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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-12
(45)【発行日】2023-06-20
(54)【発明の名称】粒子含有グリース組成物
(51)【国際特許分類】
   C10M 125/22 20060101AFI20230613BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 20/06 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 40/00 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20230613BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20230613BHJP
【FI】
C10M125/22
C10N10:12
C10N20:06
C10N30:06
C10N40:04
C10N40:00 D
C10N40:02
C10N50:10
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2022572508
(86)(22)【出願日】2022-03-22
(86)【国際出願番号】 JP2022012983
(87)【国際公開番号】W WO2022202751
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2021050498
(32)【優先日】2021-03-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002886
【氏名又は名称】DIC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100215935
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 茂輝
(74)【代理人】
【識別番号】100189337
【弁理士】
【氏名又は名称】宮本 龍
(74)【代理人】
【識別番号】100188673
【弁理士】
【氏名又は名称】成田 友紀
(72)【発明者】
【氏名】松枝 宏尚
(72)【発明者】
【氏名】狩野 佑介
(72)【発明者】
【氏名】小池 晃広
(72)【発明者】
【氏名】袁 建軍
【審査官】長部 喜幸
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-518927(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0254817(US,A1)
【文献】国際公開第2019/181723(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 169/06
C10M 125/22
C10N 10/12
C10N 20/06
C10N 30/06
C10N 40/04
C10N 40/00
C10N 40/02
C10N 50/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤と、二硫化モリブデン粒子とを含有する粒子含有グリース組成物であって、
前記二硫化モリブデン粒子が、β結晶構造を含む一次粒子の集合体からなる三酸化モリブデン粒子の硫化物であり、
動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が10nm以上450nm未満であり、
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、厚さが、3~100nmの範囲であり、
BET法で測定される、前記二硫化モリブデン粒子の比表面積が10m/g以上であり、
前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度が、0.1g/cm以上1.0g/cm以下である、粒子含有グリース組成物。
【請求項2】
前記二硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を有する、請求項1に記載の粒子含有グリース組成物。
【請求項3】
前記二硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.0より大きい、請求項1又は2に記載の粒子含有グリース組成物。
【請求項4】
前記二硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を有し、
前記二硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが2H結晶構造に由来し、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが3R結晶構造に由来し、
39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上である、請求項1~3のいずれか1項に記載の粒子含有グリース組成物。
【請求項5】
X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、解析式L=Kλ/(βcosθ)に基づいて拡張型リートベルト解析によって算出される前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下である、請求項4に記載の粒子含有グリース組成物。
(上記式中、Lは結晶子の大きさ[m]、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。)
【請求項6】
前記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の存在比が、10:90~90:10である、請求項4又は5に記載の粒子含有グリース組成物。
【請求項7】
前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上10質量%以下含有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の粒子含有グリース組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子含有グリース組成物に関し、特に、硫化モリブデンを含有する粒子含有グリース組成物に関する。
本出願は、2021年3月24日に、日本に出願された特願2021-050498に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
二硫化モリブデンは、摩擦摩耗低減のための潤滑剤として広く知られており、様々な国で用いられている。実際には、エンジンオイルなどの潤滑油(長鎖脂肪族低極性溶剤系)や、コーティング塗料(低沸点極性溶剤)、グリース(長鎖脂肪族低極性溶剤にLi石鹸等の増凋剤を添加したもの)等に配合されて使用されている。
【0003】
従来の粒子含有グリース組成物としては、例えば、基油、ジウレア系増ちょう剤、二硫化モリブデン、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、石油スルホン酸のカルシウム塩、硫黄系極圧剤、及びひまし油及びなたね油からなる群から選ばれる少なくとも1種の植物性油脂を含有し、添加剤としてジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛を更に含有する等速ジョイント用グリース組成物が提案されている(特許文献1)。
【0004】
また、液状基油を10~99.9質量%、アミド化合物を0.1~90質量%、及び固体潤滑剤を1.0~20質量%又は有機モリブデン化合物をモリブデン(Mo)量として0.0005~5質量%含み、常温で半固体状である潤滑剤組成物が提案されている(特許文献2)。
【0005】
また、脂肪族アルコールと芳香族カルボン酸から製造されたエステル系合成油10~95%と合成炭化水素油90~5%を含む基油、増ちょう剤、二硫化モリブデン、硫化ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン及びジチオリン酸亜鉛を含有する等速ジョイント用グリース組成物や(特許文献3)、ジウレア系増ちょう剤、エステル系合成油、鉱油および/または合成炭化水素油、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン及びジチオリン酸亜鉛化合物を含有する等速ジョイント用グリース組成物が提案されている(特許文献4)。
【0006】
また、基油に増ちょう剤を配合してなるベースグリースに、モリブデン酸のアルカリ金属塩と層状化合物とを必須成分として含有する等速ジョイント用グリースや(特許文献5)、密度を調節するための固体潤滑剤として二硫化モリブデンが添加された潤滑グリース(特許文献6)、或いは、表面変性されたナノ粒子0.1~40質量%及び担持材料99.9~60質量%を含み、上記表面変性がチオール基を含む組成物を、グリースに添加する使用方法が提案されている(特許文献7)。
【0007】
二硫化モリブデンの粒子径を規定した粒子含有グリース組成物としては、基油、ジウレア系増ちょう剤、基油に溶解しないジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、基油に溶解するジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、二硫化モリブデン、カルシウムフェネート又はカルシウムスルホネート及びリン分を含まない硫黄系極圧添加剤を含有し、実施例において上記二硫化モリブデン粒子径が0.45μmである等速ジョイント用グリース組成物が開示されている(特許文献8)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2010-90243号公報
【文献】特開2008-231293号公報
【文献】特開2008-163201号公報
【文献】特開2007-138110号公報
【文献】特開2006-298963号公報
【文献】特開2003-301188号公報
【文献】特表2014-518932号公報
【文献】特開2006-16481号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記従来のようなグリース組成物に添加されている市販の二硫化モリブデン粒子は、天然の二硫化モリブデン鉱物を粉砕して作られたサブミクロンオーダー以上のサイズであり、かつ比重が5程度と非常に大きいため、添加する単位重量に対して耐摩擦摩耗特性の効果が低いという問題がある。また近年、技術革新により摺動部における摩擦面の表面粗さが極めて小さく、上記市販の二硫化モリブデン粒子が摩擦表面の微小凹部に入り込むことができず、上記効果の発現が不十分である。さらに、グリース含有系において二硫化モリブデン粒子の結晶構造と耐摩擦摩耗特性との関係についての知見も無い。
【0010】
本発明は、少ない添加量で効率的に耐摩擦摩耗特性を向上することができ、且つ摺動部の隙間や摩擦面の表面粗さが極めて小さい場合であっても優れた耐摩擦摩耗特性を発現する粒子含有グリース組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、所定のメディアン径D50を有する二硫化モリブデン粒子を粒子含有グリース組成物の添加剤として用いると、摺動部における摩擦面間の隙間や摩擦面の微小凹部に二硫化モリブデン粒子を容易に介在させることができ、添加する単位重量当たりの有効粒子数が多くなり、その結果少ない添加量であっても耐摩擦摩耗特性向上の効果が高く、効率的に耐摩擦摩耗特性を向上できることを見出した。
【0012】
また、本出願人が保有する技術「nmサイズの酸化モリブデン微粒子」を原料として二硫化モリブデン粒子を製造すると、その結晶構造として2Hのみならず、珍しい3R(菱面体晶)の構造を有している。この技術によれば、本出願人が保有する技術「nmサイズの三酸化モリブデン微粒子」を原料として二硫化モリブデン粒子を製造することにより、粒子含有グリース組成物の鉱山品の粉砕や汎用三酸化モリブデン(μmサイズ)からの合成では達成困難な「3R構造を含有し、nmスケールかつ単位重量当たりの比表面積の増大に有利で、かつ板状構造を有する二硫化モリブデン」が合成可能である。よってこの二硫化モリブデン粒子を粒子含有グリース組成物の添加剤として用いると、二硫化モリブデン粒子の大きい比表面積により、優れた耐摩擦摩耗特性を発現できることを見出した。
【0013】
すなわち、本発明は以下の構成を提供する。
[1]基油と、増ちょう剤と、二硫化モリブデン粒子とを含有する粒子含有グリース組成物であって、
動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が10nm以上450nm未満である、粒子含有グリース組成物。
【0014】
[2]前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、厚さが、3~100nmの範囲である、上記[1]に記載の粒子含有グリース組成物。
【0015】
[3]BET法で測定される、前記二硫化モリブデン粒子の比表面積が10m/g以上である、上記[1]又は[2]に記載の粒子含有グリース組成物。
【0016】
[4]前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度が、0.1g/cm以上1.0g/cm以下である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の粒子含有グリース組成物。
【0017】
[5]前記二硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.0より大きい、上記[1]~[4]のいずれかに記載の粒子含有グリース組成物。
【0018】
[6]前記二硫化モリブデン粒子が、二硫化モリブデンの2H結晶構造及び3R結晶構造を有し、
前記二硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが前記2H結晶構造に由来し、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが前記3R結晶構造に由来し、
39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の粒子含有グリース組成物。
【0019】
[7]X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、解析式L=Kλ/(βcosθ)に基づいて拡張型リートベルト解析によって算出される前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下である、上記[6]に記載の粒子含有グリース組成物。
(上記式中、Lは結晶子の大きさ[m]、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。)
【0020】
[8]前記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の存在比が、10:90~90:10である、上記[6]又は[7]に記載の粒子含有グリース組成物。
【0021】
[9]前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上10質量%以下含有する、上記[1]~[8]のいずれかに記載の粒子含有グリース組成物。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、少ない添加量で効率的に耐摩擦摩耗特性を向上することができ、且つ摺動部の隙間や摩擦面の表面粗さが極めて小さい場合であっても優れた耐摩擦摩耗特性を発現する粒子含有グリース組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、本実施形態における二硫化モリブデン粒子の原料である三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例を示す概略図である。
図2図2は、合成例1で得られた硫化モリブデン粉体のX線回折(XRD)プロファイルの結果を、二硫化モリブデン(MoS)の3R結晶構造の回折プロファイル、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折プロファイル及び二酸化モリブデン(MoO)の回折プロファイルと共に示す図である。
図3図3は、合成された二硫化モリブデン粒子のAFM像である。
図4図4は、図3に示す二硫化モリブデン粒子の断面を示すグラフである。
図5図5は、合成例1で得られた硫化モリブデン粉体を用いて測定された、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルである。
図6図6は、合成例1の二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイル、および二硫化モリブデンの2H結晶構造と3R結晶構造の参照ピークを表示した図である。
図7図7は、合成例1の二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイルからリートベルト解析によって得られた2H結晶構造及び3R結晶構造の比と結晶子サイズを算出した結果を示す図である。
図8図8は、比較例1の硫化モリブデン粉体のX線回折(XRD)プロファイルの結果を、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折プロファイルと共に示す図である。
図9図9は、実施例1の粒子含有グリース組成物を用いて振動摩擦摩耗試験機にて摩擦摩耗試験を行い、摺動面を顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図10図10は、比較例1の粒子含有グリース組成物を用いて振動摩擦摩耗試験機にて摩擦摩耗試験を行い、摺動面を顕微鏡で観察した結果を示す図である。
図11図11は、比較例3のグリース組成物を用いて振動摩擦摩耗試験機にて摩擦摩耗試験を行い、摺動面を顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら詳細に説明する。
【0025】
<粒子含有グリース組成物>
本実施形態に係る粒子含有グリース組成物は、基油と、増ちょう剤と、二硫化モリブデン粒子とを含有する粒子含有グリース組成物であって、動的光散乱法により求められる前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が10nm以上450nm未満である。
市販の二硫化モリブデン粒子は鉱石の粉砕品であり、粒径が0.45μmを超える大きさのものを多く含んでいる。よって、例えば摺動部における摩擦面間の隙間が0.45μm(すなわち、450nm)未満である場合、二硫化モリブデン粒子が当該隙間に入り込むことができず、添加する二硫化モリブデン粒子の単位重量当たりの有効粒子数が少ない。一方、本実施形態のように前記メディアン径D50が450nm未満であることにより、二硫化モリブデン粒子が隙間に十分に入り込み、添加する二硫化モリブデン粒子の単位重量当たりの有効粒子数が多くなり、高負荷を掛けても削れ、摩耗或いは焼き付きが生じ難く、効率的に摩擦摩耗特性を向上することができる。
【0026】
市販のMoSは鉱石の粉砕品であり、粒径が0.45μmを超える大きさのものを多く含み、従って接触面同士の面積をカバーするための単位重量当たりの効率が低くなる。一方で二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50が450nm未満であることにより、摩擦面の表面粗さが例えば数百nmと極めて小さい場合にも、2部材の摩擦面のうちのいずれか又は双方の微小凹部に二硫化モリブデン粒子を容易に入り込ませることができる。一般的に接触面同士の隙間に二硫化モリブデンが潜り込み、この二硫化モリブデンの層が荷重に対し垂直方向に容易にずれる事から二硫化モリブデンを含む層状化合物は潤滑剤として良く機能を発現する。従って、層状化合物特有のせん断力を受けた時に結晶面間で滑りを発生して接触面同士の摩擦係数を下げる効果もある。よって、従来の粒子含有グリース組成物と比較して、削れ、摩耗等を防ぐことができ、その結果摩擦面の長寿命化に寄与することができる。
【0027】
(二硫化モリブデン粒子)
本実施形態の粒子含有グリース組成物における二硫化モリブデン粒子の、動的光散乱法により求められるメディアン径D50は10nm以上450nm未満であり、前記の効果の点から、400nm以下が特に好ましい。前記二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は10nm以上であってもよく、20nm以上であってもよく、40nm以上であってもよい。二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50は、例えば動的光散乱式粒子径分布測定装置(マイクロトラックベル社製、Nanotrac WaveII)やレーザ回折式粒度分布測定装置(島津製作所製 SALD-7000)等を用いて測定される。
【0028】
本実施形態の粒子含有グリース組成物における二硫化モリブデン粒子は、二硫化モリブデンの3R結晶構造を含むことが好ましい。任意の層の6員環単位格子と、隣の層の6員環単位格子がずれて存在し菱面体晶を形成している3R結晶構造を含むことにより、任意の層の6員環単位格子の90度真下に隣の層の6員環単位格子が存在し正六角柱状の六方晶を形成する2H結晶構造に比べて、層間の硫黄原子同士の相互作用(S-Sコンタクト)が弱まり、3R構造の層同士が互いに外力によってずれやすくなるため耐摩擦摩耗特性の更なる向上に寄与すると考えられる。
【0029】
一般に市販されている二硫化モリブデン粒子は、粒径が0.45μmを超える大きさのものを多く含み、また、六方晶固体であり、結晶構造としてほぼ2H結晶構造を有する。これに対して、後述する「三酸化モリブデン粒子の製造方法」及び「二硫化モリブデン粒子の製造方法」を経て製造する二硫化モリブデン粒子は、2H結晶構造及び3R結晶構造を含み、メディアン径D50を10nm以上450nm未満に、容易に調整可能である。
【0030】
二硫化モリブデン粒子が2H結晶構造及び3R結晶構造を有していることは、例えば結晶子サイズを考慮できる拡張型リートベルト解析ソフト(マルバーンパナリティカル社製、ハイスコアプラス)を使用して確認することができる。このリートベルト解析ソフトでは、結晶子サイズを含めた結晶構造モデルを用いてXRDの回折プロファイル全体をシミュレートして、実験で得られるXRDの回折プロファイルと比較し、実験で得られた回折プロファイルと計算で得られた回折プロファイルの残差が最小になるように結晶構造モデルの結晶格子定数、原子座標などの結晶構造因子、重量分率(存在比)等を最小二乗法で最適化し、2H結晶構造及び3R結晶構造の各相を高精度に同定、定量することにより、通常のリートベルト解析によって算出される結晶構造タイプ及びその比率に加えて、結晶子サイズを算出することができる。以下、本特許では、上記のハイスコアプラスを用いた解析手法を「拡張型リートベルト解析」と呼ぶ。
【0031】
本実施形態の二硫化モリブデン粒子では、前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下であるのが好ましい。前記3R結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下であると、グリース組成物に含有される固体潤滑剤として用いたときに粒子含有グリース組成物の摩擦係数を小さくすることができ、耐摩擦摩耗特性を向上することができる。上記3R結晶構造の結晶子サイズは、後述する解析式に基づいて前記拡張型リートベルト解析によって算出される値であるのが好ましい。摩擦係数は、例えばボールオンディスク試験機又は4球試験機を用いたストライベック曲線から測定することができ、あるいは往復振動を伴うSRV試験機からも測定することもできる。
【0032】
X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、解析式L=Kλ/(βcosθ)に基づいて拡張型リートベルト解析によって算出される3R結晶構造の結晶子サイズは、1nm以上150nm以下であるのが好ましく、1nm以上50nm以下であるのがより好ましく、1nm以上15nm以下であるのが更に好ましい。上記式中、Lは結晶子の大きさ[m]、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。定数Kは、上記ハイスコアプラスを用いた拡張型リートベルト解析のための装置に最適化した値として、本実施形態では例えばK=1.00が採用される。
【0033】
前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、後述する解析式に基づいて算出される結晶子サイズが1nm以上である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは1nm以上であるのがより好ましい。また、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、後述する解析式に従って得られる結晶子サイズが50nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは15nm以下であるのがより好ましい。更に、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記3R結晶構造は、上記効果の観点から、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが1nm以上50nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましく、上記結晶子サイズは1nm以上15nm以下であるのがより好ましい。
【0034】
また、本実施形態の二硫化モリブデン粒子では、前記2H結晶構造の結晶子サイズが1nm以上であるのが好ましい。また、前記2H結晶構造の結晶子サイズは150nm以下であるのが好ましい。更に、前記2H結晶構造の結晶子サイズは1nm以上150nm以下であるのが好ましい。前記2H結晶構造の結晶子サイズが1nm以上150nm以下であると、グリース組成物に含有される固体潤滑剤として用いたときに粒子含有グリース組成物の摩擦係数を小さくすることができ、耐摩擦摩耗特性を向上することができる。
【0035】
上記2H結晶構造の結晶子サイズは、拡張型リートベルト解析によって算出される値であるのが好ましい。前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、後述する解析式に従って得られる結晶子サイズが1nm以上1である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましい。また、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが150nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましい。更に、前記拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造は、前記解析式に従って得られる結晶子サイズが1nm以上150nm以下である結晶子で構成される結晶相であるのが好ましい。
【0036】
前記2H結晶構造の結晶子サイズ及び前記3R結晶構造の結晶子サイズは、例えばXRD回折プロファイルのピーク半値幅を用いて算出することもできる。
【0037】
上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の結晶相中の存在比(2H:3R)は、10:90~90:10であるのが好ましい。結晶相中の3R結晶構造の存在比が10%以上90%以下であると、二硫化モリブデン粒子を無機潤滑剤として使用した場合、表面摩耗を更に抑制することができる。
【0038】
上記XRDから得られるプロファイルを用いて拡張型リートベルト解析により得られる前記2H結晶構造及び前記3R結晶構造の存在比(2H:3R)は、上記効果の観点から、10:90~80:20であるのがより好ましく、40:60~80:20であるのが更に好ましい。
【0039】
前記二硫化モリブデン粒子の、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが2H結晶構造に由来し、32.5°付近のピーク、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークが3R結晶構造に由来し、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークの半値幅が1°以上であることが好ましい。さらに、前記二硫化モリブデン粒子は、1H結晶構造など、二硫化モリブデンの2H結晶構造、3R結晶構造以外の結晶構造を含んでいてもよい。
【0040】
前記二硫化モリブデン粒子が、準安定構造の3R結晶構造を含む点は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、39.5°付近のピーク、及び、49.5°付近のピークが共に2H結晶構造及び3R結晶構造の合成ピークからなることで区別することができる。
【0041】
実際には、上記粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルを用いて、39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークによって、2H結晶構造の存在比が決定される。また、39.5°付近のピーク及び49.5°付近の幅広ピークの差分を、32.5°付近の2本のピークと39.5°付近の2本ピークで最適化することにより、3R結晶構造の存在比が決定される。すなわち、39.5°付近のピーク及び49.5°付近のピークのいずれも、2H結晶構造及び3R結晶構造に由来する合成波であり、これらの合成波により、二硫化モリブデン粒子に2H結晶構造及び3R結晶構造の存在比を算出することができる。
【0042】
また、二硫化モリブデン粒子は、非晶質相を含んでいてもよい。二硫化モリブデン粒子の非晶質相の存在比は、100(%)-(結晶化度(%))で表され、5%以上であるのが好ましく、15%以上であるのがより好ましく、20%以上であるのが更に好ましい。二硫化モリブデン粒子の非晶質相の存在比が5%以上であると、摩擦係数が更に低下し、摩擦特性を向上させることができる。
【0043】
透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影したときの二次元画像における前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、粒子状、球状、板状、針状、紐形状、リボン状またはシート状であっても良く、これらの形状が組み合わさって含まれていても良い。前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、円盤状、リボン状またはシート状であることが好ましい。また、二硫化モリブデン粒子50個の一次粒子の形状が、平均で、長さ(縦)×幅(横)=50~1000nm×50~1000nmの範囲の大きさを有することが好ましく、100~500nm×100~500nmの範囲の大きさを有することがより好ましく、50~200nm×50~200nmの範囲の大きさを有することが特に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、3nm以上の範囲の大きさを有することが好ましく、5nm以上の範囲の大きさを有することがより好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、100nm以下の範囲の大きさを有することが好ましく、50nm以下の範囲の大きさを有することがより好ましく、20nm以下の範囲の大きさを有することが特に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)で測定される厚さが、40mn以下の範囲の大きさを有していてもよく、30mn以下の範囲の大きさを有していてもよい。前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であることで、二硫化モリブデン粒子の比表面積を大きくすることができる。また、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、円盤状、リボン状またはシート状であり、且つ、厚さが3~100nmの範囲であるのが好ましい。ここで、円盤状、リボン状またはシート状であるとは、薄層形状であることをいう。円盤状、リボン状、シート状の明確な区別は無いが、例えば厚みが10nm以下の場合はシート状、厚みが10nm以上で、長さ÷幅≧2の場合はリボン状、厚みが10nm以上で、長さ÷幅<2の場合は円盤状とすることができる。二硫化モリブデン粒子の一次粒子のアスペクト比、すなわち、(長さ(縦横の大きさ))/(厚み(高さ))の値は、50個の平均で、1.2~1200であることが好ましく、2~800であることがより好ましく、5~400であることが更に好ましく、10~200であることが特に好ましい。二硫化モリブデン粒子50個の一次粒子の形状は、原子間力顕微鏡(AFM)による観察でも形状、長さ、幅、厚みを測定することが可能であり、測定結果からアスペクト比を算出することも可能である。
【0044】
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子の形状が、単純な球状ではなく、アスペクト比の大きな円盤状、リボン状もしくはシート状であることにより、粒子含有グリース組成物と摺動部の摩擦面により効率よく介在して、摩擦面同士の接触の確率(あるいは接触面積×時間)を減らすことが期待でき、表面摩耗が抑制されると考えられる。
【0045】
前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は10m/g以上であることが好ましく、30m/g以上であることがより好ましく、40m/g以上であることが特に好ましい。前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積は300m/g以下であってもよく、200m/g以下であってもよい。
【0046】
前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子は、前記一次粒子を構成する層がそれぞれ比較的弱い相互作用によって接近し、摩擦のような外力により容易に互いの層をずらすことができる。したがって、前記二硫化モリブデン粒子の一次粒子が摺動部の摩擦面間に介在して摩擦力が生じた際、その摩擦力で前記一次粒子を構成する層同士がずれて、見かけの摩擦係数を下げ、また摩擦面同士の接触も防ぐことができる。
前記二硫化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積が10m/g以上であると、前記一次粒子が摺動部の摩擦面間に存在するとき、摩擦面との接触面積を大きくでき、且つ摺動部の摩擦面同士が接触する面積をより下げることができるので、優れた耐摩擦摩耗特性を発現することができる。
【0047】
BET法で測定される比表面積が10m/g以上に大きい二硫化モリブデン粒子を含有する本実施形態の粒子含有グリース組成物は、二硫化モリブデン粒子と摩擦面との接触面積を大きくできるので、優れた耐摩擦摩耗特性を発現することができる。
【0048】
前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、0.1g/cm以上であるのが好ましく、0.2g/cm以上であるのがより好ましく、0.4g/cm以上であるのが更に好ましい。また、前記二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、1.0g/cm以下であるのが好ましく、0.9g/cm以下であるのがより好ましく、0.7g/cm以下であるのが更に好ましい。更に、二硫化モリブデン粒子の嵩密度は、0.1g/cm以上1.0g/cm以下であるのが好ましく、0.2g/cm以上0.9g/cm以下であるのがより好ましい。二硫化モリブデン粒子の嵩密度が0.1g/cm以上1.0g/cm以下であると、相対的に嵩密度が高い二硫化モリブデン粒子を同じ含有量でグリース組成物に含有させた場合と比較して、粒子含有グリース組成物の表面に二硫化モリブデン粒子が露出し易くなり、粒子含有グリース組成物の摩擦係数を更に小さくすることができる。また、上記のような相対的に嵩密度が高い二硫化モリブデン粒子を含有させた場合と比較して少ない含有量で所望の耐摩擦摩耗特性を得ることができ、粒子含有グリース組成物を用いた成形品を軽量化することが可能となる。
【0049】
前記二硫化モリブデン粒子の、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.0より大きいことが好ましく、1.1以上であることがより好ましく、1.2以上であることが特に好ましい。
【0050】
二硫化モリブデンの結晶構造が、2H結晶構造であれ3R結晶構造であれ、Mo-S間の距離は共有結合のためほぼ同じなので、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルにおいて、Mo-Sに起因するピークの強度は同じである。 一方、二硫化モリブデンの2H結晶構造は六方晶(hexagonal)のため、Mo原子の六角形の90°真下に同じ六角形が位置するため、Mo-Mo間の距離が近くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは強くなる。
逆に、二硫化モリブデンの3R結晶構造は菱面体晶(rhombohedral)のため、六角形の90°真下ではなく、半分ずれて六角形が存在するため、Mo-Mo間の距離が遠くなり、Mo-Moに起因するピーク強度IIは弱くなる。
二硫化モリブデンの純粋な2H結晶構造では前記比(I/II)が小さくなるが、3R結晶構造を含むにつれ前記比(I/II)が大きくなる。
3R結晶構造では、3層のそれぞれのMo原子の六角形が互いに六角形の半分だけずれているため、2層のMo原子の六角形が垂直に規則正しく並んでいる2H結晶構造に比べて、各層の間の相互作用が小さく、せん断力による結晶面間の滑りによって耐摩擦摩耗特性を向上することができる。
尚、2H結晶構造においても、結晶子サイズが小さければ、接触面の滑りが発生しやすくなることが期待できる。
【0051】
前記二硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、三酸化モリブデンの存在が耐摩擦摩耗特性に悪影響を及ぼすと考えられるため70%以上であることが好ましく、80%以上であることがより好ましく、90%以上であることが特に好ましい。
前記二硫化モリブデン粒子は、MoSへの転化率Rが100%近い数字を示せることにより、摩擦による加熱により潤滑性能を発揮するものの、三酸化モリブデンを副生もしくは含有しうる他の二硫化モリブデン素材やその前駆体より耐摩擦摩耗特性が優れるものとすることができる。
【0052】
二硫化モリブデン粒子のMoSへの転化率Rは、二硫化モリブデン粒子をX線回折(XRD)測定することにより得られるプロファイルデータから、RIR(参照強度比)法により求めることができる。二硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび二硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度IA、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めることができる。
RC(%)=(I/K)/(Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)(一般社団法人化学情報協会製)に記載されている値をそれぞれ用いることができ、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(PDXL2)(リガク社製)を用いることができる。
【0053】
尚、本実施形態の粒子含有グリース組成物は、二硫化モリブデン粒子(MoS)を含有するのが好ましいが、これに限らず、MoS(X=1~3)で表される硫化モリブデン粒子を含有してもよいし、MoS(X=1~3)で表される硫化モリブデン粒子の1種又は複数種を含有してもよい。
【0054】
本実施形態の粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上含有することが好ましく、0.01質量%以上含有することがより好ましく、1質量%以上含有することが更に好ましい。また、粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を50質量%以下含有することが好ましく、20質量%以下含有することがより好ましく、10質量%以下含有することが更に好ましい。更に、粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記二硫化モリブデン粒子を0.0001質量%以上50質量%以下含有することが好ましく、0.01質量%以上20質量%以下含有することがより好ましく、1質量%以上10質量%以下含有することが更に好ましい。
【0055】
(基油)
本実施形態の粒子含有グリース組成物に使用される基油としては、特に制限されず、公知の基油を用いることができる。例えば、ナフテン系及び/又はパラフィン系鉱油(スピンドル油、タービン油、モーター油、ブライトストック等)、合成油(ジエステル、ポリオールエステル、シリコーン油、PFPE(パーフルオロポリエーテル)、PAO(ポリアルファオレフィン)、PAG(ポリアルキレングリコール)、アルキルジフェニルエーテル、ポリフェニルエーテル等から選択される1種又は複数種が挙げられる。
【0056】
前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記基油を50質量%以上含有することができ、70質量%以上含有することがより好ましく、99質量%以下が好ましく、95質量%以下含有することが更に好ましい。また、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記基油を50質量%以上99質量%以下含有することができ、70質量%以上95質量%以下含有することが好ましい。
【0057】
(増ちょう剤)
本実施形態の粒子含有グリース組成物に使用される増ちょう剤としては、特に制限されず、石鹸系或いは非石鹸系の増ちょう剤を用いることができる。
石鹸系としては、例えばCa石鹸(牛脂系もしくはひまし油系)、Li複合石鹸、Ba複合石鹸、Al石鹸、Caコンプレックス、Liコンプレックス、Alコンプレックス等から選択される1種又は複数種が挙げられる。非石鹸系としては、例えばウレア化合物(芳香族ジウレア、脂肪族もしくは脂環族ジウレア、トリウレア、テトラウレア、Naテレフタレート、PTFE、ベントナイト、シリカゲル、カーボンブラック等から選択される1種又は複数種が挙げられる。
【0058】
前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記増ちょう剤を2質量%以上含有することができ、5質量%以上含有してもよい。また、前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記増ちょう剤を60質量%以下含有することができ、30質量%以下含有してもよい。更に、前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記増ちょう剤を2質量%以上60質量%以下含有することができ、5質量%以上30質量%以下含有してもよい。
【0059】
(耐荷重添加剤)
本実施形態の粒子含有グリース組成物は、摩擦面同士の摩擦摩耗の減少や焼き付き防止の観点から、耐荷重添加剤を更に含有してもよい。耐荷重添加剤としては、例えば、ナフテン酸Pb、塩素化パラフィン、SP系、各種金属化合物、MoDTPやZnDTP等のリン系、硫黄系化合物等から選択される1種又は複数種が挙げられる。
【0060】
前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記耐荷重添加剤を0.01質量%以上含有することができ、0.1質量%以上含有してもよいし、1質量%以上含有してもよい。前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記耐荷重添加剤を50質量%以下含有することができ、20質量%以下含有してもよいし、10質量%以下含有してもよい。更に、前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記耐荷重添加剤を0.01質量%以上50質量%以下含有することができ、0.1質量%以上20質量%以下含有してもよいし、1質量%以上10質量%以下含有してもよい。
【0061】
(その他の添加剤)
本実施形態の粒子含有グリース組成物は、用途や仕様に応じて、上記以外の他の添加剤を含有してもよい。その他の添加剤としては、酸化防止剤(硫黄、リン系、アミン系、フェノール系)、防錆剤(カルボン酸、金属スルフォネート等)、腐食防止剤(ベンゾトリアゾール等)、油性剤(脂肪酸、脂肪酸エステル等)、摩耗防止剤(リン酸エステル、亜リン酸エステル、チオリン酸塩、リン酸エステルのアミン塩、ジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛等)、極圧剤(硫化油脂、硫化エステル、ポリサルファイド、塩素化合物、ナフテン酸鉛、アルキルチオリン酸アミン、クロロアルキルザンテート等)、固体潤滑剤(黒煙、MoS、軟質金属等)、粘度指数向上剤(ポリアルキルメタクリレート等)、清浄分散剤(金属スルフォネート、コハク酸イミド等)等の1種又は複数種を用いることができる。
【0062】
前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記添加剤を0.01質量%以上含有することができ、0.1質量%以上含有してもよいし、0.2質量%以上含有してもよい。また、前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記添加剤を50質量%以下含有することができ、10質量%以下含有してもよいし、5質量%以下含有してもよい。更に、前記粒子含有グリース組成物は、前記粒子含有グリース組成物の全質量100質量%に対し、前記添加剤を0.01質量%以上50質量%以下含有することができ、0.1質量%以上10質量%以下含有してもよいし、0.2質量%以上5質量%以下含有してもよい。
【0063】
<粒子含有グリース組成物の製造方法>
本実施形態に係る粒子含有グリース組成物の製造方法は、基油と、増ちょう剤と、後述する二硫化モリブデン粒子の製造方法で得られた二硫化モリブデン粒子とを、上記の配合割合で均一に混合することにより製造することができる。また、必要に応じて、極圧剤、その他の添加剤を更に原料に添加して均一に混合してもよい。二硫化モリブデン粒子は、上述のように基油及び増ちょう剤を含む原料と共に添加されてもよいし、二硫化モリブデン粒子を均一分散させる観点から、予め基油及び増ちょう剤を含む原料を混合してグリース組成物を製造し、その後半固体状の当該グリース組成物に二硫化モリブデン粒子を添加してもよい。この場合、例えば、フーバーマーラー、自転公転混錬機、三本ロールミル、シャロットコロイドミル、モントン・ゴーリンホモジナイザ等で混錬することにより、グリース組成物中で二硫化モリブデン粒子を均一分散することができる。
【0064】
本実施形態に係る粒子含有グリース組成物は、本発明の常温で半固体状(ゲル状)であり、機械要素の摺動部に適用すると、摺動時には摩擦熱によって液体(潤滑組成物)に状態を変えて摺動部に浸透し、金属や樹脂などの摺動部を構成する固体の表面(摩擦面)に薄膜を形成して摺動部を潤滑する。またこのとき、粒子含有グリース組成物或いは上記液体に含まれている二硫化モリブデン粒子が摺動部及び摩擦面の微小凹部に供給されることにより、摺動部の摩擦摩耗が低減される。摺動が停止すると、温度が低下し、液体状態であった潤滑組成物は、再び半固体状の粒子含有グリース組成物に戻る。
本実施形態の粒子含有グリース組成物は、上記の二硫化モリブデン粒子を含有することにより、特に低摩耗、高焼付荷重、高融着荷重といった優れた耐摩擦摩耗特性を有し、更には、優れた耐摩擦摩耗特性を長期に亘って持続することができる。また、本実施形態の粒子含有グリース組成物は、使用、不使用にともなう昇温、冷却ストレスを繰り返し受けてもゲル(半固体状)構造が再構築されるため、油漏れによる汚染を回避することができる。
【0065】
(粒子含有グリース組成物における二硫化モリブデン粒子の製造方法)
本実施形態の粒子含有グリース組成物における二硫化モリブデン粒子は、例えば、三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の存在下、温度200~1150℃で加熱することにより製造することができる。
【0066】
三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は、2nm以上2000nm以下であるのが好ましい。三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径とは、三酸化モリブデン粒子を、走査型電子顕微鏡(SEM)もしくは透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影し、二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)と短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径としたとき、ランダムに選ばれた50個の一次粒子の一次粒子径の平均値を云う。
【0067】
本実施形態の硫化モリブデン粉体の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、蛍光X線(XRF)で測定されるMoOの含有割合が99.5%以上であることが好ましく、これにより、MoSへの転化率Rを大きくすることができ、高純度な、不純物由来の二硫化物が生成する虞がない、保存安定性の良好な二硫化モリブデンを得ることができる。
【0068】
前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は、5nm以上2000nm以下であってもよい。また、前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は1000nm以下とすることができ、硫黄との反応性の点からは、600nm以下がより好ましく、400nm以下が更に好ましく、200nm以下が特に好ましい。前記三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径は2nm以上であってもよく、5nm以上であってもよく、10nm以上であってもよい。
【0069】
硫黄源としては、例えば、硫黄、硫化水素等が挙げられ、これらは単独でも二種を併用しても良い。
【0070】
前記三酸化モリブデン粒子は、BET法で測定される比表面積が10m/g以上100m/g以下であることが好ましい。
【0071】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比表面積は、硫黄との反応性が良好になることから、10m/g以上であることが好ましく、20m/g以上であることが好ましく、30m/g以上であることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子において、製造が容易になることから、100m/g以下であることが好ましく、90m/g以下であってもよく、80m/g以下であってもよい。
【0072】
二硫化モリブデン粒子の製造に用いる三酸化モリブデン粒子は、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなることが好ましい。前記酸化モリブデン粒子は、結晶構造としてα結晶のみからなる従来の三酸化モリブデン粒子に比べて、硫黄との反応性が良好であり、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含むので、硫黄源との反応において、MoSへの転化率Rを大きくすることができる。
【0073】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する、(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース、ICSD))のピークの存在によって、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、MoOのα結晶の(021)面(2θ:27.32°付近_No.166363(無機結晶構造データベース、ICSD))のピークの存在によって、確認することができる。
【0074】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子は、X線源としてCu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)から得られるプロファイルにおいて、MoOのβ結晶の(011)面に帰属する(2θ:23.01°付近、No.86426(無機結晶構造データベース(ICSD))ピーク強度の、MoOのα結晶の(021)面に帰属する(2θ:27.32°付近、No.166363(無機結晶構造データベース(ICSD))ピーク強度に対する比(β(011)/α(021))が0.1以上であることが好ましい。
【0075】
MoOのβ結晶の(011)面に帰属するピーク強度、及び、MoOのα結晶の(021)面に帰属するピーク強度は、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(β(011)/α(021))を求める。
【0076】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(β(011)/α(021))は、0.1~10.0であることが好ましく、0.2~10.0であることがより好ましく、0.4~10.0であることが特に好ましい。
【0077】
三酸化モリブデンのβ結晶構造は、ラマン分光測定から得られるラマンスペクトルにおいて、波数773cm-1、848cm-1及び905cm-1でのピークの存在によっても、確認することができる。三酸化モリブデンのα結晶構造は、波数663cm-1、816cm-1及び991cm-1でのピークの存在によって、確認することができる。
【0078】
前記三酸化モリブデン粒子は、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Oに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)が、1.1より大きいことが好ましい。
【0079】
Mo-Oに起因するピークの強度I、及び、Mo-Moに起因するピーク強度IIは、それぞれ、ピークの最大強度を読み取り、前記比(I/II)を求める。前記比(I/II)は、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られていることの目安になると考えられ、前記比(I/II)が大きいほど、硫黄との反応性に優れる。
【0080】
前記三酸化モリブデン粒子において、前記比(I/II)は、1.1~5.0であることが好ましく、1.2~4.0であってもよく、1.2~3.0であってもよい。
【0081】
本実施形態に係るグリース組成物に用いられる二硫化モリブデンの製造方法において、三酸化モリブデンのβ結晶構造を含む一次粒子の集合体からなる三酸化モリブデン粒子を、硫黄源の不存在下、温度100~800℃で加熱し、次いで、硫黄源の存在下、温度200~1000℃で加熱することを含むものであってもよい。
【0082】
硫黄源の存在下の加熱時間は、硫化反応が充分に進行する時間であればよく、1h~20hであってもよく、2h~15hであってもよく、3h~10hであってもよい。
【0083】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量に対する、前記硫黄源のS量の仕込み比は、硫化反応が充分に進行する条件であることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が450モル%以上であることが好ましく、600モル%以上であることが好ましく、700モル%以上であることが好ましい。前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄源のS量が3000モル%以下であってもよく、2000モル%以下であってもよく、1500モル%以下であってもよい。
【0084】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、前記硫黄源の存在下の加熱温度は、硫化反応が充分に進行する温度であればよく、320℃以上であることが好ましく、340℃以上であることがより好ましく、360℃以上であることが特に好ましい。320~1000℃であってもよく、340~1000℃であってもよく、360~500℃であってもよい。
【0085】
前記二硫化モリブデン粒子の製造方法において、後処理として、得られた二硫化モリブデン粒子を、必要に応じて冷却した後、加熱してもよい。本加熱処理では、例えば不活性雰囲気下で二硫化モリブデン粒子を焼成することが好ましい。得られた二硫化モリブデン粒子を加熱、焼成することにより、非晶質部分の結晶化が促され、結晶化度が向上する。また結晶化度の向上に伴い、新たに2H結晶構造と3R結晶構造のそれぞれが生成し、2H結晶構造と3R結晶構造の存在比が変化する。このように後処理として再加熱を行うと、二硫化モリブデン粒子の結晶化度が高くなって各層の潤滑による剥がれ易さがある程度低くなるものの、摩擦特性の向上に寄与する3R結晶構造の存在比が増大するため、2H結晶構造のみの場合と比較して摩擦特性を向上することができる。また、得られた二硫化モリブデン粒子を加熱する際の温度を変更することにより、2H結晶構造と3R結晶構造の存在比を調整することができる。
【0086】
以上、説明した前記二硫化モリブデン粒子の製造方法により、本実施形態の粒子含有グリース組成物に含有される二硫化モリブデン粒子を製造することができる。
【0087】
(三酸化モリブデン粒子の製造方法)
前記三酸化モリブデン粒子は、三酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成し、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却することにより製造することができる。
【0088】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、三酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記三酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成し、前記三酸化モリブデン前駆体化合物を気化させて、三酸化モリブデン蒸気を形成することを含み、前記原料混合物100質量%に対する、前記金属化合物の割合が、酸化物換算で70質量%以下であることが好ましい。
【0089】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、図1に示す製造装置1を用いて好適に実施することができる。
【0090】
図1は、本実施形態における二硫化モリブデン粒子の原料である前記三酸化モリブデン粒子の製造に用いられる装置の一例の概略図である。
図1に示すように、製造装置1は、三酸化モリブデン前駆体化合物、又は、前記原料混合物を焼成し、前記三酸化モリブデン前駆体化合物を気化させる焼成炉2と、前記焼成炉2に接続され、前記焼成により気化した三酸化モリブデン蒸気を粉体化する十字(クロス)型の冷却配管3と、前記冷却配管3で粉体化した三酸化モリブデン粒子を回収する回収手段である回収機4と、を有する。この際、前記焼成炉2および冷却配管3は、排気口5を介して接続されている。また、前記冷却配管3は、左端部には外気吸気口(図示せず)に開度調整ダンパー6が、上端部には観察窓7がそれぞれ配置されている。回収機4には、第1の送風手段である排風装置8が接続されている。当該排風装置8が排風することにより、回収機4および冷却配管3が吸引され、冷却配管3が有する開度調整ダンパー6から外気が冷却配管3に送風される。すなわち、排風装置8が吸引機能を奏することによって、受動的に冷却配管3に送風が生じる。なお、製造装置1は、外部冷却装置9を有していてもよく、これによって焼成炉2から生じる三酸化モリブデン蒸気の冷却条件を任意に制御することが可能となる。
【0091】
開度調整ダンパー6により、外気吸気口からは空気を取り入れ、焼成炉2で気化した三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。三酸化モリブデン蒸気を、液体窒素を用いて冷却した場合など、窒素雰囲気下の酸素濃度が低い状態での三酸化モリブデン蒸気の冷却は、酸素欠陥密度を増加させ、前記比(I/II)を低下させ易い。
【0092】
前記三酸化モリブデン前駆体化合物としては、焼成することで三酸化モリブデン蒸気を形成するものであれば特に制限されないが、金属モリブデン、三酸化モリブデン、二酸化モリブデン、硫化モリブデン、モリブデン酸アンモニウム、リンモリブデン酸(HPMo1240)、ケイモリブデン酸(HSiMo1240)、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸ケイ素、モリブデン酸マグネシウム(MgMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸ナトリウム(NaMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸チタニウム、モリブデン酸鉄、モリブデン酸カリウム(KMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸ホウ素、モリブデン酸リチウム(LiMo3n+1(n=1~3))、モリブデン酸コバルト、モリブデン酸ニッケル、モリブデン酸マンガン、モリブデン酸クロム、モリブデン酸セシウム、モリブデン酸バリウム、モリブデン酸ストロンチウム、モリブデン酸イットリウム、モリブデン酸ジルコニウム、モリブデン酸銅等が挙げられる。これらの酸化モリブデン前駆体化合物は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。酸化モリブデン前駆体化合物の形態は、特に限定されず、例えば、三酸化モリブデンなどの粉体状であってもよいが、好ましくは、ハンドリング性かつエネルギー効率の良い粉体状である。
【0093】
三酸化モリブデン前駆体化合物として、市販のα結晶の三酸化モリブデンを用いることが特に好ましい。また、三酸化モリブデン前駆体化合物として、モリブデン酸アンモニウムを用いる場合には、焼成により熱力学的に安定な三酸化モリブデンに変換されることから、気化する三酸化モリブデン前駆体化合物は前記三酸化モリブデンとなる。
【0094】
三酸化モリブデン前駆体化合物、及び、前記三酸化モリブデン前駆体化合物以外の金属化合物を含む原料混合物を焼成することでも、三酸化モリブデン蒸気を形成することができる。これらのうち、得られる三酸化モリブデン粒子の純度、一次粒子の平均粒径、結晶構造を制御しやすい点では、三酸化モリブデン前駆体化合物は、三酸化モリブデンを含むことが好ましい。
【0095】
焼成温度としては、使用する三酸化モリブデン前駆体化合物、金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子等によっても異なるが、通常、中間体が分解できる温度とすることが好ましい。例えば、三酸化モリブデン前駆体化合物としてモリブデン化合物を、金属化合物としてアルミニウム化合物を用いる場合には、中間体として、モリブデン酸アルミニウムが形成されうることから、焼成温度は500~1500℃であることが好ましく、600~1550℃であることがより好ましく、700~1600℃であることがさらに好ましい。
【0096】
焼成時間についても特に制限はなく、例えば、1分~30時間とすることができ、10分~25時間とすることができ、100分~20時間とすることができる。
【0097】
昇温速度は、使用する三酸化モリブデン前駆体化合物、前記金属化合物、および所望とする三酸化モリブデン粒子の特性等によっても異なるが、製造効率の観点から、0.1℃/分~100℃/分であることが好ましく、1℃/分~50℃/分であることがより好ましく、2℃/分~10℃/分であることがさらに好ましい。
【0098】
次に、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して粉体化する。
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、冷却配管を低温にすることにより行われる。この際、冷却手段としては、上述のように冷却配管中への気体の送風による冷却、冷却配管が有する冷却機構による冷却、外部冷却装置による冷却等が挙げられる。
【0099】
三酸化モリブデン蒸気の冷却は、空気雰囲気下で行うことが好ましい。三酸化モリブデン蒸気を空気雰囲気下で冷却し、三酸化モリブデン粒子とすることで、前記比(I/II)を1.1より大きくすることができ、三酸化モリブデン粒子において、MoOのβ結晶構造が得られ易い。
【0100】
冷却温度(冷却配管の温度)は、特に制限されないが、-100~600℃であることが好ましく、-50~400℃であることがより好ましい。
【0101】
三酸化モリブデン蒸気の冷却速度は、特に制限されないが、100℃/s以上100000℃/s以下であることが好ましく、1000℃/s以上50000℃/s以下であることがより好ましい。なお、三酸化モリブデン蒸気の冷却速度が早くなるほど、粒径の小さく、比表面積の大きい三酸化モリブデン粒子が得られる傾向がある。
【0102】
冷却手段が、冷却配管中への気体の送風による冷却である場合、送風する気体の温度は-100~300℃であることが好ましく、-50~100℃であることがより好ましい。
【0103】
三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粉体は、回収機に輸送されて回収される。
【0104】
前記三酸化モリブデン粒子の製造方法は、前記三酸化モリブデン蒸気を冷却して得られた粉体を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。
【0105】
すなわち、前記三酸化モリブデン粒子の製造方法で得られた三酸化モリブデン粒子を、再度、100~320℃の温度で焼成してもよい。再度の焼成の焼成温度は、120~280℃であってもよく、140~240℃であってもよい。再度の焼成の焼成時間は、例えば、1min~4hとすることができ、10min~5hとすることができ、100min~6hとすることができる。ただし、再度、焼成することにより、三酸化モリブデンのβ結晶構造の一部は、消失してしまい、350℃以上の温度で4時間焼成すると、三酸化モリブデン粒子中のβ結晶構造は消失して、前記比(β(011)/α(021))が0になって、硫黄との反応性が損なわれる。
【0106】
以上、説明した前記三酸化モリブデン粒子の製造方法により、本実施形態の粒子含有グリース組成物に含有される二硫化モリブデン粒子の製造に好適な、三酸化モリブデン粒子を製造することができる。
【実施例
【0107】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。また、以下の実施例において、特に断りの無い限り、「質量部」は「質量%」を示す。
【0108】
[三酸化モリブデン粒子の一次粒子の平均粒径の測定方法]
三酸化モリブデン粉体を構成する三酸化モリブデン粒子を、透過型電子顕微鏡(TEM)で撮影した。二次元画像上の凝集体を構成する最小単位の粒子(すなわち、一次粒子)について、その長径(観察される最も長い部分のフェレ径)及び短径(その最も長い部分のフェレ径に対して、垂直な向きの短いフェレ径)を計測し、その平均値を一次粒子径とした。同様の操作をランダムに選ばれた50個の一次粒子に対して行い、その一次粒子の一次粒子径の平均値から、一次粒子の平均粒径を算出した。
【0109】
[三酸化モリブデンの純度測定:XRF分析]
蛍光X線分析装置PrimusIV(リガク社製)を用い、回収した三酸化モリブデン粒子の試料約70mgをろ紙にとり、PPフィルムをかぶせて組成分析を行った。XRF分析結果により求められるモリブデン量を、三酸化モリブデン粒子100質量%に対する三酸化モリブデン換算(質量%)により求めた。
【0110】
[比表面積測定:BET法]
三酸化モリブデン粒子又は硫化モリブデン粉体粒子の試料について、比表面積計(マイクロトラックベル社製、BELSORP-mini)にて測定し、BET法による窒素ガスの吸着量から測定された試料1g当たりの表面積を、比表面積(m/g)として算出した。
【0111】
[結晶構造の同定及び解析(1)]
二硫化モリブデン粒子の試料を0.5mm深さの測定試料用ホルダーに充填し、それを広角X線回折(XRD)装置(リガク社製 UltimaIV、光学系は入射側は平行ビーム法+シンチレーションカウンター検出器、回転ステージを使用)にセットし、Cu/Kα線、40kV/40mA、スキャンスピード2°/min、ステップ0.02°、走査範囲5°以上70°以下の条件で測定を行った(図2図4及び図6)。XRDプロファイルの描写と参照ピークとの比較はリガク社製XRDプロファイル解析ソフト(PDXL Version 2)を用いた。
【0112】
[結晶構造の同定及び解析(2)]
二硫化モリブデン粒子の試料を、厚さ2.4mm、内径27mmとなるようSUS製測定試料用ホルダーに測定面を平滑に充填し、それを多目的X線回折(XRD)装置(マルバーンパナリティカル社製、Empyrean3)にセットし、Cu/Kα線、45kV/40mA、入射側にモノクロメーター、半導体高速検出器(1Dモード)を用いて、集中法にて、回転ステージを用いて、測定時間8分(実施例1及び2)、ステップサイズ0.066度(実施例1及び2)、走査範囲5度以上100度以下の条件で測定を行い、回折プロファイルを得た(図5)。
結晶子サイズ評価を含めたリートベルト解析は、ソフトウェア(マルバーンパナリティカル社製、ハイスコアプラス)を用いて行った。
【0113】
二硫化モリブデン粒子の結晶化度の算出は、(1)10~95°の範囲で装置由来のバックグラウンドAと得られた回折プロファイルとの境界線を決定し、得られた回折プロファイルからバッググラウンドAを引き算し、(2)10~95°の範囲で非晶質相由来のアモルファスハロという幅広いピークBを決定し、得られた回折プロファイルからバックグラウンドBを更に引き算し、(3)バックグラウンドA,アモルファスハロBよりも上の結晶に由来するピーク強度の合計を、バックグラウンドAを除いたXRDプロファイルにおける強度の合計値で割ることにより行った。結晶化度の最大値は99.95%であり、二硫化モリブデン粒子の全てが結晶化されている状態を表す。
【0114】
二硫化モリブデン粒子中の2H結晶構造、3R結晶構造の存在比は、具体的に実施例1では、40°および50°付近の幅広ピークで2H結晶構造の結晶子サイズと存在比を決め、その差分を33°付近の2本と40°付近の2本ピークで3R結晶構造パラメーターを最適化することで、全体の実測XRDプロファイルを再現する作業を行うことより求めた。
【0115】
[結晶子サイズの評価基礎式及び算出]
回折プロファイルを用いて、解析式L=Kλ/βcosθを基礎式として、2H結晶構造及び3R結晶構造の結晶子サイズを求めた。上記式中、KはXRD光学系(入射側及び検出器側)及びセッティングに依存する装置定数、Lは結晶子の大きさ[m]、λは測定X線波長[m]、βは半価幅[rad]、θは回折線のブラッグ角[rad]である。
【0116】
[MoSへの転化率R
RIR(参照強度比)法により、硫化モリブデン(MoS)のRIR値Kおよび硫化モリブデン(MoS)の(002)面または(003)面に帰属される、2θ=14.4°±0.5°付近のピークの積分強度I、並びに、各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)のRIR値Kおよび各酸化モリブデン(原料であるMoO、および反応中間体であるMo25、Mo11、MoOなど)の最強線ピークの積分強度Iを用いて、次の式(1)からMoSへの転化率Rを求めた。
(%)=(I/K)/(Σ(I/K))×100 ・・・(1)
ここで、RIR値は、無機結晶構造データベース(ICSD)に記載されている値をそれぞれ用い、解析には、統合粉末X線解析ソフトウェア(PDXL2)(リガク社製)を用いた。
【0117】
[広域X線吸収微細構造(EXAFS)測定]
硫化モリブデン粉末36.45mgと窒化ホウ素333.0mgとを乳鉢で混合した。この混合物123.15mgを量り取り、φ8mmの錠剤に圧縮成形し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用いて、あいちシンクロトロン光センターのBL5S1にて透過法で広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。解析にはAthena(インターネット<URL: https://bruceravel.github.io/demeter/>)を用いた。
【0118】
[硫化モリブデン粉体を構成する二硫化モリブデン粒子のメディアン径D50の測定] アセトン20ccに硫化モリブデン粉末0.1gを添加し、氷浴中で4時間超音波処理を施した後、さらにアセトンで、動的光散乱式粒子径分布測定装置(マイクロトラックベル社製、Nanotrac WaveII)の測定可能範囲の濃度に適宜調整し、測定サンプルを得た。この測定サンプルを用い、上記動的光散乱式粒子径分布測定装置により、粒径0.0001~10μmの範囲の粒子径分布を測定し、メディアン径D50を算出した。
【0119】
[二硫化モリブデン粒子の粒子形状観察方法]
二硫化モリブデン粒子を、原子間力顕微鏡(AFM)(Oxfоrd Cypher-ES)で測定し、粒子形状を観察した。
<合成例1>
(三酸化モリブデン粒子の製造)
水酸化アルミニウム(日本軽金属社製)1.5kgと、三酸化モリブデン(日本無機社製)1kgと、を混合し、次いでサヤに仕込み、図1に示す製造装置1のうち焼成炉2で、温度1100℃で10時間焼成した。焼成中、焼成炉2の側面および下面から外気(送風速度:50L/min、外気温度:25℃)を導入した。三酸化モリブデンは、焼成炉2内で蒸発した後、回収機4付近で冷却され、粒子として析出した。焼成炉2としてRHKシミュレーター(ノリタケカンパニーリミテド社製)を用い、回収機4としてVF-5N集塵機(アマノ社製)を用いた。
【0120】
焼成後、サヤから1.0kgの青色の粉体である酸化アルミニウムと、回収機4で回収した三酸化モリブデン粒子0.85kgを取り出した。回収した三酸化モリブデン粒子は、一次粒子の平均粒径が80nmであり、蛍光X線(XRF)測定にて、三酸化モリブデンの純度は99.7%であることが確認できた。この三酸化モリブデン粒子の、BET法で測定される比表面積(SA)は、44.0m/gであった。
【0121】
(二硫化モリブデン粉体の製造)
磁性坩堝中で、上記回収機4で回収した三酸化モリブデン粒子40.0g(277.9 mmol)と、硫黄粉末(関東化学社製)40.0g(1250mmol)とを、粉末が均一になるように攪拌棒にて混合し、高温雰囲気焼成炉(モトヤマ社製、SKM-2030P-OP)へ投入し、炉内部を真空引きの後窒素置換してから500℃で4時間の焼成を行い、黒色粉末を得た。ここで、前記三酸化モリブデン粒子のMoO量100モル%に対して、前記硫黄のS量は450モル%である。この黒色粉末(実施例1で使用される二硫化モリブデン粉体)のX線回折(XRD)プロファイルの結果を、無機結晶構造データベース(ICSD)に記されている二硫化モリブデン(MoS)の3R結晶構造の回折プロファイル、二硫化モリブデン(MoS)の2H結晶構造の回折プロファイル及び二酸化モリブデン(MoO)の回折プロファイルと共に、図2に示す。二酸化モリブデン(MoO)は、反応中間体である。
【0122】
合成例1で製造された二硫化モリブデン粉体の比表面積をBET法により測定したところ、49.6m/gであった。また、嵩密度測定器(伊藤製作所製、JIS-K-5101準拠)と電磁平衡式天秤(エー・アンド・デイ社製、GX-4000R)を用いて嵩密度を測定したところ、0.283g/cmであった。
【0123】
合成例1で製造された二硫化モリブデン粉体の粒度分布を、動的光散乱式粒子径分布測定装置により計測し、メディアン径D50を求めたところ、250nmであった。
【0124】
合成された二硫化モリブデン粒子のAFM像を図3に示す。図3は測定して得られたAFM像であり二硫化モリブデン粒子の上面を示している。このAFM像より長さ(縦)×幅(横)を求めたところ、180nm×80nmであった。図4図3に示す二硫化モリブデン粒子の断面を示すグラフ。この断面図より厚み(高さ)を求めたところ、16nmであった。したがって、二硫化モリブデン粒子の一次粒子のアスペクト比(長さ(縦)/厚み(高さ))の値は、11.25であった。
【0125】
図3に示した二硫化モリブデン粒子を含む二硫化モリブデン粒子50個の平均値は、長さ(縦)×幅(横)×厚み(高さ)=198nm×158nm×19nmであった。
【0126】
また、二硫化モリブデン粒子のAFM測定結果の代表例を表1に示す。表中、「二硫化モリブデン粒子(1)」は、図3に記載の二硫化モリブデン粒子である。「二硫化モリブデン粒子(2)」は、測定した二硫化モリブデン粒子の中で、最も長さが長い粒子であり、「二硫化モリブデン粒子(3)」は、最も長さが短い粒子である。「二硫化モリブデン粒子(4)は、比較的厚みが厚い粒子であり、「二硫化モリブデン粒子(5)」は、最も厚みが薄い粒子である。「二硫化モリブデン粒子(6)」は、最もアスペクト比が大きい粒子である。「二硫化モリブデン粒子(7)」は、最も厚みが厚い粒子であり、かつ、最もアスペクト比が小さい粒子である。
【0127】
【表1】
【0128】
合成例1で製造された二硫化モリブデン粉体の、広域X線吸収微細構造(EXAFS)を測定した。モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)プロファイルを図3に示す。このプロファイルから得られる動径分布関数において、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、1.26であった。
【0129】
先ず、合成例1で得られた二硫化モリブデン粒子のX線回折(XRD)プロファイルの一部を図4に示す。同図に示すように、合成例1の二硫化モリブデン粒子は、2θ:14°付近で主ピーク(図中のA)が一致し、また、リファレンスとしての3R結晶構造及び2H結晶構造の主ピークとも一致した。一方で、2θ:32.5°付近、2θ:39.5°付近及び2θ:49.5°付近でのブロードなピーク(図中のB)と、リファレンスとしての3R結晶構造及び2H結晶構造のピークの位置とはほぼ一致したが、2θ:39.5°付近及び2θ:49.5°付近でのピークは、3R結晶構造及び2H結晶構造のそれぞれの結晶構造に由来するピークの合成波であり、3R結晶構造と2H結晶構造の両方が含まれていることが判明した。
【0130】
そこで、合成例1の各回折プロファイルをリートベルト解析してみると、図5の結果から3R結晶構造と2H結晶構造の2種類が存在していることが確認された。各結晶構造の存在比を算出した結果、実施例1では、結晶相中の2H結晶構造の存在比は71.5%、3R結晶構造の存在比は28.5%であった。また、2H結晶構造(結晶相)の結晶子サイズは9.6nm、3R結晶構造(結晶相)の結晶子サイズは11.8nmと評価できた。
【0131】
(粒子含有グリース組成物の製造)
<実施例1>
基油にジエステル及び合成炭化水素油、増ちょう剤にLi石鹸を使用したグリース組成物(協同油脂社製、マルテンプPS No2)11.3質量部に対し、得られた二硫化モリブデン粉体(二硫化モリブデン粒子)3質量部を入れて混合し、二硫化モリブデンが21質量%含有した粒子含有グリース組成物前駆体を調整した。この粒子含有グリース組成物前駆体をフーバーマーラー(東洋精機社製)で荷重6kgf、回転数30rpmで3回混錬した。この混錬した粒子含有グリース組成物前駆体14.3重量部に対し、グリース組成物(協同油脂社製、マルテンプPS No2)を85.7重量部入れて均一に混合し、最後に自転公転撹拌機(シンキー社製、あわとり練太郎)で回転数2000rpm、時間30秒で混錬し、実施例1の、二硫化モリブデンを3質量%含有した粒子含有グリース組成物を得た。
<実施例2>
実施例1のフーバーマーラー混錬後の二硫化モリブデンが21質量%含有した粒子含有グリース組成物前駆体1.43質量部に対し、グリース組成物(協同油脂社製、マルテンプPS No2)を98.57重量部作用させたこと以外は実施例1と同様に行い、二硫化モリブデンを0.3質量%含有した粒子含有グリース組成物を得た。
【0132】
(市販の二硫化モリブデン粒子)
市販の二硫化モリブデン粉体(ダイゾーニチモリ社製 M-5パウダー)のX線回折プロファイルの結果を、2H結晶構造の二硫化モリブデンの回折プロファイルと共に、図6に示す。この市販の二硫化モリブデン試薬は、2H結晶構造の存在比が99%以上の二硫化モリブデンであることが分かった。39.5°付近のピーク、49.5°付近のピークの半値幅は、それぞれ0.23°、0.22°であり、合成例1よりも狭かった。
【0133】
市販の二硫化モリブデン粉体について、比表面積(SA)、モリブデンのK吸収端の広域X線吸収微細構造(EXAFS)の測定から得られる、Mo-Sに起因するピークの強度IとMo-Moに起因するピーク強度IIとの比(I/II)は、0.72であった。 市販の二硫化モリブデン粉体の比表面積をBET法により測定したところ、9.1m/gであった。
また、市販の二硫化モリブデン粉体の粒度分布を、動的光散乱式粒子径分布測定装置により計測し、メディアン径D50を求めたところ、602nmであった。
【0134】
(粒子含有グリース組成物の製造)
<比較例1>
市販の二硫化モリブデン粉体(二硫化モリブデン粒子)を用いたこと以外は、実施例1と同様にして、二硫化モリブデンを3質量%含有した比較例1の粒子含有グリース組成物を得た。
<比較例2>
市販の二硫化モリブデン粉体(二硫化モリブデン粒子)を用いたこと以外は、実施例2と同様にして、二硫化モリブデンを0.3質量%含有した比較例2の粒子含有グリース組成物を得た。
【0135】
<比較例3>
比較例3として、二硫化モリブデン粉体(二硫化モリブデン粒子)を含有しないグリース組成物(協同油脂社製、マルテンプPS No2)を準備した。
【0136】
[摩擦摩耗評価1]
【0137】
実施例1~2及び比較例1~3について、高速四球EP試験機を用いて摩擦摩耗試験(ASTM D2266準拠、荷重40kgf、回転数1200rpm、時間1h、開始温度20℃)を行い、摩耗痕径、最大非焼き付き荷重、及び融着荷重を測定した。
【0138】
3つのSUJ2特殊ステンレス製球を固定し、得られた粒子含有グリース組成物2gを均一に塗布し、この上部より1/2インチのSUJ2特殊ステンレス製球1つにつきトルクをかけながら、垂直方向に所定の荷重をかけ回転させた。このSUJ2球の回転数を1200rpm、荷重40kgfに設定して、1時間後に、固定されたSUJ2球の摩耗痕の直径(mm)を記録した。
また、ASTM D2596に準拠し、SUJ2球の回転数を1770rpm、回転時間を10秒に設定し、1/2インチのSUJ2球に焼き付きが発生した直前の荷重(kgf)及び融着が発生した荷重(kgf)をそれぞれ記録した。結果を表2に示す。
【0139】
【表2】
【0140】
その結果、実施例1では、摩耗痕径の平均値は0.58mmであり、摩耗痕径が小さく、摩擦面が削れにくくなることが分かった。また、最大無焼き付き荷重は100kgfであり、荷重を大きくしても摩擦面同士が変質しにくく焼き付きが起き難いことが分かった。融着荷重は350kgfであり、荷重を大きくしても摩擦面同士が加熱しにくく、金属球同士が融着し難いことが分かった。
【0141】
一方、比較例1では、摩耗痕径の平均値は0.63mmであり、実施例1と比較して摩耗痕径が大きく、摩擦面が削れ易いことが分かった。また、最大無焼き付き荷重は80kgf、融着荷重は225kgfであり、実施例1と比較して焼き付き及び融着が生じる際の荷重が小さく、摩擦摩耗特性が劣った。
【0142】
また、実施例2では、摩耗痕径の平均値は0.64mmであり、摩耗痕径が小さく、摩擦面が削れにくくなることが分かった。また、最大無焼き付き荷重は63kgfであり、荷重を大きくしても摩擦面同士が変質しにくく焼き付きが起き難いことが分かった。融着荷重は225kgfであり、荷重を大きくしても摩擦面同士が加熱しにくく、金属球同士が融着し難いことが分かった。
【0143】
一方、比較例2では、摩耗痕径の平均値は0.68mmであり、実施例2と比較して摩耗痕径が大きく、摩擦面が削れ易いことが分かった。また、最大無焼き付き荷重は63kgf、融着荷重は200kgfであり、実施例2と比較して融着が生じる際の荷重が小さく、摩擦摩耗特性が劣った。
【0144】
また、比較例3では、摩耗痕径の平均値は0.67mmであり、実施例1と比較して摩擦痕径が大きく、摩擦面が削れ易いことが分かった。また、最大無焼き付き荷重は63kgf、融着荷重は170kgfであり、実施例1、2と比較して焼き付き及び融着が生じる際の荷重が小さく、摩擦摩耗特性が劣った。
【0145】
ここで、実施例1と比較例1、ならびに、実施例2と比較例2における、摩擦摩耗性能の差について考察する。実施例1および実施例2で用いた二硫化モリブデン粉体は、2H結晶構造及び3R結晶構造が含まれている二硫化モリブデンである。また、BET法により測定した比表面積は49.6m/gであり、動的光散乱式粒子径分布測定装置により計測したメディアン径D50は250nmである。一方、比較例1および比較例2で用いた市販の二硫化モリブデン粉体は、2H結晶構造が99%以上の二硫化モリブデンである。また、BET法により測定した比表面積は9.1m/gであり、動的光散乱式粒子径分布測定装置により計測したメディアン径D50は602nmである。実施例1の摩擦摩耗特性が比較例1よりも優れ、また、実施例2の摩擦摩耗特性が比較例2よりも優れるのは、実施例1および実施例2で用いた二硫化モリブデン粉体のメディアン径D50が250nm程度であることが大きく寄与していることを前提として、更に、2H結晶構造及び3R結晶構造を含むことと、比表面積が49.6m/gであることのそれぞれが寄与しているためと推察される。したがって、例えば、メディアン径D50が250nm程度であって、2H結晶構造の存在比が99%以上であり、比表面積が9.1m/g程度である二硫化モリブデン粉体であっても、比較的優れた摩擦摩耗性能を示すと考えられる。同様に、メディアン径D50が250nm程度であって、2H結晶構造の存在比が99%以上であり、比表面積が49.6m/g程度である二硫化モリブデン粉体であっても、比較的優れた摩擦摩耗性能を示すと考えられる。或いは、メディアン径D50が250nm程度であって、2H結晶構造及び3R結晶構造を含み、比表面積が9.1m/g程度である二硫化モリブデン粉体であっても、比較的優れた摩擦摩耗性能を示すと考えられる。
【0146】
[摩擦摩耗評価2]
【0147】
実施例1、比較例1及び比較例3について、振動摩擦摩耗試験機を用いて摩擦摩耗試験(ASTM D5707準拠、荷重200N、振幅1.0mm、温度80℃、周波数50Hz、試験時間120分)を行い、摩擦係数を測定した。
【0148】
SUJ2特殊ステンレス製のディスクとボールを固定し、得られた粒子含有グリース組成物10gを均一に塗布し、ボール上部より垂直方向に所定の荷重をかけボールを所定の周波数と振幅で振動させた。120分(2時間)振動させる間の摩擦係数を測定し、30分時点の摩擦係数(f30)を記録した。また、120分振動させた後に摺動面に生じる摩耗痕をレーザ顕微鏡(キーエンス社製、VK-200)で観察し、摩耗痕の深さと摩耗痕の面粗さを測定した。面粗さは算術平均粗さ(Ra)で求めた。これらの測定結果を表Yに示す。また、摺動面を顕微鏡で観察した結果を図9~11に示す。
【0149】
【表3】
【0150】
実施例1では、f30が0.15であり、摩擦係数に優れることが確認できた。また、図9に示すように摩耗痕の深さが浅く、摩耗痕の深さと面粗さは、それぞれ12.9μm、2.0μmであり、摩耗量が少なく、面粗さも小さいことが確認できた。
【0151】
一方、比較例1では、f30が0.15であり、実施例1と同等であるものの、図10に示すように摩耗痕の深さが深く、摩耗痕の深さと面粗さは、それぞれ19.8μm、3.1μmであり、実施例1と比較して摩耗量が大きく、面粗さも大きいことが分かった。したがって、実施例1よりも耐摩耗特性が劣った。
【0152】
また、比較例3では、f30が0.16であり、実施例1と比較して摩擦係数が劣った。さらに、図11に示すように摩耗痕の深さが更に深く、摩耗痕の深さと面粗さは、それぞれ34.7μm、7.1μmであり、実施例1と比較して耐摩耗特性が大きく劣った。
【産業上の利用可能性】
【0153】
本発明の粒子含有グリース組成物は、金属部材同士、樹脂部材同士、又は、樹脂部材と金属部材との摺動部に使用するのに適しており、種々の産業分野における機器・部品等に適用することができる。例えば、減速機・増速機、ギヤ、チェーン、モーター等の動力伝達装置、走行系部品、アンチロックブレーキシステム(ABS)などの制御系部品、操舵系部品、変速機などの駆動系部品、パワーウィンドモーター、パワーシートモーター、サンルーフモーターなどの自動車補強部品、複写機、プリンター等の事務機器用部品、電子情報機器、携帯電話などのヒンジ部品、食品・薬品工業、鉄鋼、建設、ガラス工業、セメント工業、フィルムテンター、化学・ゴム・樹脂工業、環境・動力設備、製紙・印刷工業、木材工業、繊維・アパレル工業における各種部品や相対運動する機械部品などに広く適用可能であり、特に高負荷が生じうる伝動要素に好適に用いることができる。また、本発明に係る粒子含有グリース組成物は、転がり軸受、スラスト軸受、動圧軸受、樹脂軸受、直動装置などの軸受などにも適用可能である。
【符号の説明】
【0154】
1 製造装置
2 焼成炉
3 冷却配管
4 回収機
5 排気口
6 開度調整ダンパー
7 観察窓
8 排風装置
9 外部冷却装置
図1
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図11