(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-17
(45)【発行日】2023-03-28
(54)【発明の名称】重量が増大した植物の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01G 7/00 20060101AFI20230320BHJP
【FI】
A01G7/00 604Z
(21)【出願番号】P 2019219693
(22)【出願日】2019-12-04
【審査請求日】2022-06-28
(31)【優先権主張番号】P 2019027742
(32)【優先日】2019-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岩本 政雄
(72)【発明者】
【氏名】高野 誠
(72)【発明者】
【氏名】鐘ヶ江 弘美
【審査官】吉原 健太
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-520822(JP,A)
【文献】特開2010-233509(JP,A)
【文献】特開2007-145614(JP,A)
【文献】国際公開第03/020935(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 2/00 - 2/38
A01G 5/00 - 7/06
A01G 9/28
A01G 17/00 - 17/02
A01G 17/18
A01G 20/00 - 22/67
A01G 24/00 - 24/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量が増大した植物の製造方法であって、
フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度にて栽培する、方法。
【請求項2】
前記栄養素は、窒素、リン酸及びカリウムである、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重量が増大した植物の製造方法に関し、より詳しくは、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、高栄養条件下にて栽培することにより、当該機能が抑制されていない植物と比して重量が増大した植物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
国連が発表した「世界人口予測2017年改訂版」によると、世界で76億人いる人口は2030年までに86億人に達し、その後もさらに増加すると予測され、増加した人口を賄う農作物等の確保が急務となっている。さらに、地球温暖化対策としてバイオ燃料が注目されており、食料としてのみならず、その原料としての農作物の需要も、急速に拡大している。
【0003】
しかし、耕作可能な農地は限られていることから、単位面積又は植物一個体あたりの収量(重量)を増加させることが必要になる。このようなニーズに対応するために、農作物の生産性をより高めることのできる技術の開発が期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Takano M.ら、The Plant Cell、2001年、13巻、521~534ページ
【文献】Takano M.ら、The Plant Cell、2005年、17巻、3311~3325ページ
【文献】Gururani MA.ら、Biotechnol Adv.、2015年1-2月、33巻、1号、53-63ページ
【文献】長谷あきら等監修、植物の光センシング-光情報の受容とシグナル伝達(細胞工学別冊-植物細胞工学シリーズ)、「1-1 フィトクロム研究のたどってきた道」、秀潤社、2001年10月1日発行、37ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記課題に鑑みてなされたものであり、単位面積又は植物一個体あたりの収量の増加を可能とする、重量が増大した植物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ね、phyAを欠損したイネ(phyA欠損イネ)を、水耕液を用いて異なる栄養条件下で栽培した結果、高栄養条件では、phyA欠損イネの重量がその親品種よりも有意に増加することを明らかにした。一方、低栄養条件(前記高栄養条件と比して、各栄養素(窒素、リン及びカリウム等)の濃度が0.4倍となる条件)では親品種と比して顕著な変化が認められないことも見出した。
【0007】
フィトクロム(phy)は植物の主要な光受容体で、植物における多くの生理現象で重要な役割を果たすことが知られている。イネは異なる役割を担っている3個のphy(phyA、phyB、phyC)を有し、各phyをコードする遺伝子の欠損変異体(非遺伝子組換え体)が単離されている。しかしながら、通常の栽培条件下で育てたphyA欠損イネは親品種と比較して表現形質に違いが見られないことが報告されており(非特許文献1~4)、前述の高栄養条件下におけるphyA欠損イネの重量増大は、従前の知見から予期できない驚くべき効果であった。
【0008】
本発明者らはさらに、phyA欠損イネ及びその親品種を、野外の水田にて、疎植(株間30cm)又は密植(株間15cm、疎植と比べて2倍高い密度)にて育てることによって、1個体あたりの栄養条件(施肥量)を変化させ、疎植のイネは密植のイネに比べて栄養素が2倍となるようにした。なお、通常の水田栽培において、株間は一般的に15~20cmであるため、疎植のイネは通常の栽培条件と比して栄養素が1.5~2倍となる。
【0009】
その結果、疎植ではphyA欠損イネは親品種と比べて全植物体及び籾の乾燥重量が共に有意に増加することが明らかになった。一方、密植(通常の栽培条件)では、親品種と比べて全植物体及び籾の乾燥重量ともに変化が認められなかった。
【0010】
また、栽植密度を統一した上で、施肥量を通常の2倍として水田栽培を行なった結果、前記同様に、その高栄養条件下では、phyA欠損イネは親品種と比べて収量が増加することも確認できた。
【0011】
本発明は、上記知見に基づくものであり、より詳しくは、以下を提供するものである。
<1> 重量が増大した植物の製造方法であって、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度にて栽培する、方法。
<2> 前記栄養素は、窒素、リン酸及びカリウムである、<1>に記載の方法。
【0012】
なお、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、高栄養条件(通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度)にて栽培することによって、当該機能が抑制されていない植物と比して、重量が増大する理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。
【0013】
すなわち、本発明者らが、phyA欠損イネ及びその親品種にて、吸収される栄養素量を比較したところ、高栄養条件において、phyA欠損イネにおける多くの栄養素の吸収能が、親品種と比較して大きく促進することが明らかになった。このことから、高栄養条件下における当該栄養素吸収能の向上に伴い、植物重量の増大が生じたものと推察する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、重量が増大した植物を製造することが可能となり、ひいては、単位面積又は植物一個体あたりの収量の増加が可能となる。さらに、上述のとおり、本発明において用いられるフィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物は、栄養素(肥料)の吸収能が高いため、残存肥料が少なく、環境負荷が低減される。
【0015】
また、農作物においては、栽培環境適性や味覚、抵抗性等の特性の異なるさまざまな品種が存在し、生産者は目的に合った特性を有する品種を選択して栽培している。本発明によれば、このような品種において、ゲノム編集等によってフィトクロムA遺伝子の機能が抑制することにより、各品種の有する特性を変化させることなく、重量を増大、ひいては生産性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】phyA欠損イネ(系統 A♯1)及びその親品種の水耕栽培において、新しい高栄養水耕液又は低栄養水耕液に交換してから、4、24、48時間目までに吸収された乾燥重量(DW)当たりの各種栄養素の吸収量を測定した結果を示す、グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
後述の実施例に示すとおり、本発明者らは、phyAを欠損したイネを、高栄養条件で栽培することによって、その親品種よりも有意に増加することを明らかにした。一方、通常の栽培条件及び低栄養条件下での栽培では、親品種と比して顕著な変化が認められないことも見出している。
【0018】
したがって、本発明は、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度にて栽培する、重量が増大した植物の製造方法を、提供する。
【0019】
(植物)
本発明において重量増大の対象となる「植物」は、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制されれば、特に制限はなく、例えば、単子葉植物(例えば、イネ、トウモロコシ、ソルガム、コムギ等のイネ科植物)及び双子葉植物(例えば、トマト、ジャガイモ等のナス科植物)を含む被子植物、裸子植物、コケ植物、シダ植物、草本植物、並びに木本植物が挙げられる。さらに、これら植物の遺伝子組み換え体やゲノム編集体(例えば、除草剤耐性作物、害虫耐性作物、病害耐性作物、食味向上作物、保存性向上作物、収量向上作物)であっても良い。
【0020】
本発明によって増大する「重量」は、植物体全体の重量であってもよく、その一部分の重量であってもよい。一部分としては、特に制限はないが、種子、果実、茎、葉、根、塊茎、花等が挙げられる。また、重量は、乾燥重量であってもよく、新鮮重量(生重量)であってもよい。本発明において、「重量が増大した」とは、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制されていない植物と比較して、前述の植物体全体又は少なくとも一部分の重量が有意に増大していることが意味する。
【0021】
(フィトクロムA遺伝子)
本発明において「フィトクロムA遺伝子」とは、光受容タンパク質の1種であるフィトクロムA(phyA)をコードする遺伝子であり、例えば、下記表に示すアミノ酸配列を含むタンパク質をコードする遺伝子(下記表に示すヌクレオチド配列を含むタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。なお、表1において「遺伝子数」は、各植物種が有するフィトクロムA遺伝子の遺伝子数(パラロガス遺伝子の数)を示す。
【0022】
【0023】
また、自然界においてもヌクレオチド配列が変異することは起こり得ることである。そして、それに伴いコードするアミノ酸も変化し得る。したがって、本発明のフィトクロムA遺伝子には、その機能が抑制されることによって、植物の重量を増大する活性を有するタンパク質をコードする限り、表1に記載のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子も含まれる。ここで「複数」とは、通常500アミノ酸以内、好ましくは400アミノ酸以内、より好ましくは300アミノ酸以内、さらに好ましくは200アミノ酸以内、より好ましくは150アミノ酸以内、さらに好ましくは100アミノ酸以内、より好ましくは50アミノ酸以内(例えば、40アミノ酸以内、30アミノ酸以内、20アミノ酸以内)、さらに好ましくは10アミノ酸以内、特に好ましくは数個のアミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、4アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸以内)である。
【0024】
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の遺伝子のヌクレオチド配列情報を利用して、同種若しくは他の植物から、その相同遺伝子を同定することが可能である。相同遺伝子を同定するための方法としては、例えば、ハイブリダイゼーション技術(Southern,E.M.,J.Mol.Biol.,98:503,1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki,R.K.,et al.Science,230:1350-1354,1985、Saiki,R.K.et al.Science,239:487-491,1988)が挙げられる。相同遺伝子を同定するためには、通常、ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件としては、6M 尿素、0.4% SDS、0.5xSSCの条件又はこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を例示できる。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M 尿素、0.4%SDS、0.1xSSCの条件を用いれば、より相同性の高い遺伝子の単離を期待することができる。本発明のフィトクロムA遺伝子には、その機能が抑制されることによって、植物の重量を増大する活性を有するタンパク質をコードする限り、表1に記載のうちのいずれかに記載のヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAを含む遺伝子が含まれる。
【0025】
同定された相同遺伝子がコードするタンパク質は、通常、前記特定の遺伝子がコードするそれと高い相同性(高い類似性)、好ましくは高い同一性を有する。ここで「高い」とは、少なくとも60%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)のことである。フィトクロムA遺伝子には、その機能が抑制されることによって、植物の重量を増大する活性を有するタンパク質をコードする限り、表1に記載のうちのいずれかに記載のアミノ酸配列と60%以上の相同性(類似性)又は同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子が含まれる。
【0026】
配列の相同性は、BLASTのプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403-410,1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,87:2264-2268,1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:5873-5877,1993)に基づいている。例えば、BLASTによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res.25:3389-3402,1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
【0027】
上述の本発明のフィトクロムA遺伝子がコードするタンパク質が、その機能が抑制されることによって、植物の重量を増大する活性を有するか否かは、例えば、後述の実施例に示すように、当該遺伝子の機能を抑制することにより、高栄養条件下で栽培した植物の重量が増大しているか否かを検定することにより判定することができる。
【0028】
(フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物)
本発明において、「フィトクロムA遺伝子の機能の抑制」には、該機能の完全な抑制(阻害)及び部分的な抑制の双方が含まれる。また、複数のフィトクロムA遺伝子(phyA1~phyA5等のパラロガス遺伝子)を有する植物種も存在する(例えば、表1に示すコムギにおいて、AEA40430、AEA40439及びAEA40449にて示されるアミノ酸配列をコードする遺伝子は、各々phyA1遺伝子、phyA2遺伝子及びphyA3遺伝子である)。かかる植物種の場合、少なくとも1のフィトクロムA遺伝子(例えば、コムギにおいてphyA1遺伝子のみ)の機能が抑制されていればよいが、全てのフィトクロムA遺伝子(例えば、コムギにおいてはphyA1遺伝子、phyA2遺伝子及びphyA3遺伝子)の機能が抑制されていることが好ましい。また、フィトクロムA遺伝子の機能の抑制には、フィトクロムA遺伝子の発現抑制の他、フィトクロムA遺伝子がコードするタンパク質の活性の抑制が含まれる。そして、かかる抑制は、例えば、フィトクロムA遺伝子のコード領域、非コード領域、転写制御領域(プロモーター領域)等に変異を導入することによって行なうことができる。
【0029】
本発明において、フィトクロムA遺伝子に導入される変異としては、該遺伝子の機能を抑制する限り特に制限はなく、例えば、ヌクレオチドの置換、欠失、付加、及び/又は挿入が挙げられるが、ナンセンス変異、フレームシフト変異、ヌル変異が好ましい。また、フィトクロムA遺伝子に導入される変異の個数としても、該遺伝子の機能を抑制する限り特に制限はなく、1個でもよく、また複数個(例えば、2個、3個以下、5個以下、10個以下、20個以下、30個以下、40個以下、50個以下)でもよい。
【0030】
また、フィトクロムA遺伝子に導入される変異としては、当該遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列全部を失わせる必要はなく、その一部が失われるか変化するように当該遺伝子内に導入されてもよい。
【0031】
なお、遺伝子の変異により発現するタンパク質の一部が欠失する場合、通常、全体の20%以上が欠失していればよく、好ましくは30%以上、より好ましくは40%以上、さらに好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上(例えば、85%以上、90%以上、95%以上)欠失していればよい。
【0032】
また、このような一部を欠失させるような変異において、フィトクロムA遺伝子がコードするタンパク質の活性を奏する上で重要であると想定される領域又は部位を欠失させるような変異が挙げられる。かかる領域は、例えば、上記表1に示すGenBankアクセッション番号にて特定される各配列において、それら領域等の情報が「Region」及び「Site」として示されているので、当業者であれば把握することができる。それら領域等の中で、フィトクロムA遺伝子がコードするタンパク質の活性を奏する上で重要な、光受容を行なう発色団が結合する領域であることから、GAFドメインにおいて、その全部又は一部が欠失するような変異が導入されることが好ましい。なお、例えば、イネフィトクロムA(XP_015630340に記載のアミノ酸配列からなる)において、GAFドメインは220~412位のアミノ酸からなる領域である。
【0033】
フィトクロムA遺伝子への変異の導入は、当業者であれば公知の変異導入方法により達成することができる。かかる公知の方法としては、ゲノム編集法、物理的変異導入法、化学的変異剤を用いる方法、トランスポゾン等をゲノムDNAに導入する方法が挙げられるが、これらに限定はされない。
【0034】
ゲノム編集法は、部位特異的なヌクレアーゼ(例えば、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)、CRISPR-Cas9等のDNA二本鎖切断酵素)を利用して、標的遺伝子を改変する方法である。例えば、ZFNs(米国特許6265196号、8524500号、7888121号、欧州特許1720995号)、TALENs(米国特許8470973号、米国特許8586363号)、ヌクレアーゼドメインが融合されたPPR(pentatricopeptiderepeat)(Nakamura et al.,Plant Cell Physiol 53:1171-1179(2012))等の融合タンパク質や、CRISPR-Cas9(米国特許8697359号、国際公開2013/176772号)、CRISPR-Cpf1(Zetsche B.et al.,Cell,163(3):759-71,(2015))やTarget-AID(K.Nishida et al.,Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems, Science,DOI:10.1126/science.aaf8729,(2016))等のガイドRNAとタンパク質の複合体を用いる方法が挙げられる。
【0035】
物理的変異導入法としては、例えば、重イオンビーム(HIB)照射、速中性子線照射、ガンマ線照射、紫外線照射が挙げられる(Hayashiら、Cyclotrons and Their Applications、2007年、第18回国際会議、237~239ページ、及び、Kazamaら、Plant Biotechnology、2008年、25巻、113~117ページ参照のこと)。
【0036】
化学的変異剤を用いる方法としては、例えば、化学変異剤によって種子等を処理する方法(Zwar及びChandler、Planta、1995年、197巻、39~48ページ等 参照)が挙げられる。化学変異剤としては特に制限はないが、エチルメタンスルホート(EMS)、N-エチル-N-ニトロソウレア(ENU)、N-メチル-N-ニトロソウレア(MNU)、アジ化ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、ヒドリキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトログアニジン(MNNG)、N-メチル-N’-ニトロソグアニジン(NTG)、O-メチルヒドロキシルアミン、亜硝酸、蟻酸及びヌクレオチド類似体が挙げられる。
【0037】
トランスポゾン等をゲノムDNAに導入する方法としては、例えば、TOS17等のトランスポゾン、T-DNA等を植物のゲノムDNAに挿入する方法が挙げられる(Kumarら、Trends Plant Sci.、2001年、6巻、3号、127~134ページ、及び、Tamaraら、Trends in Plant Science、1999年、4巻、3号、90~96ページ 参照)。
【0038】
以上の方法により変異が導入された植物については、公知の方法により、フィトクロムA遺伝子に変異が導入されていることを確認することができる。かかる公知の方法としては、例えば、DNAシークエンス法(次世代シークエンシング法等)、PCR法、マイクロアレイを用いた解析法、サザンブロット法、ノーザンブロット法が挙げられる。かかる方法によれば、フィトクロムA遺伝子に変異が導入されているか否かを、変異導入前後の当該遺伝子の配列又は長さを比較することによって判断することができる。また、ノーザンブロット法、RT-PCR法、ウェスタンブロット法、ELISA法、マイクロアレイによる解析法等を利用することにより、転写制御領域等に変異が導入された植物において、フィトクロムA遺伝子の転写産物又は翻訳産物の発現量の低下が認められれば、該植物はフィトクロムA遺伝子に変異が導入された植物であると確認することもできる。
【0039】
また、フィトクロムA遺伝子に変異が導入されていることを確認する他の方法として、TILLING(標的誘導型ゲノム特定位傷害、Targeting Induced Local Lesions IN Genomes)が挙げられる(Sladeら、Transgenic Res.、2005年、14巻、109~115ページ、及び、Comaiら、Plant J.、2004年、37巻、778~786ページ 参照)。特に、前述の重イオンビーム照射や化学的変異剤等を用いて植物ゲノム中に非選択的変異を導入した場合には、フィトクロムA遺伝子又はその一部をPCRで増幅した後に、該増幅産物に変異を有する個体を、前記TILLING等により選抜することができる。この場合にも、フィトクロムA遺伝子のヌル変異体を有する植物を得ることができる。
【0040】
また、上述の方法により変異が導入された植物と野生型の植物とを交配させ、戻し交配を行うことにより、フィトクロムA遺伝子以外の遺伝子に導入された変異を除去することもできる。
【0041】
フィトクロムA遺伝子に変異を導入することにより当該遺伝子の機能が抑制された植物が、フィトクロムA遺伝子のヘテロ接合体(heterozygote)である場合がある。そのような場合、例えば、当該ヘテロ接合体とコントロール植物とを交配して得られるF1植物体同士を交配してF2植物体を得ることにより、当該F2植物体から当該変異が導入されたフィトクロムA遺伝子を有するホモ接合体(homozygote)を選抜することができる。またフィトクロムA遺伝子の機能が完全に抑制されるという観点から、ホモ接合体であることが好ましい。この場合、「当該変異が導入されたフィトクロムA遺伝子を有するホモ接合体である植物」には、互いに同一である変異を有するフィトクロムA対立遺伝子(allele)を2つ有する植物だけでなく、第1の変異を有し活性が抑制されたタンパク質をコードする第1のフィトクロムA対立遺伝子と、第2の変異を有し活性が抑制されたタンパク質をコードする第2のフィトクロムA対立遺伝子とを有する植物が含まれる。
【0042】
本発明において、フィトクロムA遺伝子の機能を抑制する方法として、上述の変異導入の他、フィトクロムA遺伝子の転写産物と相補的なdsRNA(二重鎖RNA、例えばsiRNA)をコードするDNAを用いる方法、フィトクロムA遺伝子の転写産物と相補的なアンチセンスRNAをコードするDNA(アンチセンスDNA)を用いる方法、フィトクロムA遺伝子の転写産物を特異的に開裂するリボザイム活性を有するRNAをコードするDNA用いる方法(リボザイム法)といった、フィトクロムA遺伝子の転写産物を標的とする方法も挙げられる。
【0043】
本発明において、フィトクロムA遺伝子機能の抑制は、上述の方法等に応じ、種々の植物体、種子又は植物細胞に対して行うことができる。植物細胞には、植物由来の培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。さらに、種々の形態の植物由来の細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス、未熟胚、花粉等が含まれる。
【0044】
また、本発明において、上述の、部位特異的ヌクレアーゼ、融合タンパク質又はガイドRNAとタンパク質の複合体をコードするDNA、トランスポゾンをコードするDNA、二重鎖RNAをコードするDNA、アンチセンスRNAをコードするDNA、リボザイム活性を有するRNAをコードするDNA等を、ベクターに挿入した形態にて植物の細胞に導入してもよい。
【0045】
フィトクロムA遺伝子の機能を抑制するための前記DNAが挿入されるベクターとしては、植物細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はないが、前記DNAを恒常的又は誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター、イネのアクチンプロモーター、トウモロコシのユビキチンプロモーター等が挙げられる。また、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布等の外因によって発現することが知られているプロモーター等が挙げられる。さらに、本発明にかかるDNAとしてsiRNA等の短いRNAをコードするDNAを発現させるためのプロモーターとしては、polIII系のプロモーターが好適に用いられる。
【0046】
植物細胞へ前記DNA又は該DNAが挿入されたベクター等を導入する方法としては、例えば、パーティクルガン法、アグロバクテリウムを介する方法(アグロバクテリウム法)、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)等、当業者に公知の種々の方法を用いることができる。
【0047】
なお、DNAの形態をとらずとも、上述の、部位特異的ヌクレアーゼ、融合タンパク質、トランスポゾンは、タンパク質として、上述の、ガイドRNA、二重鎖RNA、アンチセンスRNA、リボザイム活性を有するRNAは、RNAとして、植物細胞に導入しても、変異を導入することはできる。
【0048】
また、上述の方法等により遺伝子の機能が人為的に抑制された植物細胞から植物体を再生することにより、重量が増大した植物を得ることができる。
【0049】
例えば、イネにおいて、形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体を再生させる方法(Datta,S.K.In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg Eds.)pp66-74,1995)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体を再生させる方法(Toki et al.Plant Physiol.100,1503-1507,1992)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法(Christou et al.Bio/technology,9:957-962,1991)及びアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法(Hiei et al.Plant J.6:271-282,1994)など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。
【0050】
また、その他の植物であっても、Tabeiら(田部井豊 編、「形質転換プロトコール[植物編]」、株式会社化学同人、2012年9月20日出版)に記載に方法を用い、形質転換及び植物体への再生を行なうことができる。
【0051】
また、上述の方法等により、一旦、フィトクロムA遺伝子の機能が抑制されている植物体が得られれば、該植物体から有性生殖又は無性生殖により子孫を得ることが可能である。さらに、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。したがって本発明には、前記重量が増大した植物の子孫及びクローン、並びに、それらの繁殖材料が含まれる。
【0052】
以上、本発明に係る「フィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物」の好適な態様について説明したが、当該植物は、上述の人為的な変異導入等によるものに限定されるものではなく、自然変異によってフィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物も含まれる。
【0053】
また、農作物は、栽培環境適性や味覚、抵抗性等の特性の異なるさまざまな品種が存在し、生産者は目的に合った特性を有する品種を選択して栽培している。そのため、このような既存の品種において、上述の方法等により、フィトクロムA遺伝子の機能を抑制すれば、各品種の有する特性を変化させることなく重量を増大(生産性を向上)させることができる。
【0054】
(植物の栽培方法)
後述の実施例に示すとおり、本発明の製造方法において、上述のフィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度にて栽培することによって、重量が増大した植物を得ることができる。
【0055】
本発明に係る「栄養素」は、植物の生長に関与する栄養素であればよく、必須栄養素であってもよく、有用栄養素であってもよい。必須栄養素としては、例えば、多量一次要素(窒素、リン、カリウム、炭素、水素、酸素)、多量二次要素(マグネシウム、カルシウム、硫黄)、微量要素(ホウ素、塩素、マンガン、鉄、亜鉛、銅、モリブデン、ニッケル)が挙げられる。これらの中で、本発明に係る栄養素として、窒素、リン及びカリウムが好ましく、窒素、リン、カリウム及びマグネシウムがより好ましい。
【0056】
また、前述の栄養素の通常の栽培条件における濃度は、当業者であれば、各植物品種に対し、土壌特性に基づき設定された標準施肥量(例えば、日本農林水産省が示す施肥基準)として理解することができる。より具体的には、表2に示す施肥量が、各植物種における通常の栽培条件における栄養素の濃度として挙げられる。
【0057】
【0058】
なお、表2において、イネは粘質土にて栽培した場合の施肥基準を示す(但し、コシヒカリ等を、粘質の泥炭・黒泥土にて栽培する場合の、五酸化二リンの施肥基準は、表2に記載の8kg/10aの代わりに10kg/10aとなる)。
【0059】
本発明において、上述のフィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物を、前述の通常の栽培条件における栄養素の濃度と比して少なくとも1.5倍高い濃度にて栽培すればよいが、1.7倍高い濃度での栽培が好ましく、2倍高い濃度での栽培がより好ましく、2.5倍高い濃度での栽培がさらに好ましく、3倍高い濃度での栽培がより好ましく、3.5倍高い濃度での栽培がさらに好ましく、4倍高い濃度での栽培がより好ましい。また、栄養素量は、土壌又は水等への添加量を調整することのみならず、例えば、後述の実施例2に示すとおり、栽培間隔を調整することによっても、通常の栽培条件よりも少なくとも1.5倍高い濃度とすることができる。
【0060】
本発明の製造方法における栽培期間としても特に制限はなく、種子からの栽培であってもよく、苗(実生苗、幼苗等)からの栽培であってもよい。栽培の期間としても特に制限はなく、例えば、幼苗期、生育期、繁茂期、成熟期、開花期及び結実期から選択される少なくとも1の期間を含むものであってもよい。また、栽培の終期としても特に制限はなく、例えば、幼苗期、生育期、繁茂期、成熟期、開花期、結実期迄が挙げられる。
【実施例】
【0061】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、本実施例は、以下に示す材料及び方法を用いて行なった。
【0062】
(イネ)
phyAを欠損したイネ(phyA欠損イネ)及びその親品種である日本晴を、以下の実験に供した。phyA欠損イネは、旧農業生物資源研究所で作製されたレトロトランスポゾンTos17による突然変異体集団(ミュータントパネル)より選抜されたイネである(非特許文献1及び2 参照)。後述の実施例1及び4においては、phyA欠損イネ 系統A♯1を用い、実施例2においては、系統A♯1とは独立した系統であるphyA欠損イネ 系統A#2を用いた。実施例3においては前記A♯1とA♯2の2系統を用いた。
【0063】
(水耕栽培)
330mLの下記高栄養又は低栄養の水耕液あたり、6本のイネを用い、水耕栽培を実施した。水耕液は2日ごとに新しい液に交換し、イネは5葉期になるまで(おおよそ3週間)育てた。水耕液は、以下のとおりに、各種ストック液を混合して調製した。
【0064】
ストック液(I~V液)
I液(500mLストック)
KNO3(硝酸カリウム、MW=101.1) 101.1g(2M)
NH4H2PO4(りん酸二水素アンモニウム、MW=115.03) 57.5g(1M)
II液(200mLストック)
MgSO4-7H2O(硫酸マグネシウム七水和物、MW=246.48) 49.3g(1M)
III液(100mLストック)
CaCl2-2H2O(塩化カルシウム二水和物、MW=147.01) 73.5g(5M)
IV液(200mLストック)
H3BO3(ホウ酸、MW=61.83) 0.572g(46.26mM)
MnSO4-5H2O(硫酸マンガン(II)五水和物、MW=241.08) 0.307g(6.37mM)
CuSO4-5H2O(硫酸銅(II)五水和物、MW=249.7) 0.012g(0.24mM)
ZnSO4-7H2O(硫酸亜鉛(II)七水和物、MW=287.56) 0.156g(2.71mM)
K2MoO4(モリブデン酸カリウム、MW=238.13) 0.023g(0.48mM)
V液(100mLストック)
EDTA-Na-Fe(II)-H2O(Fe-EDTA、MW=385.06) 0.193g(50mM)。
【0065】
高栄養の水耕液は、I液 500μL、II液 500μL、III液 100μL、IV液 500μL及びV液 250μLを、超純水(Mili-Q)にて1Lになるよう希釈し、調製した。一方、低栄養の水耕液は、高栄養の水耕液を超純水(Mili-Q)で2.5倍希釈して調製した。
【0066】
水耕栽培において、イネはグロースキャビネット(サンヨー社製。製品番号:MLR-350)内で16時間明期/8時間暗期の光条件下で育てた。光源は、植物栽培用蛍光灯のビオルックス-A(NEC社製)を使用し、温度は28度設定、湿度設定なしで栽培した。
【0067】
(水田栽培)
後述の実施例2においては、2005年5月中旬にイネ幼植物(4から5葉期のイネ)を水田に移植した。肥料(基肥、穂肥)は通常の施肥量で実施した。具体的には、表2に示す日本晴の普通作物栽培基準に基づく施肥量にて栽培を行なった。イネ幼植物は30センチ(疎植)又は15センチ(密植)の間隔で水田に移植した。
【0068】
また、後述の実施例3においては、2019年5月中旬にイネ幼植物(4から5葉期のイネ)を、15cmの間隔で2区画の水田に移植した。そして、水田圃場2区画あるうちの1区画は通常の栄養条件(表2に示す日本晴の普通作物栽培基準に基づく施肥量)にて、もう1区画は高栄養条件(前記通常の栄養条件と比べて2倍の施肥量)にて栽培を行なった。
【0069】
(栄養素量の測定)
新しい水耕液交換後4、24、48時間後にサンプリングした水耕液を13AI 0.2μm クロマトディスク(ジーエルサイエンス社製)でろ過処理し、各栄養素含量をイオンクロマトグラフ(ダイオネックス社製)を用いて測定した。
【0070】
(実施例1)
上述のとおり、水耕液を用い、低栄養条件又は高栄養条件(低栄養条件と比べて栄養素が2.5倍濃い)にて、phyA欠損イネ及び親品種を栽培した。そして、得られた各幼苗を、地上部と根に分けて乾燥重量を測定した。得られた結果を表3に示す。
【0071】
【0072】
表3において、「A#1」及び「WT」は各々phyA欠損イネ(系統 A#1)及び親品種のデータを示す。データは平均値±標準誤差(SE)にて示す(n=5)。また、スチューデントt-検定によって親品種での値と比べて顕著に異なった、phyA欠損イネにおける値にはアスタリスクを付している(*P<0.05)。
【0073】
表3に示した結果から明らかなように、低栄養条件ではphyA欠損イネと親品種とで顕著な変化は認められなかった。その一方で、高栄養条件では、phyA欠損イネの重量は、親品種のそれよりも有意に増加することが明らかになった。
【0074】
(実施例2)
上述のとおり、水田において、疎植(株間:30cm、高栄養条件)又は密植(株間:15cm、通常の栄養条件)にてphyA欠損イネ及び親品種を籾が成熟するまで栽培した。そして、得られた全植物体及び籾の乾燥重量を測定した。得られた結果を表4に示す。
【0075】
なお、通常の水田栽培において、株間は一般的には15~20cmである(株式会社クボタのWebサイト内、http://www.tanbo-kubota.co.jp/foods/watching/15_2.html 参照)。そのため、前記疎植のイネは通常の栽培条件と比して栄養素が1.5~2倍となる。
【0076】
【0077】
表4において、「A#2」及び「WT」は各々phyA欠損イネ(系統 A#2)及び親品種のデータを示す。データは平均値±標準誤差(SE)にて示す(全植物体重量はn=20、籾重量はn=16)。また、スチューデントt-検定によって親品種での値と比べて有意に異なった、phyA欠損イネにおける値にはアスタリスクを付している(*P<0.05;**P<0.01)。
【0078】
表4に示した結果から明らかなように、疎植ではphyA欠損イネは親品種と比べて全植物体及び籾の乾燥重量がともに1.1倍増加することが明らかになった。一方、密植(通常の栄養条件下)では、親品種と比べて全植物体及び籾の乾燥重量ともに変化が認められなかった。
【0079】
(実施例3)
上述のとおり、水田において、通常の栄養条件下又は高栄養条件(施肥量2倍)にてphyA欠損イネ(2系統)及び親品種を籾が成熟するまで栽培した。そして、得られたイネの穂及び地上部(穂以外の部分)の乾燥重量を測定した。得られた結果を表5に示す。
【0080】
【0081】
表5において、「A♯1」及び「A♯2」はphyA欠損イネの独立した2系統の各データを示し、「WT」は親品種のデータを示す。データは平均値±標準誤差(SE)にて示す(高栄養条件下での栽培:n=15、通常の栄養条件下での栽培:n=16)。また、スチューデントt-検定によって親品種での値と比べて有意に異なった、phyA欠損イネにおける値にはアスタリスクを付している(***P<0.001)。
【0082】
表5に示した結果から明らかなように、phyA欠損イネの2系統においては共に、高栄養条件下での栽培にて、親品種と比して収量における顕著な増加が認められた。
【0083】
(実施例4)
実施例1~3に示すとおり、高栄養条件にてphyA欠損イネを栽培した結果、その重量は親品種と比して増大した。このことから、phyA欠損イネの栄養素の吸収能力が、高栄養条件下において促進することが予想される。
【0084】
そこで、栄養素吸収能力について調べるために、上述のとおり、水耕栽培を行い、新しい高栄養水耕液又は低栄養水耕液に交換してから、4、24、48時間目にサンプリングした水耕液の各栄養素含量を測定し、残存量から吸収された乾燥重量(DW)当たりの各種栄養素の吸収量を算出した。そして、各種栄養素の吸収量について親品種及びphyA欠損イネの間で比較した。得られた結果を
図1に示す。
【0085】
図1において、「A/WT_Low」は、低栄養水耕液交換後における、親品種の各種栄養素の吸収量に対する、phyA欠損イネのそれの比率を示し、「A/WT_High」は、高栄養水耕液交換後における、親品種の各種栄養素の吸収量に対する、phyA欠損イネのそれの比率を示す。アンモニウムイオン(NH
4
+)及び硝酸イオン(NO
3
-)における「ND」は、24時間目以降に親品種及び/又はphyA欠損イネが吸収し尽くしてしまったために栄養素吸収量比が算出できなかったことを示す。一方、硫酸イオン(SO
4
2-)及びカルシウムイオン(Ca
2+)の4時間目における「ND」は、吸収量よりも植物体内から外への排出量の方が多いために栄養素吸収量比が算出できなかったことを示す。なお、イネにおける栄養素吸収が促進される時間は各栄養素ごとに異なり、窒素成分のアンモニウムイオン(NH
4
+)及び硝酸イオン(NO
3
-)は4時間目で吸収が盛んになるのに対し、他の栄養素は24時間目以降に吸収が促進する。
【0086】
図1に示した結果から明らかなように、低栄養条件下では、phyA欠損イネ及び親品種において、各種栄養素の吸収量の顕著な差が認められなかった。一方、高栄養条件下では、phyA欠損イネにおける各種栄養素の吸収量は概して、親品種のそれと比して増大していることが明らかになった。この結果から、実施例1~3において見出された高栄養条件下におけるphyA欠損イネの重量増大は、各種栄養素の吸収能の増大に依ることが示唆される。
【産業上の利用可能性】
【0087】
以上説明したように、本発明によれば、重量が増大した植物を製造することが可能となり、ひいては、単位面積又は植物一個体あたりの収量の増加が可能となる。また、本発明において用いられるフィトクロムA遺伝子の機能が抑制された植物は、栄養素(肥料)の吸収能が高いため、残存肥料が少なく、環境負荷が低減される。したがって、本発明は、農業分野において有用である。