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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-24
(45)【発行日】2023-06-01
(54)【発明の名称】染色された皮革様シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06P 3/24 20060101AFI20230525BHJP
   D06N 3/00 20060101ALI20230525BHJP
【FI】
D06P3/24 B
D06N3/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019035008
(22)【出願日】2019-02-27
(65)【公開番号】P2020139241
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2021-11-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100133798
【弁理士】
【氏名又は名称】江川 勝
(74)【代理人】
【氏名又は名称】古川 通子
(72)【発明者】
【氏名】芦田 哲哉
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-242980(JP,A)
【文献】特開2004-263316(JP,A)
【文献】国際公開第2018/003600(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06P 1/00-7/00
D06N 3/00-3/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミド繊維の繊維絡合体と前記繊維絡合体に含浸付与されたポリエステル系ポリウレタンとを含有する繊維基材を準備する工程と、前記繊維基材を染色処理する工程と、を備える染色された皮革様シートの製造方法において、
前記染色する工程は
水酸化ナトリウムとチオ硫酸ナトリウムとを溶解させた水に、水不溶性のバット染料を配合し、前記バット染料を還元させて水溶化させて得られる、染料液を準備する工程と、
前記染料液中で前記水溶化されたバット染料を前記繊維基材に染着させる工程と、
前記繊維基材に染着された前記水溶化されたバット染料を酸化処理して水不溶性染料に変換する工程と、を備え、
前記染料液は、前記染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上であり、前記染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5であることを特徴とする染色された皮革様シートの製造方法。
【請求項2】
前記染料液は、前記染着開始時の酸化還元電位が-600~-750mVであり、前記染着終了時の酸化還元電位が-550~-700mVである請求項1に記載の染色された皮革様シートの製造方法。
【請求項3】
前記染料液は、前記染着開始時の酸化還元電位と前記染着終了時の酸化還元電位との差が0~100mVである請求項1または2に記載の染色された皮革様シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、衣料,靴,家具,カーシート,雑貨製品等の表面素材として用いられる皮革様シートの染色に関する。
【背景技術】
【0002】
不織布や織編布のような繊維絡合体の内部にポリウレタン等の高分子弾性体を含浸付与した皮革様シートの片面または両面に、立毛を形成させたスエード調やヌバック調の人工皮革等の立毛皮革様シートが各種素材の表面素材として広く用いられている。このような立毛皮革様シートは、通常、染色されている。
【0003】
立毛された皮革様シートに含まれる繊維絡合体を形成する繊維として、その風合いの柔らかさが求められる場合にはポリアミド(ナイロン)の極細繊維を用いることが知られている。ポリアミドの極細繊維からなる皮革様シートを染色する方法としては、一般的には酸性染料や含金属錯塩染料を用いて染色する方法が採用されている。ポリアミドの極細繊維は発色性に劣り、発色性を高める場合には多量の染料を染着させていた。しかし、多量の染料を染着させた場合には、発色性が向上する一方、弱い結合の染料が皮革様シートに残留しやすかった。その結果、染料堅牢度が低下することがあった。このような問題を解決するために、ポリアミドの極細繊維を含む皮革様シートをスレン染料や硫化染料等のバット染料(建染染料)で染色することも提案されている。バット染料を用いて染色されたポリアミドの極細繊維を含む立毛皮革様シートは、洗濯堅牢度や水堅牢度が比較的高い。また、ベージュ,茶色,黒などのような色相だけではなく、赤,青,緑のような色相にも染色が可能である。
【0004】
バット染料を用いたポリアミド繊維の染色の工程においては、はじめに、水不溶性の酸化型のバット染料をアルカリ性物質と還元剤との存在下でバット酸型に還元し、さらに、強アルカリで水可溶性のロイコ塩型に変換してバット染料のアルカリ性水溶液を調製する。そして、アルカリ性水溶液中のロイコ塩型のバット染料をポリアミド繊維に吸収させて染着させる。そして、酸化剤を含む染浴で繊維基材に染着されたロイコ塩型のバット染料を酸化することにより、水不溶性の酸化型のバット染料が生成して、バット染料を用いたポリアミド繊維の染色が終了する。
【0005】
例えば、下記特許文献1は、ポリアミドの極細繊維を含むスエード調皮革様シートをバット染料を用いて染色する方法として、水不溶性のバット染料をアルカリ性物質の存在下で還元して水可溶性の染料にした後、水可溶性の染料とアルカリ性物質と還元剤とを含む染浴で浴温度50℃以下で10分以上撹拌することにより、スエード調皮革様シートを染色することが記載されている。
【0006】
また、下記非特許文献1は、バット染料による染色において、アルカリ物質である苛性ソーダの濃度不足によりpHが低すぎる場合には、染料の溶解度が減少して染着不足になることが開示されている。
【0007】
また、下記非特許文献2は、バット染料による染色において、pHが高く強アルカリ下で酸化還元電位が-900mV以下の状態では、酸化工程に移ることは事実上困難であることが記載されている。また、pHが11.5以下で酸化剤による酸化工程を行うことが良いことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2004-263316号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】繊維工学Vol.55 No.4(2002)「染色技術者のための染料化学」
【文献】繊維学会誌Vol.70 No.2(2014)「液流染色機を用いたバット染料による綿ニット染色法の開発」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したようなポリアミド繊維を含む繊維絡合体の内部にポリウレタンを含浸付与した皮革様シートをバット染料で染色した場合、バット染料の還元工程におけるアルカリ水溶液中で、ポリウレタンが劣化することにより、皮革様シートの機械的特性が低下するという問題があった。
【0011】
本発明は、上述した問題を解決した、ポリアミド繊維を含む繊維絡合体の内部にポリウレタンを含浸付与した繊維基材を含む皮革様シートをバット染料で染色して製造する場合において、ポリウレタンの劣化が抑制できる、染色された皮革様シートの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一局面は、ポリアミド繊維の繊維絡合体と繊維絡合体に含浸付与されたポリエステル系ポリウレタンとを含有する繊維基材を準備する工程と、繊維基材を染色処理する工程と、を備える染色された皮革様シートの製造方法において、染色する工程は、水酸化ナトリウムとチオ硫酸ナトリウムとを溶解させた水に、水不溶性のバット染料を配合し、バット染料を還元させて水溶化させて得られる、染液を準備する工程と、染料液中で水溶化されたバット染料を繊維基材に染着させる工程と、繊維基材に染着された水溶化されたバット染料を酸化処理して水不溶性染料に変換する工程と、を備え、染料液は、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上であり、染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5である、染色された皮革様シートの製造方法である。このような染色された皮革様シートの製造方法によれば、水不溶性で酸化型のバット染料を強アルカリ下で還元して水溶化させた状態でポリアミド繊維を染着し、その後、酸化処理することによりポリアミド繊維中で水不溶性染料を形成させる場合において、ポリウレタンの劣化を抑制した、染色された立毛皮革様シートを得ることができる。
【0013】
また、染料液は、染着開始時の酸化還元電位が-600~-750mVであり、染着終了時の酸化還元電位が-550~-700mVであることが、色の再現性にとくに優れる点から好ましい。
【0014】
また、染料液は、染着開始時の酸化還元電位と染着終了時の酸化還元電位との差が0~100mVであることが、色の再現性にとくに優れる点から好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ポリアミド繊維を含む繊維絡合体の内部にポリウレタンを含浸付与した繊維基材を含む皮革様シートをバット染料等で染色する場合において、ポリウレタンの劣化を抑制した、染色された皮革様シートが得られる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明に係る皮革様シートの製造方法の一実施形態を詳しく説明する。
【0017】
本実施形態の皮革様シートの製造方法においては、はじめに、ポリアミド繊維の繊維絡合体と繊維絡合体に含浸付与されたポリエステル系ポリウレタンとを含有する繊維基材を準備する。
【0018】
ポリアミド繊維の具体例としては、例えば、ナイロン-3,ナイロン-4,6,ナイロン-6,ナイロン-6,6,ナイロン-6,10,ナイロン-11,ナイロン-12,芳香環を有するナイロン等が挙げられる。
【0019】
ポリアミド繊維の繊度は特に限定されないが、皮革様シートの柔らかな風合いが得られる点から平均繊度0.5dtex以下、さらには、0.0001~0.5dtex、とくには0.002~0.1dtexのポリアミド繊維が風合いと高い発色性とのバランスに優れる点から好ましい。
【0020】
ポリアミド繊維の繊維絡合体としては、ポリアミド繊維を絡合してなる、絡合不織布や抄紙不織布等の不織布,織編布等が挙げられる。また、これらの2種以上を含む積層体であってもよい。これらの中では、不織布を含むことが立毛皮革様シートのしなやかさと充実感とのバランスに優れる点から好ましい。
【0021】
また、ポリアミド繊維は、複数本の平均繊度0.5dtex以下の極細繊維であるポリアミド繊維が繊維束を形成していてもよい。ポリアミド繊維の繊維束は、化学的処理または物理的処理により極細繊維を形成させる、極細繊維発生型繊維を用いて得ることができる。極細繊維発生型繊維の具体例としては、混合紡糸法,海島型複合紡糸法,分割型複合紡糸法等の複合紡糸方法により紡糸して得られる複合繊維が挙げられる。また、平均繊度0.5dtex以下のポリアミド繊維は直接紡糸されたものであってもよい。
【0022】
繊維基材を形成するポリアミド繊維の繊維絡合体には、ポリエステル系ポリウレタンが含浸付与されている。
【0023】
ポリエステル系ポリウレタンとしては、例えば、数平均分子量が500~5000の、ポリエステル系高分子ジオールを含む高分子ジオールと、有機ジイソシアネートと、鎖伸長剤とを含むポリウレタン原料を反応させて得られるポリウレタンが挙げられる。
【0024】
ポリエステル系ポリウレタンの製造に用いられる高分子ジオールは、ポリエステル系高分子ジオールを含む。また、必要に応じて、ポリエステル系高分子ジオール以外のその他の高分子ジオールを含んでもよい。高分子ジオール中のポリエステル系高分子ジオールの割合としては、20~100モル%、さらには、50~100モル%であることが好ましい。また、その他の高分子ジオールの具体例としては、ポリカーボネートジオール,ポリエーテルジオール,ポリエステルポリカーボネートジオール,ポリラクトンジオール、などが挙げられる。
【0025】
また、ポリエステル系ポリウレタンの製造に用いられる有機ジイソシアネートとしては、ポリウレタンの製造に従来から用いられている有機ジイソシアネートがとくに限定なく用いられる。このような有機ジイソシアネートの具体例としては、例えば、4,4'-ジフェニルメタンジイソシアネート,トリレンジイソシアネート,フェニレンジイソシアネート,キシリレンジイソシアネート,イソホロンジイソシアネート,1,5-ナフチレンジイソシアネート等の芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート等の脂肪族ジイソシアネート;4,4'-ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート,水素化キシリレンジイソシアネート等の脂環式ジイソシアネート等が挙げられる。
【0026】
また、ポリエステル系ポリウレタンの製造に用いられる鎖伸長剤としては、ポリウレタンの製造に従来から用いられている分子量が400以下程度の鎖伸長剤がとくに限定なく用いられる。このような鎖伸長剤の具体例としては、例えば、エチレングリコール,プロピレングリコール,1,4-ブタンジオール,1,6-ヘキサンジオール,3-メチル-1,5-ペンタンジオール,ネオペンチルグリコール,N-メチルジエタノールアミン,1,4-シクロヘキサンジオール,ビス-(β-ヒドロキシエチル)テレフタレート,キシリレングリコール,1,4-ビス(β-ヒドロキシエトキシ)ベンゼンなどのジオール類;ヒドラジン,エチレンジアミン,プロピレンジアミン,イソホロンジアミン,ピペラジン及びその誘導体,フェニレンジアミン,トリレンジアミン,キシリレンジアミン,アジピン酸ジヒドラジド,イソフタル酸ジヒドラジド,ヘキサメチレンジアミン,4,4'-ジアミノフェニルメタン,4,4'-ジシクロヘキシルメタンジアミンなどのジアミン類;アミノエチルアルコール,アミノプロピルアルコールなどのアミノアルコール類等が挙げられる。
【0027】
また、ポリウレタン原料中には、ポリウレタンの耐溶剤性、耐熱性、耐熱水性などを向上させる等の目的に応じて、トリメチロールプロパンなどの三官能以上のポリオールや三官能以上のアミンを含有させてもよい。
【0028】
ポリウレタン原料中の各成分の配合割合は、ポリウレタン原料中の[全イソシアネート基]/[水酸基、アミノ基などのイソシアネート基と反応する全官能基]の当量比が、0.9~1.1の範囲になるように調整することが好ましい。
【0029】
繊維基材は、ポリアミド繊維の繊維絡合体にポリエステル系ポリウレタンを含浸付与することにより得られる。具体的には、ポリアミド繊維の繊維絡合体、またはそのような繊維絡合体を製造するための海島型複合繊維等の極細繊維発生型繊維の繊維絡合体に、ポリエステル系ポリウレタンの自己乳化型分散体や強制乳化型エマルジョンを含浸させた後、乾燥凝固したり、または、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)等を含む溶剤にポリエステル系ポリウレタンを溶解したポリウレタン溶液を含浸させて水等の非溶剤を含む凝固液中で湿式凝固させたりすることにより、ポリエステル系ポリウレタンを繊維絡合体に含浸付与する方法が挙げられる。
【0030】
繊維基材中に含浸付与されるポリエステル系ポリウレタンの含有割合は特に限定されないが、繊維基材中、20~60質量%、さらには、30~50質量%、であることが好ましい。繊維基材中のポリエステル系ポリウレタンの含有割合が高すぎる場合には、得られる皮革様シートのしなやかさや触感が低下する場合がある。また、繊維基材中のポリエステル系ポリウレタンの含有割合が低すぎる場合には、形態安定性が低下したり、製造時の工程通過性が低下したりする傾向がある。また、染色前の繊維基材中に含浸付与されるポリエステル系ポリウレタンの重量平均分子量は10万以上、さらには、20万以上であることが繊維基材の機械的特性を充分に保持する点から好ましい。
【0031】
また、繊維基材の厚さや目付、見掛け密度等は特に限定されないが、例えば、厚さとしては、0.2~4mm程度、さらには、0.3~2mm程度であることが好ましい。また、目付としては、60~1500g/m2,さらには、100~600g/m2であることが好ましい。
【0032】
また、繊維基材は、後述する染色工程の前または後、または前及び後の両方において、その表面を起毛処理することが好ましい。起毛処理することにより、立毛皮革様シートが得られる。起毛処理としては、繊維基材の表面をコンタクトバフやエメリーバフなどでバフィング処理する方法が挙げられる。バフィングは、例えば、120~600番手程度のサンドペーパーやエメリーペーパーを用いて行うことが好ましい。このような起毛処理により、スエード調やヌバック調の立毛面を有する立毛皮革様シートが得られる。
【0033】
本実施形態の繊維基材は次のような染色方法により染色処理されて皮革様シートに仕上げられる。具体的には、アルカリ性物質の存在下で還元されて水溶化する水不溶性染料とアルカリ性物質と還元剤とを水に配合し、水不溶性染料を還元して水溶化させた水溶化染料を含む染料液中で水溶化染料を繊維基材に染着させる工程と、繊維基材に染着された水溶化染料を酸化処理して水不溶性染料に変換する工程と、を備え、染料液は、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上であり、染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5であるように制御された染色方法により染色される。以下、染色処理について詳しく説明する。
【0034】
染色処理に用いられる染色機は特に限定されないが、例えば、ジッガー染色機、ウィンス染色機、ダッシュライン染色機、サーキュラー染色機、ロータリーウォッシャー染色機などを挙げることができる。これらの中では、水不溶性染料を還元処理して水溶化染料にする工程や水溶化染料を繊維基材に染着させる工程において、染色処理雰囲気中の酸素を窒素等の不活性な気体に置換することにより、還元剤の消費を低減することができる点から、密閉性に優れる、サーキュラー染色機などの液流染色機が特に好ましい。
【0035】
また、本実施形態の染色処理においては、染色の前に、繊維基材を染浴中に浸漬して水に馴染ませる予備処理を行うことが好ましい。このような水に馴染ませる予備処理を行うことにより、水溶化染料の浸透度合いを均一にして染色斑の発生が防止されたり、染色機内での捩れなどによる皮革様シートの傷や皺の発生を抑制したりすることができる。水に馴染ませる予備処理の条件は特に限定されないが、水温としては、60℃以上、さらには、70~100℃であることが繊維基材に水を馴染ませやすい点から好ましい。また、水に馴染ませる時間は、繊維基材の水への馴染みの状態により適宜調整されるが、5分間以上、さらには、10分間以上、とくには30~60分間程度であることが好ましい。このような予備処理は、後述する染料液を貯留する染浴と同じ槽で行っても、異なる槽で行ってもよい。同じ槽で行う場合、予備処理の終了後に、水を排水した後、染料液を調製することが好ましい。
【0036】
そして、好ましくは予備処理の終了後、アルカリ性物質の存在下で還元されて水溶化する水不溶性染料と、アルカリ性物質と、還元剤と、を染浴に貯留された水に添加して、水不溶性の染料を還元処理して水可溶性の染料に変換する。
【0037】
本工程においては、染浴中に貯留された水に、アルカリ性物質の存在下で還元されて水可溶性になる水不溶性染料とアルカリ性物質と還元剤とを添加し、水不溶性染料を水中で還元して水可溶性染料にして、水に溶解させた染料液を調製する。具体的には、例えば、酸化型のバット染料がアルカリ性物質と還元剤との存在下でバット酸型の染料に還元されて溶解する。
【0038】
アルカリ性物質の存在下で還元されて水可溶性染料になる水不溶性染料としては、スレン染料等の建染染料や硫化染料等のバット染料が挙げられる。バッド染料の具体例としては、例えば、Indanthrene Blue BC,Indanthrene Gleen FFB,Indanthren Red FBB 等の建染染料や、Asathio Navy Blue R等の硫化染料や、Kayaku Homodye Black RL-S等の硫化建染染料等が挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0039】
また、アルカリ性物質としては、水酸化ナトリウムが用いられ、例えば、水酸化カリウム,炭酸ナトリウム,炭酸水素ナトリウム等も挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
また、水不溶性染料を水可溶性染料にするための還元剤としては、チオ硫酸ナトリウムが用いられ,例えば、ハイドロサルファイト,ナトリウムスルホキレートホルムアルデヒド,硫化水素ナトリウム,硫化ナトリウム,二酸化チオ尿素等も挙げられる。これらは単独で用いても2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0041】
染浴で染料液を調製する方法は特に限定されないが、例えば、染色機の染浴に、所定の浴比で水を投入し、水温を調整した後、水に繊維基材を浸漬し、染浴内で繊維基材を移動させながら、アルカリ性物質、還元剤を投入し、さらに、還元されて水可溶性染料になる水不溶性染料を所定の濃度で染浴に投入する方法が挙げられる。
【0042】
本実施形態の染料液は、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上になるように調整されている。ここで染色開始時とは、染色処理において、アルカリ性物質、還元剤、染料を所定の濃度で染浴に投入し、昇温を開始する直前を意味する。染着開始時の酸化還元電位は-600mV以下であり、好ましくは、-600~-750mV以下である。また、本実施形態の染料液は、染着開始時のpHが11以上であり、好ましくは11.5~12.5である。染着開始時の染料液の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上になるように調整するためには、アルカリ性物質として水酸化ナトリウムのような強アルカリの濃度で調整できる。ここで、酸化還元電位とは、染色機内から採取した約100mlの染着開始時の染料液を室温の条件で酸化還元電位計を用いて測定された染料液の電位である。
【0043】
染浴の浴比は特に限定されないが、1:10~1:40程度であることが好ましい。また、染浴に貯留される染料液の水温としては、10~40℃、さらには、15~30℃程度であることが取扱いの点から好ましい。なお、水温は、貯留後に、後述する水溶化した染料を繊維基材に染着させるまでに、徐々に所定の温度まで昇温させる。
【0044】
また、染料液におけるアルカリ性物質の濃度はアルカリ性物質の種類によって変わるために特に限定できないが、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上になり、染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5に調整できる限り特に限定されない。例えば、48ボーメの水酸化ナトリウム水溶液で調整する場合、48ボーメの水酸化ナトリウム水溶液を、0.5~2.5g/L、とくには1.0~2.0g/Lになるように添加することが好ましい。
【0045】
また、染料液における還元剤の濃度も還元剤の種類によって変わるために特に限定できないが、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上になり、染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5に調整できる限り特に限定されない。例えば、純度90%のチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O4)の場合、4~12g/L、とくには6~8g/Lであることが、酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上になるように添加することが好ましい。
【0046】
また、染料液におけるアルカリ性物質の存在下で還元されて水溶化する水不溶性染料の濃度は、目的とする染色濃さや繊維基材の目付等により適宜調整されるが、0.5~20owf%、さらには、1~10owf%であることが好ましい。
【0047】
染料液は、本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じて、例えば、グルコース、芒硝、食塩、酸化防止剤、キレート剤などの染色助剤や、消泡剤、浸透剤などを含有してもよい。
【0048】
本工程においては、水不溶性染料を還元処理することにより水溶化させた水溶化染料を含む染浴中の染料液中で水溶化染料を、繊維基材に染着させる。
【0049】
水溶化染料を繊維基材に染着させる工程は、例えば、水溶化染料を含む染浴中の染料液中で繊維基材を所定の染着時間を確保するように移動させながら、繊維基材に水溶化染料を浸透させるような方法が挙げられる。
【0050】
染料液の水溶化染料を繊維基材に染着させるときの温度は、60℃以上、さらには60~85℃の範囲であることが染着性に優れる点から好ましい。
【0051】
また、染着させるための染着時間は、染料の種類や染色濃度等によって適宜調整されるが、例えば、30~90分間、さらには、40~60分間であることが好ましい。
【0052】
そして、本実施形態の染色処理する工程においては、染着終了時の染料液の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5になるように調整されている。ここで染色終了時とは、染色処理において、染着を終了して降温を開始する直前を意味する。また、染着終了時の染料液の酸化還元電位は、好ましくは、-550~-700mVである。また、染着終了時の染料液のpHは6.0~7.5であり、好ましくは6.0~7.0である。染着終了時の染料液、酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5になるように調整するためには、酸化還元電位をモニターしながら染着の処理中に染料液のアルカリ性物質や還元剤の量を調整することにより調整できる。
【0053】
また、染料液の染着開始時の酸化還元電位と染着終了時の酸化還元電位との差は、0~100mV、さらには0~50mVであることが好ましい。染着開始時の染料液と染着終了後の染料液とにおいて、酸化還元電位の差がこのような範囲の場合には、色の再現性に優れる傾向になる。
【0054】
そして、上述したように水溶化染料を繊維基材に染着させた後、水溶化染料を含む繊維基材を、酸化剤を含む酸化液中で繊維基材に染着された水溶化染料を酸化処理して水不溶性染料に変換する。このような酸化工程により、水溶化染料が繊維基材中で不溶化して固定される。なお、繊維基材に染着された水溶化染料を酸化処理して水不溶性染料に変換する工程を実行する前においては、水溶化染料を含む繊維基材を水洗してもよい。水溶化染料を染着させた繊維基材を水洗することにより、還元剤が除去されて、酸化効率が向上する。
【0055】
酸化処理は、染浴内に所定量の水を投入し、水に所定の量の酸化剤を添加して調製された酸化液に、水溶化染料で染着された繊維基材を浸漬し、所定の時間保持することによって繊維基材中の水溶化染料が不溶化する。このとき、水溶化染料が不溶化することにより、変色して発色する。
【0056】
酸化液に含有される酸化剤としては、水溶化染料を不溶化できる酸化力を与える酸化剤であれば特に限定されない。その具体例としては、例えば、過酸化水素、重クロム酸カリウム、過マンガン酸過度、過ホウ素酸等が挙げられる。これらの中では、過酸化水素が、取扱いが容易である点から好ましい。
【0057】
また、酸化液における酸化剤の濃度は、酸化剤の種類によるので一概に規定できないが、例えば、過酸化水素水で調整する場合、35%の過酸化水素水を、1~5g/L、とくには2~4g/Lになるように添加することが好ましい。
【0058】
また、酸化液の水温としては、20~70℃、さらには、50~60℃程度であることが酸化時間短縮の点から好ましい。
【0059】
また、酸化液中で繊維基材中の水溶化染料を不溶化させるための酸化時間は、染料の種類や染色濃度等によって適宜調整されるが、例えば、10~40分間、さらには、15~30分間であることが好ましい。
【0060】
このようにして水溶化染料で染着された繊維基材を酸化処理することにより、繊維基材中の水溶化染料が不溶化して水不溶性染料に変換されて染料が固定される。このようにして酸化処理が完了する。なお、酸化処理後の染色された繊維基材は、堅牢度を向上させるために、通常、ソーピング処理され、水洗される。そして、水洗後の染色された繊維基材を乾燥することにより、染色された皮革様シートが得られる。
【0061】
このようにして、ポリアミド繊維の繊維絡合体と繊維絡合体に付与されたポリエステル系ポリウレタンとを含有する繊維基材を含み、アルカリ性物質と還元剤とアルカリ性物質の存在下で還元されて水可溶性になる水不溶性の染料で染色された染色された皮革様シートが得られる。このようにして得られる皮革様シートは、上述のように、繊維基材の少なくとも一面のポリアミド系繊維が起毛処理してなる立毛面を有する立毛皮革様シートであることがスエードやヌバックのような外観を呈するために意匠性に優れる点から好ましい。
【0062】
本実施形態の製造方法により得られる皮革様シートにおいては、通常アルカリに弱いためにアルカリ下で分解しやすいポリエステル系ポリウレタンが、染色工程において劣化しにくい。
【実施例
【0063】
以下に本発明について実施例によりさらに具体的に説明する。なお、本発明の範囲は実施例によって何ら限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
島成分がポリアミド(ナイロン6)、海成分がポリエチレンからなり、島成分:海成分の質量比が50:50であり、海成分中に種々の大きさの島成分が不規則に分散し、繊維横断面での平均島数が300個である単繊維繊度5デシテックスの海島型の混合紡糸繊維(フィラメント)を捲縮処理して、捲縮数が約4.7個/cm(12個/inch)の捲縮繊維とした後、繊維長51mmのステープルにカットした。このステープルからランダムウエブ法でウエブをつくり、これにニードルパンチング処理(500本/cm2)を施して、目付700g/m2および見掛け密度0.20g/cm3の絡合不織布を製造した。この絡合不織布を、熱風乾燥機中で温度130℃で加熱処理した後、冷却ロール間でプレスして、海成分であるポリエチレンによって繊維同士を部分的に接着させて絡合不織布中の繊維を固定して、見掛け密度0.26g/cm3の部分融着絡合不織布を製造した。
【0065】
そして、部分融着絡合不織布にポリエステル系ポリウレタンのジメチルホルムアミド(DMF)溶液(濃度13質量%)を含浸付与し、水系溶剤中でポリウレタンを凝固させた後、トルエン中でポリエチレンを溶解除去することにより、海島型混合紡糸繊維をポリアミド極細繊維束に変えた。このようにして、ポリアミド極細繊維の繊維束を含む繊維集合体とその内部に42質量%のポリエステル系ポリウレタンを含浸付与した皮革様シートを製造した。そして、得られた皮革様シートを厚さ方向に二分割するようにスライスして、2枚の皮革様シートとした。そして、スライス後の各皮革様シートの表面および分割面に、DMFとシクロヘキサノンとの混合溶媒をDMF:シクロヘキサノン=30:70(質量比)となるようにグラビア塗布した後、乾燥した。そして、2枚の皮革様シートの表面のみをサンドペーパーにてバフィングして起毛処理することにより、表面にポリアミド極細繊維からなる立毛を形成した。このようにして、立毛部を含む厚さ0.60mm、目付215g/m2、見掛け密度0.36g/cm3の立毛皮革様シートを製造した。立毛皮革様シートに含まれるポリアミド極細繊維の単繊維繊度は0.009dtexであった。また、立毛皮革様シートに含まれるポリエステル系ポリウレタンの含有割合は、42質量%であった。
【0066】
次に、液流染色機(日阪製作所製「サーキュラー・ラピッド染色機 CUT-RA-2L」)の染浴に、所定量の水を投入した。そして水を貯留した染浴に、浴比1:20で環状に連結した立毛皮革様シートを投入し、水温を80℃に昇温し、30分間、180m/分の移動速度(回転リール速度)で立毛皮革様シートを移動させて、立毛皮革様シートを水に十分に馴染ませた後、水温を40℃以下に冷却し、排水した。
【0067】
次に、染色機の染浴に浴比1:20になる所定量の水を再度投入し、水温を30℃に昇温した。そして、染浴内で立毛皮革様シートを移動させながら、アルカリ性物質である48ボーメの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液1.5g/L、還元剤である純度90%のチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O4)8g/L、建染染料であるIndanthrene Blue BC (スレン染料)5%owfを、その順序で染浴内に投入して染色液を調整した。Indanthrene Blue BC は還元されて染色液中に溶解した。次の染色液の昇温の直前である染着処理開始時の染色液のpHは11.4であり、酸化還元電位は-670mVであった。なお、酸化還元電位は、染色機内から採取した約100mlの染料液を室温の条件下で測定した。
【0068】
そして、立毛皮革様シートを180m/分の速度で移動させながら、昇温速度1℃/分で染色液の温度を80℃まで上昇させ、80℃で180m/分の速度で立毛皮革様シートを移動させながら、30分間染着処理を行った。後述する降温を開始する直前である染着終了後の染色液のpHは6.2であり、酸化還元電位は-580mVであった。
【0069】
次に、染浴内に水を投入して、オーバーフローさせながら水洗処理を行った。そして、染浴内に所定量の水を投入し、さらに35%の過酸化水素を濃度3.0g/水1Lになるように過酸化水素水を投入して酸化液を調整し、水の温度を60℃に保ち、20分間酸化処理を行った。
【0070】
そして、酸化処理後の染浴内に、2g/水1Lになるように界面活性剤(第一工業製薬(株)製「モノゲン」)を投入し、60℃で20分間ソーピング処理を行い、その後、水洗を行って、染色された立毛皮革様シートを製造した。
【0071】
[ポリウレタンの重量平均分子量測定]
含浸前のポリウレタンの重量平均分子量を染色前の皮革様シートポリウレタンの分子量として求めた。具体的には、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)法により、溶媒にDMF(ジメチルホルムアミド)を用い、ポリスチレンを標準ポリマーとした換算分子量として測定した。そして、染色後の立毛皮革様シートから、DMF(ジメチルホルムアミド)によりポリウレタンを抽出し、同様にして重量平均分子量を求めた。そして、含浸前のポリウレタンの重量平均分子量に対する染色後のポリウレタンの重量平均分子量の分子量の保持率を算出した。
【0072】
[発色性]
染色後の立毛皮革様シートの表面を目視で観察し、「比較例1と同等か比較例1よりも濃い」場合をA、「比較例1より明らかに色が薄い」場合をBとして判定した。
【0073】
結果を表1に示す。
【0074】
【表1】
【0075】
[実施例2及び実施例3]
表1に示すように、48ボーメの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液の濃度を、1.0g/Lまたは2.0g/Lに変更した以外は、実施例1と同様にして染色された立毛皮革様シートを製造し、評価した。結果を表1に示す。
【0076】
[比較例1]
表1に示すように、48ボーメの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液の濃度を、6.0g/Lに変更した以外は、実施例1と同様にして染色された立毛皮革様シートを製造し、評価した。結果を表1に示す。
【0077】
[比較例2]
表1に示すように、48ボーメの水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液の濃度を、0g/Lに変更した以外は、実施例1と同様にして染色された立毛皮革様シートを製造し、評価した。このとき、立毛皮革様シートは充分に染色されず、発色性が低かった。結果を表1に示す。
【0078】
表1を参照すれば、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上であり、染着終了時の酸化還元電位が-550mV以下でpHが6.0~7.5であるように染料液を調整した実施例1~3で得られた立毛皮革様シート中のポリウレタンの重量平均分子量は、染色前のポリウレタンの重量平均分子量の97%以上であり、ポリウレタンの重量平均分子量の保持率が高かった。一方、染着開始時の酸化還元電位が-600mV以下でpHが11以上であっても、染着終了時のpHが11.8である比較例1の立毛皮革様シート中のポリウレタンの重量平均分子量は、染色前のポリウレタンの重量平均分子量の61.2%であり、ポリウレタンの重量平均分子量の保持率が低かった。