(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】中枢作用性ペプチド誘導体及び医薬組成物
(51)【国際特許分類】
C07K 19/00 20060101AFI20230418BHJP
A61K 38/02 20060101ALI20230418BHJP
A61K 38/26 20060101ALI20230418BHJP
A61K 38/22 20060101ALI20230418BHJP
A61K 38/28 20060101ALI20230418BHJP
A61K 38/33 20060101ALI20230418BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20230418BHJP
A61P 25/24 20060101ALI20230418BHJP
A61P 25/18 20060101ALI20230418BHJP
A61K 47/61 20170101ALI20230418BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20230418BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20230418BHJP
C07K 14/575 20060101ALN20230418BHJP
C07K 14/605 20060101ALN20230418BHJP
C07K 14/62 20060101ALN20230418BHJP
【FI】
C07K19/00 ZNA
A61K38/02
A61K38/26
A61K38/22
A61K38/28
A61K38/33
A61P25/28
A61P25/24
A61P25/18
A61K47/61
A61K47/64
C12N15/62 Z
C07K14/575
C07K14/605
C07K14/62
(21)【出願番号】P 2020123607
(22)【出願日】2020-07-20
(62)【分割の表示】P 2016546673の分割
【原出願日】2015-09-02
【審査請求日】2020-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2014177974
(32)【優先日】2014-09-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2014184436
(32)【優先日】2014-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100084995
【氏名又は名称】加藤 和詳
(74)【代理人】
【識別番号】100099025
【氏名又は名称】福田 浩志
(72)【発明者】
【氏名】山下 親正
(72)【発明者】
【氏名】岡 淳一郎
(72)【発明者】
【氏名】堀口 道子
(72)【発明者】
【氏名】濱田 幸恵
【審査官】上村 直子
(56)【参考文献】
【文献】Current Neuropharmacology,2013年,Vol.11,pp.197-208
【文献】Molecular Pharmaceutics,2012年,Vol.9,p.1222-1230
【文献】Current Pharmaceutical Biotechnology,2014年03月,Vol.15, No.3,p.191
【文献】Biomaterials,2013年,Vol.34,pp.9220-9226
【文献】バイオ医薬品の経鼻送達システムの開発,くすりと糖尿病,Vol.3, No.1,2014年,pp.43-46,<https://www.jstage.jst.go.jp/article/jpds/3/1/3_43/_article/-char/ja>
【文献】Drug Delivery System,2013年,28-4,pp.287-299
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 19/00
C07K 14/575
C12N 15/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
N末端側からFFLIPKG又はFFFFGであるエンドソーム脱出部分と、オリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12)である膜透過配列部分と、ペプチドに由来するアミノ酸配列部分である中枢作用部分と、をこの順に有
し、前記ペプチドがGLP-1、GLP-2、ニューロメジンU、オピオイドペプチド、オキシトシン、レプチン、オレキシン、ニューロペプチドY又はインスリンである中枢作用性ペプチド誘導体であって、前記中枢作用性ペプチド誘導体を経鼻・点鼻投与により脳内に移行させて中枢神経系に作用させるための、中枢作用性ペプチド誘導体。
【請求項2】
N末端側からFFLIPKG又はFFFFGであるエンドソーム脱出部分と、オリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12)である膜透過配列部分と、ペプチドに由来するアミノ酸配列部分である中枢作用部分と、をこの順に有し、前記ペプチドが以下の(a1)~(a3)又は(b)である中枢作用性ペプチド誘導体であって、前記中枢作用性ペプチド誘導体を経鼻・点鼻投与により脳内に移行させて中枢神経系に作用させるための、中枢作用性ペプチド誘導体。
(a1)His-Ala-Asp-Gly-Ser-Phe-Ser-Asp-Glu-Met-Asn-Thr-Ile-Leu-Asp-Asn-Leu-Ala-Ala-Arg-Asp-Phe-Ile-Asn-Trp-Leu-Ile-Gln-Thr-Lys-Ile-Thr-Asp、配列番号1)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a2)His-Ala-Glu-Gly-Thr-Phe-Thr-Ser-Asp-Val-Ser-Ser-Tyr-Leu-Glu-Gly-Gln-Ala-Ala-Lys-Glu-Phe-Ile-Ala-Trp-Leu-Val-Lys-Gly-Arg-NH
2
、配列番号2)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a3)Tyr-Lys-Val-Asn-Glu-Tyr-Gln-Gly-Pro-Val-Ala-Pro-Ser-Gly-Gly-Phe-Phe-Leu-Phe-Arg-Pro-Arg-Asn-NH
2
、配列番号3)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(b)アミノ酸配列(a1)~(a3)において1若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ中枢作用性を有するペプチド
【請求項3】
前記オリゴアルギニンがR
8である、請求項1
又は請求項2に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
【請求項4】
精神神経疾患の治療用である、請求項1~
請求項3のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
【請求項5】
うつ病又は学習障害の治療用である、請求項1~請求項
3のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
【請求項6】
請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む、医薬組成物。
【請求項7】
精神神経疾患の治療用である、請求項
6に記載の医薬組成物。
【請求項8】
うつ病又は学習障害の治療用である、請求項
6又は請求項
7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む、経鼻・点鼻製剤。
【請求項10】
精神神経疾患の治療用である、請求項
9に記載の経鼻・点鼻製剤。
【請求項11】
うつ病又は学習障害の治療用である、請求項
9又は請求項
10に記載の経鼻・点鼻製剤。
【請求項12】
請求項1~請求項
5のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む医薬組成物の、経鼻・点鼻投与への使用
(ただし、人間を治療する方法を除く)。
【請求項13】
オリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12である)である膜透過配列部分と、FFLIPKG又はFFFFGであるエンドソーム脱出部分とを、中枢作用性ペプチドに付加することを含む、中枢作用性ペプチドの安定化方法であり、
前記付加はN末端側からエンドソーム脱出部分、膜透過配列部分及び中枢作用性ペプチドの順となるように行われ、前記安定化は前記中枢作用性ペプチドを経鼻・点鼻投与により脳内へ移行させる際の分解酵素に対する安定性の向上であり、
前記中枢作用性ペプチドはGLP-1、GLP-2、ニューロメジンU、オピオイドペプチド、オキシトシン、レプチン、オレキシン、ニューロペプチドY又はインスリンである、中枢作用性ペプチドの安定化方法。
【請求項14】
オリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12である)である膜透過配列部分と、FFLIPKG又はFFFFGであるエンドソーム脱出部分とを、中枢作用性ペプチドに付加することを含む、中枢作用性ペプチドの安定化方法であり、前記付加はN末端側からエンドソーム脱出部分、膜透過配列部分及び中枢作用性ペプチドの順となるように行われ、前記安定化は前記中枢作用性ペプチドを経鼻・点鼻投与により脳内へ移行させる際の分解酵素に対する安定性の向上であり、前記中枢作用性ペプチドは以下の(a1)~(a3)又は(b)である、中枢作用性ペプチドの安定化方法。
(a1)His-Ala-Asp-Gly-Ser-Phe-Ser-Asp-Glu-Met-Asn-Thr-Ile-Leu-Asp-Asn-Leu-Ala-Ala-Arg-Asp-Phe-Ile-Asn-Trp-Leu-Ile-Gln-Thr-Lys-Ile-Thr-Asp、配列番号1)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a2)His-Ala-Glu-Gly-Thr-Phe-Thr-Ser-Asp-Val-Ser-Ser-Tyr-Leu-Glu-Gly-Gln-Ala-Ala-Lys-Glu-Phe-Ile-Ala-Trp-Leu-Val-Lys-Gly-Arg-NH
2
、配列番号2)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a3)Tyr-Lys-Val-Asn-Glu-Tyr-Gln-Gly-Pro-Val-Ala-Pro-Ser-Gly-Gly-Phe-Phe-Leu-Phe-Arg-Pro-Arg-Asn-NH
2
、配列番号3)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(b)アミノ酸配列(a1)~(a3)において1若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ中枢作用性を有するペプチド
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中枢作用性ペプチド誘導体及び医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ペプチド等の生体由来の物質が有する生理活性の薬理学的な利用の検討が盛んに行われている。例えば、プログルカゴン由来で37個のアミノ酸残基から構成されるペプチドであるグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)及び33個のアミノ酸残基から構成されるグルカゴン様ペプチド-2(GLP-2)は、いずれもGタンパク質共役受容体(GPCR)に結合してシグナルを伝達する役割を果たすことが知られている。GLP-1(活性体は7-37と7-36アミドがある)の脳内における薬理作用として、学習障害改善作用に関する報告がなされている(例えば、非特許文献1~2)。また、GLP-2の脳内における薬理作用としては、治療抵抗性うつ病モデル動物でも有効な抗うつ作用、血圧降下作用及び学習障害改善作用に関する報告がなされている(例えば、非特許文献3~9)。さらに、23個のアミノ酸残基からなるニューロメジンU(NmU)も、脳内のGPCRに結合して学習障害改善作用を示すことが報告されている(例えば、非特許文献10)。このほかにもオピオイドペプチド、オキシトシン、レプチン、ニューロペプチドY、オレキシン、インスリンなどの中枢作用を有するペプチド等や抗体医薬品が開発されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Neuroscience Research 64(2009)67-74
【文献】Journal of Neuroscience Research 92(2014)446-454
【文献】Behavioural Brain Research 204(2009)235-240
【文献】Neuroscience 212(2012)140-148
【文献】Life Sciences 93(2013)889-896
【文献】Neuroscience Letters 550(2013)104-108
【文献】Behavioural Brain Research 243(2013)153-157
【文献】Neuropeptides 49(2015)7-14
【文献】Neuroscience 294(2015)156-165
【文献】Neuroscience Research 61(2008)113-119
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ペプチド等の生体由来の物質は、既存の薬剤よりも副作用が少ない薬剤の有効成分としての利用が期待される。しかし、薬剤の種類によっては日常的に服用する必要があるため、その投与方法は侵襲性が低いことが望ましい。そこで、有効成分を効率的に脳に送達でき、かつ侵襲性が低い方法で投与可能な剤形として経鼻・点鼻製剤の開発が検討されている。しかし、経鼻・点鼻投与されたペプチドは効率良く血液脳関門を通過することが難しく、更には、生体内での酵素分解により短時間で効果が失われるなどの問題がある。本発明者らは上記状況に鑑み、投与方法として、主に非侵襲的で中枢移行性を期待できる経鼻投与に着目し、中枢作用のあるペプチドに特定の配列のペプチドを付加することにより、中枢作用のあるペプチドを効率的に脳内へ移行させることを可能とした。すなわち、本発明は中枢への移行性に優れる中枢作用性ペプチド誘導体及び当該中枢作用性ペプチド誘導体を含む医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記課題を達成するための具体的手段には、以下の実施態様が含まれる。
<1>中枢作用部分と、膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分と、を有する、中枢作用性ペプチド誘導体。
<2>前記中枢作用部分がペプチドに由来するアミノ酸配列部分である、<1>に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
<3>前記アミノ酸配列部分が、GLP-1、GLP-2、ニューロメジンU、オピオイドペプチド、オキシトシン、レプチン、オレキシン、ニューロペプチドY又はインスリンであるペプチドに由来するアミノ酸配列部分である、<1>又は<2>に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
<4>前記アミノ酸配列部分が、以下の(a1)~(a3)又は(b)であるペプチドに由来するアミノ酸配列部分である、<2>又は<3>に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
(a1)His-Ala-Asp-Gly-Ser-Phe-Ser-Asp-Glu-Met-Asn-Thr-Ile-Leu-Asp-Asn-Leu-Ala-Ala-Arg-Asp-Phe-Ile-Asn-Trp-Leu-Ile-Gln-Thr-Lys-Ile-Thr-Asp、配列番号1)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a2)His-Ala-Glu-Gly-Thr-Phe-Thr-Ser-Asp-Val-Ser-Ser-Tyr-Leu-Glu-Gly-Gln-Ala-Ala-Lys-Glu-Phe-Ile-Ala-Trp-Leu-Val-Lys-Gly-Arg-NH2、配列番号2)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(a3)Tyr-Lys-Val-Asn-Glu-Tyr-Gln-Gly-Pro-Val-Ala-Pro-Ser-Gly-Gly-Phe-Phe-Leu-Phe-Arg-Pro-Arg-Asn-NH2、配列番号3)で表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(b)アミノ酸配列(a1)~(a3)において1若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ中枢作用性を有するペプチド
<5>精神神経疾患の治療用である、<1>~<4>のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
<6>うつ病又は学習障害の治療用である、<1>~<4>のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体。
<7><1>~<6>のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む、医薬組成物。
<8>精神神経疾患の治療用である、<7>に記載の医薬組成物。
<9>うつ病又は学習障害の治療用である、<7>又は<8>に記載の医薬組成物。
<10><1>~<6>のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む、経鼻・点鼻製剤。
<11>精神神経疾患の治療用である、<10>に記載の経鼻・点鼻製剤。
<12>うつ病又は学習障害の治療用である、<10>又は<11>に記載の経鼻・点鼻製剤。
<13><1>~<6>のいずれか1項に記載の中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む医薬組成物の、経鼻・点鼻投与への使用。
<14>膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分とを中枢作用性ペプチドに付加することを含む、中枢作用性ペプチドの安定化方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、中枢への移行性に優れる中枢作用性ペプチド誘導体及び当該中枢作用性ペプチド誘導体を含む医薬組成物が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】GLP-2誘導体を投与したラットの強制水泳試験の結果である。
【
図2】GLP-2を単独で投与したラットの強制水泳試験の結果である。
【
図3】GLP-2誘導体のラットの脳内における分布の評価結果である。
【
図4】GLP-2誘導体を投与したマウスの強制水泳試験の結果である。
【
図5】GLP-2誘導体を投与したマウスの尾懸垂試験の結果である。
【
図6】GLP-2誘導体を投与した治療抵抗性うつ病発症モデルマウスの強制水泳試験の結果である。
【
図7】GLP-1誘導体を投与した学習障害モデルマウスのY字迷路試験の結果である。
【
図8】NmU誘導体を投与した学習障害モデルマウスのY字迷路試験の結果である。
【
図9】GLP-2誘導体の分解酵素DPP-4に対する安定性試験の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態について説明する。これらの説明及び実施例は本発明を例示するものであり、本発明の範囲を制限するものではない。
本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。アミノ酸配列の記載は左側がN末端側であり、アミノ酸残基は当該技術分野で周知の一文字表記(例えば、グリシン残基を「G」)または三文字表記(例えば、グリシン残基を「Gly」)で表記する場合がある。
本明細書において「治療」とは、症状を消失又は軽減させる作用又は効果のほか、当該症状の悪化を抑制する作用又は効果も意味する。「抗うつ作用」又は「抗うつ効果」は、うつ病の症状を消失又は軽減させる作用又は効果のほか、当該症状の悪化を抑制する作用又は効果も意味する。「学習障害改善作用」又は「学習障害改善効果」は、学習障害の症状を消失又は軽減させる作用又は効果のほか、当該症状の悪化を抑制する作用又は効果も意味する。
【0009】
<中枢作用性ペプチド誘導体>
本発明の中枢作用性ペプチド誘導体は、中枢作用部分と、膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分と、を有する。本発明者らは、中枢作用性のペプチドが生体内で分解する前に脳に迅速に送達し、かつ脳内に効率よく移行させるための方法を検討した。その結果、中枢作用部分と膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分と、を有する中枢作用性ペプチド誘導体を経鼻・点鼻投与した場合は、中枢作用部分を単独で経鼻・点鼻投与した場合よりも、脳への移行性が顕著に向上することを見出した。
【0010】
中枢作用性ペプチド誘導体の用途は、中枢作用部分が中枢神経に作用して発揮する薬理効果を利用するものであれば特に制限されない。このような薬理効果としては、抗うつ作用、学習障害改善作用、抗不安作用、摂食抑制作用、認知障害改善作用、血圧降下作用、鎮痛作用、睡眠作用、抗てんかん作用等を挙げることができる。従って、本発明の中枢作用性ペプチド誘導体は抗うつ剤、学習障害改善剤、抗不安剤、食欲抑制剤、認知障害改善剤、血圧降下剤、鎮痛剤、睡眠導入剤、抗てんかん剤等の精神神経疾患の治療用に好適に使用することができる。
【0011】
(中枢作用部分)
中枢作用性ペプチド誘導体における中枢作用部分は、中枢神経に作用して薬理効果を発揮する物質に由来するものであれば特に制限されない。中枢作用性ペプチド誘導体において、中枢作用部分に膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分を付加する方法は特に制限されず、公知の方法により行うことができる。
【0012】
中枢作用性ペプチド誘導体のある実施態様では、中枢作用部分は、中枢作用性ペプチドに由来するアミノ酸配列部分(以下、中枢作用性ペプチド部分とも称する)である。中枢作用性ペプチドとしては、GLP-1、GLP-2、ニューロメジンU、オピオイドペプチド(エンケファリン、ダイノルフィンなど)、オキシトシン、レプチン、オレキシン、ニューロペプチドY、インスリンなどが挙げられる。
【0013】
中枢作用性ペプチド誘導体のある実施態様では、中枢作用部分が以下の(a1)~(a3)又は(b)であるペプチドに由来するペプチド部分である。
【0014】
(a1)HADGSFSDEMNTILDNLAARDFINWLIQTKITDで表されるアミノ酸配列からなるペプチド(GLP-2、配列番号1)
(a2)HAEGTFTSDVSSYLEGQAAKEFIAWLVKGR-NH2で表されるアミノ酸配列からなるペプチド(GLP-1:活性体7-36アミド、配列番号2)
(a3)YKVNEYQGPVAPSGGFFLFRPRN-NH2で表されるアミノ酸配列からなるペプチド(ニューロメジンU、配列番号3)
(b)アミノ酸配列(a1)~(a3)において1若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ中枢作用性を有するペプチド
【0015】
上記ペプチドのうち、GLP-2は抗うつ作用及び血圧降下作用を示し、GLP-1は学習障害改善作用を示し、ニューロメジンUは学習障害改善作用を示すことが知られている。このため、これらのペプチドは中枢作用性ペプチド誘導体の中枢作用部分としての有用性が大きい。なお、「ペプチドに由来するアミノ酸配列」とは、あるペプチドのアミノ酸配列が他のアミノ酸配列と結合して一つのペプチドを構成している場合において、当該ペプチドのアミノ酸配列に相当する部分を意味する。
【0016】
中枢作用性ペプチド部分が「(b)アミノ酸配列(a1)~(a3)において1若しくは数個のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加されてなるアミノ酸配列からなるペプチド」に由来する場合、欠失、置換若しくは付加されるアミノ酸残基の数は、中枢作用性ペプチド部分が本発明の効果を達成できる範囲であれば特に制限されない。例えば、1~10個であり、1~5個であることが好ましく、1~3個であることがより好ましい。合成の効率、取扱性、安定性等の観点からは、(b)のペプチドのアミノ酸残基の総数は40以下であることが好ましく、35以下であることがより好ましく、33以下であることがさらに好ましい。
【0017】
(膜透過配列部分)
中枢作用性ペプチド誘導体は、膜透過配列部分を有する。膜透過配列部分は、膜透過性ペプチド(Cell penetrating peptide、以下CPPとも称する)に由来するアミノ酸配列からなる。「膜透過性ペプチド」とは、細胞膜を通過する作用を有するペプチドを意味する。中枢作用性ペプチド誘導体が膜透過配列部分を有することにより、中枢作用性ペプチド誘導体が膜透過配列部分の膜透過作用によって細胞内へと導入される。細胞内に導入された中枢作用性ペプチド誘導体は、主に軸索輸送等により鼻粘膜および嗅上皮等を介して脳に移行して脳内に分布すると考えられる。
【0018】
膜透過配列部分を構成する膜透過性ペプチドは、中枢作用性ペプチド誘導体を細胞内に導入する作用を有するものであればよく、その構造や原理は特に制限されない。膜透過性ペプチドの例としてはオリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12)、Angiopep-5(RFFYGGSRGKRNNFRTEEY、配列番号4)、Antp(RQIKIWFQNRRMKWKK、配列番号5)、Bac(YGRKKRRQRRR、配列番号6)、BR1(RAGLQFPVGRLLR、配列番号7)、BR2(RAGLQFPVGRLLRRLLR、配列番号8)、Buf IIb[BR3](RAGLQFPVGRLLRRLLRRLLR、配列番号9)、SH-CPPP-2(KLPVM、配列番号10)、CyLoP-1(CRWRWKCCKK、配列番号11)、Cys-Antp(CRQIKIWFQNRRMKWKK、配列番号12)、Cys-pVEC(CLLIILRRRIRKQAHAHKS、配列番号13)Cys-SAP(CVRLPPPVRLPPPVRLPPP、配列番号14)、Cys-SAPr(CPPPLRVPPPLRVPPPLRV、配列番号15)、Cys-TAT(CYGRKKRRQRRR、配列番号16)、Cys-TP10(CAGYLLGKINLKALAALAKKIL、配列番号17)、Cys-TP10K(CAGYLLGKINKLKALAALAKKIL、配列番号18)、FAK(FAKLAARLYRKALARQLGVAA、配列番号19)、H9(HHHHHHHHH、配列番号20)、HC-[poly(K)](QYIKANSKFIGITEL-poly(K)、配列番号21)、hLF(KCFQWQRNMRKVRGPPVSCIKR、配列番号22)、HR9(CHHHHHHRRRRRRRRRHHHHHC、配列番号23)、IR9(GLFEAIEGFIENGWEGMIDGWYGRRRRRRRRR、配列番号24)、JNKI-1D-TAT(TDQSRPVQPFLNLTTPRKPRRPPRRRQRRKKRG、配列番号25)、K9(KKKKKKKKK、配列番号26)、Low molecular weight protamine(LMWP)(VSRRRRRRGGRRRR、配列番号27)、MAP(KLALKLALKALKAALKLA、配列番号28)、Mitoparan(INLKKLAKL(Aib)KKIL、配列番号29)、m-N2-10-1(MTS-C)(HYSRLEICNL-AAVALLPAVLLALLP、配列番号30)、m-N2-10-1(MTS-N)(AAVALLPAVLLALLP-HYSRLEICNL、配列番号31)、m-N2-10-1(NIV-C)(HYSRLEICNL-GRKKRRQRRRPPQ、配列番号32)、m-N2-10-1(NIV-N)(GRKKRRQRRRPPQ-HYSRLEICNL、配列番号33)、m-N2-10-1(OR-C)(RRRRRRRR-HYSRLEICNL、配列番号34)、m-N2-10-1(OR-N)(HYSRLEICNL-RRRRRRRR、配列番号35)、MPG-8(AFLGWLGAWGTMGWSPKKKRK-Cysteamide、配列番号36)、MPGα(GALFLAAALSLMGLWSQPKKKRKV-NH-CH2-CH2-SH、配列番号37)、MPGβ(GALFLGAALSLMGLWSQPKKKRKV-NH-CH2-CH2-SH、配列番号38)、NrTP1(YKQCHKKGGKKGSG、配列番号39)、NrTP2(YKQCHKKGG-Ahx-KKGSG、配列番号40)、NrTP5(YKGCHKKGGKKGSG、配列番号41)、NrTP6(YKQSHKKGGKKGSG、配列番号42)、NrTP7(YRQSHRRGGRRGSG、配列番号43)、MPG HIV-gp41/SV40 T-antigen(GALFLGFLGAAGSTMGAWSQPKKKRKV、配列番号44)、NrTP8(WKQSHKKGGKKGSG、配列番号45)、PAMAM-PEG-Angiopep-2(PFFYGGSGGNRNNYLREEY、配列番号46)、PEI-TAT(TGRKKRRQRRR-PEI、配列番号47)、Penetratin(43-58)(RQIKIWFQNRRMKWKK、配列番号48)、penetratin(RQIKIWFQNRRMKWKKK、配列番号49)、Pep-1 HIV-reverse transcriptase/SV40 T-antigen(KETWWETWWTEWSQPKKKRKV、配列番号50)、Pep1(KETWWETWWTEWSQPKKKRKV、配列番号51)、pepM residues 45-72 of DENV-2 C protein(KLFMALVAFLRFLTIPPTAGILKRWGTI、配列番号52)、pepR residues 67-100 of DENV-2 C protein(LKRWGTIKKSKAINVLRGFRKEIGRMLNILNRRRR、配列番号53)、peptide derived from protamine(RRRRRRGGRRRRG、配列番号54)、Peptide vascular endothelial cadherin(pVEC)(LLIILRRRIRKQAHAHSK、配列番号55)、PF14(AGYLLGKLLOOLAAAALOOLL、「O」は任意のアミノ酸残基、配列番号56)、PR9(FFLIPKGRRRRRRRRR、配列番号57)、protamine(VSRRRRRRGGRRRRK、配列番号58)、PYC36L-TAT(GRKKRRQRRRGGLQGRRRQGYQSIKP、配列番号59)、R6W3 Based on penetratin(RRWWRRWRR、配列番号60)、R9-hLF(RRRRRRRRRKCFQWQRNMRKVRGPPVSCIKR、配列番号61)、RA9(RRAARRARR、配列番号62)、RH9(RRHHRRHRR、配列番号63)、RL9(RRLLRRLRR、配列番号64)、RVG-9R(YTIWMPENPRPGTPCDIFTNSRGKRASNG-9R、配列番号65)、RW9(RRWWRRWRR、配列番号66)、S8(SSSSSSSSK、配列番号67)、SAP(VRLPPPVRLPPPVRLPPP、配列番号68)、SAPr(PPPLRVPPPLRVPPPLRV、配列番号69)、SynB1(RGGRLSYSRRRFSTSTGR、配列番号70)、SynB3(RRLSYSRRRF、配列番号71)、Xentry(LCLRPVG、配列番号72)、YARA(YARAAARQARAKALARQLGVAA、配列番号73)、TAT(47-57)(GRKKRRQRRRP、配列番号74)、TAT(48-60)(GRKKRRQRRRPPQ、配列番号75)、TAT(49-57)(RKKRRQRRR、配列番号76)、TAT-D(GRRRQRRKKRG、配列番号77)、TAT-L(GRKKRRQRRRG、配列番号78)、TAT-PEG-Cholesterol(YGRKKRRQRRR-PEG-cholesterol、配列番号79)、TP-10(AGYLLGKINLKALAALAKKIL、配列番号80)、TP-10K(AGYLLGKINKLKALAALAKKIL、配列番号81)、Transportan(GWTLNSAGYLLGKINLKALAALAKKIL、配列番号82)、CAD-2(GLWRALWRLLRSLWRLLWKA-NH-CH2-CH2-SH、配列番号83)、PF6(AGYLLGK(K(K2(TFQ4)))INLKALAALAKKIL、配列番号84)、polyarginine誘導体(RRRQRRKRRRQ、配列番号85)等を挙げることができる。
【0019】
上記の膜透過性ペプチドの中でも、細胞膜との親和性および合成の容易さの点から、アルギニン、リシン、ヒスチジン、トリプトファン等の塩基性のアミノ酸残基に富む(例えば、アミノ酸残基総数の半数以上が塩基性のアミノ酸残基である)アミノ酸配列からなる膜透過性ペプチドが好ましい。このような膜透過性ペプチドとしては、オリゴアルギニン(Rn、nはアルギニン残基の数であり6~12)、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)のTatタンパク質に由来するTAT等が挙げられる。塩基性のアミノ酸残基に富むアミノ酸配列からなる膜透過性ペプチドは、細胞が細胞外の物質を取り込む過程であるエンドサイトーシスの一種であるマクロピノサイトーシスを誘発すると考えられる。これにより、中枢作用性ペプチド誘導体をより効率的に細胞内に導入することができると考えられる。
【0020】
中枢作用性ペプチド誘導体の膜透過効率の観点からは、膜透過性ペプチドはアミノ酸残基総数の半数以上がアルギニン残基であるペプチドであることが好ましく、6~12個のアルギニン残基からなるオリゴアルギニンであることがより好ましく、7~9個のアルギニン残基からなるオリゴアルギニンであることがさらに好ましく、8個のアルギニン残基からなるオリゴアルギニンであることがさらにより好ましい。
【0021】
(エンドソーム脱出部分)
中枢作用性ペプチド誘導体は、エンドソーム脱出部分を有する。中枢作用性ペプチド誘導体がエンドソーム脱出部分を有することにより、細胞内に導入された中枢作用性ペプチド誘導体がエンドソームに留まる時間が短縮され、より短時間でのエンドソーム脱出が可能になると考えられる。その結果、中枢作用性ペプチド誘導体の脳への移行及び分布がより短い時間で達成されると考えられる。
【0022】
エンドソーム脱出部分は、中枢作用性ペプチド誘導体のエンドソーム脱出を促進する作用を有するものであればよく、その構造や原理は特に制限されない。例えば、アセチル基(CnH2n+1CO-、n=3~9)や、FFLIPKG(配列番号86)、LILIG(配列番号87)、FFG(配列番号88)、FFFFG(配列番号89)、FFFFFFG(配列番号90)等のエンドソーム脱出促進配列(Penetration accelerating sequence、以下PASとも称する)として知られるアミノ酸配列等を挙げることができる。エンドソーム脱出機能の観点からは、エンドソーム脱出部分はPASであることが好ましい。
【0023】
中枢作用性ペプチド誘導体における膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分の位置は特に制限されない。例えば、膜透過配列部分が中枢作用部分に近い側に位置していても、エンドソーム脱出部分が中枢作用部分に近い側に位置していてもよい。本発明の効果をより効果的に達成する観点からは、膜透過配列部分が中枢作用部分に近い側に位置していることがより好ましく、膜透過配列部分が中枢作用部分に近い側に位置し、かつ膜透過配列部分のN末端側にエンドソーム脱出部分としてPASが存在していることがさらに好ましい。
【0024】
(スペーサー)
中枢作用性ペプチド誘導体において、中枢作用部分と膜透過配列部分又はエンドソーム脱出部分とは直接結合していても、これらの間にスペーサーが存在していてもよい。中枢作用部分と膜透過配列部分との間にスペーサーが存在している場合のスペーサーのアミノ酸配列は、中枢作用部分の活性が低下又は損なわれることを防ぐ機能を有するものであれば特に制限されない。一般に、膜透過配列部分は塩基性アミノ酸から構成される。従って、中枢作用部分が酸性アミノ酸残基を含む場合、グリシン等の中性アミノ酸残基が複数(例えば1~10個、好ましくは2~6個)連続したスペーサーを存在させ、膜透過配列部分と中枢作用部分とが相互作用して中枢作用部分の活性が低下又は損なわれるのを防ぐことが好ましい。
【0025】
中枢作用性ペプチド誘導体は、用途に応じて種々の改変を施してもよい。例えば、アミノ基修飾(ビオチン化、ミリストイル化、パルミトイル化、アセチル化、マレイミド化等)、カルボキシル基修飾(アミド化、エステル化等)、チオール基修飾(ファルネシル化、ゲラニル化、メチル化、パルミトイル化等)、水酸基修飾(リン酸化、硫酸化、オクタノイル化、パルミトイル化、パルミトレオイル化等)、各種蛍光標識(FITC、FAM、Rhodamine、BODIPY、NBD、MCA等)、PEG化、非天然アミノ酸、D-アミノ酸等の導入などの改変を施してもよい。改変は、中枢作用性ペプチド誘導体の中枢作用部分、膜透過配列部分、エンドソーム脱出部分、スペーサーのいずれにおいて施されていてもよい。
【0026】
中枢作用性ペプチド誘導体を構成するアミノ酸残基のそれぞれは、本発明の効果が達成される限りL体又はD体のいずれであってもよい。中枢作用性ペプチド誘導体の作製方法は特に制限されず、生体や天然物からの採取、遺伝子工学的方法、有機合成化学的方法等のいずれであってもよい。
【0027】
ある実施態様では、中枢作用性ペプチド誘導体はN末端側からPAS、CPP、必要に応じて配置されるスペーサー、及び中枢作用部分としてのアミノ酸配列がこの順に位置するアミノ酸配列からなり、PASはFFLIPKG、LILIG、FFG、FFFFG、又はFFFFFFGから選択され、CPPはオリゴアルギニン(Rn、n=6~12)から選択され、必要に応じて配置されるスペーサーはグリシン残基(Gn、n=2~6)から選択される。
【0028】
中枢作用性ペプチド誘導体の中枢作用部分がアミノ酸配列である場合、中枢作用性ペプチド誘導体全体のアミノ酸残基数は本発明の効果が得られる限り特に制限されず、用途等に応じて選択できる。中枢作用性ペプチド誘導体全体のアミノ酸残基数は、例えば80以下であってよく、70以下であることが好ましく、60以下であることがより好ましい。中枢作用性ペプチド誘導体全体のアミノ酸残基数は、例えば35以上であってよく、40以上であることが好ましく、45以上であることがより好ましい。
【0029】
<医薬組成物>
本発明の医薬組成物は、中枢作用部分と、膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分と、を有する中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む。本発明の医薬組成物は、中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含むことにより、脳への移行性に優れ、効率的に薬理効果を発揮することができる。また、投与形態の侵襲性が低いため、例えば、在宅で連日投与する必要のある疾患の治療に有用である。従って、医薬組成物の好適な剤形としては経鼻・点鼻製剤が挙げられる。
【0030】
医薬組成物の治療対象である精神神経疾患は、中枢作用性ペプチド誘導体の中枢作用部分が中枢神経に作用することで治療効果が発揮されるものであれば特に制限されない。治療対象である精神神経疾患としては、うつ病、学習障害、不安、摂食障害、認知障害、高血圧、睡眠障害、てんかん等が挙げられる。
【0031】
医薬組成物として具体的には、抗うつ剤、学習障害改善剤、抗不安剤、食欲抑制剤、認知障害改善剤、血圧降下剤、鎮痛剤、睡眠導入剤、抗てんかん剤等が挙げられ、治療対象に応じて中枢作用性ペプチド誘導体の中枢作用部分、膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分の種類を選択できる。例えば、有効成分としてGLP-2に由来するペプチド部分を有する中枢作用性ペプチド誘導体を含む医薬組成物は、抗うつ剤として有用である。また、GLP-2は血圧降下作用を示すことから、強いストレスによるうつ病に高血圧を併発している患者に投与した場合の有効性が特に高いと考えられる。GLP-1又はNmUに由来するペプチド部分を有する中枢作用性ペプチド誘導体を含む医薬組成物は、学習障害改善剤として有用である。
【0032】
医薬組成物に含まれる中枢作用性ペプチド誘導体の詳細及び好ましい態様は、上述したとおりである。医薬組成物の使用方法は、本発明の効果が得られる限り特に制限されず、経鼻・点鼻投与、経口投与、静脈内投与等のいずれであってもよい。日常的に服用しやすいという観点からは経鼻・点鼻投与又は経口投与が好ましく、脳への送達性の観点からは経鼻・点鼻投与がより好ましい。医薬組成物は、中枢作用性ペプチド誘導体以外の成分を含んでいてもよい。医薬組成物以外に含まれてもよい成分の具体例としては、医薬組成物の調製に用いられる媒質及び製剤用添加物を挙げることができる。製剤用添加物としては、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、界面活性剤、緩衝剤、溶解補助剤、安定化剤、等張化剤、懸濁化剤、乳化剤、溶剤、増粘剤、粘液溶解剤、湿潤剤、防腐剤などが挙げられる。医薬組成物の投与量は、疾患の種類、患者の症状、体重、年齢等、投与態様などに応じて選択される。
【0033】
<経鼻・点鼻製剤>
本発明の経鼻・点鼻製剤は、中枢作用部分と、膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分と、を有する中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む。本発明の経鼻・点鼻製剤は、中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含むことにより、脳への移行性に優れ、効果的に薬理作用を発揮することができる。また、投与形態の侵襲性が低いため、在宅で連日投与する必要のある疾患の症状改善に好適である。
【0034】
本発明の経鼻・点鼻製剤に含まれる中枢作用性ペプチド誘導体の詳細及び好ましい態様は、上述したとおりである。本発明の経鼻・点鼻製剤は、中枢作用性ペプチド誘導体以外の成分を含んでいてもよい。中枢作用性ペプチド誘導体以外の成分としては、医薬組成物調製に用いられる媒質及び製剤用添加物として上述したものを挙げることができる。
【0035】
本発明の実施態様には、上述した中枢作用性ペプチド誘導体を有効成分として含む医薬組成物の、経鼻・点鼻投与への使用が含まれる。当該使用における中枢作用性ペプチド誘導体及び医薬組成物の詳細及び好ましい態様は、上記したとおりである。
【0036】
本発明の実施態様には、膜透過配列部分と、エンドソーム脱出部分とを中枢作用性ペプチドに付加することを含む、中枢作用性ペプチドの安定化方法が含まれる。当該方法における膜透過配列部分、エンドソーム脱出部分及び中枢作用性ペプチドの詳細及び好ましい態様は、上記したとおりである。
【実施例】
【0037】
以下に実施例を挙げて、本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。従って、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0038】
[中枢作用性ペプチド誘導体の抗うつ効果の評価]
<実施例1>
中枢作用性ペプチド誘導体として、FITC-FFLIPKG-(R)8-(G)2-HADGSFSDEMNTILDNLAARDFINWLIQTKITDのアミノ酸配列からなるGLP-2の誘導体を定法により作製した。次いで、GLP-2誘導体をDMSOに一次溶解してからDMSOの最終濃度が16%になるようにリン酸緩衝液(PBS)で希釈し、GLP-2誘導体のDMSO溶液を調製した。
【0039】
調製したGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてラットの強制水泳試験を行い、GLP-2誘導体の抗うつ効果を評価した。強制水泳試験は、以下のようにして行った。強制水泳試験日は、試験開始1時間前からラット(8~10週齢、オス、個体数6)を実験室に置いて馴化させた。GLP-2誘導体のDMSO溶液をラットに18μg/日、強制水泳試験の30分前に2日間経鼻・点鼻投与した。水温25±1℃の水が高さ30cmまで入った、直径18cm、高さ50cmの透明なプラスチック製の円筒形シリンダー中で、ラットを1匹ずつ15分間泳がせ、無動時間(秒)を測定した。強制水泳後のラットは体をキムタオルで拭き、ケージに戻した。1日目を予備試験、2日目を本試験とし、この試験を2日間連続で行った。コントロールとして、GLP-2誘導体を含まない溶媒のみ10μLを経鼻・点鼻投与したラット(8~10週齢、オス、個体数6)の強制水泳試験も同様にして行った。結果を表1及び
図1に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=6)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(*P<0.05)。
【0040】
<比較例1>
膜透過配列部分とエンドソーム脱出部分を有しない、HADGSFSDEMNTILDNLAARDFINWLIQTKITDのアミノ酸配列からなるGLP-2を定法により作製し、実施例1と同様にしてDMSO溶液(16%)を作製した。このDMSO溶液を用いてGLP-2(18μg)をラット(8~10週齢、オス、個体数6)に経鼻・点鼻投与した以外は実施例1と同様にしてラットの強制水泳試験を行った。結果を表1及び
図2に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=6)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(ns=非有意)。
【0041】
【0042】
<実施例2>
実施例1と同様にして調製したGLP-2誘導体のDMSO溶液(16%)を用いてGLP-2誘導体(18μg)を経鼻・点鼻投与したラットの嗅球(Olfactory bulb)、下辺縁皮質(Infralimbic cortex)、扁桃体基底外側部(Basolateral amygdala)、扁桃体中心核(Central amygdala)、扁桃体内側核(Medial amygdala)、視床下部室傍核(Paraventricular hypothalamic nucleus)、視床下部背内側核(Dorsomedial hypothalamic nucleus)、海馬(Hippocampus)及び傍小脳脚核(Parabrachial nucleus)におけるGLP-2誘導体の分布の状態を、以下のようにして調べた。
【0043】
実施例1と同様にして調製したGLP-2誘導体のDMSO溶液(16%)を用いてGLP-2誘導体(18μg)をラットに経鼻・点鼻投与して30分後にラットをホルマリン固定し、脳標本を作製した。脳標本からクライオスタット(ライカマイクロシステムズ:CM1560S)で薄切片(30μm)を作製し、蛍光顕微鏡(キーエンス:BZ-9000)で観察した。コントロールとして、GLP-2誘導体を含まない溶媒のみを経鼻投与したラットの脳標本も作製し、同様にして観察した。結果を
図1に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=6)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(*P<0.05、**P<0.01)。
【0044】
<実施例3>
中枢作用性ペプチド誘導体として、FFLIPKG-(R)8-(G)2-HADGSFSDEMNTILDNLAARDFINWLIQTKITDのアミノ酸配列からなるGLP-2誘導体を定法により作製した。すなわち、作製したGLP-2誘導体は、蛍光標識(FITC)を付加していない点において実施例1で作製したGLP-2誘導体と異なっている。次いで、GLP-2誘導体をDMSOに一次溶解してからDMSOの最終濃度が16%になるようにPBSで希釈し、GLP-2誘導体のDMSO溶液を調製した。
【0045】
マウスの強制水泳試験を行い、GLP-2誘導体の抗うつ効果を評価した。強制水性試験は、以下のようにして行った。強制水泳試験を実施する24時間前に、ddYマウス(5~7週齢、オス、個体数12)に対して15分間の予備水泳を行った。なお、試験の前日と当日にGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてGLP-2誘導体を3.6μgずつ投与した。その後、実施例1と同様にして強制水泳試験を行い、無動時間(秒)を測定した。コントロールとして、GLP-2誘導体を含まない溶媒のみを経鼻・点鼻投与したマウス(5~7週齢、オス、個体数12)の強制水泳試験も同様にして行った。結果を表2及び
図4に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=12)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(*P<0.05)。
【0046】
【0047】
<実施例4>
実施例3で作製したGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてマウスの尾懸垂試験を行い、GLP-2誘導体の抗うつ効果を評価した。尾懸垂試験は、以下のようにして行った。ddYマウス(5~7週齢、オス、個体数9)に対し、試験の前日と当日にGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてGLP-2誘導体を3.6μgずつ投与した。その後、マウスを尻尾から逆さに吊るし、無動時間(秒)を測定した。コントロールとして、GLP-2誘導体を含まない溶媒のみを経鼻・点鼻投与したマウス(5~7週齢、オス、個体数9)の尾懸垂試験も同様にして行った。結果を表3及び
図5に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=9)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(*P<0.05)。
【0048】
【0049】
<実施例5>
実施例3で作製したGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてうつ病発症モデルマウスの強制水泳試験を行い、GLP-2誘導体の抗うつ効果を評価した。うつ病発症モデルマウスとしては、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA系)の亢進状態を副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)により誘導したddYマウス(5~7週齢、オス、個体数11)を使用した。ACTHの投与は、0.45mg/kg重/日となる量で14日間連続して行った。強制水泳試験は実施例3と同様にして行い、無動時間(秒)を測定した。なお、試験の当日まで、6日間連続してGLP-2誘導体のDMSO溶液を用いてGLP-2誘導体を3.6μgずつ経鼻・点鼻投与した。コントロールとして、GLP-2誘導体を含まない溶媒のみ4μLを6日間連続して経鼻投与したマウス(5~7週齢、オス、個体数11)の強制水泳試験も同様にして行った。結果を表4及び
図6に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=11)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(**P<0.01)。
【0050】
【0051】
[中枢作用性ペプチド誘導体の学習障害改善効果の評価]
<実施例6>
中枢作用性ペプチド誘導体として、FFLIPKG-(R)8-(G)2-HAEGTFTSDVSSYLEGQAAKEFIAWLVKGR-NH2のアミノ酸配列からなるGLP-1(7-36アミド)の誘導体を定法により作製した。次いで、GLP-1誘導体をFOS12(n-dodecylphosphocholine)に一次溶解してからFOS12の最終濃度が1%になるようにPBSで希釈し、GLP-1誘導体のFOS12溶液を調製した。
【0052】
作製したGLP-1誘導体のFOS12溶液を用いて、学習障害誘導マウスのY字迷路試験を行い、GLP-1誘導体の学習障害改善効果を評価した。学習障害誘導マウスとしては、試験の3日前にLPS(リポ多糖)10μgを投与したddYマウス(5~7週齢、オス、個体数5)を使用した。なお、LPSの投与の15分前に、GLP-1誘導体のFOS12溶液を用いてGLP-1誘導体(3μg)を経鼻・点鼻投与した。Y字迷路試験は、3本の同じ大きさのアームを有する装置を使用し、3回連続して異なるアームに進入した回数をアームへの総進入回数から2を引いた値で除した後、100を乗じて得た値を自発的交代行動(%)として求めた。
【0053】
コントロールとして、LPSの投与の15分前に、GLP-1誘導体を含まない溶媒のみ(4μL)を経鼻・点鼻投与したマウス(5~7週齢、オス、個体数5又は7)についても上記と同様の試験を行った。さらに、LPSを投与していないマウス(Vehicle)についても上記と同様の試験を行った。結果を表5及び
図7に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=5又は7)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(*P<0.05、**P<0.01)。
【0054】
【0055】
[中枢作用性ペプチド誘導体の学習障害改善効果の評価]
<実施例7>
中枢作用性ペプチド誘導体として、FFFFG-(R)8-(G)2-YKVNEYQGPVAPSGGFFLFRPRN-NH2のアミノ酸配列からなるNmU(ニューロメジンU)の誘導体を定法により作製した。次いで、NmU誘導体をFOS12に一次溶解してからFOS12の最終濃度が5%になるようにPBSで希釈し、NmU誘導体のFOS12溶液を調製した。学習障害誘導マウスとしては、試験の3日前にLPS(リポ多糖)10μgを投与したddYマウス(5~7週齢、オス、個体数6)を使用した。なお、LPSの投与の15分前にNmU誘導体のFOS12溶液を用いてNmU誘導体(5.6μg)を経鼻・点鼻投与した。実施例6と同様にしてY字迷路試験を行い、測定値から自発的交代行動(%)を求めた。
【0056】
コントロールとして、LPSの投与の15分前にNmU誘導体を含まない溶媒のみ4μLを経鼻・点鼻投与したマウス(5~7週齢、オス、個体数6)についても上記と同様の試験を行った。さらに、LPSを投与していないマウス(Vehicle)についても上記と同様の試験を行った。結果を表6及び
図8に示す。図中のエラーバーは中央値±標準誤差(n=6)を表し、Mann-Whitney検定により統計処理を行った(**P<0.01、***P<0.001)。
【0057】
【0058】
[中枢作用性ペプチド誘導体の安定性の評価]
<実施例8>
GLP-2及び実施例3で作製したGLP-2誘導体を、それぞれDMSOに一次溶解してからDMSOの最終濃度が1%になるようにリン酸緩衝液(PBS)で希釈してサンプルを調製した。サンプル中のGLP-2及びGLP-2誘導体の含有量は、それぞれ12ng/μLとした。また、DPP-4(ジペプチジルペプチダーゼ-4)0.125ユニットも各サンプルに添加した。
【0059】
評価用サンプルを37℃で保管し、調製から1時間及び6時間後のGLP-2及びGLP-2誘導体の含有量をHPLCにより測定した。測定した値を、DPP-4を添加していないサンプルの調製直後のGLP-2及びGLP-2誘導体の含有量を100%として相対値化し、残存率(%)として算出した。結果を
図9に示す。図中の値は中央値±標準誤差(n=3)を表し、t検定により統計処理を行った(**P<0.001)。
【0060】
[評価結果の考察]
実施例1及び比較例1の結果に示すように、膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分をGLP-2に付加して作製したGLP-2誘導体を投与した群では強制水泳試験における無動時間がコントロール群に比べて有意に短く、抗うつ効果に有意な差がみられた。これに対して、膜透過配列部分とエンドソーム脱出部分を付加していないGLP-2を投与した群ではコントロール群との間で抗うつ効果に有意な差がみられなかった。これらの結果から、GLP-2の抗うつ効果はGLP-2に膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分を付加することによって向上することがわかった。
【0061】
実施例2の結果より、膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分を有するGLP-2誘導体は脳内に広く分布していることがわかった。このことから、GLP-2に膜透過性ペプチド及びエンドソーム脱出部分を付加することにより達成される抗うつ作用の向上効果は、膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分の付加によってGLP-2の脳内における分布が促進された結果としてもたらされたものと考えられる。
【0062】
試験対象動物及び試験方法を変更して行った実施例3及び実施例4、並びに治療抵抗性うつ病発症モデルを用いた実施例5の評価結果より、GLP-2の投与により抗うつ効果が得られることがわかった。
【0063】
中枢作用性ペプチドをGLP-1又はNmUに変更してY字迷路試験を行った実施例6及び実施例7の評価結果より、LPS投与群はLPS非投与群(Vehicle)に比べて学習能力が低下していたが、GLP-1又はNmUの投与により学習能力が有意に改善されることがわかった。
【0064】
中枢作用性ペプチド誘導体の安定性試験を行った実施例8では、膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分をGLP-2に付加したGLP-2誘導体の方が、分解酵素であるDPP-4に対する安定性が誘導体化する前のGLP-2よりも高かった。このことから、中枢作用部分に膜透過配列部分及びエンドソーム脱出部分を付加することでDPP-4による分解が進みにくくなり、ペプチドの安定性が向上し、中枢への移行性がいっそう向上するという副次的な効果が得られると考えられる。
【0065】
日本国特許出願2014-177974号及び日本国特許出願2014-184436号の開示は、その全体が参照により本明細書に取り込まれる。本明細書に記載された全ての文献、特許出願、及び技術規格は、個々の文献、特許出願、及び技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書に参照により取り込まれる。
【配列表】