており、GXがSWNTを包接することでSWNTを分散させることが明らかになっている。しかし、この包接作用に対してSWNTのカイラリティがどのような影響をもたらすかについては全く明らかになっていない。したがって、水溶性キシランに包接された状態のSWNTを熱硬化性樹脂の中に分散させてなる導電性接着剤の、接着強度や導電性などの特性に、SWNTのカイラリティがどのように影響するかは全く不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2007-039567号公報
【文献】特開2010-234524号公報
【文献】特開2007-215542号公報
【文献】国際公開2015-064708号公報
【文献】特開2011-146284号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献1及び特許文献2には、エポキシ樹脂等の高粘性溶媒中にCNTを最大0.1wt%含む接着剤等が開示されているが、低い負荷で高粘性溶媒中にCNTを高濃度に分散させる技術は開示されていない。
特許文献3には、水溶性キシランを用いて水系溶媒にCNTを分散させる技術が開示され、特許文献4には、CNTを分散させた水系溶媒から水溶性キシランを分離除去して、残った分散液を乾燥させて得られるカーボン複合フィラーと、シリコーン樹脂とを混練した後、加熱成型を行って導電性シートを作成する方法が開示され、特許文献5には、水溶性キシランを利用してCNTの再凝集を抑制し、出力特性に優れた複合正極活物質を得る方法が開示されている。しかし、特許文献3~5には、水溶性キシランに包接された状態のCNTをエポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂の中に分散させて導電性接着剤を作製する方法は開示されず、そのようにして作製した導電性接着剤におけるCNT濃度と、接着強度や体積導電率との関係も開示されていない。また、そのような導電性接着剤における、CNTの分散性や接着強度、導電性などの特性に、CNTのカイラリティがどのように影響するかも不明である。
【0015】
本発明の目的は、第1に、CNTを熱硬化性樹脂の中に分散させてなり、導電性、接着強度、及び/又は耐熱性に優れた導電性接着剤と作用電極であって、低い負荷で高粘性溶媒中にCNTを分散させる方法で製造可能なものを提供することであり、第2に、CNT
の濃度やカイラリティが、CNTの樹脂中の分散性、及び導電性接着剤の接着強度や導電性などの特性に及ぼす影響を明らかにして、その知見を活かした導電性接着剤と作用電極、及びその製法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、本発明の第1の形態は、カーボンナノチューブ(CNT)の表面の少なくとも一部が水溶性キシラン(GX)により包接されてなるCNT-GX包接体が、熱硬化性樹脂の中に分散している導電性接着剤であり、前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であることを特徴とする導電性接着剤である。
【0017】
本発明の第2の形態は、前記熱硬化性樹脂のガラス転移温度が200℃以上である導電性接着剤である。
【0018】
本発明の第3の形態は、前記熱硬化性樹脂がナフタレン型エポキシ樹脂である導電性接着剤である。
【0019】
本発明の第4の形態は、前記CNT-GX包接体の濃度が1.5~3.0%(w/w)である導電性接着剤である。
【0020】
本発明の第5の形態は、前記CNTに含まれる単層CNTの90wt%以上が金属的な導電性を示す単層CNTである導電性接着剤である。
【0021】
本発明の第6の形態は、導電性金属粒子を更に含む導電性接着剤である。
【0022】
本発明の第7の形態は、水溶性キシラン以外の分散剤を更に含む導電性接着剤である。
【0023】
本発明の第8の形態は、導電性接着剤の硬化物からなる作用電極であり、前記硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理が施された作用電極である。
【0024】
本発明の第9の形態は、水系溶媒に水溶性キシラン(GX)を溶解させたGX溶液にカーボンナノチューブ(CNT)を添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする順次分散工程、若しくは、水系溶媒にGXとCNTを添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする同時分散工程と、前記CNT-GX分散液を凍結乾燥させてCNT-GX凍結乾燥物とする凍結乾燥工程と、前記CNT-GX凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させて導電性接着剤とする混練工程と、を有し、前記導電性接着剤における前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であることを特徴とする導電性接着剤の製法である。
【0025】
本発明の第10の形態は、前記分散処理が、超音波処理の後に遠心分離処理を行って得られた上清をCNT-GX分散液とする処理である導電性接着剤の製法である。
【0026】
本発明の第11の形態は、前記熱硬化性樹脂がナフタレン型エポキシ樹脂である導電性接着剤の製法である。
【0027】
本発明の第12の形態は、前記CNTを完全に又は不完全に選別することにより、選別されたCNTの導電性を選別前に比べて高くする選別工程を更に含む導電性接着剤の製法である。
【0028】
本発明の第13の形態は、前記混練工程の前に、若しくは前記混練工程において、若し
くは前記混練工程の後で、導電性金属粒子を前記熱硬化性樹脂に添加して混練する導電性接着剤の製法である。
【0029】
本発明の第14の形態は、前記混練工程の前に、若しくは前記混練工程において、若しくは前記混練工程の後で、水溶性キシラン以外の分散剤を前記熱硬化性樹脂に添加して混練する導電性接着剤の製法である。
【0030】
本発明の第15の形態は、本発明の第9~第14の形態のいずれかに記載の製法により製造した導電性接着剤を硬化させて硬化物とし、その硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理を施して作用電極とする作用電極の製法である。
【発明の効果】
【0031】
本発明の第1の形態によれば、カーボンナノチューブ(CNT)の表面の少なくとも一部が水溶性キシラン(GX)により包接されてなるCNT-GX包接体が、熱硬化性樹脂の中に分散している導電性接着剤であり、前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であることを特徴とする導電性接着剤を提供することができる。
本形態の導電性接着剤は、環境負荷の大きいレアメタルや有害金属を含有しない。更に、高強度と高導電性を併せもつ微細な炭素繊維であるCNTが、その表面の少なくとも一部が水溶性キシラン(GX)により包接されてなるCNT-GX包接体の形で熱硬化性樹脂の中に分散しているので、CNTの熱硬化性樹脂中での凝集が抑制されて、CNTがより均一かつ稠密なネットワーク構造を形成するから、本発明の導電性接着剤は、単にCNTを熱硬化性樹脂に添加し混練してなる導電性接着剤に比べて、接着強度と導電性に優れている。
【0032】
熱硬化性樹脂とは加熱により硬化する樹脂で、単独で硬化する場合もあれば硬化剤を添加して硬化する場合もあり、本発明では単独硬化及び硬化剤による硬化の両者を含む。ただし、2液性樹脂の場合、硬化剤の添加時にCNTの再凝集が起きやすいので、単独で硬化する1液性樹脂がより好ましい。
【0033】
カーボンナノチューブ(CNT)は、グラフェンシートが筒状になり、フラーレンの半球のような構造でその端部が閉じられたものであり、単層型、二層型、多層型といった層数、直径(2~百数十nm)、長さ(1~50μm)、カイラリティの異なる種々のものが存在する。また、カーボンナノチューブの先端を尖らせた、カーボンナノホーンもCNTの一種である。これらはすべて、本発明のCNTに含めて考えることができ、CNTをCNT-GX包接体の形で熱硬化性樹脂の中に分散させて得られる導電性接着剤は、CNTの種類により程度の差はあるものの、GXを用いずに単にCNTを熱硬化性樹脂の中に混練し分散させて得られる導電性接着剤に比べて、接着強度と導電性に優れる。
【0034】
本発明において、「水溶性キシラン」、即ち「GX」とは、β-(1→4)結合によって連結された6以上のキシロース残基を含む分子であって、20℃の水に6mg/mL以上溶解する分子を言う(例えば特許文献3の段落0113~0124を参照)。この水溶性キシランは、純粋なキシロースポリマーではなく、キシロースポリマー中の少なくとも一部の水酸基が、他の置換基(例えば、アセチル基、グルクロン酸残基、アラビノース残基等の親水基)に置き換わっている分子である。キシロース残基のみからなるキシランの水酸基が他の置換基に置き換わることにより、キシロース残基のみからなるキシランよりも水溶性が高くなることがある。キシロース残基のみからなるキシランの水酸基が他の置換基に置き換わっている分子は、キシロースポリマーに置換基が結合した分子、または修飾されたキシロースポリマーということもできる。なお、「修飾された」とは、基準分子と比較して修飾されている分子をいい、人為的操作によって製造された分子だけでなく、天然に存在する分子をも包含する。キシロースポリマーに4-O-メチル-グルクロン酸残基およ
びアセチル基が結合したものは、グルクロノキシランと呼ばれる。キシロースポリマーにアラビノース残基および4-O-メチル-グルクロン酸が結合したものは、アラビノグルクロノキシランと呼ばれる。
【0035】
本発明の水溶性キシランにおいて、親水基は、キシロース残基の1位、2位、3位または4位のいずれの位置においても結合し得る。1つのキシロース残基に対する親水基の結合箇所は、複数個所であり得るが、1箇所であることが好ましい。親水基は、キシロースポリマーの少なくとも一部のキシロース残基に結合している。親水基の結合の割合は、好ましくはキシロース残基20個あたり1個以上であり、より好ましくはキシロース残基10個あたり1個以上である。また、親水基の結合の割合は、好ましくはキシロース残基5個あたり1個以下であり、より好ましくはキシロース残基10個あたり1個以下である。
【0036】
水溶性キシランは、キシロース残基またはアセチル化キシロース残基に対するアラビノース残基のモル比が大きいと、水溶性が低下する場合がある。本発明の1つの形態では、水溶性を向上させるため、水溶性キシランはアラビノース残基をほとんど含まず、上記モル比は2%未満である。本発明の1つの好ましい形態では、水溶性キシランはアラビノース残基を全く含まない。この形態では、水溶性キシランは、キシロース残基またはアセチル化キシロース残基と4-O-メチル-グルクロン酸残基とからなる。
【0037】
本発明の1つの形態では、β-(1→4)結合したキシロースポリマーの主鎖に対して、キシロース残基の2位に4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基がα-(1→2)結合している水溶性キシランが好ましい。この水溶性キシランにおいて、キシロース残基およびアセチル化キシロース残基の合計と4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基との割合は水溶性向上の観点から、4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基1モルに対し、キシロース残基およびアセチル化キシロース残基の合計が50モル以下であることが好ましく、20モル以下であることがより好ましく、10モル以下であることがさらに好ましい。また、CNT包接能の向上の観点から、当該割合は、4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基1モルに対し、キシロース残基およびアセチル化キシロース残基の合計が2モル以上であることが好ましく、5モル以上であることがより好ましく、10モル以上であることがさらに好ましい。例として、β-(1→4)結合したキシロースの主鎖に対して、キシロース10残基あたり1個の4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基がα-(1→2)結合している水溶性キシランの構造を、次の化学式に示す。
【化1】
【0038】
本発明で用いられる好適な水溶性キシランは、好ましくは木本性植物由来である。水溶性キシランは、植物の細胞壁部分に多く含まれる。木材は特に、水溶性キシランを多く含む。水溶性キシランの構造は、由来する植物の種類に依存して様々である。広葉樹の木材に含まれるヘミセルロースの主成分はグルクロノキシランであることが公知であり、このグルクロノキシランは、(キシロース残基 : 4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基 : ア
セチル基)の比が、(1 0 :1:6)の割合で構成されることが多く、アラビノース残基をほとんど含まないため、本発明の実施に特に好適である。本発明で用いられる水溶性キシランは好ましくは広葉樹由来であり、より好ましくはブナ、カバ、アスペン、ニレ、ビーチまたはオーク由来であり、更に好ましくはブナ木質部由来である。天然由来の水溶性キシランは、異なる分子量を有する種々の分子の混合物である。天然由来の水溶性キシランは、その効果を発揮し得る限り、夾雑物を含んだ状態で使用されてもよく、広い分子量分布を有する集団として使用されてもよく、より狭い分子量分布を有する集団になるように、より高純度に精製されてから使用されてもよい。
【0039】
本発明において、水溶性キシラン、即ちGXは、主鎖である疎水部と分岐である親水部を有する。主鎖は、キシロース残基またはアセチル化キシロース残基が結合したキシロースポリマーから構成される。分岐は、グルクロン酸残基等の親水基から構成される。図(13C)に示すように、水系溶媒中でGX32がCNT31の表面の少なくとも一部を包接してCNT-GX包接体33が形成されるとき、GXの上記疎水部32aがCNT31を包接し、上記親水部32bがCNT-GX包接体33の外側に位置する。親水部32bの、グルクロン酸等が持つカルボニル基等の親水基が、CNT同士の分子間相互作用による凝集を防ぎ、水系溶媒中における安定的な分散に寄与していると考えられる。
本発明においては、例えば、水系溶媒中で形成されたCNT-GX包接体を、凍結乾燥等の方法により、包接状態を保ったまま凍結乾燥物として、その凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させる。本発明の導電性接着剤においては、CNTは、GXによる包接状態を保ったまま、CNT-GX包接体の形で熱硬化性樹脂の中に分散していると考えられる。
【0040】
本発明のCNT-GX包接体においては、GXは、1つのCNT分子の表面の、互いに離れた複数の部分を包接してもよい。また、GXの複数の分子が、1つのCNTの表面の少なくとも一部を包接してもよい。
本発明の1つの形態においては、CNT-GX包接体の、水系溶媒の中での十分な分散効果を確保し、かつ、熱硬化性樹脂の中での凝集を抑制するために、CNT-GX包接体においてCNTの重量に対するGXの重量の割合は50wt%以上であり、より好ましい形態においては上記割合は100wt%以上であり、更に好ましい形態においては上記割合は200wt%以上である。一方、CNT-GX包接体においてCNTの重量に対するGXの重量の割合が大きすぎる場合には、高い強度や導電性といったCNTの特性が導電性接着剤において十分に発現されない。本発明の1つの形態においては、CNTの上記特性を導電性接着剤において十分に発現させるために、CNT-GX包接体においてCNTの重量に対するGXの重量の割合は800wt%以下であり、より好ましくは400wt%以下であり、更に好ましくは200wt%以下である。
【0041】
本形態の導電性接着剤は、前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であるから、高い接着強度を有する。ここで、濃度の単位「%(w/w)」は、導電性接着剤100重量部の中にCNT-GX包接体が何重量部含まれているかを示す。具体的には、CNT-GX包接体の濃度が1.0~3.0%(w/w)と非常に高い本形態の導電性接着剤は、基材である熱硬化性樹脂のみからなる接着剤の約2倍以上の接着強度を有する。また、CNT-GX包接体の濃度が0.5~1.2%(w/w)と高い本形態の導電性接着剤は、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体からなる接着剤であってCNTの濃度が本形態の導電性接着剤と同じである接着剤と比べて、約2倍以上の接着強度を有する。ここで、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体とは、GXを用いずに、CNTを熱硬化性樹脂の中に混練し分散させてなる接着剤のことを言う。したがって、前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)である本形態の導電性接着剤は、基材である熱硬化性樹脂のみからなる接着剤の約2倍以上の接着強度を有するか、又は/及び、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体からなる接着剤であってCNTの濃度が同じである接着剤と比べて、
約2倍以上の接着強度を有する。
【0042】
本発明の第2の形態によれば、前記熱硬化性樹脂のガラス転移温度が200℃以上である導電性接着剤を提供できる。本形態の導電性接着剤は、ガラス転移温度が200℃より高い熱硬化性樹脂を基材として用いているから耐熱性に優れる。更に、本形態の導電性接着剤においては、熱硬化性樹脂の中に、熱分解温度が約600℃と高く耐熱性を有するCNTが、CNT-GX包接体の形で分散して3次元的なネットワークを形成しているから、導電性接着剤の耐熱性が更に向上している。
【0043】
熱硬化性樹脂の硬化物を加熱して昇温していくと、ある狭い温度範囲で急速に剛性と粘度が低下し流動性が増す。このような温度がガラス転移温度である。ガラス転移温度には、公知のさまざまな定義と、それに対応したTMA、DSC、DTA、動的粘弾性測定などの測定法があり得る。本発明においては、DSC(示差走査熱量測定法)における温度-熱流量グラフの変曲点を用いてガラス転移温度を定義する。具体的には、熱硬化性樹脂を10~20mg計りとり、示差走査熱量計のサンプル容器に収めて、100℃に設定したヒーターに乗せて5分間加熱し脱媒処理を行い、次に175℃に設定した乾燥機に入れて2時間加熱し硬化処理を行い、熱硬化性樹脂の硬化物を保持したサンプル容器を得る。このサンプル容器を室温まで冷却した後、示差走査熱量計にセットし、昇温速度10℃/分にて、室温~300℃若しくは400℃の温度範囲について測定を行う。この時、ガラス転移温度は、得られた温度-熱流量グラフにおける変曲点の温度である。
【0044】
ガラス転移温度(Tg)は熱硬化性樹脂の耐熱性の目安を与える。本形態における熱硬化性樹脂は、ガラス転移温度が200℃以上であればその種類を問わない。耐熱性の観点から、本形態における熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、シリコーン樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン樹脂、アリル樹脂、熱硬化性アクリル樹脂、フェノール-メラミン縮重合樹脂、尿素-メラミン縮重合樹脂よりなる群から選ばれた1つ以上の物質を用いることができる。
また、熱硬化性樹脂、例えばエポキシ樹脂のガラス転移温度(Tg)は一般に、分子構造の骨格が剛直で対称性に優れるほど高く、又、官能基濃度が高い(エポキシ等量が低い)ほどTgが高く、又、官能基濃度が同じであれば官能基数(核体数)が高いほどTgが高い。又、Tgは用いる硬化剤の種類によっても異なる。エポキシ樹脂の中では耐熱性の観点から、ナフタレン型エポキシ樹脂のほか、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェニル型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、グリシジルアミン型エポキシ樹脂、多官能型エポキシ樹脂などが、本形態における熱硬化性樹脂の一例であるエポキシ樹脂として好適に使用できる。
【0045】
本発明の第3の形態によれば、前記熱硬化性樹脂がナフタレン型エポキシ樹脂である導電性接着剤を提供することができる。ナフタレン型エポキシ樹脂は、ナフタレン骨格間で自由回転が可能であり、3次元的に複雑な架橋構造を形成することができるので、そのガラス転移温度は300℃よりも高い。本形態は、特に耐熱性に富んだ導電性接着剤を提供することができる。本発明のナフタレン型エポキシ樹脂としては、ナフタレン環、及びエポキシ基を分子内に含んでいればよい。特に、エポキシ基が2つ以上含まれていることが望ましい。
なお、本発明の第3の形態の1つの変形形態においては、ナフタレン型エポキシ樹脂に替えて、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェニル型エポキシ樹脂、ノボラック型エポキシ樹脂、グリシジルアミン型エポキシ樹脂、多官能型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂よりなる群から選ばれた1つ以上のエポキシ樹脂であって、かつガラス転移温度が300℃より高いエポキシ樹脂を用いることにより、特に耐熱性に富んだ導電性接着剤を提供することができる。
【0046】
本発明の第4の形態によれば、前記CNT-GX包接体の濃度が1.5~3.0%(w/w)である導電性接着剤を提供することができる。本形態の導電性接着剤は、CNT-GX包接体の濃度が1.5~3.0%(w/w)であるから、高い体積導電率と大きな接着強度を有する。具体的には、本形態の導電性接着剤は、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体と比べて、約4~40倍の体積導電率を示す。又、本形態の導電性接着剤は、200℃で1時間加熱しても、加熱前の熱硬化性樹脂より高い接着強度を示す。更に、本形態の導電性接着剤は、CNT-GX包接体におけるGXが親水部を有しているために、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体からなる接着剤に比べてガラスに対する濡れ性が良いので、特にガラスに対して大きな接着強度を有する。
【0047】
本発明の第5の形態によれば、前記CNTに含まれる単層CNTの90wt%以上が金属的な導電性を示す単層CNTである導電性接着剤を提供することができる。CNTには単層CNT(SWNT)と2層以上からなる多層CNT(MWNT)が存在する。多層CNTの大部分は金属的な導電性を示す。単層CNTは、そのカイラリティに応じて金属的な導電性、又は半導体的な導電性を示す。単層CNTの巻き方(カイラリティ)を無作為に決めると、約1/3が金属、残りの約2/3が半導体となる。導電性接着剤に含まれる単層CNTの大半(重量比にして90%以上)が金属的な導電性を示す単層CNTからなる場合、そうでない場合に較べて、導電性接着剤の体積導電率が大きくなると期待できるが、その期待が現実に実現されるためには、基材である熱硬化性樹脂の中でのCNT-GX包接体の分散性が、CNT-GX包接体を構成するCNTのカイラリティの影響を受けないことを確認する必要がある。本発明者は、後述する分子動力学シミュレーションにより、水中でGXが単層CNTを包接し分散させる能力が、単層CNTのカイラリティの影響をほとんど受けないことを確認した。したがって、本形態は、導電性に優れた導電性接着剤を提供することができる。
【0048】
本発明の第6の形態によれば、導電性金属粒子を更に含む導電性接着剤を提供することができる。本形態の導電性接着剤は、大きな強度と導電性を有するCNT-GX包接体に加えて、導電性金属粒子を含み、熱硬化性樹脂中に分散したCNT-GX包接体が導電性金属粒子どうしを架橋して3次元ネットワーク構造を形成し、多数の導電パスが形成されるから、本形態は、熱硬化性樹脂中に単に導電性金属粒子を混練し分散させた導電性接着剤に比べて、導電性と接着強度に優れた導電性接着剤を提供することができる。
導電性金属粒子としては特に限定されるものではないが、例えば、Au(金)、Ag(銀)、Pt(白金)、Cu(銅)、Ni(ニッケル)、Zn(亜鉛)、Ti(チタン)、Ru(ルテニウム)、Pd(パラジウム)、Rh(ロジウム)よりなる群から選ばれた一種以上の金属の粒子である導電性接着剤を提供することができる。ここでは特に単体金属として好適な金属を挙げたが、導電性金属粒子としては、導電性を有する公知の金属の粒子の全種類が使用でき、単体金属の粒子でもよいし合金の粒子でもよく、それらの金属の粒子が更に、AgやAuなどの金属の被膜を有してもよい。また、金属の粒子の形状は球状、針状、燐片状等いずれであってもよい。金属の粒子の粒子径は、特に限定されるものではなく、導電性接着剤の用途の応じて適宜選択することができる。本発明の1つの形態においては、塗布容易性等の観点から、導電性金属粒子の粒子径は0.1μm以上50μm以下である。
また、導電性金属粒子の重量比も特に限定されるものではないが、例えば、バルク金属並みの、若しくはそれより若干低い体積導電率が必要とされる用途に利用される、本発明の1つの形態においては、導電性接着剤の重量に占める導電性金属粒子の重量の割合は80~95wt%である。又、半導体並みの、若しくはそれより若干高い体積導電率が必要とされる用途に利用される、本発明の1つの形態においては、導電性接着剤の重量に占める導電性金属粒子の重量の割合は10~80wt%である。
【0049】
本発明の第7の形態によれば、水溶性キシラン以外の分散剤を更に含む導電性接着剤を提供することができる。本形態の導電性接着剤は更に上記の分散剤を含むから、CNT-GX包接体の熱硬化性樹脂の中での分散性が維持され、凝集が抑制される。分散剤としては特に限定されるものではないが、本形態の導電性接着剤は、例えば熱硬化性樹脂の種類に応じて、陽イオン系、陰イオン系、両性イオン系、非イオン系等の各種の界面活性剤を、分散剤として熱硬化性樹脂の重量の1~20wt%含む。本発明の1つの形態においては、導電性接着剤はリン酸エステル系の界面活性剤を含む。
【0050】
本発明の第8の形態によれば、導電性接着剤の硬化物からなる作用電極であり、前記硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理が施された作用電極を提供することができる。このようなエッチング処理が施された硬化物は、表面にCNTがサボテンのトゲ様に露出し、露出したCNTと内部のCNTは、3次元的なネットワーク構造を形成して互いに導電パスでつながっているので、当該硬化物は電気化学測定の作用電極として好適に利用することができる。
【0051】
本発明の第9の形態によれば、水系溶媒に水溶性キシラン(GX)を溶解させたGX溶液にカーボンナノチューブ(CNT)を添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする順次分散工程、若しくは、水系溶媒にGXとCNTを添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液とする同時分散工程と、前記CNT-GX分散液を凍結乾燥させてCNT-GX凍結乾燥物とする凍結乾燥工程と、前記CNT-GX凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させて導電性接着剤とする混練工程と、を有し、前記導電性接着剤における前記CNT-GX包接体の濃度が0.5~3.0%(w/w)であることを特徴とする導電性接着剤の製法を提供することができる。
【0052】
本発明の水系溶媒は、水、及び/又は、水と混和性で水溶性キシランを溶解可能な任意の有機溶媒である。有機溶媒の例としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトン、アセトニトリル、プロピオニトリル、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトン、γ-ブチルラクトン、プロピレンカーボネート、スルホラン、ニトロメタン、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホン、N-メチルピロリドン、ベンゼン、トルエン、キシレン、塩化メチレン、クロロホルム、ジクロロエタンが挙げられる。上記有機溶媒の少なくとも1つ以上を水と混合して、水系溶媒として用いてもよい。環境および人体への影響などを考慮すると、溶媒は水であるか又は主に水からなることが好ましい。本発明の1つの形態において、水系溶媒は超純水である。
【0053】
本形態の導電性接着剤の製法においては、上記順次分散工程又は上記同時分散工程における分散処理により、CNTの会合が解かれ、GXがCNTの表面の少なくとも一部を包接するので、CNTは、CNT-GX包接体としてCNT-GX分散液の中に分散する。後の凍結乾燥工程において、凍結乾燥によりCNT-GX分散液の水系溶媒は昇華し除去されて、残されたCNT-GX包接体はその包接状態を保ったまま、CNT-GX凍結乾燥物となる。さらに、混練工程において、前記CNT-GX凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させて導電性接着剤を製造する。CNT-GX凍結乾燥物と熱硬化性樹脂との混練は、例えば、ミキサー、ロール、ニーダーによって行うことが可能である。
本形態の方法により製造された導電性接着剤においては、高い強度と導電性、耐熱性を併せもつ微細な炭素繊維であるCNTが、その表面の少なくとも一部が水溶性キシラン(GX)により包接されてなるCNT-GX包接体の形で0.5~3.0%(w/w)の濃度で熱硬化性樹脂の中に分散しているので、CNTの熱硬化性樹脂中での凝集が抑制されて、CNTがより均一かつ稠密なネットワーク構造を形成するから、当該導電性接着剤は、熱硬化性樹脂そのものや、単にCNTを熱硬化性樹脂に添加し混練してなる導電性接着剤に比べて、接着強度と導電性に優れている。加えて、当該導電性接着剤は、レアメタル
や有害金属を含有しないので環境負荷が小さい利点を有する。
【0054】
本発明の第10の形態によれば、前記分散処理が、超音波処理の後に遠心分離処理を行って得られた上清をCNT-GX分散液とする処理である導電性接着剤の製法を提供することができる。超音波処理によりCNTの会合が解かれ、CNTの表面の少なくとも一部がGXにより包接されて、CNTはCNT-GX包接体の形で水系溶媒の中に分散する。水系溶媒に投入するGXやCNTの量によっては、溶け残ったGXが水系溶媒中に残ったり、会合したままのCNTが水系溶媒中に残る場合がある。超音波処理の後に遠心分離処理を行って得られた上清をCNT-GX分散液とする処理を行うことにより、溶け残ったGXや会合したままのCNTは除去されるので、CNT-GX分散液にはCNTがCNT-GX包接体の形で分散している。
【0055】
本発明の第11の形態によれば、前記熱硬化性樹脂がナフタレン型エポキシ樹脂である導電性接着剤の製法を提供することができる。ナフタレン型エポキシ樹脂のガラス転移温度は300℃よりも高い。本形態は、特に耐熱性に富んだ導電性接着剤の製法を提供することができる。
【0056】
本発明の第12の形態によれば、前記CNTを完全に又は不完全に選別することにより、選別されたCNTの導電性を選別前に比べて高くする選別工程を更に含む導電性接着剤の製法を提供することができる。
CNTには、その構造により、金属的な導電性を有するものと半導体的な導電性を有するものがある。単層CNTは、そのカイラリティに応じて、金属的又は半導体的な導電性を示す。多層CNTは、単層CNTを入れ子にしたものであり、多層のうちいずれか一層でも金属的な導電性をもつならば全体として金属的な導電性を示し、そうでないならば全体として半導体的な導電性を示す。本形態の選別工程においては、例えば、誘電泳動、化学・物理吸着と遠心分離、ゲルクロマトグラフィ、密度勾配超遠心分離法などの種々の公知の方法が適用可能である。選別工程は、順次分散工程又は同時分散工程の前に行っても良いし、或いは、順次分散工程又は同時分散工程の後に、CNTがCNT-GX包接体の形で分散しているCNT-GX分散液に対して行っても良い。前者の場合を分散前選別工程、後者の場合を分散後選別工程と呼ぶ。
選別工程において、金属的なCNTを半導体的なCNTより優先的に選び出すことにより、選別されたCNTの平均的な導電性が選別前に比べて高くなる。更に、本発明者は、GXのCNTに対する包接作用がそのカイラリティにほとんどよらないことを後述する分子動力学シミュレーションで確認しており、GXが水系溶媒中でCNTを分散させる能力、及び、GXが熱硬化性樹脂の中でCNTの凝集を抑制する能力も、CNTのカイラリティにほとんどよらないと考えられる。したがって、本形態の製法により、選別工程を実施しない場合と比較して、導電性に優れた導電性接着剤を製造することができる。
【0057】
本発明の第13の形態によれば、前記混練工程の前に、若しくは前記混練工程において、若しくは前記混練工程の後で、導電性金属粒子を前記熱硬化性樹脂に添加して混練する導電性接着剤の製法を提供できる。
【0058】
本発明の第14の形態によれば、前記混練工程の前に、若しくは前記混練工程において、若しくは前記混練工程の後で、水溶性キシラン以外の分散剤を前記熱硬化性樹脂に添加して混練する導電性接着剤の製法を提供できる。
【0059】
本発明の第15の形態によれば、本発明の第9~第14の形態のいずれかに記載の製法により製造した導電性接着剤を硬化させて硬化物とし、その硬化物の表面にCNTを露出させるためのエッチング処理を施して作用電極とする作用電極の製法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【
図1】単層カーボンナノチューブ(SWNT)のカイラリティを説明する模式図である。
【
図2】カイラルベクトルによる、SWNTの幾何学的構造と導電性の違いを説明する模式図である。
【
図3】本発明の導電性接着剤の実施例の写真図と、比較例の写真図、及び熱硬化性樹脂の中でのCNTの分散の様子を示す模式図である。
【
図4】本発明の導電性接着剤の実施例の貯蔵弾性率、損失弾性率、及び損失正接の測定値を、角振動数の関数としてグラフに表したグラフ図である。
【
図5】上記実施例に対応する比較例の貯蔵弾性率、損失弾性率、及び損失正接の測定値を、角振動数の関数としてグラフに表したグラフ図である。
【
図6】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物の写真図と、比較例の硬化物の写真図である。
【
図7】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物の体積導電率の測定と接着強度の測定の、測定方法を説明する説明図である。
【
図8】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物の体積導電率のCNT-GX濃度依存性を示すグラフ図と、比較例の硬化物の体積導電率のCNT濃度依存性を示すグラフ図である。
【
図9】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物の接着強度のCNT-GX濃度依存性を示すグラフ図と、比較例の硬化物の接着強度のCNT濃度依存性を示すグラフ図である。
【
図10】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物の破断面を示す写真図である。
【
図11】本発明の導電性接着剤の実施例の硬化物に熱処理を行った場合の、接着強度のCNT-GX濃度依存性を示すグラフ図である。
【
図12】本発明の導電性接着剤の実施例を加熱した際に生じた熱分解物のガスクロマトグラフィー(GC)スペクトルを示すグラフ図である。
【
図13】分子動力学シミュレーションに用いたGXの分子モデルとSWNTの分子モデルを示す模式図、及びGXがSWNTを包接した状態を示す模式図である。
【
図14】カイラリティの異なる3種類のSWNTについて分子動力学シミュレーションを行った結果、いずれもGXがSWNTを包接した安定状態に落ち着くことを示す模式図である。
【
図15】上記分子動力学シミュレーションにおける、トータルエネルギーの時間変化を示すグラフ図である。
【
図16】本発明の導電性接着剤の製造方法のいくつかの形態を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0061】
以下に、本発明に係る導電性接着剤、作用電極、及びそれらの製法の実施形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0062】
本発明の導電性接着剤は、熱硬化性樹脂の中にカーボンナノチューブ(CNT)を含む。CNTは通常、凝集体として存在しており、高い強度や導電性といったCNTのナノ構造体としての特性を最大限に利用するためには、CNTを分散させる技術が須要である。本発明では水溶性キシラン(GX)を用いる。本発明の導電性接着剤は、
図13に例示するように、CNT31の表面の少なくとも一部がGX32に包接されてなるCNT-GX包接体33の形で、CNT31が熱硬化性樹脂の中に分散していることを特徴とする。
【0063】
<実施例1:CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の作製>
<実施例1(1):CNT分散液の調製>
GXナトリウム塩(Lot No. 080126,(株)ピーエスバイオテック)を0.200%(w
/v)となるように超純水に添加し、100℃付近まで加熱してGXナトリウム塩を溶解させた。室温で放冷後、メンブレンフィルター(φ0.45μm)で濾過し、GX水溶液とした。このGX水溶液にCNT(MWNT)(NC7000,Nanocyl SA.,平均直径9.5nm,平均長さ1.5μm)を0.100%(w/v)となるように添加し、超音波ホモジナイザー(ADVANCED SONIFIER model 450AA,Ser. No. BCX14121648,BRANSON)を用いて、超音波処理を70Wで45分間行った。その後、25℃,16000gで20分間遠心分離を行った。得られた上清をCNT分散液とした。
なお、ここで使用したGXは、β-(1→4)結合したキシロースの主鎖に対して、キシロース10残基あたり1個の割合で4-O-メチル-α-D-グルクロン酸残基がα-(1→2)結合しているものであり、その構造は前掲の化学式(化1)に示される。また、上記の濃度の単位について補足すると、「1%(w/v)」は、溶液100mL中に1グラムの溶質が含まれている溶液の濃度を意味する。
【0064】
<実施例1(2):CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の作製>
熱硬化性樹脂としてナフタレン型エポキシ樹脂混合物を使用する。その組成は、樹脂成分が70%(w/w)、硬化剤成分が3%(w/w)、溶剤成分が27%(w/w)である。樹脂成分として、次の化学式(化2)で示されるナフタレン型エポキシ樹脂を主成分とする樹脂(HP-4710, DIC Corporation)を用いる。硬化剤成分として2-エチル-4-メチルイミダゾールを、溶剤としてブチルカルビトールアセテートを用いる。
【化2】
【0065】
液体窒素でステンレスバットを冷却し、バットにCNT分散液を注ぎ入れて瞬間的に凍結させた。その後、凍結乾燥機(Alpha 1-4 LDplus,Martin Christ Gefriertrocknungsanlagen GmbH)で4日間乾燥させて、CNT-GX凍結乾燥物を得た。乳鉢にナフタレン型エポキシ樹脂混合物を適量とり、CNT-GX凍結乾燥物を0.500,1.00,1.50,2.00,2.50,3.00%(w/w)の濃度となるように添加した。これを乳棒で30分間擂潰することにより混練し、本発明の導電性接着剤であるCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体を得た。これらを順に、試料#01,#02,#03,#04,#05,#06と呼ぶ。なお、3.00%(w/w)より大きなCNT-GX濃度のCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体を調整することも不可能ではないが、その場合には長い混練時間と大きなせん断力を要する。
また、CNT-GX凍結乾燥物の代わりに分散処理を施していないCNTを0.17,0.33,0.50,0.67,0.83,1.00%(w/w)の濃度となるようにナフタレン型エポキシ樹脂混合物に添加し、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体と同様に擂潰して、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体を得た(CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体のCNT濃度に合わせて上記のような濃度とした)。これらを順に、比較試料#11,#12,#13,#14,#15,#16と呼ぶ。更に、全くCNTを添加しない上記熱硬化性樹脂、すなわちナフタレン型エポキシ樹脂混合物を用意し、比較試料#10とした。
各試料及び各比較試料における、CNT濃度、及びCNT-GX包接体の濃度(以下ではCNT-GX濃度と呼ぶ)は次の表の通りである。なお、各試料におけるCNT濃度とは、各試料の重量に占めるCNTの重量の割合のことであり、ここでのCNTの重量にはCNT-GX包接体の形で存在するCNTの重量を含む。
【0066】
【0067】
実施例1で作製した試料の外観を表す写真図を図(3A)に、比較試料の外観を表す写真図を図(3B)及び図(3C)に示す。例えば、外観301は試料#01の外観を示し、外観311は比較試料#11の外観を、外観310はCNTを全く含まない熱硬化性樹脂そのものである比較試料#10の外観を示す。試料と比較試料はともにペースト状であり、いずれもCNT濃度が増すほどペーストが固くなり、ペーストの粘性と弾性が増すことがわかる。
【0068】
図(3D)はCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体において、熱硬化性樹脂の基材34の中にCNTが分散している様子を示す模式図である。GXの包接能及び分散能のため、CNTはCNT-GX包接体33の形で分散しており、凝集していない。図(3E)はCNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体において、熱硬化性樹脂の基材34の中にCNT31が分散している様子を示す模式図である。GXを用いていないので、複数のCNT31が凝集して束となり、その束が熱硬化性樹脂の中に分散している。
【0069】
<実施例2:CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の動的粘弾性測定>
実施例1で得られた本発明の導電性接着剤であるCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の試料#01~#06及びCNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の比較試料#10~#16をレオメーター(Physica MCR301,Ser. No. 922029,Anton Paar)にセットし、動的粘弾性の測定を行った。測定には治具PP-12(Ser. No. 7863,Anton Paar)を用い、測定距離が0.8mm、測定温度が25℃の条件で測定を行った。
【0070】
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料(#01~#06、及び#10)の動的粘弾性の測定結果を
図4に示す。図(4A)及び図(4B)より、貯蔵弾性率および損失弾性率はCNT-GX濃度の上昇に伴い大きくなることが確認できた。次に図(4C)及びその拡大図である図(4D)より、損失正接はCNT-GX濃度の上昇に伴い減少することが確認できた。損失正接とは、損失弾性率/貯蔵弾性率の比を表し、その値が小さいほど損失弾性率と比較してばねのような性質を表す貯蔵弾性率が大きいことを示している。図(4C)および図(4D)から、CNT-GX濃度の上昇に伴い、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体がばねのような性質を持つことが示唆される。これは、熱硬化性樹脂中に分散したCNT-GX包接体が形成する3次元的なネットワーク構造に由来する
と考えられる。
【0071】
CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各比較試料(#10~#16)の動的粘弾性の測定結果を
図5に示す。図(5A)及び図(5B)より、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体と同様に、貯蔵弾性率および損失弾性率はCNT濃度の上昇に伴い大きくなることが確認でき、図(5C)及びその拡大図である図(5D)より、損失正接はCNT濃度の上昇に伴い減少することが確認できた。しかし、同じCNT濃度で較べると、貯蔵弾性率および損失弾性率はともにCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体よりも小さく、CNT濃度が1.0%(w/w)以上の場合、約半分以下である。CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体におけるCNTの分散状態は、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体に比べてより良好であり、3次元的なネットワークがより密であるためと考えることができる。
同じCNT濃度で較べると、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の貯蔵弾性率および損失弾性率は、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体に比べて大きいから、接着剤として用いた場合には前者は後者に比べて、地面に対して垂直に塗布した場合に下に接着剤が垂れにくくなる。
【0072】
<実施例3:CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物のガラスに対する濡れ性>
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物、及び、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物(それぞれ後述する体積導電率測定用サンプルで、スライドガラス上に70μmの厚みで塗布して、加熱硬化処理を行ったもの)の写真図をそれぞれ図(6A)及び図(6B)に示す。例えば、試料#01の硬化物は、硬化物601である。なお、図(6C)は、CNTを全く含まない熱硬化性樹脂の硬化物の写真図である。図(6A)及び図(6B)より、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体と比較してCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体はガラスに対してより高い濡れ性を持つことが明らかになった。これは内部に親水性に富んだGXが含まれていることにより複合樹脂の親水性が向上したこと、及び、二酸化ケイ素を主成分とするガラスはその表面が親水性であることによると考えられる。
【0073】
<実施例4:CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の体積導電率測定>
7.6cm×5.2cmのスライドガラス(S9224,Lot No. 60420,松浪硝子工業(株))上にカプトンテープ(70μm厚)を貼り、2.0cm×1.5cmの長方形状の塗布枠を作製した。その後、塗布枠の枠内にCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料(#01~#06)およびCNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各比較試料(#11~#16)をそれぞれ適量たらしスパチュラの柄の部分で表面を均し、気泡が入らないようにした。そして、ガラス棒を滑らせ余分な樹脂を取り除いて樹脂の表面を平滑化した。これを100℃に設定したヒーターに乗せ、5分間加熱し脱媒処理を行った。次にカプトンテープを剥離した後、175℃に設定した乾燥機に入れ、2時間加熱し硬化処理を行って、スライドガラス70上に厚み70μmの直方体形状の硬化物71が配置された測定用基盤を得た。この測定用基盤に対して、四探針法により体積抵抗率が測定できる低抵抗率計(Loresta-GP,Ser. No. B8M47809,(株)三菱化学アナリテック)を用いて、図(7B)に示す12箇所の測定点P1~P12において体積抵抗率の測定を行い、その逆数をとって体積導電率を求めた。更に体積導電率の12個の測定値の平均値と分散を求めた。なお、測定値の分散の平方根は小さく、平均値の1%未満であった。
【0074】
低抵抗率計のプローブ72は、図(7A)に示すように、5mmの等間隔で直線的に配置された4つの探針(針状電極)73をもつ。1つの測定点における測定では、試料(硬化物)71の表面に接触する4つの探針73が図(7B)のy軸に並行に並び、内側の2つの探針の中点がその測定点に一致するように4つの探針を配置した状態で、外側の2つの探針間に一定の電流Iを流したとき、内側の2つの探針間に生じる電位差Vを測定することで体積抵抗率ρを次式により求める。
(式3) ρ = V/I × 1/t × F
ここで、tは直方体形状の試料(硬化物)71の厚みで、Fは抵抗率補正係数(RCF; resistivity correction factor)である。抵抗率補正係数Fの求め方を説明すると、外側の2つの探針の位置にデルタ関数的な正と負の涌き出し項を有する、電位φ(x,y,z)についてのポアソン方程式を上記直方体の内部で、適切な境界条件のもとで解き、内側の2探針間の電位差VをIの関数として表すことによりFを求めることができる。図(7B)の12箇所の測定点における抵抗率補正係数Fの計算結果を次の表(表2)に示す。
【0075】
【0076】
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料の硬化物の体積導電率測定結果81を図(8A)に示す。CNT-GX濃度の上昇に伴い体積導電率が大きくなることが確認できた。CNT-GX濃度3.00%(w/w)における体積導電率は2.98×10-3S/cmであり、これはおおよそゲルマニウム(VCGe=1.45×10-2S/cm)やケイ素(VCSi=2.52×10-4S/cm)などの半導体と同等の導電性である。なお、CNT-GX濃度が0.00,0.50,1.00%(w/w)のCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の導電性は測定可能範囲の下限値(10-6S/cm)を下回ったため測定することができなかった。
【0077】
CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各比較試料の硬化物の体積導電率測定結果82を図(8B)に示す。CNT濃度0.67%(w/w)以上において、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体と同様にCNT濃度の上昇に伴い体積導電率が大きくなることが確認できた。しかし、CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物よりもCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の体積導電率のほうが高く、その比は4~40倍程度であった。これは、実施例2の動的粘弾性測定結果と同様にCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物におけるCNTの分散状態がより良好であり、導電パスを形成するCNTの3次元的なネットワークが密であるためと考えられる。
【0078】
<実施例5:CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の接着強度測定>
実施例4で用いたものと同様のスライドガラス70上にカプトンテープ(70μm厚)を貼り、3.3cm×1.1cmの長方形状の塗布枠を作製した。その後、塗布枠の枠内にCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料(#01~#06)およびCNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料(#11~#16)をそれぞれ適量たらしスパチュラの柄の部分で表面を均し、気泡が入らないようにした。そして、ガラス棒を滑らせ余分な樹脂を取り除いて樹脂の表面を平滑化した。この上に図(7c)に示すニッケル製のチェック端子74(HK-1-S,Lot No. 16093001,(株)マックエイト)をそれぞれ等間隔に10個ずつ並べた。これを100℃に設定したヒーターに乗せ、5分間加熱し脱媒処理を行った。次にカプトンテープを剥離した後、175℃に設定した乾燥機に入れ、2時間加熱し硬化処理を行った。その後,フォースゲージ(FGP-2,Ser. No. P2015G128,日本電産シンポ(株))およびステンレス製のフック75を用いて、図(7c)に示すように外力76を加えて、剥離せん断に対する接着強度の測定を行った。10個又は9個の接着強度の測定値
の平均と分散を求めた。
【0079】
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の接着強度測定結果91を図(9A)に示す。CNT-GX濃度の上昇に伴い接着強度が大きくなることが確認できた。しかし、CNT-GX濃度1.50および3.00%(w/w)においてはそれぞれ1.00%と2.50%(w/w)よりも接着強度が小さくなった。高濃度(CNT-GX濃度が1.50%(w/w)以上)のCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体においてチェック端子を剥離するとチェック端子側に樹脂が付着する傾向が見られた。これにより、CNT-GX濃度が高い場合は樹脂の強度が接着強度に大きな影響を及ぼしていると考えられる。したがって、CNT-GX濃度の上昇により樹脂の強度が向上したことで、接着強度が上昇したと考えられる。またCNT-GX濃度3.00%(w/w)においてはCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体に含まれるCNT-GX包接体の濃度が熱硬化性樹脂に対して大きくなった結果、熱硬化性樹脂の架橋が弱くなり、熱硬化性樹脂が硬く脆いものになったため、CNT-GX濃度2.50%(w/w)と比較して接着強度が低下したと推測される。
【0080】
CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物の接着強度測定結果92を図(9B)に示す.CNT濃度が高い場合(CNT濃度が0.5%(w/w)以上)、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体と同等の接着強度を有していることが確認できた。しかし、CNT濃度0.17および0.33%(w/w)においては、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体よりも小さく熱硬化性樹脂そのものと同程度以下の接着強度を示した。これは、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体と比較してCNTの分散が不十分であり3次元的なネットワークが疎であったためと考えられる。
【0081】
<実施例6:FE-SEMを用いたCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の破断面観察>
アルミニウム箔上にCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の試料(#10、#02、#06)をそれぞれ適量たらし、100℃に設定したヒーターに乗せ、10分間加熱し脱媒処理を行った。次に、175℃に設定した乾燥機に入れ、3時間加熱し硬化処理を行った。試料の厚みが実施例4および実施例5と比較して大きいため、脱媒時間および効果時間を長く設定した。その後、硬化した試料からアルミニウム箔を剥離し、ペンチで破砕した。SEM観察用試料台(φ15mm)にカーボンテープを貼り、破断面が上になるように破砕片を貼り付けた。そして電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM,field emission scanning electron microscope)による破断面の観察を行った。FE-SEMとしてSU8010((株)日立ハイテクノロジーズ)を使用した。観察条件は、加速電圧が1.0kV、エミッション電流が10A、WDが3.3~4.5mm、検出信号がSE(二次電子像)である。ただし、CNTを含まない熱硬化性樹脂のみの試料#10については、検出信号はSE+BSE(二次電子像+高エネルギー電子像)を用いた。
【0082】
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化した試料の破断面を表すFE-SEM像を
図10に示す。図(10A)は試料#10の、図(10B)は試料#02の、図(10C)は試料#06の硬化物の破断面であり、図(10AZ)等はそれぞれ図(10A)等の拡大図である。熱硬化性樹脂は破断面1010が比較的平滑で縞上の凹凸が見られた。CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体は破断面1002及び102にCNTが多数確認できた。しかし、その表面および接着面101において、CNTは確認できなかった。これは硬化時の熱処理により一度熱硬化性樹脂の粘性が大きく低下し、その際にCNTが会合して相分離したためと考えている。
【0083】
<実施例7:熱処理をしたCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の接着強度測定>
CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の各試料(#01~#06及び#10)につい
て実施例5と同様の操作を行い作製したものを接着強度測定用基盤とした。これを200,250,300℃に加熱したマッフル炉にそれぞれ入れ、1時間加熱した。そして、フォースゲージおよびステンレス製のフック75を用いて接着強度測定を行った。
【0084】
200,250,300℃でそれぞれ1時間加熱した際に接着強度がどのように変化するかを
図11に示した。折れ線91、111、112が順に、熱処理を行わない場合、200℃の場合、250℃の場合の接着強度を示す。熱処理温度が上がるに伴い接着強度が低下することが明らかになった。また、200℃において、熱処理前と比較して接着強度の全体的な低下は見られたが、CNT-GX濃度の上昇に伴い接着強度が上昇する傾向が確認でき、CNT濃度が高い場合(CNT濃度が1.5%(w/w)以上)、加熱前の熱硬化性樹脂よりも高い接着強度を有していることが確認できた。しかし、250℃においてはCNT-GX濃度による接着強度の変化は確認できず全体的に接着強度は低く2N未満であった。なお、300度においては、非常に小さな力でチェック端子が剥離したため接着強度を測定することができなかった。
【0085】
<実施例8:熱処理によるCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体分解物のGC/MS分析>
6mL容バイアル瓶をメチルtert-ブチルエーテル(tBME,Lot No. V5M6444,ナカライテスク(株))で洗浄・乾燥した後、CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の試料(#06)を500mgを入れ、100℃に設定したヒーターに乗せ、5分間加熱し脱媒処理を行った。次に、175℃に設定した乾燥機に入れ、2時間加熱し硬化処理を行った。その後、アルミニウム箔でバイアル瓶に蓋をし、蓋が浮かないように銅線で縛った。これをマッフル炉(500Plus,Ser. No. 560106,デンケン・ハイデンタル(株))に入れ,300℃昇温し1時間保持した。その後,バイアル瓶が150℃付近まで低下したところで10mL容ガラスシリンジをアルミニウム箔に突き刺し、内部のガスを10mL吸引した。200μLのメチルtert-ブチルエーテルが入った1mL容ミクロチューブにバブリングさせることで内部のガスに含まれる有機物を捕捉した。再度、ガラスシリンジを突き刺して内部のガスを10mL吸引し,バブリングを行った。この操作を繰り返し計90mLのガスをメチルtert-ブチルエーテルに捕捉した。この試料1μLについてGC/MS分析(GC/MS; gas chromatography / mass spectrometry)を行った。分析装置にはGC-MS-QP2010Plus((株)島津製作所)を用い、カラムはSPB-5(Supelco, 0.25mm i.d. ×30m, 膜厚0.25μm)を使用した。試料量は1μLとし、分析方法はスプリット(1:30)、カラム入口圧は100kPa、キャリアガスはヘリウム、温度は300℃(気化室, MS interface)及び200℃(イオン源)とした。
【0086】
図(12A)は、上記試料を300℃で1時間加熱した際に生じた熱分解物のGCスペクトルを示すグラフ図である。時間領域121の拡大図が図(12B)である。熱硬化性樹脂のスペクトル126およびCNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体のスペクトル125で確認できたピークのほとんどが溶剤として用いたブチルカルビトールアセテート124や1-(2-ブチル-エトキシ)エタノール123の熱分解により発生したとされるものであった。なお、ピーク122はメチルtert-ブチルエーテルによるものであり、スペクトル127はブランクのスペクトルである。
【0087】
この結果より、実施例8における熱処理による接着強度の低下は樹脂の熱分解によるものではないことが推測される。そして、熱処理を加える前にチェック端子を剥離した際には、CNT-GX濃度が高い場合(CNT-GX濃度が1.5%(w/w)以上)、主にチェック端子に樹脂が付着し剥離したのに対して、熱処理を加えた後にチェック端子を剥離すると、多くの場合ガラス側に樹脂が残存しており、チェック端子と樹脂の界面で剥離することが確認できた。これより、熱処理による剥離は主にチェック端子-樹脂間における熱膨張率の差に起因するものと推測される。参考までに、Niの熱膨張率は12.8×
10-6/K、エポキシ樹脂の熱膨張率は83×10-6/Kである。また、ガラスの熱膨張率は8.5×10-6/K程度とチェック端子よりも小さく、エポキシ樹脂との差はより大きくなる。このような熱膨張率の差があるにもかかわらずガラスに対して熱硬化性樹脂が接着力を保持した理由に、このエポキシ樹脂の持つグリシジル基の開環によってヒドロキシ基が生じること、そしてGXを混練したことにより複合樹脂の親水性が向上したことが考えられる。
【0088】
<実施例9:分子動力学計算(GXの包接作用に対するSWNTのカイラリティの影響)>
GXの包接作用に対して、SWNTのカイラリティがもたらす影響を明らかにすることを目的として分子動力学シミュレーションを行った。GXの分子モデルはChemDraw Ultra 12.0を用いて設計した。例として重合度20のGX32の分子モデルを図(13A)に示す。シミュレーションに用いたGX分子モデルは、化学式(化1)で示される構造を有し、GXの重合度が20で、糖の構成比が「キシロース:4-O-メチルグルクロン酸=10:1」のものである。SWNTの分子モデルは東京大学大学院工学系研究科 機械工学専攻 丸山茂夫教授が開発したSWNT座標生成・可視化プログラム「wrapping」(http://www.photon.t.u-tokyo.ac.jp/~maruyama/wrapping3/wrapping-j.htmlを参照)を用いて設計した。例として、カイラリティ(10,0)、長さが4.763nmのSWNT131bを図(13B)に示す。シミュレーションに用いたSWNTの分子モデルは、アームチェア型、ジグザグ型、カイラル型の3種類である。その詳細を表3に示す。これらの分子モデルを用いて分子動力学シミュレーションを行った。なお、力場はCHARMm(chemistry at harvard macromolecular mechanics)を用いた。モデリングプロトコルStandard Dynamics Cascadeの条件を表4に示す。
【0089】
【0090】
【0091】
カイラリティ(6,6)のSWNT131aのProduction Stepにおけるシミュレーション結果を可視化した図を図(14A)に、トータルエネルギーの経時変化を図(15A)に、それぞれ示す。同様にカイラリティ(10,0)のSWNT131bのシミュレーション結果の可視化図を図(14B)に、トータルエネルギーの経時変化を図(15B)に、それぞれ示す。更に、カイラリティ(7,5)のSWNT131cについても、可視化図とトータルエネルギーの経時変化をそれぞれ図(14C)と図(15C)に示す。曲線151,152,153からわかるように、いずれも200ps程度でトータルエネルギーが安定したため、トータルエネルギーについて400psまでの結果を示した。アームチェア型、ジグザグ型、カイラル型の全てにおいてGX32がSWNT131を包接した状態で安定した。GXの持つCNT分散能はCNTのカイラリティに依存せず、GXがCNTの幾何学形状に依らない安定的なSWNT分散能を有することが推測される。
【0092】
本発明の導電性接着剤の製法について図を用いて説明する。図(16A)は、本発明の1つの形態における導電性接着剤の製造工程のフロー図である。ステップS10で製造工程が開始される。ステップS20の分散工程では、GXがCNTの表面の少なくとも一部を包接してなるCNT-GX包接体が水系溶媒に分散してなる、CNT-GX分散液が調整される。分散工程については後ほど詳述する。ステップS30の凍結分散工程では、CNT-GX分散液を凍結乾燥させて、CNT-GX凍結乾燥物を得る。ステップS40の混練工程では、CNT-GX凍結乾燥物を熱硬化性樹脂に混練し分散させて本発明の導電性接着剤を得る。ステップS50で製造工程が終了する。
【0093】
図(16B)は、本発明の別の形態における導電性接着剤の製造工程のフロー図である。図(16A)に示した本発明の形態と異なっている点は、ステップS20の分散工程の前に、ステップS15の分散前選別工程が設けられている点である。分散前選別工程においては、前記CNTを完全に又は不完全に選別することにより、選別されたCNTの導電性を選別前に比べて高くする。本形態の製法により、選別工程を実施しない場合と比較して、導電性に優れた導電性接着剤を製造することができる。
【0094】
図(16C)は、本発明の更に別の形態における導電性接着剤の製造工程のフロー図である。図(16A)に示した本発明の形態と異なっている点は、ステップS20の分散工程の後で、かつ、ステップS30の凍結乾燥工程の前に、ステップS25の分散後選別工程が設けられている点である。分散後選別工程においては、CNT-GX包接体の形で水
系溶媒に分散している前記CNTを完全に又は不完全に選別することにより、選別されたCNTの導電性を選別前に比べて高くする。本形態の製法により、選別工程を実施しない場合と比較して、導電性に優れた導電性接着剤を製造することができる。
【0095】
本発明の1つの形態において、上記の選別工程、分散前選別工程、又は分散後選別工程は、特定のカイラル指数(n,m)をもつSWNTを完全又は不完全に製造又は選別する工程である。本発明の別の形態において、上記の選別工程、分散前選別工程、又は分散後選別工程は、アームチェア型のSWNTを完全又は不完全に製造又は選別する工程である。本発明の更に別の形態において、上記の選別工程、分散前選別工程、又は分散後選別工程は、ジグザグ型のSWNTを完全又は不完全に製造又は選別する工程である。本発明の更に別の形態において、上記の選別工程、分散前選別工程、又は分散後選別工程は、カイラル型のSWNTを完全又は不完全に製造又は選別する工程である。なお、この段落における「SWNT」という用語は、「2層以上からなる多層CNT(MWNT)において、最外層を構成する単層CNT(SWNT)が当該条件を満たすMWNT」を含む意味で用いられている。
【0096】
図(16D)は、本発明のいくつかの形態の製法における、ステップS20の分散工程のフロー図である。ステップS201で分散工程が開始される。ステップS202では、まずGX溶液を作るか否かでフローを分岐する。まずGX溶液を作る場合にはステップS203の順次分散工程に進み、まずGX溶液を作らない場合にはステップS204の同時分散工程に進む。そして、ステップS205で分散工程を終了する。順次分散工程では、水系溶媒に水溶性キシラン(GX)を溶解させたGX溶液にカーボンナノチューブ(CNT)を添加して、分散処理を行ってCNT-GX分散液を得る。同時分散工程では、水系溶媒にGXとCNTを添加して分散処理を行ってCNT-GX分散液を得る。本発明の1つの形態において、前記分散処理は、超音波処理の後に遠心分離処理を行って得られた上清をCNT-GX分散液とする処理である。
【産業上の利用可能性】
【0097】
本発明に係る導電性接着剤は、耐熱性のある熱硬化性樹脂に、強度と導電性、耐熱性に優れたCNTをCNT-GX包接体の形で混練し分散させたものであり、導電性や強度、耐熱性に極めて優れている。更に、その硬化物は電気化学測定用途などの作用電極として利用できる。本発明は、輸送機器やエレクトロニクスの分野に関係する多くの業界において広く利用できるものである。
【符号の説明】
【0098】
11 グラッフェンシート
12 基本ベクトル
13 カイラルベクトル
14 矢印
15 矢印
31 CNT
32 水溶性キシラン(GX)
32a 疎水部
32b 親水部
33 CNT-GX包接体
34 基材
70 スライドガラス
71 硬化物
72 プローブ
73 探針(針状電極)
74 チェック端子
75 フック
76 外力
81 体積導電率測定結果
82 体積導電率測定結果
91 接着強度測定結果
92 接着強度測定結果
101 接着面(または表面)
102 破断面
111 熱処理後の接着強度測定結果
112 熱処理後の接着強度測定結果
121 時間領域
122 ピーク
123 1-(2-ブチル-エトキシ)エタノール
124 ブチルカルビトールアセテート
125 CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体のスペクトル
126 熱硬化性樹脂のスペクトル
127 ブランクのスペクトル
131 単層CNT(SWNT)
151 曲線
152 曲線
153 曲線
301 CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体
310 熱硬化性樹脂
311 CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体
601 CNT-GX-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物
610 熱硬化性樹脂の硬化物
611 CNT-熱硬化性樹脂ナノ複合体の硬化物