(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-14
(45)【発行日】2023-04-24
(54)【発明の名称】養殖システム
(51)【国際特許分類】
A01K 61/59 20170101AFI20230417BHJP
【FI】
A01K61/59
(21)【出願番号】P 2018568646
(86)(22)【出願日】2018-02-16
(86)【国際出願番号】 JP2018005596
(87)【国際公開番号】W WO2018151283
(87)【国際公開日】2018-08-23
【審査請求日】2020-12-24
(31)【優先権主張番号】P 2017028272
(32)【優先日】2017-02-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004189
【氏名又は名称】株式会社ニッスイ
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(72)【発明者】
【氏名】三並 宏
(72)【発明者】
【氏名】前田 充穂
(72)【発明者】
【氏名】安江 栄輔
(72)【発明者】
【氏名】松岡 功介
【審査官】吉原 健太
(56)【参考文献】
【文献】実開昭63-002480(JP,U)
【文献】米国特許第05216976(US,A)
【文献】特開2004-329126(JP,A)
【文献】特開2003-023914(JP,A)
【文献】特開2013-255449(JP,A)
【文献】国際公開第2016/160141(WO,A1)
【文献】実開昭55-041078(JP,U)
【文献】John A. Hargreaves,Biofloc Production Systems for Aquaculture,SRAC Publications,米国,2013年04月,No.4503
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 61/00 - 63/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
養殖水を収容して水産生物を育成するための養殖水槽と、前記養殖水槽を覆うように構築された保温ハウスと、を備えた養殖システムであって、
前記養殖水槽を包囲する領域の少なくとも一部に配置された断熱手段と、
前記養殖水槽内の養殖水の温度調節手段と、を有しており、
前記断熱手段は、前記養殖水槽の上面及び外周面のうち少なくとも上面を
部分的に覆う
着脱可能な複数の板状の断熱材を有することを特徴とする養殖システム。
【請求項2】
前記養殖水槽の内壁面の水没部分の少なくとも一部は、前記養殖水槽の底面に向かって下り勾配をなすように傾斜した請求項1に記載の養殖システム。
【請求項3】
養殖水を収容して水産生物を育成するための養殖水槽と、前記養殖水槽を覆うように構築された保温ハウスと、を備えた養殖システムであって、
前記養殖水槽を包囲する領域の少なくとも一部に配置された断熱手段と、
前記養殖水槽内の養殖水の温度調節手段と、を有しており、
前記断熱手段は、前記養殖水槽の上面及び外周面のうち少なくとも上面を
部分的に覆う
着脱可能な複数の板状の断熱材を有しており、
前記養殖水槽の内壁面の水没部分の少なくとも一部は、前記養殖水槽の底面に向かって下り勾配をなすように傾斜しており、前記内壁面の傾斜角度が水平面を基準にして40度~70度であることを特徴とする養殖システム。
【請求項4】
前記養殖水槽は、前記養殖水の少なくとも一部が水平方向に流動しながら循環可能な無端流水路を有
し、
前記養殖水槽は、前記養殖水槽の内壁面よりも前記養殖水槽の内側に離れた領域に、水平方向の端部がそれぞれ位置する隔壁を前記養殖水槽内に立設し、前記隔壁の周りに前記無端流水路を形成したことを特徴とする請求項1乃至3の何れか一項に記載の養殖システム。
【請求項5】
前記養殖水槽を陸上に設置した請求項1~
4の何れかに記載の養殖システム。
【請求項6】
前記養殖水槽が、少なくとも、地面から重力方向に向かって形成された凹状部と、前記凹状部の内壁面及び底面に敷設された遮水性を有する合成樹脂製シートと、で形成された請求項
5記載の養殖システム。
【請求項7】
前記保温ハウスの頂上部の高さが2m~3mである請求項1~
6の何れかに記載の養殖システム。
【請求項8】
前記養殖水槽に、曝気装置、エアインジェクター、水車、給餌機のうちの何れか1以上を設けた請求項1~
7の何れかに記載の養殖システム。
【請求項9】
前記水車の回転羽根の取り付け姿勢が表裏変更可能である、または前記水車の回転方向が切り替え可能である請求項
8記載の養殖システム。
【請求項10】
前記保温ハウスの内部湿度が80%~100%である請求項1~
9の何れかに記載の養殖システム。
【請求項11】
前記養殖水槽で育成される前記水産生物が、海産生物である請求項1~
10の何れかに記載の養殖システム。
【請求項12】
前記海産生物が、甲殻類である請求項
11記載の養殖システム。
【請求項13】
前記甲殻類が、エビ目である請求項
12記載の養殖システム。
【請求項14】
前記エビ目が、クルマエビ上科である請求項
13記載の養殖システム。
【請求項15】
前記クルマエビ上科が、クルマエビ科である請求項
14記載の養殖システム。
【請求項16】
前記クルマエビ科が、リトペニウス属である請求項
15記載の養殖システム。
【請求項17】
前記リトペニウス属が、バナメイエビ(Litopenaeus vannamei)である請求項
16記載の養殖システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陸上において魚介類や甲殻類の育成を行う養殖システム、特に、バナメイエビの育成を行うのに適した養殖システムに関する。
【背景技術】
【0002】
陸上に構築された養殖水槽内において魚介類や甲殻類の育成を行う養殖システムについては、従来、様々な設備や装置が開発されているが、本発明に関連するものとして、例えば、特許文献1に記載された「水産物の養殖設備」がある。
【0003】
この「水産物の養殖設備」は、無端環状の回流型の水槽と、水槽内の養殖水を槽外へ取り出して所定の状態に調整したのち水槽へ戻す水管理装置と、水管理装置から送給される処理水を曝気する曝気水路と、一定方向の循環水流を生じさせる気流装置と、給餌装置などを備えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載された「水産物の養殖設備」は養殖水を常時回流させることにより、水産物を自然状態に近似した環境下で養殖するのに好適であるが、養殖水槽の温度管理に多大な負担を必要とするため、エビ類、特に、バナメイエビを安価で安定して養殖するという要請に対応することが困難である。
【0006】
また、前記「水産物の養殖設備」を構成する水槽は、その内壁面が鉛直方向(水面と90度)をなしているため、育成が終わり収穫期を迎えたエビの回収作業や残渣の回収作業などが困難である。
【0007】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、温度管理に要する負担を軽減することができ、エビ類の養殖に好適な養殖システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る養殖システムの構成は、下記(1)~(19)に記載の通りである。
【0009】
(1)養殖水を収容して水産生物を育成するための養殖水槽と、前記養殖水槽を覆うように構築された保温ハウスと、を備えた養殖システムであって、
前記養殖水槽を包囲する領域の少なくとも一部に配置された断熱手段と、
前記養殖水槽内の養殖水の温度調節手段と、を有しており、
前記断熱手段は、前記養殖水槽の上面及び外周面のうち少なくとも上面を覆う板状の断熱材を有することを特徴とする養殖システム。
【0010】
(2)前記養殖水槽の内壁面の水没部分の少なくとも一部は、前記養殖水槽の底面に向かって下り勾配をなすように傾斜した前記(1)記載の養殖システム。
【0011】
(3)養殖水を収容して水産生物を育成するための養殖水槽と、前記養殖水槽を覆うように構築された保温ハウスと、を備えた養殖システムであって、
前記養殖水槽を包囲する領域の少なくとも一部に配置された断熱手段と、
前記養殖水槽内の養殖水の温度調節手段と、を有しており、
前記断熱手段は、前記養殖水槽の上面及び外周面のうち少なくとも上面を覆う断熱材を有しており、
前記養殖水槽の内壁面の水没部分の少なくとも一部は、前記養殖水槽の底面に向かって下り勾配をなすように傾斜しており、前記内壁面の傾斜角度が水平面を基準にして40度~70度であることを特徴とする養殖システム。
【0012】
(4)前記養殖水槽は、前記養殖水の少なくとも一部が水平方向に流動しながら循環可能な無端流水路を有する前記(1)乃至(3)の何れか一項に記載の養殖システム。
【0013】
(5)前記養殖水槽の内壁面よりも前記養殖水槽の内側に離れた領域に、水平方向の端部がそれぞれ位置する隔壁を前記養殖水槽内に立設し、前記隔壁の周りに前記無端流水路を形成した前記(4)に記載の養殖システム。
【0014】
(6)前記養殖水槽を陸上に設置した前記(1)~(5)の何れかに記載の養殖システム。
【0015】
(7)前記養殖水槽が、少なくとも、地面から重力方向に向かって形成された凹状部と、前記凹状部の内壁面及び底面に敷設された遮水性を有する合成樹脂製シートと、で形成された前記(6)記載の養殖システム。
【0016】
(8)前記保温ハウスの頂上部の高さが2m~3mである前記(1)~(7)の何れかに記載の養殖システム。
【0018】
(9)前記養殖水槽に、曝気装置、エアインジェクター、水車、給餌機のうちの何れか1以上を設けた前記(1)~(8)の何れかに記載の養殖システム。
【0019】
(10)前記水車の回転羽根の取り付け姿勢が表裏変更可能である、または前記水車の回転方向が切り替え可能である前記(9)に記載の養殖システム。
【0020】
(11)前記保温ハウスの内部湿度が80%~100%である前記(1)~(10)の何れかに記載の養殖システム。
【0021】
(12)前記養殖水槽で育成される前記水産生物が海産生物である前記(1)~(11)の何れかに記載の養殖システム。
【0022】
(13)前記海産生物が甲殻類である前記(12)記載の養殖システム。
【0023】
(14)前記甲殻類がエビ目である前記(13)記載の養殖システム。
【0024】
(15)前記エビ目がクルマエビ上科である前記(14)記載の養殖システム。
【0025】
(16)前記クルマエビ上科がクルマエビ科である前記(15)記載の養殖システム。
【0026】
(17)前記クルマエビ科がリトペニウス属である前記(16)記載の養殖システム。
【0027】
(18)前記リトペニウス属がバナメイエビ(Litopenaeus vannamei)である前記(17)記載の養殖システム。
【発明の効果】
【0028】
本発明により、温度管理に要する負担を軽減することができ、エビ類の養殖に好適な養殖システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本発明の実施形態である養殖システムを示す正面図である。
【
図2】
図1に示す養殖システムの一部省略平面図である。
【
図3】(a)は
図1中のA-A線における一部省略側面図であり、(b)は
図1中のB-B線における一部省略側面図である。
【
図4】
図1中の矢線Cで示す領域の一部省略拡大図である。
【
図5】
図3中のD-D線における一部省略断面図である。
【
図6】
図4中のE-E線における一部省略断面図である。
【
図7】
図1に示す養殖システムを構成する養殖水槽を示す一部省略平面図である。
【
図8】
図7に示す養殖水槽の一部省略拡大図である。
【
図9】
図8中の矢線Fで示す領域の一部省略拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、
図1~
図9に基づいて、本発明の実施形態である養殖システム100について説明する。
図1~
図3及び
図7に示すように、本実施形態の養殖システム100は、地面G上に構築された保温ハウス10と、保温ハウス10内に形成された養殖水槽50と、養殖水槽50内の養殖水Wの加温手段であるボイラー30と、を備えている。ボイラー30の近傍には、ボイラー30において使用する燃料を貯留する燃料タンク31が配置されている。
【0031】
本発明において保温ハウスとは、養殖水槽施設の温度を所定範囲内に維持するための構築物である。保温ハウス外の温度が、養殖に適した温度よりも低い場合には、保温ハウスを外気から隔離することにより、保温ハウス内の温度を養殖に適した温度に保つことができる。
【0032】
一方、保温ハウス内の温度が養殖に適した水温より高い場合には、保温ハウスの開閉戸や換気口を解放することによって外気を導入し、保温ハウス内の温度を養殖に適した温度にすることができる。保温ハウス内に養殖水槽を設置することにより、冷暖房の負担が軽くなり、光熱費を抑えることができる。
【0033】
本実施形態において、保温ハウス10は、保温ハウス10内にある養殖水槽50内の水温を所定範囲内に維持するための施設である。保温ハウス10の内部湿度は80%~100%に保たれている。閉鎖空間内において湿度が高くなると、蒸発による養殖水Wの損失が抑制されるため、特に、養殖システム100のように、養殖水Wの交換を極力行わない陸上養殖システムにおいて好適である。
【0034】
保温ハウス10外の温度が養殖水槽50内の水温よりも低い場合には保温ハウス10を外気から隔離することにより保温ハウス10内の温度を養殖するのに適した水温に近い温度に保つことができる。また、温度調節手段による冷却、加温を行うこともできる。
【0035】
一方、保温ハウス10
外の温度が養殖水槽50内の水温より高い場合には、保温ハウス10に設けられた引き戸14や換気口16(
図4参照)を開放することによって外気を導入し、保温ハウス10内部の温度を養殖に適した水温にすることができる。また、温度調節手段による加温、冷却を行うこともできる。
【0036】
本実施形態において、3つの保温ハウス10は連棟構造であり、3つの保温ハウス10,10,10で覆われた部分の地面Gに3つの養殖水槽50,50,50(
図7参照)が形成されている。保温ハウス10のサイズ、連棟数などは限定しないので、施工現場の広さや状況に応じて設定することができる。
【0037】
図4~
図6に示すように、保温ハウス10は、複数のパイプ材やアングル材などを組み合わせて形成された蒲鉾型の建屋11の周りを合成樹脂フィルム材12で被覆することによって構築されている。
図4に示すように、保温ハウス10の正面部10aには、出入り口13と、出入り口13を開閉するため左右に移動可能な一対の引き戸14,14と、が設けられている。一方の引き戸14の近傍には換気扇15が配置されている。地面Gから保温ハウス10の頂上部10cまでの高さは約2.3mであるが、これに限定するものではない。
【0038】
前述したように、これらの引き戸14,14は保温ハウス10内の温度が高くなったときに開放して通風経路として使用することができる。また、引き戸14とは別に、開閉戸または換気口などを設け、それらを通風経路として使用することもできる。
【0039】
保温ハウス10の屋根の軒先部分には、合成樹脂フィルム材12を、頂上部10cに向かって巻き上げたり、降ろしたりすることによって開閉可能な換気口16が設けられている。保温ハウス10の背面部10bは合成樹脂フィルム材12で閉塞された状態となっている。
【0040】
図4~
図7に示すように、3つの養殖水槽50の平面視形状はいずれも長方形をなしており、長方形の短辺側の内壁面51,51及び長辺側の内壁面52,52は、養殖水槽50内に向かって下り勾配をなすように傾斜している。養殖水槽50の底面53の平面視形状は長方形をなしており、全体的に水平である。
図5,
図6に示すように、養殖水槽50において、内壁面51,52の傾斜角度Rはそれぞれ水平面Hを基準にして45度であるが、これに限定するものではない。例えば、地面Gに凹状部を形成して養殖水槽50を構築する場合、地面Gの掘削作業を進める工程において強度が保証される角度として、40度~70度の範囲内で調整可能である。
【0041】
本発明において、養殖水槽とは、水産生物を飼育可能な一定量の水を蓄積しておくことができる設備をいう。養殖水槽内で水産生物を飼育する上で、継続的にpH、溶存酸素量、アンモニア濃度などを適宜測定し、適切な範囲になるように調整することが好ましい。養殖水槽は、海洋、河川あるいは湖沼などの一部を利用してもよいが、人工的に陸上に養殖設備を設置してもよい。特に、本発明においては、養殖水槽の温度管理が容易である人工的な陸上設備が好ましい。
【0042】
本実施形態の養殖システム100において、養殖水槽50は、地面Gから重力方向に向かって凹状部を形成し、この凹状部の内壁面及び底面に遮水性を有する合成樹脂製シートを敷設することによって形成されている。
【0043】
図4~
図6に示すように、養殖水槽50の上面及び外周面は、断熱手段である複数の板状の断熱材40(例えば、発泡合成樹脂材)によって覆われている。養殖水槽50の上方において、建屋11の構成部材によって水平状態に支持された複数の受け梁41の上に複数の断熱材40が着脱可能に配置されている。断熱材40は断熱機能を有するものであれば、材質は何でもよいが、発泡スチロールが安価で丈夫であるため、好適である。なお、発泡スチロールでも、特に、耐熱性発泡スチロールを使用することが好ましい。
【0044】
さらに、発泡スチロールの一部または全部に遮熱シートを張り付けると、輻射熱による放熱を防ぐことができるので、好ましい。遮熱シートとしては、例えば、タイベックシルバー(デュポン社)を使用することができる。
【0045】
断熱手段によって養殖水槽50を覆う範囲は、断熱効果が発揮される範囲であれば特に限定しないが、例えば、養殖水槽50の水面上方を部分的に覆っていれば効果を期待することができつつ、覆っていない水面上方からそのまま作業や給餌が可能であるため、少なくとも水面上方の4分の1程度の範囲を覆っているとよい。また、断熱効果を得ながら水面の様子も観察し易くするため、少なくとも水面上方の3分の1から2分の1程度の範囲を覆うようにすることも可能である。
【0046】
さらに、より断熱効果の増大を期待しつつ、水面を観察できるようにするため、少なくとも水面上方の3分の2から4分の3の範囲を覆うようにすることも可能である。また、断熱効果を最大限期待できるようにするため、少なくとも水面上方の5分の4程度の範囲、若しくは、水面上方全体を覆うようにすることも可能である。
【0047】
前述したように、断熱手段によって養殖水槽50の水面上方を覆うだけでも断熱効果を得られるが、断熱効果をさらに高めるため、養殖水槽50の水面上方以外の部分、例えば、養殖水槽50の側面や底面についても、断熱手段によって包囲する構成とすることも可能である。
【0048】
また、断熱材40は断熱機能を有するとともに、外部からの光(太陽光)を遮蔽する機能も有している。前述したように、断熱材40で養殖水槽50の上方を覆うことにより、養殖水槽50内の水面近くの閉鎖空間の湿度を高く保つことができる。閉鎖空間の湿度が高く保たれると、蒸発による養殖水Wの損失を防ぐことができるため、養殖システム100のように、養殖水Wの交換を極力行わない陸上養殖システムにおいて有益である。
【0049】
図7~
図9に示すように、養殖水槽50においては、4つの内壁面51,51,52,52よりも養殖水槽50の内側に離れた領域に、水平方向の端部54a,54bがそれぞれ位置する平板状の隔壁54を立設することにより、隔壁54の周りを養殖水Wが水平方向に流動しながら循環可能な無端流水路55が形成されている。
【0050】
養殖水槽50内に形成される無端流水路55は、養殖水槽50内を均一にし、温度の調整を容易にする限りにおいて、養殖水槽50に対する割合はなんでもよいが、少なくとも養殖水槽50の水面全体の4分の1程度の範囲に形成されていれば、供給した飼料を効果的に海産生物に給餌可能であるため、好ましい。また、少なくとも水面全体の3分の1から2分の1程度の範囲に形成されていれば、給餌中に海産生物を十分に分散させて給餌することが可能である。さらに、少なくとも3分の2から5分の4程度の範囲に形成されていれば、海産生物が十分な間隔を維持して養殖水槽50内に存在することができるようにすることが可能である。また、養殖水槽50内の養殖水は有機物を含んでいるので滞留すると腐敗することがあるが、これを防止するため、水面全体にわたって無端流水路55を形成するようにすることも可能である。
【0051】
隔壁54は、その周囲に水流が形成されるように立設されていればよいが、隔壁54で並行に仕切られた2つの無端流水路55の幅の比率が1:4から4:1,1:3から3:1若しくは1:2から2:1程度であれば、無端流水路55内に水流の速い部分と遅い部分とが形成され、水流の速い環境を好む個体は水流の速い領域で遊泳し、水流の遅い環境を好む個体は水流の遅い領域に遊泳することを可能とすることができる。
【0052】
一方、無端流水路50全体が同一の環境で養殖することができるようにするため、隔壁54で並行に仕切られた2つの無端流水路55の幅の比率が1:1となるように隔壁54を立設することも可能である。
【0053】
養殖水槽50の底面53には、無端流水路55の長手方向に沿って複数のエアインジェクター60が配置されている。養殖水槽50の長手方向の端部寄りの部分には、それぞれ隔壁54を挟んで一対の水車70,70が配置されている。また、養殖水槽50の長手方向の端部近傍には、それぞれ曝気装置80が配置されている。さらに、養殖水槽50の短辺部分の外部には、それぞれ沈殿槽90及び循環ポンプ91が配置されている。養殖水槽50の一方の短辺部分の外部には自動給餌機20及び循環ポンプ91が配置されている。
【0054】
図9に示すように、水車70は、水平軸を中心に回転可能な回転羽根71と、回転羽根71を駆動するためのモータ72とを備えている。回転羽根71の回転方向は切り替え可能である。水車70の回転羽根71を通常の回転方向(回転羽根71の着水側が
図9中の矢線で示す水流Sに逆らうように回転する方向)に設定して運転させた場合、水車70の回転羽根71で養殖水Wを水面から持ち上げ、その養殖水Wを水面に落とすことにより、通常気液接触効率が高まるので、養殖水Wに酸素を溶解する効果を得ることができる。
【0055】
前述したような目的で水車70を使用してもよいが、回転羽根71を通常とは逆の回転方向(回転羽根71の着水側が
図9中の矢線で示す水流Sに沿うように回転する方向)に回転させると、水車70の回転羽根71で養殖水Wが押し出されるので、水流を作ることができる。回転羽根71の面積については、水中に入る部分の羽根面積を大きくすることにより、水の抵抗を大きくし、作り出す水流を大きくすることができる。羽根面積は水に対する抵抗と、使用する動力との関係に基づいて適切に設定することができる。
【0056】
また、本実施形態においては、回転羽根71を逆回転させることにより、養殖水Wを掻き上げるのではなく、養殖水Wを押し出すことにより、養殖水槽50内に効果的な流れを生成することができる。また、回転羽根71の回転数はインバーター(図示せず)を使用することにより調節することができる。このような水車70による水流の生成は、エアインジェクター60により、飼育に必要と十分な水流が得られないときに有用である。さらに、水車70の回転羽根71の取り付け姿勢は表裏変更可能であるため、回転羽根71を、その通常使用面と反対側の面が先に着水するように、取り付け姿勢を表裏変更して取り付けることもできる。なお、前記「取り付け姿勢」とは、水平軸を中心に回転可能な回転羽根71について、前記水平軸に対する回転羽根71の取り付け状態を意味し、本実施形態では、一定方向に回転する回転羽根71の「取り付け姿勢」が決まれば、回転羽根71の表裏どちらの面が先に着水するかが特定される。また、「取り付け姿勢が表裏変更可能」とは、ある取り付け姿勢で一定方向に回転する回転羽根71において先に着水する面を「表」とし、他方の面を「裏」と定義したとき、回転方向が同じ条件の下で、回転羽根71の取り付け姿勢を前記「ある取り付け姿勢」から変更することにより、先に着水する面を前記「表」から前記「裏」に変更することが可能であることをいう。さらに、前記「通常使用面」とは、水車70の回転羽根71が通常の回転方向(段落0054参照)に回転するときに先に着水する面をいう。
【0057】
養殖システム100においては、必要に応じてボイラー30を運転し、保温ハウス10内の養殖水槽50内の養殖水Wを加温して、その水温を適正に保ちながら、エアインジェクター60、水車70、曝気装置80、循環ポンプ91及び自動給餌機20を稼働させることにより、養殖水槽50内の養殖水W中においてバナメイエビなどの養殖を行うことができる。
【0058】
養殖システム100は、地面Gに形成した凹状部に合成樹脂シート(例えば、PE保護シート)を敷設して養殖水槽50を設け、養殖水槽50を覆う保温ハウス10を設けることによって構築することができるので、従来のコンクリート製の養殖水槽より低コストである。合成樹脂シートは加工し易くて、耐久性を有するものであれば特に限定しないが、例えば、高密度ポリエチレンや、低密度ポリエチレン、それらのハイブリッドを用いることができる。
【0059】
また、養殖水槽50は地面Gより下方に設けられ、断熱性を有する土砂で囲まれているとともに、養殖水槽50の上面部分は断熱材40及び保温ハウスで覆われ、養殖水槽50の周囲の地面G上には断熱材40が立設されているので、外気温度の影響を受け難く、運転コストの低減を図ることができる。また、養殖水槽50の温度が十分維持できている場合には、断熱材40を養殖水槽50の上面部分や周囲部分から外したり、一部を覆ったりするというような使い方をすることもできる。
【0060】
図5に示すように、養殖水槽50の内壁面51,52は養殖水槽50の内側(底面53)に向かって下り勾配をなすように形成することにより、内壁面51,52は底面53に対して鈍角をなしているので、収穫する際のエビの回収作業及び残渣の回収作業が容易である。養殖水槽50の内壁面51,52の傾斜角度は水平面Hを基準にして約45度に設定しているがこれに限定するものではないので、地面G下の土質が粘土質であれば、60度~70度程度の高角度にすることも可能である。
【0061】
養殖水槽50の内壁面51,52の傾斜部分については、養殖水Wに水没する部分のうち、傾斜する部分の割合は、傾斜のない部分に人や機械を入れることによって実行する作業が容易となるため、3分の1から2分の1程度の範囲にすることが可能である。また、養殖水槽50の養殖水を減少させ、水生生物を傾斜のない部分に容易に集めることができるようにするため、2分の1から4分の3程度の範囲とすることも可能である。さらに、養殖水槽50の汚れなどを狭い領域に集めて、清掃容易とするため、4分の3から5分の4とすることも可能である。一方、養殖水槽50の保温効果が最大となるようにするため水没する部分の5分の4から全ての範囲が傾斜するようにしてもよい。
【0062】
また、養殖水槽50の内壁面51,52に勾配を設けた場合、勾配を設けない場合に比べ、水槽の同じ深さまで養殖水を収容したときの、水と内壁面51,52との接触面積を広く確保することができる。本実施形態では、養殖水槽50を地面Gより低く、外気より温度変化の少ない地中に形成したことにより、養殖水槽50の保温性が高まるので、養殖水槽50の温度管理がより簡便となるが、内壁面51,52に勾配を設けて、内壁面51,52と養殖水Wとの接触面積を広くすることにより、その保温効果は向上する。
【0063】
また、養殖システム100においては、保温ハウス10の頂上部10cの高さを約2.3mとすることにより、外形の大型化及び容積の増大を回避しているので、温度制御が比較的容易であり、ボイラー30などの運転コストの軽減を図ることもできる。また、保温ハウス10の高さを約2.3mとすることにより、強風による被害を抑制することができる。
【0064】
養殖システム100は温暖な地域に設置されることも多いが、温暖な地域は台風の被害が多い地域である場合も多いので、保温ハウス10の高さを抑えることは、強風による被害を抑制する観点から重要である。また、保温ハウス10の高さを抑えることにより、設備自体の大きさ(内容積)を小さく抑えることができので、夏季または冬季の光熱費を低く抑えることができる。保温ハウス10は電動モータ(図示せず)で作動する換気扇15及び開閉可能な換気口16を備えているので、空気の入れ替えも容易であり、保温ハウス10内の温度管理に有効である。
【0065】
養殖水槽50内でバナメイエビを養殖する場合、養殖水Wの温度は比較的高く(28℃程度)に保つ必要があるため、水の蒸散が問題となるが、養殖水槽50の上面は断熱材40で覆われ、養殖水槽50全体が保温ハウス10内に配置されているため、養殖水Wの散逸を抑制することができる。また、断熱材40により養殖水槽50内の養殖水Wの水温変化が抑制されるため、光熱費を削減することができる。
【0066】
図7~
図9に示すように、養殖水槽50の底面53に設けられた複数のエアインジェクター60からエア混じりの水流を噴出することにより、養殖水槽50中の養殖水Wに、各図中の矢線で示すように、隔壁54の周りを連続的に旋回するように循環する水流Sを発生させることができるので、水流Sに沿って泳ぐ性質を有するバナメイエビの養殖に好適である。
【0067】
養殖水槽50においては、曝気装置80及び複数の水車70を稼働させることにより、空気中の酸素を養殖水W中へ効率的に供給することができる。水車70の回転羽根71は回転方向が変更可能であるので、循環水流の方向などの状況に応じて適切な方向へ回転させることができる。また、水車70の回転羽根71の取り付け姿勢は表裏変更可能であるため、取り付け姿勢を表裏変更して、先に着水する面を逆にすることもできる。なお、水車70の回転羽根71を通常の方向に回転させたときは水流Sの速度が大きくなるわけではないが、通常と逆方向に回転させたり、通常、用いられる酸素供給のために飼育水Wを跳ね上げる面を逆向きに取り換えて逆面としたりすると、養殖水Wを押し出すようになり、流れが速くなる。
【0068】
本発明においてバイオフロックとは、魚介類や甲殻類の養殖水槽の水中に人為的に作る微生物の固まりのことをいう。このバイオフロックにより、給餌によって増加する有毒なアンモニアや亜硝酸を減少させ、バイオフロック自体も蛋白源として餌にすることができる。魚介類や甲殻類だけではなくバイオフロックも温度に依存しているため、温度を容易に安定させることができる本発明に係る養殖システムは、特に、バイオフロックを用いた養殖においても有用である。
【0069】
本発明の養殖システムにおいて、養殖対象となる「エビ類」は、大きさに制限はなく、食品としての分類ではいわゆるロブスター(lobster)、プローン(prawn)、シュリンプ(shrimp)が含まれる。
【0070】
また、学術的な分類において本発明の対象となるエビとしてはエビ目が好ましく、エビ目のなかではクルマエビ上科が好ましい。クルマエビ上科のなかではクルマエビ科が好ましい。クルマエビ科(Penaeidae)の生物、例えば、Farfantepenaeus、Fenneropenaeus、Litopenaeus、Marsupenaeus、Melicertus、Metapenaeopsis、Metapenaeus、Penaeus、Trachypenaeus、Xiphopenaeus属などに属するエビが挙げられる。
【0071】
クルマエビ科のうち、例えば、食用エビとしては、クルマエビ(Marsupenaeus japonicus)、ミナミクルマエビ(Melicertus canaliculatus)、ウシエビ(ブラックタイガー)(Penaeus monodon)、コウライエビ(Penaeus chinensis)、クマエビ(Penaeus semisulcatus)、フトミゾエビ(Penaeus latisulcatus)、インドエビ(Fenneropenaeus indicus)、ヨシエビ(Metapenaeus ensis)、トサエビ(Metapenaeus intermedius)、Penaeus occidentalis、ブルーシュリンプ(Penaeus stylirostris)、レッドテールシュリンプ(Penaeus pencicillatus)、バナメイエビ(Litopenaeus vannamei)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0072】
クルマエビ科、リトペニウス属、特に、バナメイエビ(Litopenaeus vannamei)は本発明の養殖システムおける養殖対象のひとつである。
【0073】
また、エビには、遊泳性を持つ種と遊泳性を持たない種がある。遊泳性を持つ種の方が水槽を立体的に使用することができるため、過密状態での生産には適している。本発明の養殖システムにおいては、どちらの種のエビでも養殖可能であるが、過密状態の方がエビ同士の接触機会が多く、生産性が高くなるため、遊泳性を持つ種がより好ましい。遊泳性を持つ種として例えば、クルマエビ(Marsupenaeus japonicus)、ウシエビ(Penaeus monodon)、ボタンエビ(Pandalus nipponensis)、ブドウエビ(Pandalopsis coccinata)、サクラエビ(Lucensosergia lucens)、ホッコクアカエビ(Pandalus eous)、コウライエビ(Penaeus chinensis)、ヨシエビ(Metapenaeus ensis)、バナメイエビ(Litopenaeus vannamei)が挙げられる。
【0074】
また、砂に潜ることの少ない非潜砂性のエビは本発明に係る養殖システム100において特に高密度で飼育できるため好ましい。非潜砂性のエビとしては、バナメイエビ(Litopenaeus vannamei)、コウライエビが挙げられる。
【0075】
なお、
図1~
図8に基づいて説明した養殖システム100は、本発明の一例を示すものであり、本発明に係る養殖システムは前述した養殖システム100に限定されない。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、陸上においてエビ類を育成するための養殖システムとして、養殖漁業や養殖水産業などの分野において広く利用することができる。
【符号の説明】
【0077】
10 保温ハウス
10a 正面部
10b 背面部
10c 頂上部
11 建屋
12 合成樹脂フィルム材
13 出入り口
14 引き戸
15 換気扇
16 換気口
20 自動給餌機
30 ボイラー
40 断熱材
41,42 受け梁
50 養殖水槽
51,52 内壁面
53 底面
54 隔壁
54a,54b 端部
55 無端流水路
60 エアインジェクター
70 水車
71 回転羽根
72 モータ
80 曝気装置
90 沈殿槽
91 循環ポンプ
100 養殖システム
G 地面
H 水平面
R 傾斜角度
S 水流
W 養殖水