(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-17
(45)【発行日】2023-05-25
(54)【発明の名称】含窒素化合物、多結晶成形体及び多結晶薄膜
(51)【国際特許分類】
C07D 487/08 20060101AFI20230518BHJP
C07C 251/30 20060101ALI20230518BHJP
【FI】
C07D487/08 CSP
C07C251/30
(21)【出願番号】P 2021522817
(86)(22)【出願日】2020-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2020020938
(87)【国際公開番号】W WO2020241694
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-11-26
(31)【優先権主張番号】P 2019102845
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124800
【氏名又は名称】諏澤 勇司
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(72)【発明者】
【氏名】原田 潤
【審査官】神谷 昌克
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第109054261(CN,A)
【文献】特開2010-153560(JP,A)
【文献】SZAFRANSKI,M.,Effect of high pressure on the supramolecular structures of guanidinium based ferroelectrics,CrystEngComm,2014年,Vol.16, No.27,pp.6250-6256,DOI 10.1039/c4ce00697f
【文献】HARADA,J. et al.,Directionally tunable and mechanically deformable ferroelectric crystals from rotating polar globula,Nature Chemistry,2016年,Vol.8, No.10,pp.946-952,DOI 10.1038/nchem.2567
【文献】YANG,C. et al.,Directional intermolecular interactions for precise molecular design of a high-Tc multiaxial molecul,Journal of the American Chemical Society,2019年01月07日,Vol.141, No.4,pp.1781-1787,DOI 10.1021/jacs.8b13223
【文献】KATRUSIAK,A. et al.,Ferroelectricity in NH...N Hydrogen Bonded Crystals,Physical Review Letters,1999年,Vol.82, No.3,pp.576-579,DOI 10.1103/PhysRevLett.82.576
【文献】HARADA,J. et al.,Ferroelectricity and piezoelectricity in free-standing polycrystalline films of plastic crystals,Journal of the American Chemical Society,2018年,Vol.140, No.1,pp.346-354,DOI 10.1021/jacs.7b10539
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C07D
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表される含窒素化合物。
【化1】
[式(1)中、Y
1は
+NH、
+NCH
3又はCHを示し、Y
2及びY
3はそれぞれ独立に
+NH
2又はCH
2を示し、X
1はReO
4、IO
4、ClO
4、FeCl
4、GaCl
4、FeBr
4又はAlCl
4を示す。ただし、Y
1、Y
2及びY
3のうち一つのみが窒素原子を含む。]
【請求項2】
下記一般式(1’)で表される含窒素化合物を含む多結晶成形体又は多結晶薄膜。
【化2】
[式(1’)中、Y
1は
+NH、
+NCH
3又はCHを示し、Y
2及びY
3はそれぞれ独立に
+NH
2又はCH
2を示し、X
2はReO
4、IO
4、ClO
4、BF
4、FeCl
4、GaCl
4、FeBr
4、AlCl
4、PF
6、NO
3、Cl、Br又はIを示す。ただし、Y
1、Y
2及びY
3のうち一つのみが窒素原子を含む。]
【請求項3】
下記一般式(2)で表される含窒素化合物を含む多結晶成形体又は多結晶薄膜。
【化3】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含窒素化合物、多結晶成形体及び多結晶薄膜に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、温度センサ、熱型赤外線センサ等の用途に適用可能な焦電性を有する強誘電体や、圧電素子、アクチュエータ等の用途に適用可能な圧電性を有する強誘電体等、種々の強誘電体が検討されている。このような強誘電体としては、チタン酸バリウム、ジルコン酸チタン酸鉛等といった無機材料が広く用いられてきた。一方で、例えば非特許文献1に記載されているように、強誘電性を有する有機分子性結晶が種々検討されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】堀内佐智雄,「有機分子性結晶の強誘電性」 Mol. Sci., 5, A0041 (2011).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来強誘電体として用いられてきた無機材料は、一般的に高温で焼結し成形する必要があるために実装条件が限定されるという問題等を有する。一方で、有機分子性結晶については、その多くが単結晶の状態でのみ強誘電性を発揮するため、加工が難しい等といった問題を有する。
そこで本発明は、容易に加工が可能であり、且つ十分に高い誘電性を有する材料、並びに多結晶成形体及び多結晶薄膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために本発明者等は鋭意検討した結果、以下の[1]~[3]の発明を完成するに至った。
[1] 下記一般式(1)で表される含窒素化合物。
【化1】
[式(1)中、Y
1は
+NH、
+NCH
3又はCHを示し、Y
2及びY
3はそれぞれ独立に
+NH
2又はCH
2を示し、X
1はReO
4、IO
4、ClO
4、FeCl
4、GaCl
4、FeBr
4又はAlCl
4を示す。ただし、Y
1、Y
2及びY
3のうち一つのみが窒素原子を含む。]
[2] 下記一般式(1’)で表される含窒素化合物を含む多結晶成形体又は多結晶薄膜。
【化2】
[式(1’)中、Y
1は
+NH、
+NCH
3又はCHを示し、Y
2及びY
3はそれぞれ独立に
+NH
2又はCH
2を示し、X
2はReO
4、IO
4、ClO
4、BF
4、FeCl
4、GaCl
4、FeBr
4、AlCl
4、PF
6、NO
3、Cl、Br又はIを示す。ただし、Y
1、Y
2及びY
3のうち一つのみが窒素原子を含む。]
[3] 下記一般式(2)で表される含窒素化合物を含む多結晶成形体又は多結晶薄膜。
【化3】
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、容易に加工が可能であり、且つ十分に高い誘電性を有する含窒素化合物を提供することができる。かかる含窒素化合物は更に焦電性を有する。また、本発明によれば、十分に高い誘電性を有する多結晶成形体及び多結晶薄膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】化合物(I)の多結晶成形体について、分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図2】化合物(I)の多結晶成形体の分極-電場相関測定を試料温度を変化させて行い、自発分極(P
s)の温度依存性を調べた結果を示す図である。
【
図3】化合物(I)の多結晶成形体について、自発分極と焦電係数の温度依存性を示すグラフである。
【
図4】分極処理した化合物(I)の多結晶成形体について、比誘電率の実部ε’の測定結果の一部を示す図である。
【
図5】化合物(I)の粉末試料の測定を行い、当該粉末試料の比熱の温度変化を求めた結果を示す図である。
【
図6】化合物(I)の多結晶薄膜について、分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図7】化合物(II)の多結晶成形体について、分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図8】化合物(III)の多結晶成形体について、分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図9】化合物(I)とQRの混晶の多結晶成形体について、室温での分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図10】化合物(I)と化合物(II)の混晶の多結晶成形体について、室温での分極-電場相関測定を行った結果を示す図である。
【
図11】化合物(I)と化合物(II)の混晶の多結晶成形体の分極電場-相関ヒステリシスから得られた自発分極(P
s)の温度変化を示す
図11である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0009】
[含窒素化合物]
上記一般式(1)又は(1’)で表される窒素化合物のうち、カチオン部分としては以下の式(A)~(D)の4種が挙げられる。
【化4】
【0010】
上記一般式(1)又は(1’)で表される窒素化合物のうち、アニオン部分(X1-又はX2-)は、窒素化合物の製造方法に関して以下の(E)及び(F)に分類される。
(E):ReO4
-,IO4
-,ClO4
-,BF4
-,PF6
-,NO3
-,Cl-,Br-,I-
(F):FeCl4
-,GaCl4
-,AlCl4
-,FeBr4
-
【0011】
カチオン部分が(A)、(B)又は(C)で表され、アニオン部分が(E)である含窒素化合物は、対応するアミンに酸を作用させることにより、調製することができる。(A)、(B)又は(C)で表されるカチオン部分に対応するアミンは、1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン、7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン又は2-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンである。(E)のアニオン部分に対応する酸は、上記アニオンにプロトンが結合した酸であり、例えばReO4
-に対応する酸は過レニウム酸(HReO4)である。
【0012】
カチオン部分が(A)、(B)又は(C)で表され、アニオン部分が(E)である含窒素化合物は、例えば以下の方法で調製することができる。
等モル量のアミンと酸を含むエタノール溶液を室温で撹拌する。十分な量の粉末(目的化合物)が析出する場合は、そのままろ過、あるいは、一旦加熱して溶解させ室温に冷却する再結晶を行ってからろ過する。粉末が析出していない場合は、ジエチルエーテルを加えて溶解度を下げ、十分な量の粉末を析出させてからろ過する。エタノール溶液をろ過して粉末を回収した後、そのろ液にジエチルエーテルを加えてさらに析出した粉末をろ過して回収する場合もある。
【0013】
カチオン部分が(A)、(B)又は(C)で表され、アニオン部分が(F)である含窒素化合物は、例えば、対応するアミンに、適当な酸、及び適当なルイス酸性金属ハロゲン化物を作用させることにより、調製することができる。具体的には、例えば、等モル量のアミン、塩酸又は臭化水素酸、及び塩化鉄(III)、塩化ガリウム(III)、塩化アルミニウム(III)、臭化鉄(III)のいずれかの計3種類の試薬を含むエタノール溶液を室温で攪拌し、減圧下で溶媒を留去した後、2-プロパノール溶液から再結晶することにより含窒素化合物を調製することができる。
【0014】
カチオン部分が(D)で表され、アニオン部分がI-である含窒素化合物については、対応するアミン(1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン)にヨウ化メチルを加えることで調製することができる。他のアニオン部分を有する含窒素化合物については、アニオン部分がI-である窒素化合物を含む水溶液を、陰イオン交換樹脂を通過させて溶出した水溶液に、対応する酸を加えることで得ることができる。
【0015】
上記一般式(2)で表される含窒素化合物は、例えば、炭酸グアニジンにテトラフルオロホウ酸を作用させることにより得ることができる。
【0016】
[多結晶成形体及び多結晶薄膜]
本実施形態の多結晶成形体は、例えば、上述の含窒素化合物の粉末を加圧成形(プレス)することで製造することができる。加圧成形の際には、例えば25℃(室温)~200℃で加熱することが好ましい。上述の含窒素化合物によれば、比較的低温下で成形した場合であっても、高誘電性を発揮する。
【0017】
上述の含窒素化合物の粉末のプレスに際し、1回のプレスでは薄い成形体(40-80μm程度)が出来ることが多いので、厚い成形体を作りたい場合は、得られた薄い成形体を重ねて、小さい力でプレスし直すか、室温でKBr錠剤成形器(PIKE社ハンドプレス、金型の直径3mm)を用いてプレスし直す。実施例1の化合物(I)の粉末は室温でプレスしても、100℃でプレスした場合と同等の多結晶成形体が得られた。高温でプレスする場合は剥がしやすくするためにテフロン(登録商標)シート等に挟んでもよい。
【0018】
本実施形態の多結晶薄膜は、塗布法や印刷技術等による溶液プロセスでの加工により作製可能であり、例えば、上述の含窒素化合物の水溶液を基板上に載せ、これを乾燥させることにより得られる。乾燥の際には、例えば60~80℃で放置して、水を徐々に蒸発させることで結晶膜を成長させることができる。
【0019】
本実施形態の多結晶成形体又は多結晶薄膜に含まれる上述の含窒素化合物は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を混合して用いてもよい。また、上述の含窒素化合物は、他の強誘電性を有する化合物との混合物として、本実施形態の多結晶成形体又は多結晶薄膜に含まれていてもよい。他の強誘電性を有する化合物は、柔粘性/強誘電性結晶(例えば、過レニウム酸キヌクリジニウム)であると好ましい。
【0020】
なお、含窒素化合物を二種以上混合して用いた場合や、他の強誘電性を有する化合物との混合物として用いた場合には、多結晶成形体又は多結晶薄膜中での結晶構造は単一相であっても、両者の相が共存してもよい。含窒素化合物の割合や他の強誘電性を有する化合物の種類を適宜調整することにより、焦電性、誘電性、圧電性等の所望の性能を調整することができる。
【0021】
本実施形態の多結晶成形体又は多結晶薄膜に含まれる上記一般式(1’)で表される窒素化合物の含有量は、所望の性能に合わせて適宜調整することができるが、例えば、50モル%以上、70モル%以上、又は90モル%以上とすることができる。
【0022】
本実施形態の多結晶成形体及び多結晶薄膜は、例えば、焦電材料、圧電材料、強磁性材料等として好適に適用することが可能であり、特に焦電材料としての適用が期待される。
【0023】
焦電材料としては従来、ジルコン酸チタン酸鉛(PZT)が代表的な物質として用いられてきた。PZTは多結晶のセラミックスでも機能するため、様々な大きさと形に加工して用いることができるという利点がある。一方で、PZTの室温の電圧応答焦電性能指数(Fv=0.06m2/C)が必ずしも高くない、高温での焼結が必要であり実装条件が限定される、透明な多結晶材料を作成することが困難、有毒な鉛を含む等といった問題もあった。一方、焦電材料としての有機物質も提案されており、高いFvを示す有機物質も知られているが、単結晶の状態でのみ焦電性を発揮するため、加工が難しい等といった問題がある。
【0024】
これに対して、本実施形態の多結晶成形体及び多結晶薄膜は、比較的大きいFvを有し、且つ加工性、透明性に優れるため、焦電材料として好適に適用可能である。
【0025】
[多結晶成形体及び多結晶薄膜の用途]
本実施形態の多結晶成形体及び多結晶薄膜は、焦電性、圧電性、強誘電性及び対称心のない結晶構造の少なくともいずれかを有するので、これらに特性を活用した用途に適用することができる。
焦電性を活用した用途としては、温度センサ、熱型赤外線センサ(人感センサ)、赤外線イメージセンサ、エナジーハーベスティング(廃熱利用、焦電発電)、電気熱量効果(電気的な冷却)等が挙げられる。
圧電性を活用した用途としては、圧電素子、アクチュエータ、加速度センサ、弾性表面波デバイス等が挙げられる。
強誘電性を活用した用途としては、強誘電体不揮発性メモリ、バルク光起電力等が挙げられる。
対称心のない結晶構造を活用した用途としては、非線形光学材料、電気光学材料等が挙げられる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は実施例に何ら限定されるものではない。
【0027】
合成例1:過レニウム酸1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム(下記化合物(I))の合成
【化5】
三角フラスコに1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン(東京化成工業、受託合成品)0.195g(2mmol)及び過レニウム酸(75-80重量%水溶液)(シグマ・アルドリッチ)0.692g(2mmol)をそれぞれ含むエタノール溶液(それぞれエタノール2mL)を入れ、室温で撹拌した。溶液から析出した粉末を、溶液を加熱することで一旦溶解した後、溶液を室温まで冷却した。溶液から析出した粉末をろ過し、減圧乾燥して化合物(I)の白色粉末0.591g(1.7mmol、収率85%)を得た。
元素分析: 実測: C, 20.70;H, 3.31; N, 3.91. 計算 for C
6H
12NO
4Re:C, 20.69; H, 3.47; N, 4.02%.
【0028】
合成例2:過ヨウ素酸1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム(下記化合物(II))の合成
【化6】
三角フラスコに1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン(東京化成工業、受託合成品)0.097g(1mmol)及びオルト過よう素酸(和光純薬)0.23g(1mmol)をそれぞれ含むエタノール溶液(それぞれエタノール1mL)を入れ、室温で撹拌した。溶液にジエチルエーテルを加えて粉末を析出させた。析出した粉末をろ過し、減圧乾燥して化合物(II)の白色粉末0.25g(0.086mmol,収率86%)を得た。
元素分析: 実測: C, 24.82;H, 4.22; N, 4.80. 計算 for C
6H
12NO
4I:C, 24.93; H, 4.18; N, 4.85%.
【0029】
合成例3:テトラフルオロホウ酸グアニジン(下記化合物(III))の合成
【化7】
ビーカーに炭酸グアニジン7.47g(0.041mol)と純水15mLを加え、撹拌して溶解させた。得られた溶液に室温でテトラフルオロホウ酸(42重量%水溶液)(和光純薬)18.0g(0.086mmol)を滴下し、発泡が収まるまで撹拌した。得られた溶液を減圧下で水を留去し、得られた粉末を減圧乾燥し、化合物(III)の粉末11.3g(0.077mmol、粗製収率94%)を得た。得られた粉末をエタノール溶液から再結晶し、白色粉末を得た。
【0030】
合成例4:四塩化鉄(III)1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム(下記化合物(IV)の合成
【化8】
1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン、塩酸、塩化鉄(III)六水和物各1mmolを含むエタノール溶液を室温で撹拌した。減圧下で溶媒を留去して得られた粉末を2-プロパノール溶液から再結晶し、化合物(IV)の白色粉末0.86mmolを得た。
【0031】
実施例1:化合物(I)の多結晶成形体の作製及び評価
化合物(I)の粉末10mgに加熱プレス機(アズワン小型熱プレス機AH-2003)を用いて、100℃で10トンの力を加えることで、透明な多結晶成形体(厚さ80μm程度)が得られた。得られた化合物(I)の多結晶成形体を、以下の方法で評価した。なお、必要に応じて、複数の薄い多結晶成形体を作製し、これを重ねてプレスすることにより圧膜化したものを評価の対象とした。
【0032】
<分極-電場相関測定>
化合物(I)の多結晶成形体(厚さ0.180mm、面積2.8mm
2)の両面にカーボンペーストを塗布して電極を形成した。Sawyer-Tower回路を用いて、試料に10Hzの三角波交流電場(ピーク電圧200V)を印加することで、分極-電場相関測定を行った(300K)。その結果を
図1に示す。
図1から明らかであるようにヒステリシスを持つループが得られていることから、化合物(I)の多結晶成形体が強誘電性を有していることが分かる。電場が0の時の分極の値(y軸との切片)がその温度での自発分極を表す。
図1から求められた自発分極(P
s)は4.1μC/cm
2であった。
【0033】
<焦電性測定>
化合物(I)の多結晶成形体の分極-電場相関測定を試料温度を変化させて行い、自発分極(P
s)の温度依存性を調べた。その結果の一部を
図2(a)に示し、P
sの温度依存性のプロットを
図2(b)に示す。
図2(b)のプロットから例えば305Kと295KのP
sの値の差を求め、温度差10Kで割ることで300Kの焦電係数を簡易的に算出することが可能である。本方法により求めた300Kにおける化合物(I)の多結晶成形体の焦電係数はp=0.017μC/(cm
2 K)であった。
【0034】
<焦電流測定>
化合物(I)の多結晶成形体の(厚さ0.180mm、面積3.6mm
2)の両面にカーボンペーストを塗布して電極を形成した。Sawyer-Tower回路を用いて、室温で試料に10Hzの三角波交流電場(ピーク電圧200V)を印加することで、分極-電場相関測定を行い、分極処理が出来ていることを確認した。分極処理した多結晶成形体に電場印加せず、10K/minの速度で275Kから327Kまで昇温して電流測定を行った。測定された電流(焦電流)の単位面積当たりの値(電流密度)を時間に対して積分することで、自発分極(P
s)の経時変化と同時に温度変化を求め、P
sを温度で微分することで焦電係数を求めた。
図3は自発分極と焦電係数の温度依存性を示すグラフである。グラフから読み取った298Kの焦電係数はp=0.015μC/(cm
2K)であった。
【0035】
<誘電率測定>
分極処理した化合物(I)の多結晶成形体の複素誘電率を測定した。
図4は上記の焦電流測定を行ったものと同一の試料を用い、焦電流測定前に誘電率を測定した結果を示すものである。試料を289Kから309Kまで4K/minで昇温し、LCRメータを用いた四端子対法で、印加電圧1V、1kHz-2MHzの周波数で測定した。
図4には比誘電率の実部ε’の測定結果の一部を示す。焦電性能指数の計算には1kHzの周波数の298Kにおける比誘電率実部の値20.5を用いた。
【0036】
<比熱測定>
合成例1で得られた化合物(I)の粉末試料の比熱を示差走査熱量(DSC)測定により決定した。10mgの試料を用い、窒素気流下で10K/minの速度で温度を-90℃から200℃まで変化させた。American Society of Testing and Materials(ASTM) standard E1269に従い、空のアルミニウム製試料パン、サファイア標準試料、化合物(I)の粉末試料の測定を順次行い、当該粉末試料の比熱の温度変化を求めた(
図5)。298Kにおける比熱C
p=0.75J/g Kと単結晶X線構造解析により求めた結晶の比重2.454g/cm
3を焦電性能指数の計算に用いた。
【0037】
<焦電性能指数>
電圧感度焦電性能指数の定義:
【数1】
化合物(I)の多結晶成形体の298 KにおけるF
v = 0.45 m
2/C
電気熱結合因子(Electrothermalcoupling factor)の定義:
【数2】
化合物(I)の多結晶成形体の298 Kにおけるk
2 (T
hot = 300 K) = 2.0%
【0038】
<圧電測定>
分極-電場相関測定により分極処理し、分極量を確認した化合物(I)の多結晶成形体(厚さ0.18mm程度、面積3mm2程度)のd33値をd33メータ(リードテクノ社Piezo reader Model:LD-01)を用い、静荷重値1.0N、駆動荷重0.5N、荷重印加時間500ミリ秒で測定した。試料の表裏を反転して測定し、正負が異なり大きさがほぼ同じd33値が得られることを確認した。いくつかの試料について裏表それぞれ位置を変えて数回測定し、それらの絶対値の平均値をd33の測定値90pC/Nとした。
【0039】
実施例2:化合物(I)の多結晶薄膜の作製及び評価
化合物(I)の水溶液(4.0wt%)1滴を電極を蒸着してあるガラス板の上に静置した。電極はガラス板上に2nmの厚さで真空蒸着したクロムの上に、金を30nmの厚さで真空蒸着してある。液滴を70℃で放置して、水をゆっくりと蒸発させ、結晶膜を成長させた(膜厚平均1.1μm、原子間力顕微鏡AFMで測定)。得られた多結晶薄膜上に金電極(厚さ130nm)を真空蒸着させ、測定用のサンプルを作製した。当該サンプルは、ガラス/Cr(2nm)/Au(30nm)/試料(1.1μm)/Au(130nm)の構造を有する。得られた化合物(I)の多結晶薄膜を、以下の方法で評価した。
【0040】
<分極-電場相関測定>
化合物(I)の多結晶薄膜(平均厚さ1.1μm)の両面に形成された電極に金属製端子を接触させ、室温で試料に10Hz-100kHzの三角波交流電場(最大電圧45V)を印加することで、分極-電場相関測定を行った。測定には強誘電体評価システム(東陽テクニカ社FCE-1A)を用いた。その結果を
図6(a)及び(b)に示す。
図6(a)及び(b)から明らかであるようにヒステリシスを持つループが得られていることから、化合物(I)の多結晶薄膜が強誘電性を有していることが分かる。
図6から求められた自発分極はおよそ7.8μC/cm
2であった。
【0041】
実施例3:化合物(II)の多結晶成形体の作製及び評価
化合物(I)に代えて化合物(II)を用いた他は実施例1と同様の方法で、化合物(II)の多結晶成形体(厚さ0.06mm、面積1.5mm
2)を作製した。得られた多結晶成形体の両面にカーボンペーストを塗布して電極を形成した。Sawyer-Tower回路を用いて、様々な温度で試料に10Hzの三角波交流電場(ピーク電圧300V)を印加することで、分極-電場相関測定を行った。その結果を
図7に示す。
図7から明らかであるようにヒステリシスを持つループが得られていることから、化合物(II)の多結晶成形体が強誘電性を有していることが分かる。また、自発分極の温度依存性より化合物(II)の多結晶成形体が焦電性を示すことが分かる。
【0042】
実施例4:化合物(III)の多結晶成形体の作製及び評価
化合物(I)に代えて化合物(III)を用いた他は実施例1と同様の方法で、化合物(III)の多結晶成形体(厚さ0.09mm、面積3.0mm
2)を作製した。得られた多結晶成形体の両面にカーボンペーストを塗布して電極を形成した。Sawyer-Tower回路を用いて、様々な温度で試料に10Hzの三角波交流電場(ピーク電圧400V)を印加することで、分極-電場相関測定を行った。その結果を
図8に示す。
図8から明らかであるようにヒステリシスを持つループが得られていることから、化合物(III)の多結晶成形体が強誘電性を有していることが分かる。また、自発分極の温度依存性より化合物(III)の多結晶成形体が焦電性を示すことが分かる。
【0043】
実施例5:化合物(I)と過レニウム酸キヌクリジニウムの混晶の多結晶成形体の作製及び評価
<圧電測定>
Jun Harada et al., Nature Chemistry volume8, pages 946-952 (2016)に記載の方法で、過レニウム酸キヌクリジニウム(QR)を合成した。
化合物(I)とQRの粉末試料を、下記表1に示すモル比となるように量りとった。それらの混合物の水溶液を調製し、減圧下で溶媒を留去し、得られた混晶の粉末を減圧乾燥した。それぞれの混晶について、実施例1と同様の方法で、多結晶成形体を作製し、圧電測定を行った。その結果を表1に示す。
【表1】
表1から明らかであるように、化合物(I)を純物質として用いた多結晶成形体よりも、化合物(I)とQRの混晶の多結晶成形体の方がd
33値は確実に大きくなっていると言える。
【0044】
<分極-電場相関測定>
上述の化合物(I)とQRとの3種の混晶の多結晶成形体について、室温での分極-電場相関測定を行った。その結果を
図9に示す。
図9から明らかであるように、混晶の多結晶成形体(図中、9_1, 7_3, 6_4)についても、実施例1の化合物(I)の多結晶成形体(図中、10_0)と同様にヒステリシスを持つループが得られていることから、強誘電性を有していることが分かる。
【0045】
実施例6:化合物(I)と化合物(II)の混晶の多結晶成形体の作製及び評価
<分極-電場相関測定>
化合物(I)と化合物(II)の粉末試料を、8:2又は7:3のモル比となるように量りとった。それらの混合物の水溶液を調製し、減圧下で溶媒を留去し、得られた混晶の粉末を減圧乾燥した。それぞれの混晶について、実施例5と同様の方法で、多結晶成形体を作製し、室温での分極-電場相関測定を行った。その結果を
図10に示す。
図10から明らかであるように、混晶の多結晶成形体(図中、8_2, 7_3)についても、実施例1の化合物(I)の多結晶成形体(図中、10_0)と同様にヒステリシスを持つループが得られていることから、強誘電性を有していることが分かる。
【0046】
上述の化合物(I)と化合物(II)の混晶(モル比=8:2)の多結晶成形体(厚さ0.41mm、面積4.6mm
2)の分極電場-相関ヒステリシスから得られた自発分極(P
s)の温度変化を
図11に示す。
このプロットから算出した298Kの焦電係数はp=0.028μC/(cm
2 K)である。比誘電率の実部39、比熱C
p=0.85J/g Kと粉末X線回折測定より求めた結晶の比重2.35g/cm
3より、性能指数F
v=0.39m
2/C.k
2(T
hot=300K)=3.1%と求まった。
【0047】
実施例7:7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムブロミドの合成と評価
1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンに代えて7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンを、過レニウム酸に代えて臭化水素酸をそれぞれ用いた他は合成例1と同様にして、7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムブロミド(式(1’)中、Y1=CH,Y2=+NH2,Y3=CH2,X2=Brである化合物)を合成した。得られた化合物を再結晶することにより単結晶を得、単結晶X線構造解析を行った。その結果、室温で極性のある結晶構造(直方晶系、空間群Cmc21)が観察された。本結晶構造は、c軸方向に自発分極を持つ焦電体であるといえ、強誘電体である可能性も高い。
【0048】
実施例8:7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムクロリドの合成と評価
過レニウム酸に代えて塩酸を用いた他は実施例7と同様にして、7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムクロリド(式(1’)中、Y1=CH,Y2=+NH2,Y3=CH2,X2=Clである化合物)を合成した。得られた化合物及び実施例7の化合物について、粉末X線回折測定を行った結果、室温での結晶構造が実施例7及び8の化合物で同じであることが示された。したがって、実施例8の化合物も結晶構造としては焦電体であるといえ、強誘電体である可能性も高い。
【0049】
実施例9:硝酸7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムの合成と評価
過レニウム酸に代えて硝酸を用いた他は実施例7と同様にして、硝酸7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムクロリド(式(1’)中、Y1=CH,Y2=+NH2,Y3=CH2,X2=NO3である化合物)を合成した。得られた化合物並びに実施例7及び8の化合物について、以下に示す方法でSHG測定(第二次高調波発生)を行ったところ、SHG活性を示すことが明らかとなった。SHG活性は結晶構造に中心対称性がないことを示し、焦電性及び強誘電性を示すための一つの指標である。
【0050】
実施例10:過レニウム酸2-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウムの合成と評価
1-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンに代えて2-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタンを用いた他は合成例1と同様にして、過レニウム酸2-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタニウム(式(1’)中、Y1=CH,Y2=CH2,Y3=+NH2,X2=ReO4である化合物)を合成した。得られた化合物を再結晶することにより単結晶を得、単結晶X線構造解析を行った。その結果、室温で極性のある結晶構造(単斜晶系、空間群P21)が観察された。本結晶構造は、b軸方向に自発分極を持つ焦電体であるといえる。