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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-02
(45)【発行日】2023-06-12
(54)【発明の名称】認知症治療薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20230605BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230605BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230605BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019088444
(22)【出願日】2019-05-08
(65)【公開番号】P2020183905
(43)【公開日】2020-11-12
【審査請求日】2022-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】504174180
【氏名又は名称】国立大学法人高知大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】麻生 悌二郎
(72)【発明者】
【氏名】安川 孝史
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/060742(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0028875(US,A1)
【文献】特表2018-513841(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0271463(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0268247(US,A1)
【文献】WILSON, C. H. et al.,Nuclear receptor binding protein 1 regulates intestinal progenitor cell homeostasis and tumour formation,The EMBO Journal,2012年,Vol.31,p.2486-2497,https://doi.org/10.1038/emboj.2012.91
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/68
G01N 33/50
G01N 33/15
A61K 45/00
A61P 25/28
A61K 48/00
A61K 31/713
C12N 15/12
C12N 15/113
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
認知症治療薬をスクリーニングするための方法であって、
被検化合物の存在下または非存在下、BRI2および/またはBRI3とNRBP1とを反応させる工程、
被検化合物の存在下および被検化合物の非存在下で、BRI2および/またはBRI3-NRBP1複合体の量を比較する工程、および、
被検化合物の存在下での上記量が被検化合物の非存在下での上記量よりも少ない被検化合物を特定する工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
更に、TSC22D4によりNRBP1を二量体化する工程を含む請求項1に記載の方法。
【請求項3】
更に、TSC22D3によりNRBP1を二量体化する工程を含む請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記認知症がアルツハイマー病である請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
上記認知症が家族性英国型認知症および/または家族性デンマーク型認知症である請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重篤な副作用のない認知症治療薬をスクリーニングするための方法、および認知症治療剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
全世界における認知症の患者数は、2016年の時点で4700万人であり、2050年には1億人をはるかに超えると予測されている。よって、世界中の研究機関や製薬会社が認知症治療薬の開発に取り組んでいるが、未だに根本的な治療薬の開発に至っていない。
【0003】
現在認可されているアルツハイマー病(AD)治療薬はアセチルコリン等の神経伝達物質のモジュレーターであり、対症療法に過ぎないため効果は一時的で、認知症の進行を阻止できない。そこで、認知症を根本的に治療できる薬剤が探索されている。
【0004】
アルツハイマー病の原因としては、以下の仮説がたてられている。先ず、アミロイドβ(Aβ)が脳の神経細胞外に蓄積し、老人斑を形成すると、タウタンパク質のリン酸化が起こって凝集し、神経原線維変化を起こす。次にAβの蓄積の過程で生じるオリゴマーや神経原線維変化が神経細胞の機能障害を誘発し、細胞死に至らしめるとされている。アミロイドβは、アミロイドタンパク質前駆体(APP)がβ-セクレターゼにより切断されてAPPカルボキシ末端フラグメント(β-CTF)が生成した後、β-CTFがγ-セクレターゼにより切断されることにより生成し、オリゴマー化することが知られている。そこで、アルツハイマー治療薬として、γ-セクレターゼやβ-セクレターゼの阻害剤が検討されている(特許文献1等)。
【0005】
しかし、セクレターゼは生体内で様々なタンパク質を分解する重要な働きがあるため、セクレターゼ阻害剤の投与により、例えば皮膚がんや肝障害などの重篤な副作用が確認されている。よって、セクレターゼ阻害剤は、認知症の治療薬としては問題が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2013/108780号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したように、認知症の真の治療薬であって重篤な副作用のないものは未だ開発されていないのが現状である。そこで本発明は、認知症の根本的な治療薬であって重篤な副作用のないものをスクリーニングするための方法、および認知症の治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、アミロイド前駆体タンパク質プロセシングやアミロイドβのオリゴマー化を阻害するBRI2およびBRI3を分解するCullin-RINGユビキチンリガーゼ(CRL)の基質受容体としてNRBP1を同定し、NRBP1とBRI2/BRI3の相互作用を指標とすれば、重篤な副作用のない認知症治療薬をスクリーニングできることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0009】
[1] 認知症治療薬をスクリーニングするための方法であって、
被検化合物の存在下または非存在下、BRI2および/またはBRI3とNRBP1とを反応させる工程、
被検化合物の存在下および被検化合物の非存在下で、BRI2および/またはBRI3-NRBP1複合体の量を比較する工程、および、
被検化合物の存在下での上記量が被検化合物の非存在下での上記量よりも少ない被検化合物を特定する工程を含むことを特徴とする方法。
[2] 更に、TSC22D4によりNRBP1を二量体化する工程を含む上記[1]に記載の方法。
[3] 更に、TSC22D3によりNRBP1を二量体化する工程を含む上記[1]または[2]に記載の方法。
[4] 上記認知症がアルツハイマー病である上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 上記認知症が家族性英国型認知症および/または家族性デンマーク型認知症である上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[6] NRBP1、TSC22D3、およびTSC22D4からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現または機能を阻害する化合物を有効成分として含む認知症治療剤。
[7] 上記化合物が、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子およびTSC22D4遺伝子からなる群より選択される遺伝子をノックダウンするものである上記[6]に記
載の認知症治療剤。
[8] 上記化合物が、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子およびTSC22D4遺伝子からなる群より選択される遺伝子のsiRNAである上記[7]に記載の認知症治療剤。
【発明の効果】
【0010】
従来の認知症治療薬は、アセチルコリン等の神経伝達物質のモジュレーターであることから症状の進行を根本的に停止することができないものであるか、或いは生体内において多様な機能を示すセクレターゼの阻害剤であるため、重篤な副作用が問題になっていた。
それに対して、本発明方法によれば、アルツハイマー病の原因とされているアミロイドβのオリゴマー化や凝集を阻害するBRI2およびBRI3の分解を抑制する化合物を認知症治療薬としてスクリーニングすることができる。よって、本発明方法により見出された認知症治療薬は、アミロイドβのオリゴマー化や凝集を直接抑制できるため、重篤な副作用を示さないか或いはほとんど示さないと考えられる。また、理論上、本発明方法により見出された認知症治療薬は、アルツハイマー病のみならず家族性英国型認知症および家族性デンマーク型認知症の治療薬にもなり得る。
よって本発明は、今後、患者数の激増が予想される認知症の治療に寄与できるものとして、産業上非常に価値が高いといえる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、NRBP1とCul2との相互作用とTSC22DFとの関係を明らかにするための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図2図2は、NRBP1の二量化とTSC22DFとの関係を明らかにするための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図3図3は、NRBP1およびCul2の安定性とTSC22DFとの関係を明らかにするための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図4図4は、NRBP1-ユビキチンリガーゼの基質を探索するための実験の原理を示す模式図である。
図5図5は、BRI3がNRBP1-ユビキチンリガーゼの基質であることを証明するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図6図6は、BRI3がNRBP1-ユビキチンリガーゼの基質であることを証明するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図7図7は、BRI2がNRBP1-ユビキチンリガーゼの基質であることを証明するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図8図8は、BRI2がNRBP1-ユビキチンリガーゼの基質であることを証明するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図9図9は、NRBP1が細胞内のBRI2およびBRI3の安定性に影響を及ぼすか否かを調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図10図10は、NRBP1が細胞内のBRI2およびBRI3の安定性に影響を及ぼすか否かを調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図11図11は、外来性発現NRBP1の存在下、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2とBRI3のユビキチン化へのCul2とCul4Aの関与を調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図12図12は、外来性発現NRBP1の存在下、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2とBRI3のユビキチン化へのCul2とCul4Aの関与を調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図13図13は、外来性発現NRBP1の非存在下、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2とBRI3のユビキチン化へのCul2とCul4Aの関与を調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図14図14は、外来性発現NRBP1の非存在下、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2とBRI3のユビキチン化へのCul2とCul4Aの関与を調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図15図15は、NRBP1とCul4Aとの相互作用とTSC22D3/TSC22D4との関係を明らかにするための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図16図16は、NRBP1の二量体化に重要なアミノ酸配列を特定するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図17図17は、NRBP1二量体がCul2およびCul4Aと結合してCul2/Cul4Aを含む二量体型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成するか否かを調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図18図18は、Cul2またはCul4Aとの結合性に重要なNRBP1のアミノ酸配列を特定する実験に用いたNRBP1変異体のアミノ酸配列を示す図である。
図19図19は、単量体型NRBP1の各変異体とCul2またはCul4Aとの相互作用を調べるための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図20図20は、野生型NRBP1または各変異型NRBP1を共発現させた場合におけるBRI2およびBRI3のユビキチン化傾向を示す免疫ブロット画像である。
図21図21は、NRBP1二量体を含むCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体の模式図である。
図22図22は、野生型NRBP1または単量体型NRBP1のBRI2およびBRI3に対する結合能を示す免疫ブロット画像である。
図23図23は、NRBP1におけるBRI3との結合に重要なアミノ酸配列を特定するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図24図24は、BRI3におけるNRBP1との結合に重要なアミノ酸配列を特定するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図25図25は、BRI2およびBRI3におけるNRBP1との結合に重要なアミノ酸配列を特定するための実験の結果を示す免疫ブロット画像である。
図26図26は、NRBP1、TSC22D3またはTSC22D4の遺伝子のノックダウンによる内在性BRI2およびBRI3の量の変化を示す免疫ブロット画像である。
図27図27は、NRBP1、TSC22D3またはTSC22D4の遺伝子のノックダウンによるアミロイドβの量の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明方法を工程毎に説明する。
1.NRBP1の二量体化工程
本工程では、TSC22D4、TSC22D3、またはTSC22D4とTSC22D3との組み合わせによりNRBP1の二量体化を促進する。本工程の実施は任意であり、NRBP1単量体でもBRI2および/またはBRI3に対する結合能を示すが、NRBP1単量体に比べてNRBP1二量体の方がより安定であるため、本工程を実施することが好ましい。
【0013】
TSC22D4は転写抑制因子として知られているが、本発明者らの実験的知見によれば、NRBP1の安定性を著しく増加させ、その二量体化を促進し、且つNRBP1二量体を分解から保護する。
【0014】
TSC22D3は、プロアポトーシス因子BCL2L11のダウンレギュレーションにつながるFOXO3A転写活性の阻害を介して、IL2欠乏誘導アポトーシスからT細胞を保護する。マクロファージでは、グルココルチコイドとIL10の抗炎症作用と免疫抑制作用で重要な役割を果たす。本発明者らの実験的知見によれば、TSC22D3は、NRBP1の立体構造変化を誘導してNRBP1二量体と共にCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成するCul2およびCul4Aに対する親和性を高め、NRBP1とCul2およびCul4Aとの相互作用を安定化させる。
【0015】
上記の通り、NRBP1に対するTSC22D4とTSC22D3の作用機序が異なることから、TSC22D4とTSC22D3を併用することが好ましい。
【0016】
Cullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体は、足場タンパク質であるCullinのほか、E2との結合性を有するRbxタンパク質、アダプタータンパク質および基質受容体により構成される。ヒトではこれまでにCul1、Cul2、Cul3、Cul4A、Cul4B、Cul5、Cul7、PARCの8種類のCullinサブタイプが報告されている。これらの内、Cul2とCul5はアダプタータンパク質としてElongin BCを基質受容体としてBC-boxタンパク質を用いる。一方、Cul4AとCul4Bはアダプタータンパク質としてDDB1を基質受容体としてH-boxタンパク質を用いることが明らかとなっている。
【0017】
NRBP1(Nuclear Receptor Binding Protein 1)は、おそらくRho型GTPaseとの相互作用により、小胞体とゴルジ体の間の細胞内輸送に関与していると考えられているタンパク質である。NRBP1は、そのC末端でLisHモチーフを介して二量体化する。本発明者らは、NRBP1が二量体化し、更にCul2およびCul4と結合してCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成することを見出した。よって本工程では、NRBP1の二量体化をより一層促進する点で実施することが好ましい。
【0018】
本工程では、TSC22D4、またはTSC22D4およびTSC22D3をNRBP1に添加するのみであってもよいが、NRBP1遺伝子と、TSC22D4遺伝子またはTSC22D3遺伝子とTSC22D4遺伝子により細胞を形質転換し、共発現させてもよい。ここで用いられる細胞としては、形質転換実験で一般的に用いられるヒト由来細胞であれば特に制限されないが、例えば、HeLa細胞やHEK293T細胞を用いることができる。
【0019】
2.相互作用工程
本工程では、被検化合物の存在下または非存在下、BRI2および/またはBRI3とNRBP1とを反応させる。以下、「および/または」を単に「/」と略記する場合がある。
【0020】
被検化合物は、認知症治療効果を試験すべき化合物であれば特に制限されない。試験のし易さの観点では水溶性のものが好ましいが、水溶性が十分でない化合物の場合には、反応が阻害されない範囲で溶媒としての水にエタノール等の水混和性溶媒を添加してもよいし、界面活性剤を併用してもよい。
【0021】
反応液における被検化合物の濃度は、被検化合物の適度な濃度が不明であったり、NRBP1およびBRI2/BRI3の濃度にも依存するため適宜調整することが好ましいが、例えば10μM以上、150μM以下程度の範囲で調整すればよい。
【0022】
BRIファミリーは、タイプII膜貫通タンパク質ファミリーに属し、BRI1~3がある。BRI2が全身性の発現を示すのに対し、BRI1とBRI3の発現は限局的で、BRI1が骨や軟骨で発現するのに対して、BRI3は主に中枢神経系で発現する。また、BRI2とBRI3はアミロイド前駆体タンパク質(APP)への結合能を有し、それにより両タンパク質はβ-セクレターゼによるAPPのN末端フラグメントの切断を阻害し、また、BRI2はγ-セクレターゼによるAPPのC末端フラグメントの切断を阻害する。更に、BRI2とBRI3はアミロイドβのオリゴマー化を阻害する。
【0023】
本発明者らは、NRBP1の二量体がCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成し、BRI2およびBRI3の基質受容体として機能することを見出した。ユビキチン-プロテアソーム系は基質特異的なタンパク質分解システムであり、ポリユビキチン鎖が結合した標的タンパク質がプロテアソームにより分解される。よって、NRBP1とBRI2またはBRI3との結合を阻害する化合物は、アミロイドβの形成を阻害し、アミロイドβのオリゴマーや凝集体を原因とする認知症の治療薬になり得る。
【0024】
NRBP1とBRI2/BRI3とを相互作用させる条件は特に制限されず、適宜調整すればよい。例えば、NRBP1およびBRI2/BRI3を含む溶液に、被検化合物を添加し或いは添加せず、20℃以上、40℃以下程度で30分間以上、50時間以下程度インキュベートすればよい。また、NRBP1は単量体でも二量体でもよいが、安定性がより高いことからNRBP1二量体が好ましい。
【0025】
また、NRBP1とBRI2/BRI3を含む溶液は、NRBP1遺伝子とBRI2/BRI3の遺伝子により細胞を形質転換し、培養し、ホモジェネートした後に不溶成分を除去した溶液であってもよい。また、例えば、上記細胞にはTSC22D4またはTSC22D3とTSC22D4の遺伝子も導入する等して、上記NRBP1の二量体化工程を相互作用工程と同時に実施してもよい。
【0026】
3.比較工程
本工程では、上記相互作用工程において形成されたBRI2/BRI3-NRBP1複合体の量を、被検化合物の存在下と被検化合物の非存在下とで比較する。
【0027】
BRI2/BRI3-NRBP1複合体の量は、常法により定性的または定量的に測定すればよく、定量的に測定することが好ましい。例えば、NRBP1とBRI2/BRI3との複合体の形成を免疫沈降法により確認し、免疫ブロットによりその量を複合体のバンドの濃淡で定性的に比較できるが、NanoBit(R)やNanoBRET(R)など、タンパク質間の相互作用を発光強度により定量評価できるシステムを用いることが好ましい。
【0028】
例えばNanoBit(R)では、NRBP1およびBRI2/BRI3の一方とルシフェラーゼをベースに作製されたLarge Bitとを融合させたタンパク質をコードする遺伝子と、他方とSmall Bitとを融合させたタンパク質をコードする遺伝子により細胞を形質転換し、被検化合物の存在下または非存在下、形質転換細胞を培養する。NRBP1とBRI2/BRI3が相互作用すると、Large BitとSmall Bitも相互作用して発光酵素が形成されることから、NRBP1とBRI2/BRI3の相互作用を発光強度として定量化することができる。NanoBit(R)は、一般的なルミノメーターを用いて簡便に測定できるという利点がある。
【0029】
NanoBRET(R)では、NRBP1およびBRI2/BRI3の一方にエネルギー転移ドナーとしてルシフェラーゼを、他方にエネルギー転移アクセプターとして蛍光リガンドで標識されたタンパク質を導入したタンパク質をコードする遺伝子により細胞を形質転換し、被検化合物の存在下または非存在下、形質転換細胞を培養する。NRBP1とBRI2/BRI3が相互作用すると、上記ルシフェラーゼと蛍光リガンド標識タンパク質が近接し、BRET(Bioluminescence Resonance Energy Transfer)が起こって蛍光シグナルが発せられる。NRBP1とBRI2/BRI3の相互作用を、この蛍光シグナルの強度として定量化することができる。
【0030】
4.特定工程
本工程では、被検化合物の存在下でのBRI2/BRI3-NRBP1複合体の量が被検化合物の非存在下でのBRI2/BRI3-NRBP1複合体の量よりも少ない被検化合物を、認知症治療薬として特定する。
【0031】
上述した通り、Cullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体においてNRBP1二量体が分解標的タンパク質の受容体として働くので、本発明方法により見出された認知症治療薬は、NRBP1二量体とBRI2/BRI3の相互作用を阻害することにより、アミロイドβ前駆体タンパク質からのアミロイドβの生成を阻害し、また、アミロイドβのオリゴマー化を阻害することにより、アミロイドβが関与する認知症の進行を根本的に阻害すると考えられる。また、本発明に係る認知症治療薬は、生体内酵素の働きを阻害するものではなく、アミロイドβが関与する認知症の進行を負に調整するBRI2/BRI3の分解を阻害するものであるので、重篤な副作用を起こさないと考えられる。
【0032】
また、BRI2遺伝子の2つの突然変異が家族性英国型認知症(FBD)および家族性デンマーク型認知症(FDD)の原因として特定されており、両認知症では正常BRI2タンパク質の減少によりアミロイドβの生成とオリゴマー化が亢進し、アルツハイマー病類似の病像を呈することが知られている。よって本発明方法により見出された認知症治療薬は、アルツハイマー病のみでなく家族性英国型認知症と家族性デンマーク型認知症にも効果的であると考えられる。
【0033】
また、本工程で認知症治療薬として特定された化合物が、NRBP1ユビキチンリガーゼによるBRI2/BRI3のユビキチン化を実際に抑制するか否かを二次評価することが好ましい。かかる工程により、特定された化合物が認知症治療薬として実際に効果を示す可能性が高まる。例えば、特定された化合物の存在下または非存在下において、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2/BRI3のユビキチン化が実際に抑制されるか否かを、ユビキチン化されたBRI2/BRI3を脱ユビキチン化やプロテアソームによる分解から保護するTR-TUBE(Trypsin-Resistant Tandem Ubiquitin-binding Entity)の存在下、免疫沈降-ウェスタンブロット、或いはウェスタンブロットのみにより確認する。
【0034】
上述した通り、本発明者らの実験的知見によれば、NRBP1の二量体化とCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体の形成がアミロイドβの産生を促進し、TSC22D3とTSC22D4がNRBP1の二量体化とE3複合体の形成を促進する。よって、NRBP1、TSC22D3およびTSC22D4からなる群より選択される1以上のタンパク質の発現または機能を阻害する化合物は、認知症治療剤の有効成分として有効であると考えられる。
【0035】
上記化合物としては、例えば、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子およびTSC22D4遺伝子からなる群より選択される遺伝子をノックダウンするものが挙げられる。更に、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子およびTSC22D4遺伝子からなる群より選択される遺伝子のsiRNAが挙げられる。
【0036】
siRNAは、標的mRNAに相補的な塩基配列を有するアンチセンス鎖と、アンチセンス鎖に相補的なセンス鎖からなる二本鎖核酸であり、通常、21~25mer程度の短鎖RNAであり、各末端は2塩基TTが突出している構造を有する。siRNAは標的mRNAに結合し、RNA干渉を起こすことにより標的mRNAが切断される。例えば、以下のsiRNAを挙げることができる。
【0037】
siRNA1: 配列番号1~12から選択される1以上の塩基配列とTT配列を有するアンチセンス鎖を含むsiRNA;
【0038】
siRNA2: 上記siRNA1に規定される塩基配列において、1個または2個の塩基が欠損、置換および/または付加された塩基を有し、且つ、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子またはTSC22D4遺伝子に対する親和性がsiRNA1に比べて同等またはより高いsiRNA;
siRNA3: 上記siRNA1に規定される塩基配列に対して90%以上の配列同一性を有する塩基配列を有し、且つ、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子またはTSC22D4遺伝子に対する親和性がsiRNA1に比べて同等またはより高いsiRNA。
【0039】
上記siRNA2において、欠損、置換および/または付加の数、即ち変異の数としては、1個が好ましい。また、上記siRNA3において、上記配列同一性としては、95%以上が好ましく、98%以上または99%以上がより好ましく、99.5%以上がより更に好ましい。
【0040】
本発明に係る認知症治療剤の形態は特に制限されないが、注射剤とすることが好ましい。具体的には、有効成分がsiRNAである場合、NRBP1遺伝子、TSC22D3遺伝子およびTSC22D4遺伝子からなる群より選択される1以上の遺伝子に対応するmRNAの一部と相補的なアンチセンス鎖を含むsiRNAを、生理食塩水やリン酸緩衝液などに溶解して体液と等張または略等張の溶液を注射剤とすることができる。
【0041】
本発明に係る認知症治療剤の投与量は、患者の重篤度、年齢、体重、性別などに応じて適宜調整すればよいが、例えば、体重1kgあたり0.1ng/kg以上、100mg/kg以下とすることができ、好ましくは1ng/kg以上、10mg/kg以下である。本発明に係る認知症治療剤の投与頻度も適宜調整すればよいが、例えば、1ヶ月あたり1回以上、1日あたり1回以下とすることができる。
【実施例
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0043】
実施例1: NRBP1の二量化とCul2との相互作用とTSC22DFとの関係
図1に示す組み合わせで、FLAGタグ付きNRBP1、Cul2、およびTSC22DFメンバーを、HeLa細胞で共発現させた。次いで、細胞を50mM Tris-HCl、150mM NaCl、1mM DTT、0.5%Triton X-100、10%グリセロール、プロテアーゼインヒビターカクテル錠(Roche社製)を含む緩衝液(pH8.0)で細胞を溶解した後、4℃、10,000×gで遠心分離することにより細胞溶解物を得た。
更に、図1,2に結果を示す実験では、細胞溶解物にFLAGタグに対する抗体を加え、4℃で1時間インキュベートした後、プロテインA/G-アガロースビーズ(Santa Cruz社製)を加えて4℃で1時間インキュベートした。アガロースビーズを40mM Hepes-NaOH、150~1000mM NaCl、1mM DTT、0.5%Triton X-100、および10%グリセロールを含む緩衝液(pH7.9)で5回洗浄した。
細胞溶解物および免疫沈降したタンパク質をSDS-PAGEにかけ、ポリビニリデンジフルオリド膜(Millipore社製)に移し、抗体を用いた免疫ブロッティングにより分析した。メーカーの指示に従って、免疫ブロットをWestern Lightning Plus-ECL(Perkin Elmer社)、Immobilon Western(Millipore社)、またはSuperSignal West Femto chemiluminescent reagent(Pierce社)のいずれかで可視化した。
その結果、NRBP1に付加したFLAGタグに対する抗体を使って免疫沈降させたビーズにはNRBP1と相互作用するタンパク質が検出されるところ、図1に示される結果の通り、TSC22DFメンバーの非存在下では、NRBP1とCul2は検出可能なほど相互作用しなかった。一方、TSC22D3の存在によって、NRBP1とCul2との会合は著しく増加した。また、TSC22D3と各TSC22DFタンパク質との同時発現の効果を分析した。その結果、TSC22D3とTSC22D4とを共発現させた場合、NRBP1とCul2との会合は最も顕著に増加した。
【0044】
また、NRBP1二量体化に対するTSC22DFタンパク質の効果を、NRBP1の異なるタグ付きバージョンを同時トランスフェクトすることによって分析した。図2に示される結果の通り、TSC22D3とTSC22D4の両方が過剰発現されたとき、NRBP1二量体の形成は最も顕著に増強された。
【0045】
更に、TSC22D3とTSC22D4を共発現させると、NRBP1の発現が増加することも観察され、TSC22D4との相互作用がNRBP1の安定性を高める可能性があることが示唆された。実際、シクロヘキシミド追跡分析によれば、TSC22D3はNRBP1の安定性にほとんど影響を及ぼさなかったが、TSC22D4はその安定性を著しく増加させた。また、図3に示される結果の通り、TSC22D3とTSC22D4の両方を共発現させるとCul2の安定性も増加した。
【0046】
以上の実験結果をまとめると、TSC22D3は、Cul2に対する親和性を増加させるようにNRBP1の立体構造変化を誘導するか、NRBP1とCul2との間の相互作用を安定化させ、また、TSC22D4は、NRBP1の二量体化を促進し、それを分解から保護した。このように、TSC22D3とTSC22D4は異なるメカニズムによってNRBP1の二量体化やNRBP1-Cul2の結合を促進するための分子シャペロンとして働くので、TSC22D3またはTSC22D4単独でも効果があるのみならず、TSC22D3とTSC22D4の併用により更に顕著な効果が得られると考えられる。
【0047】
実施例2: BRI3とBRI2がNRBP1-ユビキチンリガーゼの基質であることの証明
NRBP1は、第330~357位にBC-boxとCul2-boxを有し、Cul2-boxにCul2が結合してCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成する。
本実験では、Cul2-boxに、I348A、P349AおよびL353Aの変異を有する変異体であるNRBP1-IPLを作製した。NRBP1-IPLは、Cul2との結合のために重要と予測された第348位、第349位および第353位のアミノ酸残基をアラニンに置換したものである。具体的には、ユビキチン鎖結合プローブであるTR-TUBE、TSC22D3、TSC22D4、およびFLAGタグ付き野生型(WT)NRBP1またはNRBP1-IPLを、HEK293T細胞において共発現させた(図4)。免疫ブロッティングの結果によれば(図5)、野生型NRBP1とTR-TUBEを共発現する細胞ではユビキチン化が明確に認められたが、NRBP1-IPLとTR-TUBEを共発現する細胞では認められなかった。
HEK293T細胞における外来性発現NRBP1とBRI3の間の相互作用も共免疫沈降分析によって調べた。図6に示される結果の通り、ユビキチン化やプロテアソームによる分解はNRBP1-IPLよりも野生型NRBP1の場合に効率的に進行すると予想されるところ、BRI3とNRBP1-IPLとの共免疫沈降に比べて、BRI3と野生型NRBP1との共免疫沈降の方が実質的に少なかった。この結果は、野生型NRBP1からCullin-RING型E3ユビキチンリガーゼ複合体が形成され、BRI3が分解されたことによると考えられる。
BRI3は、マウスおよびヒトの両方においてホモログBRI1、BRI2およびBRI3を含むBRI遺伝子ファミリーのメンバーである。BRI2およびBRI1は、それぞれBRI3と43.7%および38.3%のアミノ酸配列同一性を示す。そこで、BRI1とBRI2がNRBP1の基質であるか否か調べた。その結果、共免疫沈降分析により、HEK293T細胞において、BRI2とBRI1のうち、BRI2のみがNRBP1と結合することが判明した。また、図7に示される結果の通り、BRI3と同様に、BRI2とNRBP1-IPLとの共免疫沈降に比べて、BRI2と野生型NRBP1との共免疫沈降の方が少なかった。更に、図8に示される結果の通り、NRBP1-IPLとTR-TUBEを同時発現する細胞よりも、野生型NRBP1とTR-TUBEを同時発現する細胞において、実質的により多くのユビキチン化BRI2が検出された。
BRI2遺伝子における突然変異は、野生型BRI2に比べてアミノ酸残基数が11多く、それぞれ家族性英国型認知症(FBD)と家族性デンマーク型認知症(FDD)を引き起こす変異体タンパク質FBD-BRI2とFDD-BRI2の産生を導く。そこで、これら2つの変異型タンパク質がNRBP1の基質でもあるか否か調べた。その結果、FBD-BRI2およびFDD-BRI2の両方とも、野生型BRI2と同様に、NRBP1-IPLと相互作用し、また、野生型BRI2の場合とほぼ同程度のユビキチン化が、野生型NRBP1遺伝子とTR-TUBE遺伝子を発現する細胞において観察された。
次に、NRBP1が細胞内のBRI2およびBRI3の安定性に影響を及ぼすか否かを調べた。シクロヘキシミド追跡実験によれば、図9に示される結果の通り、NRBP1-IPL遺伝子が過剰発現している細胞と比較して、野生型NRBP1遺伝子が過剰発現している細胞において、BRI2およびBRI3の両方の安定性が低下していた。また、図10に示される結果の通り、BRI2およびBRI3の安定性は、対照細胞と比較してNRBP1ノックダウン細胞で増加した。
以上の結果をまとめると、NRBP1含有ユビキチンリガーゼ複合体がBRI2とBRI3の両方をユビキチン化し、細胞内でのそれらの代謝回転を調節することが明らかになった。
【0048】
実施例3: NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2とBRI3のユビキチン化へのCul2とCul4Aの関与
NRBP1は、そのアミノ酸配列中にCul2-boxを含み、TSC22D3およびTSC22D4の存在下、Cul2と会合する。そこで、(1)Cul2がNRBP1依存性のBRI2およびBRI3のユビキチン化に寄与するか否かと、(2)E2ユビキチン結合酵素の動員に関与する領域を欠くために触媒として不活性な種々のドミナントネガティブ(DN)Cullinを用いて、他のCullinサブタイプが同様の作用を示すか否か調べた。これらの実験において、本発明者らは、野生型NRBP1、TSC22D3およびTSC22D4を安定的に発現するHEK293T細胞に、DN-Cul2、DN-Cul3、DN-Cul4A、DN-Cul4BまたはDN-Cul5、およびBRI2またはBRI3を外来性に発現させて、HAタグ付きTR-TUBEを用いたインビボユビキチン化アッセイを行った。
図11に示すように、BRI2とBRI3の両方のユビキチン化は、DN-Cul2だけでなくDN-Cul4Aの同時発現によっても劇的に減少した。また、Cul2とCul4Aの過剰発現が、BRI2とBRI3のユビキチン化に影響を与えるかどうかを調べた。図12に示される結果の通り、BRI2およびBRI3のユビキチン化は、Cul2またはCul4Aのいずれかの共発現によって明らかに強く増強された。図13および図14に示される結果の通り、外来性NRBP1遺伝子が発現されなかった細胞においても、これらのユビキチン化のDN-Cul2依存性の減少とDN-Cul4A依存性の減少、並びにCul2依存性の増強とCul4A依存性の増強の両方が観察された。
これらの結果は、BC-boxタンパク質であるNRBP1が、BC-box含有基質受容体と共に作用することが以前より知られているCul2だけでなく、驚くべきことにCul4Aとも協働して、BRI2およびBRI3のユビキチン化を調節することを示す。
【0049】
実施例4: NRBP1二量体化のCul2/Cul4A型E3複合体形成における役割
本発明者らの上記データは、NRBP1が関与するBRI2とBRI3のユビキチン化におけるCul2とCul4Aの両方の役割を支持するので、NRBP1がCul4Aとも複合体を形成するか否かにつき調べた。図15に示す結果の通り、NRBP1とCul4Aは、外来性発現されたTSC22DFタンパク質の非存在下では細胞内で相互作用しなかった。しかしながら、Cul4AおよびDDB1とNRBP1との会合は、TSC22D3とTSC22D4の同時発現によって著しく増加した。
NRBP1は、第406~479位のアミノ酸残基を介してホモ二量体化することが知られている。NRBP1の第465~476位には、LIS1タンパク質の二量体化に関わる配列として見出されたL-X-X-L-X-X-X-L-X-X-X-Lモチーフ(LisHモチーフ)と同様の配列が含まれる。NRBP1におけるこれらLeu残基の繰り返しがその二量体化にとって重要であるかどうかを調べるために、本発明者らは2つのNRBP1置換変異体、即ちNRBP1[L465E;L468E;L472E;L476E](LisH-M1)およびNRBP1[L464E;L465E;L466E;L468E;L472E;L476E](LisH-M2)と、3つの欠失変異体、即ちNRBP1[Δ(464-476)]、NRBP1[Δ(466-485)]、およびNRBP1[Δ(406-479)]を構築した。これらの変異体のそれぞれとV5タグ付き野生型NRBP1との共免疫沈降分析を行ったところ、図16に示される結果の通り、LisH変異体の全てにおいて野生型NRBP1と相互作用する能力が低下していることが示されたことから、LisHドメインがNRBP1の二量体化に重要であることが分かった。
【0050】
NRBP1はホモ二量体化することができ、そしてまたCul2およびCul4Aの両方と相互作用することができるので、NRBP1がCul2およびCul4Aと結合してCul2/Cul4Aを含む二量体型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成する可能性が考えられる。この可能性を調べるために、それぞれ異なるタグを付加されたCul2およびCul4Aを、TSC22D3およびTSC22D4の存在下で、野生型NRBP1、または二量体を形成できないNRBP1変異体であるLisH-M2と共免疫沈降させた。その結果、図17に示される通り、Cul2およびCul4Aは、外来性発現された野生型NRBP1との相互作用が認められたが、LisH-M2との相互作用は認められなかった。注目すべきことに、野生型NRBP1の存在下では、Cul2およびCul4Aの何れもがホモ二量体を形成できることが判明した。これらの知見は、単量体型ではなく二量体型のNRBP1のみがCul2およびCul4Aと結合して、Cul2/Cul4Aを含む二量体型E3ユビキチンリガーゼ複合体を形成できることを示唆する。
【0051】
実施例5: BRI2とBRI3のユビキチン化に対するNRBP1の二量体化能とCul2およびCul4Aとの結合能の寄与
CRL4Aユビキチンリガーゼでは、基質受容体DCAF中のWD40モチーフおよびH-boxと呼ばれる短いα-ヘリックスモチーフが、DCAFとCul4Aとの相互作用を橋渡しするアダプタータンパク質DDB1との相互作用に関与している。NRBP1はWD40モチーフを持たないが、標準的なBC-box配列を含むNRBP1の第331~343位には潜在的なH-boxモチーフ配列が存在する。注目すべきことに、潜在的なH-box配列は、CRL2の別の基質受容体であるFEM1BのBC-box配列にも存在する。NRBP1およびFEM1BにおけるこれらH-box配列の機能的意義を明らかにし、同時に、Cul2またはCul4Aとの結合性が選択的に損なわれているNRBP1変異体を同定するために、本発明者らは、更に3つのNRBP1変異体を構築した。内1つは、HBxおよびDCAF1においてDDB1への結合に重要なH-boxモチーフの第9位の電荷を変更すべく、NRBP1の第339位のヒスチジンをグルタミン酸に置換したNRBP1[H339E](H-box-M1)であり、もう一つは、予測されるα-ヘリックスを完全に破壊するため第336位のロイシンをプロリンに置換する変異を加えたNRBP1[L336P;H339E](H-box-M2)である。残りの一つは、NRBP1のH-boxをFEM1BのH-box(第595~607位)とほぼ同一の配列で置き換えたH-box-M3である(図18)。外来性に発現された野生型またはこれら変異型H-box配列を有するNRBP1が内在性NRBP1と二量体を形成するのを防ぐために、本発明者らは、第406~479位のアミノ酸配列を欠失させて二量体化できないようにした単量体型のNRBP1構築物を解析に用いた。
図19に示される結果の通り、HAタグ付きCul2またはCul4AとFLAGタグ付きの単量体型NRBP1各変異体との共免疫沈降分析によれば、NRBP1[Δ(406-479)]および単量体型H-box-M3がCul2およびCul4Aの両方と会合することが明らかにされた。対照的に、単量体型のH-box-M1は、Cul2に結合した一方でCul4Aとの結合性の減少を示したが、単量体型のH-box-M2ではCul2およびCul4Aの両方への結合性が顕著に損なわれた。予想通り、単量体型のNRBP1-IPLにおいてはCul2に対する結合性が選択的に損なわれていた。
これらの結果は、NRBP1およびFEM1Bの潜在的なH-box配列が、Cul4Aとの会合に関与していることを示唆している。
【0052】
NRBP1は、TSC22D3およびTSC22D4の存在下で、二量体化し、Cul2およびCul4Aの両方と結合できるので、細胞内では、単量体型のCRL2またはCRL4A、ホモ二量体型のCRL2またはCRL4A、およびCRL2/CRL4Aヘテロ二量体型など、様々なNRBP1含有CRL複合体が形成され得る。NRBP1の二量体化とCul2およびCul4Aとの結合が、NRBP1-ユビキチンリガーゼによるBRI2およびBRI3のユビキチン化に必要であるかどうかを調べるために、BRI2またはBRI3をTSC22D3、TSC22D4、HAタグ付きTR-TUBEおよび野生型または変異型のNRBP1と共発現させたHEK293T細胞を用いて、インビボユビキチン化アッセイを行った。
図20に示される結果の通り、明らかに増加したユビキチン化BRI2およびBRI3の蓄積が、野生型NRBP1を共発現する細胞において観察されたが、ユビキチン化BRI2およびBRI3の蓄積は、LisH-M2、NRBP1-IPL、H-box-M1、H-box-M2、およびH-box-M3を共発現する細胞においては減弱するか或いは観察されなかった。NRBP1-IPLおよびH-box-M1が、H-box-M2およびLisH-M2よりもわずかに多いユビキチン化BRI2およびBRI3の蓄積を示したのは、前者が細胞内で内在性NRBP1と少なくとも部分的にヘテロ二量体化し、NRBP1-IPLまたはH-box-M1と各二量体化パートナーが、それぞれCul4AまたはCul2、およびCul2またはCul4Aと結合し、E3ユビキチンリガーゼ活性を発揮することができたためと推測される。
これらの結果は、二量体化だけでなく、Cul2およびCul4Aの両方との結合もNRBP1機能にとって重要であり、図21に示すCRL2およびCRL4Aを含むヘテロ二量体型のNRBP1-ユビキチンリガーゼのみが効率的にBRI2およびBRI3をユビキチン依存性のタンパク分解に導くことができることを示唆する。
更に、H-box-M3については、Cul2とCul4Aの両方との結合性を保持しているにも関わらず、BRI2およびBRI3に対するユビキチン化能が損なわれていたことから、NRBP1とFEM1B間のBC/H-boxの配列の違いは、多少なりともNRBP1のE3ユビキチンリガーゼ活性に寄与しているものと考えられる。
【0053】
次に、NRBP1の二量体化が基質の認識に影響を与えるか否かを調べた。BRI2またはBRI3のいずれかを、TSC22D3、TSC22D4およびFLAGタグ付きの野生型またはLisH-M2変異を伴うNRBP1とHEK293T細胞で共発現させ、抗FLAG抗体を用いた共免疫沈降分析を行った。なお、BRI2およびBRI3のユビキチン化と分解を防ぐために、細胞はプロテアソーム/プロテアーゼ阻害剤(「MG132」BostonBiochem社製)で処理した。図22に示すように、野生型NRBP1およびLisH-M2は、BRI2およびBRI3に対して同程度の結合能を示した。この結果は、NRBP1の二量体化がBRI2およびBRI3に対する親和性にほとんど影響を及ぼさないことを示唆する。
【0054】
実施例6: NRBP1とBRI2/BRI3との結合に重要な位置の特定
基質との相互作用に必要なNRBP1領域を調査するために、一連のFLAGタグ付きNRBP1欠失変異体を作製し、それらがVSV-Gタグ付きBRI2またはBRI3と会合する能力について試験した。
図23に示される結果の通り、C末端欠失変異体Δ(328~535)はBRI3に結合することができず、N末端欠失変異体Δ(2~72)、Δ(2~327)、およびΔ(2~405)は全て結合することができた。この結果は、BRI3との結合にはNRBP1のN末端は必要ではないこと、および第406~535位のアミノ酸残基が相互作用に十分であることを示している。しかしながら、NRBP1欠失変異体Δ(406~535)は依然としてBRI3に結合することができたので、第328~405位および第406~535位の内の少なくとも2つの領域が相互作用に寄与することが示唆された。同様の結果がBRI2でも得られた。
【0055】
本発明者らは、更に一連のVSV-Gタグ付きBRI3欠失変異体およびBRI2欠失変異体とFLAGタグ付きNRBP1との相互作用を調べた。
図24に示される結果の通り、Δ(91~120)、Δ(121~150)、およびΔ(181~210)などのBRI3内部欠失変異体は、NRBP1に結合できなかった。より小さな欠失を有する一連の変異体を用いた更なる分析によれば、BRI3の2つの中央部分である第121~140位および第191~210位が相互作用にとって重要である。
更に、図25に示される結果の通り、BRI3またはBRI2の第61~135位および第81~210位または第61~136位および第77~210位からなる切断型欠失変異体は、NRBP1に結合する能力を保持していた。各タンパク質のルーメン側部分は重要であり、フリンプロテアーゼによる切断後に分泌されるC末端ペプチド部分は、相互作用に必要ではないということである。
【0056】
実施例7: NRBP1とTSC22D3/TSC22D4がBRI2とBRI3の分解およびAPPプロセシングに関与することの確認
NRBP1の過剰発現がTSC22D3およびTSC22D4の存在下でBRI2およびBRI3のユビキチン化をもたらしたので、次に本発明者らは、内在性NRBP1またはTSC22D3/TSC22D4のノックダウンがアミロイド前駆体タンパク質(APP)プロセシングおよび神経細胞からのアミロイドβの産生に影響を及ぼすか否かを調べた。
F11細胞に、対照siRNA、NRBP1を標的とするsiRNA(配列番号1~4)、TSC22D3を標的とするsiRNA(配列番号5~8)、TSC22D4を標的とするsiRNA(配列番号9~12)、またはNRBP1、TSC22D3およびTSC22D4を標的とするsiRNA(配列番号1~12)をトランスフェクトした。トランスフェクションの24時間後、培地を交換し、細胞を更に24時間インキュベートし、そして細胞溶解物および馴化培地を調製した。
図26に示される結果の通り、RNAiによるNRBP1、TSC22D3またはTSC22D4のいずれかのノックダウンは、内在性BRI2およびBRI3の量の増加をもたらし、培地中のsAPPαではなくsAPPβのレベルも中程度に減少した。また、図27に示される結果の通り、NRBP1、TSC22D3またはTSC22D4のいずれかをノックダウンすると、分泌されたAβ40およびAβ42のレベルは有意に減少させた。これら結果は、神経細胞におけるアミロイド形成経路がこれらタンパク質の内在性レベルによって微調整されることを示唆している。
更に、図26に示される結果の通り、分泌されたIDEはやや増加したが、細胞溶解物中のBACE1はNRBP1、TSC22D3またはTSC22D4の遺伝子のノックダウンによって明らかに減少した。注目すべきことに、図27に示される結果の通り、低濃度のsiRNAを用いた3種類の遺伝子すべての同時ノックダウンは、NRBP1、TSC22D3またはTSC22D4のいずれかをコードする遺伝子のノックダウンと比較して、分泌されたアミロイドβの更なる減少を引き起こした。
以上の結果は、NRBP1およびシャペロンタンパク質TSC22D3/TSC22D4が、協働して細胞内BRI2およびBRI3の代謝回転を調節することにより、アミロイドβの産生を制御していることを示唆するものである。
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