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特許7273949酸化タングステン粉末および酸化タングステン粉末の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】酸化タングステン粉末および酸化タングステン粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 41/02 20060101AFI20230508BHJP
【FI】
C01G41/02
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021509573
(86)(22)【出願日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2020013581
(87)【国際公開番号】W WO2020196720
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2022-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2019063830
(32)【優先日】2019-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】303058328
【氏名又は名称】東芝マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003708
【氏名又は名称】弁理士法人鈴榮特許綜合事務所
(72)【発明者】
【氏名】福士 大輔
(72)【発明者】
【氏名】平林 英明
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 亮人
(72)【発明者】
【氏名】平松 亮介
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 敦也
(72)【発明者】
【氏名】諸岡 飛樹
(72)【発明者】
【氏名】森 陽一郎
【審査官】篠原 法子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/142066(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/216692(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第101381106(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108439473(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第1613777(CN,A)
【文献】HAN Wonchull, HIBINO Mitsuhiro,KUDO Tetsuichi,Electrochemical Intercalation of Lithium into Hexagonal WO3 Framework Obtained from Ammonium Paratun,電気化学および工業物理化学,日本,1998年12月,Vol. 66, No. 12,1230-1233
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 41/02
H01M 4/00- 4/62
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下であり、一次粒子の短径方向の表面または断面における結晶欠陥が単位面積9nmあたり0個以上4個以下であり、結晶構造の50質量%以上が単斜晶に属する、酸化タングステン粉末。
【請求項2】
長径に沿ってヘキサゴナルトンネル構造を有する、請求項1記載の酸化タングステン粉末。
【請求項3】
酸素欠損を有している、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末。
【請求項4】
光触媒用材料、エレクトロクロミック用材料、電池用電極材料からなる群より選択される1種に用いる、請求項1ないし請求項のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末。
【請求項5】
タングステン酸を10wt%以上90wt%以下含有するタングステン酸水溶液を用意する工程と、
前記タングステン酸水溶液に、アルカリ系水溶液を混合し、得られるアルカリ混合水溶液のpHを8以上11以下に調整する工程と、
前記アルカリ混合水溶液に、酸性水溶液を混合し、得られる酸混合水溶液のpHを5.0以上7.4以下に調整する工程と、
前記酸混合水溶液中に、タングステン酸塩の結晶を析出させる工程と、
前記結晶を乾燥させる工程と、
乾燥後の前記結晶を酸素含有雰囲気中で焼成する工程、
を有する、結晶構造の50質量%以上が単斜晶に属する酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項6】
前記タングステン酸水溶液は、タングステン酸の含有量が40wt%以上である、請求項記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項7】
前記アルカリ系水溶液は、アミン系水溶液および水酸化物系水溶液からなる群より選択される1種である、請求項ないし請求項のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項8】
前記アルカリ混合水溶液のpHを調整する工程は、前記アルカリ混合水溶液を攪拌する工程を有する、請求項ないし請求項のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項9】
前記酸混合水溶液のpHを調整する工程は、前記酸混合水溶液を攪拌する工程を有する、請求項ないし請求項のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項10】
前記酸素含有雰囲気中で焼成する工程は、焼成温度300℃以上450℃以下である、請求項ないし請求項のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項11】
得られた酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径10μm以下、アスペクト比10以下である、請求項ないし請求項10のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【請求項12】
得られた酸化タングステン粉末には粉砕工程を行っていない、請求項ないし請求項11のいずれか1項に記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
後述する実施形態は、酸化タングステン粉末および酸化タングステン粉末の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化タングステン粉末は、電池用電極材料、光触媒、センサー、エレクトロクロミック素子など様々なものに使われている。例えば、国際公開第2016/039157号公報(特許文献1)では、ホッピング伝導特性を付与させることにより性能を向上させている。また、国際公開第2018/199020号公報(特許文献2)では、分光エリプソメトリー法を用いて性能を向上させている。
【0003】
特許文献1および特許文献2の酸化タングステン粉末は平均粒径50nm以下の微細な粉末を用いている。微細な粉末の製造方法としては、プラズマ炎を用いた昇華工程が使われている。プラズマ炎は数1000℃の高温となる。また、特許文献1では、欠陥の無い酸化タングステン粉末を作製するために、昇華工程後の酸化タングステン粉末に酸素含有雰囲気中で熱処理を施している。
【0004】
昇華工程を使った酸化タングステン粉末は、粒径の小さい粉末の製造に適している。その一方で熱処理を繰り返すことから、粒成長が起き安かった。粒成長が起きるとアスペクト比が10以上の大きな粉末になっていた。アスペクト比が10以上になると、粉末が折れ易かった。折れた面には結晶欠陥が形成されていた。結晶欠陥が形成されると、インターカレーション能力に悪影響があった。
【0005】
インターカレーションとは、層状構造を有する物質の隙間に他の物質を挿入することを示す。インターカレーションとは可逆反応を有している。酸化タングステン粉末にインターカレーション能力を付与することにより、Liイオンを可逆的に出し入れできる。この性能を利用して、電極材料など様々な分野に適用できている。
【0006】
特許文献2には、液相合成法が開示されている。液相合成法は、pHを調製した水溶液を用いた湿式合成法である。湿式であるから、プラズマ炎のような高温下にはさらされない。そのため、アスペクト比が5以下の粉末が得られていた。しかしながら、特許文献2の液相合成で得られた酸化タングステン粉末には結晶欠陥が多く形成されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2016/039157号公報
【文献】国際公開第2018/199020号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のように従来の酸化タングステン粉末には結晶欠陥が形成され易かった。結晶欠陥が多いとインターカレーション性能を低下させる原因となっていた。本発明は、このような課題に対応ためのものであり、結晶欠陥の少ない酸化タングステン粉末を提供するためのものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下であり、一次粒子の短径方向の表面または断面には結晶欠陥が単位面積9nmあたり0個以上4個以下であり、酸化タングステン粉末の50質量%以上の結晶構造が単斜晶に属することを特徴とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、実施形態にかかる酸化タングステン粉末の一例を示す図である。
図2図2は、実施形態にかかる酸化タングステン粉末の他の一例を示す図である。
図3図3は、蓄電デバイスの概念図である。
図4図4は、酸化タングステン粉末の短径方向の表面の走査型透過電子顕微鏡(STEM)観察画像の一例を表す概略図である。
図5図5は、酸化タングステン粉末の短径方向の表面のSTEM観察画像の他の例を表す概略図である。
図6図6は、STEMによる酸化タングステン粉末の長径方向を含む表面の観察画像を表す概略図である。
【実施形態】
【0011】
実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下であり、一次粒子の短径方向の表面または断面には結晶欠陥が単位面積9nmあたり0個以上4個以下であることを特徴とするものである。
【0012】
図1図2に実施形態にかかる酸化タングステン粉末の一例を示した。図中、1は酸化タングステン粉末、2は短径方向の表面、Lは長径、Tは短径、である。図1は、円柱形状、図2は楕円形状を例示したものである。実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、円柱形状、楕円形状に限られるものではない。例えば、これ以外の形状としては鱗片状の平板が挙げられる。また、石状(輪郭がゆがんだ楕円)などが挙げられる。
【0013】
酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下である。酸化タングステン粉末の長径、短径の測定はSEM(走査型電子顕微鏡)写真を使って行うものとする。3000倍以上に拡大したSEM写真を使うものとする。SEM写真に写る酸化タングステン粉末の最も長い対角線を長径とする。長径の中点から垂直に延ばした幅を短径とする。一次粒子である酸化タングステン粉末の長径、短径を求める。この作業を100粒分行い、長径の平均値を長径の平均粒径とする。また、長径/短径の算出を100粒分行い、その平均値を平均アスペクト比とする。
【0014】
実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径が10μm以下である。長径の平均粒径が10μmを超えて大きいと、粒子サイズにばらつきが生じる。粒子サイズにばらつきが生じると、電極層などにする際に充填密度を制御するのが難しくなる可能性がある。このため、長径の平均粒径は10μm以下であり、5μm以下が好ましく、さらには3μm以下がより好ましい。なお、長径の平均粒径の下限値は特に限定されるものではないが、0.01μm以上が好ましい。0.01μm未満であると、後述する液相合成法で製造するのが困難となる。
【0015】
また、平均アスペクト比は10以下である。アスペクト比が10を超えて大きいと、酸化タングステン粉末が折れ易くなる。酸化タングステン粉末が折れると、破断面に結晶欠陥が形成され易くなる。このため、平均アスペクト比は7以下、さらには5以下が好ましい。また、すべての酸化タングステン粉末のアスペクト比が10以下であることが好ましい。また、アスペクト比の下限値は1となる。また、アスペクト比は1.5以上が好ましい。アスペクト比が1.5以上であると、後述するように長径に沿ったヘキサゴナルトンネル構造を付与し易くなる。
【0016】
また、酸化タングステン粉末は、一次粒子の短径方向の表面または断面には結晶欠陥が単位面積9nmあたり0個以上4個以下である。一次粒子とは粉末一粒を示す。二次粒子とは、一次粒子が凝集した状態を示す。
【0017】
一次粒子の短径方向の表面とは、短径方向を示す面の表面である。図1のような円柱形状であると、底面になる部分が短径方向の表面となる。また、図2のような楕円形状であると、短径方向から見たR面が短径方向の表面となる。
【0018】
実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、一次粒子の短径方向の表面または断面には結晶欠陥が単位面積9nmあたり0個以上4個以下である。結晶欠陥とは格子欠陥のことであり、原子の不規則な乱れを示す。結晶欠陥はSTEM(走査型透過電子顕微鏡)により観察することができる。短径方向の表面をSTEM観察したとき、規則的な結晶格子が観察される。結晶欠陥が存在すると、規則性が崩れた結晶格子が観察される。また、STEMによる観察は測定視野3nm×3nmで行うものとする。実施形態にかかる酸化タングステン粉末では、短径方向の表面または断面のどこを測定したとしても、単位面積9nmあたり結晶欠陥は0個以上4個以下である。なお、簡易的には、酸化タングステン粉末の短径方向の表面の単位面積9nmを3か所、例えば任意に粉末3粒を選択し測定すればよいものとする。また、規則的な結晶格子であると、STEM観察画像において穴が規則的に並んでいる(等間隔に配列している)ことが観察される。結晶欠陥があると、穴が無い箇所があり、規則的に配列しない箇所ができる。
【0019】
STEM観察画像にて観察される穴は、例えば、後述するヘキサゴナルトンネルであり得る。
【0020】
STEM観察画像において穴が観察されない場合でも、画像コントラストの規則性に基づいて結晶欠陥の有無を判断できる。白黒コントラストが不規則な箇所に結晶欠陥があると判断する。
【0021】
ある方向にライン状につながった一列の結晶欠陥が観察されることがある。そのように同じ方向につながった欠陥は、一つの結晶欠陥として数える。
【0022】
短径方向の表面が平面になっていないときは、酸化タングステン粉末の短径方向の断面を測定してもよいものとする。また、一次粒子の短径方向の表面または断面のいずれか一方の結晶欠陥を観察すればよいものとする。
【0023】
また、STEMによる測定は、粉末を分散法により薄膜化した試料を、収差補正機能付走査型透過電子顕微鏡(Cs-corrected STEM)にて加速電圧200Vで観察するものとする。
【0024】
結晶欠陥は原子の不規則な乱れである。酸化タングステン粉末は表面から金属イオンをインターカレーションする。表面に結晶欠陥があると、インターカレーション性能が低下する。このため、短径方向の表面には結晶欠陥が単位面積9nmあたり4個以下、さらには2個以下が好ましい。最も好ましくは結晶欠陥が無い状態(0個)である。また、長径方向表面における結晶欠陥が9nmあたり1個以下(ゼロを含む)であることが好ましい。長径方向表面には、結晶欠陥が無いことがより好ましい。また、長径方向の欠陥の有無は、単位面積9nmを任意の1か所調べればよいものとする。
【0025】
また、酸化タングステン粉末は、長径に沿ってヘキサゴナルトンネル構造を有することが好ましい。長径に沿ってヘキサゴナルトンネル構造を有するとは、長径方向にヘキサゴナルトンネル構造が端から端までつながっている状態を示す。ヘキサゴナルトンネル構造を有することにより、結晶欠陥の有無を観察し易くなる。ヘキサゴナルトンネル構造を有すると、穴が観察される。この穴はヘキサゴナルトンネル構造である。ヘキサゴナルトンネル構造を有することにより、金属イオンの通り道を直線的にすることができる。これにより、インターカレーション性能を向上させることができる。また、結晶欠陥を少なくすることにより、長径に沿ったトンネル構造を形成することができる。
【0026】
また、ヘキサゴナルトンネル構造の測定は、STEMにて行うことができる。粉末を分散法により薄膜化した試料を、収差補正機能付走査型透過電子顕微鏡(Cs-corrected STEM)にて加速電圧200Vで観察することにより、ヘキサゴナルトンネルが長径に沿って直線的に存在することが分かる。また、簡易的には、酸化タングステン粉末の両端と中間を測定すればよいものとする。
【0027】
実施形態に係る酸化タングステン粉末のSTEM測定の例を、図4図6に概略的に示す。図中、1は酸化タングステン粉末、2は短径方向の表面、3はヘキサゴナルトンネル、4は結晶欠陥によりヘキサゴナルトンネルが塞がっている領域または結晶欠陥によりヘキサゴナルトンネルが形成されなかった領域、5はヘキサゴナルトンネルが位置ずれして生じた結晶欠陥、6は結晶欠陥、7は同一方向にライン状につながった一群の結晶欠陥、8は複数の結晶欠陥が含まれている領域、である。図4は、結晶欠陥がない(数がゼロである)短径方向表面の観察画像を概略的に示したものである。図5は、結晶欠陥を含んだ短径方向表面の観察画像を概略的に示したものである。図6は、複数の結晶欠陥を含む長径方向表面を含んだ観察画像を概略的に示したものである。
【0028】
図4では、酸化タングステン粉末1の短径方向の表面2において、ヘキサゴナルトンネル3が規則的に配置されており、結晶欠陥がないことが見られる。
【0029】
図5では、ヘキサゴナルトンネル3の配列が不規則になっている箇所が見られ、そこに結晶欠陥がある。具体的には、一方では領域4にヘキサゴナルトンネルがないため、該領域4を挟んで配置されているヘキサゴナルトンネル3の間の距離が遠くなっている。言い換えると、領域4では、他のヘキサゴナルトンネル3の配列パターンから予想される2つの位置にて結晶欠陥によってヘキサゴナルトンネルが塞がっている。他方、他のヘキサゴナルトンネル3の配列パターンに従わないヘキサゴナルトンネル(結晶欠陥5)が生じている。結晶欠陥5によって、他のヘキサゴナルトンネル3に近い位置にヘキサゴナルトンネルが設けられている。図5に示す観察画像には、計3つの結晶欠陥が含まれている。
【0030】
図6には、複数の結晶欠陥6を示し、その一部が互いに隣接している。1つの方向に沿ってライン状につながっている一群の結晶欠陥7は、STEM観察において1つの結晶欠陥として数える。領域8には、8つの結晶欠陥が含まれている。
【0031】
また、酸化タングステン粉末は酸素欠損を有していることが好ましい。酸素欠損を設けると抵抗値を下げることができる。実施形態にかかる酸化タングステン粉末は、光触媒用材料、エレクトロクロミック用材料、電池用電極材料など様々な分野に使用することができる。
【0032】
電池用電極材料は、酸素欠損を設けることにより抵抗値を下げることができる。酸素欠損を設ける場合は、WO3-x、0.1≦x≦0.3の範囲内であることが好ましい。x値は0.1より小さいと酸素欠損を設ける効果が小さい。x値が0.3より大きいと、酸素欠損が多くなりすぎて、性能が低下する。酸化タングステン粉末の抵抗値を下げることにより、電極層にしたときの内部抵抗を下げることができる。
【0033】
また、酸素欠損量の測定は、KMnO溶液を用いて低電荷のW(W4+、W5+)イオンを全て酸化しW6+にするのに要したKMnO量を化学分析で定量することで行うものとする。この分析により、WO3-xに置き換え、x値を求めることができる。このx値が0を超えると、酸素欠損を有すると判断する。言い換えると、x値が0の場合は酸素欠損が無いものと判断する。
【0034】
なお、前述のように結晶欠陥があると穴の配列に乱れが生じる。結晶欠陥と酸素欠陥は区別できる。
【0035】
X線回折(XRD)法にて分析することによっても、結晶欠陥と酸素欠陥(酸素欠損)との区別が可能である。試料を測定して得られたXRDピークを、WOのXRDピークと比較すればよい。WOのXRDピークの実測値の代わりに、PDF(Powder Diffraction File)カードを用いてもよい。結晶欠陥だとピークがブロードになる。酸素欠陥だとピークがシフトする。
【0036】
XRDの測定条件は、Cuターゲット、管電圧40kV、管電流40mA、操作軸2θ/θ、走査範囲(2θ)10°~50°、走査スピード0.1°/秒、ステップ幅0.01°にて行うものとする。また、測定試料の量は0.1g以上とする。
【0037】
また、光触媒は、酸化タングステン粉末に光が照射されると、光を吸収して電子と正孔を形成する。それらは空気中の水分に反応し、活性酸素や水酸ラジカルに変化し、光触媒性能を発生させることができる。光触媒性能を発揮すると、臭い成分等を分解することができる。光触媒は光を吸収して電子と正孔を発生させるため、酸素欠損は設けなくても良い。
【0038】
また、エレクトロクロミック素子は、電荷を光物性に可逆変化が起きる素子である。電子図書やディスプレイなどの表示装置に使われている。光物性の可逆反応性に優れているため、高速で白黒反転(表示の切り替え)が可能となる。また、酸素欠損を設けることにより、低抵抗で白黒反転させることもできる。
【0039】
また、エレクトロクロミック素子の一種にプロトンインターカレーション素子がある。プロトンインターカレーション素子は、酸化タングステン粉末と陽イオンまたは陰イオンを反応させて充電または着色する機能を有するものである。イオンとの反応はインターカレーション性能が寄与する。この性能を利用して、窓ガラスに適用することが試みられている。窓ガラスに薄膜を設け電圧を印加すると、可視光または赤外線を吸収して薄膜が着色される。これにより、可視光または赤外線を遮断することができる。窓ガラスは、車両、航空機、建物など様々なところに使われている。例えば、自動車は日中、放置しておくと車内は高温になる。建物内も同様であり、近年は熱中症が社会問題となっている。酸化タングステン粉末は可視光と赤外線の両方を吸収する性能を有している。酸化タングステン粉末を含有した薄膜をプロトンインターカレーション素子に用いると、可視光および赤外線を吸収することができる。また、酸素欠損を設けることにより、低抵抗で光物性の可逆反応を起こすことができる。これにより、低抵抗で光の遮断ができる薄膜を提供することができる。
【0040】
また、電池用電極材料としても有効である。電池は、Liイオン2次電池、キャパシタ、コンデンサ、蓄電デバイスなどが挙げられる。電池は、イオン(または電子)を取り込んだり放出したりすることにより、充放電を行うことができる。インターカレーション性能を向上させることにより、充放電時のイオンの取り込み・放出をスムーズに行うことができる。これにより、電池の性能向上を成しえることができる。
【0041】
また、インターカレーション性能を活かすことにより、センサーとして用いることもできる。
【0042】
また、酸化タングステン粉末は、単斜晶を主成分とすることが好ましい。酸化タングステン(WO)は、単斜晶、斜方晶、正方晶、三斜晶、六方晶のいずれかの結晶構造を有する。WOは、17℃~330℃の範囲では単斜晶で安定する。前述の電池用電極材料、光触媒用材料、エレクトロクロミック用材料は、概ね常温で使用される。単斜晶を主成分とすることにより、安定した性能を維持することができる。
【0043】
単斜晶を主成分とする酸化タングステン粉末では、50質量%以上の結晶構造が単斜晶に属する。
【0044】
単斜晶が主成分であるかはXRD分析で測定できる。単斜晶が主成分であれば24.4°付近にピークが検出される。なお、XRDの測定条件は、Cuターゲット、管電圧40kV、管電流40mA、操作軸2θ/θ、走査範囲(2θ)10°~50°、走査スピード0.1°/秒、ステップ幅0.01°にて行うものとする。また、測定試料の量は0.1g以上とする。
【0045】
また、24.4°のピークはPDFカードに記載されている単斜晶の代表的なピークである。つまり、単斜晶を主成分とするとは、酸化タングステン粉末の集合体(酸化タングステン粉末群)の50質量%以上100質量%以下が単斜晶を具備していることを示す。
【0046】
このため、光触媒用材料、エレクトロクロミック用材料、電池用電極材料のいずれか1種に用いることができる。
【0047】
例えば、光触媒用材料に用いると、分解性能を向上させることができる。また、エレクトロクロミック用材料に用いると、白黒反転速度および耐久性を向上させることができる。また、電池用電極材料に用いると、パワー密度、エネルギー密度、容量維持率が向上する。
【0048】
これらの中では、蓄電デバイスに用いることが好適である。蓄電デバイスとは、負極電極と正極電極が非導電性層を介して対向し、例えば、電解液を用いたもので、酸化還元反応やイオンの吸着・脱離によって電荷を蓄え(充電)る反応、放出(放電)する反応を繰り返し可能なデバイスである。
【0049】
インターカレーション性能を向上させることにより、電荷を蓄える反応および放出する反応をスムーズに行うことができる。これにより、電池のパワー密度およびエネルギー密度を向上させることができる。また、結晶欠陥を抑制しているため耐久性も向上する。このため、容量維持率も向上させることができる。
【0050】
図3に蓄電デバイスの構成を示す概念図を示した。図中、10は蓄電デバイス、11は負極側電極層、12は負極層、13はセパレータ層、14は正極層、15は正極側電極層、である。図3は、セル部分の構造を示したものである。
【0051】
負極側電極層11および正極側電極層15は導電性を有する材料から形成されている。導電性を有する材料としては、アルミニウム、銅、ステンレス、白金、ITO、IZO、FTO、SnO、InOなどが挙げられる。また、厚さ5μm以上50μm以下の範囲内が好ましい。
【0052】
また、負極層12または正極層14のいずれか一方には実施形態にかかる酸化タングステン粉末を用いることが好ましい。また、実施形態にかかる酸化タングステン粉末は負極層12に用いることが好ましい。また、負極層12は実施形態にかかる酸化タングステン粉末を50質量%100質量%以下含有することが好ましい。また、負極層12では空隙率が10体積%以上60体積%以下であることが好ましい。
【0053】
また、正極層14には、LiCoO、LiMnO、LiNiOなどのLi複合酸化物を用いることが好ましい。Li対極基準で電位が卑なものが負極、貴なものが正極になる。前述の正極層との組合せでは、実施形態にかかる電極層は負極層になる。前記Li複合酸化物は正極活物質として汎用的なものである。言い換えると、負極層を実施形態のものに変えることによって蓄電デバイスとしての性能を付与することができるのである。
【0054】
また、セパレータ層13は、負極層12と正極層14との間に一定の間隔を設けるためのものである。セパレータ層13としては、ポリエチレン多孔質層、ポリプロピレン多孔質層などの多孔質層が挙げられる。セパレータ層13には、Liイオンを含む電解液を含浸する。電解液には、有機溶媒やイオン液体などが適用できる。有機溶媒は、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ジメチルカーボネート(DMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ガンマブチロラクトン(γ-BL)、バレロラクトン(VL)およびこれらの混合溶媒が挙げられる。また、電解質としては、LiPF、LiBF、LiClO、LiCFSOおよびこれら混合電解質が挙げられる。
【0055】
次に実施形態にかかる酸化タングステン粉末の製造方法について説明する。実施形態にかかる酸化タングステン粉末は上記構成を有していれば、その製造方法は特に限定されるものではないが、歩留りよく得るための方法として次のものが挙げられる。
【0056】
実施形態にかかる酸化タングステン粉末の製造方法は、タングステン酸を10wt%以上90wt%以下含有するタングステン酸水溶液を用意する工程と、前記タングステン酸水溶液に、アルカリ系水溶液を混合し、アルカリ混合水溶液のpHを8以上11以下に調整する工程と、前記アルカリ混合水溶液に、酸性水溶液を混合し、酸混合水溶液のpHを5.0以上7.4以下に調整する工程と、前記酸混合水溶液中に、タングステン酸塩の結晶を析出させる工程と、前記結晶を乾燥させる工程と、前記乾燥後の結晶を酸素含有雰囲気中で焼成する工程、を有することを特徴とするものである。
【0057】
まず、タングステン酸を10wt%以上90wt%以下含有するタングステン酸水溶液を用意する工程を行う。タングステン酸はHWOで示されるものである。また、水は純水を用いるものとする。純水はJIS-K-0557で示されるA1~A4グレードのものである。タングステン酸10wt%~90wt%と水を混合し、タングステン酸水溶液とする。タングステン酸が10wt%未満であると、一度に得られる酸化タングステン粉末の量が少なくなる。タングステン酸が90wt%を超えると、水溶液中に均一に分散し難くなる。水溶液中に均一に分散していないと、後工程での反応が不均一になり歩留りが低下する。このため、タングステン酸の含有量は10wt%以上90wt%以下、さらには40wt%以上80wt%以下が好ましい。タングステン酸の含有量を40wt%以上にすることにより、収率が向上する。タングステン酸の割合を増やすことにより、後述の反応が活発になるためである。
【0058】
次に、タングステン酸水溶液に、アルカリ系水溶液を混合し、アルカリ混合水溶液のpHを8以上11以下に調整する工程を行うものとする。アルカリ混合水溶液とは、前述のタングステン酸水溶液とアルカリ系水溶液を混合したものである。pHを8~11の範囲内にすることにより、タングステン酸とアルカリ系化合物の反応物を形成することができる。タングステン酸とアルカリ系化合物の反応物は水溶性である。このため、水溶液の中で均一に形成させることができる。pHが8未満であると、反応物の形成が不十分である。また、pHが11を超えると、アルカリ系水溶液の使用量が増加する。アルカリ系水溶液が増えると安全上の取り扱いを気を付ける必要がある。このため、アルカリ混合水溶液のpHは8以上11以下、さらには9.5以上10.5以下が好ましい。
【0059】
pHの確認は、pHメーターを用いた測定により行うものとする。タングステン酸水溶液にpHメーターを浸漬させながら、アルカリ系水溶液を混合していくことが好ましい。
【0060】
また、アルカリ系水溶液は、アミン系水溶液、水酸化物系水溶液から選ばれる1種であることが好ましい。
【0061】
また、アミンは、アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミンから選ばれる1種が好ましい。これらはタングステン酸アミンを形成することができる。
【0062】
また、水酸化物は、水酸化ナトリウム(NaOH)、水酸化カリウム(KOH)、重曹から選ばれる1種が好ましい。これらはタングステン酸水酸化物を形成することができる。アンモニアはタングステン酸との反応物としてタングステン酸アンモニウムを形成することができる。また、アンモニア(NH)は水に溶け易く、アンモニア系水溶液を作り易い。
【0063】
また、アミン系水溶液、水酸化物系水溶液、の中ではアンモニア系水溶液が好ましい。アンモニアが最も水に溶け易く、安価である。
【0064】
上記工程では、タングステン酸水溶液にアルカリ系水溶液または水酸化物系水溶液を混合することによりアルカリ混合水溶液を調製している。この工程に代えて、タングステン酸アミンまたはタングステン酸水酸化物を原料にしてもよいものとする。タングステン酸アミンまたはタングステン酸水酸化物を原料とする場合も、pH8以上11以下のアルカリ混合水溶液を調製するものとする。
【0065】
次に、アルカリ混合水溶液に、酸性水溶液を混合し、酸混合水溶液のpHを5.0以上7.4以下に調整する工程を行うものとする。酸混合水溶液は、アルカリ混合水溶液と酸性水溶液を混合したものである。pHを5.0~7.4の範囲内にすることにより、タングステン酸アルカリ化合物の結晶を析出させることができる。水溶液中で結晶を析出させるので、一次粒子として得ることができる。
【0066】
pHが5.0より低いと、粒径が小さくなりすぎてアスペクト比の制御が困難となる可能性がある。また、pHが7.4より大きいと、タングステン酸アルカリ化合物の形成が不十分となる可能性がある。このため、酸混合水溶液のpHを5.0以上7.4以下、さらには6.0以上7.2以下が好ましい。
【0067】
アルカリ混合水溶液にpHメーターを浸漬させながら、酸性水溶液を混合していくことが好ましい。
【0068】
また、酸性水溶液は、塩酸(HCl)、クエン酸、硫酸(HSO)、硝酸(HNO)から選ばれる1種を含む水溶液が挙げられる。これらの酸は水に溶けるので酸性水溶液を調整し易い。
【0069】
また、酸性水溶液は、濃度5~45質量%の範囲内であることが好ましい。濃度が5質量%未満であると酸成分の量が少なくなる。このため、pH調整のための酸性水溶液の量が多くなる。また、濃度が45質量%を超えると、酸性が強くなり過ぎて安全上の取り扱い性が悪くなる。
【0070】
また、アルカリ混合水溶液または酸混合水溶液のpH調整は、攪拌しながら行うことが好ましい。攪拌することにより、各水溶液を均一に混合させることができる。均一に混合させることにより、得られるタングステン酸アルカリ化合物結晶の粒径をそろえることができる。また、一次粒子が凝集して二次粒子となるのを防ぐことができる。攪拌時間は30分以上行うことが好ましい。なお、攪拌時間の上限は特に限定されるものではないが40時間以下が好ましい。40時間を超えて長いとそれ以上の効果が得られない可能性がある。そのため、攪拌時間は、30分以上40時間以下、1時間以上30時間が好ましく、さらには10時間以上30時間以下がより好ましい。
【0071】
攪拌時間が短いほど、粒径を小さくすることができる。例えば、攪拌時間が5時間以下であれば、長径の平均粒径を3μm以下にすることができる。攪拌時間を6時間以上にすると、長径の平均粒径を3μm以上にすることができる。
【0072】
攪拌時間は関しては目的とする粒径に合わせて決めるものとする。例えば、光触媒やエレクトロクロミック用の材料として用いる場合は、粒径は3μm以下と小さい方が好ましい。電池用電極材料に用いる場合は3μm以上であってもよい。一般的に攪拌時間が短いと収率は低下する。
【0073】
また、phの測定はpHメーターを用いて行うものとする。アルカリ混合水溶液にpHメーターを浸漬させながら、酸混合水溶液を混合していくことが好ましい。
【0074】
次に、前記結晶を乾燥させる工程を行うものとする。前述のように、結晶の析出は水溶液中で行われる。水分を蒸発させるために乾燥工程を行うものとする。乾燥工程は、80℃以上200℃以下の範囲に加熱することが好ましい。80℃未満では水分を蒸発させるのに時間がかかる。また、200℃を超えると、粒成長が発生する可能性がある。また、結晶が雰囲気と反応してしまう可能性がある。このため、乾燥工程は80℃以上250℃以下、さらには80℃以上200℃以下が好ましく、それよりさらに100℃以上180℃以下が好ましい。また、前述の温度であれば乾燥工程は大気中であってもよい。
【0075】
また、乾燥工程を行う前に、得られた結晶をろ過、水洗することが好ましい。ろ過することにより、不純物を取り除くことができる。また、目的とするサイズ以上の粒径を有する結晶を取り除くことができる。ろ紙は目開きが1μm~15μmのものを用いることが好ましく、目開き1μm~10μmのものを用いることがより好ましい。また、ろ過は複数回行ってもよい。ろ紙の目開きを変えて、複数回ろ過することにより、目的のサイズの範囲内の結晶だけを取り出すことができる。
【0076】
また、水洗についても、不純物を取り除くことができる。また、結晶として析出しなかった成分を取り除くこともできる。結晶を析出する工程を水溶液で行っているため、水洗工程は有効である。また、水洗工程は純水を使って行うことが好ましい。また、水洗工程を複数回行うことも有効である。また、ろ過工程と水洗工程を両方行うことも有効である。また、ろ過工程と水洗工程を交互に行うことも有効である。ろ過工程の間に水洗工程を行うことにより、不純物除去と粒径制御を効率的に行うことができる。
【0077】
また、粒径を調整するためにタングステン酸アルカリ化合物の結晶を粉砕処理してもよいものとする。なお、目開きの異なるろ紙を使って、粒径の上限下限を調整した場合、粉砕工程は不要である。また、酸混合水溶液の調整工程で攪拌処理を行ったものは粒径のばらつきが低減されるので粉砕工程は行わなくてもよい。
【0078】
また、粒径の上限を調整する際のろ紙の目開きは目的とする粒径より3μm~5μm程度大きいものを用いることが好ましい。ろ紙は縦糸と横糸を編んだ構造となっている。このため、目開きは四角い形状である。四角い穴に細長い粒子を通す場合は、少し大きめの穴の方が好ましい。サイズが近いと目詰まりを起こし易くなる。なお、目開きのことをメッシュとも言う。
【0079】
上記条件で製造することで、長径の平均粒径が10μm以下で平均アスペクト比が10以下であるタングステン酸アルカリ化合物結晶を得ることができる。
【0080】
次に、乾燥した結晶を酸素含有雰囲気中で焼成する工程を行うものとする。酸素含有雰囲気としては、大気が挙げられる。また、酸素を含有した不活性雰囲気であってもよい。不活性雰囲気としては、窒素、アルゴンなどが挙げられる。また、焼成温度は300℃以上800℃以下、さらには300℃以上450℃以下が好ましく、またさらには300℃以上430℃以下が好ましい。また、焼成時間は20分以上2時間以下が好ましい。
【0081】
焼成温度が500℃を超えて高いと、ヘキサゴナルトンネルが形成され難くなる。
【0082】
焼成工程を行うことにより、タングステン酸アルカリ化合物の結晶を酸化タングステン結晶にすることができる。結晶をそのまま酸化タングステン結晶にするので、粒径のばらつきを低減できる。また、結晶欠陥の発生も抑制できる。結晶欠陥は、タングステン酸アルカリ化合物の結晶を酸化タングステン結晶にするときの反応が不均一であると形成される。また、粒成長が起き過ぎても結晶欠陥が生じる可能性がある。また、酸化タングステン結晶に物理的な応力を負荷することによっても、結晶欠陥は形成される。例えば、細長い結晶を粉砕すると粉砕面には結晶欠陥が形成され易い。
【0083】
上記のように実施形態にかかる酸化タングステン粉末の製造方法は、水溶液を使った合成法である。水溶液中で反応させる合成法は、液相合成法と呼ばれている。特許文献1のように、プラズマ炎を使ったものでは高温下にさらされるため粒成長が起き易い。粒成長がおきるとアスペクト比が10以上のものも形成され易い。また、プラズマ炎は内側と外側で温度が異なっている。この点からも粒径のばらつきが大きくなっていた。また、アスペクト比の大きな粉末は折れてしまうことが多かった。折れた破断面には結晶欠陥が形成されていた。実施形態にかかる酸化タングステン粉末の製造方法は、アスペクト比が10以下、さらには5以下の酸化タングステン粉末を得ることができる。このため、粉末が折れることを抑制できるため、破断面が形成され難い。
【0084】
また、酸素欠損を設ける場合は、酸化タングステン粉末を、不活性雰囲気中または還元性雰囲気中で熱処理することが好ましい。不活性雰囲気としては、窒素ガス、アルゴンガスが挙げられる。また、還元性雰囲気としては、水素含有雰囲気が挙げられる。
【0085】
酸素欠損を設けるための熱処理温度は530℃以上900℃以下が好ましい。また、熱処理時間は1分以上60分以下が好ましい。温度が低かったり、時間が短いと酸素欠損量が不足する。また、温度が高かったり、時間が長いと粒成長が起きてしまう。粒成長が起きるとアスペクト比が大きくなる可能性がある。このため、酸素欠損を設けるための熱処理は、熱処理温度530℃以上900℃以下、さらには600℃以上850℃以下が好ましい。また、熱処理時間は1分以上が好ましい。なお、熱処理時間の上限は特に限定されるものではないが、240分以下が好ましい。240分を超えて長いと酸素欠損量が多くなりすぎる可能性がある。このため、熱処理時間は、1分以上240分以下、さらには1分以上60分以下が好ましい。
【0086】
なお、酸素欠損を設ける熱処理を施すと酸化タングステン粉末が粒成長することがある。従って、酸素欠損を設ける際は、熱処理後であっても酸化タングステン粉末の長径の平均粒径が10μm以下、且つ平均アスペクト比が10以下を満たすよう、熱処理条件に留意する。
【0087】
(実施例)
(実施例1~12、比較例1~3)
タングステン酸水溶液、アルカリ系水溶液、酸性水溶液として表1に示すものを用意した。
【0088】
実施例1~6、実施例9~12および比較例1~2のアルカリ系水溶液はアンモニア水(アンモニア含有量28wt%)のものとした。また、実施例1~6、実施例9~12および比較例1~2の酸性水溶液は、塩酸(HCl)が35wt%のものとした。また、実施例7ではアルカリ系水溶液としてメチルアミン水溶液(メチルアミン含有量40wt%)を用い、酸性水溶液は塩酸が35wt%のものとした。また、実施例8ではアルカリ系水溶液としてアンモニア水(アンモニア含有量28wt%)を用い、酸性水溶液はクエン酸水溶液(クエン酸含有量30wt%)のものとした。また、いずれも水は純水を用いた。
【0089】
タングステン酸水溶液とアルカリ系水溶液を混合して、アルカリ混合水溶液を調整した。また、アルカリ混合水溶液と酸性水溶液を混合して、酸混合水溶液を調整した。それぞれの条件は表1に示したとおりである。なお、pHの測定は、pHメーターを用いて行ったものである。
【0090】
pHの調整は、アルカリ系水溶液または酸性水溶液の添加量を変えることで行った。
【0091】
【表1】
【0092】
実施例1および比較例1の酸混合水溶液の調整工程は攪拌せずに15時間放置したものである。また、比較例1はタングステン酸水溶液中のタングステン酸の量が少ないものである。また、比較例2は酸混合水溶液のpHを低くしたものである。
【0093】
実施例および比較例にかかる各々の酸混合水溶液では、タングステン酸アンモニウムの結晶が析出していることが確認された。
【0094】
次に、各酸混合水溶液を用い、ろ過工程および水洗工程を行った。水洗工程は純水を用いた。また、その条件は表2に示した通りである。また、ろ過工程を行わなかった実施例1および比較例1では粉砕工程を行った。
【0095】
【表2】
【0096】
次に、乾燥工程および焼成工程を行った。乾燥工程および焼成工程は、いずれも大気中で行った。その条件は表3に示した通りである。
【0097】
なお、実施例12では乾燥工程を行わずに、焼成工程の温度を高くした。
【0098】
【表3】
【0099】
上記工程により酸化タングステン粉末を得ることができた。次に、各実施例および各比較例にかかる酸化タングステン粉末の長径の平均粒径、アスペクト比を測定した。長径およびアスペクト比の測定には、各酸化タングステン粉末をSEM観察した。3000倍に拡大したSEM写真を用いた。SEM写真に写る酸化タングステン粉末の長径、短径を測定した。長径は最も長い対角線とした。長径の中点から垂直に伸ばした長さを短径とした。また、アスペクト比は“長径/短径”にて求めた。この作業を100粒行った。その平均値を長径の平均粒径、平均アスペクト比とした。また、最小値は100粒の中で最も小さな値である。また、最大値は100粒の中で最も大きな値である。
【0100】
また、各製造方法の収率も求めた。収率は、用いたタングステン酸がすべて酸化タングステン粉末になったときを100%とした。得られた酸化タングステン粉末の質量を測定し、その比率で収率を求めた。
【0101】
その結果を表4に示した。
【0102】
【表4】
【0103】
次に、各酸化タングステン粉末の短径方向の表面の結晶欠陥の有無、及び長径に沿ったヘキサゴナルトンネル構造の有無を測定した。
【0104】
結晶欠陥およびヘキサゴナルトンネル構造は、粉末を分散法により薄膜化した試料を、収差補正機能付走査型透過電子顕微鏡(Cs-corrected STEM)にて加速電圧200Vで観察した。
【0105】
一次粒子の短径方向の表面または断面の結晶欠陥の有無は単位面積3nm×3nmあたりの結晶欠陥の個数を求めた。短径方向表面の任意の単位面積3nm×3nmを3か所測定し、その中で最も大きな値を示した。
【0106】
また、ヘキサゴナルトンネル構造については、長径の両端部とその中心部にヘキサゴナルトンネルが観測されたものは、長径に沿ったヘキサゴナルトンネル構造が有るとした。その結果を表5に示した。
【0107】
また、長径側表面の結晶欠陥の有無は、長径側側面の任意の単位面積3nm×3nmをSTEM観察することで判断した。
【0108】
また、比較例3として、プラズマ炎を用いて作製した酸化タングステン粉末を用意した。原料粉末として酸化タングステン粉末を用意した。プラズマ炎中に原料粉末を投入し、昇華工程により、長径の平均粒径18.2nmの酸化タングステン粉末を得た。その後、大気中で450℃×5時間の熱処理を実施し、長径の平均粒径37.1nmの酸化タングステン粉末を得た。比較例3では平均アスペクト比が15であった。比較例3についても同様の測定を行った。
【0109】
【表5】
【0110】
実施例1~12にかかる酸化タングステン粉末には、結晶欠陥が少ないことが観察された。また、実施例12のように焼成工程の熱処理温度が高いとヘキサゴナルトンネルが形成されなかった。また、比較例1~3のものでは、短径方向の結晶欠陥が多数観察された。
(実施例1B~12B、比較例1B~3B)
実施例1~12および比較例1~3の酸化タングステン粉末に対し、酸素欠損を設けるための熱処理を施した。窒素雰囲気中、600℃~850℃×30分~1時間の熱処理を施した。実施例および比較例にかかる酸化タングステン粉末の酸素欠損量はWO3-x、0.1≦x≦0.3の範囲内で合った。
【0111】
なお、酸素欠損を設けるための熱処理後であっても、実施例にかかる酸化タングステン粉末は長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下であった。
【0112】
なお、酸素欠損量の測定は、KMnO溶液を用いて低電荷のW(W4+、W5+)イオンを全て酸化しW6+にするのに要したKMnO量を化学分析で定量することで行った。この分析により、WO3-xに置き換え、x値を求めたものである。
【0113】
次に、蓄電デバイスを作製した。蓄電デバイスは図3のセル構造を有するものを作製した。
【0114】
まず、電極層は実施例および比較例にかかる酸化タングステン粉末にアセチレンブラックを混合したペーストを作製し、塗布、乾燥、プレスを行って形成した。また、実施例および比較例では各々、酸化タングステン粉末を90質量部、アセチレンブラックを10質量部として混合した。電極層は、目付量3.3mg/cm、膜厚20μm、空隙率20%に統一した。
【0115】
負極側電極層11および正極側電極層15は厚さ15μmの導電性コートアルミニウム箔とした。また、実施例および比較例にかかる電極層は負極層12として用いた。また、正極層14にはLiCoO粉末を用いた。正極層の目付け量は負極層の電気容量に対して十分に余裕のある量を設けた。電極面積は負極・正極ともにφ16mm(約2cm)とした。
【0116】
また、セパレータ層13には、ポリエチレン多孔質層(厚さ20μm)を用いた。負極側電極層11、負極層12、セパレータ層13、正極層14、正極側電極層15の積層体をアルミニウム製セル容器に組み込んだ。その後、電解液を含浸した後、脱泡処理し、密閉した。また、電解液はプロピレンカーボネート(PC)とエチルメチルカーボネート(EMC)の混合液とした。また、電解質にはLiPFとLiBFの混合を用いた。
【0117】
これにより、蓄電デバイスを作製した。次に、蓄電デバイスのパワー密度、エネルギー密度、容量維持率を求めた。
【0118】
蓄電デバイスの単セルについての重量で表すパワー密度、即ち重量パワー密度P(W/kg)はP(W/kg)=(V -V )/4RM、で求めた。なお、Vは放電開始電圧(V)、Vは放電終了電圧(V)、Rは内部抵抗(Ω)、Mはセル重量(kg)である。
【0119】
また、エネルギー密度E(Wh/kg)は、E(Wh/kg)=(Ah×Vave)/Mで求めた。ここでAhは0.2Cレートでの放電容量(Ah)、Vaveは放電平均電圧、Mはセル重量(kg)である。
【0120】
また、サイクル維持率は、雰囲気温度を45℃とし、5Cレートでの初期放電容量を100%とし、5000サイクル後の容量維持率を測定した。
【0121】
その結果を表6に示す。
【0122】
【表6】
【0123】
表からわかる通り、パワー密度、エネルギー密度、容量維持率が向上した。これは結晶欠陥の発生を抑制しているため、イオンのインターカレーション性能が向上したためである。
【0124】
また、結晶欠陥のない実施例4~8の方が性能が良かった。
【0125】
以上説明した1以上の実施形態および実施例によれば、酸化タングステン粉末が提供される。酸化タングステン粉末の長径の平均粒径は10μm以下であり、その平均アスペクト比は10以下である。酸化タングステン粉末の一次粒子の短径方向の表面または断面において、単位面積9nmあたり0個以上4個以下の結晶欠陥がある。当該酸化タングステン粉末は、結晶欠陥が少ないため、インターカレーション性能に優れる。
【0126】
以上、本発明のいくつかの実施形態を例示したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更などを行うことができる。これら実施形態やその変形例は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。また、前述の各実施形態は、相互に組み合わせて実施することができる。
以下に、本願出願の当初の特許請求の範囲に記載された発明を付記する。
[1] 長径の平均粒径10μm以下、平均アスペクト比10以下であり、一次粒子の短径方向の表面または断面における結晶欠陥が単位面積9nm あたり0個以上4個以下である、酸化タングステン粉末。
[2] 長径に沿ってヘキサゴナルトンネル構造を有する、[1]記載の酸化タングステン粉末。
[3] 酸素欠損を有している、[1]ないし[2]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末。
[4] 結晶構造の50質量%以上が単斜晶に属する、[1]ないし[3]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末。
[5] 光触媒用材料、エレクトロクロミック用材料、電池用電極材料からなる群より選択される1種に用いる、[1]ないし[4]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末。
[6] タングステン酸を10wt%以上90wt%以下含有するタングステン酸水溶液を用意する工程と、
前記タングステン酸水溶液に、アルカリ系水溶液を混合し、得られるアルカリ混合水溶液のpHを8以上11以下に調整する工程と、
前記アルカリ混合水溶液に、酸性水溶液を混合し、得られる酸混合水溶液のpHを5.0以上7.4以下に調整する工程と、
前記酸混合水溶液中に、タングステン酸塩の結晶を析出させる工程と、
前記結晶を乾燥させる工程と、
乾燥後の前記結晶を酸素含有雰囲気中で焼成する工程、
を有する、酸化タングステン粉末の製造方法。
[7] 前記タングステン酸水溶液は、タングステン酸の含有量が40wt%以上である、[6]記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[8] 前記アルカリ系水溶液は、アミン系水溶液および水酸化物系水溶液からなる群より選択される1種である、[6]ないし[7]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[9] 前記アルカリ混合水溶液のpHを調整する工程は、前記アルカリ混合水溶液を攪拌する工程を有する、[6]ないし[8]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[10] 前記酸混合水溶液のpHを調整する工程は、前記酸混合水溶液を攪拌する工程を有する、[6]ないし[9]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[11] 前記酸素含有雰囲気中で焼成する工程は、焼成温度300℃以上450℃以下である、[6]ないし[10]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[12] 得られた酸化タングステン粉末は、長径の平均粒径10μm以下、アスペクト比10以下である、[6]ないし[11]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
[13] 得られた酸化タングステン粉末には粉砕工程を行っていない、[6]ないし[12]のいずれか1つに記載の酸化タングステン粉末の製造方法。
【符号の説明】
【0127】
1…酸化タングステン粉末
2…短径方向の表面
L…長径
T…短径
3…ヘキサゴナルトンネル
4…結晶欠陥によりヘキサゴナルトンネルが塞がっている領域または結晶欠陥によりヘキサゴナルトンネルが形成されなかった領域
5…ヘキサゴナルトンネルが位置ずれして生じた結晶欠陥
6…結晶欠陥
7…同一方向にライン状につながった一群の結晶欠陥
8…複数の結晶欠陥が含まれている領域
10…蓄電デバイス
11…負極側電極層
12…負極層
13…セパレータ層
14…正極層
15…正極側電極層
図1
図2
図3
図4
図5
図6