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特許7283405フタル酸ジイソノニルの品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、樹脂組成物、及びケーブル又はチューブ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-22
(45)【発行日】2023-05-30
(54)【発明の名称】フタル酸ジイソノニルの品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、樹脂組成物、及びケーブル又はチューブ
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20230523BHJP
   C08K 5/12 20060101ALI20230523BHJP
   C08L 27/06 20060101ALI20230523BHJP
【FI】
G01N21/65
C08K5/12
C08L27/06
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020010429
(22)【出願日】2020-01-24
(65)【公開番号】P2021117097
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-05-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】末永 和史
(72)【発明者】
【氏名】菊池 龍太郎
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2016/031063(JP,A1)
【文献】特開2018-072100(JP,A)
【文献】特開2016-045159(JP,A)
【文献】特開2018-184529(JP,A)
【文献】特表2013-543920(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
C08K 5/12
C08L 27/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フタル酸ジイソノニルにレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、
前記ラマンスペクトルにおける、直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークとイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークの強度の大小関係に基づいて、前記フタル酸ジイソノニルの品質の合否を判定する合否判定工程と、
を含む、フタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【請求項2】
前記第1のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて880cm-1以上900cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークであり、
前記第2のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて840cm-1以上860cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである、
請求項1に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【請求項3】
前記合否判定工程において、測定温度26℃の条件下で測定された前記第1のピークの積分強度の前記第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上である場合に前記フタル酸ジイソノニルの品質を合格と判定する、
請求項1又は2に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【請求項4】
前記合否判定工程において、測定温度26℃の条件下で測定された前記第1のピークのピーク強度の前記第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上である場合に前記フタル酸ジイソノニルの品質を合格と判定する、
請求項1又は2に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法により合格と判定された前記フタル酸ジイソノニルをポリ塩化ビニルに添加する工程を含む、
樹脂組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フタル酸ジイソノニルの品質管理方法、樹脂組成物の製造方法、樹脂組成物、及びケーブル又はチューブに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、剛直な塩化ビニル樹脂を可塑化する手法として、フタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)やフタル酸ジイソノニル(DINP)などのフタル酸エステル系の可塑剤を添加する手法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
一方、昨今、環境対応の観点から、これまで多く使用されてきたDEHPをDINPで代替する動きが活性化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2016/031063号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
DEHPの原料のアルコールは、ナフサ、プロピレン、ノルマルブチルアルデヒドを経て製造される2エチルヘキサノールである。このため、異なるメーカーで製造されたDEHPを使用しても、DEHPが添加された塩化ビニル樹脂である塩化ビニル樹脂混和物の性能のばらつきは小さい。
【0006】
しかしながら、DINPの原料のアルコールであるイソノニルアルコールは、ナフサ、B-B留分(C4)、RAF(ラフィネート)1、RAF2、nブテン、オクテンを経る複雑な工程で製造され、異性体が生成しやすい。そのため、異なるメーカーで製造されたDINPを使用すると、脆化特性などの特性にばらつきが生じやすい。
【0007】
本発明の目的は、塩化ビニル樹脂の可塑剤として添加したときに、脆化特性などの特性をより高めることができるDINPを選別することのできるフタル酸ジイソノニル(DINP)の品質管理方法、DINPが添加された塩化ビニル樹脂を含む、脆化特性などの特性に優れる樹脂組成物及びその製造方法、又はその樹脂組成物からなる絶縁体を有するケーブル又はチューブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記課題を解決することを目的として、フタル酸ジイソノニルにレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおける、直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークとイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークの強度の大小関係に基づいて、前記フタル酸ジイソノニルの品質の合否を判定する合否判定工程と、を含む、フタル酸ジイソノニルの品質管理方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、塩化ビニル樹脂の可塑剤として添加したときに、脆化特性などの特性をより高めることができるDINPを選別することのできるフタル酸ジイソノニル(DINP)の品質管理方法、DINPが添加された塩化ビニル樹脂を含む、脆化特性などの特性に優れる樹脂組成物及びその製造方法、又はその樹脂組成物からなる絶縁体を有するケーブル又はチューブを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1(a)~(c)は、DINPの構造式である。
図2図2(a)は、本実施の形態に係るケーブルの構成例を示す斜視図である。図2(b)は、本実施の形態に係るチューブの構成例を示す斜視図である。
図3図3(a)~(c)は、200~1350cm-1の範囲で測定された試料1~3のラマンスペクトルである。
図4図4(a)は、試料1のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図4(b)は、試料1のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図5図5(a)は、試料2のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図5(b)は、試料2のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図6図6(a)は、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図6(b)は、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図7図7(a)は、試料1~3における、第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値、及び第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。図7(b)は、試料1~3における、第2のピークのピーク強度の第1のピークのピーク強度に対する比の値、及び第2のピークの積分強度の第1のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。なお、第1のピークは直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属し、第2のピークはイソプロピル基の振動に帰属するものである。
図8図8(a)~(c)は、200~1350cm-1の範囲で測定された凍結した試料1~3のラマンスペクトルである。
図9図9(a)は、凍結した試料1のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図9(b)は、凍結した試料1のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図10図10(a)は、凍結した試料2のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図10(b)は、凍結した試料2のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図11図11(a)は、凍結した試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲を拡大したものである。図11(b)は、凍結した試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析により分離された複数のピークを示す。
図12図12(a)は、凍結した試料1~3における、第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値、及び第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。図12(b)は、凍結した試料1~3における、第2のピークのピーク強度の第1のピークのピーク強度に対する比の値、及び第2のピークの積分強度の第1のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。
図13図13は、測定温度26℃の条件下で、0~3250cm-1の範囲で測定された試料1~3のラマンスペクトルである。
図14図14(a)は、表3に示される各試料の“ピーク強度比”と“脆化温度”の関係を示すグラフである。図14(b)は、表3に示される各試料の“積分強度比”と“脆化温度”の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施の形態〕
(フタル酸ジイソノニルの構造)
フタル酸ジイソノニル(DINP)は、フタル酸エステルの一種であり、ポリ塩化ビニルなどの樹脂製品の可塑剤に使用することができる。ポリ塩化ビニルにDINPを添加すると、DINPがポリ塩化ビニルの分子鎖間に挿入され、分子鎖間の強固な結合が抑制されることによって、ポリ塩化ビニルの脆化温度が下がる。
【0012】
図1(a)~(c)は、DINPの構造式である。図1(a)に示されるDINPのアルキル鎖C19は、図1(c)に示されるイソプロピル基-CH(CH)を先端に有するモノメチルオクタノール由来の分岐鎖型のアルキル鎖構造(以下、分岐鎖型アルキル鎖構造と呼ぶ)を有することが一般に知られている(例えば、上記の特許文献1参照)。ここで、図1(c)の破線Cで囲まれた部分がアルキル鎖C19であり、破線Dで囲まれた部分がイソプロピル基である。
【0013】
本願発明者らは、後述するラマン散乱測定を用いた解析により、DINPのアルキル鎖C19が分岐鎖型アルキル鎖構造の他に、図1(b)に示される直鎖炭化水素の分子鎖-(CH-CHであるnノナロール由来の直鎖型のアルキル鎖構造(以下、直鎖型アルキル鎖構造と呼ぶ)をとり得、異なる条件で製造されたDINP(例えば、異なるメーカーで製造されたDINP)の間では、DINPの可塑剤としての性能に差異が生じるほど分岐鎖型アルキル鎖構造と直鎖型アルキル鎖構造の比率が異なる場合があることを見出した。ここで、図1(b)の破線Aで囲まれた部分がアルキル鎖C19であり、破線Bで囲まれた部分が直鎖炭化水素の分子鎖である。
【0014】
さらに、本願発明者らは、DINP分子が直鎖型アルキル鎖構造を有する割合が大きいほど、すなわちDINP中の分岐鎖型アルキル鎖構造の数に対する直鎖型アルキル鎖構造の数の比の値が大きいほど、ポリ塩化ビニルの脆化温度が効果的に下がることを見出した。これは、直鎖炭化水素で構成される直鎖型アルキル鎖構造を有するDINP分子の方が、分岐鎖型アルキル鎖構造を有するDINP分子と比べて長いため、ベースポリマーであるポリ塩化ビニルの分子鎖間に入り込んだときに分子鎖の間隔をより大きく広げられ、低温条件下でも分子鎖間の間隔を広く保って分子鎖間の結合を抑制できることによると考えられる。
【0015】
(フタル酸ジイソノニルの品質管理方法)
本実施の形態に係るフタル酸ジイソノニルの品質管理方法によれば、ラマン散乱測定を用いて、異なる条件下で製造された複数のDINPの中から、分岐鎖型アルキル鎖構造の数に対する直鎖型アルキル鎖構造の数の比の値が大きいものを選別することができる。ラマン散乱測定によれば非接触分析が可能であり、DINPの原姿情報を保持することができる。
【0016】
本実施の形態に係るフタル酸ジイソノニルの品質管理方法は、DINPにレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、測定されたラマンスペクトルにおける、直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークとイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークの強度(積分強度又はピーク強度)の大小関係に基づいて、DINPの品質の合否を判定する合否判定工程とを含む。
【0017】
ここで、直鎖炭化水素の分子鎖は直鎖型アルキル鎖構造を構成し、イソプロピル基は直鎖型アルキル鎖構造に含まれるため、上記の第1のピークと第2のピークの強度の大小関係を測定することにより、DINP中の分岐鎖型アルキル鎖構造の数と直鎖型アルキル鎖構造の数の大小関係を知ることができる。
【0018】
第1のピークは、ラマンスペクトルにおいて880cm-1以上900cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである。また、第2のピークは、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおいて840cm-1以上860cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである。なお、第1のピークと第2のピークの位置は、測定時のDINPの温度などによって、上記の波数範囲内でシフトし得る。
【0019】
第1のピークと第2のピークは、異なる分子振動に起因する複数のピークが合成された波形に埋もれて測定されるため、スペクトル分離解析によるピーク分離を実施して、それぞれのラマンシフト(cm-1)を求める。スペクトル分離解析には、Pseudo-voigt関数、Lorentz関数、Gauss分布関数などの統計分布関数が用いられる。
【0020】
上記の合否判定工程においては、例えば、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおける第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上である場合に測定対象であるDINPの品質を合格と判定する。また、例えば、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおける第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上である場合に測定対象であるDINPの品質を合格と判定する。第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上、または第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上であれば、DINPを可塑剤としてポリ塩化ビニルに添加したときに、そのポリ塩化ビニルの脆化温度を十分に小さくすることができる。
【0021】
ここで、第1のピークと第2のピークのピーク高さや積分強度は、上述の統計分布関数を用いるスペクトル分離解析(フィッティング解析)により得られるピークプロファイルを用いて算出されるものであり、ピークプロファイルをバックグラウンド補正した後に求められる。バックグラウンド補正は、DINPの分子構造に起因しない、発生蛍光、照射レーザー光起源のレイリー及びミー散乱光、照射レーザー光以外の擾乱光などの不可避の光に起因すると考えられるバックグラウンドの影響を除去するために実施されるものであり、多項式関数やスプライン関数などを用いるフィッティング解析により求められるバックグラウンドプロファイル(ベースライン)を上述のピークプロファイルから差し引いて行われる。また、第1のピークと第2のピークの積分強度を求める際の積分範囲は、上述のピークプロファイルとバックグラウンドプロファイルの2つの交点の間の範囲である。
【0022】
なお、DINP中の全てのDINP分子のアルキル鎖が直鎖型アルキル鎖構造をとると仮定した場合、第2のピークの強度はゼロになるため、理論的には、測定温度26℃の条件下で測定されたラマンスペクトルにおける第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値の上限は存在しない。しかし、実際には、全てが直鎖型アルキル鎖構造をとるわけではないため、1を超えることはほとんどなく、多くの場合0.8以下である。
【0023】
(樹脂組成物及びその製造方法)
本実施の形態に係る樹脂組成物は、上記のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法により合格と判定されたDINPが添加されたポリ塩化ビニルを主成分とする樹脂組成物である。すなわち、本実施の形態に係る樹脂組成物の製造方法は、上記のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法により合格と判定されたDINPをポリ塩化ビニルに添加する工程を含む。なお、DINPをポリ塩化ビニルに添加する工程においては、液状(例えば、10℃~35℃)のDINPをポリ塩化ビニルに添加する。
【0024】
本実施の形態に係る樹脂組成物は、例えば、ポリ塩化ビニルと、測定温度26℃の条件下でレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、測定されたラマンスペクトルにおける第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上となる、ポリ塩化ビニルに添加されたDINPとを含む。また、本実施の形態に係る他の樹脂組成物は、例えば、ポリ塩化ビニルと、測定温度26℃の条件下でレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、測定されたラマンスペクトルにおける第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上となる、ポリ塩化ビニルに添加されたDINPとを含む。
【0025】
本実施の形態に係る樹脂組成物は、その用途に応じて様々な形態をとり得る。例えば、ケーブルやチューブの絶縁体に用いられる場合は管状に加工され、農業用ビニールに用いられる場合はシート状に加工される。
【0026】
(ケーブル又はチューブの構造)
本実施の形態に係る樹脂組成物は、ケーブルやチューブに用いられる絶縁体の材料として用いることができる。以下に、本実施の形態に係る樹脂組成物からなる絶縁体を有するケーブル又はチューブの構成の一例を示す。
【0027】
図2(a)は、本実施の形態に係るケーブル1の構成例を示す斜視図である。ケーブル1は、導体11と、導体11の外周を被覆する絶縁体12と、絶縁体12の外周を被覆するシース13とを備える。導体11は、銅などの導体からなり、複数の導線を撚って形成される撚線を導体11として用いてもよい。絶縁体12は、発泡ポリエチレンなどの絶縁体からなる。シース13は、上記の本実施の形態に係る樹脂組成物からなる。ケーブル1は、例えば、電線用や医療用のケーブルとして用いることができる。
【0028】
図2(b)は、本実施の形態に係るチューブ2の構成例を示す斜視図である。チューブ2は、中空の線状の絶縁体21と、絶縁体21の外周を被覆するめっき層22とを備える。絶縁体21は、上記の本実施の形態に係る樹脂組成物からなる。めっき層22は、銅などの金属からなる。チューブ2は、例えば、導波管などとして使用することができる。
【0029】
(実施の形態の効果)
上記実施の形態によれば、塩化ビニル樹脂の可塑剤として用いたときに脆化特性などの特性をより向上させることのできるDINPを選別することができるフタル酸ジイソノニルの品質管理方法を提供することができる。このフタル酸ジイソノニルの品質管理方法によれば、DINPを塩化ビニル樹脂に配合する前に、DINPを配合した塩化ビニル樹脂の脆化温度を予測することができるため、DINPを配合した塩化ビニル樹脂やこれを用いたケーブルやチューブなどの製品の生産速度や歩留まりを向上させることができる。
【0030】
また、上記実施の形態によれば、DINPが添加された塩化ビニル樹脂を含む、脆化特性などの特性に優れる樹脂組成物及びその製造方法を提供することができる。また、上記実施の形態によれば、その脆化特性などの特性に優れる樹脂組成物からなる絶縁体を有するケーブル又はチューブを提供することができる。また、上記実施の形態に係るフタル酸ジイソノニルの品質管理方法や樹脂組成物の製造方法などは、機械学習や人工知能(AI)などを活用してデータを分析するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を用いた材料開発に適用することもできる。
【実施例
【0031】
まず、異なる条件下で製造された3つのDINP(試料1~3とする)を用意し、ラマン散乱測定を実施した。ラマン散乱測定は、ナノフォトン株式会社製のRAMANforce Standard VIS-NIR-HSを用いて、レーザー波長が532nm、分光器の入射スリットの幅が50μm、回折格子の刻線数が1200gr/mm(測定波数範囲の中心波数が800cm-1)、NDフィルタのレーザー最大光量に対する減弱後の光量の比の値(減弱比)が190/255、測定温度が26℃の条件で実施した。試料1~3は液状であり(DINPは26℃では液体)、Al製の容器(アルミパン)に入れた状態でレーザーを照射した。
【0032】
図3(a)~(c)は、200~1350cm-1の範囲で測定された試料1~3のラマンスペクトルである。これらのラマンスペクトルにおけるおよそ1040cm-1のピークはC-O-C対称伸縮に起因するピークであり、およそ1280cm-1のピークはνC-O伸縮に起因するピークである。
【0033】
図4(a)、図5(a)、図6(a)は、それぞれ試料1、試料2、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲(図3(a)~(c)の破線で囲まれた範囲)を拡大したものである。
【0034】
図4(b)、図5(b)、図6(b)は、それぞれ試料1、試料2、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析(フィッティング解析)により分離された複数のピークを示す。
【0035】
図4(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ893cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ847cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0036】
図5(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ893cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ849cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0037】
図6(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ893cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ846cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0038】
次の表1に、上記の液状の試料1~3のラマンスペクトルのスペクトル分離解析の結果を示す。表中の“ピーク強度比”は、第1のピークのピーク強度(ピーク高さ)の第2のピークのピーク強度に対する比の値であり、“積分強度比”は、第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値である。
【0039】
【表1】
【0040】
図7(a)は、試料1~3における、第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値、及び第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。図7(b)は、試料1~3における、第2のピークのピーク強度の第1のピークのピーク強度に対する比の値、及び第2のピークの積分強度の第1のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。
【0041】
次に、液体窒素で凍結させた状態の試料1~3に対して、ラマン散乱測定を実施した。測定条件は、測定温度(測定時の試料1~3の温度)以外は変更なしとした。
【0042】
図8(a)~(c)は、200~1350cm-1の範囲で測定された凍結した試料1~3のラマンスペクトルである。これらのラマンスペクトルにおけるおよそ1040cm-1のピークはC-O-C対称伸縮に起因するピークであり、およそ1280cm-1のピークはνC-O伸縮に起因するピークである。
【0043】
図9(a)、図10(a)、図11(a)は、それぞれ凍結した試料1、試料2、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲(図8(a)~(c)の破線で囲まれた範囲)を拡大したものである。
【0044】
図9(b)、図10(b)、図11(b)は、それぞれ凍結した試料1、試料2、試料3のラマンスペクトルの750~950cm-1の範囲でのPseudo-voigt関数を用いたスペクトル分離解析(フィッティング解析)により分離された複数のピークを示す。
【0045】
図9(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ894cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ849cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0046】
図10(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ894cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ852cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0047】
図11(b)に示されるスペクトル分離解析により分離されたピークのうち、およそ894cm-1で最大値をとるピークPが直鎖炭化水素の分子鎖の振動(CC伸縮)に帰属される第1のピークであり、およそ846cm-1で最大値をとるピークPがイソプロピル基の振動(CC対称伸縮)に帰属される第2のピークである。
【0048】
次の表2に、上記の凍結した試料1~3のラマンスペクトルのスペクトル分離解析の結果を示す。表中の“ピーク強度比”は、第1のピークのピーク強度(ピーク高さ)の第2のピークのピーク強度に対する比の値であり、“積分強度比”は、第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値である。
【0049】
【表2】
【0050】
図12(a)は、凍結した試料1~3における、第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値、及び第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。図12(b)は、凍結した試料1~3における、第2のピークのピーク強度の第1のピークのピーク強度に対する比の値、及び第2のピークの積分強度の第1のピークの積分強度に対する比の値を示すグラフである。
【0051】
図13は、測定温度26℃の条件下で、0~3250cm-1の範囲で測定された試料1~3のラマンスペクトルである。図13によれば、試料2と試料3のラマンスペクトルにおいて、およそ700~2000cm-1に渡ってブロードな蛍光スペクトルが確認できる。このような結果から、DINP中の分岐鎖型アルキル鎖構造の割合が多いほど-C19の分子鎖部分の構造が不安定な状態となり、欠陥準位の生成が増えるので、蛍光が強くなるものと推測される。反対に、DINP中の直鎖型アルキル鎖構造が多いほど、分岐鎖型アルキル鎖構造の割合が少なくなるため、蛍光が弱まるものと推測される。
【0052】
次に、液状(26℃)の試料1と試料3、及び凍結した試料1と試料3を塩化ビニル樹脂に添加し、それぞれの塩化ビニル樹脂の脆化温度を測定した。
【0053】
次の表3に、液状の試料1と試料3、及び凍結した試料1と試料3の、ラマンスペクトルの第1のピークのピーク強度の第2のピークのピーク強度に対する比の値(表中のピーク強度比)と、第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値(表中の積分強度比)と、塩化ビニル樹脂100質量部に対するそれぞれの配合量(表中の配合比)と、それぞれを配合した塩化ビニル樹脂の脆化温度を示す。
【0054】
【表3】
【0055】
図14(a)は、表3に示される各試料の“ピーク強度比”と“脆化温度”の関係を示すグラフである。図14(b)は、表3に示される各試料の“積分強度比”と“脆化温度”の関係を示すグラフである。
【0056】
表3、図14(a)、(b)は、DINPのラマンスペクトルの第1のピークと第2のピークの強度比と、DINPを塩化ビニル樹脂に配合したときの塩化ビニル樹脂の脆化温度との間に相関関係があることを示している。例えば、表3、図14(b)は、測定温度26℃の条件下で測定された第1のピークの積分強度の第2のピークの積分強度に対する比の値がおよそ0.3以上であるDINPを塩化ビニル樹脂に配合することにより、脆化温度を効果的に低減できることを示している。
【0057】
(実施の形態のまとめ)
次に、以上説明した実施の形態から把握される技術思想について、実施の形態における符号等を援用して記載する。ただし、以下の記載における各符号等は、特許請求の範囲における構成要素を実施の形態に具体的に示した部材等に限定するものではない。
【0058】
[1]フタル酸ジイソノニルにレーザーを照射し、ラマンスペクトルを測定する測定工程と、前記ラマンスペクトルにおける、直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークとイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークの強度の大小関係に基づいて、前記フタル酸ジイソノニルの品質の合否を判定する合否判定工程と、を含む、フタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【0059】
[2]前記第1のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて880cm-1以上900cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークであり、前記第2のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて840cm-1以上860cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである、上記[1]に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【0060】
[3]前記合否判定工程において、測定温度26℃の条件下で測定された前記第1のピークの積分強度の前記第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上である場合に前記フタル酸ジイソノニルの品質を合格と判定する、上記[1]又は[2]に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【0061】
[4]前記合否判定工程において、測定温度26℃の条件下で測定された前記第1のピークのピーク強度の前記第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上である場合に前記フタル酸ジイソノニルの品質を合格と判定する、上記[1]又は[2]に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法。
【0062】
[5]上記[1]~[4]のいずれか1項に記載のフタル酸ジイソノニルの品質管理方法により合格と判定された前記フタル酸ジイソノニルをポリ塩化ビニルに添加する工程を含む、樹脂組成物の製造方法。
【0063】
[6]ポリ塩化ビニルと、測定温度26℃の条件下でレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、前記ラマンスペクトルにおける直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークの積分強度のイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークの積分強度に対する比の値が0.3以上となる、前記ポリ塩化ビニルに添加されたフタル酸ジイソノニルと、を含む、樹脂組成物。
【0064】
[7]ポリ塩化ビニルと、測定温度26℃の条件下でレーザーを照射してラマンスペクトルを測定したときに、前記ラマンスペクトルにおける直鎖炭化水素の分子鎖の振動に帰属される第1のピークのピーク強度のイソプロピル基の振動に帰属される第2のピークのピーク強度に対する比の値が0.67以上となる、前記ポリ塩化ビニルに添加されたフタル酸ジイソノニルと、を含む、樹脂組成物。
【0065】
[8]前記第1のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて880cm-1以上900cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークであり、前記第2のピークが、前記ラマンスペクトルにおいて840cm-1以上860cm-1以下の範囲内で最大強度をとるピークである、上記[6]又は[7]に記載の樹脂組成物。
【0066】
[9]上記[6]~[8]のいずれか1項に記載の樹脂組成物からなる絶縁体(13、21)を有する、ケーブル(1)又はチューブ(2)。
【0067】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、本発明は、上記実施の形態及び実施例に限定されず、発明の主旨を逸脱しない範囲内において種々変形実施が可能である。例えば、ラマン散乱測定の代わりに核磁気共鳴(NMR)測定を実施してスペクトルを解析し、DINP中の分岐鎖型アルキル鎖構造の数と直鎖型アルキル鎖構造の数の大小関係を調べてもよい。
【0068】
また、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0069】
1 ケーブル
11 導体
12 絶縁体
13 シース
2 チューブ
21 絶縁体
22 めっき層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14