(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】希土類磁石およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 1/059 20060101AFI20230530BHJP
H01F 1/055 20060101ALI20230530BHJP
H01F 41/02 20060101ALI20230530BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230530BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20230530BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20230530BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230530BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20230530BHJP
【FI】
H01F1/059 130
H01F1/055 150
H01F41/02 G
C22C38/00 303D
C22C9/00
C22C30/02
B22F1/00 Y
B22F3/00 F
(21)【出願番号】P 2019176505
(22)【出願日】2019-09-27
【審査請求日】2022-08-09
(31)【優先権主張番号】P 2019048771
(32)【優先日】2019-03-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【氏名又は名称】梶谷 美道
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 啓幸
【審査官】古河 雅輝
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-112300(JP,A)
【文献】特開2018-103211(JP,A)
【文献】特開2019-039025(JP,A)
【文献】国際公開第2014/196605(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
B22F 10/00-12/90
C22C 1/04- 1/05
C22C 5/00-25/00
C22C 27/00-28/00
C22C 30/00-30/06
C22C 33/02
C22C 35/00-45/10
H01F 1/00- 1/117
H01F 1/40- 1/42
H01F 41/00-41/04
H01F 41/08
H01F 41/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SmおよびYを含むFe基のThMn
12型化合物の主相結晶粒と、Cuを含む粒界相とを有する希土類磁石であって、
前記主相結晶粒は、ThMn
12型のコア相およびThMn
12型のシェル相を有しており、
前記シェル相におけるSm濃度は、前記コア相におけるSm濃度よりも高い、希土類磁石。
【請求項2】
前記主相結晶粒は、Ti、Si、Al、およびGaからなる群から選択された少なくとも1種のM元素を含有し、前記シェル相におけるM元素の濃度は、前記コア相におけるM元素の濃度よりも高い、請求項1に記載の希土類磁石。
【請求項3】
M元素としてSiを含有し、少なくとも前記コア相内でのSi濃度の勾配は、位置に依存する一次関数で表される、請求項2に記載の希土類磁石。
【請求項4】
組成式R1
1-xR2
x(Fe
1-yCo
y)
wTi
zCu
αにおいて、R1は少なくともYを有し、さらにGdを有していてもよく、R2は少なくともSmを有し、さらにLa、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種であり、x、y、z、wは、それぞれ、0.5≦x≦1.0、0≦y≦0.4、8≦w≦12、0.42≦z<0.70、0.40≦α≦0.70である、希土類磁石用合金のバルク体を用意する工程と、
組成式R1
1-χR2
χCu
ω系拡散合金であって、χ>x、2≦ω≦4である、拡散合金を用意する工程と、
前記バルク体と前記拡散合金と接触させた状態で加熱し、前記拡散合金の成分元素をバルク体の内部に拡散することにより、シェル相におけるSm濃度がコア相におけるよりSm濃度よりも高いThMn
12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石を形成する工程と、
を含む、希土類磁石の製造方法。
【請求項5】
前記拡散合金は、組成式R1
1-χR2
χ(Cu
1-υ-τX
υSi
τZn
σ)
ωで表され、Xは、Al又はGaの少なくとも一種であり、χ>x、0<υ≦0.3、0<τ<0.5、0<σ<0.2、2≦ω≦4である、請求項4に記載の希土類磁石の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イットリウム(Y)を含むThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、希土類元素の含有量を低減した磁石の開発が求められている。本明細書において希土類元素とは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、およびランタノイドからなる群から選択された少なくとも1つの元素をいう。ここで、ランタノイドとは、ランタンからルテチウムまでの15の元素の総称である。含有する希土類元素の組成比率が相対的に小さい強磁性合金として、体心正方晶のThMn12型結晶構造を有するRT12(Rは希土類元素の少なくとも1種、TはFe、Co又はNi)が知られている。RT12は高い磁化を有するが、結晶構造が熱的に不安定であるという問題がある。
【0003】
特許文献1には、T元素であるFeの一部を、構造安定化元素であるTiにより部分的に置換して、高い磁化と引き換えに、熱安定性を高めた希土類永久磁石が開示されている。
【0004】
特許文献2には、RFe12系化合物のR元素を、Zr、Hf等の元素により部分的に置換することで、遷移金属元素を置換する構造安定化元素Ti等の量を減らして飽和磁化を保ったまま、ThMn12構造を安定化した希土類永久磁石が開示されている。
【0005】
また、特許文献3には、RFe12のR元素の一部としてY又はGdを選択した、R´-Fe-Co系強磁性合金が開示されており、このR´-Fe-Co系強磁性合金が、超急冷法により生成させたThMn12型結晶構造を有することで、高い磁気特性を示す点が記載されている。
【0006】
また、特許文献4には、特許文献3にTi等を加えることで、ThMn12構造の安定性を向上させた希土類永久磁石が開示されている。
【0007】
また、特許文献5には、Cuを添加することで非磁性かつ低融点の1-4組成の相が生成し、焼結と高保磁力化が可能なことが記載されている。
【0008】
また、特許文献6には、主相ThMn12に対し副相としてThMn12型と異なる結晶系のSm5Fe17系相、SmCo5系相、Sm2O3系相、およびSm7Cu3系相の少なくともいずれかを含むことで、高保磁力化が可能なことが記載されている。また、非特許文献1には構造安定化元素(Ti、V、Nb、Ta、Mo、W)により安定したThMn12型結晶構造が得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開昭64-76703号公報
【文献】特開平4-322406号公報
【文献】特開2015-156436号公報
【文献】特開2018-125512号公報
【文献】特開2001-189206号公報
【文献】特開2017-112300号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】K.H.J.Buschow,Rep.Prog.Phys.54 (1991) 1123-1213.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載の希土類永久磁石は、TiによるFeの元素置換により、熱安定性が高められているものの、TiによるFe置換量が多いため、その分磁化が小さくなり、十分な磁気特性を得られない。
【0012】
一方、特許文献2に記載の希土類永久磁石では、Ti等で遷移金属元素を置換することによりThMn12構造の安定化を図っているものの、軟磁性であるbccの(Fe、Co、Ti)相やラーベス相が生成しやすく、十分な保磁力が得られない。
【0013】
特許文献3に記載のR´-Fe-Co系強磁性合金は、Fe元素を構造安定化元素で置換していないため、高い磁化と大きい磁気異方性と高いキュリー温度を得られているが、非平衡相であるために、焼結等の高温での緻密化プロセスにおいて主相化合物が分解することがある。
【0014】
特許文献4に記載の希土類磁石では、特許文献2とは異なり軟磁性相の生成を抑制することが可能であるが、保磁力が十分とは言えない。
【0015】
特許文献5に記載の希土類磁石では、Ti添加量が多いために磁気物性値が高くないことがある。
【0016】
特許文献6に記載の希土類磁石では、希土類リッチな副相Sm7Cu3を使用した場合、熱処理時に主相よりも希土類リッチな組成へと平衡状態が移動し主相比率が低下することが懸念される。また、副相の保磁力がバルク全体の保磁力を決めており主相ThMn12自身が保磁力に寄与しているとは言い難い。
【0017】
本開示の実施形態は、ThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石において、磁化の低下を抑制しつつ保磁力が向上した希土類磁石を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本開示の希土類磁石は、例示的な実施形態において、SmおよびYを含むFe基のThMn12型化合物の主相結晶粒と、Cuを含む粒界相とを有する希土類磁石であって、前記主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記シェル相におけるSm濃度は、前記コア相におけるSm濃度よりも高い。
【0019】
ある実施形態において、前記主相結晶粒は、Ti、Si、Al、およびGaからなる群から選択された少なくとも1種のM元素を含有し、前記シェル相におけるM元素の濃度は、前記コア相におけるM元素の濃度よりも高い。
【0020】
ある実施形態において、M元素としてSiを含有し、少なくとも前記コア相内でのSi濃度の勾配は、位置に依存する一次関数で表される。
【0021】
本開示の希土類磁石の製造方法は、例示的な実施形態において、組成式R11-xR2x(Fe1-yCoy)wTizCuαにおいて、R1は少なくともYを有し、さらにGdを有していてもよく、R2は少なくともSmを有し、さらにLa、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種であり、x、y、z、wは、それぞれ、0.5≦x≦1.0、0≦y≦0.4、8≦w≦12、0.42≦z<0.70、0.40≦α≦0.70である、希土類磁石用合金のバルク体を用意する工程と、組成式R11-χR2χCuω系拡散合金であって、χ>x、2≦ω≦4である、拡散合金を用意する工程と、前記バルク体と前記拡散合金と接触させた状態で加熱し、前記拡散合金の成分元素をバルク体の内部に拡散することにより、シェル相におけるSm濃度がコア相におけるよりSm濃度よりも高いThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石を形成する工程と、を含む。
【0022】
ある実施形態において、前記拡散合金は、組成式R11-χR2χ(Cu1-υ-τXυSiτZnσ)ωで表され、Xは、Al又はGaの少なくとも一種であり、χ>x、0<υ≦0.3、0<τ<0.5、0<σ<0.2、2≦ω≦4である。
【発明の効果】
【0023】
本発明の実施形態により、ThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石において、磁化の低下を抑制しつつ保磁力が向上した希土類磁石を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1A】本開示の実験例9における組織を示す図である。
【
図1B】本開示の実験例11における組織を示す図である。
【
図2A】本開示の実験例9における組成の線分析結果を示す図である。
【
図2B】本開示の実験例11における組成の線分析結果を示す図である。
【
図3】MEMにより導出した3D、(100)面、(110)面の核密度分布を示す図である。
【
図4】Y-Fe系化合物に観られるTbCu
7型からThMn
12型への構造変化の際の各サイトの対応関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<希土類磁石>
本開示の希土類磁石は、SmおよびYを含むFe基のThMn12型化合物の主相結晶粒と、Cuを含む粒界相とを有する希土類磁石である。更に、前記主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記シェル相におけるSm濃度は、前記コア相におけるSm濃度より高い。すなわち、本開示においてシェル相とは、前記主相結晶粒の中央部(コア相)よりもSm濃度が高い相をいう。また、本開示において複数の主相結晶粒の全体を単に「主相」と呼び、主相結晶粒の粒界に存在する相を全体として「粒界相」と呼ぶ。
【0026】
本開示の希土類磁石の主相結晶粒は、例示的な実施形態において、Ti、Si、Al、およびGaからなる群から選択された少なくとも1種のM元素を含有し、前記シェル相におけるM元素の濃度は、前記コア相におけるM元素の濃度よりも高い。
【0027】
Smは磁気異方性エネルギーの増大を、またTiとSiなどのM元素は磁化低下に伴う磁気異方性磁場の増大や応力・歪みを低減させる効果が期待される。これらの元素が主相に入ることで保磁力の増大に寄与する。一方で、Sm導入はY量の低下を意味して構造安定性が損なわれることからM元素量を増やして構造不安定化を補填する必要があるなど、SmとM元素の導入は主相結晶粒の磁化を著しく低下させる。つまり、SmとM元素の導入は磁化と保磁力の間にトレードオフの関係を生む。そのため、磁化反転の起点となる主相結晶粒外周部にSm、またはSmとM元素の両方を濃化させたシェル相を形成させることで、磁石全体としての磁化低下を抑制しつつ保磁力の向上が可能となる。
【0028】
主相結晶粒は、コア相の周りをシェル相が薄く覆うような形態が好適である。とくに磁化反転が特定の結晶面から生じやすい場合は、その結晶面のみにシェル相を薄く形成することが望ましい。これらシェル相の厚さを磁化反転の起点となる領域以上の厚みで形成することで、十分な保磁力向上の効果をもたらす。粒端部での応力・歪みなどが緩和するスケールは結晶系で異なるが、総じて1μmあれば十分なことが多く、数nmの厚さでも十分な効果を発揮し得る。
【0029】
シェル相におけるSm濃度は、コア相におけるSm濃度よりも高い。このような構成は、例えば、希土類磁石用合金のバルク体に対して、外部から金属元素を拡散させることにより実現する。磁粉や仮成型体など十分に緻密化していない試料に対しても当然ながら実現する。しかし、薄いシェル相の主相結晶粒から構築される希土類磁石を得るには、コア相への元素拡散を抑制してシェル相のみを効率よく形成させることが重要である。そのためには、粒界相が十分な流動性を持つ温度以上で溶解・再析出が生じれば十分であり、温度が高すぎるとコア相内への元素拡散やシェル相の肥大化などが生じて実現しがたくなる。よって、希土類磁石用合金を緻密化した成形体や焼結体などのバルク体と拡散合金を準備し、希土類磁石用合金のバルク体に対して、粒界に沿って拡散合金を拡散させることで希土類磁石を作製するのが好ましい。以下に説明する。一方で、主相に含まれるYが非常に酸化しやすいことを利用してSmリッチなシェルを構築する方法もある。緻密化した成形体や焼結体などのバルク体を作製する際の熱処理過程で、磁粉外周部での酸化で主相からYが奪われることでSmリッチなシェルが生成される。この場合、主相を予めYリッチな組成としておく必要がある。
【0030】
<希土類磁石の作製方法>
希土類磁石の作製方法を説明する前に、希土類磁石用合金および拡散合金の組成について説明する。
【0031】
[希土類磁石用合金の組成]
本開示の希土類磁石用合金は、非限定的で例示的な実施形態において、RTwTizCuαの組成式で示される。
【0032】
組成式RTwTizCuαの希土類磁石用合金において、RはRは、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、およびランタノイドからなる群から選択された少なくとも1つであり、TはFe又はFeとCoである。組成比率w、z、αの範囲は、それぞれ、8≦w≦12、0.42≦z<0.70、0.40≦α≦0.70である。以下、この合金を「R-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金」と呼ぶ場合がある。また、この合金の粉末を緻密化した構造物を「バルク体」と呼ぶ場合がある。
【0033】
より詳細には、本実施形態におけるR-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金は、組成式R11-xR2x(Fe1-yCoy)wTizCuαで記述される。R1は少なくともYを有し、さらにGdを有していてもよい。R2は少なくともSmを有し、さらにGdを除くLa、Ce、NdおよびPrからなる群から選択される少なくとも1種を含んでいてもよい。x、y、z、wは、それぞれ、0.5≦x≦1.0、0≦y≦0.4、8≦w≦12、0.42≦z<0.70、0.40≦α≦0.70を満足する組成比率である。
【0034】
このような実施形態における合金は、R2としてSmを含有しているが、更に外部から粒界拡散によってSmを含ませる。Smは高保磁力化に重要となる磁気異方性を向上させることができる。
【0035】
Cuを添加することで主相と共存し、かつ主相よりも希土類リッチな粒界相が生成する。この希土類リッチな粒界相の生成により、異方性磁粉を得るうえで有効な以下の効果を得ることができる。
・熱処理によって主相の結晶成長が進行しやすくなる。
・溶解・凝固時の異相の生成を低減できる。
・希土類リッチな粒界相が水素を吸収・放出するため、主相と粒界相との間にクラックが生じ、効率よく単結晶粒子に粉砕され得る。
【0036】
R1、R2およびTiの組成比率は、主相の磁気物性値および高温安定性を決める。磁気異方性の観点からR2の組成比率(x)はR1の組成比率(1-x)以上であることが望ましい。そのため、0.5≦x≦1.0であることが望ましい。また、Tiは飽和磁化の観点からできるだけ少ない方が望ましいが、高温安定性の観点からは多い方が望ましい。本発明者等の検討の結果、0.42≦z<0.70の範囲が望ましい。なお、Tiの50モル%以下をV、W、Nb、Moなどで置換してもよい。
【0037】
磁気モーメントの増大およびキュリー温度向上に伴う実用温度での磁化向上と磁気異方性向上の観点から、Feの一部をCoで置換することは好ましい。しかし置換量が多すぎる場合は、却って磁化や磁気異方性の低下をもたらすため望ましくない。具体的には、Co置換量yは0≦y≦0.4が望ましく、0.1≦y≦0.3がより望ましい。yは0.2程度で磁気特性が最大化する。粒界拡散させることでシェル相のCo濃度が若干高くなる傾向にあることから、本発明の希土類磁石用合金をy<0.2に組成設計することで、Coの機能をシェル相において効率よく発現させることが可能である。
【0038】
Cuの量は、希土類磁石用合金中に生成する粒界相の量を決める。粒界相の量が少ないと溶解・凝固時のbccの(Fe、Co、Ti)やNd3(Fe、Ti)29型の結晶構造の相(以下、3-29相)やTh2Zn17型やTh2Ni17型やその内部に部分的な不規則置換部位を有する結晶構造の相(以下、2-17相)などの異相が消失できないばかりでなく、異方性焼結磁粉を得るのに十分な大きさまで結晶成長させるのが容易ではない。磁石体内部への粒界拡散も容易ではなくなる。また、粒界相の量が多いと主相の比率が低下するため磁石体としての磁化が低下する。本発明者等の検討の結果、0.40≦α≦0.70の範囲が望ましい。
【0039】
生成する粒界相はCu基である。この粒界相は、主にKHg2型の結晶構造の相(以下、1-2相)であり、他にRとCu、Fe、Coの比が1:4の組成(以下、1-4組成)の相も含む。粒界相を構成するR元素は、1-2相と1-4組成の相ともにR2/(R1+R2)のモル比が主相のそれよりも高くなる。また、FeとCoを若干固溶し、その固溶量は1-4組成の相の方が1-2相よりも多い。Tiは両相ともにほとんど固溶しない。
【0040】
wの適正な量は添加するCu量により変化するが、8≦w≦12である。wが大き過ぎると軟磁性のbccの(Fe、Co、Ti)相が生成し、またwが小さ過ぎると2-17相や3-29相が生成するためである。とくにY酸化によりSmリッチなシェルを構築する場合、wは相対的に低い値が好ましく、8≦w≦10が適当である。
【0041】
このようにして得られるR-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金は、ThMn12型結晶構造を有する主相を含む。本発明の実施形態における合金中のTnMn12型化合物相は、典型的には1000℃以上でも安定に存在することができ、焼結法などの高性能磁石作製プロセスを採用するのに好適に用いることができる。なお、一般的に「ThMn12型結晶構造」は正方晶であるが、本発明の実施形態では、正方晶の結晶格子がわずかに歪んで斜方晶の対称性を有する場合や、結晶中の原子の周期性がわずかに乱れた場合でも「ThMn12型結晶構造」とみなす。また、Cu含有の有無にかかわらずTi元素濃度が7.7at%未満の場合、結晶内部に希土類元素と2つのFe元素(Feダンベル)とが不規則に置換した部分を含むことがある。具体的には、Feダンベルの軸方向がc軸に平行であり、その不規則置換の割合が最大で5%である。このことはTi元素以外の構造安定化元素にもあてはまり、Yを使用することで非特許文献1に記載の安定化元素の置換組成範囲より少ない量の安定化元素で安定化したThMn12型結晶構造では一般的に観測されることがある。
【0042】
希土類磁石用合金に、さらにZnやSnを添加しても構わない。粒界相の低融点化や均一な2粒子粒界の形成をもたらし、粒界拡散でバルク体内部まで十分に拡散合金を供給することが可能となる。主相粒内のCu固溶量が低下することで生じ得る効能もある。
【0043】
[拡散合金の組成]
本発明者らが鋭意研究した結果、本発明の実施形態にかかる拡散合金の組成は、希土類磁石用合金の粒界相の組成よりもSmリッチであることが好適である。溶解した粒界相に沿って拡散合金を導入することで、Smリッチな粒界相と平衡する1-12相が溶解・再析出により主相外周部に構築される。そのため、R11-χR2χCuω系拡散合金として拡散合金組成を表記した場合、χ>xであることが望まれる。ωは、2≦ω≦4である。
【0044】
さらに、上記の拡散合金に少なくともAlまたはGaを含有させることで、バルク体深部でSm、Tiリッチなシェル相を構築することが可能となる。より詳細には、AlとGaは粒界相に沿って拡散するが主相の3d元素の一部を置換して粒内にも拡散するために、その分だけ主相の構成元素であるFe、Co、Ti、Cuは粒界相に吐出される。とくに、AlとGaは主相の8iサイトに選択配位する(非特許文献1参照)ために、8iサイト指向の強いTiも主相に残り濃化し、Feが吐出される。つまり、AlまたはGaの量は、粒界相に吐出されるFe元素量と相関があり、そのFe元素は粒界相内に吸収できる量であることが適当である。さらに、AlやGaの量を増やすと、生成するシェル相の厚みが大きくなる傾向にある。以上から、R11-χR2χ(Cu1-υXυ)ω(X=Al、Ga)で拡散源組成を表記した場合、0<υ≦0.3の範囲が適当である。より望ましくは、0.1≦υ≦0.2である。また、SiやZnの有無で、Al添加とGa添加でより望ましいωの組成は異なる場合があり、Alの場合には2.8<ω≦4がより望ましく、Gaの場合には2≦ω<2.8がより望ましい場合がある。
【0045】
また、さらにシェル相のM元素をより濃化させることは、ThMn12型の熱的安定性をより一層高めるばかりではなく、磁気異方性磁場がより向上するために保磁力を向上させる上で重要である。非特許文献1によると、最大でVはT元素の4/12、SiはT元素の2/12を置換し得る。しかし、Vは粒界が狭い場合には、Fe元素と化合物を作りやすいこともあり粒界拡散でバルク体深部に十分な量を導入することが難しい。これは、Ti、Cr、Nb、Mo、Wなどにもあてはまる。一方、Siは粒界に沿ってバルク体深部に十分な量を導入できることを見出した。Siはバルク体深部においてM元素がより濃化したシェルを構築するには好適に使用し得る。Si導入量が多すぎると、R-Cu-Si系化合物の生成量が多くなりすぎてバルク体深部への十分な拡散が阻害される。R11-χR2χ(Cu1-υ-τXυSiτ)ωで拡散合金の組成を表記した場合、0<τ<0.5の範囲が適当である。また、SiはFeよりもCuとの親和性が高いことや原子径が小さいことが特徴であり、これら特徴の少なくとも一部を満たす元素はCuを含む粒界相を具備したバルク体において粒界拡散プロセスを好適に使用し得る。
【0046】
したがって、上記の3つを合わせることで、主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有し、前記コア相よりもSmとTiとSiリッチなシェル相が構築される。その場合の拡散源組成は、R11-χR2χ(Cu1-υ-τXυSiτ)ω(X=Al、Ga、χ>x、0<υ≦0.3、0<τ<0.5、2≦ω≦4)が望ましい。さらに、上記拡散源組成にZnを添加することは、主相と粒界相との濡れ性が改善し、バルク体深部まで拡散源に含まれる金属元素をより多く導入することが可能となるため望ましい。Znは粒界相に偏在する傾向にあり、主相内部への拡散はほとんどない。この場合の拡散源組成は、R11-χR2χ(Cu1-υ-τXυSiτZnσ)ω(X=Al、Ga、χ>x、0<υ≦0.3、0<τ<0.5、0<σ<0.2、2≦ω≦4)の範囲が望ましい。
【0047】
<工程A>希土類磁石用合金のバルク体を用意する工程
上述した組成を有する希土類磁石用合金(R-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金)のバルク体を用意する。R-Fe-Co-Ti-Cu系希土類磁石用合金の作製方法としては金型鋳造法、遠心鋳造法、ストリップキャスト法、液体超急冷法などの公知の手法が採用できる。合金溶湯の凝固時にbccの(Fe、Co、Ti)相など、特に磁石用原料合金として好ましくない相の生成を極力抑えるためには、比較的冷却速度の速い、ストリップキャスト法や液体超急冷法を採用することが適当である。凝固時の冷却速度が遅い場合、析出する異相の粒サイズが大きくなるため次の熱処理工程で異相を消失し難い。液体超急冷法などで生成するナノ結晶でも、次の熱処理工程を経ることで、異方性磁粉を得るのに好適な10μm以上の結晶粒に容易に成長できるため、本原料合金はできるだけ速い冷却速度で凝固したほうがよい。凝固した組織にマクロ偏析が少なくできるだけ均一なほうがよい。例えば、液体超急冷法で作製した場合、不活性雰囲気中でロール周速度1~40m/sが好ましい。
【0048】
本発明の実施形態における希土類磁石用合金に熱処理を適用することで、凝固過程で生成した異相を低減したり、異方性焼結磁石用原料として有用な単結晶ライクの粒子からなる粉末を粉砕法で容易に得るための結晶粒を粗大化することができる。組成で変わるが、1-2相と1-4組成の相との共晶温度が820℃付近にあり、1-2相の融点は860℃付近、1-4相の融点は880℃付近にある。そのため、熱処理温度は900℃以上1250℃以下が好ましく、1000℃以上1100℃以下がより好ましい。熱処理時間は温度によるが5分以上50時間以下が望ましい。時間が短すぎると異相を消失させるのに十分な反応が生じなかったり粒成長が不十分だったりし、時間が長過ぎると希土類元素の蒸発や酸化が生じ、かつ操業上の効率も悪い。この温度帯では粒界相は液相となって主相の一部を溶解・再析出させるために、液相を介した速い化学反応で主相は飛躍的に結晶粒が成長し、また凝固時の異相もその粒サイズが大きくない場合には容易に消失させることができる。粒界相の量は3wt%以上、10wt%以下が望ましい。粒界相の量が少ないと溶解・凝固時の異相が消失できないばかりでなく異方性焼結磁粉を得るのに十分な大きさまで結晶成長させるのが容易ではなく、また、粒界相の量が多いと主相の比率が低下するため磁石体としての磁化が低下するからである。なお、この工程で消失しきれなかったbccの(Fe、Co、Ti)相は、少量なら工程Bで消失させることが可能である。
【0049】
本合金に含まれる粒界相は、希土類リッチな組成であることを反映して水素の吸収と放出現象が生じ、特に水素中で熱処理することで顕著に生じる。たとえば、250℃から400℃の温度で水素の吸収が生じ、540℃から660℃の間で水素の放出が生じる。そのため、希土類磁石用合金を水素中で400℃以上まで昇温して水素を吸収させた後、真空雰囲気に切り替えて十分に水素を放出させたりする。その場合、真空雰囲気に切り替える温度は700℃以下である。水素の吸収と放出を行うことで希土類リッチ相は体積膨張と収縮を起し、主相結晶粒と副相との間にクラックが生じる。これによって、ジェットミルやスタンプミルやボールミルなどを用いた粉砕工程時に、クラック部で磁粉が割れる確率が高まり、単結晶単位の微粉を多く含む高配向可能な異方性磁粉が得ることが可能となる。
【0050】
このように作製した異方性磁粉を磁場中で成形し、900℃から1200℃で5分以上50時間の間で熱処理することで緻密化したバルク体を得ることができる。その際にSmの蒸発を抑制するためにSm系合金微粉をアンプルに同時に入れる方法が知られており採用しても構わない。また、Yが酸化しやすいためにより酸化しやすい金属または合金微粉を酸素ゲッターとして同時に入れても構わない。Yが酸化しやすいことを積極的に利用してSmリッチなシェルを構築するために、合金全体の組成をYリッチ側に設計しても構わない。そのほかにも熱間成形などを使用して緻密化したバルク体を得ても構わない。本発明の実施形態は主相と粒界相によって構成された緻密化したバルク体において好適に使用され、その効果は磁粉の配向の有無を問わない。緻密化していない磁粉においても保磁力向上の効果は見出されるが、バルク体としての体積磁化と両立しないため適当ではない。その意味でバルク体は配向している方が適当である。また、少量の酸化物相や不可避不純物に由来する相などを含んでいても構わない。
【0051】
緻密化したバルク体表面に異物があると工程Cの粒界拡散を阻害する場合がある。そのため、粒界拡散熱処理前にバルク体表面を研削しておくことで十分な保磁力向上効果が得られる。
【0052】
<工程B>拡散合金を用意する工程
上述した組成を有する拡散合金を用意する。拡散合金はアモルファスや複数の相によって構成されていても構わないが、極端に偏析していないことが好ましい。極端な偏析があるとバルク体内部への拡散を阻害する場合がある。そのため比較的冷却速度の速い、ストリップキャスト法や液体超急冷法やガスアトマイズ法やディスクアトマイズ法やアーク溶解法を採用することが適当である。また、ボールミルや遊星ボールミルなどで均質な合金を準備しても構わない。ほかにも化学反応沈殿法や逆ミセル法や水熱合成法やゾルゲル法などの化学的液相法を使用したナノ粒子合成法を使用しても構わない。
【0053】
<工程C>シェル相におけるSm濃度がコア相におけるよりSm濃度よりも高いThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石を形成する工程
工程Bで作製した拡散合金を、工程Aで作成したバルク体へ導入するための熱処理を施す。拡散合金は主相との濡れ性が良いため、厚さ1mm程度のバルク体ならば、十分な量を少なくともバルク体に触れた状態に配置しておくことで、粒界相に沿ってバルク体内部へ十分に拡散できる。厚さが1mmを超えるバルク体ならば、バルク体下面にも拡散源敷いておくなどする。さらに、バルク体の端部での限定された高保磁力化などを意図するならば、拡散合金の成分元素が拡散した場所が高保磁力化するためにそれ相応の拡散合金の配置やバルク体のマスク処理などが必要となり、適宜行えば良い。
【0054】
拡散合金はバルク体重量に対して1wt%から80wt%の間で配置しておくことが適切である。拡散合金の量が少ないと保磁力向上効果が十分に得られず、また拡散合金の量が多いと、バルク体形状を変形させたり、バルク体内部に入らない余剰な合金の量が多くなり経済的でないなど、良い傾向にない。
【0055】
熱処理温度は500℃以上1000℃以下が好ましい。より望ましくは700℃以上1000℃以下である。温度が低すぎると拡散合金と粒界相が溶解せずバルク体内部に十分な量の拡散合金を導入することができず、温度が高すぎるとバルク体の結晶粒内部への拡散が顕著になりバルク全体の磁化低下も顕著になる。バルク体の厚さにもよるが、熱処理時間は5分以上50時間以内に設定し得る。短すぎる場合はバルク体深部への十分な拡散が生じず、長すぎる場合は保磁力向上効果が飽和する傾向にあり操業上の効率も悪い。
【0056】
また、拡散熱処理温度よりも低い温度で再度熱処理すると保磁力が向上して有効な場合がある。
【0057】
<工程D>バルク体表面を研削する工程
拡散後のバルク体に対し、公知の加工方法により研削を行ってもよい。拡散熱処理を経たバルク体表面には拡散合金の残部があり、また拡散合金付近の粒界には2-17相や3-29相など磁気特性上好ましくない相が多い場合がある。バルク体外周部を10μmから500μm程度研削することで、このような低磁気特性領域を除去することができ、バルク全体の磁気特性が向上する。研削粉はしかるべき処理を施すことで再利用することができるので、経済性を大きく損なうことはない。使用用途に応じてこの後にメッキ工程などを入れても構わず、この後の工程によって本発明は限定されない。
【0058】
以下、本発明の実験例を具体的に説明するが、本発明はこれらの実験例に限定されるものではない。
【0059】
[実験例]
<工程A>(希土類磁石用合金のバルク体を用意する工程)
99.9%以上の純度のY、Sm、Fe、Co、Ti、Cuの原料金属を溶解時の希土類元素の蒸発を加味して歩増しで秤量した。アルミナ坩堝内で十分に溶解した後、周速度が15m/sで回転するCu製のロール上に溶湯を出湯した。作製した超急冷薄帯をNb箔に包含して、Ar流気中で1050℃1時間の熱処理を実施した。ジェットミルで粉砕して平均粒度10μm以下の磁粉を得た。1T磁場中で成型したプレス体を炉の中に投入し、1150℃4時間の熱処理を施した。バルク体を切断加工して表面研磨を施すことで厚さ4mmの希土類磁石用合金のバルク体を作製した。SEMを使用して材料組織を評価した。主相の組成は、Y0.37Sm0.63(Fe0.83Co0.17)11.08Al0.07Si0.02Ti0.57Cu0.26であった。AlとSiは、本工程で使用した坩堝に由来する。
【0060】
<工程B>(拡散合金を用意する工程)
拡散合金は、超急冷装置(日新技研(株)製NEV-A30023)を使用して作製した。希土類元素の蒸発を考慮して秤量した99.9%以上の純度の原料を、石英出湯管内で十分に溶解した後、20m/sで回転するCu製のロール上に溶湯を出湯し、リボン形状の拡散合金を作製した。具体的には、下記の表1に記載の組成の拡散合金を作製した。
【0061】
【0062】
<工程C>(シェル相におけるSm濃度がコア相におけるSm濃度よりも高いThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石を形成する工程)
SUS製の容器内において、下層の前記拡散合金、前記希土類磁石用合金のバルク体、および上層の前記拡散合金を、この順序で配置した後、Nb箔で覆った。下層および上層の拡散合金の重量は、それぞれ、バルク体の重量に対して10%であった。つまり、バルク体に対して20wt%の拡散合金を使用した。Ar流気中において900℃で4時間の熱処理を施して実験例1~13の希土類磁石を作製した。
【0063】
工程Cで得た試料の表面から深さ100μmまでの部分を、サーフェスグラインダで除去した(工程D)。また、SEMを使用して材料組織を評価した。また、バルク体および実験例1~13の希土類磁石をパルス磁場で着磁した後にVSMを使用して室温の磁気特性を評価した。表1にバルク体に対する磁化の差(実験例の磁化-バルク体の磁化)を△Mr(%)、バルク体に対する保磁力の差(実験例の保磁力―バルク体の保磁力)を△Hc(%)で示す。表1に示すように、すべての実験例で磁化の低下を抑制しつつ、保磁力を向上させることができた。
【0064】
組成分析は、実験例1~5および実験例9~13は、エネルギー分散形X線分光器(日本電子(株)製EX-37001)が付属した卓上走査電子顕微鏡(日本電子(株)製JCM-6000Plus)を、実験例6~8は、エネルギー分散形X線分光器(日本電子(株)製JED-2300F)が付属した電界放出形走査電子顕微鏡(日本電子(株)製JSM-7001F)をそれぞれ使用した。実験例1~13の主相結晶粒おけるシェル相の中心付近の組成を表1に示す。なお、実施例1~13の主相結晶粒におけるコア相の中心付近の組成はいずれも、前記希土類磁石用合金のバルク体の主相の組成であるY0.37Sm0.63(Fe0.83Co0.17)11.08Al0.07Si0.02Ti0.57Cu0.26と同等であった。
【0065】
また、磁気特性は、6Tのパルス着磁を行った後、電磁石式振動試料型磁力計(Vibrating sample magnetometer, VSM, 東英工業(株)製VSM-5―20) で室温にて評価した。磁化の絶対値はNiで補正した。
【0066】
実験例1では、Sm-Cu粒界相を拡散によって形成した。主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記コア相よりもSmリッチなシェル相が生成していることを確認した。しかし、バルク体深部ではシェルの生成を確認できなかったため、保磁力は増大したものの他の実験例に比べて△HcJは小さかった。Smリッチシェルが生成したことと、工程Aで除去しきれなかった少量のbccの(Fe、Co、Ti)相の一部が消失したことに起因する。
【0067】
実験例2では、Alを含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。バルク体深部でもSmリッチなシェル相が生成されていることを確認した。シェル相の平均組成はY0.18Sm0.82(Fe0.83Co0.17)10.58Al0.51Si0.02Ti0.62Cu0.27であった。主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記コア相よりもSmリッチでTiもややリッチな組成のシェル相が構築を確認した。平衡組成よりも希土類元素がリッチな組成であったため、3-29相のシェルも生成した。よって、好ましくは、実施組成よりも希土類元素プアな2.8<ω≦4が適当である。実際に実験例3では、ω=3.4で作製したところ、3-29相の生成は認められなかった。
【0068】
実験例4では、Gaが含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。平均組成がY0.20Sm0.80(Fe0.82Co0.18)10.60Al0.26Si0.13Ti0.71Cu0.30なシェル相をバルク体深部で生成した。主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記コア相よりもSm、Si、Ga、Tiリッチな組成のシェル相の構築を確認した。一方で、粒界にbccの(Fe、Co、Ti)が生成したため、保磁力が低下した。平衡組成よりもR元素プアな組成であったためである。よって、実施組成よりも希土類元素リッチな2≦ω<2.8がより適当である。実際に実験例5では、ω=2.3で作製したところ、bccの(Fe、Co、Ti)の生成は認められなかった。また、工程Aで混入する不可避不純物のAlがシェル相に濃化する特徴がある。
【0069】
実験例6では、AlとSiが含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。拡散合金中には新たに主な組成でSm(Si0.5Cu0.5)2が生成した。このR-Cu-Si系化合物の生成量が多くなりすぎるとバルク体深部への十分な拡散が阻害される。Siは1-2相中にはCu部分に5~10at%固溶し、1-4相中にはほとんど固溶しない。Sm(Si0.5Cu0.5)2が生成するために、1-2相と1-4相との合金組成は希土類元素プア側になる。そのため、実験例2で示した2.8<ω≦4に実質なっており、3-29相は確認されなかった。バルク体深部で生成されたシェル相の平均組成はY0.20Sm0.80(Fe0.82Co0.18)10.60Al0.26Si0.13Ti0.71Cu0.30となった。主相結晶粒は、ThMn12型のコア相およびThMn12型のシェル相を有しており、前記コア相よりもSm、Si、Tiリッチな組成のシェル相の構築を確認した。実験例2と3よりもよりバルク体深部でもシェル相が明瞭に認められた。
【0070】
実験例7では、GaとSiが含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。拡散合金中の構成相はGaかAlかの相違はあるが、実験例6と同様である。そのため、2.8<ω≦4に実質なっており、粒界にbccの(Fe、Co、Ti)が生成した。そのため、実験例8では、ω=2.3で作製したところ、粒界にbccの(Fe、Co、Ti)の生成は認められなかった。シェル相の平均組成はY0.20Sm0.80(Fe0.82Co0.18)10.75Al0.09Si0.19Ti0.61Cu0.31Ga0.05となった。コア相よりもSm、SiリッチでGa、Tiもややリッチな組成のシェル相の構築を確認した。実験例4と5よりもよりバルク体深部でもシェル相が明瞭に認められた。
【0071】
実験例9では、AlとSiとZnが含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。シェル相の平均組成はY0.20Sm0.80(Fe0.82Co0.18)10.73Al0.26Si0.10Ti0.64Cu0.25Zn0.02であった。ただし、Znは同定誤差の範疇に入る。コア相よりもSm、Si、Al、Tiリッチな組成のシェル相の構築を確認した。実験例6よりもよりバルク体深部でもシェル相が明瞭に認められた。
【0072】
実験例10では、GaとSiとZnが含有したSm-Cu系粒界相を拡散によって形成した。拡散合金中の構成相はZnを含むか否かの相違はあるが、実験例7と同様である。2.8<ω≦4に実質なっており、粒界にbccの(Fe、Co、Ti)が生成した。そのため、実験例11では、ω=2.3で作製したところ、bccの(Fe、Co、Ti)の生成は認められなかった。シェル相の平均組成はY0.20Sm0.80(Fe0.82Co0.18)10.82Al0.03Si0.10Ti0.71Cu0.25Ga0.09であった。コア相よりもSm、Si、Ga、Tiリッチな組成のシェル相の構築を確認した。実験例7と8よりもよりバルク体深部でもシェル相が明瞭に認められた。
【0073】
実験例12と実験例13では、Yを部分的に添加した拡散合金を使用した。シェル相の組成は実験例9と実験例11のシェル組成と大きな遜色はなく、保磁力向上率も十分であった。
【0074】
以上の実験例で作製した試料には、コア相とシェル相に元素種に応じた濃度勾配を有していることを確認した。特にM元素としてSiを含有している場合、コア相内でSi濃度の勾配は、位置に依存する一次関数で表される。Smはシェル相内で一定であることが多い。これはコア相内の濃度勾配は固相拡散で、シェル相の濃度形成は溶解・再析出で、主として生じていることに起因している可能性があり、本開示技術を適用したことで生じる特徴的な組織形態の一つである。
【0075】
例えば、
図1Aおよび
図2Aに実験例9の組織と組成の線分析結果を、
図1Bおよび
図2Bに実験例11の組織と組成の線分析結果をそれぞれ示す。なお、測定に際し、コア相とシェル相を両方干渉して測定してしまう部分があるので、その部分は削除(「//」で示した部分)している。Siはコア相内にも拡散していることが示されている。AlとGaもコア相内に拡散するが、Siほどは拡散しないことがわかった。コア相内でのSi濃度の勾配は、位置に依存する一次関数的な変化を示す。明瞭ではないがAlやGaも拡散している範囲では一次関数的な可能性がある。Coはシェル相でコア相よりもややリッチになる傾向にあることを観測した。これはコア相のCo置換量を磁気物性値が最大化する0.2よりも若干少なくしておき、シェル相でCoを濃化させてy~0.2にすることが可能なことを意味する。そうすることで、高価なCo使用量を低減することが可能である。コア相とシェル相の間で元素に濃度勾配があることで格子定数も連続的に変化し格子のミスマッチが解消されている。
【0076】
一方、<工程A>で合金全体の組成がYリッチとなるように例えばw=9、x=0.60で合金組成を設計して同様の方法で緻密化したバルク体を得た。そのバルク体内部では磁粉外周部に磁粉内部よりもSm濃度が高いシェルが形成されていることがわかった。コアの組成がY0.40Sm0.60(Fe0.82Co0.18)11.07Al0.04Si0.02Ti0.62Cu0.25であるのに対して、シェルの組成はY0.29Sm0.71(Fe0.83Co0.17)11.08Al0.04Si0.02Ti0.62Cu0.24であった。
【0077】
ThMn12型結晶構造を主相とした磁石を高保磁力化するにはその主相結晶粒の結晶構造を詳細に把握する必要がある。そこで、粉末中性子リートベルト解析による最大エントロピー法(Maximum Entropy Method、MEM)を使用した核密度解析を行った。X線では空間的に広がった電子密度による回折であるため微量元素の位置を高精度に決定するには分解能が劣る場合がある。一方、中性子線は質点に近い核からの散乱であるため、微量元素の位置を高精度に決定するには好適である。測定は、日本大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex、J-PARC)の物質・生命科学実験施設(Material and Life Science Experimental Facility,MLF)内にあるBL20に設置された茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を使用した。シングルフレームモードで室温にて測定した。中性子の吸収が大きなSmを含んだ試料において吸収補正を行えるようにするため, バナジウム容器内(φ6)に中空のバナジウム円筒(φ5.8)を配置してそれらの隙間に粉末試料(<75μm)を充填(円筒対称を有する試料形状)した。解析データはバナジウム容器のバックグラウンドを差し引いた背面バンクのデータを用い、0.49Å<d<2.57Åの範囲で解析した。解析コードはZ-Rietveld 1.0.2とZ-MEM 0.8.3をそれぞれ使用した。
【0078】
工程Aで作製した試料を75μm以下に粉砕して評価した。本試料は、Yの部分置換により構造安定化元素Tiの置換量を低減したThMn12型化合物である。また以下のことは、Cu添加の有無に関係なく生じていることを確認した。
【0079】
図3には、MEMにより導出した3D、(100)面、(110)面の核密度分布を示す。核密度分布が等方的でないのは、熱振動が異方的であることに対応している。通常の希土類サイトである2aサイトの[001]方向に核密度分布が高い場所が2種類あることが明らかになった。ほかにも極僅かであるが擬正方晶の名残の不規則部である4g
1サイトも観測した。結晶学的には、2bサイト(侵入元素が入るサイト)と4eサイトに対応する。4eサイト間の中間に2aサイトが位置することから、4eサイトはダンベルを形成し、2aサイトと不規則に置換している結晶構造と観ることができる。2aサイトの希土類元素に替わり4eサイトのダンベルで置換した場所では、押出された希土類元素は2bサイトに配置すると推察される。このことを結晶構造モデルに取り込み再度リートベルト解析を行ったところ、フィッティングの解析精度が向上した。結果、この不規則置換率は2%程度であり、単位胞25個に1箇所ある程度の比率であることが分かった。誤差やTi量に応じた変化を考慮すると、最大で5%程度含まれる場合がある。この2%から5%程度の不規則置換が保磁力を低下させている可能性がある。結晶外周部で構造安定化元素を濃化させてこのような構造内部の不規則置換を除去することは、磁化反転の起点を除去することに等しい可能性がある。実際に実験例2から11のTiやSiが濃化したシェルでは、この不規則置換の割合が低下ないし消失することで保磁力の向上をもたらしている可能性がある。
【0080】
図4には、Y-Fe系化合物に観られるTbCu
7型からThMn
12型への構造変化の際の各サイトの対応関係を示す。特許文献3に記載のY-Fe系化合物の連続格子変形では、TbCu
7型からThMn
12型へと最短経路での変形が教示されている。一方、鋭意研究して今回新たに見出した、非平衡相から平衡相への過渡領域であるTi
0.5組成付近の構造は、c
tetraの方向に不規則置換部を有しており、迂回した構造変化を示すことが明らかになった。つまり、TbCu
7型に内在するc
ortho方向の不規則部が消失し、c
tetra方向の不規則部が発生・消失してThMn
12型へと変形していくことが示されたのである。なお、2bサイトは希土類元素が入るには(100)面内方向が狭すぎるため、希土類元素以外が入っている可能性があることも除外しない。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本開示の実施形態は、ThMn12型化合物の主相結晶粒を有する希土類磁石であって磁化の低下を抑制しつつ保磁力が向上した希土類磁石を提供する。このような希土類磁石はモータおよびアクチュエータなどに好適に利用され得るため、産業上の様々な用途を持つ。