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  • 特許-摺動部品の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】摺動部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23F 1/00 20060101AFI20230530BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230530BHJP
   B23P 15/28 20060101ALI20230530BHJP
   C23F 1/28 20060101ALI20230530BHJP
   C22C 29/08 20060101ALN20230530BHJP
【FI】
C23F1/00 B
B23B27/14 C
B23P15/28 A
C23F1/28
C22C29/08
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019094940
(22)【出願日】2019-05-21
(65)【公開番号】P2019206754
(43)【公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-04-15
(31)【優先権主張番号】P 2018100244
(32)【優先日】2018-05-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】進野 大樹
(72)【発明者】
【氏名】小関 秀峰
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-020590(JP,A)
【文献】特表2006-500235(JP,A)
【文献】特開2015-182168(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金またはサーメットから構成される摺動部品の製造方法であって、
前記摺動部品の表面を、質量パーセント濃度が10%超55%以下の硝酸を含み、かつ前記摺動部品に含まれる金属相の溶解速度が0.5mg/min以上である溶液を用いてウェットエッチングし、表面近傍の金属相を除去する表層改質工程を有し、
前記表層改質工程を行う前に、準備した摺動部品用素材の表面をRa≦0.1μmに調整する形状加工工程を有することを特徴とする、摺動部品の製造方法。
【請求項2】
前記ウェットエッチング時の溶液の温度が20~90°Cであることを特徴とする、請求項1に記載の摺動部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動部品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セラミック等に代表される硬質相と、Ni、Co、Fe等に代表される金属相とから構成される複合合金は、室温および高温での耐衝撃性に優れることから金型や切断工具といった様々な用途の摺動部品に適用されている。この複合合金製の摺動部品の耐摩耗性を向上させるために、従来様々な検討がなされている。例えば特許文献1には、超硬合金の耐摩耗性や硬度を向上させるために、WCを主成分とする超硬合金であって、表面層が実質的にWC粒子のみ、或は鉄族金属以外の成分とWC粒のみが露出しており、且つ表面層のWC粒の平均粒径が内部のWC粒の平均粒径よりも大きい、および/または表面硬度が内部の硬度よりも大きいものであることを特徴とする超硬合金が開示されている。特許文献1によれば、この超硬合金は切削工具や耐摩摺動工具に適用することが可能であり、WC系超硬合金の表面を励起したプラズマ中に暴露させることで、WC粒のみが露出した超硬合金を得ることについても記載されている。
【0003】
特許文献2には、耐摩耗性に優れた耐摩耗金属体を得るために、炭化タングステン粒子を結合相によって結合してなる超硬合金の表面を酸によってエッチングし、ガス化した銅を超硬合金表面において液化させてタングステン粒子の粒界に銅を含浸させる、耐摩耗金属体の製造方法が開示されている。また特許文献2には、金型に限らず摩耗が問題となっている種々の分野における超硬合金に適用できる製法であることについても記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平07-11375号公報
【文献】特開2010-24519号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述したような摺動部品には、さらなる精密化要求やより過酷な環境での使用に伴い、被加工材を攻撃して摩耗粉を発生させないように摺動部品の作業面の平滑性を維持しつつ、生産性や安全性の向上や低コスト化も重視されている。一方で特許文献に記載されているような超硬合金へのエッチングは例が少なく、材料と溶液の組合せによってはエッチングの進行が遅くなる場合がある。また、酸化力が強い王水等の混酸溶液を選択した際は、エッチング能力自体は問題ないが、絶えず反応が進行しており使用時にガスが発生しやすい。そのため人体への悪影響や、保管時に容器が破裂する危険があり、取扱いに非常に注意を払わなければならず、管理コストや処理コストが増加する場合がある。これらの課題解決に関しては、特許文献1や特許文献2に記載されておらず、さらなる検討の余地が残されている。そこで本発明の目的は、良好な耐凝着性と平滑性を併せ持つ摺動部品を、安全に素早く得ることができる摺動部品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものである。
即ち本発明は、超硬合金またはサーメットから構成される摺動部品の製造方法であって、
前記摺動部品の表面を、質量パーセント濃度が10%超55%以下の硝酸を含み、かつ前記摺動部品に含まれる金属相の溶解速度が0.5mg/min以上である溶液を用いてウェットエッチングし、表面近傍の金属相を除去する表層改質工程を有することを特徴とする、摺動部品の製造方法である。
好ましくは、前記ウェットエッチング時の溶液の温度は、20~90℃である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、良好な耐凝着性と平滑性を併せ持つ摺動部品を、安全に素早く得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明例と比較例とのCo溶出量を表したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下に本発明を詳しく説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
本実施形態の摺動部品は、超硬合金またはサーメットから構成されるため、優れた強度と高い延性および靭性を併せ持つ特徴がある。
ここで本実施形態における超硬合金とは、Wの炭化物からなる硬質相と、Fe、Ni、Co、Crから選択され、結合相としての役割を持つ金属相とで構成された複合合金のことを示す。また、サーメットとは、4族遷移金属、5族遷移金属、Wを除く6族遷移金属、AlおよびSiの少なくとも一種の炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物から選択される硬質相と、Fe、Ni、Co、Crから選択され、結合相としての役割を持つ金属相とで構成された複合合金のことを示す。好ましいサーメット組成は、4族遷移金属、5族遷移金属、Wを除く6族遷移金属から少なくとも一種選択する。なお本実施形態における摺動部品とは、相手材と接触し、一方の部材のみ、または相互に摺動する部品を示す。この摺動部品の一例としては、金型が挙げられる。
【0010】
本実施形態では後述する表層改質工程を行う前に、準備した摺動部品用素材の表面を研削加工、研磨加工、切削加工および放電加工等によりRa≦0.1μmに調整する形状加工工程を行ってもよい。この形状加工工程により摺動部品用素材の表面、特に作業面となる面を平滑にすることで、後の表層改質工程を経て形成される摺動部品表面を、平滑かつ適度な凹部が形成された面に調整することが可能となる。好ましい形状加工工程後の摺動部品用素材表面のRa上限は0.05μmであり、さらに好ましいRaの上限は0.02μmである。Raの下限は特に限定しないが、量産性を考慮して例えば0.001μmと設定することができる。ここで形状加工工程は複数の工程を組み合わせても良く、例えば研削加工で荒加工した後、研磨による仕上げ加工でRa≦0.1μmに調整しても良い。この時の研磨には、既存の研磨方法を用いることができるが、所望の表面粗さを確実に得るために、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨を実施してもよい。
【0011】
本実施形態の製造方法では、準備した超硬合金またはサーメットの摺動部品用素材の表面をエッチングし、表面近傍の金属相を除去する表層改質工程を行うことが主な特徴である。本実施形態の製造方法を適用することで、軟質で被加工材に凝着しやすい金属相が、摺動部品の作業面(被加工材と接触する面)に実質的に存在しない構成とすることができるため、耐凝着性を格段に向上させて金型寿命の大幅な向上が期待できる。本実施形態ではこの表層改質工程にウェットエッチングを適用する。エッチング方法としては他にも放電プラズマを用いるドライエッチングがあるが、プラズマを用いるドライエッチングはウェットエッチングに比べて処理工程が長く、実質的に硬質相のみでなる領域(以降、強化層とも記載する)を厚く形成できにくい傾向にあるため、好ましくない。ウェットエッチングを適用することで、実質的に金属相が存在しない硬質相のみで形成される領域を厚く形成させることが可能である。なお金属相の除去において、完全には除去されない部分が存在することもあり得るため、本実施形態では「実質的に金属相が存在しない」としている。強化層ではない部分、つまり硬質相と金属相とで構成されている摺動部品の主たる部分(表面以外の部分)と比較すれば、強化層における金属相の存在量は明白に異なることから、実質的に金属相が存在しない層としての強化層を特定することは容易である。また、強化層は、硬質相と空隙、あるいは硬質相と空隙を埋める金属相以外の材料とから構成される層であることが好ましい。この空隙は、金属相が除去されて構成されるものであっても良く、空隙のままとしておいても良いし、この空隙に金属相以外の材料を充填したものでもよい。勿論、一部の空隙が残存していてもよい。
【0012】
本実施形態における表層改質工程において、エッチング液は質量パーセント濃度(mass%濃度)が55%以下の硝酸を含む溶液(以下、硝酸溶液とも記載する)を適用する。上記の濃度に調整した硝酸溶液を使用することで、超硬合金またはサーメットの表面における金属相を速やかに溶解することができ、本発明の摺動部品に必要な強化層を素早く形成することができる。王水や濃度が55%を超える硝酸溶液を使用した場合、強すぎる酸化力により金属相を不動態化させてしまい、エッチング速度が低下する傾向にある。また、王水は混酸であるため安全性が優れず、保管が難いために都度必要量を生成するため、管理コスト等も増大する傾向にある。好ましい硝酸濃度の上限は50%であり、より好ましくは45%、さらに好ましくは40%、よりさらに好ましくは35%である。また、濃度が低すぎると金属相の溶解力が低下するため、硝酸濃度の下限は10%超と規定する。そして、この下限について、好ましくは15%、より好ましくは20%、さらに好ましくは25%である。
本実施形態は上記の硝酸溶液を使用することで、摺動部品に含まれる金属相の溶解速度を0.5mg/min以上(好ましくは0.7mg/min以上、より好ましくは0.9mg/min以上、さらに好ましくは1.1mg/min以上)に調整することができ、より短時間で摺動部品表面に強化層を形成できる傾向にあり、強化層をより均一に形成する上でも有利である。なお本実施形態における硝酸溶液は、上記の溶解速度未満にならない範囲で、濃度調整のために水、エタノール、硝酸以外の酸性溶液などを添加してもよい。
溶解速度の上限は、特段の規定を要しない。そして、例えば、10.0mg/min、7.0mg/min、5.0mg/min、3.0mg/min等とすることができる。
【0013】
本実施形態のウェットエッチングによる表層改質工程において、硝酸溶液の温度は、20~90℃であることが好ましい。この温度に調整することで、水溶液の蒸発や、気泡の過剰な発生を抑制し、ウェットエッチングをより安定して行うことが可能となる。好ましい温度の上限は70℃であり、より好ましくは50℃、さらに好ましくは40℃である。またエッチング処理時間は、部品の形状や用途に合わせて、0.5~30minの間で適宜調整することができる。好ましいエッチング処理時間の上限は15minであり、より好ましくは10minであり、さらに好ましくは8minであり、特に好ましくは6minである。好ましいエッチング処理時間の下限は、1minである。
【0014】
本発明は上述したように、超硬合金またはサーメットを使用した部品に表層改質工程を施すことにより、硬質相で構成された強化層が形成され、耐摩耗性や耐凝着性を大幅に向上した摺動部品を得ることができる。この強化層は、本実施形態の製造方法により作製された摺動部品の、少なくとも作業面の表面から深さ方向に0.2μmの範囲まで形成されていることが好ましい。これにより、上述した耐凝着性をより向上させることができる。この強化層は少なくとも作業面の表面から深さ方向に0.5μmの範囲まで形成されていることがより好ましく、1μmの範囲まで形成されていることがさらに好ましい。
【0015】
また本実施形態では、さらに耐摩耗性や耐凝着性を向上させるために、表層改質工程後の摺動部品に硬質皮膜を被覆してもよい。硬質皮膜の種類としては、例えば、4、5、6族遷移金属、SiおよびAlの炭化物、窒化物、炭窒化物、酸化物、硼化物から選択される一種以上からなる硬質皮膜や、ダイヤモンドライクカーボン皮膜を被覆することが可能である。この皮膜は表層改質工程で得られた表面形状が損なわれない範囲で、所望の厚みに調整することができる。好ましい皮膜の厚みは2μm以下であり、より好ましい皮膜の厚みは1μm以下である。
【実施例
【0016】
硬質相にWC、金属相にCoを選択し、WCとCoの合計量に対するCoの含有割合が11wt%である超硬合金製の摺動部品(12.7×12.7×4.8mm)を8個準備した。このとき、摺動部品の表面は、バフ研磨によって、Ra≦0.1μmに調整した。また、それぞれ表1に示す条件の溶液を50ml準備した。60wt%濃度の硝酸には硝酸1.38(関東化学株式会社製、特級、純度60%~61%)を使用し、10wt%濃度、30wt%濃度硝酸は純水に硝酸1.38を混合して作製した。王水は塩酸(関東化学株式会社製、特級、純度35%~37%)と硝酸1.38を用いて、混合割合が塩酸3、硝酸1となるように調整して作製した。上記の溶液を入れた処理槽に、準備した摺動部品を2分または5分浸漬させ、表面改質処理を行った。このときの溶液の温度は、本発明例、比較例ともに20~25℃であった。その後、浸漬時間2分のデータと5分のデータを直線で繋ぎ、直線の傾きからCoの溶解速度を評価した。Coの溶出量は、ICP発光分光装置(エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社製、SPS3100H)を用いてArガスに高周波をかけて生成されたプラズマ中に希釈した試験溶液を噴霧し、励起された原子、イオンから放出される発光線の波長から含有成分の種類を判定し、その強度から含有量を求める手法で評価した。分析結果を図1に示す。
【0017】
【表1】
【0018】
図1より、それぞれの溶解速度は、本発明例1が1.3mg/min、比較例1が0.3mg/min、比較例2が0.6mg/min、比較例3が0.2mg/minであった。30wt%濃度の硝酸をエッチング液に用いた本発明例1の試料は、比較例よりも短時間でCoが多く溶解していることを確認した。特に王水を使用した例である比較例3と比較した場合、およそ4倍以上の速さでCoが溶解していることが確認できた。このことから、本発明例は低コストかつ短時間で摺動部品の表層を改質できることが確認できた。
本発明例1の試料は、上記のエッチング後の表面において、硬質相で構成された強化層が0.2μm以上の深さにまで形成されていた。そして、このエッチング後の表面に各種の硬質皮膜を、例えば2μm以下といった厚さの範囲で、被覆することができる。

図1