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特許7262345物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-13
(45)【発行日】2023-04-21
(54)【発明の名称】物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/49 20060101AFI20230414BHJP
   G01N 21/65 20060101ALI20230414BHJP
   G01N 21/31 20060101ALI20230414BHJP
【FI】
G01N21/49 Z
G01N21/65
G01N21/31
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019159013
(22)【出願日】2019-08-30
(65)【公開番号】P2021038953
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-27
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)ウェブサイトの掲載日 2019年3月13日 (2)ウェブサイトのアドレスhttps://spie.org/ESD/conferencedetails/artificial-intelligence-and-machine-learning-in-defense-applications?SSO=1 (3)公開者 比護 貴之 江藤 修三
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000173809
【氏名又は名称】一般財団法人電力中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】比護 貴之
(72)【発明者】
【氏名】江藤 修三
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-232259(JP,A)
【文献】特表2005-512051(JP,A)
【文献】特開2016-057065(JP,A)
【文献】特開2012-052985(JP,A)
【文献】特開2013-024792(JP,A)
【文献】特開2018-004252(JP,A)
【文献】特表2014-510915(JP,A)
【文献】米国特許第06418383(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物に光を照射する発光部と、
前記光が照射された前記対象物における散乱光又は吸収光のいずれか一方もしくは双方を計測し、複数の波長における計測した光の強度を表すスペクトルを取得する測定部と、
複数の既知の基準物質のスペクトルの基準物質毎に重みを加えた線形和と、所定のスペクトルとの差を最小とする重みを、前記重みが非負となる条件の下で算出するスペクトル分解を実行するスペクトル解析部と、
前記スペクトル分解の解析誤差を基に、前記スペクトルにおける複数の前記波長の中から1つ又は複数の使用波長を選定し、前記対象物のスペクトルを前記所定のスペクトルとして、散乱光の前記使用波長毎の強度を表す制限スペクトルを用いたスペクトル分解を前記スペクトル解析部に実行させるスペクトル波長選定部と、
前記スペクトル解析部による前記対象物のスペクトルに対する前記制限スペクトルを用いたスペクトル分解で得られた重みを基に、前記対象物と前記基準物質との同定又は検知を行う同定検知部と
を備えたことを特徴とする物質検査装置。
【請求項2】
前記スペクトル波長選定部は、テスト重みをそれぞれに付加した複数の前記基準物質のスペクトルの線形和を求め、前記線形和にノイズ成分を加えたテストスペクトルに対する前記スペクトル分解を前記スペクトル解析部に行わせることで推定された重みを求め、前記推定された重みと前記テスト重みとの前記解析誤差を最小化するように前記使用波長を選択することを特徴とする請求項1に記載の物質検査装置。
【請求項3】
前記スペクトル波長選定部は、異なる前記波長を順次追加しながら前記解析誤差を求めることを繰り返し、前記推定された重みと前記テスト重みとの解析誤差とを最小化する前記使用波長を決定することを特徴とする請求項2に記載の物質検査装置。
【請求項4】
前記スペクトル分解における前記テストスペクトルに対する前記解析誤差を基に、前記発光部で照射する光の波長を選択する光波長選択部をさらに備え、
前記発光部は、前記光波長選択部により選択された波長の光を前記対象物に照射し、
前記測定部は、前記光波長選択部により選択された波長の光が照射された前記対象物からの散乱光のスペクトルを取得する
ことを特徴とする請求項2又は3に記載の物質検査装置。
【請求項5】
前記光波長選択部は、前記光の波長を変更して前記スペクトル分解を行った場合の前記テストスペクトルに対する各解析誤差を基に、前記光の波長を選択することを特徴とする請求項4に記載の物質検査装置。
【請求項6】
対象物に光を照射し、
前記光が照射された前記対象物からの散乱光又は吸収光のいずれか一方もしくは双方を計測し、
複数の波長における計測した光の強度を表すスペクトルを取得し、
複数の既知の基準物質のスペクトルの基準物質毎に重みを加えた線形和と、所定のスペクトルとの差を最小とする重みを、前記重みが非負となる条件の下で算出するスペクトル分解を実行した場合の解析誤差を基に、複数の前記波長の中から1つ又は複数の使用波長を選定し、
前記基準物質の散乱光の前記使用波長毎の強度を表す制限スペクトルの前記基準物質毎に重みを加えた線形和と、前記対象物の前記制限スペクトルとの差を最小とする検査重みを、前記検査重みが非負となる条件の下で算出し、
算出した前記検査重みを基に、前記対象物と前記基準物質との同定又は検知を行う
ことを特徴とする物質検査方法。
【請求項7】
対象物に光を照射し、
前記光が照射された前記対象物からの散乱光又は吸収光のいずれか一方もしくは双方を計測し、
複数の波長における計測した光の強度を表すスペクトルを取得し、
複数の既知の基準物質のスペクトルの基準物質毎に重みを加えた線形和と、所定のスペクトルとの差を最小とする重みを、前記重みが非負となる条件の下で算出するスペクトル分解を実行した場合の解析誤差を基に、複数の前記波長の中から1つ又は複数の使用波長を選定し、
前記基準物質の散乱光の前記使用波長毎の強度を表す制限スペクトルの前記基準物質毎に重みを加えた線形和と、前記対象物の前記制限スペクトルとの差を最小とする検査重みを、前記検査重みが非負となる条件の下で算出し、
算出した前記検査重みを基に、前記対象物と前記基準物質との同定又は検知を行う
処理をコンピュータに実行させることを特徴とする物質検査プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、対象物にレーザ等の光を当て、対象物の吸収光や散乱光の特徴を分析することで、対象物の成分を特定する、または対象物に特定の分子が含まれることを検知する技術の利用が盛んである。対象物の成分を特定することは同定と呼ばれ、対象物における特定の分子の含有を判定することは検知と呼ばれる。ここでは、合わせて、同定・検知と呼ぶ。
【0003】
対象物の吸収光や散乱光は、対象物を構成する物質により、特定の波長の光が吸収され易い、あるいは生じた散乱光の特定の波長が強いといった特徴を有する。そのため、吸収光や散乱光の波長毎の強度を解析することで、対象物の同定・検知が可能となる。吸収光や散乱光の波長毎の強度をここでは、「スペクトル」と呼ぶ。
【0004】
同定・検知のためのスペクトル解析としては以下の従来技術がある。以下では、各種物質毎に、レーザを照射した際の吸収光及び散乱光のスペクトルを整備したデータベースが存在する場合で説明する。データベース内の各スペクトルのデータは、例えば、実験室環境において各種の物質サンプルに対して、それぞれレーザ等の光を照射し、吸収光や散乱光のスペクトルを計測する方法やコンピューターシミュレーションにより得られる。
【0005】
物質の同定・検知を行う物質検査装置は、検査対象物質にたいしてレーザを照射し、その検査対象物質からの散乱光を得る。そして、物質検査装置は、取得した散乱光を用いて検査対象物質のスペクトルを取得する。その後、物質検査装置は、検査対象物質のスペクトルとデータベースに格納された各種物質のスペクトルの重みを付加した線形和との差分を最小とする重みを求める。このLの最小化の計算は、データベースに格納された物質の種類がP個であり、スペクトルを形成する波長の種類がN個の場合、P個の説明変数を有するN個のデータに対する重回帰の計算と同じである。このような分析方法はclassical least squares(CLS)と呼ばれる。
【0006】
また、同定・検知の方法として、対象物からの散乱光及び蛍光からスペクトルデータを一定の時間繰り返し収集し、収集したスペクトルデータに対して多変量解析を用いて解析してラマン散乱光を抽出する従来技術がある。また、対象物から取得した成分スペクトルを反復して分解及び改良して同定を行う従来技術がある。また、モデル化されていない成分または他のスペクトル情報を多変量モデルに組み込み、多変量モデルを用いたキャリブレーションの結果を維持し、残留誤差から構成要素を推定する処理を繰り返して同定を行うアルゴリズムが提案されている。また、対象物のスペクトルのデータセットを取得し、スペクトルの純粋な成分についてデータセットを取得して、取得したデータセトを用いて濃度係数を求めてスペクトルシフトを行い、残留誤差を計算して、残差が所定値内になるまでシフトを繰り返すアルゴリズムが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2017-129389号公報
【文献】特許5059106号公報
【文献】米国特許第6711503号明細書
【文献】米国特許第6418383号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、一般的なCLSなどの従来技術では、対象物のスペクトルや物質毎のスペクトルに含まれるノイズが小さい場合に高精度な結果が得られる一方で、ノイズが大きい場合には、誤った結果を与える可能性がある。このノイズが大きい状況としては、例えば、遠距離からの物質の同定・検知を行う場合などが考えられる。そのような状況においては、ノイズに頑健なスペクトル解析技術が求められる。
【0009】
開示の技術は、上記に鑑みてなされたものであって、ノイズが想定される環境下においても高精度な同定や検知を行う物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願の開示する物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラムの一つの態様において、発光部は、対象物に光を照射する。測定部は、前記光が照射された前記対象物からの散乱光及び吸収光のいずれか一方もしくは双方を計測し、複数の波長における計測した光の強度を表すスペクトルを取得する。スペクトル解析部は、複数の既知の基準物質のスペクトルの基準物質毎に重みを加えた線形和と、所定のスペクトルとの差を最小とする重みを、前記重みが非負となる条件の下で算出するスペクトル分解を実行する。スペクトル波長選定部は、前記スペクトル分解の解析誤差を基に、前記スペクトルにおける複数の前記波長の中から1つ又は複数の使用波長を選定し、前記対象物のスペクトルを前記所定のスペクトルとして、前記使用波長毎の前記対象物の光の強度を表す制限スペクトルを用いたスペクトル分解を前記スペクトル解析部に実行させる。同定検知部は、前記スペクトル解析部による前記対象物のスペクトルに対する前記制限スペクトルを用いたスペクトル分解で得られた重みを基に、前記対象物と前記基準物質との同定又は検出を行う。
【発明の効果】
【0011】
1つの側面では、本発明は、ノイズが想定される環境下においても高精度な同定や検知を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例1に係る物質検査装置のブロック図である。
図2図2は、計測に伴う誤差を表す図である。
図3図3は、スペクトル波長の選定の概要を説明するための図である。
図4図4は、スペクトル波長の選定結果の一例を表す図である。
図5図5は、重み係数を付加した基準物質のスペクトルの線形和を表す図である。
図6図6は、選定されたスペクトル波長を用いた場合の各基準物質のスペクトルの線形和を説明するための図である。
図7図7は、実施例1に係る物質検査装置による同定・検知処理のフローチャートである。
図8図8は、スペクトル波長選定部及びスペクトル解析部によるスペクトル波長の選定処理のフローチャートである。
図9図9は、実施例2に係る物質検査装置のブロック図である。
図10図10は、レーザ波長と特定の物質のスペクトルの関係を表す図である。
図11図11は、レーザ波長毎の解析誤差の一例を表す図である。
図12図12は、同定結果の一例を表す図である。
図13図13は、実施例2に係る物質検査装置による同定・検知処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本願の開示する物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラムの実施例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の実施例により本願の開示する物質検査装置、物質検査方法及び物質検査プログラムが限定されるものではない。また、以下の説明では、散乱光を用いた物質の同定・検知について主に説明するが、吸収光を用いた物質の同定・検知についても同様である。
【実施例1】
【0014】
図1は、実施例1に係る物質検査装置のブロック図である。本実施例に係る物質検査装置1は、発光部11、測定部12、通知部13、同定検知部14、スペクトル解析部15、スペクトル波長選定部16及びデータベース17を有する。
【0015】
データベース17は、様々な種類の物質毎に、レーザを照射した際の吸収及び散乱光のスペクトルを整備した情報を保持する。データベース17に情報が格納された物質を、以下では「基準物質」と言う。例えば、基準物質には、CO、O、N、H、CH、NH及びSOなどがある。本実施例では、P個の基準物質#p(p=1~P)のスペクトルの情報が、データベース17に格納される。
【0016】
そして、各基準物質#pのスペクトルには、予め決められた種類の波長のレーザを照射した場合の、散乱光の波長毎の強度が含まれる。このように特定の物質のスペクトルは波長毎に個別のスペクトルが得られる。そこで、個別のスペクトルに対応する波長を「スペクトル波長」と呼ぶ場合がある。また、以下では、スペクトル以下では、照射されるレーザの波長を、レーザが有する波長であることを明示するために、「レーザ波長」と言う場合がある。
【0017】
各基準物質#pのスペクトルの情報には、スペクトル波長の種類がN種類ある場合、各スペクトル波長に対応するN個の個別スペクトルが要素として含まれる。すなわち、スペクトルは、スペクトル波長がN種類ある場合、N次元のベクトルで表される。基準物質のスペクトルの情報であるxp(p=1~P)は、x1p、x2p、・・・、xNpというN個の要素を有するN次元の列ベクトルで表される。スペクトルを表す列ベクトルの各要素が、スペクトル波長毎の個別スペクトルにあたる。例えば、スペクトル波長は、1000種類存在する。
【0018】
発光部11は、レーザ波長の指定とともにレーザ照射の指示を同定検知部14から受ける。発光部11は、同定検知部14からの指示を受けて、指定された波長を有するレーザを検査対象物Zへ向けて照射する。検査対象物Zは、レーザの照射を受けて散乱光を放射する。
【0019】
測定部12は、検査対象物Zから放射された散乱光を受光する。そして、測定部12は、取得した散乱光から得られる検査対象物Zの波長毎の個別スペクトルを測定し、測定結果から得られる検査対象物Zのスペクトルの情報をスペクトル解析部15へ出力する。ここで、本実施例では散乱光のスペクトルを例に説明するが、これは吸収光のスペクトルを用いてもよい。その場合、測定部12は、検査対象物Zから放射された散乱光から検査対象物Zで吸収された吸収光の測定を行い、測定結果である検査対象物Zの吸収光のスペクトル情報をスペクトル解析部15へ出力する。
【0020】
次に、スペクトル波長選定部16について説明する。ある検査対象物質Zのスペクトルは、ある検査対象物質Zから放射された散乱光の波長毎の強度及びその集まりの情報である。吸収光や散乱光のスペクトルは、特定のスペクトル波長において、基準物質#p毎に特徴が表れる傾向がある。また、基準物質#p毎の特徴が表れるスペクトル波長以外のスペクトル波長に対応する個別スペクトルは、同定・検知を行う際のノイズとなる可能性がある。そのため、基準物質#p毎の特徴が表れるスペクトル波長を有する個別スペクトルを用いてスペクトル分解を行うことが、検査対象物質Zの同定・検知の確度を向上させるためには好ましい。ここでの「スペクトル分解」とは、検査対象物Zのスペクトルをデータベース17に登録された基準物質#pのスペクトルに分解する処理である。スペクトル分解により、検査対象物質Zを基準物質#pに重みを付加した線形和で表した場合の重みが求められる。
【0021】
スペクトル波長選定部16は、検査対象物質Zの同定・検知を行う際に用いるスペクトル波長の選定を行う。具体的には、スペクトル波長選定部16は、データベース17から各基準物質#pのスペクトルの情報を取得し、個別スペクトルの値を用いて各基準物質#pを表す列ベクトルを生成する。次に、スペクトル波長選定部16は、各基準物質#pの重みをランダムに生成してテスト重みとする。
【0022】
例えば、基準物質#pが、CO、O、N、H、CH、NH及びSOである場合、にスペクトル波長選定部16は、それぞれに対して0.18、0.07、0.06、0.14、0.19、0.11及び0.25といったテスト重みを乱数に基づき生成する。
【0023】
次に、スペクトル波長選定部16は、テスト重みを各基準物質#pを表す列ベクトルに付加し、テスト重みを付加した各基準物質#pを表す列ベクトルの線形和を求める。
【0024】
次に、スペクトル波長選定部16は、ランダムにノイズ成分を生成する。例えば、スペクトル波長選定部16は、重みを付加した基準物質#pのスペクトルの線形和で得られたスペクトルに含まれる各スペクトル波長に対して、各スペクトル波長の強度の標準偏差を用いて正規乱数によりノイズを生成する。
【0025】
図2は、計測に伴う誤差を表す図である。図2において、縦軸はスペクトルの強度を表し、横軸はスペクトル波長を表す。図2は、SOを検査対象物Zとして、波長が202.13nmのレーザを照射した場合のスペクトル波長とスペクトルの強度との関係を表す。例えば、予め測定したスペクトル波長とスペクトルの強度との関係の測定結果が図2として得られた場合について説明する。図2における、各グラフ101~103は、それぞれ計測結果の最大値、計測結果の平均値、計測結果の最小値を表すグラフである。各測定結果が正規分布で表されるとして、グラフ101とグラフ102との差及びグラフ102とグラフ103との差が標準偏差の2倍となるように標準偏差を求める。図2から求められた標準偏差が14%であることから、本実施例では、スペクトル波長選定部16は、標準偏差を各スペクトル波長の強度の14%として、正規乱数を用いてノイズを生成する。
【0026】
そして、スペクトル波長選定部16は、テスト重みを付加した各基準物質#pのスペクトルの線形和に、生成したノイズを加えてテストスペクトルを合成する。そして、スペクトル波長選定部16は、合成したテストスペクトルをスペクトル解析部15へ送信し、スペクトル分解を依頼する。スペクトル解析部15によるスペクトル分解の詳細については後で説明する。
【0027】
その後、スペクトル波長選定部16は、テストスペクトルのスペクトル分解の結果をスペクトル解析部15から取得する。この場合、スペクトル波長選定部16は、スペクトル分解の結果として、各基準物質#pのそれぞれに対する推定された重みを取得する。そして、スペクトル波長選定部16は、推定された重みとテスト重みとの差から算出される解析誤差を最小化するように、スペクトル波長を選定する。
【0028】
例えば、P個の基準物質#pに対するテスト重みをαとし、P個の基準物質に対する推定された重みをβとした場合、スペクトル波長選定部16は、推定された重みとテスト重みとの解析誤差を次の数式(1)で求める。
【0029】
【数1】
【0030】
Eは、推定された重みとテスト重みとの解析誤差を表す。また、|α-β|は、α-βの絶対値を表す。
【0031】
数式(1)は、1つのテスト重みを用いる場合であるが、テスト重みを複数用いて解析誤差の最小値を求めることも可能である。例えば、K個のテスト重みを用いる場合、解析誤差は次の数式(2)で表される。
【0032】
【数2】
【0033】
kの添え字が付いたαは、k番目のテスト重みを表す。また、kの添え字が付いたβは、k番目のテスト重みを用いてスペクトル分解を行った場合の推定された重みを表す。
【0034】
ここで、本実施例に係るスペクトル波長選定部16による推定された重みとテスト重みとの解析誤差の最小化について詳細に説明する。データベース17に格納された基準物質#pのスペクトルの情報が、N種類のスペクトル波長に対応する散乱光の強度で表される場合、2のN乗個のスペクトル波長の組み合わせが存在する。そこで、スペクトル波長選定部16は、2のN乗個のスペクトル波長の組み合わせ全ての場合について解析誤差を算出し、解析誤差が最小となるスペクトル波長の選び方を見つけることができる。
【0035】
しかし、全てのスペクトル波長の組み合わせを求める場合、基準物質#pの種類を表すNに対して指数的な計算時間を要する。そのため、全てのスペクトル波長の組み合わせに関する解析誤差を求める方法は、Nが大きい場合には実用的でなく、解析誤差を最小とするスペクトル波長を選定することは困難である。例えば、1つの解析誤差の算出に1秒を要する場合、N=1000であれば、おおよそ10の300乗秒の計算時間が費やされる。
【0036】
この計算時間を短縮するために、本実施例に係るスペクトル波長選定部16は、貪欲法を用いて解析誤差が最小となるスペクトル波長の選定を行う。貪欲法を用いる場合、スペクトル波長選定部16は、スペクトル分解に用いるスペクトル波長を1つずつ追加していき、解析誤差の減少が止まった時点で処理を終了して、その時点でスペクトル分解に用いたスペクトル波長を解析誤差が最小となるスペクトル波長として選定する。スペクトル波長選定部16は、追加するスペクトル波長として、既に追加したスペクトル波長に対して、新たにスペクトル波長を追加した際に解析誤差の減少が最大となるスペクトル波長を選択する。
【0037】
より詳細には、本実施例に係るスペクトル波長選定部16は、スペクトル波長の選定処理として以下の演算を実行する。ここでは、N種類のスペクトル波長をλ1、λ2、・・・、λNと表す。また、解析誤差を求める演算の繰り返し回数をtとする。また、t回目の演算において既に選択されているスペクトル波長の集合をStとする。また、t回目の計算で用いる前回演算で求められた暫定的な解析誤差をFtとする。スペクトル波長選定部16は、1回目の演算に用いる既に選択されているスペクトル波長の集合であるS1を空集合とし、1回目の演算で用いる解析誤差であるF1を無限大とする。
【0038】
そして、スペクトル波長選定部16は、全てのスペクトル波長から既に選択されたスペクトル波長を除いた残りのスペクトル波長λiを求める。例えば、既にλ1、λ100が選択された場合、λi=(λ2、λ3、・・・、λ99、λ101、・・・λN)である。
【0039】
次に、スペクトル波長選定部16は、選択済みのスペクトル波長に新たに選択したスペクトル波長を加えてスペクトル分解の実行をスペクトル解析部15に依頼する。その後、スペクトル波長選定部16は、各λiを新たに加えた場合のスペクトル波長の集合に含まれるスペクトル波長毎に、それぞれの推定された重みをスペクトル解析部15から取得する。そして、スペクトル波長選定部16は、E(St∪λi)を計算する。ここで、E(St∪λi)は、集合Stにλiを加えたスペクトル波長を用いてスペクトル分解を行った場合の推定された重み及びテスト重みを、数式(1)又は(2)に用いることで求められるt回目の演算による解析誤差を表す。
【0040】
スペクトル波長選定部16は、Ft≦E(St∪λi*)であれば、処理を打ち切り、λiに含まれる以外のスペクトル波長を、解析誤差を最小とするスペクトル波長として選定する。ここで、λi*は、E(St∪λi)を最小とするλiの中のいずれか1つのスペクトル波長である。
【0041】
これに対して、Ft>E(St∪λi*)であれば、スペクトル波長選定部16は、St+1=St∪λiとする。そして、t=t+1として、E(St∪λi)の計算及びFtとの比較を繰り返す。
【0042】
ここで、図3を参照して、スペクトル波長選定部16によるスペクトル波長の選定処理の大まかな流れを説明する。図3は、スペクトル波長の選定の概要を説明するための図である。ここでは、1000種類のスペクトル波長Sp1~Sp1000が使用可能な場合で説明する。実際には、スペクトル波長選定部16は、演算毎にスペクトル波長を追加して解析誤差を求めるが、その都度、選定したスペクトル波長をスペクトル解析部15に通知して推定された重みを取得する。ただし、以下の説明では、スペクトル解析部15による推定された重みの算出を省略して説明する。
【0043】
スペクトル波長選定部16は、1回目の演算において、全てのスペクトル波長Sp1~Sp1000をそれぞれ1つずつ用いた場合の解析誤差Ae1-1~Ae1000-1を求める。そして、スペクトル波長選定部16は、解析誤差Ae1-1~Ae1000-1のうちスペクトル波長Sp100を用いた場合の解析誤差Ae100-1が最小であると判定し、スペクトル波長Sp100を選定するスペクトル波長に追加することを決定する。
【0044】
次に、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長Sp1~Sp1000からスペクトル波長Sp100を除いた中から、1つずつ選択してスペクトル波長Sp100に追加して、2回目の演算を行いそれぞれの解析誤差を求める。ここでは、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長Sp100にスペクトル波長Sp1~Sp9及びSp101~Sp1000をそれぞれ加えた場合の解析誤差Ae1-2~99-2及びAe101-2~Ae1000-1を求める。そして、スペクトル波長選定部16は、解析誤差Ae1-2~Ae99-2及びAe101-Ae2~Ae1000-1のうちスペクトル波長Sp1を用いた場合の解析誤差Ae1-1が最小であると判定し、スペクトル波長Sp1を選定するスペクトル波長に追加することを決定する。ここでは、F1>E(S1∪Sp1)の場合で説明する。
【0045】
スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長Sp1~Sp1000からスペクトル波長Sp1及びSp100を除いた中から、1つずつスペクトル波長を選択してスペクトル波長Sp1及びSp100に追加して、3回目の演算を行いそれぞれの解析誤差を求める。ここでは、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長Sp1及びSp100にスペクトル波長Sp2~Sp99及びSp101~Sp1000をそれぞれ加えた場合の解析誤差Ae2-3~Ae99-3及びAe101-3~Ae1000-3を求める。そして、スペクトル波長選定部16は、解析誤差Ae2-3~Ae99-3及びAe101-3~Ae1000-3の中から、値が最小となる解析誤差を特定する。このようにスペクトル波長選定部16は、スペクトル波長の選択を繰り返す。そして、解析誤差の最小値が暫定的な解析誤差よりも大きくなった場合に、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長の追加を終了して、それまでに選定したスペクトル波長を、スペクトル分解に使用するスペクトル波長として決定する。このスペクトル波長選定部16により決定されたスペクトル分解に使用するスペクトル波長が、「使用波長」の一例にあたる。
【0046】
図4は、スペクトル波長の選定結果の一例を表す図である。図4は、縦軸でレーザ波長を表し、横軸でスペクトル波長にあたる波数を表す。図4における波数は、ラマンシフトで表される。図4では、縦軸のレーザ波長毎に、各波長のレーザを照射した場合のスペクトル波長選定部16が貪欲法により選定したスペクトル波長を表す。この場合、スペクトル波長は、レーザ波長毎に、7~33個のスペクトル波長が選ばれている。
【0047】
図1に戻って説明を続ける。スペクトル解析部15は、検査対象物Zスペクトルの情報の入力を測定部12から受ける。また、スペクトル解析部15は、照射されるレーザの波長に応じて選定された検査対象物Zの同定・検知に用いるスペクトル波長の情報の入力をスペクトル波長選定部16から受ける。そして、スペクトル解析部15は、スペクトル分解を行い、検査対象物Zのスペクトルと重みを付加した基準物質のスペクトルの線形和との差が最小となる重みβを求める。以下に、スペクトル解析部15によるスペクトル分解の詳細を説明する。
【0048】
N種類のスペクトル波長を用いる場合、スペクトルはN種類のスペクトル波長に対する強度であり、N次元のベクトルで表される。このベクトルの個々の要素が個別のスペクトルにあたる。ここで、データベース17に格納されたP種類の基準物質#pのスペクトルをそれぞれ列ベクトルxp(p=1~P)で表し、検査対象物Zのスペクトルをベクトルyで表す。yもN次元のベクトルで表される。
【0049】
yと類似するスペクトルを列ベクトルxp(p=1~P)から探す処理は、列ベクトルxpの重みを加えた線形和とyとの差が最小となるように、重みを探索することで実現可能である。この探索は次の数式(3)で表される。
【0050】
【数3】
【0051】
ここで、β(p=1~P)は各基準物質#pに対する重みである。Σβ×xpは、データベースに格納された基準物質のスペクトルの重みを付加した線形和である。以下では、Σβ×xpをxpの線形和と言う。Lは、yとxpの線形和との差を表すもので、ここでは「残差」と呼ぶ。また、minLは、この残差を最小化する重みβを探す関数を表す。また、βは、重みβ(p=1~P)を要素とする列行列であり、以下では重み行列という。この操作は、検査対象物Zのスペクトルを基準物質のスペクトルに分解していると見做せ、この操作がスペクトル分解にあたる。
【0052】
上述した数式(3)におけるL(β)は、残差としてxpの線形和とyとの差分のL2ノルムを表す。L2ノルムとは、ベクトルの各要素の2乗和の平方根であり、次の数式(4)で表される。本実施例では、スペクトル解析部15は、残差を求める際にL2ノルムを用いる。ここで、dは、d=(d(1),d(2),・・・,d(P))である。
【0053】
【数4】
【0054】
また、残差Lとして、L2ノルムの代わりにL1ノルムを用いることもできる。L1ノルムは次の数式(5)で表される。
【0055】
【数5】
【0056】
例えば、y=x1の時にLを最小化する重みは、β1=1、βq=(q=2~P)となることが期待でき、この重みから、対象物に基準物質#1が含まれると解釈できる。一般的には、0<βpであれば検査対象物質Zに基準物質#pが含まれ、0=βpであれば検査対象物質Zに基準物質#pが含まれないことを示す。また、係数の大きさは基準物質#pの濃度(割合)と解釈できる。なお、係数の大きさと濃度は、線形関係で近似可能と考えられ、その際の傾きは予備実験で取得したデータで決定可能である。
【0057】
上述した残差としてL2ノルムを用いた場合の、残差の最小化の計算方法について説明する。図5は、重み係数を付加した基準物質のスペクトルの線形和を表す図である。ベクトルyと列ベクトルxpとはともに、列ベクトルである。P個の列ベクトルxpを並べた行列をXとすると、X=(x1 x2 ・・・ xp)と表される。
【0058】
ここで、Xβは、図5に示す行列式で表される。各基準物質#1~#Pのスペクトルは図5に示す列ベクトルx1~xpで表される。Xは、列ベクトルx1~xpを並べた行列である。行列Xは、列毎に物質種類毎に並び、行毎にスペクトル波長毎に並ぶ。すなわち、行列Xの各行は、同じスペクトル波長における各基準物質#1~#Pそれぞれのスペクトルを含む。重み行列βの各要素β~βは、各要素が基準物質#pそれぞれに対する重みであり、基準物質#pの数であるP個と同数の要素を有する列ベクトルである。
【0059】
このとき、残差Lは次の数式(6)で表される。
【0060】
【数6】
【0061】
ここで、本実施例に係るスペクトル解析部15は、スペクトル波長選定部16により選定されたスペクトル波長に対応するスペクトルを用いて残差Lを求める。図6は、選定されたスペクトル波長を用いた場合の各基準物質のスペクトルの線形和を説明するための図である。図6におけるスペクトル波長を表す矢印上にあるスペクトル波長301が、スペクトル波長選定部16により選定されたスペクトル波長を表す。スペクトル解析部15は、図5に示すように、基準物質#pのそれぞれのスペクトルのうち選択されたスペクトル波長301に対応する行302にあたる部分の要素である個別スペクトルを用いてスペクトル分解を行う。例えば、20個のスペクトル波長が選ばれた場合、スペクトル解析部15は、行列Xにおける選定されたスペクトル波長301に対応する20個の行302を用いて求められる各基準物質#pのスペクトルの重みを付加した線形和を用いてスペクトル分解を実行する。
【0062】
例えば、スペクトル解析部15は、残差Lを最小化する重み行列βを、β=(X’X)-1X’yとして求めることができる。ここで、添え字のダッシュは転置を表し、添え字の-1は逆行列を表す。
【0063】
スペクトル解析部15は、残差であるLを最小化する重み行列βを求める演算として、P個の説明変数を有するN個のデータに対する重回帰の計算を行う。ただし、本実施例に係るスペクトル解析部15は、数式(4)における係数である各重みβpが非負であるという条件を課して、重回帰の計算を実行する。スペクトル解析部15は、本実施例ではL2ノルムを用いて残差であるLを算出することから、二次計画法を用いて残差であるLを最小化する重み行列βを求める。ここで、L1ノルムを用いて残差を求める場合、スペクトル解析部15は、線形計画法を用いることで、残差であるLを最小化する重み行列βを求めることができる。
【0064】
このように、重みβp(ここでは、重みβpが式の係数であることから、「係数」と呼称して説明する。)を非負として重回帰の計算を行うことで、係数の解釈が容易になり、演算を容易に行うことができる。係数が非負であるという条件を課さずに残差であるLを最小化する重み行列βを求めると、負の回帰係数が得られる場合があり、その場合には負の回帰係数をどのように解釈するかという課題が生じる。これに対して、係数が非負であるという条件を課した場合には負の回帰係数の解釈の問題は生じず、スペクトル解析部15は、容易にスペクトル分解を実行することができる。
【0065】
また、係数を非負として重回帰の計算を行うことで、係数を安定化させることができる。例えば、類似のスペクトルを有する基準物質#aと基準物質#bとが存在する場合を例に、係数の安定化について説明する。基準物質#a及び基準物質#bのそれぞれのスペクトルをxa及びxbとする。また、基準物質#a及び基準物質#bのそれぞれの重みをβa及びβbとする。この場合、これらのスペクトルの線形和はβ×xa+β×xbと表される。
【0066】
スペクトルxa及びxbの類似性から、β=-βの場合、基準物質#a及び基準物質#bのスペクトルの線形和は、おおよそゼロになる。このように、類似したスペクトルがある場合、係数が負であることを許容すると、各スペクトルを打ち消し合うようにそれぞれの係数が決定される場合があり、これが係数の不安定化に繋がる。この不安定化の問題は、重回帰では多重共線性と呼ばれる。これに対して、本実施例では重みが非負であるという条件を課すことで係数の不安定化が軽減され、スペクトル解析部15は、重みを適切に算出することができる。
【0067】
以上のような重みβの算出を行った後、スペクトル解析部15は、算出した各基準物質#pに対応する重みβの情報を同定検知部14へ出力する。
【0068】
また、スペクトル解析部15は、テストスペクトルをスペクトル波長選定部16から受信して、スペクトル分解の依頼を受ける。この場合、スペクトル解析部15は、取得したテストスペクトルの情報を検査対象物Zのスペクトルの情報と同様に扱って、スペクトル分解を実行し、基準物質#p毎の重みを算出する。ただし、スペクトル解析部15は、スペクトル波長選定部16が実行する貪欲法によるスペクトル波長の選択処理において、各計算段階でスペクトル波長選定部16により指定された集合に含まれるスペクトル波長を用いてスペクトル分解を実行する。スペクトル解析部15は、算出した基準物質#p毎の重みを推定された重みとしてスペクトル波長選定部16へ送信する。
【0069】
図1に戻って説明を続ける。同定検知部14は、図示しない入力部からの操作者による検査対象物Zの同定・検知の実行指示を受ける。検査対象物Zの同定・検知の実行指示を受けると、同定検知部14は、発光部11にレーザの照射を指示する。
【0070】
その後、同定検知部14は、検査対象物Zからの各レーザ波長を有するレーザを照射したときの散乱光により得られる検査対象物Zのスペクトルから求められた各基準物質#pの重みβをスペクトル解析部15から取得する。
【0071】
ここで、同定検知部14がスペクトル解析部15から取得する重みβは、選定されたスペクトル波長を用いたスペクトル分解の結果である重みである。すなわち、同定検知部14は、選定されたスペクトル波長に対応する検査対象物質Zの要素、及び、重みβを各々に付加した選定されたスペクトル波長に対応する各基準物質#pのスペクトルの線形和を用いることで求められた重みβをスペクトル解析部15から取得する。これは、各基準物質#pの特徴が表われるスペクトル波長を用いて求められた重みであり、スペクトル分解におけるノイズを軽減して求められた重みと言える。選定されたスペクトル波長に対応する各基準物質#pのスペクトルが、「制限スペクトル」の一例あたる。
【0072】
同定検知部102は、取得した重みβ及びデータベース17に格納された基準物質#pの情報を用いて同定・検知を実行する。同定検知部102は、ノイズを抑えたスペクトル分解により算出された重みβを用いることで、正確に同定・検知を行うことができる。その後、同定検知部14は、同定・検知の結果を通知部13へ出力する。
【0073】
通知部13は、同定・検知の結果の入力を同定検知部14から受ける。そして、通知部13は、表示装置などに同定・検知の結果を出力させて、操作者への同定・検知の結果の通知を行う。
【0074】
次に、図7を参照して、本実施例に係る物質検査装置1による同定・検知処理の流れについて説明する。図7は、実施例1に係る物質検査装置による同定・検知処理のフローチャートである。
【0075】
スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長の選定処理を実行する(ステップS1)。その後、スペクトル波長選定部16は、選定したスペクトル波長の情報をスペクト解析部15へ通知する。
【0076】
同定検知部102は、操作者からの検査対象物Zの同定・検知の実行指示を受けて、発光部11にレーザの照射を指示する。発光部11は、同定検知部102からの指示を受けてレーザを検査対象物質Zへ照射する(ステップS2)。
【0077】
測定部12は、検査対象物質Zからの散乱光を受光する(ステップS3)。そして、測定部12は、検査対象物質Zのスペクトルの情報を生成してスペクトル解析部15へ出力する。
【0078】
スペクトル解析部15は、スペクトル波長の選定結果の通知をスペクトル波長選定部16から受ける。また、スペクトル解析部15は、検査対象物質Zのスペクトルの情報の入力を測定部12から受ける。そして、スペクトル解析部15は、選定されたスペクトル波長を用いて、重みβが非負の条件を課して検査対象物質Zのスペクトルと重みβを付加した基準物質のスペクトルの線形和との差が最小となる重みを求めることで、スペクトル分解を実行する(ステップS4)。その後、スペクトル解析部15は、算出した重みβの情報を同定検知部14へ出力する。
【0079】
同定検知部14は、算出された重みβの情報の入力をスペクトル解析部15から受ける。そして、同定検知部14は、データベース17に格納された基準物質#pのスペクトルの情報を用いて、検査対象物質Zの同定・検知を実行する(ステップS5)。その後、通知部13は、同定・検知の結果を操作者に通知する。
【0080】
次に、図8を参照して、スペクトル波長の選定処理の流れについて説明する。図8は、スペクトル波長選定部及びスペクトル解析部によるスペクトル波長の選定処理のフローチャートである。図8のフローチャートで示した処理は、図7のステップS1で実施される処理の一例にあたる。
【0081】
スペクトル波長選定部16は、乱数を用いてテスト重みを生成する(ステップS101)。
【0082】
次に、スペクトル波長選定部16は、テスト重みを付加した基準物質のスペクトルの線形和を求める。さらに、スペクトル波長選定部16は、テスト重みを付加した基準物質のスペクトルの線形和にランダムに生成したノイズ成分を加えて、テストスペクトルを合成する(ステップS102)。その後、スペクトル波長選定部16は、テストスペクトルをスペクトル解析部15へ送信する。
【0083】
次に、スペクトル波長選定部16は、選択対象となるスペクトル波長λiをN種類の全てのスペクトル波長とする。すなわち、λi=(λ1,・・・,λN)である。また、スペクトル波長選定部16は、1回目の演算で用いる既に選択されたスペクトル波長の集合であるS1を空集合とし、1回目の演算で用いる解析誤差であるF1を無限大とする。さらに、スペクトル波長選定部16は、解析誤差の演算回数tを1に設定する(ステップS103)。
【0084】
次に、スペクトル波長選定部16は、選択対象となるスペクトル波長λiの中から未選択のスペクトル波長を1つ選択する。この選択されたスペクトル波長をλsとする(ステップS104)。
【0085】
次に、スペクトル波長選定部16は、t回目の演算で用いる既に選択されているスペクトル波長の集合Stにλsを加えた選択されたスペクトル波長の集合の情報をスペクトル解析部15に通知し、スペクトル分解の実行を指示する。そして、スペクトル解析部15は、選択されたスペクトル波長を用いて、テストスペクトルのスペクトル分解を実行する(ステップS105)。その後、スペクトル解析部15は、スペクトル分解で得られた推定された重みβをスペクトル波長選定部16へ送信する。
【0086】
スペクトル波長選定部16は、推定された重みβをスペクトル波長選定部16から受信する。そして、スペクトル波長選定部16は、既に選択されているスペクトル波長の集合Stにλsを加えた選択されたスペクトル波長を用いた場合の解析誤差E(St∪λs)を算出する(ステップS106)。
【0087】
その後、スペクトル波長選定部16は、λiに含まれる全てのスペクトル波長について、各スペクトル波長を追加した場合の解析誤差の算出が完了したか否かを判定する(ステップS107)。追加した場合の解析誤差を求めていないスペクトル波長が残存する場合(ステップS107:否定)、スペクトル波長の選定処理は、ステップS104へ戻る。
【0088】
これに対して、λiに含まれる全てのスペクトル波長について、追加した場合の解析誤差の算出が完了した場合(ステップS107:肯定)、スペクトル波長選定部16は、λiの中で追加した場合の解析誤差が最小となるスペクトル波長であるλi*を特定する(ステップS108)。
【0089】
次に、スペクトル波長選定部16は、t-1回目の演算で算出された暫定的な解析誤差Ftが、選択したスペクトル波長λi*を既に選択されたスペクトル波長の集合Stに追加した場合の解析誤差であるE(St∪λi*)以下か否かを判定する(ステップS109)。
【0090】
FtがE(St∪λi*)より大きい場合(ステップS109:否定)、スペクトル波長選定部16は、λiに含まれるスペクトル波長からスペクトル波長λi*を除いた集合をλiとする(ステップS110)。
【0091】
さらに、スペクトル波長選定部16は、演算の繰り返し回数であるtを1つインクリメントする。また、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長λi*を既に選択されているスペクトル波長の集合Stに追加した場合の解析誤差であるE(St∪λi*)を、次の演算で用いられる暫定的な解析誤差Ftとする。さらに、スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長λi*を既に選択されているスペクトル波長の集合Stに追加した集合を、次の演算における既に選択されたスペクトル波長の集合Stとする(ステップS111)。その後、スペクトル波長の選定処理は、ステップS104へ戻る。
【0092】
これに対して、FtがE(St∪λi*)以下の場合(ステップS109:否定)、スペクトル波長選定部16は、既に選択されたスペクトル波長の集合Stに含まれるスペクトルを選定するスペクトル波長として決定する(ステップS112)。
【0093】
以上に説明したように、本実施例に係る物質検査装置は、スペクトル分解に使用するスペクトル波長を選定する。そして、物質検査装置は、選定したスペクトル波長を用いて、重みを付加した基準物質のスペクトルの線形和と検査対象物質のスペクトルとが最小となる重みを、重みが非負であるという条件を課して求める。選定したスペクトル波形を用いてスペクトル分解を行うことで、重みを求める上でのノイズを減らすことができ、より正確な重みの算出を行うことができる。したがって、ノイズが想定される環境下においても高精度な同定や検知を実行することができる。また、重みが非負である条件を課すことで、重みの解釈が容易となり且つ算出される重みが安定化するので、正確な重みの算出を行うことができる。したがって、より高精度な同定や検知を実行することができる。
【実施例2】
【0094】
図9は、実施例2に係る物質検査装置のブロック図である。本実施例に係る物質検査装置1は、解析誤差が最小のレーザ波長の選定を実行し、選定したレーザ波長を照射してスペクトル分解を行い、同定・検知を実行することが実施例1と異なる。本実施例に係る物質検査装置1は、実施例1の物質検査装置1が有する各部に加えてレーザ波長選定部18をさらに有する。以下の説明では、実施例1と同様の各部の動作については説明を省略する。
【0095】
データベース17は、使用可能なレーザ波長毎の基準物質のスペクトルを、基準物質毎に保持する。図10は、レーザ波長と特定の物質のスペクトルの関係を表す図である。レーザ波長が異なるとスペクトル波長毎の強度が変化する。すなわち、レーザ波長が異なる毎に、特定の物質のスペクトルを表す列ベクトルの各要素であるスペクトル波長毎の個別のスペクトルの値が変化する。例えば、レーザ波長の種類がK個ある場合、特定の物質のスペクトルを表す列ベクトルは、図10に示すように、レーザ波長毎に異なる特定の物質のスペクトル##1~##Rと表される。例えば、データベース17は、基準物質毎に、図10に示すような各レーザ波長に対応するスペクトルを表す列ベクトルの各要素を保持する。
【0096】
ここで、レーザの波長毎にスペクトルが異なることから、スペクトル分解の精度は照射するレーザの波長に依存する。そこで、照射するレーザには、解析誤差が最小となる波長のレーザを用いることが好ましい。
【0097】
図9に戻って説明を続ける。レーザ波長選定部18は、使用可能なレーザの波長を予め記憶する。例えば、使用可能なレーザの波長がK種類ある場合、レーザ波長選定部18は、R個のレーザ波長を記憶する。
【0098】
レーザ波長選定部18は、使用可能なレーザ波長の中から1つレーザ波長を選択する。次に、レーザ波長選定部18は、各基準物質#pの選択したレーザ波長に対応するスペクトルの情報をデータベース17から取得し、各基準物質#pのスペクトルを表す列ベクトルを生成する。次に、レーザ波長選定部18は、各基準物質#pの重みをランダムに生成してテスト重みとする。次に、レーザ波長選定部18は、テスト重みを各基準物質#pの列ベクトルに付加し、テスト重みを付加した各基準物質#pを表す列ベクトルの線形和を求める。
【0099】
次に、レーザ波長選定部18は、ランダムにノイズ成分を生成する。そして、レーザ波長選定部18は、テスト重みを付加した各基準物質#pのスペクトルの線形和に生成したノイズ成分を加えてレーザ波長選定用テストスペクトルを合成する。そして、レーザ波長選定部18は、合成したレーザ波長選定用テストスペクトルをスペクトル解析部15に送信し、スペクトル分解を依頼する。
【0100】
その後、レーザ波長選定部18は、レーザ波長選定用テストスペクトルのスペクトル分解の結果である推定された重みをスペクトル解析部15から取得する。次に、スペクトル波長選定部16は、推定された重み及びテスト重みを用いて解析誤差を求める。例えば、レーザ波長選定部18は、スペクトル波長選定部16と同様に数式(5)又は(6)を用いて、解析誤差を求める。
【0101】
レーザ波長選定部18は、使用可能な各レーザ波長について解析誤差を求める。そして、レーザ波長選定部18は。解析誤差が最小となるレーザ波長を照射レーザ波長と決定する。そして、レーザ波長選定部18は、照射レーザ波長の情報を同定検知部14へ通知する。このレーザ波長選定部18が、「光波長選定部」の一例にあたる。
【0102】
図11は、レーザ波長毎の解析誤差の一例を表す図である。図11の縦軸は解析誤差を表し、横軸はレーザ波長の種類を表す。例えば、各レーザ波長を用いた場合の解析誤差が図11で示すように求められた場合、棒グラフ400で示されるレーザ波長が213.51nmのときに解析誤差が最小の0.007となる。そこで、レーザ波長選定部18は、照射レーザ波長を213.51nmと決定する。
【0103】
同定検知部14は、照射レーザ波長の情報の通知をレーザ波長選定部18から受ける。また、同定検知部14は、操作者による検査対象物Zの同定・検知の実行指示を受けて、レーザ波長選定部18からから通知された照射レーザ波長を有するレーザの照射を発光部11に指示する。その後、同定検知部14は、スペクトル解析部15から、検査対象物Zからの照射レーザ波長を有するレーザを照射したときの散乱光にから得られる検査対象物Zのスペクトルから求められた各基準物質#pの重みβをスペクトル解析部15から受ける。そして、同定検知部14は、取得した重みβを用いて同定・検知を実行する。
【0104】
例えば、レーザ波長毎の選定されたスペクトル波長が図4で表される場合、レーザ波長選定部18により照射レーザ波長が213.51nmと決定されると、スペクトル解析部15は、図4の黒塗の点200で表されるスペクトル波長を用いてスペクトル分解を実行する。
【0105】
図12は、同定結果の一例を表す図である。図12は、レーザ波長選定部18により照射レーザ波長が213.51nmと決定され、図4における点200で表されるスペクトル波長を用いてスペクトル解析部15がスペクトル分解を実行した場合の同定結果である。また、データベース17は、基準物質として、CO、O、N、H、CH、NH及びSOのスペクトルを保持する。
【0106】
この場合、CO、O、N、H、CH、NH及びSOのテスト重みを、それぞれ、0.18、0.07、0.06、0.14、0.19、0.11及び0.25と決定する。そして、物質検査装置1は、そのテスト重みを用いて生成したスペクトルをスペクトル分解することで、各基準物質に対する重みを表す値として0.18、0.07、0.06、0.14、0.18、0.11及び0.25を得る。このように、テスト重みに対して、物質検査装置1による推定結果としてほぼ同じ値を有する推定結果が得られる。したがって、本実施例に係る物質検査装置1は、高精度な同定や検知を行うことができるといえる。
【0107】
次に、図13を参照して、本実施例に係る物質検査装置1による同定・検知処理の流れについて説明する。図13は、実施例2に係る物質検査装置による同定・検知処理のフローチャートである。
【0108】
スペクトル波長選定部16は、スペクトル波長の選定処理を実行する(ステップS11)。その後、スペクトル波長選定部16は、選定したスペクトル波長の情報をスペクトル解析部15へ通知する。
【0109】
レーザ波長選定部18は、テスト重みを生成し、生成したテスト重みを用いてレーザ波長選定用テストスペクトルを合成する。そして、レーザ波長選定部18は、各レーザ波長を用いた場合の、レーザ波長用テストスペクトルをスペクトル分解して得られる推定された重みとテスト重みとの解析誤差を取得し、解析誤差が最小となるレーザ波長を照射するレーザのレーザ波長として選択する(ステップS12)。その後、レーザ波長選定部18は、選択したレーザ波長の情報を同定検知部14に通知する。
【0110】
同定検知部102は、選択されたレーザ波長の情報の通知をレーザ波長選定部18から受ける。その後、操作者からの検査対象物Zの同定・検知の実行指示を受けて、選択されたレーザ波長を有するレーザの照射を発光部11に指示する。発光部11は、同定検知部102からの指示を受けて、選択されたレーザ波長を有するレーザを検査対象物質Zへ照射する(ステップS13)。
【0111】
測定部12は、検査対象物質Zからの散乱光を受光する(ステップS14)。そして、測定部12は、検査対象物質Zのスペクトルの情報をスペクトル解析部15へ出力する。
【0112】
スペクトル解析部15は、選定されたスペクトル波長の情報の通知をスペクトル波長選定部16から受ける。また、スペクトル解析部15は、検査対象物質Zのスペクトルの情報の入力を測定部12から受ける。そして、スペクトル解析部15は、選定されたスペクトル波長を用いて、重みが非負の条件を課して検査対象物質Zのスペクトルと重みを付加した基準物質のスペクトルの線形和との差が最小となる重みを求めることで、スペクトル分解を実行する(ステップS15)。その後、スペクトル解析部15は、算出した重みの情報を同定検知部14へ出力する。
【0113】
同定検知部14は、算出された重みの情報の入力をスペクトル解析部15から受ける。そして、同定検知部14は、データベース17に格納された基準物質のスペクトルの情報を用いて、検査対象物質Zの同定・検知を実行する(ステップS16)。その後、通知部13は、同定・検知の結果を操作者に通知する。
【0114】
以上に説明したように、本実施例に係る物質検査装置は、解析誤差が最小となる波長のレーザを選択して検査対象物質に照射し、その散乱光を用いて同定・検知を行う。これにより、よりスペクトル分解の誤差を抑えることができ、より高精度の同定・検知を行うことが可能となる。
【符号の説明】
【0115】
1 物質検査装置
11 発光部
12 測定部
13 通知部
14 同定検知部
15 スペクトル解析部
16 スペクトル波長選定部
17 データベース
18 レーザ波長選定部
R 検査対象物
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