(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-05
(45)【発行日】2023-06-13
(54)【発明の名称】縮合多環系有機顔料及び着色剤
(51)【国際特許分類】
C09B 47/04 20060101AFI20230606BHJP
C09B 67/20 20060101ALI20230606BHJP
C09B 67/04 20060101ALI20230606BHJP
C09B 48/00 20060101ALI20230606BHJP
C09D 11/037 20140101ALI20230606BHJP
【FI】
C09B47/04 CSP
C09B67/20 B
C09B67/04
C09B67/20 C
C09B48/00 Z
C09D11/037
(21)【出願番号】P 2018220208
(22)【出願日】2018-11-26
【審査請求日】2021-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100177471
【氏名又は名称】小川 眞治
(74)【代理人】
【識別番号】100163290
【氏名又は名称】岩本 明洋
(74)【代理人】
【識別番号】100149445
【氏名又は名称】大野 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】山田 頌悟
(72)【発明者】
【氏名】大竹 英弘
【審査官】水野 明梨
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-080298(JP,A)
【文献】国際公開第2015/064703(WO,A1)
【文献】特開2005-234141(JP,A)
【文献】特開2016-011374(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 1/00-69/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴法による水との接触角が80°以下であり、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角が60°以下であり、XPS分析による酸素元素濃度O(atm%)と窒素吸着法によるBET比表面積S(m
2/g)の比O/Sが0.020以上であ
り、前記縮合多環系有機顔料が、フタロシアニン系顔料およびキナクリドン系顔料からなる群から選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする縮合多環系有機顔料。
【請求項2】
請求項
1に記載の縮合多環系有機顔料を含有する印刷インキ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、印刷インキ、塗料、着色成形品、文具、捺染、トナー、カラーフィルタ、インクジェット用インク、化粧品用など広範な用途に用いることができる縮合多環系有機顔料に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、着色を目的とする有機顔料は微細な粒子からなっている。たとえば、グラビア印刷、フレキソ印刷等の印刷インキや塗料のように、微細な一次粒子の凝集体である顔料を媒体中に分散する場合において、粒子の凝集をほぐすために長時間強い力をかけて分散したり、分散剤を添加したりするなどの工夫がなされている。
【0003】
中でも、フタロシアニン系顔料やキナクリドン系顔料などの縮合多環系有機顔料を用いた場合、流動性に係る問題が顕著であり、流動性向上のために縮合多環系有機顔料に対し表面処理の検討がなされてきた。例えば、顔料誘導体処理、ロジン処理、界面活性剤処理、樹脂系分散剤処理、プラズマ処理などの方法がある。しかしながら、このような方法であっても、使用する用途によってはインキが高粘度となったり、保存中のインキの増粘(粘度上昇)による流動性低下が現れる場合があった。
【0004】
特に、フタロシアニン系顔料やキナクリドン系顔料を印刷用インキに用いた場合のインキの粘度や、その分散安定性が課題となっている。インキの増粘はインキ製造時の分散機での分散不良や、装置の停止、印刷物の仕上がりの低下を引き起こすこともあり、解決が希求されている課題である。
【0005】
このような中、縮合多環系有機顔料であるフタロシアニン系顔料と、特定のフタルイミドメチル銅フタロシアニン誘導体を併用し、良好な分散性となる適切な水およびジエチレングリコールとの接触角を持つβ型銅フタロシアニン顔料組成物を得る方法(特許文献1)が提案されている。
【0006】
しかしながら、これらの方法であっても実用上十分なインキの粘度上昇の抑制、安定性の向上が達成されない場合があった。より具体的には、従来の方法によっては、印刷インキとして要求される分散性に関する諸特性((1)インキの初期粘度、(2)インキの経時粘度、など。)の何れにおいても実用上十分な粘度が達成されているとは言えない実情がある。インキの粘度が高いと、例えば、版かぶりが生じやすくなるなど印刷適性に悪影響を与え、その結果、印刷物の仕上がりを低下させる。版かぶりを防ぐため、溶剤やワニスで希釈しインキ粘度を下げると、相対的にインキ中の顔料濃度が低下し、十分な印刷濃度が得られないことがある。また、インキは製造後、配送、貯蔵されてから使用されるため、分散安定性が低いと、貯蔵後にインキの粘度が上昇し、印刷時に予期せぬ版かぶりなどの印刷適性の低下を招く。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のような実情を鑑み、本発明が解決しようとする課題は、優れた分散性と分散安定性を有する縮合多環系有機顔料を提供することにある。より具体的には、印刷インキ用途に使用する際の(1)インキの初期粘度、(2)インキの経時粘度の何れにおいても実用上十分な印刷適性を付与する粘度が達成された縮合多環系有機顔料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、より優れた流動性を示す縮合多環系有機顔料を見出すべく、印刷インキ中の複数の成分間の相互作用を鋭意検討した結果、顔料粒子表面を改質し、水及び有機溶剤に対しそれぞれ特定の接触角を有し、かつ、顔料粒子表面の酸素元素濃度を特定の値となるよう調整することで前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち本発明は、
『項1.液滴法による水との接触角が80°以下であり、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角が60°以下であり、XPS分析による酸素元素濃度O(atm%)と窒素吸着法によるBET比表面積S(m2/g)の比O/Sが0.020以上であることを特徴とする縮合多環系有機顔料。
項2.縮合多環系有機顔料が、フタロシアニン系顔料およびキナクリドン系顔料からなる群から選ばれる少なくとも一種である項1に記載の縮合多環系有機顔料。
項3.項1または2に記載の縮合多環系有機顔料を含有する印刷インキ。』
に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の縮合多環系有機顔料によれば、優れた分散性と分散安定性を有する縮合多環系有機顔料が得られるという格別顕著な効果を奏するものである。より具体的には、縮合多環系有機顔料を印刷インキ用途に使用する際の(1)インキの初期粘度、(2)インキの経時粘度の何れにおいても実用上十分な粘度が達成可能である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
本発明は、液滴法による水との接触角が80°以下であり、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角が60°以下であり、かつ、XPS分析による酸素元素濃度O(atm%)と窒素吸着法によるBET比表面積S(m2/g)の比O/Sが0.020以上であることを特徴とする縮合多環系有機顔料である。このような本発明の縮合多環系有機顔料を印刷インキに使用した際、優れた流動性を示す。
【0014】
<縮合多環系有機顔料の説明>
本発明に用いる縮合多環系有機顔料は、有機顔料の中でもベンゼン環や複素環を持った環状構造の有機顔料を意味する。本発明に用いる縮合多環系有機顔料の例としては、C.I.ピグメントブルー15、C.I.ピグメントブルー15:1、C.I.ピグメントブルー15:2、C.I.ピグメントブルー15:3、C.I.ピグメントブルー15:4、C.I.ピグメントブルー15:5、C.I.ピグメントブルー15:6、C.I.ピグメントブルー16、C.I.ピグメントブルー17、C.I.ピグメントブルー75、C.I.ピグメントブルー79、C.I.ピグメントグリーン7、C.I.ピグメントグリーン36、C.I.ピグメントグリーン58、C.I.ピグメントグリーン59、C.I.ピグメントグリーン62、C.I.ピグメントグリーン63などのフタロシアニン系顔料、C.I.ピグメントバイオレット19、C.I.ピグメントバイオレット42、C.I.ピグメントバイオレット55、C.I.ピグメントレッド122、C.I.ピグメントレッド202、C.I.ピグメントレッド206、C.I.ピグメントレッド207、C.I.ピグメントレッド209、C.I.ピグメントオレンジ48、C.I.ピグメントオレンジ49などのキナクリドン系顔料、C.I.ピグメントバイオレット23、C.I.ピグメントバイオレット34、C.I.ピグメントバイオレット35、C.I.ピグメントバイオレット37、C.I.ピグメントブルー80などのジオキサジン系顔料、C.I.ピグメントレッド123、C.I.ピグメントレッド149、C.I.ピグメントレッド178、C.I.ピグメントレッド179、C.I.ピグメントレッド190、C.I.ピグメントレッド224、C.I.ピグメントバイオレット29、C.I.ピグメントブラック31、C.I.ピグメントブラック32などのペリレン系顔料、C.I.ピグメントオレンジ43、C.I.ピグメントレッド194などのペリノン系顔料、C.I.ピグメントイエロー109、C.I.ピグメントイエロー110、C.I.ピグメントイエロー173、C.I.ピグメントイエロー179、C.I.ピグメントオレンジ61、C.I.ピグメントブラウン38などのイソインドリノン系顔料、C.I.ピグメントイエロー139、C.I.ピグメントイエロー185、C.I.ピグメントオレンジ66、C.I.ピグメントオレンジ69、C.I.ピグメントレッド260などのイソインドリン系顔料、C.I.ピグメントレッド88、C.I.ピグメントレッド181、C.I.ピグメントレッド279、C.I.ピグメントバイオレット36、C.I.ピグメントバイオレット38などのチオインジゴ系顔料、C.I.ピグメントレッド83、C.I.ピグメントレッド89、C.I.ピグメントレッド168、C.I.ピグメントレッド177、C.I.ピグメントレッド182、C.I.ピグメントレッド216、C.I.ピグメントレッド226、C.I.ピグメントレッド251、C.I.ピグメントレッド263、C.I.ピグメントブルー60、C.I.ピグメントイエロー24、C.I.ピグメントイエロー99、C.I.ピグメントイエロー108、C.I.ピグメントイエロー123、C.I.ピグメントイエロー199、C.I.ピグメントバイオレット31、C.I.ピグメントオレンジ40、C.I.ピグメントオレンジ51、C.I.ピグメントバイオレット5:1、C.I.ピグメントブラック20などのアントラキノン系顔料、C.I.ピグメントイエロー138、C.I.ピグメントイエロー231などのキノフタロン系顔料、C.I.ピグメントオレンジ71、C.I.ピグメントオレンジ73、C.I.ピグメントオレンジ81、C.I.ピグメントレッド254、C.I.ピグメントレッド255、C.I.ピグメントレッド264、C.I.ピグメントレッド270、C.I.ピグメントレッド272などのジケトピロロピロール系顔料、C.I.ピグメントイエロー117、C.I.ピグメントイエロー129、C.I.ピグメントイエロー150、C.I.ピグメントイエロー153、C.I.ピグメントオレンジ65、C.I.ピグメントオレンジ68、C.I.ピグメントレッド257、C.I.ピグメントレッド271、C.I.ピグメントグリーン8、C.I.ピグメントグリーン10などの金属錯体系顔料などが挙げられる。
【0015】
本発明に用いる縮合多環系有機顔料としては、市販品を用いても良いし、公知慣用の方法で製造して用いても良い。もちろん製造後に適宜公知の処理を加えて用いても良く、例えば、顔料誘導体処理、界面活性剤処理、ロジン処理、樹脂処理を加えて用いても良い。さらに、印刷インキ、塗料、着色成形品、文具、捺染、トナー、カラーフィルタ、インクジェット用インク、化粧品用に顔料粒子サイズや粒子の形態、粒子表面電荷の調整、制御を行っても良い。BET法による比表面積の高い縮合多環系有機顔料をインキに使用するとインキの粘度が高くなり、比表面積が低い場合はインキの着色力が低くなってしまうため、縮合多環系有機顔料のBET法による比表面積は、20~130m2/gの範囲が好ましく、50~100m2/gの範囲がより好ましい。
【0016】
<縮合多環系有機顔料の接触角の説明>
本発明者らは、後述する液滴法による水との接触角が80°以下であり、かつ、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角が60°以下にある縮合多環系有機顔料を調製することにより、ポリウレタンインキにおいて、優れた流動性が得られること、すなわち初期粘度、経時粘度のいずれにおいても顕著に優れた増粘抑制が得られることを見出した。
【0017】
上記構成の着想に際し、本発明者らは、各種印刷インキ調製時に顔料を分散する工程に着目した。
【0018】
縮合多環系有機顔料の分散工程を過程ごとに分割すると、縮合多環系有機顔料粒子の凝集体を溶剤に濡らす過程と、続いて、凝集体を機械的に顔料粒子まで解砕する過程と、最後に、再凝集を防ぐため顔料粒子表面に樹脂などを吸着させる分散安定化の過程がある。よって、顔料の溶剤に対する濡れが速いほど、次の解砕の過程へ移行する時間が短縮されるため、分散は速く進行することになる。また、分散工程全体の時間が同一であれば、濡れ~解砕工程の短い顔料は、相対的に分散安定化工程に使用できる時間が長くなるため、分散安定性が高い。例えば、ポリウレタンインキにおいては、溶剤への濡れが速く分散安定化まで進み易くなると、ポリウレタンインキの初期粘度が低下するし、分散安定性が増す。
【0019】
ポリウレタンインキの溶剤としては、近年、安全性や環境面への配慮から、親水性溶媒であるアルコール系溶剤が多用される。しかし、アルコール系溶剤へのポリウレタンの溶解性が悪いため、疎水性溶剤である酢酸エチルを併用する。したがって、ポリウレタンインキで使用される顔料には、親水性溶剤と疎水性溶剤両方への濡れ性が高いことが必要と推量する。本発明の縮合多環系有機顔料は、水および1-ブロモナフタレンとの接触角が低く、親水性溶剤と疎水性溶剤いずれとも濡れやすいため、分散が速やかに進み、ポリウレタンインキの粘度は低いものとなる。
【0020】
前記理由により、縮合多環系有機顔料の液適法による水との接触角は80°以下、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角は60°以下が好ましい。縮合多環系有機顔料と溶剤成分との親和性が過剰に高い状態では、バインダー樹脂が顔料に吸着できず分散安定性が低下するため、液適法による水との接触角は50°以上、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角は20°以上が好ましい。
【0021】
縮合多環系有機顔料の水との接触角の測定は、液滴法により、次のようにして行った。本明細書における水との接触角の数値は、ここに記載の方法により求められたものである。測定は自動接触角測定装置OCA20(英弘精機株式会社製)を使用した。理研精機株式会社製φ20mm錠剤成型器、φ20mmの鏡面板、20t油圧プレスにより、50MPaの圧力で縮合多環系有機顔料1gを平板試料(顔料ペレット)とした。続いて、自動接触角測定装置の測定ステージ上に平板試料を設置し、試料上部から2μL/秒の速度で蒸留水(富士フイルム和光純薬株式会社製)2μLを滴下し、滴下1秒後の水との接触角を測定した。
【0022】
また、縮合多環系有機顔料の1-ブロモナフタレンとの接触角の測定は、浸透速度法により、次のようにして行った。本明細書における1-ブロモナフタレンとの接触角の数値は、ここに記載の方法により求められたものである。測定は自動表面張力計 Processor Tensiometer K12(KRUSS社製)を使用した。縮合多環系有機顔料1.5gを測定ホルダーに充填しホルダー下部より測定液を浸透させ、自動表面張力計の粉体ぬれ速度測定用オプションでぬれ速度を測定する。まず、n-ヘキサンのぬれ速度を測定し、浸透接触角を0°と仮定して充填定数を測定した。この測定した充填定数に基づき、各縮合多環系有機顔料の充填状態が同等となるよう基準化した。続いて、1-ブロモナフタレンのぬれ速度の測定を行い、Washburn式により縮合多環系有機顔料の1-ブロモナフタレンとの接触角を算出した。
【0023】
縮合多環系有機顔料の溶媒との接触角を測定する際、浸透速度法を使用すると、装置の原理上90°以上の接触角を測定することができない。多くの縮合多環系有機顔料は疎水性表面を持ち、水との接触角が90°以上となることがあるため、水との接触角測定は液滴法を用いるとよい。
また、縮合多環系有機顔料の有機溶剤との接触角を測定する際、液滴法を使用すると、多くの有機溶剤の粘度が低く、錠剤上の有機溶剤の液滴が扁平型となり小さな接触角となるため、試料間の接触角の差が出にくい。このような中、上記浸透速度法による接触角測定であれば、この欠点を解消することができるため、縮合多環系有機顔料の1-ブロモナフタレンとの接触角測定は浸透速度法を用いるとよい。
なお、上記関係などから、同一の試料と溶剤を使用しても、浸透速度法による接触角と、液滴法による接触角は必ずしも一致しない。
【0024】
<顔料粒子表面の酸素元素濃度の説明>
本発明者らは、後述するXPS分析(X線光電子分光分析)による酸素元素濃度O(atm%)と窒素吸着法によるBET比表面積S(m2/g)の比O/Sが0.020以上である縮合多環系有機顔料を調製することにより、ポリウレタン系インキにおいて、優れた流動性が得られること、すなわち初期粘度、分散安定性のいずれにおいても顕著に優れた増粘抑制が得られることを見出した。
【0025】
水酸基やカルボニル基など酸素含有置換基を顔料粒子表面に導入し、顔料粒子表面の酸素元素濃度を高めた縮合多環系有機顔料は、その酸素含有置換基とポリウレタンのアミノ基やカルボキシ基との間で水素結合を生じる。これにより、顔料粒子表面にポリウレタンが強く吸着するので、ポリウレタンインキが分散安定化し、分散安定性は優れたものとなると推察する。
【0026】
一般的に有機顔料は色素分子が数万から百万以上結合した粒子であり、縮合多環系有機顔料も同様である。顔料の溶剤への濡れ性や樹脂との吸着を考えると、これら事象に関わる顔料粒子の部位は、溶剤や樹脂と直接触れる顔料粒子の最表面である。よって、顔料粒子表面にさえ前記置換基が存在すればよい。前記置換基は、縮合多環系有機顔料粒子の最表面の色素分子に存在する。顔料分子における官能基の置換位置を特定することは困難であるが、主に芳香環に置換すると推定する。
【0027】
縮合多環系有機顔料粒子表面の酸素元素濃度は、前記理由より1.5atm%以上が好ましく、O/Sは0.020以上が好ましい。酸素元素濃度が過剰に高い状態であると、顔料粒子表面の大多数の分子が化学反応を受け色相に影響を与えるため、酸素元素濃度は15.0atm%以下が好ましく、O/Sは0.150以下が好ましい。
【0028】
縮合多環系有機顔料粒子の表面の酸素元素濃度の測定は、XPS法(X線光電子分光法)により測定した。測定はX線光電子分光分析装置Quantera SXM(アルバック・ファイ株式会社製)により行った。
[測定条件]
X線源:AlKα(モノクロメータ)
測定:ポイント測定(100μm),表面
測定回数:3回
帯電補正:C1s=284.8eV
【0029】
また、縮合多環系有機顔料粒子のBET比表面積は、窒素吸着法により測定した。測定は全自動比表面積測定装置Macsorb HM model-1208(株式会社マウンテック製)により行い、日本工業規格JIS Z8830-1990の付属書2に規定される「1点法による気体吸着量の測定方法」に従った。
【0030】
縮合多環系有機顔料粒子の表面に存在する置換基の確認は、電界脱離イオン化質量分析法で行った。詳細は以下の通りである。
【0031】
日本電子株式会社製JMS-T100GCを用いて、電界脱離イオン化質量分析法で縮合多環系有機顔料の質量分析スペクトルを測定した。サンプル5mgをジブチルヒドロキシトルエン不含のテトラヒドロフラン(富士フイルム和光純薬株式会社製)1.0mLに加え、超音波にて懸濁させたものを測定に使用した。
[測定条件]
エミッタ電流:0mA~40mA[25.6mA/分]
対向電極:-10000V
測定質量範囲:m/z=50~200
測定時間:2分
【0032】
本条件により得られた質量分析スペクトルにおいて、例えば、銅フタロシアニン顔料(C.I.ピグメントブルー15:3)では、591の分子ピークは水酸基を1つ有する銅フタロシアニン顔料を示す。また、キナクリドン顔料(C.I.ピグメントレッド122)では、356の分子ピークは水酸基を1つ有するキナクリドン顔料を、372の分子ピークは水酸基を2つ有するキナクリドン顔料を、370の分子ピークは顔料表面処理工程前に有する2つのカルボニル基と合わせ計4つのカルボニル基を有するキナクリドン顔料を示す。
【0033】
<製造方法>
ここで、液滴法による水との接触角が80°以下であり、浸透速度法による1-ブロモナフタレンとの接触角が60°以下であり、XPS分析による酸素元素濃度O(atm%)と窒素吸着法によるBET比表面積S(m2/g)の比O/Sが0.020以上である縮合多環系有機顔料を調製する方法の一例を示す。ただし、本発明の思想は上述の通りであり、上記接触角および粒子表面の酸素元素濃度の数値範囲に入るように調製することができる限りにおいては、いずれの方法を採用しても良い。
【0034】
本発明の縮合多環系有機顔料を簡便に得る方法の一例として以下に述べるが、本発明はこれらに限定して解釈されるべきものではない。本発明の縮合多環系有機顔料は、原料となる縮合多環系有機顔料を溶媒に添加、撹拌し顔料スラリーを得る顔料スラリー製造工程と、顔料スラリーに鉄塩と過酸化水素を添加、撹拌し顔料表面を処理する顔料表面処理工程と、反応液を濾過し、濾物を乾燥、粉砕させる工程を経て得られる。
【0035】
原料となる縮合多環系有機顔料としては、フタロシアニン系顔料、キナクリドン系顔料、ジオキサジン系顔料、ペリレン系顔料、ペリノン系顔料、イソインドリノン系顔料、イソインドリン系顔料、チオインジゴ系顔料、アントラキノン系顔料、キノフタロン系顔料、ジケトピロロピロール系顔料、金属錯体系顔料などが挙げられる。原料となる縮合多環系有機顔料は、市販もしくは公知慣用の方法で製造した縮合多環系有機顔料を使用することができる。原料となる縮合多環系有機顔料は無処理の縮合多環系有機顔料であっても良いし、縮合多環系有機顔料スルホン酸誘導体、アミノ基含有縮合多環系有機顔料誘導体、フタルイミドメチル基含有縮合多環系有機顔料誘導体などの顔料誘導体、分散剤などの高分子、界面活性剤、ロジンなどで顔料粒子表面を処理した縮合多環系有機顔料であっても良い。また、顔料表面処理工程の後に、縮合多環系有機顔料スルホン酸誘導体、アミノ基含有縮合多環系有機顔料誘導体、フタルイミドメチル基含有縮合多環系有機顔料誘導体などの顔料誘導体、分散剤などの高分子、界面活性剤、ロジンなど、他の顔料粒子表面処理を行っても良い。
【0036】
原料となる縮合多環系有機顔料として、顔料化工程を経て顔料粒子径および粒子形を整えた縮合多環系有機顔料を用いても良いし、顔料粒子径および粒子形の不揃いな縮合多環系有機顔料クルードを使用し、顔料表面処理工程後に顔料化工程を行い整えても良い。顔料化工程としては、例えば、アシッドペースト法、アシッドスラリー法、ドライミリング法、ソルベント法、ソルベントミリング法などの中から、一つもしくは複数組み合わせて選択することができる。
【0037】
溶媒としては、水および/または有機溶剤を使用することができ、有機溶剤としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノールなどを用いることができる。特に、経済性の点から水が好ましい。また、水としては、純水であっても工業用水であっても良く、さらに酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、クエン酸リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液など緩衝液を使用しても良い。
【0038】
溶媒100質量部に対し、原料となる縮合多環系有機顔料の添加量は1~30質量部が好ましく、添加量が少ないときは生産性が低く、添加量が多いときは顔料スラリーが高粘度となり撹拌に過大なエネルギーを要するので、2~20質量部がより好ましく、3~12質量部が特に好ましい。
【0039】
鉄塩としては、硫酸鉄、塩化鉄、フッ化鉄、臭化鉄、ヨウ化鉄、硝酸鉄、リン酸鉄、ホウ酸鉄、炭酸鉄、酢酸鉄などを用いることができる。経済性の点から、硫酸鉄、塩化鉄、硝酸鉄が好ましい。鉄としては二価の鉄を用いることができる。また、鉄塩は無水物であっても、水和物であってもよい。
【0040】
顔料スラリー製造工程における温度としては、0℃~100℃が好ましい。また、顔料表面処理工程における温度は、0℃~100℃が好ましく、低温では顔料表面処理反応の反応速度が遅く、高温では過酸化水素の分解が促進されることから、10℃~90℃がより好ましく、20℃~80℃が特に好ましい。
【0041】
顔料表面処理工程の反応時間としては、10分間~2時間が好ましい。
【0042】
顔料表面処理工程における処理液のpHは、アルカリ性で鉄イオンが沈殿するため、pH1~7が好ましい。
【0043】
過酸化水素は、原料の縮合多環系有機顔料に対し、1~200質量%添加することが好ましい。過酸化水素の添加量が少量のとき縮合多環系有機顔料の表面処理が不充分となり、また、顔料粒子の表面は有限であり過剰な添加は経済的に不利であることから、3~150質量%がより好ましく、6~100質量%が特に好ましい。
【0044】
鉄塩は、原料の縮合多環系有機顔料に対し、1~30質量%添加することが好ましい。鉄塩は顔料表面処理反応の触媒として働くことから、鉄塩の添加量が少量のとき表面処理反応の反応速度が遅く、過剰な添加は過酸化水素の分解を促し経済的に不利であることから、2~15質量%が好ましい。
【0045】
鉄塩と過酸化水素は、顔料スラリーに同時に添加しても良いし、別々に添加しても良い。同時に添加する場合、予め過酸化水素と鉄塩を混合すると過酸化水素が分解するため、顔料スラリー中で混合する。別々に添加する場合、鉄塩を先に添加しても良いし、過酸化水素を先に添加しても良い。また、過酸化水素を滴下して加えても良いし、一括で添加しても良い。
【0046】
上記製法によれば、縮合多環系有機顔料粒子表面に水酸基やカルボニル基など酸素含有置換基が生じ、顔料粒子表面の酸素元素濃度が高まる。
【0047】
従来の流動性改善方法では、使用する用途によっては流動性改善が十分でない点は前述のとおりである。加えて、使用される用途によっては、流動性改善を目的とする誘導体処理の望ましくない影響を大きく受けることにより、流動性以外の要求特性との両立が困難となる場合があった。たとえば、食品包装用グラビアインキに用いる縮合多環系有機顔料は、流動性に加えて耐レトルト性との両立が求められるが、顔料誘導体の併用による流動性改善を図った場合、染料の性質を有する顔料誘導体は基材(フィルム)にマイグレーションし易いため耐レトルト性は低下する傾向にある。
【0048】
このように、縮合多環系有機顔料自体が表面改質された本発明によれば、従来から懸念されていた流動性改善を目的とする誘導体処理による望ましくない効果の発現を回避することもできる。
【0049】
こうして得られた本発明の縮合多環系有機顔料は、着色機能を必要とするような用途であれば何れにも好適に使用できる。例えば、印刷インキ、塗料、着色成形品、文具、捺染、トナー、カラーフィルタ、インクジェット用インク、化粧品等の公知慣用の各種用途に使用することができる。
【0050】
本発明の縮合多環系有機顔料は、初期粘度、分散安定性にも優れた印刷インキを提供できる。印刷インキは、本発明の縮合多環系有機顔料に対して、公知慣用の各種バインダー樹脂、各種溶媒、各種添加剤等を、従来の調製方法に従って混合することにより調製することができる。
【0051】
本発明の縮合多環系有機顔料は、流動性に優れた低粘度のインキの製造が可能であり、グラビア印刷インキやフレキソ印刷インキ用の顔料として好適である。インキは、バインダー樹脂、溶媒、顔料、各種添加剤からなる。バインダー樹脂には、例えば、ニトロセルロース樹脂、ポリアミド樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、溶剤には、例えば、トルエン、キシレンなどの芳香族有機溶剤、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、2-ヘプタノン、3-ヘプタノンなどのケトン系溶剤、酢酸エチル、酢酸n-プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸イソブチルなどのエステル系溶剤、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブタノール、t-ブタノールなどのアルコール系溶剤、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、エチレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、エチレングリコールモノ-i-プロピルエーテル、エチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、エチレングリコールモノ-i-ブチルエーテル、エチレングリコールモノ-t-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、プロピレングリコールモノ-i-プロピルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノ-i-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノ-t-ブチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、エチレングリコールジ-n-プロピルエーテル、エチレングリコールジ-i-プロピルエーテル、エチレングリコールジ-n-ブチルエーテル、エチレングリコールジ-i-ブチルエーテル、エチレングリコールジ-t-ブチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールジ-n-プロピルエーテル、プロピレングリコールジ-i-プロピルエーテル、プロピレングリコールジ-n-ブチルエーテル、プロピレングリコールジ-i-ブチルエーテル、プロピレングリコールジ-t-ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノ-i-プロピルエーテル、ジエチレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ-i-ブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ-t-ブチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジエチルエーテル、ジエチレングリコールジ-n-プロピルエーテル、ジエチレングリコールジ-i-プロピルエーテル、ジエチレングリコールジ-n-ブチルエーテル、ジエチレングリコールジ-i-ブチルエーテル、ジエチレングリコールジ-t-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノメチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-i-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-i-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-t-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジメチルエーテル、ジプロピレングリコールジエチルエーテル、ジプロピレングリコールジ-n-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールジ-i-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールジ-n-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジ-i-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールジ-t-ブチルエーテル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、エチレングリコールモノエチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、ジエチレングリコールモノエチルエーテルアセテートなどのグリコールエーテル系溶剤、添加剤には、アニオン性、ノニオン性、カチオン性、両イオン性などの界面活性剤、ガムロジン、重合ロジン、不均化ロジン、水添ロジン、マレイン化ロジン、硬化ロジン、フタル酸アルキッド樹脂などロジン類、顔料誘導体、分散剤、湿潤剤、接着補助剤、レベリング剤、消泡剤、帯電防止剤、トラッピング剤、ブロッキング防止剤、ワックス成分などを使用することができる。
【0052】
本発明の縮合多環系有機顔料を着色剤として塗料とする場合、塗料として使用される樹脂としては、アクリル樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、フェノール樹脂など様々である。
【0053】
塗料に使用される溶媒としては、トルエンやキシレン、メトキシベンゼン等の芳香族系溶剤、酢酸エチルや酢酸ブチル、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノエチルエーテルアセテート等の酢酸エステル系溶剤、エトキシエチルプロピオネート等のプロピオネート系溶剤、メタノール、エタノール、プロパノール、n-ブタノール、イソブタノール等のアルコール系溶剤、ブチルセロソルブ、プロピレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールエチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル等のエーテル系溶剤、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン等のケトン系溶剤、ヘキサン等の脂肪族炭化水素系溶剤、N,N-ジメチルホルムアミド、γ-ブチロラクタム、N-メチル-2-ピロリドン、アニリン、ピリジン等の窒素化合物系溶剤、γ-ブチロラクトン等のラクトン系溶剤、カルバミン酸メチルとカルバミン酸エチルの48:52の混合物のようなカルバミン酸エステル、水等がある。溶媒としては、特にプロピオネート系、アルコール系、エーテル系、ケトン系、窒素化合物系、ラクトン系、水等の極性溶媒で水可溶のものが適している。
【0054】
また、顔料添加剤及び/又は顔料組成物を、液状樹脂中で分散し又は混合し、塗料用樹脂組成物とする場合に、通常の添加剤類、例えば、分散剤類、充填剤類、塗料補助剤類、乾燥剤類、可塑剤類及び/又は補助顔料を用いることができる。これは、それぞれの成分を、単独又は幾つかを一緒にして、全ての成分を集め、又はそれらの全部を一度に加えることによって、分散又は混合して達成される。
【0055】
上記のように用途にあわせて調製された縮合多環系有機顔料を含む組成物を分散する分散機としては、ディスパー、ホモミキサー、ペイントコンディショナー、スキャンデックス、ビーズミル、アトライター、ボールミル、二本ロール、三本ロール、加圧ニーダー等の公知の分散機が挙げられるが、これらに限定されるものではない。顔料組成物の分散は、これらの分散機にて分散が可能な粘度になるよう、樹脂、溶剤が添加され分散される。分散後の高濃度塗料ベースは固形分5~20%であり、これにさらに樹脂、溶剤を混合し塗料として使用に供される。
【0056】
本発明の縮合多環系有機顔料は、インクジェット用インクに好適に使用することができ、特に顔料分散剤などを用いて分散させた水性顔料分散液として、水性インクジェット用インクに好適に使用することができる。前記水性顔料分散液は、本発明の縮合多環系有機顔料の高濃度水分散液(顔料ペースト)を作成し、それを水溶性溶媒及び/または水で希釈し、必要に応じてその他の添加剤を添加して調製することができる。
【0057】
本発明の縮合多環系有機顔料を前記水溶性溶媒及び/または水に分散させて顔料ペーストを得る方法は特に限定はなく、公知の分散方法を使用することが好ましい。この時使用する分散剤も、公知の顔料分散剤を使用して水に分散してもよいし、界面活性剤を使用してもよい。前記顔料分散剤としては水性樹脂がよく、好ましい例としては、ポリビニルアルコール類、ポリビニルピロリドン類、アニオン性基やカチオン性基を有するウレタン樹脂、アニオン性基やカチオン性基を有するラジカル系共重合体樹脂等が挙げられる。アニオン性基やカチオン性基を有するラジカル系共重合体樹脂としては例えば、アクリル酸-アクリル酸エステル共重合体などのアクリル系樹脂、スチレン-アクリル酸共重合体、スチレン-メタクリル酸共重合体、スチレン-メタクリル酸-アクリル酸エステル共重合体、スチレン-α-メチルスチレン-アクリル酸共重合体、スチレン-α-メチルスチレン-アクリル酸-アクリル酸エステル共重合体などのスチレン-アクリル樹脂、スチレン-マレイン酸共重合体、スチレン-無水マレイン酸共重合体、ビニルナフタレン-アクリル酸共重合体、及び該水性樹脂の塩が挙げられる。
【0058】
前記共重合体の塩を形成するための化合物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムなどの水酸化アルカリ金属類、およびジエチルアミン、アンモニア、エチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ジプロピルアミン、ブチルアミン、イソブチルアミン、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、アミノメチルプロパノール、モルホリンなどが挙げられる。これらの塩を形成するための化合物の使用量は、前記共重合体の中和当量以上であることが好ましい。
また市販品を使用することも勿論可能である。市販品としては、味の素ファインテクノ(株)製品のアジスパーPBシリーズ、ビックケミー・ジャパン(株)のDisperbykシリーズ、BYK-シリーズ、BASFジャパン株式会社製のEFKAシリーズ等を使用できる。
【0059】
また、分散方法としては、例えば以下(1)~(3)を示すことができる。
(1)顔料分散剤及び水を含有する水性媒体に、顔料を添加した後、撹拌・分散装置を用いて顔料を該水性媒体中に分散させることにより、顔料ペーストを調製する方法。
(2)顔料、及び顔料分散剤を2本ロール、ミキサー等の混練機を用いて混練し、得られた混練物を、水を含む水性媒体中に添加し、撹拌・分散装置を用いて顔料ペーストを調製する方法。
(3)メチルエチルケトン、テトラヒドロフラン等のような水と相溶性を有する有機溶剤中に顔料分散剤を溶解して得られた溶液に顔料を添加した後、撹拌・分散装置を用いて顔料を有機溶液中に分散させ、次いで水性媒体を用いて転相乳化させた後、前記有機溶剤を留去し顔料ペーストを調製する方法。
【0060】
混練機としては、特に限定されることなく、例えば、ヘンシェルミキサー、加圧ニーダー、バンバリーミキサー、プラネタリミキサーなどがあげられる。
また、撹拌・分散装置としても特に限定されることなく、例えば、超音波ホモジナイザー、高圧ホモジナイザー、ペイントシェーカー、ボールミル、ロールミル、サンドミル、サンドグラインダー、ダイノーミル、ディスパーマット、SCミル、ナノマイザー等を挙げられる。これらのうちの1つを単独で用いてもよく、2種類以上装置を組み合わせて用いてもよい。
【0061】
前記顔料ペーストに占める縮合多環系有機顔料の量は5~60質量%であることが好ましく、10~50質量%であることがより好ましい。顔料量が5質量%より少ない場合は、前記顔料ペーストから調製した水性インクの着色が不充分であり、充分な画像濃度が得られない傾向にある。また、逆に60質量%よりも多い場合は、顔料ペーストにおいて顔料の分散安定性が低下する傾向がある。
【0062】
また、粗大粒子が、ノズル詰まり、その他の画像特性を劣化させる原因になるため、インク調製前後に、遠心分離、あるいは濾過処理等により粗大粒子を除去することが好ましい。
【0063】
分散工程の後に、イオン交換処理や限外処理による不純物除去工程を経て、その後に後処理を行っても良い。イオン交換処理によって、カチオン、アニオンといったイオン性物質(2価の金属イオン等)を除去することができ、限外処理によって、不純物溶解物質(顔料合成時の残留物質、分散液組成中の過剰成分、有機顔料に吸着していない樹脂、混入異物等)を除去することができる。イオン交換処理は、公知のイオン交換樹脂を用いる。限外処理は、公知の限外ろ過膜を用い、通常タイプ又は2倍能力アップタイプのいずれでもよい。
【0064】
前記顔料ペーストを作成した後、適宜希釈し必要に応じた添加剤を添加して、目的に応じた水性顔料分散液を得る。前記水性顔料分散液をインクジェット記録用インクに適用する場合は、更に水溶性溶媒及び/または水、バインダー目的のアニオン性基含有有機高分子化合物等を加え、所望の物性に必要に応じて湿潤剤(乾燥抑止剤)、浸透剤、あるいはその他の添加剤を添加して調製する。インクの調整後に、遠心分離あるいは濾過処理工程を加えてもよい。
【0065】
インクの物理特性については特に限定はされないが、インクジェットインクとしての吐出性に考慮して、粘度は1~10(mPa・s)が好ましく、表面張力は20~50(mN/m)が好ましく、顔料濃度は1~10質量%であることが好ましい。
【0066】
前記湿潤剤は、インクの乾燥防止を目的として添加する。乾燥防止を目的とする湿潤剤のインク中の含有量は3~50質量%であることが好ましい。本発明で使用する湿潤剤としては特に限定はないが、水との混和性がありインクジェットプリンターのヘッドの目詰まり防止効果が得られるものが好ましい。例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、分子量2000以下のポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコール、1,3-プロピレングリコール、イソプロピレングリコール、イソブチレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、メソエリスリトール、ペンタエリスリトール、等が挙げられる。中でも、プロピレングリコール、1,3-ブチルグリコールを含むことが安全性を有し、かつインク乾燥性、吐出性能に優れた効果が見られる。
【0067】
前記浸透剤は、被記録媒体への浸透性改良や記録媒体上でのドット径調整を目的として添加する。浸透剤としては、例えばエタノール、イソプロピルアルコール等の低級アルコール、エチレングリコールヘキシルエーテルやジエチレングリコールブチルエーテル等のアルキルアルコールのエチレンオキシド付加物やプロピレングリコールプロピルエーテル等のアルキルアルコールのプロピレンオキシド付加物等が挙げられる。
【0068】
前記界面活性剤は、表面張力等のインク特性を調整するために添加する。このために添加することのできる界面活性剤は特に限定されるものではなく、各種のアニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤などが挙げられ、これらの中では、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤が好ましい。
【0069】
アニオン性界面活性剤としては、例えば、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルフェニルスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、高級脂肪酸塩、高級脂肪酸エステルの硫酸エステル塩、高級脂肪酸エステルのスルホン酸塩、高級アルコールエーテルの硫酸エステル塩及びスルホン酸塩、高級アルキルスルホコハク酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルカルボン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、アルキルリン酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸塩等が挙げられ、これらの具体例として、ドデシルベンゼンスルホン酸塩、イソプロピルナフタレンスルホン酸塩、モノブチルフェニルフェノールモノスルホン酸塩、モノブチルビフェニルスルホン酸塩、ジブチルフェニルフェノールジスルホン酸塩などを挙げることができる。
【0070】
ノニオン性界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレン脂肪酸アミド、脂肪酸アルキロールアミド、アルキルアルカノールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのオキシエチレン付加物、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマー、等を挙げることができ、これらの中では、ポリオキシエチレンノニルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンドデシルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸アルキロールアミド、アセチレングリコール、アセチレングリコールのオキシエチレン付加物、ポリエチレングリコールポリプロピレングリコールブロックコポリマーが好ましい。
【0071】
その他の界面活性剤として、ポリシロキサンオキシエチレン付加物のようなシリコーン系界面活性剤;パーフルオロアルキルカルボン酸塩、パーフルオロアルキルスルホン酸塩、オキシエチレンパーフルオロアルキルエーテルのようなフッ素系界面活性剤;スピクリスポール酸、ラムノリピド、リゾレシチンのようなバイオサーファクタント等も使用することができる。
【0072】
これらの界面活性剤は、単独で用いることもでき、又2種類以上を混合して用いることもできる。界面活性剤を添加する場合は、その添加量はインクの全質量に対し、0.001~2質量%の範囲が好ましく、0.001~1.5質量%であることがより好ましく、0.01~1質量%の範囲であることがさらに好ましい。界面活性剤の添加量が0.001質量%未満の場合は、界面活性剤添加の効果が得られない傾向にあり、2質量%を超えて用いると、画像が滲むなどの問題を生じやすくなる。
【0073】
また、必要に応じて防腐剤、粘度調整剤、pH調整剤、キレート化剤、可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤等を添加することができる。
【実施例】
【0074】
以下、実施例及び比較例を用いて本発明を更に詳細に説明する。以下の実施例及び比較例において特に断りの無い限り、「%」は「質量%」を表すものとする。
【0075】
本実施例において、縮合多環系有機顔料の水との接触角は液適法により測定した。測定は自動接触角測定装置OCA20(英弘精機株式会社製)を使用した。理研精機株式会社製φ20mm錠剤成型器、φ20mmの鏡面板、20t油圧プレスにより、50MPaの圧力で縮合多環系有機顔料1gを平板試料(顔料ペレット)とした。続いて、自動接触角測定装置の測定ステージ上に平板試料を設置し、試料上部から蒸留水(富士フイルム和光純薬株式会社製)2μLを2μL/秒の速度で滴下し、滴下1秒後の水との接触角を測定した。
【0076】
本実施例において、縮合多環系有機顔料の1-ブロモナフタレンとの接触角は浸透速度法により測定した。測定は自動表面張力計 Processor Tensiometer K12(KRUSS社製)を使用した。縮合多環系有機顔料1.5gを測定ホルダーに充填しホルダー下部より測定液を浸透させ、自動表面張力計の粉体ぬれ速度測定用オプションでぬれ速度を測定する。まず、n-ヘキサンのぬれ速度を測定し、浸透接触角を0°と仮定して充填定数を測定した。この測定した充填定数に基づき、各縮合多環系有機顔料の充填状態が同等となるよう基準化した。続いて、1-ブロモナフタレンのぬれ速度の測定を行い、Washburn式により縮合多環系有機顔料の1-ブロモナフタレンとの接触角を算出した。
【0077】
本実施例において、縮合多環系有機顔料粒子の表面の酸素元素濃度の測定は、XPS法(X線光電子分光法)により測定した。測定はX線光電子分光分析装置Quantera SXM(アルバック・ファイ株式会社製)により行った。なお、酸素元素濃度の値は有効数字2桁にて四捨五入した。
[測定条件]
X線源:AlKα(モノクロメータ)
測定:ポイント測定(100μm),表面
測定回数:3回
帯電補正:C1s=284.8eV
【0078】
本実施例において、縮合多環系有機顔料粒子のBET比表面積は、窒素吸着法により測定した。測定は全自動比表面積測定装置Macsorb HM model-1208(株式会社マウンテック製)により行い、日本工業規格JIS Z8830-1990の付属書2に規定される「1点法による気体吸着量の測定方法」に従った。なお、BET比表面積の値は有効数字2桁にて四捨五入した。
【0079】
本実施例において、縮合多環系有機顔料粒子の表面に存在する置換基の確認は、電界脱離イオン化質量分析法で行った。詳細は以下の通りである。
【0080】
日本電子株式会社製JMS-T100GCを用いて、電界脱離イオン化質量分析法で縮合多環系有機顔料の質量分析スペクトルを測定した。サンプル5mgをジブチルヒドロキシトルエン不含のテトラヒドロフラン(富士フイルム和光純薬株式会社製)1.0mLに加え、超音波にて懸濁させたものを測定に使用した。
[測定条件]
エミッタ電流:0mA~40mA[25.6mA/分]
対向電極:-10000V
測定質量範囲:m/z=50~200
測定時間:2分
本条件により得られた質量分析スペクトルにおいて、銅フタロシアニン顔料(C.I.ピグメントブルー15:3)では、591の分子ピークは水酸基を1つ有する銅フタロシアニン顔料を示す。また、キナクリドン顔料(C.I.ピグメントレッド122)では、356の分子ピークは水酸基を1つ有するキナクリドン顔料を、372の分子ピークは水酸基を2つ有するキナクリドン顔料を、370の分子ピークは顔料表面処理工程前に有する2つのカルボニル基と合わせ計4つのカルボニル基を有するキナクリドン顔料を示す。
【0081】
(実施例1)[銅フタロシアニン顔料(B-1)の合成]
C.I.ピグメントブルー15:3(DIC株式会社製)ウェットケーキ134.5部(顔料分60部)とイオン交換水865.5部を2Lステンレス製カップに入れ、回転数500rpmのホモディスパー2.5型(プライミクス株式会社製)で15分間撹拌した。C.I.ピグメントブルー15:3のスラリーを5Lステンレス製カップに移し、回転数150rpmのステンレス製アンカー翼で撹拌しながら、硫酸鉄(II)七水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)2.75部を加え溶解させた。続いて、30%過酸化水素水(富士フイルム和光純薬株式会社製)50部を加え、30分間撹拌した。次にスラリーをヌッチェ濾過し、70℃の温水4Lで洗浄した後、濾物を送風定温乾燥器WFO-500(東京理化器械株式会社製)で送風乾燥(98℃、18時間)した。得られた顔料塊を粉砕し、銅フタロシアニン顔料(B-1)60部を得た。
液滴法により測定した銅フタロシアニン顔料(B-1)の水との接触角は71.4°、浸透速度法により測定した1-ブロモナフタレンとの接触角は32.6°だった。窒素吸着法により測定した銅フタロシアニン顔料(B-1)のBET比表面積Sは60m2/g、XPS分析により測定した酸素元素濃度Oは1.9atm%であり、酸素元素濃度とBET比表面積の比O/Sは0.032だった。電界脱離イオン化質量分析法で銅フタロシアニン顔料(B-1)の質量分析を行い、591の分子ピークを確認した。
【0082】
(比較例1)[銅フタロシアニン顔料(B’-1)の合成]
C.I.ピグメントブルー15:3(DIC株式会社製)ウェットケーキ134.5部(顔料分60部)とイオン交換水865.5部を2Lステンレス製カップに入れ、回転数500rpmのホモディスパー2.5型(プライミクス株式会社製)で15分間撹拌した。C.I.ピグメントブルー15:3のスラリーをヌッチェ濾過し、70℃の温水4Lで洗浄した後、濾物を送風定温乾燥器WFO-500(東京理化器械株式会社製)で送風乾燥(98℃、18時間)した。得られた顔料塊を粉砕し、銅フタロシアニン顔料(B’-1)60部を得た。
液滴法により測定した銅フタロシアニン顔料(B’-1)の水との接触角は104.3°、浸透速度法により測定した1-ブロモナフタレンとの接触角は79.9°だった。窒素吸着法により測定した銅フタロシアニン顔料(B’-1)のBET比表面積Sは60m2/g、XPS分析により測定した酸素元素濃度Oは0.87atm%であり、酸素元素濃度とBET比表面積の比O/Sは0.015だった。電界脱離イオン化質量分析法で銅フタロシアニン顔料(B’-1)の質量分析を行ったが、591の分子ピークは観測されなかった。
【0083】
(比較例2)[銅フタロシアニン顔料(B’-2)の合成]
98%硫酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)91.4部、25%発煙硫酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)36.7部、フタルイミド(富士フイルム和光純薬株式会社製)7.0部、92%パラホルムアルデヒド(三菱ガス化学株式会社製)2.8部を45℃に冷却しながら仕込み、30分間撹拌した後、β型銅フタロシアニンクルード(DIC株式会社製)8.0部を徐々に仕込み、80℃まで昇温し、3時間反応を行った。反応終了後、30℃まで冷却した。この反応液を25℃の水750部に取り出して、スラリーを濾過、水洗、乾燥してフタルイミドメチル銅フタロシアニン誘導体を得た。
続いて、β型銅フタロシアニンクルード(DIC株式会社製)250部、粉砕した塩化ナトリウム2500部(日本食塩製造株式会社製)、ジエチレングリコール(三菱化学株式会社製)510部、フタルイミドメチル銅フタロシアニン誘導体12.5部を8L双腕型ニーダー(株式会社井上製作所製)に仕込み、90℃で7時間混練した。混練後、25Lのお湯に解膠し、1時間撹拌保持した。次いで0.4%塩酸水溶液となる様に、前記お湯に20%塩酸(富士フイルム和光純薬株式会社製)を500部加え、1時間撹拌保持した。さらに、スラリーを濾過、湯洗し、濾物を送風定温乾燥器WFO-500(東京理化器械株式会社製)で送風乾燥(98℃、18時間)して、粉砕し、銅フタロシアニン顔料(B’-2)を得た。
液滴法により測定した銅フタロシアニン顔料(B’-2)の水との接触角は71.5°、浸透速度法により測定した1-ブロモナフタレンとの接触角は72.6°だった。窒素吸着法により測定した銅フタロシアニン顔料(B’-2)のBET比表面積Sは110m2/g、XPS分析により測定した酸素元素濃度Oは1.0atm%であり、酸素元素濃度とBET比表面積の比O/Sは0.0091だった。電界脱離イオン化質量分析法で銅フタロシアニン顔料(B’-2)の質量分析を行ったが、591の分子ピークは観測されなかった。
【0084】
(実施例2)[キナクリドン顔料(R-1)の合成]
C.I.ピグメントレッド122(DIC株式会社製)ウェットケーキ184.2部(顔料分60部)とイオン交換水815.8部を2Lステンレス製カップに入れ、回転数500rpmのホモディスパー2.5型(プライミクス株式会社製)で15分間撹拌した。C.I.ピグメントレッド122のスラリーを5Lステンレス製カップに移し、回転数150rpmのステンレス製アンカー翼で撹拌しながら、硫酸鉄(II)七水和物(富士フイルム和光純薬株式会社製)2.75部を加え溶解させた。続いて、30%過酸化水素水(富士フイルム和光純薬株式会社製)50部を加え、30分間撹拌した。次にスラリーをヌッチェ濾過し、70℃の温水4Lで洗浄した後、濾物を送風定温乾燥器WFO-500(東京理化器械株式会社製)で送風乾燥(98℃、18時間)した。得られた顔料塊を粉砕し、キナクリドン顔料(R-1)60部を得た。
液滴法により測定したキナクリドン顔料(R-1)の水との接触角は71.4°、浸透速度法により測定した1-ブロモナフタレンとの接触角は56.1°だった。窒素吸着法により測定したキナクリドン顔料(R-1)のBET比表面積Sは75m2/g、XPS分析により測定した酸素元素濃度Oは9.5atm%であり、酸素元素濃度とBET比表面積の比O/Sは0.13だった。電界脱離イオン化質量分析法でキナクリドン顔料(R-1)の質量分析を行い、356、370、372の分子ピークを確認した。
【0085】
(比較例3)[キナクリドン顔料(R’-1)の合成]
C.I.ピグメントレッド122(DIC株式会社製)ウェットケーキ184.2部(顔料分60部)とイオン交換水815.8部を2Lステンレス製カップに入れ、回転数500rpmのホモディスパー2.5型(プライミクス株式会社製)で15分間撹拌した。C.I.ピグメントレッド122のスラリーをヌッチェ濾過し、70℃の温水4Lで洗浄した後、濾物を送風定温乾燥器WFO-500(東京理化器械株式会社製)で送風乾燥(98℃、18時間)した。得られた顔料塊を粉砕し、キナクリドン顔料(R’-1)60部を得た。
液滴法により測定したキナクリドン顔料(R’-1)の水との接触角は102.3°、浸透速度法により測定した1-ブロモナフタレンとの接触角は63.1°だった。窒素吸着法により測定したキナクリドン顔料(R’-1)のBET比表面積Sは75m2/g、XPS分析により測定した酸素元素濃度Oは8.0atm%であり、酸素元素濃度とBET比表面積の比O/Sは0.11だった。電界脱離イオン化質量分析法でキナクリドン顔料(R’-1)の質量分析を行ったが、356、370、372の分子ピークは観測されなかった。
【0086】
[ポリウレタンインキの作製]
前記実施例1、2、比較例1~3で得られた銅フタロシアニン顔料およびキナクリドン顔料それぞれについて、顔料5部、ポリウレタン樹脂サンプレンIB-501(三洋化成工業株式会社製)25部、酢酸エチル(富士フイルム和光純薬株式会社製)13部、イソプロピルアルコール(富士フイルム和光純薬株式会社製)7部、1/8インチスチールビーズ(持木鋼球軸受株式会社製)180部を250mLポリエチレン製広口瓶に入れ、ペイントシェーカー(株式会社東洋精機製作所製)で30分間分散した。その後、ポリウレタン樹脂サンプレンIB-501(三洋化成工業株式会社製)35部、酢酸エチル(富士フイルム和光純薬株式会社製)9.75部、イソプロピルアルコール(富士フイルム和光純薬株式会社製)5.25部を追加で広口瓶に加え、ペイントシェーカー(株式会社東洋精機製作所製)で5分間分散し、ポリウレタンインキをそれぞれ得た。
【0087】
(ポリウレタンインキの初期粘度測定)
得られたポリウレタンインキを20℃恒温槽で1時間以上静置し、R85形粘度計RB85L(東機産業株式会社製)で回転速度60rpmでの初期粘度を測定した。初期粘度は低いほど優れる。表1中では、以下のように評価した。
・ポリウレタンインキの初期粘度評価(60rpmでの粘度(単位:mPa・s))
A:200未満
B:200以上~2000未満
C:2000以上
【0088】
(ポリウレタンインキの経時粘度測定)
得られたポリウレタンインキを多重安全式乾燥器MSO-45TPH(株式会社二葉化学製)中に50℃で7日間静置し、その後20℃恒温槽で1時間以上静置してR85形粘度計RB85L(東機産業株式会社製)で回転速度60rpmでの経時粘度を測定した。経時粘度は低いほど優れる。表1中では、以下のように評価した。
・ポリウレタンインキの安定性試験後粘度評価(60rpmでの粘度(単位:mPa・s))
A:200未満
B:200以上~2000未満
C:2000以上
【0089】
(光沢の測定)
得られたポリウレタンインキをPETフィルム ルミラー50T-60(パナック工業株式会社製)にNo.6のバーコーターで展色し、光沢計GM-268Plus(コニカミノルタジャパン株式会社製)で展色フィルムの60°の光沢を測定した。光沢は大きいほど優れる。表1中では、以下のように評価した。
・展色フィルムの60°光沢評価
A:80以上
B:70以上~80未満
C:70未満
【0090】
得られた各ポリウレタンインキの初期粘度、分散安定性試験後の経時粘度、及び展色フィルムの60°光沢評価を表1に示す。
【0091】
【0092】
実施例1と比較例1~2、実施例2と比較例3との対比から分かる通り、本発明の縮合多環系有機顔料を用いて得られるポリウレタンインキは、無処理の縮合多環系有機顔料及び従来の表面処理された縮合環系有機顔料よりも、初期粘度及び安定性試験後粘度が低い。これは、質量分析スペクトルにおいて、実施例1では591の分子ピークが見られた点や実施例2では356、372の分子ピークが見られた点から、顔料粒子表面に少なくとも水酸基が新たに導入され、ポリウレタンインキにおける分散性および分散安定性が向上したためと考えられる。
また、展色フィルムの60°光沢も格別高いという優れた性能を有する。