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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-15
(45)【発行日】2023-03-24
(54)【発明の名称】非水電解質二次電池用電極スラリー
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/137 20100101AFI20230316BHJP
   H01M 4/1399 20100101ALI20230316BHJP
   H01M 4/60 20060101ALI20230316BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20230316BHJP
   H01M 4/66 20060101ALI20230316BHJP
【FI】
H01M4/137
H01M4/1399
H01M4/60
H01M4/62 Z
H01M4/66 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019111332
(22)【出願日】2019-06-14
(65)【公開番号】P2020205150
(43)【公開日】2020-12-24
【審査請求日】2021-12-24
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】喜村 勝矢
(72)【発明者】
【氏名】山下 直人
(72)【発明者】
【氏名】向井 孝志
(72)【発明者】
【氏名】柳田 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】中条 文哉
(72)【発明者】
【氏名】久保 達也
【審査官】増山 淳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/088088(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄系活物質、バインダ、および水系溶媒を含有する非水電解質二次電池用電極スラリーであって、pHが3以上9以下であることを特徴とする電極スラリーであり、
前記硫黄系活物質が、硫化可能な有機化合物と、硫黄と、導電性炭素材料とを焼成してなる有機硫黄系活物質である、電極スラリー
【請求項2】
硫黄系活物質が、非水電解質二次電池用電極スラリーに含まれる固形分100質量%に対し85質量%以上含まれ、かつ、非水電解質二次電池用電極スラリー中の固形分濃度が10質量%以上であ、電極スラリーのpHが3以上9以下であることを特徴とする、請求項1記載の非水電解質二次電池用電極スラリー。
【請求項3】
さらにアルカリ性物質を含有する、請求項1または2記載の非水電解質二次電池用電極スラリー。
【請求項4】
アルカリ性物質が第1族または第2族に属する金属の水酸化物、有機酸塩、または無機酸塩である、請求項記載の非水電解質二次電池用電極スラリー。
【請求項5】
さらに導電助剤を含有する、請求項1~のいずれか一項に記載の非水電解質二次電池用電極スラリー。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項に記載の非水電解質二次電池用電極スラリーを乾燥し固化させた活物質層と、集電体とを少なくとも含む非水電解質二次電池用電極。
【請求項7】
集電体がアルミニウム系集電体である、請求項記載の非水電解質二次電池用電極。
【請求項8】
請求項記載の非水電解質二次電池用電極を具備した非水電解質二次電池。
【請求項9】
非水電解質二次電池が、リチウムイオン二次電池である、請求項記載の非水電解質二次電池。
【請求項10】
請求項または記載の非水電解質二次電池を有する電気機器。
【請求項11】
非水電解質二次電池用電極の製造方法であって、
前記製造方法は、非水電解質二次電池用電極スラリーを集電体に塗布する工程を含み、
前記非水電解質二次電池用電極スラリーは、硫黄系活物質、バインダ、および水系溶媒を含有し、かつpHが3以上9以下であることを特徴とする製造方法。
【請求項12】
非水電解質二次電池用電極スラリーがさらにアルカリ性物質を含有する、請求項11記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質二次電池用電極に使用する電極スラリーおよび該電極スラリーを塗工した電極を備える非水電解質二次電池用電極に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、非水電解質二次電池の一種であるリチウムイオン二次電池の活物質として硫黄を用いた技術が注目されている。硫黄はレアメタルに比べて入手が容易で、かつ安価であるだけでなく、リチウムイオン二次電池の充放電容量を大きくすることができる。また、硫黄は酸素に比べ反応性が低く、過充電等による発火、爆発等の危険性も低いという利点もある。さらに、従来の硫黄系活物質と比べ、電解液への硫黄の溶出が抑制され電池性能を改善しうる硫黄系活物質として、硫黄と炭素材料等とを複合した活物質も報告されている(特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2002-154815号公報
【文献】国際公開第2010/044437号
【文献】特開2012-150933号公報
【文献】特開2015-92449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
硫黄系活物質を用いて電極に塗布するスラリーを作製する際、溶媒に有機溶剤を用いると充放電反応に寄与する硫黄成分が溶出し、活物質の容量低下につながる可能性があるため、水を溶媒に用いることが好ましい。しかしながら、硫黄系活物質の水系スラリーは、焼成時に発生する硫化水素等の酸性ガスの影響で酸性を示す場合がある。そのため、腐食に弱い集電体に硫黄系活物質の水系スラリーを塗布して電極を作製した場合は、十分な電池性能が発揮されにくいという問題がある。
【0005】
本発明は、集電体の種類によらず電池性能を発揮する非水電解質二次電池用電極およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討の結果、スラリーのpHを中性付近に調整した所定の電極スラリーを電極に塗布することにより、集電体の種類によらず、充放電容量が大きくかつサイクル特性に優れた非水電解質二次電池を製造できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明は、
〔1〕硫黄系活物質、バインダ、および水系溶媒を含有する非水電解質二次電池用電極スラリーであって、pHが3以上9以下であることを特徴とする電極スラリー、
〔2〕硫黄系活物質が、非水電解質二次電池用電極スラリーに含まれる固形分100質量%に対し85質量%以上含まれ、かつ、非水電解質二次電池用電極スラリー中の固形分濃度が10質量%以上である場合に、電極スラリーのpHが3以上9以下であることを特徴とする、〔1〕記載の非水電解質二次電池用電極スラリー、
〔3〕硫黄系活物質が、硫化可能な有機化合物または多孔性を有する炭素材料と硫黄とを混合した原料を焼成してなる硫黄系活物質である、〔1〕または〔2〕記載の非水電解質二次電池用電極スラリー、
〔4〕さらにアルカリ性物質を含有する、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の非水電解質二次電池用電極スラリー、
〔5〕アルカリ性物質が第1族または第2族に属する金属の水酸化物、有機酸塩、または無機酸塩である、〔4〕記載の非水電解質二次電池用電極スラリー、
〔6〕さらに導電助剤を含有する、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の非水電解質二次電池用電極スラリー、
〔7〕〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の非水電解質二次電池用電極スラリーを乾燥し固化させた活物質層と、集電体とを少なくとも含む非水電解質二次電池用電極、
〔8〕集電体がアルミニウム系集電体である、〔7〕記載の非水電解質二次電池用電極、
〔9〕〔8〕記載の非水電解質二次電池用電極を具備した非水電解質二次電池、
〔10〕非水電解質二次電池が、リチウムイオン二次電池である、〔9〕記載の非水電解質二次電池、
〔11〕〔9〕または〔10〕記載の非水電解質二次電池を有する電気機器、
〔12〕非水電解質二次電池用電極の製造方法であって、前記製造方法は、非水電解質二次電池用電極スラリーを集電体に塗布する工程を含み、前記非水電解質二次電池用電極スラリーは、硫黄系活物質、バインダ、および水系溶媒を含有し、かつpHが3以上9以下であることを特徴とする製造方法、
〔13〕非水電解質二次電池用電極スラリーがさらにアルカリ性物質を含有する、〔12〕記載の製造方法、に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明の電極スラリーを使用することにより、集電体の種類によらず電池性能を発揮する非水電解質二次電池用電極を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】硫黄系活物質の製造に使用する反応装置を模式的に示す断面図である。
図2】実施例1で得られた硫黄系活物質をラマンスペクトル分析した結果を示すグラフである。
図3】実施例1で得られた硫黄系活物質をFT-IRスペクトル分析した結果を示すグラフである。
図4】実施例4で得られた硫黄系活物質をラマンスペクトル分析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施形態である電極スラリーの作製を含む非水電解質二次電池の作製手順について、以下に詳細に説明する。但し、以下の記載は本発明を説明するための例示であり、本発明の技術的範囲をこの記載範囲にのみ限定する趣旨ではない。なお、本明細書において、「~」を用いて数値範囲を示す場合、その両端の数値を含むものとする。
【0011】
<硫黄系活物質>
本実施形態に係る硫黄系活物質は、硫黄元素を構成要素に含む活物質であれば特に制限されない。硫黄系活物質の具体例としては、例えば、硫化チタン、硫化モリブデン、硫化鉄、硫化銅、硫化ニッケル、硫化リチウム、有機ジスルフィド化合物等の硫黄元素を含む化合物;硫化可能な有機化合物と硫黄とを混合した原料を焼成して得られる有機硫黄系活物質;多孔性を有する炭素材料と硫黄とを混合した原料を焼成して得られる炭素硫黄複合体等が挙げられる。
【0012】
硫化可能な有機化合物としては、例えば、ポリブタジエン、ポリイソプレン、ポリ(メタ)アクリロニトリル、ポリクロロプレン、スチレン-ブタジエン共重合体、エチレン-プロピレン-ジエン共重合体、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体、スチレン-ブタジエン-スチレン共重合体、スチレン-イソプレン-スチレン共重合体、(メタ)アクリロニトリル-(メタ)アクリル酸エステル共重合体、メタクリロニトリル-アクリロニトリル-(メタ)アクリル酸エステル共重合体等の炭素-炭素不飽和結合を有するポリマー;ステアリン酸、リノール酸、アラキドン酸等の高級脂肪酸(好ましくは炭素数12~22、より好ましくは炭素数14~20の脂肪酸)等が挙げられる。なかでも、ポリブタジエン、(メタ)アクリロニトリルをモノマー成分として含む重合体もしくは共重合体、および高級脂肪酸が好ましく、シス-1,4結合量が90%以上のハイシスブタジエンおよびメタクリロニトリルをモノマー成分として含む共重合体がより好ましい。なお、前記の「(メタ)アクリル」は、「アクリル」または「メタクリル」を意味する。
【0013】
本実施形態においては、前記の(メタ)アクリロニトリルをモノマー成分として含む重合体もしくは共重合体として、(メタ)アクリロニトリルをモノマー成分として含む重合体もしくは共重合体を含有する外殻に炭化水素を内包させた粒子(以下、「熱膨張性マイクロカプセル」と表記することがある)を使用してもよい。かかる熱膨張性マイクロカプセルとしては、例えば、日本フィライト(株)製の商品名「エクスパンセル」、松本油脂製薬(株)製の商品名「マツモトマイクロスフェアー」、(株)クレハ製「ダイフォーム」、積水化学工業(株)製「アドバンセル」等の市販の熱膨張性マイクロカプセルを使用することができる。
【0014】
多孔性を有する炭素材料としては、例えば、活性炭、ケッチェンブラック等が挙げられる。
【0015】
硫黄系活物質における硫黄の総含有量が多いほど、非水電解質二次電池の充放電容量が向上する傾向にある。そのため、硫黄系活物質における元素分析による硫黄の総含有量は50質量%以上であることが好ましい。また、焼成により、有機化合物中の水素は硫黄と反応して硫化水素となり、硫黄系正極活物質中から減っていく。そのため、水素の含有量は少ないほど好ましい。具体的には、元素分析による水素の含有量は1.6質量%以下、特に1.0質量%以下であるのが好ましい。水素の含有量がこの範囲を超える場合には硫化反応が不十分であるため、非水電解質二次電池の充放電容量を十分に大きくできないおそれがある。
【0016】
有機硫黄系活物質は、活物質中に硫黄を強く固定化できるため、充放電反応に伴う電池の容量低下を抑制する効果が高いことから、本実施形態において好適に用いられる。また、有機硫黄系活物質は、焼成工程において酸性ガスが発生するが、本実施形態に係る電極スラリーを使用することによって、非水電解質二次電池の充放電容量およびサイクル特性を顕著に改善することができる。
【0017】
有機硫黄系活物質としては、チエノアセン構造を有する炭素硫黄構造体が特に好適に用いられる。該炭素硫黄構造体を正極に用いた非水電解質二次電池は、充放電容量が大きくかつサイクル特性に優れる。該炭素硫黄構造体は、例えば特許文献4に記載の方法に準じて製造することができる。
【0018】
該炭素硫黄構造体は、ラマンスペクトルにおいて、ラマンシフトの500cm-1付近、1250cm-1付近、および1450cm-1付近にピークを有する。かかるスペクトルは、6員環であるグラファイト構造で見られる1350cm-1付近のDバンド、および1590cm-1付近のGバンドと呼ばれるスペクトルとは異なっており、文献〔Chem. Phys. Chem. 2009, 10, 3069-3076〕に記載のチエノアセンのスペクトルと似ていることから、上記のラマンスペクトルを示す炭素硫黄構造体は、式(i)
【化1】
で表されるようにチオフェン環が縮合して連鎖した長鎖ポリマー状のチエノアセン構造を有していると推測される。
【0019】
また該炭素硫黄構造体は、水素の含有量が1.6質量%以下、特に1.0質量%以下であるのが好ましい。また、FT-IRスペクトルにおいて、917cm-1付近、1042cm-1付近、1149cm-1付近、1214cm-1付近、1388cm-1付近、1415cm-1付近、および1439cm-1付近にピークが存在することが好ましい。
【0020】
<硫黄系活物質の製造>
硫黄系活物質は公知の方法で製造することができる。有機硫黄系活物質は、例えば、下記の方法により、硫化可能な有機化合物に、硫黄と加硫促進剤および/または導電性炭素材料を配合し、焼成して製造することができる。多孔性を有する炭素材料と硫黄とを混合した原料を焼成してなる炭素硫黄複合体は、例えば、国際公開第2016/075916号に記載の方法により製造することができる。
【0021】
硫黄としては粉末硫黄、不溶性硫黄、沈降硫黄等を使用できるが、微粒子であることからコロイド硫黄が好ましい。硫黄の配合量は、充放電容量およびサイクル特性の観点から、硫化可能な有機化合物100質量部に対して、250質量部以上が好ましく、300質量部以上がより好ましい。一方、硫黄の配合量の上限は特に制限されないが、充放電容量が飽和しコスト的にも不利となることから、1500質量部以下が好ましく、1000質量部以下がより好ましい。
【0022】
加硫促進剤を配合する場合の硫化可能な有機化合物100質量部に対する使用量は、充放電容量およびサイクル特性の観点から、3質量部以上が好ましく、10質量部以上がより好ましい。また、一方、配合量の上限は特に制限されないが、充放電容量が飽和しコスト的にも不利となることから、250質量部以下が好ましく、50質量部以下がより好ましい。
【0023】
導電助剤は、特に制限されないが、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)、炭素粉末、カーボンブラック(CB)、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(KB)、黒鉛等の導電性炭素材料を好適に使用することができる。容量密度、入出力特性、および導電性の観点からは、アセチレンブラック(AB)またはケッチェンブラック(KB)が好ましい。これらの導電助剤は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0024】
導電助剤を配合する場合の硫化可能な有機化合物100質量部に対する使用量は、充放電容量およびサイクル特性の観点から、1質量部以上が好ましく、3質量部以上が好ましく、5質量部がさらに好ましい。一方、該配合量は、50質量部以下が好ましく、30質量部以下がより好ましく、20質量部以下がさらに好ましい。50質量部超では、硫黄含有化合物における硫黄を含む構造の割合が相対的に低下するため、充放電容量やサイクル特性を一層向上させるという目的を達成しがたい傾向がある。
【0025】
焼成は、非酸化性雰囲気下で加熱することにより実施する。非酸化性雰囲気とは、酸素を実質的に含まない雰囲気をいい、構成成分の酸化劣化や過剰な熱分解を抑制するために採用されるものである。具体的には、窒素やアルゴン等の不活性ガスを充填した、不活性ガス雰囲気下の石英管中で、加熱処理する。焼成の温度は、250℃以上が好ましく、300℃以上がより好ましい。250℃未満であると、硫化反応が不十分で、目的物の充放電容量が低くなる傾向がある。一方、焼成の温度は、550℃以下が好ましく、450℃以下がより好ましい。550℃を超えると、原料化合物の分解が多くなり、収率が低下したり、充放電容量が低下したりする傾向がある。
【0026】
焼成後に得られる硫化物中には、焼成時に昇華した硫黄が冷えて析出したもの等、いわゆる未反応硫黄が残留している。硫黄は絶縁体であるため、電極内部において電気抵抗として働き、電池性能の低下を引き起こす可能性がある。未反応硫黄はサイクル特性を低下させる要因となるため、未反応硫黄を除去する必要がある。未反応硫黄の除去方法は減圧加熱乾燥、温風乾燥、溶媒洗浄等の方法で行うことができる。
【0027】
得られた硫黄系活物質は、所定の粒度となるように粉砕し、分級して、電極の製造に適したサイズの粒子とすることができる。レーザー回折式粒度分布測定装置を用いて得られる粒子の好ましい粒度分布としては、メジアン径で5~25μm程度である。
【0028】
<電極スラリーの調製>
本実施形態に係る非水電解質二次電池用電極スラリー(以下、単に「電極スラリー」と称することがある)は、前記の硫黄系活物質、バインダ、および水系溶媒を含有し、pHが3.0以上9.0以下であることを特徴とし、導電助剤を含有することが好ましい。また、スラリーのpHを前記の範囲に調整するため、アルカリ性物質を添加することも好ましい態様として挙げられる。
【0029】
電極スラリーを調製する方法は特に制限されず、例えば、硫黄系活物質、バインダ、さらに必要に応じて導電助剤、アルカリ性物質等の固形成分を溶媒中に分散させ、一般的な電極スラリー作製に用いられる撹拌・混合装置を用いて処理することで調製される。
【0030】
電極スラリーのpHは、3.0以上9.0以下であり、6.0以上9.0以下が好ましく、6.0以上8.0以下がさらに好ましい。なお、電極スラリーのpHは、スラリー中の固形分濃度が10質量%以上の時にpHが3以上9以下であることが好ましい。
【0031】
本明細書において「pH」とは、水溶液中の水素イオン濃度を示す指数である。尚、ここで、pHは、(株)堀場製作所製の卓上型pHメーター(LAQUAact D-71AC)により測定した値である。また、pHは、これと同等の装置により測定することも可能である。
【0032】
電極スラリーのpHを前記の範囲に調整する方法は特に制限されず、例えば、焼成後に得られた硫黄系活物質に対し液体(好ましくは水またはアルカリ性の水溶液)で洗浄処理する方法、硫黄系活物質に対し加熱処理を行い吸着した酸性ガス等を除去する方法、電極スラリーにアルカリ性物質を添加して中和する方法などが挙げられる。
【0033】
電極スラリーにアルカリ性物質を添加することにより、硫黄系活物質に含まれる酸性成分を中和反応により中性化し、スラリーのpHを前記の範囲に調整することができる。当該方法によれば、電極スラリーにアルカリ性物質を配合するのみで、既存のスラリー作製工程からプロセスを増やすことなく電極スラリーのpH調整を行うことができる。
【0034】
(アルカリ性物質)
本実施形態に使用可能なアルカリ性物質としては、第1族または第2族に属する金属塩あるいは金属酸化物が好適に使用される。第1族または第2族に属する金属塩あるいは金属酸化物は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0035】
第1族に属する金属塩(アルカリ金属塩)としては、第1族に属する金属の水酸化物、第1族に属する金属の無機酸塩、第1族に属する金属の有機酸塩が挙げられ、第1族に属する金属の無機酸塩が好ましい。
【0036】
第1族に属する金属塩の金属塩を構成する金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムおよびセシウムが好ましく、リチウム、ナトリウム、およびカリウムがより好ましく、リチウムが特に好ましい。
【0037】
第2族に属する金属塩としては、第2族に属する金属の水酸化物、第2族に属する金属の無機酸塩、第2族に属する金属の有機酸塩が挙げられ、第2族に属する金属の無機酸塩が好ましい。
【0038】
第2族に属する金属塩を構成する金属としては、マグネシウム、カルシウム、およびバリウムが好ましく、マグネシウムおよびカルシウムがより好ましく、マグネシウムが特に好ましい。
【0039】
第1族または第2族に属する金属の無機酸塩を構成する無機酸塩としては、炭酸塩、炭酸水素塩、リン酸塩、リン酸水素塩等が挙げられ、分子量の小さい炭酸塩および炭酸水素塩が好ましい。
【0040】
第1族または第2族に属する金属の有機酸塩を構成する有機酸塩としては、ギ酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、シュウ酸塩、乳酸塩、クエン酸塩、安息香酸塩等が挙げられ、分子量の小さい酢酸塩およびギ酸塩が好ましい。
【0041】
上記の第1族または第2族に属する金属塩の中でも、アルカリ金属塩が好ましく、アルカリ金属の無機酸塩がより好ましい。また、重量エネルギー密度の観点から、分子量は小さい方が好ましい。
【0042】
上記の第1族または第2族に属する金属塩の好ましい具体例としては、例えば、炭酸ナトリウム、炭酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素マグネシウム、炭酸水素リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化マグネシウム、水酸化リチウム等が挙げられる。
【0043】
第1族または第2族に属する金属塩あるいは金属酸化物以外で使用可能なアルカリ性物質としては、アンモニア、メチルアミン、エチルアミン等の塩基性ガス、カーボンブラック等が挙げられる。第1族または第2族に属する金属塩あるいは金属酸化物以外のアルカリ性物質は、1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。さらに、第1族または第2族に属する金属塩あるいは金属酸化物と併用してもよい。
【0044】
(バインダ)
バインダとしては、電極に用いられる公知のバインダが使用可能であるが、水との親和性および環境負荷低減の観点から、水性バインダが好適に用いられる。水性バインダとしては、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、カルボキシメチルセルロース(CMC)、ポリビニルアルコール(PVA)、アクリル樹脂、スチレン-ブタジエンゴム(SBR)、水溶性ポリイミド(PI)、水溶性ポリアミドイミド(PAI)、メタクリル樹脂(PMA)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ウレタン等が挙げられる。これらのバインダは1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0045】
(導電助剤)
導電助剤としては、前記の硫黄系活物質の製造において使用可能な導電助剤を同様に使用できる。
【0046】
(溶媒)
電極スラリーの作製において、硫黄系活物質、バインダ、導電助剤、アルカリ性物質等の固形成分を分散させるために使用される溶媒としては、水を含む溶媒(水系溶媒)が好ましく、水が好ましい。水以外の有機溶媒を使用すると、硫黄系活物質から充放電反応に寄与する硫黄成分が溶出し、電池の充放電容量が低下する傾向がある。また、環境負荷低減の観点からも、水系溶媒が好ましい。なお、本発明の効果を損なわない範囲(例えば、水以外の有機溶媒が20質量%未満)であれば、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルホルムアルデヒド、低級アルコール等の水と混和する溶媒を混合してもよい。
【0047】
電極スラリー中の固形成分(特に、硫黄系活物質、バインダ、導電助剤、およびアルカリ剤。以下同じ。)100質量%に対する硫黄系活物質の含有量は、電池のエネルギー密度向上の観点から、85質量%以上が好ましく、87質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましい。また、硫黄系活物質の含有量の上限は特に制限されないが、99質量%以下が好ましく、97質量%以下がより好ましく、95質量%以下がさらに好ましい。
【0048】
電極スラリー中の固形成分100質量%に対するバインダの含有量は、0.1~10.0質量部が好ましい。
【0049】
電極スラリー中に導電助剤を配合する場合の固形成分100質量%に対する含有量は、0.1~10.0質量%が好ましく、0.5~8.0質量%がより好ましい。
【0050】
電極スラリー中にアルカリ性物質を配合する場合の固形成分100質量%に対する含有量は、用いる金属塩のイオンの価数や分子量によって変化するが、電極スラリーのpHを3以上9以下に調整する観点から、0.5~5.0質量%が好ましい。
【0051】
<電極の構成>
本実施形態に係る非水電解質二次電池用電極(正極および負極)は、一般的な非水電解質蓄電デバイスと同様の構造とすることができる。例えば、本実施形態に係る電極スラリーを電極に用いる場合、電極スラリーを乾燥し固化させた活物質層と、集電体とを少なくとも含む電極とすることができる。活物質層は、前記の硫黄系活物質およびバインダを含有し、導電助剤および/またはアルカリ性物質を含有することが好ましい。
【0052】
本実施形態に係る非水電解質二次電池用電極は、前記の電極スラリーを集電体に塗布し、乾燥することにより作製することができる。また、その他の方法として、硫黄系活物質、導電助剤およびバインダの混合物を、乳鉢やプレス機等で混練しかつフィルム状にし、フィルム状の混合物をプレス機等で集電体に圧着することにより作製することもできる。
【0053】
(集電体)
集電体としては、リチウムイオン二次電池用の電極として一般に用いられるものを使用することができる。集電体の具体例としては、例えば、アルミ箔、アルミニウムメッシュ、パンチングアルミニウムシート、アルミニウムエキスパンドシート等のアルミニウム系集電体;ステンレススチール箔、ステンレススチールメッシュ、パンチングステンレススチールシート、ステンレススチールエキスパンドシート等のステンレス系集電体;発泡ニッケル、ニッケル不織布等のニッケル系集電体;銅箔、銅メッシュ、パンチング銅シート、銅エキスパンドシート等の銅系集電体;チタン箔、チタンメッシュ等のチタン系集電体;カーボン不織布、カーボン織布等の炭素系集電体が挙げられる。なかでも、機械的強度、導電性、質量密度、コスト等の観点から、アルミニウム系集電体が好ましい。
【0054】
アルミ箔は、他の集電体に比べて安価で、導電性に優れ、重量も軽いため、電池のエネルギー密度を向上させることにつながり、非常に有用である。しかしながら、アルミニウムは両性金属であり、酸やアルカリ環境下で腐食が進行するため、pHが3.0未満またはpHが9.0超の電極スラリーを用いて電極を作製した場合は電池性能が極めて悪化する。一方、本実施形態に係る電極スラリーを使用した場合は、集電体にアルミ箔等のアルミニウム系集電体を使用したとしても十分な電池性能を得ることが可能となる。
【0055】
集電体の形状には特に制約はないが、例えば、箔状基材、三次元基材等を用いることができる。三次元基材(発泡メタル、メッシュ、織布、不織布、エキスパンド等)を用いると、集電体との密着性に欠けるようなバインダであっても高い容量密度の電極が得られるとともに、高率充放電特性も良好になる傾向がある。
【0056】
(電極材料)
本実施形態に係る硫黄系活物質を正極に用いる場合、負極材料としては、例えば、金属リチウム、黒鉛等の炭素系材料;シリコン薄膜、SiO等のシリコン系材料;銅-スズやコバルト-スズ等のスズ合金系材料等の公知の負極材料が挙げられる。負極材料としてリチウムを含まない材料、例えば、炭素系材料、シリコン系材料、スズ合金系材料等を用いた場合には、デンドライトの発生による正負極間の短絡を生じにくくでき、非水電解質二次電池の長寿命化を図ることができる。なかでも、高容量の負極材料であるシリコン系材料が好ましく、電極厚さを小さくでき、体積当りの容量の点で有利となる薄膜シリコンがより好ましい。
【0057】
ただし、リチウムを含まない負極材料を、本実施形態に係る正極と組み合わせて用いる場合には、正極および負極がいずれもリチウムを含まないことになるため、いずれか一方、または両方に、あらかじめリチウムを挿入するプリドープの処理が必要となる。
【0058】
プリドープの方法としては、公知の方法を利用することができる。例えば、負極にリチウムをドープする場合は、対極として金属リチウムを用いて半電池を組んで電気化学的にリチウムをドープする電解ドープ法や、金属リチウム箔を電極に貼り付けた状態で電解液中に放置して電極へのリチウムの拡散によってドープする貼り付けプリドープ法等が挙げられる。なお、正極にリチウムをプリドープする場合にも、上述した電解ドープ法を採用することができる。
【0059】
本実施形態に係る硫黄系活物質を負極に用いる場合、正極材料としては、例えば、リチウムと遷移金属の複合酸化物(特に、コバルト系複合酸化物、ニッケル系複合酸化物、マンガン系複合酸化物、コバルト・ニッケル・マンガンの3元素から成る三元系複合酸化)が挙げられる。また、オリビン型の結晶構造を有するリチウム遷移金属リン酸塩複合化合物(特にリン酸鉄リチウム、リン酸マンガンリチウム)等も使用可能である。なお、リチウムを含有する遷移金属リチウム複合酸化物系の化合物を活物質に用いて作製される電極を正極とし、本実施形態に係る電極スラリーを使用した電極を負極として組み合せる場合は、正極にリチウムが含まれるため、リチウムプリドープ処理は必ずしも必要ではない。
【0060】
<電解質>
非水電解質二次電池を構成する電解質としては、イオン伝導性を有する液体または固体であればよく、公知の非水電解質二次電池に用いられる電解質と同様のものが使用できるが、電池の出力特性が高いという観点から、有機溶媒に支持電解質であるアルカリ金属塩を溶解させたものを使用することが好ましい。
【0061】
有機溶媒としては、例えばエチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、ジメチルエーテル、γ-ブチロラクトン、アセトニトリル等の非水性溶媒から選ばれる少なくとも一種が挙げられる。好ましくは、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、またはこれらの混合溶媒が挙げられる。
【0062】
支持電解質としては、例えばLiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiCF3SO3、LiI、LiClO4等が挙げられ、LiPF6が好ましい。
【0063】
支持電解質の濃度は0.5mol/L~1.7mol/L程度であればよい。なお電解質は液状には限定されない。例えば非水電解質二次電池がリチウムポリマー二次電池である場合、電解質は固体状(例えば、高分子ゲル状)、あるいはイオン性液体や溶融塩等であってもよい。
【0064】
非水電解質二次電池は、上述した正極、負極、電解質以外にも、セパレータ等の部材を備えても良い。セパレータは、正極と負極との間に介在して両極間のイオンの移動を許容するとともに、当該正極と負極との内部短絡を防止するために機能する。非水電解質二次電池が密閉型であれば、セパレータには電解液を保持する機能も求められる。
【0065】
セパレータとしては、例えばポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアクリロニトリル、アラミド、ポリイミド、セルロース、ガラス等を材料とする肉薄かつ微多孔性または不織布状の膜を用いるのが好ましい。
【0066】
本実施形態に係る非水電解質二次電池の形状は特に限定されず、円筒型、積層型、コイン型、ボタン型等の種々の形状にすることができる。
【0067】
本実施形態に係る電極を具備した非水電解質二次電池は、高容量かつサイクル特性に優れるため、スマートフォン、パワーツール、自動車、UPS等の電源として使用可能な電気機器に利用することができる。
【実施例
【0068】
実施例に基づいて、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0069】
実施例および比較例で使用した各種薬品について説明する。
有機化合物1:ハイシスブタジエンゴム(宇部興産(株)製のUBEPOL(登録商標)BR150L、シス1,4結合含量98質量%)
有機化合物2:ステアリン酸(東京化成工業(株)製試薬)
硫黄:鶴見化学工業(株)製の沈降硫黄
導電性炭素材料:アセチレンブラック(デンカ(株)製のデンカブラック)
加硫促進剤:ジエチルジチオカルバミン酸亜鉛(大内新興化学工業(株)製のノクセラー(登録商標)EZ)
バインダ:水性アクリル樹脂
導電助剤:アセチレンブラック(デンカ(株)製のデンカブラック)/VGCF(昭和電工(株)製)=1:1の混合物
アルカリ性物質1:炭酸リチウム(東京化成工業(株)製試薬)
アルカリ性物質2:炭酸カルシウム(東京化成工業(株)製試薬)
アルカリ性物質3:酢酸ナトリウム(東京化成工業(株)製試薬)
【0070】
[実施例1]
<硫黄系活物質の製造工程>
(原料化合物の調製)
表1の実施例1に記載の配合に従い、有機化合物、硫黄、導電性炭素材料、および加硫促進剤を、混練試験装置((株)モリヤマ製のミックスラボ)を用いて混練することにより原料化合物を得た。得られた原料化合物は、カッターミルで細かく砕き、焼成工程に供した。
【0071】
(反応装置)
原料化合物の焼成には、図1に示す反応装置1を用いた。反応装置1は、原料化合物2を収容して焼成するための、有底筒状をなす石英ガラス製の、外径60mm、内径50mm、高さ300mmの反応容器3、当該反応容器3の上部開口を閉じるシリコン製の蓋4、当該蓋4を貫通する1本のアルミナ保護管5((株)ニッカトー製の「アルミナSSA-S」、外径4mm、内径2mm、長さ250mm)と、2本のガス導入管6とガス排出管7(いずれも、(株)ニッカトー製の「アルミナSSA-S」、外径6mm、内径4mm、長さ150mm)、および反応容器3を底部側から加熱する電気炉8(ルツボ炉、開口幅φ80mm、加熱高さ100mm)を備えている。
【0072】
アルミナ保護管5は、蓋4から下方が、反応容器3の底に収容した原料化合物2に達する長さに形成され、内部に熱電対9が挿通されている。アルミナ保護管5は、熱電対9の保護管として用いられる。熱電対9の先端は、アルミナ保護管5の閉じられた先端で保護された状態で、原料化合物2に挿入されて、当該原料化合物2の温度を測定するために機能する。熱電対9の出力は、図中に実線の矢印で示すように、電気炉8の温度コントローラ10に入力され、温度コントローラ10は、この熱電対9からの入力に基づいて、電気炉8の加熱温度をコントロールするために機能する。
【0073】
ガス導入管6とガス排出管7は、その下端が、蓋4から下方へ3mm突出するように形成されている。また反応容器3の上部は、電気炉8から突出して外気に露出されている。そのため、反応容器3の加熱によって原料化合物から発生する硫黄の蒸気は、図中に一点鎖線の矢印に示すように反応容器3の上方へ上昇するものの途中で冷却され、液滴となって、図中に破線の矢印で示すように滴下して還流される。そのため、反応系中の硫黄が、ガス排出管7を通って外部に漏れだすことはない。
【0074】
ガス導入管6には、図示しないガスの供給系から、Arガスが継続的に供給される。またガス排出管7は、水酸化ナトリウム水溶液11を収容したトラップ槽12に接続されている。反応容器3からガス排出管7を通って外部へ出ようとする排気は、一旦、トラップ槽12内の水酸化ナトリウム水溶液11を通ったのちに外部へ放出される。そのため排気中に、硫化反応によって発生する硫化水素ガスが含まれていても、水酸化ナトリウム水溶液と中和されて排気からは除去される。
【0075】
(焼成工程)
焼成工程は、まず原料化合物2を反応容器3の底に収容した状態で、ガスの供給系から、80mL/分の流量でAr(アルゴン)ガスを継続的に供給しながら、供給開始30分後に、電気炉8による加熱を開始した。昇温速度は150℃/hで実施した。そして原料化合物の温度が450℃に達した時点で、450℃を維持しながら2時間焼成をした。次いでArガスの流量を調整しながら、Arガス雰囲気下、反応生成物の温度を25℃まで自然冷却させたのち、該反応生成物を反応容器3から取り出した。
【0076】
(未反応硫黄の除去)
焼成工程後の生成物に残存する未反応硫黄(遊離した状態の単体硫黄)を除去するために、以下の工程を行なった。すなわち、該生成物を乳鉢で粉砕し、粉砕物2gをガラスチューブオーブンに収容して、真空吸引しながら250℃で3時間加熱して、未反応硫黄が除去された(または、微量の未反応硫黄しか含まない)硫黄系活物質を得た。昇温速度は10℃/分とした。
【0077】
(ラマンスペクトル分析)
得られた硫黄系活物質について、ナノフォトン(株)製のレーザーラマン顕微鏡RAMAN-11を用いて励起波長λ=532nm、グレーチング:600gr/mm、分解能:2cm-1の条件でラマンスペクトル分析をした(図2)。なお、図2において縦軸は相対強度、横軸はラマンシフト(cm-1)を示す。得られた硫黄系活物質は、ラマンシフトの500cm-1付近、1250cm-1付近、1450cm-1付近、および1940cm-1付近にピークが存在しており、この結果は、先の多量の硫黄が取り込まれて水素が減少しているという元素分析結果ともよく一致していることが確認された。
【0078】
また図2のスペクトルは、6員環であるグラファイト構造で見られる1350cm-1付近のDバンド、および1590cm-1付近のGバンドと呼ばれるスペクトルとは異なっており、文献〔Chem. Phys. Chem 2009, 10, 3069-3076〕に記載のチエノアセンのスペクトルと似ていることから、得られた硫黄系活物質は、前記の式(i)で表されるチエノアセン構造を有していると予想された。
【0079】
(FT-IRスペクトル分析)
得られた硫黄系活物質について、(株)島津製作所製のフーリエ変換赤外分光光度計IRAffinity-1を用いて、分解能:4cm-1、積算回数:100回、測定範囲400cm-1~4000cm-1の条件で、拡散反射法によってFT-IRスペクトル分析をした(図3)。得られた硫黄系活物質は、FT-IRスペクトルにおいて、917cm-1付近、1042cm-1付近、1149cm-1付近、1214cm-1付近、1388cm-1付近、1415cm-1付近、および1439cm-1付近にピークが存在しており、この結果は、先の多量の硫黄が取り込まれて水素が減少しているという元素分析結果ともよく一致していることが確認された。
【0080】
(元素分析)
全自動元素分析装置(エレメンタール社製のvario MICRO cube)を用いて、得られた硫黄系活物質の総量中に占める硫黄含有量を算出したところ、55.5%であり、水素含有率を算出したところ、0.21%であった。
【0081】
<リチウムイオン二次電池の作製>
〔1〕正極
上記の硫黄系活物質、水性アクリル樹脂、導電助剤(アセチレンブラック(デンカ(株)製のデンカブラック)/VGCF=1:1の混合物)、および炭酸リチウムを91.8:3.48:3.97:0.76(質量比)の割合で秤量し、容器に入れ、溶媒に水を使用して粘度調整を行いながら自転公転ミキサー(シンキー(株)製のARE-310)を用いて攪拌、混合を行い、均一なスラリーを作製した。スラリーのpHは5.3であった。その後、アルミニウムの集電体(厚さ20μm、福田金属箔粉工業(株)製)に卓上塗工機(テスター産業(株)製のPI-1210)とアプリケーターを用いて上記スラリーを塗工し、ガラスチューブオーブン(BUCHI社製のB-555)で150℃、10時間乾燥し、リチウムイオン二次電池用の正極を作製した。これらを実施例1の正極スラリー及び正極とする。
【0082】
〔2〕負極
負極としては、金属リチウム箔(直径14mm、厚さ500μmの円盤状、本城金属(株)製)を用いた。
【0083】
〔3〕電解液
電解液としては、エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとの混合溶媒に、LiPF6を溶解した非水電解質を用いた。エチレンカーボネートとジエチルカーボネートとは体積比1:1で混合した。電解液中のLiPF6の濃度は、1.0mol/Lであった。
【0084】
〔4〕電池
〔1〕、〔2〕で得られた正極および負極を用いて、コイン電池を製作した。詳しくは、ドライルーム内で、ガラス不織布フィルタ(厚さ440μm、ADVANTEC社製のGA100)を正極と負極との間に挟装して、電極体電池とした。この電極体電池を、ステンレス容器からなる電池ケース(宝泉(株)製のCR2032型コイン電池用部材)に収容した。電池ケースには〔3〕で得られた電解液を注入した。電池ケースをカシメ機で密閉して、実施例1のコイン型リチウムイオン二次電池を作製した。
【0085】
[実施例2]
実施例1の正極作製工程において、硫黄系活物質、水性アクリル樹脂、導電助剤、炭酸リチウムを91.1:3.45:3.94:1.48(質量比)の割合で混合し、電極スラリーを作製したこと以外は実施例1と同様に電池作製を行った。スラリーのpHは7.5であった。
【0086】
[実施例3]
実施例1の正極作製工程において、硫黄系活物質、水性アクリル樹脂、導電助剤、炭酸リチウムを90.4:3.43:3.91:2.25(質量比)の割合で混合し、電極スラリーを作製したこと以外は実施例1と同様に電池作製を行った。スラリーのpHは8.9であった。
【0087】
[実施例4]
実施例3の硫黄系活物質の製造工程において、有機化合物1から有機化合物2に変更したこと以外は実施例1と同様に硫黄系活物質を作製し、実施例1と同様に電池作製を行った。全自動元素分析装置(エレメンタール社製のvario MICRO cube)を用いて、得られた硫黄系活物質の総量中に占める硫黄含有量を算出したところ、42.2%であった。また、得られた硫黄系活物質について、ナノフォトン(株)製のレーザーラマン顕微鏡RAMAN-11を用いて励起波長λ=532nm、グレーチング:600gr/mm、分解能:2cm-1の条件でラマンスペクトル分析をしたところ、ラマンシフトの500cm-1付近、1250cm-1付近、および1450cm-1付近にピークが存在していた(図4)。スラリーのpHは7.8であった。
【0088】
[比較例1]
実施例1の正極作製工程において、炭酸リチウムを用いず、硫黄系活物質、導電助剤、水性アクリル樹脂を92.5:4.00:3.50(質量比)の割合で混合し、電極スラリーを作製したこと以外は実施例1と同様に電池作製を行った。スラリーのpHは2.3であった。
【0089】
[試験方法]
<充放電容量測定試験>
各実施例および比較例で作製したコイン型リチウムイオン二次電池について、試験温度30℃の条件下で、硫黄系活物質1gあたり50mAに相当する電流値の充放電をさせた。放電終止電圧は1.0V、充電終止電圧は3.0Vとした。また充放電を繰り返し、各回の放電容量(mAh/g)を測定するとともに、2回目の放電容量(mAh/g)を初期容量とした。結果を表1に示す。なお、初期容量が大きいほど、リチウムイオン二次電池は充放電容量が大きく好ましいと評価できる。
【0090】
また、2回目の放電容量DC2(mAh/g)と10回目の放電容量DC10(mAh/g)から、下記式により容量維持率(%)を求めた。結果を表1に示す。なお、容量維持率が大きいほど、リチウムイオン二次電池はサイクル特性に優れているといえる。
(容量維持率(%))=(DC10(mAh/g))/(DC2(mAh/g))×100
【0091】
【表1】
【0092】
表1の結果より、本発明の電極スラリーを電極材料として使用したリチウムイオン二次電池は、充放電容量およびサイクル特性が顕著に改善されることがわかる。
【0093】
以上のとおり、図面を参照しながら本発明の好適な実施形態を説明したが、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で、種々の追加、変更または削除が可能である。また、上記の実施形態ではリチウムイオン電池を例に説明したが、リチウムイオン電池に限らず、ナトリウムイオン電池やカリウムイオン電池など、その他の非水電解質二次電池にも本発明を適用できる。したがって、そのようなものも本発明内に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の電極スラリーを電極材料として使用することにより、集電体の種類によらず、充放電容量が大きくかつサイクル特性に優れた非水電解質二次電池を製造することができる。この電極を用いた非水電解質二次電池は、移動体通信機器、携帯用電子機器、電気自動車、電動自転車、電動二輪車、電力貯蔵装置などの電気機器の主電源や副電源に好適に利用されるものである。
【符号の説明】
【0095】
1 反応装置
2 原料化合物
3 反応容器
4 シリコン製の蓋
5 アルミナ保護管
6 ガス導入管
7 ガス排出管
8 電気炉
9 熱電対
10 温度コントローラ
11 水酸化ナトリウム水溶液
12 トラップ槽
図1
図2
図3
図4