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特許7280579エレクトレット及びその製造方法並びに静電誘導型変換素子
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  • 特許-エレクトレット及びその製造方法並びに静電誘導型変換素子 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】エレクトレット及びその製造方法並びに静電誘導型変換素子
(51)【国際特許分類】
   H04R 19/01 20060101AFI20230517BHJP
   C08G 63/60 20060101ALI20230517BHJP
   C08G 63/685 20060101ALI20230517BHJP
   H01G 7/02 20060101ALI20230517BHJP
   H02N 1/00 20060101ALN20230517BHJP
【FI】
H04R19/01
C08G63/60
C08G63/685
H01G7/02 A
H01G7/02 E
H02N1/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019155447
(22)【出願日】2019-08-28
(65)【公開番号】P2021034948
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】390006323
【氏名又は名称】ポリプラスチックス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【弁理士】
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】田口 吉昭
(72)【発明者】
【氏名】石田 謙司
(72)【発明者】
【氏名】福島 達也
(72)【発明者】
【氏名】小柴 康子
(72)【発明者】
【氏名】西本 卓馬
【審査官】冨澤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-224090(JP,A)
【文献】特開昭62-246940(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0169036(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 19/01
C08G 63/60
C08G 63/685
H01G 7/02
H02N 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマー残基を93~100mol%含み、かつ、極限粘度が1.0dL/g以上6.0dL/g未満である液晶性樹脂を、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施してなる、エレクトレット。
【請求項2】
前記液晶性樹脂が、全芳香族ポリエステル又は全芳香族ポリエステルアミドである、請求項1に記載のエレクトレット。
【請求項3】
前記非対称性芳香族モノマー残基が、下記構造式(I)~(V)で表される構造単位のうちの少なくとも1種の構造を有する、請求項1又は2に記載のエレクトレット。
【化1】
【請求項4】
前記非対称性芳香族モノマー残基のうち、キンク構造を有するモノマー残基が0.1mol%以上45mol%以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のエレクトレット。
【請求項5】
前記キンク構造を有するモノマー残基が、3-ヒドロキシ安息香酸残基又は6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸残基である、請求項4に記載のエレクトレット。
【請求項6】
前記液晶性樹脂が、膜厚が1μm以上である膜状である、請求項1~5のいずれか1項に記載のエレクトレット。
【請求項7】
前記液晶性樹脂が膜状であり、液晶性樹脂の少なくとも一方の面に電極が接合している、請求項1~6のいずれか1項に記載のエレクトレット。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のエレクトレットの製造方法であって、
非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマーを重合して液晶性樹脂を得る工程と、
前記液晶性樹脂への電荷注入に際し、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施しつつ、前記液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させる工程と、
を含む、エレクトレットの製造方法。
【請求項9】
請求項1~7のいずれか1項に記載のエレクトレットを備える、静電誘導型変換素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶性樹脂を用いてなるエレクトレット及びその製造方法、並びに電気エネルギーと運動エネルギーとを変換する静電誘導型変換素子に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトレットは、電場を印加すると表面に電荷を生じ、その電場を去っても半永久的に電荷が保持される材料であり、電気-運動エネルギー変換材料(静電誘導型変換素子)として、スピーカー、ヘッドフォン、マイクロフォン等の電気音響変換材料、あるいは超音波センサー、圧力センサー、加速度センサー等の各種センサー等に利用されている。
【0003】
エレクトレットのうち、ポリマー材料からなるものとしては、例えば、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン等の強誘電性を示す材料が知られている。
【0004】
一方、液晶性樹脂は、優れた流動性、機械強度、耐熱性、耐薬品性、電気的性質等をバランスよく有するため、高機能エンジニアリングプラスチックスとして広く利用されている。従って、エレクトレットを液晶性樹脂から構成することができれば有用である。液晶性樹脂からなるエレクトレットとしては、芳香族ヒドロキシカルボン酸残基を含む、溶融時に異方性を示すポリエステル等の成形体を熱エレクトレット化して得られるものが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開昭62-224090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載のエレクトレットは、表面の電荷密度が不十分であり、改善の余地が残されていた。
【0007】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであり、その課題は、液晶性樹脂を用いたエレクトレットであって、表面電荷密度が高く、かつ、電荷保持特性に優れたエレクトレット及びその製造方法、並びに該エレクトレットを備えた静電誘導型変換素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決する本発明の一態様は以下の通りである。
(1)非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマー残基を93~100mol%含み、かつ、極限粘度が1.0dL/g以上6.0dL/g未満である液晶性樹脂を、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施してなる、エレクトレット。
【0009】
(2)前記液晶性樹脂が、全芳香族ポリエステル又は全芳香族ポリエステルアミドである、前記(1)に記載のエレクトレット。
【0010】
(3)前記非対称性芳香族モノマー残基が、下記構造式(I)~(V)で表される構造単位のうちの少なくとも1種の構造を有する、前記(1)又は(2)に記載のエレクトレット。
【0011】
【化1】
【0012】
(4)前記非対称性芳香族モノマー残基のうち、キンク構造を有するモノマー残基が0.1mol%以上45mol%以下である、前記(1)~(3)のいずれかに記載のエレクトレット。
【0013】
(5)前記キンク構造を有するモノマー残基が、3-ヒドロキシ安息香酸残基又は6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸残基である、前記(4)に記載のエレクトレット。
【0014】
(6)前記液晶性樹脂が、膜厚が1μm以上である膜状である、前記(1)~(5)のいずれかに記載のエレクトレット。
【0015】
(7)前記液晶性樹脂が膜状であり、液晶性樹脂の少なくとも一方の面に電極が接合している、前記(1)~(6)のいずれかに記載のエレクトレット。
【0016】
(8)前記(1)~(7)のいずれかに記載のエレクトレットの製造方法であって、
非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマーを重合して液晶性樹脂を得る工程と、
前記液晶性樹脂への電荷注入に際し、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施しつつ、前記液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させる工程と、
を含む、エレクトレットの製造方法。
【0017】
(9)前記(1)~(7)のいずれかに記載のエレクトレットを備える、静電誘導型変換素子。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、液晶性樹脂を用いたエレクトレットであって、表面電荷密度が高く、かつ、電荷保持特性に優れたエレクトレット及びその製造方法、並びに該エレクトレットを備えた静電誘導型変換素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本実施形態における液晶性樹脂のコロナ放電処理前(a)、及びコロナ放電処理後(b)におけるポリマー分子の状態を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<エレクトレット>
本実施形態のエレクトレットは、非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマー残基を93~100mol%含み、かつ、極限粘度が1.0dL/g以上6.0dL/g未満である液晶性樹脂を、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施してなることを特徴としている。
【0021】
本実施形態のエレクトレットにおいて、液晶性樹脂を構成するポリマー分子は、双極子モーメントをもつ非対称性芳香族モノマー残基を93~100mol%と大量に含むことから、液晶性樹脂全体として大きな双極子モーメントをもつこととなる。また、例えば、テレフタル酸のような対称な分子構造を有するモノマーを含まないか、又は含んだとしても少ないため、エステル結合等の向きが揃ったポリマー分子となる。すなわち、本実施形態における液晶性樹脂は大きく分極しており、電荷を帯びやすい状態にある。
また、本実施形態において、液晶性樹脂は、極限粘度が1.0dL/g以上6.0dL/g未満である。極限粘度が当該範囲であることは、ポリマー分子の分子量が一定以下であることを示し、当該ポリマー分子で構成される液晶ドメインが小さいことを示す。液晶ドメインが小さいと界面が多くなり、そこに電荷が蓄積されやすくなる。
さらに、本実施形態において、所定のコロナ電流値でのコロナ放電処理を実行して分極処理を施してなることから、液晶性樹脂を膜状としたとき、ポリマー分子が当該膜の面の垂直方向に配向していると考えられる。このことからも、本実施形態における液晶性樹脂は大きく分極していると考えられる。
以上のことから、本実施形態のエレクトレットは、分極が大きく電荷を帯びやすいため、表面電荷密度が高く、かつ、電荷保持特性に優れる。具体的には、コロナ放電処理後23時間経過後において表面電位計で測定される表面電荷密度が-1.2~-6.0mC/m又は1.2~6.0mC/mとすることができる。当該表面電荷密度は、後記実施例に記載の方法又はそれに準じた方法で測定することができる。
【0022】
本実施形態において、液晶性樹脂は、非対称性芳香族モノマー残基を93~100mol%含むが、93mol%未満であると、誘電特性が低下する。非対称性芳香族モノマー残基は、97~100mol%含むことが好ましい。
【0023】
また、液晶性樹脂は、極限粘度が1.0dL/g以上6.0dL/g未満であるが、1.0dL/g未満であると、強誘電性を発現せず、6.0dL/g以上であると、コロナ放電による配向制御が困難となる。当該極限粘度は2.5~5.5dL/gが好ましく、4~5dL/gがより好ましい。
なお、極限粘度は、JIS K7367に準拠し、溶媒にはペンタフルオロフェノールとクロロホルムの50/50の混合溶媒を使用して測定して得ることができる。
【0024】
本実施形態において、液晶性樹脂としては、全芳香族ポリエステル又は全芳香族ポリエステルアミドを用いることができる。
【0025】
本実施形態において、液晶性樹脂は、上記の通り、非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマー残基を所定の割合で有する。非対称性芳香族モノマー残基の由来となるモノマーとしては、芳香族ヒドロキシカルボン酸、及びその重合可能な誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物、芳香族アミノカルボン酸、及びその重合可能な誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物が挙げられる。
【0026】
非対称性芳香族モノマー残基は、下記構造式(I)~(V)で表される構造単位のうちの少なくとも1種の構造を有することが好ましい。換言すると、本実施形態において、非対称性芳香族モノマー残基の由来となるモノマーは、下記構造式(I)~(V)で表される構造単位のうちのいずれかを有すること好ましい。
【0027】
【化2】
【0028】
構造式(I)で表される構造単位を有するモノマーとしては、4-ヒドロキシ安息香酸(以下、「HBA」ともいう。)が挙げられる。
構造式(II)で表される構造単位を有するモノマーとしては、3-ヒドロキシ安息香酸が挙げられる。
構造式(III)で表される構造単位を有するモノマーとしては、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(以下、「HNA」とも呼ぶ。)が挙げられる。
構造式(IV)で表される構造単位を有するモノマーとしては、4-ヒドロキシ-4’-ビフェニルカルボン酸(以下、「HBCA」とも呼ぶ。)が挙げられる。
構造式(V)で表される構造単位を有するモノマーとしては、N-アセチル-アミノ安息香酸が挙げられる。
なお、いずれも重合後に構造式(I)~(V)で表される構造単位となればよく、上記のように例示したモノマーに限定されることはない。例えば、上記例示のモノマーの水酸基又はアミノ基をアシル化したものを用いてもよい。
【0029】
本実施形態において、液晶性樹脂としては、上記構造式(I)~(V)で表される構造単位のいずれかを有するモノマー2種以上を共重合したものを挙げることができる。例えば、構造式(I)で表される構造単位を有するモノマーと、構造式(III)で表されるモノマーとを共重合したものであることが好ましい。具体的には、HBAとHNAとが共重合したものが挙げられ、その場合の共重合比(HBA:HNA)は、60:40~90:10であることが好ましい。
【0030】
本実施形態における液晶性樹脂において、非対称性芳香族モノマー残基のうち、キンク構造を有するモノマー残基が0.1mol%以上45mol%以下であることが好ましい。キンク構造を有するモノマーが上記範囲内であると、加工性が向上し、融点の制御が容易となる。
キンク構造を有するモノマー残基としては、3-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、2-ヒドロキシ安息香酸、3-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、1-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、5-ヒドロキシビフェニル-3-カルボン酸等の各モノマーの残基が挙げられ、中でも、3-ヒドロキシ安息香酸残基又は6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸残基であることが好ましい。
【0031】
本実施形態においては、以上の液晶性樹脂を、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施してなる。そして、この処理により、液晶性樹脂に電荷が注入され、かつ、液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させることができる。このようなコロナ放電処理についての詳細は、エレクトレットの製造方法において説明する。
【0032】
本実施形態において、液晶性樹脂が膜状である場合、その膜厚は、電荷を蓄積しやすくする観点から1μm以上であることが好ましく、1~50μmであることがより好ましく、3~30μmであることがさらに好ましい。
【0033】
また、本実施形態において、液晶性樹脂が膜状である場合、電極が接合していることが好ましい。電極が接合していることにより、帯電量が増大するとともに、放電しにくくなりさらに電荷保持特性に優れる。当該電極は、液晶性樹脂の一方の面に接合してもよいし、両面に接合してもよい。
【0034】
液晶性樹脂に接合する電極の材料としては、アルミニウム、金、銀、銅、プラチナ、導電性高分子等が挙げられ、中でも、アルミニウム、金、銅が好ましい。電極を膜状とした場合、その膜厚は10nm~1mmが好ましく、50nm~0.1mmがより好ましい。
【0035】
以上の本実施形態のエレクトレットは、表面電荷密度が高く、かつ、電荷保持特性に優れるため、後記のような静電誘導型変換素子等に有用である。
【0036】
<静電誘導型変換素子>
本実施形態の静電誘導型変換素子は、以上の本実施形態のエレクトレットを備えることを特徴としている。上記の通り、本実施形態のエレクトレットは、静電誘導型変換素子に有用である。静電誘導型変換素子としては、振動型発電機、マイクロフォン、スピーカー、アクチュエーター、ジャイロセンサー、感圧センサー等が挙げられる。
本実施形態の静電誘導型変換素子においては、エレクトレット以外の構造は公知のものと同様とすることができる。
【0037】
<エレクトレットの製造方法>
以上の本実施形態のエレクトレットは、以上の本実施形態のエレクトレットの製造方法により製造することができる。本実施形態のエレクトレットの製造方法は、非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマーを重合して液晶性樹脂を得る工程(以下、「工程A」とも呼ぶ。)と、液晶性樹脂への電荷注入に際し、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施しつつ、液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させる工程(以下、「工程B」とも呼ぶ。)と、を含むことを特徴としている。
【0038】
本実施形態のエレクトレットの製造方法においては、工程Aにおいて、非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマーを重合して液晶性樹脂を得る。そして、工程Bにおいて、工程Aで得られた液晶性樹脂への電荷注入のため表面に、所定のコロナ電流値のコロナ放電処理を実行しつつ、液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させる。液晶性樹脂を膜状に形成した場合、コロナ放電処理前においては、表面の液晶性樹脂分子中の芳香環は膜と平行に配向しているが、コロナ放電処理後は電荷が注入されるとともに、芳香環が膜と垂直方向に配向すると考えられる。そのため、上述の通り、コロナ放電処理後の液晶性樹脂は大きく分極していると考えられる。
以下、各工程について説明する。
【0039】
[工程A]
工程Aは、非対称な分子構造を有する非対称性芳香族モノマーを重合して液晶性樹脂を得る工程である。本工程において用いる非対称性芳香族モノマーは、上述のように、芳香族ヒドロキシカルボン酸、及びその重合可能な誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物、芳香族アミノカルボン酸、及びその重合可能な誘導体からなる群から選ばれる少なくとも1種の化合物が挙げられる。中でも、上述の構造式(I)~(IV)で表される構造単位を有する化合物が好ましい。
【0040】
工程Aにおいては、上記のような非対称性芳香族モノマーを用い、直接重合法やエステル交換法等を用いて重合される。重合に際しては、溶融重合法、溶液重合法、スラリー重合法、固相重合法等、又はこれらの2種以上の組み合わせが用いられ、溶融重合法、又は溶融重合法と固相重合法との組み合わせが好ましく用いられる。
【0041】
本実施形態では、重合に際し、重合モノマーに対するアシル化剤や、酸塩化物誘導体として末端を活性化したモノマーを使用することができる。アシル化剤としては、無水酢酸等の脂肪酸無水物等が挙げられる。
【0042】
これらの重合に際しては種々の触媒の使用が可能であり、代表的なものとしては、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、酢酸鉛、酢酸ナトリウム、三酸化アンチモン、トリス(2,4-ペンタンジオナト)コバルト(III)等の金属塩系触媒、N-メチルイミダゾール、4-ジメチルアミノピリジン等の有機化合物系触媒を挙げることができる。触媒の使用量は一般にはモノマーの全質量に基づいて約0.001~1質量%、特に約0.003~0.2質量%が好ましい。
【0043】
重合により得られた液晶性樹脂を用い、例えば、摩擦転写法、押出、熱プレス、溶液キャスト、ブレードコート、ロールコートにより膜状とすることができる。
【0044】
本実施形態において、液晶性樹脂を膜状とする場合、その膜厚は、上述の通り、電荷を蓄積しやすくする観点から1μm以上とすることが好ましく、1~50μmであることがより好ましく、3~30μmであることがさらに好ましい。
【0045】
[工程B]
工程Bは、液晶性樹脂への電荷注入に際し、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理を実行して分極処理を施しつつ、液晶性樹脂表面の分子を垂直方向に配向させる工程である。本工程により、液晶性樹脂に電荷を注入し、エレクトレットとして機能させるとともに、特に芳香環を垂直方向に配向させることで分極を大きくする。
【0046】
図1は、コロナ放電処理前(a)及びコロナ放電処理後(b)における液晶性樹脂表面の分子の状態を模式的に示している。図1においては、基板10上に液晶性樹脂分子12が膜状に形成された状態を示している。図1(a)においては、液晶性樹脂分子12の芳香環12Aは、基板と平行に配向しているが、コロナ放電処理後である図1(b)においては表面近傍の芳香環12Aが基板と垂直に配向している。
【0047】
工程Bにおけるコロナ放電処理は、液晶性樹脂に対する分極処理のみならず、ポリマー分子、特に芳香環を垂直方向に配向させるために実行される。より具体的には、コロナ電流値が-30μA以下又は30μA以上となるようにコロナ放電処理が実行される。従って、本工程におけるコロナ放電処理は、分極のみを目的として実行されるコロナ放電処理とは異なり、ポリマー分子、特に芳香環が垂直方向に配向するように諸条件が設定される。当該諸条件としては、印加電圧は-4.5~-6kV又は4.5~6kV、ステージ温度は30~130℃、掃引速度は1~10mm/s、掃引回数は0~40回が好ましい。
【0048】
本実施形態のエレクトレットの製造方法においては、工程A及び工程B以外に、ラビング処理といった工程を設けることができる。
【実施例
【0049】
以下に、実施例により本実施形態をさらに具体的に説明するが、本実施形態は以下の実施例に限定されるものではない。
【0050】
(液晶性ポリエステルLCP1の製造方法)
撹拌機、還流カラム、モノマー投入口、窒素導入口、減圧/流出ラインを備えた重合容器に、以下の原料モノマー、脂肪酸金属塩触媒、アシル化剤を仕込み、窒素置換を開始した。
(原料)
4-ヒドロキシ安息香酸;1660g(73mol%)
2-ヒドロキシ-6-ナフトエ酸;837g(27mol%)
アシル化剤(無水酢酸);1714g
【0051】
重合容器に原料を仕込んだ後、反応系の温度を140℃に上げ、140℃で1時間反応させた。その後、更に325℃まで3.5時間かけて昇温し、そこから15分かけて10Torr(即ち1330Pa)まで減圧して、酢酸、過剰の無水酢酸、及びその他の低沸分を留出させながら溶融重合を行った。撹拌トルクが所定の値に達した後、窒素を導入して減圧状態から常圧を経て加圧状態にして、重合容器の下部からポリマーを排出した。
得られたポリマーは、0.1質量%濃度、60℃でペンタフルオロフェノールとクロロホルムの50/50の混合溶媒中において測定したところ4.7dL/gの極限粘度を有していた。
なお、得られたポリマーの非対称性芳香族モノマー残基は、100mol%、キンク構造を有するモノマー残基は、27mol%であった。
【0052】
(液晶性ポリエステルアミドLCP2の製造方法)
重合容器に下記の原料を仕込んだ後、反応系の温度を140℃に上げ、140℃で1時間反応させた。その後、更に340℃まで4.5時間かけて昇温し、そこから15分かけて10Torr(即ち1330Pa)まで減圧にして、酢酸、過剰の無水酢酸、及びその他の低沸分を留出させながら溶融重合を行った。撹拌トルクが所定の値に達した後、窒素を導入して減圧状態から常圧を経て加圧状態にして、重合容器の下部からポリマーを排出した。
(I)4-ヒドロキシ安息香酸(HBA);1380g(60モル%)
(II)2-ヒドロキシ-6-ナフトエ酸(HNA);157g(5モル%)
(III)テレフタル酸(TA);484g(17.5モル%)
(IV)4,4’-ジヒドロキシビフェニル(BP);388g(12.5モル%)
(V)4-アセトキシアミノフェノール(APAP);126g(5モル%)
金属触媒(酢酸カリウム触媒);110mg
アシル化剤(無水酢酸);1659g
得られたポリマーは、0.1質量%濃度、60℃でペンタフルオロフェノールとクロロホルムの50/50の混合溶媒中において測定したところ5.1dL/gの極限粘度を有していた。
なお、得られたポリマーの非対称性芳香族モノマー残基は、70mol%、キンク構造を有するモノマー残基は、5mol%であった。
【0053】
[実施例1]
LCP1のポリマーを溶融成膜してフィルムを得た。なお、溶融成膜機としては、(株)東洋精機製作所製ラボプラストミルに単軸押出機及びTダイを設置したものを使用した。得られたフィルムに対して、100nm厚のアルミニウム電極を4×10-4Paの条件で真空蒸着して製膜し、電極付液晶性樹脂膜を形成した。
【0054】
液晶性樹脂膜を形成後、トレック・ジャパン(株)製、高電圧電源を用い、下記条件によりコロナ放電処理を行い、エレクトレットとした。なお、コロナ電流値は、コロナ放電処理時に発生した電流値を測定した。
(コロナ放電処理条件)
印加電圧:-5.0kV
温度:30℃
掃引速度:10mm/s
掃引回数:40回
【0055】
[評価]
(1)表面電荷密度の測定
得られたエレクトレットの表面(コロナ放電処理直後)の電荷密度を、関西電子(株)製モンローエレクトロニクス表面電位計Model244Aを用い、大気下にて測定した。測定結果を表1に示す。
(2)コロナ放電処理後23時間経過後の表面電荷密度の測定
コロナ放電処理後23時間経過後のエレクトレットの表面の電荷密度を上記(1)と同様にして測定した。測定結果を表1に示す。
【0056】
[比較例1]
コロナ放電処理における印加電圧を-4.0kVとしたこと以外は実施例1と同様にしてエレクトレットを得た。
【0057】
[比較例2]
フィルムのポリマーを、LCP2に変更したこと以外は実施例1と同様にしてエレクトレットを得た。
【0058】
[比較例3]
フィルムを、AGC(株)製、CYTOP(登録商標)、Sタイプをスピンコート法により製膜し、200℃で1.5時間アニール処理をしてポリマー膜(フッ素樹脂フィルム)としたこと以外は実施例1と同様にしてエレクトレットを得た。
【0059】
【表1】
【0060】
表1より、実施例1のエレクトレットは、初期の電荷密度が高く、しかもコロナ放電処理後23時間経過後においても電荷密度の顕著な低下は見られなかった。
これに対して、コロナ放電処理が不十分であった比較例1においては、初期表面電荷密度は十分であったが、23時間後の表面電荷密度が大きく低下した。また、フィルムのポリマーをLCP2とした比較例2は、初期表面電荷密度も23時間経過後の電荷密度も不十分であった。さらに、フッ素樹脂フィルムを用いた比較例3は、初期表面電荷密度も23時間経過後の電荷密度も不十分であった。
【符号の説明】
【0061】
10 基板
12 液晶性樹脂分子
12A 芳香環
図1