(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-17
(45)【発行日】2023-04-25
(54)【発明の名称】電磁波シールド部材及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
H05K 9/00 20060101AFI20230418BHJP
B32B 15/08 20060101ALI20230418BHJP
B32B 27/00 20060101ALI20230418BHJP
B32B 27/20 20060101ALI20230418BHJP
C08L 23/00 20060101ALI20230418BHJP
C08L 81/02 20060101ALI20230418BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20230418BHJP
【FI】
H05K9/00 W
B32B15/08 Q
B32B27/00 A
B32B27/20 Z
C08L23/00
C08L81/02
C08L101/00
(21)【出願番号】P 2022547112
(86)(22)【出願日】2022-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2022009017
【審査請求日】2022-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2021087490
(32)【優先日】2021-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【氏名又は名称】大野 孝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100214673
【氏名又は名称】菅谷 英史
(74)【代理人】
【識別番号】100186646
【氏名又は名称】丹羽 雅裕
(72)【発明者】
【氏名】青木 崇倫
(72)【発明者】
【氏名】神田 智道
【審査官】小林 大介
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-007758(JP,A)
【文献】国際公開第2007/001036(WO,A1)
【文献】特開平01-207989(JP,A)
【文献】特開2001-129920(JP,A)
【文献】特開2019-179887(JP,A)
【文献】特開2017-103291(JP,A)
【文献】特開2008-270268(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H05K 9/00
B32B 1/00-43/00
C08L 23/00
C08L 81/02
C08L 101/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を成形してなる成形品の表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程、粗化処理された前記成形品表面にめっき処理を行う工程を有する積層体からなる電磁波シールド部材の製造方法であって、
前記積層体は少なくとも対になる2面にめっき層を備えること、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物は、
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるポリアリーレンスルフィド樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなること、
前記加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)がポリアミド樹脂であること、
炭酸塩(C)が、平均粒子径0.3μm以上から6μm以下の範囲の粒状物であること、を特徴とする電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項2】
ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を成形してなる成形品の表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程が、強酸又はその塩を含むエッチング液を前記成形品の表面と接触させる工程である、請求項1記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項3】
炭酸塩(C)が、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸バリウム、炭酸リチウム、炭酸銅(II)、炭酸鉄(II)、炭酸銀(I)、炭酸マンガン、炭酸亜鉛、ドロマイト及びハイドロマグネサイトからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項1
又は2記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項4】
さらに、繊維状充填剤を含む請求項1~
3のいずれか一項に記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項5】
めっき処理が、無電解めっき法、電解めっき法、スパッタリング法及びこれらの組み合わせである請求項1~
4のいずれか一項に記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項6】
めっき層を構成する成分が、ニッケル、銅、クロム、亜鉛、鉄、金、銀、アルミニウム、錫、コバルト、パラジウム、鉛、白金、カドミウム、マンガン、リチウム、ストロンチウム、ランタン、チタン、バリウム、ジルコニウム、鉛及びロジウムからなる群から少なくとも1種の金属を含む請求項1~
5のいずれか一項に記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項7】
めっき層を構成する成分が、パーマロイ、センダスト及びフェライトからなる群から少なくとも1種を含む請求項1~
5のいずれか一項に記載の電磁波シールド部材の製造方法。
【請求項8】
ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を成形してなる成形品の粗化された表面に、めっき層が積層された積層体からなる、電磁波シールド部材であって、
前記積層体のめっき層が少なくとも対になる2面に備わること、
前記ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物が、
ポリアリーレンスルフィド樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるポリアリーレンスルフィド樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなること、
前記加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)がポリアミド樹脂であること、
炭酸塩(C)が、平均粒子径0.3μm以上から6μm以下の範囲の粒状物であること、を特徴とする、電磁波シールド部材。
【請求項9】
炭酸塩が、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸バリウム、炭酸リチウム、炭酸銅(II)、炭酸鉄(II)、炭酸銀(I)、炭酸マンガン、炭酸亜鉛、ドロマイト及びハイドロマグネサイトからなる群から選ばれる少なくとも1つである請求項
8に記載の電磁波シールド部材。
【請求項10】
さらに、繊維状充填剤を含む請求項
8又は9に記載の電磁波シールド部材。
【請求項11】
めっき層を構成する成分が、ニッケル、銅、クロム、亜鉛、鉄、金、銀、アルミニウム、錫、コバルト、パラジウム、鉛、白金、カドミウム及びロジウムからなる群から少なくとも1種の金属を含むものである請求項
8~10のいずれか一項に記載の電磁波シールド部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波シールド部材及びそれらの製造方法に関するものである。さらに詳しくは、ポリアリーレンスルフィド樹脂組成物を成形してなる成形品(以下、ポリアリーレンスルフィド樹脂成形品ということがある)の表面に高い密着力でめっき層を簡便に形成することのできる積層体からなる電磁波シールド部材及びその製造方法、に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野において、車両の軽量化による低燃費化等を図るために、従来は金属製であった各種部材を、より軽量で、耐熱性や耐薬品性を有するエンジニアリングプラスチックに置き換える試みが多く進められている。中でも、ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと略すことがある)樹脂に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、PASと略すことがある)樹脂は、耐熱性に優れつつ、かつ、機械的強度、耐薬品性、成形加工性、寸法安定性にも優れるため、広範に利用されている。
【0003】
一方で、自動車の電装化に伴い、車両には多くの電子制御システムが搭載されるようになり、高電圧部位から発生する電磁波の人体への影響が懸念されるようになってきた。例えば、電動モーターに必須の構成であるインバーターは、周波数100kHz程度の低周波電磁波を発生することが知られている。このような背景から、各種自動車部品の樹脂筐体に対して、従来求められてきた高周波の電磁波の遮蔽に加えて、低周波の電磁波を遮蔽する能力が求められている。
【0004】
有機物であるPAS樹脂の電磁波シールド性能は低いため、一般的には樹脂成形品表面に金属やセラミックスを含む薄膜層を形成する方法がとられる。しかしながら、PAS樹脂の高い耐薬品性に起因して、PAS樹脂組成物やPAS樹脂成形品は他の材料と難接着(難密着)性であることから、その表面に金属膜を形成させたとしても当該金属膜が剥離しやすいという問題があった。
【0005】
上記問題を解決する方法として、PAS樹脂成形品の表面をエッチング液でエッチング処理をし、パラジウム触媒を付与した後に無電解銅めっきを行い、銅めっき層を形成する方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、この方法でも、PAS樹脂成形品の表面がエッチング液により浸食されて脆弱になり、その上に形成した銅めっき層が経時的に剥がれやすくなる問題があった。
【0006】
また、PAS樹脂成形品表面をサンドブラスト、ショットブラスト等により粗化した上でプライマー樹脂を塗布し、金属蒸着、金属めっき等の皮膜との接着力を向上する方法が提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、十分な接着力を確保するためには、ポリフェニレンスルフィドの表面を1~10μmの深さまで粗化するため、表面平滑性が必要な部材には不向きであった。
【0007】
また、PAS樹脂成形品表面に、プライマー樹脂層及び金属粒子を含有する金属層をそれぞれ浸漬法により形成し、その後、電解めっき法、無電解めっき法等により金属めっき層を形成する方法で、ポリフェニレンスルフィドの表面に金属膜を形成する方法が提案されている(特許文献3、4参照)。しかしながら、当該方法は、PAS樹脂成形品表面にプライマー樹脂層、金属粒子を含有する金属層、金属めっき層を順次形成する方法であることから工程数が多く、より生産性の観点から、より工程が少ない方法の提案が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭63-14880号公報
【文献】特開2002-97292号公報
【文献】国際公開2017/154879号パンフレット
【文献】特許第6355008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、PAS樹脂成形品表面に高い接着力でめっき層を簡便な工程で形成することのできる積層体からなる、優れた電界シールド性及び磁界シールド性を有する電磁波シールド部材及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなるPAS樹脂組成物を溶融成形してなる成形品に対し、化学エッチング処理で粗化すると、その粗化した表面に、めっき処理法で形成しためっき膜が高い接着力を呈し、さらに、少なくとも対になる2面にめっき処理を施した場合に、電界シールド性及び磁界シールド性により優れることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本開示は、PAS樹脂組成物を成形してなる成形品の表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程、粗化処理された前記成形品表面にめっき処理を行う工程を有する積層体からなる、電磁波シールド部材の製造方法であって、
前記積層体は少なくとも対になる2面にめっき層を備えること、
前記PAS樹脂組成物は、
PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなること、を特徴とする電磁波シールド部材の製造方法に関する。
【0012】
また、本開示は、PAS樹脂組成物を成形してなる成形品の粗化された表面に、めっき層が積層された積層体からなる、電磁波シールド部材であって、
前記積層体のめっき層が少なくとも対になる2面に備わること、
前記PAS樹脂組成物が、
PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなることを特徴とする、
電磁波シールド部材に関する。
【0013】
なお、本開示ではPAS樹脂成形品表面とめっき層とが互いに接合することを接着又は密着と表現する。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、PAS樹脂成形品表面に高い接着力でめっき層をより簡便な工程により形成することのできる積層体からなり、電磁波シールド性に優れた電磁波シールド部材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本開示の電磁波シールド部材の製造方法は、PAS樹脂組成物を成形してなる成形品を支持体とし、当該支持体表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程、粗化処理された前記支持体表面にめっき処理を行う工程を有する積層体からなる電磁波シールド部材の製造方法であって、
前記PAS樹脂組成物は、
前記積層体は少なくとも対になる2面にめっきを備えること、
PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなることを特徴とする。
【0016】
<PAS樹脂(A)>
前記PAS樹脂(A)は、芳香環と硫黄原子とが結合した構造を繰り返し単位とする樹脂構造を有するものであり、具体的には、下記一般式(1)で表される構造部位を繰り返し単位とする樹脂である。
【0017】
【化1】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立的に水素原子、炭素原子数1~4のアルキル基、ニトロ基、アミノ基、フェニル基、メトキシ基、エトキシ基を表す。)
【0018】
上記一般式(1)中のR1及びR2は、前記PAS樹脂(A)の機械的強度が向上することから水素原子であることが好ましく、その場合、下記一般式(2)で表されるパラ位で結合するもの、及び下記一般式(3)で表されるメタ位で結合するものが挙げられる。
【0019】
【0020】
これらの中でも、特に繰り返し単位中の芳香環に対する硫黄原子の結合は、上記一般式(2)で表されるパラ位で結合した構造であることが前記PAS樹脂(A)の耐熱性や結晶性が向上することから好ましい。
【0021】
また、前記PAS樹脂(A)は、上記一般式(1)で表される構造部位のみならず、下記一般式(4)~(7)で表される構造部位から選択される少なくとも1つを有していてもよい。下記一般式(4)~(7)の構造部位を有する場合、これらの構造部位の前記PAS樹脂(A)中のモル比率は、耐熱性、機械的強度が良好となることから、30モル%以下が好ましく、10モル%以下がより好ましい。
【0022】
【0023】
前記PAS樹脂(A)中に、上記一般式(4)~(7)で表される構造部位を含む場合、上記一般式(1)で表される構造部位の繰り返し単位との結合としては、ランダム型であっても、ブロック型であってもよい。
【0024】
さらに、前記PAS樹脂(A)は、その構造中に、下記一般式(8)で表される3官能の構造部位、ナフチルスルフィド結合等を有していてもよい。なお、この場合、これらの構造部位の前記PAS樹脂(A)中のモル比率は、3モル%以下が好ましく、特に1モル%以下がより好ましい。
【0025】
【0026】
前記PAS樹脂(A)は、例えば、下記(1)~(4)の方法によって製造することができる。
(1)N-メチルピロリドン、ジメチルアセトアミド等のアミド系溶剤やスルホラン等のスルホン系溶媒中で硫化ナトリウムとp-ジクロロベンゼンとを反応させる方法。
(2)p-ジクロロベンゼンを硫黄と炭酸ソーダの存在下で重合させる方法。
(3)極性溶媒とp-ジクロロベンゼンとの混合溶媒に、硫化ナトリウムを滴下するか、水硫化ナトリウムと水酸化ナトリウムとの混合物を滴下するか、又は、硫化水素と水酸化ナトリウムとの混合物を滴下して重合させる方法。
(4)p-クロロチオフェノールの自己縮合による方法。
【0027】
これらの中でも、方法(1)のN-メチルピロリドン、ジメチルアセトアミド等のアミド系溶剤やスルホラン等のスルホン系溶媒中で硫化ナトリウムとp-ジクロロベンゼンとを反応させる方法が、反応制御が容易であり、工業的生産性に優れることから好ましい。また、この方法(1)においては、重合度を調節するためにカルボン酸のアルカリ金属塩、スルホン酸のアルカリ金属塩、水酸化物等のアルカリを添加することが好ましい。
【0028】
前記PAS樹脂の300℃で測定した溶融粘度は、好ましくは2Pa・s以上、より好ましくは10Pa・s以上、さらに好ましくは60Pa・s以上から、好ましくは1000Pa・s以下、より好ましくは500Pa・s以下、さらに好ましくは200Pa・s以下までの範囲である。溶融粘度が2Pa・s以上であると、材料強度を保持できることから好ましい。一方、溶融粘度が1000Pa・s以下であると、成形性の観点から好ましい。なお、本明細書において、「溶融粘度」の値は、高化式フローテスター(株式会社島津製作所製、CFT-500D)を用い、300℃、荷重:1.96×106Pa、L/D=10(mm)/1(mm)にて、6分間保持した後に溶融粘度(V6)を測定した値を採用するものとする。
【0029】
さらに、前記PAS樹脂(A)は、残存金属イオン量を低減して耐湿特性を改善するとともに、重合の際に副生する低分子量不純物の残存量を低減できることから、前記PAS樹脂(A)を製造した後に、酸処理し、次いで、水で洗浄されたものが好ましい。
【0030】
前記酸処理に用いる酸としては、例えば、酢酸、塩酸、硫酸、リン酸、珪酸、炭酸、プロピル酸が好ましい。また、これらの酸の中でも、前記PAS樹脂(A)を分解することなく、残存金属イオン量を効率的に低減できることから酢酸、塩酸が好ましい。
【0031】
前記酸処理の方法は、酸又は酸水溶液に前記PAS樹脂(A)を浸漬する方法が挙げられる。この際、必要に応じさらに攪拌又は加熱をしてもよい。
【0032】
ここで、酸処理の具体的方法として、酢酸を用いる方法を例に挙げれば、まずpH4の酢酸水溶液を80~90℃に加熱し、その中に前記PAS樹脂(A)を浸漬し、20~40分間攪拌する方法が挙げられる。
【0033】
このようにして酸処理された前記PAS樹脂(A)は、残存している酸や塩を物理的に除去するため、水又は温水で数回洗浄する。このときに使用される水としては、蒸留水又は脱イオン水であることが好ましい。
【0034】
また、前記酸処理に供せられるPAS樹脂(A)は、粉粒体であることが好ましく、具体的には、ペレットのような粒状体でも、重合した後のスラリ-状態体にあるものでもよい。
【0035】
<PAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)>
本開示においてPAS樹脂成形品が、前記めっき処理によるめっき層との接着力が向上することから、本発明のPAS樹脂組成物は、さらに熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)を必須成分として配合してなる。
【0036】
本開示で用いる熱可塑性エラストマー(b1)としては、公知のものであれば特に制限されるものではないが、後述する化学エッチング処理により除去されるものが好ましい。具体的には、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマー(「オレフィン共重合体系熱可塑性エラストマー」ということもある)、フッ素系熱可塑性エラストマー、シリコーン系熱可塑性エラストマー、スチレン系熱可塑性エラストマー、フッ素樹脂系熱可塑性エラストマー、ウレタン樹脂系熱可塑性エラストマー等が挙げられ、特に、ポリオレフィン系熱可塑性エラストマーが好ましいものとして挙げられる。
【0037】
前記ポリオレフィン系熱可塑性エラストマーとしては、α-オレフィンの単独重合体、や、2以上のα-オレフィンの共重合体や、1又は2以上のα-オレフィンと官能基を有するビニル重合性化合物との共重合体が挙げられる。この際、前記α-オレフィンとしては、エチレン、プロピレン、1-ブテン等の炭素原子数が2以上から8以下までの範囲のα-オレフィンが挙げられる。また、前記官能基としては、カルボキシ基、酸無水物基(-C(=O)OC(=O)-)、エポキシ基、アミノ基、水酸基、メルカプト基、イソシアネート基、オキサゾリン基等が挙げられる。そして、前記官能基を有するビニル重合性化合物としては、酢酸ビニル;(メタ)アクリル酸等のα,β-不飽和カルボン酸;アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル等のα,β-不飽和カルボン酸のアルキルエステル;アイオノマー等のα,β-不飽和カルボン酸の金属塩(金属としてはナトリウムなどのアルカリ金属、カルシウムなどのアルカリ土類金属、亜鉛等);グリシジルメタクリレート等のα,β-不飽和カルボン酸のグリシジルエステル等;マレイン酸、フマル酸、イタコン酸等のα,β-不飽和ジカルボン酸;前記α,β-不飽和ジカルボン酸の誘導体(モノエステル、ジエステル、酸無水物)等の1種又は2種以上が挙げられる。また、例えば、エチレン-プロピレン系ゴム(EPM)、エチレン-プロピレン-ジエン系ゴム(EPDM)、ブタジエン系ゴム、クロロプレン系ゴム、ニトリル系ゴム、ブチル系ゴム、アクリル系ゴムなども挙げられる。また、スチレン系熱可塑性エラストマーとしては、スチレン-ブタジエン系ゴム(SBR)、水素添加SBRなどが挙げられる。また、シリコーン系ゴムなどのシリコーン系熱可塑性エラストマーや、フッ素系ゴムなどのフッ素樹脂系熱可塑性エラストマー、ウレタン系ゴムなどのウレタン樹脂系熱可塑性エラストマー等が挙げられる。上述の熱可塑性エラストマーは、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0038】
加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)としては、加水分解性を有する公知の熱可塑性樹脂であれば特に制限されるものではないが、後述する化学エッチング処理により加水分解性を示す樹脂が好ましく挙げられる。具体的には、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエーテル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリラクトン樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、熱可塑性エポキシ樹脂、熱可塑性フェノール樹脂、及び前記樹脂構造を含む共重合体などが挙げられる。
【0039】
前記熱可塑性樹脂(b2)の中でも得られるPAS樹脂成形品とめっき層との接着力に優れる点から、ポリアミド樹脂、ポリカーボネート樹脂が好ましいものとして例示することができ、さらに、ポリアミド樹脂がより好ましいものとして例示することができる。
【0040】
前記芳香族ポリアミド樹脂としては、下記構造式(10)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリアミド樹脂が例示できる。
【0041】
【0042】
前記構造式(10)中、R2は炭素原子数が2以上から12以下までの範囲のアルキレン基を表す。かかるテレフタル酸アミド構造は、具体的には、テレフタル酸、又はテレフタル酸ジハライドと、炭素原子数が2以上から12以下までの範囲の脂肪族ジアミンとの反応によって形成されるものである。ここで用いる炭素原子数が2以上から12以下までの範囲の脂肪族ジアミンは、具体的には、エチレンジアミン、プロパンジアミン、1,4-ブタンジアミン、1,6-ヘキサンジアミン、1,7-ヘプタンジアミン、1,8-オクタンジアミン、1,9-ノナンジアミン、1,10-デカンジアミン、1,11-ウンデカンジアミン、1,12-ドデカンジアミン等の直鎖状脂肪族アルキレンジアミン;1-ブチル-1,2-エタンジアミン、1,1-ジメチル-1,4-ブタンジアミン、1-エチル-1,4-ブタンジアミン、1,2-ジメチル-1,4-ブタンジアミン、1,3-ジメチル-1,4-ブタンジアミン、1,4-ジメチル-1,4-ブタンジアミン、2,3-ジメチル-1,4-ブタンジアミン、2-メチル-1,5-ペンタンジアミン、3-メチル-1,5-ペンタンジアミン、2,5-ジメチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,4-ジメチル-1,6-ヘキサンジアミン、3,3-ジメチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,2-ジメチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,2,4-トリメチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,4,4-トリメチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,4-ジエチル-1,6-ヘキサンジアミン、2,2-ジメチル-1,7-ヘプタンジアミン、2,3-ジメチル-1,7-ヘプタンジアミン、2,4-ジメチル-1,7-ヘプタンジアミン、2,5-ジメチル-1,7-ヘプタンジアミン、2-メチル-1,8-オクタンジアミン、3-メチル-1,8-オクタンジアミン、4-メチル-1,8-オクタンジアミン、1,3-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、1,4-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、2,4-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、3,4-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、4,5-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、2,2-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、3,3-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、4,4-ジメチル-1,8-オクタンジアミン、5-メチル-1,9-ノナンジアミン等の分岐鎖状脂肪族アルキレンジアミン;シクロヘキサンジアミン、メチルシクロヘキサンジアミン、イソホロンジアミン、ノルボルナンジメチルアミン、トリシクロデカンジメチルアミン等の脂環族ジアミン類が挙げられる。
【0043】
これらの中でも特に、得られるPAS樹脂成形品において、よりめっき層との接着力に優れる点から、炭素原子数が4以上から8以下までの範囲の直鎖状脂肪族アルキレンジアミン、炭素原子数が5以上から10以下までの範囲の分岐鎖状脂肪族アルキレンジアミンが好ましい。
【0044】
また、前記芳香族ポリアミド樹脂は、下記構造式(11)で表される繰り返し単位を含む芳香族ポリアミド樹脂も例示できる。
【0045】
【化6】
(式中、R
2は構造式(10)におけるR
2と同義である。)
【0046】
更に、前記芳香族ポリアミド樹脂は、下記構造式(12)で表される酸アミド構造を有していてもよい。
【0047】
【化7】
(式中、R
2は構造式(10)におけるR
2と同義であり、R
3は、炭素原子数が4以上から10以下までの範囲の脂肪族炭化水素基を表す。)
【0048】
ここで、上記構造式(12)で表される酸アミド構造は、炭素原子数が4以上から10以下までの範囲の脂肪族ジカルボン酸、その酸エステル化物、その酸無水物、又はその酸ハライドと、炭素原子数が2以上から12以下までの範囲の脂肪族ジアミンとの反応によって形成されるものである。ここで用いる炭素原子数が4以上から10以下までの範囲の脂肪族ジカルボン酸は、具体的には、マロン酸、ジメチルマロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、2-メチルアジピン酸、トリメチルアジピン酸、ピメリン酸、2,2-ジメチルグルタル酸、3,3-ジエチルコハク酸、アゼライン酸、セバシン酸、スベリン酸等の脂肪族ジカルボン酸;1,3-シクロペンタンジカルボン酸、1,4-シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環式ジカルボン酸等の脂肪族ジカルボン酸類が挙げられる。
【0049】
上記した炭素原子数が4以上から10以下までの範囲の脂肪族ジカルボン酸の酸エステル化物は、具体的には、メチルエステル体、エチルエステル体、t-ブチルエステル体等が挙げられ、また、前記脂肪族ジカルボン酸の酸ハライドを構成するハロゲン原子は臭素原子、塩素原子が挙げられる。
【0050】
前記芳香族ポリアミド樹脂は、上述したとおり前記構造式(10)、構造式(11)、構造式(12)で表されるアミド構造を構造部位として有するものが好ましいが、ジカルボン酸1分子と、ジアミン1分子とから構成される酸アミド構造を1単位とした場合に、該芳香族ポリアミド樹脂を構成する全酸アミド構造に対して前記テレフタル酸アミド構造は50モル%以上、イソフタル酸アミド構造は10モル%以上、脂肪族炭化水素酸アミド構造は5モル%以上含まれていることが、得られるPAS樹脂成形品において、よりめっき層との接着力に優れる点から好ましい。
【0051】
更に前記芳香族ポリアミド樹脂は、得られるPAS樹脂成形品において、よりめっき層との接着力に優れる点から、
前記構造式(10)で表されるテレフタル酸アミド構造を50モル%以上から80モル%以下までの範囲、
前記構造式(11)で表されるイソフタル酸アミド構造を10モル%以上から30モル%以下までの範囲、
前記構造式(12)で表される酸アミド構造を5モル%以上から20モル%以下までの範囲、
で構成されるポリアミド樹脂が好ましい。
【0052】
また、前記芳香族ポリアミド樹脂の再結晶化ピーク温度がより低くなり、前記PAS樹脂との分散性が良好となる点から融点290℃以上から330℃以下までの範囲、また、ガラス転移温度が90℃以上から140℃以下までの範囲であることが好ましい。
【0053】
前記した芳香族ポリアミド樹脂は、例えば、以下の(1)~(3)の方法によって製造することができる。
(1)テレフタル酸を含むジカルボン酸成分の酸ハライドと、炭素原子数が2以上から12以下までの範囲の脂肪族ジアミンを含むジアミン成分とを、お互いに相溶しない二種の溶媒に溶解した後、アルカリ及び触媒量の第4級アンモニウム塩の存在下に2液を混合、撹拌して重縮合反応を行う界面重合法。
(2)テレフタル酸を含むジカルボン酸成分の酸ハライドと、炭素原子数が2以上から12以下までの範囲の脂肪族ジアミンを含むジアミン成分とを第3級アミンなどの酸を受容するアルカリ性化合物の存在下、有機溶媒中で反応せしめる溶液重合法。
(3)テレフタル酸を含むジカルボン酸成分のジエステル化物と、芳香族ジアミンを原料として溶融状態でアミド交換反応する溶融重合法。
【0054】
前記熱可塑性樹脂(B)の配合の割合は、特に限定されないが、前記めっき処理によるめっき層との接着力がより向上することから、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)の合計量が、前記PAS樹脂(A)の100質量部に対して、好ましくは5質量部以上、より好ましくは15質量部以上、さらに好ましくは30質量部以上、好ましくは70質量部以下、より好ましくは60質量部以下、さらに好ましくは50質量部以下までの範囲である。
【0055】
<炭酸塩(C)>
本開示においてPAS樹脂成形品が、前記めっき処理によるめっき層との接着力が向上することから、本発明のPAS樹脂組成物は、さらに炭酸塩(C)を必須成分として配合してなる。当該炭酸塩(C)としては、公知のものであれば特に制限されるものではないが、後述する化学エッチング処理により除去されるものが好ましく挙げられる。具体的には、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸アンモニウム、炭酸バリウム、炭酸リチウム、炭酸銅(II)、炭酸鉄(II)、炭酸銀(I)、炭酸マンガン、炭酸亜鉛、ドロマイト及びハイドロマグネサイト等が挙げられ、特に、炭酸カルシウムが好ましいものとして挙げられる。
【0056】
前記炭酸塩(C)の大きさは特に限定されるものではないが、得られるPAS樹脂成形品において、よりめっき層との接着力に優れる点から、その平均粒子径が6μm以下の範囲であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましく、1.2μm以下であることがさらに好ましく、一方、下限値は限定されないが、0.3μm以上の範囲であることが好ましく、0.5μm以上あることがより好ましく、0.8μm以上の範囲であることがより好ましい。なお、当該平均粒子径は、得られる成形品の断面を電子顕微鏡による観察写真で行うことが可能であり、例えば、一辺のサイズの3000倍の観察範囲で、任意の少なくとも100個を計測し、その平均値を求める方法が挙げられる。
【0057】
前記炭酸塩(C)の配合の割合は、特に限定されないが、前記めっき処理によるめっき層との接着力がより向上することから、前記PAS樹脂(A)の100質量部に対して、好ましくは10質量部以上、より好ましくは25質量部以上、さらに好ましくは40質量部以上から、好ましくは90質量部以下、より好ましくは80質量部以下、さらに好ましくは70質量部以下までの範囲である。
【0058】
<ポリオレフィン系ワックス(D)>
本開示においてPAS樹脂成形品が、前記めっき処理によるめっき層との接着力が向上することから、本発明のPAS樹脂組成物は、さらにポリオレフィン系ワックス(D)を必須成分として配合してなる。
【0059】
本開示で用いるポリオレフィン系ワックスは、オレフィン構造を有するモノマーを重合して得られるポリオレフィン構造を有するワックスであれば公知のものを挙げることができる。なお、本発明においてワックスとは、重合により製造され、通常25℃で固体状の低分子量樹脂で、PAS樹脂組成物に対する添加剤として溶融成形時に、例えば、金型内で離型効果を呈するものを言う。通常、分子量(Mn)が、好ましくは250以上、より好ましくは300以上から、好ましくは20,000以下、より好ましくは10,000以下の範囲のものを言う。分子量が250以上であれば、溶融混練時や溶融成形時などに真空ベントからの揮発を抑制でき、かつ、離型効果を発揮しやすくなる傾向にある。また、成形中に、ワックスが必要以上にブリードアウトして金型汚れの原因となることを抑制する場合もある。一方、分子量が20,000以下であれば、ブリードアウトしやすい傾向となり、かつ離型効果を向上させる傾向がある。
【0060】
該ポリオレフィン系ワックス(D)としては、特に、エチレン及び/又は1-アルケンを原料として重合してなるポリエチレンワックス及び/又は1-アルケン重合体の使用が好ましく、きわめて良好な離型効果が得られるだけでなく、得られるPAS樹脂成形品において、よりめっき層との接着力に優れる。ポリエチレンワックスの製造方法としては現在一般に広く知られているものが使用でき、エチレンを高温高圧下で重合したもの、ポリエチレンを熱分解したもの、ポリエチレン重合物より低分子量成分を分離精製したもの等が挙げられる。1-アルケンとしてはプロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、1-ヘキセン、1-ヘプテン、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-テトラデセン、1ーヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン,1-ノナデセン,1-エイコセン,1-ヘンエイコセン,1-ドコセン,1-トリコセン,1-テトラコセン,1-ペンタコセン,1-ヘキサコセン,1-ヘプタコセン,1-オクタコセン,1-ノナコセン等が挙げられる。本発明に用いるポリオレフィン系ワックス(D)を構成する脂肪族炭化水素基は直鎖型、分枝型の双方を使用できる。
【0061】
本開示で用いるポリオレフィン系ワックス(D)は極性基を有していてもよい。極性基としてはカルボキシ基、酸無水物、アミノ基、水酸基、チオール基、エポキシ基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、イミド結合、尿素結合、ウレア結合及びスルフィド結合からなる群から選ばれる少なくとも1つを例示することができる。本発明で用いるポリオレフィン系ワックス(D)が極性基を有する場合には、前記エチレン及び/又は1-アルケンを重合又は共重合する際にかかるモノマーと共重合可能なカルボキシ基、酸無水物、アミノ基、水酸基、チオール基、エポキシ基、エーテル結合、エステル結合、アミド結合、イミド結合、尿素結合、ウレア結合及びスルフィド結合からなる群から選ばれる少なくとも1つと、エチレン性二重結合を有する化合物、好ましくは無水マレイン酸又は無水マレイン酸及びマレイン酸を共重合したものも挙げられる。
【0062】
前記ポリオレフィン系ワックス(D)の配合の割合は、特に限定されないが、前記めっき処理によるめっき層との接着力がより向上することから、前記PAS樹脂(A)の100質量部に対して、好ましくは0.01質量部上、より好ましくは0.05質量部上、さらに好ましくは0.1質量部以上から、好ましくは10質量部以下、より好ましくは5質量部以下、さらに好ましくは2質量部以下までの範囲である。
【0063】
<その他の任意成分>
本開示のPAS樹脂組成物は、さらに炭酸塩(C)以外の充填剤を任意成分として配合することができる。かかる充填材としては、本発明の効果を損なうものでなければ公知慣用の材料を用いることができ、例えば、粒状、繊維状などさまざまな形状の充填材等が挙げられる。具体的には、ガラス繊維、炭素繊維、シランガラス繊維、セラミック繊維、アラミド繊維、金属繊維、チタン酸カリウム、炭化珪素、硫酸カルシウム、珪酸カルシウム等の繊維、ウォラストナイト等の天然繊維等の繊維状の充填材が使用できる。また硫酸バリウム、硫酸カルシウム、クレー、パイロフィライト、ベントナイト、セリサイト、ゼオライト、マイカ(雲母)、タルク、アタパルジャイト、フェライト、珪酸カルシウム、ガラスビーズ等が使用できる。本発明で用いる充填剤は必須成分ではないが、用いる場合には、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、例えば、前記PAS樹脂100質量部に対して10質量部以上が好ましく、より好ましくは40質量部以上、90質量部以下が好ましく、より好ましくは70質量部以下で配合される。当該範囲で、強度、剛性、耐熱性、放熱性及び寸法安定性など、加える充填剤の目的に応じて各種性能を向上させることができる。
【0064】
前記充填材は、表面処理剤や集束剤で加工されたものを用いることもできる。これによりPAS樹脂(A)との接着力を向上させることができることから好ましい。前記表面処理剤又は集束剤としては、例えば、アミノ基、エポキシ基、イソシアネート基、ビニル基等の官能基を有するシラン化合物、チタネート化合物、アクリル樹脂、ウレタン樹脂及びエポキシ樹脂等からなる群から選ばれる少なくとも1種のポリマー等が挙げられる。
【0065】
更に、本開示のPAS樹脂組成物は、前記熱可塑性樹脂(B)及び前記ポリオレフィン系ワックス(D)以外の成分として、用途に応じて、適宜、合成樹脂、例えば、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリアリーレン樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリ四弗化エチレン樹脂、ポリ二弗化エチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ABS樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、液晶ポリマーなどの合成樹脂(以下、単に合成樹脂という)を任意成分として配合することができる。本発明において前記合成樹脂は必須成分ではないが、配合する場合、その配合の割合は本発明の効果を損ねなければ特に限定されるものではなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、本発明に係る樹脂組成物中に配合する合成樹脂の割合として、例えばPAS樹脂(A)100質量部に対し5質量部以上、15質量部以下の範囲が挙げられる。換言すれば、PAS樹脂(A)と合成樹脂との合計に対してPAS樹脂(A)の割合は質量基準で、好ましくは(100/115)以上の範囲であり、より好ましくは(100/105)以上の範囲である。
【0066】
また本開示のPAS樹脂組成物は、その他にも着色剤、帯電防止剤、酸化防止剤、耐熱安定剤、紫外線安定剤、紫外線吸収剤、発泡剤、難燃剤、難燃助剤、防錆剤、及びカップリング剤などの公知慣用の添加剤を必要に応じ、任意成分として配合してもよい。これらの添加剤は必須成分ではないが、配合する場合、その配合の割合は、本発明の効果を損ねなければ特に限定されなく、また、それぞれの目的に応じて異なり、一概に規定することはできないが、例えば、PAS樹脂(A)100質量部に対し、好ましくは0.01質量部以上、1,000質量部以下の範囲で、本発明の効果を損なわないよう目的や用途に応じて適宜調整して用いればよい。
【0067】
<電磁波シールド部材の製造方法>
本開示の電磁波シールド部材は、PAS樹脂組成物を成形してなる成形品の粗化された表面に、めっき層が積層された積層体からなる、電磁波シールド部材であって、
前記積層体のめっき層が少なくとも対になる2面であること、
前記PAS樹脂組成物が、
PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるPAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びオレフィン系ワックス(D)を配合してなることを特徴とする。
【0068】
本開示のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)、前記熱可塑性樹脂(B)、前記炭酸塩(C)及び前記ポリオレフィン系ワックス(D)を必須成分とし、必要に応じて上記の任意成分を必要に応じて配合してなる。当該PAS樹脂組成物の製造方法は、PAS樹脂(A)、前記熱可塑性樹脂(B)、前記炭酸塩(C)及び前記ポリオレフィン系ワックス(D)を必須成分とし、必要に応じて上記の任意成分を必要に応じて配合し、PAS樹脂の融点以上で溶融混練する工程を有する。
【0069】
本開示のPAS樹脂組成物の好ましい製造方法は、前記必須成分と前記任意成分とを、粉末、ペレット、細片など様々な形態でリボンブレンター、ヘンシェルミキサー、Vブレンダーなどに投入してドライブレンドした後、バンバリーミキサー、ミキシングロール、単軸又は2軸の押出機及びニーダーなどの公知の溶融混練機に投入し、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上となる温度範囲、好ましくは融点+10℃以上となる温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃となる温度範囲、さらに好ましくは融点+20℃~融点+50℃となる温度範囲で溶融混練する工程を経て製造することができる。溶融混練機への各成分の添加、混合は同時に行ってもよいし、分割して行っても良い。
【0070】
前記溶融混練機としては分散性や生産性の観点から二軸混練押出機が好ましく、例えば
、樹脂成分の吐出量5~500(kg/hr)の範囲と、スクリュー回転数50~500(rpm)の範囲とを適宜調整しながら溶融混練することが好ましく、それらの比率(吐出量/スクリュー回転数)が0.02~5(kg/hr/rpm)の範囲となる条件下に溶融混練することがさらに好ましい。また、前記成分のうち、充填剤や添加剤を添加する場合は、前記二軸混練押出機のサイドフィーダーから該押出機内に投入することが分散性の観点から好ましい。かかるサイドフィーダーの位置は、前記二軸混練押出機のスクリュー全長に対する、該押出機樹脂投入部(トップフィーダー)から該サイドフィーダーまでの距離の比率が、0.1以上であることが好ましく、0.3以上であることがより好ましい。また、かかる比率は0.9以下であることが好ましく、0.7以下であることがより好ましい。
【0071】
このように溶融混練して得られる本発明のPAS樹脂組成物は、前記必須成分と、必要に応じて加える任意成分及びそれらの由来成分を含む溶融混合物である。該溶融混練の後に、公知の方法、例えば、溶融状態のPAS樹脂組成物をストランド状に押出成形した後、ペレット、チップ、顆粒、粉末などの形態に加工してから、必要に応じて100~150℃の温度範囲で予備乾燥を施して、各種成形に供することが好ましい。ストランド状に押出成形する際、本発明に係る樹脂組成物を、好ましくはせん断速度500sec-1以下のせん断領域、より好ましくはせん断速度100sec-1以下から、0sec-1以上のせん断領域で溶融する工程を有していてもよい。
【0072】
前記製造方法により製造される本開示のPAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)に加え、前記熱可塑性樹脂(B)、前記炭酸塩(C)及び前記ポリオレフィン系ワックス(D)を含有することができる。当該PAS樹脂組成物はPAS樹脂の連続相中に、少なくとも前記熱可塑性樹脂(B)や前記炭酸塩(C)の各分散相が形成されたモルフォロジーを有しているものと考えられる。さらに、ポリオレフィン系ワックス(D)を使用することで、前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩(C)を成形品表面へ押し出す効果が高くなる結果、粗化処理工程において、PAS樹脂成形品の粗化表面に形成された、前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩が除去されて、形成された空隙にめっき処理によりめっき層を構成する金属やセラミックス等が充填されやすくなり、めっき層と成形品の接着力がより向上するものと考えられる。
【0073】
本開示の電磁波シールド部材を構成するPAS樹脂成形品は、例えば前記PAS樹脂組成物を溶融成形することにより得られる。本発明のPAS樹脂成形品の製造方法は、前記PAS樹脂組成物を溶融成形する工程を有する。また、本発明のPAS樹脂成形品の製造方法は、前記PAS樹脂組成物を、好ましくはせん断速度500sec-1以下のせん断領域、より好ましくはせん断速度100sec-1以下から、0sec-1以上のせん断領域で溶融する工程を有していてもよい。溶融成形は、公知の方法で良く、例えば、射出成形、圧縮成形、ブロー成形、トランスファー成形など各種成形方法が適用可能である。射出成形にて成形する場合、各種成形条件は特に限定されず、通常一般的な方法にて成形することができる。例えば、射出成形機内で、樹脂温度がPAS樹脂の融点以上の温度範囲、好ましくは該融点+10℃以上の温度範囲、より好ましくは融点+10℃~融点+100℃の温度範囲、さらに好ましくは融点+20℃~融点+50℃の温度範囲で前記PAS樹脂組成物を溶融する工程を経た後、樹脂吐出口よりを金型内に注入して成形すればよい。その際、金型温度の範囲も公知の温度範囲、例えば、室温(23℃)以上とすることが好ましく、40℃以上とすることがより好ましく、120℃以上とすることがさらに好ましい。さらに金型温度は300℃以下とすることが好ましく、200℃以下とすることがより好ましく、180℃以下とすることがさらに好ましい。
【0074】
本開示のPAS樹脂成形品の形状としては、特に限定されず、板状、箱形、筒状、半球状等の形状をとることができる。また、それらの底面の形は、丸、多角形及びそれらを組み合わせた形をとることができる。PAS樹脂成形品の厚さは、0.5mm以上が好ましく、1.0mm以上範囲がより好ましく、50mm以下が好ましく、10mm以下の範囲がより好ましい。また、底部及び壁部を有する形状である場合、機械的性質の観点から、厚さの比率(底部/壁部)が0.1~10の範囲であることが好ましい。また、底部及び壁部の接続部はR(曲率半径)を有していてもよい。また、PAS樹脂成形品はリブ、ボス、ピン、つめ等を備えていてもよい。さらに、PAS樹脂成形品の表面に他の部材が組み合わされていてもよい。
【0075】
本開示の電磁波シールド部材を構成する積層体は、前記PAS樹脂組成物を成形してなる前記PAS樹脂成形品の表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程(以下、単に「粗化処理工程」ということがある)、粗化処理された前記成形品表面にめっき処理を行う工程(以下、単に「めっき処理工程」ということがある)を有する製造方法により製造される。
【0076】
また、本開示の電磁波シールド部材を構成する積層体は、PAS樹脂成形品の少なくとも対になる2面にめっき層を備える。これにより、1面のみめっき層を備える積層板に対して、合計めっき厚みが同じ場合でも、より優れた磁界シールド性を呈することができる。また、合計めっき厚みを小さくできるため、使用する材料を削減でき、さらに、めっき処理時間を短縮することができる。
【0077】
前記粗化処理工程は、前記PAS樹脂成形品の表面に、エッチング液を浸漬法により塗布するなど、接触させる工程を有する。
該エッチング液としては、PAS樹脂成形品の表面に存在する前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩(C)を除去できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、強酸又はその塩を含むものであることが好ましい。このような強酸又はその塩としては、クロム酸、硫酸、フッ化アンモニウム、硝酸、無水クロム酸を例示することができ、これらの1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。前記PAS樹脂成形品の表面に、エッチング液を接触させる際の条件は、エッチング液中の強酸又はその塩の濃度、接触させる際の温度、時間を、適宜、調整しながら行うことが好ましい。
【0078】
エッチング液は公知のものを用いることができる。例えば、特開平5-155127号公報に記載のもの、すなわち、硫酸400g/L、無水クロム酸400g/L、及び希釈水(全エッチング液量1Lとする量)からなるエッチング液を用いることができる。
【0079】
前記粗化処理工程により、PAS樹脂成形品の表面に均一に分散する前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩(C)の少なくとも一部が除去されて空隙が形成される。この空隙の存在や比表面積の増加が、めっき層を構成する金属粒子との相互作用をより向上させ、当該PAS樹脂成形品とめっき層との接着力が向上する。また、従来、成形品表面の垂直方向に接着剤等で塗膜を形成しめっき層と接着させようとすると、製造時に未硬化の接着剤等が自重の影響を受けて垂れ下がり、膜厚に偏りが生じることから、接着力にむらが生じやすい傾向にあったが、本発明では、成形品表面上の場所による空隙のむらが生じにくい傾向にあることから、接着力の均一性にも優れる。PAS樹脂成形品の粗化表面の表面粗さは特に限定されるものではないが、接着力に優れる観点から、十点平均粗さRzで、好ましくは0.1μm以上、より好ましくは1μm以上から、好ましくは10μm以下、より好ましくは5μm以下の範囲である。
【0080】
めっき処理工程は、前記PAS樹脂成形品の粗化表面に無電解めっき法、電解めっき法、スパッタリング法又はこれらの組み合わせにより、金属及び/又はセラミックスからなるめっき層を形成する工程を有する。
【0081】
無電解めっき法は、PAS樹脂成形品の粗化表面に形成された、前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩が除去されて形成された空隙にめっき処理によりめっき層を構成する金属又はセラミックスが充填されやすく、めっき層との接着力がより向上することから好ましい。
【0082】
上記の無電解めっき法は、例えば、前記PAS樹脂成形品の粗化表面に、無電解めっき液を接触させることで、無電解めっき液中に含まれる銅等の金属を析出させ金属皮膜からなる無電解めっき層(皮膜)を形成することができる。
【0083】
前記無電解めっき液としては、例えば、ニッケル、銅、クロム、亜鉛、鉄、金、銀、アルミニウム、錫、コバルト、パラジウム、鉛、白金、カドミウム、マンガン、リチウム、ストロンチウム、ランタン、チタン、バリウム、ジルコニウム、鉛及びロジウム等からなる群から選ばれる少なくとも1つの金属と、還元剤と、水性媒体、有機溶剤等の溶媒とを含有するものが挙げられる。
【0084】
前記還元剤としては、例えば、ジメチルアミノボラン、次亜燐酸、次亜燐酸ナトリウム、ジメチルアミンボラン、ヒドラジン、ホルムアルデヒド、水素化ホウ素ナトリウム、フェノール等が挙げられる。
【0085】
また、前記無電解めっき液としては、必要に応じて、酢酸、蟻酸等のモノカルボン酸;マロン酸、コハク酸、アジピン酸、マレイン酸、フマール酸等のジカルボン酸化合物;リンゴ酸、乳酸、グリコール酸、グルコン酸、クエン酸等のヒドロキシカルボン酸化合物;グリシン、アラニン、イミノジ酢酸、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸等のアミノ酸化合物;イミノジ酢酸、ニトリロトリ酢酸、エチレンジアミンジ酢酸、エチレンジアミンテトラ酢酸、ジエチレントリアミンペンタ酢酸等のアミノポリカルボン酸化合物などの有機酸、又はこれらの有機酸の可溶性塩(ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等)、エチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン等のアミン化合物等の錯化剤を含有するものを使用することができる。
【0086】
前記無電解めっき液は、20~98℃の範囲で使用することが好ましい。
【0087】
前記電解めっき法は、例えば、前記無電解めっき処理によって形成された無電解めっき層(皮膜)の表面に、電解めっき液を接触した状態で通電することにより、前記電解めっき液中に含まれる銅等の金属を、カソードに設置した前記無電解処理によって形成された無電解めっき層(皮膜)の表面に析出させ、電解めっき層(皮膜)を形成する方法である。
【0088】
前記電解めっき液としては、例えば、ニッケル、銅、クロム、亜鉛、鉄、金、銀、アルミニウム、錫、コバルト、パラジウム、鉛、白金、カドミウム、マンガン、リチウム、ストロンチウム、ランタン、チタン、バリウム、ジルコニウム、鉛及びロジウム等からなる群から選ばれる少なくとも1つの金属の硫酸塩と、酸と、水性媒体とを含有するもの等が挙げられる。具体的には、硫酸鉄(II)、硫酸ニッケル(II)とホウ酸と水性媒体とを含有するものを用いた場合に、パーマロイめっき層が得られるため好ましい。パーマロイ層を有する場合、透磁率が高く、良好な磁界シールド性を呈することができる。
【0089】
前記電解めっき液は、20~98℃の範囲で使用することが好ましい。
【0090】
スパッタリング法は、真空中で不活性ガス(主にアルゴン)を導入し、前記PAS樹脂成形品をプラスに、めっき層を形成する金属材料やセラミックス材料(ターゲット)をマイナスに印加してグロー放電を発生させ、次いで、前記不活性ガス原子をイオン化し、高速でターゲット表面にガスイオンを激しく叩きつけ、前記ターゲットを構成する原子及び分子を弾き出し、前記PAS樹脂成形品の粗化表面に付着させることによりめっき層を形成する方法である。
【0091】
スパッタリング法としては、例えば、2極スパッタリング法、マグネトロンスパッタリング法、デュアルマグネトロンスパッタリング法、反応性スパッタリング法、イオンビームスパッタリング法等が挙げられ、これらを単独で又は2種以上組み合わせて用いることができる。また、ターゲットの印加方式はDC(直流)スパッタリング、DCパルススパッタリング、AC(交流)スパッタリング及びRF(高周波)スパッタリングのいずれも用いることができる。
【0092】
スパッタリング法に用いるターゲットとしては、例えば、ニッケル、銅、クロム、亜鉛、鉄、金、銀、アルミニウム、錫、コバルト、パラジウム、鉛、白金、カドミウム、マンガン、リチウム、ストロンチウム、ランタン、チタン、バリウム、ジルコニウム、鉛及びロジウム等からなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を含有するものが挙げられ、特にパーマロイ、センダスト及びフェライトが好ましい。めっき層にパーマロイ、センダスト及びフェライトが含まれる場合、透磁率が高く、良好な磁界シールド性を呈することができる。
【0093】
前記めっき処理により形成されためっき層の膜厚は、特に限定されるものではないが、例えば、好ましくは0.1μm以上から、好ましくは500μm以下の範囲である。前記めっき処理により形成されるめっき層の膜厚は、めっき処理工程における処理時間、処理回数、電流密度、めっき用添加剤の使用量等により調整することができる。
【0094】
以上の製造方法により製造された本開示の積層体は、単独で電磁波シールド部材として用いることもできるし、複数の積層体同士を接合して用いることもできる。接合する場合の方法は、特に限定されるものではなく、例えば、ネジやリベット、スナップフィット等で機械的に接合させる方法や、接着剤を用いる方法、溶着により接合させる方法などが挙げられる。
【0095】
本開示の電磁波シールド部材の形状は、電磁波を遮蔽したい物品を囲う形であれば特に限定されず、箱形、筒状、半球状等の形状をとることができる。また、それらの底面の形は、丸、多角形及びそれらを組み合わせた形をとることができる。底部及び壁部の厚さは、0.5mm以上が好ましく、1.0mm以上範囲がより好ましく、50mm以下が好ましく、10mm以下の範囲がより好ましい。また、機械的性質の観点から、底部及び壁部の厚さの比率(底部/壁部)が0.1~10の範囲であることが好ましい。また、底部及び壁部の接続部はR(曲率半径)を有していてもよい。また、底部及び壁部はリブ、ボス、ピン、つめ等を備えていてもよい。さらに、底部及び壁部の表面に他の部材が備えられていてもよい。
【0096】
本開示の電磁波シールド部材は、PAS樹脂成形品の粗化表面、すなわち、前記熱可塑性樹脂(B)及び前記炭酸塩(C)が除去されて形成された空隙に、めっき処理によりめっき層が形成されており、金属やセラミックスからなる薄膜層であるめっき層がPAS樹脂成形品に対して高い接着力で接着している。
【0097】
本開示の電磁波シールド部材は、電界シールド性及び磁界シールド性に優れる。具体的には、KEC法で測定した1GHzにおける電界シールド性が100dB以上であり、100kHzにおける磁界シールド性が10dB以上である。なお、KEC法とは、関西電子工業振興センター(KEC)で開発された方法であり、KECにおける電磁波シールド特性測定法を指すものである。
【実施例】
【0098】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。なお、部、%は特に断りがない場合、質量基準とする。
【0099】
(PAS樹脂組成物及びPAS樹脂成形品の製造工程)
表1及び2に記載する樹脂組成物の組成成分及び配合量(全て質量部)に従い、ガラス繊維を除く各材料をタンブラーで均一に混合した。その後、ベント付き2軸押出機(株式会社日本製鋼所製、「TEX30α」)の投入口(トップフィーダ)に前記配合材料を投入し、サイドフィーダからガラス繊維を投入して、樹脂成分吐出量30kg/hr、スクリュー回転数220rpm、設定樹脂温度を320℃に設定して溶融混練し、吐出口より吐出したストランド状物をカットしてペレットを得た。続いて、上記のペレットをシリンダー温度310℃に設定した射出成形機(住友重機械工業株式会社製、「SE75D-HP」)に供給し、金型温度140℃に温調した平板成形用金型を用いて射出成形を行い、実施例1~6、参考例1~5及び比較例1~3それぞれのPAS樹脂成形品(縦150mm、横150mm、厚さ3mm)を得た。
【0100】
〔実施例1〕
(PAS樹脂成形品への粗化処理工程)
上記で得られたPAS樹脂成形品を化学エッチング処理液に3~20分間浸漬した後、引き揚げて、成形品の全ての表面全体に粗化表面を形成させた。なお、化学エッチング処理液は、硫酸400g/リットル、無水クロム酸400g/リットル、及び希釈水(全エッチング液量1リットルとする量)からなる化学エッチング処理液を用いた。
【0101】
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程1)
次に、上記で得られた粗化表面が形成されたPAS樹脂成形品の粗化表面全面に以下の方法で無電解銅めっきを施した。無電解銅めっき液(奥野製薬工業株式会社製、「OICカッパー」、pH12.5)中に55℃で100分間浸漬し、無電解銅めっき膜(厚さ2.5μm)を形成した。
【0102】
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)
次いで、上記で得られた無電解銅めっきの表面をよく洗浄した後、無電解ニッケルめっき液(奥野製薬工業株式会社製、「トップニコロンSA-98」、pH9)中に30℃で3分間浸漬し、無電解ニッケルめっき膜(厚さ0.25μm)を形成した。
【0103】
〔実施例2〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程1)において、無電解銅めっきの厚みを2.5μmから1.0μmにしたこと以外は、実施例1と同様に行った。
【0104】
〔実施例3〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)の代わりに、下記(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程3)を行った以外は、実施例2と同様に行った。
【0105】
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程3)
上記(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程1)で得られた無電解銅めっきの表面をカソードに設置し、ニッケルをアノードに設置した。電解めっき液を用いて電流密度63A/dm2、pH2.7、室温で28分間のパルス電流による電解めっきを行い、前記無電解銅めっき膜の表面に、厚さ5μmのパーマロイめっき層を積層した。前記パルス電流は、電流の流れている時間(ON時間)と電流の流れていない時間(OFF時間)を合わせて1サイクルとし、サイクル時間をON時間:OFF時間=2000ミリ秒:1000ミリ秒から、2ミリ秒:1ミリ秒まで段階的に短くした。なお、前記電解めっき液としては、硫酸ニッケル(II)6水和物67g/L、塩化ニッケル(II)6水和物133g/L、硫酸鉄(II)7水和物5g/L、ホウ酸83g/L、塩化ナトリウム83g/L、サッカリンナトリウム5g/L、ラウリル硫酸ナトリウム0.3g/Lの水溶液からなる電解めっき液を用いた。
【0106】
〔実施例4〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)の代わりに、下記(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程4)を行った以外は、実施例2と同様に行った。
【0107】
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程4)
PAS樹脂成形品と、スパッタリングターゲットとしてセンダストを真空チャンバー(東横化学株式会社製、SSP1000)内に設置した。真空チャンバー内の空気を排気し、アルゴンを導入して該チャンバー内をスパッタガス圧力4×10-1Paのアルゴンガス雰囲気に保持した後、ターゲットにスパッタ電力1kWを印加してスパッタリングを開始した。求める膜厚になったところで、電圧印加を解除してスパッタリングを終了した。続いて、PAS樹脂成形品を裏返してチャンバー内に設置し、同様に、もう一面をスパッタリング処理した。
【0108】
〔実施例5〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程4)において、用いるターゲットをセンダストの代わりにフェライトとしたこと以外は、実施例4と同様に行った。
【0109】
〔実施例6〕
PAS樹脂成形品への粗化処理工程及びめっき処理工程を、実施例1と同様に行った。
【0110】
〔参考例1〕
PAS樹脂成形品の縦150mm、横150mmの面の片方に、めっき用マスキングテープ(3M社製、めっき用マスキングテープ851A)を面全体を覆うように貼り付けた。その後、(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程1)において、無電解銅めっきの厚みを5μmに変更したこと、及び、(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)において、無電解ニッケルめっきの厚みを0.5μmに変更したこと以外は、実施例1と同様に行った。めっき処理工程後にめっき用マスキングテープを除去し、対になる2面の内の1面にのみめっき層を有する電磁波シールド部材を得た。
【0111】
〔参考例2〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程1)において、無電解銅めっきの厚みを5μmから2μmにしたこと以外は、参考例1と同様に行った。
【0112】
〔参考例3〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)の代わりに、(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程3)の方法でめっきを行ったこと、及び、電解パーマロイめっき層の厚みを5μmから10μmにしたこと以外は、参考例2と同様に行った。
【0113】
〔参考例4〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程2)の代わりに、(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程4)の方法でめっきを行ったこと、及び、センダストめっき層の厚みを5μmから10μmにしたこと以外は、参考例2と同様に行った。
【0114】
〔参考例5〕
(PAS樹脂成形品へのめっき処理工程4)において、用いるターゲットをセンダストの代わりにフェライトを用いたこと以外は、参考例4と同様に行った。
【0115】
〔比較例1〕
実施例1と同様の操作を行った。めっき層は形成されず、めっき層のないPAS樹脂成形品が得られた。
【0116】
〔比較例2〕
PAS樹脂成形品への粗化処理工程及びめっき処理工程を、実施例1と同様に行った。。
【0117】
〔比較例3〕
実施例1と同様の操作を行った。めっき層は形成されず、めっき層のないPAS樹脂成形品が得られた。
【0118】
上記の方法によって、実施例1~6、参考例1~5及び比較例1~3それぞれのPAS樹脂成形品にめっき層が形成された積層体を得た。得られた積層体に対して、以下の評価を行った。
【0119】
<評価>
(1)めっき密着性(接着性)の測定
JIS Z 1522に規定された粘着テープ(粘着力:幅25mm当たり約8N、呼び幅:12~19mm、ニチバン株式会社製セロテープ(登録商標)No.405)を用いてクロスカット試験を行った。すなわち、次の手順で行った。まず、鋭利な刃物で1辺が2mmの正方形が3×6=18マスできるように素地まで達する条痕を作っためっき面に、テープ端に素地と貼り付けない部分を30~50mm残しつつ、テープ中央をマスの上に置き、指でテープを平らになるように貼った。このとき気泡ができないように注意しながら20N/cm2で約10秒間強く押し続けた。1分以内に、テープ端の貼り付けずに残した部分を持ち、めっき面に対して90°の角度で200cm/secの速さで剥がした。対になる2面にめっき層のあるサンプルについては両面を評価し、結果の悪い方を採用した。表中、「0/18」は剥離したマスが0個であり、「18/18」は剥離したマスが18個であることを意味する。なお、18マスの内、剥離面が少ないほど接着力が大きいと評価される。評価結果を表1及び表2に示す。
【0120】
(2)電界シールド性及び磁界シールド性の評価
実施例1~6、参考例1~5及び比較例1~3で作製した各積層体の電界シールド性及び磁界シールド性を、KEC法にて測定した。周波数1GHzにおける電界シールド性[dB]及び周波数100kHzにおける磁界シールド性[dB]の評価結果を、表1及び表2に示す。
【0121】
【0122】
【0123】
<使用原料>
以下に、PAS樹脂組成物の原料及びめっき層を構成する各成分を示す。
・PAS樹脂
(A)リニア型ポリフェニレンスルフィド樹脂 溶融粘度(V6) 8Pa・s
【0124】
・PAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(熱可塑性エラストマー)
(b1-1)オレフィン系重合体「ボンドファースト7L」(エチレン-マレイン酸無水物-グリシジルメタクリレート共重合体)、住友化学株式会社製
(b1-2)オレフィン系重合体「エンゲージ8842」(エチレン-α-オレフィン重合体)、ダウケミカル社製
【0125】
・PAS樹脂以外の熱可塑性樹脂(加水分解性を有する熱可塑性樹脂)
(b2-1)ポリアミド樹脂「AMODEL A-1004」、アモデルスペシャリティポリマーズ社製
(b2-2)ポリカーボネート樹脂「ユーピロンMB4304R」、三菱ケミカル株式会社製
【0126】
・炭酸塩
(C-1)炭酸カルシウム「炭酸カルシウムNS#2300」(平均粒子径※3 1.0μm)、日東粉化工業株式会社製
(C-2)炭酸カルシウム「炭酸カルシウム1級」(平均粒子径※3 6.4μm)、三共製粉株式会社製
(C-3)炭酸マグネシウム(合成マグネサイト)「マグサーモ MS-S」(平均粒子径※3 1.2μm)、神島化学工業株式会社製」
【0127】
平均粒子径※3 株式会社島津製作所製、粉体比表面積測定装置「SS-100型」による粉末1g当たりの比表面積値を用いて計算式(平均粒子径=6/(比重×比表面積)×10000 〔μm〕)から算出した粉末の平均粒子径である。
【0128】
・ワックス
(D-1)高密度ポリエチレンワックス「ルワックスAH-6」BASF社製
(D-2)無水マレイン酸ポリエチレン「リコルブCE-2」クラリアントジャパン株式会社製
(d-3)ペンタエリスリトール脂肪酸エステル「ロキシオールVPG861」グリーンポリマーアディティブ社製
【0129】
・その他
(E)ガラス繊維「T-717H」(繊維長3mm、平均直径10μm)日本電気硝子株式会社製
【0130】
・めっき層の構成成分
(G-1)銅
(G-2)ニッケル
(G-3)パーマロイ(Fe-Ni合金、ニッケル含有量70~85%)
(G-4)センダスト(Fe-Si-Al合金、Si含有量9.5~10.5%、Al含有量4.5~5.5%)
(G-5)フェライト(Fe2O3-MnO-ZnOセラミックス、MnO含有量33~40%、ZnO含有量6~13%)
【要約】
ポリアリーレンスルフィド(PAS)成形品表面に高い接着力でめっき層を簡便な工程で形成可能な積層体からなる優れた電界シールド性及び磁界シールド性を有する電磁波シールド部材の製造方法を提供する。さらに詳しくは、PAS樹脂組成物を成形してなる成形品の表面を化学エッチング処理で粗化処理する工程、粗化処理された前記成形品表面にめっき処理を行う工程を有する積層体からなる電磁波シールド部材の製造方法であって、前記積層体は少なくとも対になる2面にめっき層を備えること、前記PAS樹脂組成物は、PAS樹脂(A)、熱可塑性エラストマー(b1)及び加水分解性を有する熱可塑性樹脂(b2)からなる群から選ばれるポリアリーレンスルフィド樹脂以外の熱可塑性樹脂(B)、炭酸塩(C)及びポリオレフィン系ワックス(D)を配合してなること、を特徴とする電磁波シールド部材及びそれらの製造方法。
【選択図】 なし