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特許7280618人工組織灌流デバイス、人工組織を用いた薬剤評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】人工組織灌流デバイス、人工組織を用いた薬剤評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20230517BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20230517BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230517BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12M3/00 A
C12Q1/02
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019562508
(86)(22)【出願日】2018-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2018048493
(87)【国際公開番号】W WO2019132008
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-12-02
(31)【優先権主張番号】62/611,338
(32)【優先日】2017-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム 幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム「分化・成熟過程の人為的制御による再構築腎臓組織への機能賦与」、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】竹内 昌治
(72)【発明者】
【氏名】森本 雄矢
(72)【発明者】
【氏名】長田 翔伍
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/091718(WO,A1)
【文献】欧州特許出願公開第02639293(EP,A1)
【文献】国際公開第2017/126532(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/069892(WO,A1)
【文献】BUNSEKI KAGAKU,2016年,Vol.65,p.241-247
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00
C12M 3/00
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種の細胞が培養される共培養系を有し、
前記共培養系は、
内部に培養空間を有する筒状のウェル部と、
所定方向に延び培地が灌流可能な灌流流路を有するとともに、前記灌流流路に開口し前記ウェル部を着脱可能に保持し、厚さ方向に延びる保持部とを有する基材と、
前記保持部に保持されたときに前記灌流流路に臨む前記ウェル部の下側の端部に配置される多孔質膜状のゲル膜と、
を備え、
前記ゲル膜は、前記培養空間と対向する第1面側で組織系細胞が培養され、前記灌流流路と対向する第2面側で管腔系細胞が培養され
前記ゲル膜が臨む前記灌流流路は、前記ゲル膜の最大径よりも大きい一定幅で長手方向に延びることを特徴とする人工組織灌流デバイス。
【請求項2】
前記ゲル膜は、細胞外マトリックス成分を含む、
請求項1に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項3】
前記管腔系細胞は、内皮細胞を含む、
請求項1または2に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項4】
前記管腔系細胞は、血管内皮細胞を含む、
請求項3に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項5】
前記組織系細胞は、神経幹細胞を含む、
請求項1から4のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項6】
前記ゲル膜の前記第2面側には、種類が異なる複数の組織層が積層される、
請求項1から5のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項7】
前記保持部から離脱している前記ウェル部における前記ゲル膜側の外周面に着脱自在に嵌合する内周面を有し、
前記ウェル部の外周面と嵌合した前記内周面と、前記ゲル膜の前記第2面とに囲まれた予培養空間を形成する予培養部を備える、
請求項1から6のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項8】
前記予培養部は、前記内周面を有する筒状のキャップ部材を含む、
請求項7に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項9】
前記基材は、前記灌流流路から離間した位置に配置され前記厚さ方向に貫通する貫通孔を有し、
前記第1面及び前記第2面での共培養前に前記ウェル部が前記ゲル膜の前記第2面側を上側に向けた状態で前記貫通孔に下側から挿入されて嵌合したときに前記ゲル膜の上側の前記貫通孔に、前記第2面での予培養が行われる予培養空間が形成される、
請求項1から6のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項10】
前記組織系細胞と前記管腔系細胞の少なくとも一方の流れ刺激特性に応じて、前記灌流流路における前記培地の流速を調整する調整部を有する、
請求項1から9のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項11】
前記基材には、前記灌流流路に供給される培地を貯溜し、少なくとも一部が前記灌流流路に連通する培地貯溜部が設けられる、
請求項1から10のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイス。
【請求項12】
請求項1から11のいずれか一項に記載の人工組織灌流デバイスを用いて人工組織を製造することと、
薬剤を前記人工組織に接触させることと、
前記薬剤の接触による刺激に対する前記人工組織の応答、または前記人工組織に対する前記薬剤の浸透性を測定することと、
を含むことを特徴とする人工組織を用いた薬剤評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工組織灌流デバイス、人工組織を用いた薬剤評価方法に関する。
本願は、2017年12月28日に出願された米国特許仮出願62/611,338号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
例えば、血管細胞層と実質細胞層との相互作用を血流による流れ刺激を付加した状態で評価するための系として、多孔質膜を含むトランスウェル(登録商標)を用いる技術が知られている(例えば、非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Lab Chip 2013,13,3538-3547
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、上記の技術では、血流に応じた細胞極性を制御することができず、精緻な解析を行うことが困難であった。
【0005】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、血管細胞層と実質細胞層との相互作用を高精度に解析可能な人工組織灌流デバイス及び人工組織を用いた薬剤評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様に従えば、複数種の細胞が培養される共培養系を有し、前記共培養系は、内部に培養空間を有する筒状のウェル部と、所定方向に延び培地が灌流可能な灌流流路を有するとともに、前記灌流流路に開口し前記ウェル部を着脱可能に保持する保持部とを有する基材と、前記保持部に保持されたときに前記灌流流路に臨む前記ウェル部の端部に配置され、多孔質膜状のゲル膜と、を備え、前記ゲル膜は、前記培養空間と対向する面側で組織系細胞が培養され、前記灌流流路と対向する面側で管腔系細胞が培養されることを特徴とする人工組織灌流デバイスが提供される。
【0007】
本発明の第2の態様に従えば、本発明の第1の態様の人工組織灌流デバイスを用いて人工組織を製造することと、薬剤を前記人工組織に接触させることと、前記薬剤の接触による刺激に対する前記人工組織の応答、または前記人工組織に対する前記薬剤の浸透性を測定することと、を含むことを特徴とする人工組織を用いた薬剤評価方法が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、血管細胞層と実質細胞層との相互作用を高精度に解析可能な人工組織灌流デバイスと、薬剤に対する血管細胞層と実質細胞層との相互作用を高精度に評価可能な薬剤評価方法とを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明に係る灌流デバイス1を有する灌流システムSYSの概略的な構成図である。
図2】灌流デバイス1をウェル部10側から視た平面図である。
図3】ウェル部10の外周面にキャップ部材40の内周面が嵌合する断面図である。
図4】流れ刺激と、神経幹細胞(上段)及び血管内皮細胞(下段)の遺伝子発現との関係を示す図である。
図5】ゲル膜毎のアルブミン産出量の測定結果を示す図である。
図6】(A)は流れ刺激とアルブミン生産量との関係を示す図であり、(B)は流れ刺激とアルブミン透過量との関係を示す図であり、(C)は流れ刺激とバリア機能との関係を示す図である。
図7】流れ刺激に応じた血管内皮細胞の蛍光画像を示す図である。
図8】予培養部の変形例を示す断面図である。
図9】培地貯溜部の変形例を示す断面図である。
図10】培地貯溜部の変形例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の人工組織灌流デバイス、人工組織灌流デバイスを用いた薬剤評価方法の実施の形態を、図1ないし図8を参照して説明する。なお、以下の実施の実施形態は、本発明の一態様を示すものであり、この発明を限定するものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で任意に変更可能である。また、以下の図面においては、各構成をわかりやすくするために、実際の構造と各構造における縮尺や数等を異ならせている場合がある。
【0011】
図1は、本発明に係る灌流デバイス(人工組織灌流デバイス)1を有する灌流システムSYSの概略的な構成図である。図2は、灌流デバイス1をウェル部10側から視た平面図である。
灌流システムSYSは、灌流デバイス1、培地供給部100、供給管101、排出管102及び調整部110を備えている。
【0012】
培地供給部100は、培地を貯留し灌流デバイス1に向けて当該培地を供給する。供給管101は、一端が灌流デバイス1に接続されている。供給管101は、培地供給部100から供給された培地を灌流デバイス1に導入する。排出管102は、灌流デバイス1から培地を排出する。
【0013】
調整部110は、培地供給部100から供給され灌流デバイス1に導入される培地の導入量を調整することで、灌流デバイス1における培地の流速を調整する。調整部110は、一例として、供給管101の中途に設けられたポンプである。調整部110としてのポンプの駆動量を調整し、灌流デバイス1に導入される培地の導入量を調整することにより、灌流デバイス1における培地の流速を制御できる。なお、調整部110としては、培地供給部100から供給される培地の量を調整する構成であってもよい。
【0014】
灌流デバイス1は、複数種の細胞が培養される共培養系Cを有する。共培養系Cは、ウェル部10、基材20、ゲル膜30及びキャップ部材(予培養部)40(図3参照)を備えている。
【0015】
ウェル部10は、筒状に形成されている。ウェル部10は、例えば、透明な素材で円筒状に形成されている。ウェル部は、内部に培養空間11を有している。ウェル部10の素材としては、特に限定されないが、例えば、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等を用いることができる。
【0016】
基材20は、上基材21及び下基材22を有している。図2に示されるように、上基材21及び下基材22は、いずれも平面視矩形状に形成されている。上基材21及び下基材22は、例えば、接着材等により上下方向に接合される。上基材21の素材としては特に限定されないが、例えば、エラストマーであり、シリコーンゴム、PDMS(ポリジメチルシロキサン)などが挙げられる。下基材22の素材としては特に限定されないが、例えば、エラストマーであり、シリコーンゴム、PDMS(ポリジメチルシロキサン)などやガラスなどが挙げられる。
【0017】
下基材22は、上記平面視矩形状の平板状に形成されている。
【0018】
上基材21は、下基材22と対向する面(下面)に開口する溝部24を有している。溝部24は、長手方向(図1及び図2における左右方向)に延びている。溝部24は、周囲を上基材21の下面に囲まれた窪みである。溝部24の長手方向の両端部は、先端が先細る形状にそれぞれ形成されている。なお。溝部24としては、先端が先細る形状に限定されず、同一幅で延びる構成であってもよい。
【0019】
上基材21は、長手方向の中央及び短手方向の中央に位置して平面視円形の保持部23を有している。保持部23は、上基板21を厚さ方向(図1中、上下方向)に貫通している。保持部23は、ウェル部10の外周面と液密に嵌合し、ウェル部10を上基材21に対して着脱可能に保持させる。保持部23に保持されたときのウェル部10の下端面は、一例として、溝部24の底面と面一である。
【0020】
上基材21は、短手方向の中央で長手方向の両外側に接続孔25A、25Bを有している。接続孔25A、25Bは、それぞれ上基材21を厚さ方向に貫通している。接続孔25A、25Bの下端は、それぞれ溝部24に開口している。接続孔25Aには、供給管101が接続される。接続孔25Bには、排出管102が接続される。
【0021】
上基材21と下基材22とが上下方向に接合されたときに、溝部24と下基材22の上面とに囲まれ長手方向に延びる灌流流路26が形成される。灌流流路26は、長手方向の一端側に供給管101が接続され、他端側に排出管102が接続されている。
【0022】
ゲル膜30は、ウェル部10が保持部23に保持されたときに、灌流流路26に臨むウェル部10の端部側に配置されている。ゲル膜30は、ウェル部10の培養空間11に臨む第1面31と、灌流流路26に臨む第2面32とを有している。ウェル部10が保持部23に保持されたときに、第2面32は、一例として、ウェル部10の下端面及び溝部24の底面と面一である。
【0023】
ゲル膜30は、多孔質膜状に形成されている。ゲル膜30は、ガラス化された細胞外マトリックス成分を含む。ゲル膜30は、例えば、ハイドロゲルを乾燥させてガラス化した後に、再水和して作製される。ゲル膜30としては、例えば、コラーゲンガラス化ゲル膜であり、コラーゲン繊維が高密度で配された多孔質膜状に形成されている。
【0024】
ゲル膜30の第1面31には、組織系細胞が播種後に培養されて組織層41が形成される(詳細は後述する)。ゲル膜30の第2面32には、管腔系細胞が播種後に培養されて平面状の管腔層42が形成される(詳細は後述する)。ゲル膜30の第2面32に播種された管腔系細胞に対して、灌流流路26を灌流する培地による流れ刺激が付与されるように、灌流流路26の幅としては、ゲル膜30の最大径よりも大きいことが好ましい。また、管腔系細胞に対して使用する培地量を減らすため、及び層流の培地流れを作るために、灌流流路26の厚さ(深さ)としては、1mm以下であることが好ましい。
【0025】
図3は、ウェル部10の外周面にキャップ部材40の内周面が嵌合する断面図である。
キャップ部材40は、ウェル部10を上基材21の保持部23に保持させてゲル膜30の第1面31及び第2面32で共培養を行う前に、第2面32で予培養を行う際に用いられる。
【0026】
キャップ部材40は、例えば、上基材21及び下基材22と同様の素材で円筒状に形成されている。キャップ部材40の内周面40Aは、ゲル膜30を上側に向けたウェル部10の外周面10Aの少なくとも上側に嵌合する。ウェル部10とキャップ部材40とが嵌合したときに、キャップ部材40の上側端面40Bは、ゲル膜30が設けられた側のウェル部10の端面10Bよりも上側に設けられる。ウェル部10とキャップ部材40とが嵌合したときに、キャップ部材40の内周面40A、ウェル部10の端面10B及びゲル膜30の第2面32で囲まれた予培養空間60が形成されている。
【0027】
ウェル部10とキャップ部材40とが嵌合して形成された予培養空間60においては、ゲル膜30の第2面32に管腔系細胞(詳細は後述)が播種されるとともに、培地を供給することによりゲル膜30の第2面32に平面状の管腔系層を予培養することができる。
【0028】
ゲル膜30の第2面32に管腔系層が予培養されたウェル部10は、キャップ部材40を離脱させた後に、ウェル部10の外周面10Aを上基材21の保持部23に嵌合させる。これより、ゲル膜30の第2面32に予培養された管腔系層は、溝部24(灌流流路26)に臨んで配置される。
【0029】
ゲル膜30の第1面31に形成される組織系細胞を用いた組織層41としては、特に限定されない。組織層41としては、例えば、神経系細胞を用いた神経組織、骨格筋細胞または心筋細胞を用いた筋組織、肝細胞を用いた肝臓組織、膵臓系細胞を用いた膵臓組織、真皮細胞を用いた真皮組織等が挙げられる。組織層としては、単層に限らず、複数の組織層を積層してもよい。また、組織層としては、複数の細胞が混合した3次元組織層でも構わない。
【0030】
組織系細胞を培養するための培地及び細胞外マトリックス成分としては、各種選択可能である。
【0031】
ゲル膜30の第2面32に形成される管腔系細胞を用いた管腔層42としては、血管系細胞を用いた血管層、尿細管系細胞を用いた尿細管層等が挙げられる。血管系細胞としては、血管内皮細胞が好ましい。血管内皮細胞としては、ヒト、マウス、ラット等、哺乳動物由来の細胞が挙げられ、ヒト由来血管内皮細胞が好ましい。ヒト由来血管内皮細胞としては、ヒト臍帯静脈内皮細胞(Human Umbilical Vein Endothelial Cells:HUVEC)、 ヒト臍帯動脈内皮細胞(Human Umbilical Artery Endothelial Cells:HUAEC) 、ヒト冠状動脈内皮細胞(Human Coronary Artery Endothelial Cells:HCAEC)、 ヒト伏在静脈内皮細胞(Human Saphenous Vein Endothelial Cells:HSaVEC)、 ヒト肺動脈内皮細胞(Human Pulmonary Artery Endothelial Cells:HPAEC)、 ヒト大動脈内皮細胞(Human Aortic Endothelial Cells:HAoEC)、ヒト皮膚微小血管内皮細胞(Human Dermal Microvascular Endothelial Cells:HDMEC)、 ヒト皮膚血管内皮細胞(Human Dermal Blood Endothelial Cells:HDBEC)、 ヒト皮膚リンパ管内皮細胞(Human Dermal Lymphatic Endothelial Cells:HDLEC)、 ヒト肺微小血管内皮細胞(Human Pulmonary Microvascular Endothelial Cells:HPMEC)、 ヒト心臓微小血管内皮細胞(Human Cardiac Microvascular Endothelial Cells:HCMEC)、 ヒト膀胱微小血管内皮細胞(Human Bladder Microvascular Endothelial Cells:HBdMEC)、 ヒト子宮微小血管内皮細胞(Human Uterine Microvascular Endothelial Cells:HUtMEC)、ヒト脳血管内皮細胞(Human Brain Endothelial Cells : HBEC)等が挙げられ、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)が好ましい。
【0032】
上記の灌流システムSYSにおいては、まず、上述した上基材21と下基材22とを接着剤等を用いて上下方向に接続する。上基材21と下基材22とを接続することにより、長手方向に延びる灌流流路26が形成される。この後、上基材21の保持部23にウェル部10の外周面10Aを嵌合させて保持させ、ゲル膜30の第2面32を灌流流路26に臨ませることにより、灌流デバイス1が製造される。
【0033】
上基材21の保持部23にウェル部10を保持させた際には、外周面10Aと保持部23との間に接着剤を塗布し液密に固定してもよい。接着剤としては、光硬化型(UV硬化型)の上記PDMS等を用いることができる。
【0034】
この後、調整部110を介して培地供給部100に接続された供給管101を接続孔25Aに接続し、排出管102を接続孔25Bに接続することにより、灌流システムSYSが製造される。
【0035】
続いて、上記灌流デバイス1を有する灌流システムSYSを用いた共培養方法について説明する。
まず、図3に示したように、ゲル膜30を上側に向けたウェル部10の外周面10Aにキャップ部材40の内周面40Aを嵌合させる。次いで、ゲル膜30の第2面32を細胞外マトリックス成分でコーティングし、管腔系細胞を播種するとともに、予培養空間60に培地を導入して予培養する。
【0036】
予培養によりゲル膜30の第2面32に管腔系細胞が接着すると、ウェル部10からキャップ部材40を取り外す。次いで、キャップ部材40が取り外されたウェル部10を上下方向に反転させ、図1に示したように、ゲル膜30が下側に向く状態で上基材21の保持部23に挿入して保持させる。これにより、管腔系細胞が接着したゲル膜30の第2面32は灌流流路26に臨む。
【0037】
次に、ウェル部10の培養空間11の底部に露出するゲル膜30の第1面31に組織系細胞を播種し、培養空間11に培地を導入し組織系細胞を培養する。なお、ウェル部10を保持部23に保持させた後にゲル膜30の第1面31に組織系細胞を播種する手順の他に、ゲル膜30の第1面31に組織系細胞を播種した後に、ウェル部10を保持部23に保持させる手順としてもよい。また、培地供給部100から供給され調整部110で調整された量の培地を供給管101から灌流流路26に導入する。灌流流路26は、長手方向の端部から中央側に幅が漸次広がっているため、供給管101から灌流流路26に導入された培地は、円滑に灌流流路26に充填され灌流する。灌流流路26を灌流する培地は、排出管102から排出される。
【0038】
その結果、ゲル膜30の第1面31に播種された組織系細胞は、培養空間11に導入された培地により培養され、ゲル膜30の第2面32に接着された管腔系細胞は、灌流流路26に導入され灌流する培地により培養される。すなわち、灌流デバイス1においては、流れ刺激を付与した状態で組織系細胞と管腔系細胞とが共培養され、例えば、実際の血管周辺等の環境を再現することができる。
【0039】
また、本実施形態の灌流デバイス1では、調整部110を調整することにより、灌流流路26に培地が灌流する状態で共培養する場合と、灌流流路26に培地が灌流せず充填された状態で共培養する場合とを比較・評価することも可能である。また、灌流流路26に培地が灌流する状態で共培養する場合についても、調整部110を調整して灌流流路26への培地の導入量を異ならせ、灌流流路26における培地の流速を異ならせた場合を比較・評価することも可能である。
【0040】
また、本実施形態では、灌流デバイス1に灌流流路26、保持部23、ウェル部10をそれぞれ複数ずつ互いに区画された状態で設けることも可能である。この場合、供給管101を複数に分岐させて複数の灌流流路26に個別に培地を導入可能とし、さらに分岐後の供給管101にそれぞれ調整部110を設けることにより、上述した灌流流路26における培地の灌流の有無、培地の流速が異なる場合等を同時に比較・評価することも可能である。
【0041】
(評価方法)
本発明は、さらにその他の態様として、本発明に係る灌流デバイス1を用いて製造された人工組織における薬剤の接触による刺激性を評価する方法に関する。本発明における薬剤とは、医薬品等の薬物、化粧品や医薬部外品等を含む。本発明の評価方法によれば、例えば、従来の方法と比較して実際の管腔層周辺等に近い環境で薬剤の評価を行うことができる。また、本発明の評価方法は、例えば、新薬の創出(スクリーニング)等における各種分子量の薬物の動態評価、化粧品や医薬部外品等の開発における評価において極めて有用である。
【0042】
本発明の評価方法は、例えば、薬剤を人工組織に接触させることと、薬剤の接触による刺激に対する人工組織の応答、または人工組織に対する薬剤の浸透性を測定することにより行うことができる。応答の測定は、例えば、経皮及び経内皮電気抵抗(バリア機能)を測定すること等によって行うことができる。薬剤は、評価対象となる物質のことをいい、例えば、無機化合物及有機化合物等が挙げられる。
【0043】
薬剤を人工組織に接触させることについては、例えば、組織層41に薬剤を塗布し、当該薬剤の灌流流路26への取り込みを評価したり、灌流流路26に導入される培地中に薬剤を混入させ、当該薬剤が灌流流路26から組織層41への拡散・透過を評価することができる。
【実施例
【0044】
[実験例1]
上記実施形態の灌流デバイス1において、ゲル膜30としてビトリゲル膜を用いた。ビトリゲル膜の灌流流路26側の第2面32に、血管内皮細胞(HUVEC)を付着培養させ、ビトリゲル膜の培養空間11側の第1面31に、神経幹細胞(NSC)を付着培養させたものを作製した。
この灌流デバイス1を用い、調整部110により灌流流路26への培地の導入量を調整することにより、静置培養、遅い流速(11mL/h)での灌流培養、速い流速(110mL/h)での灌流培養を行った後、リアルタイムPCRにより、各遺伝子の発現を調べた。
図4は、流れ刺激と、神経幹細胞(上段)及び血管内皮細胞(下段)の遺伝子発現との関係を示す図である。
図4の下段に示すように、流れの刺激依存的に遺伝子発現が上昇することが報告されているCYP1B1やDECR1の流れ刺激依存的な発現上昇が確認された。その一方、図4の上段に示すように、神経幹細胞においては、NSCマーカーの流れ刺激依存的な発現上昇が確認されたことから、流れ刺激を受けた血管内皮細胞は、神経幹細胞の幹細胞性(stemness)を増強することが示唆された。
【0045】
[実験例2]
上記実施形態の灌流デバイス1において、ゲル膜30の灌流流路26側の第2面32に、血管内皮細胞(HUVEC)を付着培養させ、ゲル膜30の培養空間11側の第1面31に、肝がん細胞(HepG2)を付着培養させたものを作製した。ゲル膜30としては、PET膜、コラーゲンコートされたPET膜、ビトリゲル膜の3種類を用いた。
肝細胞からアルブミンが出て血管内に放出されるという知見に基づき、灌流培養下における培養空間(上部)及び灌流流路(下部)におけるアルブミン生産量を各ゲル膜30毎に測定した。図5にゲル膜毎のアルブミン産出量の測定結果を示す。
図5に示すように、ビトリゲル膜上での培養にてアルブミン産生量が上昇していることが確認された。また、アルブミンが膜を透過して下部へ拡散していることが確認された。
【0046】
更に、ビトリゲル膜を用いた上記灌流デバイス1において、静置培養及び灌流培養におけるアルブミンの生産量、上部(培養空間11)から下部(灌流流路26)へのアルブミン透過量、TEER(経上皮電気抵抗)を測定した。図6(A)及び図6(B)に示すように、灌流培養において、アルブミン生産量及び透過量が増加していることが確認された。また、図6(C)に示すように、灌流により、バリア機能が上昇していることが確認された。
【0047】
[実験例3]
実験例2で作製した灌流デバイス1を用いて、静置培養下及び灌流培養下で培養した細胞を血管内皮マーカーCD31で免疫染色した。尚、核はDAPIを用いて染色した。図7は、静置培養下及び灌流培養下で培養した細胞の流れ刺激に応じた蛍光画像を示す図である。
図7に示すように、灌流培養下では流れ刺激による細胞の配向が確認された。
【0048】
上記実験例1~3で示されるように、ゲル膜30の灌流流路26に臨む側に管腔系細胞を配置し、ゲル膜30の培養空間11に臨む側に組織系細胞を配置し、灌流流路26に培地を灌流させながら共培養可能な灌流デバイス1を用いることにより、実際の管腔層周辺等の環境を容易に再現することができ、共培養に係る比較・分析・評価等を高精度に実施することができる。
【0049】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明はかかる特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【0050】
例えば、上記実施形態では、予培養部として円筒状のキャップ部材40を用いる構成を例示したが、この構成に限定されない。予培養部としては、例えば、図8に示すように、基材20における灌流流路26と干渉しない位置に、ウェル部10の外周面10Aと嵌合する内周面28Aを有し基材20を貫通する貫通孔28を設ける構成であってもよい。予培養部が貫通孔28である構成では、貫通孔28の下側開口部から、ゲル膜30を上側に向けたウェル部10を挿入しゲル膜30より上側に空間が形成される状態で嵌合させる。これにより、内周面28A、ウェル部10の端面10B及びゲル膜30の第2面32で囲まれた予培養空間60が形成される。
予培養部として貫通孔28が設けられた灌流デバイス1では、キャップ部材40を用いる場合のように、基材20とキャップ部材40とを別個に流通・保管する必要がないため、灌流デバイス1の保管・流通・管理を容易とすることが可能になる。
【0051】
また、上記実施形態では、ウェル部10が円筒状である構成を例示したが、筒状であれば、この構成に限定されず、断面が多角形の角筒状や断面が楕円形等の筒状であってもよい。また、ウェル部10としては、例えば外周面10Aから径方向外側に張り出すフランジ部を設ける構成であってもよい。フランジ部の上下方向の位置としては、例えば、第1基材21の保持部23にウェル部10が保持される際にはフランジ部が第1基材21の上面に係合することでゲル膜30の第2面32の位置(すなわち、灌流流路26に対する管腔系細胞の位置)が規定され、図8に示した貫通孔28にウェル部10が嵌合して保持される際には、フランジ部が第2基材22の下面に係合することでゲル膜30の第2面32の位置(すなわち、予培養空間60における管腔系細胞の位置)が規定される。この場合、灌流流路26及び予培養空間60に対する管腔系細胞の相対位置関係を容易に維持できるため、共培養の実験を複数回実施した際の変動を最小化することが可能になり、比較・分析・評価等を高精度に実施することができる。
【0052】
なお、上記実施形態では、培地貯溜部としての培地供給部100が灌流デバイス1の外部に設けられる構成を例示したが、この構成に限定されない。培地を貯留する培地貯溜部としては、例えば、図9に示すように、少なくとも一部が灌流流路26の上流側と連通する培地貯溜部100Aが基材20と一体的に設けられる構成であってもよい。この構成を採る場合には、供給管101は基材20に接続されず培地貯溜部100Aに接続される。調整部110の駆動により、培地貯溜部100Aに貯留された培地は、灌流流路26に導入される。そして、灌流流路26を灌流した培地は、排出管102から調整部110に戻り再び供給管101を介して培地貯溜部100Aに供給される。
【0053】
また、培地貯溜部100Aが基材20と一体的に設けられる構成としては、図10に示すように、少なくとも一部が灌流流路26の下流側と連通する培地貯溜部100Aが基材20と一体的に設けられる構成であってもよい。この構成を採る場合には、供給管101は基材20に接続され、排出管102は基材20に接続されず培地貯溜部100Aに接続される。調整部110の駆動により、培地貯溜部100Aに貯留された培地は、配管102を介して調整部110に戻り、供給管101を介して灌流流路26に導入される。そして、灌流流路26を灌流した培地は、再び培地貯溜部100Aに貯留される。
このように、培地貯溜部100Aが基材20と一体的に設けられることにより、灌流デバイス1の使用性が向上する。
【0054】
また、一つの灌流流路26に対してウェル部10を複数直列的に設ける構成を採ることも可能である。この場合、生体内において管腔層を流れる液状体の流動方向に即した組織層を複数のウェル部10で培養することも可能である。例えば、上述の実験例2で説明した肝がん細胞を灌流流路26の上流側に配置したウェル部10の培養空間で培養し、灌流流路26の下流側に配置したウェル部10の培養空間で膵臓組織を培養してもよい。この場合、上流側のウェル部10で産出された後に膜を透過して灌流流路26に拡散したアルブミンが下流側のウェル部10で培養された膵臓組織に与える影響等の分析・評価を実施可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、人工組織灌流デバイス、人工組織灌流デバイスを用いた薬剤評価方法に適用できる。
【符号の説明】
【0056】
1…灌流デバイス(人工組織灌流デバイス)、 10…ウェル部、 10A…外周面、 11…培養空間、 20…基材、 23…保持部、 26…灌流流路、 28…貫通孔(予培養部)、 30…ゲル膜、 31…第1面、 32…第2面、 40…キャップ部材(予培養部)、 40A…内周面、 41…組織層、 42…管腔層、 60…予培養空間、 110…調整部、 C…共培養系、 SYS…灌流システム
図1
図2
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図10