(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-20
(45)【発行日】2023-03-29
(54)【発明の名称】化学強化用ガラス
(51)【国際特許分類】
C03C 3/091 20060101AFI20230322BHJP
C03C 3/093 20060101ALI20230322BHJP
C03C 21/00 20060101ALI20230322BHJP
【FI】
C03C3/091
C03C3/093
C03C21/00 101
(21)【出願番号】P 2020512228
(86)(22)【出願日】2019-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2019014386
(87)【国際公開番号】W WO2019194110
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2021-08-12
(31)【優先権主張番号】P 2018072487
(32)【優先日】2018-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】村山 優
(72)【発明者】
【氏名】小池 章夫
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-020921(JP,A)
【文献】国際公開第2017/126607(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/162845(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 3/085
C03C 3/087
C03C 3/091
C03C 3/093
C03C 21/00
INTERGLAD
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物基準のモル百分率表示で、
SiO
2を55~
68%、
Al
2O
3を10~25%、
Li
2Oを1~20%、
Na
2
Oを2%超6%以下、
CaOを0~8%、
SrOを
0.5~2%、
ZrO
2を0~5%
、および
B
2
O
3
を0.5~10%含有し、
CaOおよびSrOの含有量の合計が1.5~10%、
Na
2OおよびK
2Oの含有量の合計が3~11%、
次式で表される値Xが0.1~1.1である化学強化用ガラス。
X=([Li
2O]+[K
2O])/[Al
2O
3]
ただし[Al
2O
3]、[Li
2O]、[K
2O]は各成分のモル百分率表示の含有量である。
【請求項2】
MgO、BaOおよびZnOの含有量の合計が0~5%である請求項1に記載の化学強化用ガラス。
【請求項3】
粘度が10
4dPa・sとなる温度(T4)が1050~1300℃である請求項1
または2のいずれか一項に記載の化学強化用ガラス。
【請求項4】
失透温度が、粘度が10
4dPa・sとなる温度(T4)より120℃高い温度(T4+120℃)以下である請求項1~
3のいずれか一項に記載の化学強化用ガラス。
【請求項5】
失透温度が、粘度が10
5.5dPa・sとなる温度(T5.5)以上である請求項1~
4のいずれか一項に記載の化学強化用ガラス。
【請求項6】
粘度が10
2dPa・sとなる温度(T2)が1400~1800℃である請求項1~
5のいずれか一項に記載の化学強化用ガラス。
【請求項7】
厚さが0.8mmのガラス板として450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して2段階の化学強化を行った場合の、表面圧縮応力が950MPa以上であり、表面圧縮応力層深さが100μm以上である、請求項1~
6のいずれか一項に記載の化学強化用ガラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学強化用ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話、スマートフォン、携帯情報端末(PDA)、タブレット端末等のモバイル機器のディスプレイ装置の保護ならびに美観を高めるために、化学強化ガラスからなるカバーガラスが用いられている。
【0003】
化学強化ガラスにおいては、表面圧縮応力(値)(CS)や圧縮応力層深さ(DOC)が大きくなるほど強度が高くなる傾向がある。一方で、表面圧縮応力との均衡を保つために、ガラス内部には内部引張応力(CT)が発生するので、CSやDOCが大きいほどCTが大きくなる。CTが大きいガラスが割れるときには、破片数が多くなり、破片が飛散しやすい。
【0004】
特許文献1には、2段階の化学強化処理によって、折れ曲がった線で表される応力プロファイルを形成することで内部引張応力を抑制しながら表面圧縮応力を大きくできることが記載されている。具体的には、比較的カリウム塩濃度の低いKNO3/NaNO3混合塩を1段目の化学強化に、比較的カリウム塩濃度の高いKNO3/NaNO3混合塩を2段目の化学強化に用いる方法などが提案されている。
また、特許文献2には2段階の化学強化処理により、比較的大きい表面圧縮応力と圧縮応力層深さが得られるリチウムアルミノシリケートガラスが開示されている。リチウムアルミノシリケートガラスは、1段目の化学強化処理にナトリウム塩を用い、2段目の化学強化処理にカリウム塩を用いる2段階の化学強化処理によって、CSおよびDOCをともに大きくできる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開第2015/259244号明細書
【文献】日本国特表2013-520388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
最近では、より薄くて軽いカバーガラスや、曲面状等に加工されたカバーガラスの需要が高まっており、表面圧縮応力値(CS)と圧縮応力層深さ(DOC)を同時に大きくできるリチウムアルミノシリケートガラスが注目されている。
しかし、リチウムアルミノシリケートガラスは、ガラスの製造工程において、または、得られたガラスを曲げ加工等する工程において、失透しやすい傾向がある。
本発明は、失透が生じにくく、かつ、大きなCSと大きなDOCを達成可能な化学強化用ガラスの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、酸化物基準のモル百分率表示で、
SiO2を55~70%、
Al2O3を10~25%、
Li2Oを1~20%、
CaOを0~8%、
SrOを0~8%、および
ZrO2を0~5%含有し、
CaOおよびSrOの含有量の合計が1.5~10%、
Na2OおよびK2Oの含有量の合計が3~11%、
次式で表される値Xが0.1~1.1である化学強化用ガラスを提供する。
X=([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]
ただし[Al2O3]、[Li2O]、[K2O]は各成分のモル百分率表示の含有量である。
【0008】
前記化学強化用ガラスは、MgO、BaOおよびZnOの含有量の合計が0~5%であることが好ましい。また、B2O3の含有量が0~10%であることが好ましい。
【0009】
また、粘度が104dPa・sとなる温度(T4)が1050~1300℃であることが好ましい。
また、失透温度が、104dPa・sとなる温度(T4)より120℃高い温度(T4+120℃)以下であることが好ましい。
また、失透温度が、105.5dPa・sとなる温度(T5.5)以上であることが好ましい。
また、粘度が102dPa・sとなる温度(T2)が1400~1800℃であることが好ましい。
また、厚さが0.8mmのガラス板として450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して2段階の化学強化を行った場合の、表面圧縮応力(後述のCS2)が950MPa以上であり、表面圧縮応力層深さ(後述のDOC3)が100μm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、失透が生じにくく、かつ、大きな表面圧縮応力値(CS)と大きな圧縮応力層深さ(DOC)を有する化学強化ガラスが提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、仮想温度と屈折率の関係を示すグラフの一例である。
【
図2】
図2は、失透成長速度測定に用いた白金容器の略図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の化学強化用ガラスについて詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。
本明細書において、「化学強化ガラス」は、化学強化処理を施した後のガラスを指す。また、「化学強化用ガラス」は、化学強化処理を施す前のガラスを指す。
本明細書において化学強化用ガラスのガラス組成を、化学強化ガラスの母組成ということがある。化学強化ガラスでは通常、ガラス表面部分にイオン交換による圧縮応力層が形成されるので、イオン交換されていない部分のガラス組成は化学強化ガラスの母組成と一致する。
【0013】
本明細書において、ガラス組成は酸化物基準のモル百分率表示で示し、モル%を単に%と記載することがある。また、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
ガラス組成において「実質的に含有しない」とは、原材料等に含まれる不可避の不純物を除いて含有しない、すなわち、意図的に含有させたものではないことを意味する。具体的には、たとえば、遷移金属酸化物等の着色成分の場合、ガラス組成中の含有量は0.01モル%未満である。また、上記着色成分以外の酸化物の場合、ガラス組成中の含有量は0.1モル%未満である。
【0014】
本明細書において「応力プロファイル」は、ガラス表面からの深さを変数として圧縮応力値を表したパターンである。負の圧縮応力値は、引張応力を意味する。
【0015】
以下において、ガラスの「表面圧縮応力値」は、特に断らない限り厚さ0.8mmのガラス板をガラス転移点Tgより50℃高い温度に1時間以上保持した後、0.5℃/minの冷却速度で徐冷したガラス板を用いて、化学強化処理を行った時の表面圧縮応力値である。化学強化処理によって生じる表面圧縮応力は、そのガラスの仮想温度が低いほど大きくなる傾向があり、ガラスの仮想温度はそのガラスが受けた熱履歴(たとえば冷却速度)の影響を受ける。そこで熱処理と徐冷によって仮想温度の影響を除いて評価する。
【0016】
また、「β-OH値」は、FT-IR法によって測定された波数4000cm-1における透過率X1(%)、水酸基の吸収波数である3570cm-1付近における最小透過率X2(%)およびガラス板の厚さt(単位:mm)から、式(1)によって求められる。
β-OH値=(1/t)log10(X1/X2)・・・・・(1)
なお、β-OH値は、ガラス原料に含まれる水分量や溶解条件によって調節できる。
【0017】
<化学強化用ガラス>
本発明の化学強化用ガラス(以下「本ガラス」ということがある)は、酸化物基準のモル百分率表示で、
SiO2を55~70%、
Al2O3を10~25%、
Li2Oを1~20%、
CaOを0~8%、
SrOを0~8%、および
ZrO2を0~5%含有し、
CaOおよびSrOの含有量の合計が1.5~10%、
Na2OおよびK2Oの含有量の合計が3~11%、であることが好ましい。
【0018】
本ガラスは、次式で表される値Xが0.1~1.1であることが好ましい。
X=([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]
ただし[Al2O3]、[Li2O]、[K2O]は各成分のモル百分率表示の含有量である。
【0019】
本発明者らは、化学強化用ガラスのガラス組成と化学強化後の圧縮応力値の関係および化学強化特性との関係を研究し、化学強化処理により大きな圧縮応力値を導入可能であり、かつ失透が生じにくいガラス組成を見出した。
【0020】
以下、好ましいガラス組成について説明する。
SiO2はガラスのネットワークを構成する成分であり、化学的耐久性を上げる成分である。ガラス表面に傷がついた時のクラックの発生を低減させるために、SiO2の含有量は55%以上が好ましく、より好ましくは58%以上、さらに好ましくは61%以上、特に好ましくは64%以上である。一方、溶融性を良くするためにSiO2の含有量は70%以下であり、好ましくは68%以下、さらに好ましくは66%以下である。
【0021】
Al2O3の含有量は、化学強化の際のイオン交換性能を向上させ、強化後の表面圧縮応力を大きくするために10%以上が好ましく、12%以上がより好ましく、14%以上がさらに好ましい。一方、失透を抑制するために、Al2O3の含有量は、25%以下が好ましく、20%以下がより好ましく、さらに好ましくは18%以下であり、特に好ましくは16%以下である。
【0022】
Li2Oは、イオン交換により表面圧縮応力を形成させる成分であり、ガラスの溶融性を向上させる成分である。化学強化用ガラスがLi2Oを含有することにより、ガラス表面のLiイオンをNaイオンにイオン交換し、さらにNaイオンをKイオンにイオン交換する方法で、表面圧縮応力および圧縮応力層深さがともに大きな応力プロファイルが得られる。好ましい応力プロファイルを得やすいためにLi2Oの含有量は、1%以上であり、好ましくは4%以上、より好ましくは7%以上、特に好ましくは9%以上である。
一方、Li2Oの含有量が多すぎるとガラス溶融時の失透成長速度が大きくなり、失透による歩留まり低下の問題が大きくなる。そのためLi2Oの含有量は、20%以下であり、好ましくは18%以下、より好ましくは15%以下、さらに好ましくは13%以下である。
【0023】
Na2OおよびK2Oは、いずれも必須ではないが、ガラスの溶融性を向上させ、ガラスの失透成長速度を小さくする成分であり、イオン交換性能を向上させるために添加してもよい。
Na2OおよびK2Oの含有量の合計([Na2O]+[K2O])は0~11%が好ましく、3%以上がより好ましく、5%以上がさらに好ましい。一方、当該含有量の合計は8%以下がより好ましく、7%以下が特に好ましい。
【0024】
[Li2O]/([Na2O]+[K2O])で表される含有量の比は、失透の成長速度を小さくするために3以下が好ましく、2.5以下がより好ましく、2以下がさらに好ましい。一方、ナトリウムを用いる化学強化処理における表面圧縮応力を増大させるためには、[Li2O]/([Na2O]+[K2O])は0.5以上が好ましく、0.9以上がより好ましく、1.3以上がさらに好ましい。
【0025】
また、([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]で表される含有量の比は、化学強化処理による表面圧縮応力を高くするために1.1以下が好ましく、1.0以下がより好ましく、0.8以下がさらに好ましい。ガラスの溶融温度を下げ、かつ失透を抑制するためには、([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]は0.1以上が好ましく、0.3以上がより好ましく、0.5以上がさらに好ましい。
【0026】
Na2Oは、カリウム塩を用いる化学強化処理において表面圧縮応力層を形成させる成分であり、またガラスの溶融性を向上させ得る成分である。
その効果を得るために、Na2Oの含有量は、1%以上が好ましく、より好ましくは2%以上、さらに好ましくは3%以上、特に好ましくは4%以上である。一方、ナトリウム塩による化学強化処理による表面圧縮応力が低下するのを避けるためには、その含有量は10%以下が好ましく、8%以下がより好ましく、6%以下がさらに好ましく、5%以下が特に好ましい。
【0027】
K2Oは、イオン交換性能を向上させる等のために含有させてもよい。K2Oを含有させる場合の含有量は、0.5%以上が好ましく、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは1.5%以上、特に好ましくは2%以上、典型的には3%以上である。一方、カリウム塩により表面圧縮応力(CS)が低下するのを避けるためには、その含有量は10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、3%以下がさらに好ましく、2%以下が特に好ましい。
【0028】
MgO、CaO、SrO、BaOおよびZnO(以下では、「アルカリ土類酸化物等」と総称することがある。)はいずれも必須ではないが、ガラスの安定性を高めるためにいずれか一種以上を含有することが好ましい。
本ガラスはイオン交換処理によって高い表面圧縮応力が得られるリチウムアルミノシリケートガラスであって、SiO2、Al2O3およびLi2Oを比較的高濃度で含有している。その結果、ガラス板の製造時やガラス板の熱成形時においてリチウムアルミノシリケート結晶が析出しやすい。リチウムアルミノシリケート結晶は結晶成長速度が大きく、短時間で結晶が成長するためガラス板等の製品の品質を低下させやすい。アルカリ土類酸化物等は、ガラス組成中に含まれることで、リチウムアルミノシリケート結晶の析出や成長を抑制する効果がある。アルカリ土類酸化物等の含有量の合計([MgO]+[CaO]+[SrO]+[BaO]+[ZnO])は、好ましくは1%以上、より好ましくは2%以上、さらに好ましくは3%以上、特に好ましくは4%以上である。一方、化学強化によるイオン交換能向上の観点からは、その含有量の合計は20%以下が好ましく、15%以下がより好ましく、10%以下がさらに好ましく、8%以下がよりさらに好ましい。
リチウムアルミノシリケート結晶の析出を抑制するためには、MgO、CaO、SrOおよびBaOから選択される1種以上を含有することがより好ましい。
【0029】
MgOと、CaO、SrO、BaOおよびZnOの一種類以上を含有する場合、ガラスの表面反射率を低くするために、[MgO]/([CaO]+[SrO]+[BaO]+「ZnO」)で表される含有量の比は、10以上が好ましく、15以上がより好ましく、20以上がさらに好ましく、25以上が特に好ましい。CaO、SrO、BaOおよびZnOは、MgOと比較して屈折率を大きくするので、相対的にMgOを多く含有することで屈折率を下げられる。屈折率が抑制されることでガラスの表面反射率が低下する。
[MgO]/([CaO]+[SrO]+[BaO]+「ZnO」)は、失透温度を低くするために60以下が好ましく、55以下がより好ましく、50以下がさらに好ましく、45以下が特に好ましい。MgOは失透温度を下げる効果があまり大きくないので、相対的な含有量が大きくなりすぎると失透温度が高くなりやすい。
【0030】
MgOを含有する場合の含有量は、化学強化用ガラスの溶融性を増大させつつ失透成長速度を小さくするために、好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上である。一方、化学強化による表面圧縮応力を大きくするためには、MgOの含有量は好ましくは5%以下であり、より好ましくは3%以下であり、好ましくは1%以下である。
【0031】
CaOは、MgOに次いで化学強化による強度を高くできるアルカリ土類酸化物であり、かつMgOよりも失透を抑制する効果が大きい。そこで失透を抑制しつつ化学強化による強度を高くするためには、CaOを含有することが好ましい。CaOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.1%以上であり、より好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。化学強化処理時に圧縮応力値を大きくするためには、CaOの含有量は好ましくは8%以下であり、より好ましくは5%以下であり、よりさらに好ましくは3%以下であり、特に好ましくは1%以下である。
【0032】
SrOはBaOと並んで結晶析出を抑制する効果が大きい成分であるが、BaOと比較して、表面反射率を高くする等の問題が少ない。そこで、失透抑制を重視する場合には、SrOを含有することが好ましい。その場合のSrO含有量は、0.1%以上が好ましく、より好ましくは0.5%以上、さらに好ましくは1%以上である。化学強化処理時の圧縮応力値を大きくするためには、SrO含有量は好ましくは8%以下であり、より好ましくは5%以下であり、よりさらに好ましくは4%以下であり、特に好ましくは3%以下であり、典型的には2%以下である。
【0033】
アルカリ土類酸化物等は、ガラスの溶融性を高め、失透を抑制する効果がある一方で、過剰に含有すると化学強化による強度向上が阻害される場合がある。アルカリ土類酸化物等の中でもCaOおよびSrOは失透抑制の効果が比較的高く、化学強化特性を悪化させる傾向が比較的低いので、諸特性が総合的によいガラスを得るためには、CaOおよびSrOのいずれかを含有することが好ましい。その場合、CaOおよびSrOの合計の含有量の合計([CaO]+[SrO])は、1.5%以上が好ましく、2.0%以上がより好ましく、2.5%以上がさらに好ましい。また、化学強化処理による表面圧縮応力層を大きくするために10%以下が好ましく、7%以下がより好ましく、5%以下がさらに好ましい。
【0034】
BaOは、化学強化用ガラスの溶融性を向上させる成分であり、含有させてもよい。BaOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.1%以上であり、より好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。一方、BaOの含有量が過剰であると化学強化処理時に表面圧縮応力層を大きくしにくくなる。また、BaOは屈折率を著しく大きくするので、屈折率を抑制して表面反射率を下げ、透過率を上げるために、BaOの含有量は好ましくは3%以下、より好ましくは2%以下、さらに好ましくは1%以下、特に好ましくは0.5%以下である。
【0035】
ZnOは、化学強化用ガラスの溶融性を向上させる成分であり、含有させてもよい。ZnOを含有させる場合の含有量は、好ましくは0.1%以上であり、より好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.5%以上である。一方、ZnOの含有量が過剰であると化学強化処理時に表面圧縮応力層を大きくしにくくなる。ZnOの含有量は好ましくは3%以下であり、より好ましくは2%以下であり、さらに好ましくは1%以下であり、典型的には0.5%以下である。
【0036】
MgO、BaOおよびZnOの含有量の合計([MgO]+[BaO]+[ZnO])は、化学強化による表面圧縮応力を大きくするために5%以下が好ましく、3%以下がより好ましく、1%以下がさらに好ましい。
【0037】
ZrO2は含有させなくともよいが、化学強化ガラスの表面圧縮応力を増大させるために含有することが好ましい。ZrO2の含有量は、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.5%以上、特に好ましくは0.8%以上、典型的には1%以上である。一方、ZrO2の含有量が多すぎると化学強化処理時に表面圧縮応力層を大きくしにくくなる。ZrO2の含有量は好ましくは5%以下であり、より好ましくは3%以下であり、さらに好ましくは2%以下であり、特に好ましくは1.5%以下である。
【0038】
一般的なガラスに光を照射すると、ガラス中に少量含まれる遷移金属イオンの価数が変化する等のために色の変化や透過率の低下が生じるソラリゼーションが生じることが知られている。TiO2は、必須ではないがソラリゼーションを抑制するために含有させてもよい。TiO2を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.02%以上であり、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.1%以上であり、特に好ましくは0.12%以上であり、典型的には0.15%以上である。一方、TiO2の含有量が1%超であると失透が発生しやすくなり、化学強化ガラスの品質が低下する恐れがある。TiO2の含有量は1%以下が好ましく、より好ましくは0.5%以下、さらに好ましくは0.25%以下である。
【0039】
B2O3は必須ではないが、ガラスの脆性を小さくし耐クラック性を向上させるため、また、ガラスの溶融性を向上させるために含有してもよい。B2O3を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上である。一方、B2O3の含有量が多すぎると耐酸性が悪化しやすいため10%以下が好ましい。B2O3の含有量は、より好ましくは6%以下、さらに好ましくは4%以下、典型的には2%以下である。
【0040】
P2O5は必須ではないが、化学強化時の表面圧縮応力層を大きくするために含有してもよい。P2O5を含有させる場合の含有量は、好ましくは0.5%以上、より好ましくは1%以上、さらに好ましくは2%以上である。一方、耐酸性を高くするためにはP2O5の含有量は6%以下が好ましく、より好ましくは4%以下、さらに好ましくは2%以下である。溶融時に脈理が発生することを防止するためには、実質的に含有しないことがより好ましい。
【0041】
B2O3とP2O5の含有量の合計([B2O3]+[P2O5])は0~10%が好ましく、1%以上がより好ましく、2%以上がさらに好ましい。また、6%以下がより好ましく、4%以下がさらに好ましい。
【0042】
La2O3、Nb2O5、Ta2O5、Gd2O3は、ガラスの失透成長速度を小さくし、溶融性を改善する成分であり、含有させてもよい。これらの成分を含有させる場合のそれぞれの含有量は、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.2%以上、さらに好ましくは0.5%以上、特に好ましくは0.8%以上、典型的には1%以上である。一方、これらの含有量が多すぎると化学強化処理時に表面圧縮応力層を大きくしにくくなるため、好ましくは3%以下であり、より好ましくは2%以下であり、さらに好ましくは1%以下であり、特に好ましくは0.5%以下である。
【0043】
Fe2O3は熱線を吸収するのでガラスの溶解性を向上させる効果があり、大型の溶解窯を用いてガラスを大量生産する場合には、含有することが好ましい。その場合の含有量は酸化物基準の重量%において、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.007%以上、特に好ましくは0.01%以上である。一方、過剰に含有すると着色が生じるので、ガラスの透明性を高めるためには酸化物基準の重量%において、0.3%以下が好ましく、より好ましくは0.04%以下、さらに好ましくは0.025%以下、特に好ましくは0.015%以下である。
なお、ここではガラス中の鉄酸化物をすべてFe2O3として説明したが、実際には、酸化状態のFe(III)と還元状態のFe(II)が混在しているのが普通である。このうちFe(III)は黄色の着色を生じ、Fe(II)は青色の着色を生じ、両者のバランスでガラスに緑色の着色が生じる。
【0044】
さらに、所望の化学強化特性の達成を阻害しない範囲において着色成分を添加してもよい。着色成分としては、例えば、Co3O4、MnO2、NiO、CuO、Cr2O3、V2O5、Bi2O3、SeO2、CeO2、Er2O3、Nd2O3等が好適なものとして挙げられる。
これら着色成分の含有量は、合計で5%以下が好ましい。5%を超えるとガラスが失透しやすくなる場合がある。この含有量はより好ましくは3%以下、さらに好ましくは1%以下である。ガラスの透過率を高くしたい場合は、これらの成分は実質的に含有しないことが好ましい。
【0045】
ガラスの溶融の際の清澄剤として、SO3、塩化物、フッ化物などを適宜含有してもよい。As2O3は含有しないことが好ましい。Sb2O3を含有する場合は、0.3%以下が好ましく、0.1%以下がより好ましく、含有しないことが最も好ましい。
【0046】
ガラス中の水分量の指標であるβ-OH値は0.1mm-1以上が好ましく、0.15mm-1以上がより好ましく、0.2mm-1以上がさらに好ましく、0.22mm-1以上が特に好ましく、0.25mm-1以上が最も好ましい。
β-OH値が大きいガラスは軟化点が低くなり曲げ成形しやすくなる傾向がある。一方、ガラスのβ-OH値が大きくなると、化学強化処理後の表面圧縮応力(CS)の値が小さくなり、強度向上が困難になる。そのために、β-OH値は、0.5mm-1以下が好ましく、0.4mm-1以下がより好ましく、0.3mm-1以下がさらに好ましい。
【0047】
粘度が104dPa・sとなる温度(T4)は1300℃以下が好ましく、1250℃以下がより好ましく、1200℃以下がさらに好ましく、1150℃以下が特に好ましい。温度(T4)はガラスを板状に成形する成形温度の目安となる温度であり、T4が高いガラスは成形設備への負荷が高くなる傾向がある。T4が低いガラスは、ガラスの安定性が乏しい場合があり、T4は、通常900℃以上、好ましくは950℃以上、より好ましくは1000℃以上、さらに好ましくは1050℃以上である。
【0048】
また、粘度が102dPa・sとなる温度(T2)は1800℃以下が好ましく、1750℃以下がより好ましく、1700℃以下がさらに好ましく、1650℃以下が特に好ましく、典型的には1600℃以下である。温度(T2)はガラスの溶解温度の目安となる温度であり、T2が低いほどガラスを製造しやすい。T2が低いガラスは安定性に乏しい場合がある。本ガラスのT2は通常、1400℃以上、好ましくは1450℃以上である。
【0049】
本ガラスの失透温度は、粘度が104dPa・sとなる温度(T4)より120℃高い温度(T4+120℃)以下であるとフロート法による成形時に失透が生じにくいので好ましい。失透温度は、より好ましくはT4より100℃高い温度以下、さらに好ましくはT4より50℃高い温度以下、特に好ましくはT4以下である。
本ガラスの失透温度は、粘度が102dPa・sとなる温度(T2)より350℃低い温度(T2-350℃)以下であるとガラスの溶融時に失透が生じにくいので好ましい。失透温度は、T2-400℃以下がさらに好ましい。
【0050】
粘度が高い状態でも失透しにくいガラスは、化学強化処理しても強化が上がりにくい場合がある。そのため失透温度は、粘度が105.5dPa・sとなる温度(T5.5)以上が好ましく、粘度が105.2dPa・sとなる温度(T5.2)以上がより好ましく、粘度が105dPa・sとなる温度(T5)以上がさらに好ましい。
【0051】
本ガラスの850~1200℃における失透成長速度は、600μm/h以下であると失透が生じても大きくならないので好ましい。850~1200℃における失透成長速度は、より好ましくは500μm/h以下、さらに好ましくは400μm/h以下、特に好ましくは300μm/hである。また、700~1200℃における最大失透成長速度が600μm/h以下であると好ましい。
また、本ガラスにおける950℃における失透成長速度は、600μm/h以下が好ましく、500μm/h以下がより好ましく、400μm/h以下がさらに好ましく、300μm/h以下が特に好ましい。
【0052】
ガラス転移点(Tg)は、化学強化後の反りを低減するため、好ましくは500℃以上、より好ましくは520℃以上、さらに好ましくは540℃以上である。フロート成形しやすい点では、好ましくは750℃以下、より好ましくは700℃以下、さらに好ましくは650℃以下、特に好ましくは600℃以下、最も好ましくは580℃以下である。
【0053】
本ガラスの軟化点は900℃以下が好ましく、850℃以下がより好ましく、820℃以下がさらに好ましく、特に好ましくは790℃以下である。ガラスの軟化点が低いほど、曲げ成形における熱処理温度が低くなるので、曲げ成形工程での消費エネルギーが小さくなるのに加え、設備の負荷も小さくなる。曲げ成形温度を低くするためには、軟化点は低いほど好ましいが、通常の化学強化用ガラスでは700℃以上である。化学強化処理の際に導入する応力が緩和してしまう現象を防止するためには、軟化点は700℃以上が好ましく、より好ましくは720℃以上、さらに好ましくは740℃以上である。
軟化点はJIS R3103-1:2001に記載の繊維引き伸ばし法で測定できる。
【0054】
本ガラスは、結晶化ピーク温度が、軟化点より高いことが好ましい。また、結晶化ピークが認められないことがより好ましい。
結晶化ピーク温度は、約70mgのガラスを砕いて、メノウ乳鉢ですりつぶし、昇温速度を10℃/分として室温から1000℃まで示差走査熱量計(DSC)を用いて測定できる。
【0055】
本ガラスのヤング率は、ガラスが割れた時に破片が飛散しにくいために80GPa以上が好ましく、より好ましくは82GPa以上、さらに好ましくは84GPa以上、特に好ましくは85GPa以上である。ヤング率が高いガラスは耐酸性が低くなる場合がある。本ガラスのヤング率は、例えば110GPa以下、好ましくは100GPa以下、より好ましくは90GPa以下である。ヤング率は、たとえば超音波パルス法で測定できる。
【0056】
本ガラスの密度は、製品を軽くするために、好ましくは3.0g/cm3以下、より好ましくは2.8g/cm3以下、さらに好ましくは2.6g/cm3以下、特に好ましくは2.55g/cm3以下である。密度の小さいガラスは耐酸性などが低い傾向がある。本ガラスの密度は、例えば2.3g/cm3以上、好ましくは2.4g/cm3以上、特に好ましくは2.45g/cm3以上である。
【0057】
本ガラスの屈折率は、可視光の表面反射を下げるために、好ましくは1.6以下、より好ましくは1.58以下、さらに好ましくは1.56以下、特に好ましくは1.54以下である。屈折率が小さいガラスは耐酸性が低い傾向がある。本ガラスの屈折率は、例えば1.5以上であり、好ましくは1.51以上、より好ましくは1.52以上である。
【0058】
本ガラスの光弾性定数は、光学ひずみを低減するためには、好ましくは33nm/cm/MPa以下、より好ましくは32nm/cm/MPa以下、さらに好ましくは31nm/cm/MPa以下、特に好ましくは30nm/cm/MPa以下である。また、光弾性定数が小さいガラスは耐酸性が低い傾向があるので、例えば24nm/cm/MPa以上が好ましく、より好ましくは25nm/cm/MPa以上、さらに好ましくは26nm/cm/MPa以上である。
【0059】
本ガラスの50~350℃の平均線熱膨張係数(熱膨張係数)は、化学強化後の反りを低減するため、好ましくは95×10-7/℃以下、より好ましくは90×10-7/℃以下、さらに好ましくは88×10-7/℃以下、特に好ましくは86×10-7/℃以下、最も好ましくは84×10-7/℃以下である。熱膨張係数が小さいガラスは、溶融しにくい場合がある。本ガラスの熱膨張係数は、例えば、60×10-7/℃以上、好ましくは70×10-7/℃以上、より好ましくは74×10-7/℃以上、さらに好ましくは76×10-7/℃以上である。
【0060】
本ガラスの仮想温度は、化学強化による表面圧縮応力を大きくするために、ガラス転移点(Tg)より80℃高い温度(Tg+80℃)以下が好ましく、Tg+50℃以下がより好ましく、Tg+40℃以下がさらに好ましく、Tg+30℃以下がよりさらに好ましく、Tg+20℃以下がいっそう好ましく、特に好ましくはTg+10℃以下である。
ガラスの仮想温度は、ガラス原料を高温で溶融して冷却する方法でガラスを得る場合には、溶融後の冷却速度が小さい程低くなる。そこで、仮想温度が非常に低いガラスを得るためには、長時間かけてゆっくりと冷却する必要がある。ガラスをゆっくりと冷却する場合、ガラス組成によっては、冷却中に結晶が析出して大きく成長する失透現象が起きやすくなる。冷却中の失透を抑制するために、仮想温度はTg-30℃以上が好ましく、Tg-10℃以上がより好ましく、Tg以上がさらに好ましく、Tg+10℃以上が特に好ましい。
【0061】
なお、ガラスの仮想温度は、ガラスの屈折率から実験的に求めることができる。一定の温度において保持したガラスをその温度から急冷する方法で、同一ガラス組成で仮想温度が異なるガラス片を複数作製しておく。これらのガラス片の仮想温度は、急冷前に保持されていた温度であるから、これらのガラス片の屈折率を測定することで、仮想温度に対して屈折率をプロットした検量線を作成できる。一例を
図1に示す。冷却速度等が不明のガラスであっても屈折率を測定することで、検量線から仮想温度を求められる。
ただし、ガラス組成が異なると、検量線も異なるので、仮想温度を求めたいガラスと同じ組成のガラスを用いて作成した検量線を用いることを要する。
【0062】
ガラスの仮想温度は、溶融したガラスを冷却する際の冷却速度に依存し、冷却速度が速ければ仮想温度は高くなり、冷却速度が遅ければ、仮想温度が低くなる傾向がある。また、仮想温度が低いほど、化学強化後の表面圧縮応力が大きくなる傾向がある。
【0063】
本ガラスは、厚さが0.8mmのガラス板として450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して2段階の化学強化を行った場合の、表面圧縮応力が950MPa以上であり、表面圧縮応力層深さが100μm以上であることが好ましい。ここでの表面圧縮応力は、後述するCS2、すなわちNa-Kイオン交換層による表面圧縮応力であり、表面圧縮応力層深さは、後述するDOC3、すなわちLi-Naイオン交換層による表面圧縮応力層深さである。
【0064】
本ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに1時間浸漬して化学強化した場合の表面圧縮応力値(CS1)は、好ましくは100MPa以上であり、より好ましくは150MPa以上であり、さらに好ましくは200MPa以上であり、特に好ましくは250MPa以上であり、典型的には300MPa以上である。強度を高くするためには、CS1は大きいほどよいが、化学強化処理工程における強化割れを抑制するためには、例えば600MPa以下が好ましく、より好ましくは500MPa以下であり、さらに好ましくは400MPa以下である。
【0065】
また、この場合の圧縮応力層深さ(DOC1)は、70μm以上が好ましく、より好ましくは80μm以上、さらに好ましくは90μm以上、特に好ましくは100μm以上である。一方、DOC1は、化学強化処理工程における強化割れによる歩留まり低下を防ぐためには、例えば200μm以下が好ましく、より好ましくは150μm以下、さらに好ましくは130μm以下、特に好ましくは120μm以下である。
【0066】
なお、CS1およびDOC1は散乱光光弾性応力計(たとえば、折原製作所製SLP-1000)を用いて測定できる。また、株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いて以下の手順で測定できる。
10mm×10mm以上の大きさで厚さが0.2~2mm程度の化学強化ガラスの断面を150~250μmの範囲に研磨し薄片化を行う。こうして得られた150~250μmに薄片化されたサンプルに対し、光源に波長546nmの単色光を用い、透過光での測定を行い、複屈折イメージングシステムにより、化学強化ガラスが有する位相差(リタデーション)を測定し、得られた値と下記式(2)とから応力を算出する。
1.28×F=δ/(C×t’)・・・式(2)
式(2)中、Fは応力[単位:MPa]、δは位相差[単位:nm]、Cは光弾性定数[単位:nm/cm/MPa]、t’はサンプルの厚さ[単位:cm]である。
【0067】
本ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して化学強化した場合のNa-Kイオン交換層による表面圧縮応力値CS2は、好ましくは950MPa以上、より好ましくは1000MPa以上、さらに好ましくは1050MPa以上、よりさらに好ましくは1100MPa以上、特に1150MPa以上である。一方、CS2の上限は特に限定されるものではないが、化学強化処理工程において強化割れによる歩留まり低下を極力減らしたい場合は、好ましくは1500MPa以下、より好ましくは1300MPa以下、さらに好ましくは1200MPa以下、特に好ましくは1100MPa以下である。
また厚さ0.8mmの本ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して強化した場合のNa-Kイオン交換層による表面圧縮応力層深さDOC2は、好ましくは3μm以上、より好ましくは4μm以上、さらに好ましくは5μm以上、よりさらに好ましくは7μm以上、特に好ましくは9μm以上である。DOC2は強化処理後の歩留まりを高くするためには、20μm以下が好ましく、より好ましくは15μm以下、さらに好ましくは8μm以下、特に好ましくは6μm以下である。
CS2およびDOC2は例えば、折原製作所社製の表面応力計FSM-6000で測定できる。
【0068】
また、本ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して化学強化した場合のLi-Naイオン交換層による圧縮応力層深さDOC3は100μm以上が好ましく、より好ましくは110μm以上、さらに好ましくは120μm以上、特に好ましくは130μm以上である。一方、DOC3の上限は特に限定されるものではないが、化学強化処理工程において強化割れによる歩留まり低下を考慮する場合は、例えば200μm以下が好ましく、より好ましくは180μm以下、さらに好ましくは170μm以下、特に好ましくは160μm以下である。
厚さ0.8mmのガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬した場合のLi-Naイオン交換層による圧縮応力値CS3は100MPa以上が好ましく、より好ましくは150MPa以上、さらに好ましくは180MPa以上、特に好ましくは200MPa以上である。強化割れによる歩留り低下を防止するためには、CS3は400MPa以下が好ましく、より好ましくは350MPa以下、さらに好ましくは300MPa以下、特に好ましくは250MPa以下である。
CS3およびDOC3は散乱光光弾性応力計(たとえば、折原製作所製SLP-1000)、もしくは株式会社東京インスツルメンツ製複屈折イメージングシステムAbrio-IMを用いた前述の方法で測定できる。
【0069】
本発明の化学強化用ガラスは、通常の方法で製造することができる。例えば、ガラスの各成分の原料を調合し、ガラス溶融窯で加熱溶融する。その後、公知の方法によりガラスを均質化し、ガラス板等の所望の形状に成形し、徐冷する。
ガラス板の成形法としては、例えば、フロート法、プレス法、フュージョン法及びダウンドロー法が挙げられる。特に、大量生産に適したフロート法が好ましい。また、フロート法以外の連続成形法、たとえば、フュージョン法およびダウンドロー法も好ましい。
【0070】
その後、成形したガラスを必要に応じて研削および研磨処理して、ガラス基板を形成する。なお、ガラス基板を所定の形状及びサイズに切断したり、ガラス基板の面取り加工を行う場合、後述する化学強化処理を施す前に、ガラス基板の切断や面取り加工を行えば、その後の化学強化処理によって端面にも圧縮応力層が形成されるため、好ましい。
【0071】
<化学強化ガラス>
本発明の化学強化ガラスは、母組成が前述の化学強化用ガラスのガラス組成と等しい。本発明の化学強化ガラスの表面圧縮応力は、800MPa以上が好ましく、より好ましくは950MPa以上、さらに好ましくは1000MPa以上、特に好ましくは1150MPa以上である。
また、圧縮応力層深さは、100μm以上が好ましく、より好ましくは110μm以上、さらに好ましくは120μm以上、特に好ましくは130μm以上である。
【0072】
本発明の化学強化ガラスは、本発明の化学強化用ガラスからなるガラス板に化学強化処理を施した後、洗浄および乾燥することにより、製造できる。
化学強化処理は、公知の方法によって行える。化学強化処理においては、大きなイオン半径の金属イオン(典型的には、Kイオン)を含む金属塩(例えば、硝酸カリウム)の融液に、浸漬などによってガラス板を接触させることにより、ガラス板中の小さなイオン半径の金属イオン(典型的には、NaイオンまたはLiイオン)が大きなイオン半径の金属イオン(典型的には、Naイオンに対してはKイオン、Liイオンに対してはNaイオン)と置換される。
【0073】
化学強化処理(イオン交換処理)は、例えば、360~600℃に加熱された硝酸カリウム等の溶融塩中に、ガラス板を0.1~500時間浸漬することによって行うことができる。なお、溶融塩の加熱温度としては、375℃以上がより好ましく、500℃以下がより好ましい。また、溶融塩中へのガラス板の浸漬時間は、0.3時間以上がより好ましく、200時間以下がより好ましい。
【0074】
化学強化処理を行うための溶融塩としては、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、塩化物などが挙げられる。このうち硝酸塩としては、硝酸リチウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸セシウム、硝酸銀などが挙げられる。硫酸塩としては、硫酸リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸セシウム、硫酸銀などが挙げられる。炭酸塩としては、炭酸リチウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどが挙げられる。塩化物としては、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化セシウム、塩化銀などが挙げられる。これらの溶融塩は単独で用いてもよいし、複数種を組み合わせて用いてもよい。
【0075】
本発明において、化学強化処理の処理条件は、特に限定されず、ガラスの特性・組成や溶融塩の種類、ならびに、最終的に得られる化学強化ガラスに所望される表面圧縮応力や圧縮応力層の深さ等の化学強化特性などを考慮して、適切な条件を選択すればよい。
【0076】
また、本発明においては、化学強化処理を一回のみ行ってもよく、あるいは2以上の異なる条件で複数回の化学強化処理(多段強化)を行ってもよい。ここで、例えば、1段目の化学強化処理として、DOCが大きくCSが相対的に小さくなる条件で化学強化処理を行った後に、2段目の化学強化処理として、DOCが小さくCSが相対的に高くなる条件で化学強化処理を行うと、化学強化ガラスの最表面のCSを高めつつ、内部引張応力面積(St)を抑制でき、結果として内部引張応力(CT)を低く抑えることができる。
【0077】
本発明の化学強化用ガラスが板状(ガラス板)である場合、その板厚(t)は、化学強化の効果を高くするためには、例えば2mm以下であり、好ましくは1.5mm以下であり、より好ましくは1mm以下である。また、ガラス板成形時の冷却速度を速くすることによって失透を抑制するためには、さらに好ましくは0.9mm以下であり、特に好ましくは0.8mm以下であり、最も好ましくは0.7mm以下である。また、当該板厚は、化学強化処理による十分な強度向上の効果を得る観点からは、例えば0.1mm以上であり、好ましくは0.2mm以上、より好ましくは0.4mm以上、さらに好ましくは0.5mm以上である。
【0078】
本ガラスの形状は、適用される製品や用途等に応じて、板状以外の形状でもよい。またガラス板は、外周の厚みが異なる縁取り形状などを有していてもよい。ガラス板の形態はこれに限定されず、例えば2つの主面は互いに平行でなくともよく、また、2つの主面の一方又は両方の全部又は一部が曲面であってもよい。より具体的には、ガラス板は、例えば、反りの無い平板状のガラス板でもよく、また、湾曲した表面を有する曲面ガラス板でもよい。
【0079】
本ガラスは、携帯電話、スマートフォン、携帯情報端末(PDA)、タブレット端末等のモバイル機器等に用いられるカバーガラスとして、特に有用である。さらに、携帯を目的としない、テレビ(TV)、パーソナルコンピュータ(PC)、タッチパネル等のディスプレイ装置のカバーガラス、エレベータ壁面、家屋やビル等の建築物の壁面(全面ディスプレイ)、窓ガラス等の建築用資材、テーブルトップ、自動車や飛行機等の内装等やそれらのカバーガラスとして、また曲面形状を有する筺体等の用途にも好適である。
【実施例】
【0080】
以下、本発明を実施例によって説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。例1~3は比較例、例4~11は実施例である。なお、表中の各測定結果について、空欄は未測定であることを表す。
【0081】
(化学強化用ガラスの作製)
表1及び2中に示される酸化物基準のモル百分率表示の各ガラス組成となるようにガラス板を白金るつぼ溶融にて作製した。酸化物、水酸化物、炭酸塩または硝酸塩等一般に使用されているガラス原料を適宜選択し、ガラスとして1000gになるように秤量した。次いで、混合した原料を白金るつぼに入れ、1500~1700℃の抵抗加熱式電気炉に投入して3時間程度溶融し、脱泡、均質化した。得られた溶融ガラスを型材に流し込み、ガラス転移点+50℃の温度において1時間保持した後、0.5℃/分の速度で室温まで冷却し、ガラスブロックを得た。得られたガラスブロックを切断、研削し、最後に両面を鏡面研磨して、縦50mm×横50mm×板厚0.8mmの板状ガラスを得た。
【0082】
このガラスの物性を以下のようにして評価した。結果は表1及び2に示す。
<密度>
密度(d)はアルキメデス法で測定した。単位は、g/cm3である。
<ヤング率>
化学強化前のガラスについて、超音波パルス法(JIS R1602:1995)によりヤング率(E)(単位;GPa)を測定した。
【0083】
<平均線膨張係数およびガラス転移点(Tg)>
温度50~350℃における平均線膨張係数(α)(単位;10-7/℃)およびガラス転移点(Tg)(単位;℃)は、JIS R3102:1995『ガラスの平均線膨張係数の試験方法』の方法に準じて測定した。
<T2、T4>
化学強化前のガラスについて、回転粘度計(ASTM C 965-96に準ずる)により粘度が102dPa・sとなる温度T2(Tlogη=2、単位;℃)および104dPa・sとなる温度T4(Tlogη=4、単位;℃)を測定した。
【0084】
<失透成長速度>
失透成長速度を以下の手順で測定した。
ガラス片を乳鉢で粉砕して分級し、3.35mmメッシュの篩を通過し、2.36mmメッシュの篩を通過しなかったガラス粒子をイオン交換水で洗浄し、乾燥したものを試験に用いた。
図2に示すような、直径3mm程度の凹部を多数有する細長い白金容器(失透評価用白金容器1)を用い、個々の凹部2にガラス粒子3を1個ずつ乗せて、1000~1100℃の電気炉内にてガラス粒子の表面が溶けて平滑になるまで加熱した。
次いで、そのガラスを、所定の温度に保った温度傾斜炉中に投入し、一定時間(Tとする)、熱処理を行った後、室温に取り出して急冷した。この方法によれば、温度傾斜炉内に細長い容器を設置して同時に多数のガラス粒子を加熱処理できるので、所定の温度範囲内での最大失透成長速度を測定できる。
熱処理後のガラスを、偏光顕微鏡(ニコン社製:ECLIPSE LV100ND)で観察し、観察された結晶の内、最大の大きさのものの直径(Lμmとする)を測定した。接眼レンズ10倍、対物レンズ5倍~100倍、透過光、偏光観察の条件で観察した。失透による結晶は等方的に成長すると考えてよいので、失透成長速度はL/(2T)[単位:μm/h]である。
ただし、測定する結晶としては、容器との界面から析出していない結晶を選択した。金属界面における結晶成長はガラス内部やガラス-雰囲気界面で起こる失透成長挙動とは異なる傾向にある。
【0085】
<失透試験>
直径が15~30mm、深さが4mm程度の白金皿に適量のガラス粒子を入れ、一定温度に制御された電気炉中で、T4より20℃低い温度で17時間熱処理を行った。熱処理後のガラスを偏光顕微鏡で観察し、失透の有無を観察した。
【0086】
<屈折率>
精密屈折率計(島津製作所製 KPR-2000)を用いて、d線(He光源、波長587.6nm)での屈折率ndを測定した。
<光弾性定数(光弾性乗数)>
窯業協会誌Vol.87,(1979)No.1010,p519に記載の円板圧縮法を準用し、光源としてナトリウムランプを用いて測定した。単位は、nm/cm/MPaである。
【0087】
<化学強化特性>
表面圧縮応力CS1およびCS3(単位:MPa)、圧縮応力層深さDOC1およびDOC3(単位:μm)は、折原製作所社製の測定機SLP1000を用いて測定した。表面圧縮応力(CS2)(単位:MPa)、圧縮応力層深さ(DOC2)(単位:μm)は、折原製作所社製の表面応力計FSM-6000を用いて測定した。
なお、表中CS1及びDOC1は、得られた化学強化用ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに1時間浸漬して化学強化した1段強化後の表面圧縮応力及び圧縮応力層深さをそれぞれ示す。CS2及びDOC2は得られた化学強化用ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して化学強化した2段強化後のNa-Kイオン交換層による表面圧縮応力及び圧縮応力層深さをそれぞれ示す。また、CS3及DOC3は得られた化学強化用ガラスを450℃の硝酸ナトリウムに3時間浸漬した後、450℃の硝酸カリウムに1.5時間浸漬して化学強化した2段強化後のLi-Naイオン交換層による表面圧縮応力及び圧縮応力層深さをそれぞれ示す。CS3は、50μmより深い領域で測定されるLi-Naイオン交換層の応力プロファイルを、誤差関数でフィッティングして求められるプロファイルの深さ0μmにおける値を示す。
結果を表3及び4に示す。
【0088】
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
表1~4より、X=([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]が大きい例1および2と比較して、X=([Li2O]+[K2O])/[Al2O3]が1.1以下である例3~11は表面圧縮応力(CS2)が950MPa以上と大きい。
また、CaOおよびSrOの合計の含有量が1.5モル%未満である例3と比較して、CaOおよびSrOの合計の含有量が1.5モル%以上である例4~7は失透が生じにくいことがわかる。
【0093】
本発明を詳細に、また特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。本出願は2018年4月4日出願の日本特許出願(特願2018-072487)に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0094】
1 失透評価用白金容器
2 凹部
3 ガラス粒子