(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-16
(45)【発行日】2023-03-27
(54)【発明の名称】混合金属塩の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 53/00 20060101AFI20230317BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20230317BHJP
C22B 47/00 20060101ALI20230317BHJP
C22B 23/00 20060101ALI20230317BHJP
H01M 10/54 20060101ALI20230317BHJP
【FI】
C01G53/00 A
C22B7/00 C
C22B47/00
C22B23/00 102
H01M10/54
(21)【出願番号】P 2022517107
(86)(22)【出願日】2021-04-22
(86)【国際出願番号】 JP2021016381
(87)【国際公開番号】W WO2021215521
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2022-03-24
(31)【優先権主張番号】P 2020076947
(32)【優先日】2020-04-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】荒川 淳一
(72)【発明者】
【氏名】田尻 和徳
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-186113(JP,A)
【文献】特開2016-194105(JP,A)
【文献】特開2012-211386(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G
C22B
H01M
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む混合金属塩を製造する方法であって、
リチウムイオン電池廃棄物の電池粉を浸出工程に供して得られた酸性溶液で、少なくともマンガンイオン及びアルミニウムイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む当該酸性溶液について、前記酸性溶液中の
マンガンイオンの少なくとも一部と、コバルトイオン及び/又はニッケルイオンの少なくとも一部とを水相に残しつつ、アルミニウムイオンを溶媒に抽出して除去するAl除去工程と、
前記Al除去工程で得られる抽出残液を、pHが10.0未満になる条件で中和し、マンガンの金属塩と、コバルト及びニッケルのうちの少なくとも一種の金属塩とを含む混合金属塩を析出させる析出工程と
を含む、混合金属塩の製造方法。
【請求項2】
前記析出工程で、前記抽出残液の中和に水酸化ナトリウムを使用し、前記混合金属塩が、マンガンの水酸化物と、コバルト及びニッケルのうちの少なくとも一種の水酸化物とを含む、請求項1に記載の混合金属塩の製造方法。
【請求項3】
前記酸性溶液がさらに、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、リチウムイオン及びカルシウムイオンからなる群から選択される一種以上の金属イオンを含み、
前記析出工程で、前記金属イオンを析出させずに液中に残す、請求項1又は2に記載の混合金属塩の製造方法。
【請求項4】
前記析出工程で、前記抽出残液のpHを9.0以上にする、請求項1~3のいずれか一項に記載の混合金属塩の製造方法。
【請求項5】
前記Al除去工程で、カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を使用し、平衡pHを4.0~5.0とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の混合金属塩の製造方法。
【請求項6】
前記Al除去工程で、質量基準にて、前記酸性溶液中のマンガンイオンの少なくとも80%以上、および、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種の少なくとも80%以上を水相に残す、請求項1~5のいずれか一項に記載の混合金属塩の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この明細書は、混合金属塩の製造方法に関する技術を開示するものである。
【背景技術】
【0002】
近年は、製品寿命もしくは製造不良その他の理由より廃棄されたリチウムイオン二次電池の正極材を含むリチウムイオン電池廃棄物等から、そこに含まれるコバルトやニッケルの有価金属を湿式処理により回収することが、資源の有効活用の観点から広く検討されている。
【0003】
たとえばリチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収するプロセスでは、通常、焙焼その他の所定の工程を経て得られる電池粉等を、酸に添加して浸出し、そこに含まれ得るコバルト、ニッケル、マンガン、鉄及びアルミニウム等が溶解した浸出後液とする。
【0004】
そしてその後、浸出後液から鉄等を分離して除去し、さらに複数段階の溶媒抽出により、液中の各金属イオンを分離する。複数段階の溶媒抽出では、具体的には、はじめに、マンガンイオン及びアルミニウムイオンを溶媒に抽出して除去する。次いで、コバルトイオンを抽出するとともに逆抽出した後、ニッケルイオンを抽出するとともに逆抽出する。各逆抽出により得られるコバルトイオンを含む溶液及び、ニッケルイオンを含む溶液に対してはそれぞれ電気分解を行い、コバルト及びニッケルの各々をメタルの状態で回収している(たとえば特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上述したような金属の回収プロセスで、コバルト、ニッケル及びマンガンを、それらの二種又は三種の金属が溶解した比較的高純度の金属混合溶液又は、二種又は三種の金属の各金属塩を含む比較的高純度の混合金属塩の状態で回収できれば、それを直接的にリチウムイオン電池の正極材の製造原料等として使用できる可能性がある。例えば、コバルト、ニッケル及びマンガンの三種の金属が溶解した比較的高純度の金属混合溶液又は、三種の金属の各金属塩を含む比較的高純度の混合金属塩が得られた場合、それを直接的にリチウムイオン電池の三元系正極材の製造原料等として使用できる可能性がある。この場合、先に述べた電気分解等の処理が省略できて、工程の簡略化、コストの大幅な削減が見込まれる。
【0007】
このような混合金属塩を製造するには、コバルトイオン及び/又はニッケルイオンと、マンガンイオンとの他にアルミニウムイオンを含む酸性溶液から、アルミニウムイオンを除去することが必要である。アルミニウムイオンを除去しなければ、最終的に製造される混合金属塩にアルミニウムが不純物として含まれて、その純度が低下することが懸念されるからである。
【0008】
また、アルミニウムを除去した後にさらに溶媒抽出を行うと、抽出時のpHの調整に、アルカリ等のpH調整剤を使用することになる。その後に混合金属塩を析出させる際にもpH調整剤が用いられ得ることもあり、このような複数回にわたるpH調整剤の使用はコストの増大を招く。
【0009】
この明細書では、pH調整剤の使用を抑えてコストの増大を抑制しつつ、比較的高純度の混合金属塩を製造することができる混合金属塩の製造方法を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この明細書で開示する混合金属塩の製造方法は、マンガンイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む混合金属塩を製造する方法であって、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉を浸出工程に供して得られた酸性溶液で、少なくともマンガンイオン及びアルミニウムイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む当該酸性溶液について、前記酸性溶液中のマンガンイオンの少なくとも一部と、コバルトイオン及び/又はニッケルイオンの少なくとも一部とを水相に残しつつ、アルミニウムイオンを溶媒に抽出して除去するAl除去工程と、前記Al除去工程で得られる抽出残液を、pHが10.0未満になる条件で中和し、マンガンの金属塩と、コバルト及びニッケルのうちの少なくとも一種の金属塩とを含む混合金属塩を析出させる析出工程とを含むものである。
【発明の効果】
【0011】
上述した混合金属塩の製造方法によれば、pH調整剤の使用を抑えてコストの増大を抑制しつつ、比較的高純度の混合金属塩を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】一の実施形態に係る混合金属塩の製造方法を含むプロセスの一例を示すフロー図である。
【
図2】カルボン酸系抽出剤(VA-10)を含む溶媒を使用した抽出におけるpHに対する各金属の抽出率の関係を表す抽出曲線の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、上述した混合金属塩の製造方法の実施の形態について詳細に説明する。
一の実施形態に係る混合金属塩の製造方法は、マンガンイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む混合金属塩を製造する方法であって、リチウムイオン電池廃棄物の電池粉を浸出工程に供して得られた酸性溶液で、少なくともマンガンイオン及びアルミニウムイオンと、コバルトイオン及びニッケルイオンのうちの少なくとも一種とを含む当該酸性溶液について、前記酸性溶液中のアルミニウムイオンを溶媒に抽出して除去するAl除去工程と、前記Al除去工程で得られる抽出残液を、pHが10.0未満になる条件で中和し、マンガンの金属塩と、コバルト及びニッケルのうちの少なくとも一種の金属塩とを含む混合金属塩を析出させる析出工程とを含む。
【0014】
この実施形態は、たとえば、
図1に例示するようなリチウムイオン電池廃棄物からの金属の回収のプロセスに適用することができる。ここでは、
図1のプロセスに従って説明する。
【0015】
(リチウムイオン電池)
対象とするリチウムイオン電池廃棄物は、正極活物質として少なくともコバルト及び/又はニッケルとマンガンとを含み、携帯電話その他の種々の電子機器等で使用され得るリチウムイオン二次電池で、電池製品の寿命や製造不良またはその他の理由によって廃棄されたものである。このようなリチウムイオン電池廃棄物から有価金属を回収することは、資源の有効活用の観点から好ましい。またここでは、有価金属であるコバルト及び/又はニッケルとマンガンとを高純度で回収し、リチウムイオン二次電池の製造に再度使用できるものとすることを目的とする。
【0016】
リチウムイオン電池廃棄物は、その周囲を包み込む外装として、アルミニウムを含む筐体を有する。この筐体としては、たとえば、アルミニウムのみからなるものや、アルミニウム及び鉄、アルミラミネート等を含むものがある。また、リチウムイオン電池廃棄物は、上記の筐体内に、リチウム、ニッケル、コバルト及びマンガンからなる群から選択される一種の単独金属酸化物又は、二種以上の複合金属酸化物等からなる正極活物質や、正極活物質が、たとえばポリフッ化ビニリデン(PVDF)その他の有機バインダー等によって塗布されて固着されたアルミニウム箔(正極基材)を含むことがある。またその他に、リチウムイオン電池廃棄物には、銅、鉄等が含まれる場合がある。さらに、リチウムイオン電池廃棄物には通常、筐体内に電解液が含まれる。電解液としては、たとえば、エチレンカルボナート、ジエチルカルボナート等が使用されることがある。
【0017】
リチウムイオン電池廃棄物に対しては、多くの場合、前処理工程を行う。前処理工程には、焙焼処理、破砕処理及び篩別処理が含まれることがある。これにより、電池粉が得られる。
【0018】
焙焼処理では、上記のリチウムイオン電池廃棄物を加熱する。この焙焼処理は、たとえば、リチウムイオン電池廃棄物に含まれるリチウム、コバルト等の金属を、溶かしやすい形態に変化させること等を目的として行う。焙焼処理では、リチウムイオン電池廃棄物を、たとえば450℃~1000℃、好ましくは600℃~800℃の温度範囲で0.5時間~4時間にわたって保持する加熱を行うことが好適である。ここでは、ロータリーキルン炉その他の各種の炉や、大気雰囲気で加熱を行う炉等の様々な加熱設備を用いて行うことができる。
【0019】
焙焼処理の後は、リチウムイオン電池廃棄物の筐体から正極材及び負極材を取り出すための破砕処理を行うことができる。破砕処理は、リチウムイオン電池廃棄物の筐体を破壊するとともに、正極活物質が塗布されたアルミニウム箔から正極活物質を選択的に分離させるために行う。
破砕処理には、種々の公知の装置ないし機器を用いることができるが、特に、リチウムイオン電池廃棄物を切断しながら衝撃を加えて破砕することのできる衝撃式の粉砕機を用いることが好ましい。この衝撃式の粉砕機としては、サンプルミル、ハンマーミル、ピンミル、ウィングミル、トルネードミル、ハンマークラッシャ等を挙げることができる。なお、粉砕機の出口にはスクリーンを設置することができ、それにより、リチウムイオン電池廃棄物は、スクリーンを通過できる程度の大きさにまで粉砕されると粉砕機よりスクリーンを通じて排出される。
【0020】
破砕処理でリチウムイオン電池廃棄物を破砕した後は、たとえばアルミニウムの粉末を除去する目的で、適切な目開きの篩を用いて篩分けする篩別処理を行う。それにより、篩上にはアルミニウムや銅が残り、篩下にはアルミニウムや銅がある程度除去された電池粉を得ることができる。
【0021】
電池粉には、マンガンと、コバルト及び/又はニッケルとが含まれ、たとえば、コバルトが0質量%~30質量%、ニッケルが0質量%~30質量%、マンガンが1質量%~30質量%で含まれる場合がある。その他、電池粉には、アルミニウム、鉄、銅等が含まれ得る。
【0022】
(浸出工程)
電池粉は浸出工程に供される。浸出工程では、上述した電池粉を、硫酸等の酸性浸出液に添加して浸出させる。浸出工程は公知の方法ないし条件で行うことができるが、pHは0.0~2.0とすること、酸化還元電位(ORP値、銀/塩化銀電位基準)を0mV以下とすることが好適である。
【0023】
なお必要に応じて、上記の酸性浸出液による浸出の前に予め、電池粉を水と接触させ、リチウムイオン電池廃棄物に含まれるリチウムのみを浸出して分離させてもよい。この場合、電池粉を水と接触させてリチウムを浸出させた後の水浸出残渣を、上記の酸性浸出液に添加して酸浸出を行う。
【0024】
酸浸出により、所定の金属が溶解した浸出後液が得られる。ここでいう所定の金属には、コバルト、ニッケル、マンガン、アルミニウムが含まれる。所定の金属はさらに、リチウム、鉄等を含む場合がある。なお、電池粉に含まれることのある銅は、酸浸出で溶解させずに、酸浸出残渣に残して除去することができる。なお、銅が浸出され、浸出後液中に溶解している場合には、後述する中和工程の前に電解により銅を除去する工程を行ってもよい。
たとえば、浸出後液中のコバルト濃度は0g/L~50g/L、ニッケル濃度は0g/L~50g/L、マンガン濃度は1g/L~50g/L、アルミニウム濃度は0.010g/L~10g/L、鉄濃度は0.1g/L~5g/Lである場合がある。リチウム濃度は、たとえば0g/L~7.0g/Lである場合がある。カルシウム濃度は、たとえば0g/L~1.0g/Lである場合がある。
【0025】
(中和工程)
次いで、浸出後液に対して中和工程を行うことができる。中和工程では、はじめに、浸出後液に水酸化ナトリウム等のアルカリを添加して所定のpHになるように中和する。これにより、浸出後液に溶解していたアルミニウムの一部が沈殿する。そして、フィルタープレスやシックナー等を用いた固液分離により、当該アルミニウムの一部を含む残渣を除去することができる。
ここでは、アルカリの添加によりpHを4.0~6.0とすることがより好ましい。またここで、浸出後液の酸化還元電位(ORPvsAg/AgCl)は-500mV~100mVとすることが好ましい。液温は50℃~90℃とすることが好適である。
【0026】
その後、酸化剤を添加するとともに、pHを3.0~4.0の範囲内に調整することにより、液中の鉄を沈殿させることができる。酸化剤の添加により液中の鉄が2価から3価へ酸化され、3価の鉄は2価の鉄よりも低いpHで酸化物又は水酸化物として沈殿する。多くの場合、鉄は、水酸化鉄(Fe(OH)3)等の固体となって沈殿する。沈殿した鉄は、固液分離により除去することができる。
【0027】
鉄を沈殿させるため、酸化時のORP値は、好ましくは300mV~900mVとする。なお、酸化剤の添加に先立って、pHを低下させるため、たとえば、硫酸、塩酸、硝酸等の酸を添加することができる。
酸化剤は、鉄を酸化できるものであれば特に限定されないが、例えば二酸化マンガンを用いることができる。酸化剤として用いる二酸化マンガンは試薬でもよいし、二酸化マンガンを含む正極活物質や正極活物質を浸出して得られるマンガン含有浸出残渣でもよい。
酸化剤の添加後は、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、アンモニア等のアルカリを添加して、pHを所定の範囲に調整することができる。
【0028】
中和工程の後、中和後液としての酸性溶液が得られる。酸性溶液は、少なくともコバルトイオン及び/又はニッケルイオンと、マンガンイオンとアルミニウムイオンとを含むものである。酸性溶液はさらにマグネシウムイオン、ナトリウムイオン、リチウムイオン及びカルシウムイオンからなる群から選択される一種以上の金属イオンを含むことがある。
【0029】
たとえば、酸性溶液中のコバルト濃度は0g/L~50g/L、ニッケル濃度は0g/L~50g/L、マンガン濃度は1g/L~50g/Lである場合がある。アルミニウム濃度は好ましくは0.010g/L~1g/Lであり、より好ましくは0.010g/L~0.5g/Lである。マグネシウム濃度は、たとえば0g/L~0.1g/Lである場合がある。ナトリウム濃度は、たとえば0g/L~40g/Lである場合がある。リチウム濃度は、たとえば0g/L~7.0g/Lである場合がある。カルシウム濃度は、たとえば0g/L~1.0g/Lである場合がある。
【0030】
(Al除去工程)
中和工程の後、上記の酸性溶液中のアルミニウムイオンを溶媒に抽出して除去するAl除去工程を行う。ここでは、酸性溶液中のマンガンイオンを抽出残液(水相)に残しつつ、アルミニウムイオンを溶媒(有機相)に抽出する。これにより、アルミニウムイオンが除去されて、少なくとも、コバルトイオン及び/又はニッケルイオンと、マンガンイオンとを含む抽出残液が得られる。ここで、Al除去工程後に得られる抽出残液中のコバルトイオンの含有量及び/又はニッケルイオン含有量と、マンガンイオンの含有量はそれぞれ、質量基準で、中和後液(酸性溶液)中の各イオンの含有量の80%以上であることが好ましく、より好ましくは90%以上である。
【0031】
Al除去工程では、マンガンイオンがあまり抽出されずアルミニウムイオンが抽出されるのであれば、燐酸エステル系抽出剤やカルボン酸系抽出剤など種々の抽出剤を用いることができ、それに応じて抽出時に適切な平衡pHとする。
【0032】
Al除去工程に用いることができるカルボン酸系抽出剤としては、たとえばネオデカン酸、ナフテン酸等が挙げられる。なかでも、できるだけマンガンイオンを抽出せずにアルミニウムイオンを抽出するとの観点から、ネオデカン酸が好ましい。カルボン酸系抽出剤は、炭素数8~16のカルボン酸を含むことが好適である。具体的には、シェル化学社製のVersatic Acid 10(「VA-10」ともいう。)等を使用可能である。この場合、抽出時の平衡pHは、好ましくは4.0~5.0、より好ましくは4.3~4.7とする。低すぎる平衡pHでは、アルミニウムイオンが十分に溶媒に抽出されず、酸性溶液中に多量に残存してしまうおそれがある。一方、高すぎる平衡pHでは、アルミニウムが水酸化されて固体の水酸化アルミニウムとなり、溶媒によって抽出できなくなる他、
図2から把握できるように、コバルトイオン、ニッケルイオン、マンガンイオンが溶媒に抽出されてしまうおそれがある。カルボン酸系抽出剤を含む溶媒を使用して、このような平衡pHとすれば、ほぼ全てのアルミニウムイオンを除去しつつ、ほとんどのコバルトイオン及び/又はニッケルイオン、および、マンガンイオンを抽出残液(水相)に残すことができる。ここで、
図2は、表1に示す組成の酸性溶液に対して、抽出剤としてVA-10を含む溶媒を用いて、平衡pHをpH3.0~pH7.5の範囲で変更した平衡pHの条件の異なる複数の抽出試験を行い、それらの抽出試験の各々で得られた各金属の抽出率(表1の酸性溶液中の各金属の量および抽出後液中に残った各金属の量に基づき算出)をプロットして作成したグラフである。
【0033】
【0034】
抽出剤を用いる場合、典型的には炭化水素系有機溶剤で希釈して溶媒とする。有機溶剤としては芳香族系、パラフィン系、ナフテン系等が挙げられる。たとえば、溶媒中の燐酸エステル系抽出剤の濃度は20体積%~30体積%とし、また、溶媒中のカルボン酸系抽出剤の濃度は20体積%~30体積%とすることがある。但し、これに限らない。なお、O/A比は1.0~5.0とする場合がある。
【0035】
上記の抽出は、一般的な手法に基いて行うことができる。その一例としては、溶液(水相)と溶媒(有機相)を接触させ、典型的にはミキサーにより、これらをたとえば5~60分間攪拌混合し、イオンを抽出剤と反応させる。抽出時の温度は、常温(15~25℃程度)~60℃以下とし、抽出速度、分相性、有機溶剤の蒸発の理由により35~45℃で実施することが好ましい。その後、セトラーにより、混合した有機相と水相を比重差により分離する。後述する金属抽出工程の抽出も、実施的に同様にして行うことができる。
【0036】
上述したようなAl除去工程後に得られる抽出残液は、たとえば、コバルト濃度が0g/L~50g/L、ニッケル濃度が0g/L~50g/L、マンガン濃度が1g/L~50g/L、アルミニウム濃度が0.001g/L以下である場合がある。
【0037】
(析出工程)
析出工程では、上記のAl除去工程で得られる抽出残液を、pHが10.0未満になる条件で中和し、コバルト及び/又はニッケル並びに、マンガンの各金属塩を含む混合金属塩を析出させる。この場合、Al除去工程の直後の析出工程で混合金属塩が得られることになり、Al除去工程後に溶媒抽出を行うことを要しない。一方、たとえば、Al除去工程後に、コバルト及び/又はニッケル並びに、マンガンの二種又は三種の金属を抽出するとともに逆抽出する金属抽出工程を行い、さらにその後に析出工程を実施する場合は、当該抽出時に水酸化ナトリウム等のpH調整剤を使用することが必要になる。このような場合に比して、この実施形態では、pH調整剤の使用によるコストの増大を抑制することができる。しかも、この実施形態では、次に述べるように、混合金属塩への不純物の混入を抑えることもできる。
【0038】
抽出残液(中和前液)は、pHが2.5~5.0程度の硫酸等の酸性水溶液である。析出工程では、このような抽出残液に対してアルカリを添加し、抽出残液のpHが、好ましくは9.0以上、より好ましくは9.5以上になるように中和する。pHが低すぎる場合は、コバルト及び/又はニッケル並びにマンガンの各金属塩が十分に析出しないことが懸念される。但し、pHは10.0未満になるようにする。pHが10.0以上である場合、抽出残液に含まれ得るマグネシウムイオン、カルシウムイオン等も析出して、これが混合金属塩に含まれてしまうことが懸念される。この観点から、pHは9.8以下とすることが好ましい。
【0039】
仮に、酸性溶液や抽出残液が、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、リチウムイオン及びカルシウムイオンからなる群から選択される一種以上の金属イオンをも含む場合、上述したようにpHを調整することにより、そのような金属イオンの少なくとも一種を析出させずに液中に残すことが望ましい。これにより、混合金属塩の純度の向上を図ることができる。
【0040】
析出工程で抽出残液に添加するアルカリとしては、水酸化ナトリウム、アンモニア等が挙げられる。なかでも、水酸化ナトリウムを用いる場合、少量でpHを調整することができる点で好ましい。抽出残液に水酸化ナトリウムを添加すると、コバルト及び/又はニッケル並びにマンガンの少なくとも一部はそれぞれ水酸化物として析出する。この場合、混合金属塩には、コバルトの水酸化物及び/又はニッケルの水酸化物と、マンガンの水酸化物とが含まれる。
【0041】
その後の固液分離により得られる中和残渣中の混合金属塩には、コバルトの金属塩及び/又はニッケルの金属塩と、マンガンの各金属塩、たとえば、水酸化コバルト及び/又は水酸化ニッケルと、水酸化マンガン等が混合して含まれ得る。また、中和残渣は、各金属の酸化物Co3O4、Mn3O4、Mn2O3、Ni3O4などを含む場合がある。
【0042】
なお、必要に応じて、上記の中和残渣を水等で洗浄した後、硫酸酸性溶液に溶解させ、これを加熱濃縮し又は冷却することにより、硫酸コバルト及び/又は硫酸ニッケル、並びに硫酸マンガンを含む混合金属塩としてもよい。
【0043】
上述したようなコバルト及び/又はニッケル並びに、マンガンの各水酸化物又は各硫酸塩等を含む混合金属塩は、たとえば、コバルトの含有量が0質量%~60質量%、ニッケルの含有量が0質量%~60質量%、マンガンの含有量が1質量%~60質量%である場合がある。また、混合金属塩は、コバルト、ニッケル及びマンガン以外の不純物としてのナトリウムの含有量が60質量ppm以下、カルシウムの含有量が10質量ppm以下、マグネシウムの含有量が10質量ppm以下であることが好ましい。
このような混合金属塩は、コバルト、ニッケル及びマンガンの各メタルよりも、低コストで容易に回収でき、しかもリチウムイオン電池の製造に好適に用いられ得る可能性がある。
【実施例】
【0044】
次に、上述した混合金属塩の製造方法を試験的に実施したので以下に説明する。但し、ここでの説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0045】
表2に示す組成の酸性溶液43.4mLに対し、抽出剤としてVA-10を含む溶媒217mL(抽出溶媒S1)を用いて平衡pHを5.0として、アルミニウムの抽出・除去を行った。溶媒中のVA-10の濃度は25%、O/A比は1.0とした。ここでは、ニッケルイオン、コバルトイオン、マンガンイオンの大部分が抽出されず、アルミニウムイオンの大部分が抽出された。酸性溶液中の各金属濃度と抽出残液(抽出残液L1)中の各金属濃度、および、酸性溶液中の各金属の含有量と抽出残液(抽出残液L1)中の各金属の含有量から算出した抽出率を表2に示す。アルミニウムイオンが100%抽出された。一方、ニッケルイオンの抽出率は11%、コバルトイオンの抽出率は9%、マンガンイオンの抽出率は9%といずれも10%程度に留めることができた。なお、本試験では分液漏斗を用いて試験を行ったが、操業では向流多段で抽出を行うことで、アルミニウムイオンは抽出でき、ニッケルイオン、コバルトイオン、マンガンイオンは抽出させないことができると期待される。
【0046】
【0047】
次に、表3に示す組成の溶液(中和前液)に水酸化ナトリウムを添加して中和し、該中和前液のpHを9.0とした。これにより沈殿した沈殿物を、濾過により液体から分離させた。中和前液と中和後の濾液中の各金属濃度およびこれらの数値から算出した回収率を表3に、また沈殿物の組成(品位)を表4にそれぞれ示す。その結果、中和によって、マグネシウムイオンを88%、カルシウムイオンを98%除去でき、沈殿物にニッケルおよびコバルトは100%回収でき、マンガンについても77%回収できた。なお、中和工程によって生じる水酸化マンガンはpHを高くすることで析出するため、例えば、pHを9.5以上にすることで、より回収率を向上させることが可能であると考えられる。このとき、上述したように、pHが10.0以上である場合、Caの金属塩が析出しやすくなることから、pHは10.0未満とする。
【0048】
【0049】
【0050】
上記の結果から、酸性溶液に対して上記の工程で処理を行うことで、酸性溶液に含まれるアルミニウムについては全量を除去でき、ニッケルイオン、コバルトイオン、マンガンイオンの90%程度を沈殿物(混合金属塩)に回収することができることが確認できた。