IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ コンビ株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人東京農工大学の特許一覧

特許7269568不安障害及び/又は気分障害を改善又は予防するための組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-26
(45)【発行日】2023-05-09
(54)【発明の名称】不安障害及び/又は気分障害を改善又は予防するための組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/744 20150101AFI20230427BHJP
   A61P 25/22 20060101ALI20230427BHJP
【FI】
A61K35/744
A61P25/22
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019130105
(22)【出願日】2019-07-12
(65)【公開番号】P2021014432
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2021-04-05
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-10284
(73)【特許権者】
【識別番号】391003912
【氏名又は名称】コンビ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132881
【氏名又は名称】国立大学法人東京農工大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永岡 謙太郎
(72)【発明者】
【氏名】神邉 淳
(72)【発明者】
【氏名】板谷 祐子
【審査官】長谷川 茜
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/215759(WO,A1)
【文献】特表2017-532361(JP,A)
【文献】特表2013-544780(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0177424(US,A1)
【文献】特表2018-502056(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108244655(CN,A)
【文献】TSUKAHARA T. et al.,J. Vet. Med. Sci.,2007年,Vol.69, No.2,pp.103-109
【文献】TSUKAHARA T. et al.,Microbial Ecology in Health and Disease,2005年,Vol.17,pp.107-113
【文献】Beneficial Microbes,2019年07月03日,Vol.10, No.6,pp.661-669
【文献】ENCK P. et al.,Neurogastroenterol Motil,2008年,Vol.20,pp.1103-1109
【文献】嶋川真木ほか,実験的過敏性腸症候群モデル(内臓痛覚過敏モデル)に対するStreptococcus faecalis 129 BIO 3Bの効果,腸内細菌学雑誌,2013年,Vol.27, No.2,p.120, 一般演題B-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00 -35/768
A23L 33/00 -33/29
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンテロコッカス・フェカリスの死菌体を有効成分として含む、不安障害及び/又は気分障害(但し、過敏腸管症候群及び口腔カンジダ症に伴ううつ状態を除く)を、改善又は予防するための組成物。
【請求項2】
エンテロコッカス・フェカリスの死菌体を有効成分として含む、脳の神経伝達を活性化するための組成物。
【請求項3】
エンテロコッカス・フェカリスの死菌体を有効成分として含む、β3アドレナリン受容体、ドパミンD5受容体及びバソプレシン受容体1Aからなる群から選択される少なくとも1の受容体の発現を増強するための組成物。
【請求項4】
前記エンテロコッカス・フェカリスがエンテロコッカス・フェカリス EC-12株である、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不安障害及び/又は気分障害を改善等するための組成物に関し、より詳しくは、エンテロコッカス属に属する細菌を有効成分として含む、不安障害及び/又は気分障害を、改善又は予防するための組成物に関する。また、本発明は、前記細菌を有効成分として含む、β3アドレナリン受容体、ドパミンD5受容体及びバソプレシン受容体1Aからなる群から選択される少なくとも1の受容体の発現を増強するための組成物に関する。さらに、本発明は、前記細菌を有効成分として含む、脳の神経伝達を活性化するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の分子及びメタゲノムツールの開発によって、腸内細菌コミュニティの構造と機能に関する様々な知見が続々と明らかになっている。なかでも、脳腸軸(gut brain axis)と称される、自律神経系や液性因子(ホルモン、サイトカイン等)を介した脳と腸との双方向的な情報伝達は、非常に注目されている。
【0003】
脳腸軸は、ヒトの体の健康だけでなく、精神的な健康においても、重要な役割を果たしていることが明らかになっている。例えば、ヒト及びげっ歯類の研究成果から、うつ状態において腸内細菌叢の多様性及び豊かさが低下していることが示されている(非特許文献1)。さらに、うつ病患者の糞便を移植したラットにおいて、うつ症状、不安及び性的冷感等の抑うつ行動が誘導されると共に、セロトニン等の神経伝達物質の生合成を担うトリプトファン代謝が変化することも報告されている(非特許文献1)。また、腸内細菌叢の変化は、ストレスに対する防御反応を担うHPA軸(視床下部-下垂体-副腎系 軸)にも影響し、それに関与するプロバイオティクス(所謂、善玉菌)も検出されている(非特許文献2)。さらに、細菌叢とHPA反応性との直接的な関連は、須藤らによって証明されている。具体的には、無菌マウス(germ-free mice)における、コルチコステロン及び副腎皮質刺激ホルモンの拘束ストレスに対する応答は、通常のSPFマウス(conventionally house-specific pathogen-free mice)と比較して増強されることが、須藤らによって報告されており(非特許文献2)、この研究成果によって、腸の環境は、免疫だけでなく、脳の発達や内分泌系に大きく貢献していることが明らかとなっている。
【0004】
また、最近のいくつかの研究において、プロバイオティクスが、ストレス反応性及びストレス関連行動を調整する可能性があることが示されている。例えば、プロバイオティック Lactobacillus farciminisにて前処理したラットにおいては、拘束ストレスから典型的に生じる腸透過性を低下させると共に、関連するHPA反応性の亢進を抑制することが認められている(非特許文献3)。さらに、最近の研究によって、健康な雄のBalb/Cマウスに.Lactobacillus rhamnosusを摂食させた結果、高架式十字迷路試験(EPM)、強制水泳試験(FST)及びオープンフィールドテスト(OF)において、不安様及び抑うつ様の行動が減少することが明らかになっている(非特許文献4)。より具体的には、プロバイオティクス処理されたマウス群は、EPMにおいてオープンアームへの侵入回数を増やし、FSTにおいては不動の時間を減らし、OFにおいては中央領域への侵入回数及び滞在時間を増加させた。また、同様の研究において、新生児期に母仔分離を受けていた成体ラットにおいて、プロバイオティクス Bifidobacterium infantisによる処置後に、抑うつ様症状の軽減、及び抗うつ剤治療においても認められる行動的影響が認められている(非特許文献5)。
【0005】
このように、不安障害やうつ等の気分障害の治療等に関し、プロバイオティクスの使用に関する研究成果が報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kelly JR.ら、J Psychiatr Res.、2016年11月、82号、109~108ページ
【文献】Sudo N.ら、J Physiol.、2004年7月、1巻、558号(Pt 1)、263~275ページ
【文献】Ait-Belgnaoui A.ら、Psychoneuroendocrinology.、2012年11月、37巻、11号、1885~1895ページ
【文献】McVey Neufeld KA.ら、Front Neurosci.、2018年5月8日、12:294.doi:10.3389/fnins.2018.00294.eCollection 2018.
【文献】Desbonnet L.ら、Neuroscience.、2010年11月10日、170巻、4号、1179~1188ページ
【文献】Terada A.ら、Microbial Ecology in Health and Disease、2004年、16巻、4号、188~194ページ
【文献】Tsuruta T.ら、Bioscience of Microbiota,Food and Health、2013年、32巻、4号、123~128ページ
【文献】Tsuruta T.ら、Animal Science Journal、2009年4月、80巻、2号、206~211ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、抗不安効果及び/又は抗うつ効果を奏する細菌を見出し、当該細菌を有効成分とする、不安障害及び/又は気分障害を、改善又は予防するための組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、エンテロコッカス属に属する細菌をマウスに摂取させ、各種行動試験(オープンフィールド試験、高架式十字迷路試験、強制水泳試験)に供し、行動を分析した。その結果、不安・恐怖を評価するための試験であるオープンフィールド試験及び高架式十字迷路試験において、エンテロコッカス非摂取群(コントロール群)との有意差が認められ、エンテロコッカスは抗不安効果を有していることが明らかとなった。
【0009】
エンテロコッカスは、ヒト及び動物の正常な腸内細菌である乳酸菌の1種である。これまでの研究では、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株の加熱処理物(死菌)をヒトに服用させたところ、糞便代謝成分や微生物叢等の脂肪酸、乳酸、ビフィズス菌が変化したことが示されている(非特許文献6)。別の研究では、EC-12がin situ実験においてインターフェロン-γ放出を誘発することが示されている(非特許文献7)。さらに、EC-12は宿主免疫系と情報伝達して、若年仔牛のIgAの産生を誘導することも報告されている(非特許文献8)。しかしながら、エンテロコッカスに属する細菌の脳への影響についての報告はこれまでになかった。
【0010】
本発明者らは、さらに、エンテロコッカス摂取マウスの前頭葉における遺伝子発現を解析した。その結果、Adrb3(β3アドレナリン受容体)遺伝子、Avpr1a(バソプレシン受容体1A)遺伝子及びDrd5(ドパミンD5受容体)遺伝子の発現が亢進していることも明らかにした。これらは、いずれも神経伝達の活性化に関与する受容体をコードする遺伝子である。また、Adrb3に関しては、抗不安様行動及び抗うつ様行動を誘導することが報告されており、Drd5に関しては、恐怖の消去及び報酬の獲得行動を促進することが報告されている。
【0011】
したがって、EC-12摂取によって、Adrb3、Avpr1a及びDrd5、これら神経受容体の発現亢進に伴い、脳内の神経伝達が活性化され、ひいては、抗不安効果、さらには抗うつ効果が奏されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、不安障害及び/又は気分障害を改善等するための組成物に関する。また、本発明は、前記細菌を有効成分として含む、β3アドレナリン受容体、ドパミンD5受容体及びバソプレシン受容体1Aからなる群から選択される少なくとも1の受容体の発現を増強するための組成物に関する。さらに、本発明は、前記細菌を有効成分として含む、脳の神経伝達を活性化するための組成物に関し、より具体的には、以下のとおりである。
<1> エンテロコッカス属に属する細菌を有効成分として含む、不安障害及び/又は気分障害を、改善又は予防するための組成物。
<2> エンテロコッカス属に属する細菌を有効成分として含む、脳の神経伝達を活性化するための組成物。
<3> エンテロコッカス属に属する細菌を有効成分として含む、β3アドレナリン受容体、ドパミンD5受容体及びバソプレシン受容体1Aからなる群から選択される少なくとも1の受容体の発現を増強するための組成物。
<4> エンテロコッカス属に属する細菌がエンテロコッカス・フェカリスである、<1>~<3>のいずれか一項に記載の組成物。
<5> エンテロコッカス属に属する細菌がエンテロコッカス・フェカリス EC-12株である、<1>~<3>のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、β3アドレナリン受容体、バソプレシン受容体1A及びドパミンD5受容体の発現を増強することが可能となる。また、これら神経伝達物質受容体の発現を増強することにより、脳の神経伝達を活性化することも可能となる。さらに、本発明によれば、抗不安効果及び/又は抗うつ効果を奏することにより、不安障害及び/又はうつ等の気分障害を、改善又は予防することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1A】オープンフィールド試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の行動を解析した結果を示す、ヒートマップである。図中、青色で示した領域ほど、当該領域におけるマウスの滞在時間が短く、一方、赤色で示した領域ほど、当該領域におけるマウスの滞在時間が長いことを示す。
図1B】オープンフィールド試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の中央ゾーンにおける滞在時間を示す、グラフである。図中の縦軸は、総試験時間において、各マウスが中央ゾーンに滞在した時間の割合(%)を示す。
図1C】オープンフィールド試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の中央ゾーンへの侵入回数を示す、グラフである。
図1D】高架式十字迷路試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)のクローズドアームにおける滞在時間を示す、グラフである。図中の縦軸は、総試験時間において、各マウスがクローズドアームに滞在した時間の割合(%)を示す。
図1E】高架式十字迷路試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)のクローズドアームにおける滞在時間を示す、グラフである。図中の縦軸は、総試験時間において、各マウスがオープンアームに滞在した時間の割合(%)を示す。
図1F】高架式十字迷路試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の中央ゾーンにおける滞在時間を示す、グラフである。図中の縦軸は、総試験時間において、各マウスが中央ゾーンに滞在した時間の割合(%)を示す。
図2】強制水泳試験において、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の無動時間を示す、グラフである。図中の縦軸は、総試験時間において、各マウスが動かなかった時間の割合(%)を示す。
図3A】前頭葉における神経伝達物質受容体の発現量に関し、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウスと当該細菌株を摂取させていないマウスとで、PCRアレイにより比較した結果を示す、図である。図中、赤色は、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウスの方が高い発現を示した神経伝達物質受容体を示し、青色は、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウスの方が高い発現を示した神経伝達物質受容体を示す。
図3B】エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の前頭葉における遺伝子発現を定量的リアルタイムPCRにて解析した結果を示す、グラフである。図中、縦軸は、前記細菌株を摂取させていないマウスにおける各遺伝子の発現量を1とした場合の相対的な値を示す。
図3C】エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の前頭葉における遺伝子発現を定量的リアルタイムPCRにて解析した結果を示す、グラフである。図中、縦軸は、前記細菌株を摂取させていないマウスにおける各遺伝子の発現量を1とした場合の相対的な値を示す。
図4A】エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の盲腸内容物から細菌のゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンス解析した結果を示す、ボックスプロット図である。図中、縦軸は、Butyricicoccus属細菌の占有率(相対豊富度、Relative abundance of taxa)を表す。
図4B】エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の盲腸内容物から細菌のゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンス解析した結果を示す、ボックスプロット図である。図中、縦軸は、Enterococcus属細菌の占有率(相対豊富度、Relative abundance of taxa)を表す。
図4C】エンテロコッカス・フェカリス EC-12株を摂取させたマウス(図中「EC12」)及び当該細菌株を摂取させていないマウス(図中「control」)の盲腸内容物から細菌のゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンス解析した結果を示す、ボックスプロット図である。図中、縦軸は、Lactobacillus属細菌の占有率(相対豊富度、Relative abundance of taxa)を表す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
後述の実施例に示すとおり、本発明者らは、エンテロコッカス属に属する細菌をマウスに摂取させ行動を分析した。その結果、不安・恐怖を評価するための試験であるオープンフィールド試験及び高架式十字迷路試験において、エンテロコッカス非摂取群(コントロール群)との有意差が認められ、エンテロコッカスは抗不安効果を有していることを明らかにした。さらに、エンテロコッカス摂取マウスの前頭葉における遺伝子発現を解析した結果、Adrb3(β3アドレナリン受容体)遺伝子、Avpr1a(バソプレシン受容体1A)遺伝子及びDrd5(ドパミンD5受容体)遺伝子の発現が亢進していることも明らかにした。これらは、いずれも神経伝達の活性化に関与し、Adrb3に関しては、抗不安様行動及び抗うつ様行動を誘導することが報告されており、また、Drd5に関しては、恐怖の消去及び報酬の獲得行動を促進することが報告されている。
【0016】
したがって、本発明は、エンテロコッカス属に属する細菌を有効成分として含む、β3アドレナリン受容体、ドパミンD5受容体及びバソプレシン受容体1Aからなる群から選択される少なくとも1の受容体の発現を増強するための組成物に関する。
【0017】
また、前記細菌を有効成分として含む、脳の神経伝達を活性化するための組成物に関する。
【0018】
さらに、前記細菌を有効成分として含む、不安障害及び/又は気分障害を、改善又は予防するための組成物に関する。
【0019】
本発明の組成物において有効成分として含有される「エンテロコッカス(Enterococcus)属に属する細菌」は、乳酸菌のフィルミクテス門に属し、腸球菌に含まれる細菌である。例えば、エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus・faecalis)、エンテロコッカス・フェシウム(Enterococcus・faecium)、エンテロコッカス・ヒラエ(Enterococcus・hirae)が挙げられる。エンテロコッカス・フェカリスとしては、例えば、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株、ATCC 19433、ATCC 14508、ATCC 23655、IFO 16803、IFO 16804等の菌株又はそれらの変異株が例示できる。なお、「変異株」とは、特定の菌株に対し、当業者に周知の方法により当業者がその性質に変化を及ぼさない範囲で変異させたもの、あるいは、それと同等であると当業者が確認できるものを包含する意味である。
【0020】
本発明の組成物において有効成分として含有される細菌としては、好ましくはエンテロコッカス・フェカリスであり、より好ましくはエンテロコッカス・フェカリス EC-12株である。
【0021】
なお、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株(Enterococcus faecalis EC-12)は、平成17年(2005年)2月25日(原寄託日)付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-5466 日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6)に寄託された。受託番号は、FERM BP-10284である。なお、2012年4月に特許微生物寄託業務は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(旧称:IPOD)から独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE、〒292-0818 千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に承継された。
【0022】
本発明の組成物において、エンテロコッカス属に属する細菌は、生菌として、また、死菌体として含有される。死菌体は、耐熱性に優れ、品質が安定しており、また、製造ラインを汚染しないため食品・医薬品として幅広く使用できる点で、本発明の組成物の有効成分として好ましい。
【0023】
本発明の組成物における「死菌体」としては、例えば、加熱殺菌した菌体(加熱殺菌体)が挙げられる。加熱殺菌体は、エンテロコッカス属に属する細菌を常法に従って培養して得られた培養物から調製することができる。かかる調製方法として、特に制限はないが、例えば、濾過、遠心分離等の方法により菌体を回収し、水洗後、水等(蒸留水、生理食塩水等)に懸濁して、120℃以下(好ましくは80~120℃)、30分以内(好ましくは30分~3秒)加熱処理することにより調製することができる。
【0024】
また、本発明にかかる「死菌体」は、前記加熱処理に代えて、例えば、焼成、蒸煮(例えば、170℃以下、60分以内)、ガンマ線或いは中性子線の照射に供することで得られるもの(例えば、焼成殺菌体、蒸煮殺菌体、放射線照射殺菌体)であってもよい。
【0025】
さらに、これら死菌体は、上記水等による懸濁液の形態であってもよく、その乾燥物の形態であってもよい。懸濁液からの乾燥方法は、特に制限はなく、例えば、噴霧乾燥、凍結乾燥が挙げられる。また、場合によっては、加熱等による殺菌処理の前後、あるいは、乾燥処理の前後に、酵素処理、界面活性剤処理、磨砕・粉砕処理を行うこともでき、これらの処理により得られるものも、本発明の死菌体に含まれる。
【0026】
なお、エンテロコッカス・フェカリス EC-12株の加熱殺菌菌体は、製品名「EC-12」(コンビ株式会社ライフサイエンス事業部製造)として市販されている。また、本発明の組成物において有効成分として含まれるエンテロコッカス属に属する細菌は、前述の通り菌体であってもよく、該細菌に含まれる物質、該細菌の分泌産物、該細菌による代謝産物であってもよい。
【0027】
本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって発現が増強される、β3アドレナリン受容体(Adrb3)は、アドレナリン、ノルアドレナリン等のカテコールアミン類によって活性化されるGタンパク共役型受容体の1種であり、ヒト由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_000016にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_000025にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)であり、マウス由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_038490にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_013462にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)である。
【0028】
本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって発現が増強される、ドパミンD5受容体(Drd5)は、ドパミン(ドーパミン)によって活性化されるGタンパク共役型受容体であり、ヒト由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_000789にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_000798にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)であり、マウス由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_038531にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_013503にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)である。
【0029】
本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって発現が増強される、バソプレシン受容体1A(Avpr1a)は、アルギニンバソプレシン(AVP)によって活性化されるGタンパク共役型受容体であり、ヒト由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_000697にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_000706にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)であり、マウス由来のものであれば、典型的にはGenBankアクセッション番号:NP_058543にて特定されるアミノ酸配列からなるタンパク質(GenBankアクセッション番号:NM_016847にて特定されるヌクレオチド配列がコードするタンパク質)である。
【0030】
なお、自然界において(すなわち、非人工的に)ヌクレオチド配列は変化する。したがって、上述の神経伝達物質受容体には、典型例として挙げた上記配列に特定されることなく、このような天然の変異体も含まれる。
【0031】
本発明において「発現」には、転写レベルでの発現(mRNAとしての発現)のみならず、翻訳レベルでの発現(タンパク質としての発現)も含まれる。本発明において、上記神経伝達物質受容体の発現が増強される部位としては特に制限はないが、例えば中枢神経系、好ましくは脳、より好ましくは前頭葉である。本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって活性化される脳の神経伝達としては、特に制限はないが、例えば、カテコールアミン作動性神経、ドパミン作動性神経又はバソプレシン神経が関与する神経伝達が挙げられる。また、本発明において、前記神経伝達が活性化される部位としては、脳内であれば特に制限はないが、好ましくは前頭葉である。
【0032】
本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって改善等される「不安障害」とは、行き過ぎた不安を感じる状態を意味する。また「不安」とは、不快刺激に対する情動応答を意味し、明確な対象が存在しない場合のみならず、存在する場合(所謂、恐怖)も含まれる。
【0033】
本発明において「不安障害」として、例えば、全般性不安障害(GAD)、社会不安障害、物質誘発不安障害、パニック障害、強迫性障害(OCD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、急性ストレス障害(ASD)、分離不安障害、恐慌性障害(恐怖症:社会的恐怖症、高所恐怖症、広所恐怖症、先端恐怖症、動物恐怖症等)、過敏腸管症候群、線維筋痛症が挙げられる。
【0034】
本発明において、エンテロコッカス属に属する細菌によって改善等される「気分障害」とは、行き過ぎて気分が落ち込んだりする状態(所謂、うつ、抑うつ)を意味する。
【0035】
本発明において「気分障害」として、例えば、大うつ病性障害(MDD)、双極性障害(BD)、非定型うつ病、憂うつ症のうつ病、精神病性大うつ病、緊張性うつ病、産後うつ病、季節性情緒障害、気分変調症、特定不能の抑うつ性障害(DD-NOS)、物質誘発気分障害、閉経後うつ、思春期うつが挙げられる。
【0036】
本発明において、「改善」には、上記障害からの完全な回復(治療)のみならず、上記障害の症状を緩和し、またその進行を抑制することも含まれる。「予防」には上記障害の発症を抑制する又は遅延させ、またその再発を抑制することが含まれる。
【0037】
本発明の組成物は、医薬組成物、飲食品(動物用飼料を含む)、あるいはモデル動物実験等に用いられる試薬の形態であり得る。
【0038】
本発明における組成物は、公知の製剤学的方法により製剤化することができる。例えば、カプセル剤、錠剤、丸剤、液剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、フィルムコーティング剤、ペレット剤、トローチ剤、舌下剤、咀嚼剤、バッカル剤、ペースト剤、シロップ剤、懸濁剤、エリキシル剤、乳剤、塗布剤、軟膏剤、硬膏剤、パップ剤、経皮吸収型製剤、ローション剤、吸引剤、エアゾール剤、注射剤、坐剤等として、経口的又は非経口的に使用することができる。本発明は、後述の実施例において示すとおり、経口により、非侵襲的かつ簡便に摂取させることができる。すなわち、本発明の組成物の好ましい摂取の方法は、経口による摂取である。
【0039】
これら製剤化においては、薬理学上若しくは飲食品として許容される担体、具体的には、生理食塩水、滅菌水、植物油、溶剤、賦形剤、基剤、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、芳香剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤、希釈剤、等張化剤、無痛化剤、増量剤、崩壊剤、緩衝剤、コーティング剤、滑沢剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味矯臭剤、溶解補助剤あるいはその他の添加剤等と適宜組み合わせることができる。
【0040】
本発明の組成物を医薬組成物として用いる場合には、上記障害の改善や予防に用いられる公知の物質と併用してもよい。かかる公知の物質としては、例えば、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系抗不安薬等)、抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)再取り込み阻害薬(SNRI)、三環系抗うつ薬(TCA)、四環系抗うつ薬、トリアゾロピリジン系抗うつ薬(SARI)、モノアミン酸化酵素阻害薬(MAO阻害薬)、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)、ノルエピネフリン・ドパミン再取り込み阻害薬(NDRI))が挙げられる。
【0041】
本発明の組成物を飲食品として用いる場合、当該飲食品は、例えば、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品、栄養補助食品、病者用食品、あるいは動物用飼料であり得る。なお、機能性食品は、通常、その作用メカニズムに基づき、プロバイオティクス、バイオジェニクス、プレバイオティクスの3つに分類され、本発明においては、プロバイオティクス、バイオジェニクスの態様をとり得る。
【0042】
本発明の飲食品は、上記のような組成物として摂取することができる他、種々の飲食品として摂取することもできる。飲食品の具体例としては、ヨーグルト、ドリンクヨーグルト等の発酵食品、発酵飲料;食用油、ドレッシング、マヨネーズ、マーガリン等の油分を含む製品;スープ類、乳飲料、清涼飲料水、茶飲料、アルコール飲料、ドリンク剤、ゼリー状飲料、機能性飲料等の液状食品;飯類、麺類、パン類等の炭水化物含有食品;ハム、ソーセージ等の畜産加工食品;かまぼこ、干物、塩辛等の水産加工食品;漬物等の野菜加工食品;ゼリー等の半固形状食品;みそ等の発酵食品;洋菓子類、和菓子類、キャンディー類、ガム類、グミ、冷菓、氷菓等の各種菓子類;カレー、あんかけ、中華スープ等のレトルト製品;インスタントスープ,インスタントみそ汁等のインスタント食品や電子レンジ対応食品等が挙げられる。さらには、粉末、穎粒、錠剤、カプセル剤、液状、ペースト状またはゼリー状に調製された健康飲食品も挙げられる。なお、本発明における飲食品の製造は、当該技術分野に公知の製造技術により実施することができる。当該飲食品においては、上記障害の改善又は予防に有効な1種もしくは2種以上の成分(例えば、他の乳酸菌(Lactobacillus farciminis、Lactobacillus rhamnosus、Bifidobacterium infantis等)、エンテロコッカス属に属する細菌の腸管等での増殖に有効な1種もしくは2種以上の成分(例えば、オリゴ糖類、食物繊維類等のプレバイオティクス成分)を添加してもよい。また、当該改善等以外の機能を発揮する他の成分あるいは他の機能性食品と組み合わせることによって、多機能性の飲食品としてもよい。
【0043】
本発明の組成物は、ヒトを含む動物を対象として使用することができるが、ヒト以外の動物としては特に制限はなく、種々の家畜、家禽、ペット、実験用動物等を対象とすることができる。具体的には、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、カモ、ダチョウ、アヒル、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、マウス、ラット、サル等が挙げられるが、これらに制限されない。
【0044】
また、本発明の組成物の対象としては、その発症の如何を問わず、上記障害を罹患している動物が挙げられ、また予防の観点からは、上記障害を発症していない又は上記障害を罹患している疑いのある動物に、本発明の組成物を投与し又は摂取させてもよい。さらに、再発予防の観点からは、その症状がでていない動物にも、本発明の組成物は好適に用いることができる。
【0045】
本発明の組成物を投与又は摂取する場合、その投与量または摂取量は、対象の年齢、体重、上記障害の症状、健康状態、組成物の種類(医薬品、飲食品等)等に応じて、適宜選択される。例えば、1日当たりのエンテロコッカス属に属する細菌の投与量又は摂取量は、一般に、0.5×10個/kg体重~50×10/kg体重であり、好ましくは、2×10個/kg体重~50×10個/kg体重である。また、1日当たりのエンテロコッカス属に属する細菌の投与量又は摂取量として、好ましくは10mg/kg体重~1g/kg体重、より好ましくは20mg/kg体重~500mg/kg体重、さらに好ましくは50mg/kg体重~200mg/kg体重とも例示し得る。
【0046】
また、本発明は、このように、エンテロコッカス属に属する細菌又はそれを有効成分として含む組成物を対象に投与すること又は摂取させることを特徴とする、対象における不安障害及び/又は気分障害を改善又は予防するための方法をも提供するものである。
【0047】
なお、エンテロコッカス属に属する細菌又はそれを有効成分として含む組成物の投与又は摂取量としては上述のとおりであるが、1日当り1回又は複数回(例えば、2回)に分けて投与又は摂取させてもよい。また、投与又は摂取の期間は、上記障害の改善の程度に応じて中止することもできるが、再発予防の観点から、中止することなく継続して投与又は摂取させても良い。なお、「継続」については、毎日継続でもよく、間隔を空けての継続でもよいが、効果の点で毎日継続してエンテロコッカス属に属する細菌又はそれを有効成分として含む組成物を投与又は摂取することが好ましい。
【0048】
本発明の組成物の製品(医薬品、飲食品、試薬)又はその説明書は、不安障害及び/又は気分障害を改善又は予防、脳内の神経伝達を活性化、又は上述の神経伝達物質受容体の発現を増強するために用いられる旨の表示を付したものであり得る。また、飲食品に関しては、形態及び対象者等において一般食品との区別がつくよう、保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)として健康機能の表示を、本発明の組成物の製品等に付したものであり得る。ここで「製品又は説明書に表示を付した」とは、製品の本体、容器、包装等に表示を付したこと、あるいは製品の情報を開示する説明書、添付文書、宣伝物、その他の印刷物等に表示を付したことを意味する。
【実施例
【0049】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。本実施例は、以下の材料及び方法を用いて行なった。
【0050】
(動物)
C57BL/6Jマウス(8週齢、雄)16頭を、14-h照明下(5:00~19:00の間に照明)、23±2℃で自由飲水・摂食下で飼育した。摂食に関しては、コントロール食にエンテロコッカス・フェカリス EC-12株の加熱殺菌菌体(製品名「EC-12」、コンビ株式会社ライフサイエンス事業部製造、以下、単に「EC-12」」とも称する)を混合したもの(0.125質量%EC-12配合AIN93-M)を摂食する群(EC-12摂取群、n=8)と、コントロール食のみを摂食する群(コントロール群、n=8)とに分け、4週間飼育した。なお、コントロール食として、AIN93-M(オリエンタル酵母工業社製)を用いた。また、前記0.125質量%EC-12配合AIN93-Mという量は、1日あたり、1kg体重あたり、EC-12を100mg摂取されることを予測して設定された量である。
【0051】
4週間経過後(12週齢の適切な期間中)に、行動試験を行なった。行動試験は、ビデオシステムによって記録し、ビデオトラッキングソフトウェア(室町機械株式会社製、製品名:ANY-maze)を用いて分析した。各試験が終了した後、器具を70%エタノールで洗浄し、臭い又は毛髪といった刺激となるようなもの(cue)が残っておらず、意図しないバイアスが実験結果にかからないようにした。
【0052】
行動試験は、オープンフィールド試験(コントロール:n=8、EC-12摂取群:n=8)、高架式十字迷路試験(コントロール:n=7、EC-12摂取群:n=8)、強制水泳試験(コントロール:n=8、EC-12摂取群:n=8)を行なった。これらの試験は、間隔を少なくとも1日は空けて行なった。
【0053】
行動試験バッテリーを終えた後、マウスをイソフルラン(和光純薬株式会社製)にて麻酔し、前頭葉と盲腸内容物を採取した。そして、全てのサンプルは-80℃で保存した。前頭葉から抽出した全RNAを鋳型として合成したcDNAを神経伝達物質受容体のPCRアレイに供し、またリアルタイムPCRにも供した。盲腸内容物からは、ゲノムDNAを抽出し、次世代シークエンス解析に供した。
【0054】
(行動試験)
オープンフィールド試験
オープンフィールド試験において、マウスの運動、行動活動レベル及び不安様行動を、包括的に評価した。行動活動は、うつや不安等の感情的な反応を示す。この試験において、正方形ケージ(40×40×30cm)を装置として用いた。
【0055】
この試験においては、前記装置の床の中央を20ルクスで照らし、各マウスを当該オープンフィールド装置に入れ、10分間それらの行動を記録した。そして、中央ゾーンにおける滞在時間及び中央ゾーンへの侵入回数をANY-mazeによって測定した。得られた結果を、図1A~Cに示す。
【0056】
高架式十字迷路試験
不安様行動を測定するため、高架式十字迷路試験を行った。この試験において用いた装置においては、2つのオープンアーム(25×5cm、高さ3cmの壁(ledge)が付いている)と2つのクローズドアーム(25×5cm、高さ30cmの透明な壁が付いている)とが、中央のプラットフォーム(5×5cm)において十字型に交差している。アームと中央のプラットホームは白いプラスチック板で作製した。また、当該装置全体は床から55cmの所に設置した。
【0057】
この試験においては、前記装置の中央のプラットフォームを20ルクスで照らし、各マウスは、クローズドアームの1つに対向するよう中央のプラットホームに入れ、10分間の試験に供した。中央のプラットホームでビデオカメラを用いて行動を記録し、オープンアームにおける滞在時間をANY-mazeによって分析した。得られた結果を、図1D~Fに示す。
【0058】
強制水泳試験
強制水泳試験は、げっ歯類にうつ様症状を引き起こさせる実験方法の1つであり、抗うつ病薬、新規化合物の抗うつ病効果を評価するために用いられる。この試験において、ガラスで作られた円筒形のビーカー(28cmの高さ、16cmの直径)を、水槽として用いた。水位は底から10cmとした。水の温度を温度計で測定し、23~25℃に設定した。
【0059】
この試験においては、前記水槽の底を15ルクスで照らし、先ず、各マウスを、トレーニングステージ(15分)に供し、その24時間後にテストステージ(6分)に供した。マウスをケージに戻す前に、マウスをペーパータオルにて乾燥させ、低体温を防ぐためにヒーターで温めた。行動はビデオカメラによって記録し、不動の時間をANY-mazeによって分析した。テストステージの時間は6分間としたが、分析は最後の4分間を対象として行なった。得られた結果を図2に示す。
【0060】
(定量的リアルタイムPCR)
RNA抽出用試薬(株式会社ニッポンジーン製、製品名:ISOGEN II)を用い、全(トータル)RNAを脳前頭葉から単離した。全RNA量はナノドロップで測定した。各全RNAを純水で希釈し、濃度を250ng/μLとした。それらを鋳型として、cDNA合成キット(タカラバイオ株式会社製、製品名:Prime Script ファーストストランドcDNA合成キット)を用い、cDNAを合成した。
【0061】
得られた各cDNAを鋳型とし、PCR反応を、パワーアップSYBRグリーンマスターミックス(アプライドバイオ・バイオシステム社製)及び7500高速リアルタイムPCR(アプライドバイオ・バイオシステム社製)を用い、その使用説明書に従って10μLの容量で行った。なお、この定量的リアルタイムPCRに用いたオリゴヌクレオチドプライマーは、プライマー設計ソフトウェア(Primer 3)を使用して設計した。
Tublinの発現量も各サンプルのノーマライザーとして併せて測定した。測定結果は、相対量(ΔΔCt)法によって分析した。得られた結果を図3B及び3Cに示す。
【0062】
(PCRアレイ)
各マウスの前頭葉から調製した全RNA溶液を2μLずつ採取し、各群において混合した。次いで、全RNAカクテルを4μL使用した。cDNAは、RT2ファーストストランドcDNA合成キット マウス神経伝達物質受容体(キアゲン社製)を用いて合成した。
【0063】
定量的リアルタイムPCRは、パワーアップSYBRグリーンマスターミックス(アプライドバイオ・バイオシステム社製)及び7500高速リアルタイムPCR(アプライドバイオ・バイオシステム社製)を用い、その使用説明書に従って25μLの容量で行なった。PCRサイクルの条件は次のとおりである。95℃で10分間、その後、95℃で15秒間、60℃で1分間を40サイクル繰り返す。結果は、GeneGlobeデータ解析センター(キアゲン)にて解析してもらった。得られた結果を図3A~3Cに示す。
【0064】
(次世代シーケンス解析)
盲腸内容物から細菌のゲノムDNAを抽出し、次世代シーケンス解析に供した。ゲノムDNAの抽出及び次世代シーケンス解析は、Watcharin N.Sovijitら、Neurosci Res.、2019年4月22日、pii:S0168-0102(19)30142-7に記載の方法(「2.4. Extraction of DNA from fecal samples」及び「2.5. Library preparation and DNA sequencing」)に沿って行なった。
【0065】
(統計分析)
得られた数値は、平均±標準誤差(SEM)として表す。スチューデントt検定を使用し、全ての分析において、コントロール群とEC-12摂取群とのグループ間の違いを評価し、P<0.05となった場合に有意差が認められると判断した。また、Cohen’s dは効果の大きさを測定するために使用した。効果の大きさにおいては、その低い効果をランク付けした(低効果:d>0.2、中効果:d>0.5、高効果:d>0.8)。
【0066】
(実施例1) 行動試験
上記材料及び方法を用いて行動試験を行った結果、図1A及び1Bに示すとおり、オープンフィールド試験において、EC-12摂取群は、コントロール群と比較して、中央ゾーンにおいてより活発であり、また滞在時間も有意に長かった(p=0.04)。なお、中央ゾーンへの侵入回数においては、図1Cに示すとおり、EC-12摂取群とコントロール群とで有意差は認められなかった(p=0.39)。
【0067】
高架式十字迷路試験においては、図1D及びEに示すとおり、クローズドアーム及びオープンアームの滞在時間に関しては共に、EC-12摂取群とコントロール群とで有意差は認められなかった(図1D p=0.12、図1E p=0.32)。しかし、図1Fに示すとおり、中央ゾーンにおける滞在時間においては大きな差が認められた(p=0.02)。
【0068】
EC-12摂取群とコントロール群とで有意差が認められた、オープンフィールド試験及び高架式十字迷路試験は共に、不安・恐怖を評価するための試験である。したがって、上記結果から、エンテロコッカス属に属する細菌は抗不安効果を有していることが明らかとなった。なお、図2に示すとおり、強制水泳試験においてはEC-12摂取群とコントロール群とで有意な差は認められなかった(p=0.17)。
【0069】
(実施例2) 前頭葉における遺伝子発現
上記のとおり、PCRアレイ解析により、前頭葉における神経伝達物質受容体遺伝子の発現を網羅的に解析した。また、前頭葉における神経伝達物質受容体遺伝子の発現を定量的リアルタイムPCR法で解析した。その結果、図3A~3Cに示すとおり、Adrb3遺伝子、Avpr1a遺伝子及びDrd5遺伝子に関し、EC-12摂取による有意な発現量の亢進が認められた(図3B Adrb3:p=0.05、Avpr1a:p=0.02、Drd5:p=0.03)。
【0070】
一方、図3B及び3Cに示すとおり、Chrne遺伝子、BDNF遺伝子、Gabra5遺伝子、Gabrq遺伝子、Grm5遺伝子及びHtr2b遺伝子に関しては、EC-12摂取による有意な発現量の変化は認められなかった(図3B Chrne:p=0.07、BDNF:p=0.19、図3C Gabra5:p=0.19、Gabrq:p=0.25、Grm5:p=0.92、Htr2b:p=0.91)。
【0071】
EC-12摂取によって遺伝子発現の亢進が認められた、Adrb3(β3アドレナリン受容体)、Avpr1a(バソプレシン受容体1A)及びDrd5(ドパミンD5受容体)は、いずれも神経伝達の活性化に関与する受容体である。したがって、エンテロコッカス属に属する細菌摂取による、これら神経伝達物質受容体の増加に伴い、前頭葉等の脳内において神経伝達が活性化されることが示唆される。
【0072】
また、Adrb3に関しては、その選択的アゴニストであるアミベグロンを用いた研究成果から、抗不安様行動及び抗うつ様行動を誘導することが明らかとなっている(Tanyeri、Pelinら、Pharmacol Biochem Behav.、2013年9月、110巻、27~32ページ 参照)。
Drd5は、そのファミリーであるDrd1と共に、恐怖の消去及び報酬の獲得行動を促進することが報告されている(Perreault、Melissa L.ら、Eur J Neurosci.、2017年8月、46巻、4号、2015~2025ページ 参照)。
【0073】
以上のとおり、EC-12摂取によって、Adrb3、Avpr1a及びDrd5の発現が亢進されることが明らかとなった。そして、これら神経伝達物質受容体の発現亢進に伴い、脳内の神経伝達が活性化され、ひいては、上記行動試験において認められた抗不安効果、さらには抗うつ効果が奏されることが示された。
【0074】
(実施例3) 盲腸便の菌叢解析
EC-12摂取マウスの盲腸便について、次世代シークエンサーにより、その菌叢を網羅的に解析した。その結果、図4A及びBに示すとおり、Butyricicoccus属細菌及びEnterococcus属細菌の各々の占有率は、コントロール群と比較して、EC-12摂取群において高かった。一方、Lactobacillus属細菌の占有率は、EC-12摂取群の方が低かった。
【0075】
Butyricicoccus属細菌は、酪酸を産生することが明らかとなっている。そのため、エンテロコッカス属に属する細菌摂取によるutyricicoccus属細菌の増加に伴い、酪酸が多く生産され、それが、前記神経伝達物質受容体遺伝子等の脳内遺伝子の発現制御に関与していることが想定される。
【産業上の利用可能性】
【0076】
以上説明したように、本発明によれば不安及びうつを抑制することが可能となる。したがって、本発明の組成物は、不安障害、うつ等の気分障害の改善、治療又は予防等において有用である。
【受託番号】
【0077】
(1)識別の表示:Enterococcus faecalis EC-12
(2)受託番号:FERM BP-10284
(3)受託日2005年2月25日
(4)寄託機関:独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図1F
図2
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C