(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-20
(45)【発行日】2023-03-29
(54)【発明の名称】強度-延性バランスと常温加工性に優れたマグネシウム合金板
(51)【国際特許分類】
C22C 23/04 20060101AFI20230322BHJP
C22F 1/06 20060101ALN20230322BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230322BHJP
【FI】
C22C23/04
C22F1/06
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 631A
C22F1/00 612
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2021512122
(86)(22)【出願日】2020-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2020014582
(87)【国際公開番号】W WO2020203980
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-09-17
(31)【優先権主張番号】P 2019067739
(32)【優先日】2019-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000230869
【氏名又は名称】日本金属株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】508080609
【氏名又は名称】不二ライトメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(72)【発明者】
【氏名】千野 靖正
(72)【発明者】
【氏名】黄 新ショウ
(72)【発明者】
【氏名】中津川 勲
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雅彦
(72)【発明者】
【氏名】山崎 一正
(72)【発明者】
【氏名】山野 豊彦
(72)【発明者】
【氏名】井上 正士
(72)【発明者】
【氏名】上田 祐規
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2019-0000756(KR,A)
【文献】国際公開第2018/074896(WO,A2)
【文献】特開平06-025791(JP,A)
【文献】特開平07-018364(JP,A)
【文献】特開2012-082474(JP,A)
【文献】特開2012-122102(JP,A)
【文献】特開2006-016656(JP,A)
【文献】特開昭40-007651(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 23/04
C22F 1/06
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0.1%以上
1.0%以下、及びMnを0.0~1.7%含有し、かつZn/Caの比が2.0~10.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からな
り、破断伸び(25℃において、JIS5号試験片を用いて、圧延方向、圧延方向と45度をなす方向、圧延方向と90度をなす方向でそれぞれ測定した中で最も低い破断伸び)が22%以上であり、及び引張強度(25℃において、JIS5号試験片を用いて、圧延方向、圧延方向と45度をなす方向、圧延方向と90度をなす方向でそれぞれ測定した中で最も低い引張強度)が240MPa以上である、マグネシウム合金板。
【請求項2】
質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、Alを0.1%以上1.0%未満、及びMnを0.1~0.5%含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる請求項1に記載のマグネシウム合金板。
【請求項3】
質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、及びAlを0.1%以上1.0%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる請求項1に記載のマグネシウム合金板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のマグネシウム合金板であって、さらに、質量%で、Snを0.0%以上0.5%未満含有することを特徴とするマグネシウム合金板。
【請求項5】
質量%で、Zn+Ca≦6.5%を満たす、請求項1~4のいずれか一項記載のマグネシウム合金板。
【請求項6】
Zn/Caの比が6.0~10.0である、請求項1に記載のマグネシウム合金板。
【請求項7】
降伏強度(25℃において、JIS5号試験片を用いて、圧延方向、圧延方向と45度をなす方向、圧延方向と90度をなす方向でそれぞれ測定した中で最も低い降伏強度)が140MPa以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載のマグネシウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度-延性バランスと常温加工性に優れたマグネシウム合金板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
マグネシウム合金は、実用金属の中で最も比重が小さいため、航空機、自動車、電子機器の分野において軽量化材料としてその適用が期待されているものの、結晶構造は稠密六方構造を有し、常温付近でのすべり系の数が少なく、常温での加工性が低いという課題を有している。これは、マグネシウム合金板、結晶集合組織において、稠密六方構造の(0001)面が板面に平行に配列していることによる。この(0001)面の配向を極力ランダムにすれば加工性が向上することが知られている。
【0003】
この課題を解消するために、ローラレベラにより常温でせん断変形を加え、その後、再結晶熱処理を複数回行うことによって(0001)面の配向をランダム化する方法が特許文献1に開示されている。しかしながら、本発明者らの実験によれば、この方法で製造されたマグネシウム合金板は、同処理が施されていないマグネシウム合金板に比べて強度が低くなるという欠点を有していた。近年、自動車、携帯家電等に用いられる軽量化材料には常温での加工性とともにより高い強度が要求されるようになってきている。特許文献1に記載されている方法では、このようなより高い強度への要求を十分に満たすマグネシウム合金が得られるとはいえない。
【0004】
一方、析出強化あるいは固溶強化などの手法を用いて単に強度を上げる対策を施すと延性(伸び)が劣るようになり、加工性の大幅な劣化を招くことになる。特にマグネシウム合金では、常温での加工性が劣るため、さらに加工性の劣化を招くことになる。
一般に強度と延性(伸び)の関係は「強度-延性バランス」と言われ、強度-延性バランスが良いと言われる材料は、強度、延性ともに高い材料を指す。軽量化素材として高い強度と高い伸びを有する、すなわち優れた強度-延性バランスを有するマグネシウム合金板を得ることは上述のとおり、従来容易ではなかった。
一般にマグネシウム合金を自動車のボデーなどに適用する場合には、十分な耐デント性(石などが車体に当たったときの凹みに対する抵抗性)が必要とされている。
【0005】
特許文献2には、200℃以上の温度で成形する温間成形時に高い成形性を有するマグネシウム合金およびその製造方法が開示されている。しかしながら、この材料は温間で成形を行うことが前提で、常温での成形は十分ではなかった。同文献の実施例を見ても20℃における破断伸び最大で16%であり、常温での成形性を満足するための破断伸び22%を大幅に下回るものである。したがって、この材料は、より製造コストを低減するための常温での成形を可能にする材料としては不向きであった。
【0006】
非特許文献1にはマグネシウム合金の化学成分の調整、すなわちMg-Zn-Ca系合金の常温成形性に関して詳細に調べられている。しかしながら、いずれも十分な強度-延性バランスは得られていない。
【0007】
また、非特許文献2においても、Mg-Zn-Ca系合金の機械的性質および常温成形性に関して詳細に調べられている。この文献のTable 2に機械的性質の一覧が記載されているが、いずれも前記の目標とする値を満足していない。
【0008】
以上述べたように、常温での成形が可能で、かつ高い強度と破断伸びを有する、すなわち「強度-延性バランス」に優れたマグネシウム合金板は存在していなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2005-298885
【文献】特開2014-80690
【非特許文献】
【0010】
【文献】Yasumasa Chino, Takamichi Ueda, Yuki Otomatsu, Kensuke Sassa, Xinsheng Huang, Kazutaka Suzuki, Mamoru Mabuchi, Materials Transactions, Vo1.52, No.7(2011), p1477-1482
【文献】千野靖正、佐々健介、黄新ショウ、鈴木一孝、馬渕守:日本金属学会誌、第75巻、第1号(2011)35-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、常温での成形が可能なマグネシウム合金板の強度-延性バランスが低いという課題を解決するためになされたものである。
すなわち、本発明は、常温での成形が可能なマグネシウム合金板であって、優れた強度-延性バランスを有するマグネシウム合金板を提供することを課題とする。特に、自動車のボデーなどの部品として用いた場合に、十分な耐デント性を有しかつ加工性に優れたマグネシウム合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、マグネシウム合金の常温成形性と強度を両立させる手段を鋭意検討した結果、Mg-Zn系合金に所定量のCaを添加してZnとCaの量をそれぞれ一定の範囲とし、さらにZnとCaの比が2.0~14.0、好ましくは2.0~7.0を満足する範囲で含有させることにより、常温での成形が可能であり、優れた強度-延性バランスを有するマグネシウム合金を得ることができることを見いだした。本発明は、かかる知見に基づいてなされたものである。
また、一般のマグネシウム合金板では、鋳造性を高めるためにAlを1.0%以上、例えば1.5%以上添加するが、Caを添加する場合には、延性を劣化させる化合物であるAl2Caが晶出するので、Alの含有量は1.5%未満、好ましくは1.0%未満に抑える必要がある。さらに、耐食性を向上させるためにMnを少量添加することができる。また、強度を保持するためにSnを少量添加することができる。
【0013】
すなわち、上記課題を解決するため本発明は、以下の技術要素から構成される。
(1)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0.0%以上1.5%未満、及びMnを0.0~1.7%含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(2)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、Alを0.0%以上1.0%未満、及びMnを0.1~0.5%含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる上記(1)に記載のマグネシウム合金板。
(3)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、及びAlを0.0%以上1.0%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる上記(1)に記載のマグネシウム合金板。
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載のマグネシウム合金板であって、さらに、質量%で、Snを0.0%以上0.5%未満含有することを特徴とするマグネシウム合金板。
(5)質量%で、Zn+Ca≦6.5%を満たす、上記(1)~(4)のいずれかに記載のマグネシウム合金板。
本発明の他の実施態様は以下のとおりである。
(6)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、及びAlを0%を超え1.5%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(7)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0%を超え1.5%未満、及びMnを0%を超え1.7%以下含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(8)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0%を超え1.5%未満、及びSnを0%を超え0.5%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(9)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0%を超え1.5%未満、Snを0%を超え0.5%未満、及びMnを0%を超え1.7%以下含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(10)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、及びAlを0%を超え1.0%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(11)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、Alを0%を超え1.0%未満、及びMnを0.1~0.5%含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなるマグネシウム合金板。
(12)質量%で、Zn+Ca≦6.5%を満たす、上記(6)~(11)のいずれかに記載のマグネシウム合金板。
【発明の効果】
【0014】
本発明のマグネシウム合金板は、常温成形が可能で、かつ強度-延性バランスに優れている。かかる性質を有するため、例えば自動車の外板などに適用することができ、自動車の軽量化に貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】比較例4と実施例1の晶出物をX線回折により分析した結果を示す。
【
図2】比較例と実施例の圧延方向、圧延方向と45°をなす方向、圧延方向と90°をなす方向の平均の引張強度と破断伸びの関係を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の詳細について説明する。なお、本明細書で数値範囲を「~」で示すとき、「~」の両端の数値を含む。
(マグネシウム合金の成分)
本発明のマグネシウム合金成分は以下のとおりである。
(A)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0.0%以上1.5%未満、及びMnを0.0~1.7%含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる。
また、本発明の好ましい態様のマグネシウム合金成分は以下のとおりである。
(B)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、Alを0.0%以上1.0%未満、及びMnを0.1~0.5%含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる、または、
(C)質量%で、Znを2.7~5.0%、Caを0.4~2.0%、及びAlを0.0%以上1.0%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~7.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる。
また、本発明のさらに好ましい態様のマグネシウム合金成分は以下のとおりである。
(D)質量%で、Znを2.4~5.0%、Caを0.3~2.0%、Alを0.0%以上1.5%未満、及びMnを0.0~1.7%、さらにSnを0.0%以上0.5%未満含有し、かつZn/Caの比が2.0~14.0を満足する範囲であり、残部がマグネシウム及び不可避的不純物からなる。
【0017】
以下において、「%」は「質量%」を意味する。
上記(A)及び(D)の本発明のマグネシウム合金はいずれも、Znを、2.4~5.0%、およびCaを、0.3~2.0%含有する。ZnとCaの含有比率(Zn/Ca)は2.0~14.0を満足する範囲である。
上記(B)及び(C)の本発明の好ましい態様のマグネシウム合金はいずれも、Znを、2.7~5.0%、およびCaを、0.4~2.0%含有する。ZnとCaの含有比率(Zn/Ca)は2.0~7.0を満足する範囲である。
これらの理由は、以下のとおりである。
最も一般的なマグネシウム合金板であるAZ31合金(Al:3%、Zn:1%を含む)は、板表面(圧延面)に平行に稠密六方晶の(0001)面が存在し、その(0001)面の集積度が極めて高い。稠密六方晶は、常温では(0001)面でしかすべり変形ができず、このため一般的なAZ31合金板は常温での成形が困難であった。これに対し、非特許文献1に見られるように、ZnとCaを含有させることにより、(0001)面の集積度が弱まり、常温での成形が可能であることが知られるようになった。しかしながら、この理由は明確ではなく、かつ、高い強度と優れた常温での成形性を両立する方法は見いだせていなかった。本発明者らは、ZnおよびCaを含有するマグネシウム合金中の化合物の晶出挙動を詳細に調査した結果、ZnとCaを含有するマグネシウ合金中ではCa2Mg6Zn3(以下CMZ化合物と称す)が生成し、この晶出物の量によって、再結晶時の集合組織が(0001)面の集積が弱まる方向に作用することを見いだし、さらに、この晶出物の量を制御することにより高い強度と成形性を維持することができることを見いだした。
【0018】
以下、成分の限定理由を述べる。
Znが2.4%以上、好ましくは2.7%以上では、CMZ化合物の生成量が十分な量となり、高い引張強度を得ることができるため、Znの下限は2.4%、好ましくは2.7%とする。5.0%を超えるとZnの量が多くなり過ぎて延性が低下するので、上限を5.0%とする。好ましくは、Zn量は2.9~4.8%である。
Zn/Caの比が、2.0以上になるとCMZ化合物の量が十分な量となり常温成形が可能な(0001)面の集積度が弱まった集合組織を得ることができるので、2.0を下限とする。また、Zn/Caの比が、14.0以下、好ましくは10.0以下、さらに好ましくは7.0以下において、必要なCMZ化合物を生成する以上のZnが存在することがなく延性を低下させない傾向にあるため、14.0を上限とする。好ましくはZn/Caの比は10.0以下、より好ましくは8.0以下であり、さらに好ましくは7.0以下であり、例えば2.0~6.0であり、または2.5~5.0である。
Zn(%)+Ca(%)の合計量が6.5%を超えると、生成するCMZ化合物の量が多くなりすぎ、延性を低下させることになるので、Zn(%)+Ca(%)の値の上限を6.5%とすることが好ましい。
【0019】
Caが0.3%以上、好ましくは0.4%以上では、CMZ化合物の生成量が十分な量となり、高い引張強度を得ることができるため、下限は0.3%、好ましくは0.4%である。一方、Caの量が多くなりすぎるとマグネシウム合金板を製造する際の圧延時に板のエッジが割れ、圧延が困難になるので、上限を2.0%とする。Caの量は、好ましくは0.3~1.8%であり、より好ましくは0.4~1.7%である。
【0020】
本発明のマグネシウム合金では、インゴットを製造する際の鋳造のしやすさからAlを含有させることができるが、Caを0.3~2.0%、好ましくは0.4~2.0%含む本発明のマグネシウム合金では、Alが1.5%以上の濃度で含まれると延性を劣化させる化合物であるAl2Caが晶出し、延性が低下するので、Alの含有量は0.0%以上1.5%未満とする。Alの好ましい含有量は1.3%以下、さらに好ましくは1.1%、より好ましくは1.0%以下または1.0%未満であり、またより好ましくは0.0%を超える量、さらにより好ましくは0.1~0.7%である。
【0021】
また本発明のマグネシウム合金には、上記合金成分に加えて、Snを0.0%以上0.5%未満の範囲で含有させることができる。これは、延性を劣化させずに強度を維持するためである。Snを含有することにより、CaMgSnの微細な金属間化合物が生成し、結晶粒を微細に保持することができ、強度を改善することができる。Snを0.5%以上添加すると、粗大な金属間化合物が生成して延性が低下する傾向にあるので、Snの含有量は0.0%以上0.5%未満とする。Snの好ましい含有量は0.3%以下である。また、Snの好ましい含有量は0.0%を超える量、より好ましくは0.05%以上である。
【0022】
さらに本発明のマグネシウム合金には上記合金成分に加えて、Mnを0.0~1.7%の範囲で含有させることができる。好ましくはMnを1.5%以下、より好ましくは0.1~1.5%、さらに好ましくは0.0%を超える量において、さらにより好ましくは0.1~0.5%含有させることができる。Mnを添加すると、耐食性を上げることができ好ましい。Mnを含有することによりMnと不純物である微量な鉄との化合物が生成され、不純物として存在する鉄による耐食性の劣化を防ぐことができると考えられる。このため、Mnを含む場合には、0.1%を下限として含有することが好ましい。また、1.7%以下、好ましくは0.5%以下であれば延性をそれほど低下させないので、Mnの含有量は1.7%以下、好ましくは0.5%以下である。
【0023】
上記成分を有するマグネシウム合金板は、常温での優れた成形性を有し、かつ自動車の外板等の成形、および強度特性として必要な強度-延性バランスを有する。
本発明のマグネシウム合金板は成形性と強度のバランスの観点、特に自動車用としての耐デント性および成形性の観点から、「圧延方向、圧延方向と45度をなす方向、圧延方向と90度をなす方向でそれぞれ測定した中で最も低い値が、引張強度(UTS)では240MPa以上であり、さらに破断伸び(EI)では22%以上である」という性能を満足することが好ましい。また、本発明のマグネシウム合金板は、上述の引張強度及び破断伸びに加えて、「圧延方向、圧延方向と45度をなす方向、圧延方向と90度をなす方向でそれぞれ測定した中で最も低い値が、降伏強度(YS)で140MPa以上である」という性能を満足することがより好ましい。
また、参考的な特性であるが、強度、延性の各方向の平均的な値で比較する場合には、{(圧延方向の値)+2×(45度方向の値)+(90度方向の値)}/4で求められる値を用いることもある。この値によっておおまかな強度-延性バランスを評価することもできる。
【0024】
本発明のマグネシウム合金板を得るための方法としては、まず上記成分を有するマグネシウム合金を鋳造し、鋳塊となす。その後、温間における押し出し、及び/又は粗圧延を施し、板厚数mm程度の圧延用素材を製造する。好ましくは、板厚4mmから10mmの板を製造する。その後に、所望の板厚まで温間圧延を施す。通常は、電子機器、自動車などに適用される板厚である、0.5mmから2.0mm程度にまで圧延する。ここまでの製造条件については特に限定するものではない。
【実施例】
【0025】
溶解鋳造法により表1に示す化学成分を有するマグネシウム合金ビレットを作製した。その後、350℃で押し出し加工を行い板厚5mmの板とし、ついで325℃にて温間圧延を施し、板厚1.0mmの板を得た。これらの板を用いて、従来の製造工程に従って圧延後350℃で1時間の再結晶熱処理を施した。
【0026】
【0027】
これらの板からJIS5号試験片を切り出し、圧延方向(RD)、圧延方向と45度をなす方向(45°)、および圧延方向と90度をなす方向(TD)の25℃における機械的特性値(引張強度(UTS)、降伏強度(YS)、破断伸び(EI))を測定した(表2-1)。測定方法は、標点間距離50mm(実施例1~5、比較例1~5)または10mm(実施例6~11)とし、25℃において、引張試験機のクロスヘッド速度5mm/分(実施例1~5、比較例1~5)または2mm/分(実施例6~11)の一定速度にて実施した。
また、常温における成形性はエリクセン試験により評価した。エリクセン試験は25℃においてJIS2247に従い実施した(表2-2)。
さらに耐食性を調べるために5%NaCl溶液(pH=10)、35℃中に浸漬し、24時間後、72時間後に腐食減量を測定した。1平方センチメートル当たり、1日当たりの腐食減量(mg/cm
2/day)の値を表2-2に記載した。
また、X線回折により晶出物の同定を行った。X線回折の結果を
図1に示す。
【0028】
【0029】
【0030】
図1から、ZnとCaを含むマグネシウム合金ではCMZ化合物が晶出していることがわかる。また、Alを1.5%含有する比較例4にはAl
2Caの存在が認められるが、Alの含有量が0.5%と少ない実施例1ではAl
2Caの存在が認められず、表2-1の破断伸び(EI)の値を見ても、Al
2Caの存在がない実施例1の方が高い破断伸びを示していることがわかる。
【0031】
表2-1において、圧延方法(RD)、圧延方向と45°をなす方法(45°)、圧延方向と90°の方向(TD)のいずれか一つ以上において、自動車外板用として必要な引張強度(UTS)(240MPa以上)および破断伸び(EI)(22%以上)を満たしていないものに「*」を付した。また満たしていることが好ましい降伏強度(YS)(140MPa以上)を満たさないものについても「*」を付した。
表2-1から、本発明範囲外の化学成分を含有するマグネシウム合金(比較例1~5)は、圧延方法(RD)、圧延方向と45°をなす方法(45°)、圧延方向と90°の方向(TD)のいずれか一つ以上において自動車外板用として必要な引張強度(240MPa以上)および破断伸び(22%以上)を満たしていないことがわかる。さらに比較例1~3は好ましい降伏強度(140MPa以上)も満たしていなかった。これに対し、実施例1~11ではいずれも目標の値を満足していることがわかる。
【0032】
図2に、各方向の引張強度と破断伸びの平均値をプロットした強度-延性バランスを示す。この図から、マグネシウム合金において引張強度が高くなると破断伸びが低くなり、一方、破断伸びが高くなると引張強度が低くなるというトレードオフの関係にあり、本発明によるマグネシウム合金板は比較例に比べて良好な強度-延性バランスを有していることがわかる。
【0033】
表2-2の耐食性評価の結果を見ると、Mnを含有している実施例5~11において、優れた耐食性を示し、また、強度-延性バランスも目標値を満足していることがわかる。
【0034】
参考として、非特許文献1(Yasumasa Chino, Takamichi Ueda, Yuki Otomatsu, Kensuke Sassa, Xinsheng Huang, Kazutaka Suzuki, Mamoru Mabuchi, Materials Transactions, Vo1.52, No.7(2011), p1477-1482)のFig.5、およびFig.6から引張強度と破断伸びの値を読み取って表を作成した(表3)。
【0035】
表3
いずれも強度-延性バランスが前記の必要とされている値から外れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により得られたマグネシウム合金板は、常温での加工性あるいは成形性に優れ、従来の常温成形が可能なマグネシウム合金が持っていた課題、すなわち強度が低いという課題を解決する。これにより、常温においてより複雑な加工が可能であり、かつ強度が高い部品を得ることができ、電子機器、自動車部品の軽量化に寄与できる素材である。特に、自動車外板では、成形性とともに耐デント性などが要求され、この要求にも応えられる素材である。