(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】多分化能性幹細胞分化促進剤
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0735 20100101AFI20230530BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230530BHJP
C12N 5/0775 20100101ALI20230530BHJP
【FI】
C12N5/0735 ZNA
C12N5/10
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2020507889
(86)(22)【出願日】2019-03-20
(86)【国際出願番号】 JP2019011827
(87)【国際公開番号】W WO2019182044
(87)【国際公開日】2019-09-26
【審査請求日】2021-08-12
(31)【優先権主張番号】P 2018055186
(32)【優先日】2018-03-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000103840
【氏名又は名称】オリエンタル酵母工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】松尾 英典
(72)【発明者】
【氏名】何 あゆみ
(72)【発明者】
【氏名】山田 宗弘
(72)【発明者】
【氏名】富盛 賀也
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0072416(US,A1)
【文献】Stroke,2015年06月09日,vol. 46, no. 7,p.1966-1974
【文献】松尾英典 他,ヒト多能性幹細胞におけるβ-ニコチンアミドモノヌクレオチドの効果,日本生化学会大会講演要旨集,2017年,Vol. 90th,1P-0891
【文献】Stem Cell Reports,2018年12月11日,Vol. 11,p. 1347-1356
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、
胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞からなる群より選択される一種以上であ
り、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を内胚葉に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞を分化させる方法。
【請求項2】
多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を骨又は脂肪に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞を分化させる方法。
【請求項3】
多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞からなる群より選択される一種以上であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を内胚葉に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞の分化を促進する方法。
【請求項4】
多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を骨又は脂肪に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞の分化を促進する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多分化能性幹細胞の分化を促進させられる素材、及び当該素材を使用した多分化能性幹細胞を分化させる方法に関する。
本願は、2018年3月22日に日本に出願された特願2018-055186号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
多分化能性幹細胞とは、自己複製能を有する未分化細胞であり、様々な細胞へ分化可能な細胞である。近年、患者の損なわれた組織に多分化能性幹細胞や多分化能性幹細胞から分化誘導させた細胞を移植し、その機能の再生をはかる再生医療が盛んに研究されている。再生医療では、多分化能性幹細胞やその分化細胞を、大量に準備する必要があるため、多分化能性幹細胞を効率よく増殖させる方法や、多分化能性幹細胞を効率よく分化させる方法の開発が盛んである。
【0003】
多分化能性幹細胞の分化を促進する方法としては、例えば、ヒト幹細胞を、TGFβスーパーファミリー(分化誘導因子)を含む分化誘導用培養培地で培養する前に、予めニコチンアミド(NAM)で培養しておくことによって、ヒト幹細胞の網膜色素上皮細胞への分化を促進できることが報告されている(例えば、特許文献1参照。)。また、多分化能性幹細胞の培養方法としては、例えば、間葉系幹細胞を、ニコチンアミド(NAM)と繊維芽細胞成長因子4(FGF4)を含む培地中で培養することにより、間葉系幹細胞を効率よく増殖させられることが報告されている(例えば、特許文献2参照。)。人工多能性幹細胞(iPS細胞)をNAM存在下で培養すると、NAMがサーチュイン又はPARPの機能を抑制することによって、胚性幹細胞(ES細胞)と遺伝子発現パターンがよく類似したiPS細胞を効率的に製造できることも報告されている(例えば、特許文献3参照。)。これらの方法によって効率よく調製された多分化能性幹細胞を分化誘導用培養培地で培養することにより、効率よく分化細胞を得ることができる。その他、NAMは、多能性幹細胞の多能性の欠失や、再プログラミングの障害を解消することが報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。
【0004】
一方で、ニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)は、補酵素NAD+の生合成中間代謝産物である。近年、NMNは、老化マウスにおけるインスリン分泌能の改善効果、高脂肪食や老化によってひき起こされる2型糖尿病のマウスモデルにおいてインスリン感受性や分泌を劇的に改善する効果を有すること(例えば、特許文献4参照。)、老化した筋肉のミトコンドリア機能を顕著に高める効果を有することなどが報告されている。さらに、NMNの投与により、肥満、血中脂質濃度の上昇、インスリン感受性の低下、記憶力低下、及び黄斑変性症等の眼機能劣化といった加齢に伴う各種疾患の症状の改善や予防に有用であることも報告されている(例えば、特許文献5参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2010-524457号公報
【文献】特表2015-507921号公報
【文献】国際公開第2011/102333号
【文献】米国特許第7737158号明細書
【文献】国際公開第2014/146044号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Son,et al.,STEM CELLS,2013,vol.31,p.1121-1135.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、多分化能性幹細胞から分化細胞を効率よく得るための素材、及び当該素材を使用して多分化能性幹細胞の分化を促進させる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド(β-NMN)の存在下で、多分化能性幹細胞を分化させることにより、より多くの分化細胞が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の多分化能性幹細胞分化促進剤、多分化能性幹細胞を分化させる方法、及び多分化能性幹細胞の分化を促進する方法を提供するものである。
[1] 多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞からなる群より選択される一種以上であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を内胚葉に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞を分化させる方法。
[2] 多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を骨又は脂肪に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞を分化させる方法。
[3] 多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞からなる群より選択される一種以上であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を内胚葉に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞の分化を促進する方法。
[4] 多分化能性幹細胞を、β-ニコチンアミドモノヌクレオチド若しくはその薬理学的に許容される塩、又はそれらの溶媒和物をβ-ニコチンアミドモノヌクレオチド換算で0.01~10mM含有する多分化能性を維持する培養培地で培養した後、1種以上の分化誘導因子を含有する分化誘導用培養培地で培養することを含み、
前記多分化能性幹細胞は、間葉系幹細胞であり、
前記分化誘導用培養培地は、多分化能性幹細胞を骨又は脂肪に分化誘導するための培養培地であることを特徴とする、多分化能性幹細胞の分化を促進する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る多分化能性幹細胞分化促進剤は、iPS細胞、ES細胞などの多分化能性幹細胞に働きかけることにより、多分化能性幹細胞から分化細胞への分化を促進させることができる。このため、多分化能性幹細胞を、当該多分化能性幹細胞分化促進剤を含有させた培養培地で培養することによって、より多くの分化細胞を効率よく調製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例1において、β-NMNを添加した分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞の各マーカーの発現量をRT-PCRで調べた結果を示した図である。
【
図2】(A)は、実施例2において、β-NMNを添加した外胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞の細胞数の経時的変化を示した図であり、(B)は、実施例2において、β-NMNを添加した外胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞の播種後7日目の細胞数を示した図である。
【
図3】実施例2において、β-NMNを添加した外胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞をNestinとPax6の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図4】実施例3において、β-NMNを添加した中胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞の播種後7日目の細胞数を示した図である。
【
図5】実施例3において、β-NMNを添加した中胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞をBrachyuryとCD56の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図6】実施例4において、β-NMNを添加した内胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞の播種後7日目の細胞数を示した図である。
【
図7】実施例4において、β-NMNを添加した内胚葉分化誘導用培養培地中で培養したiPS細胞をSox17とCXCR4の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図8】実施例5において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、内胚葉分化誘導されたiPS細胞の播種後7日目の細胞数を示した図である。
【
図9】実施例5において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、内胚葉分化誘導されたiPS細胞をSox17の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図10】実施例6において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、中胚葉分化誘導されたiPS細胞の播種後7日目の細胞数を示した図である。
【
図11】実施例6において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、中胚葉分化誘導されたiPS細胞をBrachyuryとCD56の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図12】(A)は、実施例7において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、外胚葉分化誘導されたiPS細胞の細胞数の経時的変化を示した図であり、(B)は、実施例7において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、外胚葉分化誘導されたiPS細胞の播種後9日目の細胞数を示した図である。
【
図13】実施例7において、β-NMNを添加したiPS細胞用培養培地中で培養した後、外胚葉分化誘導されたiPS細胞をNestinとPax6の発現量で分画した結果を示した図である。
【
図14】実施例8において、β-NMNを添加した増殖用培養培地中で培養した間葉系幹細胞を骨分化誘導して得られた分化細胞の、アリザリンS染色画像である。
【
図15】実施例9において、β-NMNを添加した増殖用培養培地中で培養した間葉系幹細胞を脂肪分化誘導して得られた分化細胞の、オイルレッドO染色画像である。
【
図16】実施例9において、β-NMNを添加した増殖用培養培地中で培養した間葉系幹細胞を脂肪分化誘導して得られた分化細胞の、PPARγ遺伝子の相対発現量の測定結果を示した図である。
【
図17】実施例9において、β-NMNを添加した増殖用培養培地中で培養した間葉系幹細胞を脂肪分化誘導して得られた分化細胞の、Adiponectin遺伝子の相対発現量の測定結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明及び本願明細書において、多分化能性幹細胞とは、自己複製能を有し、かつ多分化能(多様な細胞種へ分化可能な能力)を備える未分化細胞であり、例えばES細胞、iPS細胞などの多能性幹細胞の他、間葉系幹細胞、造血幹細胞、神経幹細胞、皮膚幹細胞などの体性幹細胞が挙げられる。好ましくは外胚葉、中胚葉、内胚葉のいずれの細胞にも分化しうる多能性幹細胞である。
【0013】
本発明及び本願明細書において、「多分化能性幹細胞の分化を促進する」とは、多分化能性幹細胞を分化誘導した場合に得られる分化細胞の量が多くなることを意味する。具体的には、多分化能性幹細胞の分化促進には、多分化能性幹細胞の分化効率を向上させる態様と、分化誘導時の細胞増殖を促進する態様と、多分化能性幹細胞の分化効率を向上させ、かつ分化誘導時の細胞増殖を促進する態様と、がある。
【0014】
本発明に係る多分化能性幹細胞分化促進剤(以下、「本発明の分化促進剤」ということがある。)は、NMN(化学式:C11H15N2O8P)を有効成分とし、多分化能性幹細胞を分化させる際にその培養培地中に添加されるものである。NMNは、多分化能性幹細胞の各種胚葉性細胞や体細胞への分化効率を向上させたり、分化した体細胞の増殖性を高めることができる。このため、NMNの存在下で多分化能性幹細胞を分化させることにより、多分化能性幹細胞から分化細胞をより効率よく得ることができる。
【0015】
NMNには、光学異性体としてα、βの2種類が存在するが、本発明の分化促進剤の有効成分となるNMNは、β-NMN(CAS番号:1094-61-7)である。β-NMNの構造を下記に示す。
【0016】
【0017】
有効成分とするβ-NMNとしては、いずれの方法で調製されたものであってもよい。例えば、化学合成法、酵素法、発酵法等により、人工的に合成したβ-NMNを精製したものを、有効成分として用いることができる。また、β-NMNは広く生体に存在する成分である。このため、動物、植物、微生物などの天然原料から抽出・精製することによって得られたβ-NMNを有効成分として用いることもできる。また、市販されている精製されたβ-NMNを使用してもよい。
【0018】
β-NMNを合成する化学合成法としては、例えば、NAMとL-リボーステトラアセテートとを反応させ、得られたニコチンアミドモノヌクレオシドをリン酸化することによりβ-NMNを製造できる。また、酵素法としては、例えば、NAMと5’-ホスホリボシル-1’-ピロリン酸(PRPP)から、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(NAMPT)によりβ-NMNを製造できる。発酵法としては、例えば、NAMPTを発現している微生物の代謝系を利用して、NAMからβ-NMNを製造できる。
【0019】
本発明の分化促進剤の有効成分としては、β-NMNの薬理学的に許容される塩であってもよい。β-NMNの薬理学的に許容される塩としては、無機酸塩であってもよく、アミンのような塩基性部位を有する有機酸塩であってもよい。このような酸塩を構成する酸としては、例えば、酢酸、ベンゼンスルホン酸、安息香酸、カンファースルホン酸、クエン酸、エテンスルホン酸、フマル酸、グルコン酸、グルタミン酸、臭化水素酸、塩酸、イセチオン酸、乳酸、マレイン酸、リンゴ酸、マンデル酸、メタンスルホン酸、ムチン酸、硝酸、パモ酸、パントテン酸、リン酸、コハク酸、硫酸、酒石酸、p-トルエンスルホン酸等が挙げられる。また、β-NMNの薬理学的に許容される塩としては、アルカリ塩であってもよく、カルボン酸のような酸性部位を有する有機塩であってもよい。このような酸塩を構成する塩基としては、例えば、アルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩であって、水素化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化アルミニウム、水酸化リチウム、水酸化マグネシウム、水酸化亜鉛、アンモニア、トリメチルアンモニア、トリエチルアンモニア、エチレンジアミン、リジン、アルギニン、オルニチン、コリン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン、クロロプロカイン、プロカイン、ジエタノールアミン、N-ベンジルフェネチルアミン、ジエチルアミン、ピペラジン、トリス(ヒドロキシメチル)-アミノメタン、水酸化テトラメチルアンモニウム等の塩基から誘導されるものが挙げられる。
【0020】
本発明の分化促進剤の有効成分としては、遊離のβ-NMN又はβ-NMNの薬理学的に許容される塩の溶媒和物であってもよい。当該溶媒和物を形成する溶媒としては、水、エタノール等が挙げられる。
【0021】
本発明の分化促進剤は、β-NMNに加えてその他の有効成分を含有していてもよい。β-NMNと併用するその他の有効成分は、1種類のみであってもよく、2種類以上の組み合わせであってもよい。当該他の有効成分としては、例えば、アルブミン、アスコルビン酸、α-トコフェロール、インスリン、トランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、Rock阻害剤などの多分化能性幹細胞の生存効率や増殖効率を高めることが知られている成分や;バルプロ酸、ジメチルスルホキシド、デキサメタゾン、酪酸、トリコスタチンA、GSK3阻害剤、BMP阻害剤、Wnt阻害剤、アクチビン、ノギンなどの、多分化能性幹細胞の分化効率を高めることが知られている成分等の中から適宜選択して用いることができる。
【0022】
多分化能性幹細胞を分化誘導する際に、分化誘導用培養培地に本発明の分化促進剤を含有させることにより、多分化能性幹細胞の分化を促進させることができる。また、多分化能性幹細胞を分化誘導前に本発明の分化促進剤を含有する未分化細胞用培養培地で培養した後、本発明の分化促進剤を含有していない分化誘導用培養培地で培養することによっても、多分化能性幹細胞の分化を促進させることができる。分化誘導前に本発明の分化促進剤を含有する未分化細胞用培養培地で培養し、その後本発明の分化促進剤を含有する分化誘導用培養培地で培養してもよい。
【0023】
分化誘導用培養培地又は未分化細胞用培養培地に本発明の分化促進剤を含有させる量としては、当該分化促進剤を含有させていない培養培地で培養した場合と比較して多分化能性幹細胞を分化誘導して得られた分化細胞の量を多くするために充分な濃度となる量であれば特に限定されるものではなく、多分化能性幹細胞の種類や、目的の分化細胞の種類、培養培地への添加時期、培養培地のその他の成分とのバランス等を考慮して適宜調整することができる。培養培地のβ-NMN濃度が低すぎる場合には、多分化能性幹細胞に対する分化促進効果が弱いおそれがある。培養培地にβ-NMNを過剰量含有させた場合には、却って分化誘導や分化誘導時の細胞増殖が抑えられる可能性がある。培養培地の本発明の分化促進剤の含有量としては、β-NMN濃度が0.01~10mMとなる量であることが好ましく、0.05~5mMとなる量であることがより好ましく、0.1~1mMとなる量であることがさらに好ましい。β-NMN濃度が前記範囲内であることにより、多分化能性幹細胞の分化を充分に促進することができる。
【0024】
本発明の分化促進剤の存在下での多分化能性幹細胞の培養は、分化誘導用培養培地又は未分化細胞用培養培地に本発明の分化促進剤を含有させる以外は、常法により行うことができる。例えば、培養条件は、一般的に動物細胞を培養する培養条件とすることができ、必要に応じて適宜改変してもよい。例えば、培養温度が30~40℃、CO2濃度が1~10体積%、O2濃度が0.1~25体積%で培養できる。
【0025】
また、本発明の分化促進剤を含有させる未分化細胞用培養培地としては、例えば、一般的に、多分化能性幹細胞の維持又は増殖のために用いられる培地や、動物細胞の培養に用いられる培地を用いることができる。また、市販されている各種の多能性幹細胞のための培養培地を用いることもできる。本発明の分化促進剤を含有させる未分化細胞用培養培地としては、具体的には、イーグル最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、αイーグル最小必須培地(αMEM)、Iscove改変ダルベッコ培地(IMDM)、F-12培地、F-10培地、DMEM/F12培地、RPMI-1640培地、間葉系細胞基礎培地(MSCBM)、E8(Essential 8)培地、TeSR-E8培地、mTeSR1培地等が挙げられる。これらの培地に、必要に応じて、アミノ酸、無機塩類、ビタミン類、抗生物質等を添加してもよい。これらの培養培地には、多分化能性幹細胞の生存効率や増殖効率を高めることが知られている成分や、多分化能性幹細胞の未分化状態を維持する作用を有することが知られている成分等を適宜含有させてもよい。多分化能性幹細胞の生存効率を高める成分としては、例えば、Rho キナーゼ(ROCK)阻害剤が挙げられる。
【0026】
本発明の分化促進剤を含有させる分化誘導用培養培地としては、細胞の生存に必要な栄養分を含有する培養培地に、1種以上の分化誘導因子を含有させた培養培地を用いることができる。細胞の生存に必要な栄養分を含有する培養培地としては、前述の未分化細胞用培養培地が挙げられる。未分化細胞用培養培地に含有させる分化誘導因子としては、各種文献に記載されている多種多様な分化誘導因子の中から、使用する多分化能性幹細胞の種類、目的の分化細胞の種類等を考慮して適宜決定できる。その他、E6(Essential 6)培地等の市販されている分化誘導用培養培地を用いることもできる。これらの培養培地には、本発明の分化促進剤のほかに、多分化能性幹細胞の生存効率や増殖効率を高めることが知られている成分や、多分化能性幹細胞の分化を促進する作用を有することが知られている成分等を適宜含有させてもよい。
【0027】
本発明の分化促進剤によって分化が促進される多分化能性幹細胞としては、動物由来の多分化能性幹細胞が好ましく、哺乳類に由来する多分化能性幹細胞がより好ましく、ヒトに由来する多分化能性幹細胞がさらに好ましい。また、本発明の分化促進剤によって分化が促進される多分化能性幹細胞としては、動物由来のES細胞、iPS細胞、又は間葉系幹細胞であることが好ましく、哺乳類に由来するES細胞、iPS細胞、又は間葉系幹細胞であることがより好ましく、ヒトに由来するES細胞、iPS細胞、又は間葉系幹細胞であることがさらに好ましい。
【0028】
本発明の分化促進剤は、特に、外胚葉、中胚葉、内胚葉のいずれの細胞にも分化しうる多能性幹細胞の分化促進に用いられることが好ましく、ES細胞又はiPS細胞のいずれかの胚葉への分化の促進に用いられることが特に好ましい。例えば、ES細胞又はiPS細胞を、これらの多能性幹細胞を三胚葉の内のいずれかの胚葉にまで分化させる1種以上の分化誘導因子と本発明の分化促進剤とを含む分化誘導用培養培地で培養することにより、目的の胚葉細胞への分化を促進できる。
【実施例】
【0029】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0030】
なお、以降の実験において、iPS細胞用培養培地としては、DMEM/F12培地に、19.4mg/L インスリン、10.7mg/L トランスフェリン、64mg/L アスコルビン酸、14μg/L 亜セレン酸ナトリウム、100μg/L ヒトFGF2、2μg/L ヒトTGFβ1、543mg/L 炭酸水素ナトリウムになるように添加した培地を用いた。
【0031】
[実施例1]
iPS細胞の三胚葉分化におけるβ-NMNの効果を調べた。iPS細胞としては、ヒトiPS細胞201B7株を用いた。
【0032】
<培養>
U底96ウェルプレート「Nunclon Sphera 96U-well plate」(Thermo Fisher Scientific社製)にiPS細胞を10,000細胞/ウェルになるよう播種し、分化誘導用培養培地であるE6培地(Gibco社製)に、β-NMNを終濃度0、0.25、又は1mMとなるように、Rock阻害剤を終濃度10μMになるように、それぞれ添加した培地で1日培養した。Rock阻害剤は、Rho依存的アポトーシスを抑制するために添加した。播種後1日目と5日目に、播種時の培養培地からRock阻害剤を除いた培地で培地交換を行った。
【0033】
<RT-PCRによる各マーカーの発現量の測定>
播種後3日目と7日目の細胞をサンプリングし、RT-PCRを行って、未分化マーカー(Nanog、Sox2、Oct3/4、Lin28a、Klf4)、内胚葉マーカー(Sox17、AFP)、中胚葉マーカー(MSX1、Brachyury)、外胚葉マーカー(PAX6)の発現の発現量を調べた。具体的には、サンプリングした細胞から、RNA抽出用キット「RNeasy Mini Kit」(Qiagen社製)を用いてRNAを抽出し、抽出したRNAを鋳型に、逆転写用キット「SuperScript(登録商標) III First-Strand Synthesis System」(Thermo scientific社製)を用いてcDNAを合成した。得られたcDNAを用いて各マーカーの発現量をPCRにより評価した。内部標準遺伝子として、G3PDHをコントロールとした。
【0034】
PCR産物を電気泳動して分離した後、染色した結果を
図1に示す。図中、「Day 0」は播種直前の細胞の結果を、「Day 3」及び「Day 7」はそれぞれ播種後3日目と7日目の細胞の結果を示す。この結果から、β-NMN存在下で分化誘導した細胞では、β-NMN非存在下で培養した細胞よりも、各未分化マーカーの発現量が低下し、分化マーカーの発現量が上昇していることが示唆された。
【0035】
[実施例2]
iPS細胞の外胚葉分化誘導時におけるβ-NMNの効果を調べた。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0036】
<培養>
マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた12ウェルプレートにiPS細胞を8×105細胞/ウェルになるよう播種した。この12ウェルプレートの細胞を、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の外胚葉分化誘導用培養培地に、β-NMNを終濃度0、0.1、0.25、又は1mMとなるように、Rock阻害剤を終濃度10μMになるように、それぞれ添加した培地で1日培養した。播種後1日目から毎日、播種時の培養培地からRock阻害剤を除いた培地で培地交換を行った。
【0037】
<細胞数の経時的変化>
播種後2、4、又は7日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の細胞数の経時的変化を
図2(A)に、播種後7日目の細胞数を
図2(B)に、それぞれ示す。この結果、β-NMNを含有する外胚葉分化誘導用培養培地で培養した細胞のほうが、β-NMNを添加していない培地で培養した細胞よりも細胞数が多かった。この結果から、β-NMNによって、外胚葉への分化誘導時の細胞増殖性が向上することがわかった。
【0038】
<フローサイトメーターを用いた外胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
播種後2、4、又は7日目にサンプリングした細胞を、パラホルムアルデヒドで固定した後、サポニン含有PBSで膜透過処理を行った。次いで、蛍光標識した抗Nestin抗体(Biolegend社製、clone 10C2)及び蛍光標識した抗Pax6抗体(ベクトンディッキンソン社製、clone O18-1330)を用いて、細胞を染色した。染色された細胞を洗浄した後、フローサイトメーター「FACScaliber」(ベクトンディッキンソン社製)により、各細胞の抗Nestin抗体の蛍光強度と抗Pax6抗体の蛍光強度を解析した。NestinとPax6は、外胚葉の分化マーカーである。
【0039】
フローサイトメーターにより、各細胞を、NestinとPax6の発現量で分画した結果を
図3に示す。Nestin陽性でありかつPax6陽性である細胞が、外胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Nestin陽性Pax6陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、β-NMN存在下で培養した細胞のほうが、Nestin陽性Pax6陽性細胞の比率が高かった。すなわち、β-NMN添加により、外胚葉分化における分化効率が向上したことが確認された。
【0040】
これらの結果から、β-NMNは、外胚葉への分化誘導時に細胞の増殖性と分化効率の両方を向上させて、iPS細胞から外胚葉細胞への分化を促進することがわかった。
【0041】
[実施例3]
iPS細胞の中胚葉分化誘導時におけるβ-NMNの効果を調べた。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0042】
<培養>
マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた24ウェルプレートにiPS細胞を1×105細胞/ウェルになるよう播種した。この24ウェルプレートの細胞を、Rock阻害剤を終濃度10μMになるように添加したiPS細胞用培養培地で1日培養した。播種後1日目から毎日、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の中胚葉分化誘導用培養培地に、β-NMNを終濃度0、0.1、0.25、又は1mMとなるように添加した培地で培地交換を行った。播種後1日目の培地交換時のみ、前記中胚葉分化誘導用培養培地にβ-NMNと共にRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地に交換した。
【0043】
<細胞数の経時的変化>
播種後7日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の播種後7日目の細胞数を
図4に示す。この結果、β-NMNを含有する中胚葉分化誘導用培養培地で培養した細胞のほうが、β-NMNを添加していない培地で培養した細胞よりも細胞数が多かった。この結果から、β-NMNによって、中胚葉への分化誘導時の細胞増殖性が向上することがわかった。
【0044】
<フローサイトメーターを用いた中胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
播種後5又は7日目にサンプリングした細胞を、パラホルムアルデヒドで固定した後、サポニン含有PBSで膜透過処理を行った。次いで、蛍光標識した抗Brachyury抗体(Merck社製、clone 3E4.2)及び蛍光標識した抗CD56抗体(Biolegend社製、clone HCD56)を用いて、細胞を染色した。染色された細胞を洗浄した後、フローサイトメーター「FACScaliber」(ベクトンディッキンソン社製)により、各細胞の抗Brachyury抗体の蛍光強度と抗CD56抗体の蛍光強度を解析した。BrachyuryとCD56は、中胚葉の分化マーカーである。
【0045】
フローサイトメーターにより、各細胞を、BrachyuryとCD56の発現量で分画した結果を
図5に示す。Brachyury陽性でありかつCD56陽性である細胞が、中胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Brachyury陽性CD56陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、β-NMN存在下で培養した細胞とβ-NMN非存在下で培養した細胞のBrachyury陽性CD56陽性細胞の比率に明確な差異はなかった。特に、β-NMNを1mM添加した細胞では、β-NMN無添加で培養した場合よりも明らかにBrachyury陽性CD56陽性細胞の比率が低下していた。すなわち、β-NMN添加は、中胚葉分化における分化効率にあまり影響しないことが確認された。
【0046】
これらの結果から、β-NMNは、中胚葉への分化誘導時に細胞の増殖性を向上させるが、iPS細胞から中胚葉細胞への分化には明確な差異はなかった。
【0047】
[実施例4]
iPS細胞の内胚葉分化誘導時におけるβ-NMNの効果を調べた。iPS細胞としては、253G1株を用いた。
【0048】
<培養>
マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた24ウェルプレートにiPS細胞を3×105細胞/ウェルになるよう播種した。この24ウェルプレートの細胞を、Rock阻害剤を終濃度10μMになるように添加したiPS細胞用培養培地で1日培養した。播種後1日目から毎日、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の内胚葉分化誘導用培養培地に、β-NMNを終濃度0、0.1、0.25、又は1mMとなるように添加した培地で培地交換を行った。播種後1日目の培地交換時のみ、前記内胚葉分化誘導用培養培地にβ-NMNと共にRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地に交換した。
【0049】
<細胞数の経時的変化>
播種後7日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の播種後7日目の細胞数を
図6に示す。この結果、β-NMNを含有する内胚葉分化誘導用培養培地で培養した細胞のほうが、β-NMNを添加していない培地で培養した細胞よりも細胞数が多かった。この結果から、β-NMNによって、内胚葉への分化誘導時の細胞増殖性が向上することがわかった。
【0050】
<フローサイトメーターを用いた内胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
播種後5又は7日目にサンプリングした細胞を、パラホルムアルデヒドで固定した後、サポニン含有PBSで膜透過処理を行った。次いで、蛍光標識した抗Sox17抗体(ベクトンディッキンソン社製、clone P7-969)及び蛍光標識した抗CXCR4抗体(Biolegend社製、clone 12G5)を用いて、細胞を染色した。染色された細胞を洗浄した後、フローサイトメーター「FACScaliber」(ベクトンディッキンソン社製)により、各細胞の抗Sox17抗体の蛍光強度と抗CXCR4抗体の蛍光強度を解析した。Sox17とCXCR4は、内胚葉の分化マーカーである。
【0051】
フローサイトメーターにより、各細胞を、Sox17とCXCR4の発現量で分画した結果を
図7に示す。Sox17陽性でありかつCXCR4陽性である細胞が、内胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Sox17陽性CXCR4陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、β-NMN存在下で培養した細胞とβ-NMN非存在下で培養した細胞のSox17陽性CXCR4陽性細胞の比率に明確な差異はなかった。すなわち、β-NMN添加は、内胚葉分化における分化効率にあまり影響しないことが確認された。
【0052】
これらの結果から、β-NMNは、内胚葉への分化誘導時に細胞の増殖性を向上させるが、iPS細胞から内胚葉細胞への分化には明確な差異はなかった。
【0053】
[実施例5]
分化誘導前にβ-NMN存在下で培養することの、iPS細胞の内胚葉分化誘導に対する効果を調べた。iPS細胞としては、253G1株を用いた。
【0054】
<培養>
マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた培養用ディッシュに播種したiPS細胞を、iPS細胞用培養培地にβ-NMNを終濃度0、0.25、若しくは1mMとなるように、Rock阻害剤を終濃度10μMになるように、それぞれ添加した培地にRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地で、1日培養した。播種後1日目から毎日、播種時の培養培地からRock阻害剤を除いた培地で培地交換を行った。70~80%コンフルエンシーに達した時点で、培養用ディッシュからiPS細胞を剥離して回収した。
【0055】
回収したiPS細胞を、マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた24ウェルプレートにiPS細胞を3×105細胞/ウェルになるよう播種した。この24ウェルプレートの細胞を、培養用ディッシュ中で培養していた時の培養培地からβ-NMNを除き、さらにRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地中で1日培養した。播種後1日目から毎日、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の内胚葉分化誘導用培養培地で培地交換を行った。
【0056】
<細胞数の経時的変化>
播種後7日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の播種後7日目の細胞数を
図8に示す。この結果、β-NMNを含有するiPS細胞用培養培地で培養した後に内胚葉分化誘導がなされた細胞と、β-NMNを含有していないiPS細胞用培養培地で培養した後に内胚葉分化誘導がなされた細胞とは、細胞数において明確な差異はなかった。すなわち、未分化培養時におけるβ-NMN添加は、その後の内胚葉分化時の細胞増殖にあまり影響しないことが分かった。
【0057】
<フローサイトメーターを用いた内胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
播種後5又は7日目にサンプリングした細胞を、パラホルムアルデヒドで固定した後、サポニン含有PBSで膜透過処理を行った。次いで、蛍光標識した抗Sox17抗体(ベクトンディッキンソン社製、clone P7-969)及び蛍光標識した抗FoxA2抗体(ベクトンディッキンソン社製、clone N17-280)を用いて、細胞を染色した。染色された細胞を洗浄した後、フローサイトメーター「FACScaliber」(ベクトンディッキンソン社製)により、各細胞の抗Sox17抗体の蛍光強度と抗FoxA2抗体の蛍光強度を解析した。Sox17とFoxA2は、内胚葉の分化マーカーである。
【0058】
フローサイトメーターにより、各細胞を、Sox17の発現量で分画した結果を
図9に示す。Sox17陽性である細胞が、内胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Sox17陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、未分化培養時にβ-NMN存在下で培養したiPS細胞のほうが、β-NMN非存在下で培養したiPS細胞よりも、Sox17陽性細胞の比率が高かった。すなわち、未分化培養時にβ-NMN存在下で培養することにより、内胚葉分化における分化効率が向上したことが確認された。
【0059】
これらの結果から、iPS細胞を予めβ-NMN存在下で培養した後に内胚葉分化誘導を行うことにより、内胚葉への分化効率が向上し、iPS細胞から内胚葉細胞への分化が促進されることがわかった。
【0060】
[実施例6]
分化誘導前にβ-NMN存在下で培養することの、iPS細胞の中胚葉分化誘導に対する効果を調べた。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0061】
<培養>
iPS細胞を、実施例5と同様にして培養用ディッシュ中で培養し、70~80%コンフルエンシーに達した時点で、培養用ディッシュからiPS細胞を剥離して回収した。
回収したiPS細胞を、マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた24ウェルプレートにiPS細胞を1×105細胞/ウェルになるよう播種した。この24ウェルプレートの細胞を、培養用ディッシュ中で培養していた時の培養培地からβ-NMNを除き、さらにRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地中で1日培養した。播種後1日目から毎日、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の中胚葉分化誘導用培養培地で培地交換を行った。
【0062】
<細胞数の経時的変化>
播種後7日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の播種後7日目の細胞数を
図10に示す。この結果、β-NMNを含有するiPS細胞用培養培地で培養した後に中胚葉分化誘導がなされた細胞のほうが、β-NMNを含有していないiPS細胞用培養培地で培養した後に中胚葉分化誘導がなされた細胞よりも、細胞数が多かった。すなわち、未分化培養時におけるβ-NMN添加によって、その後の中胚葉分化時の細胞増殖が向上することが分かった。
【0063】
<フローサイトメーターを用いた中胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
実施例3と同様にして、播種後5又は7日目にサンプリングした細胞を、蛍光標識した抗Brachyury抗体及び蛍光標識した抗CD56抗体で染色し、フローサイトメーターにより、各細胞の抗Brachyury抗体の蛍光強度と抗CD56抗体の蛍光強度を解析した。
【0064】
フローサイトメーターにより、各細胞を、BrachyuryとCD56の発現量で分画した結果を
図11に示す。Brachyury陽性でありかつCD56陽性である細胞が、中胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Brachyury陽性CD56陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、中胚葉分化誘前にβ-NMN存在下で培養した細胞とβ-NMN非存在下で培養した細胞の、分化誘導後のBrachyury陽性CD56陽性細胞の比率に明確な差異はなかった。すなわち、未分化培養時のβ-NMNは、その後の中胚葉分化誘導における分化効率にあまり影響しないことが確認された。
【0065】
これらの結果から、iPS細胞を予めβ-NMN存在下で培養した後に中胚葉分化誘導を行うことにより、中胚葉分化誘導時の細胞増殖性が向上したが、iPS細胞から中胚葉細胞への分化には明確な差異が確認されなかった。
【0066】
[実施例7]
分化誘導前にβ-NMN存在下で培養することの、iPS細胞の外胚葉分化誘導に対する効果を調べた。iPS細胞としては、201B7株を用いた。
【0067】
<培養>
iPS細胞を、実施例5と同様にして培養用ディッシュ中で培養し、70~80%コンフルエンシーに達した時点で、培養用ディッシュからiPS細胞を剥離して回収した。
回収したiPS細胞を、マトリゲル(コーニング社製)で製造元プロトコルに従いコーティングされた24ウェルプレートにiPS細胞を3×105細胞/ウェルになるよう播種した。この24ウェルプレートの細胞を、培養用ディッシュ中で培養していた時の培養培地からβ-NMNを除き、さらにRock阻害剤を終濃度10μMになるように添加した培地中で1日培養した。播種後1日目から毎日、「STEMdiff Trilineage Differentiation kit」(STEMCELL technology社製)の外胚葉分化誘導用培養培地で培地交換を行った。
【0068】
<細胞数の経時的変化>
播種後7又は9日目の細胞をサンプリングし、細胞数をカウントした。各細胞の細胞数の経時的変化を
図12(A)に、播種後9日目の細胞数を
図12(B)に、それぞれ示す。この結果、β-NMNを含有するiPS細胞用培養培地で培養した後に外胚葉分化誘導がなされた細胞のほうが、β-NMNを含有していないiPS細胞用培養培地で培養した後に外胚葉分化誘導がなされた細胞よりも、細胞数が多かった。すなわち、未分化培養時におけるβ-NMN添加によって、その後の外胚葉分化時の細胞増殖が向上することが分かった。
【0069】
<フローサイトメーターを用いた外胚葉分化マーカー発現細胞の測定>
実施例2と同様にして、播種後7又は9日目にサンプリングした細胞を、蛍光標識した抗Nestin抗体及び蛍光標識した抗Pax6抗体で染色し、フローサイトメーターにより、各細胞の抗Nestin抗体の蛍光強度と抗Pax6抗体の蛍光強度を解析した。
【0070】
フローサイトメーターにより、各細胞を、NestinとPax6の発現量で分画した結果を
図13に示す。Nestin陽性でありかつPax6陽性である細胞が、外胚葉に分化した細胞である。図中のパーセンテージは、Nestin陽性Pax6陽性細胞の細胞全量に対する比率(%)を示す。この結果、外胚葉分化誘前にβ-NMN存在下で培養した細胞とβ-NMN非存在下で培養した細胞の、分化誘導後のNestin陽性Pax6陽性細胞の比率に明確な差異はなかった。すなわち、未分化培養時のβ-NMNは、その後の外胚葉分化誘導における分化効率にあまり影響しないことが確認された。
【0071】
これらの結果から、iPS細胞を予めβ-NMN存在下で培養した後に外胚葉分化誘導を行うことにより、外胚葉分化誘導時の細胞増殖性が向上したが、iPS細胞から外胚葉細胞への分化には明確な差異は認められなかった。
【0072】
[実施例8]
分化誘導前にβ-NMN存在下で培養することの、間葉系幹細胞の骨分化誘導に対する効果を調べた。間葉系幹細胞としては、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(Lonza社製、Cat# PT5006)を用いた。
【0073】
<培養培地>
増殖用培地としては、「MSCGM Bullet Kit」(Lonza社製、Cat# PT3001)に適宜をβ-MNMを添加した培地を用いた。
骨分化誘導用培地としては、α-MEM培地に、ウシ胎児血清を終濃度10容量%、デキサメタゾンを終濃度10nM、βグリセロリン酸を終濃度10mM、アスコルビン酸を終濃度50μg/mL、ペニシリン-ストレプトマイシンを終濃度0.1%となるように添加した培地を用いた。
【0074】
<間葉系幹細胞の培養>
間葉系幹細胞を、β-MNM無添加の増殖用培地を用いて、培養用ディッシュに5×103細胞/cm2となるよう播種し、37℃、5体積%(CO2)で1日静置培養した。播種から1日経過後から2日おきに、β-MNMを終濃度0、0.1又は0.25mMとなるように添加した増殖用培地で培地交換を行った。
また、培養用ディッシュ内の細胞密度が80~90%コンフルエンシーになった時点で、継代を行った。継代は、まず、培養用ディッシュから上清を除き、PBSで洗浄した後、「1×Tryple Select」(Gibco社製)を添加し、37℃、5体積%(CO2)で4分間静置した。静置後、ディッシュを軽くたたいて細胞を剥離させた後、増殖用培地を添加し、ピペッティングにより細胞をシングル化した。次いで、このシングル化した細胞を、β-MNMを添加した増殖用培地に分散させ、培養用ディッシュに5×103細胞/cm2となるよう播種し、37℃、5体積%(CO2)で静置培養した。
4回継代培養を行った細胞を、以降の分化アッセイに使用した。
【0075】
<分化誘導>
β-MNMに馴化した細胞を、48ウェルプレートに2×104細胞/ウェルとなるよう播種し、37℃、5体積%(CO2)でウェル内の細胞密度が80~90%コンフルエンシーになるまでβ-MNMを含有させた増殖用培地で培養し、その後骨分化誘導用培地へ交換した。培地交換は3~4日に1度行い、分化誘導開始から14日目に、染色試験を行った。
【0076】
<染色試験>
分化誘導後の細胞について、アリザリンレッドSを用いて沈着カルシウムの染色を行い、位相差顕微鏡にて染色状態を確認した。
【0077】
染色画像を
図14に示す。β-NMN非添加(0mM)の細胞に比べ、0.1mM又は0.25mMのβ-NMNを添加した培地で培養した細胞は、カルシウム沈着が強くみられた。これらの結果から、β-NMN存在下で増殖培養した細胞は骨への分化が促進されることが示唆された。
【0078】
[実施例9]
分化誘導前にβ-NMN存在下で培養することの、間葉系幹細胞の脂肪分化誘導に対する効果を調べた。間葉系幹細胞としては、実施例8と同様に、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(Lonza社製、Cat# PT5006)を用いた。
【0079】
<培養培地>
増殖用培地としては、実施例8と同様に、「MSCGM Bullet Kit」(Lonza社製、Cat# PT3001)に適宜をβ-MNMを添加した培地を用いた。
脂肪分化誘導用培地としては、DMEM-High Glucose培地に、ウシ胎児血清を終濃度10容量%、IBMXを終濃度0.5mM、デキサメタゾンを終濃度1μM、インドメタシンを終濃度200μM、ペニシリン-ストレプトマイシンを終濃度0.1%となるように添加した培地を用いた。
【0080】
<間葉系幹細胞の培養>
分化誘導前の間葉系幹細胞の培養は、実施例8と同様にして行った。
【0081】
<分化誘導>
分化誘導は、骨分化誘導用培地に代えて脂肪分化誘導用培地を用いた以外は、実施例8と同様にして行った。分化誘導開始から14日目に、染色試験及び細胞のRNAの回収を行った。
【0082】
<染色試験>
分化誘導後の細胞について、オイルレッドOを用いて細胞内脂肪滴の染色を行い、位相差顕微鏡にて染色状態を確認した。
【0083】
染色画像を
図15に示す。β-NMN非添加(0mM)の細胞に比べ、0.1mM又は0.25mMのβ-NMNを添加した培地で培養した細胞は、多くの脂肪滴の蓄積がみられた。
【0084】
<qPCR測定>
分化誘導後の細胞から、「RNeasy Mini Plus Kit」(QIAGENE社製)を用いてRNAを抽出し、これを鋳型として、「SuperScript(登録商標)III First-Strand Synthesis Super Mix」(Invitrogen社製)を用いてcDNAを合成した。得られたcDNAを鋳型とし、表1に記載のプライマーと試薬「TB Green Fast qPCR Mix」(TaKaRa社製)を用いてqPCRを行い、PPARγ遺伝子、Adiponectin遺伝子、及びGAPDH遺伝子の発現量を測定した。測定機器は、リアルタイムPCRシステム「7500 Fast Real-Time PCR System」(Applied Biosystems社製)を使用した。GAPDH遺伝子は内部標準として用いた。
【0085】
【0086】
脂肪へ分化誘導した細胞のqPCRの結果から、各遺伝子の相対発現量を求めた。β-NMN非添加(0mM)の細胞の遺伝子発現量を1とした。
図16はPPARγ遺伝子の相対発現量の測定結果を、
図17はAdiponectin遺伝子の相対発現量の測定結果を、それぞれ示す。PPARγ及びAdiponectinは、いずれも脂肪分化マーカーである。β-NMN非添加(0mM)の細胞に比べ、0.1mM又は0.25mMのβ-NMNを添加した培地で培養した細胞は、両遺伝子の発現量の増加が確認された。
【0087】
オイルレッドO染色及びqPCRの結果から、β-NMN存在下で増殖培養した細胞は、脂肪への分化が促進されることが示唆された。
【配列表】