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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-06
(45)【発行日】2023-06-14
(54)【発明の名称】電子銃および電子線応用装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/073 20060101AFI20230607BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20230607BHJP
   H01J 1/34 20060101ALI20230607BHJP
【FI】
H01J37/073
H01J37/28 B
H01J1/34
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021553983
(86)(22)【出願日】2019-10-31
(86)【国際出願番号】 JP2019042781
(87)【国際公開番号】W WO2021084684
(87)【国際公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-04-25
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 卓
(72)【発明者】
【氏名】森下 英郎
(72)【発明者】
【氏名】井手 達朗
(72)【発明者】
【氏名】高武 直弘
(72)【発明者】
【氏名】圓山 百代
(72)【発明者】
【氏名】小瀬 洋一
(72)【発明者】
【氏名】揚村 寿英
(72)【発明者】
【氏名】片根 純一
【審査官】鳥居 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】特表平11-509360(JP,A)
【文献】特開2019-057387(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 1/34
H01J 37/073
H01J 37/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と光電膜を有するフォトカソードと、
パルス励起光を発光し、前記パルス励起光の放出角度を変える角度変調機構を備える光源と、
前記パルス励起光を前記フォトカソードに向けて集光する集光レンズと、
前記フォトカソードに対向して配置され、前記パルス励起光が前記集光レンズにより集光され、前記フォトカソードの前記基板を透過して入射されることにより、前記光電膜から発生する電子ビームを加速させる引き出し電極とを有し、
前記角度変調機構は、複数のレーザー光源と、その一端に前記複数のレーザー光源のそれぞれが配置された複数の光ファイバーと、前記複数の光ファイバーの他端に対向して配置されるコリメータレンズと、前記複数のレーザー光源のいずれかを駆動するパルス電源とを有し、
前記パルス励起光は、前記フォトカソードの前記光電膜の複数位置に所定の周期で集光され、前記複数位置のそれぞれに集光される前記パルス励起光のタイミングは異なっている電子銃。
【請求項2】
請求項において、
前記光源と前記集光レンズにより構成される励起光収束光学系において、前記複数位置のそれぞれに集光される前記パルス励起光が、前記パルス励起光の波長での回折限界まで絞り込まれるよう、前記フォトカソードの前記光電膜の前記複数位置は、前記励起光収束光学系の中心軸からの距離が定められる電子銃。
【請求項3】
基板と光電膜を有するフォトカソードと、
パルス励起光を発光し、前記パルス励起光の放出角度を変える角度変調機構を備える光源と、
前記パルス励起光を前記フォトカソードに向けて集光する集光レンズと、
前記フォトカソードに対向して配置され、前記パルス励起光が前記集光レンズにより集光され、前記フォトカソードの前記基板を透過して入射されることにより、前記光電膜から発生する電子ビームを加速させる引き出し電極とを有し、
前記角度変調機構は、パルス平行光源と、空間光変調器とを有し、
前記パルス平行光源からの前記パルス励起光は、前記空間光変調器により変調されて、前記フォトカソードの前記光電膜の複数位置に所定の周期で集光され、前記複数位置のそれぞれに集光される前記パルス励起光のタイミングは異なっている電子銃。
【請求項4】
請求項1または3において、
前記集光レンズと前記フォトカソードとの間に配置される球面収差補整板を有し、
前記光源と、前記球面収差補整板と、前記集光レンズにより構成される励起光収束光学系において、前記複数位置のそれぞれに集光される前記パルス励起光が、前記パルス励起光の波長での回折限界まで絞り込まれるよう、前記球面収差補整板の屈折率及び厚さが定められる電子銃。
【請求項5】
光源及び集光レンズを含む励起光収束光学系と、フォトカソードとを備える光励起電子銃と、
前記光励起電子銃からのパルス電子ビームを試料上で2次元に走査する偏向器を含む電子光学系と、
前記励起光収束光学系を制御して、前記フォトカソードの異なる位置から異なるタイミングで前記パルス電子ビームを放出させる制御部とを有し、
前記制御部は、前記パルス電子ビームの放出を制御する制御信号と同期して、前記フォトカソードの異なる位置から放出された前記パルス電子ビームが前記試料上の同じ位置に照射されるよう、前記パルス電子ビームの軌道を制御する偏向制御信号を出力する電子線応用装置。
【請求項6】
請求項において、
前記電子光学系は、前記パルス電子ビームを偏向させるアライナを有し、
前記アライナは、前記偏向制御信号に応じて前記パルス電子ビームを偏向させる電子線応用装置。
【請求項7】
光源及び集光レンズを含む励起光収束光学系と、フォトカソードとを備える光励起電子銃と、
前記光励起電子銃からのパルス電子ビームを試料上で2次元に走査する偏向器を含む電子光学系と、
前記パルス電子ビームが前記試料に照射されることにより発生する電子を検出して、検出信号を出力する検出器と、
前記励起光収束光学系を制御して、前記フォトカソードの複数位置から異なるタイミングで前記パルス電子ビームを放出させる制御部とを有し、
前記制御部は、前記パルス電子ビームの放出を制御する制御信号と同期した弁別信号を出力し、前記弁別信号により、前記検出器の出力した検出信号が、前記フォトカソードの前記複数位置のうち、どの位置から放出された前記パルス電子ビームが前記試料に照射されることにより検出された検出信号であるかを弁別可能とされる電子線応用装置。
【請求項8】
請求項において、
前記弁別信号によって弁別された検出信号を、前記試料上の異なる位置の検出信号として画像を形成する画像形成部を有する電子線応用装置。
【請求項9】
請求項において、
前記フォトカソードの前記複数位置から放出される複数の前記パルス電子ビームは、前記偏向器により第1の方向に掃引されて前記第1の方向に延在する軌跡を描き、複数の前記パルス電子ビームが前記試料に照射される位置は、隣接する前記軌跡間の距離が等しくなるよう調整される電子線応用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光励起電子銃およびそれを用いた電子顕微鏡などの電子線応用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
高分解能の電子顕微鏡においては、輝度が高く、放出する電子ビームのエネルギー幅が狭い電子源が必須である。従来、高輝度電子源として冷陰極電界放出(CFE:Cold Field Emission)電子源やショットキー(SE:Schottky Emission)電子源が使用されている。これらは、先端が小さな針形状で、仮想光源サイズは数nmから数十nmである。これに対して、負の電子親和力(NEA:Negative Electron Affinity)を利用した光励起電子源は、エネルギー幅は極めて狭い一方、平面状の電子源であり、光源サイズとなる励起光の焦点サイズは1μm程度と大きい。しかし、光励起電子源からの放出電子の直進性が良いため、電流密度を大きくすることで高輝度化が期待される。
【0003】
特許文献1には光励起電子源が開示されている。フォトカソードとして透明基板、具体的にはガラス上にフォトカソード膜(光電膜)を貼り付けたものを用い、透明基板に近接して置いた開口数(NA:Numerical aperture)が大きい0.5程度の集光レンズで励起光を光電膜上に回折限界に収束することで小さな電子光源とし、ここから真空中に放出する電子線を利用する電子銃構造が示されている。高輝度化に適したフォトカソードとして、近年、特許文献2に示されるように、半導体の結晶成長技術を用いて半導体基板上にフォトカソード層を形成した半導体フォトカソードの開発が進められている。非特許文献1に示されるように、半導体フォトカソードはショットキー電子源と同程度の輝度が得られている。
【0004】
特許文献3には、2次元レーザアレイから放出されるレーザー光を平版マイクロレンズアレイでNEAフォトカソードに集光させることにより、マルチ電子ビームを放出させる微小電子源が開示されている。しかしながら、高分解能な電子顕微鏡に応用するために必要な微小電子源の高輝度化に関する記述はない。
【0005】
特許文献4には、電子ビームリトグラフィを高速化する多重電子ビームリトグラフィについて、紫外光源からの紫外光を空間光変調器により変調して光陰極上に導くことにより、多重集束電子ビームを発生させることが開示される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2001-143648号公報
【文献】特開2009-266809号公報
【文献】特開2000-123716号公報
【文献】特表2004-506296号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Kuwahara他、「Coherence of a spin-polarized electron beam emitted from a semiconductor photocathode in a transmission electron microscope」Applied Physics Letters、Vol. 105、p.193101、2014年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
光励起電子銃を用いた電子顕微鏡でCFE電子源に匹敵する高分解能を実現するには、光励起電子銃をより高輝度化することが必要である。しかしながら、フォトカソードに照射する励起光の強度を上げていっても、フォトカソード上に形成される電子源(NEA電子源)から得られるプローブ電流は途中から飽和してしまい、放出電流が得られる輝度には上限があった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一実施の形態である電子銃は、基板と光電膜を有するフォトカソードと、パルス励起光を発光する光源と、パルス励起光をフォトカソードに向けて集光する集光レンズと、フォトカソードに対向して配置され、パルス励起光が集光レンズにより集光され、フォトカソードの基板を透過して入射されることにより、光電膜から発生する電子ビームを加速させる引き出し電極とを有し、パルス励起光は、フォトカソードの光電膜の異なる位置に異なるタイミングで集光される。
【0010】
また、フォトカソードの異なる位置から異なるタイミングでパルス電子ビームを放出する光励起電子銃を用いて電子線応用装置を構成する。
【発明の効果】
【0011】
高い輝度の光励起電子銃、それを用いた電子線応用装置を実現する。
【0012】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1A】光励起電子銃の構成図である。
図1B】カソード表面に形成される電子源の位置を示す図である。
図2A】角度変調機構を有する平行光源の構成例を示す図である。
図2B】バンドルに固定されたファイバー端の位置を示す図である。
図2C】レーザー光源による発光のタイムチャートである。
図3】第1の電子顕微鏡構成を示す概略構成図である。
図4A】第1の電子顕微鏡構成の電子光学系を説明するための図である。
図4B】パルス電子ビームによるプローブ電流の大きさを説明するための図である。
図5】角度変調機構の別の構成例を示す図である。
図6】光励起電子銃の構成図である。
図7A】第2の電子顕微鏡構成における信号検出方法を説明するための図である。
図7B】第2の電子顕微鏡構成における走査方法を説明するための図である。
図7C】第2の電子顕微鏡構成における走査方向とパルス電子ビームが照射される位置との関係を説明するための図である。
図7D】パルス電子ビームごとの検出信号の大きさを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施例を用いて説明する。
【0015】
図1Aに複数の電子源を形成する光励起電子銃の構成を示す。透明基板11に支持された光電膜10に対して、平行光源7からのパルス励起光12を集光レンズ2により収束させて照射する。パルス励起光12(実線)の方向が励起光収束光学系の中心軸101と平行な場合、光電膜10上の中心軸101の点からパルス電子ビーム13が放出される。励起光源である平行光源7は角度変調機構を有しており、励起光を放出する角度を変えることができるものとする。平行光源7が傾いたパルス励起光12b(破線)を発生すると、パルス励起光12bは集光レンズ2の作用を受け、光電膜10上の中心軸101とは離れた場所に焦点を結ぶ。この焦点と中心軸との距離をr、傾けたパルス励起光12bの方向と中心軸101とのなす角度をθとすると、
r=f・tanθ・・・(式1)
の関係が成り立つ。ここでfは集光レンズ2の焦点距離である。このように、電子源の中心軸からの距離rは励起光の傾きθで決めることができる。なお、傾きθは3次元空間における傾きであるから、中心軸101の方向をz軸とし、x軸とy軸で張られるxy平面がz軸に垂直な平面であるとしたとき、距離r及び傾きθは、それぞれx軸方向成分とy軸方向成分を有するベクトル(rx,ry),(θx,θy)として表現できる。
【0016】
図1Bに示すように、平行光源7が傾きθを変えてパルス励起光12bを照射することにより、カソード表面Pには複数の電子源s1,s2,s3,s4が形成される。図1Bには、カソード表面Pと中心軸101との交点O1をあわせて示している。上述したように、カソード表面Pにおける電子源siと交点O1との距離riは、パルス励起光12bの中心軸101に対する傾きθiに依存する。なお、図1Bの例では、電子源となる励起光の集光点siに中心軸101上の点(交点O1)を含んでいないが、点O1の位置に励起光の集光点が形成されるようにしてもよい。
【0017】
図2Aに、角度変調機構を有する平行光源7の構成例を示す。本構成では、複数の光源からの励起光をコリメータレンズ21により平行光として出力する。コリメータレンズ21の光軸が励起光収束光学系の中心軸101である。平行光源7は、複数の光ファイバー23-1~4を含み、光ファイバー23の一端はバンドル22により固定されており、複数の光ファイバー23の他端には対応する複数のレーザー光源24-1~4が配置されている。
【0018】
コリメータレンズ21の光軸上にファイバー端が設けられている場合、励起光収束光学系の中心軸101(コリメータレンズ21の光軸)と平行な励起光12(実線)が照射される。これに対して、ファイバー端が励起光収束光学系の中心軸101上にない場合には、励起光12(実線)に対して角度θ傾いた励起光12b(破線)が照射される。図2Bにコリメータレンズ21側からみたバンドル22で固定された光ファイバー23-1~4を示す。図2Bには、バンドル22と中心軸101との交点O2をあわせて示している。ファイバー端と中心軸との距離をrs、コリメータレンズの焦点距離をfcとすると、
s=fc・tanθ・・・(式2)
の関係が成り立つ。なお、同様に距離rsも、x軸方向成分とy軸方向成分を有するベクトル(rsx,rsy)として表現できる。(式1)及び(式2)からθを消去することで、電子源siと励起光収束光学系の中心軸O1との距離r(=(rx,ry))は、rs(f/fc)(=(rsxf/fc,rsyf/fc))で決定されることが分かる。
【0019】
レーザー光源24はパルス電源25に駆動されてパルス光を発生する。パルス電源25は、コントローラ26からのレーザー制御信号27によって制御される。図2Cに各レーザー光源24-1~4が発光するタイムチャートを示す。縦軸は各レーザー光源24が発生する光強度I、横軸は時間tである。レーザー光源24-1~4が発光したパルス励起光は、カソード上の電子源s1~s4の位置にそれぞれ集光される。
【0020】
各レーザー光源24はパルス幅tpの励起光を、周期T秒で発光し、かつ各レーザー光源24の発光するタイミングは互いにずれている。この結果、電子源s1に対応するレーザー光源24-1、電子源s2に対応するレーザー光源24-2、電子源s3に対応するレーザー光源24-3、電子源s4に対応するレーザー光源24-4が順次、パルス光を周期T秒で繰り返し発光する。レーザー光源24-iが発光するタイミングは、電子源siがパルス電子ビーム13を放出するタイミングに相当し、各電子源siから放出するパルス電子ビーム13は時間的に重ならないよう、制御されている。
【0021】
光励起電子銃を用いた走査電子顕微鏡の概略構成(第1の電子顕微鏡構成)を図3に示す。光励起電子銃15は真空容器9と図1Aに示した励起光収束光学系とを含み、真空容器9中で、フォトカソード1は引き出し電極3に対して加速電源5から加速電圧-V0が印加されたカソードホルダ4上に置かれ、フォトカソード1から発生するパルス電子ビーム13は加速V0で真空容器9の開口部14を通って、電子光学筐体16に入る。励起光12は窓6を通って真空容器9中に取り込まれる。電子光学筐体16は、コンデンサレンズ31、電子レンズ17、対物レンズ29などの電子レンズ類により縮小されたパルス電子ビーム13が試料20に入射され、ここから発生する電子を電子検出器19で電気信号に変換する。パルス電子ビーム13は偏向器18により試料20上に入射する位置を変えられ、画像形成部(図示しない)は、この位置情報と電子検出器19からの信号を画像として構成して走査電子顕微鏡像(SEM画像)が得られる。
【0022】
図4A図3に示した電子光学系の詳細を示す。電子光学系の光軸34に対して離れた位置に形成された励起光の焦点(Sk)から放出されるパルス電子ビームの軌道30は引き出し電極3を経由し、光軸34に対して、より離軸する方向に進み、コンデンサレンズ31により振り戻され、このままでは軌道30b(破線)をとるが、アライナ8によって偏向され、光軸34に一致する軌道30aとなる。図2Cに示したように、時間によってフォトカソード1上の異なる電子源Si(i=1~n)が電子放出するため、電子源Siから放出されるパルス電子ビームが同じ軌道30aとなって、試料上の同じ位置に照射されるよう、アライナ8の偏向量は電子源Siに応じて制御される。このため、アライナ8による電子ビームの偏向量(偏向の向き、大きさを含む)を制御するアライナ電源33は、コントローラ26からレーザー制御信号27と同期して出力される偏向制御信号28によって制御される。アライナ8としては、電子ビームを磁界により偏向するもの、電界により偏向するものなどが用いられる。パルス電子ビームのパルス幅、あるいは次のパルス電子ビームの放出までの間隔が短い場合は、高速の静電アライナが好適である。この結果、試料20に入射するパルス電子ビーム13のプローブ電流Ip図4Bに示すように、各電子源s1~s4からのパルス電子ビームのプローブ電流Ip1~Ip4の和となり、実質的な輝度は1本のパルス電子ビームの場合の4倍となる。なお、電子源の数は複数であれば高輝度化の効果があり、電子源の数を例えば10、100などと増加させることにより、さらに一層の高輝度化を達成することができる。
【0023】
なお、アライナ8はパルス電子ビーム13を電子光学系の光軸34に一致させるように偏向させる例で説明したが、1本のビームに見えれば同様の効果があるので、偏向後の軌道は傾いていてもよく、電子源Si(i=1~n)からのパルス電子ビームのアライナ8による偏向後の軌道が同じになっていればよい。
【0024】
さらに各電子源s1~s4からのパルス電子ビームの軌道を揃えるためにアライナ8ではなく、偏向器18(図3参照)に対して、偏向信号に電子源の位置の違いによる軌道差を補正する信号を重畳させても同様の効果を得ることができる。この場合、偏向制御信号28は、偏向器18に入力され、かつ電子源の位置と電子光学系の倍率及び回転角とに基づく補正情報を含む。
【0025】
励起光収束光学系の最適な一例を説明する。集光レンズ2に、透明基板11を厚さ1.2mm、屈折率が1.5程度のガラス等とする場合に最適化された開口数(Numerical aperture)NA=0.5、焦点距離f=4.2の非球面レンズを用いる場合、フォトカソード1に集光される励起光は軸中心からおよそ80μm以内の場所では励起光の波長での回折限界まで絞り込まれている。このため、高い輝度を得るためには、中心軸から80μm以内の領域に電子源siが形成されるようにすればよい。このため、励起光の傾きθは中心軸から17mrad以内を選ぶ。なお、高い輝度を得るには開口数が大きい、例えば、NAを0.4以上の集光レンズ2を用いることが望ましく、特に上記仕様を満たす非球面レンズは光学記録媒体用のピックアップとして利用されているため、低コストに入手できる利点を有している。
【0026】
また、コリメータレンズの焦点距離fcは、原理的には制限はないが、長すぎるとフォトカソードに入射する励起光の強度が低く、短すぎるとファイバーの間隔が近づけられなくなるので、40mmから20mmの範囲で選ばれる。
【0027】
光電膜10としては、表面にCsを主とする仕事関数低下被膜を設け、p型GaAsを主成分とする光電膜を用い、負の電子親和力(NEA:Negative Electron Affinity)を用いた電子源を形成する。発明者らの検討によれば、このような光電膜に連続発振した励起光を照射し続ける場合、電子源としての最大の輝度は1×107A/sr/m2/V程度であった。この値は、高分解能電子顕微鏡で用いられているZr-O/Wを加熱して用いるSE(Schottky Emission)電子源と同等である。これに対して、最高分解能の電子顕微鏡には、より輝度の高い冷陰極電界放出(CFE:Cold Field Emission)電子源が用いられており、CFE電子源はSE電子源の10倍程度の輝度を有しているため、少なくともこれと同等輝度の電子源を実現できなければ、NEA電子源を用いた最高分解能の電子顕微鏡は実現できない。
【0028】
NEA電子源に対して、連続発振した励起光ではなく、パルス幅10n秒程度のパルス励起光を照射すると、瞬間的にはCFE電子源と同等、あるいはCFE電子源を超える輝度が得られることが見出された。しかしながら、電子顕微鏡の電子源とするには、時間平均したプローブ電流量Ipが十分な値となる必要がある。このため、光電膜10にパルス励起光を連続的に照射させたところ、単発のパルス励起光を照射したときの輝度値から期待されるプローブ電流量は得られなかった。すなわち、パルス励起光を連続的に照射して得られる電子源の特性は、連続発振した励起光を照射して得られる電子源の特性に近づくことが分かった。そこで、1つのNEA電子源ではパルス励起光を使っても、時間平均すると高輝度化は達成できないと結論付け、1つのフォトカソードに複数のNEA電子源を形成する本実施例の構成を想到するに至った。NEA電子源の場合、フォトカソード上における励起光の集光点が電子源となるため、パルス励起光により瞬間的に輝度の高い電子ビームを発生させるNEA電子源を異なる場所に複数形成可能であり、NEA電子源からのプローブ電流が重ならないように時間分割して電子ビームを発生させることで、電子光学系の高輝度電子源として利用することができる。電子光学系の電子源を高輝度化することによって、電子顕微鏡はさらなる高分解能化が可能となるとともに、プローブ電流が増加することにより測定の短時間化が達成される。時間分割する電子源の数を例えば10、100などと増加させることにより、さらに一層の高輝度化を達成することが容易になる。
【0029】
平行光源7の角度変調機構としては、図2Aに示した複数のレーザー光源を用いる他、図5に示すように、1つのパルス平行光源50と可動ミラー51とで構成してもよい。x用とy用の2枚の可動ミラーで構成すれば、可動ミラーの可動機構を単純な構造として、NEA電子源をフォトカソード1のx-y面上の任意の位置に配することができる。なお、可動ミラー51以外にも、液晶素子、マイクロミラー、電気光学素子、弾性素子などの空間光変調器を用いて平行光の角度を変調できる。
【0030】
また、透明基板11に厚さ1.2mmのガラスを用いたフォトカソード1ではなく、図6に示すように、より高輝度なフォトカソードとして、単結晶半導体透明基板60を用いたフォトカソード1を用いる一方、集光レンズ2には上述した非球面レンズをそのまま用いる場合には、集光レンズ2とフォトカソード1との間に球面収差補整板61を入れる。球面収差補整板61の屈折率と厚さは、励起光が単結晶半導体透明基板60内を通り、光電膜10上に回折限界の小さい焦点を結ぶように決定される。
【0031】
図4の電子光学系では、複数のNEA電子源からのパルス電子ビームを試料20の1点に照射するよう軌道の制御を行っているのに対し、このような軌道の制御をおこなうことなく、試料20に照射してもよい。この場合、NEA電子源からのパルス電子ビームは、電子源の位置に応じてそれぞれ異なった位置に照射されることになる。この場合の走査型電子顕微鏡の構成(第2の電子顕微鏡構成)は図3と同様であるが、電子ビームの軌道を制御するためのアライナ8または偏向器18への偏向制御信号28は不要になる。ただし、後述するように、走査電子顕微鏡の空間分解能によっては、画像形成時に電子源に応じた検出信号の弁別が必要になるため、コントローラ26は、レーザー制御信号27と同期して弁別信号28bを出力する。
【0032】
図7Aに示すように、パルス電子ビームの軌道制御を行わない場合、電子源s1~s4からのパルス電子ビームはそれぞれ、試料20の位置p~pに、時間分割して入射される。図には、電子源s1からのパルス電子ビーム13-1が試料20の位置pに入射されている様子を示している。パルス電子ビームが入射されることによって試料表面から発生する電子73は電子検出器19により検出される。
【0033】
パルス電子ビーム13は、図7Bに示されるように、偏向器18により試料20表面のx-y面上を偏向制御される。例えば、偏向器18は、パルス電子ビームの電子軌道72をまずx方向に掃引し、次にy方向に所定距離ずれた位置に移動して再度x方向に掃引する方式(ステップ&リピート方式)により、二次元の測定領域を走査する。図7Cに走査方向と電子源s1~s4からのパルス電子ビームが照射される位置p~pとの関係を示す。位置p~pは、電子軌道72がx方向に掃引されたときの位置p~pの軌跡74の隣接するもの同士のy方向の距離Lが等しくなるように配置されている。平行光源7の角度変調機構が固定されている場合には、電子光学系の有するレンズにより電子源s1~s4の投影像を電子光学系の光軸を中心に回転させることにより、調整することができる。また、図2Aに示した励起光の角度変調機構では、バンドル22により固定された光ファイバー23とコリメータレンズ21とにより電子源の間隔は固定されているが、例えばファイバー端の位置を可変として光電膜10上の焦点(電子源)の位置を可変としてもよい。位置p~pは、ファイバー端の位置から、励起光収束光学系及び電子光学系の光学条件に基づき、計算により決定できる。さらに、高精度の位置決めを行う場合には、所定のパターンを設けた構成用試料を用いてパルス電子ビームが照射される位置p~pをキャリブレーションするとよい。
【0034】
図7Dは、電子源s1~s4からのパルス電子ビーム13を試料20に照射することにより発生する電子が、電子検出器19により検出されることによって出力される検出信号spの大きさを示したものである。パルス電子ビーム13が照射された位置における試料20の状態(形状、組成など)に応じて、強度の異なる検出信号spが出力される。
【0035】
ここで、図7Aに示す位置p1~p4間の間隔が、所望の空間分解能よりも十分小さい場合は、各位置からの検出信号を弁別する必要なく、同一位置からの検出信号とみなして、SEM像を形成すればよい。例えば、光電膜10上の電子源S1~S4は最大で互いに100μm離れており、電子光学系の縮小率が1/1000であったとする。この場合、位置p1~p4の間は最大で100nm離れることになる(なお、図7Cの例では、軌跡74-1と軌跡74-4との間の間隔である距離3Lが最大の距離である)。したがって、所望の空間分解能が100nmより大きい場合には、照射位置の異なるパルス電子ビームを1本のビームとして扱うことができる。
【0036】
これに対して、上述の例で所望の空間分解能が100nm以下の場合には、電子源s1~s4からのパルス電子ビームを照射したときの検出信号を、それぞれ位置p1~p4からの検出信号として独立に扱う。このため、図7Aの構成では、電子検出器19からの検出信号を増幅するプリアンプ71と増幅された検出信号を弁別する検出信号弁別部70を設けている。検出信号弁別部70はコントローラ26からの弁別信号28bにより、プリアンプ71から出力される検出信号が、どの電子源からのパルス電子ビームを照射したことによって得られた検出信号であるかを弁別する。なお、ここでは、弁別信号28bによりスイッチにより検出信号を弁別する例を示したが、検出信号をデジタル信号化した後、信号処理により弁別する構成としてもよい。
【0037】
画像形成部がこのように弁別した検出信号を試料上の異なる位置の検出信号として画像を形成することにより、第1の電子顕微鏡構成と同等の高解像画像を得ることができる。第2の電子顕微鏡構成の場合、パルス電子ビームの軌道を制御する第1の電子顕微鏡構成における掃引速度の1/4の掃引速度とすれば、図7Cに示すように、一度に4本のパルス電子ビームを掃引しているので、1枚のSEM画像を得るためのトータルのプローブ電流量は同じになるためである。
【0038】
また、第2の電子顕微鏡構成のより積極的な応用としては、試料上で測定したいポイントが限られている場合、そのポイントに配されるように位置pi(i=1~n)を決めてパルス電子ビームを照射すると、きわめて高速な測定が可能となる。
【0039】
以上、本発明者によってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、これに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能なものである。例えば、電子顕微鏡の例として走査電子顕微鏡を例に説明したが、透過電子顕微鏡、走査電子顕微鏡などの各種電子線応用装置に適用できる。また、電子ビームが照射されることにより発生する電子(二次電子、反射電子等)を検出する電子検出器を備える電子線応用装置に限られず、特性X線を検出する検出器など他の検出器を備えていてもよい。
【符号の説明】
【0040】
1:フォトカソード、2:集光レンズ、3:引き出し電極、4:カソードホルダ、5:加速電源、6:窓、7:平行光源、8:アライナ、9:真空容器、10:光電膜、11:透明基板、12:励起光、13:パルス電子ビーム、14:開口部、15:光励起電子銃、16:電子光学筐体、17:電子レンズ、18:偏向器、19:電子検出器、20:試料、21:コリメータレンズ、22:バンドル、23:光ファイバー、24:レーザー光源、25:パルス電源、26:コントローラ、27:レーザー制御信号、28:偏向制御信号、28b:弁別信号、29:対物レンズ、30:軌道、31:コンデンサレンズ、33:アライナ電源、34:光軸、50:パルス平行光源、51:可動ミラー、60:単結晶半導体透明基板、61:球面収差補整板、70:検出信号弁別部、71:プリアンプ、72:電子軌道、73:電子、74:軌跡、101:中心軸。
図1A
図1B
図2A
図2B
図2C
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図7D