(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-04
(45)【発行日】2023-04-12
(54)【発明の名称】遺伝子組換えイネ、並びに当該遺伝子組換えイネに由来するコメ、食品組成物、繁殖材料、種子および細胞
(51)【国際特許分類】
A01H 5/00 20180101AFI20230405BHJP
C12N 15/29 20060101ALI20230405BHJP
A01H 6/46 20180101ALI20230405BHJP
A23L 33/00 20160101ALI20230405BHJP
A01H 5/10 20180101ALI20230405BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230405BHJP
C12N 15/90 20060101ALI20230405BHJP
C12N 15/82 20060101ALI20230405BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20230405BHJP
【FI】
A01H5/00 A
C12N15/29 ZNA
A01H6/46
A23L33/00
A01H5/10
C12N5/10
C12N15/90 Z
C12N15/82 Z
A01H1/00 A
(21)【出願番号】P 2021001691
(22)【出願日】2021-01-07
【審査請求日】2022-10-12
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】小沢 憲二郎
(72)【発明者】
【氏名】若佐 雄也
(72)【発明者】
【氏名】高野 誠
(72)【発明者】
【氏名】川勝 泰二
(72)【発明者】
【氏名】林 晋平
【審査官】市島 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-321079(JP,A)
【文献】国際公開第2011/052697(WO,A1)
【文献】「スギ花粉ペプチド含有イネ(7Crp、2mALS、Oryza sativa L.)(Os7Crp1、Os7Crp2)の栽培」, [online], 2020.6.5公表, 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, [2022.11.22検索], インターネット<URL: https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/files/niaspress_20200605_R2bessi1.pdf>
【文献】「研究開発段階の遺伝子組換え生物等の第一種使用規程の申請に係る学識経験者からの意見聴取会合(平成30年度第1回)」, [online], [2022.11.22検索], インターネット<URL: https://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n2214_r.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00-17/00
C12N 15/00-15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、配列番号2で示す塩基配列における1413番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から配列番号3で示す塩基配列における100番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されていることを特徴とする、請求項1に記載の遺伝子組換えイネ。
【請求項3】
配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有していることを特徴とする、請求項1または2に記載の遺伝子組換えイネ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンであ
り、
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネから収穫されたコメであ
り、
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、コメ。
【請求項6】
請求項5に記載のコメを含む食品組成物。
【請求項7】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの繁殖材料
であり、
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、繁殖材料。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネの種子
であり、
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、種子。
【請求項9】
請求項1から4のいずれか1項に記載の遺伝子組換えイネに由来する細胞
であり、
前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドをゲノム中に有している遺伝子組換えイネ、並びに当該遺伝子組換えイネに由来するコメ、食品組成物、繁殖材料、種子および細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
スギ花粉症の根治療法の1つとして、抗原タンパク質に含まれる抗原決定基(T細胞エピトープ)や立体構造を破壊した抗原タンパク質の経口投与でも免疫寛容が誘導できる「経口免疫寛容」が、副作用が極めて少ない安全な免疫寛容誘導法として注目されている。
【0003】
7Crpは、スギ花粉症の抗原タンパク質Cry j 1、Cry j 2中の主用なエピトープの7ヵ所を連結した改変抗原ペプチドである(非特許文献1)。7Crp含有米の経口投与により、モデル生物およびヒトにおいてその経口投与による免疫寛容の誘導が報告されている(非特許文献1~4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Hidenori Takagi et Al." Oral immunotherapy against a pollen allergy using a seed-based peptide vaccine", Plant Biotechnology Journal, vol.3, p. 521-533, 2005
【文献】Domon E, et Al." 26―Week oral safety study in macaques for transgenic rice containing major human T―cell epitope peptides from Japanese cedar pollen allergens", J Agric Food Chem, vol. 57, p5633―5638, 2009
【文献】Shoji Hashimoto et Al. "Clinical trials of Cry j 1 and Cry j 2T-cell epitope peptide-expressing rice in patients with Japanese cedar pollinosis", Asian Pacific Journal of Allergy and Immunology, 2019
【文献】Tomonori Endo et Al." Immunological and Symptomatic Effects of OralIntake of Transgenic Rice Containing 7 Linked Major T-Cell Epitopes from Japanese Cedar Pollen Allergens", Int Arch Allergy Immunol, p1-11, 2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、これまでに開発されたプロトタイプの7Crp発現イネは、実験目的で使用するには優れているが、食品としての実用化には至っていない。この理由には、プロトタイプの7Crp発現イネには、選抜マーカーに微生物由来のハイグロマイシン耐性遺伝子が含まれていることが挙げられる。
【0006】
本発明の一態様は、食品として実用化可能な改変スギ花粉アレルゲンペプチド質7Crp発現イネを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る遺伝子組換えイネは、下記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、「食品」として実用化可能なスギ花粉ペプチド7Crp発現イネを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本態様の遺伝子組換えイネに導入されたT-DNAの構成を模式的に示す図である。
【
図2】T細胞エピトープ連結ペプチド(7Crp)配列の構成を模式的に示す図である。
【
図3】T細胞エピトープ1~7のCry j 1、またはCry j 2上の位置およびアミノ酸配列を示す図である。
【
図4】実施例において遺伝子組換えイネの作出に使用したプラスミドベクターpCSP2mALS GluB1 P 7Crpのマップを示す図である。
【
図5】実施例で作出した遺伝子組換えイネ3系統における、ALS領域をプローブとしたサザンブロット解析の結果を示す図である。
【
図6】実施例で作出した遺伝子組換えイネ3系統の各組織における、イムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図7】実施例で作出したOs7Crp2の作出系統図である。
【
図8】実施例で作出したOs7Crp2を検出するためのプライマーセットの検討結果を示す図である。
【
図9】実施例で作出したOs7Crp2におけるGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1による7Crp遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
【
図10】実施例で作出したOs7Crp2におけるGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット2による7Crp遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
【
図11】実施例で作出したOs7Crp2における2mALS遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
【
図12】実施例で作出したOs7Crp2における内生ALS遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCRによって確認した結果を示す図である。
【
図13】実施例で作出したOs7Crp2の種子における、イムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図14】実施例で作出したOs7Crp2とプロトタイプ系統のイムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図15】実施例で作出したOs7Crp2系統の種子における7Crpの細胞内局在を示す図である。
【
図16】実施例で作出したOs7Crp2の種子における、抗7Crp抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図17】実施例で作出したOs7Crp2の異なる世代における、イムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図18】異なる条件で育成したOs7Crp2の種子における、抗7Crp抗体によるイムノブロット解析の結果を示す図である。
【
図19】プロトタイプの遺伝子組換えイネに導入されたT-DNAの構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
〔遺伝子組換えイネ〕
下記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crp(seven-linked epitope peptide)を発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0011】
(配列番号1に示す塩基配列)
配列番号1に示す塩基配列は、本態様の遺伝子組換えイネのゲノム中に導入されたT-DNAの全塩基配列をLB側から示している。ここで、本態様の遺伝子組換えイネに導入されたT-DNAの構成を
図1に基づき説明する。
図1に示すように、T-DNA領域内には、2mALS遺伝子発現カセットに続いてGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1および2がこの順に連結されている。GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセットを2カセット挿入することにより、十分な量の有効成分を発現することが可能となった。
【0012】
(2mALS遺伝子発現カセット)
2mALS遺伝子発現カセットは、T-DNAが導入された細胞を選抜する選抜マーカー遺伝子(2mALS遺伝子)を発現させるための発現カセットである。2mALS遺伝子は、2点変異型アセト乳酸合成酵素(2mALS)をコードしている。2mALSは、イネ(O.sativa)由来の野生型のアセト乳酸合成酵素(ALS)(644アミノ酸残基)の第95番目のグリシンをアラニンに、第627番目のセリンをイソロイシンに変換したものである。この遺伝子が導入された細胞は、スルホニルウレア系除草剤であるビスピリバックナトリウム塩存在下であってもアセト乳酸合成酵素活性が阻害されず、その結果、イネカルスはALS阻害剤耐性を獲得する。
【0013】
2mALS遺伝子は、カルス選抜プロモーター(CSP)の下流に連結されている。CSPは、イネ(O.sativa)由来の機能未知遺伝子(Os10g0207500)のプロモーターである。CSPの制御下で2mALS遺伝子を発現させることで、2mALS遺伝子をカルスおよび胚に発現させることができる。
【0014】
2mALS遺伝子の下流には10kDaプロラミンターミネーター(10kDater)が連結されている。10kDaterは、イネ(O.sativa)由来10kDaプロラミン遺伝子のターミネーターであり、2mALS遺伝子の転写終結を規定する。
【0015】
2mALS遺伝子発現カセットは、全てイネゲノム由来のDNA配列からなる。
【0016】
(GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット)
2連結しているGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセットは、本態様の遺伝子組換えイネの種子(コメ)において7Crpを発現させるための発現カセットである。
図1に示す通り、GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1は、GluB-1プロモーターおよびグリテリンシグナルペプチド(GluB1 P+S)、7Crp配列(7Crp)、KDEL局在化シグナル(KDEL)、およびGluB-1ターミネーター(GluB1 T)、GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット2はGluB-1プロモーターおよびグリテリンシグナルペプチド(GluB1 P+S)、7Crp配列(7Crp)、KDEL局在化シグナル(KDEL)、およびGluB-4ターミネーター(GluB4 T)からなる配列よりそれぞれ構成されている。
【0017】
7Crp遺伝子は、ヒトのスギ花粉抗原特異的T細胞が認識する7つのエピトープのアミノ酸配列を連結させた人工ペプチドを発現する。
図2および3に示すように、7Crpはスギ花粉の抗原タンパク質であるCry j 1およびCry j 2の主要なエピトープ1~7を連結させて得られた改変抗原ペプチドである。7Crp遺伝子の塩基配列を配列番号4に、7Crpのアミノ酸配列を配列番号5に示す。
図2および3に示す通り、エピトープ2、5、および6は、Cry j 1より由来であり、エピトープ1、2、4、および7はCry j 2由来である。
【0018】
図3および配列番号6にはCry j 1タンパク質のアミノ酸配列を示す。Cry j 1のアミノ酸配列中、エピトープ2は212番目から224番目までのアミノ酸配列(配列番号7)であり、エピトープ5は234番目から247番目までのアミノ酸配列(配列番号8)であり、エピトープ6は312番目から330番目までのアミノ酸配列(配列番号9)である。
【0019】
図3および配列番号10にはCry j 2タンパク質のアミノ酸配列を示す。Cry j 2のアミノ酸配列中、エピトープ1は77番目から89番目までのアミノ酸配列(配列番号11)であり、エピトープ3は192番目から204番目までのアミノ酸配列(配列番号12)であり、エピトープ4は356番目から367番目までのアミノ酸配列(配列番号13)であり、エピトープ7は96番目から107番目までのアミノ酸配列(配列番号14)である。
【0020】
7Crp遺伝子は、GluB-1プロモーターおよびグリテリンシグナルペプチド(GluB1 P+S)の下流に連結されている。GluB1 Pは、イネ(O.sativa)由来グルテリンB1(GluB1)遺伝子のプロモーターである。GluB1 Pの制御下で7Crp遺伝子を発現させることで、7Crp遺伝子を胚乳特異的に発現させることができる。GluB1 Sはグリテリンタンパク質の小胞体膜内への輸送に関与するシグナル配列である。
【0021】
7Crp遺伝子の下流には、KDEL局在化シグナル(KDEL)が連結されている。KDELはタンパク質の小胞体への係留に関与するシグナル配列である。上述のGluB1 SとKDELにより、7Crpは小胞体膜内へと輸送される。
【0022】
7Crp遺伝子のさらに下流にはGluB1ターミネーター(GluB1 T)が連結されている。GluB1 Tは、イネ(O.sativa)由来グルテリンB1(GluB1)遺伝子のターミネーターであり、7Crp遺伝子の転写終結を規定する。
【0023】
GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセットのGluB1 P+S、KDEL、およびGluB1 Tはイネゲノム由来のDNA配列からなる。
【0024】
(ゲノム領域A)
ゲノム領域Aは、前記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび前記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域を指す。配列番号2に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に相当する。また、配列番号3に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に相当する。
【0025】
本発明の好ましい態様において、ゲノム領域Aはどんとこいの第10染色体上の領域である。
【0026】
(T-DNA挿入位置)
下記(a1)または(a2)の7Crpを発現させるためのポリヌクレオチド(以下、「T-DNA」)のイネゲノム中の挿入位置は、前記ゲノム領域A内であれば特に制限されない。例えば、T-DNAは、配列番号2で示す塩基配列における1413番目、好ましくは1453番目、より好ましくは1478番目、さらに好ましくは1513番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から、配列番号3で示す塩基配列における100番目、好ましくは50番目、より好ましくは25番目、さらに好ましくは1番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されている。
【0027】
本明細書において、「(b2)における対応する塩基」とは、ホモロジー解析により配列番号2に示される塩基配列のX番目(Xは任意の整数)に相当すると特定される塩基を指す。同様に、「(c2)における対応する塩基」とは、ホモロジー解析により配列番号3に示される塩基配列のX番目(Xは任意の整数)に相当すると特定される塩基を指す。なお、ホモロジー解析の方法としては、例えば、Needleman-Wunsch法やSmith-Waterman法等のPairwise Sequence Alignmentによる方法や、ClustalW法等のMultiple Sequence Alignmentによる方法が挙げられ、当業者であれば、これら方法に基づき、配列番号2または配列番号3に示される塩基配列を基準配列として用いて、解析対象の塩基配列中における「対応する塩基」を理解することができる。解析は、デフォルトの設定で行ってもよく、適宜、必要に応じてパラメータをデフォルトから変更して行ってもよい。
【0028】
本発明の最も好ましい形態において、本態様の遺伝子組換えイネは、配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有している。
【0029】
(配列番号2または3に示す塩基配列)
配列番号2に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に相当し、T-DNA挿入部位の上流の塩基配列を示している。また、配列番号3に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列に相当し、T-DNA挿入部位の下流の塩基配列を示している。
【0030】
本発明の好ましい形態において、配列番号2に示す塩基配列および配列番号3に示す塩基配列はどんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドである。
【0031】
(品種)
本態様の遺伝子組換えイネは、どんとこいに、前述のT-DNAが導入されたものである。どんとこいは、良好な食味、栽培のしやすさ、栽培適地の広さ、高い収量などの利点を有している。
【0032】
(変異体)
前記(a1)のポリヌクレオチド、前記(b1)のポリヌクレオチド、および前記(c1)のポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有している遺伝子組換えイネの変異体も、本発明の範疇に含まれる。つまり、前記(a1)、(b1)および(c1)のポリヌクレオチドの内の少なくとも1つ以上は、それぞれ、前記(a2)、(b2)および(c2)のポリヌクレオチドであってもよい。
【0033】
前記(a2)、(b2)、(c2)のポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号2、1、3の塩基配列と、95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなる。塩基配列の同一性は、遺伝子情報ソフトウェアGENETYX Ver.9(株式会社ゼネティクス製)を用いて算出した値である。
【0034】
また、前記(a2)、(b2)、(c2)のポリヌクレオチドは、それぞれ、配列番号1、2、3の塩基配列において50個以下、好ましくは15個以下、より好ましくは10個以下、さらに好ましくは5個以下の塩基に変異を有する塩基配列からなる。前記「変異」は、塩基の挿入、欠失、または置換である。配列番号1で示す塩基配列における2594番目の塩基から660番目の塩基までの領域、5391番目の塩基から5089番目の塩基までの領域、および8835番目の塩基から8533番目の塩基までの領域は、それぞれ、2mALSタンパク質、GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1中の7Crp配列およびGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット2中の7Crp配列をコードしていることから、前記(a2)のポリヌクレオチドにおいては、配列番号1で示す塩基配列におけるこれらの領域以外の部分に変異を有していることが好ましい。
【0035】
(a2)のポリヌクレオチドは、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpと同じか、またはそれ以上のスギ花粉症抗原ペプチドに対する免疫寛容作用を誘導するポリペプチドを発現させることができるポリヌクレオチドであってもよい。
【0036】
本態様の遺伝子組換えイネの変異体において、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチドによってコードされた改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpが、スギ花粉の抗原ペプチドに対して、免疫寛容誘導法に用いることに適していることは、任意の方法によって調べればよい。例えば、560μgの7Crpが含まれる遺伝子組換えイネ変異体の200mgのコメ粉末を経口投与したマウスのCry j 1への免疫応答を、同量の野生型のコメ粉末を経口投与したマウスのCry j 1への免疫応答と比較することによって、7Crpを含むコメがスギ花粉への免疫寛容を誘導したか、確認することができる。なお、スギ花粉への免疫応答は、スギ花粉に含まれる抗原の投与による、被験体のT細胞およびIgEレベルの変化を測定すること等によって確認することができる。
【0037】
本明細書中において、スギ花粉の抗原ペプチドとは、特に明記しない場合、抗原タンパク質Cry j 1またはCry j 2に含まれるペプチドを指す。
【0038】
配列番号2および3の塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在するポリヌクレオチドの塩基配列を示している。
【0039】
(子孫またはクローン)
本態様の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンも本発明の範疇に含まれる。本態様の遺伝子組換えイネから有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。本明細書においては、本態様の遺伝子組換えイネから無性生殖によって得られた子孫を、特に「クローン」と称する。また、本態様の遺伝子組換えイネから有性生殖によって得られた子孫には、本態様の遺伝子組換えイネと原品種であるどんとこいとの戻し交配によって得られた子孫、および本態様の遺伝子組換えイネとどんとこい以外の品種との交配によって得られた子孫も含まれる。どんとこい以外の品種としては、特に限定されないが、例えば、コシヒカリ等であってもよい。本発明の好ましい形態において、本態様の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンは、前記ゲノム領域A中に下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドをゲノム中に保持している。
【0040】
(本態様の遺伝子組換えイネの特徴)
本態様の遺伝子組換えイネは、どんとこいの第10染色体において、配列番号1に示す塩基配列を有するT-DNAが1コピー挿入されており、T-DNAの前後に配列番号2からなるポリヌクレオチドおよび配列番号3からなるポリヌクレオチドがそれぞれ連続している。本態様の遺伝子組換えイネでは、T-DNA以外の余計な配列が挿入されていない。従って、本態様の遺伝子組換えイネは、食品として安全である。また、本態様の遺伝子組換えイネは、どんとこいの第10染色体の特定位置にT-DNAが挿入されたことにより、食品として摂取するに適した量の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現することができるという優れた効果を奏する。
【0041】
〔コメ〕
本態様の遺伝子組換えイネから収穫されたコメも本発明の範疇に含まれる。本態様のコメは、玄米であってもよく、胚芽精米であってもよく、精白米であってもよい。
【0042】
本態様のコメに含まれる7Crpの量は、スギ花粉アレルギーに対する免疫寛容を十分に誘導する観点から、コメ1粒あたり、5μg以上であることが好ましく、20μg以上であることがより好ましい。また、食品としての基準を満たす観点から、150μg以下であることが好ましく、70μg以下であることがより好ましい。
【0043】
本態様の遺伝子組換えイネから収穫されたコメを炊飯米として摂取を続けることにより、スギ花粉に含まれる抗原に対する免疫寛容が誘導されることが期待される。
【0044】
〔食品組成物〕
本態様のコメを含む食品組成物も本発明の範疇に含まれる。本態様の食品組成物は、本態様のコメを含んでいればよく、その含有量は特に限定されない。また、本態様の食品組成物の種類は特に限定されない。例えば、加工飯米、米麹、米粉、米粉を利用した食品等を挙げることができる。
【0045】
また、本態様の食品組成物は、本態様のコメから抽出された7Crpまたはその断片ペプチドを含む抽出物を含むものであってもよい。また、例えば、本態様のコメを利用した発酵食品(甘酒等)等であってもよい。
【0046】
なお、本態様の食品組成物における本態様のコメの含有量は特に限定されず、効果が得られる範囲で適宜調整してもよい。
【0047】
たとえば、本態様の食品組成物における本態様のコメの含有量は、一食あたりの7Crp摂取量の目安および本態様のコメにおける7Crpの含有量より定めてもよい。一食あたりの7Crp摂取量の目安の算出方法は特に限定されず、たとえば人介入試験によって求めてもよい。
【0048】
一食あたりの7Crp摂取量はスギ花粉アレルギーに対する免疫寛容を十分に誘導する観点から1.25mg以上であることが好ましく、7.5mg以上であることがより好ましい。また、過剰摂取を避ける観点から、375mg以下であることが好ましく、30mg以下であることがより好ましい。
【0049】
本態様の食品組成物は、スギ花粉症が気になる消費者が食生活の一環として取り入れることによって当該消費者の健康の維持および増進に役立つことが期待される。
【0050】
本態様の食品組成物は、本態様のコメ以外の成分として、例えば、安定化剤、保存剤、着色料、香料、ビタミン等の配合物を適宜添加し、混合し、常法により、錠剤、粒状、顆粒状、粉末状、カプセル状、液状、クリーム状、飲料等の組成物に適した形態とすることができる。または、本態様の食品組成物は、本態様のコメにさらに複数種の物質が添加されている必要はなく、本態様のコメのみから構成される食品であってもよい。
【0051】
〔繁殖材料、細胞〕
本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンから繁殖材料(例えば、種子、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に当該遺伝子組換えイネを量産することも可能である。従って、本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンの繁殖材料または種子あるいは本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンに由来する細胞も本発明の範疇に含まれる。これらの繁殖材料および細胞は、公知の方法により本態様の遺伝子組換えイネやその子孫またはクローンから取得することができる。
【0052】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る遺伝子組換えイネは、下記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、下記(b1)または(b2)のポリヌクレオチドおよび下記(c1)または(c2)のポリヌクレオチドをそれぞれ5’側の端部および3’側の端部に有するイネのゲノム領域A内に挿入されていることを特徴とする、遺伝子組換えイネ:
(a1)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド
(a2)配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなり、改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させることができるポリヌクレオチド;
(b1)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b2)配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c1)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(c2)配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドと配列同一性が95%以上の塩基配列からなるポリヌクレオチド。
【0053】
本発明の態様2に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1において、前記(a1)または(a2)の改変スギ花粉アレルゲンペプチド7Crpを発現させるためのポリヌクレオチドが、配列番号2で示す塩基配列における1413番目の塩基または上記(b2)における対応する塩基から配列番号3で示す塩基配列における100番目の塩基または上記(c2)における対応する塩基までの領域内に挿入されている構成としてもよい。
【0054】
本発明の態様3に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1または2において、配列番号2の塩基配列からなるポリヌクレオチド、配列番号1の塩基配列からなるポリヌクレオチド、および配列番号3の塩基配列からなるポリヌクレオチドを、この順に連続してゲノム中に有している構成としてもよい。
【0055】
本発明の態様4に係る遺伝子組換えイネは、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの子孫またはクローンであってもよい。
【0056】
本発明の態様5に係るコメは、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネから収穫されたコメである。
【0057】
本発明の態様6に係る食品組成物は、前記の態様5に記載のコメを含む食品組成物である。
【0058】
本発明の態様7に係る繁殖材料は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの繁殖材料である。
【0059】
本発明の態様8に係る種子は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネの種子である。
【0060】
本発明の態様9に係る細胞は、前記の態様1から4のいずれかに記載の遺伝子組換えイネに由来する細胞である。
【実施例】
【0061】
〔1.遺伝子組換えイネの作出〕
(宿主)
どんとこいを用いた。
【0062】
(プラスミドベクター)
プラスミドベクターpCSP2mALS 2×7Crp(
図4、以下「プラスミド1」)を用いた。
【0063】
プラスミド1は、pPZP200系バイナリーベクターpCSP2mALS-GW(参考文献:Wakasa, Y. et. al., Plant Cell Rep. 31, 075-2084, 2012;Hajdukiewicz, P. et. al., Plant Mol. Biol. 25, 989-994, 1994)を基に構築したものであり、T-DNA領域内に2mALS遺伝子発現カセットおよび2カセットのGluB1 P 7Crp遺伝子発現カセットがこの順で連結されている(
図1)。「2mALS遺伝子発現カセット」および「GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット」の詳細は、前述したとおりである。
【0064】
(宿主への核酸の移入方法)
公知のアグロバクテリウム法に従って行った。
【0065】
(遺伝子組換えイネの選抜方法)
プラスミド1を保持したアグロバクテリウムを宿主イネ種子胚盤由来のカルスに感染させ、スルホニルウレア系除草剤であるビスピリバックナトリウム塩(0.5μM)を含む選抜培地で2mALS遺伝子が導入されたカルスを選抜した。その後、選抜したカルスを再分化させることにより、遺伝子組換えイネ再分化当代(T0)を得た。T0個体群を閉鎖系温室で育成し、これらの成葉由来全DNAのサザンブロット解析により、T-DNAが1コピー挿入されている系統を選抜した。
【0066】
候補系統の育成を続行し、自殖種子(T1系統群)を得た。種子より全タンパク質を調製し、抗7Crpウサギ抗体(以下、単に「抗7Crp抗体」)によるイムノブロット解析により、目的遺伝子産物(7Crp)が蓄積している3系統を選抜した。取得した3系統を、以下、Os7Crp1系統、Os7Crp2系統、およびOs7Crp3系統と称する。
【0067】
組換えイネの各系統のT1種子について、5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いて滅菌し、アグロバクテリウムや他の雑菌の除去後にMS培地上に無菌播種を行った。発芽時にMS培地上にアグロバクテリウムが増殖しないことを観察し、アグロバクテリウムの残存していないことを確認したT1からT2種子を得、これらから導入遺伝子がホモの系統候補を選抜した。
【0068】
〔2.選抜した3系統の比較〕
(核酸の存在状態)
本遺伝子組換えイネの移入した核酸が染色体上に存在するか否かを調べるため、本遺伝子組換えイネOs7Crp1系統、Os7Crp2系統、およびOs7Crp3系統のT1世代とどんとこいを交配し、その後代F2世代において、2mALS遺伝子の有無をPCR解析し、移入した核酸の有無を確認した。移入した核酸の分離比を移入した核酸の分離比について、メンデル分離に適合しているかカイ二乗検定を行った。その結果、Os7Crp1系統、Os7Crp2系統、およびOs7Crp3系統では実測値と理論値の間に統計学的有意差は認められなかったことから、移入した核酸の分離はメンデル分離に適合していることが確認された。したがって、本系統において、移入した核酸は染色体上に存在していると推定された。
【0069】
(核酸のコピー数)
組換えイネの各系統のT1世代について、HindIIIで消化した全DNAをナイロンメンブレンにブロットし、ALS領域をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションをおこなった。
図5にサザンブロット解析の結果を示す。矢印を付したシグナルは導入遺伝子(T-DNA)を示し、その他のシグナルは内生ASL遺伝子由来である。
図5に示すように、3系統の全てにおいて、T-DNAがゲノム中に1コピー移入されていることを確認した。また、それぞれの系統におけるサザンブロット解析のシグナルは異なっており、系統毎に異なる遺伝子座にT-DNAが導入されていることが示唆された。
【0070】
(7Crpの発現部位)
どんとこい並びに組換えイネの各系統の葉、茎、根および種子組織から500μLの抽出バッファを使用して全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)および抗7Crp抗体によるイムノブロット(IB)へ供して、7Crpを検出した。
図7にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。
図7に示すように、組換えイネの種子由来タンパク質のみで7Crpのシグナルが検出された。この結果から、組換えイネの各系統において7Crpが種子特異的に蓄積していることを確認した。
【0071】
(T-DNA挿入位置の特定)
公知の次世代シークエンス解析を行い、組換えイネの各系統のF2世代について、T-DNA挿入位置の特定を行った。その結果、系統毎に異なる遺伝子座にプラスミドが導入されていることが明らかになった。中でもOs7Crp2系統は、どんとこいの第10染色体の特定のゲノム領域に挿入されていた。具体的には、次世代シークエンス解析の結果、Os7Crp2系統は、配列番号2、配列番号1、配列番号3の順に連続した塩基配列からなるポリヌクレオチドをゲノム中に有していた。なお、配列番号1に示す塩基配列は、Os7Crp2のゲノム中に導入されたDNAの全塩基配列を示し、プラスミド1のT-DNA領域の全塩基配列に相当する。配列番号2に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在する、T-DNA挿入部位の上流の塩基配列を示している。配列番号3に示す塩基配列は、どんとこいの第10染色体に存在する、T-DNA挿入部位の下流の塩基配列を示している。
【0072】
Os7Crp2系統においてT-DNAが挿入されていたゲノム領域は、公知の「日本晴」のゲノムデータベースであるイネアノテーションプロジェクトデータベース(RAP-DB)で配列が公開されているゲノム領域であった。しかし、イネの生育に対する影響はこれまでに確認されていない。さらには、次世代シークエンス解析の結果から、Os7Crp2は、pPZP200系バイナリーベクターのT-DNA領域外の余計な配列が挿入されることなくT-DNAがほぼ期待通り(理論通り)に挿入されていることが示され、食品として安全であることが確認された。
【0073】
T-DNAのゲノム挿入位置、T-DNAの挿入様式、および後述する種子における7Crpの蓄積量の観点から、選抜した3系統の内、Os7Crp2が食品として最も適した系統であると結論付けた。選抜した3系統は全てT-DNAが1コピー挿入されているにも関わらず、種子における7Crpの蓄積量に違いがある。選抜した3系統は全てT-DNAのゲノム挿入位置が異なっていることから、この違いが、種子における7Crpの蓄積量の違いをもたらしていると考えられた。つまり、Os7Crp2は、どんとこいの第10染色体の特定位置にT-DNAが挿入されたことにより、食品として摂取するに適した量の7Crpを発現することができると言える。
【0074】
〔3.Os7Crp2の解析〕
(作出系統)
図8にOs7Crp2の作出系統図を示す。Os7Crp2のT1個体を発芽させた後に、閉鎖系温室で栽培してT2種子を得た。T2以降の種子も同様にして、更に後代(T3)の種子を得た。また、T1個体とどんとこいを交配して、得られたF1の後代にあたるF2で選抜系統Os7Crp2-F2homoを得て、次世代シークエンス解析に供試した。さらに、Os7Crp2-F2homoより、F3-Nを得て、この後代F4-N、およびF5-Nを得た。それぞれの種子を、F3種子、F4種子、F5種子として用いた。ただし、一部の分析ではOs7Crp2を自殖して得られたT2、T3も材料として用いた。
【0075】
(世代間での安定性)
PCRによってOs7Crp2作出系統のT-DNAを検出した。PCRには、どんとこい(wt)ならびにOs7Crp2の7世代(T2、T3、F1、F2、F3、F4、およびF5)の全DNAをテンプレートとして用いた。PCRに用いたプライマーはT-DNAの挿入領域およびT-DNA内部合計5か所に設計した。用いたプライマーセット1~5は、以下のとおりである。
【0076】
プライマーセット1:
5'-GAGAAATCCGATCAAGAAATTAAC-3' (配列番号15)
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCGTCC-3' (配列番号16)
プライマーセット2:
5'-CAAATTACAAGCACTCATGGTTC-3' (配列番号17)
5'-AACGGTATTAAGATCAATAGTGTCC-3' (配列番号18)
プライマーセット3:
5'-ATCTTTGCTAGCAAGAATTTCCACC-3' (配列番号19)
5'-TGTAACCTTTATTTAGTACTGATATC-3' (配列番号20)
プライマーセット4:
5'-ATCTTTGCTAGCAAGAATTTCCACC-3' (配列番号21)
5'-ATACACCTATACTATTTCATTAGTAC-3' (配列番号22)
プライマーセット5:
5'-CCTTCTTTGTAGAGATTAAC-3' (配列番号23)
5'-ATTTACAGGCGTAATCTGTAATTTG-3' (配列番号24)
【0077】
図8は、プライマーセットの検討結果を示す図であり、801は、検討に用いた各プライマーセットによって増幅される領域を模式的に示す図であり、802は、各プライマーを用いてPCRを行った結果を示す図である。
図8の802に示すように、プライマーセットの検討の結果、全てのプライマーセットでOs7Crp2特異的にDNAの増幅が認められた。また、少なくともT-DNAとゲノムとのジャンクション領域二か所を増幅するプライマーセット1およびプライマーセット5を用いてPCRを行うことで、Os7Crp2においてT-DNAおよびそのゲノムへの挿入領域近辺が安定的に次世代に遺伝することを十分に確認できることが判った。
【0078】
(7Crp遺伝子の発現の組織特異性の検討1)
GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1中の7Crp発現遺伝子である7Crp遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCR(以下、「qPCR」)によって確認した。どんとこいおよびOs7Crp2のF5世代の幼葉、幼根、成葉、種子組織およびカルスからそれぞれRNAを抽出しテンプレートとして用いた。用いたプライマーセットは、プライマーセット3(配列番号19および配列番号20)である。
【0079】
プラスミド1をテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、
図10の1001に示すように、100コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を
図10の1002に示す。なお、1002のグラフ中の「7daf」、「14daf」は、それぞれ開花後7日目、14日目を示している。qPCRの結果、7Crp遺伝子の転写物は種子由来RNAでのみ検出されたことから、GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット1によって発現する7Crp遺伝子は、種子特異的に発現していることが確認された。
【0080】
(7Crp遺伝子の発現の組織特異性の検討2)
GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット2中の7Crp発現遺伝子である7Crp遺伝子の発現の組織特異性を定量的PCR(以下、「qPCR」)によって確認した。テンプレートは、前述の「7Crp遺伝子の発現の組織特異性の検討1」の項で調製したRNAを用いた。用いたプライマーセットは、プライマーセット4(配列番号21および配列番号22)である。
【0081】
プラスミド1をテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、
図11の1101に示すように、100コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を
図11の1102に示す。qPCRの結果、7Crp遺伝子の転写物は種子由来RNAでのみ検出されたことから、GluB1 P 7Crp遺伝子発現カセット2によって発現する7Crp遺伝子は、種子特異的に発現していることが確認された。
【0082】
(2mALS遺伝子の発現の組織特異性の検討)
選抜マーカー遺伝子である2mALS遺伝子および内生ALS遺伝子の発現の組織特異性をqPCRによって確認した。テンプレートは、前述の「7Crp遺伝子の発現の組織特異性の検討1」の項で調製したRNAを用いた。用いたプライマーセットは、以下のとおりである:
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCGTCC-3' (配列番号25)
5'-ATTACTAGAGTACATGTAACCAACG-3' (配列番号26)
【0083】
プラスミド1をテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、
図12の1201に示すように、100コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を
図12の1202に示す。qPCRの結果、2mALS遺伝子の転写物はカルスで強く、開花後7日目の種子で弱く検出された。イネ植物体の根および葉では2mALS遺伝子の転写物の量は検出限界以下であった。この結果は、カルスにおいては除草剤であるビスピリバックナトリウム塩に耐性であるが、発芽後は耐性を示さないOs7Crp2の形質とほぼ一致していた。
【0084】
(内生ALS遺伝子の発現の組織特異性の検討)
内生ALS遺伝子の発現の組織特異性をqPCRによって確認した。テンプレートは、前述の「7Crp遺伝子の発現の組織特異性の検討1」の項で調製したRNAを用いた。用いたプライマーセットは、以下のとおりである:
5'-CCATACTTGTTGGATATCATCGTCC-3' (配列番号27)
5'-CATGCCAAGCACATCAAACAAG-3' (配列番号28)
【0085】
配列番号27、28に示すプライマーセットを用いてPCR増幅した内生ALS遺伝子の部分領域を含むベクターをテンプレートとして用いたqPCRを行って検量線を作成し、qPCRによる検出限界を特定した。その結果、
図13の1301に示すように、1000コピーまで定量性が認められた。各組織におけるqPCRの結果を
図13の1302に示す。qPCRの結果、内生ALS遺伝子の転写物は全組織で検出された。この結果から、カルス以外の組織で、2mALSタンパク質がイネの生長等に影響を与える可能性は低いと考えられた。
【0086】
(種子における7Crp発現)
どんとこいおよび組換えイネOs7Crp2のT2世代について、種子4粒粉末に対し、500μLの抽出バッファ(4%SDS、50mM Tris-HClpH6.8、8M ウレア、20%グリセロール、5%2-メルカプトエタノール、0.01%ブロモフェノールブルー)を使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)および抗7Crp抗体によるイムノブロット(IB)へ供した。抗7Crp抗体により7Crpを検出した。
図13にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。
図13中のWのレーンは、どんとこいの結果を示している。
図13に示すように、7Crpは、どんとこいには発現しておらず、組換えイネ系統のみに発現している。
【0087】
(プロトタイプとの比較)
非特許文献1~4に記載のプロトタイプ系統および組換えイネOs7Crp2系統のF4世代について、種子4粒粉末に対し、500μLの抽出バッファ(4%SDS、50mM Tris-HClpH6.8、8M ウレア、20%グリセロール、5%2-メルカプトエタノール、0.01%ブロモフェノールブルー)を使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGEおよび抗7Crp抗体によるイムノブロットへ供した。
図14にSDS-PAGEの結果を示す。なお、プロトタイプは、キタアケを宿主にして作成された系統であり、
図19に示すT-DNAを3コピー有する系統である。
図14中、35S Pはカリフラワーモザイクウイルス35S プロモーター、HPTはハイグロマイシン分解酵素、Ag7 Tは、アグロバクテリウム gene 7ターミネーターをそれぞれ示す。
【0088】
組換えイネOsr7Crp2はT-DNAのコピー数が1コピーであるにもかかわらず、プロトタイプ系統と同程度の7Crpを含有していることがわかった。
【0089】
(7Crpの細胞内局在の検討)
どんとこいおよびOs7Crp2のF2世代の種子は開花より15日後に採取され、抗7Crp抗体を用いて免疫細胞化学法に供された。ビブラトームで切り出された200μmの切片を3.7%ホルムアルデヒドPBS溶液で1時間処理した。その後、切片は室温で10分間、細胞壁分解溶液(1%セルラーゼPBS溶液)で処理した。一次抗体(抗7Crp抗体)は1:300に希釈して用いた。二次抗体として、Alexa488-コンジュゲートヤギ抗マウス抗体IgG(Invitrogen製)を1:500に希釈して用いた。Rhodamine Bは小胞体輸送タンパク質体(PB-I)の染色に用いた。切片における7Crpの細胞内局在は共焦点レーザー顕微鏡FLUOVIEW(オリンパス社製)を用いて観察した。
【0090】
図15は、どんとこい(Wt)およびOs7Crp2の種子の免疫染色の結果を示している。7Crpはどんとこい(Wt)系統では発現していないのに対して、Os7Crp2系統では発現している。さらに、7CrpはPB-I中のみに種子貯蔵タンパク質として蓄積されていることが判った。
【0091】
(既知アレルゲンタンパク質の量の検討)
イネ種子主要アレルゲン(14~16kDaアレルゲン、26kDaアレルゲン、33kDaアレルゲン、56kDaアレルゲン)の量を検討した。どんとこいおよびOs7Crp2のF5世代の種子から500μLの抽出バッファを使用して全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGE(CBB)並びに各アレルゲンに対する抗体によるイムノブロット(IB)へ供して、各アレルゲンを検出した。
図16にSDS-PAGEおよびイムノブロット解析の結果を示す。
図16に示すように、Os7Crp2のイネ種子主要アレルゲン量はどんとこいと比較して目立った増減は認められなかった。
(後代における7Crpタンパク質の発現量の確認)
【0092】
どんとこい(wt)およびOs7Crp2系統のF3~F5世代について、種子4粒粉末に対し、500μLの抽出バッファ(4%SDS、50mM Tris-HClpH6.8、8M ウレア、20%グリセロール、5%2-メルカプトエタノール、0.01%ブロモフェノールブルー)を使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液2μLをSDS-PAGEで処理した後に、抗7Crp抗体によるイムノブロットへ供した。
図17に抗7Crp抗体によるイムノブロット解析の結果を示す。
図17中、wtはどんとこいを示す。
図17に示すように、系統間で7Crpタンパク質量に大きな差は認められず、種子中に安定して蓄積していた。
【0093】
(種子における7Crpタンパク質の蓄積量の確認)
育成条件1~5で育成したOs7Crp2より採種した種子における7Crpタンパク質の蓄積量を定量した。種子4粒粉末に対し、4mLの抽出バッファを使用して種子中の全タンパク質を抽出した。抽出液2μLを抗7Crp抗体によるイムノブロットに使用した。定量のための比較対象として、大腸菌から精製した7Crpタンパク質を用いた。タンパク質の定量にはImage J 1.52a (NIH)を用いた。
【0094】
結果を
図18に示す。また、育成条件1~5の具体的な条件、および種子あたりのおおよその7Crpの蓄積量を下記表1に示す。表1中、育成年度AおよびBはそれぞれイネを育成した異なる年度を示す。また、育成場所1~4のうち、育成場所1~3はそれぞれ異なる屋外圃場を示し、育成場所4は特定網室を示す。
【表1】
【0095】
以上の結果から、7Crp遺伝子は、異なる条件で育成しても安定的に発現し、一定量の7Crpを種子に蓄積させることが示唆された。
【0096】
(形質)
以下の項目について、どんとこいとOs7Crp2とを比較した。
・休眠性
・発芽率
・脱粒性(出穂から40日目の全穂を片手で握り、脱粒した種子の割合を調査した)
・有害物質の産出性
【0097】
その結果、これらの全ての項目に関してOs7Crp2と宿主である原品種との間で有意な差はみられなかった。
【産業上の利用可能性】
【0098】
本発明は、食品としての利用が期待できる。
【配列表】