(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-01
(45)【発行日】2023-05-12
(54)【発明の名称】細胞の選択的分離用又は細胞培養用ポリマーにより被覆された基体
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20230502BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230502BHJP
C12N 1/02 20060101ALI20230502BHJP
C07K 1/22 20060101ALI20230502BHJP
C07K 17/08 20060101ALI20230502BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12M1/00 C
C12N1/02
C07K1/22
C07K17/08 ZNA
(21)【出願番号】P 2019529123
(86)(22)【出願日】2018-07-09
(86)【国際出願番号】 JP2018025820
(87)【国際公開番号】W WO2019013148
(87)【国際公開日】2019-01-17
【審査請求日】2021-06-10
(31)【優先権主張番号】P 2017135585
(32)【優先日】2017-07-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000003986
【氏名又は名称】日産化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】弁理士法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】北野 博巳
(72)【発明者】
【氏名】中路 正
(72)【発明者】
【氏名】臼井 友輝
(72)【発明者】
【氏名】西野 泰斗
(72)【発明者】
【氏名】岸岡 高広
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/168230(WO,A1)
【文献】特開2007-063459(JP,A)
【文献】国際公開第2014/017513(WO,A1)
【文献】特開2014-048278(JP,A)
【文献】特表2008-533489(JP,A)
【文献】特開2010-169604(JP,A)
【文献】特表2004-501110(JP,A)
【文献】国際公開第2014/058061(WO,A1)
【文献】Macromolecular Bioscience, 2012, Vol.12, pp.1232-1242
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00
C12M 1/00
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の少なくとも一部に、下記式(1a)及び式(1b)で表される構造単位を含むポリマー(P3)が被覆された、リガンド付基体。
【化1】
[式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Yは、カルボアニオン(-COO
-基
)を表し、Lは、リガンドを表し、
Q
1
は、
-C(=O)-O-又は-C(=O)-O-Alk
1
-を表し、
Alk
1
は、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、Q
2
は、エステル結合を表し、Q
3は、1,2,3-トリアゾール環骨格を含む2価の有機基を表し、m1及びm2は、それぞれ独立して、1乃至200の整数を表し、nは、それぞれ独立して、1乃至10の整数を表す。]
【請求項2】
ポリマー(P3)が、さらに下記式(1d
-1)で表される構造単位を含む、請求項1に記載のリガンド付基体。
【化2】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し
、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【請求項3】
前記リガンドが、ペプチド、抗体、タンパク質、及び低分子化合物からなる群より選択される、請求項1又は2に記載のリガンド付基体。
【請求項4】
前記ペプチドが、Gln-Gln-Gly-Trp-Pheの配列を含む、請求項3に記載のリガンド付基体。
【請求項5】
細胞分離用である、請求項1~4のいずれか1項に記載の
リガンド付基体。
【請求項6】
細胞培養用である、請求項1~4のいずれか1項に記載の
リガンド付基体。
【請求項7】
前記細胞が、線維芽細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、骨髄細胞、周皮細胞、樹枝状細胞、ケラチノサイト、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経系細胞、グリア細胞、ニューロン、オリゴデンドロサイト、マイクログリア、星状膠細胞、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(例えば、平滑筋細胞又は骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞、造血前駆細胞、単核細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、癌幹細胞、毛包幹細胞、巨核球、CD34陽性脊髄由来巨核球、HCT116、Huh7、HEK293(ヒト胎児腎細胞)、HeLa(ヒト子宮頸癌細胞株)、HepG2(ヒト肝癌細胞株)、UT7/TPO(ヒト白血病細胞株)、CHO(チャイニーズハムスター卵巣細胞株)、MDCK、MDBK、BHK、C-33A、HT-29、AE-1、3D9、Ns0/1、Jurkat、NIH3T3、PC12、S2、Sf9、Sf21、High Five、及びVeroから選ばれる、請求項5又は6に記載の
リガンド付基体。
【請求項8】
表面の少なくとも一部に、下記式(1a)及び式(1c)で表される構造単位を含むポリマー(P5)が被覆された、基体。
【化3】
(式中、R
1、R
2、X、Y、Q
1、Q
2、m1、m2、及びnは、請求項1と同一であり、Zは、炭素-炭素三重結合又はアジドを含む基を表す。)
【請求項9】
前記基体が、ディッシュ、基板、多孔質膜、粒子又はフィルターである、請求項1~8のいずれか1項に記載の基体。
【請求項10】
下記式(1a)及び式(1c)で表される構造単位を含むポリマー(P5)、及び溶媒を含む、
リガンド付基体の製造用組成物。
【化4】
(式中、R
1、R
2、X、Y、Z、Q
1、Q
2、m1、m2、及びnは、請求項8と同一である。)
【請求項11】
請求項8に記載の基体に、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドを接触させる工程を含む、リガンド付基体の製造方法。
【請求項12】
請求項10記載の組成物を基体に塗布し、ポリマー(P5)被覆基体を製造する工程と、次いで前記被覆基体に、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドを接触させる工程を含む、リガンド付基体の製造方法。
【請求項13】
少なくとも2種以上の細胞を含む細胞混合液から、少なくとも1種の細胞を選択的に分離する、請求項5に記載の
リガンド付基体。
【請求項14】
請求項1~4何れか1項に記載の
リガンド付基体を用いる、細胞分離方法。
【請求項15】
少なくとも2種以上の細胞を含む細胞混合液から、少なくとも1種の細胞を選択的に培養する、請求項6に記載の
リガンド付基体。
【請求項16】
請求項1~4何れか1項に記載の
リガンド付基体を用いる、細胞培養方法。
【請求項17】
ポリマー(P5)が、さらに下記式(1d
-1)で表される構造単位を含む、請求項8に記載の基体。
【化5】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し
、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【請求項18】
ポリマー(P5)が、さらに下記式(1d
-1)で表される構造単位を含む、請求項10に記載の
リガンド付基体の製造用組成物。
【化6】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の飽和直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し
、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞非接着性を示す構造単位と、細胞接着性を示す構造単位とを含むポリマーにより被覆された基体、及びその原材料、並びにその製造方法に関する。特に、前記細胞接着性を示す構造単位が、特定の細胞に対しリガンドとして作用するペプチド、抗体、タンパク質又は低分子化合物を含む、細胞の選択的分離用又は細胞培養用ポリマーにより被覆された基体、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の細胞に対しリガンドとして作用するペプチド、抗体、タンパク質又は低分子化合物等を利用し、細胞を選択的に接着させ、その細胞選択性を利用した細胞分離方法や分離材料はこれまでにも種々報告されている。例えば、リンホトキシンを96穴プレートやプラスチックビーズ等に固定化した担体と、それを用いて、リンホトキシンのレセプターを有する細胞を選択的に担体に吸着させる方法が報告されている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
また、単離する細胞表面に発現されている抗原との結合性を有するモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体等を、カルボキシル基を含有する分子量10000以下の化合物に共有結合させることにより修飾抗体を得る工程と、目的の細胞を含んだ細胞懸濁液等と修飾抗体とを反応させ、修飾抗体を目的の細胞に結合させる工程と、得られた修飾抗体の結合した細胞液を、アミノ基又はイミノ基を表面に含有する水不溶性担体と処理することにより目的細胞を担体に結合させ、他の細胞等を除去する工程と、適当な方法により目的細胞のみを上記担体から解離させる工程からなることを特徴とする細胞の分離方法が報告されている(例えば、特許文献2参照)。かかる分離方法では、修飾抗体の結合した細胞を回収するためのアミノ基又はイミノ基を表面に含有する水不溶性担体として、具体的にはポリエチレンジアクリレートとポリエチレンイミンを不織布に含浸させ、電子線照射によりグラフトさせた担体が使用されている。
【0004】
さらに、少なくとも芳香族環及び/又はポリオレフィン鎖を有し、この芳香族環及び/又はポリオレフィン鎖に、カルボニル炭素のα位の炭素及び/又はβ位に位置する炭素に少なくとも2つ以上のハロゲン或いはハロゲン類似置換基が結合されている平均繊維径が1μm以上100μm以下の繊維からなる不織布に、細胞に特有の重鎖又は軽鎖の可変領域を構成しているアミノ酸配列中の相補性決定領域を形成しうるアミノ酸配列を有するペプチド又はタンパクを固定化したことを特徴とする細胞選択フィルター(例えば、特許文献3参照)等が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-32800号公報
【文献】特開平7-113799号公報
【文献】特開平8-201384号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの従来技術には、リガンドの基体(ビーズ、プレート、フィルター等)へ固定化が十分ではなかったり、リガンドを担持する化合物(ポリマー)や基材自体への細胞の非特異的な接着により、リガンドの細胞選択性が損なわれたりするという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らはこれまで、基体への接着性に優れると共に、細胞等の生体物質の付着抑制能を有するコーティング材料について研究を重ねてきた。そして、これまでの知見をもとに、細胞非接着性を示す構造単位と共に、細胞接着性を示す構造単位を含むポリマーで被覆された基体が、ポリマーや基材自体への細胞の非特異的な接着により細胞選択性が損なわれることがない、優れた細胞選択的培養能及び分離能を発揮することを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0008】
[1] 表面の少なくとも一部に、下記式(1a)及び式(1b)で表される構造単位を含むポリマー(P3)が被覆された、リガンド付基体。
【化1】
[式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Yは、カルボアニオン(-COO
-基)又はスルホアニオン(-SO
3
-基)を表し、Lは、リガンドを表し、Q
1及びQ
2は、それぞれ独立して、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、Q
3は、1,2,3-トリアゾール環骨格を含む2価の有機基を表し、m1及びm2は、それぞれ独立して、1乃至200の整数を表し、nは、それぞれ独立して、1乃至10の整数を表す。]
【0009】
[2] 表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、リガンドを含む構造単位とを含むポリマー(P2)により被覆された、リガンド付基体。
【0010】
[3] 前記リガンドが、ペプチド、抗体、タンパク質、及び低分子化合物からなる群より選択される、上記[1]又は[2]に記載のリガンド付基体。
【0011】
[4] 前記ペプチドが、Gln-Gln-Gly-Trp-Pheの配列を含む、上記[3]に記載のリガンド付基体。
【0012】
[5] 表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、細胞接着性を示す構造単位とを含むポリマー(P1)により被覆された、基体。
【0013】
[6] 細胞分離用である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の基体。
【0014】
[7] 細胞培養用である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の基体。
【0015】
[8] 表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含む構造単位とを含むポリマー(P4)により被覆された、基体。
【0016】
[9] 表面の少なくとも一部に、下記式(1a)及び式(1c)で表される構造単位を含むポリマー(P5)が被覆された、基体。
【化2】
(式中、R
1、R
2、X、Y、Q
1、Q
2、m1、m2、及びnは、上記[1]と同一であり、Zは、炭素-炭素三重結合又はアジドを含む基を表す。)
【0017】
[10] 前記基体が、ディッシュ、基板、多孔質膜、粒子又はフィルターである、上記[1]~[9]のいずれかに記載の基体。
【0018】
[11] 下記式(1a)及び式(1c)で表される構造単位を含むポリマー(P5)、及び溶媒を含む、組成物。
【化3】
(式中、R
1、R
2、X、Y、Z、Q
1、Q
2、m1、m2、及びnは、上記[9]と同一である。)
【0019】
[12] 上記[8]又は[9]に記載の基体に、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドを接触させる工程を含む、リガンド付基体の製造方法。
【0020】
[13] 上記[11]に記載の組成物を基体に塗布し、ポリマー(P5)被覆基体を製造する工程と、次いで前記被覆基体に、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドを接触させる工程を含む、リガンド付基体の製造方法。
【0021】
[14] 表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含む構造単位とを含むポリマー(P4)により被覆された基体に、アジド基又は炭素-炭素三重結合を含むリガンドを接触させて、基体に細胞接着性を付与する方法。
【0022】
[15] 少なくとも2種以上の細胞を含む細胞混合液から、少なくとも1種の細胞を選択的に分離する、上記[6]に記載の基体。
【0023】
[16] 上記[1]~[5]のいずれかに記載の基体を用いる、細胞分離方法。
【0024】
[17] 少なくとも2種以上の細胞を含む細胞混合液から、少なくとも1種の細胞を選択的に培養する、上記[7]に記載の基体。
【0025】
[18] 上記[1]~[5]のいずれかに記載の基体を用いる、細胞培養方法。
【0026】
[19] ポリマー(P3)が、さらに下記式(1d) で表される構造単位を含む、上記[1]に記載のリガンド付基体。
【化4】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Q
4は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【0027】
[20] ポリマー(P5)が、さらに下記式(1d)で表される構造単位を含む、上記[9]に記載の基体。
【化5】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Q
4は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【0028】
[21] ポリマー(P5)が、さらに下記式(1d)で表される構造単位を含む、上記[11]に記載の組成物。
【化6】
(式中、R
3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の飽和直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Q
4は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m3は、1乃至200の整数を表す。)
【発明の効果】
【0029】
本発明の、細胞非接着性を示す構造単位と、細胞接着性を示す構造単位とを含むポリマーにより被覆された基体は、ポリマーや基体自体の細胞の非特異的な接着により細胞選択性が損なわれることがなく、優れた細胞選択的培養能及び分離能を発揮する。特に、前記細胞接着性を示す構造単位が、特定の細胞に対しリガンドとして作用するペプチド、抗体、タンパク質又は低分子化合物を含む、ポリマーにより被覆された基体は、細胞非接着性を示す構造単位を有することにより、ポリマーの基体への接着性が優れると共に、リガンド部分を除き、ポリマーや基体自体を細胞非接着性にすることから、リガンドの細胞選択性が損なわれることがなく、優れた細胞選択的培養及び細胞分離能を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】合成例1で作製したペプチド1~3の円偏光二色性(CD)分光法より得られたCDスペクトルを示す。実線はペプチド1、点線はペプチド2、長破線はペプチド3である。
【
図2】実施例4の細胞選択性評価に付した、実施例1のペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板の光学顕微鏡写真を示す。(A)はヒト骨髄間葉系幹細胞(hMSC);(B)はヒト胚性幹細胞由来神経前駆細胞(hNPC)、(C)はヒト胎児腎由来細胞(HEK293 cell)及び(D)マウス由来線維芽細胞(3T3 cell)を用いた結果である。
【
図3】実施例4の細胞選択性評価に付した、実施例2のペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板の光学顕微鏡写真を示す。(A)はヒト骨髄間葉系幹細胞(hMSC);(B)はヒト胚性幹細胞由来神経前駆細胞(hNPC)、(C)はヒト胎児腎由来細胞(HEK293 cell)及び(D)マウス由来線維芽細胞(3T3 cell)を用いた結果である。
【
図4】実施例4の細胞(3T3 cell)選択性評価に付した、実施例2のペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板のフローサイトメトリーの結果を示す。
【
図5】実施例5の細胞(hMSC)捕捉速度の評価に付した、ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例2)及びペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例1)の光学顕微鏡写真を示す。上段の左から、ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例2)に細胞播種し、5分、15分及び30分のインキュベーション後の光学顕微鏡写真であり、下段の左から、ペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例1)に細胞播種し、5分、15分及び30分のインキュベーション後の光学顕微鏡写真である。
【
図6】実施例5の細胞(hMSC)捕捉速度の評価に付した、(A)ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板(実施例2)の表面に接着した細胞数をカウントした結果と、(B)ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板(実施例2)のフローサイトメトリーの結果を示す。
【
図7】実施例5のhMSC及びHEK293 cellの細胞混合物からのhMSCの捕捉速度の評価に付した、(A)ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板(実施例2)の表面に接着した細胞数をカウントした結果と、(B)ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板(実施例2)のフローサイトメトリーの結果を示す。
【
図8】実施例6で得られたペプチド非担持ポリマー修飾表面と、実施例7で得られたペプチド1担持ポリマー修飾表面の濡れ性を、実施例8において(A)水(液滴)接触角測定及び(B)気泡接触角測定により評価し、その結果を示したグラフである。なお前者の結果は黒色棒、後者の結果は灰色棒で示す。
【
図9】実施例6で得られたペプチド非担持ポリマー(CMB:PGMA:MPTMSの組成比=70:20:10)で修飾したガラス表面と、実施例7で得られたペプチド1を担持したポリマー(CMB:PGMA:MPTMSの組成比=70:20:10)で修飾したガラス表面を、実施例9において全反射赤外分光測定により評価し、得られたスペクトルである。なお前者のスペクトルは実線、後者のスペクトルは点線で示す。
【
図10】実施例6で得られたペプチド非担持ポリマー修飾表面と、実施例7で得られたペプチド1担持ポリマー修飾表面の膜厚を、実施例10においてエリプソメトリー測定により評価し、その結果を示したグラフである。なお前者の結果は黒色棒、後者の結果は灰色棒で示す。
【
図11】実施例7で得られた、各種ペプチド担持ポリマー修飾表面へのペプチド1の担持量を、実施例11においてマイクロBCA法により定量し、その結果を示したグラフである。
【
図12】ガラス基板、実施例6で得られたペプチド非担持ポリマー修飾表面、及び実施例7で得られたペプチド1担持ポリマー修飾表面へのタンパク質の非特異吸着の有無を評価するために、実施例12においてマイクロBCA測定により、血清タンパク質の吸着量を定量し、その結果を示したグラフである。なおガラス基板の結果は白色棒、ペプチド非担持ポリマー修飾表面の結果は黒色棒、そしてペプチド1担持ポリマー修飾表面の結果は灰色棒で示す。
【
図13】実施例13において、各種ペプチド非担持ポリマー修飾表面及びペプチド1(CD44BP)担持ポリマー修飾表面上に、NIH3T3細胞を播種した後の、位相差顕微鏡写真である。
【
図14】実施例13において、各種ペプチド非担持ポリマー修飾表面及びペプチド1(CD44BP)担持ポリマー修飾表面上に、HEK293細胞を播種した後の、位相差顕微鏡写真である。
【
図15】実施例13において、各種ペプチド非担持ポリマー修飾表面及びペプチド1(CD44BP)担持ポリマー修飾表面上に、MSCを播種した後の、位相差顕微鏡写真である。
【
図16】実施例13において、各種ペプチド非担持ポリマー修飾表面(-)及びペプチド1担持ポリマー修飾表面(+)上に捕捉された各種細胞数(n=3)を定量した結果を示したグラフである。なお、NIH3T3細胞の結果は淡灰色棒、HEK293細胞の結果は濃灰色棒、ヒトMSCの結果は黒色棒で示した。
【発明を実施するための形態】
【0031】
≪用語の説明≫
本発明において用いられる用語は、他に特に断りのない限り、以下の定義を有する。
【0032】
本発明において、「ハロゲン原子」は、フッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子を意味する。
【0033】
本発明において、「アルキル基」は、非環式若しくは環式の、飽和脂肪族炭化水素の1価の基を意味する。「炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキル基」としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、n-ペンチル基、1-メチルブチル基、2-メチルブチル基、3-メチルブチル基、1,1-ジメチルプロピル基、1,2-ジメチルプロピル基、2,2-ジメチルプロピル基又は1-エチルプロピル基が挙げられる。中でも「炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基」は、メチル基、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基又はn-ペンチル基である。
【0034】
本発明において、「アルキニル基」は、直鎖若しくは分岐の、少なくとも1個の炭素-炭素三重結合を含む不飽和脂肪族炭化水素の1価の基を意味する。「炭素原子数2乃至5のアルキニル基」としては、例えば、エチニル基、プロパルギル基、3-ブチニル基又は4-ペンチニル基が挙げられる。
【0035】
本発明において、「エステル結合」は、-C(=O)-O-若しくは-O-C(=O)-を意味し、「リン酸ジエステル結合」は、-O-P(=O)(-O-)-O-を意味し、「アミド結合」は、-NHC(=O)-若しくは-C(=O)NH-を意味し、「エーテル結合」は、-O-を意味し、「アミノ結合」は、-NH-を意味し、「カルボニル結合」は、-C(=O)-基を意味し、「チオエーテル結合」は、-S-を意味する。
【0036】
本発明において、「置換されていてもよいフェニレン基」は、「フェニレン基」又は「置換されているフェニレン基」を意味する。「フェニレン基」としては、1,4-フェニレン基、1,3-フェニレン基又は1,2-フェニレン基が挙げられ、中でも、1,4-フェニレン基が好ましい。「置換されているフェニレン基」は、ハロゲン原子、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキル基等から選択される少なくとも1個の置換基で置換されている、1,4-フェニレン基、1,3-フェニレン基又は1,2-フェニレン基が挙げられる。
【0037】
本発明において、「アルキレン基」は、直鎖若しくは分岐の、飽和脂肪族炭化水素の2価の基を意味する。「炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基」の例としては、メチレン基、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、1-メチルプロピレン基、2-メチルプロピレン基、ジメチルエチレン基、エチルエチレン基、ペンタメチレン基、1-メチル-テトラメチレン基、2-メチル-テトラメチレン基、1,1-ジメチル-トリメチレン基、1,2-ジメチル-トリメチレン基、2,2-ジメチル-トリメチレン基、1-エチル-トリメチレン基、ヘキサメチレン基、オクタメチレン基及びデカメチレン基等が挙げられ、これらの中で、エチレン基、プロピレン基、オクタメチレン基及びデカメチレン基が好ましく、例えば、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基等の炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基がより好ましく、特にエチレン基又はプロピレン基が好ましい。
【0038】
本発明において、(メタ)アクリレート化合物とは、アクリレート化合物とメタクリレート化合物の両方を意味する。例えば(メタ)アクリル酸は、アクリル酸とメタクリル酸を意味する。
【0039】
本発明において、細胞としては、例えば、線維芽細胞、骨髄細胞、Bリンパ球、Tリンパ球、好中球、赤血球、血小板、マクロファージ、単球、骨細胞、骨髄細胞、周皮細胞、樹枝状細胞、ケラチノサイト、脂肪細胞、間葉細胞、上皮細胞、表皮細胞、内皮細胞、血管内皮細胞、肝実質細胞、軟骨細胞、卵丘細胞、神経系細胞、グリア細胞、ニューロン、オリゴデンドロサイト、マイクログリア、星状膠細胞、心臓細胞、食道細胞、筋肉細胞(例えば、平滑筋細胞又は骨格筋細胞)、膵臓ベータ細胞、メラニン細胞、造血前駆細胞、単核細胞、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞、胚性生殖幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、癌幹細胞、毛包幹細胞、巨核球、CD34陽性脊髄由来巨核球及び各種細胞株(例えば、HCT116、Huh7、HEK293(ヒト胎児腎細胞)、HeLa(ヒト子宮頸癌細胞株)、HepG2(ヒト肝癌細胞株)、UT7/TPO(ヒト白血病細胞株)、CHO(チャイニーズハムスター卵巣細胞株)、MDCK、MDBK、BHK、C-33A、HT-29、AE-1、3D9、Ns0/1、Jurkat、NIH3T3、PC12、S2、Sf9、Sf21、High Five、Vero)等が挙げられるが、これらの中でも間葉系幹細胞が好ましい。
【0040】
細胞接着性とは、一般的に、何かの基材に、細胞接着を促すタンパク質(例えば、フィブロネクチンやビトロネクチン、ラミニン等)が吸着し、その吸着タンパク質と細胞膜上のインテグリン受容体が相互作用して起こる接着のことや、細胞膜上に存在する受容体の一つであるカドヘリン同士が相互作用し細胞間で起こる接着のことを指す。しかしながら、本発明における細胞接着性とは、一般的な細胞接着性とは少し異なり、特異的に発現する細胞膜上の受容体と相互作用するリガンドを基材に固定しておき、特定の細胞の膜上に存在する受容体と相互作用させることで、細胞を捕捉することを指す。
一方で、細胞非接着性とは、基材に対して細胞が応答・相互作用しないことであり、本発明においても、同様である。通常ならば、そのような基材表面は、タンパク質も吸着しないことが多い。なぜならば、細胞接着の大部分は、細胞-基材間の接着においては、基材上に吸着したタンパク質を介したインテグリン依存接着であるためである。よって、細胞非接着性の基材構築では、生体物質に応答しない機能を基材表面に付与する必要があると言える。
【0041】
≪本発明の説明≫
本発明は、表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、細胞接着性を示す構造単位とを含むポリマー(P1)により被覆された基体に関する。基体は、少なくとも1500nm以下、好ましくは10~1300nm、より好ましくは10~1100nm、さらに好ましくは10~1000nm、特に好ましくは10~500nm、の膜厚のコーティング膜を少なくとも一部の表面に備えるものであれば特に制限されないが、該基体の全表面積の10%以上に備えるのが好ましく、20%以上がより好ましく、30%以上がさらに好ましく、40%以上が特に好ましく、50%以上が最も好ましい。例えば、平板状の基体である場合は、一方の片面の全表面積の10%以上に備えるのが好ましく、30%以上がより好ましく、50%以上がさらに好ましく、80%以上が最も好ましい。
【0042】
本発明の実施態様において、ポリマーに含まれる細胞非接着性を示す構造単位を誘導しうるモノマーの例としては、エチレン性不飽和モノマーを挙げることができる。エチレン性不飽和モノマーの例としては、(メタ)アクリル酸及びそのエステル;酢酸ビニル;ビニルピロリドン;エチレン;ビニルアルコール;並びにそれらの親水性の官能性誘導体からなる群より選択される1種又は2種以上のエチレン性不飽和モノマーを挙げることができる。
【0043】
親水性の官能性誘導体の親水性官能性基の例としては、リン酸、ホスホン酸及びそれらのエステル構造;ベタイン構造;アミド構造;アルキレングリコール残基;アミノ基;並びにスルフィニル基等が挙げられる。
【0044】
ここで、リン酸及びそのエステル構造は、下記式:
【化7】
[ここで、R
11、R
12及びR
13は、互いに独立して、水素原子又は有機基(例えば、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキル基等)である]
で表される基を意味し、ホスホン酸及びそのエステル構造は、下記式:
【化8】
[ここで、R
14及びR
15は、互いに独立して、水素原子又は有機基(例えば、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキル基等)である]
で表される基を意味する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、アシッドホスホオキシエチル(メタ)アクリレート、ビニルホスホン酸等を挙げることができる。
【0045】
ベタイン構造は、第4級アンモニウム型の陽イオン構造と、酸性の陰イオン構造との両性中心を持つ化合物の一価又は二価の基を意味し、例えば、ホスホリルコリン基:
【化9】
を挙げることができる。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)等を挙げることができる。
【0046】
アミド構造は、下記式:
【化10】
[ここで、R
16、R
17及びR
18は、互いに独立して、水素原子又は有機基(例えば、メチル基、ヒドロキシメチル基又はヒドロキシエチル基等)である]
で表される基を意味する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、(メタ)アクリルアミド、N-(ヒドロキシメチル)(メタ)アクリルアミド等を挙げることができる。さらに、そのような構造を有するモノマーは、例えば、特開2010-169604号公報等に開示されている。
【0047】
アルキレングリコール残基は、アルキレングリコール(HO-Alk-OH;ここでAlkは、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基である)の片側末端又は両末端の水酸基が他の化合物と縮合反応した後に残るアルキレンオキシ基(-Alk-O-)を意味し、アルキレンオキシ単位が繰り返されるポリ(アルキレンオキシ)基も包含する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、メトキシポリエチレングリコール(メタ)アクリレート等を挙げることができる。さらに、そのような構造を有するモノマーは、例えば、特開2008-533489号公報等に開示されている。
【0048】
アミノ基は、式:-NH2、-NHR19又は-NR20R21[ここで、R19、R20及びR21は、互いに独立して、有機基(例えば、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキル基等)である]で表される基を意味する。本明細書におけるアミノ基には、4級化又は塩化されたアミノ基を包含する。そのような構造を有するエチレン性不飽和モノマーの例としては、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、2-(t-ブチルアミノ)エチル(メタ)アクリレート、メタクリロイルコリンクロリド等を挙げることができる。
【0049】
スルフィニル基は、下記式:
【化11】
[ここで、R
22は、有機基(例えば、炭素原子数1乃至10の有機基、好ましくは、1個以上のヒドロキシ基を有する炭素原子数1乃至10のアルキル基等)である]
で表される基を意味する。そのような構造を有するポリマーとして、特開2014-48278号公報等に開示された共重合体を挙げることができる。
【0050】
本発明の実施態様において、細胞非接着性を示す構造単位としては、下記式(1a)で表される構造単位が好ましい。
【0051】
【0052】
式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Yは、カルボアニオン(-COO-基)又はスルホアニオン(-SO3
-基)を表し、Q1は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m1は、1乃至200の整数を表し、nは、1乃至10の整数を表す。
【0053】
その中でも、R1及びR2が、それぞれ独立して、メチル基又はエチル基を表し、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Yが、カルボアニオン(-COO-基)又はスルホアニオン(-SO3
-基)を表し、Q1が、エステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基、又はこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m1が、1乃至200の整数を表し、nが、1乃至10の整数を表す、上記式(1a)で表される構造単位が好ましく、R1及びR2が、メチル基を表し、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Yが、カルボアニオン(-COO-基)を表し、Q1が、-C(=O)-O-、-Alk1-又は-C(=O)-O-Alk1-を表し、m1が、1乃至200の整数を表し、nが、1乃至10の整数を表す、上記式(1a)で表される構造単位がより好ましい。なお、Alk1は、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基であり、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基であるのが好ましく、メチレン基、エチレン基又はプロピレン基であるのがより好ましい。
【0054】
上記式(1a)で表される構造単位を誘導し得るモノマーとして、例えば、N-メタクリロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウム-α,N-メチルカルボキシベタイン等が挙げられる。
【0055】
本発明の実施態様において、ポリマーに含まれる細胞接着性を示す構造単位は、リガンドを含む構造単位であるのが好ましい。すなわち、基体の表面の少なくとも一部を被覆するポリマーは、細胞非接着性を示す構造単位と、リガンドを含む構造単位を含むポリマー(P2)が好ましい。
【0056】
本発明の実施態様において、細胞接着性を示す構造単位は、下記式(1b)で表される構造単位であるがより好ましい。したがって、基体の表面の少なくとも一部を被覆するポリマーは、上記式(1a)で表される構造単位と、下記式(1b)で表される構造単位とを含むポリマー(P3)が好ましい。
【0057】
【0058】
式中、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Lは、リガンドを表し、Q2は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、Q3は、1,2,3-トリアゾール環骨格を含む2価の有機基を表し、m2は、1乃至200の整数を表し、nは、1乃至10の整数を表す。
【0059】
その中でも、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Lが、リガンドを表し、Q
2が、エステル結合又はアミド結合を表し、Q
3が、下記式(2a)又は(2b):
【化14】
で示される構造を含む2価基を表し、m2が、1乃至200の整数を表し、nが、1乃至10の整数を表す、上記式(1b)で表される構造単位が好ましい。特に、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Lが、リガンドを表し、Q
2が、エステル結合又はアミド結合を表し、Q
3が、下記式(2a-1)、(2a-2)、(2b-1)又は(2b-2):
【化15】
(式中、S
1及びS
2は、アジド-アルキン付加環化反応より誘導される2価の基を表す)を表す、上記式(1b)で表される構造単位がより好ましい。
【0060】
本発明の実施態様において、上記式(1b)で表される構造単位として、下記式(1b-1)乃至(1b-4)で表される構造単位がより好ましい。
【化16】
【0061】
式中、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Lは、リガンドを表し、Q2は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、S1及びS2は、それぞれ独立して、単結合、エステル結合、アミド結合、エーテル結合、アミノ結合、カルボニル結合、チオエーテル結合、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基、又はこれらの組合せからなる二価基を表し、m2は、1乃至200の整数を表し、nは、1乃至10の整数を表す。
【0062】
その中でも、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Lが、リガンドを表し、Q2が、エステル結合又はアミド結合を表し、S1及びS2が、それぞれ独立して、単結合、エステル結合又は炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基を表し、m2は、1乃至200の整数を表し、nは、1乃至10の整数を表す、上記式(1b-1)乃至(1b-4)で表される構造単位がより好ましく、上記式(1b-1)又は(1b-2)で表される構造単位がさらに好ましく、上記式(1b-1)で表される構造単位が特に好ましい。
【0063】
本発明の実施態様において、リガンドは、ペプチド、抗体、タンパク質、及び低分子化合物からなる群より選択される。例えば、ペプチドホルモン(例えば、インシュリン)、神経ペプチド等のペプチド;IgG、IgA、IgM等の各種抗体;フィブリノゲン、牛血清アルブミン(BSA)、卵白アルブミン、ヒトアルブミン、各種グロブリン、血清γ-グロブリン、β-リポタンパク質、リゾチーム、フィブロネクチン、ペプシン、ヒストン、コラーゲン、各種レクチン等のタンパク質;糖(例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、フルクトース)、ヌクレオシド、ヌクレオチド等の低分子化合物が挙げられる。
【0064】
本発明の実施態様において、リガンドがペプチドであるのが好ましく、Gln-Gln-Gly-Trp-Phe-Pro(配列番号1)又はPhe-Asp-Ala-Ile-Ala-Glu-Ile-Gly-Asn-Gln-Leu-Tyr-Leu-Phe-Lys-Asp-Gly-Lys-Tyr-Trp(配列番号2)の配列を含むペプチドであるのがより好ましい。
【0065】
すなわち、本発明の実施態様において、基体の表面の少なくとも一部を被覆するポリマー(P3)は、下記式(1a)及び式(1b):
【化17】
(式中、R
1、R
2、X、Y、L、Q
1、Q
2、Q
3、m1、m2及びnは、上記のとおりである)で表される構造単位を含むポリマーであり、特に好ましくは、下記式(1a)及び式(1b-1):
【化18】
(式中、R
1、R
2、X、Y、L、Q
1、Q
2、S
1、S
2、m1、m2及びnは、上記のとおりである)で表される構造単位を含むポリマーである。
【0066】
本願のポリマー(P3)は、さらに下記式(1d)で表される構造単位を含んでもよい。本構造単位を含むポリマーは、特にヒドロキシ基を表面に有する基体(例えば、ガラス基板)への密着性付与が期待できる。
【化19】
【0067】
式中、R3は、それぞれ独立して、炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Q4は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m3は、1乃至200の整数を表す。
【0068】
本発明の実施態様において、上記式(1d)で表される構造単位として、下記式(1d-1)で表される構造単位が好ましい。
【化20】
【0069】
式中、R3、X及びm3は、上記式(1d)における定義のとおりである。
【0070】
上記式(1d)で表される構造単位を誘導し得るモノマーとして、例えば、p-スチリルトリメトキシラン等のフェニレン基を含むモノマーや、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、4-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリイソプロポキシシラン等のエステル結合と炭素数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基によって構成される二価基を含むモノマーが挙げられる。
【0071】
本発明の実施態様において、ポリマー(P1)乃至(P3)は、本発明の目的を損なわない範囲において、細胞非接着性を示す構造単位(例えば、上記式(1a)で表される構造単位)と、細胞接着性を示す構造単位(例えば、上記式(1b)で表される構造単位)の他に、例えば、上記式(1d) で表される構造単位のような、任意の構造単位を含んでいてもよい。ポリマー(P1)乃至(P3)の分子量は数千から数百万程度であればよく、好ましくは5,000乃至5,000,000である。より好ましくは、5,000乃至2,000,000であり、さらに好ましくは5,000乃至1,000,000である。またポリマー(P1)乃至(P3)における各構造単位の配列に特に制限はなく、ポリマー(P1)乃至(P3)は、ランダム、ブロック、交互及び/又はグラフト共重合体のいずれであってもよい。ポリマー(P1)乃至(P3)における細胞非接着性を示す構造単位の割合、特にポリマー(P3)中における式(1a)で表される構造単位の割合は、全構造単位を基準として、3モル%乃至80モル%である。なお、ポリマー(P3)は、2種以上の式(1a)で表される構造単位を含んでいてもよい。
ポリマー(P1)乃至(P3)における細胞接着性を示す構造単位の割合、特にポリマー(P3)中における式(1b)表される構造単位の割合は、全構造単位を基準として、3モル%乃至80モル%である。なお、ポリマー(P3)は、2種以上の式(1b)で表される構造単位を含んでいてもよい。
【0072】
上記式(1d) で表される構造単位に加えて、ポリマー(P1)乃至(P3)に含まれてもよい、任意の構造単位を誘導し得るモノマーとしては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル化合物、(メタ)アクリルアミド化合物、ビニル化合物、スチレン化合物、マレイミド化合物、マレイン酸無水物、(メタ)アクリロニトリル等が挙げられ、具体的には、メチルアクリレート、エチルアクリレート、イソプロピルアクリレート、tert-ブチルアクリレート、イソブチルアクリレート、n-ヘキシルアクリレート、シクロヘキシルアクリレート、ベンジルアクリレート、フェニルアクリレート、アリルアクリレート等のアクリル酸エステル化合物、メチルメタクリレート、エチルメタクリレート、イソプロピルメタクリレート、tert-ブチルメタクリレート、イソブチルアクリレート、n-ヘキシルメタクリレート、シクロヘキシルメタクリレート、ベンジルメタクリレート、フェニルメタクリレート、アリルアクリレート等のメタクリル酸エステル化合物、N-メチルアクリルアミド、N-エチルアクリルアミド、N-ベンジルアクリルアミド、N-フェニルアクリルアミド等のアクリルアミド化合物、メタクリルアミド、N-メチルメタクリルアミド、N-エチルメタクリルアミド、N-ベンジルメタクリルアミド、N-フェニルメタクリルアミド等のメタクリルアミド化合物、エチルビニルエーテル、ベンジルビニルエーテル、ビニル酢酸等のビニル化合物、スチレン、メトキシスチレン等のスチレン化合物、マレイミド、N-メチルマレイミド、N-フェニルマレイミド、N-シクロヘキシルマレイミド等のマレイミド化合物が挙げられる。
【0073】
本発明の実施態様において、表面の少なくとも一部が、上記ポリマー(P1)乃至(P3)により被覆された基体は、細胞分離及び培養用に使用することができる。
また、本発明の基体は、少なくとも2種以上の細胞を含む細胞混合液から、少なくとも1種の細胞を選択的に分離出来る基体として使用できる。
細胞混合液とは、少なくとも2種以上の細胞を含む液体であれば特に限定されず、例えば血液、分化誘導後の細胞集団、未分化維持培養した幹細胞の中に含まれる無秩序分化が進行した細胞の混合液、hMSCのHEK293 cellsの混合液等が挙げられる。
好ましくは、異なる3種の中から1又は2種の細胞を選択的に分離でき、さらに好ましくは、異なる2種の中から1種の細胞を選択的に分離出来る。
例えば、混合液の中から分離したい細胞を、好ましい順に、播種量の90質量%以上、70質量%以上、50質量%以上、30質量%以上、10質量%以上の割合で分離出来る。
【0074】
本発明の実施態様において、表面の少なくとも一部が、上記ポリマー(P1)乃至(P3)により被覆された基体は、上記ポリマー(P1)乃至(P3)を基体に塗布することにより調製することができる。上記ポリマー(P1)乃至(P3)を基体に塗布する手段には特に制限は無く、公知の手段を適宜採用することができる。また「塗布」には、基体をポリマー又はポリマーを含む溶液に浸漬する、又はポリマー又はポリマーを含む溶液を基体に流し込み、所定の時間静置する等の方法も含まれる。浸漬又は静置の時間や温度は、基体の材質やポリマーの種類に応じて適宜選択されるが、例えば、30秒から24時間、好ましくは1分から3時間、10~35℃、好ましくは周囲温度(例えば25℃)で実施される。これにより、基体の表面の少なくとも一部が、好ましくは全体にわたって、上記ポリマー(P1)乃至(P3)により被覆される。
【0075】
本発明の他の実施態様において、ポリマー(P2)及び(P3)のリガンドを含む構造単位は、通常、特定の反応性基を含む構造単位を含むポリマーを準備し、該ポリマー中の特定の反応性基と、その反応性基に反応しうる基を含むリガンドとを反応させることによりに、ポリマーに導入することができる。そのような反応は当業者には公知であり、特に限定されないが、典型的にはクリック反応である。中でもアジド-アルキン付加環化反応を利用したクリック反応が好ましい。またそのような反応は、基体に被覆されたポリマー上で行うこともできる。
【0076】
本発明の他の実施態様において、アジド-アルキン付加環化反応を利用したクリック反応により、リガンドを含む構造単位は、(i)炭素-炭素三重結合を含む構造単位と、アジド基を含むリガンドとを接触させることにより、或いは(ii)アジド基を含む構造単位と、炭素-炭素三重結合を含むリガンドとを接触させることにより、ポリマーに導入することができる。
【0077】
したがって、本発明はまた、表面の少なくとも一部が、細胞非接着性を示す構造単位と、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含む構造単位を含むポリマー(P4)により被覆された基体に関する。
【0078】
本発明の実施態様において、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含む構造単位としては、下記式(1c)で表される構造単位が好ましい。したがって、基体の表面の少なくとも一部を被覆するポリマーは、上記式(1a)で表される構造単位と、下記式(1c)で表される構造単位とを含むポリマー(P5)であってよい。
【0079】
【0080】
式中、Xは、水素原子又は炭素原子数1乃至5の直鎖アルキル基を表し、Zは、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含む基を表し、Q2は、エステル結合、リン酸ジエステル結合、アミド結合、炭素原子数1乃至10の直鎖若しくは分岐アルキレン基又は置換されていてもよいフェニレン基、或いはこれらの組み合わせによって構成される二価基を表し、m2は、1乃至200の整数を表し、nは、1乃至10の整数を表す。
【0081】
Zにおける「炭素-炭素三重結合を含む基」は、例えば、アセチレン又は下記式:
【化22】
で表されるジベンジルシクロオクチン等の炭素-炭素三重結合骨格を含む基を意味する。そのような基としては、例えば、式:-S
a1-R
a1基(式中、S
a1は、単結合、エステル結合、アミド結合、エーテル結合、アミノ結合、カルボニル結合、チオエーテル結合、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基、又はこれらの組合せからなる二価基であり、R
a1は、炭素原子数2乃至5のアルキニル基又はジベンジルシクロオクチンである)が挙げられる。
【0082】
Zにおける「アジドを含む基」は、アジド(-N3)を含む基を意味する。そのような基としては、例えば、式:-Sa2-N3基(式中、Sa2は、単結合、エステル結合、アミド結合、エーテル結合、アミノ結合、カルボニル結合、チオエーテル結合、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基、又はこれらの組合せからなる二価基である)が挙げられる。
【0083】
その中でも、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Zが、上記式:-Sa2-N3基(ここで、Sa2が、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基を表す)を表し、Q2が、エステル結合又はアミド結合を表し、m2が、1乃至200の整数を表し、nが、1乃至10の整数を表す、上記式(1c)で表される構造単位が好ましい。そのような上記式(1c)で表される構造単位を誘導し得るモノマーとして、例えば、メタクリル酸3-アジドプロピル等が挙げられる。
【0084】
また、Xが、水素原子又はメチル基を表し、Zが、上記式:-Sa1-Ra1基(ここで、Sa1が、炭素原子数1乃至5の直鎖若しくは分岐アルキレン基を表し、Ra1が、炭素原子数2乃至5のアルキニル基を表す)を表し、Q2が、エステル結合又はアミド結合を表し、m2が、1乃至200の整数を表し、nが、1乃至10の整数を表す、上記式(1c)で表される構造単位が好ましい。そのような上記式(1c)で表される構造単位を誘導し得るモノマーとして、例えば、メタクリル酸プロパルギル等が挙げられる。
【0085】
本願のポリマー(P3)と同様に、本願のポリマー(P5)は、さらに下記式(1d)で表される構造単位を含んでもよい。
【化23】
【0086】
式中、R3、X、Q4及びm3は、上記のとおりである。式(1d)で表される構造単位の好ましい態様や、式(1d)で表される構造単位を誘導し得るモノマーの例もまた、上記ポリマー(P3)の場合と同様である。
【0087】
本発明の実施態様において、例えばポリマー(P5)は、上記式(1a)で表される構造単位と、上記式(1c)で表される構造単位と、場合によりのような任意の構造単位(例えば、上記式(1d) で表される構造単位)を含むポリマーであれば特に制限は無い。ポリマー(P5)において、上記式(1d) で表される構造単位に加えて、任意の構造単位を誘導し得るモノマーの例は、上記ポリマー(P3)の場合と同様である。ポリマー(P5)は、上記式(1a)で表される構造単位を誘導するモノマーと、上記式(1c)で表される構造単位を誘導するモノマーと、場合により任意のモノマーとをラジカル重合して得られたものが望ましい。
【0088】
ポリマー(P5)中における式(1a)で表される構造単位の割合は、全構造単位を基準として、3モル%乃至80モル%である。なお、ポリマー(P5)は、2種以上の式(1a)で表される構造単位を含んでいてもよい。
【0089】
ポリマー(P5)中における式(1c)で表される構造単位の割合は、3モル%乃至80モル%である。なお、ポリマー(P5)は、2種以上の式(1c)で表される構造単位を含んでいてもよい。
【0090】
重合反応における溶媒としては、水、有機溶媒又はこれらを組み合わせた混合溶媒が挙げられる。溶媒は、重合反応に供されるモノマー、重合開始剤及び目的とするポリマーの種類や性質に応じて、適宜選択されるが、例としては、水;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルイソアミルケトン、メチルアミルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルコール類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、乳酸メチル、乳酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン等のアミド類が挙げられる。
【0091】
重合反応を効率的に進めるためには、重合開始剤を使用することが望ましい。重合開始剤の例としては、2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(2-メチルブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)(和光純薬工業(株)製;VA-065、10時間半減期温度;51℃)、4,4’-アゾビス(4-シアノ吉草酸)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ-2,4-ジメチルバレロニトリル)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサン-1-カルボニトリル)、1-[(1-シアノ-1-メチルエチル)アゾ]ホルムアミド、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]、2,2’-アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)二塩酸塩、2,2’-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド](和光純薬工業(株)製;VA-086、10時間半減期温度;86℃)、過酸化ベンゾイル(BPO)、2,2’-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン]n-水和物(和光純薬工業(株)製;VA-057、10時間半減期温度;57℃)、4,4’-アゾビス(4-シアノペンタノイックアシド)(和光純薬工業(株)製;V-501)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロリド(和光純薬工業(株)製;VA-044、10時間半減期温度;44℃)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジスルファートジヒドレート(和光純薬工業(株)製;VA-046B、10時間半減期温度;46℃)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン](和光純薬工業(株)製;VA-061、10時間半減期温度;61℃)、2,2’-アゾビス(2-アミジノプロパン)ジヒドロクロリド(和光純薬工業(株)製;V-50、10時間半減期温度;56℃)、ペルオキソ二硫酸又はt-ブチルヒドロペルオキシド等が用いられる。
水への溶解性、イオンバランス及びモノマーとの相互作用を考慮した場合、2,2’-アゾビス[2-メチル-N-(2-ヒドロキシエチル)プロピオンアミド]、2,2’-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン]n-水和物、4,4’-アゾビス(4-シアノペンタノイックアシッド)、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジヒドロクロリド、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]ジスルファートジヒドレート、2,2’-アゾビス[2-(2-イミダゾリン-2-イル)プロパン]、2,2’-アゾビス(2-アミジノプロパン)ジヒドロクロリド及びペルオキソ二硫酸から選ばれることが好ましい。
有機溶媒への溶解性、イオンバランス及びモノマーとの相互作用を考慮した場合、2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)又は2,2’-アゾビス(イソブチロニトリル)を用いることが望ましい。
【0092】
重合開始剤の添加量としては、重合に用いられるモノマーの合計重量に対し、0.05質量%~10質量%である。
【0093】
反応条件は、モノマー及びポリマーの溶解性を上げるために加温してもよく、例えば、反応容器をオイルバス等で50℃乃至200℃に加熱し、1時間乃至48時間、より好ましくは80℃乃至150℃、5時間乃至30時間攪拌を行うことで、重合反応が進み本発明の共重合体が得られる。反応雰囲気は窒素雰囲気が好ましい。
【0094】
反応手順としては、全反応物質を室温の反応溶媒に全て入れてから、上記温度に加熱して重合させてもよいし、あらかじめ加温した溶媒中に、反応物質の混合物全部又は一部を少々ずつ滴下してもよい。
【0095】
ポリマー(P5)の分子量は数千から数百万程度であれば良く、好ましくは5,000乃至5,000,000である。より好ましくは、5,000乃至2,000,000であり、さらに好ましくは5,000乃至1,000,000である。また、ランダム共重合体、ブロック共重合体、グラフト共重合体のいずれでもよく、該共重合体を製造するための共重合反応それ自体には特別の制限はなく、ラジカル重合やイオン重合や光重合、乳化重合を利用した重合等の公知の溶液中で合成される方法を使用できる。これらは目的の用途によって、本発明に係るポリマー(P5)のうちいずれかを単独使用することもできるし、複数のポリマー(P5)を混合し、且つその比率は変えて使用することもできる。
【0096】
基体の表面の少なくとも一部に、ポリマー(P5)による被覆を形成するために用いられる組成物は、上記式(1a)及び式(1c)で表される構造単位と、場合により上記式(1d) で表される構造単位とを含むポリマー(P5)を、場合により適切な溶媒で所定の濃度に希釈することにより調製することができる。すなわち、本発明は、ポリマー(P5)及び溶媒を含む組成物を提供する。
【0097】
そのような溶媒としては、水、有機溶媒又はこれらを組み合わせた混合溶媒が挙げられる。溶媒は、ポリマー(P5)の種類や性質に応じて、適宜選択されるが、例としては、水;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルイソアミルケトン、メチルアミルケトン、シクロヘキサノン等のケトン類;メタノール、エタノール、イソプロパノール、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルコール類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸ブチル、プロピオン酸メチル、乳酸メチル、乳酸エチル等のエステル類;テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン等の脂肪族炭化水素類;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;アセトニトリル、プロピオニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル類;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン等のアミド類が挙げられ、単独で又はそれらの組み合わせの混合溶媒を用いてもよい。
【0098】
組成物は、ポリマー(P5)含有ワニスから調製してもよい。ポリマー(P5)含有ワニスは、例えば、上記式(1a)で表される構造単位を誘導するモノマーと、上記式(1c)で表される構造単位を誘導するモノマーと、場合により任意のモノマーとを、溶媒中で、モノマーの合計濃度0.01質量%乃至20質量%にて反応(重合)させる工程を含む製造方法により調製することができる。ポリマー(P5)は、ラジカル重合して得られたものが望ましい。
【0099】
組成物中の固形分の濃度としては、均一に被覆を形成させるために、0.01乃至50質量%が望ましい。
【0100】
さらに組成物は、上記ポリマー(P5)と溶媒の他に、必要に応じて得られる被覆の性能を損ねない範囲で他の物質を添加することもできる。他の物質としては、防腐剤、界面活性剤、基体との密着性を高めるプライマー、防カビ剤及び糖類等が挙げられる。
【0101】
本発明の実施態様において、表面の少なくとも一部が、上記ポリマー(P4)又は(P5)により被覆された基体は、上記ポリマー(P4)又は(P5)を基体に塗布することにより調製することができる。上記ポリマー(P4)又は(P5)を基体に塗布する手段には特に制限は無く、公知の手段を適宜採用することができる。また「塗布」には、基体をポリマー又はポリマーを含む溶液に浸漬する、又はポリマー又はポリマーを含む溶液を基体に流し込み、所定の時間静置する等の方法も含まれる。浸漬又は静置の時間や温度は、基体の材質やポリマーの種類に応じて適宜選択されるが、例えば、30秒から24時間、好ましくは1分から3時間、10~35℃、好ましくは周囲温度(例えば25℃)で実施される。これにより、基体の表面の少なくとも一部が、好ましくは全体にわたって、上記ポリマー(P4)又は(P5)により被覆される。
【0102】
本発明の実施態様において、基体は、典型的には、ディッシュ、基板、多孔質膜、粒子又はフィルターであってよい。基体は、特に、実験機器類、分析機器類、又は医療機器類において細胞の分離及び/又は培養に使用される、ディッシュ、基板、多孔質膜、粒子又はフィルターであってよい。
【0103】
また、基体の材質としては、ガラス、金属、金属含有化合物若しくは半金属含有化合物、活性炭又は樹脂を挙げることができる。金属は、典型金属:(アルカリ金属:Li、Na、K、Rb、Cs;アルカリ土類金属:Ca、Sr、Ba、Ra)、マグネシウム族元素:Be、Mg、Zn、Cd、Hg;アルミニウム族元素:Al、Ga、In;希土類元素:Y、La、Ce、Pr、Nd、Sm、Eu;スズ族元素:Ti、Zr、Sn、Hf、Pb、Th;鉄族元素:Fe、Co、Ni;土酸元素:V、Nb、Ta、クロム族元素:Cr、Mo、W、U;マンガン族元素:Mn、Re;貴金属:Cu、Ag、Au;白金族元素:Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt等が挙げられる。金属含有化合物若しくは半金属含有化合物は、例えば基本成分が金属酸化物で、高温での熱処理によって焼き固めた焼結体であるセラミックス、シリコンのような半導体、金属酸化物若しくは半金属酸化物(シリコン酸化物、アルミナ等)、金属炭化物若しくは半金属炭化物、金属窒化物若しくは半金属窒化物(シリコン窒化物等)、金属ホウ化物若しくは半金属ホウ化物などの無機化合物の成形体など無機固体材料、アルミニウム、ニッケルチタン、ステンレス(SUS304、SUS316、SUS316L等)が挙げられる。
【0104】
基体の材質の樹脂としては、天然樹脂若しくはその誘導体、又は合成樹脂いずれでもよく、天然樹脂若しくはその誘導体としては、セルロース、三酢酸セルロース(CTA)、ニトロセルロース(NC)、デキストラン硫酸を固定化したセルロース等、合成樹脂としてはポリアクリロニトリル(PAN)、ポリエステル系ポリマーアロイ(PEPA)、ポリスチレン(PS)、ポリスルホン(PSF)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリウレタン(PU)、エチレンビニルアルコール(EVAL)、ポリエチレン(PE)、ポリエステル、ポリプロピレン(PP)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリカーボネート(PC)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、超高分子量ポリエチレン(UHPE)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン樹脂(ABS)、テフロン(登録商標)、ナイロン、ポリメチルペンテン(PMP)又は各種イオン交換樹脂等が好ましく用いられる。
【0105】
基体において、コーティング膜が付される表面の材質は1種類であっても2種類以上の組み合わせであってもよい。これらの材質の中において、ガラス、シリコン、シリコン酸化物、ポリスチレン(PS)、ポリプロピレン(PP)、テフロン(登録商標)、シクロオレフィンポリマー(COP)、ポリジメチルシロキサン(PDMS)単独若しくはステンレス(SUS304、SUS316、SUS316L等)、又はこれらから選ばれる組み合わせであることが好ましい。本発明に係るポリマーは、低温乾燥条件にて被覆できるため、耐熱性が低い樹脂等にも適用可能である。
【0106】
上記基体は、そのまま、水若しくは適切な媒質を用いての洗浄後、又はプラズマ処理等の表面処理を付した後に用いられる。
【0107】
本発明はまた、表面の少なくとも一部が、上記ポリマー(P4)又は(P5)により被覆された基体に、炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドを接触させる工程を含む、リガンド付基体の製造方法を提供する。かかる方法は、上記ポリマー(P5)を含む組成物を所望の基体に塗布し、ポリマー(P5)被覆基体を製造する工程と、該ポリマー(P5)被覆基体に、ポリマー(P5)に含まれるZにおける炭素-炭素三重結合又はアジド基と反応するように、アジド基又は炭素-炭素三重結合を含むリガンドを接触させる工程を含むものであってもよい。
【0108】
本発明の実施態様において、アジド-アルキン付加環化反応を利用したクリック反応により、リガンドは、(i)炭素-炭素三重結合を含む構造単位と、アジド基を含むリガンドとを接触させることにより、或いは(ii)アジド基を含む構造単位と、炭素-炭素三重結合を含むリガンドとを接触させることにより、ポリマー(P4)又は(P5)に導入することができる。なおクリック反応は、基体に被覆されたポリマーで行うこともできる。
上記実施態様としては、(i)であることが好ましい。
【0109】
炭素-炭素三重結合又はアジド基を含むリガンドは、クリックケミストリー試薬として、フナコシ(株)、Sigma-Aldrich等の試薬供給業者より入手することができるか、又は試薬供給業者より入手することができる試薬より、当業者は公知の方法に従い調製することができる。ポリマー(P4)又は(P5)において、(i)炭素-炭素三重結合を含む構造単位が存在する場合、アジド基を含むリガンドが選択され、(ii)アジド基を含む構造単位が存在する場合、炭素-炭素三重結合を含むリガンドが選択される。すなわち、構造単位とリガンドの一方に炭素-炭素三重結合が、他方にアジド基が存在するため、両者を接触させることにより、下記式(2a)又は(2b):
【化24】
で表される構造を容易に形成し、リガンドをポリマーに導入することができる。
本発明の実施態様としては、(i)であることが好ましい。
【0110】
クリック反応で使用できる溶媒としては、特に限定はないが、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン等のアミド類;アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル類;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;メタノール、エタノール等の炭素数1~4のアルコール類;ジメチルスルホキシド、水等が挙げられる。
【0111】
クリック反応は、銅触媒の存在下又は非存在下で実施することができる。クリック反応で使用できる銅触媒としては、臭化銅(I)、ヨウ化銅(I)、酢酸銅(II)、硫酸銅(II)又はその水和物等を挙げることができる。還元剤としては、代表的には、アスコルビン酸若しくはその塩等が挙げられる。
【0112】
さらに必要であれば、クリック反応は、窒素含有配位子の存在下で実施してもよい。窒素含有配位子により、銅触媒による付加環化の効率を高めることができる。そのような窒素含有配位子としては、トリス[(1-ベンジル-1H-1,2,3-トリアゾール-4-イル)メチル]アミン、トリス(2-ベンゾイミダゾリルメチル)アミン等を挙げることができる。
【0113】
なお、クリックケミストリー試薬の種類によっては、銅触媒及び還元剤を添加しなくともよい。例えば、上記式(2b)で表される炭素-炭素三重結合を含むシクロオクチン誘導体は、環の歪みから活性化エネルギーが低く、触媒なしでも容易にアジドと反応することができる。
【0114】
かかる方法により得られるリガンド付基体は、クリック反応終了後、好ましくは水又は適切な媒質を用いての洗浄後に、リガンド付基体として使用することができる。
【実施例】
【0115】
以下、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0116】
合成例1 双性イオン及びクリック反応部位を有するポリマーの合成
CMB(N-メタクリロイルオキシエチル-N,N-ジメチルアンモニウム-α-N-メチルカルボキシベタイン、大阪有機化学工業(株)製)3.0g、PGMA(メタクリル酸プロパルギル)4.0g、及び2,2′-アゾビス[N-(2-カルボキシエチル)-2-メチルプロピオンアミジン]水和物(VA-057、和光純薬工業(株)製)0.07gを乳酸エチル28.4gに溶解させた後、窒素雰囲気下にて80℃で終夜加熱撹拌した。その後、反応液にエタノールを加えてポリマーを沈殿させ、回収し、ポリマーを減圧下で乾燥することで、下記式(1)で表される構造を有するポリマーを得た。得られたポリマーの重量平均分子量は標準ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール換算で8000であった。
【0117】
【0118】
合成例2 双性イオン、クリック反応部位、及びシランカップリング基を有するポリマーの合成
ガラスや金属表面への化学的結合による修飾が可能なメタクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン(MPTMS)を用いた、三元共重合体 ポリ(CMB-PGMA―MPTMS)を合成した。MPTMS の組成比が10モル%である場合において、最も被覆率が良く、また CMB によるタンパク質や細胞の吸着及び接着を抑制できることをこれまでに明らかにしている (J. Biomed. Mater. Res. A, 2016, 104A, 2029-2036.) ことから、MPTMS 組成比を10モル%として、CMB と PGMA の組成比を 80:10、70:20、60:30 の三元共重合体を合成した。CMBとPGMAを合わせて45mmol、MPTMS 0.5mmol、AIBN 0.17mmolをエタノール/ジメチルホルムアミド(3:1)混合溶媒に溶解させ、窒素雰囲気下で70℃、4時間反応させ、その後、0.034mmolのAIBNを追添加し、さらに4時間反応させることにより、下記式(2)で表される構造を有するポリマーを得た。
【0119】
【0120】
合成例3 ペプチドの作製
表1に記載のペプチドをFmoc固相法により合成した。Fmoc-Gly-Alko-PEG樹脂(N-α-(9-Fluorenylmethoxycarbonyl)-glycine p-methoxybenzyl alcohol polyethyleneglycol resin、渡辺化学工業(株)製)を担体としてペプチド鎖を伸長した。N末端から数えて7-9残基のGlyは、柔軟性リンカーとして導入した。C末端にアジドホモアラニン(AHA)を導入し、最終的に、クリック反応を利用して高分子鎖にペプチドを導入できるようにした。また、ペプチド2及び3は、柔軟性リンカーの長さを変更したものである。樹脂上で伸長したペプチド鎖を、脱樹脂、脱保護を行い粗ペプチドを得た後、逆相高速液体クロマトグラフィーで精製を行い、得られた精製ペプチドはMALDI TOF-MSにより分子量を確認し、同定した。
【0121】
【0122】
表1に示された各種オリゴペプチドの二次構造を円偏光二色性(CD)分光法により評価した。スペクトルを
図1(実線:ペプチド1、点線:ペプチド2、長破線:ペプチド3)に示す。ペプチド1は、リンカーとして Glyが3残基導入されたものである。リンカーを導入したペプチド及びそのリンカーが長くなるほど、ペプチドはランダム構造となることがわかり、CD44に結合する活性部位であるGln-Gln-Gly-Trp-Phe-Pro(配列番号1)のみの配列ではβストランド構造を有することがわかった。
【0123】
実施例1 ガラス基板表面へのポリマー被覆
合成例1で合成したポリマーを乳酸エチルに溶解し、10%溶液を作製した。次に4×4cmのガラス基板にスピンコートにて1115rpm/60sで塗布し、100℃に加熱したホットプレート上で1分間加熱することで、ガラス基板上にポリマーを被覆した。ポリマーの膜厚は500nmであった。
【0124】
実施例2 ベプチド担持
合成例3で合成したペプチド1 40mgを純水16gに懸濁させ、1mg/ml硫化銅水溶液0.43g、1mg/mlアスコルビン酸ナトリウム水溶液2.7gを混合し、ペプチド反応溶液とした。このペプチド反応溶液を実施例1で作製したガラス基板全面に滴らせ、そのまま12時間室温で静置した後、基板を純水で洗浄、エアーブローすることでペプチド担持ガラス基板とした。
【0125】
比較例1 ポリマー被覆ガラス基板へのペプチド塗布
合成例3で合成したペプチド1 40mgを純水16gに懸濁させ、ペプチド懸濁液とした。この液を実施例1で作製したガラス基板全面に滴らせ、そのまま12時間室温で静置した後、基板を純水で洗浄、エアーブローすることでペプチド非担持ガラス基板とした。
【0126】
実施例3 ペプチド担持確認試験
実施例2及び比較例1で作製した基板に関して、ペプチドの担持を確認するため、MicroBCA法による分析を実施した。本試験は、Thermo Fisher Scientific Inc.製BCA Protein Assay Reagent Kitを用いて実施し、各試薬を混合後、実施例2及び比較例1で作製した基板をそれぞれ試薬混合液に浸漬させ、60℃で1時間保持し、溶液を回収後、溶液の562nmでの透過率を評価した。結果、実施例2で作製した基板を用いた場合、透過率は32%であり、ペプチド結合による吸収が確認された。一方、比較例1で作製した基板を用いた場合、透過率は80%であった。この結果から、実施例2で作製した基板は、ペプチドがクリック反応により担持されているペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板であり、比較例1で作製した基板は、ペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板であることが確認された。
【0127】
実施例4 細胞選択性評価
ペプチド担持(実施例2)/非担持(実施例1)ポリマー被覆ガラス基板表面へのヒト骨髄間葉系幹細胞(hMSC)の捕捉を調査した。また、ヒト胚性幹細胞由来神経前駆細胞(hNPC)及びヒト胎児腎由来細胞(HEK293 cell)、マウス由来線維芽細胞(3T3 cell)を用いて細胞選択性を評価した。ペプチド担持/非担持ポリマー被覆ガラス基板を70%エタノール溶液に浸漬させ、クリーンベンチ内で乾燥させることにより滅菌処理を施した後、以下の表2に示すそれぞれの細胞に即した培養液により、細胞播種後6時間の細胞接着状態を観察した。実施例1の結果を
図2(光学顕微鏡観察)に、実施例2の結果を
図3(光学顕微鏡観察)と
図4(フローサイトメトリー)に示す。
【0128】
【0129】
実施例5 細胞捕捉速度とその細胞数及び捕捉細胞の純度評価
ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例2)及びペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例1)への細胞捕捉に要する時間とその細胞数、及び捕捉細胞がhMSCであるか否かの評価を行った。まず、hMSCのみを3.0×10
4cells/cm
2で播種し、5、15、30分のインキュベーション後、培養液で洗浄し、接着している細胞数をカウントした。結果を
図5(光学顕微鏡観察)、
図6(A)(細胞カウント数)に示す。また、フローサイトメトリーにより捕捉細胞の表現型を調査した。結果を
図6(B)に示す。
続いて、hMSCとHEK293 cellを混合(それぞれ1.5×10
4 cells/cm
2)し、播種後、上記と同様の所定時間インキュベーションし、培養液による洗浄後、接着した細胞を回収し、細胞計数及びフローサイトメトリーによる表現型の調査を行った。結果をそれぞれ
図7(A)及び(B)に示す。
【0130】
図2に示す通り、実施例4の評価により、実施例1で作製したポリマーを被覆したガラス基板(ペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板)では、hMSCs、hNPCs、HEK293 cells、3T3 cellsのすべての細胞種において、接着が全く観察されなかった。これによりベースポリマーである合成例1で合成したポリマーが、細胞非接着性を示すことを確認した。
【0131】
図3に示す通り、実施例4の評価により、実施例2で作製したペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板を用いた場合、hMSCsでは細胞の接着及び伸展が認められた(
図3(A))のに対し、hNPC(
図3(B))及びHEK293 cells(
図3(C))では、細胞の接着が全く認められなかった。3T3 cellsに関しては弱いながらも接着が認められた。フローサイトメトリーにより表面抗原発現を評価したところ、CD34-PE抗体が、若干表面に結合している結果が得られたことより(
図4)、ペプチドと相互作用する可能性があることが示唆された。これらより、本材料を用いることでCD34を表面に発現している細胞を選択的に捕捉できることが明らかとなった。
【0132】
図5に示す通り、実施例5の評価により、ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例2)では、経時的に細胞接着数が増加する傾向が認められた。一方で、ペプチド非担持ポリマー被覆ガラス基板表面(実施例1)では、細胞接着は全く見られなかった。ペプチド担持表面のhMSC捕捉数を評価した結果(
図6(A))、播種細胞の約4割の細胞が捕捉できることが示された。また、捕捉細胞の表面抗原の発現をフローサイトメトリーにより評価した結果(
図6(B))、CD34陽性であり、且つCD44陽性(hMSCの表面マーカータンパク質)であることが分かった。
さらに、hMSCと等量のHEK293 cellsを混合し、細胞捕捉実験を行った結果(
図7(A))、30分のインキュベーション後では、約10000 cells/cm
2の細胞がトラップされていることが分かり、その細胞の表面抗原を評価した結果(
図7(B))、ほぼすべての細胞がCD34/44両陽性細胞、つまり、hMSCであることが分かった。これらの結果から、ペプチド担持ポリマー被覆ガラス基板表面は、hMSCとHEK293 cellsとの混合液から、hMSCだけを選択的に捕捉できることが明らかとなった。
【0133】
実施例6 ガラス基材へのポリ(CMB-PGMA-MPTMS)三元共重合体の修飾
ガラス基板を強酸処理(ピラニア水や濃硫酸など)、酸素プラズマ処理、又はUV/O3処理を行うことにより洗浄後、合成例2で合成したポリ(CMB-PGMA-MPTMS)を1w/v%になるようにエタノールに溶解させた溶液に浸漬させた。溶液から取り出したガラス基板をエタノールにより洗浄し、N2ガスにより乾燥させた。このようにして、ポリ(CMB-PGMA-MPTMS)を修飾させたガラス基板を得た。
【0134】
実施例7 ペプチド担持
実施例2と同様の方法で、ペプチド1を基材修飾ポリマーに担持させた。
【0135】
実施例8 ペプチド担持ポリマー修飾ガラス基板表面の濡れ性
実施例6及び7で得られた、ペプチド非担持及び担持ポリマー修飾表面を、水(液滴)接触角測定及び気泡接触角測定による濡れ性で評価した。結果をそれぞれ
図8(A)及び(B)に示す。ペプチド非担持ポリマー修飾表面では、PGMA組成の増加(CMB組成の減少)に伴い、液滴接触角の増加及び気泡接触角の減少が認められたことから、表面の親水性が減少することがわかった(
図8(A)及び(B)において黒色で示した棒)。これは、PGMAのアルキン置換基の疎水性に由来するものと考えられる。一方、ペプチド担持ポリマー修飾表面では、ペプチド非担持と比べ、液滴接触角の減少及び気泡接触角の増加が認められた(
図8(A)及び(B)において灰色で示した棒)。これはペプチド1の親水性に起因して、ペプチドが担持されることにより表面の親水性が増加したと考えることができる。
【0136】
実施例9 全反射赤外分光測定によるポリマー修飾表面へのペプチド1の担持評価
実施例6及び7で得られた、ペプチド非担持及び担持ポリマー修飾表面を、全反射赤外分光測定により調査した。本測定では、代表してCMB:PGMA:MPTMSの組成比が70:20:10のポリマーについて評価した。結果を
図9に示す。ペプチド1のアミド結合に由来するアミドII領域(1700~1760cm
-1)において、ペプチド非担持ポリマー修飾表面の赤外吸収(
図9:実線)に対して、ペプチド担持ポリマー修飾表面の赤外吸収(
図9:点線)で大幅に増加した。この結果から、基材に修飾されたポリマーのアルキン側鎖とペプチド1のアジド基との間でクリック反応により、ペプチド1がポリマー鎖に修飾されていると考えられる。
【0137】
実施例10 ペプチド1担持ポリマー修飾表面の膜厚評価
実施例6及び7で得られた、ペプチド非担持及び担持ポリマー修飾表面の乾燥状態の膜厚を、エリプソメトリー測定により評価した。結果を
図10に示す。ペプチド非担持ポリマー修飾表面の膜厚は、4~6nmであり(
図10において黒色で示した棒)、どの組成のポリマーにおいても薄膜が形成されていることがわかった。一方でペプチド1担持ポリマー修飾表面の膜厚は、ペプチド1を担持させない表面に比べ1~2.5nm増加した(
図10において灰色で示した棒)。CMB:PGMA:MPTMS=90:00:10のポリマー修飾表面では、ペプチド反応前後で膜厚が全く変化しなかったことを考慮すると、これらの膜厚増加は、ペプチド1の担持に起因するものであると考えられる。
【0138】
実施例11 ペプチド1の担持量の定量
実施例7で得られた、各種ペプチド担持ポリマー修飾表面へのペプチド1の担持量を、マイクロBCA法により定量した(n=3)。結果を
図11に示す。PGMA組成比の増加、つまりアルキン側鎖の導入量に依存してペプチド1の担持量が増加する傾向が認められた。また、その担持量は、1cm
2当たり、2.5pmolから3.65pmolとアルキン側鎖の導入量に応じてペプチド1担持量を変化させることができることがわかった。
【0139】
上記実施例の液滴/気泡接触角測定、全反射赤外分光測定、エリプソメトリー測定及びペプチド1担持量測定の各評価から、ペプチド1を基材に修飾したポリマーに担持させることができることが明らかとなった。また、PGMAの組成比によってペプチド1の組成比を変化させることも可能であることが見出された。
【0140】
実施例12 ペプチド1担持ポリマー修飾表面への血清タンパク質の非特異吸着評価
実施例7で得られた、ペプチド1担持ポリマー修飾表面へのタンパク質の非特異吸着の有無を評価するために、マイクロBCA測定により、血清タンパク質の吸着量を定量した(n=3)。結果を
図12に示す。対照実験として、ガラス基板上への吸着を評価した結果、1cm
2当たり約200ngのタンパク質吸着が認められた(
図12において白色で示した棒)。それに対し、実施例6で得られた、ペプチド非担持ポリマー修飾表面は、30~50ng/cm
2 と大幅にタンパク質吸着が抑制されることがわかった(
図12において黒色で示した棒)。また、ペプチド1担持ポリマー修飾表面において、ペプチド非担持ポリマー修飾表面と同様に血清タンパク質の非特異吸着を大幅に抑制することがわかった(
図12において灰色で示した棒)。この結果から、ペプチド1の担持により、CMBのタンパク質非特異吸着の抑制能を阻害しないこと、及び血清タンパク質は担持したペプチド1と非特異な相互作用を起こさないこととそれに伴い、ペプチド1の特異的相互作用を阻害することはないということが示唆される。
この結果より、(1)細胞の非特異な接着を抑制できる、(2)ペプチド1を介して特定の細胞のみを捕捉できるという2点が予想でき、細胞の選択捕捉及び選択培養の実現できる。
【0141】
実施例13 ペプチド1担持ポリマー修飾表面の細胞の選択捕捉
各種ペプチド非担持及び担持ポリマー修飾表面への細胞の選択捕捉を評価するために、NIH3T3細胞、HEK293細胞、ヒトMSCの3種の細胞を、実施例6及び7で作製した各種基板表面上に播種(それぞれ3.0×10
4cells/cm
2)し、12時間インキュベーション後、細胞の捕捉数及び細胞の伸展度を顕微鏡により観察した。結果を
図13~16に示す。
図13~15は、それぞれの細胞種を播種した時の各種修飾表面の位相差顕微鏡像を示し、また
図16は、ペプチド非担持ポリマー修飾表面(-)及びペプチド1担持ポリマー修飾表面(+)上に捕捉された細胞数(n=3)を定量した結果を示したグラフである。なお、NIH3T3細胞の結果は淡灰色棒、HEK293細胞の結果は濃灰色棒、ヒトMSCの結果は黒色棒で示した。これらの結果から、ペプチド非担持ポリマー修飾表面には、細胞が全く捕捉・接着されないこと、またペプチド1担持ポリマー修飾表面において、NIH3T3細胞及びHEK293細胞は捕捉されず、ヒトMSCのみが捕捉されることがわかった。これは、ヒトMSCの膜表面にはCD44抗原が存在しており、そのCD44と特異的に相互作用するペプチド1(CD44結合ペプチド、CD44BP)をポリマー修飾表面に担持していることにより、ヒトMSCだけを選択的に捕捉、接着させることができたと考えられる。
また、PGMA組成比の増加、つまりアルキン側鎖の増加に伴い、細胞捕捉数が増加することがわかった。これは、アルキン側鎖の増加に起因するペプチド1の担持量の増加によるものと考えられ、実施例11で示した結果と相関する結果だといえる。さらに、ヒトMSCの捕捉細胞数が、ガラス基板への接着数に対して大幅に減少しているのは、少しでも分化が進行しCD44抗原の発現量が減少した細胞を排除し、CD44抗原高発現のヒトMSCのみを捕捉したためと考えることができ、高細胞選択性の基材表面を構築できた。
【配列表】