(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-07
(45)【発行日】2023-06-15
(54)【発明の名称】光学的測定装置及び測定方法
(51)【国際特許分類】
G01S 17/36 20060101AFI20230608BHJP
G01S 17/58 20060101ALI20230608BHJP
G01S 7/497 20060101ALI20230608BHJP
【FI】
G01S17/36
G01S17/58
G01S7/497
(21)【出願番号】P 2019118793
(22)【出願日】2019-06-26
【審査請求日】2022-05-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代人工知能ロボット中核技術開発/(革新的ロボット要素技術分野)自律型ヒューマノイドロボット/広角・多波長レーザレーダーによる超高感度コグニティブ視覚システム」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(72)【発明者】
【氏名】土田 英実
【審査官】渡辺 慶人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/230474(WO,A1)
【文献】特開2015-125062(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0105632(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0224547(US,A1)
【文献】特開2015-025901(JP,A)
【文献】特開2010-271275(JP,A)
【文献】国際公開第2014/203654(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/235160(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/48 - 7/51
17/00 - 17/95
G01B 9/00 - 11/30
G01C 3/00 - 3/32
G01J 1/00 - 1/60
11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
周波数変調したレーザと、
前記レーザの出力光を2分し、一方を参照光、他方をプローブ光とするビームスプリッタと、
前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光の少なくとも1つとして出力する光路調整光学系と、
前記参照光と前記信号光を入力して、両者の間のビート信号の同相成分と直交成分を出力する位相ダイバーシティ検出器と、
前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から
前記対象物までの距離を算出する演算の少なくともいずれかを実行する演算処理部と、を備え
、
前記光路調整光学系は、前記プローブ光を対象物に照射しない光を第1の信号光として出力する第1の状態と、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を第2の信号光として出力する第2の状態との2つの状態の光路を切換可能とし、前記第1の信号光又は前記第2の信号光を、前記位相ダイバーシティ検出器に出力する光路切換器を備え、
前記演算処理部は、
前記第1の状態では、前記参照光と前記第1の信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、第1のビート信号の前記同相成分と前記直交成分から、第1のビート信号の位相を求め、前記第1のビート信号の位相から、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を実行し、
前記第2の状態では、前記参照光と前記第2の信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、第2のビート信号の前記同相成分と前記直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を求め、第2のビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または、前記距離算出の比例定数と前記第2のビート信号の位相から、前記対象物までの距離を算出する演算の、少なくともいずれかを実行すること、
を特徴とする光学的測定装置。
【請求項2】
前記位相ダイバーシティ検出器は、
前記参照光を2分して、一方にπ/2の位相シフトを与え、
前記信号光を2分し、
2分した前記参照光の一方と、2分した前記信号光の一方を合波して、第1のバランス型光検出器に入力して、前記同相成分を出力し、
π/2の位相シフトを与えた前記参照光と、2分した前記信号光の他方を合波して、第2のバランス型光検出器に入力して、前記直交成分を出力することを特徴とする、請求項
1記載の光学的測定装置。
【請求項3】
前記演算処理部は、
前記ビート信号の周波数の平均値を用いて、前記対象物の運動に起因するドップラーシフト又は速度の少なくともいずれかを求めることを特徴とする、請求項
1記載の光学的測定装置。
【請求項4】
前記演算処理部は、
前記ビート信号の位相から前記
対象物の運動に起因するドップラーシフトの成分を除外した後、絶対値の平均値を求め、前記距離算出の比例定数を基に、前記対象物までの距離を算出することを特徴とする請求項
1記載の光学的測定装置。
【請求項5】
周波数変調したレーザと、
前記レーザの出力光を2分し、一方を参照光、他方をプローブ光とするビームスプリッタと、
前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光の少なくとも1つとして出力する光路調整光学系と、
前記参照光と前記信号光を入力して、両者の間のビート信号の同相成分と直交成分を出力する位相ダイバーシティ検出器と、
前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から
前記対象物までの距離を算出する演算の少なくともいずれかを実行する演算処理部と、を備え
、
前記位相ダイバーシティ検出器は、
前記参照光に偏移π/2の矩形波位相変調を与え、
前記信号光と合波して、バランス型光検出器に入力し、
前記バランス型光検出器の出力を、前記矩形波位相変調の半周期ごとに切り換えて出力し、
前記同相成分と前記直交成分を出力すること、
を特徴とする光学的測定装置。
【請求項6】
前記レーザの周波数変調信号は正弦波であることを特徴とする請求項1乃至
5のいずれか1項記載の光学的測定装置。
【請求項7】
周波数変調したレーザの出力光を2分して、一方を参照光、他方をプローブ光と
する分光ステップと、
前記プローブ光を対象物に照射しない光を第1の信号光として出力する第1の状態と、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を第2の信号光として出力する第2の状態との2つの状態の光路を切り換え、前記第1の信号光又は前記第2の信号光を出力する切換ステップと、
前記参照光と
各信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出
する検出ステップと、
前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から
前記対象物までの距離を算出する演算、の少なくともいずれかを実行
する演算ステップと、を有し、
前記演算ステップでは、
前記第1の状態において、前記プローブ光を前記対象物に照射しないで既知の遅延を与えて前記第1の信号光とし、前記参照光と前記第1の信号光との間の第1のビート信号の前記同相成分と前記直交成分から、第1のビート信号の位相を求めて、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を実行し、
前記第2の状態において、前記プローブ光を前記対象物に照射し、該対象物からの散乱光を前記第2の信号光とし、前記参照光と前記第2の信号光との間の第2のビート信号の前記同相成分と前記直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を算出し、第2のビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または第2のビート信号の位相と前記距離算出の比例定数から、前記対象物までの距離を算出する演算の、少なくともいずれかを実行する、
ことを特徴とする光学的測定方法。
【請求項8】
前記演算ステップでは、
前記ビート信号の周波数の平均値を用いて、前記対象物の運動に起因するドップラーシフト又は速度の少なくともいずれかを求めることを特徴とする、請求項
7記載の光学的測定方法。
【請求項9】
前記演算ステップでは、
前記ビート信号の位相から前記
対象物の運動に起因するドップラーシフトの成分を除外した後、絶対値の平均値を求め、前記距離算出の比例定数を基に、前記対象物までの距離を算出することを特徴とする請求項
7記載の光学的測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車や自律ロボット等に用いられる環境認識センサ等に適する、光学的測定装置及び測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や自律ロボットの環境認識センサや、建設・土木現場における形状計測などへの応用を目的として、ライダ(LiDAR:Laser Imaging Detection and Ranging)の開発が進展している。すでに実用化されているToF(Time of Flight)方式のライダは、対象物に光パルスを照射して、散乱されて戻ってくるまでの時間から距離を測定し、照射する光パルスを空間的に走査して、3次元距離データを生成するものである。
【0003】
ToF方式ライダでは、直接検波により対象物からの散乱光を検出する。一方、コヒーレント検波を用いるFMCW(Frequency Modulated Continuous Wave)方式は、より高感度の散乱光検出が可能であり、対象物までの距離に加えて、ドップラーシフトから運動速度も測定できる特徴を有している。ミリ波領域のFMCWレーダは、車載用の衝突防止センサとして実用化されている。光波領域でFMCWライダを実現できれば、空間分解能の格段の向上が期待できる。現状のFMCWライダは、装置の構成が複雑であり、高コヒーレンスのレーザ光源が要求されるため、応用分野は限定されている。
【0004】
図15(a)(b)(c)(d)は、従来技術におけるFMCWライダの動作原理を説明する図である。
図15(a)のFMCWライダ装置は、三角波信号発生器26と、注入電流源2と、半導体レーザ3と、ビームスプリッタ4g、4hと、光サーキュレータ15と、ビーム走査系を備える送受信光学系9と、全反射鏡17cと、光検出器27と、スペクトル解析装置29を備える。三角波を発生する三角波信号発生器26の出力を、注入電流源2に入力し、半導体レーザ3の注入電流を変調する。半導体レーザ3の出力光を2分し、一方を参照光5、他方をプローブ光6とする。参照光とは、プローブ光と位相が同期し、光学的遅延の基準となる光をいう。送受信光学系9を介して、プローブ光6を対象物10に照射する。対象物10からの散乱された信号光8と参照光5を合波し、光検出器27に入力してビート信号28を生成し、スペクトル解析装置29に入力して、ビート周波数を求める。
【0005】
図15(b)は、参照光5、信号光8、ビート信号28の各周波数の波形を表す図である。半導体レーザ3の光周波数は、三角波信号発生器26から出力される三角波に対応して、アップ、ダウンチャープを周期的に繰り返す。参照光5に対して、信号光8には対象物10までの距離に応じた時間遅れを生じ、光検出器27の出力には、時間遅れに比例した周波数を有するビート信号28が発生する。参照光5と信号光8の周波数が交差する三角波の頂点近傍以外では、ビート信号28の周波数は一定値になるので、スペクトル解析によりビート周波数を求めて、時間遅れ、すなわち、対象物10までの距離を算出することができる。
【0006】
FMCWライダにより測定されるビート信号の周波数fBは、次式により表すことができる。
【0007】
【0008】
ここで、Δνはチャープ帯域幅、Tm=1/fmは変調周期、fmは変調周波数、Lは対象物10までの距離、cは光速度である。(1)式において、Δν/(Tm/2)は単位時間当たりの周波数変化、すなわち、チャープ率を表す。ビート周波数fBから距離Lを算出するためには、チャープ率を事前に求めておく必要がある。
【0009】
ここまでの説明は、FMCWライダ装置に対して、対象物10が静止していることを前提にしている。次に、対象物10が相対速度Vで運動している場合について説明する。FMCWライダ装置から見て、対象物10が遠ざかる方向をV>0とする。両者の相対的な運動により、信号光8はドップラーシフトを受け、ビート周波数が変化する。
図15(c)は相対速度Vが正の場合、
図15(d)は相対速度Vが負の場合について、参照光5、信号光8、ビート信号28の各周波数の波形を表す図である。静止している場合は、アップ、ダウンチャープの時間域で発生するビート周波数は等しいが、相対的に運動している場合は、両者の間に相対速度Vに応じた差を生じる。
【0010】
アップ、ダウンチャープの時間域で発生するビート周波数fup、fdownは、それぞれ次式により表すことができる。
【0011】
【0012】
【0013】
ここで、ν0は半導体レーザ3の中心周波数である。(2)、(3)式において、第1項は対象物10までの距離に応じて発生する差周波成分、第2項は相対的な運動に伴うドップラーシフトを表す。従来技術のFMCWライダにおいては、第1項の半導体レーザ3の周波数変調に起因する差周波fBが、第2項のドップラーシフトΔfDよりも大きいこと、すなわち、ビート周波数が正であることを前提としている。(2)、(3)式の絶対値記号が示すように、ビート周波数が負になる条件においても、正の周波数として検出される。
【0014】
測定したビート周波数fupとfdownの値から、対象物の距離Lと相対速度Vを次式により算出することができる。
【0015】
【0016】
【0017】
(4)、(5)式は、ビート周波数fupとfdownの和が距離に、差が相対速度に対応することを示している。
【0018】
次に、FMCWライダの距離分解能について説明する。距離分解能δLは、次式により表すことができる。
【0019】
【0020】
(6)式における分解能の意味は、近接する2つの散乱点を分離して検出する能力である。散乱点が1つの場合は、さらに高い精度で距離を測定することができる。距離分解能δLはチャープ帯域幅Δνに反比例するので、高い分解能を得るためには、チャープ帯域幅を増大することが必要である。例えば、分解能10cm、1cmを得るのに必要なチャープ帯域幅は、それぞれ1.5GHz、15GHzである。散乱点が1つの場合においても、精度はチャープ帯域幅に反比例する。
【0021】
ビート信号の周波数から距離と速度を算出する上で、チャープの直線性は極めて重要な特性である。(1)、(2)、(3)式により表される周波数は、半導体レーザ3の周波数が時間に比例して増加(アップチャープ)、または減少(ダウンチャープ)することを前提にしている。周波数変化が非線形となる場合、本来は一定であるべきビート信号の周波数が変化して、距離と速度を一意的に決定できなくなる。
【0022】
アイセーフ波長域で動作する半導体レーザは、注入電流を介して周波数を変調できることから、小型、かつ低価格のFMCWライダ用光源として期待されている。ところが、半導体レーザの周波数変調は熱効果に起因し、周波数応答特性が平坦ではないため、非線形チャープが顕著に現れることが知られている。
【0023】
FMCWライダにおいて、精度劣化の要因となる非線形チャープを抑圧、または低減する2つの方式が報告されている。第1の方式は、半導体レーザの変調を制御して、所望の線形チャープを得る方式である。第2の方式は、検出したビート信号を処理して、非線形チャープの影響を除去する方式である。
【0024】
第1の方式として、レーザの周波数変化を光学的に検出し、基準信号との誤差をレーザに負帰還して制御する装置、及び方法が、次のように報告されている(特許文献1乃至3参照)。距離測定用の光学系とは別に、ホモダイン、またはヘテロダイン干渉計を用意し、レーザの周波数変化を検出する。検出したレーザの周波数を、基準となる三角波や鋸波と比較して誤差信号を生成し、レーザの注入電流に負帰還制御を施すことにより、非線形チャープを抑圧、または低減することができる。
【0025】
第1と第2の方式を組み合わせた手法として、周波数変調信号、またはレーザ出力をモニタして、変調信号を制御するとともに、検出したビート信号を補正して、距離を算出する方法が次のように報告されている(特許文献4参照)。レーザ出力光の位相を数学的にモデル化し、モニタ結果からモデルに含まれるパラメータを推定し、制御と信号処理を行い、距離を算出する。
【0026】
第2の方式として、ミリ波を用いるFMCWレーダにおいて、光学的にミリ波周波数を検出し、ビート信号処理により、非線形チャープの影響を抑圧する装置が、以下のように報告されている(特許文献5参照)。送出するミリ波信号を光信号に変換し、ホモダイン干渉計によりミリ波周波数を検出して、パルス信号に変換する。パルス信号のパルス間隔が非線形チャープに対応するので、パルス信号をクロックとして、ビート信号をAD変換することにより、非線形チャープの影響を抑圧できる。
【0027】
発明者は、FMCWライダの研究開発分野において、既に複数の報告をした。例えば、発明者は、三角波による周波数変調では、非線形チャープに起因して、変調信号に含まれない周波数成分が現れることを報告した(特許文献6参照)。また、発明者は、非線形チャープの影響を除去することを目的として、ホモダイン光学系を用いて、ビート信号の周波数の平均値から距離を算出する装置及び方法を、提案した(特許文献7参照)。
【0028】
また、FMCWライダ技術ではないが、発明者は、階段波信号で位相変調した局部発振光を用いてサンプリングを行い、信号光の振幅と位相を算出する光信号波形計測装置を、報告した(特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【文献】特開2000-111312号公報
【文献】米国特許出願公開第2010/0085992号明細書
【文献】米国特許出願公開第2012/0106579号明細書
【文献】米国特許出願公開第2009/0135403号明細書
【文献】特表2008-514910号公報
【文献】国際公開第2018/070442号
【文献】特開2019-045200号公報
【文献】特開2011-043344号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
従来技術のFMCWライダにおいては、以下のような問題がある。
図16及び17を参照して具体的に説明する。(2)、(3)式からわかるように、ドップラーシフトは光周波数に比例する。
図16は光周波数193.4THz(波長1552nm)と、ミリ波周波数76GHzにおけるドップラーシフトΔf
Dを、速度の関数としてプロットした図である。横軸は時速に換算した相対速度である。点線はFMCWライダの差周波f
Bを表し、変調周波数f
m=25kHz、チャープ帯域幅Δν=4GHz、距離1、10、100mについて、(1)式を用いて計算した値である。ミリ波に比べて、光波の周波数はおよそ2500倍であるため、ドップラーシフトも相対的に大きくなる。
図16から明らかなように、時速数km以上の領域において、ドップラーシフトΔf
Dが、差周波f
Bよりも大きくなる可能性がある。
【0031】
先にも述べたように、(4)、(5)式による距離と速度の算出は、差周波fBがドップラーシフトΔfDよりも大きいことを前提としている。従来技術のFMCWライダにおいては、周波数の絶対値が検出されるので、ドップラーシフトΔfDが差周波fBよりも大きくなると、(4)、(5)式による距離と速度の算出に誤りを生じる。
【0032】
図17は、従来技術のFMCWライダにより算出した距離と速度を、速度の関数としてプロットした図である。
図17(a)は(4)式により算出した距離、
図17(b)は(5)式により算出した速度を表し、距離10、20、30mについて計算した結果である。距離10mの場合は、相対速度±38km/h以下であれば、正しい算出結果が得られる。±38km/h以上の速度においては、距離と速度の算出に誤りを生じ、距離が速度に比例して増加し、速度は一定になる。距離20mに対しては、相対速度±75km/hまで正しい測定が可能である。距離30mに対しては、相対速度±100km/hの範囲で影響を受けない。
図17の計算結果は、相対速度が大きくなると、短距離での測定に誤りを生じることを示している。
【0033】
このように、従来技術のFMCWライダにおいては、測定装置に対して対象物が相対的に運動している場合、散乱光がドップラーシフトを受けて、距離と速度に依存して、正しい測定ができない領域が発生する。測定できない領域を減らすためには、ドップラーシフトΔfDに比べて、差周波fBを大きくすること、すなわち、変調周波数fmやチャープ帯域幅Δνを大きくすることが必要である。ただし、差周波fBの増大に伴い、信号処理に必要な帯域も増大する。
【0034】
また、従来技術のFMCWライダにおいて半導体レーザを光源とする場合は、注入電流による周波数変調に起因する非線形チャープの影響により、本来は一定であるべきビート信号の周波数が変化して、距離と速度を一意的に算出できなくなる問題がある。
【0035】
特許文献1乃至5の発明は、レーザの変調信号として鋸波を用い、距離のみの測定を前提としている。距離のみを測定する場合においても、測定装置に対して対象物が相対的に運動している場合は、散乱光がドップラーシフトを受けて、距離算出に誤差を生じる。また、変調信号を鋸波から三角波に変更して、距離と速度を同時に測定することも可能であるが、従来技術のFMCWライダと同様に、正しい測定ができない領域が存在する。
【0036】
負帰還制御により非線形チャープの影響を抑圧、または低減する方法(特許文献1乃至3参照)では、誤差信号を実時間で生成する必要があり、ホモダイン、またはヘテロダイン干渉計を備える必要がある。また、変調信号の制御と検出信号の補正を行う方法(特許文献4参照)では、干渉計などの光学装置が必要である。また、特許文献5の発明は、ミリ波レーダ装置に関する技術であるが、光波領域のFMCWライダにも適用できる。しかしながら、AD変換のクロックを実時間で生成する必要があるため、ホモダイン干渉計を備える必要がある。
【0037】
発明者が提案した特許文献7では、ホモダイン光学系を用いるため、速度の測定は困難であり、対象物が運動している場合は、ドップラーシフトの影響を受けて、距離を正しく求めることができない問題がある。
【0038】
発明者は、非線形チャープの影響を除去して、距離と速度の正確な測定を可能とすることを目的として、ヘテロダイン光学系と演算処理部を用いて、ビート信号の周波数から速度、位相から距離を算出する装置、及び方法を出願している(特願2018-222416)。当該出願は、(2)、(3)式により表されるビート周波数fupと、fdownにオフセットを与えて、ビート周波数が負値になることを回避する効果がある。一方、前記出願では、ビート周波数が増大することになり、信号処理に要求される周波数帯域が増大する。また、ビート周波数にオフセットを付与するには、音響光学変調器などの光周波数シフタを備える必要があり、光回路の集積化には不向きである。また、距離を算出する場合には、別のヘテロダイン光学系を用意して、例えば、特許文献6に記載の測定法を用いて、事前に周波数変調を校正しておく必要がある。また、半導体レーザの周波数変調特性は、温度や注入電流などの動作条件に依存し、経時変化の影響も受けることから、測定精度の劣化を防止すためには、事前の校正だけでなく、装置自身で周波数変調の校正を随時実行することが望ましい。
【0039】
以上のように、従来技術においては、測定装置に対して対象物が相対的に運動している場合、距離と速度を正しく算出できない領域が存在する問題がある。また、非線形チャープを有する半導体レーザを用いる場合は、距離と速度測定用の光学系とは別に、周波数変化を検出して制御するための装置が必要であり、装置の構成が複雑になる。さらに、距離算出に必要となるレーザの周波数変調特性を、事前に校正しておく必要がある。光学的な距離、速度、または距離と速度の測定装置として、装置構成が複雑化せず、小型で低価格のライダシステムが実現できれば、自動運転用の車載センサ、ロボット家電など、民生分野への展開が期待できる。
【0040】
本発明は、FMCWライダにおける上述の問題を解決しようとするものであり、本発明は、干渉計などの付加的な装置を用いることなく、レーザの非線形チャープの影響を除去して、距離と速度のうちの少なくともいずれかの正確な測定と、周波数変調の自己校正(Self-Calibration)を可能とする、光学的測定装置及び測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0041】
本発明は、前記目的を達成するために、以下の特徴を有するものである。
【0042】
(1) 周波数変調したレーザと、前記レーザの出力光を2分し、一方を参照光、他方をプローブ光とするビームスプリッタと、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光の少なくとも1つとして出力する光路調整光学系と、前記参照光と前記信号光を入力して、両者の間のビート信号の同相成分と直交成分を出力する位相ダイバーシティ検出器と、前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から対象物までの距離を算出する演算の少なくともいずれかを実行する演算処理部と、を備えることを特徴とする光学的測定装置。
(2) 前記光路調整光学系は、前記プローブ光を対象物に照射しない光を第1の信号光として出力する第1の状態と、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を第2の信号光として出力する第2の状態との2つの状態の光路を切換可能とし、第1の信号光又は第2の信号光を、前記位相ダイバーシティ検出器に出力する光路切換器を備え、前記演算処理部は、第1の状態では、前記参照光と前記第1の信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、第1のビート信号の同相成分と直交成分から、第1のビート信号の位相を求め、前記第1のビート信号の位相から、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を実行し、第2の状態では、前記参照光と前記第2の信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、第2のビート信号の同相成分と直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を求め、第2のビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または、前記距離算出の比例定数と前記第2のビート信号の位相から、前記対象物までの距離を算出する演算の、少なくともいずれかを実行すること、を特徴とする、前記(1)記載の光学的測定装置。
(3) 前記光路調整光学系は、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光として出力して、前記信号光を、前記位相ダイバーシティ検出器に出力する光サーキュレータを備え、前記演算処理部は、前記参照光と前記信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、ビート信号の同相成分と直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算を実行すること、を特徴とする、前記(1)記載の光学的測定装置。
(4) 前記位相ダイバーシティ検出器は、前記参照光を2分して、一方にπ/2の位相シフトを与え、前記信号光を2分し、2分した前記参照光の一方と、2分した前記信号光の一方を合波して、第1のバランス型光検出器に入力して、前記同相成分を出力し、π/2の位相シフトを与えた前記参照光と、2分した前記信号光の他方を合波して、第2のバランス型光検出器に入力して、前記直交成分を出力することを特徴とする、前記(1)乃至(3)のいずれか1項記載の光学的測定装置。
(5) 前記位相ダイバーシティ検出器は、前記参照光に偏移π/2の矩形波位相変調を与え、前記信号光と合波して、バランス型光検出器に入力し、前記バランス型光検出器の出力を、前記矩形波位相変調の半周期ごとに切り換えて出力し、前記同相成分と前記直交成分を出力することを特徴とする、前記(1)乃至(3)のいずれか1項記載の光学的測定装置。
(6) 前記演算処理部は、ビート信号の周波数の平均値を用いて、前記対象物の運動に起因するドップラーシフト又は速度の少なくともいずれかを求めることを特徴とする、前記(1)乃至(3)のいずれか1項記載の光学的測定装置。
(7) 前記演算処理部は、ビート信号の位相から前記ドップラーシフトの成分を除外した後、絶対値の平均値を求め、前記距離算出の比例定数を基に、前記対象物までの距離を算出することを特徴とする前記(2)記載の光学的測定装置。
(8) 前記レーザの周波数変調信号は正弦波であることを特徴とする前記(1)乃至(7)のいずれか1項記載の光学的測定装置。
(9) 周波数変調したレーザの出力光を2分して、一方を参照光、他方をプローブ光とし、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光の少なくとも1つとして出力し、前記参照光と前記信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出し、前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から対象物までの距離を算出する演算、の少なくともいずれかを実行することを特徴とする光学的測定方法。
(10) 第1の状態と第2の状態を切換可能とし、少なくともいずれかを選択的に実行する方法であり、第1の状態においては、前記プローブ光を対象物に照射しないで既知の遅延を与えて第1の信号光とし、前記参照光と第1の信号光との間の第1のビート信号の同相成分と直交成分から、第1のビート信号の位相を求めて、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を実行し、第2の状態においては、前記プローブ光を対象物に照射し、該対象物からの散乱光を第2の信号光とし、前記参照光と第2の信号光との間の第2のビート信号の同相成分と直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を算出し、第2のビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または第2のビート信号の位相と前記距離算出の比例定数から、前記対象物までの距離を算出する演算の、少なくともいずれかを実行する、ことを特徴とする前記(9)記載の光学的測定方法。
(11) 前記信号光は、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光として出力し、前記参照光と前記信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出し、前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算を実行することを特徴とする、前記(9)記載の光学的測定方法。
(12) 前記ビート信号の周波数の平均値を用いて、前記対象物の運動に起因するドップラーシフト又は速度の少なくともいずれかを求めることを特徴とする、前記(9)乃至(11)のいずれか1項記載の光学的測定方法。
(13) 前記ビート信号の位相から前記ドップラーシフトの成分を除外した後、絶対値の平均値を求め、前記距離算出の比例定数を基に、前記対象物までの距離を算出することを特徴とする前記(12)記載の光学的測定方法。
【発明の効果】
【0043】
本発明の光学的測定装置及び測定方法によれば、測定装置に対して対象物が相対的に運動している場合を含めて、距離と速度を正確に、かつ一意的に測定できる。即ち、距離の影響を受けずに速度の測定が可能であり、また、速度の影響を受けずに高精度の距離測定が可能である。本発明では、レーザ光を用い、光波領域でFMCWライダを実現できるので、空間分解能が格段に向上できる。
【0044】
従来のFMCWライダにおいては、負の周波数を検出できないことに起因して、距離と速度を正しく算出できない領域が存在していた。しかしながら、本発明では、ヘテロダイン光学系を用いることなく、常に正確な測定ができる効果がある。
【0045】
本発明の光学的測定装置及び測定方法においては、三角波や鋸波ではなく、正弦波により周波数変調したレーザを用いた場合でも、速度と距離の正確な測定が可能である。本発明では、ヘテロダイン光学系を用いることなく、FMCWライダを構成し、ビート信号の周波数から速度の算出を、かつビート信号の位相から距離の算出を可能とする。本発明の構成により、本発明では、付加的な装置を用いることなく、レーザの非線型チャープの影響を除去することができて、速度や距離の正確な測定が可能となる。このため、本発明の測定装置においては、例えば、レーザの周波数変化をモニタする光学系と、周波数変調を制御する電子回路と、光周波数シフタ等が不要である。その結果、装置構成を格段に簡素化することができて、小型化と低価格化を実現できる。以上のように、本発明の光学的測定装置及び測定方法によれば、距離と速度の少なくともいずれかを、小型化した装置で高精度に測定することが可能である。
【0046】
また、本発明では、変調信号として三角波や鋸波ではなく、正弦波を用いることが可能となる。その結果、レーザや駆動回路の周波数応答特性の影響を低減して、より高速動作が可能になる。
【0047】
さらに、装置自身でレーザの周波数変調を校正できることから、レーザの動作条件の変化や、経時変化に対応することが可能になり、測定精度の劣化を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【
図1】本発明に係る光学的測定装置を説明する図である。
【
図2】第1の実施形態における光路切換器の例を説明する図である。
【
図3】第1の実施形態における位相ダイバーシティ検出器の第1例を説明する図である。
【
図4】第1の実施形態の演算処理部における信号処理を説明する図である。
【
図5】第1の実施形態における位相ダイバーシティ検出器の第2例を説明する図である。
【
図6】評価例1に係る、半導体レーザの周波数変調を表す図である。
【
図7】評価例1に係る、対象物との相対速度が変化した場合の、復調した位相を表す図である。(a)は正の速度、(b)は負の速度に対応し、点線が静止時(V=0)の結果を表す。
【
図8】評価例1に係る、速度の測定値と誤差を表す図である。
【
図9】評価例1に係る、復調した位相を表す図である。(b)、(c)は、(a)の灰色部分を拡大した図であり、点線が距離3.00mに対応する結果を表す。
【
図10】評価例1に係る、距離の測定値と誤差を表す図である。
【
図11】評価例2に係る、測定精度を評価するための装置を説明する図である。
【
図12】
図11における位相変調器から出力される参照光の位相を表す図である。
【
図13】評価例2に係る、同相成分と直交成分を表す図である。(a)は変調1周期にわたる時間波形、(b)はリサージュ図形である。
【
図14】評価例2に係る、算出した距離と誤差を表す図である。
【
図15】従来技術におけるFMCWライダの原理を説明する図である。(a)はFMCWライダ装置、(b)は対象物が静止している場合の参照光、散乱光、ビート信号の周波数、(c)と(d)は対象物が運動している場合の参照光、散乱光、ビート信号の周波数を表す。
【
図16】従来技術における、光周波数とミリ波周波数におけるドップラーシフトΔf
Dを、速度の関数としてプロットした図である。点線はFMCWライダの差周波を表す。
【
図17】従来技術のFMCWライダにより算出した距離と速度を、速度の関数としてプロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
本発明の実施形態について以下説明する。
【0050】
本発明の実施形態の光学的測定方法では、周波数変調したレーザの出力光を2分し、一方を参照光、他方をプローブ光とし、前記参照光と信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出する。ここで、信号光として、プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光の少なくとも1つとして出力し、前記参照光と前記信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出する。信号光として、対象物からの散乱光の場合と、対象物を照射せずに既知の遅延を与えた信号光の場合と含む。検出した前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または前記ビート信号の位相から対象物までの距離を算出する演算、の少なくともいずれかを実行する。
【0051】
本実施形態においては、以下の2つの動作のいずれかを選択的に実行することができる。
【0052】
第1の動作においては、前記プローブ光に既知の遅延を与えて第1の信号光とし、前記参照光と第1の信号光との間のビート信号(以下、「第1のビート信号」という。)の同相成分と直交成分から、第1のビート信号の位相を求めて、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を行う。
【0053】
第2の動作においては、前記プローブ光を対象物に照射し、該対象物からの散乱光を第2の信号光とし、前記参照光と第2の信号光との間のビート信号(以下、「第2のビート信号」という。)の同相成分と直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を算出し、第2のビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または第2のビート信号の位相と前記距離算出の比例定数から、前記対象物までの距離を算出する演算の、少なくともいずれかを実行する。
【0054】
速度のみを測定する場合は、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光として出力し、前記参照光と前記信号光との間のビート信号の同相成分と直交成分を検出し、前記同相成分と前記直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、前記ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算を実行する。
【0055】
本発明の実施形態の光学的測定方法を実施するために、次のような光学的測定装置を用いる。速度の測定のためのみ、距離の測定のためのみ、又は、速度及び距離の両方の測定のために、用いることができる。
【0056】
本発明の実施形態の光学的測定装置は、周波数変調したレーザと、ビームスプリッタと、光路切換器や光サーキュレータ等の光路調整光学系と、位相ダイバーシティ検出器と、演算処理部とを少なくとも備える。前記ビームスプリッタは、前記レーザの出力光を2分し、一方を参照光、他方をプローブ光として出力する。位相ダイバーシティ検出器は、前記参照光と信号光を入力して、両者の間のビート信号の同相成分と、直交成分を出力する。光路調整光学系の光路切換機能を構成する部分を光路切換器とも呼ぶ。光路切換器は、前記プローブ光を入力し、該プローブ光に既知の遅延を与えた第1の信号光、または前記プローブ光を照射した対象物からの散乱光である第2の信号光を、前記位相ダイバーシティ検出器に入力するように、光路を調整する。プローブ光を対象物に照射する際や、対象物からの散乱光を位相ダイバーシティに入力する際に、光路調整光学系と対象物との間に、適宜送受信光学系を設けるとよい。送受信光学系には、送信ビームを走査するビーム走査構造を設けてもよい。
【0057】
光路調整光学系と演算処理部は、以下の2つの動作のいずれかを選択的に実行するものである。第1の動作においては、光路調整光学系の光路切換器において、前記プローブ光に既知の遅延を与えて第1の信号光とし、前記参照光と前記第1の信号光を入力した前記位相ダイバーシティ検出器から出力される両者の間のビート信号(第1のビート信号)の同相成分と直交成分から、第1のビート信号の位相を算出し、前記レーザの周波数変調と、距離算出の比例定数を算出する演算を実行する。第2の動作においては、前記光路調整光学系の前記光路切換器と、送受信光学系を介して、前記プローブ光を対象物に照射し、該対象物からの散乱光を第2の信号光とし、前記参照光と前記第2の信号光を入力した前記位相ダイバーシティ検出器から出力される両者の間のビート信号(第2のビート信号)の同相成分と直交成分から、第2のビート信号の位相と周波数を算出し、該周波数から前記対象物の速度を算出する演算、または、第2のビート信号の位相と前記距離算出の比例定数から、前記対象物までの距離を算出する演算の少なくともいずれかを実行する。
【0058】
速度のみを測定する光学的測定装置においては、光路切換器が必須ではないので、光路調整光学系として、例えば光サーキュレータを用いることができる。光路調整光学系は、前記プローブ光を対象物に照射して該対象物からの散乱光を信号光として出力して、前記信号光を、前記位相ダイバーシティ検出器に出力する光サーキュレータを備える。演算処理部は、前記参照光と前記信号光を前記位相ダイバーシティ検出器に入力して得られる、ビート信号の同相成分と直交成分から、前記ビート信号の位相と周波数を求め、ビート信号の周波数から前記対象物の速度を算出する演算を実行する。
【0059】
(第1の実施形態)
本実施形態について、
図1と、
図2と、
図3を参照して説明する。本実施形態では、周波数変調したレーザと、ビームスプリッタと、光路調整光学系と、送受信光学系と、位相ダイバーシティ検出器と、演算処理部とを具備する装置を用いて、レーザの周波数変調と距離算出の比例定数を算出する動作、または対象物までの距離と速度の少なくともいずれか一方を算出する動作を選択的に実行する。
【0060】
図1は、本実施形態に係る光学的測定装置の基本構成を説明する図である。
図1の光学的測定装置は、変調信号発生器1と、注入電流源2と、半導体レーザ3と、ビームスプリッタ4aと、光路調整光学系7と、送受信光学系9と、位相ダイバーシティ検出器11と、演算処理部14とを備える。
図1では、周波数変調したレーザとして、直接変調半導体レーザを例に示している。変調信号発生器1の出力を、注入電流源2を介して、半導体レーザ3に入力し、出力光の周波数を変調する。半導体レーザ3の出力光をビームスプリッタ4aにより2分し、一方は参照光5として、位相ダイバーシティ検出器11に入力する。他方をプローブ光6として、光路調整光学系7に入力する。
【0061】
光路調整光学系7は、光路切換器を備える。光路切換器は、2つの状態を切り換えて、光路を変更する機能を有する。2つの状態とは、プローブ光を対象物に照射しないで第1の信号光として出力する第1の状態と、プローブ光を対象物に照射して対象物からの散乱光を第2の信号として出力する第2の状態をいう。第1の状態においては、プローブ光6を信号光8として、位相ダイバーシティ検出器11に直接入力する。第1の状態においては、位相ダイバーシティ検出器11に入力する参照光5と、信号光8との間の遅延時間τdは、事前に校正しておくものとする。第2の状態においては、プローブ光6を透過させて、送受信光学系9を介して、対象物10に照射する。対象物10からの散乱光を、送受信光学系9を介して、光路切換器に導き、信号光8として位相ダイバーシティ検出器11に入力する。
【0062】
位相ダイバーシティ検出器11においては、参照光5と信号光8とを合波して、ビート信号の同相成分12と直交成分13を出力して、演算処理部14に入力する。光路切換器が第1の状態にある場合は、同相成分12と直交成分13から第1のビート信号の位相を算出し、(2πτd)-1を乗算して、半導体レーザ3の周波数変調を求め、変調1周期にわたる絶対値の平均値から、距離算出の比例定数を計算する。光路切換器が第2の状態にある場合は、同相成分12と直交成分13から第2のビート信号の位相を算出し、時間微分により第2のビート信号の周波数を求め、変調1周期にわたる周波数の平均値からドップラーシフトを算出し、対象物10の速度を求める。次いで、第2のビート信号の位相からドップラーシフトの成分を除去した後、変調1周期にわたる絶対値の平均値(以下、「位相絶対平均値」と呼ぶ。)を計算する。さらに、先に求めた距離算出の比例定数と、位相絶対平均値から、対象物10までの距離を計算する。
【0063】
図2は光路調整光学系7の光路切換器の例を説明する図である。光路切換器は、光サーキュレータ15と、可動全反射鏡16とを備える。光路切換器が第1の状態にある場合、可動全反射鏡16を光サーキュレータ15の直後に配置し、プローブ光6を反射して、光サーキュレータ15から信号光8として出力する。光路切換器が第2の状態にある場合、可動全反射鏡16をプローブ光6の光路から外れた位置に配置し、プローブ光6を送受信光学系9に向けて出力する。送受信光学系9には、送信ビームを走査するビーム走査構造を設けてもよい。対象物10からの散乱光は、光サーキュレータ15から信号光8として出力する。
図2は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。
【0064】
図3は位相ダイバーシティ検出器の第1例を説明する図である。第1例の位相ダイバーシティ検出器11は、空間分割型の構成を有する。
図3の位相ダイバーシティ検出器11は、ビームスプリッタ4b、4c、4d、4eと、π/2位相シフタ18と、全反射鏡17a、17bと、バランス型光検出器19a、19bとを備える。ビームスプリッタ4bにより参照光5を2分し、一方は全反射鏡17aと、ビームスプリッタ4dを介して、バランス型光検出器19aに導く。他方はπ/2位相シフタ18と、全反射鏡17bと、ビームスプリッタ4eを介して、バランス型光検出器19bに導く。ビームスプリッタ4cにより信号光8を2分し、一方はビームスプリッタ4dを介して、バランス型光検出器19aに導く。他方はビームスプリッタ4eを介して、バランス型光検出器19bに導く。バランス型光検出器19aから、ビート信号の同相成分12を、バランス型光検出器19bから、ビート信号の直交成分13を、それぞれ出力する。
【0065】
数式を用いて、以下詳しく説明する。
【0066】
図4は演算処理部14における信号処理の各ステップ(S1~S9)を説明する図である。
図1と
図3において、位相ダイバーシティ検出器11から出力されるビート信号の同相成分(以下「I(t)」とも書く。)12と直交成分(以下「Q(t)」とも書く。)13は、それぞれ次式により表すことができる。
【0067】
【0068】
【0069】
ここで、Aは正味の振幅、ε(t)は半導体レーザ3の変調に起因する強度変調である。
【0070】
(7)式と(8)式におけるφ(t)は、半導体レーザ3の周波数変調と、対象物10の相対的な運動に起因するドップラーシフトを含む成分であり、次式により表すことができる。
【0071】
【0072】
ここで、ν(t)は半導体レーザ3の周波数変調を表し、周波数fm(周期Tm=1/fm)の周期関数である。τdは参照光5と信号光8との間の遅延時間、ν0は半導体レーザ3の中心周波数である。(9)式の第2項は定数であり、位相オフセットを表す。ΔfDはドップラーシフトを表し、対象物10との間の相対速度Vと次式により関係づけられる。
【0073】
【0074】
なお、光路切換器が第1と第2の状態のうちのいずれの状態においても、参照光5と信号光8との間の遅延時間τdは、半導体レーザ3の変調周期Tmに比べて、十分に小さいものとする。
【0075】
演算処理部14においては、(7)式の同相成分と、(8)式の直交成分から、次式を用いて折り返された位相θ(t)を求める(S1)。
【0076】
【0077】
(11)式における逆正接は、-π~+πの範囲の値を算出するので、±πを越える位相は、±πの整数倍だけ差し引かれた値になる。
【0078】
次に、次式で表されるアンラップ処理を用いて、(11)式の折り返された位相θ(t)から、アンラップ位相Φ(t)を計算する(S2)。
【0079】
【0080】
ここで、Φ(tk)はアンラップ位相の時系列データ、θ(tk)は折り返された位相の時系列データ、Nmaxはデータ数を表す。(12)式は、隣り合う時系列データ間の差がπを越える場合に、位相の折り返しが生じていると判断して、2πを加算する処理である。アンラップ位相Φ(t)は、(7)式と(8)式に現れる位相φ(t)に等しい。(12)式は、アンラップ処理の一例であり、他のアルゴリズムを用いても同様に実施することができる。
【0081】
最初に、光路切換器が第1の状態にある場合について説明する。第1の状態においては、可動全反射鏡16が固定されているので、ドップラーシフトは存在しない。したがって、演算処理部14により計算した位相φ(t)は次式により表すことができる。
【0082】
【0083】
参照光5と信号光8との間の遅延時間τdは、事前に校正しておくものとする。第1の状態においては、半導体レーザ3の変調周期Tmに比べて、遅延時間τdは十分に小さいので、(13)式の被積分関数は次式のように近似できる。
【0084】
【0085】
また、(13)式の第1項は交流成分、第2項は定数(直流成分)であるため、平均値を計算して差し引くことにより、第2項を消去することができて、(13)式は以下のように書き換えることができる。
【0086】
【0087】
遅延時間τdは既知であるので、演算処理部14により算出した位相に、(2πτd)-1を乗算して、半導体レーザ3の周波数数変調ν(t)を求めることができる(S3)。さらに、周波数変調ν(t)から、次式を用いて距離算出の比例定数γを求める(S4)。
【0088】
【0089】
次に、光路切換器が第2の状態にある場合について説明する。第2の状態においては、対象物10の相対的な運動に起因するドップラーシフトΔfDが存在する。また、参照光5と信号光8との間の遅延時間τdは未知パラメータとなり、被測定距離Lと、τd=2L/cにより関係づけることができる。演算処理部14により計算した位相は、(9)式により表すことができる。(9)式を時間微分して、ビート周波数fB(t)を求める(S5)。
【0090】
【0091】
(17)式において、半導体レーザ3の周波数変調に起因する成分ν(t)-ν(t-τd)は、交流信号であるので、変調1周期にわたるビート周波数fB(t)の平均値を計算すると、(17)式の第3項のみが残り、ドップラーシフトΔfDを求めることができる。
【0092】
【0093】
(18)式により、ΔfDを求める(S6)。求めたΔfDを用いて、(9)式からドップラーシフトに起因する成分を除去することができる。また、(14)式と同様にして、位相オフセットを除去し、遅延時間τdが半導体レーザ3の変調周期Tmに比べて十分に小さいので、次式により表される位相を求めることができる。なお、次式のφ’(t)は、第2の状態での位相から、ドップラーシフトに起因する成分と、位相オフセットを差し引いた位相を表す。
【0094】
【0095】
第1の状態で得られる(15)式においては、遅延時間τdが既知である。一方、第2の状態で得られる(19)式においては、遅延時間τdが未知、周波数変調ν(t)が既知となる。遅延時間τdを未知パラメータとして、(18)式の回帰分析を実行することにより、遅延時間τdを求めることもできるが、ここでは、計算量のより少ない、絶対値の平均値から距離を算出する方法を説明する。
【0096】
(19)式により算出した位相について、位相絶対平均値φavgを計算する(S7)。
【0097】
【0098】
(20)式は、位相絶対平均値φavgが未知の距離Lに比例することを示している。第1の状態において求めた距離算出の比例定数γは、距離と位相絶対平均値を関係づける定数であり、rad/mの単位で表すことができる。したがって、位相絶対平均値φavgと、距離算出の比例定数γを用いて、距離L(L=φavg/γ)を算出することができる(S8)。
【0099】
求めたドップラーシフトΔfDを用いて、ΔfDに(c/2ν0)を乗じることにより、速度Vを算出することができる(S9)。
【0100】
従来技術のFMCWライダにおいては、周波数変調信号として、三角波または鋸波を用いる。一方、本実施形態においては、比例係数γを事前に求めておけば、三角波または鋸波に限定されることなく、任意の周期関数を信号として用いることができる。また、(18)式と(20)式における平均化処理は、変調1周期にわたる積分値であるが、積分区間を変調周期の整数倍に設定してもよい。
【0101】
図5は位相ダイバーシティ検出器の第2例を説明する図である。第2例の位相ダイバーシティ検出器11は、時間分割型の構成を有する。
図5の位相ダイバーシティ検出器11は、ビームスプリッタ4fと、位相変調器20と、バランス型光検出器19cと、矩形波信号発生装置21と、時分割スイッチ22とを備える。矩形波信号発生装置21により駆動した位相変調器20に参照光5を入力し、位相偏移π/2の矩形波変調を与える。矩形波の周期は、半導体レーザ3の変調周期の2倍に設定する。位相変調器20を透過した参照光の位相は、時間T
mごとに0とπ/2の間で変化する。矩形波変調した参照光は、ビームスプリッタ4fを介して、信号光8と合波して、バランス型光検出器19cに入力する。参照光の矩形波位相変調により、バランス型光検出器19cは、(7)式により表される同相成分と、(8)式により表される直交成分を、時間T
mごとに交互に出力する。時分割スイッチ22は、入力端子と、2つの出力端子と、制御端子を備えたスイッチであり、制御信号に応じて、入力信号の出力端子を振り分ける機能を有する。バランス型光検出器19cの出力を時分割スイッチ22に入力し、矩形波信号発生装置21に同期して制御を行うことにより、時分割スイッチ22の2つの出力には、同相成分12と、直交成分13が時分割で出力される。同相成分12と直交成分13の分離を、演算処理部14において行う場合は、時分割スイッチ22は不要である。なお、光路切換器により光路を切り換える操作と、演算処理部14にて行う処理は、第1例の位相ダイバーシティ検出器を用いる場合と同様である。
【0102】
第2例の位相ダイバーシティ検出器を用いる場合は、矩形波変調周期の全時間域にわたり、信号光とのビート信号を連続的に取得する必要があるため、参照光の位相の値だけでなく、正確な矩形波の形状を有する波形が好ましい。
【0103】
[測定精度の評価、評価例1]
評価例1では、第1例の位相ダイバーシティ検出器を備える光学的測定装置について、精度を評価するシミュレーションを行った。シミュレーションにおいては、実際の測定を模擬するため、(7)式の同相成分12と、(8)式の直交成分13に、半導体レーザ3の周波数雑音を付加した。また、半導体レーザ3の変調信号として、正弦波を用いた。
【0104】
第1例の位相ダイバーシティ検出器11から出力されるビート信号の同相成分12と直交成分13を、それぞれ次式により表す。
【0105】
【0106】
【0107】
(21)式と(22)式において、φ(t)は(9)式により表され、半導体レーザ3の周波数変調と、ドップラーシフトを含む。半導体レーザ3の周波数変調ν(t)は、周波数50kHz、振幅76mAppの正弦波で変調した離散モード半導体レーザを想定し、特許文献6に記載されている方法を用いて測定した結果を、次式のフーリエ級数展開により解析的に表現して用いた。なお、特許文献6に記載されている方法とは、光周波数シフタを備えたヘテロダイン干渉により、ビート信号から周波数変調を測定するものである。
【0108】
【0109】
(21)式と(22)式に付加したφN(t)は、半導体レーザ3の周波数雑音に起因する成分であり、次式により表すことができる。
【0110】
【0111】
(23)式と(24)式において、νN(t)は半導体レーザ3の周波数雑音を表し、標準偏差1MHzの白色雑音を設定した。上述した半導体レーザ3の周波数変調ν(t)と、周波数雑音νN(t)を初期値として、(21)式の同相成分と、(22)式の直交成分を生成した後、(11)式と、(12)式により表される位相復調処理を実行した。
【0112】
最初に、光路切換器が第1の状態にある場合の結果を説明する。第1の状態においては、半導体レーザ3の周波数変調を測定し、距離算出の比例定数を計算する。参照光5と信号光8との間の遅延時間τ
dは、33.3psに設定した。一方、半導体レーザ3の変調周期T
mは20μsである。
図6は、半導体レーザ3の周波数変調ν(t)を表す図である。灰色実線で表される初期値の周波数偏移は14.37GHzであり、(6)式により計算される距離分解能δLは10.4mmである。初期値から計算した距離算出の比例係数γの値は、191.785[rad/m]である。
図6の点線は測定値を表し、(15)式により復調した位相から算出した周波数変調ν(t)である。算出した波形は初期値と良く一致している。
図6の黒色実線は、初期値を基準とする測定値の誤差を、100倍拡大して表示したものである。誤差は±55MHz以内である。測定値から計算した距離算出の比例係数γの値は、191.776[rad/m]である。初期値に対する比例定数の差は-0.0043%であり、10mの距離測定において、0.43mmの誤差に相当する。
【0113】
次に、光路切換器が第2の状態にある場合の結果を説明する。第2の状態においては、復調した位相と、第1の状態において求めた距離算出の比例係数を用いて、速度と距離を算出する。第1の状態とは逆に、半導体レーザ3の周波数変調ν(t)が既知であり、遅延時間τdとドップラーシフトΔfDが未知の被測定量である。
【0114】
図7は、対象物10の相対速度が変化した場合の、復調した位相を表す図である。遅延時間τ
dを20ns(距離3.0m)に固定し、相対速度Vを0から±10km/hまで、2km/h単位で変化させた。
図7(a)は正の速度、
図7(b)は負の速度に対応し、点線が静止時(V=0)の結果を表す。ドップラーシフトに起因して、時間に比例して増加または減少する位相成分が発生し、復調した位相の波形は、時刻10μsを中心として、時計回り、または反時計回りに回転した形状になる。
【0115】
図8は、(10)、(16)、(17)式により計算した速度の測定値と誤差を表す図である。黒丸印は速度の測定値、白丸印は初期値との誤差を1000倍拡大して表示したものである。測定値は初期値と良く一致し、半導体レーザ3の周波数雑音を付加したことにより生じた誤差は6-7m/hである。
【0116】
図9は、対象物10との距離が変化した場合の、復調した位相を表す図である。対象物10が静止し(V=0)、距離を3.00mから3.01mまで2mm単位で変化させた。
図9(a)は変調1周期にわたる位相を、各距離について重ね書きした図であるが、このスケールではすべて重なり合っているため、個々の波形は区別できない。
図9(b)と
図9(c)は、
図9(a)の灰色部分(極大値、極小値付近)を拡大した図であり、点線が距離3.00mに対応する。距離の増加に伴い、位相変化の振幅が増大し、2mmの距離変化が明瞭に現れている。
【0117】
図10は、算出した距離の測定値と誤差を表す図である。黒丸印は速度の測定値、白丸印は初期値との誤差を表し、横軸と縦軸の距離0mmが実際の距離3.00mに対応する。半導体レーザ3の周波数雑音を付加したことにより生じた誤差は、-0.4mm程度であり、(6)式から計算した距離分解能に比べて、十分に小さい値になっている。
【0118】
[評価例2]
評価例2では、第2例の位相ダイバーシティ検出器を備える光学的測定装置について、距離測定精度を評価する実験を行った。
【0119】
図11は、評価例2における、光学的測定装置の測定精度を評価するための装置を説明する図である。
図11の精度評価装置は、変調信号発生器1と、注入電流源2と、半導体レーザ3と、可変光遅延線24と、位相変調器20と、矩形波信号発生器21と、バランス型光検出器19dと、デジタルオシロスコープ25と、演算処理部14とを備える。
図11の点線で囲んだ部分(位相変調器20、矩形波信号発生器21、光方向性結合器23b、バランス型光検出器19d、デジタルオシロスコープ25)が、時間分割型の位相ダイバーシティ検出器11に相当する。半導体レーザ3は、離散モード半導体レーザである。
図11の光学系は、光ファイバを用いて構成し、
図1における光路切換器と、送受信光学系9は含まれていない。
図1の光学的測定装置においては、信号光8は対象物10との間を往復するが、
図11の光学系においては、信号光は直進してバランス型光検出器19dに到達する。変調信号発生器1から出力される正弦波を、注入電流源2を介して、半導体レーザ3に入力し、出力光の周波数を変調する。変調周波数は50kHz、変調振幅は76mA
pp、周波数偏移は14.37GHzである。光方向性結合器23aにより、半導体レーザ3の出力光を2分し、一方はプローブ光として可変光遅延線24に、他方は参照光として位相変調器20に入力する。位相変調器20は、矩形波信号発生器21により駆動し、変調周波数は25kHz、位相偏移はπ/2である。半導体レーザ3の周波数変調の1周期ごとに、参照光の位相が0とπ/2との間で交互に変化する。光方向性結合器23bにより、可変光遅延線24から出力される信号光と、位相変調器20から出力される参照光を合波し、バランス型光検出器19dに入力する。バランス型光検出器19dから出力されるビート信号を、デジタルオシロスコープ25に入力して、デジタル信号に変換する。デジタルオシロスコープ25の分解能は8ビット、サンプリング速度は1GSa/sである。デジタル信号に変換したビート信号は、演算処理部14によりオフライン処理を行い、同相成分と直交成分の分離と復調処理を施して、距離を算出する。ドップラーシフトを付与せずに、可変光遅延線24により距離を2mm単位で変化させた。
【0120】
図12は、位相変調器20から出力される参照光の位相を表す図であり、特許文献6に記載されている方法を用いて測定した結果である。なお、特許文献6に記載されている方法とは、光周波数シフタを備えたヘテロダイン干渉により、ビート信号から周波数変調波形を測定し、時間積分して位相を算出するものである。20μsごとに位相が0とπ/2との間で交互に変化している。
【0121】
図13は、ビート信号から分離した同相成分と直交成分を表す図である。
図13(a)は変調1周期にわたる時間波形、
図13(b)はリサージュ図形である。
図13(a)の時間波形において、包絡線は半導体レーザ3の強度変調、細かい振動は、参照光と信号光との間の遅延により生じる差周波に対応する。半導体レーザ3の非線形チャープにより、差周波数が変化していることがわかる。
図13(b)のリサージュ図形において、測定値が円周上に位置しており、同相成分と直交成分の位相差がπ/2であることを示している。円周の幅は、半導体レーザ3の強度変調に対応する。
【0122】
図14は、算出した距離と誤差を表す図である。絶対距離の校正が困難であるため、可変光遅延線24の設定値0mmを基準とした相対値の評価を行った。黒丸印は相対距離の測定値、白丸印は相対誤差を表す。相対距離の測定値は、可変光遅延線24の設定値と良く一致している。相対誤差は±0.5mm以内であり、評価例1のシミュレーションの場合と同程度である。
【0123】
半導体レーザ3のチャープ帯域幅は14.37GHzであり、従来技術における(6)式により計算した距離分解能は、1.04cmである。一方、評価例1と2では、非線形チャープが存在するにもかかわらず、1cmを遥かに越える1mm以下の精度と分解能が得られている。本発明の実施形態と従来技術とにおけるこのような性能の違いは、散乱点が一つであることに加えて、時間領域で信号処理を行っていることによるものである。従来技術では、周波数領域で信号処理を行うため、非線形チャープによりビート信号のスペクトルが広がり、中心を正確に求めることが困難になる。一方、評価例1と2の評価結果から分かるように、本発明の光学的測定装置及び方法においては、時間領域で信号処理を行い、距離と速度による信号の変化を明確に識別できるため、高精度測定が可能である。
【0124】
上記第1の実施形態においては、光源として半導体レーザを用いた場合について説明したが、周波数変調機能を有するレーザ、または周波数固定のレーザと周波数変調器を組み合わせた光源であれば、同様にして実施できる。
【0125】
上記実施の形態等で示した例は、発明を理解しやすくするために記載したものであり、この形態に限定されるものではない。
【産業上の利用可能性】
【0126】
本発明の光学的測定装置及び方法は、レーザの周波数変調を制御するための付加的な装置が不要であり、自己校正機能を備えているので、小型でかつ高精度で低価格のFMCWライダシステムとして産業上有用である。自動車、自律ロボットなどの環境認識センサとしての利用を含め、民生機器等に利用可能である。
【符号の説明】
【0127】
1 変調信号発生器
2 注入電流源
3 半導体レーザ
4a、4b、4c、4d、4e、4f、4g、4h ビームスプリッタ
5 参照光
6 プローブ光
7 光路調整光学系
8 信号光
9 送受信光学系
10 対象物
11 位相ダイバーシティ検出器
12 同相成分
13 直交成分
14 演算処理部
15 光サーキュレータ
16 可動全反射鏡
17a、17b、17c 全反射鏡
18 π/2位相シフタ
19a、19b、19c、19d バランス型光検出器
20 位相変調器
21 矩形波信号発生器
22 時分割スイッチ
23a、23b 光方向性結合器
24 可変光遅延線
25 デジタルオシロスコープ
26 三角波信号発生器
27 光検出器
28 ビート信号
29 スペクトル解析装置