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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-07
(45)【発行日】2023-04-17
(54)【発明の名称】陽電子消滅特性の測定装置及び測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01T 1/172 20060101AFI20230410BHJP
   G01N 23/22 20180101ALI20230410BHJP
   G01T 1/16 20060101ALI20230410BHJP
   G01T 1/20 20060101ALN20230410BHJP
【FI】
G01T1/172
G01N23/22
G01T1/16 B
G01T1/20 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019214447
(22)【出願日】2019-11-27
(65)【公開番号】P2021085743
(43)【公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-08-22
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】山脇 正人
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-158516(JP,A)
【文献】Masato Yamawaki et al.,Importance of starting time for defect analysis using positron annihilation lifetime measurements,Japanese Journal of Applied Physics,2019年11月11日,58, 126501
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01T 1
G01N 23
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被測定体に入射されて被測定体内で消減する陽電子の消滅特性を測定する陽電子消滅特性測定装置であって、
前記被測定体の表面に近接又は密着する位置に配置される陽電子線源と、
前記陽電子線源に対して設定された第1の位置と第2の位置に配置され、前記陽電子線源で陽電子が生成したときに発生する第1の放射線と前記陽電子線源で生成された陽電子が消滅するときに発生する第2の放射線を検出する、第1放射線検出手段と第2放射線検出手段と、
前記陽電子線源で生成された陽電子のうち前記被測定体に入射されなかった陽電子を検出する陽電子検出手段と、
前記第1及び第2放射線検出手段の検出結果と、前記陽電子検出手段の検出結果に基づいて、前記被測定体内における陽電子の消滅特性を算出する消滅特性算出手段と、を備え、
前記消滅特性算出手段は、
前記第1放射線検出手段での第1の放射線の検出信号をスタート信号とし、前記第2放射線検出手段での第2の放射線の検出信号をストップ信号とした場合のスタート信号とストップ信号の間の時間差から第1「寿命時間一陽電子数」の測定結果を取得し、
前記第2放射線検出手段での第1の放射線の検出信号をスタート信号とし、前記第1放射線検出手段での第2の放射線の検出信号をストップ信号とした場合のスタート信号とストップ信号の間の時間差から第2「寿命時間一陽電子数」の測定結果を取得し、
前記第1及び第2「寿命時間一陽電子数」の測定結果から前記被測定体の陽電子寿命スペクトルを2つ得た上で、前記陽電子寿命スペクトルの各々をフィッティングして算出される2つの前記陽電子寿命スペクトルの0時間の平均時間を算出し、
前記被測定体の種類に応じて取得された基準時間と算出された前記平均時間との間のシフト量を算出する、陽電子消減特性測定装置。
【請求項2】
前記基準時間は、前記被測定体の種類と同一種類の材料で形成され、かつ、内部欠陥が除去された基準試験体を前記陽電子線源に対して近接又は密着する位置に配置した状態において、前記第1放射線検出手段と前記第2放射線検出手段によって検出された検出結果に基づいて算出される、前記基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間である、請求項1に記載の陽電子消滅特性測定装置。
【請求項3】
前記基準時間を記憶する記憶部と、前記被測定体の種類を入力する入力部と、をさらに備えており、
前記記憶部は、被測定体の種類毎に前記基準時間を記憶可能となっており、
前記消減特性算出手段は、前記入力部で入力された前記被測定体の種類に対応する前記記憶部に記憶された前記基準時間を用いて、前記シフト量を算出する、請求項1又は2に記載の陽電子消減特性測定装置。
【請求項4】
前記消減特性算出手段は、前記第1「寿命時間一陽電子数」の測定結果の取得から前記平均時間の算出までを繰り返して、前記平均時間の時系列分布をさらに取得する、請求項1~3のいずれか一項に記載の陽電子消滅特性測定装置。
【請求項5】
被測定体に入射されて被測定体内で消減する陽電子の消減特性を測定する方法であって、
陽電子線源と、前記陽電子線源で陽電子が生成したときに発生する第1の放射線と前記陽電子線源で生成された陽電子が消減するときに発生する第2の放射線とを検出する、第1検出器と第2検出器との間の位置を調整する調整工程を含み、
前記調整工程で位置調整された前記陽電子線源と前記第1検出器と前記第2検出器を用いて、第1の被測定体に対して、
前記第1検出器で第1の放射線を検出した時刻と前記第2検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第1の時間を算出する第1時間算出工程と、
前記第2検出器で第1の放射線を検出した時刻と前記第1検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第2の時間を算出する第1時間算出工程と、
前記第1の時間と前記第2の時間の平均時間を算出する工程と、を含み、
前記調整工程で位置調整された前記陽電子線源と前記第1検出器と前記第2検出器を用いて、第1の被測定体と異なる第2の被測定体に対して、
前記第1検出器で第1の放射線を検出した時刻と前記第2検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第3の時間を算出する第3時間算出工程と、
前記第2検出器で第1の放射線を検出した時刻と前記第1検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第4の時間を算出する第4時間算出工程と、
前記第3の時間と前記第4の時間の平均時間を算出する工程と、
前記第1の時間と前記第2の時間の平均時間と、前記第3の時間と前記第4の時間の平均時間との間のシフト量を算出するシフト量算出工程と、を含む、陽電子消滅特性測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽電子消滅特性の測定装置及び測定方法に関し、より具体的には、物質内での陽電子消滅特性を測定することにより物質内の状態を評価するための測定装置及び測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、物質内に照射された陽電子が消滅するまでの時間(以下、「陽電子寿命」とも呼ぶ)を測定することにより、物質内の状態(欠陥等)を評価、推定することが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1は、陽電子線源を2つの被測定材料片で挟み、被測定材料片の各々の外側にシンチレータ及び光電子増倍管を配置して、2つのシンチレータに入射するγ線を検出して陽電子寿命を測定する装置及び方法を開示する。
【0004】
また、本発明者等による特許文献2、3は、被測定体の近傍に配置した陽電子線源と、陽電子消滅時に発生するγ線を検出する第1γ線検出器と、陽電子生成時に発生するγ線を検出する第2γ線検出器と、被測定体に入射されなかった陽電子を検出する陽電子検出器を含む陽電子消滅特性測定装置により陽電子寿命を測定する方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2017-198552号公報
【文献】特許第5843315号公報
【文献】特開2018-40645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3に開示されるような陽電子寿命の測定では、被測定体の内部の状態を必ずしも十分に、精度良く、安定して評価できない恐れがある。そこで、本発明は、陽電子寿命の測定において新たな陽電子消滅特性に着目して、被測定体の内部の状態を十分に、精度良く、安定して評価することができる陽電子消滅特性の測定装置及び測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様の被測定体に入射されて被測定体内で消減する陽電子の消滅特性を測定する陽電子消滅特性測定装置は、(a)被測定体の表面に近接又は密着する位置に配置される陽電子線源と、(b)陽電子線源に対して設定された第1の位置と第2の位置に配置され、陽電子線源で陽電子が生成したときに発生する第1の放射線と陽電子線源で生成された陽電子が消滅するときに発生する第2の放射線を検出する、第1放射線検出手段と第2放射線検出手段と、(c)陽電子線源で生成された陽電子のうち前記被測定体に入射されなかった陽電子を検出する陽電子検出手段と、(d)第1及び第2放射線検出手段の検出結果と、陽電子検出手段の検出結果に基づいて、被測定体内における陽電子の消滅特性を算出する消滅特性算出手段と、を備える。
【0008】
本発明の一態様の消滅特性算出手段は、
(d1)第1放射線検出手段での第1の放射線の検出信号をスタート信号とし、前記第2放射線検出手段での第2の放射線の検出信号をストップ信号とした場合のスタート信号とストップ信号の間の時間差から第1「寿命時間一陽電子数」の測定結果を取得し、
(d2)第2放射線検出手段での第1の放射線の検出信号をスタート信号とし、第1放射線検出手段での第2の放射線の検出信号をストップ信号とした場合のスタート信号とストップ信号の間の時間差から第2「寿命時間一陽電子数」の測定結果を取得し、
(d3)第1及び第2「寿命時間一陽電子数」の測定結果から被測定体の陽電子寿命スペクトルを2つ得た上で、陽電子寿命スペクトルの各々をフィッティングして算出される2つの陽電子寿命スペクトルの0時間の平均時間を算出し、
(d4)被測定体の種類に応じて取得された基準時間と算出された平均時間との間のシフト量を算出する。
【0009】
本発明の一態様の被測定体に入射されて被測定体内で消減する陽電子の消減特性を測定する方法は、
(i)陽電子線源と、前記陽電子線源で陽電子が生成したときに発生する第1の放射線と前記陽電子線源で生成された陽電子が消減するときに発生する第2の放射線とを検出する、第1検出器と第2検出器との間の位置を調整する調整工程と、
調整工程で位置調整された陽電子線源と第1検出器と第2検出器を用いて、第1の被測定体に対して、
(ii)第1検出器で第1の放射線を検出した時刻と第2検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第1の時間を算出する第1時間算出工程と、
(iii)第2検出器で第1の放射線を検出した時刻と第1検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第2の時間を算出する第1時間算出工程と、
(iv)第1の時間と第2の時間の平均時間を算出する工程と、
前記調整工程で位置調整された前記陽電子線源と前記第1検出器と前記第2検出器を用いて、第1の被測定体と異なる第2の被測定体に対して、
(v)第1検出器で第1の放射線を検出した時刻と第2検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第3の時間を算出する第3時間算出工程と、
(vi)第2検出器で第1の放射線を検出した時刻と第1検出器で第2の放射線を検出した時刻との時間差から陽電子寿命スペクトルの0時間である第4の時間を算出する第4時間算出工程と、
(vii)第3の時間と第4の時間の平均時間を算出する工程と、
(viii)第1の時間と第2の時間の平均時間と、第3の時間と第4の時間の平均時間との間のシフト量を算出するシフト量算出工程と、を備える、陽電子消滅特性測定方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)被測定体の種類毎に取得される陽電子寿命スペクトルの0時間(基準時間)と、被測定体について取得された陽電子寿命スペクトルの0時間との間のシフト量を算出することによって、陽電子寿命のみによる評価では判定できない被測定体の内部状態を評価することができる。
(2)その際、陽電子寿命スペクトルの0時間の算出を2つの陽電子寿命スペクトルの0時間の平均時間として算出し、被測定体の種類に応じて取得された基準時間と算出された平均時間との間のシフト量を算出することにより、陽電子寿命スペクトルのドリフトを補正(相殺)し、被測定体の内部状態の評価の精度をより高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態の陽電子消滅特性測定装置を模式的に示す斜視図。
図2】本発明の一実施形態の陽電子消滅特性測定装置の構成を模式的に示す図。
図3】本発明の一実施形態の陽電子検出ユニットの分解斜視図。
図4】本発明の一実施形態の遮光容器の構成を示す図。
図5】本発明の一実施形態のサンプルホルダを遮光容器内に設置した状態を示す図。
図6】本発明の一実施形態の演算装置の構成を示すブロック図。
図7】本発明の一実施形態の陽電子検出器の検出結果に基づいてノイズを除去する処理を説明するための図。
図8】本発明の一実施形態の陽電子検出器の検出結果に基づいてノイズを除去する処理を説明するための図。
図9】本発明の実施例1の被測定体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量を算出する処理の一例を示すフローチャート。
図10】本発明の実施例1の被測定体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間を算出する処理を説明するための模式図。
図11】本発明の実施例1のショットピーニング加工によって被測定体に欠陥を導入する時間と、陽電子寿命と寿命分布と被測定体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量との関係を示す図。
図12】本発明の実施例1のモンテカルロシミュレーションを用いて再現した陽電子寿命と寿命分布と被測定体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量と、陽電子が欠陥に捕捉される速度との関係を示す図。
図13】本発明の実施例2のデュアル計測の概要図。
図14】本発明の実施例2のドリフトが相殺される原理を説明する模式図。
図15】本発明の実施例2の22Naのエネルギースペクトルとエネルギーウィンドウを示す図。
図16】本発明の実施例2のデュアル計測で得られた陽電子寿命スペクトルの例を示す図。
図17】本発明の実施例2の繰り返し測定により得られたTの経時安定性を示す図。
図18図7の△と□の結果に対する相関を表した図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図面(特に図1~8)を参照しながら本発明の実施形態を説明する。図1は、本発明の一実施形態の陽電子消滅特性測定装置を模式的に示す斜視図である。陽電子消滅特性測定装置10(以下、単に装置10ともいう。)は、陽電子が生成されるときに発生するγ線(1.27MeV)と、陽電子が消滅するときに発生するγ線(511keV)を検出し、その時間差から被測定体内の陽電子寿命を測定し、その測定結果から被測定体の内部状態を評価する装置である。装置10で陽電子寿命を測定可能な被測定体としては、オルトポジトロニウム(o-Ps)が形成されない材料で形成された試料であればよく、例えば、金属、半導体、又はo-Psが形成されない酸化物で形成された試料を被測定体とすることができる。図1~3に示されるように、装置10は、第1γ線検出器12と、第2γ線検出器14と、陽電子検出器40と、遮光容器60と、演算装置50を有している。
図2において、空間Aは遮光容器60の内部空間であり、空間Bは装置10の内部空間である。
【0013】
第1γ線検出器12は、陽電子が生成されるときに発生するγ線(1.27MeV)と陽電子が消滅するときに発生するγ線(511keV)のいずれか一方または双方を検出することができる。第1γ線検出器12は、例えば、γ線の入射によりシンチレーション光を放出するシンチレータと、そのシンチレーション光を電気信号に変換する光電子増倍管とで構成してもよい。第1γ線検出器12は、演算装置50に接続されている。第1γ線検出器12は、陽電子が生成されるときに発生するγ線(1.27MeV)または陽電子が消滅するときに発生するγ線(511keV)を検出すると、演算装置50にパルス状の電気信号を出力する。第1γ線検出器12は、装置10内に収容されている。なお、第1γ線検出器12は、「第1放射線検出手段」及び「第1検出器」の一例である。
【0014】
第2γ線検出器14は、陽電子が生成されるときに発生するγ線(1.27MeV)と陽電子が消滅するときに発生するγ線(511keV)のいずれか一方または双方を検出することができる。第2γ線検出器14も、第1γ線検出器12と同様に構成してもよい。第2γ線検出器14は、演算装置50に接続されている。第2γ線検出器14は、陽電子が生成されるときに発生するγ線(1.27MeV)または陽電子が消滅するときに発生するγ線(511keV)を検出すると、演算装置50にパルス状の電気信号を出力する。第1γ線検出器12と第2γ線検出器14は、被測定体Sの測定面に対して対向する位置に配置される。第2γ線検出器14は、装置10内に収容されている。なお第2γ線検出器14は、「第2放射線検出手段」及び「第2検出器」の一例である。
【0015】
陽電子検出器40は、図3に示されるように、光電子増倍管41と、陽電子検出ユニット42を備えている。陽電子検出ユニット42は、陽電子検出用のシンチレータ422とライトガイド44を備えている。陽電子検出ユニット42と光電子増倍管41は、ライトガイド44により接続されている。ライトガイド44は、光電子増倍管41の受光面とシンチレータ422に接続されている。なお、陽電子検出器40は、「陽電子検出手段」の一例である。
【0016】
シンチレータ422は、陽電子が入射することによりシンチレーション光を放出する。
ライトガイド44は、シンチレータ422から放出されるシンチレーション光を光電子増倍管41の受光面に伝送する。ライトガイド44は、例えば、反射材が被膜された透過率の大きな材料によって構成される。光電子増倍管41は、伝送されたシンチレーション光を電気信号に変換する。光電子増倍管41からの電気信号は演算装置50に入力される。
【0017】
陽電子線源424は、2つの薄膜遮光カバー423の間に配置される。すなわち、陽電子線源424は、薄膜遮光カバー423に挟まれている。薄膜遮光カバー423に挟まれた陽電子線源424は、シンチレータ422に対向する位置に配置される。薄膜遮光カバー423は、シンチレータ422に外部の光が侵入することを遮断する。陽電子線源424から放出される陽電子は、陽電子線源424の上下に配置される薄膜遮光カバー423のいずれかに入射する。上側に配置される薄膜遮光カバー423に陽電子が入射すると、その陽電子は薄膜遮光カバー423を通過して被測定体Sに入射される。
【0018】
一方、下側の薄膜遮光カバー423を通過してシンチレータ422に陽電子が入射すると、シンチレータ422からシンチレーション光が放出されると共に、シンチレータ422の内部又はシンチレータ422の外部(すなわち、被測定体S以外)で陽電子が消減する。シンチレータ422からのシンチレーション光は、ライトガイド44を介して光電子増倍管41に入射する。これにより、光電子増倍管41から演算装置50に電気信号が出力されることとなる。なお、陽電子線源424は、薄膜遮光カバー423とシンチレータ422に挟まれるように配置してもよい。すなわち、陽電子線源424をシンチレータ422の上面に直接配置してもよい。
【0019】
ここで、陽電子線源424には、22Naや68Geなどの陽電子線源(陽電子放出核種)を用いることができる。また、陽電子線源424は、1つの陽電子が発生してから消滅するまでの間に、他の陽電子が発生しないような弱い陽電子線源とされる。これによって、複数の陽電子が同時に存在し、陽電子の発生時刻と消滅時刻が特定できないといった事態の発生を防止することができる。
【0020】
遮光容器60は、図4に示すように、陽電子線源424、被測定体S及び陽電子検出器40(シンチレータ422)を収容する。遮光容器60は、開口60a(図1参照)を有しており、開口60aには開閉扉62が設けられている。開閉扉62は、開口60aを閉鎖する閉状態と、開ロ60aを開放する開状態とに切替え可能である。開閉扉62が開状態となることで、遮光容器60の内部に外部からアクセス可能となっている。また、開閉扉62が閉状態となることで、遮光容器60内に外部から光が侵入することが防止される開閉扉62の開状態と閉状態の切替え機構は、特に限定されるものではなく、ユーザの手動により切替えられるように構成されてもよいし、制御装置がアクチュエータを駆動することにより自動で切替えられるように構成されてもよい。
【0021】
遮光容器60内には、被測定体Sを保持するためのサンプルホルダ70が設置される。
図5に示すように、サンプルホルダ70は、貫通孔70bが形成された載置板70aと、嵌合部70cを有している。載置板70aには、被測定体Sが載置される。具体的には、被測定体Sが貫通孔70bの上部に位置するように、被測定体Sが載置板70aに載置される。載置板70aの厚みは、陽電子線源424の高さより高い。サンプルホルダ70は例えば、SUSによって構成されている。なお、載置板70aと被測定体Sとの間に薄膜遮光カバーを介してもよい。
【0022】
貫通孔70bは、載置板70aの略中央部に形成されている。貫通孔70bは、載置板70aの表面から裏面まで貫通している。貫通孔70bの形状は特に限定されないが、本一実施形態では平面視において円形状である。平面視において、貫通孔70bは、陽電子線源424(薄膜遮光カバー423)を内包できる大きさとなっている。上述したように、陽電子線源424の高さが載置板70aの厚みより小さいので、陽電子線源424は貫通孔70b内の空間に収容可能となっている。
【0023】
嵌合部70cは、サンプルホルダ70を設定位置に設置するための基準となる部分(位置決め部分)である。例えば、図5に示すように、サンプルホルダ70を予め定められた設定位置に配置する(嵌合部70cを遮光容器60内の嵌合壁60cに嵌合させる)と、被測定体Sが貫通孔70bを介して陽電子線源424と対向し、被測定体Sと陽電子線源424との間には、一定の間隔sp(図4参照)が設けられる。間隔spは、例えば、0.5mmである。なお、図5では、図の見易さのため、遮光容器60の壁の一部や開閉扉62等を省略している。なお、サンプルホルダ70の形状は、上記に限られず、例えば、箱型であってもよい。このような構成とすると、被測定体が粒子状や液状である場合でも その陽電子消減特性を測定することができる。
【0024】
演算装置50は、CPU、R〇M、RAMを備えたコンピュータやプロセッサと、デジタルストレージオシロスコープ(DS0)やNIMモジュール等の専用回路によって構成することができる。演算装置50は、チャネル1(CH1)とチャネル2(CH2)を介して第1γ線検出器12と第2γ線検出器14に接続される第1信号処理部20と、陽電子検出器40に接続される第2信号処理部30を備えている。第2信号処理部30は、陽電子検出器40(詳細には光電子増倍管41)から出力される電気信号を処理し、陽電子検出器40に陽電子が入射した時刻を特定する。第2信号処理部30で特定された時刻は、第1信号処理部20に入力される。また、演算装置50は、後述する被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量算出処理を実行する。なお、第1信号処理部20及び第2信号処理部30は、「消滅特性算出手段」の一例である。
【0025】
第1信号処理部20は、図6に示すように、陽電子発生時刻特定部21と、陽電子消滅時刻特定部22と、時刻差算出部23と、ノイズ情報除外部24と、陽電子寿命算出部25を備えている。陽電子発生時刻特定部21は、第1γ線検出器12または第2γ線検出器14からの信号に基づいて、陽電子線源424で陽電子が発生した時刻を特定する。陽電子消減時刻特定部22は、第1γ線検出器12または第2γ線検出器14からの信号に基づいて、陽電子が消滅した時刻を特定する。時刻差算出部23は、陽電子発生時刻特定部21で特定された時刻と、陽電子消滅時刻特定部22で特定された時刻の時刻差から、陽電子が生存していた時間を算出する。陽電子発生時刻特定部21と陽電子消滅時刻特定部22と時刻差算出部23とは、従来公知の陽電子消滅特性測定装置の対応部分と同様に構成することができる。
【0026】
ノイズ情報除外部24は、第2信号処理部30で特定された時刻(すなわち、シンチレータ422に陽電子が入射した時刻)から、時刻差算出部23で算出された時刻差のうち被測定体Sに入射されなかった陽電子に係るものを除外する。すなわち、図7に示すように、陽電子線源424から放出される陽電子が被測定体S(サンプル)に入射すると、その陽電子は被測定体S内で消滅し、γ線(511keV)が発生する。一方、陽電子線源424から放出される陽電子がシンチレータ422に入射すると、シンチレーション光を発生すると共に、被測定体S以外で消滅して、γ線(511keV)が発生する。したがって、陽電子が発生したときのγ線(1.27MeV)が検出され、次に、シンチレーション光が検出され、その後、陽電子が消減したときのγ線(511keV)が検出された場合は、陽電子線源424から放出される陽電子がシンチレータ422に入射したと特定することができる。一方、陽電子が発生したときのγ線(1.27MeV)が検出され次に、シンチレーション光が検出されずに、陽電子が消滅したときのγ線(511keV)が検出された場合は、陽電子線源424から放出される陽電子が被測定体S(サンプル)に入射したと特定することができる。
【0027】
例えば、図8(a)に示すように、陽電子発生時刻t1と陽電子消滅時刻t2の間に、陽電子検出器40で陽電子が検出されていないとき(すなわち、シンチレーション光が検出されていないとき)は、陽電子発生時刻t1と陽電子消滅時刻t2は有効なデータとする。そして、その時刻差(t2-t1)は、被測定体Sにおける陽電子の寿命を算出するために用いられる。一方、図8(b)に示すように、陽電子発生時刻t3と陽電子消滅時刻t5の間の時刻t4に、陽電子検出器40で陽電子が検出されているとき(すなわち、シンチレーション光が検出されているとき)は、陽電子発生時刻t3と陽電子消減時刻t5は無効なデータとして、被測定体Sにおける陽電子の寿命を算出するためのデータから除外する。
【0028】
なお、陽電子発生(時刻t3)と陽電子検出(時刻t4)と陽電子消滅(時刻t5)は、極めて短い期間の間に発生する。このため、腸電子発生時刻t3と陽電子検出時刻t4との時間差が所定の第1時間差内となるときは、陽電子発生時刻t3とその後に検出される陽電子消減時刻t5は無効なデータとして除外してもよい。あるいは、陽電子検出時刻t4と陽電子消滅時刻t5との時間差が所定の第2時間差内となるときは、陽電子発生時刻t3と陽電子消滅時刻t5は無効なデータとして除外してもよい。
【0029】
陽電子寿命算出部25は、ノイズ情報除外部24でノイズが除外され、被測定体Sに入射された陽電子の生存時間から、被測定体Sにおける陽電子の寿命を算出する。陽電子寿命算出部25は、従来の陽電子消滅特性測定装置の対応部分と同様に構成することができる。
【0030】
また、図2に示すように、演算装置50には、記憶部52と、入力部54が接続されている。記憶部52は、後述する基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを、基準試験体の種類と対応付けて記憶している。時間Toについては、後に詳述する入力部54は、測定者が被測定体Sや基準試験体の種類を入力可能に構成されている。
【0031】
次に、本一実施形態の陽電子消滅特性測定装置10において、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量を算出する処理について説明する。陽電子が消滅するまでの時間(陽電子寿命)は、被測定体Sの内部欠陥の有無によって変化する。このため、陽電子寿命を測定することによって、被測定体Sの内部欠陥の有無を評価することができる。しかしながら、内部欠陥には複数種類(例えば、転位や空孔等)が存在し、内部欠陥の種類によって被測定体Sの機械的特性も異なる。陽電子寿命だけでは内部欠陥の有無は評価できるものの、例えば、被測定体Sの内部にどのような種類の欠陥がどのくらい存在しているのかといった、被測定体Sの内部の詳細な状態まで評価することはできない。
【0032】
そこで、本一実施形態では、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量を算出し、算出したシフト量を被測定体Sの内部の状態を評価するための指標として用いる。すなわち、本発明者は、陽電子寿命が同一となる複数の被測定体Sであっても、これら被測定体Sのそれぞれについて陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間を算出すると、この算出された時間が相違することに着目した。後述するように、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間は、陽電子寿命スペクトルの波形によって決まり、陽電子寿命スペクトルの波形は被測定体S内の内部欠陥の種類によって決まる。そこで、複数の被測定体Sの内部状態を絶対的に評価するために、被測定体Sと同一種類の金属で形成された内部欠陥のない試験体を「基準試験体」とし、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間と被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間との相違(シフト量)を、被測定体Sの内部の状態を評価するための指標とした。
【実施例1】
【0033】
図9図12を参照して、実施例1の被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量を算出する処理について説明する。図9に示すように、まず、演算装置50は、基準試験体の陽電子寿命を測定する(SI2)。基準試験体としては、被測定体Sと同一種類の金属で形成された試験体をアニーリングすることによって取得する。アニーリングすることによって、被測定体Sと同一種類の金属であって、内部欠陥を除去した状態の試験体(すなわち、基準試験体)を取得できる。
【0034】
基準試験体の陽電子寿命の測定は、以下の手順で実行される。装置10には、陽電子線源424及び陽電子検出器40が予めセットされている。まず、開閉扉62を開いて遮光容器60を開状態とし、基準試験体を載置したサンプルホルダ70を遮光容器60内の予め定められた設定位置に設置する。基準試験体は、図3及び図4において被測定体Sが設置されている位置に設置する。具体的には、サンプルホルダ70の載置板70aの貫通孔70bの上部に基準試験体を載置し、サンプルホルダ70を設定位置に設置する。この状態では、陽電子線源424と基準試験体が離間した状態で貫通孔70bを介して対向している。また、これにより、陽電子線源424は、基準試験体と陽電子検出器40(詳細には、シンチレータ422)とにより挟まれた状態となる。
【0035】
第1γ線検出器12と第2γ線検出器14を基準試験体に対向する位置にセットする。このとき、陽電子線源424と第1γ線検出器12の間の距離と、陽電子線源424と第2γ線検出器14の間の距離は等しくされる。陽電子線源424とγ線検出器12、14の間の距離の調整はどのような方法で行ってもよい。例えば、スペーサ等を設け、その位置を調節することにより行うことができる。あるいは、本実施例1では、陽電子線源424の位置が一定となるため、その位置に応じて第1γ線検出器12と第2γ線検出器14の位置が予め調整されていてもよい。
【0036】
遮光容器60に取付けられた開閉扉62を閉状態とする。開閉扉62が閉状態になると、陽電子寿命を測定可能な状態となる。測定者は、陽電子寿命の測定を開始する前に、入力部54に基準試験体の種類を入力する。演算装置50は、入力部54に入力された情報(すなわち、基準試験体の種類に関する情報)を記憶部52に記憶させる。そして、演算装置50を作動させて、陽電子寿命の測定を開始する。
【0037】
陽電子線源424で陽電子が生成されると、そのときに発生するγ線(1.27MeV)が、第1γ線検出器12で検出される。第1信号処理部20は、第1γ線検出器12からの信号に基づいて、陽電子が生成した時刻を特定する。陽電子線源424で生成された陽電子は、基準試験体か、シンチレータ422に入射する。基準試験体に入射した陽電子は、適当な時間を経た後に電子と結合して消滅し、γ線(511keV)を発生させる。このγ線(511keV)は、第2γ線検出器14によって検出される。第1信号処理部20は、第2γ線検出器14からの信号に基づいて陽電子が消減した時刻を特定し、その時間差から陽電子の生存時間を算出する。
【0038】
一方、シンチレー夕422に入射した陽電子は、シンチレーション光を発生させ、その後、基準試験体以外で消減し、γ線(511keV)を発生させる。シンチレーション光は、ライトガイド44によって光電子増倍管41へ伝送され、光電子増倍管41によって電気信号へ変換される。第2信号処理部30は、光電子増倍管41からの電気信号に基づいて、陽電子がシンチレー夕422に入射した時刻を特定する。また、基準試験体以外で陽電子が消滅したときに発生するγ線(511keV)は、第2γ線検出器14によって検出される。このため、基準試験体に入射されなかった場合も、第1信号処理部20で時刻が算出されることとなる。ただし、第2信号処理部30で算出された時刻と、陽電子の発生時刻の関係から、基準試験体に入射されなかった陽電子に関するデータは除外される。
このため、第1信号処理部20は、基準試験体から入射された陽電子から得られたデータのみに基づいて、陽電子の寿命を算出する。
【0039】
上述した説明から明らかなように、本実施例1の陽電子消滅特性測定装置10では、基準試験体に入射されなかった陽電子を陽電子検出器40で検出し、基準試験体に入射されなかった陽電子が発生させる放射線をノイズとして除去する。このため、陽電子線源424を基準試験体で挟み込むような状態としなくても、基準試験体の陽電子消滅特性を精度良く算出することができる。また、陽電子線源424と基準試験体の間には陽電子検出用のシンチレータ422が配置されないため、基準試験体に照射される陽電子が減少することを防止することができる。
【0040】
基準試験体の陽電子寿命が測定されると、演算装置50は、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間を特定する(SI4)。陽電子寿命スペクトルとは、多数回測定された陽電子寿命を、時間と頻度(回数)で表した頻度分布である。上述したように基準試験体は内部欠陥が除去されているため、内部欠陥によって陽電子寿命が変化することはない。したがって、ステップSI2で取得した基準試験体の陽電子寿命から、基準試験体において陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間To(いわゆる基準時間)を取得する。演算装置50は、取得した基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを、基準試験体の種類と対応付けて記憶部52に記憶させる(SI6)。
【0041】
特許文献1に例示されるような従来の方法では、測定対象から切り出された2枚の試験片により陽電子線源を挟み込み、陽電子が消滅する際の放射線(γ線)を測定していた。この方法では、測定毎に測定対象や検出器に対して陽電子線源の位置がずれるため、陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを精度よく特定することができ難い。本実施例1の陽電子消減特性測定装置10では、陽電子消滅特性測定装置10内において、陽電子線源424と、第1γ線検出器12と、第2γ線検出器14の間の位置関係が常に変化することなく固定される。このため、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを精度よく特定することができる。
【0042】
次に、演算装置50は、被測定体Sの陽電子寿命を測定する(SI8)。なお、被測定体Sの陽電子寿命を測定する処理は、上記のステップSI2の処理と略同一であるため、詳細な説明は省略する。
【0043】
被測定体Sの陽電子寿命が測定されると、演算装置50は、SI8の測定で取得された測定結果(すなわち、陽電子寿命スペクトル(「寿命時間(時間)一陽電子数(頻度)」の測定結果))をフィッティングすることにより、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間を算出する(S20)。被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Tsoは、公知の種々の解析プログラムを利用することによって算出することができる。例えば、陽電子寿命スペクトルをバルク成分と欠陥成分に分離せず、両者を平均化して、SI8の測定で取得された測定結果に対して重み付けフィッティングする。なお重み付けフィッティングには、例えば、公知のPATFITプログラムやCERES等を用いることができる。図10に示すように、重み付けフィッティングでは総回数を等しくするため、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Tsoは、時間Toより小さく(負側に)算出される。
【0044】
最後に、演算装置50は、ステップSI4で特定された時間Toと、ステップS20で算出された時間Tsoから、被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間のシフト量△Toを算出する(S22)。
【0045】
図11は、ショットピーニング加工によって欠陥を導入した被測定体Sについて、本実施例1の陽電子消減特性測定装置10を用いて測定又は算出した陽電子寿命と寿命分布とシフト量△Toの関係を示している。横軸は、被測定体Sに対するショットピーニング加工の処理時間(投射時間)を示している。図11に示す陽電子寿命は、被測定体Sの多数回測定した陽電子寿命の平均値であり、材料中の欠陥量とサイズを反映したパラメータとして用いることができる。寿命分布は、この場合、陽電子寿命が対数正規分布の広がりを持つと仮定したモデル関数で解析された結果であり、寿命成分の数を反映したパラメータとして用いることができる。また、△Toも、材料中の寿命成分の数を反映したパラメータとして用いることができる。また、投射時間が0のときは、ショットピーニング加工が施されていない状態である。このため、投射時間が0のときの陽電子寿命と寿命分布は、基準試験体の陽電子寿命と寿命分布を示している。また、投射時間が0のときのシフト量△Toは、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toと一致する。
【0046】
図11に示すように、陽電子寿命は、投射時間が0秒から長くなるほど大きくなり、投射時間が約100秒を超えるとほとんど変化しなかった。また、寿命分布は、投射時間が0~36秒の間は大きくなり、投射時間が36~240秒の間は小さくなったが、投射時間が240秒になっても0ピコ秒にならなかった。被測定体Sに存在する欠陥が転位又は空孔のいずれか一方である場合には、投射時間が長くなると(例えば、240秒の時)、理論的には寿命分布が0になる。これは、陽電子が欠陥にフルトラップされることから消滅サイトが1種類となるためである。このため、投射時間が長い場合の被測定体Sの内部には、転位と空孔の両方の欠陥が存在していることになる。
【0047】
一方、シフト量△Toの絶対値は、投射時間が0~72秒の間は大きくなり(すなわち図11のグラフでは下方へ変化し)、投射時間が70秒~240秒の間は小さくなった(すなわち、図11のグラフでは上方へ変化した)。投射時間を長くしても陽電子寿命や寿命分布がほとんど変化しない範囲(投射時間120~240秒)であっても、シフト量△Toは大きく変化していた。このため、陽電子寿命や寿命分布と共にシフト量△Toを用いることによって、被測定体Sの内部欠陥をより詳細に評価できると言える。
【0048】
図12は、モンテカルロシミュレーションを用いて再現した陽電子寿命と寿命分布とシフト量△Toの関係を示している。横軸は、陽電子が欠陥に捕捉される速度(トラッピング速度)を示している。図12では、被測定体Sに存在する欠陥が転位のみである場合の陽電子寿命と寿命分布とシフト量ΔToと、被測定体Sに転位と空孔の両方の欠陥が存在する場合の陽電子寿命と寿命分布とシフト量△Toを示している。
【0049】
図12に示すように、被測定体Sに存在する欠陥が転位のみである場合、トラッピング速度1013/Sおいて、寿命分布とシフト量△Toは、いずれも約0ピコ秒となった。一方、被測定体Sに転位と空孔の両方の欠陥が存在する場合、トラッピング速度1013/Sにおいて、寿命分布は26.7ピコ秒であり、シフト量ΔToは-2.1ピコ秒であり、いずれも約0ピコ秒にはならなかった。ここで、図11に示される投射時間240秒は、図12のグラフのトラッピング速度1011/S以上と考えられる。なぜなら、△Toは陽電子寿命や寿命分布と比較してダイナミックレンジが広く、トラッピング速度が1011/S以上でも感度があることから、その感度差を利用して判断することができる。このため、図11の投射時間240秒において寿命分布が0ピコ秒になっていないことから被測定体Sには、転位と空孔の両方の欠陥が存在すると言える。このように、陽電子寿命と寿命分布とシフト量△Toを用いることによって、被測定体Sの内部欠陥の状態を精度よく評価できることが示された。
【0050】
なお、本実施例1では、ステップSI8及びステップS20の被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Tsoの算出に先立ち、ステップSI2及びステップSI4の基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを特定する処理を実行したが、このような構成に限定されない。演算装置50が基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0となる時間Toを取得可能であればよく、例えば、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0となる時間Toは、基準試験体の種類と共に、予め記憶部52に記憶されていてもよい。
【0051】
また、本実施例1では、被測定体Sの内部の状態を評価するための指標として、基準試験体の陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toと被測定体Sの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Tsoとの相違(シフト量)△Toを用いたが、このような構成に限定されない。例えば、2つの被測定体について、それぞれ陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間から、両者の間の相違(シフト量)を算出し、両者の間の相違(シフト量)を相対評価してもよい。
【実施例2】
【0052】
次に、実施例2として、上述した実施例1のシフト量の算出の精度を高め、被測定体の内部欠陥の状態をより精度よく安定して評価するための方法について説明する。実施例2においては、基本的な流れ(工程)として、図1図8を参照しながら説明した本発明の一実施形態の陽電子消滅特性測定装置10を用いた測定方法、及び図9図12を参照しながら説明した本発明の実施例1の測定方法を利用する。その際、装置10の第1γ線検出器12、第2γ線検出器14としてシンチレーション放射線検出器を用いた場合、それを構成する光電子増倍管や高圧電源等の経時安定性に起因する陽電子寿命スペクトルのドリフトが発生してしまう。具体的には、例えば高圧電源の出力の揺らぎや測定系の不安定性に起因して陽電子寿命スペクトルのドリフトが発生してしまう。
【0053】
その結果、陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間ToとTsoのシフト量ΔToの測定精度、しいては欠陥評価の精度が低下してしまう恐れがある。特に、シフト量ΔToは1ps以下という測定精度が要求されるため、ΔTo評価の効果を高めるためには、光電子増倍管や高圧電源等の経時安定性に起因する陽電子寿命スペクトルのドリフトを最小化する必要がある。そこで、本実施例2では、以下に述べるように、デュアル計測を用いた陽電子寿命スペクトルのドリフトを補正(相殺)する方法を提案する。
【0054】
上述した実施例1では、陽電子線源(22Na)424で陽電子が生成されたときに発生する崩壊γ線(1.27MeV)は、第1γ線検出器12で検出される。また、基準試験体と被測定体Sに入射した陽電子が電子と結合して消滅したときに発生する消滅γ線(511keV)は、第2γ線検出器14によって検出される。すなわち、第1γ線検出器12で消滅γ線(511keV)が検出することはなく、第2γ線検出器14で崩壊γ線(1.27MeV)が検出することはない。
【0055】
これに対して、本実施例2のデュアル計測では、第1γ線検出器12で崩壊γ線(1.27MeV)を検出し、第2γ線検出器14で消滅γ線(511keV)を検出し、さらに並行して第1γ線検出器12で消滅γ線(511keV)を検出し、第2γ線検出器14で崩壊γ線(1.27MeV)を検出して、同時に得られる2つの陽電子寿命値スペクトルの各々から陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを得る。なお、陽電子寿命値スペクトルおよび陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toの求め方は実施例1の場合と同様である。
【0056】
図13は、本実施例2のデュアル計測の概要を示す図である。実施例1では、図13(a)のように寿命値(Lifetime_1)を測定する。実施例2のデュアル計測では、図13(b)のように寿命値(Lifetime_2)も並行して測定する。これにより、同時に2つの陽電子寿命スペクトルを得ることができ、計数も実質的に2倍となる。そして、デュアル計測により同時に得られた2つの陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toを平均化((TO1+TO2)/2)することにより、陽電子寿命スペクトルのドリフトを相殺することができる。
【0057】
図14は、本実施例2のドリフトが相殺される原理を説明する模式図である。図14(a)のSpectrum_1では、陽電子寿命スペクトルの時間軸が右方向に進んでいるが、(b)のSpectrum_2では、陽電子寿命スペクトルの時間軸が反転し左方向に進んでいるため、ドリフト方向も反転する。その結果、時間Toの平均化によりドリフトが相殺される。
【0058】
図15は、本実施例2の22Naのエネルギースペクトルとエネルギーウィンドウを示す図である。実施例1では、破線のようにエネルギーウィンドウ範囲を図15(1)のように設定し、図2の演算装置50に相当するデジタルオシロスコープ(以下、DSOと呼ぶ)のChannel_1でスタート信号(photo-peak of 1.27 MeV)、Channel_2でストップ信号(photo-peak of 0.511 MeV)を記録する。本実施例2のデュアル計測では、スタート信号とストップ信号の両方が含まれるように、広くエネルギーウィンドウ範囲を図15(2)のように設定し、第1γ線検出器12と第2γ線検出器14からのγ線検出信号を記録する。記録した信号は、DSOにおいて実行されるプログラム上でスタート信号とストップ信号に弁別する。このようにして、デュアル計測によりDetector_1とDetector_2のそれぞれからの信号をストップ信号、スタート信号とする2つの陽電子寿命スペクトルを同時に得ることができる。
【0059】
図16に本実施例2のデュアル計測で得られた陽電子寿命スペクトルの例を示す。DSOのchannel_1、channel_2に幅の広いウィンドウを設定し(図15(2))、ウィンドウ内の検出信号波形を記録した後、DSOにおいて実行されるプログラム上でスタート信号とストップ信号に弁別した。Spectrum_1(図16(a))は、図13(a)のようにDSOのchannel_1をスタート、channel_2をストップとして得られた陽電子寿命スペクトルである。Spectrum_2(図16(b))は、図13(b)のようにDSOのchannel_2をスタート、channel_1をストップとして得られた陽電子寿命スペクトルである。Spectrum_1の陽電子寿命スペクトルを解析して得られた陽電子寿命は約105.9ps、Spectrum_2の陽電子寿命スペクトルを解析して得られた陽電子寿命は約105.0psとなった。
【0060】
図17に本実施例2のデュアル計測を用いた繰り返し測定により得られた時間Tの経時安定性を示す。図17の△はSpectrum_1の時間To、□はSpectrum_2の時間To、●は同時刻の△と□の平均である。△及び□は実施例1の測定に相当し、●が本実施例2のデュアル計測に相当する。△(To of Spectrum_1)の標準偏差は2.20ps、□(To of Spectrum_2)の標準偏差は2.30ps、●(△と□の平均)の標準偏差は0.35psであった。本実施例2のデュアル計測による測定●(△と□の平均)の標準偏差は、実施例1の測定の標準偏差に対して約1桁小さくなっており、時間Toの経時変化が大幅に減少することを示している。
【0061】
図18は、図17の△と□の結果に対する相関を表した図である。図18では、△と□には強い負の相関がみられた。線形近似をおこなったところ、相関係数Rは-0.9527となった。図17において、平均化により時間Toの経時変化が大幅に減少したのは、この強い相関によるものと考えられる。そして、本実施例2のように時間Toを平均化することにより、陽電子寿命スペクトルのドリフトが相殺されたと考えられる。その結果、本実施例2により、陽電子寿命スペクトルが0時間となる時間Toのシフト量ΔToを用いた欠陥評価の精度を最大限に高めることができる。
【0062】
本発明の実施形態について、図を参照しながら説明をした。しかし、本発明はこれらの実施形態に限られるものではない。さらに、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲で当業者の知識に基づき種々なる改良、修正、変形を加えた態様で実施できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の陽電子消減特性の測定装置、測定方法は、金属疲労の研究や診断等において利用、応用することができる。
【符号の説明】
【0064】
10:陽電子消減特性測定装置
12:第1γ線検出器
14:第2γ線検出器
20:第1信号処理部
30:第2信号処理部
40:陽電子検出器
50:演算装置
52:記憶部
54:入力部
60:遮光容器
424:陽電子線源
S:被測定体

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18