(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-05
(45)【発行日】2023-04-13
(54)【発明の名称】水硬性組成物、一液型可塑性注入材、及び、一液型可塑性注入材の充填工法
(51)【国際特許分類】
C04B 28/08 20060101AFI20230406BHJP
C04B 14/10 20060101ALI20230406BHJP
C04B 22/16 20060101ALI20230406BHJP
C09K 17/02 20060101ALI20230406BHJP
E02D 3/12 20060101ALI20230406BHJP
C04B 111/70 20060101ALN20230406BHJP
【FI】
C04B28/08
C04B14/10 Z
C04B22/16 Z
C09K17/02 P
E02D3/12 101
C04B111:70
(21)【出願番号】P 2019100465
(22)【出願日】2019-05-29
【審査請求日】2022-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000183266
【氏名又は名称】住友大阪セメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002734
【氏名又は名称】弁理士法人藤本パートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】松田 芳範
(72)【発明者】
【氏名】水野 光一朗
(72)【発明者】
【氏名】小瀬 喜巳
(72)【発明者】
【氏名】川上 明大
(72)【発明者】
【氏名】佐野 匠
(72)【発明者】
【氏名】沖原 直生
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-024925(JP,A)
【文献】特開2002-155277(JP,A)
【文献】特開2018-044123(JP,A)
【文献】特開2008-037946(JP,A)
【文献】特開2018-044124(JP,A)
【文献】特開2016-147931(JP,A)
【文献】特開2001-335779(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 7/00-28/36
C09K 17/00-17/52
E02D 3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高炉スラグ粉末、
セメント粉末、ベントナイト粉末、及び分散剤粉末を含み、
前記高炉スラグ粉末100質量部に対する前記
セメント粉末の配合量が60質量部以下であり、
前記ベントナイト粉末が、固形分の総質量に対して、30質量%以上60質量%以下含まれており、
前記分散剤粉末は、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末である
水硬性組成物。
【請求項2】
前記分散剤粉末は、テトラポリリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、及びピロリン酸カリウムからなる群から選択される1種以上の縮合リン酸塩を含む
請求項1に記載の水硬性組成物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の水硬性組成物と水とを含む混練物である一液型可塑性注入材。
【請求項4】
請求項3に記載の一液型可塑性注入材を充填箇所に充填する一液型可塑性注入材の充填工法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水硬性組成物、一液型可塑性注入材、及び、一液型可塑性注入材の充填工法に関する。より詳しくは、本発明は、地盤等と構造物との間の空隙のような充填箇所への充填に用いられる一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の上記充填箇所への充填工法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、ベントナイト粉末、及び分散剤粉末を含む水硬性組成物と水との混練物である一液型可塑性注入材が知られている(例えば、特許文献1)。
【0003】
上記のような一液型可塑性注入材は、通常、配管を通じて、地盤等と構造物との間の空隙(以下、単に空隙という)のような充填箇所までポンプで圧送される。そのため、水硬性組成物と水とをミキサーなどの混練装置で混練して一液型可塑性注入材とした直後には、該混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示すことが要求される。また、一液型可塑性注入材は、空隙のような充填箇所への充填中においては、空隙内に生じた亀裂(地盤等や構造物に生じた亀裂)への逸脱を可能な限り抑制して、空隙内に充填できることが好ましい(限定注入できることが好ましい)。そのため、水硬性組成物と水とを混練して一液型可塑性注入材としてから比較的短時間(例えば、20分)の内に限定注入に適した可塑性を示すことが要求される。
【0004】
上記2つの要求を満たすために、特許文献1に記載の水硬性組成物では、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量を20質量部以下とし、分散剤粉末としてヘキサメタリン酸ナトリウムを用いることが記載されている。
【0005】
ところで、外気温が20℃程度の場合に、特許文献1に記載の水硬性組成物を水と混練して一液型可塑性注入材とすると、該一液型可塑性注入材は、混練直後には前記混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示し、比較的短時間(例えば、20分)の内に限定注入に適した可塑性を示すことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、外気温が比較的低温(例えば、5℃)の場合に、特許文献1に記載の水硬性組成物を水と混練して一液型可塑性注入材とすると、該一液型可塑性注入材は、混練直後には前記混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示すものの、限定注入に適した可塑性を示すようになるのに比較的長い時間(例えば、60分)がかかるようになる。すなわち、比較的短時間の内に、限定注入に適した可塑性を示さなくなる。
【0008】
そこで、本発明は、外気温が比較的低温の場合でも、混練直後に比較的高い流動性を示し、かつ、混練後比較的短時間で限定注入に適した可塑性を示すことができる一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の充填工法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らが鋭意検討したところ、水硬性組成物に混合する分散剤粉末を所定の縮合リン酸塩粉末とすることにより、外気温が比較的低温の場合でも、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量を60質量部以下としたときに、水と混練して一液型可塑性注入材とした直後に比較的高い流動性を示し、かつ、水と混練して一液型可塑性注入材とした後に比較的短時間で限定注入に適した可塑性を示すことを見出し、本発明を想到するに至った。
【0010】
即ち、本発明に係る水硬性組成物は、
高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、ベントナイト粉末、及び分散剤粉末を含み、
前記高炉スラグ粉末100質量部に対する前記アルカリ性材料粉末の配合量が60質量部以下であり、
前記分散剤粉末は、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末である。
【0011】
斯かる構成によれば、前記分散剤粉末が1%水溶液でのpHが7.5以上である縮合リン酸塩粉末であり、かつ、前記高炉スラグ粉末100質量部に対する前記アルカリ性材料粉末の配合量が60質量部以下であるので、外気温が比較的低温(例えば、5℃)の場合でも、水と混練して一液型可塑性注入材とした直後に、ミキサーなどの混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示すことができ、かつ、一液型可塑性注入材としてから比較的短時間(例えば、20分)の内に、限定注入に適した可塑性を示すことができる。
【0012】
また、本発明に係る一液型可塑性注入材は、
前記水硬性組成物と水との混練物である。
【0013】
斯かる構成によれば、外気温が比較的低温の場合でも、一液型可塑性注入材とした直後に、前記混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示すことができ、かつ、一液型可塑性注入材としてから比較的短時間の内に、限定注入に適した可塑性を示すことができる。
【0014】
また、本発明に係る一液型可塑性注入材の充填工法では、前記一液型可塑性注入材を充填箇所に充填する。
【0015】
斯かる構成によれば、外気温が比較的低温の場合でも、前記混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示し、かつ、限定注入に適した可塑性を示した状態で、前記一液型可塑性注入材を地盤等と構造物との間の空隙のような充填箇所に充填することができる。
また、注入材が一液型可塑性注入材であるので、注入材が二液型可塑性注入材である場合と比べて、少ない設備で前記注入材を充填箇所に充填することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、外気温が比較的低温の場合でも、混練直後に比較的高い流動性を示し、かつ、混練後比較的短時間で限定注入に適した可塑性を示すことができる一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の充填工法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態について説明する。
【0018】
[水硬性組成物]
本実施形態に係る水硬性組成物は、高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、ベントナイト粉末、及び分散剤粉末を含む。本実施形態に係る水硬性組成物は、粉末状を呈していてもよし、スラリー状を呈していてもよい。高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、ベントナイト粉末、及び分散剤粉末を粉末の状態で混合することにより得られる水硬性組成物は、粉末状を呈している。一方で、高炉スラグ粉末、アルカリ材料粉末、ベントナイト粉末を粉末状で混合し、さらに水に溶解または懸濁させた分散剤粉末をこの粉末状の混合物に加えて混練することにより得られる水硬性組成物は、スラリー状を呈している。
本実施形態に係る水硬性組成物では、水と混練して一液型可塑性注入材とした直後に、該一液型可塑性注入材がミキサーなどの混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示し、かつ、一液型可塑性注入材としてから比較的短時間(例えば、20分)の内に、該一液型可塑性注入材が限定注入に適した可塑性を示すために、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量を60質量部以下とし、かつ、分散剤粉末として、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末を用いている。
【0019】
一液型可塑性注入材がミキサーなどの混練装置からの排出に適した比較的高い流動性を示すとは、日本道路公団規格JHS-A-313-1992「エアモルタル及びエアミルクの試験方法 シリンダー法による注入材のコンステンシー試験」に従って測定された一液型可塑性注入材のフロー値が、該注入材の調製直後において180mm以上であることを意味する。
また、一液型可塑性注入材が限定注入に適した可塑性を示すとは、上記試験法に従って測定された一液型可塑性注入材のフロー値が、該注入材の調製後20分後において120mm以下であることを意味する。なお、上記試験法に従って測定される一液型可塑性注入材のフロー値は、外気温5℃において、該注入材の調製後20分後において120mm以下であることが好ましい。
【0020】
高炉スラグ粉末としては各種公知のものを用いることができる。高炉スラグ粉末は、水硬性組成物中の固形分の総質量に対して、25質量%以上75質量%以下含まれていることが好ましく、40質量%以上65質量%以下含まれていることがより好ましく、45質量%以上60質量%以下含まれていることがさらに好ましい。
【0021】
アルカリ性材料粉末としては、セメント粉末、水酸化カルシウムを含む石灰粉末、石膏粉末、セメント水和物粉末等を用いることができる。アルカリ性材料粉末は、これらを単独で用いてもよいし、複数組み合わせて用いてもよい。セメント粉末としては、普通ポルトランドセメント粉末、早強ポルトランドセメント粉末、超早強ポルトランドセメント粉末、中庸熱ポルトランドセメント粉末、耐硫酸塩ポルトランドセメント粉末、白色ポルトランドセメント粉末などのポルトランドセメント粉末や、フライアッシュセメント粉末、超速硬セメント粉末、アルミナセメント粉末等が挙げられる。
アルカリ性材料粉末は、水硬性組成物中の固形分の総質量に対して、2質量%以上30質量%以下含まれていることが好ましく、5質量%以上15質量%以下含まれていることがより好ましく、7質量%以上12質量%以下含まれていることがさらに好ましい。
アルカリ性材料粉末は、高炉スラグ粉末の100質量部に対して、60質量部以下配合されていることが好ましく、40質量部以下配合されていることがより好ましい。
【0022】
ベントナイト粉末としては、各種公知のものを用いることができる。ベントナイト粉末は、水と混ぜると水中で凝集して粘度を上昇させる。その結果、ベントナイト粉末を含む水はゲル化する。ベントナイト粉末を含む水がゲル化するメカニズムは以下の通りである。すなわち、ベントナイト粉末は主成分として結晶構造を有するモンモリナイトを含んでいる。そして、ベントナイト粉末を水と混合すると、主成分たるモンモリナイトの結晶表面は水中において負に帯電する。そのため、ベントナイト粉末を混ぜた水中に陽イオン(本実施形態の場合には、高炉スラグやアルカリ性材料から溶出したカルシウムイオンなど)が存在していると、該陽イオンを介してモンモリナイトの結晶表面同士が結合することとなり、ベントナイト粉末が凝集して粘度が上昇する。その結果、ベントナイト粉末を含む水はゲル化する。
ベントナイト粉末は、水硬性組成物中の固形分の総質量に対して、20質量%以上65質量%以下含まれていることが好ましく、30質量%以上60質量%以下含まれていることがより好ましく、40質量%以上55質量%以下含まれていることがさらに好ましい。
【0023】
分散剤粉末としては、常温(例えば、23℃)において、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末であれば、どのようなものでも用いることができる。分散剤粉末は、単独で、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末であってもよいし、複数種を混合することにより、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末、すなわち、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す複数種の縮合リン酸塩粉末の混合物であってもよい。単独で、1%水溶液でのpHが7.5以上を示す縮合リン酸塩粉末としては、テトラポリリン酸ナトリウム粉末(pH8.5~9.0)、トリポリリン酸ナトリウム粉末(pH9.0~10.2)、ピロリン酸ナトリウム粉末(pH10.0~10.5)、ピロリン酸カリウム粉末(pH10.0~10.5)などが挙げられる。ピロリン酸ナトリウム粉末は、無水和物であってもよいし、10水和物であってもよい。
なお、テトラポリリン酸ナトリウム粉末としては、工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末を用いることができ、トリポリリン酸ナトリウム粉末としては工業用トリポリリン酸ナトリウム粉末を用いることができ、ピロリン酸ナトリウム粉末としては工業用ピロリン酸ナトリウム粉末を用いることができる。
【0024】
ところで、縮合リン酸塩粉末の一種であるヘキサメタリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは6.0~7.0であるが、本実施形態に係る水硬性組成物は、縮合リン酸塩粉末全体として1%水溶液でのpHが7.5以上であれば、このような縮合リン酸塩粉末を含んでいてもよい。
なお、上記した各種縮合リン酸塩粉末の1%水溶液でのpHは、ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末<テトラポリリン酸ナトリウム粉末<トリポリリン酸ナトリウム粉末<ピロリン酸ナトリウム粉末≒ピロリン酸カリウム粉末の順に高くなっている。
【0025】
分散剤粉末は、テトラポリリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、及び、ピロリン酸カリウムからなる群から選択される縮合リン酸塩の一種以上を含む。
分散剤粉末が、上記群から選択される縮合リン酸塩を一種以上含むことにより、分散剤粉末を1%水溶液したときのpHを7.5以上に調整し易くなる。
【0026】
ところで、従来より、ヘキサメタリン酸ナトリウム、テトラポリリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウムなどの縮合リン酸塩は、カルシウムイオンなどの金属イオンに対して封鎖能を示すことが知られている。また、カルシウムイオンに対する上記各種縮合リン酸塩の封鎖能は、ヘキサメタリン酸ナトリウム>トリポリリン酸ナトリウム>テトラポリリン酸ナトリウム>ピロリン酸ナトリウム≒ピロリン酸カリウムの順に低くなることも知られている。
【0027】
一方で、上記したように、各種縮合リン酸塩粉末の1%水溶液でのpHは、ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末<テトラポリリン酸ナトリウム粉末<トリポリリン酸ナトリウム粉末<ピロリン酸ナトリウム粉末≒ピロリン酸カリウム粉末の順に高くなっている。すなわち、カルシウムイオンに対する上記各種縮合リン酸塩の封鎖能の高低の順は、上記各種縮合リン酸塩粉末の1%水溶液でのpHの高低の順と略逆になっている。このことから、1%水溶液でのpHが低い縮合リン酸塩粉末ほど、カルシウムイオンに対して高い封鎖能を示すことが分かる。
そして、後述の実施例に示したように、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量が60質量部以下の場合には、1%水溶液でのpHが高い縮合リン酸塩粉末を含む水硬性組成物、すなわち、カルシウムイオンに対する封鎖能が低い縮合リン酸塩粉末を含む水硬性組成物ほど、水と混合して一液型可塑性注入材としてから比較的短時間(20分)経過後に、限定注入に適した可塑性を示している。
【0028】
このことから、本発明者らは、外気温が比較的低温の場合でも、一液型可塑性注入材が、比較的短時間で限定注入に適した可塑性を示すようになるメカニズムには、水硬性組成物に含まれる縮合リン酸塩のカルシウムイオンに対する封鎖能が関与していると推定している。その推定メカニズムについて、以下に説明する。
【0029】
外気温が比較的低温の場合には、一液型可塑性注入材における高炉スラグ、及び、セメントなどのアルカリ性材料からのカルシウムイオンの溶出量は低下する。
しかしながら、上記各種縮合リン酸塩の内、テトラポリリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、及び、ピロリン酸カリウムは、ヘキサメタリン酸ナトリウムに比べて、カルシウムイオンに対する封鎖能が低いので、水硬性組成物に含まれる、高炉スラグ、及び、セメントなどのアルカリ性材料から溶出するカルシウムイオンと錯体を形成し難い。そのため、分散剤粉末として、テトラポリリン酸ナトリウム粉末、トリポリリン酸ナトリウム粉末、ピロリン酸ナトリウム粉末、及び、ピロリン酸カリウム粉末を用いると、ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末を用いた場合に比べて、一液型可塑性注入材中のカルシウムイオン濃度の低下が抑制される。その結果、一液型可塑性注入材中において、ベントナイト粉末の主成分であるモンモリナイトの結晶表面同士がカルシウムイオンを介して結合し易くなり、一液型可塑性注入材はゲル化し易くなる。すなわち、一液型可塑性注入材は、比較的短時間の内に、限定注入に適した可塑性を示すようになる。
【0030】
本実施形態に係る水硬性組成物は、該水硬性組成物が粉末状を呈する場合には、高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、ベントナイト粉末、及び、分散剤粉末を、上記の質量割合で配合した粉末状混合物であって、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量が60質量部以下となるように配合した粉末状混合物を混合することにより作製することができる。
また、上記水硬性組成物がスラリー状を呈する場合には、高炉スラグ粉末、アルカリ性材料粉末、及び、ベントナイト粉末を、上記の質量割合で配合した粉末状混合物であって、高炉スラグ粉末100質量部に対するアルカリ性材料粉末の配合量が60質量部以下となるように配合した粉末状混合物に、水に溶解または懸濁させた分散剤粉末を加えて混合することにより作製することができる。
上記混合は、例えば、V型混合機、ナウターミキサー、パン型ミキサー、リボン型ミキサー等の混合装置を用いて行うことが挙げられる。
【0031】
[一液型可塑性注入材]
本実施形態に係る一液型可塑性注入材は、上記した水硬性組成物と水とを含む混練物である。
本実施形態に係る一液型可塑性注入材は、必要に応じてさらに別の成分を含んでいてもよい。別の成分は、一液型可塑性注入材の調製時に添加するものであってもよい。一液型可塑性注入材の調製時に添加するものとしては、減水剤、遅延剤、収縮低減材等が挙げられ、これらは、水硬性組成物の固形分の総質量に対して、例えば、合計値として2質量%以下含まれる。
本実施形態に係る一液型可塑性注入材においては、水は、水硬性組成物の固形分に対して、質量比率で2.0以上5.5以下となるように配合されることが好ましく、2.5以上5.0以下となるように配合されることがより好ましく、3.0以上4.0以下となるように配合されることがさらに好ましい。
本実施形態に係る一液型可塑性注入材においては、水は、ベントナイト粉末に対して、質量比率で5以上12以下となるように配合されることが好ましく、7以上9以下となるように配合されることがより好ましい。
ベントナイト粉末に対する水の質量比率が上記値であることで、一液型可塑性注入材に十分な可塑性を付与することができると共に、比較的短時間の混練でも可塑性を発揮させることができる。
【0032】
本実施形態に係る一液型可塑性注入材は、水硬性組成物と水とを上記した質量比率で配合した混合物を混練することにより作製することができる。
例えば、水硬性組成物の固形分に対して質量比率が1.5以上5.5以下となるように水を配合した混合物であって、ベントナイト粉末に対して質量比率が5以上12以下となるように水を配合した混合物を得て、該混合物を混練することにより作製することができる。
上記混練は、例えば、ハンドミキサー、モルタルミキサー等の混練装置を用いて、外気温5~35℃で所定時間行うことが挙げられる。
前記混合物の混練時間は、例えば、1分間以上5分間以下であることが好ましく、1分間以上3分間以下であることがより好ましい。
また、前記混合物は、所定温度にて、ミキサーの回転速度を120rpm以上1300rpm以下に設定して混練することが好ましい。
なお、本明細書における混練とは、各材料を単に混ぜ合わせる(混合する)だけではなく、各材料が混じり合うように練り込むことを意味する。
【0033】
[一液型可塑性注入材の充填工法]
本実施形態に係る一液型可塑性注入材の充填工法では、上記一液型可塑性注入材を地盤等と構造物との間の空隙のような充填箇所に充填する。
上記充填箇所への上記一液型可塑性注入材の充填は、充填現場において、一液型可塑性注入材とした後(すなわち、上記水硬性組成物と水とを上記した質量比率で配合した混合物を混練した後)に、該一液型可塑性注入材を上記充填箇所までポンプで圧送することにより行うことができる。
また、上記充填箇所への上記一液型可塑性注入材の充填は、充填現場に向かう前に予め一液型可塑性注入材としたものを車両で充填現場まで横持ちし、充填現場において、横持ちした車両から該一液型可塑性注入材を上記充填箇所までポンプで圧送することにより行うこともできる。
【0034】
なお、本発明に係る一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の充填方法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物は、上記実施形態に限定されるものではない。また、本発明に係る一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の充填方法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物は、上記した作用効果によって限定されるものでもない。本発明に係る一液型可塑性注入材、該一液型可塑性注入材の充填方法、及び、前記一液型可塑性注入材を調製するための水硬性組成物は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【実施例】
【0035】
次に、実施例および比較例を挙げて本発明についてさらに具体的に説明する。
【0036】
(実施例1)
下記高炉スラグ、下記アルカリ性材料粉末、下記ベントナイト粉末、下記分散剤粉末、及び水を混練することにより、実施例1に係る一液型可塑性注入材を得た。
・高炉スラグ:ブレーン比表面積3000cm2/g以上
・アルカリ性材料粉末:普通ポルトランドセメント粉末(住友大阪セメント株式会社製)
・ベントナイト粉末:膨潤度20mL/2g以上
・分散剤粉末:工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末
・水:水道水
なお、上記工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは、8.5であった。
上記各原料の配合比率は、表1に示した通りとした。
ここで、以下の表1では、Sは高炉スラグ粉末、Cは普通ポルトランドセメント粉末、Bはベントナイト粉末、テトラPNは工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末、トリPNは工業用トリポリリン酸ナトリウム粉末、ピロPNは工業用ポリリン酸ナトリウム粉末、ピロPKは工業用ポリリン酸カリウム粉末、ヘキサPNは工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末、酸性メタPNは酸性メタリン酸ナトリウム粉末、Wは水を示している。
また、表1中において、単位kg/m3は、一液型可塑性注入材の総体積に対する各混合成分の質量を意味している。
上記各原料の混練は、ハンドミキサーを用いて、外気温5℃、回転速度1100rpm、混練時間1分の条件で行った。
【0037】
(実施例2)
分散剤粉末を工業用トリポリリン酸ナトリウム粉末とした以外は、実施例1と同様にして、実施例2に係る一液型可塑性注入材を得た。
なお、上記工業用トリポリリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは、9.0であった。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0038】
(実施例3)
分散剤粉末を工業用ピロリン酸ナトリウム粉末とした以外は、実施例1と同様にして、実施例3に係る一液型可塑性注入材を得た。
なお、上記工業用ピロリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは、10.0であった。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0039】
(実施例4)
分散剤粉末を工業用ピロリン酸カリウム粉末とした以外は、実施例1と同様にして、実施例4に係る一液型可塑性注入材を得た。
なお、上記工業用ピロリン酸カリウム粉末の1%水溶液でのpHは、10.0であった。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0040】
(実施例5)
分散剤粉末を工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末とし、各原料の配合比率を表1に示した通りとして、実施例5に係る一液型可塑性注入材を得た。
各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0041】
(実施例6)
分散剤粉末を工業用ピロリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.8kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして、実施例6に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0042】
(実施例7)
分散剤粉末を工業用ピロリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.6kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして、実施例7に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0043】
(実施例8)
分散剤粉末を工業用トリポリリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.6kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして、実施例8に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0044】
(実施例9)
分散剤粉末を工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.6kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして、一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0045】
(実施例10)
分散剤粉末を工業用ピロリン酸カリウム粉末とし、その配合比率を0.6kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして、一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0046】
(実施例11)
分散剤粉末を工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末とし、各原料の配合比率を表1に示した通りとして、実施例11に係る一液型可塑性注入材を得た。
各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0047】
(比較例1)
分散剤粉末を工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末とした以外は、実施例1と同様にして、比較例1に係る一液型可塑性注入材を得た。
なお、上記工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは、7.0であった。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0048】
(比較例2)
分散剤粉末を工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末とし、各原料の配合比率を表1に示した通りとして、比較例2に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0049】
(比較例3)
分散剤粉末を工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.2kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして比較例3に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0050】
(比較例4)
分散剤粉末を工業用ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末とし、その配合比率を0.3kg/m3とした以外は、実施例1と同様にして比較例4に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0051】
(比較例5)
分散剤粉末を工業用酸性メタリン酸ナトリウム粉末とした以外は、実施例1と同様にして、比較例5に係る一液型可塑性注入材を得た。
なお、上記工業用酸性メタリン酸ナトリウム粉末の1%水溶液でのpHは、2.1であった。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0052】
(比較例6)
分散剤粉末を工業用テトラポリリン酸ナトリウム粉末とし、各原料の配合比率を表1に示した通りとして、比較例6に係る一液型可塑性注入材を得た。
また、各原料の混練は実施例1と同じ条件で行った。
【0053】
【0054】
上記各例に係る一液型可塑性注入材について、外気温5℃において、混練直後、混練後10分後、混練後20分後、混練後30分後、及び、混練後60分後のフロー値を測定した結果を表2に示した。上記各例に係る一液型可塑性注入材のフロー値は、日本道路公団規格JHS-A-313-1992「エアモルタル及びエアミルクの試験方法 シリンダー法による注入材のコンステンシー試験」に従って測定した。
【0055】
【0056】
表2より、比較例3に係る一液型可塑性注入材を除いた各例に係る一液型可塑性注入材は、5℃において、混練直後に、ミキサーなどの混練装置からの排出に適したフロー値となる、すなわち、フロー値が180mm以上となることが分かった。
一方で、各例に係る一液型可塑性注入材は、5℃において、限定注入に適した可塑性を示すようになるのに要する時間、すなわち、フロー値が120mm以下になるのに要する時間が異なることが分かった。
詳しくは、ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末を含む比較例1~4に係る一液型可塑性注入材及び酸性メタリン酸ナトリウム粉末を含む比較例5に係る一液型可塑性注入材は、混練後60分後において限定注入に適した可塑性を示すようになるのに対し、テトラポリリン酸ナトリウム粉末を含む実施例1、5、9及び11に係る一液型可塑性注入材、トリポリリン酸ナトリウム粉末を含む実施例2及び8に係る一液型可塑性注入材、ピロリン酸ナトリウム粉末を含む実施例3、6及び7に係る一液型可塑性注入材、並びに、ピロリン酸カリウム粉末を含む実施例4及び10に係る一液型可塑性注入材は、混練後20分後において限定注入に適した可塑性を示すようになることが分かった。
すなわち、比較例1~5に係る一液型可塑性注入材は、限定注入に適した可塑性を示すようになるのに比較的長時間を要するのに対し、実施例1~11に係る一液型可塑性注入材は、比較的短時間で限定注入に適した可塑性を示すようになることが分かった。
上記したように、ヘキサメタリン酸ナトリウム粉末は1%水溶液においてpH7.0を示し、酸性メタリン酸ナトリウム粉末は1%水溶液においてpH2.1を示したのに対し、テトラポリリン酸ナトリウム粉末は1%水溶液においてpH8.5を示し、トリポリリン酸ナトリウム粉末は1%水溶液においてpH9.0を示し、ピロリン酸ナトリウム粉末及びピロリン酸カリウム粉末は1%水溶液においてpH10.0を示すことから、分散剤として1%水溶液におけるpHが7.5以上の縮合リン酸塩粉末を用いることにより、5℃という低温においても、比較的短時間で限定注入に適した可塑性を得ることができることが分かった。