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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】浸炭用温間鍛造部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 8/06 20060101AFI20230530BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20230530BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230530BHJP
   C22C 38/26 20060101ALI20230530BHJP
【FI】
C21D8/06 A
C21D1/06 A
C22C38/00 301N
C22C38/26
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021209480
(22)【出願日】2021-12-23
【審査請求日】2022-12-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000116655
【氏名又は名称】愛知製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高尾 亮太
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 孝佳
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-154387(JP,A)
【文献】特開2017-078193(JP,A)
【文献】特開昭60-262941(JP,A)
【文献】特開2001-303174(JP,A)
【文献】特開2007-321211(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/00- 8/10
C22C 38/00-38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%において、C:0.12~0.28%、Si:0.01~0.90%、Mn:0.30~1.00%、P:0.035%以下、S:0.010~0.040%、Cr:0.40~2.00%、Al:0.020~0.060%、N:0.0100~0.0200%、Nb:0.004~0.060%、任意元素として、Mo:0~0.60%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有する鋼素材を準備し、
該鋼素材を、1150~1350℃の圧延温度に加熱してから圧延を行って圧延材を作製し、
1100℃以下であるとともに、下記式1から算出されるX(℃)以上で温間鍛造を行ない、その後、少なくとも700℃までは、冷却速度3.0℃/秒以下の条件で冷却し、
金属組織が、フェライト及びパーライト以外の組織の面積率が5.0%以下であり、パーライト粒の平均粒子径が式2から算出されるY(μm)以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下であり、円相当径100nm以上のAlN及びNbCNの合計個数が、5個/100μm2以下である鍛造部品を得る、浸炭用温間鍛造部品の製造方法。
(式1):X=1303×[Nb]+857.91、
(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])、
(ここで、[AlN]は、[Al]×41/27の値と[N]×41/14の値のうち小さい方の値であり、[NbCN]は、[Nb]×104.9/92.9の値と([C]+([N]×12/14))×104.9/12の値のうち小さい方の値であり、上記式1、式2及びこれらの関係式において、[Nb]、[Al]、[N]及び[C]は、それぞれ、Nb、Al、N及びCの含有率(%)の値を意味する。)
【請求項2】
質量%において、C:0.12~0.28%、Si:0.01~0.90%、Mn:0.30~1.00%、P:0.035%以下、S:0.010~0.040%、Cr:0.40~2.00%、Al:0.020~0.060%、N:0.0100~0.0200%、Nb:0.004~0.060%、任意元素として、Mo:0~0.60%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
金属組織が、フェライト及びパーライト以外の組織の面積率が5.0%以下であり、パーライト粒の平均粒子径が式2から算出されるY(μm)以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下であり、円相当径100nm以上のAlN及びNbCNの合計個数が、5個/100μm2 以下である、浸炭用温間鍛造部品。
(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])、
(ここで、[AlN]は、[Al]×41/27の値と[N]×41/14の値のうち小さい方の値であり、[NbCN]は、[Nb]×104.9/92.9の値と([C]+([N]×12/14))×104.9/12の値のうち小さい方の値であり、上記式1、式2及びこれらの関係式において、[Nb]、[Al]、[N]及び[C]は、それぞれ、Nb、Al、N及びCの含有率(%)の値を意味する。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、浸炭用温間鍛造部品及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のトランスミッション等に用いられる部品の製造に際し、部品コスト低減のために、形状精度の高い鍛造部品を得ることのできる、処理温度が900℃程度の温間鍛造が実施されることがある。また、温間鍛造は、処理温度が1200℃程度の熱間鍛造と比較して、加熱温度が低いことにより、エネルギーコスト低減にも多大な効果を得ることができる。
【0003】
温間鍛造は処理温度が低いため、鍛造後の組織が熱間鍛造と比較して微細となる。浸炭前の組織が微細であると、浸炭時の結晶粒成長の駆動力が高まり、粗大化(異常粒成長)が発生しやすくなる。そのため、従来の材料を温間鍛造した後に、浸炭処理を行なった場合には、結晶粒の粗大化が発生しやすい。この対策として、鍛造後に焼準などの熱処理を実施し、浸炭前組織をある程度粗くしておく方法があるが、そうした場合にはスケールの生成などにより、鍛造部品の精度が低下してしまう。また、この熱処理の有無が部品コストに大きく影響するため、鍛造後の熱処理を避けることが望まれている。
【0004】
また、結晶粒の粗大化防止のために、AlNやNb、Tiなどの微細な析出物を活用する方法が挙げられる。従来の高温での熱間圧延や熱間鍛造などを採用する場合には、その加熱時にAlNやNb、Tiを一度固溶させ、その後更に低い温度での圧延や熱処理を施すことにより、その工程で微細に析出させることで、浸炭処理時の結晶粒の粗大化防止の効果を得ることができる(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
しかし、粗大化防止効果を得るためにNbやTiを添加したうえで、温間鍛造を実施しようとする場合には、温間鍛造時の再結晶温度が上昇し、加工されたままの組織である未再結晶粒が残存しやすくなる。この未再結晶粒は浸炭昇温時に再結晶化し、非常に微細な結晶粒が生成するため、結晶粒粗大化の駆動力が大幅に増加する。このような場合において、浸炭処理時の結晶粒の粗大化を防止するためには、ピン止めによる結晶粒粗大化防止効果を高めるために、NbやTiを多量に添加する必要があった。Nbの多量添加は浸炭処理後の浸炭品質(表面炭素濃度や有効硬化深さ)に悪影響を及ぼすおそれがある。また、Tiの多量添加はTi硫化物などの生成によりMnS量が減少し、切削性へ悪影響を及ぼす。更に、NbやTiの多量添加は材料コストを悪化させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-321211号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、温間鍛造後の熱処理を省略し、浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制するためには、未再結晶粒が温間鍛造後に残存する影響を考慮すると、ピン止めによる結晶粒粗大化防止効果を高めるために、Nb、Tiを多量に添加する必要があるが、浸炭性や切削性、コストの観点からNb、Tiの添加量は極力抑えたいという相反する要求があった。
【0008】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、Nb及びTiの多量添加を必要とすることなく、浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制可能な浸炭用温間鍛造部品及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、質量%において、C:0.12~0.28%、Si:0.01~0.90%、Mn:0.30~1.00%、P:0.035%以下、S:0.010~0.040%、Cr:0.40~2.00%、Al:0.020~0.060%、N:0.0100~0.0200%、Nb:0.004~0.060%、任意元素として、Mo:0~0.60%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有する鋼素材を準備し、
該鋼素材を、1150~1350℃の圧延温度に加熱してから圧延を行って圧延材を作製し、
1100℃以下であるとともに、下記式1から算出されるX(℃)以上の温度で温間鍛造を行ない、その後、少なくとも700℃までは、冷却速度3.0℃/秒以下の条件で冷却し、
金属組織が、フェライト及びパーライト以外の組織の面積率が5.0%以下であり、パーライト粒の平均粒子径が式2から算出されるY(μm)以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下であり、円相当径100nm以上のAlN及びNbCNの合計個数が、5個/100μm2以下である鍛造部品を得る、浸炭用温間鍛造部品の製造方法にある。
(式1):X=1303×[Nb]+857.91、
(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])、
(ここで、[AlN]は、[Al]×41/27の値と[N]×41/14の値のうち小さい方の値であり、[NbCN]は、[Nb]×104.9/92.9の値と([C]+([N]×12/14))×104.9/12の値のうち小さい方の値であり、上記式1、式2及びこれらの関係式において、[Nb]、[Al]、[N]及び[C]は、それぞれ、Nb、Al、N及びCの含有率(%)の値を意味する。)
【0010】
本発明の他の態様は、質量%において、C:0.12~0.28%、Si:0.01~0.90%、Mn:0.30~1.00%、P:0.035%以下、S:0.010~0.040%、Cr:0.40~2.00%、Al:0.020~0.060%、N:0.0100~0.0200%、Nb:0.004~0.060%、任意元素として、Mo:0~0.60%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる化学成分組成を有し、
金属組織が、フェライト及びパーライト以外の組織の面積率が5.0%以下であり、パーライト粒の平均粒子径が式2から算出されるY(μm)以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下であり、円相当径100nm以上のAlN及びNbCNの合計個数が、5個/100μm2以下である、浸炭用温間鍛造部品にある。
(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])、
(ここで、[AlN]は、[Al]×41/27の値と[N]×41/14の値のうち小さい方の値であり、[NbCN]は、[Nb]×104.9/92.9の値と([C]+([N]×12/14))×104.9/12の値のうち小さい方の値であり、上記式1、式2及びこれらの関係式において、[Nb]、[Al]、[N]及び[C]は、それぞれ、Nb、Al、N及びCの含有率(%)の値を意味する。)
【発明の効果】
【0011】
上記浸炭用温間鍛造部品の製造方法においては、Tiは積極添加せず、Nbの多量添加を避けた上記特定の化学成分組成を有することを前提として、上記特定の処理温度で熱間圧延を施した後、上記特定の処理温度で温間鍛造を行う。そして、温間鍛造の処理温度は、式1により導かれるX(℃)以上の温度で行うことを厳守する。さらに、温間鍛造後の鍛造品の冷却速度も上記特定の条件で制御する。これにより、得られる鍛造品における金属組織を適正化し、特に、未再結晶粒については、温間鍛造し、室温まで冷却した時点で原則として残さないことを前提にし、仮に少量残存する場合でも、面積率で3%以下となるように制御するとともに、さらに、パーライトの平均粒子径を式2で計算されるY(μm)以上となるように制御する。このような金属組織の適正化を図った上記浸炭用温間鍛造部品は、温間鍛造後の熱処理を省略しても、その後の浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制することができる。すなわち、本願においては、Nb及びTiの多量添加を必要とすることなく、浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制可能な浸炭用温間鍛造部品及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、上記浸炭用温間鍛造部品の化学成分組成の限定理由を説明する。
【0013】
C:0.12~0.28%;
C(炭素)は、焼入れ処理後の硬さを向上させ、強度確保のための内部硬さを得るために必要な元素である。この効果を得るために、Cは0.12%以上含有させる。一方、Cの過剰添加は、硬さ上昇による切削性低下につながるため、それを防止すべくC含有率の上限は0.28%とする。
【0014】
Si:0.01~0.90%;
Si(ケイ素)は、固溶強化により強度向上に寄与するため、0.01%以上含有させる。一方、Siの過剰添加は切削性低下につながるため、それを防止すべくSi含有率の上限は0.90%とする。
【0015】
Mn:0.30~1.00%;
Mn(マンガン)は、焼入れ性向上効果を得るために、0.30%以上含有させる。一方、Mnの過剰添加は、鍛造後の硬さが上昇による切削性低下と残留オーステナイの増加による浸炭層の硬さ低下につながるため、それを防止すべくMn含有率の上限は1.00%とする。
【0016】
P:0.035%以下;
P(リン)は、不純物として含まれる元素である。オーステナイ卜粒界に偏析しやすい元素であり、偏析すると強度低下の原因となるため、Pの許容含有率の上限は0.035%とする。
【0017】
S:0.010~0.040%;
S(硫黄)は、MnとともにMnSを生成して切削性を向上させるため、0.010%以上含有させる。一方、Sを多量に含有すると硫化物系の非金属介在物が増加し、これが強度の低下の原因となるため、Sの許容含有率の上限は0.040%とする。
【0018】
Cr:0.40~2.00%;
Cr(クロム)は、焼入れ性を高める効果を得るために、0.40%以上含有させる。一方、Crの過剰添加は、鍛造後の硬さ上昇による切削性低下につながるため、それを防止すべくCr含有率の上限は2.00%とする。
【0019】
Al:0.020~0.060%;
Al(アルミニウム)は、製鋼時の脱酸剤として使用される元素であるとともに、Nと結合して微細なAlNとして存在する場合に、浸炭時の異常粒成長を抑制する効果を発揮する。これらの効果を得るために、Al含有率は0.020%以上とする。一方、Alの過剰添加は加工性の低下を招くとともに、AlNの粗大化を招いて異常粒成長抑制効果が低下するため、Al含有率の上限は0.060%とする。
【0020】
N:0.0100~0.0200%;
N(窒素)は、AlNとなって、ピン止め効果により結晶粒粗大化を抑制する効果があるため、0.0100%以上含有させる。一方、N含有率が高すぎると、AlNの粗大化を招いて異常粒成長抑制効果が低下するため、N含有率の上限は0.0200%とする。
【0021】
Nb:0.004~0.060%;
Nb(ニオブ)は、結晶粒微細化の効果を得るため、0.004%以上含有させる。一方、Nb含有率が高すぎると、浸炭性が低下するおそれがあるため、0.060%以下に制限する。好ましくは、0.040%以下である。
【0022】
任意元素としてのMo:0~0.60%;
Mo(モリブデン)は、任意添加元素であり、必ずしも含有させる必要はなく、含有率0%でもよいが、スクラップを原料とする電気炉溶解により製造する場合には、不可避的不純物として含有される場合もある。そして、Moは、0.01%以上含有させることにより、焼入れ性向上に有効な元素であるので、必要に応じ添加することもできる。一方、Mo含有率が高すぎると、コストアップ及び切削性低下につながるため、0.60%以下に制限する。
【0023】
そして、上記化学成分組成においては、Tiの積極添加は行わず(0.01%程度以下の不可避的不純物としての含有は許容する。)、Ti添加による切削性低下及びコスト悪化への影響を無くす一方、上記のごとく、浸炭性へ悪影響を及ぼさない範囲でNbを添加する。このような化学成分組成の鋼素材を、1150~1350℃の圧延温度に加熱してから圧延を行って圧延材を作製し、その後、特定の処理温度で温間鍛造を行う。以下、これらの製造条件の意義について説明する。
【0024】
多くの実験の結果、Tiの意図的な添加をせず、かつ、Nb含有率を浸炭性へ悪影響を及ぼさない範囲とした場合に、浸炭時の結晶粒粗大化を抑制するためには、AlNやNb炭化物等のピンニング粒子の析出状態は、必要最低限で制御した上で、結晶粒粗大化の駆動力を低減させることが重要であることが分かった。具体的な方策として、鍛造後の金属組織の状態を最適化、つまり、未再結晶粒の抑制及びパーライト粒子径の制御を行う必要があることが分かった。
【0025】
従来、AlNやNb炭窒化物を用いて浸炭時の結晶粒粗大化を抑制するためには、AlN、Nb炭窒化物を熱間鍛造時の加熱で一度固溶させ、その後の熱処理において、微細に析出させる必要があった。しかしながら、温間鍛造は熱間鍛造と比較して加熱温度が低いために、温間鍛造時の加熱温度では、AlN、Nb炭窒化物を十分に固溶させることができない。また、温間鍛造前にAlNやNb炭窒化物が粗大に析出していた場合には、温間鍛造時に凝集、粗大化し、微細に析出させることができず、結晶粒の粗大化防止効果が減少する。
【0026】
そこで、鍛造前の工程である圧延時の加熱において、AlNやNb炭窒化物のほとんど(8割以上)を一度固溶させることで、温間鍛造時にAlNやNb炭窒化物を微細析出させ、結晶粒の粗大化防止効果が得られるようにする。結晶粒の粗大化防止効果が得られる具体的な圧延加熱温度としては、1150℃~1350℃とする。この温度範囲とすることにより、圧延工程においてAlNやNb炭窒化物のほとんど(8割以上)を固溶させることが可能となる。圧延加熱温度が1150℃未満の場合には、AlNやNb炭窒化物の固溶を十分に実現できない場合があり、また、1350℃を超える場合には、エネルギーの消費が高くなりすぎ、折角の温間鍛造後の熱処理省略によるエネルギー節約効果を考慮しても、省エネ効果が十分に得られなくなるという問題がある。
【0027】
上記化学成分組成において、Al及びNbの添加は、オーステナイトの再結晶温度を上昇させることにつながる。特にNbはわずかな添加量であっても、大幅に再結晶温度を上昇させてしまう。再結晶温度が上昇し、温間鍛造し、室温まで冷却した状態で、未再結晶のオーステナイト粒が残存した場合、この未再結晶粒は、その後の浸炭昇温時に再結晶し、微細な結晶粒となり結晶粒粗大化の駆動力が大幅に増加してしまう。なお、温間鍛造後に未再結晶粒が残っていたとしても、従来のように鍛造後に熱処理を行えば未再結晶粒を再結晶させ、浸炭時に未再結晶粒が存在しない状態を得ることができるが、それでは、熱処理省略によるエネルギー削減効果が得られなくなる。
【0028】
温間鍛造で生成した未再結晶粒は、鍛造後の冷却中に再結晶し、生成量が減少していく。再結晶を促進させるためには、鍛造後の冷却速度を制御することも有効である。具体的には、温間鍛造後の鍛造部品の冷却過程において、少なくとも700℃までは、冷却速度3.0℃/秒以下の条件で冷却することが有効である。この条件で冷却することにより、温間鍛造直後(室温への冷却前の時点)に未再結晶粒が残存していたとしても、その後の冷却途中における再結晶を促進させ、室温まで冷却後の未再結晶粒の比率を減少させることができる。
【0029】
また、Nbの含有率及び鍛造温度についても、未再結晶粒の再結晶のしやすさに影響を与えることが判明した。また、温間鍛造後のパーライト粒子径が微細な場合でも、その後の浸炭昇温後は微細な結晶粒となり、結晶粒粗大化の駆動力が増加するとともに、AlNやNb炭窒化物の析出量が少なくピン止め効果が小さい場合も結晶粒粗大化が起きるおそれがある。
【0030】
結晶粒粗大化を効果的に抑制するためには、AlNやNb炭窒化物のピン止めによる結晶粒粗大化効果が、結晶粒粗大化の駆動力を上回ることが必要である。そこで、さらに検討した結果、結晶粒粗大化の駆動力は、浸炭昇温後の結晶粒径から見積もることができ、浸炭昇温後の結晶粒径は、温間鍛造後のパーライト粒径によって変化することがわかった。
【0031】
そこで、本発明では、ピン止め効果を強化するため、AlNやNb炭窒化物を圧延段階で十分に固溶させるとともに、AlNやNb炭窒化物を温間鍛造で析出させた際の結晶粒粗大化防止力に対して、結晶粒粗大化の駆動力をそれ以下とするために、温間鍛造後のパーライト粒子径を制御することとした。
【0032】
以上の知見を総合し、下記式1及び式2を導いた。
【0033】
(式1):X=1303×[Nb]+857.91、
(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])、
(ここで、[AlN]は、[Al]×41/27の値と[N]×41/14の値のうち小さい方の値であり、[NbCN]は、[Nb]×104.9/92.9の値と([C]+([N]×12/14))×104.9/12の値のうち小さい方の値であり、上記式1、式2及びこれらの関係式において、[Nb]、[Al]、[N]及び[C]は、それぞれ、Nb、Al、N及びCの含有率(%)の値を意味する。)
【0034】
式1は、鍛造温度とNb含有率との関係式である。鍛造の処理温度をX℃未満とした場合には、温間鍛造時に未再結晶粒が残存しやすく、また、鍛造後のパーライト粒子径が微細になりすぎ、その後の浸炭処理時に結晶粒粗大化が起きやすくなるため、鍛造の処理温度は、少なくともX℃以上の温度に設定する必要がある。
【0035】
式2は、鍛造後の組織の状態が最適化(未再結晶粒の抑制)され、さらに、AlNやNb炭窒化物を圧延段階で十分に固溶させ、温間鍛造で析出させた際に得られる結晶粒粗大化の抑止力以下の結晶粒粗大化の駆動力となる、温間鍛造後のパーライト平均粒子径との関係について、表したものである。パーライト平均粒子径をYμm未満とした場合には、Al、Nb含有率から予想される結晶粒粗大化の抑止力以上に、結晶粒粗大化の駆動力が大きくなり、結晶粒の粗大化が発生するおそれが高くなる。
【0036】
上記式1及び式2の両方を具備するよう鍛造温度と鍛造後のパーライト粒子径を制御することで、結晶粒粗大化の駆動力を小さくし、浸炭時の結晶粒の粗大化防止効果が得られる。
【0037】
なお、上記温間鍛造は、温間鍛造を選択することによる本来の省エネ効果等を享受するために、1100℃以下の処理温度で行う。
【0038】
以上の説明に基づき得られる鍛造品は、上記した化学成分組成の範囲内に調整し、前記の鍛造温度、冷却速度に調整することによって、フェライト及びパーライト主体の組織(他の組織の面積率が5.0%以下)とすることができる。また、パーライト粒の平均粒子径がYμm以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下である金属組織からなる鍛造品を得ることができる。フェライト・パーライト組織以外の組織が混在したり、パーライト粒の大きさがYμm未満になると、結晶粗大化が起きやすくなるため、この金属組織を有することにより、その後の浸炭加熱時の結晶粒粗大化を十分に抑制することが可能となる。なお、パーライト粒子径は、温間鍛造温度が最も大きく影響し、その温度が高いほど粒子径を大きくすることができる。鍛造温度を高くすることで、満足する粒子径に制御することができる。
【0039】
上記未再結晶粒の面積率はより好ましくは1.5%以下がよい。また、未再結晶粒は、温間鍛造時に与える歪の大きさにもよるが、再結晶していなければ、温間鍛造時に行う圧縮方向の加工によりつぶれた形状となっており、アスペクト比が一定値以上の圧縮方向につぶれた形状となっているかどうかで未再結晶粒であるかどうかを判断することができる。
【実施例
【0040】
(実験例1)
本発明の浸炭用温間鍛造部品およびその製造方法に係る実施例について説明する。本例では、表1に示すように、20種類の鋼材(実施例1~14、比較例15~20)を準備し、温間鍛造品に相当する試験片を作製し、種々の特性について評価を行った。ここで、任意添加元素であるMoは、スクラップから不純物として混入するので、実施例10を除き、積極添加しておらず、後述の表3を含め、不純物として含有していた分析値を示した。
【0041】
【表1】
【0042】
<試験片の作製>
各鋼材を電気炉にて溶解・鋳造を行って鋼塊を得て、当該鋼塊に鍛伸加工を加えてΦ32mmの丸棒を得た。この丸棒を、表2に示す圧延温度まで加熱して1時間保持した後放冷するという、模擬圧延工程を施した。その後、模擬圧延工程終了後の丸棒から、外径Dに対して外表面から1/4D深さの位置から、試験片用母材を採取し、Φ8mm×12mm高さの圧縮試験片を機械加工により準備した。
【0043】
<模擬鍛造試験>
上記圧縮試験片を用い、表2に示す鍛造温度まで昇温速度2℃/秒で加熱して、高さが3mmになる加工率75%の条件で圧縮し、その後、700℃まで1℃/秒の冷却速度で冷却した後、0.5℃/秒の冷却速度で室温まで冷却する模擬鍛造試験を行った。
【0044】
<ミクロ組織観察>
模擬鍛造試験を施した試験片の軸方向中心線を含む断面を、光学顕微鏡を用いて観察してミクロ組織写真を撮影した。そして、この撮影画像を用いて、画像解析により、パーライト粒子径及び未再結晶粒の面積率を測定した。圧縮後の歪は、試験片の部位より異なるが、試験片の断面中心付近が最も歪が高くなるので、この部位における歪の大きさを考慮して、アスペクト比が3以上となる扁平状のパーライト粒を未再結晶粒と判断し、その面積率を画像解析により測定した。未再結晶粒を除いたパーライト粒径を画像解析にて測定し、その平均値をパーライト平均粒子径とした。表2において、ミクロ組織については、フェライトをα、パーライトをPで示した。α+Pはフェライト・パーライト組織を意味する。
【0045】
<析出物観察>
前記した模擬鍛造試験片の断面をSEM観察した。観察は、倍率2万倍で、10視野で行い、各視野のSEM像を撮影した。その後画像解析を行い、析出物であるAlNとNbCNの円相当径を算出した。なお、析出物がAlNまたはNbCNであることの確認は、EDX(エネルギー分散型X線分析)により行った。
【0046】
<旧γ結晶粒の測定>
模擬鍛造試験を施した試験片に対し、950℃にて4時間保持後急冷する模擬浸炭処理を施した。模擬浸炭処理後の試験片の断面を、光学顕微鏡を用いて観察して結晶粒が粗大化し、混粒状態となっていないかどうかを調べた。具体的には、100倍の倍率で5視野を観察し、観察した範囲内でほかの領域に比べ、粒度番号で3以上大きく粒成長した領域が10%以上を占める場合は、不合格(×)と判断し、10%未満の場合は、合格(○)と判断した。
【0047】
表2には、各種評価結果とともに、式1により導かれるX(℃)と式2により導かれるY(μm)を示した。
【0048】
【表2】
【0049】
表2からわかるように、実施例1~14は、化学成分組成が適切であるとともに、鍛造温度として、1100℃以下の範囲で、X℃以上の温度を選択したことにより、ミクロ組織がフェライト・パーライト組織であるとともに、パーライト平均粒子径がYμm以上で十分に大きく、未再結晶粒の面積率は3.0%以下となり、これにより、その後の浸炭処理において、問題となる結晶粒の粗大化(10%以上の混粒の発生)が生じないことがわかった。
【0050】
比較例15は、化学成分組成が適切であるものの、X℃よりも低い温度を鍛造温度としたことにより、パーライト粒子径がYμm未満と小さくなり、未再結晶粒の面積率が3.0%を超え、その後の浸炭処理において結晶粒の粗大化(混粒)が生じることがわかった。
【0051】
比較例16及び17は、化学成分組成が適切であるものの、X℃よりも低い温度を鍛造温度としたことにより、未再結晶粒の面積率が3.0%を超え、その後の浸炭処理において結晶粒の粗大化(混粒)が生じることがわかった。
【0052】
比較例18は、化学成分組成が適切であるものの、温間鍛造前の熱間圧延の温度が低すぎたことにより、100nm以上の析出物が5個/100μm2以上となり、鍛造処理条件を適正化したとしても、その後の浸炭処理において結晶粒の粗大化(混粒)が生じることがわかった。
【0053】
比較例19及び20は、化学成分組成が適切であるものの、パーライト平均粒子径がYμm未満であるために、結晶粒粗大化の駆動力が大きくなりすぎ、その後の浸炭処理において結晶粒の粗大化(混粒)が生じることがわかった。
【0054】
(実験例2)
次に、未再結晶粒の制御及びそのための適切な温度で鍛造することが、本発明にとって非常に重要なことを確認するための別の実施例を示す。
【0055】
本例では、表3に示すように、再結晶温度に大きく影響する元素であるNb含有率を大きく変化させた4種類の鋼材(実施例21~23、比較例24)を準備し、実験例1と同様にして試験片を作製し、種々の特性について評価を行った。評価方法も実験例1と同じにした。そして、本例では、表4に示すように、圧延温度及び鍛造温度を全て同じとする条件とした。その他は、実験例1と同様の条件とした。再結晶温度に大きく影響するNb含有率が高いほど、式1の温度が高くなるため、それによる結晶粒粗大化への影響を正確に評価することができる。
【0056】
【表3】
【0057】
【表4】
【0058】
表4からわかるように、実施例21~23は、化学成分組成が適切であるとともに、鍛造温度として選択した900℃が、X℃よりも高い温度となっているため、ミクロ組織がフェライト・パーライト組織であるとともに、パーライト粒子径がYμm以上で十分に大きく、未再結晶粒の面積率は3.0%以下となり、これにより、その後の浸炭処理において問題となる結晶粒の粗大化が生じないことがわかった。
【0059】
比較例24は、化学成分組成が適切であるもののNb含有率が上限値に近い場合には、再結晶温度が上昇して式1から導かれるX(℃)が900℃を超える温度となり、その結果、未再結晶粒の面積率が3.0%を超え、その後の浸炭処理において結晶粒の粗大化(10%以上の混粒の発生)が生じることがわかった。
【要約】
【課題】Nb及びTiの多量添加を必要とすることなく、浸炭処理時の結晶粒粗大化を抑制可能な浸炭用温間鍛造部品及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】所定の化学成分組成の鋼素材を1150~1350℃の圧延温度に加熱してから圧延を行って圧延材を作製し、1100℃以下、かつ式1から算出されるX℃以上で温間鍛造を行なった後、少なくとも700℃までは冷却速度3.0℃/秒以下の条件で冷却する。金属組織が、フェライト及びパーライト以外の組織の面積率が5.0%以下であり、パーライト粒の平均粒子径が式2で算出されるYμm以上であり、未再結晶粒の面積率が3.0%以下であり、円相当径100nm以上のAlN及びNbCNの個数が5個/100μm2以下である鍛造部品を得る。(式1):X=1303×[Nb]+857.91、(式2):Y=0.43/(0.94×[AlN]+0.92×[NbCN])
【選択図】なし