(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-12
(45)【発行日】2023-06-20
(54)【発明の名称】TaWSiターゲットおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20230613BHJP
C22C 30/00 20060101ALI20230613BHJP
C22C 27/04 20060101ALI20230613BHJP
C22C 27/02 20060101ALI20230613BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20230613BHJP
B22F 3/15 20060101ALI20230613BHJP
C22C 1/04 20230101ALI20230613BHJP
【FI】
C23C14/34 A
C22C30/00
C22C27/04 101
C22C27/02 103
B22F1/00 P
B22F1/00 R
B22F3/15 M
C22C1/04 D
C22C1/04 E
(21)【出願番号】P 2019057533
(22)【出願日】2019-03-26
【審査請求日】2022-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】株式会社プロテリアル
(72)【発明者】
【氏名】十亀 宏明
(72)【発明者】
【氏名】福岡 淳
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-020863(JP,A)
【文献】国際公開第2019/187329(WO,A1)
【文献】MCGLONE John M., 他,MRS Communications,2017年,vol. 7,p.715-p.720,DOI:10.1557/mrc.2017.77
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/34
C22C 30/00
C22C 27/04
C22C 27/02
B22F 1/00
B22F 3/15
C22C 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Wを20~45原子%、Siを20~45原子%含有し、残部がTaおよび不可避的不純物からなり、TaWSiマトリックスにWSi相が微細に分散しており、W相を含まない組織を有し、ターゲットの平面方向において、該ターゲットの外周部に相当する4つの部位と、中央部に相当する部位の合計5か所の位置から採取した試験片から得られる常温における抗折力の平均値が280MPa以上であるTaWSiターゲット。
【請求項2】
相対密度が104%以上である請求項1に記載のTaWSiターゲット。
【請求項3】
Ta粉末とW粉末とWSi粉末を混合して混合粉末を得る工程と、焼結温度1500~1750℃、加圧圧力10~60MPa、焼結時間1~10時間の条件で前記混合粉末を加圧焼結して焼結体を得る工程を含むTaWSiターゲットの製造方法。
【請求項4】
Wを20~45原子%、Siを20~45原子%含有し、残部がTaおよび不可避的不純物となるように前記混合粉末を得る請求項
3に記載のTaWSiターゲットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、機械的特性、耐摩耗性、耐食性、軟磁性、電気的特性等に優れるTaWSi非晶質合金薄膜を形成するために用いるTaWSiターゲットおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
摺動部品や金型等の表面には、機械的特性、耐摩耗性、耐食性の向上等を目的として、非晶質合金薄膜からなる硬質皮膜が適用されている。また、電子部品においては、軟磁性、電気的特性の向上等を目的として、基板等の表面に非晶質合金薄膜が適用されている。
そして、例えば、特許文献1においては、TaにWとSiを含む非晶質合金薄膜を基板といった被処理材の表面に設けた部材が提案されている。特許文献1に開示のあるTaWSi非晶質合金薄膜を具備する部材は、機械的特性、耐摩耗性、耐食性、軟磁性、電気的特性に優れているため、様々な用途に適用可能であるという点で有用な技術である。
【0003】
一方、上述したTaWSi非晶質合金薄膜を形成する手法としては、スパッタリングターゲット(以下、単に「ターゲット」ともいう。)を用いたスパッタリング法が最適である。スパッタリング法は、物理蒸着法の一つであり、他の真空蒸着やイオンプレーティングと比較して、大面積に安定して非晶質合金薄膜が形成できる方法であるとともに、上記のような添加元素の多い合金でも、組成変動が少ない優れたTaWSi非晶質合金薄膜が得られる有効な手法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されるTaWSiターゲットは、ターゲットの形状寸法に加工する機械加工時に、ターゲット本体の割れや欠け、脱落が発生する可能性の高い、いわゆる難削材である。その上、ターゲットに局所的な高硬度の部位が存在してしまうと、切削工具のチップの摩耗や破損を招き、得られるターゲットの表面粗さが大きくなったり、場合によっては、ターゲット本体を破損させてしまうことがある。
【0006】
本発明の目的は、ターゲットの機械加工において、ターゲット本体の割れや欠けの発生を抑制でき、ターゲット表面における凹凸の発生も抑制できる、TaWSiターゲットを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のターゲットは、Ta、W、およびSiで構成され、常温における抗折力の平均値が280MPa以上である。
本発明のターゲットは、相対密度が104%以上であることが好ましい。
【0008】
また、本発明のターゲットは、Wを20~45原子%、Siを20~45原子%含有し、残部がTaおよび不可避的不純物からなることが好ましい。
【0009】
本発明のターゲットは、Ta粉末とW粉末とWSi粉末を混合して混合粉末を得る工程と、焼結温度1500~1750℃、加圧圧力10~60MPa、焼結時間1~10時間の条件で前記混合粉末を加圧焼結して焼結体を得る工程を含む製造方法で得ることができる。
【0010】
前記混合粉末を得る工程では、Wを20~45原子%、Siを20~45原子%含有し、残部がTaおよび不可避的不純物となるように混合粉末を得ることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、ターゲットの機械加工において、ターゲット本体の割れや欠けの発生を抑制でき、ターゲット表面における凹凸の発生も抑制できるTaWSiターゲットを提供することができる。このため、上述した、機械的特性、耐摩耗性、耐食性、軟磁性、電気的特性等に優れる部材の製造に有用な技術となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明例となるターゲット表面の走査型電子顕微鏡観察写真。
【
図2】比較例となるターゲット表面の走査型電子顕微鏡観察写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明のターゲットは、Ta、W、およびSiで構成され、常温(JIS Z 8703で規定された20±15℃)における抗折力の平均値が280MPa以上である。本発明のターゲットは、抗折力を280MPa以上にすることで、ターゲットの形状寸法にするための切削加工や研磨加工といった機械加工を施す際に、ターゲット本体の割れや欠けの発生と、表面が荒れることを抑制できる。このため、本発明のターゲットは、表面の凹凸発生が低減され、平滑な表面を有するターゲットとなり、異常放電の誘発や、ノジュールが飛散して被処理材に付着することを抑制できる。
尚、本発明で抗折力とは、20mmの間隔で設置された2つの支えに試験片を載せ、中央部に押し金を当てた状態で、移動速度0.5mm/分で荷重を加えて、試験片が破断したときの荷重のことをいう。そして、抗折力は、ターゲットの任意の5か所の位置から、3mm×4mm×40mmの抗折力測定用試験片を切り出し、常温における抗折力を測定し、5本の平均値を採用する。
【0014】
本発明の実施形態に係るターゲットは、ターゲットの形状寸法にするための切削加工や研磨加工といった機械加工を施す際の割れや欠けを抑制する観点から、相対密度が104%以上であることが好ましい。
尚、本発明でいう相対密度は、アルキメデス法により測定されたターゲットのかさ密度を、その理論密度で割った値を百分率で表わしたものをいう。ここで、理論密度は、組成比から得られる質量比で算出した加重平均として得られた値を用いる。
【0015】
そして、相対密度の測定位置は、例えば、長方形等の矩形状のターゲットであれば、平面方向において、ターゲットの外周部のうち、長辺の中央部に相当する部位と四隅に相当する部位の合計6か所とする。また、円板状のターゲットであれば、平面方向において、ターゲットの外周部に相当する4つの部位と、中央部に相当する部位の合計5か所とする。
【0016】
本発明のターゲットは、Ta、W、およびSiで構成される。WおよびSiの含有量は、機械的特性、耐摩耗性、耐食性、軟磁性、電気的特性等を大きく損なわない範囲で適宜調整することができる。また、上記と同様の理由から、Wは20~45原子%、Siは20~45原子%の範囲にすることが好ましく、Wは25~42原子%、Siは25~42原子%の範囲にすることがより好ましい。
ここで、ターゲットのエロージョン領域に、例えば、TaWSiマトリックス相の中に、高硬度のW相やWSi相が粗大化した状態で存在してしまうと、ターゲット本体の割れの起点となったり、また、高硬度の部位のみが残存したり、脱落したりする場合がある。このような状態のターゲットは、ターゲット本体の割れが誘発される上、エロージョン領域の表面が粗くなり、成膜時に異常放電の起点となりやすくなる。このため、本発明の実施形態に係るターゲットは、
図2の薄灰色部で示される粗大なW相を含まず、
図1の濃灰色部で示されるWSi相が微細に分散していることが好ましい。
【0017】
本発明のターゲットは、粉末焼結法で得ることができる。具体的には、Ta粉末とW粉末とWSi粉末を混合して混合粉末を得て、この混合粉末を焼結温度1500~1750℃、加圧圧力10~60MPa、焼結時間1~10時間の条件で加圧焼結して焼結体を得る。そして、加圧焼結としては、例えば、をホットプレス法(以下、「HP」という。)、熱間静水圧プレス法、通電焼結法等を適用することができる。
【0018】
焼結温度は、1500℃以上にすることで、粉末の焼結を進行させることができ、空孔の発生を抑制することができる。また、焼結温度は、1750℃以下にすることで、W相の粗大化が抑制され、得られる焼結体の機械加工における割れや欠けの発生を抑制することができることに加え、粉末の溶解も抑制できる。
【0019】
加圧圧力は、10MPa以上にすることで、焼結の進行を促進し、空孔の発生を抑制することができる。また、加圧圧力は、60MPa以下にすることで、焼結時にターゲットへの残留応力の導入が抑制され、焼結後の割れや欠けの発生を抑制することができる。
【0020】
焼結時間は、1時間以上にすることで、焼結の進行を促進し、空孔の発生を抑制することができる。また、焼結時間は、10時間以下にすることで、W相の粗大化を抑制できるとともに、製造効率の低下を抑制できる。
【0021】
本発明では、ターゲットの機械加工における割れや欠けの発生を抑制する観点と組織の均質性という観点から、加圧焼結に適用する原料粉末は、体積基準の累積粒度分布の50%粒径(以下、「D50」という。)が0.2~100μmの範囲の粉末を用いることが好ましい。
そして、本発明では、TaWSiマトリックス相に高硬度のWのみからなる相を存在させず、TaWSiのマトリックスに微細なWSi相が分散している組織を得るために、原料粉末として、Ta粉末とW粉末とWSi粉末を用いる。
また、混合粉末は、Wを20~45原子%、Siを20~45原子%含有し、残部がTaおよび不可避的不純物となるようにすることが好ましい。
【実施例】
【0022】
先ず、D50が45μmのTa粉末、D50が0.6~1.0μmのW粉末、D50が2~5μmのWSi粉末を準備した。そして、Wを30原子%、Siを40原子%、残部がTaおよび不可避的不純物となるように、上記で準備した各粉末を秤量した後に、クロスロータリー混合機で混合して混合粉末を得た。そして、この混合粉末をHP装置のダイス内に充填して、1700℃、30MPa、2時間の条件で加圧焼結して、本発明例のターゲットとなるTaWSi焼結体を得た。
【0023】
Wを30原子%、Siを40原子%、残部がTaおよび不可避的不純物となるように、上記で準備した各粉末を秤量した後に、クロスロータリー混合機で混合して混合粉末を得た。そして、この混合粉末をHP装置のダイス内に充填して、1800℃、30MPa、2時間の条件で加圧焼結して、比較例のターゲットとなるTaWSi焼結体を得た。
【0024】
上記で得た各焼結体に機械加工を施して、直径180mm、厚さが4mmのターゲットを作製する際に、本発明例のターゲットとなる焼結体は、機械加工の際に、割れ・欠け、凹凸が発生せず、表面が平滑な状態であることが確認できた。一方、比較例のターゲットとなる焼結体は、機械加工の際に、割れが発生し、焼結体本体が破損した。
【0025】
そして、本発明例のターゲットとなる焼結体は、
図1の走査型電子顕微鏡観察写真のTaWSiマトリックスに濃灰色部で示されるWSi相が微細に分散しており、W相を含まない組織であることが確認された。
一方、比較例のターゲットとなる焼結体は、
図2の走査型電子顕微鏡観察写真の薄灰色部で示される粗大なW相が点在し、さらに濃灰色部で示されるWSi相が粗大化している組織であることが確認された。
【0026】
上記で得た各ターゲットの平面方向において、ターゲットの外周部に相当する4つの部位と、中央部に相当する部位の合計5か所の位置から、機械加工により密度測定用試験片を採取し、各部位のかさ密度を測定し、上述した方法で相対密度を算出し、その平均値を表1に示す。
【0027】
また、3mm×4mm×40mmの抗折力測定用試験片を各焼結体の任意の位置から5本切り出し、常温(JIS Z 8703で規定された20±15℃)における各抗折力を測定し、それらの平均値を算出した。ここで、抗折力は、20mmの間隔で設置された2つの支えに試験片を載せ、中央部に押し金を当てた状態で、移動速度0.5mm/分で荷重を加えて、破断したときの荷重を測定した。その結果を表1に示す。
【0028】
比較例となるターゲットは、常温での抗折力の平均値が280MPaを下回っていた。また、比較例となるターゲットは、相対密度が104%を下回っていた。
これに対して、本発明例となるターゲットは、常温での抗折力の平均値が280MPa以上であることが確認できた。また、本発明例となるターゲットは、相対密度が104%であることが確認できた。
本発明のターゲットは、機械加工時に割れや欠けが発生することなく、ターゲット本体の破損が抑制され、さらにターゲット表面を平滑にすることが確認できた。これにより、本発明のターゲットは、異常放電の誘発や、ノジュールが飛散して被処理材に付着することが抑制された、TaWSi非晶質合金薄膜を形成するためのターゲットとして有用となることが期待できる。
【0029】