(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-25
(45)【発行日】2023-05-08
(54)【発明の名称】モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びそれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 39/04 20060101AFI20230426BHJP
C01G 41/04 20060101ALI20230426BHJP
C23C 16/08 20060101ALI20230426BHJP
H01L 21/285 20060101ALI20230426BHJP
【FI】
C01G39/04
C01G41/04
C23C16/08
H01L21/285 C
(21)【出願番号】P 2020519815
(86)(22)【出願日】2019-07-24
(86)【国際出願番号】 JP2019028973
(87)【国際公開番号】W WO2020084852
(87)【国際公開日】2020-04-30
【審査請求日】2020-04-16
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2018200862
(32)【優先日】2018-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502362758
【氏名又は名称】JX金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高橋 秀行
【合議体】
【審判長】井上 猛
【審判官】土屋 知久
【審判官】佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-121836(JP,A)
【文献】EPPERSON, Edward Roy, The Binary Halides Of Molybdenum(IV) And Tungsten(IV) And The Oxochlorides Of Tungsten(VI), University of the Pacific Theses and Dissertations, 1965年6月, pp. 60-68
【文献】GRAHAM,R.L.and HEPLER,L.G.,J.Phys.Chem., 1959年5月1日,Vol.63,pp.723-724
【文献】SCHROCK, R. R. et al., J. Am. Chem. Soc., 1990年5月1日, Vol. 112,No. 10, pp. 3875-3886
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G25/00-47/00
C01G49/10-99/00
C23C16/00-16/56
H01L21/205
H01L21/28-21/288
H01L21/31
H01L21/329
H01L21/365
H01L21/44-21/445
H01L21/469
H01L21/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水分量が0.1wt%以下であることを特徴とする
WO
2
Cl
2
又はWOCl
4
。
【請求項2】
純度5N以上であることを特徴とする請求項1記載の
WO
2
Cl
2
又はWOCl
4
。
【請求項3】
原料である酸化タングステンを、不活性ガス、或いは不活性ガスに酸素を混合したガス、或いは空気(O
2+N
2)を流しながら、400℃以上800℃以下、3時間以上加熱して脱水処理した後、脱水処理後の前記原料を塩素ガスと反応させて、
WO
2
Cl
2
又はWOCl
4
を合成することを特徴とする
WO
2
Cl
2
又はWOCl
4
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜の気相成長用材料、化学反応用触媒等に好適に用いることができる、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体素子等の機能的電子デバイスにおけるコンタクトプラグ、配線、又は配線下の拡散バリア層等の薄膜には、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの物理的、化学的に安定で低抵抗な金属材料、あるいは、これらの金属の窒化物、炭化物等の化合物が用いられている。また近年では、上記用途以外にも、半導体特性を示す新規な金属カルコゲン化物材料として、MoS2からなる極薄の二次元構造膜も着目されている。
【0003】
上述したモリブデンやタングステン又はそれらの化合物の薄膜は、各元素を含む化合物を前駆体として蒸発気化させ、これを基板表面で分解、反応させて、薄膜化する化学気相堆積(CVD)法や原子相蒸着(ALD)法を用いて形成されている。このCVD法やALD法によって金属又は金属化合物を形成する際に使用される前駆体化合物として、金属のハロゲン化物等がある。
【0004】
例えば、特許文献1には、モリブデンの塩化物(MoCl5)を用いてMoS2膜を形成することが記載されている。また、特許文献2には、金属塩化物(WCl6、WCl5、WCl4)ガスと、H2などの還元ガスを供給して、金属膜を成膜することが記載されている。また、特許文献3には、金属フッ化物(WF6、MoF6)を原料とするCVD法によって金属またはその化合物を成膜する方法が開示されている。
【0005】
一方、上述とは異なるアプローチとして、例えば、特許文献4には、モリブデンのオキシクロライド(MoO2Cl2又はMoOCl4)を原料前駆体(プリカーサ)に使用して、モリブデン又はモリブデン化合物をCVD成膜する方法が開示されている。このモリブデンオキシクロライド粉末は、主に酸化モリブデン(MoO3)粉末を塩素ガス(Cl2)で直接塩化することによって合成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2003-225808号公報
【文献】特開2015-193908号公報
【文献】特開平4-311570号公報
【文献】特開2000-119045号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
モリブデンやタングステンのオキシクロライドは、非常に吸湿性が高いため、水分があると水和物が形成されることがあり、さらに水分が多い場合には、潮解して塩酸(HCl)を生じることがある。このことから、本発明は、低水分量のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びそれらの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者が鋭意検討を重ねた結果、原料である酸化モリブデンや酸化タングステンを所定の条件で脱水処理することにより、その後、合成して得られるモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドに含まれる水分量を低減することができるとの知見が得られた。このような知見に基づき、本開示は、以下のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びそれらの製造方法を提供するものである。
【0009】
1)水分量が1wt%未満であることを特徴とするモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド。
2)純度5N以上であることを特徴とする上記1)記載のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド。
3)原料である酸化モリブデン又は酸化タングステンを400℃以上800℃以下で脱水処理した後、熱処理後の前記原料を塩素ガスと反応させて、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドを合成することを特徴とするモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドの製造方法。
4)前記熱処理時間を3時間以上とすることを特徴とする上記3)記載のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドの製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、低水分量のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
CVD法やALD法を用いてモリブデンやモリブデンの化合物、あるいは、タングステンやタングステンの化合物を成膜する場合、前駆体として、モリブデンオキシクロライド(MoO2Cl2、MoOCl3など)、あるいは、タングステンオキシクロライド(WO2Cl2、WOCl4など)が使用される。モリブデンオキシクロライドやタングステンオキシクロライドは、原料である酸化モリブデン(MoO2、MoO3)や酸化タングステン(W2O3、WO2、WO3)を、塩素ガス(Cl2)で塩化することで合成される。
【0012】
しかしながら、モリブデンやタングステンのオキシクロライドは、非常に吸湿性が高いため、水分があると水和物が形成されることがあり、さらに水分が多い場合には潮解して塩酸(HCl)を生じることがあった。したがって、水分を多く含むこれらの粉末をCVD法やALD法における前駆体として使用すると、容器内で分解して容器を腐食させる原因となったり、水和物がパーティクルとして基板に付着して、製品特性に影響を与えるということがあった。
【0013】
このようなことから、モリブデンオキシクロライドやタングステンオキシクロライドに含有する水分量を低減するために鋭意検討した結果、原料である、酸化モリブデン(MoO2、MoO3)や酸化タングステン(W2O3、WO2、WO3)を所定の条件で脱水処理することにより、その後、合成して得られるモリブデンオキシクロライドやタングステンオキシクロライドの水分量を低減できるとの知見が得られた。そして、これによって、合成後の前駆体中に含まれる水和物を減少でき、歩留まりを向上することが可能となった。
【0014】
前記脱水処理は、原料である酸化モリブデンや酸化タングステンを炉内などに載置し、ArやN2などの不活性ガス、或いは不活性ガスに酸素を混合したガス、或いは、空気(O2+N2)を流しながら加熱する。このとき加熱温度は、400℃以上800℃以下とすることが好ましい。400℃未満であると、内部に含まれる水分を十分に揮発することができず、その後に合成されるモリブデン/タングステンのオキシクロライドに含まれる水分量を十分に低減することができない。一方、800℃超であると、酸化モリブデンや酸化タングステンが溶融又は一部昇華してしまうため、好ましくない。より好ましくは、500℃以上、750℃以下である。
【0015】
導入するガスの流量は0.1~100L/minとするのが好ましい。0.1L/min未満であると、系内から水分を排出するには不十分であり、再凝縮した水分が逆流して危険であり、一方、100L/minを超えると、ガスを大量に消費しコスト高となり、加えて製品が強く還元されて酸素欠損のMo4O11などが形成されるなどの問題があるため、好ましくない。また、前記脱水処理は3時間以上行うことが好ましい。高温で長時間脱水処理することにより、合成後のモリブデンオキシクロライドやタングステンオキシクロライドに含まれる水分量を十分に低減することができる。また、前記処理時間は加熱温度を考慮して調整することが好ましく、例えば、加熱温度を比較的高温に設定しつつ、熱処理時間を短縮することが可能である。より好ましくは、10時間以上である。
【0016】
モリブデンオキシクロライドの合成は、前記条件で熱処理した酸化モリブデン粉末(MoO2粉末、MoO3粉末)に対して、所定の流量で塩素(Cl2)ガスを流し、これら両者の反応によって生じる気相のモリブデンオキシクロライドを固相で析出させることにより行う。このとき反応時の酸化モリブデンの加熱温度は700℃以上とすることが好ましい。反応によって生じた気相のモリブデンオキシクロライドは、冷却することにより固相で析出させることができる。
【0017】
また、タングステンオキシクロライドの合成は、前記条件で熱処理した酸化タングステン粉末(W2O3、WO2、WO3)に対して、所定の流量で塩素(Cl2)ガスを流し、これら両者の反応によって生じる気相のタングステンオキシクロライドを固相で析出させることにより行う。このとき反応時の酸化タングステンの加熱温度は700℃以上とすることが好ましい。反応によって生じた気相のタングステンオキシクロライドは、冷却することにより固相で析出させることができる。
【0018】
上記方法によって、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドに含まれる合成後の水分量を1wt%未満とすることができる。このような低水分量のものをCVDやALDの前駆体として用いることにより、成膜歩留りを向上することができる。さらに、上記の方法によって、昇華した際の残渣を低減することができ、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドの純度を99.999wt%(5N)以上とすることができる。
【0019】
本開示における各種の評価方法は、実施例、比較例を含め、以下の通りである。
(水分量)
まず、X線回折装置(XRD)を用いて、目的外の低級塩化物(例えば、MoO2ClやMoOCl4)が無いことを確認する。次に、熱重量・質量分析装置(TG-MS)を用いて重量変化を測定し、残渣重量比から、これが水和物であると仮定して水分量を計算で求める。さらに、ICP発光分光分析装置(ICP-OES)で主成分であるモリブデン又はタングステンの量を測り、理論値からの差分から水分量を計算する。
但し、いずれの手法も仮定を伴い、不確定性を完全に排除することは困難であることから、TG-MSとICP-OESのそれぞれ異なる手法で求めた水分量が同様の値を示すことを確認することで、測定水分量の信頼性を高めることができる。
【0020】
(純度)
本開示における純度は、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドに不純物として含まれることが想定される元素について分析し、検出限界以上の含有量で現出された元素の含有量の合計を100wt%から差し引いた値として定義される。ここで、不純物元素は、Be、Mg、Al、K、Ga、Ge、As、Sr、Ba、W、Ti、U、Ag、Na、Co、Fe、In、Mn、Ni、Pb、Zn、Cu、Cr、Tl、Li、Th、Sc、Se、Hf、Ta、およびBiであり、これらのうちKについては原子吸光分析(AAS)法、K以外の元素については誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)法によって分析する。本発明の分析における検出限界の含有量は、NiおよびSeについては0.5wtppm、これら以外の上記各元素については0.1wtppmである。なお、測定限界未満の含有量の不純物元素については、実質的に含まれないものとみなして純度を算出する。
【実施例】
【0021】
以下、実施例および比較例に基づいて説明する。なお、本実施例はあくまで一例であり、この例によって何ら制限されるものではない。すなわち、本発明は特許請求の範囲によってのみ制限されるものであり、本発明に含まれる実施例以外の種々の変形を包含するものである。
【0022】
(実施例1)
MoO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したMoO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたモリブデンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたモリブデンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、0.1wt%であり、低水分量のものが得られた。また、純度は99.999%以上と、高純度のものが得られた。
【0023】
(実施例2)
MoO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したMoO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたモリブデンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたモリブデンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、0.01wt%であり、低水分量のものが得られた。また、純度は99.999%以上と、高純度のものが得られた。
【0024】
(実施例3)
WO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したWO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたタングステンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたタングステンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、0.1wt%であり、低水分量のものが得られた。また、純度は99.999%以上と、高純度のものが得られた。
【0025】
(実施例4)
WO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したWO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたタングステンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたタングステンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、0.01wt%であり、低水分量のものが得られた。また、純度は99.999%以上と、高純度のものが得られた。
【0026】
(比較例1)
MoO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、200℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したMoO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたモリブデンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたモリブデンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、5wt%であり、水分量の低減効果が不十分であった。
【0027】
(比較例2)
MoO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、1時間加熱して、脱水処理を行った。その後脱水処理したMoO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたモリブデンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたモリブデンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、2wt%であり、水分量の低減効果が不十分であった。
【0028】
(比較例3)
WO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、200℃で、20時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したWO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたタングステンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたタングステンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果、4wt%であり、水分量の低減効果が不十分であった。
【0029】
(比較例4)
WO3原料490gを環状炉内(φ150cm)に載置し、流量0.5L/分の条件でArガス導入しながら、550℃で、1時間加熱して、脱水処理を行った。その後、脱水処理したWO3原料を反応容器に載置し、反応容器にCl2ガスとキャリアガスとなるN2ガスを導入し、720℃で加熱して合成を行った。その後、合成されたタングステンオキシクロライドを回収した。このようにして得られたタングステンオキシクロライドについて、水分量を測定した結果2wt%であり、水分量の低減効果が不十分であった。
【0030】
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明によれば、低水分量のモリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライド及びその製造方法を提供することができる。本発明は、モリブデンオキシクロライド又はタングステンオキシクロライドをCVDやALDなどの原料または触媒として用い、薄膜形成や化合物の合成を行う、半導体産業、電子デバイス製造、機能性材料創生、有機・無機化学工業といった産業・技術分野に対して大きな技術的貢献を果たすものである。