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特許7252536ポリリジン生産菌及びそれを用いるポリリジン製造方法
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  • 特許-ポリリジン生産菌及びそれを用いるポリリジン製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-28
(45)【発行日】2023-04-05
(54)【発明の名称】ポリリジン生産菌及びそれを用いるポリリジン製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20230329BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20230329BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P21/00 C
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018228001
(22)【出願日】2018-12-05
(65)【公開番号】P2020089297
(43)【公開日】2020-06-11
【審査請求日】2021-06-10
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(73)【特許権者】
【識別番号】311002067
【氏名又は名称】JNC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 展行
(72)【発明者】
【氏名】山中 一也
【審査官】松井 一泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/108585(WO,A1)
【文献】SCIENTIFIC REPORTS,2015年,Vol. 5: 17400,P. 1-10, Supplementary Materials
【文献】Appl Microbiol Biotechnol,2013年,Vol. 97,P. 7597-7605
【文献】Appl Microbiol Biotechnol,2016年,Vol. 100,P. 6619-6630
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00- 41/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)、(b)及び(c)からなる群から選択されるいずれか1以上を満たすように改変された、ストレプトマイセス・アルブラス(Streptomyces albulus)。
(a)ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路が、遺伝子クラスター13に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている(ただし、前記遺伝子クラスター13に含まれる遺伝子は、配列番号1に示される塩基配列に含まれる塩基配列、又は配列番号1に示される塩基配列に含まれる塩基配列がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して90%以上の相同性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する)
(b)テトラマイシン類合成経路が、遺伝子クラスター19に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている(ただし、前記遺伝子クラスター19に含まれる遺伝子は、配列番号2に示される塩基配列に含まれる塩基配列、又は配列番号2に示される塩基配列に含まれる塩基配列がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して90%以上の相同性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する)
(c)ナイスタチン合成経路が、遺伝子クラスター4及び5に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている(ただし、前記遺伝子クラスター4に含まれる遺伝子は、配列番号3に示される塩基配列に含まれる塩基配列、又は配列番号3に示される塩基配列に含まれる塩基配列がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して90%以上の相同性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有し、前記遺伝子クラスター5に含まれる遺伝子は、配列番号4に示される塩基配列に含まれる塩基配列、又は配列番号4に示される塩基配列に含まれる塩基配列がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して90%以上の相同性を有するタンパク質をコードする塩基配列を有する)
【請求項2】
前記1以上の遺伝子の発現が、前記1以上の遺伝子の不活性化によって減弱されている、請求項1に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
【請求項3】
前記1以上の遺伝子が欠失している、請求項2に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のストレプトマイセス・アルブラスを培地中で好気的に培養する工程、及び前記培地からε-ポリ-L-リジンを回収する工程を含む、ε-ポリ-L-リジンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、副生物の生成が抑制され、それによりポリリジン生産量が向上したポリリジン生産菌、及び前記生産菌を用いるポリリジンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ε-ポリ-L-リジン(以降、EPLとも記す)は、必須アミノ酸のL-リジンがε位置のアミノ基とα位のカルボキシル基を介して直鎖状に連なった化合物である。EPLは、強い抗菌活性や膜透過性を有し、さらに高い安全性を併せ持つことから、主に食品添加物の保存料として世界中で利用されている。
EPLは、ストレプトミセス属(Streptomyces)に属する放線菌の二次代謝産物として生産され、特にストレプトミセス・アルブラス(Streptomyces
albulus)が有用な生産菌として知られている(特許文献1)。これまでに、様々な手法で、EPL生産菌の優良株の作出が行われてきた。例えば、ニトロソグアニジン処理などの化学的変異処理によりEPLアナログに耐性を有する変異株が取得されている(特許文献2~4)。また、ストレプトミセス・アルブラスで機能し得る宿主ベクターも開発され、それを用いて該細菌へ遺伝子導入することによるEPL生産性の改良もなされている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特公昭59-20359号公報
【文献】特開平9-173057号公報
【文献】特開平10-290688号公報
【文献】特開平3-143398号公報
【文献】国際公開第2011/108585号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の変異体取得方法では、変異体の取得に時間を要するため効率的でなかったり、生産性の向上効果が限定的であったりして、必ずしも満足なものではなかった。
そこで本発明は、ゲノム配列解析及び網羅的遺伝子発現(トランスクリプトーム)解析に基づいた合理的な遺伝子工学的育種法により、EPLの生産性がさらに高められたストレプトミセス・アルブラスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、EPL生産菌であるストレプトミセス・アルブラスNBRC14147株の全ゲノムを解読し、その機能解析を行ったところ、該細菌がEPL生合成遺伝子群の他にも、さらに36もの二次代謝産物生合成経路に係る遺伝子群を有していることを明らかにした。そして、ストレプトミセス・アルブラスがEPL以外の代謝産物を併産しうるという知見に基づき、それら「他の代謝産物」の生産を抑制し、代謝フラックスをEPL生合成へ傾ける改変を行うことによりEPL高生産株を取得し得ることに想到し、本発明を完成させた。
【0006】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路、テトラマイシン類合成経路、及びナイスタチン合成経路からなる群から選択されるいずれか1以上を破壊するように改変された、ストレプトマイセス・アルブラス(Streptmyces albulus)。
[2]前記ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路が、遺伝子クラスター13に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている、[1]に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
[3]前記テトラマイシン類合成経路が、遺伝子クラスター19に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている、[1]に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
[4]前記ナイスタチン合成経路が、遺伝子クラスター4及び5に含まれる1以上の遺伝子の発現の減弱によって破壊されている、[1]に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
[5]前記1以上の遺伝子の発現が、前記1以上の遺伝子の不活性化によって減弱されている、[2]~[4]のいずれかに記載のストレプトマイセス・アルブラス。
[6]前記1以上の遺伝子が欠失している、[5]に記載のストレプトマイセス・アルブラス。
[7][1]~[6]のいずれかに記載のストレプトマイセス・アルブラスを培地中で好気的に培養する工程、及び前記培地からε-ポリ-L-リジンを回収する工程を含む、ε-ポリ-L-リジンの製造方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、EPL生産能がより向上したストレプトミセス・アルブラスが提供される。該細菌を培養することにより、EPLを高収率で発酵生産することができ、また副生成物の産生を抑制することができる。その結果、EPL生産量の増大に加え、生産コストの削減や、発酵液からのEPLの分離・精製工程の簡略化も実現される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例3の、クラスター13破壊株(S. albulus Δcluster 13)と非破壊株(S. albulus NBRC14147)におけるEPL生産量の経時変化を示す図である。
図2】実施例3の、クラスター13破壊株(S. albulus Δcluster 13)と非破壊株(S. albulus NBRC14147)におけるEPLの対糖収率の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0010】
<1>ε-ポリ-L-リジン(EPL)生産菌
本発明の第一の態様は、EPL生産菌である。
【0011】
本明細書において「ε-ポリ-L-リジン(EPL)生産菌」という記載は、細菌を培地中で培養した場合に、培養培地中又は細菌細胞内でEPLを生産し、放出若しくは分泌し、かつ/又は蓄積させる能力を有する細菌を意味する。
また、本明細書において「ε-ポリ-L-リジン(EPL)生産能」という記載は、細菌を培地中で培養した場合に、培養培地又は細菌細胞からEPLを回収することができるようなレベルまで、培養培地中又は細菌細胞内でEPLを生産し、放出若しくは分泌し、かつ/又は蓄積させる細菌の能力を意味する。
【0012】
本発明のEPL生産菌を取得するために改変する細菌は、ストレプトマイセス・アルブラスを使用することができる。通常、ストレプトマイセス・アルブラスはEPL生産能を有するため、用いる株は特に限定されないが、好ましくは良好なEPL生産能で知られるストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株が挙げられる。
ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物資源センター(NBRC)(郵便番号:292-0818、住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)から入手することができる。
また、ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株のゲノムは、大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 DDBJセンターに、アクセッションナンバー:BHXC01000001、BHXC01000002、BHXC01000003、BHXC01000004、BHXC01000005、BHXC01000006、BHXC01000007、及びBHXC01000008として登録されている。
【0013】
本発明のEPL生産菌は、ストレプトマイセス・アルブラスにおいてEPL生産条件下において機能発現している二次代謝産物生合成経路、具体的にはEPL以外の二次代謝産物の生合成が抑制されている。すなわち、本発明のEPL生産菌は、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路、テトラマイシン類合成経路、及びナイスタチン合成経路からなる群から選択されるいずれか1以上を破壊するように改変された、ストレプトマイセス・アルブラスである。
【0014】
ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路、テトラマイシン類合成経路、又はナイスタチン合成経路は、それぞれ、該経路に関与する酵素等のタンパク質をコードする少なくとも1つの遺伝子の発現の減弱により、特に、細菌の染色体上にあるクラスター4、5、13又は19に含まれる1以上の遺伝子の発現を、該遺伝子の不活性化等により減弱させることにより破壊することができるが、これに限定されない。
【0015】
「ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路」は、ストレプトマイセス・アルブラスの二次代謝産物の1つであるジアミノプロピオン酸ポリマーが生合成される経路を指す。
ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株の全ゲノム解析及び遺伝子破壊実験により、ストレプトマイセス・アルブラスの遺伝子クラスター13が、ジアミノプロピオン酸ポリマー生合成に関与する遺伝子群であることが明らかになった。クラスター13は、NBRC14147株のゲノムSequence6(アクセッションナンバー:BHXC01000006.1)上の第602403~615851塩基に位置し、配列番号1に示される塩基配列の遺伝子群である。
クラスター13の全機能は解明されていないが、少なくとも9つのORF(ORF1~9)が含まれることが分かっている。ORF4がコードするオルニチンシクロデアミナーゼにより、L-オルニチンがL-プロリンに変換されるとともにアンモニアが脱離し、ORF5がコードするシステインシンターゼによりL-セリンと前記アンモニアからL-2,3-ジアミノプロピオン酸へ変換され、さらにEPL合成酵素等の既知のアミノ酸ポリマー合成酵素とは全く構造の異なるORF1、2がコードする酵素によりポリマー化されてポリ-L-ジアミノプロピオン酸が生成されるものと推測される。したがって、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路は、クラスター13に含まれる1以上の遺伝子、好ましくはORF1~9のいずれかを含む遺伝子、より好ましくは遺伝子群全体の発現を減弱させることにより破壊される。
【0016】
「テトラマイシン類合成経路」は、ストレプトマイセス・アルブラスの二次代謝産物の1つであるテトラマイシン類が生合成される経路を指す。ここで、「テトラマイシン類」は、24-デメチル-24-エチルテトリンA、24-デメチル-24-エチル-4-ヒドロキシテトリンA、テトリンA、4-ヒドロキシテトリンAを含む環状化合物を指す。
本発明者らにより、ストレプトマイセス・アルブラスの遺伝子クラスター19が、テトラマイシン類生合成に関与する遺伝子群であることが明らかになった。クラスター19は、NBRC14147株のゲノムSequence6(アクセッションナンバー:BHXC01000006.1)上の第1658602~1758801塩基に位置し、配列番号2に示される塩基配列の遺伝子群である。
クラスター19の機能はまだほとんど解明されていないが、該クラスターを欠損させたストレプトマイセス・アルブラスにおいてテトラマイシン類の生成が抑制されることが確認されている。したがって、テトラマイシン類合成経路は、クラスター19に含まれる1以上の遺伝子、好ましくは遺伝子群全体の発現を減弱させることにより破壊される。
【0017】
「ナイスタチン合成経路」は、ストレプトマイセス・アルブラスの二次代謝産物の1つであるナイスタチンが生合成される経路を指す。
本発明者らにより、ストレプトマイセス・アルブラスの遺伝子クラスター4及び5として配列未解読領域を介して二分されている遺伝子群が、ナイスタチン生合成に関与することが明らかになった。クラスター4及び5は、NBRC14147株のゲノムSequence1(アクセッションナンバー:BHXC01000001.1)上の第313157~350584塩基(配列番号3)と、Sequence2(アクセッションナンバー:BHXC01000002.1)上の第1~96733塩基(配列番号4)にまたがって存在する遺伝子群である。
クラスター4及び5の機能はまだほとんど解明されていないが、該クラスターを欠損させたストレプトマイセス・アルブラスにおいてナイスタチンの生成が抑制されることが確認されている。したがって、ナイスタチン合成経路は、クラスター4及び5に含まれる1以上の遺伝子、好ましくは遺伝子群全体の発現を減弱させることにより破壊される。
【0018】
「合成経路」又は「代謝経路」と呼んでもよい「経路」は、1つのバイオ分子種を他のものへと変換するための1組の同化又は異化(生)化学反応を意味するものとすることができる。よって、「経路」は、その中間体によって結び付けられた一連の(生)化学反応(すなわち、1つの反応の1以上の生成物が、後続する1以上の反応等の1又は複数の基質となっている)を含むことができる。「経路」という記載の意味は、通常は当業者に明らかである。
【0019】
本発明のEPL生産菌は、前記3つの経路のいずれか1以上が破壊されていることが好ましいが、より好ましくは2つ以上が破壊されており、さらに好ましくは3つが破壊されている。前記3つの経路が破壊されている態様としては、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路が破壊されている態様、テトラマイシン類合成経路が破壊されている態様、ナイスタチン合成経路が破壊されている態様、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路とテトラマイシン類合成経路とが破壊されている態様、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路とナイスタチン合成経路とが破壊されている態様、テトラマイシン類合成経路とナイスタチン合成経路とが破壊されている態様、及びジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路とテトラマイシン類合成経路とナイスタチン合成経路とが破壊されている態様のいずれでもよい。
また、EPLの収量増加の観点から、好ましくはジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路が破壊されていることが好ましい。また、テトラマイシン類合成経路又はナイスタチン合成経路が破壊されている態様は、副生成物の低下によりEPLの精製が容易になる点で好ましい。
【0020】
「~経路を破壊するように改変されたストレプトマイセス・アルブラス」という記載は、改変されていないストレプトマイセス・アルブラス、例えば、野生型株又は親株、例えば、NBRC14147株のように、前記経路が破壊されていない菌と比較して、改変された菌では、該経路の1以上の(生)化学反応を介する炭素の流束がより低いか、又は存在すらしないような様式で細菌が改変されたことを意味するものとすることができる。ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路、テトラマイシン類合成経路、又はナイスタチン合成経路を破壊するように改変されたストレプトマイセス・アルブラスにおいては、改変されていないストレプトマイセス・アルブラスの経路における炭素の流束と比較して、同経路の1以上の(生)化学反応を介する炭素の流束は、99%以下、95%以下、90%以下、85%以下、80%以下、75%以下、70%以下、65%以下、60%以下、55%以下、50%以下、45%以下、40%以下、35%以下、30%以下、25%以下、20%以下、15%以下、10%以下、5%以下、又は0%とすることができる。
【0021】
また、「~経路を破壊するように改変されたストレプトマイセス・アルブラス」という
記載は、改変された菌において、同経路が減弱されているような様式で、菌が改変されたことを意味するものとすることもできる。
「改変された細菌において、~経路が減弱されている」という記載は、改変された菌において、同経路由来の酵素をコードする少なくとも1つの遺伝子の発現が減弱されているような様式で、菌が改変されたことを意味するものとすることができる。例えば、ジアミノプロピオン酸ポリマー合成経路由来の酵素をコードするORF1~9から選択される1又は数個の遺伝子の発現を減弱させることができ、その発現を減弱させることのできる遺伝子の組合せは特に限定されない。
【0022】
「数個の遺伝子」という記載は、2以上の遺伝子、例えば、2、3、4、5、6、7、8、9、10又はそれ以上の遺伝子を意味するものとすることができる。したがって、「1又は数個の遺伝子」という記載は、単一の遺伝子、オペロン、又は遺伝子クラスター全体を意味するものとすることができる。したがって、「1又は数個の遺伝子」という記載及び「少なくとも1つの遺伝子」という記載は等価であるとする。
【0023】
「クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現を減弱させるよう改変したストレプトマイセス・アルブラス」という記載は、改変されていない同クラスターを含むストレプトマイセス・アルブラス、例えば、野生型又は親株と比較して、改変した菌において、同クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現が減少しているような様式で、菌が改変されたことを意味するものとすることができる。
「減弱」又は「減弱された」という記載は、細菌中の1以上の酵素の量又は活性が減少するか、又は存在しなくなり、これにより遺伝子産物の活性が減少するか、又は完全に除去されるよう、破壊対象の経路由来の酵素をコードする細菌中の少なくとも1つの遺伝子を減弱させるか、又は改変することを意味するものとすることができる。
【0024】
「クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子が不活性化された」という記載は、改変された遺伝子クラスターに含まれる遺伝子の少なくとも1つが、改変されていない遺伝子又は改変されていない同クラスターを含む菌と比較して、完全に不活性であるか、又は非機能性であるタンパク質をコードすることを意味するものとすることができる。
遺伝子の一部の欠失又は全遺伝子の欠失、遺伝子によってコードされるタンパク質中でアミノ酸の置換を引き起こす1以上の塩基の交換(ミスセンス変異)、ストップコドンの導入(ナンセンス変異)、遺伝子のリーディングフレームのシフトを引き起こす1又は2の塩基の欠失、薬剤耐性遺伝子及び/又は転写終止信号の挿入、又はプロモータ(1又は複数)、エンハンサ(1又は複数)、アテニュエータ(1又は複数)、リボソーム結合部位(1又は複数)(RBS)等などの遺伝子発現を調節する配列を含む、遺伝子の隣接する領域の改変のために、破壊対象のクラスターに含まれる改変されたDNA領域の少なくとも1つが、遺伝子を自然に発現することができないということも可能である。遺伝子クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の不活性化は、例えば、UV照射又はニトロソグアニジン(N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)を使用する変異誘発処理、部位特異的変異誘発、相同組換えを使用する遺伝子破壊、及び/又は「Red/ET-駆動組込み(Red/ET-driven integration)」又は「λRed/ET-媒介組込み(λRed/ET-mediated integration)」に基づいた挿入-欠失変異誘発(Yu D.ら、Proc. Natl. Acad.
Sci. USA, 2000, 97(11):5978-5983; Datsenko K.A.とWanner B.L., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, 97(12):6640-6645; Zhang Y.ら、Nature Genet., 1998, 20:123-128)などの従来の方法によって行うこともできる。
【0025】
「クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現が減弱された」という記載は、1又は数個の遺伝子の発現が減弱された改変されたストレプトマイセス・アルブラスにおける同クラスターに含まれる改変された1又は数個の遺伝子によってコードされる1又は数個のタンパク質の量が、例えば、野生型株又は親株、例えば、NBRC14147株な
どの改変されていない菌と比較して、低減されていることを意味するものとすることができる。
【0026】
「クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子が減弱された」という記載は、改変されたストレプトマイセス・アルブラスが、同クラスターに含まれる1以上の遺伝子に機能的に連結した1以上の領域を含むことを意味するものとすることができ、これには、同クラスターに含まれる遺伝子の発現を調節する配列、例えば、プロモータ、エンハンサ、アテニュエータ及び転写終止信号、リボソーム結合部位(RBS)、及び他の発現調節要素(これらは改変され、同クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現レベルの減少に帰着している)、並びに他の例(例えば、WO95/34672; Carrier T.A. とKeasling J.D., Biotechnol. Prog., 1999, 15:58-64参照)が含まれる。「遺伝子に機能的に連結した」という記載は、「1以上の遺伝子に機能的に連結した」という記載の具体例であり、1又は複数の制御領域が、ヌクレオチド配列の発現(例えば、増強された、増加した、構成的な、基本的な、反終止的な、減弱された、脱制御された、減少した又は抑圧された発現)、特に、ヌクレオチド配列によってコードされる遺伝子産物の発現を可能とする様式で、核酸分子又は遺伝子のヌクレオチド配列に連結されたことを意味するものとすることができる。
【0027】
クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現は、染色体DNA上のプロモータなどの発現調節配列をより弱いものに交換することにより減弱させることができる。プロモータの強さは、RNA合成の開始動作の頻度によって特定される。プロモータの強さ及び強いプロモータを評価する方法の例は、Goldstein M.A.ら(Goldstein M.A.とDoi R.H., 「バイオテクノロジーにおける原核プロモータ」, Biotechnol. Annu. Rev., 1995, 1:105-128)等に記載されている。更に、国際公開WO00/18935に開示されているように、標的遺伝子のプロモータ領域にいくつかのヌクレオチドについてヌクレオチド置換を導入することにより、プロモータが弱くなるよう改変することもできる。更に、シャイン・ダルガーノ(SD)配列における、及び/又はSD配列と開始コドンとの間のスペーサにおける、及び/又はリボソーム結合部位(RBS)中で開始コドンから直ぐ上流及び/又は下流の配列におけるいくつかのヌクレオチドの置換は、mRNAの転写効率に大きく影響を与えることが知られている。このRBSの改変は、破壊対象のクラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の転写を減少させることと組合せることができる。
【0028】
クラスターに含まれる少なくとも1つの遺伝子の発現は、トランスポゾン又は挿入配列(IS)の、遺伝子のコード領域への(米国特許第5,175,107号)、又は遺伝子の発現を調節する領域における挿入によって、又は紫外線照射(UV照射)若しくはニトロソグアニジン(N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン)を用いる変異誘発などの従来の方法によって減弱させることもできる。更に、部位特異的変異の取込みは、例えば、λRed/ET-媒介組込みに基づいて、公知の染色体校正方法によって行うことができる。
【0029】
破壊対象のクラスターに含まれる遺伝子の存在又は非存在は、染色体DNAの制限処理を行った後に、遺伝子配列に基づいたプローブを使用するサザンブロッティング、蛍光インサイツハイブリダイゼーション(FISH)等を行うことによって測定することができる。遺伝子発現のレベルは、ノーザンブロッティング、定量的RT-PCR等を含む種々の周知の方法を使用し、遺伝子から転写されたmRNAの量を測定することによって決定することができる。遺伝子によってコードされるタンパク質の量は、SDS-PAGEを行った後にイムノブロッティングアッセイ(ウエスタンブロッティング解析)、又はタンパク質サンプルの質量分析解析等を行うことを含む公知の方法によって測定することができる。
【0030】
前述のようにクラスター13は配列番号1に示される塩基配列を有し、クラスター19
は配列番号2に示される塩基配列を有し、クラスター4及び5は配列番号3及び4に示される塩基配列を有する。ストレプトマイセス・アルブラスの株間で、DNA配列が幾分異なり得ることから、前記各クラスター又はそれに含まれる遺伝子の配列は前記配列にそれぞれ示す遺伝子に限定されるものではないが、該配列番号の変異体(variant)ヌクレオチド配列またはそれに相同なものであって、それぞれ該クラスターに含まれる遺伝子がコードするタンパク質の変異体をコードする遺伝子を含むものとすることができる。
【0031】
「変異体タンパク質」という記載は、1又は数個のアミノ酸残基の置換、欠失、挿入、及び/又は付加のいずれであるかに拘らず、破壊対象のクラスターに含まれる遺伝子がコードするタンパク質の配列と比較して、配列中に1又は数個の変更を有するが、それぞれ同タンパク質のものと類似する活性又は機能を依然として維持するか、又は同タンパク質の三次元構造が、野生型又は改変されていないタンパク質に対して有意に変更されていないタンパク質を意味するものとすることができる。変異体タンパク質における変更の数は、タンパク質の三次元構造中の位置又はアミノ酸残基の種類に依存し、厳密には限定されるものではないが、1~30個、他の例では1~15個、他の例では1~10個、更に他の例では1~5個とすることができる。あるいは、破壊対象のクラスターに含まれる遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列に対して80%以上、90%以上、95%以上、又は98%以上のパラメータ「同一性」として特定される相同性を有し得る。
【0032】
1又は数個のアミノ酸残基の例示的な置換、欠失、挿入、及び/付加は、保存的な1又は数個の変異とすることができる。代表的な保存的な変異は、保存的な置換である。保存的な置換は、限定されるものではないが、置換部位が芳香族アミノ酸である場合は互いにPhe, Trp及びTyrの間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合はAla, Leu, Ile及びValの間で、置換部位が親水性アミノ酸である場合はGlu, Asp, Gln, Asn, Ser, His及びThrの間で、置換部位が極性アミノ酸である場合はGln及びAsnの間で、置換部位が塩基性アミノ酸である場合はLys, Arg及びHisの間で、置換部位が酸性アミノ酸である場合はAsp及びGluの間で、置換部位が水酸基を有するアミノ酸である場合はSer及びThrの間で置換を引き起こす置換とすることができる。保存的な置換の例には、AlaについてのSer又はThrの置換、ArgについてのGln, His又はLysの置換、AsnについてのGlu, Gln, Lys, His又はAspの置換、AspについてのAsn, Glu又はGlnの置換、CysについてのSer又はAlaの置換、GlnについてのAsn, Glu, Lys, His, Asp又はArgの置換、GluについてのAsn, Gln, Lys又はAspの置換、GlyについてのProの置換、HisについてのAsn, Lys, Gln, Arg又はTyrの置換、IleについてのLeu, Met, Val又はPheの置換、Leu についてのIle, Met, Val又はPheの置換、LysについてのAsn, Glu, Gln, His又はArgの置換、MetについてのIle, Leu, Val又はPheの置換、PheについてのTrp, Tyr, Met, Ile又はLeu の置換、SerについてのThr又はAla の置換、Thr についてのSer又はAlaの置換、TrpについてのPhe又はTyrの置換、TyrについてのHis, Phe又はTrpの置換、及びValについてのMet, Ile又はLeuの置換が含まれる。
【0033】
タンパク質又はDNAの相同性の程度を評価するために、BLASTサーチ、FASTAサーチ及びClustalW法などのいくつかの計算方法を使用することができる。BLAST(Basic Local Alignment Search Tool, www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)サーチは、プログラムblastp, blastn, blastx, megablast, tblastn及びtblastxによって用い
られるヒューリスティックなサーチアルゴリズムであり、これらのプログラムは、Samuel
K.とAltschul S.F. (「一般的なスコアリングスキームを使用することにより分子配列特徴の統計的な有意性を評価する方法」Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1990, 87:2264-2268; 「分子配列におけるマルチプルな高スコアリング断片についての応用と統計」Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 1993, 90:5873-5877)の統計的な方法を使用するその所見に有意性を帰するものである。コンピュータプログラムBLASTにより、3つのパラメータ:スコア、同一性及び類似性が計算される。FASTAサーチ法は、Pearson W.R. (「FASTP及びFASTAを用いる迅速で感度の高い配列比較」, Methods Enzymol., 1990, 183:63-98
)によって記載されている。ClustalW法は、Thompson J.D.ら(「CLUSTAL W:配列の重み付け、位置特異的ギャップペナルティ及びウエイトマトリックス選択により斬新的なマルチプル配列の並びの感度を改良する」, Nucleic Acids Res., 1994, 22:4673-4680)によって記載されている。
【0034】
さらに、破壊対象のクラスター又はそれに含まれる遺伝子は、変異体ヌクレオチド配列とすることができる。「変異体ヌクレオチド配列」という記載は、標準的な遺伝子コード表(例えば、Lewin B., 「遺伝子VIII」(Genes VIII), 2004, Pearson Education, Inc., Upper Saddle River, NJ 07458参照)に従ういずれかの同義アミノ酸コドンを使用して、破壊対象のクラスター又はそれに含まれる遺伝子がコードするタンパク質をコードするヌクレオチド配列を意味するものとすることができ、これは、同タンパク質の「変異体タンパク質」と呼ぶこともできる。
【0035】
また、「変異体ヌクレオチド配列」という記載は、限定されるものではないが、ストリンジェントな条件下で、破壊対象のクラスター又はそれに含まれる遺伝子の配列に相補的なヌクレオチド配列、又はストリンジェントな条件下でヌクレオチド配列から調製することのできるプローブ(ただし、これは活性又は機能性のタンパク質をコードする)とハイブリダイズするヌクレオチド配列を意味するものとすることもできる。「ストリンジェントな条件」には、特異的なハイブリッド、例えば、コンピュータプログラムBLASTを使用した場合に、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のパラメータ「同一性」として特定される相同性を有するハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッド、例えば、前記より低い相同性を有するハイブリッドが形成されないものが含まれる。例えば、ストリンジェントな条件は、60℃又は65℃において、1×SSC(標準クエン酸ナトリウム又は標準塩化ナトリウム)の塩濃度、0.1%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)、又は他の例では、0.1カケルSSC、0.1%SDSで1回以上洗浄すること、又は他の例では、2回又は3回洗浄することにより例示されるものとすることができる。洗浄の継続時間は、ブロッティングのために使用する膜の種類に依存し、通常は、製造業者によって推奨されたものとすることができる。例えば、ストリンジェントな条件下において、アマシャム・ハイボンド(登録商標)-N+の正荷電ナイロン膜(GEヘルスケア)について推奨された洗浄の継続時間は15分である。洗浄工程は、2~3回行うことができる。プローブとして、配列番号1、2、3又は4に示す配列に相補的な配列の一部を使用することもできる。この種プローブは、配列番号1、2、3又は4に示す配列に基づいて調製したプライマーとしてのオリゴヌクレオチド、及び鋳型としてのヌクレオチド配列を含むDNA断片を使用し、PCRによって作製することができる。プローブの長さは、>50bpであることが推奨されており、これは、ハイブリダイゼーション条件に依存して適切に選択することができ、通常は100bp~1kbpである。例えば、約300bpの長さを有するDNA断片をプローブとして使用する場合は、ハイブリダイゼーション後の洗浄条件は、50℃、60℃又は65℃で2×SSC、0.1%SDSにより例示されるものとすることができる。
【0036】
細菌は、既に言及した性質に加えて、本発明の範囲から逸脱することなく、種々の栄養要求、薬剤耐性、薬剤感受性、及び薬剤依存性などの他の特定の性質を有するものとすることができる。
【0037】
<2>EPLの製造方法
前述した本発明のストレプトマイセス・アルブラスは、EPLの製造に好適に用いることができる。すなわち、本発明の第二の態様は、本発明のEPL生産菌を用いるEPLの製造方法である。
【0038】
本発明のEPLの製造方法は、EPL生産菌である本発明のストレプトマイセス・アルブラスを培地中で好気的に培養する工程(培養工程)、及び前記培地からε-ポリ-L-リジンを回収する工程(回収工程)を含む。
【0039】
培養工程は本発明のEPL生産菌にEPLを生成させ培地中に蓄積させるものである。本工程は、微生物を使用してEPLを製造する従来の発酵法と同様の方法で行うことができる。
本発明のストレプトマイセス・アルブラスの培養培地は、合成又は天然培地、例えば、炭素源、窒素源、硫黄源、無機イオン、及び必要に応じて他の有機及び無機成分を含む典型的な培地とすることができる。
炭素源としては、グルコース、ラクトース、ガラクトース、フラクトース、ショ糖、アラビノース、マルトース、キシロース、トレハロース、リボース、及び澱粉の加水分解物などの糖類;グリセリン、マンニトール、及びソルビトールなどのアルコール;グルコン酸、フマル酸、クエン酸、リンゴ酸、及びコハク酸などの有機酸等を使用することができる。その含有量は0.1~10%(w/v)が好ましい。
窒素源としては、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、及びリン酸アンモニウムなどの無機アンモニウム塩;酵母エキス、ペプトン、カゼイン加水分解物、アミノ酸、大豆加水分解物などの有機窒素;アンモニアガス;アンモニア水等を使用することができる。その含有量は0.1~5%(w/v)が好ましい。
硫黄源としては、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン等を含むものとすることができる。その含有量は0.1~10%(w/v)が好ましい。
無機イオンとしては、リン酸イオン、カリウムイオン、ナトリウムイオン、マグネシウムイオン、亜鉛イオン、鉄イオン、マンガンイオン、ニッケルイオン、硫酸イオン等を与えるものが挙げられる。その含有量は0.1~5%(w/v)が好ましい。
【0040】
培養は、好気的条件下で好ましくは10~150時間、より好ましくは20~120時間振とう培養、攪拌培養等により行うことができる。培養温度は、好ましくは15~40℃、より好ましくは25~35℃とする。培地のpHは、好ましくは3~8、より好ましくは4~7に調整する。pHは、無機若しくは有機の酸性又はアルカリ性物質、並びにアンモニアガスを使用することにより調整すればよい。
また、培養工程の途中で、炭素源や窒素源を逐次添加してもよい。また、L-リジンを液体培地に添加することが好ましく、その量は通常0.1~2%(w/v)である。また、クエン酸、リンゴ酸を添加することは好ましく、その量は通常0.1~5%(w/v)である。
【0041】
回収工程は、培養工程の後の培地から細胞及び細胞の残骸などの不溶固体成分を遠心分離又は膜ろ過によって液体培地から除去した後、カチオン交換クロマトグラフィーによりEPLを精製し、濃縮した後、アセトン、エタノール等の有機溶媒で晶析することにより行うことができるが、これに限定されない。
【実施例
【0042】
以下、具体的な実験例をあげて、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の態様にのみ限定されない。
【0043】
<実施例1>ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株の網羅的遺伝子発現解析
EPL生産菌であるストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株の網羅的遺伝子発現解析(トランスクリプトーム解析)を行った。
(1)ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株の培養
M3G培地(グルコース5wt%、酵母エキス0.5wt%、硫酸アンモニウム1wt%、K2HPO40.08wt%
、KH2PO4 0.136wt%、MgSO4・7H2O 0.05wt%、ZnSO4・7H2O 0.004wt%、FeSO4・7H2O 0.003wt%(pH 6.8))を用いて、ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147を培養した。30℃で20時間好気的に培養して得た100mLの前培養液を1Lの培地に加え、3L容ジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社製)を使用して30℃、500rpm、通気量3.0 L/minで好気的に培養した。菌体の増殖に伴って培養液のpHは徐々に低下したため、培養液pHが4.2に達した時点(培養開始後12時間)から10w/v%アンモニア水を添加して培養液pHを4.2に維持した。この培養過程において、EPLの生産はpH4.2に低下した後にのみ観察された。従って、培養開始8時間後及び35時間後に培養液から遠心分離により菌体を回収し、それぞれ生育期菌体及び生産期菌体とした。
【0044】
(2)培養菌体からのTotal RNAの抽出
生育期菌体及び生産期菌体それぞれを、Tris-HCl飽和フェノール/クロロホルム混合液に懸濁し、超音波で菌体を破砕した。菌体破砕液にトリイソプロピルナフタレン硫酸塩を含んだトリス/フェノール混合液を加え、良く混合後遠心分離し、水層のみを分取することでタンパク質などの不純物を除去した。分取した水層に酢酸ナトリウム、イソプロパノールを加え、静置した後、遠心分離し、上清を捨て、70v/v%エタノールを加えた。さらにこれを良く混合後、遠心分離して上清をきれいに取り除き沈殿を回収した。続いて回収した沈殿を適当な緩衝溶液に懸濁した後、塩化リチウムを加え静置し、遠心分離した。上清を捨て、沈殿したRNAを70v/v%エタノールでリンスし、風乾後適当な緩衝液に溶解させてRNA試料とした。RNA試料に対して、A260、A260/A280の吸光度測定、アガロース電気泳動により純度確認を行なった。
【0045】
(3)シーケンスライブラリーの調製及びシーケンシング
抽出したRNA試料から、Ribo-ZeroTM Magnetic Kit (Gram-Positive Bacteria)によってrRNAを除去した。得られたmRNAを断片化し、逆転写反応により一本鎖cDNAを合成した。これを鋳型としてdUTPを取り込ませた二本鎖cDNAを合成した後、両末端を平滑化・リン酸化処理を施し、更に3’-dA突出処理を行ってIndexアダプターと連結した。続いてアダプターと連結した二本鎖cDNAを鋳型としてdUTPを持つ鎖を増幅しないポリメラーゼによりPCR増幅したものをシーケンスライブラリーとした。このライブラリーからHiSeq PE Rapid
Cluster Kit v2-HSを用いてクラスター形成を行い、イルミナ社製次世代シーケンサー(HiSeq 2500)を用いて塩基配列を取得した。シーケンス解析の結果、得られた総リード数は47,724,626(総塩基数4,772,462,600塩基)であった。
【0046】
(4)シーケンスデータ解析
このリード配列をGenedata Profiler Genome (Genedata社)を用いてNBRC14147株のゲノムデータにマッピングした結果、97.8%のリードがマッピングされた。その後、マッピングで得られたゲノム位置情報からアノテーションを行い、遺伝子ごと、転写産物毎に発現量の算出を行った。得られた一次データからFPKM(Fragments Per Kilobase of
exon per Million mapped fragments)値を用いた正規化処理、フィルタリング(リードカウント16未満の除去)、対数変換(logFPKM値)を行った。これらのデータ前処理を行った後、Integrative Genome Viewerソフトウエアを用いて、前述のNBRC14147株のゲノムデータからAntiSMASHにより検出された37の推定二次代謝産物生合成遺伝子群について発現量比較解析を行った。
【0047】
その結果、オペロンを形成するEPL合成酵素遺伝子及び分解酵素遺伝子(クラスター5)は、EPL生産期に顕著に発現量が増加することが確認された。これはNBRC14147株が培養後期にEPLを生産すると言う事実ともよく一致する。
また、興味深いことにOrn cyclodeaminase遺伝子、Cysteine Synthase遺伝子、及びNRPS様酵素遺伝子を含む二次代謝遺伝子群(クラスター13)の発現量も同様にEPL生産期に顕著に増加することが確認された。なお、別の実験において、該クラスターを破壊し
た株では、非破壊株では著量生産されるジアミノプロピオン酸ポリマーが非検出となった。一方、Zhaoxian Xuらにより(Scientific Reports, 5:17400 (2015))ジアミノプロピオン酸ポリマー生合成遺伝子として同定されている遺伝子(pdaps)は、トランスクリプトーム解析において二次代謝期に全く発現していないことが判明し、実際に当該遺伝子を破壊しても、当該ポリマーの生産は維持された。これらのことから、pdaps遺伝子ではなくクラスター13がジアミノプロピオン酸ポリマーの生合成に関与する遺伝子群であることが確認された。
【0048】
さらに、Streptomyces ahygroscopicus由来のテトラマイシン生合成遺伝子群と98%の相同性を示すTypeI ポリケチド合成酵素遺伝子群(クラスター19)もEPL生産期に発現上昇することが確認された。なお、別の実験において、該クラスターを破壊した株では、テトラマイシンの生産が検出されなくなることから、クラスター19はテトラマイシンの生合成に関与する遺伝子群であることが確認された。
【0049】
さらに、Streptomyces albulus CK-15株由来のナイスタチン生合成遺伝子群とそれぞれ97%及び99%の相同性を示すクラスター4及び5もEPL生産期に発現上昇することが確認された。該遺伝子クラスターはゲノムデータ上では二分されているが、CK-15株由来のナイスタチン生合成遺伝子群との比較から互いに隣接して1つの遺伝子群を構成していると考えられた。実際に、別の実験において、該クラスターを一括破壊した株では、ナイスタチンの生成量が非検出となったことから、クラスター4及び5はゲノム上では隣接して存在しており、ナイスタチン生合成に関与することが確認された。
【0050】
<実施例2>クラスター13破壊株の構築
(1)クラスター13破壊プラスミドの構築
ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株の染色体DNAを鋳型として、クラスター13の上流及び下流領域それぞれ約3-kbpを以下のプライマーを用いてPCR増幅し、それぞれLeft arm及び Right armとした。同様にpUC19-aac(3)IV-codAプラスミドからアプラマイシン耐性遺伝子(aac(3)IV)を含む約2.4-kbp領域をPCR増幅した。
【0051】
【表1】
【0052】
BamHI及びHindIIIで消化したpK18mobプラスミドと、PCR増幅したLeft arm、Right arm、及びaac(3)IV断片とを混合し、ギブソンアッセンブリー反応により連結した。反応産物でE. coli NEB10βコンピテントセルを形質転換し、ネオマイシン及びアプラマイシンに二重耐性を示すクローンからプラスミドを抽出し、制限マッピングによりクラスター13破壊プラスミド(pK18mob-Δcluster 13)の構築を確認した。
【0053】
(2)ストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株におけるクラスター13破壊株の構築
前記構築したプラスミドpK18mob-Δcluster13をE. coli ET12567株へ導入し、更にpUB3
07プラスミドを有するE. coli ET12567株との三親性接合伝達によってストレプトマイセス・アルブラスNBRC14147株へ導入した(参考文献:J Am Chem Soc 134:12434-12437、2012)。その後、アプラマイシン耐性且つネオマイシン感受性株をクラスター13破壊候補株として選抜した。この候補株から抽出した染色体DNAを鋳型として、以下のプライマーを用いたマルチプレックスPCRによりクラスター13の欠失及びaac(3)IV遺伝子との置換、すなわち当該遺伝子群の破壊を確認した。
【0054】
【表2】
【0055】
その結果、取得した候補株染色体DNAからはクラスター13のorf3遺伝子(配列番号1の7391~8398番目の塩基配列)の増幅は認められず、且つaac(3)IV遺伝子の増幅が確認されたことから、クラスター13の破壊を確認した。この一連の操作により作出した株をS. albulus Δcluster 13株とした。
【0056】
<実施例3>クラスター13破壊株と非破壊株とのEPL生産性の比較
M3G培地(グルコース5wt%、酵母エキス0.5wt%、硫酸アンモニウム1wt%、K2HPO4 0.08wt%、KH2PO4 0.136wt%、MgSO4・7H2O 0.05wt%、ZnSO4・7H2O 0.004wt%、FeSO4・7H2O 0.003wt%(pH 6.8))を用いて、S. albulus NBRC14147株及びS. albulus Δcluster 13株をそれぞれ培養した。30℃で20時間好気的に培養して得た100mLの前培養液を1Lの培地にそれぞれ加え、3L容ジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ社製)を使用して30℃、400rpm、通気量3.0 L/minで好気的に培養した。菌体の増殖に伴って培養液のpHは徐々に低下したため、培養液pHが4.2に達した時点(培養開始後12時間)から10w/v%アンモニア水を添加して培養液pHを4.2に維持した。培養開始後24時間からフィード液(グルコース 50wt%、硫酸アンモニウム5wt%)を適宜追加してグルコース濃度をコントロールし、8時間、16時間ごとに培養液を回収して、EPLの生産を確認しつつ120時間まで培養を実施した。
なお、培養液中に蓄積したEPLは、メチルオレンジを用いたItzhakiの方法(Analitical Biochemistry vol. 50, 569-574(1972))によって定量した。すなわち、培養液上清0.1mLに0.1 Mリン酸バッファー(pH6.9)1.9 mLを加えた液に1 mMメチルオレンジ水溶液2 mLを混合し、30℃で30分放置後、生じたEPLとメチルオレンジの複合体を遠心分離によって除去し、その上清の465 nmにおける吸光度を測定した。一方、EPLの標準品を用いて作製した検量線から、EPL量を算出した。さらにグルコース消費量からEPLの対糖収率も算出した。
【0057】
図1にEPL量を、図2に対糖収率をそれぞれ示す。クラスター13を破壊したストレプトマイセス・アルブラスでは、非破壊株に比べてEPL産生量が1.5倍に、対糖収率が1.6倍に向上した。
【0058】
クラスター19、4又は5破壊株についても、実施例2と同様の遺伝子工学的手法による方法で構築することができ、同様に培養によるEPL生産における産生量の向上を導けることは明白である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明により、EPL生産能がより向上したストレプトミセス・アルブラスが提供され
る。該細菌を培養することにより、EPLを高収率で発酵生産することができ、また副生成物の産生を抑制することができる。その結果、EPL生産量の増大に加え、生産コストの削減や、発酵液からのEPLの分離・精製工程の簡略化も実現されるため、本発明は産業上の利用可能性が高い。
図1
図2
【配列表】
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