(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-29
(45)【発行日】2023-04-06
(54)【発明の名称】タンパク質中のトリスルフィドレベルを減少させるための方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/113 20060101AFI20230330BHJP
C12P 1/00 20060101ALN20230330BHJP
C12N 1/00 20060101ALN20230330BHJP
【FI】
C07K1/113
C12P1/00 Z
C12N1/00 G
(21)【出願番号】P 2018556361
(86)(22)【出願日】2017-04-25
(86)【国際出願番号】 EP2017059691
(87)【国際公開番号】W WO2017186654
(87)【国際公開日】2017-11-02
【審査請求日】2020-04-24
(32)【優先日】2016-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】591032596
【氏名又は名称】メルク パテント ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
【氏名又は名称原語表記】Merck Patent Gesellschaft mit beschraenkter Haftung
【住所又は居所原語表記】Frankfurter Str. 250,D-64293 Darmstadt,Federal Republic of Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】ツィマー,アリーヌ
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-513543(JP,A)
【文献】特表2018-520692(JP,A)
【文献】特表2015-535423(JP,A)
【文献】J.Biotechnol.,2016,Vol.218,p.53-63 (Available online Dec.2,2015)
【文献】RASHMI KSHIRSAGAR; ET AL,CONTROLLING TRISULFIDE MODIFICATION IN RECOMBINANT MONOCLONAL ANTIBODY PRODUCED IN FED-BATCH CELL CULTURE,BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING,WILEY PERIODICALS,INC.,2014年04月09日,VOL:109, NR:10,PAGE(S):2523-2532,https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/bit.24511
【文献】Analytical Biochemistry (2010), Vol.400, pp.89-98
【文献】RASHMI KSHIRSAGAR; ET AL,CONTROLLING TRISULFIDE MODIFICATION IN RECOMBINANT MONOCLONAL ANTIBODY PRODUCED IN FED-BATCH CELL CULTURE,BIOTECHNOLOGY AND BIOENGINEERING,WILEY PERIODICALS,INC.,2014年04月09日,VOL:109, NR:10,PAGE(S):2523-2532,https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/bit.24511
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
C12P
C12N
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質中のトリスルフィド結合の形成を減少させるための方法であって、前記タンパク質を発現する細胞を培養することを含み、ここで、有意な量のシステインまたはシスチンを含有しないがS-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィード培地が、細胞培養中に1回以上細胞培養物に添加され、それによって、前記タンパク質中のトリスリフィド連結形成は、フィード培地中のシステインおよび/またはシスチンが、S-スルホシステインおよび/またはその塩によって置換されていなかった細胞培養培地中で培養された細胞によって発現されるタンパク質に対して減少
し、ここで、有意な量のシステインまたはシスチンは、S-スルホシステインおよび/またはその塩の5%(w/w)未満の量である、前記方法。
【請求項2】
タンパク質中のトリスルフィド結合の形成を減少させるための方法であって、前記タンパク質を発現する細胞を培養することを含み、ここで、有意な量のシステインまたはシスチンを含有しないがS-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィード培地が、細胞培養中に1回以上細胞培養物に添加され、それによって、前記タンパク質中のトリスリフィド連結形成が、フィード培地中のシステインおよび/またはシスチンが、S-スルホシステインおよび/またはその塩によって置換されていなかった細胞培養培地中で培養された細胞によって発現されるタンパク質に対して減少し、ここで、S-スルホシステインおよび/またはS-スルホシステイン塩が、細胞培養物中のそれらの濃度が0.4~50mMになる量で、フィード培地中に添加される、前記方法。
【請求項3】
S-スルホシステインおよび/またはその塩が、S-スルホシステインナトリウム塩であることを特徴とする、請求項1
または2に記載の方法。
【請求項4】
S-スルホシステインおよび/またはS-スルホシステイン塩が、細胞培養物中のそれらの濃度が0.4~50mMになる量で、フィード培地中に添加されることを特徴とする、請求項1または
3に記載の方法。
【請求項5】
細胞が、少なくとも1以上の糖類成分、1以上のアミノ酸、1以上のビタミンまたはビタミン前駆体、1以上の塩、1以上の緩衝剤成分、1以上の補因子、および1以上の核酸成分を含む細胞培養培地中で培養されることを特徴とする、請求項1~
4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィード培地のpHが、6.8~7.5であることを特徴とする、請求項1~
5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
フィード培地が、ビタミン、
Co、Cu、F、Fe、Mn、Mo、Ni、Se、Si、Ni、Bi、VおよびZnから選択される微量元素、
ならびにアミノ酸をさらに含むことを特徴とする、請求項1~
6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
タンパク質が抗体であり、タンパク質中の軽鎖および重鎖の間のトリスルフィド連結形成が減少することを特徴とする、請求項1~
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
タンパク質が抗体であり、タンパク質がシステイン259およびシステイン319を含有する重鎖を含み、タンパク質中の重鎖中のシステイン259およびシステイン319の間の連結におけるトリスルフィド形成が減少することを特徴とする、請求項1~
7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
-バイオリアクターに細胞および液体細胞培養培地を充填すること、
-バイオリアクター中で細胞をインキュベートすること、および
-バイオリアクター中での細胞のインキュベーションの全時間にわたり連続的に、または前記インキュベーション中に1回または数回、フィード培地をバイオリアクターに添加すること、
によって方法が行われることを特徴とする、請求項1~
9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
フィード培地が、1~100mmol/lの濃度でS-スルホシステインおよび/またはS-スルホシステイン塩を含むことを特徴とする、請求項1~
10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
バイオリアクター中での細胞のインキュベーションの全時間にわたって、システインおよび/またはシスチンを含有するフィード培地が添加されないことを特徴とする、請求項
10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養において産生されるIgGのようなタンパク質中のトリスリフィドレベルを減少させるための細胞培養添加剤としてのスルホシステインおよびその誘導体の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
組換えタンパク質、およびとりわけ、モノクロナール抗体(mAb)は、広範囲の疾病の処置に使用される治療用化合物の重要な種類になっている。
抗体を含む治療用タンパク質などのかかる生体分子の効率的および経済的な大規模生産は、バイオテクノロジーおよび医薬品産業のためのますます重要な検討事項である。
典型的には、タンパク質は、例えば、関心対象のタンパク質を産生するように組換え操作された哺乳動物細胞系または細菌細胞系のいずれかを使用した細胞培養法を用いて産生される。
【0003】
しかしながら、組換え産生されたタンパク質は、著しい異種性を示す。かかる異種性は、酸化、脱アミド化および糖化、と同様に、タンパク質分解性成熟、タンパク質フォールディング、グリコシル化、リン酸化、およびジスルフィド結合形成などの翻訳後修飾などの化学的に誘導された修飾から生じ得る。分子の異種性は、特に、治療用タンパク質のヒトにおける使用を意図し、食品医薬品局(FDA)などの規制当局によって承認されなければならない場合には望ましくない。
【0004】
とりわけ関心を得た1つの分子異種性は、トリスリフィド結合の形成である。
抗体(または免疫グロブリン)は、2つの軽鎖ポリペプチド(LC)および2つの重鎖ポリペプチド(HC)の4つのポリペプチド鎖から構成される。4つの鎖は、典型的には、重鎖および軽鎖中に存在するシステイン残基の間で形成するジスルフィド結合によって「Y」配置で結合される。
【0005】
これらのジスルフィド連結は、天然のHC2LC2テトラマーの全体の構造を支配する。典型的には、抗体は、H鎖を連結する2つのヒンジ領域ジスルフィドおよび各重H鎖およびL鎖の間の1つのジスルフィド結合を包含する4つの鎖間ジスルフィド結合を含有する。さらに、12個の鎖内ジスルフィド連結は、分子中に存在するそれぞれの残りのシステイン残基を伴うことができる。不完全なジスルフィド結合形成、または酸化またはベータ脱離後のジスルフィドスクランブリングによる結合破壊はすべて、抗体異種性の潜在的な起源である。さらに、さらなるタイプの修飾、すなわちトリスルフィド(-CH2-S-S-S-CH2-)結合形成が最近報告された。トリスルフィド結合形成に関するさらなる情報は、Pristatsky et al., Anal. Chem. 81: 6148 (2009)に見出され得る。
【0006】
Rashmi Kshirsagar et al., Biotechnology and Bioengineering, Vol. 109, No. 10, October, 2012, page 2523-2532には、システイン含有量とトリスリフィド結合の形成の間の関係が見られるので、細胞培養培地におけるシステイン含有量を補正し、特に減少させることを示唆している。
【0007】
WO2011/041721は、溶液中のタンパク質を固体支持体と接触させて会合させ、次いで還元剤を含む溶液に前記タンパク質を暴露することによって、タンパク質中のトリスルフィド結合をジスルフィド結合に変換する方法を開示する。
【0008】
WO2012158551は、有効量のシステイン分解阻害剤、例えば、グルタチオン、ピルビン酸塩などの存在下、前記タンパク質を発現する培養細胞を含む、大量生産中にタンパク質中のトリスルフィド結合の形成を減少させる方法を開示する。
タンパク質中のトリスルフィドレベルを減少させるその他の複雑でなく、および/またはより効率的な方法を見出すことが好ましい。
【発明の概要】
【0009】
細胞培養培地中のシステインがS-スルホシステインおよび/またはその塩に置換された場合、前記細胞培養培地中で産生されるタンパク質中のトリスルフィド結合の量は、システインを含む同じ細胞培養培地と比較して減少することが見出されている。
【0010】
したがって、本発明は、タンパク質中のトリスルフィド結合の形成を減少させる方法であって、前記タンパク質を発現する細胞を培養することを含み、これにより、有意な量のシステインまたはシスチンを含まないが、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含む、細胞培養物中に1回以上、フィード培地が細胞培養物に添加され、それによって、前記タンパク質中のトリスリフィド連結の形成が、フィード培地中のシステインおよび/またはシスチンが部分的または好ましくは完全にS-スルホシステインおよび/またはその塩によって置換されていない細胞培養培地中で培養された細胞と比較して減少する、前記方法に関する。
【0011】
好ましい態様において、S-スルホシステインおよび/またはその塩は、S-スルホシステインナトリウム塩である。
好ましい態様において、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィードのpHは、6.8~7.5である。
【0012】
別の好ましい態様において、S-スルホシステインおよび/またはS-スルホシステインの塩は、細胞培養におけるそれらの濃度が0.4~50mMになるような量で添加される。
【0013】
一態様において、細胞は、少なくとも1以上の糖成分、1以上のアミノ酸、1以上のビタミンまたはビタミン前駆体、1以上の塩、1以上の緩衝剤成分、1以上の補因子および1以上の核酸成分を含む細胞培養培地において培養される。
【0014】
一態様において、前記タンパク質中の軽鎖と重鎖との間のトリスルフィド結合形成は、フィード培地中のシステインおよび/またはシスチンがS-スルホシステインおよび/またはその塩によって置換されていない細胞培養培地中で培養された細胞に対して減少される。
【0015】
一態様において、本発明の方法は、
-バイオリアクターに細胞および液体細胞培養培地を充填し、
-バイオリアクター中で細胞をインキュベートし、
-バイオリアクター中での細胞のインキュベーションの全時間にわたり連続的に、またはこのインキュベーション時間内に1回または数回、細胞培養培地、この場合においてフィード培地をバイオリアクターに加えること、
これによって、フィード培地は、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含み、有意な量のシステインおよび/またはシスチンを含まない、により行われる。当然、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含まない他のフィード培地を添加することも可能である。好ましくは、システインおよび/またはシスチンを含有するフィード培地は添加されない。
【0016】
好ましくはフィード培地は、S-スルホシステインおよび/またはS-スルホシステイン塩を1~100mmol/lの濃度、好ましくは5~20mmol/lの濃度で含む。
好ましくは、バイオリアクター中での細胞のインキュベーションの前時間にわたって、システインおよび/またはシスチンを含有するフィード培地は添加されない。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、IgG中のトリスルフィドレベルを監視するために使用される方策を示す。
【0018】
【
図2】
図2~5は、FBプロセスの13日目および18日目における結びつけられたLys-C/トリプシン消化物におけるトリスルフィド連結ペプチドの相対的定量を示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【
図3】
図2~5は、FBプロセスの13日目および18日目における結びつけられたLys-C/トリプシン消化物におけるトリスルフィド連結ペプチドの相対的定量を示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【
図4】
図2~5は、FBプロセスの13日目および18日目における結びつけられたLys-C/トリプシン消化物におけるトリスルフィド連結ペプチドの相対的定量を示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【
図5】
図2~5は、FBプロセスの13日目および18日目における結びつけられたLys-C/トリプシン消化物におけるトリスルフィド連結ペプチドの相対的定量を示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【0019】
【
図6】
図6は、ジスルフィド架橋を有するLC-HC連結とトリスルフィド架橋を有するLC-HC連結との間の関係を示す、抽出されたイオンクロマトグラムの重ね合わせを示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【0020】
「トリスルフィド結合」は、追加の硫黄原子をジスルフィド結合に挿入することによって生成され、それにより3つの連続する硫黄原子の共有結合が生じる。トリスルフィドは翻訳後修飾である。トリスルフィド結合は、タンパク質中のシステイン残基間に形成され得、分子内(すなわち、同じタンパク質中の2つのシステイン間)または分子間(すなわち、別々のタンパク質中の2つのシステイン間)に形成することができる。トリスルフィドは、例えば、主に軽重鎖結合において鎖間連結で検出された。
【0021】
トリスルフィド結合の存在は、例えば、ペプチド・マッピングを使用して検出されることができ、余分な硫黄原子(32Da)に起因する損なわれていないタンパク質の質量の増加に基づいて検出され得る。したがって、トリスルフィド結合は、質量分析、または高圧液体クロマトグラフィーおよび質量分析(LC-MSシステムを利用するペプチドマッピング)によって検出することができる。
図1は、そのような分析がどのように実施され得るかの一般的なスキームを示す。さらなる詳細は、例において見出し得る。
【0022】
「タンパク質」は、アミノ酸残基の1以上の鎖からなる巨大分子である。オリゴペプチドおよび好ましくはポリペプチドは、タンパク質の定義内に包含される。タンパク質は、接触メタボリック反応、DNA複製、刺激への応答、およびある位置から別の位置への分子の輸送を包含する、生体内での広範な機能の配列を実施する。タンパク質は、互いに主にアミノ酸配列が異なる。ほとんどのタンパク質は、独自の3次元構造に折り畳まれている。タンパク質は、例えば、天然に存在するタンパク質、または好ましくは組換え産生されたタンパク質である。タンパク質の例は、酵素または好ましくは抗体である。前述のタンパク質の断片、誘導体、類似体、または変異体、およびそれらの任意の組み合わせもまた、本発明によるタンパク質として含まれる。
【0023】
「抗体」という用語は、抗原に特異的に結合する能力を有するタンパク質を言う。典型的には、抗体は、2つの重鎖および2つの軽鎖からなる基本的な4つのポリペプチド鎖構造を有し、前記鎖は例えば鎖間ジスルフィド結合によって安定化されている。抗体は、モノクローナルまたはポリクローナルであってもよく、モノマーまたはポリマー形態、例えば、ペンタマー形態で存在するIgM抗体および/またはモノマー、ダイマーまたはマルチマー形態で存在するIgA抗体で存在し得る。抗体はまた、リガンド特異的結合ドメインを保持するか、または含むように修飾されている限り、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)および抗体フラグメントを包含し得る。
【0024】
「フラグメント」という用語は、損傷のないまたは完全な抗体または抗体鎖よりも少ないアミノ酸残基を含む抗体または抗体鎖の一部または部分を言う。フラグメントは、損傷のないまたは完全な抗体または抗体鎖の化学的または酵素的処理によって得ることができる。フラグメントは組換え手段によっても得ることができる。組換えにより産生される場合、フラグメントは、単独で、または融合タンパク質と呼ばれるより大きなタンパク質の一部として発現され得る。例示的なフラグメントには、Fab、Fab’、F(ab’)2、Fcおよび/またはFvフラグメントを包含する。例示的な融合タンパク質としては、Fc融合タンパク質を包含する。本発明によれば、融合タンパク質はまた、用語「抗体」に網羅される。
【0025】
(S)-2-アミノ-3-スルホスルファニルプロパン酸とも呼ばれるS-スルホシステインは、例えば、硫酸とシステインの縮合によって得られる産物である。適切な塩は、アルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、例えば、リチウム塩類、ナトリウム塩類、カリウム塩類、カルシウム塩類またはマグネシウム塩類またはそれらの混合物である。ナトリウム塩類、カリウム塩類、カルシウム塩およびマグネシウム塩が好ましく、ナトリウム塩類、特にナトリウム塩が最も好ましい。
【0026】
S-スルホシステインおよびその塩は、以下の式I:
【化1】
によって示され得、Rは
【化2】
であり、XはH、Li、Na、K、1/2Ca、1/2Mg、好ましくは、H、Na、Kである。用語プロパン酸は、用語プロピオン酸の代わりに使用され得る。
【0027】
(S)-2-アミノ-3-スルホスルファニル-プロパン酸、S-スルホ-システインまたはシステイン-S-硫酸とも呼ばれる2-アミノ-3-スルホスルファニル-プロピオン酸およびその塩の合成は、例えばI.H.Segel および M.J.Johnson, Analytical Biochemistry 5 (1963), 330-337 およびJ.S. Church, D.J. Evans, Spectrochimica Acta Part A 69 (2008) 256-262に開示されている。S-スルホ-システインは、米国Sigma-Aldrichから市販されている。そのナトリウム塩は、さらにスイスBachemから市販されている。
【0028】
細胞培養は、細胞が培養される任意の仕組み(setup)である。細胞培養は、例えば、医薬品のような標的分子、特に抗体のような組換えタンパク質を産生するために使用される。
【0029】
細胞培養培地は、細胞のインビトロ増殖を維持および/または支持する成分の任意の混合物である。それは、複雑な培地または化学的に規定された培地であってもよい。細胞培養培地は、細胞のインビトロでの増殖を維持および/または支持するのに必要なすべての成分またはいくつかの成分のみを含むことができ、さらなる成分が別々に添加される。細胞培養培地の例は、細胞のインビトロ増殖を維持および/または支持するために必要なすべての成分ならびに培地サプリメントまたはフィードを含む完全培地である。基本培地とも呼ばれる完全培地は、典型的には6.8~7.8のpHを有する。フィード培地は好ましくはpHが8.5未満である。本発明に従って使用される細胞培養培地は、好ましくは化学的に規定された細胞培養培地である。
【0030】
典型的には、本発明による細胞培養培地は、バイオリアクターにおける細胞の増殖を維持および/または支持するため、および前記細胞のIgG産生を支持するために使用される。
【0031】
いくつかの細胞培養培地は、滅菌水性液体として提供される。液体細胞培養培地の欠点は、短かい貯蔵寿命、輸送および貯蔵が困難であることである。結果として、多くの細胞培養培地は、現在、微細粉砕された乾燥粉末混合物として提供されている。それらは、水および/または水溶液および溶解状態で溶解する目的で製造され、前記細胞からの生物薬剤の増殖および/または産生のための実質的な栄養源を細胞に、しばしば他の補助剤と共に供給するために、設計される。
【0032】
大部分のバイオ医薬品生産プラットフォームは流加回分細胞培養プロトコールに基づいている。その目的は、典型的には、増加する市場の需要に応え、製造コストを低減するために、高力価細胞培養プロセスを開発することである。高性能な組換え細胞系の使用に加えて、細胞培養培地およびプロセスパラメータの改善は、最大の生産能力を実現するために必要とされる。
【0033】
流加回分プロセスでは、基本培地が初期増殖と産生を支援し、フィード培地は栄養素の枯渇を防ぎ、産生段階を維持する。培地は、異なる産生段階の間に異なる代謝要求に対応するように選択される。供給方策および制御パラメータを包含するプロセスパラメータ設定は、細胞増殖およびタンパク質産生に適した化学的および物理的環境を規定する。
【0034】
フィードまたはフィード培地は、細胞培地中の初期増殖と産生を支える基礎培地ではなく、栄養素の枯渇を防ぎ、産生段階を持続させるために、後の段階で添加される培地である細胞培養培地である。フィード培地は、基礎培養培地と比較して、より高い濃度のいくつかの成分を有することができる。例えば、アミノ酸または炭水化物を包含する栄養素などのいくつかの成分は、約5倍、6倍、7倍、8倍、9倍、10倍、12倍、14倍、16倍、20倍、30倍、50倍、100倍、200倍、400倍、600倍、800倍、または約1000倍の基礎培地における濃度でフィード培地中に存在し得る。
【0035】
本発明によれば、有意な量のシステインおよび/またはシスチンを含有しないがS-スルホシステインおよび/またはその塩を置換物として含有するフィード培地は、システインおよび/またはシスチンをS-スルホシステインおよび/またはその塩の5%(w/w)未満の量で、好ましくは1%(w/w)未満の量で含有する任意の培地であり、最も好ましくは、システインおよび/またはシスチンを含まないが、S-スルホシステインおよび/またはその塩、ならびにシステインおよび/またはシスチン以外の潜在的な他のフィード成分のみを含む任意の培地である。
【0036】
哺乳動物細胞培養培地は、哺乳動物細胞のインビトロ増殖を維持および/または支持する成分の混合物である。哺乳動物細胞の例は、ヒトまたは動物細胞、好ましくはCHO細胞、COS細胞、I VERO細胞、BHK細胞、AK-1細胞、SP2/0細胞、L5.1細胞、ハイブリドーマ細胞またはヒト細胞である。
【0037】
化学的に規定された細胞培養培地は、化学的に規定されない物質を含まない細胞培養培地である。これは、培地中に使用される全ての化学物質の化学組成は、既知であることを意味する。化学的に規定された培地は、酵母、動物または植物の組織を含まず、フィーダー細胞、血清、抽出物、加水分解物または消化物または他の化学的に不十分に規定される成分を含まない。化学的に規定されていないか、またはあまり規定されていない化学成分は、化学組成および構造が知られておらず、変化する組成で存在するか、またはアルブミンまたはカゼインのようなタンパク質の化学組成および構造の評価と同等の、莫大な実験努力でのみ規定し得るものである。
【0038】
粉末細胞培養培地または乾燥粉末培地は、典型的には粉砕プロセスまたは凍結乾燥プロセスから生じる細胞培養培地である。それは、粉末細胞培養培地が顆粒状の粒状培地であり、液体培地ではないことを意味する。用語「乾燥粉末」は、用語「粉末」と互換的に使用され得る。しかしながら、本明細書で使用される「乾燥粉末」は、単に、造粒された材料の外観を言い、特に指示がない限り、材料が錯化または凝集した溶媒を完全に含まないことを意味するものではない。粉末細胞培養培地は、造粒化細胞培養培地であってもよく、例えば、ローラー圧縮によって造粒される。
【0039】
粉末細胞培養培地は、好ましくは、全ての成分を混合し、粉砕することによって産生される。成分の混合は、粉砕によって乾燥粉末細胞培養培地を産生する当業者に既知である。好ましくは、混合物のすべての部分がほぼ同じ組成を有するように、全ての成分を完全に混合する。組成物の均一性が高いほど、均質な細胞増殖に関してもたらされる培地の品質がより良好である。
【0040】
粉砕は、粉末細胞培養培地を産生するのに適した任意のタイプのミルで行うことができる。典型的な例は、ボールミル、ピンミル、フィッツミルまたはジェットミルである。ピンミル、フィッツミルまたはジェットミルが好ましく、ピンミルが非常に好ましい。
当業者は、そのようなミルを如何に稼働するかを知っている。
【0041】
粉砕した粉末培地の使用のために、溶媒、好ましくは水(最もとりわけ蒸留および/または脱イオン水または精製水または注射用水)または水性緩衝剤を培地に添加し、培地が完全に溶媒に溶解されるまで成分は混合される。
【0042】
溶媒はまた、生理食塩水、適切なpH範囲(典型的にはpH1.0~pH10.0の範囲)を提供する可溶性の酸または塩基イオン、安定剤、界面活性剤、防腐剤、およびアルコールまたは他の極性有機溶媒を含み得る。
【0043】
pH、ウシ胎児血清、糖などの調整のための緩衝物質のような物質を細胞培養培地と溶媒との混合物にさらに加えることも可能である。次いで、得られた液体細胞培養培地を、増殖または維持される細胞と接触させる。
【0044】
本発明の方法で処置される細胞は、正常細胞、不死化細胞、罹患細胞、形質転換細胞、変異細胞、体細胞、生殖細胞、幹細胞、前駆細胞または胚細胞であってもよく、そのいずれも確立されたまたは形質転換された細胞系であるか、または天然源から得られる。好ましくは、細胞は哺乳動物細胞、より好ましくはBHK、VERO、HEKまたはCHO細胞であり、最も好ましくはCHO-S、CHO dhfr-(DG44およびDuxb11)、CHO-MおよびCHOK1細胞である。
【0045】
細胞培養培地、特に完全培地は、典型的には少なくとも1以上のアミノ酸、1以上のビタミンまたはビタミン前駆体、1以上の塩、1以上の緩衝剤成分、1以上の補因子、および1以上の核酸成分を含む。
【0046】
培地は、ピルビン酸ナトリウム、インスリン、植物性タンパク質、脂肪酸および/または脂肪酸誘導体および/またはプルロニック酸および/または化学的に調製された非イオン性界面活性剤のような界面活性成分をも含み得る。好適な非イオン性界面活性剤の一例は、ポロキサマーとも呼ばれる第一級ヒドロキシル基で停止する二官能性ブロックコポリマー界面活性剤であり、ドイツのBASFから商品名プルロニック(pluronic)(登録商標)の下に入手可能である。
【0047】
糖類成分は、グルコース、ガラクトース、リボースまたはフルクトース(単糖類の例)またはスクロース、ラクトースまたはマルトース(二糖類の例)などのすべての単糖類または二糖類である。
【0048】
本発明によるアミノ酸の例は、チロシン、タンパク質原性アミノ酸、特に必須アミノ酸、ロイシン、イソロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファンおよびバリン、ならびにD-アミノ酸のような非タンパク質原性アミノ酸である。
【0049】
チロシンは、L-またはD-チロシン、好ましくはL-チロシンである。
システインは、L-またはD-システイン、好ましくはL-システインである。
【0050】
ビタミン類の例は、ビタミンA(レチノール、レチナル、さまざまなレチノイド、および4つのカロチノイド)、ビタミンB1(チアミン)、ビタミンB2(リボフラビン)、ビタミンB3(ナイアシン、ナイアシンアミド)、ビタミンB5(パントテン酸)、ビタミンB6(ピリドキシン、ピリドキサミン、ピリドキサール)、ビタミンB7(ビオチン)、ビタミンB9(葉酸、フォリン酸)、ビタミンB12(シアノコバラミン、ヒドロキシコバラミン、メチルコバラミン)、ビタミンC(アスコルビン酸)、ビタミンD(エルゴカルシフェロール、コレカルシフェロール)、ビタミンE(トコフェロール、トコトリエノール)、ビタミンK(フィロキノン、メナキノン)である。ビタミン前駆体も包含される。
【0051】
塩の例は、重炭酸塩、カルシウム、塩化物、マグネシウム、リン酸塩、カリウムおよびナトリウムなどの無機イオンまたはCo、Cu、F、Fe、Mn、Mo、Ni、Se、Si、Ni、Bi、VおよびZnなどの微量元素を含む成分である。例は、硫酸銅(II)五水和物(CuSO4・5H2O)、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カルシウム(CaCl2・2H2O)、塩化カリウム(KCl)、硫酸鉄(II)、リン酸ナトリウム一塩基性無水物(NaH2PO4)、硫酸マグネシウム無水物(MgSO4)、リン酸ナトリウム二塩基性無水物(Na2HPO4)、塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)、硫酸亜鉛七水和物である。
【0052】
緩衝剤の例は、CO2/HCO3(炭酸塩)、リン酸塩、HEPES、PIPES、ACES、BES、TES、MOPSおよびTRISである。
【0053】
補因子の例は、チアミン誘導体、ビオチン、ビタミンC、NAD/NADP、コバラミン、フラビンモノヌクレオチドおよび誘導体、グルタチオン、ヘムヌクレオチドリン酸および誘導体である。
【0054】
本発明による核酸成分は、シトシン、グアニン、アデニン、チミンまたはウラシルのような核酸塩基、シチジン、ウリジン、アデノシン、グアノシンおよびチミジンのようなヌクレオシド、およびアデノシン一リン酸またはアデノシン二リン酸またはアデノシン三リン酸のようなヌクレオチドである。
【0055】
フィード培地は、完全培地と比較して異なる組成を有し得る。それらは、典型的には、アミノ酸、微量元素およびビタミンを含む。それらはまた、糖成分を含んでもよいが、製造上の理由から、糖成分が別個のフィード中に添加されることがある。
【0056】
本発明の方法に従って使用される適切なフィード培地は、S-スルホシステインに加えて、例えば以下の化合物の1つ以上を含むが、システインまたはシスチンは含まない:
【0057】
L-アスパラギン一水和物
L-イソロイシン
L-フェニルアラニン
L-グルタミン酸ナトリウム一水和物
L-ロイシン
L-スレオニン
L-リシン一塩酸塩
L-プロリン
L-セリン
L-アルギニン一塩酸塩
【0058】
L-ヒスチジン一塩酸塩一水和物
L-メチオニン
L-バリン
L-アスパラギン酸モノナトリウム一水和物
L-トリプトファン
コリンコロリド
ミオイノシトール
ニコチンアミド
D(+)パントテン酸カルシウム
ピリドキシン塩酸塩
【0059】
塩化チアミン塩酸塩
ビタミンB12(シアノバラミン)微粒子化物
ビオチン
葉酸
リボフラビン
硫酸マグネシウム無水物
硫酸銅(II)五水和物
硫酸亜鉛七水和物
1,4-ジアミノブタン二塩酸塩
ヘプタモリブデン酸アンモニウム四水和物
【0060】
硫酸カドミウム水和物
塩化マンガン酸(II)四水和物
塩化ニッケル(II)六水和物
メタケイ酸ナトリウム
メタバナジウム酸ナトリウム
塩化スズ(II)二水和物
亜セレン酸ナトリウム(約45%SE)
リン酸二水素ナトリウム一水和物
クエン酸鉄(III)アンモニウム(約18%FE)
【0061】
本発明の要旨は、システインおよび/またはシスチンをS-スルホシステインおよび/またはその塩によって置き換えることによって、細胞培養物中で産生されるタンパク質、または好ましくはIgGに見出されるトリスルフィド結合の量を減少させることである。
【0062】
前記タンパク質、特に抗体中の軽鎖と重鎖との間のトリスルフィド連結形成は、S-スルホシステインおよび/またはその塩によってフィード中のシステインおよび/またはシスチンを置換しない細胞培地と比べて、効率的に、典型的には75%を上回って削減される。
【0063】
驚くべきことに、別のトリスルフィド形成の減少が見出された。重鎖中のシステイン259とシステイン319との間の連結における前記タンパク質、特に抗体中のトリスルフィド形成が見出され、本発明の方法でも減少させることができた。
【0064】
本発明によるシステインおよび/またはシスチンの代わりにS-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィード培地で処理される細胞は、典型的には、生物製剤の製造目的のためにバイオリアクターで培養される細胞である。
【0065】
S-スルホシステインおよび/またはその塩は、システインおよび/またはシスチンの添加に匹敵する細胞培養の任意の段階で細胞に添加することができる。細胞培養を開始するときに添加することができる。この場合、S-スルホシステインおよび/またはその塩は、好ましくは、細胞培養を開始するために使用される基本培地の他の成分と混合され、粉砕される。次いで、粉末が溶解し、所望の均一な濃度の培地成分を有する液体細胞培養培地を生成するように、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むこの乾燥粉末混合物を、粉末および溶媒を混合することによって適切な溶媒に溶解する。
【0066】
S-スルホシステインおよび/またはその塩は、細胞の培養中に1回以上添加することもできる。細胞培養は、典型的には1~3週間行われる。この時間の間、フィード培地は連続的に、または1回以上添加される。S-スルフォシステインおよび/またはその塩は、他のフィード培地成分と一緒にフィード培地の培養物に添加することができるか、またはS-スルホシステインおよび/またはその塩のみを含む別のフィードに加えることができる。また、フィードは、典型的には液体であるので、フィードの全ての成分は、細胞培養物に添加する前に適切な溶媒に溶解される。
【0067】
好ましい態様において、細胞培養は、システインおよび/またはシスチンを含むがS-スルホシステインおよび/またはその塩を含まない基本培地で開始され、S-スルホシステインおよび/またはその塩がフィードとして添加される。好ましくは、細胞培養中に少なくとも4回、好ましくは4~6回添加される。一態様において、S-スルホシステインおよび/またはその塩は、2日ごと~4日ごとに添加される。
【0068】
S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィードのpHは、典型的には5~7.5、好ましくは6.8~7.5、最も好ましくは6.8~7.1の間である。
【0069】
典型的には、細胞培養は、
a)バイオリアクターに入れること、
b)培養される細胞をバイオリアクター中の液体細胞培養培地と混合すること、
c)ステップb)の混合物をある時間インキュベートし、それによって、S-スルホシステインを含むが、有意な量の好ましくは全くシスチンまたはシステインを含まないフィード培地をその時間中に少なくとも1回添加すること
によって行われる。
【0070】
バイオリアクターは、細胞を培養することができる任意の容器、バッグ、器またはタンクである。細胞培養を行うことは、当業者に既知である。これは、典型的には、pH、浸透圧、温度、撹拌、通気(酸素/CO2)などの適切な条件下で細胞をバイオリアクター内でインキュベートすること、および細胞培養中にフィード培地を1回または数回任意に添加することによって行われる。好ましくは、細胞培養は流加回分細胞培養として行われる。
【0071】
流加回分培養は、細胞の培養中に1つまたは複数の栄養素(基質)がバイオリアクターにフィード(供給)され、生成物が実行終了までバイオリアクターに残る細胞培養プロセスである。この方法の別の説明は、基本培地が最初の細胞培養を支持し、栄養枯渇を防ぐためにフィード培地が追加された培養物の説明である。流加回分培養の利点は、培養液中の供給基質の濃度を任意に所望のレベルに制御できることである。
【0072】
一般に、流加回分培養は、1つの栄養素(または複数の栄養素)の濃度を制御することが、この場合S-スルホシステインおよび/またはその塩のような所望の代謝産物の均質性または収率に影響を及ぼす場合、従来の回分培養より優れている。
【0073】
その結果として、好ましくは本発明は、
-細胞および液体細胞培養培地をバイオリアクターに充填すること、
-バイオリアクター中で細胞をインキュベートすること、
-バイオリアクター中での細胞のインキュベーションの全時間にわたって、連続的に、前記インキュベーション時間内に1回ないし数回、細胞培養培地、この場合フィード培地をバイオリアクターに加え、
それによって、フィード培地は、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むが、有意な量の、好ましくは全くシステインおよび/またはシスチンを含まず、好ましくは、6.8~7.5のpHを有すること、
によって実施される。
【0074】
トリスルフィド結合の量の減少は、細胞培養物が可能な限り少ないシステインおよび/またはシスチンを含む場合に特に有効であることが見出されている。結果として、細胞がS-スルホシステインおよび/またはその塩単独で増殖することができる場合、好ましくは、細胞培養物はいかなるシステインおよび/またはシスチンを含まない。いくつかの細胞では、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むがシステインおよび/またはシスチンを含まない培地において十分な性能および/または増殖を示さないので、基本培地はシステインおよび/またはシスチンを含む必要がある。この場合、好ましくは、基本培地はシステインおよび/またはシスチンを含み、培養中に添加されるフィード培地は追加のシステインおよび/またはシスチンを含まない。
【0075】
当業者には、1種類または数種類のフィード培地を細胞培養物に添加することができることは明らかである。単一のフィード方策が使用される場合、唯一の種類のフィード培地が連続的に、または細胞培養中に1回または数回、細胞培養物に添加される。本発明の方法によれば、この単一のフィード培地は、有意な量のシステインおよび/またはシスチンを含有しないが、S-スルホシステインおよび/またはその塩を置換物として含有する。本発明の方法に従って、いくつかの異なるフィード培地を細胞培養物に添加する場合、好ましくは、これらのフィード培地のいずれもシステインおよび/またはシスチンを含有しない。
【0076】
すべてのフィード培地がS-スルホシステインおよび/またはその塩を含有する必要はない。例えば、ビタミン、微量元素およびアミノ酸、ならびにS-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィードと、他の時間に第2のフィードを添加することが好ましく、それによって第2のフィードは、例えば、好ましくはS-スルホシステインおよび/またはその塩を含まない炭水化物フィードである。いずれにしても、細胞培養中に少なくとも1回、有意な量の好ましくは全くシステインおよび/またはシスチンを含まないが、S-スルホシステインおよび/またはその塩を含むフィードが添加される。
【0077】
本発明の方法では、トリスルフィドの量を効果的に減少させることができることが分かった。好ましくは、軽鎖と重鎖との間のトリスルフィド形成を減少させることができる。このトリスルフィドの形成は、フィード培地におけるシスチンおよび/またはシステインがS-スルホシステインおよび/またはその塩で置き換えられていない細胞培養プロセスと比較して、75%を超え、好ましくは85%を超え減少させることができる。
【0078】
本発明の方法に従って処理され、トリスルフィド結合形成が低減されているタンパク質は、診断アッセイ、免疫アッセイおよび/または医薬組成物に使用することができる。
【0079】
いくつかの態様において、タンパク質、例えば本発明の方法で処理された抗体は、未処理対照と比較して貯蔵安定性が増加している。別の態様において、タンパク質、例えば、本発明の方法で処理された抗体は、未処理対照と比較して、凝集傾向が低下している。さらに別の態様において、タンパク質、例えば本発明の方法を用いた抗体の処理は、未処理の対照と比較して酸化、例えば、メチオニンの酸化が減少する。
【0080】
したがって、本発明はまた、タンパク質の組成物中のトリスルフィドのレベルを減少させることを含む、タンパク質、例えば抗体の組成物中のタンパク質酸化、例えばメチオニン酸化を減少させる方法を提供する。別の態様は、タンパク質の組成物中のトリスルフィドのレベルを減少させることを含む、タンパク質、例えば抗体の組成物中のタンパク質凝集を減少させる方法を提供する。別の態様は、前記タンパク質の組成物中のトリスルフィドのレベルを減少させることを含む、タンパク質、例えば抗体の組成物中のタンパク質安定性を増加させる方法を提供する。
【0081】
別の態様は、上記プロセスステップを実施することによって抗体中のトリスルフィド結合をジスルフィド結合へ変換することによって、長期タンパク質および抗体貯蔵安定性を増加または高める方法を提供する。
【0082】
本発明は、さらに、以下の図および例によって例示されるが、それに限定されない。
全ての出願、特許、および上および以下に引用した公表文献、同様に対応する特許出願2016年4月28日出願のEP16167461.9は、参照して本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0083】
例
以下の例は、本発明の実際的な適用を表す。
1.実施要綱
a.流加回分プロセス
IgG1を発現する組換えCHO細胞を、1.5mMのシステインを含有する完全に化学的に規定された基本培地(Cellvento(登録商標)CHO 220)中で増殖させた。3日、5日、7日、10日、14日に、システインまたはS-スルホシステインのいずれかを含有するフィードを添加した。
対照条件では、主フィードには、このアミノ酸の低い安定性のためにシステイン以外のビタミン、微量元素およびアミノ酸が包含していた。150mMのシステインをpH11において別のフィードに溶解した。3日目、5日目、7日目、10日目および14日目に、それぞれ主フィードを3%、6%、6%、6%および6%(v/v)で添加したのに対して、システインを0.3%、0.6%、0.6%、0.6%および0.6%添加した。
【0084】
SSC条件のために、主フィードは同じビタミン、微量元素およびアミノ酸を包含し、さらに15mMのS-スルホシステイン二ナトリウム塩を補充した。主フィードは、それぞれ3、5、7、10および14日目に3%、6%、6%、6%および6%(v/v)添加され、対照状態と比較したときに同量のシステイン源をもたらした。グルコースを、両方の条件について毎日モニターし、400g/L溶液を使用して6g/Lに調整した。
【0085】
プロセスは、1.2Lバイオリアクター中、37℃にて、pH7.0、50%酸素溶解、140rpm回転にて実施した。
試料は、バイオリアクターから13日目および18日目にトリスルフィド分析のために採取した。サンプリング後、細胞培養上澄みを1500rpmで5分間遠心分離し、IgG濃度を自動濁度測定法(Cedex bioHT)を使用して定量し、さらなる処理のために凍結させた。
【0086】
b.細胞培養上澄みからのIgG精製
IgGは、タンパク質A結合(Phytips法)を使用して凍結試料から精製し、200mMのNaH2PO4;140mMNaClおよび96mMトリスHCl中で溶離され、および再度定量した。
【0087】
c.IgGからのペプチド生成
最初に、試料中の遊離システインを、N-エチルマレイミド(0.1M酢酸Na緩衝液中の10mM溶液、pH5.0)を暗所で30分間添加することによってアルキル化した。
Lys-Cによる消化のために、55μLの消化緩衝液(8M尿素、0.1Mトリス、pH7)および15μLのLys-C酵素(Promega,V1671)を加え、試料を37℃で4時間インキュベートした。続いて、試料を468μlの消化緩衝液の添加により1M尿素に希釈し、12μLトリプシンを添加することにより37℃で一晩消化した。最終抗体濃度は50mg/Lであった。ジスルフィドおよびトリスルフィド結合の分析のために、試料を10%ギ酸(4.4μL)で処理して消化を止め、LC-MSによって分析した。
【0088】
d.LC-MS/MS法
得られたタンパク質混合物は、逆相HPLC(RSLC3000 nano LC, Thermo Scientific Dionex, Idstein, Germany)を使用して注入し、分離された。カートリッジ(PM100, C18, 5 μm, 0,3x5 mm, Thermo Scientific Dionex, Idstein, Germany)を有するナノLCカラム(Acquity UPLC M-Class HSS T3, 1.8 μm, 75 μm x 150 mm, Waters)は、試料の予備濃縮および分離のために使用された。ブランクランおよびカラム洗浄ランは、連続する試料ラン内で実施された。
【0089】
変化する傾きを有する最適化された26分直線勾配を50℃で以下のように適用した(分/%B):0/2、0.25/2、8/16、20/29、26.25/45、27.25/99、30.25/99、31.25/20、32.25/20、33.25/99、34.25/99、35.25/2、38/2。注入量は5~7μL(約0.35μg)であった。試料を120μL/分の流速でカートリッジに0.25分間装填した。装填のために、97.95%の水、2%のアセトニトリルおよび0.05%のTFAからなる溶出液を使用した。続いて、バルブを切り替え、試料を分析カラムに移し、0.6μL/分の流速を使用して分離した。HPLC溶出液をQExactive plus質量分析計(Thermo scientific, Bremen, Germany)に直接注入した。
【0090】
質量分析計は、陽イオンモードで操作し、スプレイ電圧は1.9kV、キャピラリー温度は、275℃、およびS-レンズRF電圧は、55Vであった。MS/MSプロダクトイオンスキャンの場合、活性化タイプは衝突誘起解離(CID)であり、デフォルトの荷電状態は2であった。適用される4スキャンイベントQExactive法は、m/z200-2000および分解能(RP)70000の後に、3つのサイクルのデータ依存性MS/MSが、上位3つの最も強いイオンについてスキャンされる、完全MSサーベイスキャンからなる。動的排除機能を有効にし、パラメータは以下のとおりであった:10秒の動的排除、2m/zの単離ウィンドウ、17500の分解能、AGC目標3e6、250m秒の最大注入時間、25の正規化衝突エネルギー、0.1%のアンダーフィル比、1.2e4の強度閾値。
【0091】
割り当てられていない荷電状態および荷電状態≧8は、MS/MSトリガーのために拒否され、ポリシロキサンイオンを含有する拒否質量リストが可能にされた。動的排除は10秒であった。複製ランは、荷電状態+1排除の有無にかかわらず実施された。データ処理のために、分析された抗体の軽鎖および重鎖の配列をそれぞれ含有するインハウスタンパク質データベースに基づくMascot 2.3誤差寛容性の検索(Matrix Science London, UK)を使用した。MS/MSスペクトルは、データベース検索の前にMS2プロセッサを使用して荷電解絡(charge deconvolute)され、マスコットの設定は小さなペプチドの同定を可能にするようにされた:検索で試験され、報告書で証明された最短ペプチドは4アミノ酸に設定された。マスコット検索パラメータは、酵素がトリプシン、2つの欠損切断が許容され、トリプシン消化のための固定修飾カルバミドメチル化、ペプチド許容誤差:6ppm、MS/MS許容誤差0.05Da、ペプチド電荷+2、+3、+4、誤差許容検索が活かされ、最小イオンスコア15であった。
【0092】
2.結果
図2~5は、IgGの軽鎖と重鎖(LC-HC)との間、ならびにそれぞれ13日目および18日目のHC(HC_cys259-Cys319)の2システイン残基との間のトリスルフィド形成の定量の結果を示す。
トリスルフィド連結ペプチドの相対百分率は、トリスルフィド連結ペプチドの面積を、トリスルフィド連結ペプチドとジスルフィド連結ペプチドの面積の合計で割ることによって計算された。
【0093】
結果は、分離フィードのシステインを使用して作られた対照試料において、LC-HC連結ペプチドに対してトリスルフィドの最大量が見出されることが示される。トリスルフィドの量は、SSCフィードを使用して作られた試料において減少する。トリスルフィドの平均減少は、対照条件と比較した場合、SSCを使用したとき、13日目で93.3%、18日目で92.4%であった。重鎖中のシステイン259とシステイン319との間の結合におけるトリスルフィド形成が3桁低いことの証拠を見出した。相対量は非常に少ないが、データは非常に一貫しており、LC-HC連結の間のトリスルフィド形成について観察された傾向を確認する。トリスルフィドの量は、SSCフィードを使用して作られた試料において減少する。トリスルフィドの平均減少は、対照条件と比較した場合に、SSCを使用したとき、13日目に46.7%、18日目に25.9%である。
【0094】
図6は、ジスルフィド架橋を有するLC-HC連結とトリスルフィド架橋を有するLC-HC連結との間の関係を示す、抽出されたイオンクロマトグラムの重ね合わせを示す。
【0095】
図6は、別個のフィード中のシステインを使用した対照FB中のLC-HC連結と比較した場合(薄い灰色)の、ジスルフィド連結ペプチドに関してSSCを使用してFB中のLC-HC連結におけるトリスルフィド形成(濃い灰色)の相対的減少を示す。