(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-10
(45)【発行日】2023-05-18
(54)【発明の名称】観察装置、観察装置の作動方法及び内視鏡装置
(51)【国際特許分類】
A61B 1/00 20060101AFI20230511BHJP
A61B 1/045 20060101ALI20230511BHJP
【FI】
A61B1/00 521
A61B1/045 615
(21)【出願番号】P 2019002620
(22)【出願日】2019-01-10
【審査請求日】2021-10-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(74)【代理人】
【識別番号】240000327
【氏名又は名称】弁護士法人クレオ国際法律特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤井 透
(72)【発明者】
【氏名】澤田 正康
(72)【発明者】
【氏名】成田 亮
【審査官】北島 拓馬
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-532602(JP,A)
【文献】特開2012-040224(JP,A)
【文献】特表2017-512989(JP,A)
【文献】特表2005-534428(JP,A)
【文献】特開2008-215820(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 1/00 - 1/32
G01N 21/00 -21/01
G01N 21/17 -21/61
G01N 21/62 -21/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物からの光の偏光状態を検出する偏光検出部と、
前記偏光状態を示す
複数の値を主成分分析することにより、
前記複数の値を前記偏光状態への寄与の大きさを表す複数の成分に変換し、前記複数の成分のうち前記偏光状態への寄与が小さい成分に基づいて所定値を算出する算出部と、
前記所定値と閾値との大小関係に基づいて前記対象物の状態を判定する判定部と、
を備え
る観察装置。
【請求項2】
前記判定部は、前記偏光状態を示す複数の値の各々について作成されたヒストグラムの最大幅に基づいて決定された前記閾値と前記所定値との大小関係に基づいて前記対象物の状態を判定する、請求項1に記載の観察装置。
【請求項3】
前記判定部は、前記所定値が前記閾値以上となった場合に、前記対象物が、正常組織からがん組織に遷移している状態にある遷移部分であることを判定する、請求項2に記載の観察装置。
【請求項4】
前記偏光状態を示す
複数の値は
行列値であ
る、請求項
1~3のいずれかに記載の観察装置。
【請求項5】
前記偏光状態を示す
複数の値はミュラー行列の行列値であ
る、請求項
1~4のいずれかに記載の観察装置。
【請求項6】
前記偏光検出部は、
それぞれ異なる偏光状態を有する光を生成する複数の偏光生成部と、
前記複数の偏光生成部が生成した前記光が照射された前記対象物からの光を検出する検出部とを有する
、請求項1~
5のいずれかに記載の観察装置。
【請求項7】
検出部と、算出部と、判定部とを備えた観察装置の作動方法であって、
前記検出部が、対象物からの光の偏光状態を検出するステップと、
前記算出部が前記偏光状態を示す複数の値を主成分分析することにより、前記複数の値を前記偏光状態への寄与の大きさを表す複数の成分に変換し、前記複数の成分のうち前記偏光状態への寄与が小さい成分に基づいて所定値を算出するステップと、
前記判定部が、前記所定値と閾値との大小関係に基づいて前記対象物の状態を判定するステップと、を含む観察装置の作動方法。
【請求項8】
被検体の体腔内に挿入される管部材を有する挿入部と、
前記挿入部を操作する操作部とを備え、
前記請求項1~
6のいずれかに記載の前記観察装置の前記偏光検出部が前記挿入部に配置されてい
る、内視鏡装置。
【請求項9】
前記偏光検出部は、複数の偏光生成部を有し、前記複数の偏光生成部の少なくとも一つの少なくとも一部がイメージセンサに重複した配置である、請求項8に記載の内視鏡装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、観察装置、観察装置の作動方法及び内視鏡装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
偏光した光を使用し、消化器、特に、胃壁の偏光異方性を持つ粘膜層から戻る戻り光の非偏光の光の割合、すなわち戻り光の偏光度に基づいて粘膜層の厚みを算出することにより、胃壁の粘膜層の厚さの変化を検出し、これにより、がんの浸潤度を診断できる可能性があることが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【0004】
しかしながら、上述の特許文献1に開示された技術では、非がん組織、すなわち正常組織からがん組織への遷移過程の状態にある遷移部分を検出することが困難であった。
【発明の概要】
【0005】
第1の態様によれば、観察装置は、対象物からの光の偏光状態を検出する偏光検出部と、偏光状態を示す複数の値を主成分分析することにより、前記複数の値を偏光状態への寄与の大きさを表す複数の成分に変換し、複数の成分のうち偏光状態への寄与が小さい成分に基づいて所定値を算出する算出部と、所定値と閾値との大小関係に基づいて対象物の状態を判定する判定部とを備える。
第2の態様によれば、検出部と、算出部と、判定部を備えた観察装置の作動方法は、検出部が、対象物からの光の偏光状態を検出するステップと、算出部が偏光状態を示す複数の値を主成分分析することにより、前記複数の値を偏光状態への寄与の大きさを表す複数の成分に変換し、複数の成分のうち偏光状態への寄与が小さい成分に基づいて所定値を算出するステップと、判定部が、所定値と閾値との大小関係に基づいて対象物の状態を判定するステップと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】実施の形態である観察装置が適用される内視鏡装置の要部を示す斜視図である。
【
図2】実施の形態である観察装置が適用される内視鏡システムの概略構成を示すブロック図である。
【
図3】実施の形態である観察装置の要部を示す断面図である。
【
図4】実施の形態である観察装置の要部を示す斜視図である。
【
図5】実施の形態である観察装置の要部を示す斜視図である。
【
図6】実施の形態に係る内視鏡装置の挿入部の先端部の概略構成を示す図である。
【
図7】実施の形態である観察装置における、偏光生成部から出射する光の偏光状態の関係を示す図である。
【
図8】正常組織、がん組織及び遷移部分の関係を示す図である。
【
図9】実施の形態である観察装置による主成分分析の手法を説明するための図である。
【
図10】実施の形態である観察装置による主成分分析の手法を説明するための図である。
【
図11】実施の形態である観察装置による主成分分析の手法を説明するための図である。
【
図12】実施の形態である観察装置の動作を説明するためのフローチャートである。
【
図13】主成分分析した結果である第2主成分、第3主成分及び第4主成分で表現される3次元空間をメルカトル図法により展開した図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
図1及び
図2を参照して、実施の形態である観察装置が適用される内視鏡装置及び内視鏡システムについて説明する。
【0008】
図1は実施の形態である観察装置が適用される内視鏡装置の要部を示す斜視図であり、
図2は実施の形態である観察装置が適用される内視鏡システムの概略構成を示すブロック図である。
【0009】
これらの図において、本実施の形態に係る内視鏡システム1は、内視鏡装置10および本体部20を有する。
【0010】
内視鏡装置10は、人体等の被検体の体腔内に挿入部11の先端部12が挿入され、被検体内の粘膜内面等の対象物に光を照射する。また、内視鏡装置10は、対象物からの戻り光を撮像し、対象物像の画像信号を取得する。
【0011】
本体部20は、内視鏡装置10の先端部12から照射される光を発生する光源26を有し、内視鏡装置10が取得した画像信号に対して各種画像処理を行う。
【0012】
図1に示すように、内視鏡装置10は、挿入部11、操作部13、および、コネクタ部14を有する。挿入部11は、可撓性(つまり軟性)を有する管部材11aを有し、細長形状を有する。操作部13は、挿入部11の先端部12が行う湾曲操作や観察操作を操作する。コネクタ部14は、内視鏡装置10を本体部20に着脱自在に接続する。
【0013】
図2に示すように、本体部20は、制御部21と、記憶部22と、画像処理部23と、検出部ドライバ24と、光源ドライバ25と、光源26と、集光レンズ27と、ディスプレイコントローラ28と、入力インタフェース(I/F)29とを有する。本体部20は、光学コネクタ30及び電気コネクタ31により内視鏡装置10に接続されている。
【0014】
制御部21はCPU等の演算素子を有し、記憶部22に格納されている図略の制御用プログラムが起動時に読み出されてこの制御部21において実行される。これにより、制御部21は、画像処理部23、検出部ドライバ24、光源ドライバ25、ディスプレイコントローラ28及び入力インタフェース29を含む内視鏡システム1全体の制御を行う。
【0015】
記憶部22はハードディスクドライブ等の大容量記憶媒体及びROM、RAM等の半導体記憶媒体を備える。この記憶部22には上述の制御用プログラムが格納されているとともに、制御部21の制御動作時に必要とされる各種データが一時的に格納される。また、記憶部22には、画像処理部23によって処理がされた画像データが格納される。
【0016】
画像処理部23は、内視鏡装置10の検出部50により撮像された対象物像の画像信号を取得し、この画像信号に対して各種画像処理を行う。画像処理部23は、画像処理結果をディスプレイコントローラ28に出力する。
【0017】
画像処理部23は判定部23aを有する。判定部23aは、検出部50により撮像された対象物像の画像信号に基づいて、対象物からの光の偏光状態を示す値を主成分分析する。そして、判定部23aは、この主成分分析の結果に基づいて対象物の状態を判定する。
【0018】
検出部50及び画像処理部23により行われる画像処理の詳細については後述する。
【0019】
検出部ドライバ24は、検出部50に対して、この検出部50を駆動する信号を発生して検出部50に供給する。
【0020】
光源26は内視鏡装置10の先端部12から照射される光を発生するものであり、光源ドライバ25により駆動される。本実施の形態に係る光源26は狭帯域でかつ空間的コヒーレンスが低く、スペックルが除去された光を発生する。光源26が発生する光の波長帯域は目的に応じて350nmから850nmの間で1波長または複数波長が選択されうる。
【0021】
但し、生体組織に含まれるヘモグロビンの光吸収スペクトルが400nm付近で特有の山を有することが知られている。このため、光源26からの光は450nm以上の波長帯域の光であることが好ましい。
【0022】
光源26が発生する光の帯域幅は5nm以下、好ましくは3nm程度とされる。帯域幅の関係で、このような光源26はレーザー光源から構成されることが好ましい。一方、LED光源にバンドパスフィルタを付加したものであっても同様に狭帯域な光を発生することができる。
【0023】
光源26が発生する光の波長帯域及び帯域幅は、検出部50のイメージセンサ57上に発生させる後述する干渉縞の本数及び幅によって定められうる。
【0024】
光源26により発生された光は、集光レンズ27により一定幅の光束に収束され、光学コネクタ30を介して内視鏡装置10の光ファイバ15内に導光される。
【0025】
ここで、本実施の形態に係る内視鏡システム1の本体部20には光源26が1つのみ設けられる。一方、後述するように、光ファイバ15の本数は、後述する偏光検出部40の偏光生成部60の個数に等しい本数である。本実施の形態では、偏光生成部60の個数は6つであるため、光ファイバ15の本数は6本である。このため、光源26と集光レンズ27との間には切替部26aが設けられている。切替部26aは、光源26からの光をいずれか一本の光ファイバ15内に導光する。また、切替部26aは、光を導光する光ファイバ15以外の光ファイバ15への光を遮断する。
【0026】
ディスプレイコントローラ28は、画像処理部23からの出力である画像信号を、本体部20の外に設けられたディスプレイ32の画面に表示させるためのディスプレイ駆動信号を発生し、これをディスプレイ32に供給する。
【0027】
入力インタフェース29は、本体部20の外に設けられたキーボード等の入力装置33からの操作入力信号を受け入れ、これを制御部21に供給する。
【0028】
そして、本実施の形態である観察装置の偏光検出部40は、
図3及び
図6に示すように、内視鏡装置10の挿入部11の先端部12に設けられている。
【0029】
以下、
図3~
図7を参照して偏光検出部40について説明する。なお、以下の説明では主に光学素子及び光路について説明を行う関係で、
図3~
図7においては検出部50と本体部20とを結ぶ電気回路や内視鏡装置10の被覆等他の構成についての詳細な説明は省略する。
【0030】
偏光検出部40は、対象物からの光を検出する検出部50と、この検出部50の周囲に配置され、それぞれ異なる偏光状態を有する光を生成して対象物に照射する6つの偏光生成部60とを有する。これら検出部50及び偏光生成部60は、
図3及び
図6に示すように、内視鏡装置10の挿入部11の管部材11a内に収納されている。
【0031】
なお、
図3以降において図示するように、検出部50の光軸方向にx軸を取っている。そして、x軸の正方向を対象物に向かう方向とする。
【0032】
検出部50は、
図3に示すように、前群レンズ51、絞り52、偏光分離部53、結像レンズ54、偏光板55、保護ガラス56及びイメージセンサ57を有する。
【0033】
前群レンズ51は、検出部50において対象物側(
図3において右端)に配置されている。絞り52は円環状に形成され、前群レンズ51の出射側に配置されている。偏光分離部53には絞り52から出射される光が入射される。結像レンズ54は、偏光分離部53から出射される光の干渉縞を後述するイメージセンサ57の撮像面57a上に結像させる後群レンズである。検光子である偏光板55及び保護ガラス56は、イメージセンサ57の撮像面57aの前方(
図6において右方)に順に配置されている。イメージセンサ57は、複数の画素を有する撮像素子であり、その撮像面57aに結像された干渉縞を撮像する。
【0034】
検出部50は、後に詳述する6つの偏光生成部60による対象物の照明範囲の共通部分の少なくとも一部をその検出範囲とするように設計されており、より好ましくは、6つの偏光生成部60による全照明範囲よりも撮像範囲が広くなるように設定されている。あるいは、検出部50の検出範囲に応じて、この検出範囲を偏光生成部60による対象物の照明範囲の共通部分の少なくとも一部とするように偏光生成部60を設計してもよい。
【0035】
検出部50の検出範囲に生成した偏光が照射されるように、複数の偏光生成部60のそれぞれの出射角度を設定してもよい。この場合、複数の偏光生成部60のそれぞれの配置状態を調整してもよい。このように偏光生成部60による対象物の照明範囲と検出部50の検出範囲とを設定することで、対象物の照射範囲からの戻り光を検出部50により確実に検出することができる。
【0036】
偏光分離部53は、2枚のサバール板53cと、これらサバール板53cの間に配置された1/2波長板53dとを有する。本実施の形態におけるサバール板53cは、複屈折性を有する一軸性結晶からなる2枚の平行平面板53a(例えばYVO4)と、これら平行平面板53aの間に配置された1/2波長板53bとを有する。
【0037】
サバール板53cは、複屈折性を有する一対の平行平面板53aを、その光軸が90°異なるように貼り合わせたものである。サバール板53cに入射する光が異なる偏光状態が重なり合った光であった場合、サバール板53cは異なる偏光状態の光を分離して出射させる。
【0038】
偏光分離部53から出射された光は結像レンズ54により収束され、偏光板55及び保護ガラス56を通してイメージセンサ57の撮像面57a上で結像される。そして、異なる偏光状態の光がこの撮像面57a上で干渉して干渉縞を形成する。
【0039】
イメージセンサ57は、その撮像面57a上に結像した光を撮像し、その結果を画像信号として出力する。イメージセンサ57は、上述のように撮像面57a上に形成される干渉縞を撮像するため、微細な干渉縞が撮像可能な解像度を有している。撮像面57a上に形成される干渉縞の本数及び幅は、既に説明したように、光源26が発生する光の波長帯域及び帯域幅に依存する。
【0040】
複数の偏光生成部60はそれぞれ、
図4及び
図5に示すように、1枚の偏光板(偏光変換素子)61a~61fと、この偏光板61a~61fの出射側に配置された平凹レンズ(発散光学素子)62とを有する。また、一部の偏光板61a、61bと平凹レンズ62との間には1/4波長板(偏光光学素子)63が配置されている。1/4波長板63が配置されている場合、1枚の偏光板61a、61b、1/4波長板63及び平凹レンズ62により偏光生成部60が構成される。なお、以下の説明及び図示において、偏光板61a~61fの位置を特定せずに一般的に示す場合は、符号61により代表して説明する。
【0041】
図4及び
図5に示すように、6つの偏光生成部60は二群に分けられて検出部50の周囲に配置されている。より詳細には、3つの偏光生成部60が偏光分離部53の図中上方に配置され、3つの偏光生成部60が偏光分離部53の図中下方に配置されている。また、6つの偏光生成部60は、検出部50の光軸方向であるx軸に直交する同一面内に配置されている。
【0042】
また、
図4及び
図5に示すように、x軸に沿って見た場合、複数の偏光生成部60のそれぞれの一部がイメージセンサ57の一部と重複している。これにより、検出部50の光軸方向から見た本実施の形態の偏光検出部40の外径をよりコンパクトにすることができる。この結果、偏光検出部40全体の小型化に寄与することができる。複数の偏光生成部60のうちの少なくとも一つの少なくとも一部が、検出部50の光軸方向にイメージセンサ57に重複するように配置されていればよい。
【0043】
6つの偏光生成部60は、それぞれ異なる偏光状態を有する光を対象物に照射する。この点について以下詳細に説明する。
【0044】
光の偏光状態はストークスベクトルで記述することができ、このストークスベクトルは次式のように、4行1列のストークス行列で書き表すことができる。
【数1】
ここに、ストークス行列の各成分は、s
0が光強度、s
1がx-y直線偏光、s
2が45°直線偏光、s
3が円偏光である。s
0は強度を表すため正の値を取る。s
1=s
0とは0°直線偏光であることを意味し、s
1=-s
0は90°直線偏光であることを意味する。また、s
2=s
0は45°直線偏光であることを意味し、s
2=-s
0は-45°直線偏光であることを意味する。さらに、s
3=s
0は右回り円偏光であることを意味し、s
3=-s
0は左回り円偏光であることを意味する。
【0045】
それぞれの偏光生成部60、より詳細には偏光板61a~61f及び1/4波長板63のそれぞれの組み合わせは、s1=±1、s2=±1、s3=±1の6種類の偏光状態のいずれか一つの偏光状態を有する光を生成するように設定されている。
【0046】
具体的には、6つの偏光生成部60では、
図7に示すように、各々の偏光生成部60から出射される光のストークス成分がそれぞれ図示する成分となるように、偏光板61a~61fが選択され、また、1/4波長板63の配置位置が定められている。
【0047】
各々の偏光生成部60から出射される光の偏光状態をどのように異ならせるか、言い換えればどのようなストークス成分を有する光を出射させるかは任意に決定可能である。
【0048】
ここで、ストークス成分s1は角度による偏光状態の変化が他の成分s2、s3よりも小さいので、ストークス成分s1=+1を有する光を照射する偏光板61c及びストークス成分s1=-1を有する光を照射する偏光板61fが離れて配置されても問題ない。
【0049】
加えて、ストークス成分s3=±1を有する光を照射する偏光板61a、61b及び1/4波長板63については、これら偏光板61a、61bの出射側に配置される1/4波長板63を共通化でき、また、1/4波長板63を保持する図略のホルダを共通化できる観点から、これら偏光板61a、61bを隣り合わせに配置するメリットがある。
【0050】
レンズ62は、偏光板61及び1/4波長板63から出射される光を発散し、対象物の所定の領域を照明する平凹レンズである。ここで、平凹レンズ62から出射される光の半画角が15度以内となるように、平凹レンズ62の光学設計がなされている。これは、半画角が15度以内であれば、偏光生成部60から照射された光の偏光状態は大きく変化しないからである。また、後に詳述する光ファイバ15の開口数(NA:numerical aperture)を考慮しても、この光ファイバ15から出射する光の半画角も15度以内とされる。
【0051】
偏光生成部60に用いられる発散光学素子としての平凹レンズ62は、同様に光の発散効果を有する他の光学素子、例えばボールレンズと比較して、偏光性能が良いことから、偏光生成部60として好適である。
【0052】
偏光生成部60には、
図3及び
図6で詳細に示すように、内視鏡装置10の光ファイバ15により光が導光される。光ファイバ15は、
図3に示すように、内視鏡装置10の挿入部11の管部材11a内を挿入部11の長手方向に沿って延び、この挿入部11の先端部12にまで至ってその出射端15aが偏光板61の入射端(
図3において左端)近傍に配置されている。
【0053】
光ファイバ15は、光源26からの光の偏光状態を解消して(偏光スクランブルして)偏光生成部60まで導光する。本実施の形態では、
図6に示すように、光ファイバ15はコア15bの断面が略正方形でクラッド15cの断面外形が略円形のマルチモード光ファイバである。このような構成の光ファイバ15は、偏光板61の入射面に偏光解消された安定な光を供給でき、したがって偏光板61を通過した偏光状態は空間的及び時間的に安定な光強度を保つことができる。
【0054】
本実施の形態では、内視鏡装置10に偏光生成部60と同数、つまり6本の光ファイバ15が設けられており(
図3では2本のみ図示している)、これら光ファイバ15には単一の光源26から共通に光が導光される。従って、偏光生成部60からは、時分割的に偏光状態の異なる光が対象物に照射されることになる。
【0055】
なお、本実施の形態である偏光検出部40を構成する各要素は、高温環境下における滅菌処理を行っても高い偏光計測精度が維持できるような材料で形成されている。具体的には、1/2波長板53b、53d及び1/4波長板63は水晶から構成されている。また、平凹レンズ62は光学ガラスから構成されている。さらに、偏光板61は無機材料またはワイヤーグリッドから構成されている。そして、サバール板53cを構成する平行平面板53aはYVO4から構成されている。
【0056】
ここに、滅菌処理のオートクレーブは、一例として115℃で30分間、121℃で20分間、126℃で15分間、134℃で10分間のいずれかの条件で行われる。
【0057】
そして、本実施の形態である観察装置100は、偏光検出部40と画像処理部23、特に判定部23aとから構成される。
【0058】
次に、偏光検出部40を用いた内視鏡システム1によるストークス成分s0~s3の測定方法の原理について説明する(K. Oka and N. Saito, "Snapshot complete imaging polarimeter using Savart plates", SPIE 6295-9, 1 (2006)参照)。
【0059】
イメージセンサ57により撮像された光の強度分布をI(x,y)とする。測定光に含まれるストークス成分の2次元分布をそれぞれs
0(x,y)、s
1(x,y)、s
2(x,y)、s
3(x,y)とすると、これらストークス成分の2次元分布を用いて光強度分布を表すと次式のようになる。
【数2】
ここに、argは複素数の偏角を示す関数であり、U
1及びU
2は、それぞれ2枚のサバール板53cにより導入される空間キャリア周波数である。
【0060】
上式におけるs0(x,y)、s2(x,y)及びs13(x,y)は、これら(特にs13(x,y)については実数成分及び虚数成分)がそれぞれ異なる4つの空間キャリア周波数fy=0、U2、U2-U1、U2+U1を有することから、光強度分布I(x,y)を空間周波数フィルタリングすることにより得られる。そして、これらストークス成分の2次元分布は、抽出された成分の振幅及び位相から得ることができる。この際、空間周波数フィルタリング及び振幅、位相の変調は、ストークス成分の2次元分布の変調に適した形にされたフーリエ変換技術により一度に行うことができる。
【0061】
そこで、内視鏡システム1の画像処理部23(含む判定部23a)は、検出部50から出力される画像信号の強度の2次元分布を取得し、この強度の2次元分布をフーリエ変換することで、対象物からの戻り光の偏光状態、具体的にはストークス成分s0~s3の2次元分布を得る。
【0062】
そして、画像処理部23の判定部23aは、このストークス成分s0~s3の2次元分布を用いて、対象物の偏光度を求める。そして、判定部23aは、この偏光度に基づいて対象物の粘膜層の厚みを算出し、これにより、がんの浸潤度を診断する。
【0063】
対象物への入射光のストークス行列をS=(s
0,s
1,s
2,s
3)とし、この対象物からの戻り光のストークス行列をS′=(s′
0,s′
1,s′
2,s′
3)とすると、これらストークス行列の関係は4行4列のミュラー行列Mにより表される。すなわち、
【数3】
【0064】
ここで、ミュラー行列Mの全16の要素m00~m33の各要素と偏光の物理的特性との厳密な対応は難しいが、おおまかな関係としては、要素m00は輝度を表し、全16の要素m00~m33は偏光度を表し、要素m01、m02、m10及びm20は二色性(直線複吸収)を表し、要素m03及びm30は円二色性(円複吸収)を表し、要素m11、m12、m21及びm22は旋光性(円複屈折)を表し、要素m11~m13、m21~m23及びm31~m33は複屈折性(直線複屈折)を表すものである。
【0065】
既に説明したように、本実施の形態である偏光検出部40によれば、6種類の互いに偏光状態の異なる光、言い換えれば、互いに異なるストークス成分(このストークス成分は全て既知である)を有するストークス行列(これをS1~S6と置く)により表される光を対象物に入射し、それぞれの光が反射して得られる対象物からの戻り光のストークス成分を検出することができる(このストークス成分からなるストークス行列をS′1~S′6と置く)。そして、対象物のミュラー行列Mは同一であるので、これらストークス行列S1~S6、S′1~S′6からミュラー行列Mの各成分を求めることができる。
【0066】
すなわち、本実施の形態である偏光検出部40において、6つの偏光生成部60のうち4つを用いた場合、4つの行列式を解くことでミュラー行列Mの各成分は一意に定まる。また、6つの偏光生成部60を全て用いれば、最小二乗法を用いてミュラー行列Mの各成分を求めることができる。
【0067】
そして、戻り光のストークス行列S′=(s′0,s′1,s′2,s′3)のストークス成分の2次元分布がわかっているので、対象物のミュラー行列Mの各成分の2次元分布も求めることができる。これにより、対象物の偏光度の2次元分布を求めることができる。そして、この偏光度の2次元分布に基づいて対象物の粘膜層の厚みの2次元分布を算出し、これにより、対象物の状態の1つであるがんの浸潤度を診断することができる。
【0068】
加えて、本実施の形態である観察装置100を構成する判定部23aによれば、上述した原理に基づいて正常組織及びがん組織を判別するのみならず、正常組織からがん組織に遷移している状態にある遷移部分を検出することができる。以下、この検出原理について説明する。
【0069】
図8は、対象物として消化管を例に取った、がん組織、正常組織及び遷移部分の関係を示す図である。
図8(a)、(b)はいずれも消化管を長さ方向に切開して展開した状態を示す。
【0070】
図8(a)に示すように、消化管200の内面にはがん組織が存在する領域201があるものとする。医師は、がん組織を目視で確認し、あるいは、消化管200の内面の生体組織をサンプルとして切り取り、病理検査を行った上で確定診断を行う。図中、がん組織のサンプル採取箇所を符号202で示す。
【0071】
がん組織は、がん細胞の成長に伴って周辺に拡大する。医師は、がん組織が存在する領域201を確認したら、領域201の拡大を阻止し、さらに消化管以外への転移を未然に防ぐ必要がある。そこで、医師は、領域201の周囲(図中左右方向)に存在する正常組織を含めた切除領域203を設定し、この切除領域203の消化管を切除する。
【0072】
図8(a)において、正常組織であると診断されたサンプル採取箇所を符号204で、遷移部分であると診断されたサンプル採取箇所を符号205で示す。
【0073】
正常組織及びがん組織であるか否かの判定は、上述したように、ミュラー行列Mの16要素の値、言い換えれば各成分に基づいて行うことができる。一方、遷移部分であるか否かの判定は、ミュラー行列Mの16要素の値から直接判定することができなかった。
【0074】
そこで、発明者らは、正常組織、がん組織及び遷移部分から実際に算出したミュラー行列Mの16要素の値に基づいて種々解析を行った結果、所定の手順に基づけば遷移部分か否かの判定が可能であるとの知見に至った。
【0075】
より詳細には、対象物のうち所定の領域に、6つの偏光生成部60からそれぞれ偏光を照射し、その照射領域からの光をイメージセンサ57で受光する。判定部23aは、イメージセンサ57の複数の画像(本実施例では6つの画像)を用いて画素ごとに、ミュラー行列Mを算出する。これにより、対象物の照射領域からの光を受けた画素の数だけミュラー行列Mが取得される。判定部23aは、取得したミュラー行列Mのそれぞれの16個の要素を16次のデータとみなす。これにより、光を受けた画素の数と同数の16次のデータが得られる。判定部23aは、この16次のデータ群を用いて主成分分析することにより、16個の主成分ベクトルの線形結合で各16次元データ(ミュラー行列)を表す。
【0076】
以下、判定部23aが行う主成分分析の概要について説明する。なお、主成分分析自体は公知の手法であるので、概要のみ説明する。
【0077】
主成分分析とは、多次元(n次元)のデータ
【数4】
があったとき各成分の分散共分散行列
【数5】
【数6】
が対角行列(無相関)になるように座標変換を行う多変量解析の方法である。
【0078】
適当な直交行列
【数7】
でxを
【数8】
によって新しい変数に変換する。このとき、各データは
【数9】
とあらわされている。あたらしい変数yの分散共分散行列
【数10】
【数11】
が対角行列になるような直交行列Pを見つけることが主成分分析である。このとき、分散共分散行列の性質(対称行列)により対角成分(ε
11, …,ε
nn)(分散共分散行列の固有値である)は0または正の数となる。
【数12】
を分散共分散行列の固有値の大きな方から第1主成分(ベクトル)、…、第n主成分(ベクトル)と呼ぶ。
【0079】
新しい変数
【数13】
を主成分(ベクトル)のスコアと呼ぶ。
【0080】
分散共分散行列の固有値は新しい変数の分散なので、値が小さいということは全データの対する寄与が小さいことを意味する。従って、他に比べて小さなスコアは無視してもデータの持つ情報はほとんど失われない。
【0081】
計測データの場合、固有の値が測定誤差の程度であれば、その変数はノイズとみなすことができる。
【0082】
そこで、情報の欠落が少ない適当な次元m<nを決めて、
【数14】
によって近似すれば、n次元のデータをm次元に次元圧縮しても、もとのデータの情報はほとんど失われない。
【0083】
なお、主成分分析で圧縮したミュラー行列に、光学的意味があることを確認することが必要である。確認の手法には、後述する手法が用いられる。また、次元圧縮の対象として、ミュラー行列から変換できる物理量、例えば分散共分散(Covariant)行列もしくはコヒーレント(Coherent)行列、あるいはその行列要素の絶対値からなる行列、なども有効である。
【0084】
そこで、本実施の形態である観察装置100の判定部23aは、データ(ミュラー行列)を主成分分析により得られた16個の主成分ベクトルの一部を使って表現することにより、16次元よりも低次元の空間に射影する。すなわち、主成分分析により16次元よりも低次元の特定の次元の値に変換する。これにより、元々ミュラー行列の次元である16次元の値をより低次元の値に圧縮する。本実施の形態では、上述の説明においてn=16であり、m=4であり、つまり、16次元の値を4次元の値に圧縮する。次いで、判定部23aは、上記の圧縮に用いなかった主成分ベクトル(本実施例では第5~16主成分ベクトル)を使ってデータを表現する。すなわち、判定部23aは、1~16次元の値から1~4次元の値を除いた値である5次元以上の値(以下、これを残差と称する)を算出する。ここで、1~4次元の値とは、数式9の右辺の第1主成分を含む第1項から第4主成分を含む第4項までを足し合わせた値である。そして、判定部23aは、この残差を予め定めた閾値と比較し、残差が閾値以上になった場合、その残差の算出に用いられたミュラー行列Mの16要素が得られた領域が遷移部分であると判定する。
【0085】
尚、判定部23aによる遷移部分か否かの判定は、対象物の照射領域全体が遷移部分か否かを判定するのに代えて、照射領域からの光を受けた複数の画素ごとに残差を求め、画素ごとに残差と閾値との比較を行い、照射領域のうち、残差が閾値以上になった画素に対応する部分が遷移部分であると判定してもよい。
【0086】
この4次元の値には、がん組織であるか正常組織であるかを判定するための偏光情報が平均で95%以上が含まれることが、発明者らの実験結果により明らかになった。一方、1~n次元(n>4)の値から1~4次元の値を除いた残差を正常組織、がん組織及び遷移部分とで比較すると、遷移部分についてのみこの残差が大きいことも、発明者らの実験結果により明らかになった。従って、主成分分析の結果得られた1~4次元の値に基づき残差を算出し、この残差が閾値以上である組織を遷移部分であると判定することが可能になった。
【0087】
尚、遷移部分であるか否かの判定に用いられる閾値は、例えば、以下のように設定してもよい。イメージセンサ57の複数の画素ごとに算出したミュラー行列Mの各要素のヒストグラムを取る。そして、このヒストグラムの最大幅の、正常(非ガン)のときのヒストグラムの最大幅に対する倍数を、閾値とする。倍数は、例えば2倍もしくは3倍である。ヒストグラムは、ミュラー行列Mの複数の要素のそれぞれについて作成され、要素の値を横軸とし、頻度を縦軸としたヒストグラムであり、各要素において、主成分分析に用いた画素の数と同数もしくは特定の画像に含まれる画素数と同数の値が用いられる。
【0088】
上述した手法によれば、判定部23aを含む画像処理部23はミュラー行列Mの16要素の2次元分布を得ることができるので、判定部23aは、遷移部分の2次元分布も得ることができる。これにより、
図8(b)に示すように、遷移部分が存在する遷移領域206をイメージとして判定し、検出することができる。
【0089】
本実施の形態である観察装置100の判定部23aの作用について、
図9~
図11を用いて説明する。但し、4次元の値を3次元で表現することは難しいので、3次元の値を主成分分析により2次元の値に圧縮した場合について説明する。
【0090】
図9は、ミュラー行列Mの16要素のうち、m
11、m
22、m
33の3要素の成分の分布を示す図である。なお、
図9~
図11に示す例は仮想的なものであり、実際の値とは異なる。
図9において成分300は図示するような分布を有するものとする。また、図中に第1主成分、第2主成分及び第3主成分の軸も図示している。
【0091】
図9に示す分布を、それぞれ直交する第1主成分、第2主成分及び第3主成分の軸で書き直すと
図10(a)のようになる。
図10(a)は立体的(3次元的)な図示であるので、第1主成分の軸と第2主成分の軸とを含む平面が図の平面に一致するような平面的(2次元的)な図示に書き換えると
図10(b)のようになる。さらに、第1主成分の軸と第3主成分の軸とを含む平面が図の平面に一致するような平面的な図示に書き換えると
図10(c)のようになる。
【0092】
図10(c)は、いわば主成分分析により3次元から2次元にその次元を圧縮した表現であると考えられる。従って、図中矢印で挟まれた成分が2次元以上の値の残差に相当する。
【0093】
発明者らの解析によれば、
図11(a)に示すように、正常組織及びがん組織についての2次元以上の残差(図中では2次元残差と表示している)は小さい。一方、
図11(b)に示すように、遷移部分についての2次元残差は大きい。そこで、判定部23aは、
図11(a)に示す2次元残差と
図11(b)に示す2次元残差とを峻別しうる閾値を設定し、2次元残差が閾値以上であるか否かに基づいて遷移部分を判定する。
【0094】
上述した手法により遷移部分を判定できる理由について、発明者らは以下のように推測する。
【0095】
正常組織を構成する細胞の核の大きさはほぼ一定である。また、がん組織を構成する細胞の核の大きさは、正常組織の核より大きいものの、これもほぼ一定である。従って、正常組織及びがん組織はそれぞれ特定の偏光状態を有する偏光子として作用すると考えられる。そして、正常組織とがん組織とではその偏光状態が異なるので、これらをミュラー行列Mの16要素の値に基づいて判定することができる。
【0096】
一方、遷移部分においては正常組織とみなせる細胞とがん組織とみなせる細胞とが混在していると考えられる。従って、遷移部分に光を当てると複雑な散乱光が発生すると推測される。この散乱は、細胞の核が光の波長の10倍程度であるので、いわゆるミー(Mie)散乱と考えられる。ミー散乱は粒子径(ここでは核の大きさ)にその散乱強度が依存する。従って、異なる径を有する核が不均一に分布する系からの散乱強度を理論的に求めるのは容易ではない。
【0097】
しかも、正常組織とみなせる細胞とがん組織とみなせる細胞とが不均一に分布するため、散乱も一様ではない。従って、ミュラー行列Mの16要素の値のバラツキが大きくなり、16要素の値そのままでは遷移部分であるとの判定は難しい。
【0098】
そこで、この値のバラつきを残差という形で取り出し、バラつきが大きいことにより遷移部分であるか否かの判定を行えば、比較的簡易に遷移部分の判定が行えると考えられる。
【0099】
次に、
図12のフローチャートを参照して、本実施の形態である観察装置100を含む内視鏡システム1の動作について説明する。
【0100】
まず、ステップS1では、光源ドライバ25により光源26を駆動し、この光源26から光を発生させ、偏光生成部60から所定の偏光状態の光を発生させて、対象物を照明する。ステップS2では、対象物からの戻り光を検出部50のイメージセンサ57により撮像する。
【0101】
ステップS3では、ステップS2でイメージセンサ57が撮像した撮像信号に基づいて、画像処理部23がイメージセンサ57の画素単位でのミュラー行列Mの16要素の2次元分布を算出する。
【0102】
ステップS4では、判定部23aが、ステップS3で得られたミュラー行列Mの16要素の値を16次元空間内にプロットする。ステップS5では、判定部23aが、ステップS4でプロットされたミュラー行列Mの16要素の値を主成分分析により4次元の値に変換する。ステップS6では、判定部23aが、ステップS5で得られた4次元の値に基づいて残差を算出する。
【0103】
ステップS7では、判定部23aが、ステップS7における判定用の閾値を設定する。なお、この閾値は事前に設定されてもよい。ステップS8では、ステップS6で得られた残差と閾値とを比較し、閾値以下の情報を除去し、閾値以下を除去して残った値すなわち閾値以上の画素の情報を得る。この閾値以上の画素は遷移領域に対応する。ステップS9では、画像処理部23が、ステップS8で得られた値を画像化する。ステップS9で得られた画像は、遷移部分の分布を示す画像である。遷移部分の分布を示す画像は、例えば、元の画像において、残差が閾値以上である画素を赤く表示することで遷移領域を赤で示すことにより形成される。この場合、遷移領域の境界を判断して輪郭を描き、赤い部分を半透明にしてもよいし、閾値以下の情報を除去して残った値の大きさに応じて色の濃さを変化させてもよい。
【0104】
以上のように構成された本実施の形態である観察装置100は、対象物からの光の偏光状態を検出する偏光検出部40と、偏光状態を示す値を主成分分析することにより、対象物の状態を判定する判定部23aとを有する。
【0105】
従って、判定部23aの判定結果を用いれば、遷移部分を正確に判定、検出することができる。
【0106】
また、本実施の形態である観察装置100によれば、複雑な機構を用いることなく対象物の偏光状態を観察することができる。さらに、本実施の形態である観察装置100では、装置全体の小型化を実現できる。
【0107】
なお、発明者らは、ミュラー行列Mの16要素の値に基づいて光学的なエントロピーを算出し、このエントロピーの値により正常組織とがん組織とを判別することができるとの知見に至った。
【0108】
ミュラー行列をコヒーレント行列に変換した後、固有値分解して得られた固有値を使ってエントロピーを計算する手順は以下の通りである。
【0109】
まず、ミュラー行列M(4×4実数行列)をコヒーレント行列C(4×4複素数行列)に変換する。以下の説明では、ミュラー行列Mの16要素は次式のように表現するものとする。
【数15】
【0110】
コヒーレント行列Cは次式で表現される。
【数16】
【0111】
コヒーレント行列Cの16要素はミュラー行列Mの16要素を用いて次式により与えられる。
【数17】
【0112】
次に、コヒーレント行列Cを対角化して固有値分解する。
【数18】
【0113】
そして、この正方行列Λの成分λ
1~λ
4を用いて、コヒーレント行列CのエントロピーH
Tを次式により計算する。
【数19】
【0114】
なお、コヒーレント行列Cはエルミート行列なので、その固有値は必ず実数になる。また、λi<0の場合はλi=0とする。負の固有値を持つコヒーレント行列が得られた場合、元のミュラー行列Mには光学的な意味がない。この性質は、ミュラー行列Mが光学的な意味を持つものかどうかの判断に使われる
【0115】
上述の説明に基づいて、ミュラー行列MからエントロピーHTを算出したところ、がん組織から得られるミュラー行列Mの16要素に基づくエントロピーHTは、それ以外の組織から得られるミュラー行列Mの16要素に基づくエントロピーHTよりも低いという実験結果が得られた。
【0116】
また、がん組織のエントロピーの平均値と不偏標準偏差との和が、正常組織のエントロピーの平均値と不偏標準偏差との差より小さくなることが分かった。ここで、エントロピーの平均値は、各画素で計算されたエントロピーの画像毎の平均値であり、([各画素のエントロピー]の総和)/(総画素数)で画像毎に計算される。また、不偏標準偏差は、データの広がり具合の一つの指標であり、{(([各画素のエントロピー] - [エントロピーの平均値])2の総和)/(総画素数-1)}の平方根として画像毎に計算される。
【0117】
従って、本実施の形態である観察装置100において、判定部23aにより残差を算出して遷移部分を判定、検出し、エントロピーHTも算出してがん組織を判定、検出することができる。
【0118】
さらに、発明者らは、正常組織、がん組織及び遷移部分についてそれぞれ得られたミュラー行列Mの16要素を主成分分析して得られた結果のうち、第2主成分、第3主成分及び第4主成分を3次元空間上にプロットしたところ、がん組織と遷移部分とを判別することができるとの知見に至った。
【0119】
まず、既に説明したように、正常組織、がん組織及び遷移部分についてそれぞれ得られたミュラー行列Mの16要素を主成分分析して4次元に次元圧縮した。次いで、この4次元の値からなる4次元空間に対してクラスタリング等の手法を用いて探索をした。その結果、分散共分散行列の固有値である第1主成分が、ほぼ単位ジョーンズ(Jones)行列、つまり偏光の強度情報であることが判明した。
【0120】
そこで、発明者らは、4次元の値のうち第1主成分を除いた3次元の値、つまり、偏光変換作用成分だけが豊富な値についての探索を行った。
【0121】
図13は、主成分分析の結果である第2主成分(主軸)、第3主成分(主軸)及び第4主成分(主軸)で表現される3次元空間をメルカトル図法により2次元に展開したものである。より詳細には、ある患者における遷移部分及びがん組織から得られた主成分分析の値を、同一の患者における正常組織の値により正規化し、正規化した値を3次元球面上にプロットしたものである。図において縦軸、つまり球面上の緯度は第2主成分の値であり、図中上半分がブロッホ(Bloch)球において|0〉方向、下半分がブロッホ球において|1〉方向である。また、図において横軸、つまり球面上の経度は第3主成分及び第4主成分の値である。
【0122】
図中、白丸はがん組織の値、黒丸は遷移部分の値である。図に示すように、がん組織の値はその8割近くが北半球の高緯度(40°以上)に存在することがわかった。従って、
図13に示すような図を描き、緯度を閾値とすることで、がん組織と遷移部分とを区別して判定、検出することができる。
【0123】
以上、図面を参照して、実施の形態を詳述してきたが、具体的な構成は、この実施の形態及び実施例に限らず、その要旨を逸脱しない程度の設計的変更は、本開示に含まれる。
【0124】
一例として、上述の実施の形態である偏光検出部40には6つの偏光生成部60を設けたが、これに代えて、入射光のストークス成分のうちs1=±1、s2=1、s3=1をそれぞれ生成する4つの偏光生成部60を設けてもよい。そして、これら4つの偏光生成部60のうち、1つの偏光生成部60は1/4波長板63を有する。
【0125】
さらに、複数の偏光生成部60には光源26から順に光が切り替えられて入射されていたが、各々の偏光生成部60に周波数時分割した光を入射させてもよい。但し、あまり時分割の周期が長いと対象物の偏光度が変化してしまう可能性があるので、時分割の周期は人間が視認できない程度のものであることが望ましい。
【0126】
また、偏光生成部60の配置位置は上述の各実施の形態に限定されず、検出部50の周囲に配置されていればよい。但し、イメージセンサ57の撮像面57aは通常矩形に形成されているので、観察装置100全体の小型化を考慮すると、上述の実施の形態のように検出部50の上下に、あるいは環状に偏光生成部60を配置することが好ましい。
【0127】
さらに、上述の実施の形態における偏光生成部60において、偏光板61及び発散レンズ62、さらには1/4波長板63を互いに接着させて一体化してもよい。この場合、一部の偏光板61(上述の実施の形態では61c~61f)の対象物側には1/4波長板63が設けられていない。そこで、1/4波長板63の分だけ偏光板61c~61fの厚みを加えれば、それぞれの偏光生成部60の光路長を等しくすることができる。
【0128】
同様に、光ファイバ15の出射端15aと偏光板61とを接着してもよい。
【0129】
また、偏光生成部60の偏光変換素子は、観察装置100の小型化という観点からすると、この偏光変換素子により得られる偏光状態が変化しない、つまりパッシブな偏光変換素子であることが好ましい。この観点から、上述の実施の形態では偏光板61を用いている。しかし、対象物に光を照射する時点だけ偏光状態が変化しなければ足りるので、例えば液晶素子を電気駆動して偏光状態を所定の状態に維持したものも偏光変換素子として用いることができる。
【0130】
また、内視鏡装置10が判定部23aを備えている例を示したが、これに代えて、内視鏡装置10の一部ではなく外部装置として判定部23aを設けてもよい。この場合、内視鏡装置10の画像処理部23で処理された画像信号を判定部23aに送信する送信部を内視鏡装置10に設けてもよい。
【0131】
また、観察の対象物の偏光状態を表す値としてミュラー行列を用いた例を示したが、これに代えて、ジョーンズ行列を用いてもよい。この場合、偏光生成部60で生成する偏光の種類の数や、判定部23aでの主成分分析により圧縮される次元の値、残差の値、および、閾値を適宜設定することができる。
【0132】
また、判定部23aにおいて、高次のデータ群を用いて主成分分析することにより、複数の主成分ベクトルの線形結合で高次データをより低次元の空間で表す例を示したが、これに代えて、カーネル主成分分析を用いてもよい。この場合、例えば、判定部23aは、まず主成分分析により次元削減を行い、圧縮する前の次元における情報に対する圧縮された後の次元における情報の割合が所定の割合以下であったときに、カーネル主成分分析を行うと判断してもよい。所定の割合は、必要とする情報量に応じて設定され、例えば90%である。カーネル主成分分析に用いられる正定値カーネルとして、例えば、線形カーネル、ガウスカーネル、多項式カーネル等が用いられる。
【0133】
複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法であれば、主成分分析以外の多変量解析を用いてがん組織、非がん組織、および、遷移部分を区別して判定してもよい。主成分分析以外の多変量解析手法として、主成分分析およびカーネル主成分分析と数学的にほぼ等価な回帰分析(非線形を含む)および因子分析等が挙げられる。
【0134】
判定部23aは、以下のように、がん組織、非がん組織、および、遷移部分を判定してもよい。判定部23aは、例えば異なる照射方向ごとに、観察対象物の所定の領域からの光を撮像したイメージセンサ57から出力された画像信号を用いて、対象物のミュラー行列を算出する。判定部23aは、算出した対象物のミュラー行列と、異常を有するサンプルを予め実測して得られたミュラー行列とを比較して、比較結果に基づいて、対象物の異常の有無を判定する。この場合、サンプルのミュラー行列(偏光特性)とサンプルの状態(異常の種類や異常の程度)とが予め関連付けされている。判定部23aは、比較の結果、対象物を実測して得られた実測結果のミュラー行列(偏光特性)との類似度が高いサンプルミュラー行列に関連付けされた状態を、実測した対象物の状態として判定する。
【0135】
対象物の状態の判定の基準となるミュラー行列を算出する際、判定部23aは、がん組織、非がん組織、または、遷移部分であると予め分かっている上記のサンプルの複数のミュラー行列を、それぞれニューラルネットワークに入力して学習させ、それぞれの状態の特徴量を抽出してもよい。この場合、がん組織の特徴を有するミュラー行列または行列要素、非がん組織の特徴を有するミュラー行列または行列要素、および、遷移部分の特徴を有するミュラー行列または行列要素をそれぞれ算出し、状態と対応付けて記憶してもよい。また、この場合、がん組織、非がん組織、および、遷移部分を示す複数の画像をニューラルネットワークに入力して学習させ、それぞれの状態に対応する画像の特徴量を抽出し、ミュラー行列または行列要素と画像とを対応付けて記憶してもよい。
【0136】
判定部23aは、状態判定の対象となる対象物のミュラー行列またはその行列要素と、ニューラルネットワークにより算出されたミュラー行列またはその行列要素とを比較することにより、対象物の状態を判定することができる。
【0137】
なお、上記のサンプルのミュラー行列は、異なる照射方位、異なる照射角度ごとに取得されたミュラー行列であり、予め記憶部に記憶されてもよい。この場合、判定部23aは、複数のサンプルミュラー行列の中から、算出したミュラー行列の照射方位と照射角度とが同一のサンプルミュラー行列を読み出し、比較を行う。制御部21は、判定部23aによる判定の結果(すなわち対象物の異常の結果)をディスプレイ32に表示させたり、記憶媒体に記憶させたりしてもよい。 サンプルのミュラー行列を一つの照射方位および照射角度で取得し、実測した複数のミュラー行列のそれぞれとサンプルミュラー行列とを比較することにより、対象物の異常の有無を判定してもよい。
【符号の説明】
【0138】
1 内視鏡システム
10 内視鏡装置
11 挿入部
11a 管部材
13 操作部
15 光ファイバ
20 本体部
26 光源
40 偏光検出部
50 検出部
57 イメージセンサ
60 偏光生成部
100 観察装置