(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-02
(45)【発行日】2023-05-15
(54)【発明の名称】電気泳動用分子量マーカー、核酸分画方法及び核酸のサイズ分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/447 20060101AFI20230508BHJP
【FI】
G01N27/447 301B
G01N27/447 ZNA
(21)【出願番号】P 2021565300
(86)(22)【出願日】2019-12-20
(86)【国際出願番号】 JP2019050152
(87)【国際公開番号】W WO2021124565
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-05-18
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 未真
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-234369(JP,A)
【文献】特開2015-189716(JP,A)
【文献】特開2019-167309(JP,A)
【文献】特開2007-024610(JP,A)
【文献】特開平10-060005(JP,A)
【文献】米国特許第04507233(US,A)
【文献】米国特許第05714326(US,A)
【文献】国際公開第2010/126044(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
G01N 33/48-33/98
C12Q 1/00-3/00
C12M 1/00-3/10
C12N 15/00-15/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動により核酸をサイズ分画する方法であって、
水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを準備することと、
前記電気泳動用分子量マーカーと前記核酸とを同じレーンで電気泳動することと、
前記電気泳動用分子量マーカーの泳動位置に基づいて、目的の塩基長の核酸を取得することと、を含む、核酸分画方法。
【請求項2】
前記高分子電解質は、直鎖状の高分子電解質である請求項
1に記載の核酸分画方法。
【請求項3】
前記高分子電解質は、ホモポリマーの高分子電解質である請求項
1に記載の核酸分画方法。
【請求項4】
前記高分子電解質は、コポリマーの高分子電解質である請求項
1に記載の核酸分画方法。
【請求項5】
前記高分子電解質は、ポリリン酸、高分子カルボン酸、高分子スルホン酸、陰イオン交換樹脂、ムコ多糖類及びこれらの塩若しくは誘導体のいずれか1以上の高分子電解質である請求項
1に記載の核酸分画方法。
【請求項6】
電気泳動により核酸のサイズを分析する方法であって、
水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを準備することと、
前記電気泳動用分子量マーカーと前記核酸とを同じレーンで電気泳動することと、
前記電気泳動用分子量マーカーの泳動位置に基づいて、前記核酸に含まれる核酸断片の塩基長を推定することと、を含む、核酸のサイズ分析方法。
【請求項7】
前記高分子電解質は、直鎖状の高分子電解質である請求項
6に記載の核酸のサイズ分析方法。
【請求項8】
前記高分子電解質は、ホモポリマーの高分子電解質である請求項
6に記載の核酸のサイズ分析方法。
【請求項9】
前記高分子電解質は、コポリマーの高分子電解質である請求項
6に記載の核酸のサイズ分析方法。
【請求項10】
前記高分子電解質は、ポリリン酸、高分子カルボン酸、高分子スルホン酸、陰イオン交換樹脂、ムコ多糖類及びこれらの塩若しくは誘導体のいずれか1以上の高分子電解質である請求項
6に記載の核酸のサイズ分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気泳動用分子量マーカー、核酸分画方法及び核酸のサイズ分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲル電気泳動方法は、電荷を持った物質に電場を印加すると物質が逆極性の電極の方向へ移動する現象を利用して、核酸やタンパク質などの生体物質を分析する手法である。一般に、生体物質の支持体として、アガロースゲルやアクリルアミドゲルなどの電気泳動ゲルが用いられる。生体物質の分子量によって電気泳動ゲル中の移動速度が異なるため、分子量毎に異なるバンドとして生体物質が分離される。ゲル電気泳動方法は、生体物質の分離に関し高い分解能を持つため、目的とする分子量の生体物質を他の分子量の生体物質から分離し、回収する(分画する)ためにも採用される(特許文献1及び2)。
【0003】
従来、目的生体物質の移動位置を見積もるために、既知サイズの生体物質がラダーマーカーとして利用されている。電気泳動の際、コンタミネーションを避けるために、ラダーマーカーは隣接するレーンで平行して泳動する方法が一般的である(特許文献3及び非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-290109号公報
【文献】特表2010-502962号公報
【文献】米国特許第9,719,961号明細書
【非特許文献】
【0005】
【文献】Sambrook, J. et al. Molecular Cloning: A Laboratory Manual. (CSHL Pr., 2001).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、電気泳動のレーンが異なると同じ分子量の試料であっても泳動度が異なる場合があることが、当該領域の実施者の間では広く認められている。したがって、特許文献3及び非特許文献1のように、生体試料のレーンと隣接するレーンでラダーマーカーを泳動する方法では、目的生体試料の位置を正確に予想することが困難な場合がある。
【0007】
また、1回の電気泳動で処理できる試料数をマーカーレーンの数だけ減らすことになってしまい、スループットの点でも課題がある。
【0008】
そこで、本開示は、試料と同じレーンで同時に泳動可能であり、試料の電気泳動位置を正確に予想可能な電気泳動用分子量マーカーを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本開示の電気泳動用分子量マーカーは、水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含むことを特徴とする。
【0010】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される請求の範囲の様態により達成され実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の請求の範囲又は適用例を如何なる意味に於いても限定するものではない。
【発明の効果】
【0011】
本開示の電気泳動用分子量マーカーによれば、試料と同じレーンで同時に泳動可能であり、試料の電気泳動位置を正確に予想することができる。
上記以外の課題、構成及び効果は、以下の実施の形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ポリリン酸をDNAポリメラーゼ反応させたサンプル1~4の電気泳動像である。
【
図3】染色後脱染したアガロースゲルを白色光の下で観察した像である。
【
図4】DNAサンプルの断片長の分布を示すグラフである。
【
図5】抽出したDNA断片の断片長の分布を示すグラフである。
【
図6】抽出したDNA断片の断片長の分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本開示は、以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。本開示の思想ないし趣旨から逸脱しない範囲で、その具体的構成を変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。
【0014】
本明細書において単数形で表される構成要素は、特段文脈で明らかに示されない限り、複数形を含むものとする。
【0015】
本開示において、「核酸」は、DNA及びRNAを意味し、生体試料由来のもの及び人工的に合成したものを含む。また、本開示における「核酸」は、一本鎖、二本鎖、その他修飾された核酸も含むものとする。
【0016】
[第1の実施形態]
<電気泳動用分子量マーカー>
第1の実施形態に係る電気泳動用分子量マーカー(核酸分子量マーカー試薬)は、水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む。すなわち、核酸試料(DNA、RNA)とは性質が異なっている。ここで、「DNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない」とは、電気泳動用分子量マーカーが試料に混入した状態でDNAポリメラーゼ反応を実施した際に電気泳動用分子量マーカー由来のDNA増幅物が10pg/μL未満となる(10pg/μL以上にならない)ことを指す。なお、「10pg/μL」としたのは、DNAの定量装置として一般的に使用されているQubit(Thermo Fisher Scientific社製、Qubitは登録商標)の検出限界であるためである。
【0017】
電気泳動用分子量マーカー(以下、単に「分子量マーカー」という場合がある)は、DNAポリメラーゼ反応を阻害しない物質とすることができる。ここで、「DNAポリメラーゼ反応を阻害しない」とは、核酸に電気泳動用分子量マーカーが混入した状態でDNAポリメラーゼ反応を実施した際の核酸の増幅量が、電気泳動用分子量マーカーの混入がない場合に比べて95%以上であることを指す。
【0018】
高分子電解質が分子量マーカーとして機能するために、高分子電解質の分子量は、目的とする塩基長を有する核酸の泳動度と同じ泳動度を示す分子量に調整される。電気泳動用分子量マーカーは、複数の塩基長の核酸の泳動度とそれぞれ同じ泳動度を示す複数の分子量の高分子電解質を含んでいてもよい。すなわち、電気泳動用分子量マーカーセットとしてユーザに提供されてもよい。具体的には、例えば50bp、100bp、150bp、200bp、1000bpの核酸の泳動度とそれぞれ同じ泳動度を示す分子量の高分子電解質を含んでいてもよい。目的とする塩基長の組み合わせは、上記に限定されるものではなく、あらゆる組み合わせを採用できる。
【0019】
高分子電解質が水溶液中で負に帯電するものであることにより、核酸と同じ方向に電気泳動することができる。また、高分子電解質がDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない物質であることにより、電気泳動後に回収した核酸に混入していても次工程への影響が小さいため、核酸と同じレーンで電気泳動することができ、核酸の分子量を正確に推定することができる。
【0020】
電気泳動用分子量マーカーは、上記高分子電解質としてホモポリマーを用いることができる。本実施形態の電気泳動用分子量マーカーとして使用できるホモポリマーの例としては、ポリリン酸、高分子カルボン酸、高分子スルホン酸及びこれらの塩若しくは誘導体が挙げられる。また、これらの物質と同様の挙動を示すものであれば、同様に使用可能である。
【0021】
高分子カルボン酸の例としては、ポリアクリル酸、カルボキシメチルセルロース、ポリ(3-ヒドロキシメチル-ヘキサメチレン-1,3,5-トリカルボン酸)、ポリ(4-メトキシ-テトラメチレン-1,2-ジカルボン酸)、ポリ(テトラメチレン-1,2-ジカルボン酸)などが挙げられる。高分子スルホン酸の例としては、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸などが挙げられる。
【0022】
上記ホモポリマーの中でも、特にポリリン酸は、電気泳動ゲルの濃度によらず特定の長さのDNAと泳動度が同じであるため、分子量マーカーとして用いた場合に正確にDNA断片の長さを推定することができる。また、ポリリン酸は特別な処理をせずに使用できること、染色方法も多数あること、安価であることから、分子量マーカーとしての製造コストが低い。
【0023】
電気泳動用分子量マーカーは、上記高分子電解質としてコポリマーを用いることもできる。本実施形態の電気泳動用分子量マーカーとして使用できるコポリマーの例としては、ムコ多糖類及びこれらの塩若しくは誘導体が挙げられる。ムコ多糖類の例としては、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、グリコサミノグリカン、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ケラタンポリ硫酸、キチンなどが挙げられる。
【0024】
高分子電解質の塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩などが挙げられ、負に帯電した高分子電解質と任意の陽イオンの塩とすることができる。
【0025】
上記高分子電解質の中でも、直鎖状の高分子電解質を用いることにより、単にモノマーの重合数を調整するだけで任意の泳動度の分子量マーカーを得ることができる。もちろん、高分子電解質は分岐鎖状であってもよい。
【0026】
電気泳動用分子量マーカーは、高分子電解質の水溶液の形態で提供されてもよい。当該水溶液のpHは限定されないが、共に電気泳動される核酸の分解を防止するという観点からは、例えばpH2以上とすることができる。
【0027】
電気泳動用分子量マーカーは、高分子電解質を染色可能な色素、水などの溶媒、緩衝剤、比重調整剤、塩類等、高分子電解質以外の物質を含んでいてもよい。
【0028】
<電気泳動用分子量マーカーの製造方法>
本実施形態の電気泳動用分子量マーカーの製造方法の一例を説明する。本製造方法においては、電気泳動度が未知の複数の分子量の高分子電解質を材料として用いる。
【0029】
本実施形態に係る電気泳動用分子量マーカーとしての目的の塩基長を有する核酸を含むラダーマーカーを準備する。ラダーマーカーは、一般に、既知の複数の塩基長の核酸を含んでいる。
【0030】
電気泳動装置に電気泳動ゲルをセットし、電気泳動ゲルのスリットに、ラダーマーカーと、複数の分子量の高分子電解質とをそれぞれ注入し、電気泳動する。ラダーマーカーのレーンと高分子電解質のレーンとは、隣接させる。このとき、電気泳動時の電圧や電圧印加時間は、使用するゲルの濃度やラダーマーカーの種類などに応じて適宜設定できる。
【0031】
電気泳動後のゲルを、核酸染色色素の水溶液に浸漬させることにより、ラダーマーカーの核酸を染色する。これにより、ラダーマーカー中の各塩基長の核酸の泳動度をバンドとして視認することができる。
【0032】
次に、高分子電解質のレーンから、ラダーマーカーのバンドと同じ位置のゲルをそれぞれ切り出す。次に、例えばエタノール沈殿により高分子電解質を沈殿させて回収し、回収した高分子電解質を水溶液として、これを分子量マーカーとする。このとき、高分子電解質の水溶液(例えばその一部)に対し、目的の塩基長を有するDNAを混合してゲル電気泳動することにより、目的の塩基長を有するDNAの泳動度と、高分子電解質の泳動度とが同じであることを確認する。高分子電解質の水溶液の作製に際し、複数のバンドの位置からそれぞれ回収した高分子電解質をまとめて1つの水溶液としてもよいし、1つのバンドの位置から回収した高分子電解質を1つの水溶液としてもよい。すなわち、複数のバンドにそれぞれ対応する複数の鎖長の高分子電解質がセットになった分子量マーカーとしてもよいし、ある1つのバンドに対応する鎖長の高分子電解質のみを含む分子量マーカーとしてもよい。
【0033】
電気泳動用分子量マーカーの製造方法は上記のものに限定されず、その他の方法も採用できる。例えば、上記のようにして取得した、特定の塩基長の核酸と泳動度が等しい高分子電解質の分子量を測定し、当該分子量の高分子電解質を合成することにより量産することもできる。
【0034】
<技術的効果>
以上のように、第1の実施形態に係る電気泳動用分子量マーカーは、水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む。これにより、核酸試料と同じレーンで電気泳動できるため、核酸の泳動位置を正確に推定することができる。すなわち、核酸試料を目的の塩基長ごとに正確に分画することができる。また、分子量マーカーのためのレーンを使用する必要がなくなるため、分析スループットを向上できる。
【0035】
[第2の実施形態]
<電気泳動用分子量マーカー>
第2の実施形態に係る電気泳動用分子量マーカー(核酸分子量マーカー試薬)は、ポリリン酸、高分子カルボン酸、高分子スルホン酸、陰イオン交換樹脂、ムコ多糖類及びこれらの塩若しくは誘導体のいずれか1以上の高分子電解質を含む。
【0036】
高分子カルボン酸の例としては、ポリアクリル酸、カルボキシメチルセルロース、ポリ(3-ヒドロキシメチル-ヘキサメチレン-1,3,5-トリカルボン酸)、ポリ(4-メトキシ-テトラメチレン-1,2-ジカルボン酸)、ポリ(テトラメチレン-1,2-ジカルボン酸)などが挙げられる。高分子スルホン酸の例としては、ポリスチレンスルホン酸、ポリビニルスルホン酸などが挙げられる。陰イオン交換樹脂の例としては、コレスチラミンなどが挙げられる。ムコ多糖類の例としては、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパリン、グリコサミノグリカン、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ケラタンポリ硫酸、キチンなどが挙げられる。
【0037】
分子量マーカーとして機能するために、上記に列挙した高分子電解質の分子量は、目的とする塩基長を有する核酸の泳動度と同じ泳動度を示すような分子量に調整される。
【0038】
また、これらの高分子電解質は、DNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない。したがって、電気泳動後に回収した核酸に混入していても次工程への影響が小さいため、核酸試料と同じレーンで電気泳動することができ、核酸の分子量を正確に推定することができる。
【0039】
本実施形態に係る電気泳動用分子量マーカーのその他の点については第1の実施形態と同様であるため、説明を省略する。
【0040】
[第3の実施形態]
第3の実施形態においては、上述の電気泳動用分子量マーカーを用いて、さまざまな塩基長の核酸断片を含む核酸試料をサイズ分画する方法について説明する。本実施形態に係る核酸のサイズ分画方法は、主に一般的な手法を採用可能であるが、上述の電気泳動用分子量マーカーと、分画対象の核酸試料とを同じレーンで電気泳動する点が特徴である。
【0041】
まず、分画対象の核酸試料に対し、回収目的の核酸断片の塩基長に対応する鎖長の高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを混合する。
【0042】
次に、核酸試料と電気泳動用分子量マーカーの混合物をゲル電気泳動装置に注入する。電気泳動の手法としては一般的な手法を採用できるので、ここでは格別説明しない。なお、分画対象の核酸試料と電気泳動用分子量マーカーとは、予め混合せずに電気泳動ゲルの同じレーンのスリットに注入してもよい。
【0043】
次に、高分子電解質を染色可能な色素を用いて、電気泳動後のゲルを染色する。これにより、分子量マーカーのバンドの位置を可視化する。染色された高分子電解質のバンドの位置からゲルを切り出し、切り出したゲルからそれぞれ核酸断片を抽出する。
【0044】
本実施形態の核酸の分画方法は、以下に限定されるものではないが、例えば次世代DNAシーケンサによる分析の前処理段階に実施することができる。
【0045】
以上のように、本実施形態の核酸分画方法は、水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを準備することと、電気泳動用分子量マーカーと核酸試料とを同じレーンで電気泳動することと、電気泳動用分子量マーカーの泳動位置に基づいて、目的の塩基長の核酸断片を取得することと、を含んでいる。これにより、核酸試料から、目的の塩基長の核酸断片を正確に分画することができる。
【0046】
[第4の実施形態]
第4の実施形態においては、上述の電気泳動用分子量マーカーを用いて核酸のサイズを分析する方法について説明する。本実施形態に係る核酸のサイズ分析方法の手順は、第3の実施形態で説明した核酸分画方法とほぼ同様である。すなわち、サイズの分析対象の核酸試料に対し、複数の塩基長に対応する複数の鎖長の高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを混合して電気泳動することにより、核酸試料に含まれる核酸断片の塩基長を見積もることができる。
【0047】
以上のように、本実施形態の核酸のサイズ分析方法は、水溶液中で負に帯電し、かつDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならない高分子電解質を含む電気泳動用分子量マーカーを準備することと、電気泳動用分子量マーカーと核酸とを同じレーンで電気泳動することと、電気泳動用分子量マーカーの泳動位置に基づいて、核酸に含まれる核酸断片の塩基長を推定することと、を含んでいる。これにより、核酸試料に含まれる断片の塩基長を正確に推定することができる。
【実施例】
【0048】
以下、本開示の実施例を説明するが、実施例はあくまでも例示的なものであって、本開示の技術的範囲を限定するものではない。
【0049】
<電気泳動用分子量マーカーの作製>
200bpのDNA及び300bpのDNAと泳動度が等しいポリリン酸の電気泳動用分子量マーカーをそれぞれ以下の手順で作製した。
【0050】
まず、市販の超長鎖ポリリン酸溶液(バイオエネックス社製)を準備した。この超長鎖ポリリン酸溶液には、鎖長200~1000程度のポリリン酸が含まれており、代表的な濃度は100mg/mLである。このような複数の分子量の超長鎖ポリリン酸と、泳動度が既知のDNAラダーマーカーとをそれぞれアガロースゲル電気泳動し、超長鎖ポリリン酸のレーンから、DNAラダーマーカーの各バンドの位置と同じ位置のゲルを切り出すことにより、DNA分子量マーカーとしての目的の塩基長に相当する鎖長のポリリン酸を取得することができる。
【0051】
アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器に流し入れて成型することにより作製した。このアガロースゲルの上部には、試料や分子量マーカーを注入するためのスリットが設けられている。作製したアガロースゲルを電気泳動装置(商品名:ミューピット(登録商標)、ミューピット社製)に水平に設置し、1×TAE緩衝液(Tris Acetate EDTA Buffer)を電気泳動槽に満たした。
【0052】
1μLの超長鎖ポリリン酸に、1μLの6×DNA Loading Dye(Thermo Fisher Scientific社製)を混合して、サンプルを調製した。当該サンプルと、DNAの泳動位置を確認するための市販のDNAラダーマーカー(商品名:1kb plus DNA Ladder、Thermo Fisher Scientific社製)とをそれぞれアガロースゲルのスリットに注入し、100Vで30分間電気泳動した。
【0053】
その後、1万倍希釈したSYBR Green I水溶液にアガロースゲルを浸して核酸を染色した。
【0054】
DNAラダーマーカーのバンドの位置に基づき、超長鎖ポリリン酸のレーンから、200bpのDNAと同じ位置のゲルを切り出した。その後エタノール沈殿してポリリン酸を回収し、1mg/mLのポリリン酸水溶液として20μL取得した。このポリリン酸水溶液に対し、予めPCR増幅により作製した200bpのDNAを混合して、上記と同様の手順で作製したアガロースゲルを用いてゲル電気泳動した。これにより、ポリリン酸の泳動度と、200bpのDNAの泳動度が同じであることを確認した。300bpのDNAと同じ位置のゲルについても同様の手順で、1mg/mLのポリリン酸水溶液として20μL取得した。その後、予めPCR増幅により作製した300bpのDNAを混合してゲル電気泳動し、ポリリン酸の泳動度と、300bpのDNAの泳動度が同じであることを確認した。したがって、これらのポリリン酸水溶液は、それぞれ、200bpのDNA分子量マーカー、300bpのDNA分子量マーカーとして使用可能である。
【0055】
<ポリリン酸を用いたDNAポリメラーゼ反応>
以下の手順で、ポリリン酸がDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならないことを確認した。具体的には、Ex Taq(タカラバイオ社製)を用いて、DNA鋳型なし、0.5ng、5ng又は50ngのポリリン酸を混合した状態でそれぞれPCR増幅し、4つのサンプル1~4を調製した。得られたサンプル1~4をゲル電気泳動してDNA増幅物を確認した。
【0056】
図1は、ポリリン酸をDNAポリメラーゼ反応させたサンプル1~4の電気泳動像である。
図1において、2つのレーンLMは、市販のDNAラダーマーカー(製品名:1kb Plus DNA Ladder、Thermo Fisher Scientific社製)を電気泳動したレーンである。レーン1は、泳動サンプルがないサンプル1を電気泳動したレーンであり、レーン2~4は、それぞれ0.5ng、5ng又は50ngのポリリン酸を混合して反応させたサンプル2~4を電気泳動したレーンである。
図1に示すように、レーン1~4のいずれもDNAのバンドが確認できなかった。
【0057】
次に、DNA定量装置(商品名:Qubit(登録商標)、Thermo Fisher Scientific社製)を用いてサンプル1~4に含まれるDNAの定量を行ったところ、いずれも10pg/μL未満であった。以上より、ポリリン酸はDNAポリメラーゼ反応の鋳型にならないことが確認できた。
【0058】
<ポリリン酸によるDNAポリメラーゼ反応の阻害の検証>
以下の手順で、ポリリン酸がDNAポリメラーゼ反応を阻害しないことを確認した。具体的には、Ex Taq(タカラバイオ社製)を用い、λファージのDNAを鋳型とし、ポリリン酸を混入させずにPCR増幅して、DNAサンプルAとした。また、0.5ng、5ng又は50ngのポリリン酸をそれぞれDNA鋳型に混合してPCR増幅し、DNAサンプルB~Dとした。得られたDNAサンプルA~Dをゲル電気泳動してDNA増幅物を確認した。
【0059】
図2は、DNAサンプルA~Dの電気泳動像である。
図2において、2つのレーンLMはDNAラダーマーカー(製品名:1kb Plus DNA Ladder、Thermo Fisher Scientific社製)を電気泳動したレーンである。レーン1は、ポリリン酸なしでDNA鋳型をPCR増幅したDNAサンプルAを電気泳動したレーンである。レーン2~4は、それぞれ0.5ng、5ng、50ngのポリリン酸をDNA鋳型に混合してPCR増幅させたDNAサンプルB~Dを電気泳動したレーンである。
図2に示すように、レーン1~4のいずれもDNAのバンドが確認できた。
【0060】
次に、DNA定量装置(Qubit)を用いて、DNAサンプルA~Dに含まれるDNAの定量を行ったところ、DNAサンプルB~Dの増幅量がDNAサンプルA(ポリリン酸なしの場合)の増幅量の95%以上であった。以上より、ポリリン酸がDNAポリメラーゼ反応を阻害しないことが確認できた。
【0061】
<ポリリン酸の電気泳動用分子量マーカーを用いたDNA断片の回収>
上記のように作製した200bp相当のポリリン酸の分子量マーカーと、300bp相当のポリリン酸の分子量マーカーを用いて、50bp~1500bpの断片が含まれるDNAサンプルをアガロースゲル電気泳動し、200bpのDNA断片と300bpのDNA断片とを回収した。具体的には、以下の手順で各DNA断片を回収した。
【0062】
アガロースゲルは、3%SeaKem(登録商標)GTG-TAE(Lonza社製)をプラスチック容器に流し入れて成型することにより作製した。このアガロースゲルの上部には、試料や分子量マーカーを注入するためのスリットが設けられている。作製したアガロースゲルを電気泳動装置(商品名:ミューピット(登録商標)、ミューピット社製)に水平に設置し、1×TAE緩衝液(Tris Acetate EDTA Buffer)を電気泳動槽に満たした。
【0063】
1μLのDNAサンプル(500ng/μL)に対し、1μLの6×DNA Loading Dye(Thermo Fisher Scientific社製)と、200bp相当のポリリン酸電気泳動用分子量マーカー(1mg/mL)を1μL混合し、混合溶液を得た。300bp相当のポリリン酸の分子量マーカーについても同様にして、混合溶液を得た。これらの混合溶液をアガロースゲルのスリットに注入し、100Vで30分間電気泳動した。
【0064】
電気泳動後、アガロースゲルを0.5%トルイジンブルー水溶液に20分間浸して染色し、その後Milli-Q水(Milli-Qは登録商標)を用いて2時間脱染した。
【0065】
図3は、染色後脱染したアガロースゲルを白色光の下で観察した像である。
図3において、レーンLMはDNAラダーマーカー(製品名:1kb Plus DNA Ladder、Thermo Fisher Scientific社製)を電気泳動したレーンである。レーン1は、200bp相当のポリリン酸を混合したサンプルを電気泳動したレーンであり、レーン2は300bp相当のポリリン酸を混合したサンプルを電気泳動したレーンである。なお、レーン1及び2のバンドは染色されたポリリン酸である。
【0066】
次に、ポリリン酸の分子量マーカーの各バンドの位置のゲルを切り出し、それぞれNucleoSpin(登録商標) Gel and PCRキット(タカラバイオ社製)を用いてDNA断片を抽出した。以下において、レーン1のバンドの位置から取得したDNA断片を「DNA断片200」とし、レーン2のバンドの位置から取得したDNA断片を「DNA断片300」とする。
【0067】
最後に、DNA定性装置であるTape Station(Agilent Technologies社製)を用いて、抽出したDNA断片200及び300と、元のDNAサンプルに含まれるDNA断片の長さ分布をそれぞれ定性した。結果を
図4~
図6に示す。
【0068】
図4は、50bp~1500bpの断片が含まれるDNAサンプルの断片長の分布を示すグラフである。
図4において、横軸は塩基長[bp]であり、縦軸は蛍光強度[FU]である。ピーク1は解析のためのlowerマーカーのピークを示し、ピーク3は解析のためのupperマーカーのピークを示す。ピーク2は、DNAサンプルのピークを示す。
図4に示すように、DNAサンプルには50bp~1500bpのDNA断片が含まれることが確認された。
【0069】
図5は、抽出したDNA断片200の断片長の分布を示すグラフである。ピーク1及び3については
図4と同様である。
図4においては50bp~1500bpに及ぶピークが現れていたのに対し、
図5においては、200bpに狭いピーク2が現れている。このことから、200bp相当の泳動度を示すポリリン酸の分子量マーカーを用いることにより、200bpのDNA断片を回収できていることが確認された。
【0070】
図6は、抽出したDNA断片300の断片長の分布を示すグラフである。ピーク1及び3については
図4と同様である。
図4においては50bp~1500bpに及ぶピークが現れていたのに対し、
図6においては、300bpに狭いピーク2が現れている。このことから、300bp相当の泳動度を示すポリリン酸の分子量マーカーを用いることにより、300bpのDNA断片を回収できていることが確認された。
【0071】
以上のように、ポリリン酸の分子量マーカーを用いることにより、目的の塩基長の核酸断片を正確に取得することができる。