(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-04-27
(45)【発行日】2023-05-10
(54)【発明の名称】抗菌活性評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20230428BHJP
C12M 1/34 20060101ALN20230428BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/34 C
(21)【出願番号】P 2019111806
(22)【出願日】2019-06-17
【審査請求日】2022-01-05
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000241500
【氏名又は名称】トヨタ紡織株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】酒井 香苗
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】実開昭53-096097(JP,U)
【文献】特開平08-224078(JP,A)
【文献】特開2001-299384(JP,A)
【文献】特開昭50-142777(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0147768(US,A1)
【文献】特開平09-056370(JP,A)
【文献】特開昭52-154589(JP,A)
【文献】特開2006-061023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
C12M 1/00-3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窪みたるウェルを
350個以上有する
シリコーン樹脂製のマイクロチャンバーを用いた抗菌活性評価方法であって、
各前記ウェル間の距離は150μm~450μmであり、
寒天培地に菌を塗布する工程と、
前記ウェルに評価物質を内包させる工程と、
前記菌が塗布された前記寒天培地に、前記評価物質が接触するように、前記マイクロチャンバーを載せる工程と、
前記寒天培地に前記マイクロチャンバーが載せられた状態にて所定温度範囲で保温する工程と、
前記寒天培地から、前記マイクロチャンバーを除去する工程と、を備え、
前記マイクロチャンバーを除去した前記寒天培地上に形成された白濁領域と透明領域の状態を観察して、前記透明領域に対応する前記ウェルに内包された前記評価物質が抗菌性を有すると判断する抗菌活性評価方法。
【請求項2】
前記マイクロチャンバーの前記ウェルを
O
2
アッシャーで親水化処理する工程を備える請求項1に記載の抗菌活性評価方法。
【請求項3】
複数の前記ウェルのうち少なくとも2つには、互いに相違する種類の前記評価物質がそれぞれ内包されている請求項1又は2に記載の抗菌活性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、抗菌活性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
病原菌の生育を阻害する物質たる抗生物質の多くは、微生物によって生産される。微生物は地球上に100万種類以上存在すると言われており、その中で新規抗生物質を生産するものも数多く存在すると考えられている。
このような状況の下、微生物が生産する未だに発見されていない新規抗生物質の活性を評価するシステムが求められている。
従来から、病原菌への抗菌活性評価方法として、ディスク拡散法が知られている(非特許文献1参照)。このディスク拡散法は、病原菌液を塗布した寒天培地上に抗菌活性物質を含浸させたΦ数mmのペーパーディスクを置き、抗生物質を拡散させてその活性能を評価する方法である。ペーパーディスク周辺では菌は増殖せず透明となる。この透明部分をハロと呼ぶ。他方、ペーパーディスクから離れたところでは菌は増殖するので黄白濁する。菌が増殖しない範囲は透明の円形となり、これは阻止円と呼ばれ、その直径を測定することで抗菌活性を評価する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】James H. Jorgensen and Mary Jane Ferraro Clinical Infectious Diseases 2009; 49:1749~55
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来のディスク拡散法では、1つの寒天培地(例えば、Φ60mmのプレート)に対して、5サンプル程度を評価できるに過ぎなかった。
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、従来法よりも多くのサンプルの評価が可能な抗菌活性評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、新規な抗菌活性評価方法を開発した。
そして、この方法によれば、従来法による問題点を解決でき、より多くのサンプルの評価ができるということを見いだした。この成果に基づいて、次の発明を提供する。
【0006】
〔1〕複数のウェルを有するマイクロチャンバーを用いた抗菌活性評価方法であって、
寒天培地に菌を塗布する工程と、
前記ウェルに評価物質を内包させる工程と、
前記菌が塗布された前記寒天培地に、前記評価物質が接触するように、前記マイクロチャンバーを載せる工程と、
前記寒天培地に前記マイクロチャンバーが載せられた状態にて所定温度範囲で保温する工程と、
前記寒天培地から、前記マイクロチャンバーを除去する工程と、を備え、
前記マイクロチャンバーを除去した前記寒天培地上に形成された白濁領域と透明領域の状態を観察して、前記透明領域に対応する前記ウェルに内包された前記評価物質が抗菌性を有すると判断する抗菌活性評価方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明の抗菌活性評価方法によれば、複数のウェルを有するマイクロチャンバーを用い、ウェルの数を増やすことで、従来法よりも多くのサンプルの評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】マイクロチャンバーの一例を示す斜視図である。
【
図4】菌を塗布した寒天培地の一例を示す斜視図である。
【
図5】マイクロチャンバーの一例を示す斜視図である。
【
図6】ウェルに評価物質を内包させたマイクロチャンバーの一例を示す斜視図である。
【
図7】寒天培地にマイクロチャンバーを載せた状態を示す断面図である。
【
図8】所定温度範囲で保温した後の、寒天培地にマイクロチャンバーを載せた状態を示す断面図である。
【
図9】マイクロチャンバーを除去した寒天培地を示す断面図である。
【
図10】マイクロチャンバーを除去した寒天培地を示す平面図である。
【
図11】マイクロチャンバーの実体顕微鏡写真である。
【
図12】マイクロチャンバーの電子顕微鏡写真である。
【
図13】ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:300μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像である。
【
図14】ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:500μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像である。
【
図15】ウェルの平面形状が円形(径:300μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像である。
【
図16】ウェルの平面形状が円形(径:500μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
ここで、本開示の望ましい例を示す。
〔2〕前記マイクロチャンバーの前記ウェルを親水化処理する工程を備える〔1〕に記載の抗菌活性評価方法。
評価物質は、通常、水溶液又は懸濁液とした状態でウェルに内包させる。ウェルを親水化処理すると、評価物質の水溶液又は懸濁液がウェル内にスムーズに流れ込んで内包できる。
【0010】
〔3〕複数の前記ウェルのうち少なくとも2つには、互いに相違する種類の前記評価物質がそれぞれ内包されている〔1〕又は〔2〕に記載の抗菌活性評価方法。
このようにすれば、一度に、種類の異なる評価物質を評価できる。
【0011】
以下、本開示を詳しく説明する。なお、"x~y"という範囲を示す表記は、特に断りが無い限り、当該範囲にxとyが入るものとする。
【0012】
1.抗菌活性評価方法
抗菌活性評価方法は、複数のウェル1を有するマイクロチャンバー3を用いる(
図1,2参照)。
抗菌活性評価方法は、以下の工程を備える。なお、
図3~10には、抗菌活性評価方法の一例の概念が模式的に示されている。
〔1〕寒天培地5に菌7を塗布する工程(
図3,4参照)。
〔2〕ウェル1に評価物質9を内包させる工程(
図5,6参照)。
〔3〕菌7が塗布された寒天培地5に、評価物質9が接触するように、マイクロチャンバー3を載せる工程(
図7参照)。
〔4〕寒天培地5に前記マイクロチャンバー3が載せられた状態にて所定温度範囲で保温する工程(
図8参照)。
〔5〕寒天培地5から、マイクロチャンバー3を除去する工程(
図9,10参照)。
抗菌活性評価方法は、マイクロチャンバー3を除去した寒天培地5上に形成された白濁領域5Aと透明領域5Bの状態を観察して、透明領域5Bに対応するウェル1に内包された評価物質9が抗菌性を有すると判断する。
例えば、
図2~10に示された抗菌活性評価方法では、
図10の透明領域5Bに対応するウェル1に内包された評価物質9、すなわち、
図6の全てのウェル1に内包された評価物質9が抗菌性を有すると判断される。
【0013】
以下、各用語について詳細に説明する。
(1)マイクロチャンバー3
マイクロチャンバー3は、複数の窪みたるウェル1を有する平板状部材である。
マイクロチャンバー3の材質は、特に限定されない。材質としては、例えば、シリコーン樹脂が好適に用いられる。シリコーン樹脂としては、特に制限されないが、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリメチルフェニルシロキサン、ポリメチルハイドロジェンシロキサン、ポリメチルメトキシシロキサン、ポリメチルビニルシロキサン等が好ましい。これらのシリコーン樹脂は1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。ポリジメチルシロキサン(PDMS)は、柔軟で弾力性があり、菌が塗布された寒天培地に接触した場合に、寒天培地に密着するから、特に好ましい。
【0014】
マイクロチャンバー3の平面形状及び大きさは、特に限定されない。
マイクロチャンバー3の平面形状は、例えば矩形状、円形等を採用することができる。
マイクロチャンバー3の大きさは、その平面形状が矩形状の場合には、取扱い性及び生産性の観点から、5mm×10mm以上が好ましく、7mm×12mm以上がより好ましく、10mm×15mm以上が更に好ましい。他方、マイクロチャンバー3の大きさは、取扱い性及び生産性の観点から、35mm×40mm以下が好ましく、33mm×38mm以下がより好ましく、25mm×30mm以下が更に好ましい。これらの観点から、マイクロチャンバー3の大きさは、その平面形状が矩形状の場合には、5mm×10mm~35mm×40mmが好ましく、7mm×12mm~33mm×38mmがより好ましく、10mm×15mm~25mm×30mmが更に好ましい。
【0015】
マイクロチャンバー3の厚みは、特に限定されない。
マイクロチャンバー3の厚みは、ウェル1の深さを十分に確保する観点から、350μm以上が好ましく、400μm以上がより好ましく、450μm以上が更に好ましい。他方、マイクロチャンバー3の厚みは、取扱い性及び生産性の観点から、650μm以下が好ましく、600μm以下がより好ましく、550μm以下が更に好ましい。これらの観点から、マイクロチャンバー3の厚みは、350μm~650μmが好ましく、400μm~600μmより好ましく、450μm~550μmが更に好ましい。
【0016】
マイクロチャンバー3は、ウェル1内に評価物質9をスムーズに内包できるという観点から、親水化処理されていることが好ましい。親水化処理は、特に限定されないが、例えば、O2アッシャーによる親水化処理が好適に採用される。
【0017】
(2)ウェル1
ウェル1の平面形状及び大きさは、特に限定されない。
ウェル1の平面形状は、例えば円形、矩形等を採用することができる。ウェル1の平面形状は、ウェル1内に評価物質9をスムーズに内包できるという観点から、円形が好ましい。
ウェル1の大きさは、その平面形状が円形の場合には、抗菌活性を感度よく評価するという観点から、径1A(
図2参照)は350μm以上が好ましく、400μm以上がより好ましく、450μm以上が更に好ましい。他方、ウェル1の大きさは、より多くの評価物質9を同時に評価するという観点から、径1Aは650μm以下が好ましく、600μm以下がより好ましく、550μm以下が更に好ましい。これらの観点から、ウェル1の大きさは、その平面形状が円形の場合には、径1Aは350μm~650μmが好ましく、400μm~600μmより好ましく、450μm~550μmが更に好ましい。
【0018】
ウェル間距離1B(
図2参照)は、特に限定されない。
ウェル間距離1Bは、隣り合うハロ(透明領域5B)が連結することを抑制する観点から、150μm以上が好ましく、200μm以上がより好ましく、250μm以上が更に好ましい。他方、ウェル間距離1Bは、より多くの評価物質9を同時に評価するという観点から、450μm以下が好ましく、400μm以下がより好ましく、350μm以下が更に好ましい。これらの観点から、ウェル間距離1Bは、150μm~450μmが好ましく、200μm~400μmより好ましく、250μm~350μmが更に好ましい。
【0019】
ウェル1の深さ1Cは、特に限定されない。
ウェル1の深さ1Cは、ウェル1内に評価に十分な評価物質9を内包する観点から、40μm以上が好ましく、60μm以上がより好ましく、80μm以上が更に好ましい。他方、ウェル1の深さ1Cは、ウェル1内に評価に過剰な評価物質9を内包しないという観点から、160μm以下が好ましく、140μm以下がより好ましく、120μm以下が更に好ましい。これらの観点から、ウェル1の深さ1Cは、40μm~160μmが好ましく、60μm~140μmより好ましく、80μm~120μmが更に好ましい。
【0020】
1つのマイクロチャンバー3におけるウェル1の個数は、特に限定されず、マイクロチャンバー3の大きさ等に応じて適宜選択される。
寒天培地プレート(Φ60mm)に使用されるマイクロチャンバー3では、1つのマイクロチャンバー3におけるウェル1の個数は、より多くの評価物質9を同時に評価するという観点から、350個以上が好ましく、400個以上がより好ましく、450個以上が更に好ましい。他方、1つのマイクロチャンバー3におけるウェル1の個数の上限は、特に限定されないが、寒天培地プレート(Φ60mm)に使用されるマイクロチャンバー3では、通常は、10000個以下である。
【0021】
(3)寒天培地5
寒天培地5は、寒天を用いた培地であり、寒天の濃度は特に限定されない。寒天培地5は、取り扱い性の観点から固形培地であることが好ましく、平板培地がより好ましい。
【0022】
(4)菌7
菌7の種類は、特に限定されない。菌7の例としては、病原菌が挙げられる。
【0023】
(5)評価物質9
評価物質9は、抗菌活性の評価対象であり、幅広い抗菌物質に適用することができる。
抗菌活性を評価する評価物質9の種類は、特に限定されず、1種又は2種以上である。評価物質9の種類が1種の場合には、本発明の抗菌活性評価方法を用いることで、n数(サンプルサイズ)を確保し、より正確に抗菌評価をすることができる。評価物質9の種類が2種以上の場合には、本発明の抗菌活性評価方法を用いることで、一度に、種類の異なる評価物質9を評価できる。
【0024】
(6)〔1〕の工程における塗布方法
菌7の塗布方法は、特に限定されないが、均一に菌7を塗布するとの観点から、スピンコーターを用いた塗布方法が好ましく採用される。
【0025】
(7)〔2〕の工程における内包方法
評価物質9の内包方法は、特に限定されないが、例えば、板状体を用いてウェル1内に評価物質9を押し込むことで、内包させる方法が採用される。板状体としては、カバーグラス等が好適に用いられる。
なお、この工程において、マイクロチャンバー3のウェル1のみに評価物質9を内包させる。ウェル1以外の部分(例えば、隣り合うウェル1とウェル1の間の部分)は、評価物質9が存在しない状態とする。なぜならば、ウェル1以外の部分に評価物質9が存在すると、隣り合うハロ(透明領域5B)が連結することになって、評価が困難になるからである。
本開示の〔2〕の工程における「内包」は、評価物質9自体をウェル1内に入れることのみならず、評価物質9を生産する微生物をウェル1内に入れて、ウェル1内で培養してウェル1内に評価物質9を内包することも意味する。
【0026】
(8)〔3〕の工程における寒天培地5にマイクロチャンバー3を載せる方法
菌7が塗布された寒天培地5に、評価物質9が接触するように、マイクロチャンバー3を載せる際には、マイクロチャンバー3を寒天培地5に押し付けることが好ましい。このようにすると、ウェル1に内包された評価物質9が寒天培地5に密着し、抗菌活性の評価がより適切に行える。
【0027】
(9)〔4〕の工程における所定温度範囲
〔4〕の工程における保温する温度範囲(所定温度範囲)は、特に限定されないが、好ましくは20℃~45℃であり、より好ましくは35~40℃である。この範囲内であると、菌の増殖を促進して白濁領域5Aを明確化でき、白濁領域5Aと透明領域5B(ハロ)とのコントラストが強まり、抗菌活性の評価が容易になる。
なお、所定温度範囲で保温する時間は、特に限定されず、菌7や評価物質9に応じて適宜変更できる。保温時間は、好ましくは2時間~24時間であり、より好ましくは3時間~18時間である。
なお、〔4〕の工程では、寒天培地5は、
図7に示されるように、マイクロチャンバー3が載せられた状態で所定温度範囲に保温されている。この状態では、隣り合うウェル1同士の間の部分2が、隣り合うウェル1にそれぞれ内包された評価物質9の仕切り壁となり、隣り合う評価物質9の混合が抑制されるから、適切に抗菌活性を評価できる。
【0028】
(10)寒天培地5の観察方法
寒天培地5の観察方法は、マイクロチャンバー3を除去した寒天培地5上に形成された白濁領域5Aと透明領域5B(ハロ)の状態を観察することができれば、特に限定されない。例えば、位相差顕微鏡による観察方法を採用できる。
【0029】
2.本実施形態の効果
本実施形態の抗菌活性評価方法によれば、複数のウェル1を有するマイクロチャンバー3を用いるから、従来法よりも多くのサンプルの評価が可能となる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例により更に具体的に説明する。
【0031】
以下の実験では、後述するように、全てのウェルに、抗菌活性が既に確認されている同一の抗生物質を内包させている。この実験において、寒天培地プレートのうち、ウェルに内包された抗生物質が接触した部分が透明となり、抗生物質が接触していない部分が不透明となる場合には、次のことを意味している。すなわち、抗生物質が接触した部分が透明となることは、抗生物質により菌の生育が阻害されていることを意味し、抗生物質が接触していない部分が不透明となることは、抗生物質がないから菌が増殖して白濁していることを意味している。つまり、このような透明部分と不透明部分が観察されることは、抗生物質の存在により菌が死滅し、抗生物質の不存在により菌が増殖することを確認できることになり、結局のところ、抗生物質の抗菌活性が評価可能であることの指標となる。
また、全ウェル数に対してどれ程の割合で、透明部分が形成されているかを把握することで、この抗菌活性評価方法の感度を確認することができる。すなわち、透明部分の割合(後述する「ハロ形成率」に相当)が低くても、透明部分の存在が確認できれば、抗菌活性が確認できるから、抗菌活性評価方法として有益である。更に、透明部分の割合が高くなると、高い確率で抗菌活性が確認できることになるから、抗菌活性評価方法としてより有益であることが分かる。
【0032】
1.マイクロチャンバーの作製
(1)マイクロチャンバー鋳型の作製
2.5インチのシリコンウエハに、SU8-50(レジスト、日本化薬社製)を1mL載せた。SU8-50中の気泡を除去した後、スピンコーターで回転数1000rpmとすることで、シリコンウエハにSU8-50を塗布した。SU8-50を塗布したシリコンウエハに対して、65℃15分の加熱、95℃40分の加熱、放冷一時間(40℃以下まで冷ます)を順に実施した。その後、SU8-50を塗布したシリコンウエハの上に、マイクロチャンバーをパターニングしたクロムマスク(鋳型)を被せ、マスクアライナーで19秒露光した。そして、65℃2分、95℃15分のポストベイクをした後、SU8 developer とイソプロピルアルコールでシリコンウエハを洗浄し現像することで、高さ100μmのSU8のマイクロチャンバー鋳型を作製した。
【0033】
(2)マイクロチャンバーの作製
PDMS主剤と硬化剤を10:1で混合し、脱気した溶液5gを、SU8のマイクロチャンバー鋳型に流し込み、1時間真空引きした後、75℃で2時間硬化させた。固まったPDMSからSU8の鋳型を除去することで、PDMS製のマイクロチャンバーを得た。
マイクロチャンバーは、ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:300μm)、ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:500μm)、ウェルの平面形状が円形(径:300μm)、ウェルの平面形状が円形(径:500μm)の4種類を用意した。いずれのマイクロチャンバーも、ウェルの深さは100μmであり、ウェル間距離は300μmであり、ウェル数は500であった。
なお、
図11には、ウェルの平面形状が円形(径:500μm)のマイクロチャンバーの実体顕微鏡写真が示されている。
図12には、ウェルの平面形状が円形(径:500μm)のマイクロチャンバーの電子顕微鏡写真(SEM像)が示されている。
【0034】
2.抗菌活性評価
上述の4種の各マイクロチャンバーを用いて、それぞれ以下の操作を行うことで、抗菌活性を評価した。
アガロース寒天培地プレート(Φ60mm)に濁度を0.2に調整した微生物液を500μL添加し、スピンコーター(回転数1000rpm)で均一に塗布した。なお、微生物としては、大腸菌を用いた。
PDMS製マイクロチャンバーをO2アッシャーで親水化処理し(125W、10sec)、厚さ0.3mm、縦横40mm×30mmのカバーグラス(松浪硝子工業株式会社)を用い、マイクロチャンバーに抗生物質(カナマイシン)を内包した。なお、この抗生物質は、大腸菌に対して抗菌性があることが予め分かっている。
作製した微生物液を塗布したアガロース寒天培地プレートに、抗生物質を添加したマイクロチャンバーを載せた。
この状態で、37℃、12時間静置した後、アガロース寒天培地プレートからマイクロチャンバーを除去して、アガロース寒天培地プレート上のハロ形成を位相差顕微鏡で評価し、ハロの数をカウントした。そして、下記式より、ハロ形成率(%)を求めた。
ハロ形成率(%)={(ハロとみなせる個数)/(全ウェル数)}×100
【0035】
3.評価結果
図13には、ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:300μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像が示されている。この画像は、全体画像の一部である(以下、
図14~16で同様である)。破線で囲まれた部分でハロが観察されている(以下、
図14~16で同様である)。
図14には、ウェルの平面形状が正方形(1辺の長さ:500μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像が示されている。
図15には、ウェルの平面形状が円形(径:300μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像が示されている。
図16には、ウェルの平面形状が円形(径:500μm)のマイクロチャンバーを用いた場合の位相差顕微鏡の画像が示されている。
【0036】
表1、及び
図17にハロ形成率(%)が示されている。いずれのマイクロチャンバーを用いてもハロの形成が確認されることから、いずれの場合も抗生物質の抗菌活性を評価できることが確認された。
但し、ウェルの形状が円形の方が、正方形よりもハロ形成率が高いことから、ウェルの形状が円形の方が抗菌活性を感度よく評価できることが確認された。
また、ウェルの形状が円形の場合、径が300μmよりも径が500μmの場合の方がハロ形成率が高いことから、径が350μm~650μmの場合はより感度よく評価できることが確認された。
【0037】
【0038】
4.実施例の効果
本実施例の抗菌活性評価方法によれば、多数のウェルを有するマイクロチャンバーを用いるから、従来法よりも多くのサンプルの評価が可能となる。例えば、従来法が5サンプルしか評価できないとすると、本実施形態の抗菌活性評価方法によれば、約100倍多くのサンプルを評価可能である。また、従来法よりも多数のサンプルを同時に評価できるから、評価にかかるコストを著しく削減できる。
【0039】
前述の例は単に説明を目的とするものでしかなく、本発明を限定するものと解釈されるものではない。本発明を典型的な実施形態の例を挙げて説明したが、本発明の記述及び図示において使用された文言は、限定的な文言ではなく説明的及び例示的なものであると理解される。ここで詳述したように、その形態において本発明の範囲又は本質から逸脱することなく、添付の特許請求の範囲内で変更が可能である。ここでは、本発明の詳述に特定の構造、材料及び実施例を参照したが、本発明をここにおける開示事項に限定することを意図するものではなく、むしろ、本発明は添付の特許請求の範囲内における、機能的に同等の構造、方法、使用の全てに及ぶものとする。
【0040】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の抗菌活性評価方法を用いれば、新規抗生物質の活性を多検体評価できる。
【符号の説明】
【0042】
1 …ウェル
1A…径
1B…ウェル間距離
1C…深さ
2 …隣り合うウェル同士の間の部分
3 …マイクロチャンバー
5 …寒天培地
5A…白濁領域
5B…透明領域(ハロ)
7 …菌
9 …評価物質