(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-05
(45)【発行日】2023-06-13
(54)【発明の名称】銀ろう材及び該銀ろう材を用いた接合方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20230606BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20230606BHJP
B23K 1/00 20060101ALI20230606BHJP
C22C 5/06 20060101ALI20230606BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20230606BHJP
【FI】
B23K35/30 310B
B23K35/30 310C
C22C9/00
B23K1/00 310Z
B23K1/00 330B
C22C5/06 Z
C22C30/02
(21)【出願番号】P 2020516005
(86)(22)【出願日】2018-10-24
(86)【国際出願番号】 JP2018039405
(87)【国際公開番号】W WO2019207823
(87)【国際公開日】2019-10-31
【審査請求日】2021-05-17
(31)【優先権主張番号】P 2018082005
(32)【優先日】2018-04-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509352945
【氏名又は名称】田中貴金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】599035063
【氏名又は名称】東京ブレイズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000268
【氏名又は名称】オリジネイト弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】岸本 貴臣
(72)【発明者】
【氏名】高橋 昌宏
(72)【発明者】
【氏名】照井 貴志
(72)【発明者】
【氏名】松 康太郎
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】英国特許出願公開第01532840(GB,A)
【文献】特開昭52-126660(JP,A)
【文献】特開昭48-034051(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1404957(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C22C 9/00
C22C 5/06
C22C 30/02
B23K 1/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
35質量%以上45質量%以下の銀と、18質量%以上
25質量%以下の亜鉛と、2質量%以上6質量%以下のマンガンと、1.5質量%以上6質量%以下のニッケルと、0.5質量%以上5質量%以下の錫と、残部銅及び不可避不純物と、からなる銀ろう材であって、
マンガン含有量(C
Mn)及びニッケル含有量(C
Ni)が下記式を具備する銀ろう材。
【数1】
【請求項2】
請求項1に記載の銀ろう材を用いた接合方法であって、
被接合部材のろう付部位に前記銀ろう材を設置し、前記銀ろう材を加熱し溶融する工程を含み、
前記銀ろう材の加熱温度を725℃以上825℃以下とする接合方法。
【請求項3】
2以上の部材が、少なくとも1つの接合部を介して接合されてなる工具において、
前記少なくとも1つの接合部が、請求項1記載の銀ろう材からなることを特徴とする工具。
【請求項4】
請求項1記載の銀ろう材からなる、少なくとも1つの接合部を介して接合される2以上の部材の少なくとも1の部材は、銅、銅合金、炭素鋼、工具用鋼、ステンレス鋼のいずれかよりなる請求項3記載の工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀ろう材に関する。詳しくは、銀含有量を低減しつつ低融点化が図られていると共に、固相線と液相線との温度差の小さい銀ろう材、及びこの銀ろう材を用いた接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銅や真鍮等の銅合金の接合や工具材料の接合、或いは、異種金属材料の接合において銀ろう材が従来から用いられている。銀ろう材は、銀-銅系合金(Ag-Cu系合金)を基本成分とし、ここに亜鉛、錫等の添加元素が添加され、各種組成の銀ろう材が知られている。
【0003】
そして、銀ろう材に対する要求としては、銀量の低減(少銀化)及び融点の低温化(低融点化)が挙げられる。銀は、貴金属に属する金属であるので、少銀化により地金コストを減少させて、ろう材の材料費を抑制することが求められている。また、銀ろう材の低融点化は、作業温度の低温化に寄与するので、ろう付接合のためのエネルギーコストの抑制にも繋がる。
【0004】
また、ろう材の融点は、接合部の品質にも影響を及ぼすことがある。銀ろう材の融点と接合品質との関係については、例えば、炭素鋼等の鉄系材料への影響が挙げられる。炭素鋼においては、730℃近傍に変態点(A1点)があるため、この温度を超える温度で接合を行うと被接合材料に変態が生じ、材料特性の変化等による接合部の品質低下が懸念される。そのため、ろう材の低融点化は重要な要求事項となっている。
【0005】
更に、ろう材の低融点化は、被接合材料間の熱膨張差に起因する接合品質の低下を抑制する観点からも有効である。銀ろう材は異種材料の接合にも有用であるが、その場合には熱膨張差を考慮して接合することが好ましい。ろう材の低温化による作業温度の低下によって、被接合材料間の熱膨張差の影響を低減して接合品質を確保できる。
【0006】
通常、銀ろう材の銀の含有量を減少させると、融点は上昇する傾向にある。そこで、この要求へ対応する先行技術は、銀含有量を低減しつつ、これに併せて、他の構成元素の種類と含有量を調整して融点を制御するものが多い。例えば、特許文献1では、銀量を35質量%以下としつつ、比較的多量の亜鉛と微量のマンガン及びニッケルを添加し、融点(固相線温度)が705℃以下となる銀ろう材を開示している。また、特許文献2では、銀量を45質量%以上75質量%以下含み、亜鉛、ガリウム、錫及び/又はインジウム、マンガン等を添加した銀ろう材によって作業温度の低下を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平1-313198号公報
【文献】特開2001-87889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記従来の銀ろう材について、特許文献1記載の銀ろう材は、少銀化という観点では明確な成果がある。また、低融点化に関しても一応は効果的であるように見受けられる。しかしながら、この銀ろう材は固相線温度と液相線温度との温度差が50℃超と比較的大きいことが問題となる。ろう材による接合工程においては、ろう材が溶け始める融点(固相線温度)が低いことが好ましいが、固相線温度と液相線温度との温度差が小さいことが好ましい。この温度差が大きいと、ろう材の溶け分かれ現象が発生し作業性が大きく低下する。そのため、固相線温度と液相線温度との温度差については、一般に50℃以下が好ましいとされている。
【0009】
特許文献2の銀ろう材も、作業温度の低下という融点のみに着目しているものと見受けられ、固相線温度と液相線温度との温度差に関する検討はなされていない。更に、特許文献2の銀ろう材は、45質量%以上の銀含有量が規定されており、少銀化という目的に関しては不十分な内容といわざるを得ない。
【0010】
また、銀ろう材に関しては、その使用態様を考慮すれば加工性も重要となる。ろう材は、被接合材の形状や接合形態に応じて加工された状態で使用されることからである。塑性加工が困難で加工性に劣る銀ろう材は、加工コストが嵩むことになり、少銀化してもその効果が損なわれる。そして、銀ろう材に限定されることなく、ろう材という接合材料全般にとって重要な特性として、ぬれ性が挙げられる。この点、これまでの銀ろう材に関する検討例は、上述の少銀化や低融点化への関心は高いものの、加工性やぬれ性を考慮した総合的な特性改善に関する具体的な検討は少ない。
【0011】
本発明は、上記のような背景のもとになされたものであり、銀含有量の低減を図りつつ、低融点であると共に固相線温度と液相線温度との温度差の小さい銀ろう材を提供する。具体的基準として、融点(液相線温度)が705℃以下であり、固相線温度と液相線温度との温度差が50℃以下となる銀ろう材を開示する。そして、上記の特性に加えて、加工性及びぬれ性に関しても良好な特性を有する銀ろう材を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者等は、各種の添加元素の作用を再度確認すると共に、それらの最適化を図ることとした。その結果、銀含有量を適度に低減しつつ、マンガンとニッケルを同時に適量添加することで、固相線温度の低下と共に、固相線温度と液相線温度との温度差の縮小を図ることができることを見出した。
【0013】
そして、本発明者等の検討によれば、マンガン及びニッケルの同時添加は、銀ろう材の加工性の改善に繋がることに加えて、ぬれ性も確保できることが確認された。本発明者等は、鋭意検討を行い、マンガンとニッケルの含有量の好適範囲及びそれらの含有量の関係について最適化を図ることで、上記課題を解決可能な銀ろう材に想到した。
【0014】
即ち、本発明は、35質量%以上45質量%以下の銀と、18質量%以上28質量%以下の亜鉛と、2質量%以上6質量%以下のマンガンと、1.5質量%以上6質量%以下のニッケルと、0.5質量%以上5質量%以下の錫と、残部銅及び不可避不純物とからなる銀ろう材であって、マンガン含有量(CMn)及びニッケル含有量(CNi)が下記式を具備する銀ろう材である。
【0015】
【0016】
上記から把握されるように、本発明に係る銀ろう材は、構成元素の種類そのものは既知の範囲内である。但し、本発明においては、マンガンの含有量及びニッケルの含有量の双方を比較的多くすることを特徴としている。
【0017】
銀ろう材に対するマンガン及びニッケルの添加の効能に関しては、いずれも銀ろう材の融点を上昇させる傾向の金属であることが知られていた。そのため、従来の銀ろう材の組成設計においては、マンガン及びニッケルの含有量は抑制されるべきと考えられていた。しかし、本発明者等の検討によれば、銀含有量を所定量低減した銀ろう材においては、マンガン及びニッケルを同時に、且つ、適正な範囲内に添加したとき、融点の低下が見られることが確認された。
【0018】
一定範囲の銀含有量において、マンガン及びニッケルの双方添加が銀ろう材の融点低下の作用を有する要因については、必ずしも明らかではない。本発明者等はその要因として、後述のとおり、マンガンとニッケルとの金属間化合物(MnNi化合物)が生成によるものと推定している。そして、本発明者等は、MnNi化合物は、ろう材の融点を調整すると共に、加工性とぬれ性にも影響を及ぼすと考察した。
【0019】
本発明は、以上の知見に基づき、ニッケル及びマンガンの含有量に着目しつつ、他の構成元素の最適な含有量を明示するものである。以下、本発明に係る銀ろう材の合金組成について説明する。
【0020】
A.本発明に係る銀ろう材の材料組成
・銀:35質量%以上45質量%以下
銀は、銀ろう材の主要な構成元素であり、その融点を左右すると共に強度面や加工性にも影響を及ぼす。本発明では、銀含有量を35質量%以上45質量%以下とする。この範囲は、上述の特許文献1の銀ろう材の銀量(1質量%以上35質量%以下)と、特許文献2の銀ろう材の銀量(45質量%以上75質量%以下)との中間に位置し、適度に少銀化が図られている。
【0021】
銀含有量が35質量%未満では、固相線温度と液相線温度との温度差が大きくなる傾向がある。更に、銀含有量が低くなると、脆い材料となって加工性が低下するおそれがある。一方。銀含有量が45質量%を超えると、少銀化の意義が薄れる。また、銀はろう材中のマンガンを固溶する傾向があることから、銀含有量が過剰となるとマンガンの添加作用を減殺するおそれがある。このことから、本発明は、銀含有量を35質量%以上45質量%以下とする。銀含有量は、38質量%以上42質量%以下がより好ましい。
【0022】
・亜鉛:18質量%以上28質量%以下
亜鉛は、銀ろう材の融点を調整する作用を有する必須の添加元素である。亜鉛が18質量%未満では、固相線温度と液相線温度との温度差が大きくなる傾向がある。また、亜鉛が28質量%を超えると、加工性悪化の問題があることに加えて、ろう付時のヒュームが多量に発生して加熱炉の汚染等の問題もある。以上から、亜鉛の含有量を18質量%以上28質量%以下とした。尚、亜鉛の含有量は、21質量%以上25質量%以下がより好ましい。
【0023】
・マンガン:2質量%以上6質量%以下
マンガンは、後述するニッケルと共に、本発明における特徴的な必須の添加元素である。上述の通り、従来、マンガン及びニッケルは、銀ろう材の融点を上昇させる添加元素として認識されており、その多量の添加は忌避される傾向にあった。本発明では、マンガン及びニッケルを同時に、且つ、適量添加することで融点の低下と加工性の改善を達成している。
【0024】
上述のとおり、本発明においてマンガン及びニッケルの同時添加を必須としたのは、MnNi化合物の生成のためである。その機構は明らかではないが、MnNi化合物は、ろう材の低融点化と固相線温度と液相線温度との温度差の縮小を促進する作用がある。また、MnNi化合物の存在は、銀ろう材の加工性とぬれ性の改善効果も発揮し得る。本発明者等の検討によれば、MnNi化合物によるこれらの効果は、銀ろう材の銀含有量を適度に低くした場合において発現する。そして、銀含有量が低過ぎる場合においては、その効果は消失する。
【0025】
上記のようなMnNi化合物の作用を考慮し、本発明のマンガンの含有量は2質量%以上6質量%以下とする。2質量%未満では、MnNi化合物の生成が困難となると予測されている。また、6質量%を超える過剰のマンガンは融点の上昇とぬれ性の悪化が懸念される。更に、マンガンは酸化しやすい金属であるので、その含有量が多いと、ろう付時に酸化して接合を阻害するおそれがある。
【0026】
・ニッケル:1.5質量%以上6質量%以下
ニッケルはマンガンと同様、本発明における特徴的な必須の添加元素である。そして、上記のMnNi化合物の生成による作用を考慮し、本発明のニッケルの含有量は1.5質量%以上6質量%以下とする。1.5質量%未満では、MnNi化合物の生成が困難となると予測され、その効果を享受できない可能性がある。また、6質量%を超える過剰のニッケル添加は融点の上昇が懸念される。また、マンガンと共にニッケルを過剰添加するとぬれ性が悪化するおそれがある。
【0027】
・マンガン含有量とニッケル含有量との関係
ここまで述べたとおり、本発明に係る銀ろう材では、マンガンとニッケルは必須の添加元素であり、それぞれについて一定範囲の含有量が設定されている。本発明者等によれば、上記のマンガン含有量及びニッケル含有量は、主に銀ろう材の融点と加工性に影響を及ぼす。即ち、銀等の他の構成元素の含有量とマンガン及びニッケルの含有量を規定した範囲内とすれば、低融点(液相線温度705℃以下)と固相線温度と液相線温度との温度差の縮小(50℃以下)を達成し、加工性の確保も可能となる。
【0028】
但し、ろう材にとって重要な特性であるぬれ性の確保に関しては、マンガン及びニッケルを含む各構成元素の含有量を個々に調整するだけでは不十分である。本発明者等の検討によれば、ぬれ性の改善に関しては、マンガン含有量とニッケル含有量の適正化とともに、それら関係を規定することが必要である。具体的には、マンガン含有量をCMnとし、ニッケル含有量をCNiとしたとき、下記の関係式を具備することが必要である。
【0029】
【0030】
マンガン含有量(CMn)とニッケル含有量(CNi)との間に、上記のような関係を要求するのは、添加したマンガン及びニッケルのそれぞれを過不足なく反応させて有効なMnNi化合物を生成させるためと考察する。本発明において効果的と推定されるMnNi化合物としては、マンガンとニッケルとの重量比が1:1に近く、僅かにニッケルの配分が多い金属間化合物(η相)が有効であると推定している。上記の関係式は、このMnNi化合物の構成を考慮したものである。そして、マンガン及びニッケルを添加する銀ろう材であっても、それらの含有量が上記関係式から逸脱する場合、ぬれ性が劣るろう材となる傾向がある。
【0031】
・錫:0.5質量%以上5質量%以下
錫は、銀ろう材の融点を調整するための添加元素である。但し、錫はろう材の加工性を低下させる作用があることからその含有量には限度がある。即ち、5質量%を超える錫の添加は、ろう材の加工性が悪化し、塑性加工が困難となる。また、錫の添加は銀ろう材の固相線温度の低下に大きく寄与できるが、液相線温度を低下させる作用は弱い。そのため、過剰の錫の添加は温度差の拡大に繋がる。よって、本発明では、錫の含有量を0.5質量%以上5質量%以下とする。錫の含有量は、1質量%以上3質量%以下がより好ましい。
【0032】
・銅及び不可避不純物
以上説明した銀及び各添加元素の他、残部を銅及び不可避不純物とする。銅は、銀と共に銀ろう材の必須の構成元素である。また、本発明に係るろう材では、不可避不純物の含有も許容される。不可避不純物としては、アルミニウム(Al)、ビスマス(Bi)、カドミウム(Cd)、リン(P)、鉛(Pb)、ケイ素(Si)、鉄(Fe)等が挙げられる。これらの不可避不純物は、それぞれ0質量%以上0.15質量%以下とするのが好ましい。上記の不純物のうち、銀ろう材の分野においては、従来から有害元素として、カドミウムや鉛が忌避されている。本発明においても、これらの有害元素の含有量が低減されているものが好ましく、カドミウムが0質量%以上0.010質量%以下であり、鉛が0質量%以上0.025質量%以下であるものがより好ましい。
【0033】
B.本発明に係る銀ろう材の製造方法
以上説明した本発明に係る銀ろう材は、従来のろう材と同様に溶解鋳造法により製造できる。溶解鋳造では、製造目的の銀ろう材と同等の組成となるように組成調整がなされた銀合金の溶湯を鋳造して、溶湯を冷却し凝固して合金塊を製造する。溶解鋳造は、鋳型により合金鋳塊(合金インゴット)を溶解鋳造するインゴット鋳造の他、連続鋳造法、半連続鋳造法が適用できる。
【0034】
溶解鋳造後の合金素材を適宜に塑性加工し所望の形状として銀ろう材とすることができる。塑性加工としては、圧延加工、鍛造加工、押出し加工、引抜き加工、線引き加工、プレス加工等があるが特に限定されない。
【0035】
C.本発明に係る銀ろう材による接合方法
本発明に係る銀ろう材による接合方法は、基本的に従来の銀ろう材による接合方法と同様となる。即ち、被接合部材のろう付部位に銀ろう材を設置し、銀ろう材を加熱し溶融することでろう付接合部が形成される。ここで、本発明に係る銀ろう材においては、705℃以下の融点(固相線温度)を示すことから、作業温度となる銀ろう材の加熱温度を725℃以上825℃以下とすることでろう付ができる。本発明に係る銀ろう材は、固相線温度と液相線温度との温度差を50℃以下としており、かかる加熱温度とすることで作業性良好にろう付作業が可能となる。
【0036】
尚、銀ろう材によるろう付接合においては、ろう材をフラックスで被覆し、ろう材を加熱することが好ましい。ろう材の酸化を抑制するためである。フラックスとしては、銀ろう材に使用できる公知のフラックスを使用することができる。尚、ろう材の加熱は被接合材を介して加熱することができる。
【0037】
D.本発明に係る銀ろう材による接合品
本発明に係る銀ろう材は、銅、真鍮等の銅合金、炭素鋼、工具用鋼、ステンレス鋼等を構成部材とする接合品の製造に好適である。少なくとも一方の被接合材が、前記の材質であるときに有効である。また、異種金属材料間のろう付接合にも好適である。本発明により製造される接合品として、特に有用なものとして工具、特に切削工具が挙げられる。
【発明の効果】
【0038】
以上説明したように、本発明に係る銀ろう材は、少銀化と低融点化という従来の要求にこたえると共に、固相線温度と液相線温度との温度差の縮小が達成された銀ろう材である。この銀ろう材は、所定範囲で設定された銀含有量と、マンガンとニッケルの双方を適切な範囲で添加したことにより、その効果を発揮する。また、マンガンとニッケルの含有量に関しては、これをより厳密に設定することで加工性及びぬれ性にも優れた銀ろう材を得ることができる。
【0039】
本発明に係る銀ろう材は、銅又は銅合金のろう付接合、工具用金属材料(鉄系材料等)やステンレス鋼等の鋼のろう付接合の他、異種金属材料間のろう付接合にも好適である。本発明に係る銀ろう材によるろう付では、作業温度となる加熱温度を低温にすることができ、溶け分かれ現象等を懸念することなく効率的なろう付作業ができる。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の実施形態について説明する。本実施形態では、各種の組成の銀ろう材(Ag-Cu系合金)を溶解鋳造で製造し、その固相線温度と液相線温度を測定した。そして、各ろう材について、加工性及びぬれ性の評価を行った。
【0041】
各種銀ろう材の評価サンプルの製造では、まず、各構成金属の高純度材料を混合して大気中で溶解し鋳造することで棒状の合金インゴット(直径18mm)を製造した。次に、この棒状の合金インゴットをスライスして厚さ3mmのサンプルを切り出した。そして、圧延及び切断して小片状サンプルとした。化学分析・蛍光X線分析にはこのサンプルを使用して詳細な組成分析を行った。また、切り出したサンプルから、更に0.1gの熱分析用サンプルを切り出し、固相線温度と液相線温度の測定を行った。
【0042】
固相線温度と液相線温度の測定は、示差走査熱量測定(DSC)により行った。本実施形態では、測定装置としてブルカーエイエックスエス社製DSC3300を用い、Ar雰囲気下で、昇温速度20℃/分、測定温度範囲は室温から1250℃とした。測定されたチャートについて、昇温時のピークのピーク高さの40~50%程度の高さ近辺の比較的安定した位置(立ち上り側と立ち下がり側)について接線を引くと共に、ベースラインに沿った接線を引いた。そして、ピークの立ち上り側で引かれた接線とベースラインの接線との交点を固相線温度(SL)とし、ピークの立ち下がり側で引かれた接線とベースラインの接線との交点を液相線温度(LL)とした。また、測定された固相線温度と液相線温度に基づき、両者の差を算出した。
【0043】
本実施形態で製造した各種組成の銀ろう材の組成及び融点(固相線温度)と液相線温度、及び、加工性評価結果を表1に示す。尚、本実施形態では、従来から良く知られている銀ろう材である「BAg-7」と同等の組成の銀ろう材を「従来例」として製造・検討した。
【0044】
【0045】
表1のNo.1~No.15の銀ろう材を検討するに、マンガン及びニッケルの双方添加によって低融点化(液相線温度705℃以下)と固相線温度と液相線温度との温度差(50℃以下)の縮小を図ることができると見受けられる。
【0046】
No.16のろう材は、上述した特許文献1記載の銀ろう材に近い銀ろう材である。この銀ろう材は、マンガン及びニッケルを添加するも、それらの量が過小であるためそれらの効果が発揮されることなく、液相線温が高く、固相線温度と液相線温度との温度差の縮小も不十分であった。
【0047】
No.17の銀ろう材は、マンガン量が少なく、錫を含んでいないので、満足できる融点ではなかった。No.18、19の銀ろう材は、マンガンとニッケルとの同時添加をしていないので、液相線温度が高く不適であった。また、これらの銀ろう材では、錫を添加していないので固相線温度が高めとなっており、これらに錫を添加した場合には、固相線温度低下により液相線温度との温度差が拡大すると予測される。No.20の銀ろう材は、銀含有量が少な過ぎて、固相線温度と液相線温度との温度差が大きく、液相線温度も高い。一方、No.21の銀ろう材は、銀含有量が多過ぎで少銀化の意義も薄く、固相線温度と液相線温度との温度差も大きい。No.22の銀ろう材は、亜鉛が少なく固相線温度と液相線温度との温度差が50℃を超えている。
【0048】
そして、No.23の銀ろう材は、錫の過剰添加により、融点(固相線温度)の低温化は顕著となったものの、固相線との温度差が拡大した。本発明においては、錫の添加は、必須ではあるが融点調整のための補助的な添加元素であると考えられる。
【0049】
次に、上記の本実施形態に係る銀ろう材の中で融点に関する条件、即ち、液相線温度705℃以下であり、且つ、固相線温度と液相線温度との温度差が50℃以下の基準をクリアした銀ろう材(No.1~No.15及び従来例)から、いくつかのろう材(No.1~No.4、No.10、No.14、15、及び従来例)について、加工性とぬれ性の評価試験を行った。
【0050】
加工性の評価方法は、上述した銀ろう材の製造工程において、溶解鋳造後の棒状インゴットから切り出したサンプルを圧延機にて圧延したときの塑性加工の可否から判定した。圧延は、室温にて加工率10%で圧延加工し、割れ等がなく加工可能であった場合と加工性良(◎)と判定し、圧延材の端部等に微小な割れがあったが加工は可能あったものを加工性可(○)とした。一方、圧延材に顕著な割れが発生した場合や破砕が生じ圧延ができなかった場合を加工性不良(×)と判定した。
【0051】
ぬれ性の評価方法では、棒状インゴットから切り出した各種銀ろう材のサンプルから、更に0.1gのぬれ性評価用の銀ろう材を切り出した。
【0052】
次に、炭素鋼、銅板、真鍮からなる3種の試験用金属板(寸法:幅40mm×長さ50mm×厚さ1.2mm)を用意した。そして、各金属板にろう材を載置し、評価試験における加熱時間を設定するため、この状態のろう材を金属板の裏面からバーナーで加熱し、銀ろう材が750℃に到達するまでの時間を測定し記録した。
【0053】
ぬれ性評価試験では、以上の準備を行った後、各金属板にろう材を載置した後、加熱時の酸化防止のため、銀ろう材と金属板の表面にフラックス(東京ブレイズ株式会社製 TB610)を塗布した。そして、金属板を裏面からバーナー加熱してろう材を溶融させた。バーナー加熱は、上記で測定された時間の間のみ行い、時間経過後に加熱を停止して、大気中で放冷した。放冷後、フラックスを洗浄し、溶融・凝固した銀ろう材のぬれ広がりの面積を測定した。面積の測定方法は、銀ろう材がぬれ広がった部分の縦・横2方法の長さを測定した。そして、それぞれについて、測定された長さを直径とする仮定円の面積を求め、求められた二つの面積の平均値をぬれ広がり面積とした。この方法に基づき、各金属板に対して各銀ろう材の試験を3回行い、それらの平均値を当該銀ろう材の各金属板に対するぬれ広がり面積とした。
【0054】
ぬれ性の評価は、上記で測定した各銀ろう材のぬれ広がり面積に基づいた。まず、各金属板における濡れ性を、銀ろう材のぬれ広がり面積に対して、以下のように評価した。
・炭素鋼:150mm2以上を「優良(◎)」とし、70mm2以上150mm2未満を「可(○)」とし、70mm2未満を「不良(×))」と評価した。
・銅:150mm2以上を「優良(◎)」とし、70mm2以上150mm2未満を「可(○)」とし、70mm2未満を「不良(×))」と評価した。
・真鍮:150mm2以上を「優良(◎)」とし、60mm2以上150mm2未満を「可(○)」とし、60mm2未満を「不良(×))」と評価した。
【0055】
そして、上記3種の金属板における評価結果の中で、1つでも「優良(◎)」があれば、ぬれ性の総合評価「優良(◎)」と判定し、1つでも「不良(×)」があれば。ぬれ性の総合評価「不良(×)」と判定し、それ以外の場合をぬれ性の総合評価「可(○)」と判定した。
【0056】
以上の加工性とぬれ性評価の結果を表2に示す。
【0057】
【0058】
この評価試験の対象となった銀ろう材は、従来例を除き、本発明に係る銀ろう材の構成元素(銀、亜鉛、マンガン、ニッケル、錫、銅)を全て含む。表2に示した評価結果から、マンガン含有量とニッケル含有量との比(CMn/CNi)が低いNo.14の銀ろう材は、今回評価した全ての材料に対してぬれ性が悪く、ろう付時の作業性に大きな支障があると推定された。また、No.15の銀ろう材は、マンガン含有量とニッケル含有量が過剰であることと、両者のバランスに欠くことから、ぬれ性が不十分であったと考えられる。この銀ろう材の場合、炭素鋼と真鍮へのぬれ性が「可(○)」であった。この結果と、No.14の銀ろう材の組成を併せて考察すると、組成に関しては、マンガン含有量とニッケル含有量の上限値をNo.14の6.0%程度に抑制しつつ、両者の比の値を0.89よりも少し大きくすることが好ましいと考察された。No.10の銀ろう材の結果を参照すると、マンガン含有量とニッケル含有量との比については、0.9以上が適切と考えられる。本発明では、以上の考察から、マンガン含有量とニッケル含有量の上限とそれらの比を設定した。
【0059】
尚、従来例の銀ろう材(BAg-7)は、同様に融点に関する基準はクリアしており、ぬれ性も良好であった。少銀化を図りながら、低融点化と作業性を確保する観点からみると、銀含有量を10質量%以上低減できる本発明の有用性は明らかである。また、従来例の銀ろう材は、加工性に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0060】
以上説明したように、本発明に係る銀ろう材は、少銀化とろう材としての特性改善の双方を達成することができるろう材である。本発明は、低融点化という銀ろう材に対する従来の要求に応えると共に、固相線温度と液相線温度との温度差の縮小が達成された銀ろう材である。本発明の銀ろう材は、所定範囲で設定された銀含有量と、マンガン及びニッケルの双方を適切な範囲で添加すると共に、それらの含有量の関係を厳密に設定する。これにより、上記の融点に関する基準をクリアすると共に、ぬれ性にも優れた銀ろう材を得ることができる。
【0061】
本発明に係る銀ろう材は、銅又は銅合金のろう付接合、工具用金属材料(鉄系材料等)やステンレス鋼等の鋼のろう付接合の他、異種金属材料間のろう付接合にも好適である。本発明に係る銀ろう材によるろう付では、作業温度となる加熱温度を低温にすることができ、溶け分かれ現象等を懸念することなく効率的なろう付作業ができる。