(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-13
(45)【発行日】2023-06-21
(54)【発明の名称】質量分析用標識組成物、代謝物の定量分析法、及び代謝物の動態解析法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230614BHJP
G01N 33/58 20060101ALI20230614BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N33/58 A
(21)【出願番号】P 2019090121
(22)【出願日】2019-05-10
【審査請求日】2022-04-08
(73)【特許権者】
【識別番号】320011650
【氏名又は名称】大陽日酸株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】脇村 明夏里
(72)【発明者】
【氏名】横山 順
(72)【発明者】
【氏名】寺内 勉
(72)【発明者】
【氏名】馬場 健史
(72)【発明者】
【氏名】和泉 自泰
(72)【発明者】
【氏名】相馬 悠希
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政友
(72)【発明者】
【氏名】中谷 航太
(72)【発明者】
【氏名】秦 康祐
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-527996(JP,A)
【文献】特表2014-522496(JP,A)
【文献】特開2019-020206(JP,A)
【文献】特表2007-524835(JP,A)
【文献】特開2010-210641(JP,A)
【文献】特表2016-525677(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60-G01N 27/70
G01N 30/00-G01N 30/96
G01N 33/48-G01N 33/98
C12M 1/00-C12M 1/42
C12Q 1/00-C12Q 1/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上の標識化合物を含む質量分析用標識組成物であって、
前記の2種以上の標識化合物は、生体内の代謝変換の一連の経路の中の2種以上のリン酸化合物が、
18Oを含む1種以上の安定同位体により標識された2種以上の標識化合物であり、
前記の2種以上の標識化合物は、前記の2種以上の標識化合物と、前記の2種以上の標識化合物の代謝変換によって生じる標識化合物とが、多重反応モニタリングのトランジションで互いに区別できるように標識されて
おり、
前記の2種以上の標識化合物が、ヌクレオシド一リン酸、ヌクレオシド二リン酸、及びヌクレオシド三リン酸からなる群から選ばれる2種以上が標識された標識化合物である、質量分析用標識組成物。
【請求項2】
前記安定同位体が、
18Oと、
2H、
13C、
15N及び
17Oからなる群から選ばれる1種以上との組み合わせである、請求項1に記載の質量分析用標識組成物。
【請求項3】
前記の2種以上の標識化合物が、ヌクレオシド二リン酸が標識された標識化合物と、ヌクレオシド三リン酸が標識された標識化合物とを含む、請求項1又は2に記載の質量分析用標識組成物。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか一項に記載の質量分析用標識組成物を用い、前記の2種以上の標識化合物を内部標準物質として対象の代謝物を絶対定量する、代謝物の定量分析法。
【請求項5】
請求項1~
3のいずれか一項に記載の質量分析用標識組成物を用いて対象の代謝物の動態を解析する、代謝物の動態解析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析用標識組成物、代謝物の定量分析法、及び代謝物の動態解析法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸、補酵素、糖リン酸、リン脂質、リン酸化タンパク質等の生体内のリン酸化合物は生命活動において重要な役割を担っている。そのため、代謝物の網羅的解析等、リン酸化合物の測定技術や解析技術は、生命現象の解明のためだけでなく、医学、薬学、農学等の様々な分野で求められている。
【0003】
リン酸化合物の観測方法としては、31P-NMRを用いる方法がある。この方法では、31Pを直接観測することによって、リン酸化、脱リン酸化等の詳細な反応機序を理解することが可能である。しかし、この方法は、生体抽出試料に適用した場合、生体内に含まれる膨大な種類のリン酸化合物に由来する多数のNMRシグナルが観測され、帰属が困難であるため、代謝物の網羅的な解析には不向きである。
【0004】
タンパク質のリン酸化の解析として、放射性同位体である32Pで標識したリン酸化タンパク質を、放射能測定やオートラジオグラフィ等で分析する方法がある。しかし、この方法は、RI実験設備が必要であり、実験者の被爆の問題もある。また、放射性同位体を用いる方法は、放射線によって分析対象物が損傷を受けることがあることから、生体内とは異なる状態を解析している可能性がある。
2H、13C、18O等の安定同位体で標識したリン酸化合物を用い、31P-NMR等で反応機構等を解析する方法も知られている(例えば、非特許文献1、2)。標識に安定同位体を用いれば、放射線によって分析対象物が損傷を受けることを防止できる。
【0005】
代謝物の網羅的解析においては、生体内での代謝物組成を維持した状態で試料を調製して分析することが、分析結果の信頼性を確保する上で極めて重要である。そのため、例えば生体試料からリン酸化合物を抽出する場合、抽出液中の酸やアルカリ、あるいは残存する代謝酵素等によって抽出後のリン酸化合物に分解や拡散が起きないように、これらの反応を停止させる必要がある。これまでに様々な検討が重ねられおり(非特許文献3、4)、生体試料から抽出したリン酸化合物の定量分析も行われている(非特許文献5)。しかし、分析試料の調製工程での対象化合物の分解や拡散を評価する方法は無く、従来の方法では、分析試料内での代謝物組成が生体内の組成と一致しているか否かを知ることはできず、代謝変換の状況も把握できない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Blattler, W. et. al. Stereochemical Course of Phosphokinases. The Use of Adenosine [Gamma-(S)- 16O,17O,18O]triphosphate and the Mechanistic Consequences for the Reactions Catalyzed by Glycerol Kinase, Hexokinase, Pyruvate Kinase, and Acetate Kinase. Biochemistry 1979, 18 (18), 3927-3933.
【文献】Mildred Cohn and Angela Hu. Isotopic l8O Shifts in 31P NMR of Adenine Nucleotides Synthesized with l80 in Various Positions, 1980, J. Am. Chem. Soc. 102, 913.
【文献】E. G. Bligh, W. J. Dyer, A rapid method of total lipid extraction and purification. Can. J. Biochem., Physiol. 1959 Aug;37(8):911-7.
【文献】van Gulik WM. Fast sampling for quantitative microbial metabolomics. Curr Opin Biotechnol. 2010 Feb;21(1):27-34.
【文献】Kim H. et. al. A fit-for-purpose LC-MS/MS method for the simultaneous quantitation of ATP and 2,3-DPG in human K2EDTA whole blood. J Chromatogr B Analyt Technol Biomed Life Sci. 2017 Sep 1;1061-1062:89-96.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、分析に用いる複数の標識化合物が試料内で代謝変換されたとしても、それらを区別して評価できる質量分析用標識組成物、代謝物の定量分析法、及び代謝物の動態解析法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の構成を有する。
[1]2種以上の標識化合物を含む質量分析用標識組成物であって、
前記の2種以上の標識化合物は、生体内の代謝変換の一連の経路の中の2種以上のリン酸化合物が、18Oを含む1種以上の安定同位体により標識された2種以上の標識化合物であり、
前記の2種以上の標識化合物は、前記の2種以上の標識化合物と、前記の2種以上の標識化合物の代謝変換によって生じる標識化合物とが、多重反応モニタリングのトランジションで互いに区別できるように標識されている、質量分析用標識組成物。
[2]前記安定同位体が、18Oと、2H、13C、15N及び17Oからなる群から選ばれる1種以上との組み合わせである、[1]に記載の質量分析用標識組成物。
[3]前記の2種以上の標識化合物が、ヌクレオシド、ヌクレオシド一リン酸、ヌクレオシド二リン酸、及びヌクレオシド三リン酸からなる群から選ばれる2種以上が標識された標識化合物である、[1]又は[2]に記載の質量分析用標識組成物。
[4]前記の2種以上の標識化合物が、ヌクレオシド二リン酸が標識された標識化合物と、ヌクレオシド三リン酸が標識された標識化合物とを含む、[1]又は[2]に記載の質量分析用標識組成物。
[5][1]~[4]のいずれかに記載の質量分析用標識組成物を用い、前記の2種以上の標識化合物を内部標準物質として対象の代謝物を絶対定量する、代謝物の定量分析法。
[6][1]~[4]のいずれかに記載の質量分析用標識組成物を用いて対象の代謝物の動態を解析する、代謝物の動態解析法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、分析に用いる複数の標識化合物が試料内で代謝変換されたとしても、それらを区別して評価できる質量分析用標識組成物、代謝物の定量分析法、及び代謝物の動態解析法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】例1におけるATP、ADP及びAMPの質量分析結果を示したグラフである。
【
図2】例2におけるATP-β,γ-
18O
6の質量分析結果から算出した
18O濃縮度を示したグラフである。
【
図3】例2におけるADP-α,β-
18O
6の質量分析結果から算出した
18O濃縮度を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[質量分析用標識組成物]
本発明の質量分析用標識組成物(以下、「本標識組成物」とも記す。)は、2種以上の標識化合物を含む。
本標識組成物中の2種以上の標識化合物は、生体内の代謝変換の一連の経路の中の2種以上のリン酸化合物が、18Oを含む1種以上の安定同位体によって標識されたものである。また、本標識組成物中の2種以上の標識化合物は、それら2種以上の標識化合物と、それら2種以上の標識化合物の代謝変換によって生じる標識化合物とが、多重反応モニタリング(MRM:Multiple Reaction Monitoring)のトランジションで互いに区別できるように標識されている。すなわち、2種以上の標識化合物は、それら2種以上の標識化合物と、それら2種以上の標識化合物から一連の代謝の分解及び再合成によって生じる標識化合物とがMRMトランジションで互いに区別できるように標識されている。
【0012】
MRMは、例えば、2つの四重極質量分析計(Q)が衝突室(q)を挟んで直列に連結(Q-q-Q)された三連四重極型質量分析計(MS/MS)を用いることで行える。MRMに用いる質量分析計は、ガスクロマトグラフ(GC)を連結したGC-MS/MSであってもよく、液体クロマトグラフ(LC)を連結したLC-MS/MSであってもよい。
【0013】
2種以上の標識化合物と、それら2種以上の標識化合物の代謝変換によって生じる標識化合物をMRMトランジションで互いに区別できるように標識するとは、それらをMRMにおけるプリカーサイオン及びプロダクトイオンのいずれか一方又は両方が異なるように標識することを意味する。
【0014】
標識化合物における標識は、プリカーサイオンのm/z値のみが異なるように標識されていてもよく、プロダクトイオンのm/z値のみが異なるように標識されていてもよく、プリカーサイオンのm/z値とプロダクトイオンのm/z値の両方が異なるように標識されていてもよい。
【0015】
標識対象であるリン酸化合物としては、例えば、ヌクレオシド一リン酸(NMP)、ヌクレオシド二リン酸(NDP)、ヌクレオシド三リン酸(NTP)を例示できる。標識対象であるリン酸化合物は、核酸、補酵素、糖リン酸、リン脂質、リン酸化タンパク質等であってもよい。
【0016】
ヌクレオシドとしては、アデノシン、グアノシン、ウリジン、5-メチルウリジン、シチジン等のリボヌクレオシド、デオキシアデノシン、デオキシグアノシン、デオキシチミジン、デオキシウリジン、デオキシシチジン等のデオキシヌクレオシドを例示できる。
【0017】
NMPとしては、アデノシン一リン酸(AMP)、グアノシン一リン酸(GMP)、ウリジン一リン酸(UMP)、5-メチルウリジン一リン酸(m5UMP)、シチジン一リン酸(CMP)、デオキシアデノシン一リン酸(dAMP)、デオキシグアノシン一リン酸(dGMP)、デオキシチミジン一リン酸(dTMP)、デオキシウリジン一リン酸(dUMP)、デオキシシチジン一リン酸(dCMP)を例示できる。
【0018】
NDPとしては、アデノシン二リン酸(ADP)、グアノシン二リン酸(GDP)、ウリジン二リン酸(UDP)、5-メチルウリジン二リン酸(m5UDP)、シチジン二リン酸(CDP)、デオキシアデノシン二リン酸(dADP)、デオキシグアノシン二リン酸(dGDP)、デオキシチミジン二リン酸(dTDP)、デオキシウリジン二リン酸(dUDP)、デオキシシチジン二リン酸(dCDP)を例示できる。
【0019】
NTPとしては、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、ウリジン三リン酸(UTP)、5-メチルウリジン三リン酸(m5UTP)、シチジン三リン酸(CTP)、デオキシアデノシン三リン酸(dATP)、デオキシグアノシン三リン酸(dGTP)、デオキシチミジン三リン酸(dTTP)、デオキシウリジン三リン酸(dUTP)、デオキシシチジン三リン酸(dCTP)を例示できる。
【0020】
標識対象である代謝変換の一連の経路の中の2種以上のリン酸化合物としては、ヌクレオシド、NMP、NDP及びNTPからなる群から選ばれる2種以上が好ましい。
ATP、ADP、AMP及びアデノシンの組み合わせは、代謝変換の一連の経路の中のリン酸化合物である。同様に、GTP、GDP、GMP及びグアノシンの組み合わせ、UTP、UDP、UMP及びウリジンの組み合わせ、m5UTP、m5UDP、m5UMP及び5-メチルウリジンの組み合わせ、CTP、CDP、CMP及びシチジンの組み合わせ、dATP、dADP、dAMP及びデオキシアデノシンの組み合わせ、dGTP、dGDP、dGMP及びデオキシグアノシンの組み合わせ、dUTP、dUDP、dUMP及びデオキシウリジンの組み合わせ、dTTP、dTDP、dTMP及びデオキシチミジンの組み合わせ、dCTP、dCDP、dCMP及びデオキシシチジンの組み合わせは、代謝変換の一連の経路の中のリン酸化合物である。
【0021】
本標識組成物中の2種以上の標識化合物としては、細胞内の代謝や制御に重要な役割を担っている点から、NDPを標識した標識化合物と、NTPを標識した標識化合物とを含むことが好ましい。また、2種以上の標識化合物は、ADPを標識した標識化合物と、ATPを標識した標識化合物とを含むことがより好ましい。これにより、ATPのADPへ分解速度や、ATPの再合成速度を解析したり、共役する他の反応速度を解析したりすることが可能となる。
【0022】
リン酸化合物を標識する安定同位体は、18Oを含んでいればよく、18Oのみであってもよく、18Oと18O以外の安定同位体の組み合わせであってもよい。18O以外の安定同位体としては、例えば、2H、13C、15N、17Oを例示できる。
18O以外の安定同位体を用いる場合、生体化合物中における存在確率が多い点から、リン酸化合物を標識する安定同位体は、18Oと、2H、13C、15N及び17Oからなる群から選ばれる1種以上との組み合わせが好ましく、18Oと、13C及び15Nのいずれか一方又は両方との組み合わせがより好ましい。
【0023】
本標識組成物中の標識化合物としては、分析試料中で16Oと18Oの交換反応が起きにくい点から、リン酸化合物のリン酸部分が18Oで標識されていることが好ましい。
また、一般に、生体中に含まれるリン酸化合物の炭素骨格部分は、複雑な糖や脂質等の化学合成法では合成が困難なものが多い。そのため、より安価かつ簡便に得られる点では、本標識組成物における標識化合物は、リン酸化合物の炭素骨格部分を非標識体とし、リン酸部分を18Oで標識した標識化合物が好ましい。
【0024】
本標識組成物における、代謝変換の一連の経路の中の2種以上のリン酸化合物が標識された標識化合物の種類は、2~20種が好ましく、2~5種がより好ましい。
【0025】
本標識組成物中の2種以上の標識化合物の具体例としては、例えば、下記式(A-1)で表される標識化合物(以下、「標識化合物(A-1)」と記す。他の式で表される標識化合物、及び非標識の化合物も同様に記す。)、標識化合物(A-2)、標識化合物(A-3)及び標識化合物(A-4)からなる群から選ばれる2種以上を例示できる。
【0026】
【0027】
【0028】
【0029】
【0030】
標識化合物(A-1)の一連の代謝変換では、標識化合物(A-11)、標識化合物(A-12)、標識化合物(A-13)、標識化合物(A-14)、化合物(A-15)が生じる。LC-MS/MSで汎用的に使われているエレクトロスプレーイオン化法(ESI法)では、標識化合物(A-1)(m/z=528→424、136)、標識化合物(A-11)(m/z=442→136、119)、標識化合物(A-12)(m/z=356→136、71)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じ、標識化合物(A-13)(m/z=270→136)、標識化合物(A-14)、化合物(A-15)のプリカーサーイオンは正イオン検出モードでプロトン化分子が生じる。ただし、括弧内のm/z値は、プリカーサイオンとプロダクトイオンのm/z値であり、以下も同様である。
【0031】
標識化合物(A-2)の一連の代謝変換では、標識化合物(A-21)、標識化合物(A-22)、標識化合物(A-23)、標識化合物(A-24)、化合物(A-25)が生じる。ESI法では標識化合物(A-2)(m/z=431→136、119)、標識化合物(A-21)(m/z=511→408、136)、標識化合物(A-22)(m/z=353→136、70)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じ、標識化合物(A-23)(m/z=267→136)、標識化合物(A-24)、化合物(A-25)は正イオン検出モードでプロトン化分子が生じる。
【0032】
標識化合物(A-3)の一連の代謝変換では、標識化合物(A-31)、標識化合物(A-32)、標識化合物(A-33)、標識化合物(A-24)、化合物(A-35)が生じる。ESI法では標識化合物(A-3)(m/z=355→136、73)、標識化合物(A-31)(m/z=435→136、125)、標識化合物(A-32)(m/z=515→417、136)、のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じ、標識化合物(A-33)(m/z=275→136、72)、標識化合物(A-24)、化合物(A-35)は正イオン検出モードでプロトン化分子が生じる。
【0033】
標識化合物(A-4)の一連の代謝変換では、標識化合物(A-41)、標識化合物(A-42)、標識化合物(A-43)、標識化合物(A-44)、化合物(A-45)が生じる。ESI法では標識化合物(A-41)(m/z=361→73、146)、標識化合物(A-42)(m/z=441→127、146)、標識化合物(A-43)(m/z=521→423、146)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じ、標識化合物(A-4)(m/z=281→146)、標識化合物(A-44)、化合物(A-45)は正イオン検出モードでプロトン化分子が生じる。
【0034】
このように、標識化合物(A-1)~(A-4)は、標識化合物(A-1)~(A-4)と、標識化合物(A-1)~(A-4)の一連の代謝変換によって生じる各標識化合物とがMRMトランジションで互いに区別できるように、18O、13C及び15Nで標識されている。
【0035】
具体的には、標識ATPである標識化合物(A-1)、標識化合物(A-2)から生じた標識化合物(A-21)、標識化合物(A-3)から生じた標識化合物(A-32)、及び標識化合物(A-4)から生じた標識化合物(A-43)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0036】
標識ADPである標識化合物(A-2)、標識化合物(A-1)から生じた標識化合物(A-11)、標識化合物(A-3)から生じた標識化合物(A-31)、及び標識化合物(A-4)から生じた標識化合物(A-42)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0037】
標識AMPである標識化合物(A-3)、標識化合物(A-1)から生じた標識化合物(A-12)、標識化合物(A-2)から生じた標識化合物(A-22)、及び標識化合物(A-4)から生じた標識化合物(A-41)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0038】
標識アデノシンである標識化合物(A-4)、標識化合物(A-1)から生じた標識化合物(A-13)、標識化合物(A-2)から生じた標識化合物(A-23)、及び標識化合物(A-3)から生じた標識化合物(A-33)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0039】
標識化合物(A-1)~(A-4)は、これらのうちの任意の2つを選択して用いてもよく、任意の3つを選択して用いてもよく、すべてを用いてもよい。
【0040】
18Oのみで標識した2種以上の標識化合物の具体例としては、例えば、標識化合物(B-1)、標識化合物(B-2)及び標識化合物(B-3)からなる群から選ばれる2種以上を例示できる。
【0041】
【0042】
【0043】
【0044】
標識化合物(B-1)(m/z=350→136、71)の一連の代謝変換では、標識化合物(B-11)(m/z=430→119、136)、標識化合物(B-12)(m/z=510→400、136)が生じる。ESI法では標識化合物(B-1)、標識化合物(B-11)、標識化合物(B-12)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じる。
【0045】
標識化合物(B-2)(m/z=432→119、136)の一連の代謝変換では、標識化合物(B-21)(m/z=352→69、136)、標識化合物(B-22)(m/z=512→404、136)が生じる。ESI法では標識化合物(B-2)、標識化合物(B-21)、標識化合物(B-22)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じる。
【0046】
標識化合物(B-3)(m/z=520→406、136)の一連の代謝変換では、標識化合物(B-31)(m/z=434→119、136)、標識化合物(B-32)(m/z=348→69、136)が生じる。ESI法では標識化合物(B-3)、標識化合物(B-31)、標識化合物(B-32)のプリカーサーイオンは負イオン検出モードで脱プロトン分子が生じる。
【0047】
このように、標識化合物(B-1)~(B-3)は、標識化合物(B-1)~(B-3)と、標識化合物(B-1)~(B-3)の一連の代謝変換によって生じる各標識化合物とがMRMトランジションで互いに区別できるように18Oで標識されている。
【0048】
具体的には、標識AMPである標識化合物(B-1)、標識化合物(B-2)から生じた標識化合物(B-21)、及び標識化合物(B-3)から生じた標識化合物(B-32)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0049】
標識ADPである標識化合物(B-2)、標識化合物(B-1)から生じた標識化合物(B-11)、及び標識化合物(B-3)から生じた標識化合物(B-31)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0050】
標識ATPである標識化合物(B-3)、標識化合物(B-1)から生じた標識化合物(B-12)、及び標識化合物(B-2)から生じた標識化合物(B-22)は、MRMトランジションで互いに区別できる。
【0051】
標識化合物(B-1)~(B-3)は、これらのうちの任意の2つを選択して用いてもよく、すべてを用いてもよい。
【0052】
なお、本標識組成物中の標識化合物は、前記した標識化合物(A-1)~(A-4)、標識化合物(B-1)~(B-3)には限定されない。例えば、本標識組成物中の標識化合物は、標識化合物(D-1)と標識化合物(D-2)の組み合わせであってもよい。
標識化合物の合成方法は、特に限定されず、公知の方法を採用できる。
【0053】
【0054】
従来の方法では、分析試料中で標識化合物が代謝変換されているか否かを判断できない。また、従来の標識化合物を2種以上用いると、分析試料中で標識化合物が代謝変換された場合に、添加した標識化合物と、添加した標識化合物の代謝変換によって生じた標識化合物とを区別できないため、複数の代謝物を網羅的に解析することができない。
【0055】
これに対して、本標識組成物中の2種以上の標識化合物は、それら2種以上の標識化合物と、それら2種以上の標識化合物の代謝変換によって生じる標識化合物とが、MRMトランジションで互いに区別できるように、18Oを含む安定同位体で標識されている。そのため、分析試料中で標識化合物が代謝変換されても、分析試料中の代謝変換で生じた標識化合物が、分析試料に添加したどの標識化合物が代謝変換されたものであるかを識別することができる。これにより、分析試料中での標識化合物の代謝変換の有無を認識できるうえ、例えば分析試料中でADPとATPの相互変換が生じている場合であっても、それを加味した正確な絶対定量や動態解析を行うことができる。
【0056】
[代謝物の定量分析法]
本発明の代謝物の定量分析法は、本標識組成物を用い、2種以上の標識化合物を内部標準物質として、対象の代謝物を絶対定量する方法である。具体的には、本標識組成物中の2種以上の標識化合物を内部標準物質とし、GC-MS/MS、LC-MS/MS等でMRM測定を行い、対象の代謝物を絶対定量する。
本標識組成物中の2種以上の標識化合物を内部標準物質として用いる以外のMRM測定の測定条件は、適宜設定できる。
【0057】
本標識組成物中の2種以上の標識化合物を内部標準物質としたMRM測定により、分析試料中で標識化合物が代謝変換されても、それを加味して対象の代謝物を網羅的に絶対定量することができる。
【0058】
[代謝物の動態解析法]
本発明の代謝物の動態解析法は、本標識組成物を用いて対象の代謝物の動態を解析する方法である。具体的には、本標識組成物中の2種以上の標識化合物を分析試料に添加し、所定の条件で保持した後に、GC-MS/MS、LC-MS/MS等でMRM測定を行い、対象の代謝物の動態を解析する。
本標識組成物中の2種以上の標識化合物を用いる以外のMRM測定の測定条件は、適宜設定できる。
【0059】
本標識組成物中の2種以上の標識化合物を用いたMRM測定により、それら標識化合物と、それら標識化合物が代謝変換されて生じる標識化合物を互いに区別できるため、対象の代謝物の動態を網羅的に解析できる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の記載によっては限定されない。
[例1]細胞抽出液中のATPの酸化分解状況の評価実験
10cmディッシュで培養したHeLa細胞を、リン酸緩衝食塩水(PBS)で3回洗浄し、冷メタノール(1mL)で代謝をクエンチした後に、スクレーピング処理により細胞縣濁抽出液を回収した。前記細胞抽出液に、内部標準物質として標識化合物(C-1)10nmolを添加し、さらに、クロロホルム及び水を添加することで2相分画を行った。親水性代謝物画分として上相の水メタノール抽出液を回収し、分析試料を得た。前記分析試料中の標識化合物(C-1)について、LC-MS/MSとしてNexera UHPLC-LCMS-8060(株式会社津製作所)によるMRM測定を行った。
標識化合物(C-1)のMRMトランジションは、m/z=526→422、136である。標識化合物(C-1)の分解物である標識化合物(C-11)のMRMトランジションは、m/z=440→136、119である。標識化合物(C-11)の分解物である標識化合物(C-12)のMRMトランジションは、m/z=354→69、136である。
標識化合物(C-1)を添加した分析試料のMRM測定は2回(n=2)行った。また、細胞抽出液に含まれている、
18Oで標識されていないATP(非標識ATP)についてもMRM測定を行った。結果を
図1に示す。
【0061】
【0062】
図1に示すように、添加した標識化合物(C-1)の分解の度合いは、非標識のATPの分解の度合いと同程度であった。この結果から、標識化合物(C-1)を用いることで、HeLa細胞からの細胞抽出液中のATPの分解の度合いを評価できることが分かった。
【0063】
[例2]標識化合物の溶液安定性試験
水、及び、濃度0.1質量%、1質量%、5質量%のギ酸水溶液のそれぞれに、標識化合物(D-1)を200質量ppmとなるように添加し、4℃、室温(25℃)、及び40℃で保存した。調製直後、5日後、及び20日後の各溶液について、LC-MS/MSとしてACQUITY H class(waters製)及びXEVO-G2XSQTOF(waters製)を用いて以下の条件で質量分析を行い、
18O濃縮度を算出した。結果を
図2に示す。
(質量分析条件)
移動相A:5mM酢酸アンモニウム水溶液、
移動相B:5mM酢酸アンモニウム/アセトニトリル、
分離カラム:CAPCELLPAK ADME 2μm 2.1×100mm、
イオン化モード:ネガティブ、
キャピラリー電圧:2.0kV、
コーン電圧:40V、
ソース温度:150℃、
脱溶媒ガス温度:350℃、
脱溶媒ガス流量:800L/h、
コーンガス流量50L/h。
標識化合物(D-1)の代わりに標識化合物(D-2)を用いた場合についても、同様にして
18O濃縮度を算出した。結果を
図3に示す。
【0064】
【0065】
標識化合物(D-1)は、1%ギ酸水溶液中で40℃にて20日間保存したところ、AMP及びADPへの分解が観察されたが、
図2に示すように、溶液中で
18Oの
16Oとの交換は観察されず、
18O濃縮度は低下しなかった。また、他の条件においても、溶液中で
18Oの
16Oとの交換は観察されず、
18O濃縮度はほとんど低下しなかった。
また、
図3に示すように、標識化合物(D-2)においても、溶液中で
18Oの
16Oとの交換は観察されず、
18O濃縮度はほとんど低下しなかった。