(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-03-31
(45)【発行日】2023-04-10
(54)【発明の名称】正極材の製造方法及びリチウムイオン二次電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/505 20100101AFI20230403BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20230403BHJP
C01B 33/12 20060101ALI20230403BHJP
【FI】
H01M4/505
H01M4/525
C01B33/12 A
(21)【出願番号】P 2019082274
(22)【出願日】2019-04-23
【審査請求日】2022-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002060
【氏名又は名称】信越化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140394
【氏名又は名称】松浦 康次
(72)【発明者】
【氏名】戸田 健司
(72)【発明者】
【氏名】塩原 利夫
(72)【発明者】
【氏名】兼子 達朗
【審査官】森 透
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0302681(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第103137967(CN,A)
【文献】特開2003-197194(JP,A)
【文献】特開2014-038767(JP,A)
【文献】特開2016-023118(JP,A)
【文献】国際公開第2008/123311(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0038767(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
H01M 10/052
C01B 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiNi
ΧMn
2-ΧO
4(但し、0.3≦Χ≦0.7)を前駆体として用意する第1工程と、
該前駆体にポリシラザンを添加して混合する第2工程と、
第2工程で得られた混合物を700℃~1,000℃の範囲で焼成し、前記ポリシラザン中のSi成分をLiNi
ΧMn
2-ΧO
4にドーピングする第3工程と、を含
み、かつ、
前記ポリシラザンは、下記化学式(1)で表されるポリシラザンであることを特徴とする正極材の製造方法。
【化1】
(式中、R
1
は水素原子、または炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基であり、同一であっても異なっていてもよい。R
2
は炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基であり、aは5以上の正数であり、b、c、dはそれぞれ0または正数であり、b/(a+b+c+d)=0~0.9であり、かつ、a+b+c+d=5~22,200の正数である。)
【請求項2】
第2工程では、前記前駆体に対して前記ポリシラザン由来のSiO
2が0.1wt%~2wt%となるように、前記ポリシラザンを添加することを特徴とする請求項1に記載の正極材の製造方法。
【請求項3】
第1工程では、前記前駆体の原料として、Li
2CO
3、NiO、及び、MnO
2を化学量論比に基づいて秤量して混合し、該混合物を500℃~1,000℃で焼成することで作成したLiNi
ΧMn
2-ΧO
4(但し、0.3≦Χ≦0.7)を使用することを特徴とする請求項1又は2に記載の正極材の製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法によって合成された正極材を使用することを特徴とするリチウムイオン二次電池
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池等に使用可能な正極材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、一般的に携帯電話やノートパソコン、デジタルカメラに代表される小型電子機器の電源として広く用いられている。近年では、エネルギー密度を高めたリチウムイオン二次電池は、電気自動車用電源として注目されている。
【0003】
(LMNO)
スピネル型構造を有したLiMn2O4のMnの一部をNiで置換固溶することで合成されたLiNi0.5Mn1.5O4(以下、「LNMO」とも呼ぶ。)正極は、約5V(4.7V)もの高電圧で作動することが知られている。このLNMOのエネルギー密度は686Wh/kgであり、他の正極材料よりも大きいことから、電気自動車用リチウムイオン二次電池の正極として期待されている(例えば、特許文献1や非特許文献1を参照)。
【0004】
(LMNOを含む従来の正極材の課題)
しかしながら、このLNMOは、上述のように高電圧で動作するため、電解液が正極上で酸化分解されることから、高温下や高レートでの放電容量が乏しいという課題がある。
【0005】
この現象を防止するため、酸化マグネシウムなどの絶縁性の酸化物で粒子表面にコーティングする対策がこれまでに提案されている(例えば、非特許文献2~3を参照)。この対策では、電解液の分解を抑制することでサイクル特性を改善できるものの、リチウムイオンの伝導を阻害するため充放電性能の面で劣ることが問題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/083481号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【文献】Yo Kobayashi et al., “5V Class All-Solid-State Composite Lithium Battery with Li3PO4 Coated LiNi0.5Mn1.5O4”, Journal of The Electrochemical Society, 150(12) A1577-A1582(2003)
【文献】D. Arumugam et al., “Synthesis and electrochemical characterizations of Nano-SiO2-coated LiMn2O4 cathode materials for rechargeable lithium batteries”, Journal of Electroanalytical Chemistry 624(1-2), 197-204 (2008)
【文献】Y. Iriyama et al., “Effects of surface modification by MgO on interfacial reactions of lithium cobalt oxide thin film electrode”, Journal of Power Sources, 137, 1, 111-116 (2004)
【文献】J. Huang et al., “Enhancing the Ion Transport in LiMn1.5Ni0.5O4 by Altering the Particle Wulff Shape via Anisotropic Surface Segregation”, ACS Applied Materials & Interfaces, 9, 36745-36754 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明では、上記課題を有するLNMO粒子表面への絶縁性酸化物のコーティングに代えて、LNMOにポリシラザンをドーピングすること(格子内への取り込み)により、充放電性能を改善したLNMO正極材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、LNMOにポリシラザンをドーピングすることで、高低様々な充電速度で良好な放電容量を示し、サイクル特性に優れるLNMOを作製できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、例えば、以下の構成・特徴を備えるものである。
(態様1)
LiNi
ΧMn
2-ΧO
4(但し、0.3≦Χ≦0.7)を前駆体として用意する第1工程と、
該前駆体にポリシラザンを添加して混合する第2工程と、
第2工程で得られた混合物を700℃~1,000℃の範囲で焼成し、前記ポリシラザン中のSi成分をLiNi
ΧMn
2-ΧO
4にドーピングする第3工程と、を含
み、かつ、
前記ポリシラザンは、下記化学式(1)で表されるポリシラザンであることを特徴とする正極材の製造方法。
【化1】
(式中、R
1
は水素原子、または炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基であり、同一であっても異なっていてもよい。R
2
は炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基であり、aは5以上の正数であり、b、c、dはそれぞれ0または正数であり、b/(a+b+c+d)=0~0.9であり、かつ、a+b+c+d=5~22,200の正数である。)
(態様2)
第2工程では、前記前駆体に対して前記ポリシラザン由来のSiO
2が0.1wt%~2wt%となるように、前記ポリシラザンを添加することを特徴とする態様1に記載の正極材の製造方法。
(態様3)
第1工程では、前記前駆体の原料として、Li
2CO
3、NiO、及び、MnO
2を化学量論比に基づいて秤量して混合し、該混合物を500℃~1,000℃で焼成することで作成したLiNi
ΧMn
2-ΧO
4(但し、0.3≦Χ≦0.7)を使用することを特徴とする態様1又は2に記載の正極材の製造方法。
(態様4)
態様1~3のいずれか1項に記載の製造方法によって合成された正極材を使用することを特徴とするリチウムイオン二次電池
の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
以上の製法で作製された本発明のLNMOは、高低様々な充放電速度で良好な放電容量を示し、優れたサイクル特性を発揮する。また、本発明で作製されたLNMOは、八面体の特異な形状を成し、高い結晶性を有することから、従来のLNMOの場合より安定したサイクル特性及び優れた充放電性能を示す。特に、本発明の好適な態様に示すように、ポリシラザン(ポリシラザン由来のSiO2)の添加量が少なくても上述の八面体形状の結晶構造を有したLNMOが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明のLNMO/Siの製造工程を示したフローチャートである。
【
図2】比較例1及び実施例1~3の粉末試料の粉末XRDパターンを示した図である。
【
図3】実施例1~3及び比較例1の粉末試料の結晶構造を示したSEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明するが、本発明はこれらの形態に限定されるものではない。
【0014】
(正極材料の原料(前駆体))
本発明の正極材の原料は、LiNiΧMn2-ΧO4(但し、0.3≦Χ≦0.7)(以下、「LNMO」又は「LNMO前駆体」と呼ぶ。)である。LNMO前駆体は、例えば、Li2CO3、NiO、及びMnO2を固相反応により合成することが出来る。この反応の際に各原料の混合物を500℃~1,000℃の範囲で焼成することが好ましい。また、焼成時間としては、1~12時間程度であることが好ましい。
【0015】
ここで、LNMO前駆体は、通常、LiNi0.5Mn1.5O4の組成を目標に作製されるが、製造上の調合により、NiやMnに係る組成は、0.3≦Χ≦0.7程度は変動し得る。
【0016】
なお、
図1に、本発明のSiドープのLNMO(LNMO/Si)の製造工程を示したフローチャートを示す。LNMO前駆体は、
図1のフローチャートに準拠して合成可能であるが、市販で入手可能なLNMOを用いてもよい。
【0017】
(ポリシラザン)
LNMO前駆体に添加するポリシラザンは、以下の化学式(1)で表される化合物である。
【0018】
【0019】
化学式(1)中、R1は水素原子、または炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基であり、同一であっても異なっていてもよい。R2は炭素数1~12の脂肪族炭化水素基、炭素数6~12の芳香族炭化水素基、炭素数1~6のアルコキシ基、及び1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基から選ばれる基である。aは5以上の正数であり、b、c、dはそれぞれ0または正数であり、b/(a+b+c+d)=0~0.9であり、かつ、a+b+c+d=5~22,200の正数である。
【0020】
ここで、R1及びR2で挙げられる炭素数1~12の脂肪族炭化水素基の例としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、ヘキシル基、オクチル基、デシル基、トリフルオルプロピル基などが挙げられる。また、炭素数6~12の芳香族炭化水素基の例としては、フェニル基、メチルフェニル基、ジメチルフェニル基、トリメチルフェニル基等が挙げられる。また、炭素数1~6のアルコキシ基の例としては、メトキシ基、エトキシ基などが挙げられる。
【0021】
また、1分子中に1個の炭素-炭素不飽和結合を有する炭素数2~12の1価の有機基の例としては、ビニル基、アリル基、4-ビニルブチル基、8-ビニルオクチル基などのアルケニル基、3-シクロヘキセニル基、ノルボルネニル基などの脂環式不飽和炭化水素基、エチニル基、2-プロピニル基などのアルキニル基、スチリル基などの芳香族不飽和炭化水素基、アクリル基、メタクリル基などの不飽和エステル基、N-プロピルマレイミド基などの不飽和環状イミドなどが挙げられる。
【0022】
以上の例の中でも合成の容易さからメチル基、フェニル基が好ましく、R1が水素原子でR2を含有しない構造の無機ポリシラザンがより好ましい。
【0023】
ここで、R1が水素原子でb構造を含有しないポリシラザンは、無機ポリシラザンである。これに対し、R1が水素原子以外の有機基及び/又はb構造を含んだポリシラザンは、有機ポリシラザンとして用途、目的により使い分けられる。本発明では、無機ポリシラザン、有機ポリシラザンともに使用可能であるが、無機ポリシラザンがLNMOの結晶構造にドーピングし易く好ましい。
【0024】
上記化学式(1)において、aは5以上の正数であり、好ましくは30~220であり、b、c、dはそれぞれ0または正数であり、好ましくは、bは0~30であり、cは1~30であり、dは1~4である。また、b/(a+b+c+d)=0~0.9であり、かつ、a+b+c+d=5~22,200の正数であり、好ましくは30~300である。
【0025】
本発明におけるポリシラザンは、溶液の安定性や塗布、含侵時の作業性の観点からTHF(テトラヒドロフラン)を溶離液とし、ゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)で測定した重量平均分子量が200~1,000,000であることを特徴とし、好ましくは1,000~100,000、より好ましくは2,000~20,000の範囲内である。重量平均分子量が200未満だと揮発性が高く、LNMOへのドーピング量にばらつきが出て、正極材特性の向上が不安定化するため好ましくない。また、1,000,000を超えると、有機溶剤に対して十分に溶解しないため、溶液の安定性が劣り、またLNMOへのドーピング効果が少なく好ましくない。なお、本発明中で言及する重量平均分子量とは、下記条件で測定したゲルパーミエーションクロマトグラフィ(GPC)によるポリスチレンを標準物質とした重量平均分子量を指すこととする。
【0026】
[測定条件]
展開溶媒:テトラヒドロフラン(THF)
流量:0.6mL/min
検出器:UV検出器
カラム:(下記2種類 いずれも東ソー社製)
TSK Guardcolumn SuperH-L
TSKgel SuperMultiporeHZ-M(4.6mmI.D.×15cm×4)
カラム温度:40℃
試料注入量:20μL(SiO2換算量で濃度0.5質量%のTHF溶液)
【0027】
(有機溶媒)
本発明のポリシラザンは、有機溶媒に溶解して使用する。有機溶媒としては、ポリシラザンを溶解する有機溶媒であれば特に限定されない。例えば、n-ペンタン、i-ペンタン、n-ヘキサン、i-ヘキサン、n-ヘプタン、i-ヘプタン、n-オクタン、i-オクタン、2,2,4-トリメチルペンタン(イソオクタン)、n-ノナン、i-ノナン、n-デカン、i-デカン、2,2,4,6,6-ペンタメチルヘプタン(イソドデカン)などの飽和鎖状脂肪族炭化水素、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、エチルシクロヘキサン、p-メンタン、デカヒドロナフタレンなどの飽和環状脂肪族炭化水素、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、トリメチルベンゼン、トリエチルベンゼンやテトラヒドロナフタレンなどの芳香族炭化水素、ジプロピルエーテル、ジブチルエーテル、ジエチルエーテル、ジペンチルエーテル、ジヘキシルエーテル、メチルターシャリーブチルエーテル、ブトキシエチルエーテルなどのアルキルエーテル類やアニソール、ジフェニルエーテルなどのアリールエーテル類、酢酸n-プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸n-ブチル、酢酸イソブチル、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルなどのエステル化合物などが例示される。
【0028】
以上の例の中でも、ポリシラザンに対する溶解性の面から、芳香族炭化水素やアルキルエーテル類、飽和脂肪族炭化水素を有機溶媒とすることが好ましく、特に炭素数4~20の範囲にある飽和脂肪族炭化水素が好ましく用いられる。
【0029】
ポリシラザンと有機溶媒との混合比は、質量比で0.1/99.9~50/50の範囲であり、好ましくは0.5/99.5~30/70であり、より好ましくは1/99~20/80の範囲である。この範囲内であれば、溶解性、保存安定性のみならず、LNMO前駆体へのSi成分のドーピング作業等が良好となるため好ましい。
【0030】
(ポリシラザンの添加量)
本発明におけるポリシラザンの添加量は、前駆体に対してポリシラザン由来のSiO2が0.1wt%~2wt%になるように設定し、さらに好ましくは、ポリシラザン由来のSiO2が0.2wt%~1wt%になるように設定する。
【0031】
(LNMO(前駆体)及びLNMO/Siの製造方法)
本発明のLNMO/Siは、例えば、後述する
図1に例示の合成フローにより、先ず、LNMO(前駆体)を合成(又は市販品を用意)し、次いで、この前駆体に上記ポリシラザンを添加・混合し、該混合物を所定の温度で焼成することでSi成分をドーピングしたLNMO(「LNMO/Si」とも呼ぶ。)を作製する。上記焼成温度の範囲として、700℃~1,000℃であることが好ましく、850~1,000℃であることがさらに好ましい。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、これらの実施例を本発明の趣旨に基づいて変形、変更することが可能であり、それらを本発明の範囲から除外するものではない。
【0033】
(実施例で参照する図面)
図2に、比較例1及び実施例1~3の粉末試料の粉末XRDパターンを示す。
図3に、実施例1~3及び比較例1の粉末試料の結晶構造を示したSEM画像を示す。
【0034】
(LNMO(前駆体)の合成)
固相反応によりLNMO前駆体を合成した(
図1を参照)。具体的には、Li
2CO
3(純度99.0%、関東化学株式会社製)、NiO(純度99.0%,富士フイルム和光純薬株式会社製)、MnO
2(純度99.0%,株式会社高純度化学研究所製)を化学量論比に基づいて秤量した。これらの原料に分散媒としてトルエン(純度99.5%,関東化学株式会社製)を加えて、ボールミルを用いて200rpmの速度で2時間、上記原料を混合した。得られた混合物をアルミナボートに入れ、流量50ml/minの空気中で、700℃/10時間の条件で、この混合物を焼成した後、室温まで冷却し、LNMO(前駆体)を得た。なお、得られたLNMO(前駆体)はメノウ乳鉢で粉砕した。
【0035】
(ポリシラザンの合成)
純度99%以上のジクロロシラン0.19molを、窒素を同伴させて-10℃の脱水ピリジン300mlに撹拌しながら吹き込んだ。その後、純度99%以上のアンモニアを0.57mol吹き込み、生成した塩を加圧濾過により取り除くことでポリシラザンを合成した。このポリシラザンのピリジン溶液を150℃に加熱し、ピリジンを150ml溜去した。次にジブチルエーテルを300ml加え、共沸蒸留によりピリジンを取り除き、溶液全体を100質量部としたときにポリシラザンが5質量部となるようにジブチルエーテルを添加してポリシラザン溶液を調製した。このポリシラザン溶液に含まれるポリシラザンの重量平均分子量は3,800であった。
【0036】
(LNMO/Si(実施例1~3)の作製)
上記工程で合成したLNMO(前駆体)0.5gに、ポリシラザンを後述の条件で添加して混合し、該混合物を焼成することで、LNMO/Siを作製した。詳しくは、ポリシラザン由来のSiO2がLNMO(前駆体)に対しておのおの0.2wt%(実施例1)、0.5wt%(実施例2)、1.0wt%(実施例3)となるように上記で調製したポリシラザン溶液をLNMO(前駆体)に添加し、メノウ乳鉢で混合した。その後、流量50ml/minの空気中で900℃/6時間の条件でこれらの混合物を焼成し、本実施例の正極材である「LNMO/Si 1」、「LNMO/Si 2」、及び「LNMO/Si 3」を得た。得られた試料を使用して、後述の特性を評価した。
【0037】
(比較例1:ポリシラザンを添加せずに作製したLNMO)
実施例1~3のLNMO/Si作製の工程と略同様の工程であるものの、上記ポリシラザン溶液を添加しないLMNO前駆体を流量50ml/minの空気中で900℃/6時間の条件で焼成したLNMOからなる正極材(比較例1)を得た。実施例1~3と比較するため、後述の特性を評価した。
【0038】
(粉末X線回折測定(XRD)による評価)
実施例1~3及び比較例で得られた粉末試料を、粉末X線回折測定(マックサイエンス製,MX-Labo)を用いて結晶相を同定した。同定には、Inorganic Crystal Structure Database(ICSD)に収蔵されているLNMOのパターンを比較対象として用いた。
【0039】
(XRDによる実施例1~3の評価結果)
図2に、比較例1の粉末試料(図中の「LNMO」を参照)と、本実施例の粉末試料(SiO
2添加量に応じた3種類、図中の「LNMO/Si 1」,「LNMO/Si 2」,「LNMO/Si 3」を参照)の粉末XRDパターンを示す。ここで、図中最下段に示すICSDより引用したLNMO(♯239165)との比較により、いずれのサンプルでもLNMOが主相で得られていると判断した。
【0040】
また、ポリシラザンの添加量に伴うXRDパターンの変化およびシフトは観察されなかった。この理由について、LNMOに対するSiO2量はLNMOの重量に対して1wt%以下と極少量であるため、Si由来のピークは観測されなかったと考えられる。なお、37°及び43.5°付近で観測される不純物ピークは、原料として用いたNiOが残存したものであると考えられる。
【0041】
(走査型電子顕微鏡(SEM)による評価)
また、実施例1~3及び比較例1の粒子形状や粒子径の観察をするために、走査型電子顕微鏡(JSM-5310MVB,日本電子データム株式会社製)を使用した。試料台の上にカーボンシートを貼り、そこに少量の粉末試料をのせ、15kVの電圧で観察した。
【0042】
(SEMによる評価結果)
図3(a)に比較例1(LNMO)のSEM画像を示し、
図3(b)~(d)に、実施例1~3(上述した「LNMO/Si 1」,「LNMO/Si 2」,「LNMO/Si 3」)のSEM画像を示す。
図3(a)より、ポリシラザンを加えていないLNMOは球状の粒子であることが確認された。これに対し、
図3(b)~(d)に示すように、LNMOにポリシラザンを加えて焼成することにより、粒子形状が「八面体状の角のある形状」に変化することが判明した。本発明での上記粒子形状の発現は、LNMOの一部の元素がSiにより置換されているものと考えられる。これは、上記工程により、LNMOにポリシラザン中のSi成分がドーピングし、反応してこの八面体形状への結晶成長が促されたと推測される。
【0043】
(LNMO粒子の結晶構造の検討)
このような形状変化は、LNMOへのWO3ドーピングなどでも報告されている(非特許文献4)。この非特許文献4では、通常のLNMO粒子は(100)、(110)、(111)、(311)の面からなる球形結晶構造を持つ一方で、WO3でドープされたLNMO粒子は、(110)、(111)の面が成長した八面体の結晶構造が得られることが判っている。これと同様に、本発明においても、ポリシラザンをLNMOへ添加することにより、LNMOの結晶形態が特異的に変化し、八面体の形状を成す結晶構造が得られたものと推測される。
【0044】
なお、非特許文献4では、Mnに対してWO3を6%程度添加すると八面体の結晶構造が得られることが判明している。一方、本発明の実施例1~3ではポリシラザン由来のSiO2を、約0.1%~1%といった極微量添加するだけでも、八面体の結晶構造が得られることが判った。
【0045】
面(110)は他の面に比べ、結晶構造中にリチウムイオンが拡散しやすい方向であるため、面(110)が増加することでリチウムイオン拡散速度が大きくなり、レート性能が向上することが期待される。
【0046】
(電気化学セルの作製)
次に、比較例1及び以下の実施例4,5の粉末試料を利用して正極材料を作製するとともに、負極材料及び電解液も作製した。これらを組み合わせて電気化学セルを作製した。なお、実施例4,5の試料は、上述の実施例1~3と同様の工程で作製されたが、ポリシラザン添加工程の際に、ポリシラザン由来のSiO2がLNMO(前駆体)に対しておのおの0.1wt%(実施例4)、0.8wt%(実施例5)となるようにポリシラザン溶液をLNMO(前駆体)に添加したものである。
【0047】
(電気化学セル用の正極材料)
実施例4,5又は比較例で得られた粉末試料、導電助剤のアセチレンブラック(デンカ株式会社製)、結着剤のポリフッ化ビニリデン(PVDF#9130,株式会社クレハ)を85:8:7の質量比になるように秤量し、軟膏壺(UG型3-52,12ml,馬野化学容器株式会社製)に加えた。そこに溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン(99.0%,関東化学株式会社製)を攪拌装置(AR-100,株式会社シンキ―製)で20分間攪拌し、次いで、5分間脱泡した。その後再び1分間攪拌し、スラリー状になった試料をアルミ箔の上に塗布した。次に、真空乾燥機(AVO-200NS,アズワン株式会社製)を用いて75℃で40分間真空加熱し、真空状態のまま室温まで4時間かけて冷却した。その後、プレス器で20MPaの圧力を上記試料にかけ、130℃で5.5時間、真空加熱した後、真空状態のまま室温まで4時間かけて冷却した。
【0048】
(電気化学セル用の負極材料)
負極には円形にくり抜いた金属リチウム箔を使用した。金属リチウム箔の切り抜きはアルゴンガスを充填したグローブボックス(UN650F,株式会社UNICO製)内で行った。
【0049】
(電気化学セル用の電解液)
電解液には、「1mol/L ヘキサフルオロリン酸リチウムEC:DMC(1:1v/v%)溶液」(キシダ化学株式会社製,EC:炭酸エチレン、DMC:炭酸ジメチル)を用いた。この電解液はアルゴンガスを充填したグローブボックス内で取り扱った。
【0050】
(電気化学セルの組み立て)
セル(HSフラットセル,宝泉株式会社製)の組み立ては、アルゴンガスを充填したグローブボックス内で行った。セルの下蓋の中に、下側から、負極材料(金属リチウム箔)、これを保護する不織布、正極材料と負極材料との間の直接的な接触を防ぐセパレーター、正極材料を保護するための不織布、正極材料の順で載置したうえで、電解液を加えた。そして、このセルの上蓋を閉じ、密閉することで、電気化学セルを組み立てた。
【0051】
(電気化学セルの放電特性の評価)
上述のように組み立てたセルについて、充放電装置(HJ-101SM6,北斗電工株式会社製、PFX2011,菊水電子工業株式会社製)で充放電測定を行った。電流密度はCレートを基準とした。なお、Cレートとは、1時間で正極の理論容量を全て引き抜く電流密度を1Cとして規定し、放電時間及び充電時間の速度を表すものである。0.1C、0.5C、1C、5C、10C、最後にもう一度0.1Cで充電・放電容量を測定した。それぞれのCレートで5サイクルずつ、計30サイクル行った。測定開始前には2時間の予備放電時間を設け、0.1Cでは充電と放電の間に30min、0.5Cでは15min、1Cでは15minの休止時間を設けた。5C、10Cでは休止時間は設けなかった。
【0052】
(電気化学セルの放電容量測定結果)
以下の表1に、上記方法により測定された実施例4,5(ポリシラザン添加量を変えた2種類)、比較例1(添加無し)を用いた電気化学セルの容量維持率の比較結果を示す。各レートにおいて、実施例4,5の結果と、比較例1の結果とを比較し、比較例1よりも容量維持率が増加していた場合には、表1中に丸印又は二重丸印を付した。なお、丸印は100%~105%未満の範囲で増加した場合に付し、二重丸印は105%以上の範囲で増加した場合に付した。
【0053】
【0054】
表1に示すように、SiをドープしていないLNMO(比較例1)と比較してみると、どのレートにおいても、実施例4,5(表1中の「LNMO/Si 4」及び「LNMO/Si 5」)がより高い容量維持率を示すことが判った。
【産業上の利用可能性】
【0055】
以上の製法で作製された本発明のSiドープのLNMO(LNMO/Si)は、高い放充電速度でも良好な放電容量を示し、優れたサイクル特性を発揮する。また、LNMO/Siは、八面体の特異な形状を成しかつ高い結晶性を有することから、安定したサイクル特性を示し、充放電特性に優れる。
【0056】
従って、本発明は、産業上の利用価値及び利用可能性が非常に高い。