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特許7244002アルコール依存症の予防薬及び治療薬並びにアルコール依存症の予防用食品及び治療用食品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-13
(45)【発行日】2023-03-22
(54)【発明の名称】アルコール依存症の予防薬及び治療薬並びにアルコール依存症の予防用食品及び治療用食品
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/575 20060101AFI20230314BHJP
   A61P 25/32 20060101ALI20230314BHJP
   A23L 33/105 20160101ALI20230314BHJP
【FI】
A61K31/575
A61P25/32
A23L33/105 ZNA
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018231249
(22)【出願日】2018-12-11
(65)【公開番号】P2020093984
(43)【公開日】2020-06-18
【審査請求日】2021-10-01
(73)【特許権者】
【識別番号】511097186
【氏名又は名称】株式会社 SENTAN Pharma
(73)【特許権者】
【識別番号】504145308
【氏名又は名称】国立大学法人 琉球大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100177149
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 浩義
(74)【代理人】
【識別番号】100111464
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 悦子
(72)【発明者】
【氏名】益崎 裕章
(72)【発明者】
【氏名】岡本 士毅
(72)【発明者】
【氏名】小塚 智沙代
(72)【発明者】
【氏名】與那嶺 正人
(72)【発明者】
【氏名】村山 裕子
(72)【発明者】
【氏名】金城 綾乃
【審査官】深草 亜子
(56)【参考文献】
【文献】新薬と臨床,1979年,Vol.28,pp.1753-1760
【文献】Addict. Biol.,2018年02月21日,Vol.24, No.3,pp.539-548,DOI 10.1111/adb.12614
【文献】Transl. Psychiatry,2013年,Vol.3,e231,DOI: 10.1038/tp.2013.4
【文献】J. Diabetes Investig.,2018年07月06日,Vol.10, No.1,pp.18-25
【文献】Diabetologia,2017年,Vol.60,pp.1502-1511
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A23L 33/00-33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CA/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
γ-オリザノールを含み、
投与対象のアルコール嗜好性を抑制するための
アルコール依存症の予防薬又は治療薬。
【請求項2】
γ-オリザノールを含み、
摂取した対象のアルコール嗜好性を抑制するための
アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルコール依存症の予防薬及び治療薬アルコール依存症の予防用食品及び治療用食品に関する。
【背景技術】
【0002】
アルコール依存症は、日本人の1%に相当する約100万人が罹患する疾病といわれている。アルコールが肝臓で分解されると、不快な症状の原因となるアセトアルデヒドが産生される。体内に蓄積したアセトアルデヒドは不快な症状を引き起こす。このため、アセトアルデヒドを酢酸に変化させるアルデヒドデヒドロゲナーゼを阻害する薬剤が嫌酒薬として用いられている。アルデヒドデヒドロゲナーゼの阻害による不快な症状によって、飲酒の断念が促され、継続的な断酒が期待される。嫌酒薬としては、非特許文献1に開示されたジスルフィラム及び非特許文献2に開示されたシアナミド等が知られている。
【0003】
また、アルコール依存症に対する薬剤として、アルコールによって乱れた脳内の興奮と抑制とのバランスを調整するアカンプロサートが用いられることがある。アカンプロサートはアルコール依存で亢進したグルタミン酸性神経活動を抑制し、飲酒欲求を抑える。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Kitson T.M.、「Studies on the interaction between disulfiram and sheep liver cytoplasmic aldehyde dehydrogenase.」、Biochem.J.、1978年、175(1)、83-90
【文献】DeMaster EG、外3名、「Metabolic activation of cyanamide by liver mitochondria, a requirement for the inhibition of aldehyde dehydrogenase enzymes.」、Biochem.Biophys.Res.Commun.、1982年、107(4)、1333-1339
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のアルコール依存症に使用される薬剤は、効果の個体差が大きく、副作用が少なくない。よって、新たな機序でアルコール依存症を改善する薬剤が求められている。アルコール依存症の完治はいまだに難しいため、アルコール依存症の成立を防ぐこともアルコール依存症への対策として有効である。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、アルコール依存症の治療に加え、アルコール依存症の成立を妨げることが可能なアルコール依存症の予防薬及び治療薬アルコール依存症の予防用食品及び治療用食品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、アルコール依存症に関して鋭意研究を重ね、米糠等の脂質に含まれる生理活性物質であるγ-オリザノールの新たな機能を解明した。すなわち、γ-オリザノールが脳内報酬系に作用し、ドパミン、GABA及びアセチルコリンエステラーゼ(AChE)の異常活性状態を是正すること、及びアルコール依存症の予防及び治療に有用なことを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明の第1の観点に係るアルコール依存症の予防薬又は治療薬は、
γ-オリザノールを含み、
投与対象のアルコール嗜好性を抑制するためのものである
【0009】
本発明の第2の観点に係るアルコール依存症の予防用食品又は治療用食品は、
γ-オリザノールを含み、
摂取した対象のアルコール嗜好性を抑制するためのものである
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、アルコール依存症の治療に加え、アルコール依存症の成立を妨げることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】γ-オリザノールによるアルコール嗜好性の抑制効果を示す図である。
図2】γ-オリザノールによるアルコール嗜好性増加の予防効果を示す図である。
図3】腹側被蓋野(VTA)におけるチロシン水酸化酵素(TH)の発現量を示す図である。
図4】側坐核(NAc)におけるドパミン含有量を示す図である。
図5】NAcにおけるグルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD65)の発現量を示す図である。
図6】前頭前野(mPFC)におけるGAD65の発現量を示す図である。
図7】VTAにおけるAChEの発現量を示す図である。
図8】神経芽細胞株におけるAChE mRNAの発現量を示す図である。
図9】神経芽細胞株におけるAChEプロモーター領域への転写促進因子Sp1及び転写抑制因子Egr1の結合量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(実施の形態)
本発明の実施の形態について説明する。本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬は、γ-オリザノールを含む。γ-オリザノールは、玄米に含まれる生理活性物質である。下記実施例に示すように、γ-オリザノールは、アルコール嗜好性を軽減させ、過度のアルコール摂取を防ぐことができる。γ-オリザノールは、例えば、米糠油又は米胚芽油より抽出することができる。また、市販のγ-オリザノールを使用してもよい。
【0013】
本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬は、公知の方法で製造される。アルコール依存症の治療薬は、有効成分として0.1~99重量%、1~50重量%、好ましくは1~20重量%のγ-オリザノールを含む。アルコール依存症の治療薬は、例えば、薬理的に許容される担体と配合された合剤であってもよい。薬理的に許容される担体は、製剤素材として用いられる各種の有機担体物質又は無機担体物質である。薬理的に許容される担体は、例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤及び崩壊剤、又は液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤及び無痛化剤等としてアルコール依存症の治療薬に配合される。また、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤及び甘味剤等の添加物を配合してもよい。
【0014】
本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬の投与経路は特に限定されない。上記アルコール依存症の治療薬は、好ましくは経口投与される。当該アルコール依存症の治療薬の投与量は、対象の性別、年齢、体重、症状等によって適宜決定される。当該アルコール依存症の治療薬は、γ-オリザノールが有効量となるように投与される。有効量とは、アルコール依存症を抑制、改善又は治療するために必要なγ-オリザノールの量であり、治療又は処置する状態の進行の遅延、阻害、予防、逆転又は治癒をもたらすのに必要な量である。
【0015】
本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬は、例えば投与対象の体重に基づいて、有効成分であるγ-オリザノールが1日あたり0.01mg/kg~1000mg/kg、好ましくは0.1mg/kg~200mg/kg、より好ましくは0.2mg/kg~20mg/kgとなるように投与される。アルコール依存症の治療薬を1日に1回、又はそれ以上に分割して投与してもよい。アルコール依存症の治療薬を分割して投与する場合、アルコール依存症の治療薬は、好ましくは1日に1~4回投与される。また、アルコール依存症の治療薬は、毎日、隔日、1週間に1回、隔週、1ヶ月に1回等の様々な投与頻度で投与してもよい。当該アルコール依存症の治療薬の投与の時期は、期待する治療効果に従って、適宜決定されてもよい。例えば、アルコール依存症の治療薬は、アルコール依存症成立後、又は予防的に事前投与されてもよい。なお、必要に応じて、上記の範囲外の量を用いることもできる。
【0016】
下記実施例に示すように、γ-オリザノールは、アルコール嗜好性の増加を防ぐ効果を有する。そこで、本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬は、アルコール依存症の予防薬として用いられてもよい。
【0017】
本実施の形態に係るアルコール依存症の治療薬は、γ-オリザノールを有効成分として含む。γ-オリザノールは、ドパミン、GABA及びAChEの異常活性状態を是正し、アルコールに対する嫌悪行動を惹起する。このため、当該アルコール依存症の治療薬は、アルコールの摂取量を抑制し、アルコール依存症を治療することができる。また、上記アルコール依存症の予防薬は、アルコール依存症の成立を妨げることが可能である。
【0018】
γ-オリザノールは、視床下部及び脳内報酬系の両方に作用して動物性脂肪に対する依存性及び嗜好性を緩和する(Chisayo Kozuka、外7名、「Impact of brown rice-specific γ-oryzanol on epigenetic modulation of dopamine D2 receptors in brain striatum in high-fat-diet-induced obesity in mice」、Diabetologia、2017年、Vol.60,8,p.1502-1511)。詳細には、動物性脂肪の習慣的な過剰摂取では、線条体等の脳内報酬系のドパミン受容体遺伝子のプロモーター領域におけるDNAメチル化が亢進し、ドパミン受容体の発現が低下する。これに対し、γ-オリザノールは、脳内報酬系において、DNAメチルトランスフェラーゼを阻害し、DNAメチル化を減少させ、ドパミン受容体の発現を正常化する。
【0019】
下記実施例では、γ-オリザノールによって側坐核における神経伝達物質ドパミンの含有量が上昇する傾向があることが示されている。アルコール依存症の抑制における脳内報酬系のドパミン含有量の増加は、動物性脂肪の過剰摂取のようなドパミン受容体の発現の正常化とは異なる。γ-オリザノールは、脳内報酬系におけるドパミン含有量の増加のみならず、GABA及びAChEの異常活性の是正という機序でアルコール依存症を改善又は予防する。
【0020】
なお、γ-オリザノールの体内動態を向上させるために、γ-オリザノールは生体適合性粒子に封入されてもよい。生体適合性粒子は、例えばポリマーから製造することができる。本実施の形態で用いられるポリマーとしては、生体への刺激や毒性が低く、かつ投与後分解して代謝される生体適合性を備える生体適合性ポリマーが好ましい。
【0021】
好ましくは、生体適合性ポリマーとして、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸共重合体、又は乳酸・アスパラギン酸共重合体が用いられる。好適には、生体適合性粒子は、生体適合性ポリマーとして、ポリラクチドグリコライド共重合体(PLGA)又はポリエチレングリコール/キトサン修飾-PLGA(PEG/CS-PLGA)を含む。
【0022】
他の実施の形態では、有効成分としてγ-オリザノールを含むアルコール依存症の予防用食品又は治療用食品が提供される。当該食品は公知の方法で製造される。当該食品は、例えば、機能性食品、機能性表示食品、特定保健用食品及び栄養機能性食品等として摂取(飲食)される。
【0023】
アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品におけるγ-オリザノールの含量は特に限定されない。例えば、当該食品は、90重量%、80重量%、70重量%、60重量%、50重量%、40重量%、30重量%、20重量%、10重量%、5重量%、3重量%、2重量%、1重量%又は0.1重量%のγ-オリザノールを含む。
【0024】
アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品は、例えば投与対象の体重に基づいて、有効成分であるγ-オリザノールが1日あたり0.01mg/kg~1000mg/kg、好ましくは0.1mg/kg~200mg/kg、より好ましくは0.2mg/kg~20mg/kgとなるように摂取される。
【0025】
好ましくは、アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品の包装、添付文書又は販売パンフレット等に、アルコール依存症の予防又は治療を目的として摂取される旨が記載される。
【0026】
上記アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品の形態は、例えば、キャンデー、クッキー、錠菓、チューインガム及びゼリー等の菓子、麺、パン、米飯及びビスケット等の穀類加工品、ソーセージ、ハム及びかまぼこ等の練り製品、バター及びヨーグルト等の乳製品、ふりかけ並びに調味料等である。アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品には飲料が含まれ、例えば、栄養ドリンク、清涼飲料水、紅茶及び緑茶等であってもよい。なお、当該アルコール依存症の予防用食品又は治療用食品には、甘味料、香料及び着色料等の添加物が含まれてもよい。
【0027】
なお、他の実施の形態では、γ-オリザノールを含む、アルコール依存症の予防用又は治療用サプリメントが提供される。アルコール依存症の予防用又は治療用サプリメントは、液体、粉末、タブレット又はカプセル等で提供されてもよい。また、別の実施の形態では、γ-オリザノールを含む、アルコール依存症の予防用又は治療用添加物が提供される。
【0028】
別の実施の形態では、γ-オリザノールをアルコール依存症の患者に投与することにより、アルコール依存症を治療する方法が提供される。また、γ-オリザノールを対象に投与することにより、該対象のアルコール依存症を予防する方法が提供される。他の実施の形態では、γ-オリザノールを含む嫌酒薬、減酒薬又は断酒補助薬が提供される。
【0029】
また、下記実施例によれば、γ-オリザノールはAChEの発現を直接抑制する。したがって、γ-オリザノールはAChE発現抑制剤として用いることができる。
【実施例
【0030】
以下、試験例として本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は試験例によって限定されるものではない。
【0031】
(試験例1 アルコール依存症モデルマウスを用いたγ-オリザノールによるエタノール嗜好性試験の評価)
アルコール依存症モデルマウスにγ-オリザノール含有飼料を摂餌させ、エタノール嗜好性の変化を検討した。
【0032】
アルコール嗜好性が高いことが報告されているマウス系統であるC57BL/6Jマウス(11週齢、雄)の飼育において、飲水ボトル内のエタノール濃度を5%から20%へと上昇させてエタノール摂取量を増加させ、2ヶ月間でエタノール嗜好性を定常的に上昇させたマウスを樹立した(EtOH群)。エタノール嗜好性は、水及び20%エタノールゼリー(それぞれ3%スクロース含有)をオープンフィールド(50×50×50cmのプラスチック製のボックス)の対角線上に設置し、各群のマウスを1匹ずつ投入し、30分間で摂食するゼリー餌の重量を測定することで評価した。当初のエタノールゼリーの重量に対する摂食されたエタノールゼリーの重量の割合をエタノール嗜好性として定義した。
【0033】
EtOH群に加え、エタノール嗜好性の増加が認められた後に1%γ-オリザノール含有飼料を摂食した群(EtOH+Orz群)、エタノール投与と同時に1%γ-オリザノール含有飼料を摂餌した群(EtOH+int.Orz群)、及び滅菌水を飲水投与した対照としてのコントロール群についてエタノール嗜好性を評価した。
【0034】
(結果)
エタノール投与開始から2ヶ月後及び3.5ヶ月後のエタノール嗜好性を図1に示す。コントロール群に比べて、EtOH群及びEtOH+Orz群のエタノール嗜好性はエタノール投与開始2ヶ月で有意に上昇した。2ヶ月目より、γ-オリザノール含有飼料を摂餌させたEtOH+Orz群では、飼料交換1.5ヶ月でエタノール嗜好性が有意に減少した。図2に示すように、EtOH+int.Orz群では、通常アルコール嗜好性が確立する2ヶ月を経てもエタノール嗜好性は増加しなかった。これらの結果から、1%γ-オリザノール含有飼料の摂餌によって、エタノール嗜好性の改善及び予防効果が得られることが示された。
【0035】
(試験例2 アルコール依存症モデルマウスを用いたγ-オリザノールによる腹側被蓋野におけるドパミンシグナルの評価)
γ-オリザノール含有飼料を摂餌し、エタノール嗜好性が減少したマウスの脳のVTAにおけるドパミン合成律速酵素であるTHの発現量の変化を検討した。また、VTAドパミンニューロンの投射先であるNAcにおけるドパミンの含有量をHPLC-電気化学検出器を用いて測定した。
【0036】
コントロール群、EtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群それぞれのマウスからVTAを採取した。VTAからタンパク質を抽出し、ウエスタンブロット法を用いてTHタンパク質の発現を比較した。なお、神経核における内在性コントロールとしてβ-アクチンタンパク質の発現量を決定し、THタンパク質の発現量をβ-アクチンタンパク質の発現量で除して得られる値を発現量の比較に用いた。
【0037】
コントロール群、EtOH群及びEtOH+Orz群それぞれのマウスのNAcから同体積組織片を採取し、過塩素酸バッファーにてドパミンを抽出した。逆相カラムと電気化学検出器を装備したHPLC装置(エイコム社製)を用いてドパミンを定量した。
【0038】
(結果)
コントロール群におけるTHタンパク質の発現量を1としたEtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群のTHタンパク質の発現量の相対値を図3に示す。コントロール群に比べ、EtOH群におけるTHタンパク質の発現量は低下し、EtOH+Orz群では、THタンパク質の発現量が回復する傾向が見られた。EtOH群におけるTHタンパク質の発現量に比べ、EtOH+int.Orz群では有意にTHタンパク質の発現増強がみられた。図4は、NAcにおけるドパミン含有量を示す。EtOH群に比べ、EtOH+Orz群ではドパミン含有量の増加傾向がみられた。
【0039】
これらの結果から、報酬系制御領域であるVTAにおいて、エタノール摂取により低下したTHタンパク質の発現量がγ-オリザノール含有飼料の摂餌によって増大することで、NAcにおけるドパミン含有量が増加し、エタノール嗜好性の改善及び予防効果が得られることが示された。
【0040】
(試験例3 アルコール依存症モデルマウスを用いたγ-オリザノールによる側坐核及び前頭前野におけるGAD65発現量の評価)
γ-オリザノール含有飼料を摂餌し、エタノール嗜好性が減少したマウスの報酬系制御領域NAc及び嫌悪制御領域mPFCにおけるGAD65の発現量の変化を検討した。GAD65によって、グルタミン酸が分解されGABAが生成する。
【0041】
コントロール群、EtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群それぞれのマウスからNAc及びmPFCを採取した。NAc及びmPFCからタンパク質を抽出し、ウエスタンブロット法を用いてGAD65タンパク質の発現を比較した。なお、神経核におけるβ-アクチンタンパク質の発現量を決定し、GAD65タンパク質の発現量をβ-アクチンタンパク質の発現量で除して得られる値を発現量の比較に用いた。
【0042】
(結果)
コントロール群におけるGAD65タンパク質の発現量を1としたEtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群のGAD65タンパク質の発現量の相対値を図5に示す。VTAからのドパミン神経の投射先であるNAcにおけるGAD65タンパク質の発現量は、EtOH群に比べ、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群で有意に減少した。図6は、mPFCにおけるGAD65タンパク質の発現量の相対値を示す。mPFCでは、GAD65タンパク質の発現量が、EtOH群に比べ、EtOH+Orz群で有意に増加した。
【0043】
これらの結果から、報酬系制御領域であるNAcにおいて、エタノール摂取により上昇したGAD65の発現がγ-オリザノール含有飼料の摂餌により有意に減少することでエタノールに対する嗜好性が抑制されたと考えられる。一方、嫌悪制御領域であるmPFCにおいて、GAD65の発現が上昇し、エタノールに対する嫌悪行動が増加したと考えられる。
【0044】
(試験例4 アルコール依存症モデルマウスを用いたγ-オリザノールによる腹側被蓋野におけるAChE発現量の評価)
γ-オリザノール含有飼料を摂餌し、エタノール嗜好性が減少したマウスのVTAにおけるAChEの発現量の変化を検討した。
【0045】
コントロール群、EtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群それぞれのマウスのVTAからタンパク質を抽出し、ウエスタンブロット法を用いてAChEタンパク質の発現を比較した。なお、神経核におけるβ-アクチンタンパク質の発現量を決定し、AChEタンパク質の発現量をβ-アクチンタンパク質の発現量で除して得られる値を発現量の比較に用いた。
【0046】
(結果)
コントロール群におけるAChEタンパク質の発現量を1としたEtOH群、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群のAChEタンパク質の発現量の相対値を図7に示す。コントロール群に比べ、EtOH群におけるAChEタンパク質の発現量は有意に増加し、EtOH+Orz群及びEtOH+int.Orz群では、AChEタンパク質の発現量がEtOH群に比べて有意に減少した。
【0047】
この結果から、報酬系制御領域であるVTAにおいて、エタノール摂取により上昇したAChEタンパク質の発現がγ-オリザノール含有飼料摂餌により有意に減少することで、VTAにおけるアセチルコリン濃度が上昇し、エタノール嗜好性の改善及び予防効果が得られることが示唆された。
【0048】
(試験例5 γ-オリザノール添加による神経芽細胞株におけるAChE発現量の評価と発現制御機構の検討)
AChEの発現が確認されている神経芽細胞株(SH-SY5Y)を用いて、γ-オリザノール添加によるAChEの発現量の変化を検討した。また、AChE mRNA転写制御機構を検討した。
【0049】
レチノイン酸であらかじめ分化処理を施したSH-SY5Yに、0から60μMまで各濃度のγ-オリザノールを2日間添加投与した。ACh受容体アゴニストであるカルバコール添加2時間後にSH-SY5YからmRNAを抽出精製し、逆転写定量ポリメラーゼ連鎖反応(RT-QPCR)法を用いてAChE mRNAの発現量を比較した。RT-QPCRに用いたフォワードプライマーの塩基配列及びリバースプライマーの塩基配列は、それぞれ配列番号1及び配列番号2に示される。
【0050】
さらに、AChEプロモーター領域における転写制御因子の結合と転写制御機構を解明するため、クロマチン沈降法を用いて、プロモーター領域への転写因子のDNA結合活性を測定し、比較した。40μMγ-オリザノール添加後1時間で細胞を固定し、タンパク質DNA複合体を崩壊しないように抽出し、転写因子特異抗体によりプロモーター領域に結合した転写因子とDNA断片複合体とを回収した。結合ドメイン特異的プライマーを用いて転写因子がAChEプロモーター領域に結合している割合を比較した。
【0051】
AChEプロモーター領域では、転写促進因子Sp1及び転写抑制因子Egr1は同じDNA配列への競合結合により転写調節を担うという報告がある(Getman DK et al.、J.Biol.Chem.、1995年、270:23511-23519及びMutero A et al.、J.Biol.Chem.、1995年、270:1866-1872)。
【0052】
(結果)
γ-オリザノールを添加していない細胞(0μM)におけるAChE mRNAの発現量を1とした場合の各濃度のγ-オリザノールを添加した細胞におけるAChE mRNAの発現量の相対値を図8に示す。40μM及び60μMのγ-オリザノール添加により、AChE発現量が0μMに比べ有意に減少した。AChE mRNAの発現量は、添加したγ-オリザノールの濃度依存的に減少した。AChEプロモーター領域における転写促進因子Sp1及び転写抑制因子Egr1のDNA結合量を図9に示す。40μMγ-オリザノールの添加により、Egr1のDNA結合活性が有意に増加した。
【0053】
これらの結果から、γ-オリザノールはAchEプロモーター領域への転写抑制因子Egr1の結合活性を上昇させることで、AChE mRNA発現を抑制することが示された。
【0054】
本発明は、本発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、本発明を説明するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、本発明の範囲内とみなされる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、嫌酒薬等の医薬、及び機能性食品等に好適である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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