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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-29
(45)【発行日】2023-04-06
(54)【発明の名称】脂質膜デバイスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 35/02 20060101AFI20230330BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20230330BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230330BHJP
   C07K 14/005 20060101ALI20230330BHJP
   G01N 21/64 20060101ALN20230330BHJP
【FI】
G01N35/02 A
G01N37/00 102
C12M1/00
C07K14/005
G01N21/64 F
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019135688
(22)【出願日】2019-07-23
(65)【公開番号】P2021018210
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2021-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004226
【氏名又は名称】日本電信電話株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(73)【特許権者】
【識別番号】513099603
【氏名又は名称】兵庫県公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 梓
(72)【発明者】
【氏名】河西 奈保子
(72)【発明者】
【氏名】中島 寛
(72)【発明者】
【氏名】湊元 幹太
(72)【発明者】
【氏名】住友 弘二
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2005/071405(JP,A1)
【文献】国際公開第2010/041727(WO,A1)
【文献】特開2019-037213(JP,A)
【文献】国際公開第2015/025822(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/02
G01N 37/00
C12M 1/00
C07K 14/005
G01N 21/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記基板の前記一方面上に形成され、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備える脂質膜デバイスの前記脂質二重膜に、
脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を融合させ、その結果、前記脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入される工程を含
前記基板の前記一方面と前記脂質二重膜との間に薄膜層が積層され、前記薄膜層は、前記井戸構造の前記開口部に延在するオーバーハング部を有する、
脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法。
【請求項2】
一方面上に開口する井戸構造を有する基板の前記一方面に、
脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を接触させ、その結果、前記脂質小胞が開裂して前記膜タンパク質を含む脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて前記井戸構造の開口部を封止し、前記脂質二重膜に膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスが形成される工程を含む、
脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法。
【請求項3】
前記脂質小胞が、前記膜タンパク質を発現したウイルス由来の出芽ベシクルである、請求項1又は2に記載の脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法。
【請求項4】
前記脂質小胞が、前記膜タンパク質を発現したウイルス由来の出芽ベシクルと巨大脂質ベシクルを融合させたものである、請求項1又は2に記載の脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法。
【請求項5】
一方面上に開口する複数の井戸構造を有する基板の前記一方面に、第1の脂質小胞を接触させ、その結果、前記第1の脂質小胞が開裂して第1の脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて一部の前記井戸構造の開口部を封止する工程と、
前記開口部の前記第1の脂質二重膜に、脂質膜内に第1の膜タンパク質を含む第2の脂質小胞を融合させ、その結果、前記開口部の前記第1の脂質二重膜に前記第1の膜タンパク質が導入される工程と、
前記基板の前記一方面に、脂質膜内に第2の膜タンパク質を含む第3の脂質小胞を接触させ、その結果、前記第3の脂質小胞が開裂して前記第2の膜タンパク質を含む第2の脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて前記井戸構造の開口部を封止し、前記第2の脂質二重膜に第2の膜タンパク質が導入される工程と、を含む、脂質二重膜に前記第1の膜タンパク質及び前記第2の膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法。
【請求項6】
一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、
前記脂質二重膜は膜タンパク質を含み、
前記膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されており、
前記膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されており
前記基板の前記一方面と前記脂質二重膜との間に薄膜層が積層され、前記薄膜層は、前記井戸構造の前記開口部に延在するオーバーハング部を有する、
脂質膜デバイス。
【請求項7】
一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、
前記脂質二重膜は膜タンパク質を含み、
前記膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されており、
前記膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されている、脂質膜デバイス。
【請求項8】
一方面上に開口した第1の井戸構造及び第2の井戸構造を有する基板と、前記第1の井戸構造の開口部を封止する第1の脂質二重膜と、前記第2の井戸構造の開口部を封止する第2の脂質二重膜とを備え、
前記第1の脂質二重膜は第1の膜タンパク質を含み、
前記第2の脂質二重膜は第2の膜タンパク質を含み、
前記第1の膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記第1の井戸構造の外部に配置されており、
前記第1の膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記第1の井戸構造の内部に配置されており、
前記第2の膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記第2の井戸構造の内部に配置されており、
前記第2の膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記第2の井戸構造の外部に配置されている、脂質膜デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂質膜デバイス及び脂質膜デバイスの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞膜に存在する膜タンパク質は多種多様であり創薬のターゲットになっている。膜タンパク質は取り扱いが難しいため、機能解析には膨大な時間と費用がかかるという問題がある。膜タンパク質を半導体基板上にアレイ化した超小型のバイオチップが実現できれば、多くの膜タンパク質の機能を同時かつ高速に解析することが可能となるため、新薬開発に要する時間の短縮や費用の低減等多くの効果が期待される。
【0003】
膜タンパク質を基板上で解析する方法としては、細胞そのものを基板上に配列し、パッチクランプ法により機能計測を行う方法がある。しかしながら、通常細胞膜上には目的とする膜タンパク質以外の膜タンパク質も複数存在しており、ある薬剤で刺激しても得られた応答が目的の膜タンパク質に起因するものなのか不明瞭であるという問題があった。そのため、精製した膜タンパク質を用いたインビトロ(in vitro)での測定系の構築が産業上あるいは研究上の実用的側面で要求されている。
【0004】
インビトロ系で代表的な膜タンパク質を配置する方法として、脂質分子をn-デカン等の有機溶媒に溶解し、水溶液中で脂質溶液を基板上に設けられた小孔に塗りつけることにより形成した黒膜に、膜タンパク質を融合させる方法(例えば、非特許文献1参照)がある。しかしながら、この手法では、形成された黒膜の残留有機溶媒や不均一性が、膜タンパク質の生理活性に影響を与える可能性が指摘されている。
【0005】
これらの問題を改善するために、本発明者らは、シリコン等の基板上に人工的に井戸構造部を作製し、井戸開口部に巨大脂質膜ベシクルを展開させ、得られた基板上の人工脂質二重膜上に膜タンパク質を導入する手法を提案した(非特許文献2)。このように作製した人工脂質二重膜基板は、巨大脂質膜ベシクルを用いているため有機溶剤を含まない。この脂質膜中に再構成した膜タンパク質の活性は、光学的手法(蛍光観察)によって確認することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】「最新パッチクランプ実験技術法」岡田泰伸 編 (2011年、吉岡書店)
【文献】Sumitomo K et al., Biosensors and Bioelectronics, vol.31, 445-450, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
人工脂質二重膜へ膜タンパク質を導入するために、膜タンパク質を含んだ膜画分やプロテオリポソーム(膜タンパク質を再構成した脂質ベシクル)を人工脂質二重膜に融合させる方法がある。しかしながら、この手法では、人工脂質二重膜における膜タンパク質の配向を制御できないという問題があった。膜タンパク質はその機能と向き(配向性)に関連があるため、膜タンパク質の機能を正しく解析するためには配向制御が必要である。
【0008】
上記事情に鑑み、本発明は、人工脂質二重膜における膜タンパク質の配向を制御する技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記基板の前記一方面上に形成され、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備える脂質膜デバイスの前記脂質二重膜に、脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を融合させ、その結果、前記脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入される工程を含む、脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法である。
【0010】
また、本発明の一態様は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板の前記一方面に、脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を接触させ、その結果、前記脂質小胞が開裂して前記膜タンパク質を含む脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて前記井戸構造の開口部を封止し、前記脂質二重膜に膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスが形成される工程を含む、脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法である。
【0011】
また、本発明の一態様は、上記の脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法であって、前記脂質小胞が、前記膜タンパク質を発現したウイルス由来の出芽ベシクルである。
【0012】
また、本発明の一態様は、上記の脂質二重膜に前記膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法であって、前記脂質小胞が、前記膜タンパク質を発現したウイルス由来の出芽ベシクルと巨大脂質ベシクルを融合させたものである。
【0013】
また、本発明の一態様は、一方面上に開口する複数の井戸構造を有する基板の前記一方面に、第1の脂質小胞を接触させ、その結果、前記第1の脂質小胞が開裂して第1の脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて一部の前記井戸構造の開口部を封止する工程と、前記開口部の前記第1の脂質二重膜に、脂質膜内に第1の膜タンパク質を含む第2の脂質小胞を融合させ、その結果、前記開口部の前記第1の脂質二重膜に前記第1の膜タンパク質が導入される工程と、前記基板の前記一方面に、脂質膜内に第2の膜タンパク質を含む第3の脂質小胞を接触させ、その結果、前記第3の脂質小胞が開裂して前記第2の膜タンパク質を含む第2の脂質二重膜となり、前記一方面上に形成されて前記井戸構造の開口部を封止し、前記第2の脂質二重膜に第2の膜タンパク質が導入される工程と、を含む、脂質二重膜に前記第1の膜タンパク質及び前記第2の膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法である。
【0014】
また、本発明の一態様は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、前記脂質二重膜は膜タンパク質を含み、前記膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されており、前記膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されている、脂質膜デバイスである。
【0015】
また、本発明の一態様は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、前記井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、前記脂質二重膜は膜タンパク質を含み、前記膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されており、前記膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されている、脂質膜デバイスである。
【0016】
また、本発明の一態様は、一方面上に開口した第1の井戸構造及び第2の井戸構造を有する基板と、前記第1の開口部を封止する第1の脂質二重膜と、前記第2の開口部を封止する第2の脂質二重膜とを備え、前記第1の脂質二重膜は第1の膜タンパク質を含み、前記第2の脂質二重膜は第2の膜タンパク質を含み、前記第1の膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されており、前記第1の膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されており、前記第2の膜タンパク質の細胞外領域は封止された前記井戸構造の内部に配置されており、前記第2の膜タンパク質の細胞内領域は封止された前記井戸構造の外部に配置されている、脂質膜デバイスである。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、人工脂質二重膜における膜タンパク質の配向を制御することが可能となる。
【0018】
細胞、ウイルス等に発現させた膜タンパク質を、単純に可溶化した後に脂質膜上に再構成した場合、脂質膜における膜タンパク質は2種の配向をとりうる。この場合、脂質膜における膜タンパク質の配向性を制御することは困難であり、膜タンパク質の配向性はランダムとなる。
【0019】
本発明によれば、表面に所望の膜タンパク質を発現したウイルス由来の出芽ベシクル(エンベロープウイルスが形成する出芽ウイルス粒子および/またはその脱核粒子)を用いて、脂質二重膜に膜タンパク質の導入を行うことにより、導入される膜タンパク質の配向性(向きの偏り)を制御することができる。
【0020】
本明細書において「配向性を制御する」とは、脂質膜における膜タンパク質の向きが単一の方向に偏るように制御することをいう。膜タンパク質の配向性が高い、すなわち、膜タンパク質の向きが強く単一の方向に偏るほど、配向性を良く制御できているといえる。
【0021】
ウイルスにおいて発現させた膜タンパク質は、その膜タンパク質が天然で発現している細胞等における向きと同一の向きに揃って出芽ベシクル表面に存在している。
出芽ベシクルの表面には、発現させた所望の膜タンパク質以外に、ウイルスが感染するときに必要とされるエンベロープタンパク質であるGP64が存在する。GP64は、膜融合に関与するタンパク質である。
GP64は、PS(ホスファチジルセリン)等の負電荷脂質に対して特異的に融合する。脂質膜に融合する際、導入されるタンパク質の向きは出芽ベシクルに存在していたときの配向性を維持する。
【0022】
井戸構造上に形成した負電荷脂質を含む脂質二重膜に出芽ウイルスを融合させると、膜タンパク質の配向性は維持されて、井戸構造外部を細胞外部とみなした配向になる。
一方、巨大脂質ベシクルに出芽ウイルスを融合させると、同様に膜タンパク質の配向性は維持されて導入される。出芽ウイルスを融合させた巨大脂質ベシクルを井戸構造上で展開すると、巨大脂質ベシクルの外側は基板側に接し、内側が表面に現れるため膜タンパク質の向きが反転する。
井戸構造に架橋する脂質膜に出芽ベシクルを融合させる場合(1)と、出芽ベシクルを融合させた巨大脂質ベシクルを展開させる場合(2)で、膜タンパク質を逆向きに配置することができる。この二つの導入方法を使い分けること、あるいは組み合わせる事で、井戸構造を架橋する脂質膜への膜タンパク質導入において配向を制御する事が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】(a)は、脂質膜50内に膜タンパク質60を含む出芽ベシクル50aの断面図である。(b)は、脂質膜デバイス1の井戸構造20付近の正断面図である。(c)は、膜タンパク質60が導入された脂質膜デバイス1Aの井戸構造20付近の正断面図である。
図2】(a)は、出芽ベシクル50aが巨大脂質ベシクル70に融合し、脂質膜70内に膜タンパク質60を含む巨大脂質ベシクル70aが合成される様子を示す模式図である。(b)は、基板10の井戸構造20付近の正断面図である。(c)は、脂質膜内に膜タンパク質60を有する巨大脂質ベシクル70aによって、基板10の井戸構造20の開口部21が封止された後の、脂質膜デバイス1Bの模式図である。
図3】脂質膜デバイス1Cの井戸構造20付近の正断面図である。
図4】電極が配置された脂質膜デバイスの模式図である。
図5】(a)は、脂質膜により井戸構造を封止したデバイスを、488nmレーザーによって励起し、上から撮影して得られた蛍光画像である。(b)は、561nmレーザーによって励起した蛍光画像である。
図6】(a)は、膜タンパク質を含む脂質膜により井戸構造を封止したデバイスを、488nmレーザーによって励起し、上から撮影して得られた蛍光画像である。(b)は561nmレーザーによって励起した蛍光画像である。
図7図5(b)及び図6(b)の破線における、RFPの蛍光強度を測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
[製造方法]
(第1実施形態)
1実施形態において、本発明は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、基板の一方面上に形成され、井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備える脂質膜デバイスの脂質二重膜に、脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を融合させ、その結果、脂質二重膜に膜タンパク質が導入される工程を含む、脂質二重膜に膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法を提供する。
【0025】
本発明の1実施形態にかかる脂質膜デバイス1Aの製造方法について、図面を参照して説明する。脂質膜デバイスは、基板の一方面(上面)に井戸構造を有している。
図1(a)は、脂質膜50内に膜タンパク質60を含む出芽ベシクル50aの断面図である。図1(b)は、脂質膜デバイス1の井戸構造20付近の正断面図である。図1(c)は、膜タンパク質60が導入された脂質膜デバイス1Aの井戸構造20付近の正断面図である。
なお、図1(b)、(c)において、上側を上、下側を下として説明する。
一方面とは、基板10の井戸構造20が開口している方向をいう。
【0026】
本実施形態において、膜タンパク質を含む脂質小胞は、次に述べるような、ウイルスが分泌を誘導する出芽ベシクル50aであってもよい。
図1(a)に例示されるように、出芽ベシクル50aは、脂質膜50内に膜タンパク質60を含んでいる。膜タンパク質60の膜貫通領域は、脂質膜50内に埋め込まれている。
ウイルスが分泌を誘導する出芽ベシクル50aにおいては、膜タンパク質60の配向性は揃っている。すなわち、出芽ベシクル50aが有する膜タンパク質60の、脂質膜50の外側部分は、膜タンパク質60の細胞外領域である。出芽ベシクル50aの膜タンパク質60の、脂質膜50の内側部分は、膜タンパク質60の細胞内領域である。
【0027】
図1(b)に例示されるように、脂質膜デバイス1は、基板10と、基板10の上面の凹部である井戸構造20を有し、井戸構造20の開口部21は脂質二重膜30により封止されている。
基板10の上面と脂質二重膜30の間には、薄膜層11が積層されていてもよい。薄膜層11の末端(オーバーハング部11a)は、井戸構造20の開口部21に延在していてもよい。
【0028】
脂質膜50内に膜タンパク質60を含む出芽ベシクル(脂質小胞)50aを、井戸構造20の開口部21の脂質二重膜30に融合させる工程を行うことにより、膜タンパク質60を、開口部21の脂質二重膜30に導入することができる。
【0029】
図1(c)は、出芽ベシクル(脂質小胞)50の膜タンパク質60が、開口部21を封止する脂質二重膜30に融合した後の様子を示す模式図である。
出芽ベシクル50aを脂質二重膜30に融合させると、膜タンパク質60の細胞外領域は開口部21の脂質二重膜30の外側(井戸構造20の外部)に配置され、膜タンパク質60の細胞内領域は開口部21の脂質二重膜30の内側(井戸構造20の内部)に配置される。
本明細書において、井戸構造20の内部とは、脂質二重膜30の下側にあって、井戸構造20と脂質二重膜30により閉じられた内部の空間を意味する。また、井戸構造20の外部とは、脂質二重膜30の上側の空間を意味する。
すなわち、開口部21の脂質二重膜30の膜タンパク質60は、出芽ベシクル50aにおける配向性、細胞における膜タンパク質の配向性を維持している。
【0030】
本実施形態において、脂質膜50内に膜タンパク質60を含む出芽ベシクル50aを、開口部21の脂質二重膜30に融合させるために、出芽ベシクル50aの外形寸法は、開口部21の外形寸法よりも小さく設定することが好ましい。
【0031】
本実施形態の製造方法により、次のような脂質膜デバイス(脂質膜デバイス1A)を製造することができる。
一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、脂質二重膜は膜タンパク質を含み、膜タンパク質の細胞外領域は封止された井戸構造の外部に配置されており、膜タンパク質の細胞内領域は封止された井戸構造の内部に配置されている、脂質膜デバイス。
【0032】
(第2実施形態)
1実施形態において、本発明は、一方面上に開口する井戸構造を有する基板の一方面に、脂質膜内に膜タンパク質を含む脂質小胞を接触させ、その結果、脂質小胞が開裂して膜タンパク質を含む脂質二重膜となり、一方面上に形成されて井戸構造の開口部を封止し、脂質二重膜に膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスが形成される工程を含む、脂質二重膜に膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法を提供する。
【0033】
本発明の1実施形態にかかる脂質膜デバイス1Bの製造方法について、図面を参照して説明する。図2(a)は、出芽ベシクル50aが巨大脂質ベシクル70に融合し、脂質膜70内に膜タンパク質60を含む巨大脂質ベシクル70aが合成される様子を示す模式図である。図2(b)は、基板10の井戸構造20付近の正断面図である。図2(c)は、脂質膜内に膜タンパク質60を有する巨大脂質ベシクル70aによって、基板10の井戸構造20の開口部21が封止された後の、脂質膜デバイス1Bの模式図である。
なお、図2(b)、(c)において、上側を上、下側を下として説明する。
一方面とは、基板10の井戸構造20が開口している方向をいう。
【0034】
本実施形態において、膜タンパク質を含む脂質小胞は、次に述べるような、巨大脂質ベシクル(脂質小胞)70aであってもよい。
巨大脂質ベシクル70aは、例えば、上述した膜タンパク質60を含む出芽ベシクル50aを、後述する巨大脂質ベシクル70に融合させて得られたものであってもよい。出芽ベシクル50aにおいて膜タンパク質60の配向は揃っているため、出芽ベシクル50aを巨大脂質ベシクル70に融合させて得られた巨大脂質ベシクル70aにおいても、膜タンパク質60の配向性は維持される。得られた巨大脂質ベシクル70aの膜タンパク質60の、脂質膜70の外側部分は、膜タンパク質60の細胞外領域である。得られた巨大脂質ベシクル70aの膜タンパク質60の、脂質膜70の内側部分は、膜タンパク質60の細胞内領域である。
【0035】
上述の膜タンパク質60が導入された巨大脂質ベシクル70aを、基板10の上面に接触させ、巨大脂質ベシクル70aを開裂させる。
その結果、図2)に例示されるように、膜タンパク質60を含む脂質二重膜30は、井戸構造20の開口部21を封止する。このようにして、脂質二重膜30に膜タンパク質60が導入された脂質膜デバイス1Bが形成される。
【0036】
上述の脂質膜デバイス1Bにおいて、膜タンパク質60の細胞外領域は開口部21の脂質二重膜30の内側(井戸構造20の内部)に配置され、膜タンパク質60の細胞内領域は開口部21の脂質二重膜30の外側(井戸構造20の外部)に配置される。
【0037】
本実施形態において、脂質膜70内に膜タンパク質60を含む巨大脂質ベシクル70aを開裂させて、開口部21の脂質二重膜30を封止するために、脂質小胞70aの外形寸法は、開口部21の外形寸法よりも大きく設定することが必要である。巨大脂質ベシクル70aの外形寸法が、開口部21の外形寸法よりも小さい場合、巨大脂質ベシクル70aは井戸構造20の内部に落ち込み、開口部21を覆うことができない。
【0038】
本実施形態の製造方法により、次のような脂質膜デバイス(脂質膜デバイス1B)を製造することができる。
一方面上に開口する井戸構造を有する基板と、井戸構造の開口部を封止する脂質二重膜とを備え、脂質二重膜は膜タンパク質を含み、膜タンパク質の細胞外領域は封止された井戸構造の内部に配置されており、膜タンパク質の細胞内領域は封止された井戸構造外部に配置されている、脂質膜デバイス。
【0039】
(第3実施形態)
1実施形態において、本発明は、一方面上に開口する複数の井戸構造を有する基板の一方面に、第1の脂質小胞を接触させ、その結果、第1の脂質小胞が開裂して第1の脂質二重膜となり、一方面上に形成されて一部の井戸構造の開口部を封止する工程と、開口部の第1の脂質二重膜に、脂質膜内に第1の膜タンパク質を含む第2の脂質小胞を融合させ、その結果、開口部の第1の脂質二重膜に第1の膜タンパク質が導入される工程と、基板の一方面に、脂質膜内に第2の膜タンパク質を含む第3の脂質小胞を接触させ、その結果、第3の脂質小胞が開裂して第2の膜タンパク質を含む第2の脂質二重膜となり、一方面上に形成されて井戸構造の開口部を封止し、第2の脂質二重膜に第2の膜タンパク質が導入される工程と、を含む、脂質二重膜に第1の膜タンパク質及び第2の膜タンパク質が導入された脂質膜デバイスの製造方法を提供する。
【0040】
本発明の1実施形態にかかる脂質膜デバイス1Cの製造方法について、図面を参照して説明する。図3は、出芽ベシクル50aと巨大脂質ベシクル70とから形成された、脂質膜デバイス1Cの井戸構造20付近の正断面図である。脂質膜デバイス1Cは、開口部21を封止する脂質二重膜30に第1の膜タンパク質60及び第2の膜タンパク質61が導入されている。
本実施形態において、同一の基板10において、各井戸構造20毎に異なる向きに膜タンパク質60及び膜タンパク質61を配置することができる。各井戸構造20においては、膜タンパク質60及び膜タンパク質61の向きは揃っている。
膜タンパク質60と膜タンパク質61は同一のタンパク質であってもよいし、異なるタンパク質であってもよい。
【0041】
本実施形態では、同一の基板10を用いて、第1実施形態において上述した製造方法により、井戸構造20の開口部21の脂質二重膜に膜タンパク質60を導入し、第2実施形態において上述した製造方法により、井戸構造20の開口部21に膜タンパク質61を導入する。これについて詳細に説明する。
【0042】
まず、複数の井戸構造20を有する基板の前記一方面に、膜タンパク質60を有しない第1の脂質小胞70を接触させる。第1の脂質小胞70は、後述する巨大脂質ベシクルであってもよい。
その結果、第1の脂質小胞70は開裂して第1の脂質二重膜30となり、基板10上の複数の井戸構造20のうち、一部の井戸構造20の開口部21を封止する。すなわち、この段階では、基板10上に、開口部21が脂質二重膜30によって封止されている井戸構造20と、開口部21が脂質二重膜によって封止されていない井戸構造20とが、基板10上に存在する。
【0043】
続いて、開口部21を封止している第1の脂質二重膜に、脂質膜内に第1の膜タンパク質60を含む第2の脂質小胞を融合させる。第2の脂質小胞は、上述した出芽ベシクル50aであってもよい。
その結果、開口部21を封止している第1の脂質二重膜に、第1の膜タンパク質60が導入される。第1の膜タンパク質60の配向性は、第1実施形態における、開口部21の膜タンパク質60の配向性と同一である。
この段階において、基板10上に、開口部21が脂質二重膜によって封止されていない井戸構造20が基板10上に存在する。
【0044】
続いて、基板10の一方面に、脂質膜内に第2の膜タンパク質61を含む第3の脂質小胞を接触させる。第3の脂質小胞は、上述した巨大脂質ベシクル70aであってもよい。
その結果、第3の脂質小胞が開裂して第2の膜タンパク質61を含む第2の脂質二重膜となる。脂質二重膜により封止されていなかった開口部は、第2の脂質二重膜により封止され、第2の脂質二重膜に第2の膜タンパク質61が導入される。
導入された膜タンパク質61の細胞外領域は井戸構造20の内部に配置され、膜タンパク質61の細胞内領域は井戸構造20の外部に配置される。
【0045】
なお、次に示すような方法によって、同一の基板10において、異なる向きに膜タンパク質60を配置し、各井戸構造20の脂質二重膜30に導入された膜タンパク質の向きを同定することができる。
以下、基板10には複数の井戸構造20が形成されている場合について、説明する。
まず、基板10の上面に蛍光物質23を接触させて、基板10の井戸構造20の内部に蛍光物質23を流入させる。続いて、脂質膜を井戸構造20の開口部21付近で開裂させる。すると、一部の開口部21は脂質二重膜により封止されるため、蛍光物質23は井戸構造20の内部に閉じ込められる。
続いて、脂質膜内に膜タンパク質60を含む出芽ベシクル50aを、開口部21の脂質二重膜30に融合させる。すると、井戸構造20に蛍光物質23が内包され、かつ、その井戸構造20の開口部21の脂質二重膜30に膜タンパク質60が導入される。
この時、導入された膜タンパク質60の細胞外領域は井戸構造20の外側に配置され、膜タンパク質60の細胞内領域は井戸構造20の内側に配置される。
【0046】
続いて、基板10の上面から蛍光物質23を除去し、基板10の上面に蛍光物質24を接触させて、開口部21が脂質二重膜で封止されていない井戸構造20の内部に蛍光物質24を流入させる。続いて、脂質膜内に膜タンパク質61を含む巨大脂質ベシクル70aを、基板10の上面に接触させる。すると、開口部21は、膜タンパク質61を含む脂質二重膜30により封止され、蛍光物質24は井戸構造20の内部に閉じ込められる。
この時、導入された膜タンパク質61の細胞外領域は井戸構造20の内側に配置され、膜タンパク質61の細胞内領域は井戸構造20の外側に配置される。
【0047】
上述のように、異なる蛍光を発する蛍光物質23、24を用いることにより、開口部21の脂質二重膜の膜タンパク質60の配向性を区別できる。
【0048】
本実施形態の製造方法により、次のような脂質膜デバイス(脂質膜デバイス1C)を製造することができる。
一方面上に開口した第1の井戸構造及び第2の井戸構造を有する基板と、第1の開口部を封止する第1の脂質二重膜と、第2の開口部を封止する第2の脂質二重膜とを備え、第1の脂質二重膜は第1の膜タンパク質を含み、第2の脂質二重膜は第2の膜タンパク質を含み、第1の膜タンパク質の細胞外領域は封止された井戸構造の外部に配置されており、第1の膜タンパク質の細胞内領域は封止された井戸構造の内部に配置されており、第2の膜タンパク質の細胞外領域は封止された井戸構造の内部に配置されており、第2の膜タンパク質の細胞内領域は封止された井戸構造の外部に配置されている、脂質膜デバイス。
【0049】
(第4実施形態)
図4は、電極が配置された脂質膜デバイスの模式図である。図4に例示されるように、脂質二重膜30を形成した基板10に電極40を配置することにより、井戸構造20の内外の電流を測定することができる。
脂質二重膜30は高抵抗であるため、井戸構造20の開口部21が脂質二重膜30によって封止されると、電流値は変化する。
【0050】
第3実施形態において上述したように、開口部21の脂質二重膜30における膜タンパク質60、61の向きを制御することができる。
ここで、巨大脂質ベシクル70で開口部21を封止した後に、膜タンパク質60を有する出芽ベシクル50aを融合させた場合、巨大脂質ベシクル70で開口部21を封止した際に電流値が変化する。
また、膜タンパク質61を有する巨大脂質70aベシクルにより開口部21封止した場合、その際に電流値が変化する。
さらに、脂質二重膜30で封止した際の井戸構造20内外の電流値の変化を、井戸構造20の位置情報を関連付けることで、各井戸構造20における膜タンパク質の向きを識別することができる。
【0051】
また、図4に示すような電極40、または井戸構造20の内部に流路50を配置することにより、膜タンパク質60を有する脂質二重膜30のマニュピレーションを行うことができる。
【0052】
電極40は、基板10の表面-井戸構造20の外部、井戸構造20内部-井戸構造20の外部に、電位差を生じさせることができる。流路50は井戸内部へ溶液の流れを生じさせることができる。
【0053】
脂質二重膜基板は、図4に示すように、基板10に井戸構造20が形成されている。脂質二重膜による井戸のシール効率を上げ、また脂質膜の架橋構造を安定に保つために井戸構造部20の開口部(開口)21には、オーバーハング部(ひさし部)11aが設けられていることが望ましい。井戸構造20内部には、膜タンパク質の機能計測のための蛍光物質23あるいは電極40が配置されている。蛍光物質23や電極40は、そのどちらかを配置、あるいは両方を配置することも可能である。
【0054】
基板10の材質は、蛍光顕微鏡による井戸構造20の蛍光観察を妨げず、生理的実験に通常用いる緩衝溶液のpH範囲内(3~10)で基板表面が負に荷電するものが好ましい。
基板10の材質としては、例えば、シリコン、シリコン酸化物、シリコン窒化物、石英、マイカ、ガラス等を挙げることができる。
【0055】
基板10が有する井戸構造20の個数は特に限定されない。井戸構造20の代わりに、底面を有しない貫通孔であってもよい。
井戸構造20の開口部21の形状は,脂質二重膜を安定に形成する観点から,円形状または四角形状であることが望ましい.円形状の開口部21の直径あるいは四角形状の開口部21の一辺は,100nm~10μmの範囲であることが好ましい。
膜タンパク質60のサイズは、一般的には、10~20nm程度である。100nmを下限値とするのは、膜タンパク質60を、開口部21の脂質二重膜30に保持させるためである。上限値を10μmとするのは,脂質小胞の脂質二重膜が封止することのできる井戸のサイズの上限が10μm程度であることによる。
【0056】
基板10への井戸構造20の形成方法は、例えば、フォトリソグラフィ法,電子ビームリソグラフィ法,ドライエッチング法等の微細加工技術を適用することができる。
基板10の表面には,井戸構造20の開口部21にオーバーハング部11aを形成するための薄膜層11が設けられていてもよい。オーバーハング部11aは,基板10の上面を延長するように、井戸構造20の開口部21の開口を狭める方向に延ばして形成されている。
薄膜層11の材質は、脂質二重膜30が付着すれば、基板10の材質と同じでもよいし、違う材質でもよい。オーバーハング部11aの作製過程において、選択的エッチング法を適用できることから、異なる材質を用いることが望ましい。薄膜層11の厚さは、50nm~500nmであることが望ましい。
【0057】
膜タンパク質を細胞等に発現させ、得られた膜タンパク質を、界面活性剤を用いて可溶化した後に、界面活性剤を除去して再構成する場合、膜タンパク質の配向性の制御は困難である。
しかしながら、上述したように、膜タンパク質を含むウイルス由来の出芽ベシクルにおいては、膜タンパク質の配向性を揃えることができる。この場合、膜タンパク質を有する脂質膜には界面活性剤が混入しないため、膜タンパク質の活性は安定的に維持される。また、膜タンパク質の配向性が揃っているため、膜タンパク質の機能を高効率で利用することができる。
【0058】
また、この出芽ベシクルを巨大脂質ベシクルに融合させた場合、融合した小胞においても膜タンパク質の配向性を揃えることができる(例えば、Kamiya K et al., Confocal microscopic observation of fusion between baculovirus budded virus envelopes and single giant unilamellar vesicles., Biochim Biophys Acta. 2010 Sep;1798(9):1625-31.)。
出芽ベシクル及び融合した小胞において、膜タンパク質の細胞外領域は、それぞれの膜の外側に配置される。すなわち、出芽ベシクル及び融合した小胞において、膜タンパク質の配向性は、天然の細胞における配向性と同一である。
【0059】
出芽ベシクルを誘導して分泌するウイルス(膜タンパク質60を発現させるウイルス)としては、例えば、レトロウイルス、パラミクソウイルスであってもよい。バキュロウイルスは、環状二本鎖DNA を遺伝子としてもつ昆虫の病原ウイルスである。具体的には Nucleopolyhedronvirus(NPVs)とGranolovirus(GVs)の2種類に加えてnon-occluded virusesが知られている。このうち、NPV (核多角体病ウイルス) は、感染した細胞の核内に核多角体と呼ばれる封入体を全細胞タンパク質の40~50% に達するほど大量につくるので、バイオテクノロジーに多用されている。
【0060】
バキュロウイルスは真核生物を用いたタンパクの発現系として、大量にしかも生物学的粋一性を保持した状態で発現できるため注目されている。簡便なキットが市販され、ルーチンに用いられる技術になりつつあり、バキュロウイルスを用いることで、簡便で安価に上記出芽ベシクルを得ることができるとともに、後述する膜融合タンパクがよく知られているタンパク質であるため、融合の条件等が既知であり当該の目的のために使用しやすい。
【0061】
膜タンパク質60としては、脂質膜を貫通する部位を有する膜受容体であってもよい。膜受容体としては、例えば、1回膜貫通型受容体、4回膜貫通型受容体、7回膜貫通型受容体であってもよい。膜受容体は、種々のリガンドを受容する。リガンドは多種多様で、例えば、アミノ酸、低分子の有機化合物、ステロイド、アミノ酸やその誘導体、ペプチド、タンパク質等がある。
【0062】
1回膜貫通型受容体としては、例えば、I型サイトカイン受容体、細胞質側で酵素活性を持つ酵素共役型受容体が挙げられる。このタイプの受容体では、リガンドの結合によって受容体のリン酸化の程度が変化し、キナーゼ活性やホスファターゼ活性等の酵素活性の作用が発現する。チロシンキナーゼ、セリン・スレオニンキナーゼ活性を持つ受容体がある。
【0063】
4回膜貫通型受容体としては、例えば、サブユニット構造を形成し、イオンチャネルとしての機能をもつものが挙げられる。イオンチャネル型受容体は、リガンドが結合すると、イオンチャネルが開き、イオンの流入や流出が起こって、特有の効果が発現する。
【0064】
7回膜貫通型受容体としては、例えば、各種Gタンパク質と共役して作用を発現するものが挙げられる。Gタンパク質共役型レセプター(GPCR)は、ド一パミンやセロトニン等の生体アミン、プロスタグランジン等の脂質誘導体、アデノシン等の核酸、GABA等のアミノ酸、生理活性ペプチド類 (例えば、アンジオテンシン、ブラジキニン、コレシストキニン等)をリガンドとするレセプターファミリーを形成している。さらに、GPCRは光、味覚、臭覚に関連する生体外情報伝達物質のレセプターともなっている。GPCRは、情報伝達の中核を担う重要な膜タンパク質である。ヒトゲノム配列を解析することにより、GPCRに属するオーファンレセプターが多く見出されるものと期待されている。このよぅなGPCRに対応するリガンドの発見によって、有効な医薬品開発が可能になると考えられている。
7回膜貫通型受容体の具体例としては、ムスカリン型アセチルコリン受容体、A1アドレナリン受容体、ド一パミン受容体、セロトニン受容体、ヒスタミン受容体、グループI代謝調節型グルタミン酸受容体(mGluR1/5) GABAB受容体、ATP受容体、ロイコトリエン受容体、血小板活性化因子(PAF)受容体、オピオイド受容体、オレキシン受容体、エンドセリン受容体、ニューロペプチドPACAP受容体、CRH受容体、ケモカイン受容体、非神経性ムスカリン受容体、アドレナリン受容体、プロスタノイド受容体、プロスタグランジンE受容体、プロスタグランジンE2受容体、ノシセプチン受容体、カルシトニン受容体、ブラジキニン受容体、グルカゴンファミリーペプチドホルモン受容体、その他のオーファン7回膜貫通型受容体がある。
上記の膜受容体のうち、特に7回膜貫通型受容体は、多種なリガンドに結合し、疾患や医薬品への関与が深い。
【0065】
井戸構造20内に電極40を配置する場合は、前述の井戸構造20の形成前に、電極40を埋め込む方法がある。電極40の材質としては、銀/塩化銀や、金、白金等が挙げられる。電極40を埋め込む基板10は、絶縁性に優れている事が必要である。その材質としては、シリコン酸化物やシリコン窒化物、アルミナ、酸化タンタル、レジスト膜等が挙げられる。
【0066】
脂質二重膜30の脂質分子の種類としては、例えばホスファチジルコリン(PC)、ホスファチジルエタノールアミン(PE)等の中性脂質分子とホスファチジルセリン(PS)、ホスフォグリセロール(PG)、等の負電荷性脂質分子との混合物を用いる。また、コレステロール等を混合してもよい。
脂質二重膜30の形成方法としては、例えば、その直径が10μm以上の中性脂質/負電荷脂質/コレステロールの三成分系から構成される巨大脂質ベシクルを、基板上で展開することにより脂質二重膜30を得てもよい。この形成方法を採用すると、基板10に複数の井戸構造20を設けた場合に、それら複数の井戸構造20を、一度に隙間なく、また安定に脂質二重膜30で覆うことが可能となる。
【0067】
蛍光物質を井戸構造20内部に配置する場合には、蛍光物質を含む溶液を井戸構造20の内部に接触させた状態で、前述と同様に、巨大脂質ベシクルを展開する。その結果、井戸構造20内部に蛍光物質を封じ込んだ状態で井戸構造20の開口部21を脂質二重膜30で覆う事ができる。井戸構造20の外部に残存する蛍光物質は、井戸構造20外部の溶液を蛍光物質が含まれない溶液で置換する事で除外する事ができる。
【0068】
開口部21を封止するための巨大脂質ベシクルを作製する代表的な手法としては、静置水和法や電界形成法がある。ベシクルの作製手法は特に限定されないが、巨大脂質ベシクルが作製しやすく、また反応時間や反応プロセスの簡易性から、電界形成法を採用することが好ましい。電界形成法は、酸化インジウムスズ(ITO)等の電極上に、脂質分子を薄膜化した後、交流電場をかけて水溶液中に巨大脂質膜ベシクルを形成する手法である。
サイズのそろった脂質小胞を得るためには、ITO基板上に厚さ数十nm~数μmの均一な脂質分子の薄膜を形成することが好ましく、また、交流電場は数百mV~2V程度の印加条件が好ましい。該電場範囲よりも低い電場強度では、ベシクルの収量が低く、該電場範囲よりも高い電場強度では、ベシクルの構造破壊や水の電気分解が生じ、ベシクルが製造できない可能性があるからである。
【実施例
【0069】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0070】
[実験例1]
(井戸構造を有する基板の作製)
基板に、井戸構造と、井戸構造の開口部にオーバーハング部を形成させた。
【0071】
まず、基板10として、シリコン基板を用意した。基板10の上面に、120nmの厚さのシリコン酸化膜層(薄膜層)11を、熱酸化法により形成した。続いて、フォトリソグラフィ法とドライエッチング法を用いて、円形状の開口部(直径1μm)を持つ井戸構造20を形成した。井戸構造の深さは1μmに設定した。
【0072】
続いて、井戸構造20を形成させた上述の基板10に、水酸化カリウム溶液(10重量%)を接触させた。これにより、シリコン酸化膜層11の下の基板10を、選択的にエッチングし、井戸構造20の開口部21の四隅にオーバーハング部11aを形成した。
【0073】
[実験例2]
(巨大脂質膜ベシクルの作製および基板への展開)
実験例1において得られた基板上で、脂質膜を開裂し、井戸構造の開口部を脂質二重膜で封止した。
【0074】
まず、ジオレオイルホスファチジルコリン(DOPC)(80モル%)とジオレオイルホスファチジルセリン(DOPS)(20モル%)の混合クロロホルム溶液(濃度2.5mM)を調製し、得られた溶液に、脂質二重膜用蛍光ラベル剤としてNBD(NBD‐DOPE)を0.5モル%含有させた。
【0075】
続いて、ITO基板(ガラス上に膜厚100nmのITOが薄膜化された基板、サイズ40×40mm、50~100Ω)上に、前記クロロホルム溶液200μLを均一に塗布した。この基板を、室温で2時間、減圧乾燥して、クロロホルム溶媒を完全に除去することで、均一な脂質分子薄膜をITO基板上に形成した。
【0076】
続いて、ITO基板上に、窓部を有するシリコンゴム(外寸30×30mm、厚さ1mmのシリコンゴムを20×20mmのサイズでくり貫いた窓部を有する)を密着して配置し、窓部に30mMのスクロース水溶液500μLを滴下した。続いて、その上部にITO基板を気泡が入らないように配置し、シリコンゴム窓部にある溶液をITO基板で挟み込んだ。
【0077】
続いて、ITO基板にクリップ電極を接合し、室温で交流電場(正弦波、1V、10Hz)を2時間印加することで、電界形成法により巨大脂質膜ベシクルをスクロース溶液中に分散して形成させた。
【0078】
井戸構造20を有する基板10の上に、溶液(20mM酢酸緩衝液 pH4.5)100μLを滴下した。さらに、前記巨大脂質膜ベシクル分散液2μLを溶液中に滴下し、2分間静置することで巨大脂質膜ベシクルを基板上に展開した。球状構造を有するベシクルは基板に衝突し、その球状構造が破壊されることで井戸構造20を覆うように脂質二重膜を形成する。
【0079】
続いて、励起光として488nmおよび561nmの波長レーザーを使用し、蛍光観察像を取得した。結果を図5に示す。図5(a)は、脂質二重膜を標識するNBD-DOPEに由来する蛍光を、脂質膜デバイスの上から撮影した蛍光画像である。図5(b)は561nmレーザーによって励起することで得られた図5(a)と同じ位置の蛍光画像である。
【0080】
[実験例3]
(出芽ベシクルによるタンパク質導入)
実験例2において作製した、脂質二重膜30で覆われた基板に、バキュロウイルス由来の出芽ベシクル(BV)を添加した。BVには膜タンパク質であるヒトアドレナリン受容体β2(ADRB2)に蛍光プローブRFPを前記受容体のC末端に融合して発現させたものを用いた。
【0081】
BV添加後、室温で静置し、共焦点顕微鏡で蛍光画像を取得した。結果を図6に示す。図6(a)は、膜タンパク質を含む脂質膜により井戸構造を封止したデバイスを、488nmレーザーによって励起し、上から撮影して得られた蛍光画像である。図6(b)は561nmレーザーによって励起した蛍光画像である。図6(b)においては赤い輝点が観察された。
【0082】
図7は、図5(b)及び図6(b)の破線における、RFPの蛍光強度を測定した結果である。図7中、「融合前」は図5(b)の破線における蛍光強度を示し、「融合後」は図6(b)の破線における蛍光強度を示す。「自立膜部」は、破線部上にある井戸構造の開口部が脂質二重膜によって封止された部分を示す。
【0083】
その結果、基板上の脂質二重膜だけでなく、自立膜部においても、図5(b)における蛍光強度よりも、図7(b)における蛍光強度の値は大きいことが明らかになった。
【0084】
これは561nmレーザーで励起されるヒトアドレナリン受容体β2を標識している蛍光タグRFP由来であり、ヒトアドレナリン受容体β2が脂質二重膜に導入されたことを示している。矢印で示している脂質二重膜で覆われた井戸構造20にADRB2を標識しているRFP由来の蛍光が観察された。
【0085】
BVを使用する本手法によってタンパク質機能解析可能箇所である脂質二重膜で覆われた井戸構造20へタンパク質を導入することに成功した。
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明により、人工脂質二重膜における膜タンパク質の配向を制御することが可能となる。
【符号の説明】
【0087】
1…脂質膜デバイス、1A、1B、1C…脂質膜デバイス、10…基板、11…薄膜層、11a…オーバーハング部、20…井戸構造、21…開口部、23、24…蛍光物質、30…脂質二重膜、40…電極(電極層)、50…出芽ベシクル(脂質膜)、50a…(膜タンパク質60を含む)出芽ベシクル、60…(第1の)膜タンパク質、61…第2の膜タンパク質、70…巨大脂質ベシクル、70a…(膜タンパク質60を含む)巨大脂質ベシクル、80…流路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7